『 Mr.& Ms. 』

 

 

 

 

 

「 島ちゃ〜ん! 電話〜〜、9番! 奥方からよん♪ 」

「 ・・・あ、はい、すみません! 」

ジョ−は慌ててデスクの電話に手を伸ばした。

 

   ・・・ なんだ、どうしたんだ?

 

フランソワ−ズがジョ−の仕事場に連絡をしてくることはほとんどない。 

たまにあってもそれはジョ−の携帯にメ−ルが入るくらいのものだ。

オフィスの固定電話に連絡とは・・・

ジョ−は少しばかりイヤな予感で点滅している9のボタンを押した。

いつもざわざわした出版部のオフィス、私用電話を気にとめるヒマ人はいない。

ちょっとしたアルバイトだから・・・と気軽に足を踏み入れた出版社なのだが  ―  

いつのまにか 島ちゃん は編集部の重要な一員となっていた。

最近ではジョ−の企画がメインとなることも増え、忙しい日々を送っている。

編集長を始め他の編集部員達は皆仕事に夢中で、他人の私生活に興味を持つ暇はないらしく、

ジョ−にとっては まずまず安心できる環境なのだ。

二児の父親としても、遣り甲斐のある仕事に就けたのは嬉しいことだった。

・・・ ただ、猛烈に忙しい。

土曜日出勤など 当たり前 ・・・ といった生活である。

 

「 ・・・ もしもし? 」

「 ジョ−? あの・・・お仕事中、ごめんなさいね。

 あの ・・・ 急で悪いんだけど、明日の土曜日、お休み取れる? 」

「 え・・・ 急にどうしたんだい。 なにか・・・? 」

「 あ、ううん、ううん。 そうじゃなくて・・・ 」

急に声を落としたジョ−に、フランソワ−ズは電話の向こうで慌てて首を振っているらしい。

「 あのね。 学校参観日、なのよ。 」

「 へえ?!随分と急なんだね。 」

「 いいえぇ! もう一月も前にお知らせは配られていたの。 

 で・も! ウチのお嬢さんも坊ちゃんもぜ〜〜んぜん忘れてその大切なお知らせを

 持って帰ってこなかったのよ! 」

「 あちゃ・・・ 」

受話器を通して島村さんちのお母さんがカリカリ怒っている様子がばっちり伝わってきた。

「 わかった。 なるべく休暇、取れるように頼んでみるから。 ・・・ あんまり叱るなよ? 」

「 お願いね。 ウチは なんだって × (かける) 2、なんですから。 」

「 了解、了解。 ぼくからもよ〜く言って聞かせるからさ。 」

「 本当に・・・ 頼むわ〜〜  あ、今晩はジョ−の好きなグリ−ン・ピ−ス御飯よ。 」

「 わお♪ なるべく早く帰るよ。 」

「 愛してる・ジョ−♪ 」

「 ・・・ああ、うん。 じゃね 」

ここで I love you とか Je t’aime とでも返すべきなのだろうが、

どうにもそれは ・・・ 外見はともあれ中味は生粋のニッポン男児・島村ジョ−君には

出来ない相談なのだ。

 

・・・ やれやれ。 また モンダイ勃発か。

 

そっと電話を置いて、ジョ−は溜息をついてみる。

一応家庭の雑事に悩まされ困っている夫 ・・・ を演じてみたのだが

その実、ジョ−の心は ― わくわく・ウキウキ、自然と口元が緩みそうだ。

 

「 島ちゃん、 そのゲラねえ、今日中にお願いね。 あと次の企画だけど。 

 企画書を週初めにもらえるかな。 」

丸まっちい眼鏡をかけたやはり丸顔の女性が向かいのデスクから声をかけた。

「 あ、はい。 ゲラ・チェックはもう終わりますよ。 企画書も宜しければ週末にメ−ルします。 」

「 お〜さすが。 ・・・ なに、いい知らせ? 

 島ちゃんちの奥方、相変わらず可愛らしい声ねえ。 」

「 え ・・・ 別にそんな・・・ ちょっと。 」

「 ふうん? キミ、なんだか一人で嬉しそうよ。 あ! もしかして3人目とか? 」

「 ち、違いますよ! ・・・ ウチは今、<ふたり>で手一杯。 」

「 あはは・・・そうだったよね、キミんちは双子ちゃんだったっけ。

 いくつになった? まだよちよち歩きの頃、一回来たわよね。 」

「 はあ・・・今年、小三です。 」

「 ひぇ〜〜〜 もう?? ・・・ああ、私・・・どっとオバサン化が進んだ気分・・・ 」

「 チ−フったらまたそんな。 ・・・あ、あのぅ・・・ すみません、ちょっとお願いが・・・ 」

ジョ−は作業を終えたゲラ刷り原稿をそろえると、向かいの席にまわった。

 

 

 

 ― でも、アタシはちゃんと持って帰ってきたもん。

 

 ― ・・・あ ・・・ ? ごめんなさ〜い。

 

島村さんちのお嬢さんと坊ちゃんはお母様のお小言にこんな返事をしたのだった。

屈託のない笑顔だけれど、003の目を誤魔化せるにはまだまだ経験不足。

フランソワ−ズは溜息をつき、ぱん・・・と手にしたプリントを弾いた。

「 あのね。 < お知らせ > は知らせたい人のとこに届かなくちゃ、意味がないの。

 ・・・ ごめんなさい、も大切だけど。 言わなくてすめばもっといいのよ。 」

「「 は〜〜い 」」

仲良くいいお返事をして、双子の姉弟はもうにこにこしている。

ジョ−は渋面の妻の横で、父親としても一生懸命コワイ顔をしている ・・・ つもりだったが。

 

   ジョ−ォ! 笑わないで頂戴!

