『  My  Sweets  ―  ぼくの ・・・! ― 』

 

 

 

 

 

 

                                          ****   『 Your Sweets 』 の続編です  ****

 

 

 

 

 

    ・・・・  わあ ・・・  眩しいなあ  けど、きれいだ ・・・・

 

ジョーは立ち止まったまま海を眺めていた。

光の二月、というけれど、 この地の早春はまさに光と大自然の饗宴だった。

行く手には岬の突端に建つジョーが今住まう邸、眼下にははるか海原がひろがっている。

海原といってもここは穏やかな湾のかなり奥なので、荒波が押し寄せる・・・ということはほとんどない。

気候・風土ともに温暖な地なのだ。

二月も下旬、上空にはまだ北西の季節風が残っているが  ―  陽の光が日々優勢になってきている。

その光を 存分に表に散らし、海面は金の輝きでいっぱいだ。

 

「 ・・・ すごいなあ・・・ 冬の海ってこんなに明るかったっけか・・・ 」

 

ジョーは両手に持っていたレジ袋と肩のバッグを足元に置いて 大きく深呼吸する。

潮の香とともに きらきらな光まで身体の中に取り込めそうだ。

「 ・・・ う〜〜ん・・・・! 元気チャージってカンジだな。  おっと急いで帰らなくちゃ・・・ 

 今日はぼくが食事当番だからな〜 」

よ・・・っと全ての荷物を持ち上げると、セピア色の髪の青年は がしがしと急坂を登っていった。

 

 

 

「 ぼくも手伝うから。 その・・・食事の準備!  」

「 え ・・・ でも ジョーだってアルバイトがあるのでしょう? ほら・・・さかやさんの・・・ 」

「 うん だけど、きみもレッスンとリハーサルがあるじゃないか。

 だからさ、 順番にしようよ?  それならいいだろ。 」

「 え ・・・ええ。 でも・・・ ジョー ・・・ あの。 お料理、できる? 」

「 あ〜〜 バカにしたなあ〜 ぼくだって夕食くらい作れるさ! 

 カレーだろ、シチューだろ。 ・・・えっと・・・レトルト・ハンバーグ、冷凍シュウマイ 冷凍ピザ ・・・ 

 ・・・って 料理じゃないか ・・・ 」

「 ううん ううん、 すご〜〜く助かるわ! そうだ、わたし冷凍食品、いっぱい買っておくわね。

 日本のは皆美味しいもの。 」

「 あ そうしてくれるとすご〜〜く助かる! うん、勿論後片付けもするさ! 

 きみはとにかく!  舞台、がんばれ。 あの・・・ 白鳥・・の踊り! 」

「 ・・・ ありがとう! わたし・・・やるわ! ジョーもね、お仕事、頑張って。 」

「 うん! ともかく ・・・ 協力しよう。  な! 」

ジョーは す・・・っと手を差し出した。

 

       え ・・・ 握手・・・? キス、じゃないの・・・・? 

       ・・・ もう〜〜 ・・・  でも ・・・ ジョーにしては積極的よね・・・

       

「 ん。  よろしく! 

フランソワーズは 彼の手をきゅっと握った。

 

       えへ・・・ 本当はこの前みたく・・・キス してくれたらいいんだけど〜〜 

       ぼくも つい・・・ちゅ♪ ってやっちゃったし・・・

       ・・・ あは ・・・ でもフランにはキスなんてアイサツ程度なのかもなあ・・

       パリジェンヌ だもんな・・・ 

       あ  手、にぎっちゃった♪  えへ・・・♪

       ・・・ この手・・・ こんなに白くて細くて・・・ 華奢なんだ・・・

       ぼくは ・・・ この手、めっちゃ大事にするから  ね!

 

ティーン・エイジャー達は に・・・っと笑いあった。

 ― そんなわけで、現在ギルモア邸では二人の若者が交代で晩御飯を作っているのである。

 

 

 

わっせわっせ・・・と坂道を登り、セキュリティばっちりの門を通り玄関についた。

オート・ドアを ちょいと蹴飛ばし、玄関で靴を脱ぎ飛ばし ― リビングへ抜ける。

「 今日はさ、レトルト・ハンバーグ じゃないんだぜ。 手ごね風さ。

 ほら ちゃんとひき肉、買ってきたんだ。 ふふふ・・・ぼくだって料理できるんだからな〜  」

ジョーはがさり、と買い物袋をキッチンのテーブルに置いた。

ふんふんふん ・・・・ 彼はハナウタまで歌いつつキッチンを行き来している。

「 作り方はちゃんと調べたし。  え〜と? タマネギとニンニクだろ?

 あとは付け合せに ・・・ ニンジンだろ、じゃがいも。  サラダも作っちゃうゾ〜 」

ざざ・・・っとまな板を洗いタマネギを置き、 ジョーは<戦闘開始>とばかりに包丁を持ち身構え ・・・

 

   ― ガッタ −− ン ・・・・  ドンッ !

