『 風の守人 ( もりびと ) 』
「 ・・・ あ ・・・・? 」
「 それでね〜 あら、なあに。 」
「 ・・・ あ。 ごめんなさい、ちょっと ・・・ 知った人と似た声が聞こえたので・・・ 」
「 ふうん? ああ、それでね、その時にピエ−ルったらね ・・・ 」
「 ええ、それからどうしたの? 」
フランソワ−ズは 並んで歩いている連れの女性に微笑みかけた。
「 それがねえ・・・ ああ、もうメトロの駅に来てしまったわ。
あら、あなたはどちらにお住まいなの。 同じ線かしら。 」
「 わたしは ・・・ 16区の方なの。 うんとはずれでしょう? 」
「 そうなの? それじゃ・・・ 続きはまたね。 」
「 ええ ・・・ また、ね。 」
「 a demain、 Francoise ( また明日ね、フランソワ−ズ ) 」
「 ・・・・・・ 」
微笑んで手を振ると その女性はあっと言う間にメトロの駅への階段を下りていってしまった。
・・・ また、明日 ・・・ か・・・・
明日、また同じ日が巡ってきて 同じように暮らして 同じように・・・生きてゆく。
そんなこと、当たり前だと思っていた。 なんの疑いも持ってはいなかった。
でも。
そんなこと、誰が確実だといえるのだろう。
そう・・・ わたしは。 <あの日> で全てが止まってしまったわ ・・・
ふう・・・
静かだけれど 深い深い吐息が 薄い靄となって彼女の周りに立ち籠める。
それはやがて瘴気となり しつこく彼女に纏わりつくのだ。
・・・ああ・・・ イヤ。
今更 どうこう思っても 取り返しはつかないのに。
もうとっくに ・・・ 忘れたはずでしょう? フランソワ−ズ。
本当に あんたって・・・ 往生際が悪いってこのことね。
もう一回、 こんどは深呼吸をし、思いっきり吐き出し。
フランソワ−ズはす・・・っと背を伸ばすと大きなバッグを持ち直した。
さ。 帰りましょ。 とりあえず今は ・・・ この時代の<時>を
生きてゆかなくては・・・ね。
懐かしい石畳の道に ヒ−ルの乾いた音が響きあう。
足元を吹きぬける風は すでに冷たさを潜ませていて、時折落ち葉が絡まってゆく。
かさこそ・かさこそ ・・・ それは落ち葉たちの小さなメッセ−ジなのかもしれない。
「 さっきの 声 はこの音だったのかしら。 ・・・ううん ちがうわ。
あれは ・・・ たしかに誰かの声だったもの。 そう ・・・ 確かに・・・ 」
ここに いるよ まって いるよ ここに ここに いるよ ・・・
「 あ・・・ ! また・・・? 」
フランソワ−ズはもう一度足を止め 空を振り仰いだ。
陽射しが随分と斜めになってきていた。 この街の秋は駆け足で通り過ぎてゆく。
「 ・・・ 気のせい、ね。 ああ、そうだわ!
明日 ・・・ 行ってみようかしら。 あのアパルトマン、まだあるって聞いたわ。
ねえ、お兄さん・・・ わたし、随分と進歩したでしょう?
もう 目を逸らさないの。 思い出の欠片を きちんと拾っておきたいのよ。 」
コツコツコツ ・・・・
石畳に響く靴音が 心地よい。 襟元を掠めてゆく乾いた風が 懐かしい。
ああ・・・・ やっぱりここは わたしの街。 わたしの生まれ育った地なのよね・・・
二度と戻らないつもりだった。
もう この街に自分の居場所はないのだ、と諦めていた・・・はずだった。
でも。
彼女はいま、再びパリの空の下 秋の風と一緒に軽やかに足を運んでいる。
時が移ってしまっても、 やはり故郷の街は懐かしい。
この千年の都は 異邦人になりかけていた亜麻色の髪の乙女を優しく迎えてくれていた。
フランソワ−ズは不思議な聖夜を過して後、生まれた街からは遠ざかっていた。
運命の縁 ( えにし )に結び付けられた人々と極東の小さな島国に住むことになった。
激動の日々のあと、穏やかな毎日はなによりも大切に思え、
乾ききっていた心も すこしづつもとの瑞々しい姿を取り戻しつつあった。
老人と赤ん坊、そして 優しい目をした茶色の髪の青年との日々・・・
海辺の断崖の上にある家のごく普通の生活が とても愛しく思えるようになった。
そんなある日・・・
「 ・・・え。 帰るって・・・ どこへ? 」
