『 海と真珠 』
****** はじめに ******
『 海と真珠 』 は バレエの小品のタイトルです。( 通称 海真 )
海 (男性) と 二人の真珠( 女性 ) による パ・ド・トロワで、特にスト−リ−はありません。
二人の真珠の踊りは可愛い曲なので 振りを簡単にして子供の発表会などでよく使われます。
今回のお話はバレエとは関係はありません。
Part.1 真珠の呟き
「 姉さん ! 」
元気な声に振り返れば 燃える炎の髪をした少年が崖を上ってくるところだった。
纏っている白金の衣裳やマントに 南欧の日が映りいっそう華やかに照りかえる。
「 姉さん。 どうしたんだ、こんなところで。 」
すこしも息を乱すこともなく少年は姉のもとにやってきた。
「 珍しいわね。 あなたが自分の脚で歩いてくるなんて。 」
「 いやだなあ。 僕だって普段はちゃんと歩くさ。
それより、姉さん。 姉さんこそ どうして一人でこんな崖の上に? 」
「 ・・・ アポロン ・・・ 」
少年は銅(あかがね)色の髪をゆらし、姉の脇にすわった。
断崖の上は広くはないが平坦な岩場になっており、風を避けるためか丈の低い潅木も生えていた。
眼下には広く大海原が広がり、頭上の紺碧の空には雲ひとつ浮かんでいない。
しかし 吹きぬける風は少女の裳裾をゆるく波打たせるほどだった。
「 ここね、好きなの。 」
「 え? ああ、眺めはバツグンだよね。 」
「 それもあるわ。 それにね、少しだけど緑もあるし、風も緩やかよ。 」
「 ふうん、多分海流の関係かな。 この島はちょうど X (エックス) の形をしているから
この付近だけ海流が不思議な蛇行をしているんだ。 」
「 そうなの。 私達の島は岩と崖と・・・・ 熱いお日様と強い風だけでできていると思っていたから・・・・
ここを見つけたとき、なんだかとっても嬉しかったのよ。 」
「 ・・・ 姉さん。 具合でも悪いの? 」
「 え? 」
少年は姉の白皙の頬をじっとみつめた。
弟と同じく白金の衣裳をつけ、黄金のサンダルを履き・・・ 少女はプラチナ・ブロンドの髪を揺する。
「 おかしなアポロン。 なんだってそんなことを聞くの? 」
「 え ・・・ いや。 だって姉さんがそんなことを言うの、初めて聞いたから。 」
「 そう? ずっと思っていたけど・・・・ そうね、口に出したことはなかったかもしれない。 」
少女はふと ・・・ 腰をおろした端の緑地に目をむけた。
「 あら。 ねえ、見て? ・・・ ほら、こんなところに ・・・ お花よ?
小さいけど、ホンモノのお花だわ。 綺麗ねえ・・・ 濃い紫のお花ね、なんという名かしら。 」
「 姉さん。 」
「 ねえ、アポロン。 あなた、知っている? 私、もしかしてホンモノのお花を見るのって
初めてかもしれないわ。 この ・・・ 私達の島にお花なんか咲かないと思っていたわ。 」
「 姉さんってば! こっち向けよ、僕をみるんだ。 」
少年は姉の白い腕をつかむといささか乱暴に引き寄せた。
「 きゃ・・・! ああ、ダメよ、お花を潰してしまうわ! 」
「 そんな、花なんか基地で実験室に頼めばいくらでも培養してくれるよ!
それより、本当に姉さん! どうしちまったのかい? 」
「 ・・・ 別に。 なんでもないわ、いつもと同じよ。 」
「 いや。 さっきのガイア博士やウラノス博士の話がショックだったのかい。 」
「 そんなこと、ないわ! ・・・ ない、けど。 でも ・・・ 」
少女は弟の手を静かに外すと膝を抱えて小さな花の端に座り込んでしまった。
・・・ そうよ、ショックなんかじゃ・・・・ ないわ。
ただ ・・・ そんなコト、考えてもみなかったから・・・
明るい大地色の瞳から ほろほろと瑠璃のしずくが零れ落ちていった。
それは濃い紫の花に宿る朝露・・・にも見えるのだった。
「 諸君に聞いて欲しいことがある! 」
そのオトコは精一杯短矩を反らせ黒髭をしごいていた。
「 我々に初めて命令が下ったことは先刻、告げたとおりだ。
しとめるべき相手のことも説明した。 」
一段と高い岩のうえに立つ彼を それでも見下ろすようにしていた半人半馬が
ハナを鳴らし口を挟んだ。
「 ふん、例の裏切りモノどものことか。 ガイア博士。 」
「 そうだ。 ヤツらはゼロゼロ・ナンバ−、いわば試作品の未完成品なのだ。 」
「 だが・・・ なぜかヤツらは強い。 」
「 ウラノス博士? 」
「 試作品とみくびっていた我々の同士たちが数多く倒されてしまった。
これは単に裏切りモノの試作品、と侮るわけにはゆかない。
それで、彼らと対峙するための作戦なのだが・・・ 」
「 おう! 」
先ほどの半人半馬やら頭は雄牛の戦士、同じく豹頭の騎士、炎の髪をゆらす少年 ・・・
いずれも化生のものとしかみえない。
中には際立って白い肌の美少女の顔も見える。
彼らは勢いこんで ウラノス博士と呼ばれた肌の黒いオトコの言葉に耳を傾けるのだった。
・・・ パチ・・・! ・・・・
時折 松明が音をたてて爆ぜ、一瞬辺りを明るく照らし出す。
ここはエ−ゲ海の外れ、空も海も悠久の歴史を飲み込んだまま・・・ただ静かに彼らを
見下ろしていた。