 

リビングから大きな音が聞こえてきた。

「 ?! な  なんだ??  誰もいないはずだぞ? 」

「 ・・・痛った〜〜〜 ! 」

「 !?? フランソワーズ?  え・・・帰っていたのかい?? 」

ジョーはタマネギと包丁を手にしたまま リビングにすっ飛んで行った。

 

  ―  居間には    彼女がいた。  

大きな木箱を抱えたまま ・・・ テーブルの前で顔をしかめている。

「 ・・・ ア  ジョー・・・ お かえり なさい・・・  痛った〜〜〜 ! 」

「 フラン!? どうか・・・したのかい。 どこか怪我を?? 」

「 ・・・ うう・・・ あのね ・・・ 今・・・テーブルの脚、蹴っ飛ばしちゃった・・・ の 」

「 ええ?   ・・・ あ! それで この前の左脚?? 」

「 うん・・・わたしの不注意なんだ ・・・・けど・・・ 痛ァいィ 〜〜〜 」

「 フラン、 フラン〜〜 まずその箱と置いて・・・座りなってば・・ ほら・・・ 。

 あ ・・・ ぼくが受け取るから、その箱・・・ はい。 」

「 ・・・ う  うん ・・・ ありがとう・・・・

 あ・・・!  ジョー、その箱本当にそ〜〜っと置いてくれる?  」

「 うん いいよ。  え〜・・・ これ、なんだあ? すごく古い・・・木箱だね?

 軽いけど・・・ 家にこんなの、あったっけ? 」

「 ええ ・・・ あの、これね。 この前 コズミ先生から頂いたのよ。 」

「 コズミ先生に?  この箱を、かい。 」

「 ええ、そうなの。  もっとあるのよ、全部持ってくるわ。 」

「 ??? あの・・・ これ・・なに? 」

「 あのね   お雛様  よ。 わたしが頂いたの。 」

フランソワーズはにっこり笑って ちょっと得意そうに言った。

「 ・・・ おひなさま ・・・? 」

「 そうよ、ジョーだって知っているでしょう? 雛人形。 三月三日のお節句に飾るの。 」

「 あ ああ  ・・・ 雛人形か。  桃の節句、だっけ。 」

ジョーは 手にもっている古い木箱をつくづくと眺めた。 

「 ええ そうなの。  そのお雛様なのよ、コズミ先生の奥様のものだったのですって。

 飾ってやってください・・・って わたしに譲ってくださったの。 」

「 へええ・・・・・ すごいなあ・・・・ それじゃ年代モノなんだね。 」

「 だから大切に飾らなくちゃ。  それに雛祭りには お見合い ・・・ 」

「 え? なに? 」

「 う ううん  なんでもないの。 雛祭りにはね、御馳走つくって晴れ着を着てお祝いしましょ。 」

「 いいなあ・・・ 楽しいよね。  それじゃこれ・・・さっそく飾ろうか。 」

「 あら、ジョーは晩御飯 お願い。  タマネギが待ってるわよ? 」

「 あ・・・ いっけね・・・ 」

ジョーは ソファに放り出したタマネギと包丁をあわてて取り上げた。

「 フラン、期待しててくれよ? 今晩はぼくの手作りはんばーぐ さ♪ 」

「 きゃあ〜〜 すごいわあ〜〜♪ 」

「 任せれくれよ? 」

ジョーはバチン とウィンクするとキッチンに戻り、フランソワーズは雛人形を箱から出し始めた。

 

「 ・・・ 楽しそうじゃな。  ほほう・・・ これがコズミ君からの頂きものかい? 」

がちゃり、とドアが開き 博士が入ってきた。

「 博士・・・ はい。  すごく・・・素敵ですよね・・・ 」

フランソワーズはうっとり雛人形を眺めている。

「 うむ ・・・ 日本のアンティーク・ドールじゃなあ、 この衣裳も凝っているな。

 あのなあ・・・フランソワーズ?  コズミ君から聞いたじゃろう?  本当に ・・・ いいのかね。 

「 え ええ。 」

「 先方は ・・・ その、全てを了解した上で ― 是非に、と言われているそうだが。 」

「 はい ・・・ あのわたしでよろしければ・・・ 」

「 そうか。  そうじゃなあ、こんなに器量よしで気立てのよい娘、放っておくヤツなんぞおらんわい。

 お前はワシの自慢の一人娘じゃよ、フランソワーズ 」

博士は くしゃり、と亜麻色の髪を撫でた。

「 博士ったら・・・ 」

「 よしよし・・・ うんと綺麗になってウチの誰かさんを慌てさせておやり。 」

「 ・・・ ジョー・・・が ・・・ 」

「 うん? 」

「 あの ・・・ 」

「 おお そうじゃ。 晴れ着を誂えなければな。 フランソワーズ、 明日の午後は空いているかい。 」

「 まあ 嬉しいわ。  はい、 それじゃ駅で待ち合わせます? 」

「 ・・・ いや、やはりな、ギンザまで出よう。  ワシが東京に行くよ。 

 向こうのメトロの駅で待ち合わせようじゃないか。 」

「 はい♪ きゃあ・・素敵・・・! ギンザでお買い物♪ 」

「 ふふふ・・・ワシも楽しみじゃよ。 明日はお前とデートじゃな。 」

< 父と娘 > は にっこり笑顔を見合わせた。

「 わ〜〜〜  フランソワーズぅ〜〜〜 助けてくれ〜〜 

 にんじん・ぐらっせ って コゲつきそう〜〜 」

「 え?  ジョー、まず火を止めて! 」

突然のキッチンからのSOSに 彼女は雛人形を放り出し、ぱたぱた駆け出していった。

 

「 おやおや・・・ 仲が良いのう。  ま、こういうことは なるようにしかならん、か・・・

 おお 雛人形さんたちも笑っておられるわい。 」

とん ・・・と博士は内裏雛をテーブルに置いた。

 

    雛祭りは もうすぐ ・・・ 桃の花もほころび始めていた。

 

 

 

 