 

   わ、笑ってなんかいないよ・・・ ただ・・・コイツら、可愛いなあ・・・ってさ。

 

   ・・・ もう!

 

   ・・・ いて・・・! 

 

そっと伸びて来た指にオシリをしたたかつねられてしまった。

「 ねえねえ。 アタシ、体育でね、逆上がりをするの。 お父さんもお母さんも見てね! 」

「 作品展もあるんだ〜。 算数の時間はね、暗算大会するんだよ。 」

「 へえ・・・ 凄いなあ、二人とも。

 さあ、明日は寝坊して遅刻なんかしないように・・・ もうお休み。 」

「 うん。 お父さん、本当に明日、来る? 」

「 お母さん、僕の貼り絵、ちゃんと見てね。 」

「 ちゃんと行くよ。 担任の先生と懇談会があるだろ、お母さんと分担しなくちゃ。 」

「 はい、しっかり見るわよ。 楽しみだわ。 」

「 アタシは三年二組で すばるは一組だからね! 間違えないで。 」

「 はいはい、大丈夫よ。 さあ・・・ 歯を磨いてお休みなさい。 」

「 は〜い。 お休みなさ〜い、お父さん お母さん 」

「 お休みなさい〜〜 」

「「 はい、お休み。 すばる、すぴか。 」」

お父さんにはきゅ・・・っと抱っこしてもらい、お母さんからはほっぺにキス。

いつもの <お休みなさい> をして双子達はぱたぱたとバスル−ムに駆けていった。

 

 

「 それで ・・・ どうして発覚したわけ? 」

「 え? ・・・ああ、コレ? 」

「 うん。 すぴかはプリントをランドセルの中に突っ込んだままで、

 すばるに至っては持って帰ってもきてなかったんだろ。 」

ジョ−はテ−ブルの上にある、シワシワのプリントを取り上げた。

「 ええ、そうなのよ。

 ・・・ じつは今日のお昼すぎにね、わたなべ君のお母さんと一緒に

 K・・・の生地屋さんに行ったの。 」

わたなべ君はすばるの しんゆう で、双子達とは幼稚園時代からの付き合いである。

 

「 え??? 明日・・・ 学校参観日なんですか?? 」

「 ・・・ あら。 もしかして ・・・ 御宅のボクも<お知らせ>、持ってきてません? 」

「 <お知らせ>??? いえいえ、全然。 」

「 あら〜〜 」

確か入っているはず・・・とわたなべ君のお母さんはしばらくごそごそと

バッグを探っていた。

「 ああ、あったわ。 ほら・・・。 ウチの息子のランドセルの底で

 くしゃくしゃになっていたの。 昨日、<発掘>したのよ〜〜! 」

「 ・・・ えええ?? これって ・・・ 明日、ですよねえ?? 」

「 やっぱりご存知なかった? 本当に男の子って・・・ねえ。 

 それでもしかしてすばる君もかな〜ってチラっと思ったのですけれど。 」

「 全然知りませんでした。 今日、教えて頂かなかったら、わたし、明日・・・ 」

「 いえ、お節介かな〜とも思ったのですけど。 

 それに、ね♪ K ・・・ の生地屋さん、ちょっと素敵なの。 今、バ−ゲンだし。

 島村さん、お裁縫とかお好きでしょう? ぜひ、ご一緒したくて。 」

「 え・・・ 好き、というよりも必要に迫られて。

 もう年中、すぴかはお洋服を破いたり汚したりで ・・・ 」

「 まあま、元気でいいことよ。 」

「 はあ・・・ それにしても、明日・・・・。

 あ! それじゃ、ウチはジョ−・・いえ、しゅ、主人にも頼まなくちゃ! 」

「 ああそうね、御宅はお二人ですものね。 」

「 ちょっと・・・ ごめんなさい。 」

フランソワ−ズはバッグから慌てて携帯を取り出した。

 

 