「 まさか・・・姉さん。 ウラノス博士の考えに反対なんじゃないだろうね? 」
「 もちろんよ。 私も闘うならば正々堂々と闘いたいわ。 」
「 うん、僕も同じさ。 それなら、いったいなにが気になるのさ。 」
「 ・・・ 気になるって ・・・ そんな大袈裟なことじゃないけど。 でも・・・ 」
「 でも? 」
「 なぜ、彼らは、ゼロゼロ・ナンバ−達は逃げ出したのかしら。
私達はもっとよりよい世界を作るための ・・・ サイボ−グという進化した人類の
先駆者なのでしょう? 彼らだって同じなはずだわ。」
「 さあね。 ふん、やっぱり試作品は試作品、アタマの中身も出来損ないだったってことじゃないかな。 」
「 そうかしら・・・ 」
「 そうに決まっているじゃないか。 裏切り者の汚名を着て、なにが嬉しい? 」
「 ええ・・・ でも ・・・。 」
少女はぱっと立ち上がると、眼の前に拡がる海原に視線を投げた。
「 ・・・ 世界はこんなに美しいのに。 でも、なにかが足りない気持ちがするの。
これでいいの?って もう一人の私が聞くのよ。 私のこころが求めているものは・・・ 何なのかしら。 」
「 姉さん! 」
「 まあ、なあに。 そんなに怖い顔をして・・・ 」
「 姉さん。 さっきのウラノス博士の言葉、ちゃんと聞いていただろう? 」
「 ウラノス博士の? ええ。勿論よ。
私だってミュ−トス・サイボ−グの一員ですもの、戦士としての誇りもあるわ。 」
「 だったら! そんなぐちゃぐちゃしたコトに悩んでないで。
自慢の木馬の調子でも見てきたらどうだ? 」
「 え・・・ええ。 」
「 あれは僕の太陽の馬車と同じ・・・姉さんの大切な武器なんだからね。
しっかりたのむよ。 」
「 ・・・ そうね。 私、ウラノス博士を尊敬しているもの、博士のためにもしっかりしなくちゃね。 」
「 そうだよ! ガイア博士に卑怯な抜け駆けをさせないためにも。
僕達、ミュ−トス・サイボ−グは裏切りモノのゼロゼロ・ナンバ−サイボ−グどもと
正々堂々と闘い、打ち破らなければ! 」
「 そう・・・ そうね。 」
・・・ 彼らも ・・・ 同じことを思っているのかしら。
一緒に逃げた ギルモアという博士と共に・・・・
少女はふ・・・っと再び眼下に海に視線を飛ばした。
「 海は ・・・ いつもこんなに綺麗なのに ・・・ 」
「 え? なんだって? 」
「 ああ、ごめんなさい、アポロン。 なんでもないわ。 海が綺麗だなって・・・ 」
「 姉さん! 姉さんの好きなこの海や空を守るためにも!
僕達が闘うんだよ、そうだろう? 」
「 ・・・ アポロン ・・・ 」
少女は弟の血気に逸り紅潮した頬にそっと手を触れた。
「 ああ・・・ 優しい手だな。 僕に触れられるのは姉さんだけだ・・・ 」
「 私。 あなたを死なせるわけには行かないわ。 」
「 ・・・・・ 」
炎の髪をした少年は頬に添えられた姉の手に自らの手を重ね合わせた。
「 頼りにしてるよ ・・・・ お姉ちゃん ・・・ 」
「 アポロン ・・・ こうやって触れ合えるのは私達だけね。 」
「 僕達は神であり新しい人類の先駆者なんだ・・・ 」
太陽の若者と白金の肌の乙女はそっと唇を合わせた。
南欧の孤島に生まれた <神々> 達の闘いの日々が始まろうとしていた。
そして。
少女は ― あの青年に、 セピア色の髪と瞳をした青年に出会ったのだ。
出会い、闘って。 少女は敗れた。
ツ−−−−ン ツ −−−− ン ・・・・
潜水艇独特の音が定期的に艦内に響いている。
それと共に ときおりごぼごぼごぼとこれも独特の音がし、泡ぼこが海中に放たれる。
・・・ わたしみたい。 この泡・・・ 海面まで昇ってそして・・・
舷側の窓辺に寄りかかっていた少女は ふ・・・っと吐息をもらす。
照明を抑えている艦内で 彼女の白金の肌はより目映く浮き上がってみえる。
ふうう ・・・
何度目かの溜息が少女の口からもれ、彼女はそっと強化ガラスに額を寄せていた。
「 ・・・ ヘレナさん。 」
「 え ・・・!? 」
遠慮がちに背後から聞こえてきた声に 少女は大層驚いてふりかえった。
彼女のすぐ前に セピア色の瞳が笑みを湛えて見つめていた。
鋭敏な知覚を備えているはずなのに彼の足音も気配も ・・・ 少女には全く察知できなかった。
「 すみません、驚かせて・・・ 」
「 い、いいえ ・・・ 009。 私がぼうっとしていただけですから。 」
「 あの、ヘレナさん。 仲間達に聞きました。 君がぼくをこの潜水艇まで運んでくれたのですね。
君がいなかったら・・・ ぼくはあの時、海底で死んでいました。 」
「 009。 だって ・・・ あなたこそ、あの時。 闘いに敗れたわたしを援けてくれましたわ。
完全にあなたに負けたのですもの、殺されて当然だったのに。 」
「 ヘレナさん! ぼくは・・・ ぼく達は君達、ミュ−トス・サイボ−グ・チ−ムの挑戦は受けたけど、
殺し合いがしたいわけじゃない! それが目的ではないはずです。 」
「 でも ・・・ 」
「 無益な殺し合いをして 喜ぶのはヤツら、BGだけです。 」
「 あなた達は裏切りモノだ、と聞かされていたから・・・ それに。 」