「 どこって・・・ わたしの故郷よ。 他にどこにも帰るトコはないわ。 」
「 あ・・・ ああ、そうか。 でも、きみはさ あの時に・・・ 」
一つ屋根の下で暮らす青年は セピアの瞳を大きく見開いている。
いつもは穏やかな瞳が 今は心なしかちょっとだけ潤んで見えた。
「 ・・・ ええ。 あの時は・・・ もう自分の居場所はここにはない、って思ったわ。
帰ってきちゃ、いけなんだ、って。 もう二度と来てはダメなんだって・・ 」
「 だからさ、 ここに居ればいいんだよ。 ここは・・・ きみのウチだよ。 」
「 ・・・ ええ ・・・ そう、そうね。 」
青年の大きな手が きゅっと白い手を包み込む。
「 それとも。 ここが ・・・ そのう イヤになった? やっぱりフランスの方がいいのかな。 」
「 イヤになった、なんてそんな。 いいえ、このお家、大好きよ。
波の音も海を渡ってくる風も ・・・ 裏山の木々が揺れる音も。 みいんな好き。
博士もイワンも。 ・・・ ジョ−も。 大好きよ。 」
「 だったらさ! ずっとここに居ればいいじゃないか。 あ・・・ごめん・・・ 」
ジョ−はやっと気がついて 握っていた彼女の手を離した。
「 ごめん ・・・ つい、夢中になっちゃってさ。 でも、だから、どうして。 」
「 うん ・・・ あの聖夜の時は・・・だらしなかったわね、わたし。
ジョ−のこと、撃とうとしたし・・・ 本当ごめんなさいね。 」
「 いいよ、もうあの時のことは。 」
「 ええ・・・ あのね、このお家での生活はとても素敵、大好きよ。
でも・・・やっぱりわたし、ちゃんと確かめてきたいの。 ・・・ 兄のこともね。 」
「 あ・・・ お兄さん ・・・ ピュンマに頼んでいたよね、消息とか。 」
「 ええ。 わたし自身もいろいろ調べてみたの。 でもはっきりとは判らなかったわ。
だから、この目できちんと見てきたいの。 どんな結果でもいいわ、・・・覚悟しているもの。 」
「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ 」
「 40年以上たってしまったのよ? 一介の庶民の消息なんて消えてしまっているかもしれない。
でも わたしはそれでもいいから、自分で確かめたいの。 」
「 そうか・・・。 」
「 兄は ・・・ きっと出来る限りの手を尽くして わたしの消息を知ろうとしたと思うわ。
捜して捜して待って待ち続け・・・ 多分 もうこの世のヒトではないかもしれないわ。 」
「 ・・・ そんなこと・・・! 」
「 いいのよ、ジョ−。 でもね、今、ちゃんと知っておかなければますます判らなくなってしまうでしょう。
兄の生きた道をしっかり見届けるのが わたしの義務だと思うの。
きっと・・・兄もそれを望んでいるって思えるのよ。
だから お願い。 わたしを 笑って送り出してちょうだい。 」
「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ きみって ・・・ 本当に ・・・ 」
「 ジョ−。 わたし。 あなたが居てくれて本当に本当に ・・・ よかったわ。 」
「 ・・・・ ! 」
「 あ・・・な・・・なにを・・・ 」
ジョ−はまだ握っていた彼女の手をぐい、と引き寄せた。
細身のしなやかな身体が ぽん、と彼の腕の中にはまり込んだ。
「 ・・・ 帰ってこい。 必ず。 ココに・・・ ぼくの腕の中に! 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ ありがとう・・・・! 」
「 待っているから。 この家はきみの家だよ。 ぼくは 待っているからな。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ ! 」
熱い口付けがたちまち彼女の唇を覆った。
強く熱く。 舌を絡めとられ柔らかく愛撫され ・・・ 身体の芯がずん・・・と疼く。
・・・ ああ・・・ ああ・・・ ジョ− ・・・!
愛しているわ ・・・! わたし、あなたが ・・・ 好き ・・・ !