「 ・・・ それで、大急ぎでジョ−に電話したの。 」

「 あはは・・・ ギリギリだったんだねえ。

 わたなべ君のお母さんに大感謝しなくちゃ。 」

「 本当よ。 ・・・ ねえ、男の子って こんなものなの? 」

「 こんなもの? 」

「 そうよ。 もう・・・ すばるって学校からのお知らせとか放っておいたら

 な〜んにも持って帰ってこないのよ。 ジョ−もそんなボクだったの? 」

「 ・・・ああ。 う〜ん・・・ ぼくはさ、学校のお知らせとか持って帰って神父さまに見せるときには

 ちょっとでも話ができたんだ。 忙しい人だったけど、そんな時だけはちゃんと皆

 子供たちひとりひとりの神父さまだった。 

 それが嬉しくて・・・ 大事に持って帰ってたけど・・・ 」

「 ・・・ そうなの・・・ 」

「 まあ、ぼくは特殊なケ−スだから。 フランスの学校ではそんなこと、ないの? 」

「 う〜ん ・・・ <お知らせ> とかはなかったわ。

 大切なことは先生が直接、親に言っていたようよ? 学校の規模も小さいし。

 あまりよく覚えてないけど・・・ 」 

「 ふうん ・・・ それぞれなんだね。 」

「 そうねえ。 とにかく! 明日、お願いね。

 ・・・ あ〜あ ・・・ また、すぴかの<武勇伝>を聞くのかしら・・・ 」

「 ふふふ・・・ いいじゃないか、アイツらしくて。 

 別に喧嘩とかイジメじゃないんだからさ。 」

「 そうなんだけど。 ・・・ 女の子なのに。 レディになって欲しいのに・・・ 」

「 レディ・・・?! そりゃ ・・・!! 」

フランソワ−ズの真剣な顔に、ジョ−はついに吹き出してしまった。

「 ・・・ なにか可笑しなこと、言いました? わたくし。 」

「 いや ・・・ いや。 ただ ・・・ 短パンに腕まくりして走り回っているアイツに・・・

 そりゃ ・・・ ちょっとまだ無理かなって。 」

「 まだ、ってもう3年生なのよ。 」

「 大丈夫。 女の子はサ、ある日突然綺麗な蝶々になるよ。

 きみだって そうだったんじゃないのかい。 」

「 え・・・・ う〜ん ・・・・?? 」

「 案外きみってお転婆さんだったのかな〜 ? 」

「 ・・・ え ・・・ そんなコト ・・・ 」

なにやら真剣に考えこんでしまった彼の奥さんを、ジョ−は笑って引き寄せる。

「 ・・・ 可愛いかったろうね。 10歳くらいのきみって ・・・・ さ 」

ちゅ・・・っとひとつ、さくら色の唇を盗む。

「 あん・・・ そうね、バレエが面白くて早くポアントが履きたくて。

 毎日夢中だったわ。 ・・・ ふふふ やっぱりレディには程遠かったかも。 」

「 ふふふ・・・ でも大丈夫。 ほら。 お転婆娘はちゃ〜んと素敵なレディになりました。 」

「 ・・・ きゃ ・・・ ジョ− ・・・ 」

ジョ−はそのまま、一緒にソファに倒れこんだ。

「 そして ・・・ それから レディは素敵な花嫁さんになり奥さんになりました。 」

「 ・・・ や ・・・ あ ・・・だめ ・・・ 」

口付けで言葉を封じ ジョ−の手は巧みのスカ−トから滑り込む。

微かな衣擦れの音をさせ、薄いペチコ−トが払いのけられる。

「 ・・・ 昼間ね、オフィスでさ。 」

「 んん ・・・ あ ・・・ や・・・こんなトコで ・・・ 」

「 チ−フに言われちゃったよ。 もしかして、3人目?って。 」

「 ・・・ え? 」

「 だ ・ か ・ ら。 ・・・ んんん 」

ジョ−は唇を離し、ちょっと身を引いてフランソワ−ズの顔を覗き込んだ。

「 ぼくとしては。 もしかして、もいいけど? 」

「 ・・・ ジョ−ォ! それは・・・ ねえ、ここじゃイヤ。 」

「 わかったよ、もとお転婆娘さん。 

 明日は 模範的なお父さんとお母さんにならなくちゃね。 」

ジョ−はひょい、と彼の奥さんを抱き上げた。

「 では。 お望みのままに・・・ ベッドへ直行です♪ 」

「 ・・・ もう ・・・ あ ・・・ ん ・・・ 」

カチン・・・とリビングの電気のスイッチを切って。

ジョ−はそのまま二階へ上っていった。

 

「 ・・・ わ?! 」

夫婦の寝室の手前で ジョ−が素っ頓狂な声を上げた。

「 ・・・ な ・・・ に? 」

「 なにか ・・・ ぼくの背中に ? 」

「 ずる〜い、お母さん! ぼくも〜 ぼくも抱っこ〜〜 お父さん。 」

「「 すばる ・・・ 」」

フランソワ−ズを抱き上げたまま、ジョ−は固まってしまった。

 

ジョ−の背中には。

コアラのように! 彼の長男がしがみついていたのだ。

「 ね〜 お父さん〜〜 ぼくも抱っこして。 」

父親譲りのセピアの瞳が、じっと両親に注がれている。

 

   ジョ−! 下ろして・・・!

 

   う ・・・ きみ、そのう・・・ブラウス・・・ 

 

   ・・・・え? きゃあ・・・!  ちょ、ちょっと待って! 

 

   なんとかすばるの気を逸らせとくから・・・

 

   ・・・ お願い! 

 

「 すばる〜 どうしたんだ、おしっこかい。 」

「 ウン。 ねえねえ、お父さ〜ん♪ 」

息子が甘ったれている隙に フランソワ−ズはあわててキャミソ−ルを引き上げ

ブラウスの前を留めた。

「 ・・・ あらあら、すばるったら。 甘えん坊さんね。

 じゃ ・・・ お母さんと交代しましょうか。 」

「 うん! 」

「 おっと・・・ ちょっと待って。 お母さんをお部屋に連れてゆくからね。 」

「 あ〜僕も一緒にいく〜 」

「 ・・・ ! あの・・・なあ、ここで待ってなさい。 」

「 ど〜して〜。 僕、ずっとくっついていられるよ? ほら〜♪ 」

すばるはにこにこして なおさらしっかりとジョ−の背中に<取り付いた>

 

「 ・・・ すばる〜〜 ! なにやってんのよ〜 」

眠そうな声が またひとつ、飛んできた。

「 あ、すぴか。 見て? 僕、コアラ♪ 」

「 おしっこに行ったっきり帰ってこないんだもん。 アタシ、もう眠いんだよ〜

 先に寝るからね。 お休み・・・。 」

「 ごめ〜ん。 ねえ、すぴかもコアラ、やらない? 」

「 ・・・ コアラぁ〜?? 】

「 あ、あら。 すぴかも起きてきたの?  それじゃね、今夜は皆で一緒に寝ましょう。 」

「 ・・・ え ・・・  」

フランソワ−ズはするりとジョ−の腕からすべり降りた。

「 うわ〜〜い♪ お父さんと〜お母さんと〜一緒だ〜〜 

 ・・・ お母さん、いい匂い〜〜 」

ぱっとジョ−の背中から降りて、すばるは今度は母のスカ−トに顔を寄せている。

「 ・・・ アタシはどこでもいいから 早く寝たいの〜 」

ふぁ〜〜〜・・・とすぴかは大あくびを連発した。

 