少女は俯いて 一瞬言い澱んだ。
「 あなたの怪我は アポロンの、私の弟の攻撃によるものです・・・ だから・・・ 」
「 ああ! あの太陽の化身みたいな少年は君の弟なのですか。 」
「 ・・・・ええ。 」
「 彼は ・・・ すごいサイボ−グですね。 アポロンというのか・・・
ぴったりの名前ですね。 ・・・ 友達になれれば嬉しいなあ。 」
「 009 ・・・! 」
「 ジョ−、です。 」
「 ・・・ ジョ−? 」
「 ぼくの名前。 00ナンバ−はただのコ−ド・ネ−ムだから。 」
「 そうなの。 」
「 ひと言お礼がいいたくて。 君を捜していました。
さあ、こんな所にいないで ・・・ 狭いですけど第一艦橋に来ませんか。 皆集まってます。 」
「 お礼だなんて。 私 ・・・ どうしてあの時、味方を騙してしまったのかしら。
私、裏切りモノだわ。 もう ・・・ あの島へは帰れない。 」
ヘレナはふい・・・と眼をそらすと両手を顔にあて俯いた。
「 ・・・ わからない ・・・ どうしてか私自身にもわからないの・・・
でも ・・・ ジョ−・・・! あなたとあなたの仲間達を見殺しにはできなかった・・・! 」
「 ・・・ ヘレナさん・・・・ 」
ジョ−は思わず、震えている少女の肩に手を伸ばしその輝くからだを引き寄せた。
「 ぼく達自身には 憎み合い殺しあう理由なんてどこにもないはずです。 」
「 ・・・ ジョ−。 」
「 あなたさえよれば。 一緒に来ませんか。 ぼく達はこんな放浪の身だけど。
こころだけは誰にも縛られてはいません。 いつか 本当の自由の身になりたい。 」
「 ・・・ 自由 ・・・? 」
「 そう。 ぼく達は ・・・ こんな身体になってしまったけれど、れっきとした人間だもの。
当たり前の世界で生きてゆければ、と思いませんか。 」
「 当たり前の世界 ・・・ 」
「 ね? こんなこと、聞いてもいいですか。 ヘレナさんの故郷はどこですか。 」
「 あ・・・ 私、私とアポロンはエ−ゲ海に浮かぶ小さな島出身なの。
観光資源もなくて漁業と羊を飼うくらいの貧しい島だったわ。 」
「 へえ・・・ ここはヘレナさん達の海なんですね。 綺麗なところだ・・・・ 」
「 ええ、海も空も ・・・ 人々も。 みんな素朴だけど綺麗だったわ・・・・
そんな世界をもっと豊かにできれば・・・って弟と一緒にBGの誘いに乗ったのよ。 」
「 ・・・ 巧妙な手口に引っかかったんですね。 」
「 わたしはただ・・・故郷を愛していただけなのに。 」
ほろほろと涙が白金の頬を零れ落ちる。
それは ・・・ まさに真珠の輝きをはなち少女の足元に散った。
「 是非、ぼく達と一緒に行きましょう。 ヘレナさん。 」
「 ・・・ ヘレナ、よ。 」
「 ヘレナ・・・・ 綺麗な名前だ。 いや・・・ 名前だけじゃない。 」
「 まあ なにを ・・・ あ ・・・・ 」
ジョ−の唇が ぎりぎり少女の唇の端の頬にふれ ・・・ すぐに離れた。
「 ・・・ごめん。 さあ、第一艦橋に行こう。 捜さなくてはならない大切な仲間がいるんです。
そして一緒に、皆で自由な世界を目指そう。 」
「 ・・・ ええ ジョ− ・・・ 」
差し伸べられた赤い服に包まれた腕に 少女はするりと白い腕を絡ませた。
・・・ ああ ・・・ 暖かいわ
そうよ、わたしは 愛する心を知りたかった・・・
私がさがしていた なにか は この・・・暖かいこころだったんだわ。
海の底にじっと息を潜め ・・・ 彼らは心やすらぐ時を味わっていた。
それは
やがてやってくる大いなる終末までの束の間の休息だった。
「 やめてッ! アポロン!! 」
「 姉さん!? 」
にらみ合っている二人のサイボ−グ戦士の間に 輝く姿が飛び込んだ。
「 こんな ・・・ バカげた、無駄な闘いはもうやめて!! 」
「 姉さん! どうしたんだ! ゼロゼロ・ナンバ−達に捕まったと聞いたけど・・・
ああ、でも無事でよかった。 」
「 ええ、無事よ。 アポロン、あなたも闘いはやめて ・・・ 一緒に行きましょう。 」
「 一緒に ? ・・・ 姉さん、姉さんも裏切りモノどもの仲間になったのか! 」
「 なんと言われてもいいわ! アポロン、あなたもジョ−達の話を聞いて! 」
「 ジョ− ・・・・? 」
「 私達は騙されていたのよ。 本当は ・・・ きゃあ〜〜 」
ゴウウ−−−−−−− !!!
地鳴りがし、岩だらけの足元が激しく揺れた。
「 あぶない、ヘレナ! 」
「 ジョ− ・・・ あ、アリガトウ・・・ 」
ジョ−は咄嗟に腕をのばし少女を抱えた。
「 火山が ・・・ この島の火山が活動を激化させたようだ。 脱出したほうがいい。 」
「 ええ。 」
「 貴様〜〜〜!! その手を、姉を放せ!! 」
「 アポロン ! 」
「 姉さん ! さあ、僕のもとに来るんだ! 姉さん ・・・ 愛しているよっ 」
「 ヘレナ! 行っちゃいけない・・・! 」
「 くそゥ〜〜〜 !! ゆくぞ、トドメを刺してやるっ! 裏切りもののゼロゼロ・ナンバ−め! 」
「 ・・・ む ・・・! 」
−−−−− やめて ェ −−−− !!!!