「 お〜〜い、 島村ァ〜〜 すまんが、これも頼む! 」

「 はい!  今 行きますッ 」

がしゃん・・・とビール・ケースを荷台に積み込むと ジョーは倉庫にとって返した。

ジョーのアルバイト先は <旨く・安い>がモットーの酒屋。

所謂 チェーン店体系の店舗ではないので 均一なスマートさはない。

しかしその分、店主のオヤジの気配りと気風で地元に根強い人気を誇っている。

ジョーはその店の 配達要員 として雇われた・・・のだが。

 

「 はい オヤッサン。 どれですか?  ああ ・・・ こっちの缶ビール箱ですね。 」

「 ああ。 ・・・ お前持てるか? ・・・うへえ 大丈夫かよ? 」

ひょい、と片手に2箱づつ持ち上げたこの新入りに 店主のオヤジは目を剥いた。

「 あ・・・ ええ ぼく、力だけが取り柄なんです。 ほら、ば〇力っていうじゃないっすか。 」

ジョーは内心 しまった・・と思い、何気に一箱は足元に置いた。

「 そ・・・ そっかあ?  ま・・・あんまし無理するなよ、いっくら若いったってな。 」

「 はい!  それじゃ配達、イッテキマス。 」

「 うん、頼む。  ・・・うん?  あ っと、・・・ その前に店の客、頼む。

 へい、いらっしゃいッ!!  」

オヤジは店にむかって大声で挨拶をとばす。

どうやら表の店舗に 客がきたようだ。

「 ・・・ え。 きゃ  客・・・ですか・・・ 」

たった今まで元気が服を着ている風だった青年は たちまち青菜に塩・・・ 

長い前髪で顔を隠し、おどおどしている。

「 ああ。  一人か二人みたいだし。  ちゃちゃっと頼む。 」

「 ・・・ はァ・・・ 」

ジョーは 俯いたままのろのろと店舗の方に歩いていった。

「 なんだァ? 島村のヤツ・・・ アイツ、なかなかイケメンだから評判 いいんだがなァ・・・ 」

ま、配達さえしっかりやってくれれば文句はないからな・・・とオヤジはのんびり奥に入ってしまった。

 

   ― 店舗では ・・・

 

「 ね〜え? このワイン〜〜 美味しいのかしらァ? 」

「 え ・・・・ さ さあ・・・ 」

「 ふうん?  ボクはどれが好き? 」

「 ぼ・・ ボクぅ?? 」

「 うふふ・・・ ボクが好きなの、お姐さん 買ったげるわァ〜 」

「 あ ・・・ あのぅ・・・ ぼ・・・いえ 自分はまだ未成年で ・・・ 」

「 ねえ ねえ! 店員さん?  焼酎でお勧めはなあに? 」

「 あ ちょっとお待ちください・・・  えっと・・・しょ ・・・ 焼酎、ですか? 」

「 そお。 私ィ 全然わからないのォ〜 だから一緒に選んで♪ 

 うふ〜ん 一緒に飲んでもいいのよォ〜 」

「 ・・・ あ あの〜〜 一緒に・・・ってその・・・ 」

やたらべたべた寄ってくる年増客やら目化粧ばっちりなOL風・・・に絡まれ、ジョーは四苦八苦してる。

「 その  あの ・・・ その〜〜 」

「 ― お〜〜い 島村ァ〜〜 店はどうしたァ〜 」

「 あ! オヤッサン〜〜! 」

ジョーは正に地獄に仏・・・という気分だった。

「 お いらっしゃいませ。  本日はなにを? ドイツ・ワインの銘柄ものが入りましたよ。

 紫芋の焼酎は如何です? なかなか評判ですよ〜 」

「 まあ そうなの? こちらのお勧めはいつもツボなのよねェ 」

「 紫芋? それってレアものじゃない? 

「 お〜さすが お客さまがた〜 お目が高い〜〜 」

オヤジは 上手く客をあしらってくれた。

 

     く ・・う〜〜〜  ・・・・ 助かったァ〜〜

     接客は ・・・ ううう・・・ 戦闘の方がまだ マシだよう〜〜

 

「 おらおら・・・配達、 頼むぞ。 」

「 あ・・・ は はい!  イッテキマス!! 」

「 あらァ〜〜ん ・・・ ボク、行っちゃうのォ〜 」

「 すいませんね〜 アイツ、まだ学生なんで・・・ 酒の味、しらないんですよ〜 

 舌の肥えたお客さん達のお相手には まだまだ・・・役不足で・・・ 」

「 あらァ・・・ そうなのォ 〜 ざ〜んね〜ん・・・」

「 ねえ その芋焼酎 ・・・ 試飲できる? 」

「 へいへい、ちょっとお待ちを 」

オヤジは手馴れた様子で客をさばいた。

 

     ま・・・ ヤツにはまだ無理だな。

     でもヤツ目当ての客も増えたし・・・

     配達は平気で二人分くらい運ぶし ・・・ 

     ふふふ〜  大当たりなバイトだよなあ〜

 

酒屋のオヤジも やっと外回りに出られたジョーも ハナウタふんふん♪なのだった。

 

 

ジョーは張り切っていた。

そりゃ・・・接客は苦手だけど。 配達の仕事は性に合っている。

張大人の協力で まとまった注文も取り付け、オヤジを喜ばせた。

「 え〜と・・・ 居酒屋と料亭と。 あとは一般家庭だな。 

 それじゃ ・・・順番としては ・・・ 」

ちら・・・っと伝票を見てから ジョーは猛然と配達用バイクを発車させた。

「 ホワイト・デーがあるもんな。  フランの舞台もある。

 がんがん稼いで でっかい花束、贈るんだ♪ チョコも好きなんだよな〜、フラン♪ 」

 

     バレンタインの日 ・・・ 可愛いかったよなあ〜〜

     やられた!って気分だったもん。 

       ― フラン。  ぼく  決めたからね。

     花束もって、申し込むんだ!

