『   My  Boy  ― (3) ―  』

 

 

 

 

 

 

 

   § 脱出と追跡 ( すれちがい )  承前

 

 

 

「 それで リナさんとやら。  これがあなたの腕なのですか。 」

ギルモア博士は まったくいつもと変わらない口調でのんびりと訊ねた。

目の前のソファには 長身の女性が座っている。

「 はい。 私のものです。  先日、不慮の事故で ― 落としてしまったのです。 」

「 ほう ・・・ で 生体との接合部に損傷はなかったのですかな。

 こちらの義手を見ると かなりの負荷が掛かったようですが。 

「 はい。 こちらの、ジョーさんが手当てしてくださいました。 」

リナは にっこり微笑むとジョーの顔をみた。

「 あ ・・・ は はい。  あのう・・・ 最初、怪我人だと思って その ・・・ 」

「 あら いいのよ。 本当のこと、お話なさいよ、ジョー。 」

「 う うん ・・・ あの ・・・ 」

「 ふふふ・・・ 私、ジョーを襲いにゆきましたの。 」

「 ― え ・・・! 」

   ―  カチ ・・・ン!   スプーンがテーブルに落ちた。

「 あ ・・・ご ごめんなさい ・・・ 」

フランソワーズがあわてて布巾で テーブルを拭った。

「 あらあら・・・ お嬢さんをびっくりさせてしまったかしら。

 でもここで隠し事をしても無意味ですから 率直に申し上げますわ。

 私の指輪は 一種の発信機にもなっています。 

 それを追ってジョーの家の前まで辿りつきました。 それで  」

「 あ あの! ウチのガレージで  その ・・・会って。 

 け 怪我してたし、ぼくの部屋に泊まってもらったんです。 

「 そうでしたか。  それで 傷の方は? 」

「 ええ 彼が的確に処置してくれましたので 大丈夫です。 」

リナは腕の欠損している方の肩を 動かしてみせた。

「 それはよかったですな。   では本題に入りましょう。  問題のこの腕 ですが 」

 

   カタン ・・・

 

フランソワーズはトレイを持って静かに座を外した。

お茶のお代わりを用意するため ― 誰の目にもそう見えた。

彼女もごく普通の様子だった  が。

 

     ごめんなさい ・・・! 

     わたし・・・ これ以上 あの席に居たくない ・・・ 

     ・・・ ジョー。 あなたの眼差しを見ていたくない

     彼女を見つめる あなたの眼を 見たくないの ・・・

 

キッチンのドアを閉めてから 彼女はそっとエプロンで涙を拭った。

 

 

 

  ― その日、休日の朝は  ―  大騒ぎで始まった。

 

     トントン  ・・・ トン ・・・

 

「 お寝坊さん?  そろそろ起きてくださいな。 ぱりぱりトーストが固くなってしまってよ? 」

トントン ・・・ 軽いノックで フランソワーズは客用寝室を訪れていた。

「 ・・・・?  ジャック?  ねえ 起きてますか。 入ってもいい? 

なおもしばらくノックを続けたけれど 返事はなかった。

「 おかしいわねえ・・・ 疲れて熟睡しているのかしら。 それにしても・・もう9時になるし・・・ 

 失礼します〜 ・・・ ジャック? 

とうとう彼女はそうっとドアを開け  ―  顔を半分だけ中に入れた。

「 ジャック?    ―  あら ・・・・ 」

寝室に彼の姿は見えず もぬけの殻 だった。

「 え・・・  もう起きてるのかしら。  もしかして御手洗かなあ・・・ 」

彼女はきちんと整頓されて 空気もしん・・・と落ち着いている寝室を見回した。

ベッドの上にはジョーのパジャマがかっきりと畳んでおいてあった。

「 あら・・・パジャマ。  使ってくれたのよねえ・・・? 」

  ひらり ・・・・  上着の下からメモが落ちた。

「 ・・・?  あら これ ・・・ 」

 

       ありがとうございます   じゃっく

 

メモ用紙の真ん中に すこしたどたどしい文字が並んでいた。

「 !  うそッ??  ジャックってば 出ていってしまったってこと?? 」

フランソワーズは慌てて窓を開けてみた。

「 だって ・・・ 今朝はまだ玄関のロックを解除したのはわたしだけ、よ? 

 ああ! ・・・ ここから 出て行ったのね・・・ 」

仔細にみれば 窓の下にはすこしの泥が落ちていた。

ジャックの靴から落ちたのだろう。

「 でも なぜ?  なぜ ・・・ 彼がここを出てゆかなければならないの? 

