『 想い人 ― (1) ― 』
<運命のヒト> とか <運命の出会い> とか 言うけれど。
それらの多くはただ単なる偶然にすぎない ・・・ はずだ。
ただ当事者が勝手にそう思い込むだけであり それはもしかしたら<運命>にとっては
甚だ迷惑なことかもしれない。
ここにもそんな ・・・ <運命>に迷惑をかけているヤツが いる。
彼女は ・・・運命の女性 ( ひと ) なんだ。
あの時 ・・・ 初めて彼女と出会った時 ・・・ いや!
初めて彼女を見た、その瞬間に だな
ズバ −−−−− ン ・・・・!
こう・・・ 脳天からショックが駆け抜けた !
あんな体験は 後にも先にもいっぺんもないし。
うん、だからやっぱり。 どうしても!
彼女は 運命の相手 なんだ!
そのオトコ、特に狂信的な性格ではなく、ごく平凡な当たり前の青年である。
特に < 偉人 > とか < 尊敬するヒト > とかにはなり得そうもないし、
無論 困った存在、 残念オトコ 狂暴人 には決してならない ・・・
そう、 彼はどこにでもいる、ごくふつ〜な青年であった のだが。
ある出会いが 彼の人生を大きく ― 変えた!
出会ってしまったヒトの名は フランソワーズ・アルヌール。
彼の名は 島村ジョー ではなくて 山内拓也。
彼の女性 ( かのひと ) と 運命の出会い をしたのは、なにもジョー君だけじゃないのだ。
― バン ・・・ッ !
かなり大きな音で更衣室のドアが開いた。
「 おっはよ〜〜〜っす! 」
「 !? ・・・ あ ・・・ ビビったァ〜 ・・・オハヨさん 」
「 わ? ・・・ あ〜 おはよ〜っス 」
「 ・・・ お早う。 」
先着のメンバーは 一様にちょいと間を置いてから挨拶を返してきた。
わざわざ乱暴に開ける必要もない場所であるし、ガキンチョの教室でもないのだ。
・・・ なんだ コイツ。 ここはガキには用はねえぜ
そんな無言の視線など 彼はぜ〜んぜん気にしていない。
・・・・ ふんふん ふ〜〜ん♪
ハナウタなんぞ口ずさみつつ、ぼすん! とでっかいバッグを置きさっさか着替え ―
バン ッ !! またしても大音響と共に出ていった。
「 な! なんなんだ〜〜 アイツ! 」
「 ・・・ 先月のオーディションで入ったヤツだろ〜 ほらどっか地方から 」
「 あ〜 ・・・ そんなこと、聞いたなあ 」
「 ・・・ やまうち たくや だろ 」
「 ・・・ でも 巧いっすよね 結構 ・・・ 」
「 若いだけ さ。 」
ぶつぶつぶつ ・・・ 更衣室でのウワサ話は男子も女子もたいして変わりないとみえる。
ここは 都心ちかくのある中堅どころのバレエ団の稽古場。
規模はそれほど大きくないが、歴史と主宰者の指導力には定評がある。
国立とか大規模なバレエ団に比べても遜色ない実力と人気があり、団員になるのはなかなか難しい。
ゆえに、 当然団員たちのプライドも結構なもの なのだ。
「 フンフン〜〜〜♪ いちいちうっせ〜な〜 ・・・っとに。 聞こえてるゼ 」
ガシガシ ガシ! 青年は大股でスタジオまで廊下を歩いてゆく。
出来ればジャンプして行きたいところなのだが ・・・ それは厳禁なのだ。
このバレエ団の主宰者は初老の女性で 現役時代はずっと欧州で活躍していたという。
彼女の決めた不文律は 秩序を守り優雅に だ。
ちぇ・・・いろいろめんどクセ〜〜なあ ・・・
ま、稽古場は広いし〜 ボーイズ・クラスはあるし ・・・
その点じゃ オレには天国だけどさあ〜
彼は相変わらずフンフン〜〜ハナウタを唄いつつ タオルを天井に向かって放り投げていた。
パタパタパタ ・・・!
軽い足音が響いてきた。
「 お? お〜いおいおい・・・ 駆け足、禁止〜 なんじゃね〜のかあ?
ふう〜ん この音じゃ女子だな〜 誰だよ〜〜 」
「 ・・・ハア ハア ・・・ きゃ〜〜〜 ぎりぎり〜〜 」
かなり大きな独り言が聞こえてきた。
「 遅刻だよ〜 お嬢さん・・・って ・・・ ふふふ〜ん ・・・ よォし♪ 」
タクヤはちょいと茶目っ気を出し、 脚を止め − そして。
ひょい、と廊下の角をまがると すぐ目に前に頬をそめた女子が走ってきていた。
― タ ・・・ッ ・・・! ふわり ・・・
彼は彼女を きれいにリフトし、頭の上までもちあげた。
「 え? あ? きゃあ〜〜〜 ・・・?? 」
「 は♪ ナイス・タイミング〜〜 君、 軽いね〜〜 」
「 ??? あ あの〜〜〜 お 降ろして・・・ 遅刻しちゃうぅ〜〜 」
「 あは ごめん 〜〜 ほら 急げ〜〜 」
「 え ええ ・・・ 」
彼はすた・・・っと彼女を降ろすと、ぽん、と背を叩いた。
彼女は ちらり、と振り返ったが目をまん丸にしたまま 女子更衣室へと駆け込んでいった。
「 ・・・ へ え ? 」
タクヤはじ〜〜っとその後姿を見つめていた。
ひょ〜〜〜♪ パツキンかよ〜〜 染めてんのかなあ・・・
いや ・・・ ガイジンさんか?
そ〜いや 明るいカンジな目の色 だったもんなあ〜
か〜〜〜〜わいぃ 〜〜〜〜 ・・・!!!