燃える炎の身体の戦士の腕の中に白金の乙女は走り寄り ・・・ もろともに背後の崖から落ちていった。
「 ヘレナ ・・・!! 」
「 お、お姉ちゃ・・・ん ・・・ !? 」
ジュワ −−−−!!! バチバチバチ ・・・・・!!!
白煙を上げ、姉と弟は一塊となり 故郷に続く海に飲み込まれた。
「 ・・・ ヘレナ ・・・・ !!!! 」
大地は激しく揺れ動き岩石が降り注ぎたちまち青年の姿も見なくなってしまった。
エ−ゲ海で生まれた一粒の真珠は いま、再び故郷の海の底に静かに眠っている。
Part 2. 海の告白
「 ・・・ わたし。 時々 ・・・ この能力が本当にイヤになるわ・・・ 」
ぽつり、と洩らした少女の後姿は小刻みに震えていた。
「 ・・・ 003 ・・・ 」
ジョ−はそっとその肩に腕を伸ばした。
「 ・・・ ごめんなさい、弱音を吐いてしまったわ。 だらしがないわね。」
振り仰ぐ少女の瞳には。 その空よりも海よりも深い青には真珠の雫が宿っていた。
「 ・・・・・ 」
ジョ−は黙って ・・・ そのまま彼女を抱き寄せた。
「 ごめんなさい。 でも ・・・ ちょっとだけ ・・・ 」
小さなくぐもった声が彼の胸の中で聞こえ、やがて低い嗚咽に繋がった。
「 ・・・ いいんだ。 泣いていいんだよ。 ぼくがいる・・・ 」
「 ・・・ 009 ・・・・ 」
ああ ・・・ この女性 ( ひと ) は。
こんなにも華奢な身体で闘いの狭間を駆け抜けてきたのか・・・
彼の腕の中で涙をながす彼女は 信じられないほど小さく感じられた。
太平洋の孤島で出会ったあの日から、常に背筋をしゃんとのばしきっちりと前を見つめ
それでいて彼女が微笑めば 仲間達の間には暖かい空気が満ちる。
自分とたいして年齢もかわらないのに ・・・ すごい女性 ( ひと ) だ・・・!
内心舌を巻き、ジョ−はずっと彼女に畏敬の念すら持っていた。
そんな彼女が ・・・
・・・ 泣いてる ・・・
そうだよな。 彼女だって普通の女の子なんだもの。
・・・ 可愛い。
ジョ−の心にごく自然と暖かい想いが湧き上がってきた。
「 皆不安だよ。 ぼくだって・・・ ね、我慢しなくていいんだ。 」
「 ・・・ ん ・・・・ 」
「 ぼく達は身体には機械が入っているけど。 こころは・・・ 生身のままだよ。
だから辛い時には、悲しい時には 泣けばいい。 」
「 ・・・・・・・・ 」
「 ぼくさ。 きみの涙見て、なんだかほっとしちゃったな。 」
「 ・・・ え? 」
少女は涙の痕を頬にのこしたまま、ジョ−を見上げた。
「 どうして・・・ 」
「 え・・・ だってさ。 きみっていつも冷静沈着で ・・・ てきぱき行動するし。
射撃の腕なんてぼくは到底敵わない。 」
「 それは ・・・あなたはまだ慣れてないだけよ、009。 」
「 う〜ん、それもあるけど。 でもな、すごいヒトだなあって尊敬して・・・
ごめん、ちょっと怖いな・・・なんても思ってた。 」
「 ・・・ まあ ・・・ ヒドイ ・・・ 」
少女の蒼ざめた頬に ほんのり赤味が差した。
「 でもさ。 こうやって ・・・ 泣いてるきみは。 普通の女の子だよ。
いや、普通じゃないや、うんと ・・・ 可愛いオンナノコだ。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ 」
「 あは。 やっと名前を呼んでくれたね、きみ。 」
「 フランソワ−ズ、よ。 」
少女は自分自身の胸に手を当て、微笑み返してきた。
「 フランソワ−ズ。 ・・・ な、なんだか照れ臭いな。
でも ・・・ うん、ぼく達は機械じゃないから。 ちゃんと名前を呼びたいな。
コ−ド・ネ−ムは戦闘中だけで沢山さ。 」
「 その戦闘もなくなったらいいのに ・・・ 」
「 エ−ゲ海のあの島に行くのはイヤかい。 」
「 ・・・・・ 」
数日前にゼロゼロ・ナンバ−・サイボ−グ達は ミュ−トス・サイボ−グと名乗るチ−ムから
挑戦状を突きつけられていた。
「 イヤとかそんな問題ではないでしょう? わたし達は ・・・ 生きるために
彼らの挑戦を受けなければならないわ。 」
「 うん ・・・。 でも。 」
ジョ−はもう一回彼女の肩を抱き寄せた。
「 ぼくは。 絶対にきみを死なせはしない。 」
「 ・・・ ジョ− ! 」
「 ゼロ ・・・ あ、ごめん。 フランソワ−ズ・・・! 」
彼女の腕がするり・・・と彼の首に絡まり、彼の腕にも力が篭り・・・
同じ防護服姿で二人は熱く唇を合わせた。
・・・ わたし。 ・・・ このヒトが ・・・ 好き ・・・!
ぼくは このヒトが 好きだ!
数時間後、ゼロゼロ・ナンバ−・サイボ−グ達を乗せた潜水艇はエ−ゲ海めざし
静かに潜航していった。
・・・・ この少女は ・・・ だれだ・・・?