     チョコを差し入れして ・・・ 頼むんだ。

     ぼくと・・・オツキアイしてくださいって!

 

     えっへん! それで ・・・ キス する。 ちゃんと するぞ!

     <挨拶の> じゃなくて  ディープな 大人のキス ・・・!!

 

ジョーはぐぐ・・・っとアクセルを握った。

 ババババ −−−−−  

荷物満載の配達用バイクは 快調に走っていった。

 

 

 

「 コズミ先生、 お雛様、ありがとうございました。 」

「 おお お嬢さん ・・・ 上手く飾れましたかな。 」

翌日、博士と買い物の帰りにフランソワーズはコズミ博士の家に御礼に伺っていた。

「 はい、教えて頂きましたとおりに ・・・  

 でもあんまり綺麗で素敵なので 何回も手にとって眺めています。 」

「 ほうほう・・・ 雛さん達も喜んでおるでしょう。 」

「 コズミ君、 それで・・・ あの件じゃが。 どうぞ宜しく頼みます。 」

「 はい、確かに承りましたぞ。 いやあ 先方は乗り気十分ですからな。 」

「 それで今日は晴れ着を誂えてきたんじゃが。  こんなものでよいか・・・見てくださらんか。

 なにせワシはとんと・・・ この国の習慣には疎いのでな。 」

「 ほっほ・・・ワシもあまり頼りにはならんが・・・  

 いや お嬢さんならなにをお召しでも映えることでしょうな。 」

「 あの・・・わたし。  お茶を淹れてきますね・・・ 」

気恥ずかしくて居た溜まれなくなり フランソワーズは早々にコズミ家の台所に逃げ込んだ。

 

「 ははは・・・ 娘心は複雑じゃからな。 」

「 しかしギルモア君   本当によいのかな? 」

「 うん? なにが だね。 」

「 いや・・・ このハナシを進めてしまっても・・・ お嬢さんは ・・・ 」

「 あの娘 ( こ ) も 乗り気のようじゃよ? 」

「 う〜む ・・・ ほれ あの、茶色い髪の・・・ ジョー君! 彼はお嬢さんのことを 」

「 仲はよいようじゃが・・・ まあ ・・・ 姉弟、といった感覚らしいぞ。

 アイツもまだまだ若いし ― ま、 本人たちの意思に任せようと思っておるんじゃ。 」

「 ふうむ・・・? まあ それではワシからジョー君にそれとなく・・・ 」

「 そうしてくれますかな。  いろいろありがたいです。 」

「 いやいや・・・ワシらも若いモンへのお節介を あれこれ焼くジジイになったということですな。 」

「 確かに ・・・ 」

「 こんなコトに陰謀するのは ― 平和な証拠じゃよ。 」

「 左様 左様 ・・・  恋せよ 若者たち、じゃ。 」

ははは ・・・ と老爺たちは白髪を揺らせ笑いあった。

 

 

 

若者二人は順当に <御飯当番> をこなしていた。

ジョーのレパートリーは増え、フランソワーズは冷凍食品を上手に利用するようになった。

 

   ふんふんふん ・・・・

今晩はジョーの担当、 彼もかなりの余裕でキッチンに立つようになった。

「 え〜と・・・? 肉に下味は付けたから・・・ 次はジャガイモ、剥いてっと・・・おっとォ? 」

    ♪♪♪ 〜〜 ♪♪

ジョーの携帯がズボンの尻ポケットで鳴った。 

「 ? ・・・ あ♪ フランだ♪   ― はい?  」

「 ジョー? わたし。 あのね 今日ね、コズミ博士をお夕食にお招きしたって 

 博士が・・・ お献立、大丈夫? 」

「 フラン・・・ へえ コズミ博士が?  うん ・・・ うん、大丈夫さ。

 うん ・・・ 今、途中。 なに・・・って肉ジャガだから・・・ うん、平気さ。 

 あ ・・・ でも フラン〜〜 なるべく早く帰ってきてくれると嬉しい・・・ 

 ありがとう・・・! うん、それじゃ・・・ 」

ちゅ ・・・! ― 電話を切ってしまってから ジョーは口の中でキスを彼女に送った。

「 よ〜〜し・・・!  頑張るぞ!  

 えへへへ ・・・ ジョーってばお料理も上手なのね・・・なんて♪ 」

  ふんふんふん ・・・   ジョーは特上気分で食事作りに没頭した。

 

 

 