― そう。 これが 山内拓也の運命の出会い だったのだ。
その日、朝のプロフェッショナル・クラス は男女別だった。
タクヤはボーイズ・クラスのスタジオで わっせわっせとストレッチを始めた。
「 ・・・ おはよ〜〜っすぅ 〜 」
まだほそっこい少年が 彼のすぐ後に入ってきた。
少年はジュニア・クラスの頃からこの稽古場に出入りしている、と言っていた・・・
「 お〜 おはよ〜 あ! なあなあ 教えてくれよ! 」
「 え〜 なんっすかあ〜 」
少年も あまり機嫌はよくはない。
「 あの〜 さ ・・・ 女子で さあ 」
「 女子? ・・・ オレ、あんまし知らないっすよ〜 」
「 いや あの。 ほら〜〜 パツキンの外人、いるだろ。 あれ ― 誰。」
「 パツキン? ・・・ 染めてるコならいっぱいいるじゃん〜 」
「 染めパツじゃね〜な、モノホンのパツキン〜〜 な美麗女子〜〜 」
「 ・・・ あ〜 フランソワーズさんかな〜 ? 」
「 ひゃ〜 ふ ふらん? 」
「 そ〜っス。 フランソワーズさん。 」
「 ふ〜〜ん ・・・ マジ、ガイジン? 」
「 うん。 フランス人だって。 けど、全然日本語おっけ〜すよ〜 」
「 ふ〜〜ん ・・・ 留学生とか? 」
「 いやあ ・・・ こっちに住んでるって・・・ 家族で 」
「 ふ〜〜ん ・・・ そっか〜 ふ〜〜ん ふ〜〜ん お サンキュ! 」
「 はぁ 〜 」
それだけ聞くと タクヤはなぜか超〜〜ご機嫌チャンでバーに戻って行った。
「 あ・・・ へえ ・・・ ふうん、ああいうのが好みなのかぁ〜 年上だけどね〜 」
少年は ちょこっと肩を竦めたけど、それっきり彼も自分自身のストレッチに精を出し始めた。
― 余計なお節介は無用。 ヒトはヒト、自分は自分なのだ。
ギシ ・・・ ! ふんふん〜〜〜〜♪
こちらも黙々とストレッチに励みつつ ― タクヤはに〜んまり・・・する口元を隠していた。
「 ふん・・・ ・・・ へへへ ・・・ふらんそわ〜ず ちゃん かあ〜
いいなあ〜〜 いいよなあ〜〜 あのコにバッチシな名前じゃん〜〜〜
あの髪〜〜 ふつ〜のパツキンともちょっと違うよなあ ・・・?
やっぱモノホンは染めとかヌキ ( 脱色 ) とかとは全然違うよなあ〜
光るクリーム色 ・・・っての? 」
キュ キュ ・・・ 床に寝そべって脚やら肩を引っ張り伸ばす。
「 よ・・・っと。 へへへ〜 今日も元気なオレ様の脚〜〜っとォ ・・・
ふらんす人かあ〜 家族でこっち・・・ってコトは。 パパとママンと一緒ってことだよなあ。
ウン きっとさ、こう〜 髭とかあるムッシュウとあのコにそっくりなゆ〜〜がなマダムとかで・・ 」
バン・・・ 床に大の字になり腕で脚を持ち上げる。
「 ふん・・・っと。 そんでもってなんか都心のでっけ〜マンションとかに住んでて よ 」
「 イッテキマス、 ママン。 」
「 はい いってらっしゃい フランソワーズ。 レッスン、頑張ってね。 」
「 は〜い。 あ! いけない、遅れちゃいそう・・・ 」
「 フランソワーズ? それならパパが送っていってあげよう。
車を出すからガレージで待っていなさい。 」
「 わあ〜〜 めるし〜 パパ! 」
「 ほらほら 急いで・・・ 」
「 はあ〜い♪ 」
「 ・・・ なんてよ〜〜 そんでもってめっちゃキレイなママンは ちゅ・・・なんて〜
娘のほっぺにするんだよな〜〜
そんでもって アウディ とか フェラーリ とかで送ってもらうんだぜ〜〜 」
彼のアタマの中には すでに完全に < フランソワーズとその家族像 > が出来上がっている。
「 う〜〜ん ・・・ 今朝がボーイズ・クラスなのが残念だぜ〜〜
ふん 明日っからマジで朝のクラス、出っかな〜〜 かったりぃ けど 」
シュタ・・・! 床から勢い良く、彼は立ち上がった。
「 うわ・・・ ナンだ〜〜 」
たまたま側を通りかかった青年が 振り返る。
「 ・・・えらく張り切ってるな〜 」
「 ・・・ あ。 すんません、先輩。 いや〜 ・・・ まあ ちょいと ・・・ 」
「 へえ? ・・・ 」
彼もちょいと肩を竦めて ― 自分の作業にとりかかった。
ふんふんふ〜〜ん ・・・ ♪ ああ〜〜今日は調子よさそうだぜ!
・・・! そ〜だよな〜〜〜 えへへ・・・・
アレは うんめいのであい ってヤツだ! うん、 そうだ、そうに決まってる!