 彼 ・・・ そういえば家族や友人のこと、ひとことも言ってなかったっけ・・・ 」 

「 なにか・・・思い出すことができたのかしら ・・・ 

 ! ともかく博士にお話して ・・・ ジョーにもしらせなくちゃ! 」

フランソワーズは気を取り直し、ぱたぱたと寝室を出ていった。

 

「 なんじゃと?  いない?  あの坊主が、か! 」

テラスで盆栽いじりをしていた博士も驚いている。

「 ええ ・・・ 御手洗にもいないし。  ・・・靴が なくなっています。

 それに ほら・・ これ。  」

「 ・・・・・ 」

渡されてメモを博士もしげしげと眺めている。

「 ふむ ・・・ 彼は日本人、いや この国で教育を受けたのではないようじゃな。 」

「 そ そうですか? 」

「 うん。  この文字は手馴れぬものが一文字づつ懸命に真似をしたと見える。

 彼は相当にアタマが切れるらしいの。  」

「 でも ・・・どうして??  なぜ突然いなくなってしまったんです? 」

「 わからん。  うむ・・・もっと彼とハナシをしておくべきじゃったな。

 悪意はないにせよ、なにも覚えていない、というのは  」

「 ・・・ わたし達を騙していたのですか。 」

「 いや ・・・ 何かそう言わざるを得ない事情があったのだろう。 」

「 ともかく、ジョーにも知らせておきますね!  ああ ジョーってば連絡、つくかしら・・・ 」

フランソワーズはリビングに戻り固定電話の受話器を取り上げた。

「 ・・・え〜と ・・・ あ!?!   ジョー ・・・?!? 」

突然、立ち上がると彼女は受話器を放り出してリビングから駆け出していった。

「 ?? なんじゃな??  ・・ おお、帰ってきたか。 ふふん、あの不良息子めが ・・・ 」

博士はテラスから門の方向を見て うんうん・・・と頷いた。 ジョーのクルマが目に入ったのだ。

「 おやおや ・・・ 女連れか。  こりゃまた・・・ 」

困ったもんじゃわい ・・・ 博士は口とは裏腹にクス・・っと笑いやれやれ・・・と腰を叩いた。

 

 

 

リビングでは話し合いが続いている。 

話し合い、といっても彼女 ― リナが 一方的に語っていて博士はじっと聞き入っている。

ジョーは 心配そうに彼女をみつめている。

「 ・・・ 私たち  いえ、私はこちらの街を観光かたがた散歩していたのです。

 それで 事故に巻き込まれて ・・・ 」

「 腕を落としなすった、 と・・? 」

「 はい。  ・・・ それで ココも擦り傷を・・・ 」

リナは自身の額をさし、クス・・っと笑った。

「 それは災難でしたなあ。  警察には? 当て逃げですぞ、これは。 」

「 事情がありまして ・・・ 表沙汰にはしたくありません。 」

「 しかし! 暴走族ですか? とんでもないヤツラですな! 」

「 ― 彼らは 反対派 なんです。 」

「 反対派?  ・・・貴女はなにか政治思想とかで対立しているのですか? 」

「 ・・・ 政治思想、というか。  生き方の問題だと思っています。

 ヒトは皆 自分自身の信念に基づき生きてゆきますから。 」

「 それでリナさん、貴女は反対派から排斥されかかった、ということじゃな。

 ・・・ あんまり穏やかなハナシじゃあありませんなあ。 」

博士はパイプを玩びつつ、眉を顰めた。

「 はい。 でも ・・・ この道を行くしかありません。 その覚悟は出来ていますわ。 」

「 どんな道なのかは 教えては頂けんですか。 」

「 ・・・ あなた方にご迷惑がかかります。 

 腕を返してくだされば ・・・ それで結構ですわ。 」

「 リナさん ・・・   あ! そうだ、それじゃもしかして あの少年も仲間ですか? 」

ジョーが思い出した!という顔で口をはさむ。

「 ・・・・ え ・・・・ 」

聞き取れないほどに低い声が漏れ ほんのわずかにリナの肩が揺れた。

その時 ―

 

   カチ ・・・ カチン カチン ・・・

 

フランソワーズがお茶道具を並べたワゴンを押してきた。

「 お茶のお代わりを ・・・ ああ お話の邪魔をしてごめんなさい。 」

「 あ ・・・ ああ ありがとうよ、フランソワーズ。

 ちょいと一休みするかな。    なあ ジョー? 」

「 え  あ  は はい・・・ ? 」

リナから視線を外せないジョーは一瞬ビクっとした様子だ。

「 いや お前たち、 朝飯は食べてきたのかな。 」

「 え あ  あの  ・・・ コーヒー を 」

「 美味しいコーヒーでしたわ。 ジョーの淹れ方はとても好き。 」

「 ほうほう それはそれは。 しかしまあ なにか固形のモノを腹に入れたほうがいいぞ?