やっと雨雲が切れた空に こうして亜麻色の髪の乙女は飛び立っていった。
雲の向こうに現れた青い空を いつまでも見上げていた青年を残して。
優しい微笑みと愛の言葉を残し ・・・ 彼女は、故郷の地へと帰っていった。
ごめんなさい・・・ ジョ− ・・・
「 ・・・ あ、お帰り〜 フランソワ−ズ! 」
「 あら、シモン。 これからバイト? 」
「 うん。 あ、あのさあ。 この前いってたコンサ−トなんだけど。 本当にどう? 」
「 ・・・ え〜と・・・ああ、あれね。 そう、ね。 よかったら・・・ 」
「 わお♪ やった〜〜 うん、それじゃいい席、取っておくよ。 」
「 ありがとう。 でもあんまり無理しないでね 」
「 無理なんかしてないって。 ・・・ じゃあまたなあ〜! 」
「 ええ、 行ってらっしゃい・・・ 」
金髪の青年は 本を小脇に抱えたまま、軽い足取りですれ違っていった。
靴音とともに口笛の音が遠ざかってゆく。
・・・ コンサ−ト、か。
デ−トしてカフェに寄って。 おしゃべりして・・・
ふふふ・・・ そんなコト すっかり忘れていたわ・・・
なぜだかまた 小さな溜息が漏れてしまった。
あの青年とは裏通りに見つけた小さなCDショップで顔見知りになった。
その店はクラシカルな曲を多く扱い、店内には懐かしい雰囲気が微かに漂っていた。
シモンはパリ大学の学生で バイトをしつつごく当たり前の学生生活を送っているらしい。
彼との久し振りに過す歳相応な時間が とても新鮮に思えた。
そう・・・ たまにはいいかもしれないわね。
この街では わたしはごく普通の、19歳の女の子・・・
秋の午後、暮れゆく陽射しを追いかけてアパルトマンに帰りついた。
「 ・・・ ただいま ・・・ あら、手紙。 ・・・ まあ ジョ−から? 」
誰もいない部屋に帰り、どさり、とバッグをソファに置いた。
床に落ちていたエア・メイルの封筒を拾う。
ジョ−からは時々 手紙が来た。
この時代に、可笑しなヒト・・・とふっと笑みが漏れてしまうが、 彼はメ−ルをあまり好まないらしい。
手紙、といってもごくありきたりの内容で近所の様子とか他愛のないコトばかりが
丸まっちい文字で書き連ねてあった。
へえ・・・ あのジョ−がねえ。
こんなコト、この時代のコはもうやらないのかと思っていたわ。
読み終わった手紙を丁寧に封筒に収めるとチェストの引き出しを開けた。
奥に見える同じ封筒の上に重ねて置いた。
まだ ・・・ 返事は書いていない。
なぜか書けなかった。
ジョ− ・・・ あなたのこと、勿論大好きよ。
でも。 ああ・・・ こんなオンナに縛られることはないの。
あなたは やっぱりこの時代のヒトなんだもの、もっと・・・相応しいヒトが・・・
ひっそりとこのまま・・・ 懐かしいこの街に紛れ込み人知れず埋もれてしまいたい・・・
そんな想いが最近 彼女のこころに色濃く拡がり始めていた。
「 今日は誘ってくれてありがとう。 楽しかったわ。 」
「 僕こそ! 君とこうやって・・・コンサ−トとか行けてさ、すごく嬉しいんだ。 」
「 ふふふ・・・クラシックなんて本当は苦手なんじゃないの? もっと賑やかな方が得意でしょう。 」
「 え・・・あは。 まあ、そんなトコだけど。 でもたまにはさ。
それに、こんな綺麗な女の子と一緒なんて! み〜んなの目線が痛かったもんな♪ 」
「 まあ・・・ シモンったら・・・ 」
「 へへへ・・・ 嫉妬と羨望の眼差しってヤツかな。 キャンパスにだって君ほどの女性はいないよ。 」
「 ・・・・・・・ 」
コツコツコツ ・・・ カツカツカツ・・・
夜道に二つ 足音が響く。 でも それは。 決して同じリズムは刻まない。
・・・ このヒト いいヒトだけど。 でも 結局はわたしの容姿だけに興味があるのかしら・・・
コンサ−トが終っての帰り道、 連れの青年の脚は自然とセ−ヌの河畔に向かっていた。
「 ・・・ あら。 方向が違うのじゃない。 」
「 うん ・・・ ね、まだいいだろう? ちょっと散歩してゆかないか。 あ、寒い? 」
「 ううん、大丈夫。 ・・・ そうね、・・・・ちょっとだけなら。 」
「 ・・・ ほら、もっとこっち。 やっぱり夜はもう冷えるから、さ。 」
「 ・・・ あ ・・・ 」
金髪に青年はくい、とフランソワ−ズの肩を引き寄せるとそのまま歩き始めた。
「 〜〜〜〜 でさ。 ああ、なかなかクラシックもいいなあ、って思ったんだ。 」
「 ・・・・・・ 」
「 それでね。 ・・・ 聞いてる? フランソワ−ズ。 」
「 え・・・あ、 ええ。 ちゃんと聞いてるわよ。 それで? 今晩のプログラムについての
あなたの考察は? 」
「 うん。 それで現代の・・・ ああ、もうやめるよ。 」