ふんふ〜ん♪ こっちに来てよかったゼ〜〜
S先生よぉ〜〜 上京を薦めてくれて あんがと〜〜
山内拓也は 超〜〜ご機嫌ちゃんで ひとり、うんうん・・・と頷いているのだった。
その同じ頃 ― 女子クラス開始前のスタジオでは
「 ・・・ きゃ〜〜・・・ なんとか間に合ったわあ〜〜 」
亜麻色の髪の乙女が パタパタ・・・駆け込んできた。
「 フラン〜〜 ・・・ がんばれ〜 」
「 ふうう ・・・・ おはよ〜 みちよ〜 」
彼女は 後方端の方のバーの前で どさ・・・っと座り込んだ。
「 はい おはよ〜さん。 大丈夫、あと5分あるよ〜 」
「 あ〜〜 ・・・ なんとか間に合った ・・・
ねえ 聞いてよ〜 もうねえ・・・出掛けにすばるが牛乳、ひっくり返して〜 」
「 あは・・・ お母さんは大変だねえ〜 」
「 っとに 男の子ってもう〜〜 あ! そうよ、 男の子ってばね〜
聞いてよ〜〜 さっきねえ え〜となんだっけ・・・ ほら いけめん君! 」
「 え なになに? 」
「 うん、あのね、さっきそこの廊下の角でねえ・・・ ごっつん!ってしそうになったら
いきなりその男の子がリフトしたの! 」
「 ごっつん・・・? ああ 鉢合わせしそうになったのか・・・
え ええ?? いきなりリフトォ?? 」
「 そうなの! ねえ あのコ誰かしら。 」
「 しらないコ? 」
「 う〜〜ん ・・・・? あんまりみかけない顔だったかも・・・
わたし 焦っていたしびっくりしちゃったから よくわからなかったのよ。 」
「 ひえ〜〜〜 ・・・ 漫画みたいなこと、やるヤツだねえ・・・ 」
「 まんが? でもね、すごく高くリフトしてくれて ・・・ びっくりしちゃった。 」
「 へえ〜〜?? あとでさ、ちらちら男子クラス 見にゆかない? 」
「 そうね! あのクラス、大抵延長しているものね♪ 」
「 あ〜〜 ほらほら 早くポアント履きなって ・・・ 」
「 あ う うん ・・・・ え〜と・・・・? ああ あった あった ・・・ 」
フランソワーズは大きなバッグの中から ごそごそ小さな袋を取り出した。
「 トウ・パッド〜〜 ・・・っと・・・ 」
「 へえ・・・ フランってばどこのパッド使ってんの? レペット? 」
「 え これ? これねえ〜 父が作ってくれたの。 わたしの足に合わせて 」
「 わあお〜〜 すごいね〜 フラン専用ってわけ。 」
「 ウン。 わたしの足、 いろいろ・・・変形してるから ・・・」
「 そりゃ皆同じだって。 マトモな足のヒトは少ないよ〜 」
「 まあ ね・・・ 」
フランソワーズのトウ・パッドは 無論博士の特製だ。
生身より強い彼女の足を保護するために博士が苦心して作ってっくれたのだ。
「 いいなあ〜 なかなか合うパッドってないもんねえ 」
「 そうね〜 わたし、市販のものはダメなの。 一回ずる剥けになって・・・
父が見かねて作ってくれたのよ。 」
「 ふうん ・・・ いいねえ・・・ あ 始まるよ! 」
「 う うん・・・ ! ( えい・・・! うう〜〜〜 ちゃんと入ってよォ〜〜 ) 」
フランソワーズはトントン・・・靴を床に打ち付けてなんとか <履いた>
「 おはよう。 はじめますよ! 」
初老の女性が入ってきて、ひと声かけると ― 稽古場の空気は俄かに張り詰めた。
「 ・・・ じゃ 二番から。 〜〜〜〜 」
ささ・・・っと順番の説明があり ピアノが鳴り始め ― 朝のクラスがはじまった。
「 ― お疲れ様。 」
「 ありがとうございました 〜 」
レヴェランスと拍手で朝のクラスは終った。
「 ね! フランソワーズ・・・! 行ってみようよ? 」
「 みちよ〜〜 うふふふ・・・ いいかしら? 」
「 いいよ いいよ〜 同じカンパニーのクラスなんだもん、 見学で〜すって。 」
「 ふふふ じゃ ・・・ まあ一応 パーカーとか着て ・・・ 」
「 そだね〜 汗酷いし・・・ 」
女子二人はクスクス笑いつつ反対側のスタジオに小走りで行った。
こそ・・・っと廊下側の窓の下から伸び上がってみる。
「 ・・・ みえる? 」
「 う〜ん ・・・ 今さあ グラン・ワルツっぽくて ・・・ 」
「 まぁ そうなの? 背が高くてね・・・細身なコだったけど。 」
「 皆そんな感じ! 若いコ? 」
「 うん。 でもヒロ君よりは上、ってきぶん。 」
「 ふ〜〜ん ・・・誰だろ。 ほら 見て 見て 」
「 ・・・ うん ・・・え〜〜と・・・・? 」
「 いた? 」
「 ・・・ あれは ・・・ ヒロ君でしょ、 こっちは山川サンに内野君、 ジュンさん ・・・
あ。 ・・・ あれかも・・・? 」
「 どれ どれ?? 」
「 あのコ! ほら 今 今 のグループの先頭のコ! 」
「 うん? ・・・ あ〜〜〜 あのコ、最近入ったコよ。 なんかどっか地方から来たって・・・ 」
「 へえ ・・・ うわあ〜 ジャンプ高いわねえ〜 」
「 お〜 へえ ザンレールとかもすごいじゃん。 あ ・・・ バランス崩した〜 」
「 あは ホント〜〜 ふふふ 悔しそうよ? 」
「 ふふふ あ ・・・ セゴン・ターンだよ〜 」
「 え〜〜 どれどれ? ・・・わ ・・・ 勢いあるわねえ〜〜 」
「 ウン。 ・・・ ウマイよ、あのコ! すげ・・・ 」
「 ホント! へえ〜〜 あ ・・・ 落ちた・・・ 」
「 あ〜 ・・・ ちょこっと乱暴だもの。 」
「 でも勢い、すごいよ〜 」
「 そうね! ふうん ・・・ あ ・・・ 終るわ。 」
「 お〜っと ・・・ 行こ 行こ〜 」
「 そうね ・・・ ふふふ あのコよ、 あのコ。 なんて名前かしらね? 」
「 あとで男子に聞いてみよ。 」
ふふふ ふふふ ・・・♪ 二人はまた笑いつつ女子更衣室に駆けていった。
? お。 女子が見てるナ〜〜 ・・・
― え!? あ あのコじゃん〜〜〜♪
タクヤはしっかりと 窓から覗き見をしている二人に気づいていた。
偶然、タオルを取りにバーを振り返ったとき、目のすみっこにばっちり ・・・!