 腹が減っては ・・・ いい考えもでないじゃろう。 。

「 そう思いまして ・・・ 簡単にチーズ・トーストとカフェ・オ・レを持ってきました。

 博士は軽く オレンジでもいかがですか。 」

「 あ ・・・フラン ・・・ ごめんな。 朝っぱらから押しかけてきて・・・ 」

「 ううん ジョー。 いつものことですもの。 」

「 あは  そうだよねえ・・・ そうだそうだ、今日は土曜日だもんなあ 」

「 ・・・ 昨夜  ずっと ね ・・・ 」

「 え? ああ そうだ! あの少年だよ!  彼、 どうしたんだい? 」

「 彼 ・・・ ジャックのこと? 」

「 うん。 きみ、今朝ひどく慌てていただろう? 」

「 ええ ・・・ あの。 ジャックね、 今朝 ・・・ 部屋からいなくなっていたの。 」

「 いなくなった?  なぜ・・・・ 」

「 わからないわ。  ウチで洗濯モノ干ししたり、苺摘みしたり ・・・

 晩御飯もとっても美味しい、ってたくさん食べてくれたの。 ・・・・ビーフ・シチュウよ。 」

「 ・・・・・・・・・ 」

「 機嫌よくお休みなさい、をしたのに。  今朝 ・・・ いなくなっていたの。 」

「 あの少年はすっかり元気になっておったのじゃが ・・・ 

 なぜ出て行ってしまったのか とんと見当がつかん。 どこぞで困っていなければよいが 」

「 ぼくが後でクルマでこの辺りを捜してみますよ。

 で ・・・ 彼もまだなにも思い出せていないのですか? 」

「 ああ。  名前以外は な。  さあさ、ともかく朝飯と食べておけ。 」

「 どうぞ?  あの ・・・ リナ さんも ・・・・

 これなら そのう ・・・ 召し上がり易いでしょう ? 」

「 ・・・ え?  あ ・・ ええ ・・・ 」

フランソワーズの問いかけに リナはぼんやりとした眼差しを向けた。

「 ? リナさん  あの ご気分でもお悪いのですか。  」

「 え ・・・ い いえ ・・・ ごめんなさい、ぼんやりしてしまって。 」

「 お疲れなんですね。  さあ どうぞ? 

 ジョー。 ほらチーズ・トースト。  取り易い場所に置いてあげて? 」

「 あ うん、 ありがとう フランソワーズ!  わあ〜 美味しそうだ。

 これってね、ウチの土曜ブランチの定番なんですよ、リナさん。 」

「 まあ そうなの ・・・ 」

「 ジョー、 ほら  カフェ・オ・レ。  お砂糖、たっぷり入れておいてわ。 

 ふふふ・・・ ジョーってばう〜〜んと甘いのが好きなのよね。 」

「 ・・・そ そんなコト 言うなって! 」

ジョーは、真っ赤になりカフェ・オ・レに口を付ける。

「 ・・・・・・・・・ 」

リナはそんな彼の様子を 微笑んで眺めている。

 

     ・・・ ふふふ ・・・ ジャックとそっくり。

     あのコも 甘いミルク・コーヒーが大好きなの 

 

     ジャック ・・・!  ともかく元気なのね・・・ よかった ・・・!

 

彼女はカップを取り上げると ゆっくりとカフェ・オ・レを味わった。

片手だけで飲んでいるのだがその姿はながれるがごとき動きで実に優美だった。

「 あら ・・・ どうかして? 」

カップをもったまま 口を閉じるのも忘れほれぼれ眺めているジョ−に 微笑が投げかけられる。

「 ! え ・・・ あ  あの ・・・ いや・・・ 

「 ほっほ・・・ リナさん、 コイツは黒目の美女のヨワくてなあ。 見とれておるのですよ。 」

「 あらまあ。  ジョー? こんなオバチャンなんか見ても面白くないわ?

 ほら ・・・ お隣のピチピチしたお嬢さんの方が何百倍もお美しくてよ。 」

「「 え ・・・ あ ・・・ 」」

ジョーとフランソワーズは ちら・・っと覗き見た目が合ってしまい―ますます真っ赤になった。

「 ・・・ いいわね。  若いって・・・・ ほんとうに ・・・ 」

リナの温かい笑みが ほんわりした空気に溶けてゆく。

 

     ・・・ 敵わない  ・・・・ 

     わたしは この女性 ( ひと ) には勝てない

 

     ジョーの心は  完全に彼女に惹き付けられているもの ・・・

 

フランソワーズはぬるくなったオ・レで 溜息を無理矢理飲み下した。

 

陽射しいっぱいのリビングで 穏やかにティー・テーブルを囲みつつ

  ― 人々の心は それぞれに重く沈んでいた。

 