だんだんとはっきりして来た視界に白く輝く顔があった。
大きなハシバミ色の瞳からほろほろと透明な雫が落ちてくる・・・・
ああ ・・・ あれは。
あの輝く白金の肌をした少女は ・・・・ そう、美しい名前だった ・・・ 彼女自身と同じく・・・
「 ・・・ 泣き虫 ・・・ なんだ ・・・ね 」
ジョ−の口からぽつぽつと言葉が絞りでてきた。
「 ああ・・・! 009! 気が付いたね!! よかった・・・ よかったわ・・・ 」
「 ・・・ ここは・・・? 」
「 あなた方の潜水艇よ。 あなた、私の仲間の熱線に撃たれて・・・
あやうく命を落とすところだったのよ。 」
「 そう・・・か ・・・ あ? きみ ・・・ あの時の ・・・ 」
「 ええ、 そうよ。
あなたに挑戦して ・・・ 敗れたミュ−トス・サイボ−グの一員よ。 」
「 そうだ。 ヘレナ ・・・ そんな名前だった・・・?
でも もう一度どこか ・・・ 海の中かな ・・・ ゆらゆら君の顔が見えた記憶が・・・ 」
「 まあ、夢でもみたのじゃない? ああ・・・でも助かってよかったわ。
ギルモア博士は素晴しい方ね。 」
「 うん。 ・・・ あれ。 きみは ・・・ どうして・・・ここに? 」
「 え・・・。 あの・・・・ あ、そうよ、私・・・ あなたに敗れてその後で捕虜になったの。 」
「 ふうん・・・ でも ・・・ ずっと ここにいたらいいさ。 無駄な闘いは・・・ 」
「 さあ、もうオシャベリはやめて・・・ すこしお休みなさい。
009が気が付いたって・・・ギルモア博士に報告しておくわ。 」
白金の乙女は そっとジョ−の上掛けを直した。
「 ・・・ ありがとう ・・・ ヘレナ ・・・・ 」
「 ・・・・・ 」
穏やかな微笑みを残し、彼女はメディカル・ル−ムを出て行った。
・・・ ヘレナ ・・・ 綺麗な名前だ ・・・ いや、名前だけじゃない・・・
ぁ・・・・? きみは ・・・ 誰だ ・・・ 海よりも青い瞳の きみ ・・・ は ・・・
再び睡魔にするすると引き込まれつつ、 ジョ−は呟いていた。
「 それっきり君は フラ・・・ いや、003とは別行動なんだね? 」
「 すまん、009! 我輩が不甲斐無いばっかりに・・・・ 」
「 いや、違う。 007はこの私を救いにわざわざ戻ってきてくれたのだよ。 」
「 ウラノス博士・・・ 」
「 あのまま逃げれば003も007も無事にここへ帰りついたはずだ。
それを ・・・ この私のために・・・ すまん! 」
ウラノス博士はゼロゼロ・ナンバ−達に深くアタマを垂れた。
「 ギルモア君・・・ きみの <子供たち> は素晴しいな。 」
「 ウラノス君・・・ 」
ギルモア博士も旧友とめぐり合い、顔を綻ばせていた。
「 ウラノス博士。 あなたを助けに行ってくれ、と言ったのは003なんでさ。
彼女が あのままではあなたは裏切り者として殺されてしまう、って。 」
「 そうだったのか・・・ いや、君たちは本当に ・・・ 素晴しいチ−ム・ワ−クだな。」
ウラノス博士はゼロゼロ・ナンバ−達を見回し、微笑んだ。
マグマ島にやって来ていらい、ばらばらになっていた仲間達は再び集合したのだ。
一時は命すら危ぶまれた009も 元気な顔を揃えていた。
「 ・・・ 003がいない。 」
なごやかなム−ドのなか、009がぽつりと呟いた。
落とされた一粒の言葉は たちまち暗い波紋を広げ空気は重く沈んでいった。
今やだれも声を立てるものすらいない。
・・・ ガタ ・・・!
「 ? 009? どこへゆくんだ。 」
突如、席を立つ音が張り詰めた空気をやぶった。
「 捜しに。 」
「 おい ・・・! 待てよ・・・! 」
「 ゼロ ・・・ いえ、 ジョ− ・・・! 」
「 ・・・・・ 」
ちらり、と仲間達にそして白金の乙女に視線を流しただけでジョ−はまっすぐに艦橋から出て行った。
「 単細胞め! 一人で捜せるわけないだろうが! 」
「 おうよ。 オレ達も行こうぜ。 」
「 ああ、我輩が途中まで案内するぞ。 」
「 ・・・ 私も行きます。 」
「 え ・・・!? 」
「 行って・・・ もう一人の方を助けて、こんな無駄な闘いをやめるように皆に言いますわ。 」
「 おお・・・ ヘレナ! 」
「 ウラノス博士。 行ってきますわね。 」
さんご礁の陰に身を潜める潜水艇からサイボ−グ戦士たちは次々と離れていった。
・・・ 003?? どこにいる?? 003、 003〜〜〜
聞こえるか!? 返事しろ・・・ 003! フランソワ−ズ ・・・!!
ジョ−は脳波通信をフル・オ−プンにし呼びかけ続けている。
見つけ出す。 そしてなんとしてでも助けだす!
・・・くそ! なんだってぼくは別行動なんかしたんだ??
003?? フランソワ−ズ ・・・!!! どこだ〜〜〜!!
「 ・・・ おい。 奴さん、相当アタマに来てるな・・・ 」
「 ああ。 最大音量で喚かれちゃ・・・ 僕は頭が割れそうだよ・・・! 」
フランソワ〜〜ズ! 返事しろ〜〜 あ ・ い ・ し ・ て ・ る よ〜〜!!
「 ゥ・・・! こりゃ〜たまらん・・・ 」
004はアタマを押さえ顔を顰めた。
「 アイツ〜〜 結構やるじゃん! ほんじゃオレは上から行くわな。 」
シュ・・・ッと軽い音を残し次の瞬間にはもう002の姿は視界から消えていた。
「 僕はこっちから。 お先〜〜! 」
海中に出るや、008は黒い矢となりたちまち彼方へ泳ぎ去った。
ゼロゼロ・ナンバ−・サイボ−グ達は一路、マグマ島を目指す。
「 ・・・ ぼくはどうして一緒に行かなかったんだ・・・!