< あのコ > の顔が写ったのだ。
ひゃっほう〜〜〜♪ こりゃやっぱ! 運命!
運命の出会い なだよ〜〜〜
へ へへへ ・・・ よォ〜〜し♪ 見てろよォ〜〜
・・・ いささか単純な彼は 猛烈に張り切って ・・・ぶっ飛んだりもしたが ・・・
かなりいいセン、頑張ったのだ。
「 よ〜し。 タクヤ〜〜 なかなかいいじゃないか。
しかしな、 もうちょっと丁寧にやれ。 やたら脚、上げるより正確なターンをしろ。 」
「 ・・・・・・ 」
タクヤはこっくん こっくん頷く。
「 もう一回。 ファースト・グループから ― 」
先輩の男性ダンサー達が センターに進み出てきた。
「 ・・・ ふ ・・・ん ・・・ へへへ ・・・ あのコ、ばっちり見てた♪
そうだよ〜〜 あのコだってオレのこと・・・気になって さ ・・・
いつかはお互いの気持ちってヤツはばっちし通じあっt さ・・・
そんでもって ・・・ ダ〇ス・マガジンとかのインタビューでさ ・・・ 」
「 ええ 初めて出会った時・・・ふふふ ・・・すごくステキにリフトしてくれたんです♪ 」
「 あは ・・・ あれは〜 」
「 あの一瞬が 運命の出会いでしたわ。 」
「 いやあ〜 僕も・・・ 」
「 わたし達 出会うべくして出会ったんですね。 」
「 僕も運命を感じました。 」
「 なあ〜〜んてサ♪ 二人でに〜っこり笑いあったりして〜〜
熱々インタビュ〜 とか冷やかされてよ〜〜 エヘへへへ・・・ 」
タクヤはタオルをうにうに捻くりつつ ・・・不気味に一人笑いしている。
「 ・・・・ おい? アイツ ・・・ 大丈夫か? 」
「 え? ・・・・ さ さあ・・・? 」
何時の間にか 彼の周囲はがら〜ん・・・と空いていた・・・
もちろん ご本人はそんなコトには全然気がつかず ― とて〜もシアワセな妄想に酔っていた。
深夜ともなると 岬の家もやはり冷えてくる。
「 ただいま ・・・ 寒いね 〜 」
ジョーは 手をごしごし擦りつつ玄関に入ってきた。
「 お帰りなさい! お仕事、ご苦労さま。 まあ 本当・・・冷たい手ねえ 」
「 ・・・ た だ い ま ・・・ 」
「 うふふ・・・ おかえりなさい。 ほら これで暖かいでしょう? 」
「 うん♪ ・・・・ んん 〜〜〜 」
二人は冷え込む玄関でしっかりと抱き合って <お帰りなさいのキス >・・・
ジョーの手は当然♪彼の細君のセーターの下へ すっと滑り込んでいったのである。
「 ・・・・ふふふ きみはいつでも暖かいね・・・ 」
「 そう? 今までキッチンにいたからかも。 さあ 熱々のお食事よ?
あ 先にお風呂で温まる? 」
「 いや 食事にするよ。 こんな夜はウチのメシが一番さ。 」
「 うふ♪ ジョーの好きなジャガイモとタマネギのお味噌汁よ。 」
「 わお〜〜〜♪ アレ、食べるとさあ なんかこう・・・腹の底からじわ〜〜っと♪ 」
「 それとねえ、 生姜焼き。 これはちょっと自信作なの。 」
「 わ わ わ〜〜 早く食べよう〜〜 」
「 はいはい ・・・ 」
「 なあ チビ達は? 今日はず〜っとご機嫌ちゃんで元気だったかい。 」
「 え〜え! もう あのチビっこ台風たちはねえ、家中を暴風雨圏に巻き込んでいました。 」
「 うう〜〜ん ・・・ ぼくも一緒に暴風雨に巻き込まれたい〜〜 」
「 すぴかはねえ・・・ おとうさんがかえってくるまでおきてる! っていつも言うのよ。
でもね・・・ふふふ ベッドに入るともうすぐに沈没・・・ 」
「 ふうん ・・・う〜〜ん 可愛い♪ すばるは? 」
「 あのコ、お話を最低一つはしないと寝ないのね〜 そろそろわたし、ネタ切れよ〜 」
「 へえ ・・・ あ! それじゃさあ、次の土曜日はぼくが< お話 > するよ! 」
「 お願いできる? すばる、大喜びよ〜 もっともっと〜〜って言うわ きっと。 」
「 う・・・ネタを仕入れておこう・・・ 」
若夫婦は互いの腰に腕を回し ぴたりと寄り添ってキッチンに向かった。
「 ・・・ あ〜〜〜 ・・・ 美味かったぁ〜〜 」
ジョーは感嘆の溜息と共に 箸を置く。
「 うふふ・・・ よかったわあ〜〜 あ このお味噌汁ね、すぴかもだいすき! って・・・ 」
「 お〜〜 さすが〜 ぼくのムスメだなあ いい味覚してる・・・ で すばるは? 」
「 すばるってば じゃがいもばっかり食べちゃうのよ。 葱とかタマネギはイマイチみたい。
あのコ、お野菜がねえ ・・・ どうも苦手なの。 」
「 ふうん ・・・ 今度一緒に食べさせちゃおう〜〜 野菜嫌いはダメだぞ。
― なあ ? フラン。 なにかいいこと、あったの? 」
「 え? ― わたし? 」
「 うん。 ほっぺがさあ・・・ こう・・・桜色ですご〜〜くキレイ♪ 」
「 え・・・? そう? あのね。 今日ねえ・・・スタジオで ・・・ 」
「 ??? 」
フランソワーズは いきなりリフトしてくれた男の子 のことを楽しそう〜〜に語った。
当然・・・というか、ジョーの顔は固まったきりだ。
・・・ ふうん ・・・? なんか ・・・ ヤケに嬉しそうじゃないか〜〜
ソイツ ・・・ どこのどいつだよ??