 

 

ギルモア邸のリビングで それぞれが重い吐息をもらしていた日 ・・・ の夜のこと。

ヨコハマにある張々湖飯店に 一人の客があった。

 

「 ・・・ ふう ・・・ あ! この道だ! 覚えているもの。  ・・・姉さんが案内してくれた ・・・ 」

少年が一人、随分と疲れた風に角を曲がってきた。

衣服も靴も そんなに汚れてはいないが本人はかなりバテているらしい。 足元が頼りない。

「 ・・・っと・・・ また転んじゃうよ・・・ 

 ああ でもここだ!  この通りを少し入って ・・・ 」

彼はやっとのことで ある店の前に立った。   

「 ・・・ なんて読むのかわからないけど。  でも ここだよ、間違いないや。

 この前は裏口から入ったんだっけ ・・・  」

よろけつつも彼はその店の入り口にたち おずおずとドアに向かった その時。

 

  ― シュ ・・・!

 

「 やあやあ これは坊や! よく来たな、ささ・・・こっちへ 」

中から厨房員の服装をした従業員が飛び出してきて 少年を抱えてあたふたと店に連れ込んだ。

「 え ・・・ あ  あの ・・・ 」

「 し! お前さん、この前の坊やだろう?  なんで博士のトコを出てきたんだ? 

 それも黙って!! 」

「 ・・・ あの・・・ 」

彼は少年を抱えたまま店を抜けると裏の小部屋につれて入った。

「 ふん ・・・ 足は大丈夫かい。 」

「 あ はい ・・・ ちょっと疲れちゃっただけです。 」

「 お前 ・・・ ひょっとして・・・ずっと歩いてきたのか???  ギルモア邸から? 」

「 はい。  乗り物とか ・・・ のったことないので ・・・ 」

「 ったく〜〜 なんて無茶なヤツなんだ! しっかしここまでよく無事に来れたなあ。  」

「 あ は ・・・ まあ なんとなく・・・ 」

    グウ〜〜〜 きゅるるる ・・・・   少年の腹の虫が鳴いた

「 ・・・ す すいません ! 」

「 あ〜 まってろ。 すぐにここのうま〜〜〜〜いラーメン、持ってきてやる!

 だから・・・ また逃げるなよ!!! 」

「 は はい・・・ 逃げたくても もう足 ・・・ 動かないや 」

埃っぽい顔で 少年は屈託なく笑う。

「 ・・・ あは。 その笑顔にゃ 我輩も負けたよ。 すぐに持ってくるから。 」

「 ありがとうございます! 」

ヤレヤレ・・・ グレートは溜息吐息、で小部屋を出て行った。

 ― どこかで知っている笑顔だけどなあ・・・  グレートはちらり、と思っていた。

 

かちん。 チリレンゲと箸が やっと動きを止めた。

「 ・・・ ごちそうさま でした 」

少年、いや ジャックは食卓で深々と頭を下げた。

彼の前には空になった皿 小鉢 ラーメン丼が所狭しと並んでいる。

「 ほっほ〜〜 もうええんかいな、坊 」

「 はい。 ・・・ もう これ以上ははいりません〜〜 」

「 さよか〜〜 ほんでどうや? ワテの味は。 」

「 ・・・ 僕 ・・・ こんなに美味しいモノ、食べたの、生まれて初めてです! 」

少年は 満足そうにお腹をさすっている。

「 うっほっほ〜〜 なんとまあほんまにうれしこと、言うてくれはるなあ〜

 おっちゃんは嬉しゅうて涙出てきたで。 」

「 ふん。  ったくなあ〜 博士が知らせてくれたからなんとか保護したけどな。

 いい加減にしろよ。  坊主! お前、いったいナンなんだ? 