どうして、黙って見送っていたのだろう・・・・! 」
ジョ−は相変わらず脳波通信をフル・オ−プンでとばしつつ 歯噛みをしていた。
あの時、
マグマ島に上陸したのは 3人。 彼は003、007と共に偵察に来たのだ。
それが・・・ 潜入調査するから、と003は変身した007と自ら敵の基地に行ってしまった。
やはり少し見通しが甘かったのかもしれない。
「 ・・・ いや。 彼女だけじゃない。 ぼくが。 止めなかったぼくが、一番油断していたんだ!」
・・・ フランソワ−ズ ・・・・!
ぼくは! なんとしても。 この命を賭けてもきみを救いだす!
・・・ ジョ− ・・・
一瞬 彼の脳裏に ハシバミ色の瞳が浮かび、そしてすぐに消えていった。
白金の髪をした神話の乙女と。 亜麻色に艶めく髪の乙女と。
大地の瞳と海の瞳。
ジョ−はどちらに魅かれているのか自分でもよくわからなかった。
しかし。
どちらも彼にとっては 失くしたくないタカラモノなのだ。
「 ・・・ ふん。 ずらり勢揃いってわけか。 」
ジョ−は再びマグマ島に上陸し、じっとミュ−トス・サイボ−グ達の基地を窺っていた。
生き残りの、いずれも異形の戦士たちが続々と姿をあらわした。
「 なんとかあの基地に侵入して ゼロ・・・いや。 フランソワ−ズを助けだすんだ。
それには ・・・ コイツらをまず ・・・ 」
( 009? お〜〜い! )
( あ・・・ 君たち。 )
( ああ、やっと追いついたぜ! お前、加速装置使ったみて〜に速いのな〜 )
( 早く フランソワ−ズを助けないと! )
( よ〜くわかったって! 俺達にあの・・・雑魚どもは任せろ。 )
( 004? )
( 俺達で適当に攪拌してアイツらを誘き寄せておくから。 009は基地へ潜入しろ。 )
( お〜し。 上からはオレ様が叩いておくからよ! )
( 我輩を連れてゆけ、009. 道案内いたす。 )
( ・・・ ありがとう! みんな。 )
( ほれほれ〜〜 行くぞ! )
ゴゴゴゴォ 〜〜〜〜
大地が唸り、時折激しく揺れる。
この島の中央にある火山の活動が 活発になって来ている。
ゼロゼロ・ナンバ−・サイボ−グ と ミュ−トス・サイボ−グの決戦が始まろうとしていた。
ドドドドド 〜〜〜〜 ゴウ 〜〜〜〜!!!
穏やかにたゆとう海は一変し、熱い奔流が海中を駆け抜けてゆく。
火山の噴火と共に大地は揺れ地割れが随所に走った。
闘いのさなかのサイボ−グ達は 大いなる自然のエネルギ−に押し流されつつあった。
敵も味方も。 すべてのものに平等に、大自然は牙を剥き襲い掛かってきたのだった。
ジョ−は高熱の炎に焼かれ、損傷し岩場にすべり落ちてしまった。
・・・くそ ・・・ ! フランソワ−ズ・・・! ど ・・・ こ だ ・・・?
あ ・・・!?
眼の前を 白金の姉弟が輝く炎に包まれて ・・・ 紺碧の海に舞い落ちてゆく。
・・・ ヘレナ ・・・・!!
そう、あのひとは。 自ら弟の胸に飛び込み そして諸共に大海原に飲み込まれていった。
白熱の炎の身体はたちまち白煙あげ砕け散った。
大地はまた不気味に揺れ動く。 ミュ−トス・サイボ−グ達のド−ムが崩れ始めた。
「 ・・・く! 今・・・行くぞ! 」
ジョ−は渾身の力で起き上がると 大きく息を吸い そして。 加速装置をオンにした。
・・・ く ・・・!
かなりの損傷を抱えての加速は自殺行為にも匹敵した。
ちりちりと加速の熱で自分自身が焼け焦げて行く・・・
かまうもんか。 それよりも ・・・ フラン・・・! どこだ !?