「 ふうん ・・・ へえ ・・・ そうなんだ・・・? 」
相槌を打ちつつ、 ジョーの笑みは硬化してゆく ・・・
「 でね。 みちよと一緒に男子クラスを覗き見に行ったの ・・・ あら? 」
「 ・・・え? 」
「 ジョー ・・・ こんなハナシ・・・つまらないわよね ごめんなさい。 」
「 そ そ そんなコトないよ! いやあ〜 ソイツってば油断ならんヤツ・・・! 」
「 え え?? やだあ〜〜〜 ジョーってば〜〜 なに言ってるの〜〜
まだ若いコなのよ、男の子。 すばるにちょっと毛が生えたくらいのコよ〜 」
「 す すばるに??? 」
「 最近 カンパニーに入ったのですって。 」
「 あ そ そうなんだ〜〜 」
「 そうよォ〜〜 だからね、すごくレッスン、頑張っていたもの。 」
「 ふうん〜〜 」
「 楽しみね、ってみちよと言っていたの。 いいダンサーになるわ きっと。 」
・・・ もう ・・・ 本当にヤキモチ焼きなんだから・・・
まあ ね。 あのコは本当にまだ若いコだけど ・・・
フランソワーズはに〜〜っこり笑って 夫の首に腕を絡めた。
「 わたしのほっぺがピンクなのは ね♪ ジョーが帰ってきたから、よ♪ 」
「 ・・・ フラン 〜〜〜 」
「 ね? デザート、林檎のコンポートとオレンジ・ジェリィ とどちらが ― 」
「 ― きみ。 きみが食べたい〜 ♪ 」
「 ・・・ もう・・・♪ うふ ・・・ わたしもジョーに食べられたい♪ 」
「 ・・・・ 」
ジョーはひょい、と彼の愛妻を抱き上げるとそのまま二階へと階段を登っていった。
何にしても 想うヒトがいるってことは ― 人生に励みと張りがあるってことなのだ。
タクヤもフランソワーズも そしてジョーも。 皆 にこやかに日々を送っていた。
「 おはよう! フランソワーズさん。 」
「 わ?? あら ・・・ お早うございます〜 山内さん。 」
今回も彼は 不意に彼女の目の前に出現した。
フランソワーズは 例によってメトロの駅から駆けてきたのでいささか前方不注意だった。
「 あ〜〜 ゴメン〜〜 驚かせちゃったかなあ〜 」
「 え ・・・い いえ ・・・ あ あの・・・ 山内さんも これからレッスンですよね? 」
「 うん! あ〜 あの〜 オレ タクヤ。 」
「 はい? 」
「 オレ、 タクヤって呼んでくれないかな。 ヤマウチさん じゃなくて。 」
「 ・・・ あ はい。 うふふ ・・・ わたしもね、 フランソワーズ。 それで結構よ。 」
「 おっけ〜〜 ふらんそわーず。 あは♪ 」
「 ね! 」
フランソワーズは 暢気に笑っている彼の手をむんず! と掴んだ。
「 わわ?? な なに?? 」
「 あの・・・ 急ぎましょ! 間に合わないわよ〜〜〜〜 」
「 へ?? 」
「 レッスン! わたし〜〜 ギリギリタイムで走ってきたの〜〜 ほら 早く! 」
「 あ ああ ・・・ よし、行くぞ〜〜 」
「 ええ。 」
「 ほら〜〜 オレが引っ張って・・・・ あ あれれ? 」
タクヤは自分が先に立つつもりで走り出したが ― 彼女は滅茶苦茶速かった。
「 え・・・ う ウソ ・・・・ おい〜〜 待ってくれよ〜〜 」
「 速くゥ〜〜〜 遅刻厳禁! でしょ〜〜 遅れたらマダムはスタジオに入れてくれないわ!」
「 ひぇ 〜〜 君、陸上部とかだったの? 」
「 りくじょうぶ?? 」
「 はっ はっ はっ すげ〜 速いじゃん、足〜〜 」
かなり本気をだしてタクヤは バレエ団の入り口でやっと彼女に追いついた。
「 そう? わたし、毎朝走っているから速いのよ、きっと。 」
「 毎朝? あ〜 君、朝、 苦手? 実はさ〜 オレもなんだ〜〜 」
「 あの ・・・ ウチ、遠いのよ。 だから ・・・ あ! 時間〜〜 じゃあ のちほど! 」
「 ・・・あ ・・・ あ〜 」
建物に入ると 彼女はタクヤには目もくれずに突進していってしまった。
「 ・・・ ひえ〜・・・ しっかし可愛いなあ〜〜 走っている時ってさ・・・
髪がきらきら・・・揺れて。 なんかこう〜〜〜天使の羽みて〜だったし。
一生懸命で よ、 いいなあ 〜〜〜 家でもさ きっとパパとかママンがさ ・・・ 」
「 きゃ〜〜 急がなくちゃ・・・! 」
「 ふらんそわーず? ねえ パパに送って頂いたら? 」
「 おう、いいぞ。 パパのフェラーリなら十分間に合うからな。 」
「 パパ ・・・ ううん、いいの。 電車でゆきます。 」
「 そう? それじゃ気をつけてね・・・ 」
「 うふん。 行って来ます〜〜 ママン。 」
「 はい。 ああ あなた。 もっと都心に引越しましょうか ・・・ 」