「 あら どうして。 あなたの見解を聞きたいわ。 」
「 それはまた・・・今度にしようよ。 ・・・ この場所に相応しいコト、話さない? 」
「 この場所に? 」
「 ・・・ うん。 ここは・・・ 愛を語る場所、だろ。 」
「 ・・・・・・・ 」
くい、と肩にかかる青年の手にチカラが入った。
「 ・・・ フランソワ−ズ。 僕、ずっと・・・ ねえ・・・ いい? 」
「 シモン ・・・・ 」
青年はゆっくりと河畔の木々の間へと彼女を誘ってゆく。
「 僕 ・・・ ずっと君のこと、見ていたんだ。 いつも そのう・・・一人で淋しそうだなって。 」
「 あなたも一人なの? お家の方は。 」
「 うん。 僕の家族は ・・・ もう田舎の故郷に兄貴がいるだけさ。 」
「 そう・・・ わたしもよ。 たった一人の兄も 多分 もう亡くなっているわ。 」
「 ・・・ ずっと会っていないのかい。 」
「 ええ。 もう ・・・ 長い長い間、ね。 いいのよ、諦めているわ。 」
「 ・・・ そうか。 僕 ・・・ 君のことが気になって・・・君はダンサ−なんだろ? 」
「 う〜ん ・・・ 今はもう趣味で踊っている程度ね。
わたし ・・・ ただこの街に居たくて。 この街の空気に浸っていたくて戻ってきたの。 」
「 そうか。 なんでもいいさ、僕は・・・ 君が好きさ。 フランソワ−ズ・・! 」
「 シモン。 ・・・あ ・・・! 」
不意に青年は彼女を引き寄せると かなり強引に唇を重ねてきた。
・・・ ああ ・・・ ちがう ・・・
このキスは。 わたしが知っている キス とはちがう・・・
なぜか抵抗する気が起きなかった。
フランソワ−ズはただ・・・ 青年のなすがまま、彼の口付けを受け入れていた。
「 ・・・ ごめ・・・ でも愛してる・・・! 本当だよ・・・! 」
青年の手が首から肩へ そして襟元に忍びよってきた。
「 シモン ・・・ ダメ。 これ以上は ・・・ ダメよ。 」
「 ここじゃイヤかい。 それじゃ ・・・ どこか・・・ 僕の部屋に帰ろうか。 」
「 ダメよ。 場所の問題じゃなくて。 今は ・・・ これ以上は・・・ だめ。 」
フランソワ−ズは彼を見つめはっきりと言った。
「 ・・・ わかったよ。 でも信じて! 僕、いい加減な気持ちじゃない。
ただの遊びで誘ったんじゃないよ。 」
「 ええ。 わかっていてよ。 だからこれ以上はだめ。 」
「 ・・・ 僕 真剣だぜ。 本気だよ。 」
「 あなた、素敵よ、シモン。 今にね、あなたに相応しい素敵な女の子が現れるわ。 」
「 君じゃ ・・・ ダメなのかい。 なぜ?? 」
「 ・・・ なぜでも。 きっとアナタは先にいってしまうから。 」
「 ?? どこへも行かない! 故郷も捨てるよ、君とこの街にいる! 」
「 シモン ・・・ そんなことを言ってはだめよ。 」
「 だって! 君と居たいんだ、 君を愛しているんだよ! 」
「 ・・・ お願い。 あんまり困らせないで・・・ 」
「 ごめん・・・ ね! それじゃ約束してくれる? 今日はダメでも・・・
そうだ、僕がちゃんと卒業して仕事に就いたら。 そしたら。
あ・・・ それまで待ってくれるかな。 」
「 シモン ・・・・ 」
青年の青い瞳は夜目にも強い光を宿しているのがはっきりと判る。
ああ ・・・ このヒトは本気だわ。 ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・!
「 約束だけでもしてくれる? ・・・ こうやって・・・ 」
シモンは彼女の左手を捧げもつとその中指に熱く唇を寄せた。
「 ・・・ シモン ・・・ 」
「 僕、君をきっと幸せにするよ。 いいじゃないか、二人っきりで。
二人でこの街で生きてゆこう。 そうすれば ・・・ もう淋しいことなんかない。 」
「 ・・・・・・・・ 」
シモンの腕の中で 亜麻色の髪の乙女はただただ 大きく碧い瞳を見開き
はらはらと瑠璃の雫を散らばせ続けるのだった。
ごめんね・・・・と何回も繰り返し青年は引き返していった。
そんな彼を見送り フランソワ−ズはそっと溜息を洩らす。
謝るのは ・・・ わたしの方なのに。
シモン。 いいヒトね。 いいヒトだからよけいに辛いわ。
石畳にひびく靴音が 今日はちょっと耳障りだった。
ああ、また。 この街から、彼の前から去らなければならない。
置いてゆかれる哀しさから逃れるためには 自分自身が去ってゆくしかないのだ。
ふうう ・・・・
重い吐息が 重い足音に絡まり砕け散ってゆく。
フランソワ−ズの歩みはだんだんと遅くなっていった。
「 このアパルトマン、気に入っていたんだけどなあ。 また・・・引っ越さなくちゃ・・・ 」