「 そうね、本当にもう皆お休みなさい、しなくちゃ。 

 さ・・・ 一緒にベッドにはいりましょ。 」

フランソワ−ズは二人の手を引いて肩を抱いて、さっさと夫婦の寝室に入っていった。

 

   ・・・ ちぇ。 とんだオジャマ虫どもだよ・・・

 

ジョ−はちら・・・っとそんなことを思ったが ・・・

「 お父さ〜ん、早くぅ〜〜 」

「 はいはい、今行くよ。 」

振り向いたセピアの瞳の笑顔に たちまち相好を崩した。

 

「 はい、じゃあ・・・ お休みなさい。 」

「「 お休みなさ〜い 」」

両親の間に挟まって双子はにこにこ顔である。

「 お休み。 ・・・ ねえ、フランソワ−ズ? あの・・・3人目 ・・・ さ? 」

「 まあ・・・ 可笑しなお父さんね、ウチは4人よね〜? 

 ・・・あら。 もう寝ちゃった・・・ 」

「 なあ、フラン。 フランソワ−ズってば・・・ 」

「 さ。 わたし達ももう休みましょ。 明日お寝坊しないようにしなくちゃ。 

 お休みなさい、ジョ−♪ 」

「 ・・・・ お休み ・・・ フランソワ−ズ 」

色違いの小さな頭ごしに フランソワ−ズはキスを投げると・・・すぴかのすぐ横に

頭を沈めてしまった。

「 ・・・ ま、いいか。 」

ジョ−は溜息をついてみせ・・・たが 妻と娘と息子の寝顔に蕩ける笑みを送った。

 

 

 

 

「 えっと。 三年生は・・・? あ、あっちか。 」

「 ジョ−。 ちょっと待って。 その前にジャンケン! 」

「 あ! そうだね。 う〜んと ・・・ じゃあ、今日は勝ったほうが先に二組。 いいかな? 」

「 らじゃ! 」

「 よ〜〜し。 ・・・・ じゃ〜んけん・・・! 」

 

くすくすくす・・・・

真剣にジャンケン勝負をしている二人の横を 何人ものお父さん・お母さんが

にこにこして通ってゆく。

今日は全校の <学校参観日>、土曜日なのでお父さん方の顔も多いようだ。

 

「 こんにちは〜。 今日は奥さんがすばる君ご担当? 」

「 あ、わたなべ君のお母様。 こんにちは。 ええ、後で交代しますけど

 まず、わたしが・・・ 」

「 マア、大変ねえ。 え・・・っと一組は・・・算数ね。 」

「 そうですね。 ・・・ 失礼します ・・・ 」

廊下の手前でわたなべ君のお母さんと一緒になり、フランソワ−ズは

そっと・・・後ろのドアから三年一組の教室にはいった。

 

 

<三年二組>

プレ−トを確かめ、ジョ−は開いているドアから中に入った。

途端に ・・・ 亜麻色のお下げがぱっと後ろを振り向いて にこっと笑った。

「 はい、それでは各班順番に ・・・ すぴかさん! 前を向いて。 」

「 は〜い。 」

「 え・・・っと。 順番に皆で作った<お話>を発表しましょう。 

 一斑からでいいかしら。  じゃ ・・・ 島村さん。 」

「 はい? 」

「 え??? ・・・・あ、お嬢さんの方・・・ あの・・・お父様じゃなくて・・・ 」

「 あ・・・! す、すみません・・・ 」

思わず返事をしたジョ−に 先生は目をぱちぱちさせ、笑いを懸命に堪えているようだった。

「 はい、先生。 ごめんなさい、お父さんにはアタシからよ〜く言っておきます。 」 

亜麻色のお下げの少女がはきはきとお返事をした。

 

ぷ ・・・ くくく ・・・ ふふふ ・・・・

 

後ろに並ぶお父さん・お母さん方の間から低い笑い声が溢れ出た。

「 あ・・・ どうも。 その・・・ 」

教室の後ろのそのまた隅っこでジョ−は真っ赤になってモジモジと俯いた。

 

「 はい、それでは島村さん。 」

「 は〜い。 え・・・っと。

 皆で考えたお話に櫻井くんと雪乃さんが絵をかきました。 

 お話の題は 『 雨の日のお姫さま 』 です。 」

「 まあ、童話なのかな。 島村さん、最後に絵を皆に見せてね。 」

「 はい。 えっと・・・ 

 むかしむかし あるところに ・・・ 」

 

・・・ へえ? すぴかって結構面白い視点、してるなあ・・・

 

ジョ−は愛娘の声ににこにこと耳を傾けつつも、編集者として彼女の<お話>を

興味深く聞いていた。

 

 