「 そうだなあ ・・・ ふらんそわーずも毎朝大変だしなあ〜 」
「 パパ〜〜 行って来ます〜〜 」
「 おい、やっぱり駅までパパが送る。 ほら ガレージに急げ〜〜 」
「 あ? きゃ ・・・ パパったらあ〜〜♪ 」
「 ふふふ ・・・ 二人とも気をつけてね〜〜 」
「 ― なんて なあ〜〜 そんでもって親父さんは彼女を オヒメサマだっこ してさ。
ガレージまで飛んでいって。 駅まで送ってやるんだよ〜〜
チクショ〜〜〜 裏山だぜェ〜〜〜〜 」
「 ― タクヤ。 」
「 へへへ ・・・・ そんでもって彼女ってばやっぱりココまでは自分の脚で走ってさ 〜
・・・そんでもって 」
「 タクヤ。 君も走ったほうがいいのじゃない? 」
「 だからオレも・・・・ へ?? 」
やっと我に帰って 振り返れば。 彼の後ろには初老の婦人が立ち、彼を睨んでいた。
「 う わ・・・ マダム〜〜〜 」
「 うわ、じゃないでしょう? 遅刻! 1分でも遅れたらスタジオには入れませんよッ 」
「 ふぇ〜〜〜 は はい !! 」
「 さあ 間に合うかしらね? 」
「 ・・・ ヤベ〜〜 ! 」
タクヤは今度こそ本気で駆け出した。
「 ・・・ やれやれ・・・ あの妄想癖がねえ ・・・ ま、悩める青少年ってことかしら。 」
彼女は溜息まじり、苦笑まじりにタクヤを見送った。
ふんふん ふ〜〜ん♪
最近 ヤマウチタクヤ は超〜〜〜〜〜ご機嫌ちゃんである。
若手の男性ダンサーとして まだまだ修行中ではあるが、この頃めきめき頭角を現し ―
協会の大きな公演のオーディションに受かり捲くっている。
「 あら いいチャンスじゃないの? いろいろ勉強していらっしゃい。 」
彼が所属するバレエ団の主宰者は鷹揚なものだ。
「 あ ・・・ いいデスかあ〜 」
「 勿論。 そのうち向こうからお呼びが掛かるようになるわ。 」
「 え〜〜 そりゃ ちょっと 〜 」
一応 謙遜しつつも、彼は果敢に挑戦している。
ふん・・・ やってやろ〜じゃねェか〜
・・・ けど。 オレが本当に踊りたいのは ぁ 〜〜
う〜〜〜ん フランソワーズちゃあん♪ 君と組みたいゼ〜
ふふふ〜〜ん ・・・ ♪
そんなわけで 今日もタクヤはご機嫌ちゃんなのであるが。
「 ・・・ ひえ ・・・ な〜んとか一応 クリアだなあ ・・・ ま、こんなモンかね・・・
あ〜 しっかし さすがのオレ様もお疲れ気味だ〜〜 」
でっかいバッグを ず〜りずり・・・引き摺らんばかりの低空飛行で持ち歩く。
「 うう 〜 ・・・ イテ・・・ あ〜バイト前に治療院、寄ってくかなあ・・・ 」
ズリズリ ズリ ・・・・ 足取りは段々遅くなってゆく。
「 ・・・ いっけね〜 次のリハ〜〜 時間とか見てね〜や。
確認しとかね〜と また怒られる・・・ ま、勉強会っていってからな〜 」
ぶつぶつ言いつつ、掲示板の前までやってきた。
団員用のリハーサル・スケジュールや タイム・テーブルの変更などの諸連絡事項が
張り出してあるので 大抵2〜3人がうろうろして覗き込んでいる場所だ。
タクヤは 数人の後ろからぼ〜っと目的の掲示ブツを探した。
「 ふ〜〜ん・・・っと? 勉強会って発表会みたいなモンなのか? う〜んとォ ・・・ 」
「 わあ〜〜〜 いいなあ〜 パ・ド・ドゥ もらえたの? 」
「 うん ・・・! うれし〜〜〜♪ 」
女子が二人、盛り上がっていた。
「 あ! これ、いいね〜 」
「 え? ・・・ へえ〜〜 『 ジゼル 』 かあ〜 誰? 」
「 フランソワーズさん。 ふうん、あのヒト、出るんだねえ・・・ 」
「 ― え?! 」
「 うわあ? ・・・ ああ びっくりしたあぁ〜〜 」
「 あれ。 タクヤ君〜〜 どしたの。 」
同じ年頃の女子達が 驚いて振り返った。
「 あ ・・・ は。 悪ィ〜〜 ちょっと な・・・ なあ〜 フランソワーズ・・・って?
その 〜〜 あんましこういうのに出ないワケ? 」
「 え・・・ あ〜 うん。 あのヒト、お家の事情とかで ねえ? 」
「 そうだね〜 定期公演以外はあんまし・・・ 上手なんだけどね 」
「 ふ〜〜ん へ〜〜〜 ・・・ 」
「 家、遠いし。 いろいろ大変なんでないの? 」
「 そうみたいね〜 お母さん、亡くなっているみたいだし。 家事とかやってるっぽい 」
「 ふ〜〜ん へ〜〜〜 ・・・ 」
「 ね ね タクヤ君は何 なに? 」
「 え あ ・・・ オレ? え〜〜と ・・・ どこだ どこだ? 」
タクヤはやっと気を入れてキャスト表を探しはじめた。
「 う? 〜〜〜〜 あ。 『 ジゼル 』 」
・・・ !!!! ふ ふらんそわ〜ずチャン と だあ〜〜〜 !!