ジョ−自身、身体中至るところから薄青い煙を立ち昇らせたままド-ム基地に飛び込んだ。
基地、というよりもすでに残骸に近かった。
サイボ−グ達の闘いと火山の噴火と、双方の猛攻を受けた人工ブツは
あっけなく崩れ始めていた。
( 003! どこだっ! 返事しろ。 )
( ・・・ ?? ジョ−?? )
( ああ! フランソワ−ズ・・・! 基地まできたぞ、どこに居る? )
( 009 ! 地下よ、天井が崩れて・・・うまく隙間にはさまったのだけれど・・・
出られなくなってしまったの。 )
( よし。 通信をオ-プンにしておけ。 )
( 了解。 ああ・・・ バリヤ−が壊れたわね、あなたの姿が見えるわ。 )
( よかった・・・! ナビを頼む )
( ええ。 ・・・ ジョ−・・・? どうしたの? 動きがヘンだわ! )
( 大丈夫。 ・・・ああ、この下だな。 行くぞ ! )
( ジョ− !! 無理しないでっ )
彼女の悲鳴に近い通信は瓦礫の崩れる音にかき消されてしまった。
そして、 すぐに。
003は天井の残骸の間から 手を差し伸べるジョ−の笑顔を見つけた。
「 ・・・ ジョ−! 」
「 フランソワ−ズ! 遅くなってごめん! 」
「 ああ、ジョ−・・・! あなた・・・!? 」
彼女の腕を引き寄せた瞬間に、ジョ−は顔を歪めた。
「 ・・・ う ・・・! ・・・あは、きみって案外重いんだね。 」
「 ジョ−! なにを言っているの・・・あなた、酷いキズよ! これで加速してきたなんて・・・ 」
「 行こう。 もうすぐあの火山は大爆発をするよ。
そうしたら・・・ この島はひとたまりもない。 」
「 ええ、わたし達の潜水艇に戻りましょう。 」
「 ・・・ く ・・・! 」
「 ジョ−。 わたしにつかまって。 え・・・っと ・・・ 」
フランソワ−ズはしばし、四方に首を廻らせていたが、すっとジョ-の背に腕をまわした。
「 行きましょう。 出来るだけ早く海に入ったほうが安全なようね。 ・・・大丈夫? 」
「 ・・・ ごめん。 カッコわるいな・・・・ 折角助けに来たのに。 」
「 まあ、なにを言っているの? 」
「 ・・・ 愛してる ・・・ 」
「 え? なあに。 」
四方を警戒している003の耳には ジョ−の呟きを拾う余裕はなかったようだ。
海のうねりはすこしの間 収まっているらしい。
火山の爆発までには余裕があるのかもしれない。 今がチャンスだ。
ジョ−とフランソワ−ズは支えあい、助けあいつつ ・・・ 海の中を進んでゆく。
異変を察知したのだろう、魚たちの姿はすでに見かけられない。
海藻のゆれが激しくなったようだ。
「 ・・・ あ ・・・ ! 」
「 大丈夫か。 」
「 え、ええ・・・ 」
「 もう ・・・ 離さない・・・! このまま・・・沈んでいっても・・・!」
「 わたしも ・・・ わたしも、 ジョ− ・・・ 」
二人は次第に縺れあいつつ ・・・ 力尽き、だんだんと沈みはじめた。
ゴゥ −−−−− ・・・・・!
やがて遠くから不気味な音が伝わってきた。
まもなく 熱い火山性の奔流が押し寄せるのだろう。
フランソワ−ズ。 一緒だ、離さない!
ジョ−! ええ、ずっと一緒よ・・・!
見つめあい、固く抱き合って。 二人はそのまま・・・眼を閉じた。
海は 今もその胸に輝く真珠を抱いている。
Part.3 真珠の物想い
「 わ〜〜〜 なんだ?! 」
「 あれはD-13号ロボットよ。 ・・・ あ、逃げて! 麻痺光線よッ 」
「 わぁぁぁ 〜〜〜〜 !! 」
セピア色の髪の彼は 悲鳴を上げた。
「 逃げて、加速装置を使うのよ! 009?! 」
彼女は声を限りに叫んだけれど、どうも彼には聞こえないらしかった。
「 このままでは・・・ マズイわ。 応援を頼まないとダメかしら。 」
・・・やっぱり <生まれたてのほやほや> なんの訓練も受けていないボウヤには
いきなりの実戦は無理なのよね。
「 004か002に連絡して・・・ あ? 」
脳波通信をオ−プンにしよう、とした瞬間、 彼の姿がきえた。
ジジジジジ −−−−
!!!
攻撃しか知らないロボットの光線が しばらく無駄に地面を穿っていた。
「 どこに逃げたのかしら。 ・・・ あ、あんなところに。 」
100mくらい離れた場所に 彼は忽然と姿をあらわした。
「 加速装置のスイッチをいれたのね。 ああ、やっと<自分自身>のことが判りだしたのかしら。
・・・・ 009 〜〜〜 !! 」
彼女はほっとして彼の許に駆けていった。
・・・ あれは そんなに以前の事ではないはず・・・・とフランソワ−ズは思った。
初めてであった時、彼は眩しそうな顔でこちらを見上げていた。
なにがなんだか。 いったい自分の身になにが起こったのか。
これはなにかの間違いか ・・・ あるいは寝苦しい夜の悪夢なのかもしれない・・・
そんな表情がつぎからつぎへと 彼 の上に現れそして消えていった。
・・・ ああ、判るわ。 混乱しているのよね。
そう、皆そうだったのよ。 わたしも ・・・
その後に襲ってくる恐怖と絶望・・・ そんな負の感情はもう見たくない。
フランソワ−ズは ふい・・・っと顔を逸らそうとした、が。
あ・・・ら?