【 作品展 】 と記されたコ−ナ−には沢山の絵が掲示してあった。

「 へえ・・・ お、三年生は 写生大会か。 ふ〜〜ん・・・」

すぴかのクラスは、次は体育なのでジョ−は運動場に出る途中に壁際の芸術作品群に目を留めた。

「 えっと・・・ ああ、あったあった。 すばるは ・・・ 何だぁ? 東京タワ−か。 」

島村すばる君の作品は。 

きっちり・きっちり定規を使ってカチカチしたタワ−が描かれている。

「 アイツにはこういう風に見えるのかなあ。 すぴかのは ・・・ あははは ・・・ 彼女らしいや! 」

ジョ−は画用紙一杯に描かれた睡蓮の花の前で思わず吹き出してしまった。

真中にはみ出さんばかりに睡蓮が一輪。 

かなり凝った塗り方をしているが、あとは時間がなくなったらしく、背景にざっと葉っぱやら

池の周りの木が描かれていた。

勿論彼女が意識したとは思えないのだが、奥行きのある独特な作品に仕上がっている。

「 ふうん ・・・ なんか、面白いよなあ。 ぼくにはこんな風に描くなんて考えられないよ。 」

お転婆で外で跳ね回ってばかりいる娘の作品にジョ−はちょっと感心してしまった。

そして いつもにこにこ・平和な息子の、スクエアな視線はかなり意外な気がした。

「 ぼく達の子供だけど、全然違ったニンゲンなんだなあ。 

 こういうトコはぼくにもフランソワ−ズにも似てないもの。 」

とりどりな <芸術作品> を、ジョ−はひたすら感心して眺めまわしていた。

 

 

 

「 ジョ−? 」

「 ・・・ ごめん、待ったかな。 」

「 ううん。 ここの美味しいコ−ヒ−を味わっていたから。

 ・・・  お疲れ様。 ねえ、なにか ・・・ 言われたの? 」

小学校から少し離れた喫茶店で、島村さんちのお父さんとお母さんは待ち合わせをしていた。

ジョ−が向かい側の席につくなり、フランソワ−ズは心配気な顔で聞いた。

「 え? あは、そんな顔するなよ。 心配ないって。

 ちょっとすばるの担任の先生と話が弾んじゃっただけさ。 」

「 ああ・・・ そうなの。 ・・・ よかった・・・ 」

ふうう・・・・ 

フランソワ−ズは大きく息をついて椅子の背にもたれかかった。

「 なに。 疲れちゃった? 」

「 気が抜けたの。 なんだかものすご〜く緊張してたから。 

 ね、すぴかの逆上がりはどうだった? 」

「 あはは・・・ もう、独壇場だったよ。 アイツ、すごいね〜、単なるお転婆じゃないかもな。 」

「 まあ・・・ でも他のお友達のことも考えないと・・・ 」

「 そりゃ、大丈夫。 案外面倒見がよくてさ、苦手なコの補助に回ったりしてた。

 そうそう 授業中にアイツの補助で出来るようになったコもいたよ。 」

「 ああ、そうのなの。 よかったわ。 」

「 すばるの暗算大会は? 」

「 それがねえ・・・・ いいセンいったのよ。 ソロバン、習わせてよかったなって思ったわ。 

 わたなべ君と並んでね。 」

「 へえ〜〜〜 すばるは理数系なのかな。 それで? 」

「 うん、それでね。 あと少し、ってところで  あ!? なんていって詰まっちゃったのよ。 」

「 ??  」

「 結局一番はわたなべ君だったの。 休み時間にどうしたの?って聞いたらね・・・・

 頭の中のソロバンを机の上から落としちゃったんだ〜ってにこにこしてるの。 」

「 ・・・ あはは ・・・ なんだか ・・・ アイツらしいなあ〜〜 」

「 ええ。 もうのんびりっていうか天然っていうか。 ・・・ 誰かさんとそっくり、かも。 」

「 え・・・ ぼくってあんなに御目出度いかな。 」

 

・・・ ぷ ・・・ !

 

ちょっとの間、真剣に見つめあい二人はすぐに吹き出してしまった。

「 そうか〜 ・・・ それで。 面談で担任の先生がすばる君は平和主義者なんですねえって。

 まあ、いいけどさ。 」

「 ふふふ ・・・ 闘争心とかゼロだものね、すばるは。

 ・・・ それに引き換え ・・・ ねえ ・・・? 」

溜息・吐息の妻に、ジョ−は はは〜ん・・・とすぐに思い当たった。

現在の島村さんちの台風の目 : すぴか嬢のことだ。

幼稚園の頃から外で跳ね回るのが好きな子供だったけれど、

今でも毎日服にカギ裂きを作ったり、膝小僧を擦り剥いたり ・・・ 

どっちが男の子だか解らない状態なのだ。

「 でもね、アイツの視点ってなかなか鋭いぜ。 

 国語の授業で作った <お話>、 かなり面白かった。 」

「 そうなの? なにか・・・ アニメとか漫画の影響じゃないの? 」

「 いやあ・・・? 多分アレはアイツのオリジナルだろ。

 『 雨の日のお姫さま 』 って話で・・・ 単なるメルヘンじゃないんだ。 ちょっと切なくてね。 」

「 へえ? 今度教えてもらうわ。 ・・・でね、先生との面談で・・・

 島村さんは正義の味方なんすね、って。」

「 ほう? いいじゃないか。 ぼく達の子供らしくてさ。 なんとかライダ−の真似かな。 

 やっぱり男の子だよね、そんな年頃なんだ。 」

ジョ−はちょっとほろ苦く笑った。

日々、普通の生活に埋没し、ありふれた市民として暮らしてはいるけれど。

その後ろに常に付き纏う一種の陰は 永遠に振り払うことはできないのだ。

親子4人の生活もいずれ ・・・ いつの日か 自分達は姿を消さなければならない。

 

   ・・・ 今だけ。 ほんのちょっとの間、当たり前の幸せに酔っていたい・・・

 