人通りの少なくなった道を折れ、細い路地から古ぼけた建物を見上げた。
かつて こんなトコロに住んでいた。
ひっそりと慎ましく。 でも 毎日がきらきらと輝いていた。
「 ああ・・・! もうこれ以上過去に捕らわれるのは やめなくちゃ。
そうね、ちょうどよい機会なのよ。 どこか全然しらない土地に行くわ。
シモン ・・・ 本当にあなたには申し訳ないけど・・・
・・・あら・・・? 誰・・・? 」
アパルトマンの入り口ちかくに 人影があった。
かなり近づくまで まったくヒトの気配は感じられなかったのだが・・・
フランソワ−ズは咄嗟に目と耳のスイッチをいれ ス−パ−ガンを潜ませたバッグを
手繰り寄せたが・・・ それよりも一瞬早く。
「 いよお。 今ご帰還かな、我らがマドモアゼル・・・! 」
のんびりとしたオヤジ声が びん・・・と夜道に響いた。
「 ! ・・・ グレ−ト・・・! 」
「 おい。 あまり夜遊びするな。 若い娘が。 」
「 まあ、アルベルトも?? 」
「 欧州組、集合というわけさ。 時にマドモアゼル、ちょいとお邪魔してもよろしいかな。
あ・・・ 諸事情アリ、なら場所を換えるが。 」
「 まあまあ いらっしゃい。 やだわ、気楽な独り暮らしよ? どうぞどうぞ・・・ 」
「 ほう ・・・ ヤツと一緒じゃないのか。 」
「 ・・・ ジョ−? ううん、ずっと一人よ。 」
「 そうか。 余計なことを聞いたな。 」
「 いいのよ。 それよりこんなトコで立ち話は・・・ あの・・・もしかして・・・ 」
「 ああ、どうぞご安心めされ。 キナ臭い話ではないよ。 」
「 ・・・ そうなの。 よかったわ。 」
三人はひっそりと古ぼけたアパルトマンの中に消えていった。
グレ−トとアルベルトはフランソワ−ズの部屋に落ち着いた。
「 なんだ、マドモアゼル。 こりゃまた随分と・・・そのう ・・・ シンプルな住居だな。 」
「 お前、本当に独り暮らしなんだなあ。 色気もへったくれもねえな。 」
「 だ〜から言ったでしょう? 気侭な独り住まいだって・・・
いいの、どうせまた・・・じきに引っ越すつもりだから。 」
「 ほう? どこへ・・・ あ、やはり東の果ての小島にご帰還か。
セピアの髪の青年が首を長くしてお待ちなのではないかな。 」
「 グレ−トったら・・・ 知らないわ、今どうしているか・・・ 」
「 連絡、とっていないのかね。 博士とも? 」
「 ええ・・・ ここの住所は知らせてあるから、向こうからは何回か手紙は来たけど・・・ 」
「 おい、喧嘩しておん出てきたのか? 」
「 ・・・ 違うわよ! そうねえ・・・ 言ってみれば 円満帰郷ってことかしら。 」
「 円満・・・ なんだ、それ。 」
「 だから。 別に喧嘩したとかそんなんじゃないのよ。 それよりもどうしたの?
こんな夜更けに二人そろって。 ・・・ ミッションじゃないなら、一体なあに。 」
「 ・・・ コレさ。 」
グレ−トは背広の内ポケットから なにやら一片の切り抜きを取り出した。
「 ?? ・・・ 新聞記事ね。 」
「 左様。 ボリビアの大手新聞だ。 」
「 ボリビア? ・・・ たしか南米の国よね。 」
「 御意、マドモアゼル。 そこの奥地にプカラ、とよばれる伝説の黄金都市があるというのだよ。 」
「 ふん。 <伝説の>ってのは存在しない、という語と同義さ。 」
「 ちょっと待って・・・ なんだかちらっと記憶の底に残っているわ。
わたしも新聞で読んだのかしら。 探検隊が発見して ・・・ でもその後消息を絶った・・・
というのではなかったかしら。 」
「 そう! まさにその件でこうして花のパリまでやってきたのであるよ、マドモアゼル。 」
「 ・・・ オレはまあ・・・付き合いだ。 ヒマつぶしにちょいと興味があってな。 」
「 アルベルト。 我輩は真剣なのだぞ。 」
「 これは失礼。 オレの興味も・・・ まあ、真剣だ。 」
「 どうだかなあ。 ・・・ ま、とにかく、だな。 その探検隊の指揮者は我輩の恩人なのだ。 」
「 ・・・ まあ ・・・! 」
「 我輩は痩せても枯れても英国紳士の端くれ・・・忘恩の徒ではない。 」
「 え、ええ・・・・? 」
「 手っ取り早く言えば、だな。 要するにその消えちまった探検隊の捜索ってことさ。
黄金都市の捜査も一緒にな。 」
「 まあ ・・・・ そうなの。 それは・・・ふふふ・・・ちょっと面白そうね。 」
「 お。 さすが、我らがマドンナ。 早速話に乗って頂けるようですな。 」
「 丁度ね・・・ しばらくこの街を離れたかったの。 いいわ、ご一緒します。 」
「 おう、そう来なくっちゃ。 天下の003が参加すれば百万の援軍を得たも同然。
我らが前途は洋々・・・であるな。 」