「 ・・・ すいません ・・・ 」

「 まあまあ グレートはん。  ともかくワテらの店に来てくれたんや。

 これもナンかの縁やで。  なあ 坊、言うてみいや。 」 

「 僕。  僕 ・・・ 姉さんを捜しにきたんです。 」

「 姉さん?? 」

「 はい。 あの ・・・ あの事故に遭う前、一緒に歩いてて・・・ 」

「 え・・・ じゃあ もしかして・・・ あの腕? 」

「 ― 腕?? 」

「 あ いやいや なんでもない。  え〜と その事故に巻き込まれて人が

 坊主・・お前の、姉ちゃんか。 」

「 はい。 」

「 そうか。 う〜ん ・・・ 」

「 アレ、そやったら坊、ち〜とは思い出したんか? 」

「 僕。 ・・・ 姉を捜して か 帰らなくては ・・・ 

 皆さん、本当にお世話になりました。  ありがとうございます。 」

「 礼なんざ不要さ。 それよりもお前の姉ちゃんは ― その ・・・ 片腕が不自由か。 」

「 え?  いいえ 不自由ではないです。 」

「 ふうん? じゃあ勘違い、かな。 」

「 僕、 姉と一緒に帰ります。 それで  皆さんには決してご迷惑をかけません。

 僕 ・・・ 決心しました。 」

「 なんや ようわからへんなあ〜 そいで坊、帰る、言うたかて何処に帰るんや? 」

「 ― 帰リ道は 姉が知っています。 姉と一緒に僕も 」

「 しかしなんだってお前は勝手にギルモア邸をおん出てきちまったんだ? 」

「 申し訳なかったと思ってます ・・・ でも 僕 ・・・ あれ以上あの家にいたら・・・

 帰れなくなってしまう ・・・ ううん 帰りたくなくなってしまう・・・から ・・・ 」

「 は〜ん?? 」

「 あの家の人達を 僕は ・・・ 引き込みたくない・・・ 僕は去らなければ・・・ 

 それにいずれ ・・・ 反対派が嗅ぎ付けます。 」

「 反対派??? なんだ それは。  坊主、お前たちは、お前たちの正体は一帯なんだ? 」

「 すみません。 皆さんに迷惑をかけない、 それしか言えません。 」

「 しかしな! 」

 

  ―  がしゃ  −−−−−−−− ン !!!

 

突然 店の方から大音響が響いてきた。

「 な! なにネ !?!? 」

「 む〜〜 敵襲か?  おい 客たちは !? 」

グレートと大人は店舗へ飛んでいった。

「 !  いけない!  やっぱり・・・嗅ぎ付けていたんだ!? 」

少年は顔を歪めたちあがると 虚空にむかってじっと瞳を凝らした。

 

   ―   姉さん!  姉さん!  僕は ここだよ!!  応えて ・・・!

 

「 僕が・・・僕が行けば ヤツラは大人しく帰るかも・・・ そうだよ! 」

少年はきゅっと唇を噛み締めると 彼もまた部屋を出て行った。

 

 

   ― 飯店の店内は惨憺たる有様だった。

店の外のショーウィンドウめがけて 小型のバンが飛び込んでいた。

「 貴様ら〜〜〜 !!  おい 降りて来いッ ! 」

「 そやそや!!  お前ら〜〜 この前と同じヤツらやな!! 」

店の内部は半壊に近かった。  ・・・ 怪我人はどうやらいないらしい。

   ジャリ ・・・

食器の欠片や壊れた家具を踏んで 黒尽くめなヤツらがバンの中から出てきた。

手には武器と思われるモノをこちらに向けている、

 

「 な  なんや  コイツら ・・・! 」

「 大人!  気をつけろ!  火ィ 吹いてもいいぞ! 」

「 ふん あんさんに言われんでも吹くがな〜〜〜 」

「 よし!  ・・・ それじゃ行くぜ!! 」

「 あいよ!  せ〜〜のォ〜〜 」

「   だ だめだ!! やめて〜〜〜 ! 」

「「 坊?? 」」

 

  ―  シュ・・・・ッ !!!   ダン ・・・・!

 

一陣の旋風が飛び込んできた。   

 

 

       「  まて!   ぼくが相手になってやる!! 

 

 

めちゃくちゃになった部屋の真ん中に  ―  赤い防護服姿が立っていた。

「 !!  ジョー !!! 」

「 アイヤ〜〜〜〜 ジョーはん !! 」

「 間に合ったな。  ジャック、君は隠れてろ!!  さあ  こい!! 」

 

 

 

 

 