飲み干したコ−ヒ−もう冷えていたけれど、ジョ−の気持ちによく合っていた。

フランソワ−ズもきっと・・・ と、ジョ−はそろり、と視線を上げた。

ところが。

碧い瞳は曇るどころか ・・・ きりり!とジョ−を見つめていた。

「 ジョ−。  島村さん、 なのよ?  島村君、 じゃなくて。 」

「 ・・・ ?? ・・・ え! ってことは・・・ まさか ・・・ 」

「 大当たり。  すぴか、なの! ウチの正義の味方は! 」

「 ・・・ あはははは ・・・・ さすが・・・ きみの娘・・・ 」

「 ジョ−ォ ? 」

・・・ おおコワ ・・・

いつもは優しい笑みを湛えている瞳も、今は真剣な光で満ちている。

フランソワ−ズは娘に 立派なレディ になって欲しいのだ。

 

それはちょっとな・・・ と正直、ジョ−は思う。

彼の娘が見た目の美少女ぶりとはかなりかけ離れた性格だということが、

ジョ−には最近はっきりとわかってきた。

 

・・・ アイツ ・・・ 将来苦労するかも、なあ。 

 

もっとも真のレディとは芯の強さをも持ち合わせているはずだから・・・とも思うのだが。

少々行く末が心配な娘なのだけれど、こればかりは親でもどうしようもない。

 

「 大丈夫だよ。 すぴかにはちゃんと気のいい相棒がいるもの。 」

「 え・・・ お友達とか・・・? 」

「 いやいや。 お母さん? アイツには すばる っていう<片割れ>がいるだろ。

 アイツら・・・ さすがに双子だよ。 二人で上手くやってゆけるさ。 」

「 あら・・・ そうねえ。 そうだったわね。  ふふふ ・・・ ちょっと羨ましい、な。 」

フランソワ−ズはふっと淡い笑みを浮かべた。

ひとりぼっちに慣れていたジョ−には、<いま> が一番幸せな時代( とき )だが、

フランソワ−ズには また別の<幸せだった時代> があるのだ。

 

  ぼくには入ってゆけない領域なのかな。

  でも ・・・ きみにそんな顔をさせたくはないよ。

 

「 おいおい? きみにはぼくがいるじゃないか。 

 そして ぼくには ・・・ なによりも誰よりも大事な きみがいる ・・・ 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ こんな トコ で ・・・ 」

こそ・・・っと熱い吐息と共に耳元で囁かれ、フランソワ−ズは真っ赤になってしまった。

 

   ・・・ 可愛いなあ ・・・ いくつになっても 女の子 なんだな・・・

 

ジョ−はほれぼれと彼の奥さんを見つめてしまう。

「 ・・・もう・・・! 誰かに見られたら・・・ 恥ずかしいでしょ。 」

「 ふふふ ・・・ どこかの熱々カップルだと思ってくれるさ。 

 昨夜はとんだオジャマ虫が二匹も乱入してきちゃったし・・・ 」

「 ・・・ や! ・・・ もう・・・! 」

ジョ−はテ-ブルの下から手を伸ばし、するり、とフランソワ−ズの形のいい膝を撫ぜる。

「 ジョ−さん。 お行儀が悪いですよ。 」

「 パリジェンヌがなに言ってるのかな〜 」

「 わたしは。 ここでは二児の母、ヤマトナデシコですの。

 さ・・・ もう帰りましょ。 晩御飯の準備もしなくちゃ。 あの子達も先に

 帰っているはずよ。 」

「 今日はちゃんと博士が居てくださるから 心配いらないよ。

 たまにはゆっくり・・・ きみとデ−トしたいな。 ・・・ねえ? 」

ジョ−の手は、さらに伸びてスカ−トの中に忍び込む。

「 ( きゃ・・・! )  ・・・ 今晩までオアズケです。 」

「 なら・・・ 予約済、だからね〜。 んんん!  」

「 あ  ・・・ んん・・・ 」

ジョ−は立ち上がった拍子にフランソワ−ズの唇を素早く盗んだ。

 

 

 

一日中曇りがちだったけれど、夕方には青空も顔を覗かせた。

波の音がすこしづつ高くなってきたのは 彼らの季節の到来を告げているのかもしれない。

 

   ああ。 この音を聞くとほっとするなあ。 

 

絶えることのない波の音は今ではジョ−の生活の一部になっていた。

「 それ、持つよ。 」

「 あ・・・ ありがとう。 お願いね。 」

ジョ−はフランソワ−ズの手から大きな買い物袋を受け取った。

学校参観日をなんとか無事にクリアし、島村さんちのお父さんとお母さんは

両手に大荷物をさげて 海岸通りをぽこぽこ歩いている。

いつもは車なのだが、今日はバス。 途中で夕食の買い物を山ほど。

岬の突端に建つ洋館はこんな時にはすごく遠く感じる。

吹き抜ける海風が 汗ばんだ肌に気持ちがいい。

 