「 いやあ ・・・ 美味しかった!  ジョー君、なかなかの腕前ですな。 」

「 うわ・・・ 本当ですか〜〜 コズミ博士〜〜 」

「 そうよ、すごく美味しかったわ〜〜 ジョーったら何時の間にこんなにお料理上手になったの? 」

「 え ・・・ えへへへ ・・・ 

コズミ博士を迎えての夕食は ジョーの <にくじゃが> が大好評だった。

「 うむ ・・・ ?  なに? これは・・・冷凍食品ではないかい?? 」

「 いやだ〜 ギルモア博士〜〜 今日のお献立は全部ジョーの手作りなんですよ。 」

「 ・・・ そ ・・・ それはすごい・・・! ワシはてっきり・・・例の チン!! かと思ってたぞ。

 いやあ〜〜 ジョー、すまん! 」

ギルモア博士はきれいに空にした皿・小鉢を前に ジョーに謝っている。

「 え・・・ いや〜〜博士〜 そんな ・・・ 既製品と間違えてもらえて嬉しいですよ〜 」

ジョーは照れまくっている。

「 本当よ、ジョー。 今日のお食事、本当に美味しかったの! 」

「 ・・・ありがとう・・・! フランソワーズ・・・ 

 あ ・・・ それじゃお茶を入れてくるね。  美味しい玄米茶が手に入ったんだ〜 」

「 そう?  それじゃ わたし・・・・ コズミ先生。 晴れ着を見てくださいますか。

 帯と帯揚げの取り合わせとか・・・ 間違ってないか見てください。 」

「 おお お嬢さん ・・・是非是非 ・・・ 」

ジョーはキッチンに、フランソワーズは自室へと出て行った。

 

 

「 ほうほう・・・ これはいい茶葉ですな。 」

「 ・・・ふうん ・・・ 香ばしくていい味じゃな、 ジョー。 」

「 日本茶って本当にいろいろあるんですねえ。 ぼく、最近知りました。 」

ジョーの淹れてきた玄米茶も また好評だった。

「 あれ? フランは・・??  」

「 なに、お嬢さんの着替えにはちょいと時間がかかるのが通例ですからな。 」

「 ・・・ 着替え?  あ ・・・ そういえば晴れ着っていってたけど・・・ 」

「 ジョー。  雛祭りにな、フランソワーズは見合い 」

「 え? 」

 

   ―  カラン ・・・

 

リビングのドアが開いて ・・・ 春の妖精が入ってきた。

「 ・・・ お待たせしました。  」

「 おお ・・・  素晴しい・・・ 」

「 う わあ・・・・ 」

「 ほうほう・・・ これはギルモア君のお見立てかな。 」

「 ・・・ 急いで着たので ・・・ あまり上手く着付けていませんけど・・・ 」

フランソワーズは 薄紅色の振袖を揺らしジョーたちの前に立った。

曙の空の色の地に 春の花が裾から袖、肩へと咲き誇る。

帯揚げの濃い紅色がアクセントになり、落ち着いた色合いの帯をも引き立てていた。

 

「 すご・・・ きれいだね〜〜 ぼく・・こんな綺麗な着物って初めてみたよ。 」

「 おやおや・・・ ジョー君? キレイなのは着物ですかな? 」

「 え・・・ あ・・・ コズミ博士・・・・ そ そんなこと・・・

 あ  あの! フランソワーズ!  ものすご〜〜く ものすごくキレイだよ・・・ 」

「 まあ ・・・ 」

あははは・・・・  ふぉふぉふぉふぉ・・・・  クスクスクス ・・・

リビングは明るい笑い声でいっぱいになり いつしかジョーも気持ちよく笑っていた。

「 あの コズミ先生。  これでいいでしょうか。 先様に失礼なことは・・・ 」

「 いやいや 上出来じゃよ、お嬢さん。  いや〜〜実に美しい! 

 ああ 当日はな、椅子席にしてもらいますからな。ご安心なさい。 」

「 まあよかった・・・! わたし、それが一番不安だったんです。 」

「 ・・・??? 」

「 あ これ わたしのお茶ですよね。 頂きます。   ・・・ ああ 美味しい! 」

フランソワーズは そっとソファの端に腰掛けると玄米茶の湯呑を口に運んでいる。

「 フラン、 きみもこのお茶、気に入ってくれた? 」

「 ええ ・・・ ちょっとカフェみたいね? 日本のお茶は本当にいろいろあるのね。 」

「 そうだね。  ああ・・・ 本当にすごく ・・・ すごくキレイだよ〜フラン・・・ 

 着物、着れるなんて知らなかった・・・ 」

ジョーはもう彼女から目を離すことができない。

「 うふふ・・・ありがとう ジョー。 お正月に着せて頂いて・・・自分で着られたらなあって思ったの。

 でもまだまだ・・・なのよ。  <本番> にはやっぱり着付けをお願いするつもり。 」

「 本番? 」

「 ええ 雛祭りの日 ・・・  それじゃ わたし、着替えてきますね。 」

「 おお そうなさい。  うん、その取り合わせで結構じゃと思いますな。 」

「 ありがとうございます、コズミ先生。  それじゃ・・・ 」

フランソワーズは優雅にお辞儀をすると リビングを出ていった。

 

「 ・・・・・・・・・・ 」

ジョーは彼女の後ろ姿から目が離せないようだ。

「 ジョー君? ふぉふぉふぉ・・・ いい目の保養なりましたかな。 」

「 あ・・・ いや  コズミ博士 ・・・ 彼女 すごく、すごくキレイですね! 