「 お手伝いしますわ。 」

「 ・・・ はい? 」

キッチンに軽い足音が 入ってきた。

フランソワーズは ぴくり、と肩を震わせ ― さり気無い様子でゆっくりと振り向いた。

誰がいるのか、声だけで十分に解っていたけれど笑顔を作るだけの時間が欲しかったから。

「 ま まあ ・・・ リナさん・・・・ 」

「 ふふふ・・・お手伝い、といってもこの手ですから・・・食器を仕舞うくらいしかできませんけど。」 

「 え いえ・・・ お客さまにそんなこと・・・

 あの どうぞあちらで寛いでいらして ・・・ あの ・・・ ジョーも待ってます。 」

「 そう?  ・・・ いいわ、別に。 それよりも貴女をお話したいと思って。 」

「 ・・・・・・・ 」

フランソワーズは黙って洗い物を続けている。

「 じゃあ私、こちらのを仕舞ますね。  えっと・・・ 食器棚は こっち? 」

「 ・・・ はい。  お願いします ・・・・ 」

「 喜んで。  あら綺麗な食器 ・・・ これはシリーズものなのかな。 」

リナはティーカップとソーサーをもちあげてその模様を眺めている。

「 それは ベッキオです、イタリアの・・・ 」

「 まあ そうなの?  いいわねえ、ステキだわ。  カップだけじゃないのよ、

 このキッチンも  いえ この家も全部。 本当にステキ・・・ 」

「 ごく普通の家です ・・・ 広いだけが取り得ですけど・・・・ 」

「 皆さんが仲良く穏やか暮していらして・・・ 本当に羨ましいわ。 

 それに この風景・・・! 空と海と、 あらここの窓からは林が見えるんですね。 」

「 ・・・ 田舎ですから。 街中で暮していらっしゃる方には珍しいかもしれませんね。

 でも 不便ですよ、何にもありませんから・・・ 」

「 何も? どこが?  何でもあるじゃありませんか。

 ・・・ いいなあ ・・・ 私もこんな風に暮してみたかったわ ・・・ 」

「 お引越しなさったらいかが? 最近 田舎暮らし って流行っているみたいですよ。

 ・・・ ジョーは都会のマンション暮らしの方が気に入っているらしいけど。 」

  ― バチャ ・・・!  シンクの中で水がはねた。

「 若い男の子は便利さ第一なのよ。  でも・・・家族で過すにはこんな環境が一番ね。

 子供たちだってのびのび・・・庭を走り回って遊べるし。 」

「 ・・・ そうですか? あの ・・・ どうぞもう休んでいらしてください。 」

フランソワーズは相変わらずシンクの中の食器を見つめたままだ。

  カタ ・・・  リナは皿を食器棚に仕舞うとフランソワーズの背中に向き直った。

「 あの ね。  私 貴女とおしゃべりがしたいの、フランソワーズさん。 」

「 え ・・・ わたし と? 」

「 ええ。 私の今の環境って・・・ 気楽におしゃべりできる女性、似たような年頃の方がいなくて

 あ、勿論貴女は私よりもずっとお若いけれど ・・・ 」

「 ・・・ ご家族は? 」

「 家族 ?  ・・・ そうね ・・・ 息子と  その父親、かしら。 」

「 まあ。 それじゃ その・・・ 皆さん、お帰りを待っていらっしゃるのでは ・・・ 」

「 ねえ ?  ジョーのこと、好きなのでしょう? 」

「 ― え ・・・ 」

ぎくり、として フランソワーズが振り向いた。

「 ふふ やっとこっちを向いてくださったわね。 ・・・綺麗な方。 」

「 綺麗なのは ・・・ あなたです、リナさん。

 りんとして落ち着いていらして ・・・ 見事な黒髪ですね。 」

「 ありがとう。  でもね、貴女みたいに恋する輝きは 私にはないの。 」

「 ・・・ こ 恋する・・? 」

「 ええ。 貴女、全身で彼を追っているもの。 全身全霊で彼に向かっているわ。 」

「 そ そんなこと・・・ 」

「 ね 誤解なさらないでね。 私、ジョーのこと、好きよ。 

 好青年だし優しいわ。 でもそれだけよ。 それ以上の気持ちはないわ。 」

「 で でも ・・・ でも。  ジョーは  ジョーはあなたの事しか・・・見ていません。 」

「 ええ そうね。 」

「 彼は あなたのような方が す ・・・ 好きなんです。

 わたしは 彼の好みのタイプじゃ ・・・ ないんです。  黒い瞳じゃないし ・・・ 」

「 ねえ? 」

リナは 静かにフランソワーズの手をとった。

「 彼が見ているのはね ・・・ 私自身じゃないのよ。

 彼が憧れていて・・・でも永久に手に入らない存在・・・ 多分 母親かしら。

 その姿を追っているだけなの。 」

「 ・・・ 母親?  ・・・ あ。 ジョーはお母様のこと、記憶にないって・・・ 」

「 そうなの?  じゃあ 余計に憧れているのね。

 彼が本当に愛しているのは あなただわ。 」

「 え ・・・  」

「 彼はね、まだそのことをはっきりと自覚していないだけ。 

 自信をお持ちなさい。  貴女 とっても綺麗だわ。 」

「 ・・・ リナさん ・・・ 」

リナはふわり、とフランソワーズの身体に腕を回した。

「 貴女の恋が 実りますように ・・・ 」

「 ・・・リナさん ! 