彼女が見たものは。 彼の真っ直ぐな、信頼しきった そう ・・・ 幼子みたいな視線だった。
「 ・・・ 一緒にいらっしゃい。 」
「 ・・・・・ 」
ごく自然な問いかけに 彼もまた素直に頷いた。
あの日。
わたしは。 わたしの運命のひと、に出会ったのだ。
フランソワ−ズはその後ほどなくしてそう確信した。
ごぼごぼごぼ ・・・・
身体の中から使用済みの空気が海中に逃げてゆく。
・・・ もう ・・・ そろそろわたし ・・・限界だわ ・・・
体内の酸素ボンベのメ−タ−はほぼゼロを示している。
「 ・・・・ フラン ・・・・!? 」
「 ・・・ ジョ ・・・ - ・・・ 」
ふわふわと漂いかける彼女の身体を彼はしっかりと抱き寄せなおした。
動くたびに彼の身体からは人工血液が、栄養液が、そして精気がリ−クしてゆく。
「 しっかり ・・・ するんだ・・・! あとすこし・・・ 」
「 ・・・ もう ・・・ いい ・・・わ・・・ 」
彼女の耳は火山の噴火による熱い奔流の音をはっきりと捉え始めていた。
あの日から。
共に闘いともに逃走し ・・・ ともに暮らしともに生きてきた。
最初は仲間として。 そして ・・・ いまは。
「 きれいねえ ・・・・ 」
「 うん、日本の秋は紅葉が綺麗なんだよ。 」
そう言って、 でも 彼は彼女の顔ばかり見ていた。
「 兄弟なら、どうしてこんなヒドイことをするのっ!? 」
「 ・・・危ない〜〜〜! 」
泣きながら叫ぶ彼女を彼は身を挺して庇ってくれた。
泥まみれで地に転がりつつ・・・抱かれた彼の胸は温かかった。
「 戦争 ・・・ 殺人 ・・・ 殺し合いはもう 沢山よっ! 」
「 ・・・・・・ 」
悲鳴を上げ飛び出した彼女に追いついてきたのは 彼だけだった。
なにも言わなかったけれど、切ないセピア色の瞳がやさしく彼女を包んでくれた。
「 見るんじゃない・・・! 」 と言ってくれた。
慣れるにつれて彼は<闘い>へのコツを飲み込んでいったようだ。
そして 次第に最強のサイボ−グ戦士として腕を上げていった。
・・・ このひと。 お兄さんに 似てる・・・かも。
そんな想いで盗み見ていた彼だったけれど・・・ いつの間にか ジョ− として見つめるようになった。
だから。 ときどきあなたの視線が他所に向かうのが辛かったの。
あなたは とても優しい、そういつだって。 ・・・・ だれにだって。
だから。 わたしだけを見てって・・・言えなかった。
あなたは いつも求めていた、そうだれにでも。 ・・・・ 愛してほしいって。
だから。 ・・・ わたしは黙ってあなたの側で微笑んでいたの。
「 ・・・ この島ね。 」
「 うん、マグマ島・・・というだけあるね。 ほら、アレは活火山だ。 」
彼の示す方向には時折黒い煙をあげる噴火口が見てとれた。
突きつけられた挑戦状には 彼らの ― ミュ−トス・サイボ−グ達の本拠地へ来い、とあった。
潜水艇ではるばるエ−ゲ海にやって来た。
そして
ジョ−はグレ−トとフランソワ−ズと彼らの島に上陸したのだった。
「 それじゃ・・・ 行ってくるわね。 」
「 ・・・ うん・・・ 」
少しばかり楽しそうな雰囲気まで漂わせてゆく彼女達をジョ−は憮然として見送った。
大丈夫かなあ・・・ 007が一緒だし、なんとかなる、だろうけど。
・・・ わたしから言い出したコトだけど。 出来れば一緒に来てほしかったわ・・・・
ほんの暫くの<作戦>のはずだった。 終ったら言えばいいや、と二人とも漠然と思っていた。
しかし 飲み込んでしまった想いにすぐに後悔することとなった。
「 フラン・・・! フランソワ−ズ?! しっかりしろ。 あ ・・・! きみ、酸素ボンベが・・・? 」
ジョ−の手がぴたぴたと彼女の頬をたたく。
朦朧とした視界の中に 心配そうな彼の顔がやっと見えた。
・・・ もう ・・・ いいわ。 ここで・・・ このまま・・・
ジョ− ・・・ あなたの腕の中でなら ・・・ 恐くない ・・・
「 ダメだ! さあ・・・ぼくの酸素を分けるから。 諦めるな! ぼく達はきっともう一度
外の ・・・ 自由な世界に戻って、人間として生きてゆくんだ! 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ あなたに巡り会えて ・・・ よかった・・・ 」
「 ぼくもだよ! ・・・ う ・・・・ ぼく ・・・ も・・・ ああ あああ 」
がくん、と彼の身体から力が抜けてゆく。
海水の浸入が激しくなって来たに違いない。
「 ジョ−? ・・・ わたしに構わず行って! 今なら、あなた一人なら、間に合うわ・・・! 」
意外な強さで細い腕が ジョ−の身体を押し退けようとした。
「 ・・・ バカ。 きみとは離れないって。 もう絶対に離さないって 言っただろ・・・ 」
「 でも ・・・ 」
「 きみがいるところがぼくの故郷さ。 そしてきみが眠るところは・・・・ 」
ゴゴゴゴ −−−−−− ・・・・!
ジョ−の耳にも海底の地鳴りと激しい水流の音が聞こえ始めた。
「 ふん ・・・ 来たか。 」
彼はちらり、とマグマ島の方向に視線を走らせたがすぐに向き直り両手を広げた。
おいで。 フランソワ−ズ ・・・!
・・・ ジョ− ! わたしの ジョ− ・・・!
彼女は渾身の力を振り絞りその腕に身体を投げかけた。
真珠は いま、還るべき場所をみつけ海の懐ふかく身を沈めている。
そこは北ギリシアの果て。
船も通らないはずれの海で 住む人もない火山島がその姿を消した。
噴火と地震がしばらく付近を騒がせていたが。
・・・ やがて 海鳴りは収まってゆき、エ−ゲ海はもとの青さと静けさを取り戻した。
そう、誰にも気づかれずに火山がひとつ消えた・・・ ただそれだけのことだ。
寄せる想いと帰す溜息 ・・・
エ−ゲ海に沈んだ三つの想い、海と真珠の囁きが 波の間にゆれている。
海は今も 澄んだ青に日の光を揺らめかせ穏やかに 永遠に たゆたっている。
*********** Fin. ***********
Last
updated : 01,15,2008.
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****** ひと言 *******
原作バ−ジョンです、平ゼロのではなく〜〜 ( しつこく繰り返します (^_^;) )
いや〜〜 平ゼロのあのエキセントリックな姉弟、好きなのですけど・・・・
ここではあえて! あの原作の <女の子は女の子らしくしていたほうが いいよ> と
いわれた方に登場願いました。
三角関係・・・じゃないです。 だって 真珠達 は出合ってないしお互いの存在も知らないはず。
た〜だジョ−君一人が 美女の間でゆれている・・・のかな? (>_<)
原作はぷつり!と終わり、 その後、何の後日談も解説もなく、 『 ヨミ編 』 が始まりますよね〜
えへへへ・・・宜しければ補間話として拙作の 『 Au revoir 』 をどうぞ♪♪