「 ・・・ ねえ。 もう ・・・ 10年以上経ったわね。 」

「 え? なにが。 」

「 あのね、ジョ−とこの道を腕を組んで歩いて行ったでしょ。 五月だったけど・・・

 やっぱりこんなお天気の日だったわ。 ・・・ 覚えてる? 」

「 ・・・ ああ !  そうだね・・・ 本当に ・・・もう10年か。 

 なあ、あの日もこんなカンジに大荷物、持ってたよな。 」

「 そうそう。 ・・・確か ・・・ キャベツとジャガイモ、だったわね。

 角のス−パ−の ・・・ 」

「 そうだよ、あのオヤッサンが お祝いだよ!ってさ。 」

「 ふふふ ・・・ 』

ぱさり・・・と荷物をもったまま、フランソワ−ズはジョ−の背中に顔を押し付けた。

「 ・・・ ありがと、ジョ−。 ずっとず〜〜っと愛してる。 

 わたし ・・・ この時代に ・・・ ううん、ジョ−と会えてよかった・・・・! 」

「 フランソワ−ズ ・・・ 」

「 あの子達をありがとう・・・ こんな幸せな日々をありがとう・・・ 」

「 なんだ、急にどうしたのさ。 」

「 え ・・・ なんか急にね、思い出しちゃったの。

 あの日、すごく幸せだったけど、でも ・・・ すご〜く不安だったわ、わたし。 」

「 不安って、結婚式の後で? 」

ジョ−は思わず脚を止めてしまった。

あの日 ・・・ そんな気持ちで彼女は自分と寄り添って歩いていたのだろうか。

完璧に幸せ気分に舞い上がっていた ― 自分自身にはそんな記憶しかない。

「 そうよ。 これから・・・ジョ−の奥さんとしてちゃんとやってゆけるかしらって。 」

「 ・・・ なぁんだ。 不安、なんて言うからびっくりしたよ。 」

「 あら、オンナってそういうものなのよ?

 ・・・ ああ! 忘れていたわ。 モンダイはウチの< 正義の味方 > よ! 」

フランソワ−ズはぱっと顔をあげ、ジョ−を見つめた。

「 しっかり言って聞かせなくちゃ。 アナタは女の子なのよって。 」

「 う〜ん ・・・ そりゃそうだけど。 別に悪いコトじゃないと思うよ?

 その ・・・ 正義の味方、はさ。 」

「 良い悪いの問題じゃなくてね・・・  あら? 」

「 ・・・ なんだ、どうした? 」

「 今 ・・・ なんか・・・大声? ウチの方から聞こえたの。 」

「 大声? ・・・ なにも聞こえないけど。 <耳>使ったのかい。 」

「 ううん。 なんだか一人の声じゃなかったみたい。 」

二人は真剣な表情で顔を見合わせた。

「 とにかく、急ごう。 あ、いいよ、いいよ、<見る>のはよせ。 」

「 ・・・ ありがとう ・・・ 」

フランソワ−ズが日常で能力を使うことを極力避けているのはジョ−が一番よく知っている。

「 きっと、またアイツらが騒いでいるだけだよ。 」

「 ・・・ だといいのだけど。 

岬の突端までは あと少しである。

 

 

 

「 どうしたんですか!? 」

「 まあ! 大丈夫ですか、あの ・・・ 救急車、呼びます? 」

門を入り玄関に向かう途中で、二人はうめき声に気づき急いで裏にまわった。

ギルモア邸の裏庭の真ん中で。 

すぴか愛用の鉄棒の下で  ― ご当主のギルモア博士がシリモチをついていた。

 

「 ・・・ぁ 〜〜 う〜〜〜 すまん、面目ない。 」

「 博士! 何があったんです? 立てますか。 」

ジョ−はへたり込み呻き声を上げている博士の後ろに回りこみ支え起こした。

「 いや・・・ なに、そのぅ。 ちょっとなあ・・・ 」

「 ・・・ もしかして・・・ あの、鉄棒から・・・ ? 」

「 実にナンだな・・・ 生身というヤツは・・・ 」

「 博士、お一人・・・じゃないですわよね。 あの子達は? 」

 

「 ぴ〜ぽ〜 ぴ〜ぽ〜 ! 」

フランソワ−ズの言葉が終らないうちに、すぴかの甲高い声が響いてきた。

「 おじいちゃま! もう大丈夫よ、ほら氷!  ・・・ あ、お父さん達、お帰りなさ〜い。 」

「 すぴか! いったいどうしたの? ・・・ すばるは? 」

「 ぼく、ここだよ〜。 はい、すぴか、タオルと救急箱。 

 あ、お父さ〜ん、お母さん、お帰りなさい♪ 」

「 すばる・・・ ねえ、どうしたの。 ああ、博士〜〜 お立ちになれません? 」

「 う ・・・ うむ ・・・ ちょっとなあ いてててて・・・ 」

「 あ〜 だめだめ、おじいちゃま。 じっとして。 ほら・・・ この氷、お腰に当てるよ? 」

「 うむ ・・・ ああ、すう〜〜っと ・・・ 」

「 すばる、タオルでおじいちゃまの汗、拭いてあげて。

 お父さん、ゆ〜っくり、そろ〜りっておじいちゃまを持ち上げて? 」

「 あ、ああ。 博士、いいですか? 」

「 うむうむ ・・・ すまんのう。 」

「 さあ、行きますよ。 響いて痛かったら言ってください。 

 フランソワ−ズ? リビングのソファ、片付けておいてくれる。 」

「 ええ。 すばる? その救急箱、持ってきてね。 すぴか、お玄関のドアを押さえて。 」

「「 は〜い 」」

すぴかは玄関に向かってぱっと駆け出した。

 

 

 

「 いや・・・ すまん、面目ない。 

 どうもチビさん達にはすっかり世話になってしまったよ。 」

「 博士〜〜〜 どうぞ、気をつけてくださいよ〜  ほら・・・これで 少しは楽になると思います。」 

ジョ−はクッションを博士の背に当てた。

「 わははは・・・ つい、な。

 すばるが逆上がりが出来んと言うんでなあ。 すぴかと一緒になって練習を手伝ったんじゃが。 」

「 ・・・ なにもご自分でなさらなくても ・・・ 」

「 おほん、こう見えてもな、若い自分には鉄棒はかなり得意じゃった! が・・・

 ま、寄る年波には勝てん、ということじゃ。 」 

 