きんこんかんこ〜〜〜ん♪♪♪ 彼の耳元で天使が鐘を鳴らしまくった。
ぱっぱらぱ〜〜〜 おめでと〜〜ございます〜〜〜 きらきらきら♪ コンフェッチが飛び交う。
うわ〜〜〜〜 やった やったぁ〜〜〜〜〜!!!
「 すご〜〜い♪ いいなあ〜〜 頑張ってね〜 」
「 いいなあ いいいなあ〜 絶対見ますゥ〜〜 」
「 ・・・ あ うん。 ありがと〜 ・・・ じゃ な ・・・ 」
女子たちの甲高い声にぱさぱさ手を振ると タクヤはまたズリズリ歩き出し ―
やったぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!
廊下の角を曲がった途端に ジャンプ!!! ・・・幸い、誰もいなかった。
「 ♪ ♪♪♪ 〜〜〜〜 へへへ〜〜 ふふふ〜〜〜 」
でっかい鞄を担いで なにやらやたらと上機嫌な青年がひらひら舗道を歩いている。
すれ違う人々は 訝しげな視線を投げたり、あからさまに避けたりするが ・・・
ご本人の目には一向に映っていないらしい。
彼は 蛇行歩行を続けてゆく ・・・
「 やった やった やった〜〜〜♪ フランソワーズちゃ〜〜ん♪
愛しい 愛しい ジゼル〜〜 いざ この胸に〜〜 ってなあ〜〜 へへへ
リハでず〜っと一緒に踊れる〜〜 オレ、頑張っちゃうもんな〜〜
あ。 あのコ達がナンか言ってたなあ ・・・ お母さん、亡くなって・・・ってことは〜
親父さんと二人暮し か? 家、遠いって言ってたし ・・・
う〜〜ん ・・・そりゃ いろいろ大変だろうなあ〜 う〜ん ・・・ 」
「 お帰りなさい! パパ〜〜 」
「 ただいま フランソワーズ ・・・ 」
「 あら なあに? 」
「 ・・・ あ いや。 ママンとそっくりになってきたなあ〜って思ってさ。 」
「 ふふふ ・・・ そう? ねえねえ 晩御飯、パパの好きなシチュウなの。 」
「 おお 嬉しいなあ。 じゃあ フランソワーズと一緒に食べよう。 」
「 ふふふ・・・ ねえ パパ〜〜 今度発表会でねえ 『 ジゼル 』 踊るのよ! 」
「 ほう〜〜 それはすごい! パパも絶対に見に行くからな。 」
「 うふふ・・・ あのね、ステキな男の子と組むのよ? とっても上手なの。 」
「 ・・・ ふん。 踊り以外でべたべたするんじゃないぞ? 」
「 あら そんな。 でもね とってもカッコイイのよ〜〜 」
「 ふん。 ああそれよりも早く食事にしようよ? 」
「 あ ごめんなさ〜い ・・・ パパ! ワイン、出して来てね? 」
「 おお いいぞ〜 さあて フランソワーズのシチュウに合うワインは・・・ 」
「 なんてな〜〜〜 父娘二人、仲良しなんだ〜
・・・っと ・・・ まてよ? こりゃ ・・・ 難関かもなあ・・・ 」
タクヤは荷物を足元に置き、沈思黙考の構えだ。
「 ・・・ オツキアイさせて下さい、 な〜んて申し込んだら殴られるかも ・・・ 」
「 あら。 タクヤ? どうしたの? 」
「 ああ? ・・・ オレってヤキが回ったかなあ・・・ あのコの声が聞こえるぜ〜〜
空耳ってヤツかなあ〜 」
「 ? タクヤ!? ムッシュウ・ヤマウチ? 」
ー ぽん ! 彼の肩を軽く叩く手があった。
「 ん〜〜〜? ナンだア? ナンか文句ある ? う わ?!! 」
不機嫌の骨頂で振り向けば ― 彼のすぐ横には。
「 ふ ふ ふらんそわ〜〜ず ?? 」
「 ふふふ・・・どうしたの? 舗道の真ん中で考え事? 」
「 え!? 真ん中ってそんな あ〜 ちょっとオレいろいろ その 〜〜 」
「 ああ 忙しいものねえ、 タクヤったら。 わかるわあ〜〜
うふ・・・わたしの兄もねえ、予定がびっしりになると朝、カフェ・オ・レのカップを
もったまま じ〜〜っと一点を見つめていたしりするのよ。 」
「 ・・・ へ ? あ ・・・ ああ お兄さん ? 」
「 ええ。 それでどうしたの? って声をかけると
うわ〜〜 驚いた! ってこっちがびっくりするほどの声を上げたりして・・・ 」
「 あ そうなんだ? は ははは・・・オレもそんなカンジ ・・・ 」
「 でしょ? あら ・・・ タクヤってばわたしの兄みたいね。 」
「 そ そ そうかア? そりゃ ・・・ 光栄だなあ。 」
「 ふふふ ・・・ あ! そうだわ。 ねえ ヨロシクお願いします。 」
フランソワーズは タクヤの前で深々とアタマを下げてお辞儀をした。
「 ― へ ??? 」
ひゃあ〜〜〜 な なんだ なんだ〜〜
え? も もしかして ・・・ 一生、ヨロシク・・・とか とか とか??