 

「 大変じゃぞ !! フランソワーズ !! 」

ギルモア博士が どたどたとキッチンに飛び込んできた。

「 !? どうしたんですか?? 」

「 うむ、張々湖飯店で騒動らしい。 ジョーが ・・・ 飛んでいった。 」

「 まあ! それじゃわたしもすぐに行きます! 」

「 ああ そうしておくれ。 」

フランソワーズはぱたぱたとキッチンを出て行った。

「 私も連れていってください。 多分 ― 私に関係のある騒動ですから。 」

「 リナさん ・・・ 」

「 ご迷惑ばかりおかけして本当にごめんなさい。

 大丈夫 ― 私があの二人、いえ 皆さんには手出しさせません。 」

「 ここはあんたさんにお任せするのが賢明なようですな。 」

「 はい。  いろいろと ―  ありがとうございました。  どうぞ・・・お元気で。 」

リナは博士へ丁寧に頭をさげると 玄関へ駆けていった。

騒然とした空気はぷっつりと消えてしまい、 ギルモア邸はしん・・・と静けさだけが満ちた。

 

      「 ・・・・ 皆 ・・・ 無事でいておくれ。 

 

 

 

 

 

 

   § プロジェクト X

 

 

 

    ・・・・・  カチ ・・・・

 

頭の奥で なにかの金属音が聞こえた。

「 ・・・ う ・・・  グレート ・・・ 大人 ・・・ ぶ 無事か ・・・ 」

ジョーはがんがんする頭を押さえつつ 周囲を窺った。

目の端に防護服の赤が二つ。 ともかく二人とも側にはいるらしい。

「 ・・・く くそう ・・・ ここは どこだ ・・・? 」

「 ・・・う〜〜〜ん ・・・  爆撃は ・・・ 終わりか ?? 」

「 ・・・ もうたくさんや  ええかげんに ・・・ 」

グレートと大人も頭をかかえ ぶつぶつと呟いている。

「 おい ・・・  グレート ? 大人!  しっかりしろ 」

「 ウウウ ・・・ ジョーはん?  こ ここは  あの死の街やろか? 

「 いや ・・・  ここは通常の、現代の室内らしい ・・・ 」

「 ― のようだな。  この床の感触は  ・・・ 普通のビルだ。 

「 グレート。 気がついていたのかい。 」

「 し ・・・!  ジョー。  ヤツラはどこかで見ているに違いない。

 まだ ぶっ倒れたまま と思わせておいたほうがいい。 」

「 ・・・ そうだな。  しかし あれは・・・なんだったんだ?  とてもホログラフや映像とは

 思えないんだ。  あまりにもなまなましかった・・・ 」

「 アレはほんまのコトや。 きっとな ・・・ 」

「 大人 ? 」

「 ワテは ・・・ ワテらはああいう場ァを ぎょうさん見てきたやないか。

 目の前で人間が吹っ飛び血ィ流して亡う ( のう ) なってゆきはるのんを・・・ 」

「 そうだ な。 アレは ・・・我輩らがいやというほど嗅いできた ・・・ 死の臭いだ。 」

「 ・・・ 現実だった、ということか。  いや ぼく達は現実にあの場にいた・・・? 」

三人はたった今、通り抜けてきた <現実 > を思い出し ― ぞっとした。

「 それじゃ ・・・アイツらは いったい・・・? 

 

「   ははは ・・・   いかがだったかな?  時間砲の効果は?  」

 

突然、 彼らの周囲が明るくなり閉じていた空間が広がった。

「 ・・・? こ ここは・・・? 」

「 ふむ ・・・ 普通のストレッジのようだな。 」

「 アレが敵さんやろか 」

明るくなるにつれて ジョーは声の主の前に大きな円盤状の兵器とおぼしきモノを認めた。

「 くそ ・・・! あれが !? 」

「 今 君達が見聞してきたものはイメージや映像ではない。 

 実際に起きた出来事であり 人々であり ・・・ 真実なのだ。 」

「 ・・・ そんなアホな! そないなこと、出来るわけあらへんで! 」

「 ・・・・・・・・ 」

「 ふん、 この時代の人間である諸君らにはすぐには信じられないのは無理ないだろうが ・・・

 諸君らは今 超スピードで時間旅行をしてきたのだ。 」

「 時間 ・・・ 旅行?? 」

「 じゃ ・・・あの空襲も 艦隊戦も 核戦争も ・・・ 全てホンモノ? 」

「 ヒトは 人類は ― あんな悲惨な末路を辿るというのか・・・! 