 あのぅ・・・ 雛祭りの日になにか・・・? 」

「 ・・・あれ。  ジョー、 お前、聞いておらんかったか? 」

「 え? ぼくはなにも・・・ 」

両博士は おやおや・・・という顔を見合わせている。

「 ほっほ・・・ 実はな、 あのお嬢さんにいいお話があっての。 」

「 ・・・ いい はなし ・・? 」

「 それ、 縁談 というヤツじゃよ。  うん、彼女もお年頃じゃからなあ・・・

 あの美貌に人柄 ・・・ 目を付けているヤツはゴマンとおるよ。 」

「 え ・・・ 縁談 ・・・?  」

「 お嬢さんもお年頃じゃならなあ・・・  今度の雛祭りの日にな。 」

「 ・・・そ ・・・ そうなんです  か ・・・ 」

ジョーは お盆を手にしていたことに感謝した。

ぎゅ・・・っ握った盆をソファに突き立てることで 辛うじて身体のバランスを保つ。

「 なに、わしの知り合いで若手の研究者がなあ 是非一度・・・と言い出してなあ。

 いや、無理に進めたわけではないのだが・・・ 」

「 ・・・ は あ ・・・ 」

「 ジョー。  あの娘 ( こ ) が、フランソワーズも承諾したのじゃよ。

 こんな自分でよかったら 是非 とな。  」

「 え ・・・ そ そうなんですか・・・ 」

「 うむ。  しかし な。 ジョー、お前の意見は いや、 お前たちは その・・・? 」

ギルモア博士が言葉を切り ジョーの顔を覗き込む。

「 え・・・ あ ・・・あの。 」

ジョーはますます俯いてしまい、セピアの髪しか見えない。

「 ジョー君?  君たちがもし・・・ なにか約束でも交わしておるのじゃったら ― 」

「 コズミ博士 ―。 」

ジョーは すっと顔をあげるとコズミ博士をまっすぐに見つめた。

「 あの。 彼女が  フランが ・・・ そう したいのなら。 彼女が望むなら。

 ぼくは  彼女の幸せを祈るだけ です。 」

「 そうか。  そう言ってくれるか ジョー君。 」

ジョーは  く・・・・っと何かを飲み込み、一瞬 きゅっと唇を噛み ― そして明確に答えた。

 

「 ― はい。 」

 

 

 

 

その夜 ジョーは徹底的にキッチンを磨き上げていた。

シンクやガス台だけではない、鍋類も ― なぜか使っていないものまでぴかぴかにしていた。

「 ・・・ ジョーォ?  そんなにキレイにしなくてもいいのに・・・ 」

「 あ うん。 ちょっとぼくがやりたいだけだから。 」

「 そう・・? ね、適当なトコで終わりにして皆でお茶、飲みましょう? 」

フランソワーズが キッチンを覗き込む。

晴れ着を脱ぎ普段着になりいつもの彼女 なのだが ―  ジョーは彼女の顔を見られない。

「 うん ごめん・・・お先にどうぞ? もうちょっとだから・・・ やってしまうよ。 」

「 そ・・・お ?  じゃあ ・・・ 待ってるわね。 」

「 ・・・・・・・ 」

返事の替わりに ジョーは鍋を きゅきゅ・・・っと擦った。

 

      ごめん  ・・・ ごめん フラン・・・

      ぼく  きみの顔が ― 見たいのに見られない。

      ははは ・・・ 情けないよな、ったく・・・

      きみに愛想を尽かされても しょうがない よな・・・

 

         そんなの、 やめろよッ !

 

      ―  なんて  言えないよ。

      きみのあんな素敵な笑顔を見ちゃったんだもの・・・

      ぼくに きみの幸せを妨害する権利なんか ・・・ ないよ。

 

その夜 ジョーは車でコズミ博士と送っていった。

「 ・・・ ジョー君や。 」

「 はい?  ああ もうすぐですよ。 」

「 うん。 あのな ジョー君。  人生にはな 守る時と進む時の見極めが大切じゃな。  」

「 ― はい?? 」

「 いや なに。  おお ありがとう、こんな時間に悪かったな。」

「 いえいえ・・・ ちょっとお待ちください。  はい、どうぞ・・・ 」

「 ありがとう! ギルモア君とお嬢さんに宜しくな。  

 いやあ〜〜 美味い晩飯を本当にありがとう。 ・・・ お休み。 」

「 はい、お休みなさい。 」

 

       ・・・・ だけど。 

       ぼくは。 ぼくは ・・・ フランの笑顔を・・・

  

       ちがうよ。 そうじゃない。 

       ぼくは  せめて彼女に嫌われたくない ・・・ のさ!

 

満天の星空の下 ・・・ ジョーは目を上げる気にもならない。

ひたすら前だけを見つめ車の中を 溜息で満タンにしつつ帰路についた。

 

 

 

「 お〜い! 島村〜〜  ?? あれ? し〜まむら〜ァ  どこだァ! 」

「 ・・・・・・・・ 」

「 あれ? アイツ・・・ 遅刻したことなんかねえのに・・・ 配達、溜まってるんだが〜 」

さかやのオヤジは 倉庫の中を見回しつつぶつぶつ言っている。

「 いいヤツだって思ってたのになあ。  やっぱ今時の若いのと同じか ・・・ 」

ふん・・・ とオヤジはちょっとばかりがっかりした顔をしていた。

 

「 ・・・ おやっさん ・・・ 」

 

突然 倉庫の暗がりから ぬ・・・・と茶髪アタマが現れた。

「 おわっ???  ・・・ な なんだ・・・ 島村、お前いたのか〜 」

「 はァ ・・・ ずっと・・・ 」

「 は〜ん 昼寝でもしてたのかよ。 」

「 いえ ・・・ 思索に耽っていただけです・・・ 守る時 と 進む時 ・・・  」

「 あん? なに なんだ?  」

「 ・・・いえ・・・ ぼくの独り言です。  ああ ・・・ 配達の時間ですね・・・ 

 リストは ・・・ ああ これか。  じゃ・・・イッテキマス・・・ 」

青年は 御通夜にもでゆくみたいな雰囲気でのろのろ倉庫を出ていった。

 