「 こういう風に御挨拶するのでしょう? 初めて組む時って。 」
「 え。 あ ・・・ あ〜〜〜 まあ そうかも 」
「 みちよ達に聞いたの。 ねえ タクヤは 『 ジゼル 』 初めて? 」
「 ・・・・は ? 」
「 あのね、 タクヤはアルブレヒト踊るの、初めて? 」
「 え あ いや。 ヴァリエーションは何回かあるな〜 パ・ド・ドゥ は ・・・
あ〜 地元にいた頃 発表会とかでなら 」
「 そうなの? あの ね、 わたし。 」
フランソワーズはちょっと言葉を切った。 頬がほんのり紅潮している。
うわあ ・・・・ キレイだなあ〜〜〜
かっわいい〜〜〜〜 うわあ〜〜〜
彼は彼女に見惚れるばかり、彼女の言葉なんか全然耳に届いていない。
「 あの・・・ とても あの・・・想い入れがある作品なの。
ジョーにも話していないけれど 頑張りますからヨロシクお願いします。 」
フランソワーズはまた深々とアタマを下げる。
「 あ? あ オレの方こそ 〜〜 」
< ジョー > ? ・・・ ああ 兄貴のことかな
きっと仲良しなんだろうなあ〜〜
う〜〜ん こりゃ ますます難関かもなあ ・・・
「 じゃ。 一緒に頑張りましょうね。 それじゃ また明日ね♪ 」
「 あ ああ ・・・ またあした 〜〜 」
タクヤがぼ〜〜〜っと彼女を見つめている間に 彼女はひらひら手を振って行ってしまった。
「 ・・・ あ ああああ ・・・・ フランソワーズちゃあん ・・・
ああ なんて軽やかな足取り〜〜 天使・・・天使だよなあ〜〜 」
とうとう彼は舗道脇に座り込んでしまった。
「 ふうう ・・・ あの天使の兄貴 ねえ? < ジョー > かあ ・・・ 」
「 ねえねえ ジョー兄さん 今度ね 『 ジゼル 』 踊るの! 」
「 お。 やったな〜〜 フランソワーズ〜〜 」
「 きゃ ・・・ うふふふ ・・・ ジョー兄さんのリフトもステキ〜〜 」
「 ふふふ ・・・ オレがパートナーじゃないのが残念だぜ。
で ・・・ アルブレヒトはどんなヤツだ? 」
「 え? 結構ステキな男の子よ 」
「 ふん。 いっぺん連れて来い。 オレがヤキ、入れてやるから 」
「 やぁだ〜 ジョー兄さんったら。 ただの踊りのパートナーよ〜 」
「 ・・・それ以上は許さんからな! 」
「 ・・・ なんて〜〜 ヤバいよなあ〜〜 う〜〜ん ・・・?
踊り、頑張って そんでもっていい印象をばっちり見せないとな〜〜 ・・・ 爽やかキャラか ・・? 」
― どうもこの青年、 かなりの妄想癖の持ち主らしい ・・・
「 あ〜〜 お疲れ様〜〜 よかったよ〜〜 『 ジゼル 』 」
「 いやあ〜〜 感動したよ、 ホント・・・ 」
「 ステキでした〜〜 アルブレヒト〜〜 お疲れ様〜〜 」
挨拶を交わしつつ ダンサー達が楽屋口から帰ってゆく。
タクヤは出口から少し離れて立っていた。
まだ 踊りの興奮の余韻が身体中に残っている。
ああ・・・・ ! チックショ〜 やっぱ思ったとおりだぜ!
彼女 〜〜 オレの最高のパートナーだ♪
マジ、涙でてきたからなあ ・・・
オレ あんな気持ちで踊ったの、初めてかも・・・
「 お疲れ様でした〜〜 あら タクヤ? まだいたの。 打ち上げに行ったのじゃなくて? 」
「 ふ フランソワーズ! あの ・・・ き 君を待ってて・・・ 」
「 あらあ ありがとう。 ・・・わたし、残念だけど打ち上げには出席できないの。 」
「 あ ・・・ そうなんだ? 」
「 ええ ・・・ 父も来てくれてるから一緒に帰らないと・・・ 」
「 あ そ そうだよな〜〜 」
「 ― フランソワーズ? よかったよ。 」
髭を蓄えた白髪の男性がゆっくりとやってきた。
「 まあ ありがとう♪ ・・・ ジョーは? 」
「 ああ 今 車を ・・・ 」
お? この人が親父さんか。 兄貴が送ってきたんだな?
家族水入らず、を邪魔するほど KYじゃねえぞ〜
「 あの。 」
タクヤはす・・・っとご年配の前に出た。
「 お嬢さんのパートナーを務めました。 お嬢さんにはお世話になりました。 」
「 おお おお これはこれは。 拝見しましたぞ。 立派なアルブレヒトじゃった・・・ 」
「 ありがとうございます。 では これで失礼いたします。 」
タクヤは礼儀正しく挨拶をし、極上の笑顔で去っていった。
「 ほう・・・ なかなか気持ちのいい青年じゃのう 〜 」
「 でしょ? ステキなコなのよ〜〜 まだ若いけど・・・ 」
「 ほう ほう ・・・ いい踊りをしておったしなあ。 」
「 ええ。 将来が楽しみでしょ。 あ! ジョー 〜〜〜 ♪ 」
フランソワーズは飛んでいって ― 茶髪の青年に抱きつき 熱烈にキスをした。
・・・ そんなコトは露知らず。 タクヤは超〜〜ご機嫌で打ち上げ会場へ急いでいた。
「 ふうん ・・・ あのヒトが親父さんかあ〜 きっと奥さんを早くに亡くして男手ひとつで
フランを育てたんだな〜 大事な大事な箱入りムスメ・・・って訳かあ〜〜 」
「 ムスメ溺愛の親父さん と 妹命!の兄貴 かあ〜〜
う〜〜ん ・・・ プロポーズは難関だぜ? 」
そう ・・・ 彼はまだ知らない。 な〜〜んにも知らない ・・・
Last updated : 11,13,2012.
index
/ next
****** 途中ですが。
え〜〜 ・・・ あのカレシの視点から見た 【 島村さんち 】 かな・・・
拙作 『 やくそく 』 の前後、 そして 『 王子サマの条件 』 の前、
となります〜〜〜 あと一回 続きます <(_ _)>