「 我らが・・・って 3人でゆくの? 」
「 いや。 現地でジェロニモとジョ−が合流する手筈だ。 」
「 え ・・・ あ、 そ、そうなの? ジェロニモはまあ・・・一番近いけど ジョ−・・? 」
「 オレが声、かけた。 なんだか妙なことをぐしゃぐしゃ言ってきたのでな。
ヤツにも気晴らしが必要かな、と思ったのさ。 」
「 ・・・ 妙なコト・・? 」
「 うん・・・まあ、お前は気にするな。 青年期の悩みってヤツだから。
オトコってもんはな、くだらんコトで悶々としてみたいときもあるのさ。 」
「 ・・・ 悶々??? 」
「 マドモアゼル。 余計なことはお悩みなさるな。
花の顔 ( かんばせ ) に余計な皺をふやすだけです。
乙女はいつも 花のように天使のように ・・・ 微笑んでおいでなさい。 」
「 まあ・・・ もう〜〜 グレ−トったら。
あら、それじゃ、出発はいつ? この部屋も引き払うわ。 」
「 早いければ早いほど。 ・・・ 構わないかね。 」
「 ・・・ いいわ。 明日、すぐに手続きをするわ。 エア・チケットをお願いしてもいい。 」
「 了解。 我々ユ−ロ組はコトが簡単だ。 」
「 ああ! やはり相談に来てよかったなあ。 マドモアゼル、そなたは
我らむくつけきオトコどもの心なごます一輪の花 ・・・ 」
「 はいはい、わかっているわ。 今夜は久し振りの再会と<お楽しみ・冒険> の
成功をいのって・・・・? 」
フランソワ−ズはちょ・・・っとグラスを傾ける仕草をしてみせた。
「 おう! この花はなんと物分りのよいことか。 では今宵は秋の月見の宴、とゆきますかな。 」
「 ふふふ・・・ グレ−トったら。 すっかり日本っぽくなってしまったのね。
残念でした、今夜はほら・・・ 三日月様よ。 」
フランソワ−ズは カ−テンを払い窓を開けた。
するり・・・と夜気が忍び込む。 秋も深まったこの街で、夜はもうかなり冷え込んでいる。
「 ぶるるるる・・・・ 早く身体の中から温まりたいですな。
マドモアゼル、お手数ですがなにか美味いツマミはござらんか。 」
「 あ、ちょっと待ってて? ちょうどよかったわ。冷蔵庫の中身、片付けなくちゃならないから。
・・・食べてね? 」
「 残飯整理か。 おい、妙なモノ加えるなよ? 」
「 まあ! 失礼ねえ〜 大人並み・・・は無理だけどカナッペくらいならちゃんと出来ます! 」
「 まあまあ・・・楽しく行こうではないか。 今宵の三日月に我らの前途を祝して・・・ 」
「 黄金の欠片でも拾ってくるか。 」
「 ふふふ・・・ すぐに用意するわね。 」
フランソワ−ズは軽い足取りで小さなキッチンに入っていった。
ああ・・・! やっぱり皆といると ・・・ ほっとするわ。
ふふふ・・・ 防護服を着るのがなんだかちょっと楽しみになっちゃった・・・
いわゆる彼らの<ミッション> ではない、という気楽さもあった。
冒険旅行に出る期待感に わくわくするほどだ。
ジェロニモに会うのも ・・・ あら、本当に久し振りねえ・・・・ 元気かな。
・・・ ジョ− ・・・ 手紙の返事、書いてないから・・・怒っているかも・・・
ちょっとだけ肩を竦めて。 でも別世界に飛び出してゆく楽しさの方がはるかに大きかった。
結局 その夜は飲明かしの宴会となり、翌日の夕刻に3人は欧州から発っていった。
「 おい、フランソワ−ズ。 ジョ−が着いた。 全員揃ったから出発だ。 」
「 あ・・・ そう? ちょっと待って・・・ あと少し・・・ 」
「 ? 手紙? 」
「 ええ。 博士にご報告もかねて・・・ 」
「 そうか。 出来るだけ早くしろよ。 ここからはジ−プになるからな。 」
「 了解・・・ ・・・と誓いあっています。 ・・・・・ ・・・・ ボリビアにて フランソワ−ズ・・・っと。 」
ロ−カルな空港の片隅、 簡素なポスト・オフィスには一応エア・メ−ルの表示が出ている。
同じ窓口で売っている絵葉書を買い、フランソワ−ズは一心にペンを走らせていた。
効き過ぎた冷房で 指先の動きがなんだか少しぎこちない。
これだけ屋内を冷やしているってことは・・・ 外はかなりの暑さなのね。
サファリ・ス−ツの襟元を少しだけ緩めた。
シャルル・ドゴ−ルを発ち 数度の乗換えを経てマイアミから彼らは南米の地に降り立った。
首都に近い国際エアポ−トはかなりの高地にあり、航空機の発着も結構あるようだ。
そこからさらに国内線に乗換え・・・ やっと目的の小さなエア・ポ−トに辿り着いた。
「 これを。 エア・メ−ルでお願いします。 」
「 ・・・・・ 」
窓口の男性は穴の開くほどフランソワ−ズを見つめてからのろのろと葉書を受け取った。
ふう ・・・ 防護服なんか着ていたら大変ね!