「 お前たちは!  いったい何物なのだ!? 」

ジョーは 声のする方向に向かい声を張り上げた。

 

「 ふん  ・・・ 私達は人類だ。 お前たちがつくった呪われた子孫なのだ。 」

 

「 し ・・・子孫?? 」

「 そないな アホな ・・・! 」

ずい、と暗闇の奥からヒトがでてきた。  彼は黒尽くめの服装で顔の半分も黒く覆われていた。

「 私が 司令長官だ。 」

 

 

 

 

表通に止めた車から飛び出すとフランソワーズは店の方へ駆け出していった。

さぞかし大騒ぎになっているだろう・・・とある程度は覚悟していた ・・・ しかし。

「 ・・・ グレート! 大人!?  」

フランソワーズが到着した時  そこには、張々湖飯店の前には 誰もいなかった。

店の扉は閉じられ < 本日臨時休業 >の札が出ていた。

時折足を止めるヒトがいるが 皆、がっかり、といった顔で引き返してゆく。

滅茶苦茶になり 人だかりでもしているか・・・と覚悟して来たのだが・・・

あまりの <ごく普通> な状態に フランソワーズはかえって不気味な思いがした。

「 ジョー!??  みんな どうしたの!? どこにいるの!? 」

目も耳も最高レベルで展開してみたが ― 日常的な雑音と <定休日> の店内を拾っただけだ。

「 どう? なにか ・・・ 誰かいました? 」

リナが追いついてきた。 

「 おかしいわ。 こんなこと ・・・ 誰も 誰もいない・・・

 店内も普通どおり ・・・ 定休日の誰もいない店内なのよ。 」

「 ふん。 ますます怪しいわね。 出入り口は?  従業員用の勝手口とかあるでしょう? 」

「 ええ  裏に ・・・ こっちです。 」

フランソワーズとリナは路地を折れ、飯店の裏側に回った。

「 ここが ・・・ あら? 開いてる ・・・ 」

「 やっぱりねえ ・・・ 小細工したつもりでしょうけど ヌケサク共ばかり! 」

「 リナさん・・・ 貴女、犯人を知っているのですか? 」

「 ええ。 言ったでしょう、 反対派に狙われているって。

 ヤツらはね 私の存在が邪魔なのよ。  強引に割り込みたいのね。 」

「 ・・・ あなた方は ・・・ いったい何なんです?? 」

 

     う・・・ ぅ・・・・  ・・・

 

低い呻き声が聞こえ 二人はっとして口を閉じた。

「 あの声は ・・・ ジャック! 」

「 あ !  裏の小部屋に! 右です!  ・・・大丈夫、怪我はしてません。 」

「 ジャック! ジャック ・・・! 」

今までの落ち着いた様子は消えうせ、リナは大声で彼の名を呼びつつドアをあけた。

「 ― ああ!  ジャック ・・・! 」

「  ・・・ う ・・・? 」

小部屋の床に少年が ジャックが 転がっていた。

「 大丈夫!?  怪我はないって・・・フランソワーズが・・・ 」

リナは飛び込んで彼を抱き起こした。

「 ・・・ う ・・・ あ  ・・・ ね 姉さん ・・・ 」

「 ジャック!  ああ よかった・・・・  ねえ アイツらね? 

 ここに ― 来たのでしょう? 」

「 お水、 もってきます! 」

フランソワーズは厨房へと駆けてゆく。

「 ・・・ 来たよ ・・・ 派手に 車ごと 店に突っ込んで・・・ 

 それで ・・・ グレートさんや 張さん ジョーさん達を ・・・ 」

「 !  拉致していったの!?  ジャック、 あなたはどうして? 」

「 ジョーさんが庇ってくれたんだ。  ヤツら あんましアタマ 良くないね ・・・

 僕のこと、見逃していっちまった ・・・ ははは ・・・ 」

「 ・・・ 笑い事じゃないわよ、ジャック。 」

「 ジャック!  ほら お水!   ああ 顔が埃だらけよ・・・ 」

フランソワーズはジャックにコップを渡し オシボリでそっと彼の額を拭いた。

「 あ ・・・ ありがとうございます  へへへ 僕 年中埃まみれだね。 」

「 怪我がなくてよかったけど ・・・  」

「 ごめんなさい、フランソワーズ。  ジョーさん達 ・・・ 」

「 ・・・え? 」

「 ― 許せないわ。 」

リナが ぽつん、と言うと立ち上がり顔を上げた。

「 リナさん ・・・? どうしたの。 」

彼女は ちら、とフランソワーズとジャックに微笑み ―

 

     「 私が戻れば 文句はないのでしょう? この人たちは無関係よ! 」

 

空間に向けて声を張り上げると ― 彼女の姿は溶けるように消えていった。

「 ―  お母さんッ !!! 」

「 !?!?   お母さん?? 

「 うん。  あのヒトは リナは ・・・ 僕のお母さんなんだ! 

 

 

 

 

Last updated : 02,28,2012.               back     /     index    /    next

 

 

 

 

**********   途中ですが

すみません〜〜〜 あと少しなんですが・・・・ 続きます ・・・!

しかし・・・ 茅ヶ崎から元町まで よく歩けたもんだ・・・ ( 爆 )

相変わらずのウソ8000〜〜 笑ってスルーしてくださいませ <(_ _)>