「 なんだァ? アイツ・・・ 振られたのか? まさかなあ・・・ 」 

あのイケメンだもんな、きっとゲームでもやって徹夜でもしたんだろ・・・ 

オヤジは独り決めし、 店舗へと戻っていった。

今日は 繁華街への配達なんだが・・・まあアイツなら巧くやるだろ・・・

 

 

「 ・・・ うわ・・・ッとォ。 ここからは減速だな・・・ 」

ジョーは繁華街に配達車を入れてから ぐっとスピードを落とした。

通行人も多いしなにより 脇道から不意にヒトが飛び出てくる。

さすがのジョーも慎重に運転していた。

本道からさらに細い裏道へと入ってゆく。

そこには間口の狭い店が軒を連ねていた。 営業開始にはまだまだ程遠い時間らしい。

 

「 え〜と・・・ BAR Blue ・・?  あ ここかあ・・・ あの〜〜? 」

ジョーは濃紺のドアをちょびっと開け首をつっこんだ。

 

「 ・・・あ〜・・・?  酒屋かァ おう、ご苦労さん〜 こっちに運んでくれるかな〜 」

カウンターの奥でバーテンダーらしき男が返事をしてくれた。

「 あ はい〜 えっとォ・・・ 」

ジョーは伝票と確認しつつ 注文の品々をひょいひょい運んでゆく。

「 ・・・ ふうん ・・・?  兄ちゃん、力持ちだねえ・・・ 」

「 え・・・あは・・・ ば〇力 っていいますよね〜 」

ジョーは適当に調子あわせつつ がしがし運ぶ。 

「 えっと・・・ これで全部ですね。  はい ・・・ 納品書。 」

「 お ・・・ さんきゅ。  あれ・・・ 」

「 はい? 

「 兄ちゃん ・・・ バイトだよな? 」

「 え・・・あ はあ・・・ぼく、バイトですけど〜 」

カウンターにいた男性が 突然ジョーの側に寄ってきた。

ジョーは思わず二 三歩後退りした。

「 兄ちゃん?  いいねえ・・・ イケメンで そんで ちょい幼くて。 このくせッ毛もいいよなあ〜 

 接客、やってみないか。 なに、最初はカウンターで洗い物でいいんだ。 」

「 え・・・接客って ・・・ 」

「 うん♪ 兄ちゃんみたいなコ、 モテるんだよね〜〜 

 いや、 お姐さんらだけじゃなくてさ。  ムッシュウ達にも。 

 なあ〜〜 ウチでバイトしないか? 」

「 ・・・ お姐さん?? むっしゅう??? 」

「 酒屋のバイトよりず〜っと出すし ・・・ 配達よか楽だぜ?

 な、 どう? 明日っからでもいいぜ。 」

「 え ・・・ あの あの・・・ぼく ・・・ 」

ジョーはじりじり・・・後退りを始めた。

 

「 ちょっと。  ヒロシ。 ・・・ このコはだめだよ。 」

 

店の奥から違う声が聞こえてきた。  低いけど艶と張りのある声だ。

着物姿の中年の美女が現れた。

「 ママさん ・・ 」

「 このコは ― あたしの知り合いなんだ。 余計なちょっかいはやめとくれ。 」

「 ・・・ す すいません・・・ 」

「 いいって。 店の準備、たのむね。 ヒロシがいなくちゃ、ウチの店は開かないじゃないか。 」

「 あ ・・・ へ へへへ・・・了解っス。  兄ちゃん ごめんな〜  」

「 ・・・え ・・・い いえ 」

「 さ あんた。  これ・・・ 持って早く店に帰りな。 」

「 は はい・・・  う・・わ ・・・」

ジョーは中年美女に受け取りと一緒に ドアの外に押し出された。

美女も一緒に外に出た。

「 坊や。 ご苦労さん。 」

「 は はあ ・・・ どうも ・・・ 」

「 ごめんね、ウチの若いのが余計なコト言ってさ。 」

「 ・・・え いえ ・・・ そんな ・・・ 」

ジョーは ほっとした気分も手伝って思わず笑みを浮かべてしまった。

 

   ― ふうう ・・・ 困ったねえ・・・

 

「 ・・・ え? 」

中年美女は深く溜息をつき、ジョーの手をぎゅっと掴んだ。 

「 あ ・・・ あの ・・・? 」

「 坊や。  あんたね、 <いやだ> って言わなくちゃ。 」

「 ・・・・!? 」

「 いいかい、 自分の意志をはっきり言うこと、覚えるんだよ。

 そりゃ <NO> を言うは勇気がいるさ。 」

美女は ふ・・・っと吐息を吐きジョーの手を離した。

「 でも 坊やにはできるだろ? 」

化粧の濃い目がじっとジョーを見つめている。 

「 ・・・ は  はい・・・! 」

「 うふん ・・・ ほんと、可愛いねえ・・・ ちょいと一口〜 」

「 ?? うわ・・?? 」

彼女はジョーについ、と顔を寄せると彼のほっぺたキスし さっとドアの中に消えた。

 

「 ・・・あ ・・・ は ・・・・  あ ありがとうございました!! 」

 

ジョーは閉ったドアに向かって最敬礼をした。

 

 

 

  ババババ −−−−−−!!  バ ・・・・ッ!!

 

   ―  決めた!!  言うぞ  言うんだっ!