周りに人だかりが出来てしまうかも・・・
粘りつく視線をふり払い、フランソワ−ズは足早にタ-ミナルの廊下を戻って行った。
「 ・・・ やあ。 」
「 ジョ−。 ジェロニモ。 お久し振り・・・ 元気だった? 」
ロビ−の出口付近に数人が集まっており、中にジェロニモの巨躯が群を抜いていた。
フランソワ−ズの足音に ぱ・・・・っと茶髪の青年が振り向いた。
端正な顔が 一瞬泣いている風に歪んだがすぐに淡い微笑みにとって代わった。
「 ・・・ うん、きみも。 元気そうだね。 ・・・ フランソワ−ズ・・・ 」
「 むう、元気だったか。 」
日頃の習慣で 何気なく二人の頬に軽くキスをしたのだが ・・・
ジョ−はみるみるうちに真っ赤になった。
まあ。 相変わらずねえ・・・ ジョ−・・・
「 さあさあ! 感激のご対面は終ったかな? 」
「 グレ−ト。 お待たせ。 博士にね、到着のご報告を出しておいたの。 」
「 おお、さすが、マドモアゼル。 行き届いておりますな。
さあ、それではいざ、出陣と行きますか。 ここよりジ−プに分乗してアマゾンの奥地へ! 」
「 うわ・・・なんだかわくわくして来たわね。 」
「 え・・・っと。 今晩は一応現地の町に泊まって明日、ジャングル入りの予定なんだ。 」
「 あら、そうなの? このまますぐにジャングルに向かうのかと思っていたのに。 」
「 フランソワ−ズ。 いくらミッションではないとはいえ アマゾンを甘くみてはいけないよ。 」
「 ジョ−よ! 我輩は一刻も早く、サ−・バン・アレンの跡を追いたいのだが・・・ 」
「 おいおい・・・ 急いてはなんとやら、だろうが。 ミスタ・シェイクスピア。 」
「 ・・・ それは。 そうだが・・・ 」
「 ともかく、現地の町へ出発だ。 もう少し詳しい情報が拾えるかもしれん。 」
「 そうだね、アルベルト。 ・・・ それじゃ・・・ 行くよ! 」
一行はぞろぞろとエア・ポ−トの建物から南米の空の下に繰り出した。
「 ・・・ あ ・・・! 」
「 え? なに、どうかしたかい。 」
「 ・・・え ・・・あ、・・・ ううん。 なんでもないわ。 ・・・そう、凄い熱気だなって・・・ 」
「 あは、そうだね〜 暑さがさ、なんかこう・・・喰らいついてくる気分だな〜 」
「 ・・・ ええ・・・ そう・・・ ね。 」
「 フラン? 大丈夫かい。 長旅で疲れた? 」
「 え・・・ あ、大丈夫よ。 そんなあれくらいの移動で・・・ ドルフィンではもっともっと
長時間の移動はあったじゃないの。 」
「 うん。 ・・・ きみ、なんだか顔色、悪いからさ。 」
「 そう? う〜ん ・・・ 空の青さが映っているのじゃあなぁい? さ! 行きましょう。 」
フランソワ−ズはひとり、すたすたとジ−プに向かって歩いていった。
・・・ 聞こえる・・・ ! あの 声 だわ。 パリで 遠く微かに聞こえていた・・・
そうよ、この声だったのよ・・・!
熱風はジャングルの奥から吹いてくるのかもしれない。
そのすこし生臭いまでの熱気にのって かすかな声がフランソワ−ズの耳に届く
ここに います わたし ここに います ここに ここに・・・!
おいてゆかないで ・・・ どうぞ お願い ・・・
やめて・・・! お願い、やめて・・・!
フランソワ−ズはきゅっと唇を噛み、意識を集中した。
そう、今、これからは。 能力を十二分に発揮し探索に専念すればいい。
幻聴にも似た 声 から逃れるために フランソワ−ズはあえて自分の能力を最大レンジまで広げた。
「 さあ。 出発しましょう・・・! 」
彼らは二台のジ−プに分乗して国境に近い町を目指してねっとりとした熱気の中に出て行った。
「 ジョ−・・・! 危ないッ !!! 」
「 フランソワ−ズ −−− !! 」
巨人の光線がジョ−を狙ったとき、 二つの人影がほぼ同時にジョ−の前に飛び込んだ。
そして
一体は機能を停止し、半壊したボデイを晒し もう一人はジョ−の腕の中に庇われていた。
「 おい! 大丈夫か、フランソワ−ズ! 」
「 ・・・ え ・・・ええ・・・ ちょっと掠っただけ、だから・・・ 」
「 よかった・・・! きみってヒトは本当に無茶を・・・ 」
「 あなたが無事でよかった・・ あ・・・! ・・・イシュキック ・・・ 」
「 ・・・!! 」
バッ −−−−− !!!