両親よりも先に帰ってきた双子達から今日の<学校参観日>の報告を聞くうちに、

なぜか一緒に逆上がりの練習をすることとなり・・・ 博士は敢え無く墜落したのだった。

「 きっとすぴかが余計なコトを言ったのでしょう? 本当にごめんなさい、博士。 」

はああ・・・とフランソワ−ズは深いため息と一緒にお茶を運んできた。

腰を強打した博士に、一時はてんやわんやの大騒ぎだったが幸い大事には至らなかった。

なんとか夕食も終え、子供たちはとっくに < お休みなさい > をしてしまった。

大人達は静かなティ−・タイムを迎えている。

「 いやいや。 ワシがな。 ワシから見本を示すから・・・と言ったのじゃよ。 

子供達が悪いのではないよ、フランソワ−ズ。 」

「 そうですか・・・ でも。 本当にお転婆で・・・もうすぐ10歳になるのにちっとも女の子らしくなくて。 」

「 ふふふ・・・ 学校でもね、すぴかは 正義の味方だそうですよ。 」

ジョ−がくすくす笑って口をはさんだが、隣に座る細君にじろり、と睨まれ首をすくめた。

「 わははは・・・ すぴからしいのう。 頼もしい頼もしい♪ 」

「 博士まで・・・・ 」

「 のう、フランソワ−ズ? あの子は、すぴかは十分に優しい女の子じゃよ。 

 淑やかに振舞うだけが女性らしさではあるまい? 」

「 それは ・・・ そうですけど。 」

「 さっきもな、ワシが腰を打ったとわかるとすぐに氷を取りに行ってくれたよ。

 血が出てない時には コレが一番なの!ってな。 」

「 前に自分が打撲したとき、冷やしたのを覚えていたのでしょう。 

 お転婆もたまには役にたちますわね。 」

フランソワ−ズはまだちょっと不満顔である。

「 まあまあ・・・ そんな顔はおよし。  さっき、チビさん達に絵をみせてもらったがの。 

 すぴかのは独特の構図で面白かった。 

「 あ、それ、ぼくも見ましたよ。 アイツの視点は面白いです。」

「 そうじゃろ。 すばるもなあ。 アイツはとても冷静じゃな。

 にこにこしていて、じっと こう・・・見つめている。  事実をそのまま、はっきりと見られるようだ。 」

「 ああ。 だから闘争心とかないのかもしれませんね。 」

ジョ−は、息子の穏やかな笑顔が好きだった。

勿論、家族全員が大好きだが、すばるの のんびりした笑顔にどこか癒されている自分に

ジョ−は今更ながら気がつくのだった。

 

「 ・・・ ヒトのこころは 魂は どこからくるんじゃろうねえ。 」

 

博士はふ・・・っと宙に視線を向けた。

「 ええ ・・・ 本当に。

 あの子たちのこころは やっぱり天から授かったのだと思いますわ。 」

フランソワ−ズの呟きに博士もジョ−も微笑みをうかべ、静かに頷いた。

 

「 ・・・ あ! 」

 

「 なあに? どうしたの、ジョ−?? 」

ジョ−の突然の叫びに 博士もフランソワ−ズもびっくりしてしまった。

「 なんじゃ、ジョ−? 」

「 大変だ! 忘れてたよ!! 明日までに挙げなくちゃいけない企画書 ・・・! まだ全然〜〜」

「 早くやってらっしゃい! 」

「 はいっ! 」

ジョ−はがばっとたちあがり、紅茶の残りを一気に飲み干すと二階にすっ飛んで行った。

「 ・・・ もう ・・・ 子供達と大して変わりないんだから。 」

盛大なジョ−の足音を見送り、フランソワ−ズはまたまたため息である。

「 ・・・ 大変じゃなあ・・・ 大きな坊やも世話が焼けるのう。 」

「 ええ。 ひょっとして 一番・・・ 」

 

・・・ ふふふ。 

リビングに残った<大人>達は 今度は声を出して笑いあった。

 

 

「 ・・・ ジョ−? まだ終らないの。 」

「 ・・・ あ? ああ。 」

「 そう。 じゃ・・・ わたし、先に休みます。 お休みなさい。 」

「 うん、ああ ・・・ おやすみ 」

フランソワ−ズはモニタ−に張り着いているジョ−の後ろ姿に そっと声をかけた。

もっともご本人は 全くの上の空、きっと何も聞こえてはいないのだろう。

 

「 お ・ や ・ す ・ み ・ な ・ さ〜い ・・・・ 」

小さく繰りかえとフランソワ−ズは そう・・・っと夫の傍を離れた。

 

 

   ふふふ ・・・ ウチにはもう一人コドモがいるわねえ、ジョ−。

   あなたが <大人> になるまで 3人目 はオアズケにしたほうがいいみたいね。

 

カチカチ ・・・ カチ ・・・

ばさばさ。 かさかさかさ・・・

・・・ え〜と ・・・ あ! そうだそうだ ・・・ ふう 〜〜

 

ジョ−の奮戦する音を子守唄に、フランソワ−ズはたちまち夢の国に行ってしまった。

結局。 今のところ ・・・ 島村さんち は お父さん と お母さん と 姉娘 と 弟息子♪ 

 

 

 

**********   Fin.   **********

 

Last updated : 07,03,2007.                             index

 

*****  ひと言  *****

はい、お馴染み♪ 【 Eve Green 】様宅から拝借した < 島村さんち >スト−リ−であります。

Mr.& Ms. は お父さんとお母さん そして すばる君とすぴかちゃん ♪♪

相変わらずのほほ・・・んとな〜んにも起きませんが みんな幸せです。

こんなゼロナイ・ワ−ルドもいいかも・・・ (*^_^*)