 

ジョーは配達用バイクで疾走しつつ 心の中で叫んでいた。

「 ・・・ あ!  花・・・・! 花束がいるんだよ。  え〜と・・・花屋さんは? 」

繁華街の出口ちかくに もう閉店間際の花屋があった。

まっとうな人々は家路につき 夜の街はこれからが盛況、という時間だった。

 

「 えっと・・・ 薔薇の花束がいいかな・・・ 」

ジョーは配達用バイクを止め、花屋の店先に駆け寄った。

「 ・・・・っと  うわ・・・たっけ〜〜〜 」

花の値段を生まれて初めてしげしげと見つめ ジョーの目はまん丸から点に萎んでいった。

引っ張り出した財布はぺしゃんこ、とても <豪華な花束> には届かない。

「 あ・・・すいません〜〜 もう閉めるんで〜 」

花屋のバイトと思しき店員がアタマを掻いている。

「 あ ・・・ ごめん こっちこそ・・・ ううう〜〜 でも なんか・・・ 」

  ― コツン ・・・  ジョーの爪先が何かを蹴飛ばした。

「 あ なにか蹴っちゃった・・・すいません・・・  」

「 ・・・あ〜 それ、もうダメっぽいから・・・ いいで〜す。 」

「 え ・・・ダメってこれ・・・ なんかの苗かな。 」

ジョーは足元に転がった鉢を そっと取り上げた。

確かにあまり元気がない・・・ 緑の葉がへなへなしている。

「 ・・・? あ ・・・ 花が 白い花 ・・・ え これって・・・ 」

「 ああ それ 苺なんですけど。 売れ残りでダメっぽいんで・・・ 」

「 ― これ! ください!! 

 

結局 ジョーはポケット中の小銭をかき集め 萎びかけた苺の鉢を買った。

 

 

酒屋のオヤジに伝票を渡し、倉庫を片付け掃除をし。  

ジョーはすっ飛んで帰路についた。

 

     ううう 〜〜〜 加速装置・・・したい・・・けど。

     だめだ!  この 苺がダメになっちゃうよ〜〜

 

     ・・・ この坂ってさ! こんなに急で こんなに長かったっけ???

       ―  チックショ 〜〜〜〜!!!

 

ジョーは悪態を吐きつつ ・・・ 玄関に飛び込んだ。

 

「 フランソワーズ !! 」

「 ・・・ ジョー  お帰りなさい。  お仕事、お疲れさま。 」 

いつもの笑顔が 彼を迎えてくれた。 

「 ― ただいま。  フラン・・・ ! 

「 はい?  ・・・ あら・・?  」

ジョーは彼女の手を掴みどんどんリビングに入ってゆく。

「 ジョー・・・? なあに、どうしたの? 」

「 ・・・・・・・ 」

リビングに入るまで ジョーは口を開かなかった。

「 ジョーってば・・・ どうしたの、なにかあったの? 」

「  ― ああ。 あったさ。 」

リビングの中央で ジョーはやっと彼女の手を離した。

くるり、と振り返り 彼女と真正面から向き合う。

「 ・・・? ・・・・ あの  なあに。 」

「 フラン。  ダメだから。 」

「 え?? 」

「 だから ダメだ。  ― 見合いなんかするな。 」

「 ・・・な? 」

「 ぼくがコズミ先生に謝る。 だからこの話は ナシ だ。   いいな。 」

「 え ・・・ なに、そんな急に・・・ いきなり・・・ 」

「 ― ぼくが ・・・ ぼくが引き受ける。  き  きみの全てを。 そ その・・・一生 ! 」

きっぱりと言い切ると ジョーはそっぽを向いてしまった。

「 ・・・ ジョー ・・・ そ それって・・・ 」

「 うん。 」

ジョーは振り向くと俯いていたが くっと歯を噛み締め、顔を上げた。

 

「 ― ぼくと付き合ってください。 その・・・け けっこ・・・ん前提・・・で! 」

 

叫ぶみたいに言うと 彼は苺の鉢をずい、と差し出した。

「 ・・・ ジョー ・・・・ 

白い手が そっとその鉢を受け取る。

「 ・・・ あ   あの ・・・・ 」

「 ・・・・・・・・ 」

ジョーの目の前で 亜麻色の髪の乙女が微笑んでいる。

彼女は こくん・・・と頷いた。

「 このいちご。  ・・・ 実ったら一緒に食べましょ。 」 

「 うん ・・・ ! 」

 

ジョーはようやく  My Sweets を得た・・・らしい。

 

 

 

   ********   おまけ   ********

 

 

「 ええ ?? おみあい って。

 < お友達になってくださいますか? >  ってことじゃないの? 」

碧い瞳はまん丸だ。

「 ・・・ フラン ・・・ きみって ・・・ マジでそう思ってたのかい?? 」

「 だって・・・ 違うの? この国の習慣なんでしょ?

 雛祭りにお友達をご招待するのと 同じでしょ?  」

「 ・・・は ・・・・ あは ・・・・ 」

 

     よ  よかった・・・!  あの時、勇気だしておいて・・・!

 

ジョーはがく・・・っと座り込み ― 次の瞬間立ち上がり がば!っと彼の恋人を抱きしめた。

「 あ・・・ ジョー・・・ 」

「 フラン・・・! 苺を食べるのは ぼくとだけ! だからねっ・・・!」

 

 

 

**************************     Fin.     ************************

 

Last updated : 03,08,2011.                          index

 

 

************    ひと言  *************

『 Your Sweets 』 のジョー君版・・・かも。

ま〜 こんな甘い日々があってもいいのじゃないでしょうかね?

だって 18歳と19歳のカプなんですから。

あ ・・・ もしかして後日談がある・・・かも??

えっと 書き忘れましたが平ゼロ設定であります。