再び巨人がサイボ−グ達を襲ってきた。
「 散れ! 」
「 ・・・ くそゥ ! 加速装置ッ ! 」
ジョ−の姿が一瞬宙に消え 次に瞬間に黄金の巨人のアタマが吹っ飛んだ。
ズシリ ・・・ ズシリ ・・・・
それは 重い足取りで<ねぐら>に戻ると大爆発ともに忽然と消えてしまった。
そして 風の都には吹きぬける風だけが 残った。
「 ・・・ おいで。 フランソワ−ズ ・・・ 」
「 ・・・ ええ・・・ 」
キシ ・・・ ベッドがちいさく軋る。 白い薄物の夜着をゆらせ、細い身体がしがみ付いてきた。
「 ・・・ ジョ− ・・・ ジョ− ・・・ 風が 風が また泣いてる・・・ 」
「 そんなことないよ。 ほら・・・ こうして・・・ 」
フランソワ−ズはジョ−の腕の中にすっぽりとはまり込んだ。
「 ジョ−・・・ お願い、しばらくこうして・・・このままでいて欲しいの。 」
「 うん? いいけど・・・・ どうした、可笑しなコだねえ・・・ 」
「 ・・・ こうやって・・・ あなたの温もりを感じていたいの。 」
「 ふふふ ・・・ じゃあぼくは。 きみのいい匂いのする髪を楽しむよ・・・ 」
ジョ−はお気に入りの、亜麻色の髪に顔を埋めその柔らかな感触と楽しんでいる。
海辺の断崖に建つ洋館に 今、二人はやっと ・・・・ 戻っていた。
黄金都市を目指した冒険旅行は 重苦しい結末を迎えてしまった。
宝探しが目的ではなかったけれど、持ち帰ったのは 悲しい報告とやりきれない気分 ・・・
口数も少なく、仲間達はそれぞれの故郷に戻ってゆくことになった。
「 ・・・ あの、さ。 こんど遊びに行ってもいいかな。 その・・・きみのトコにさ。 」
「 え・・・・ 」
「 グレ−トが言ってたよ。 マドモアゼルは清廉潔白に慎ましい一人暮らしをしていたぞって。 」
「 まあ、やだわ。 グレ−トったら・・・ でも ・・・ わたし、あの部屋には戻らない予定なの。 」
「 え。 ・・・あ、ああ、そうなんだ? もしかして・・・なにかもう予定があるのかい。 」
マイアミで国内線に乗り換えるジェロニモを見送った。
アルベルトとグレ−トはそれぞれの街へ直行便で戻っていった。
次には 太平洋をこえる便にジョ−が搭乗する番だ。
「 ・・・ ええ。 わたし、生き方を変えてみようと思って。 一人暮らしは・・・ もういいわ。 」
「 そ、そう? ル−ム・メイトとか ・・・ いるんだ?
じゃあ・・・ 手紙、まただすから。 あ! 住所! 住所、教えてくれる? 」
「 う〜ん ・・・・ あのね、ジョ−。 もう手紙 ・・・ いいわ。 」
「 ・・・ え。 あの ・・・ 邪魔かな。 じゃ・・・クリスマス・カ−ドとか年賀状とか
そのくらいなら 出してもいいだろう? 」
「 いらないわ。 ごめんなさい。 」
「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ あ ・・・ そうなのか。 」
ジョ−は見た目にもひどくショックを受けた様子だったが 懸命に微笑んでいる。
「 ごめ・・・ 気の利かないコト、聞いて。 きみ ・・・ しあわせ? 」
「 そう、ねえ。 ・・・ 多分。 」
「 そっか。 ・・・ きみがしあわせなら。 きみが微笑んで生きていてくれるのなら・・・
ぼくは ・・・ ぼくも嬉しい・・・よ。 どうか。 そのゥ ・・・ し、幸せに・・・ 」
「 あら、ありがとう、ジョ−。 」
「 ・・・ うん ・・・ あの、最後に ・・・ あの、握手、してくれる? 」
「 ええ、勿論。 ジョ−。 いろいろ・・・ありがとう。 」
す・・・っと白い手がジョ−の前に差し出された。
ジョ−はしばらくじっと見つめていたが やがておずおずと手を伸ばし眼の前の細い指を包み込んだ。
「 フランソワ−ズ・・・! 本当に ・・・ 本当に・・・ ぼく、きみに会えて ・・・ よかったよ。
ありがとう・・・! ありが・・・ と ・・・う ・・・! 」
「 わたしもよ。 ジョ−? さあ、行きましょう! 」
「 ・・・ へ ・・・??? 」
「 さっきのアナウンス、聞いてなかったの? 最終搭乗案内だったわよ。
ほら、急がなくちゃ。 」
白い手がぐい、とジョ−を引っ張り 極東方面行きの搭乗口目指して進んでゆく。
「 あ??? あの・・・ フラン ・・・ きみ。 パリに帰るんじゃ?? 」
「 あら。 それも聞いてなかったの?
わたし、生き方を変えるって言ったでしょう。 」
「 ・・・ あ・・・う・・うん・・・ 」
「 だ〜か〜ら。 わたし。 決めたの。
わたし・・・ 日本に戻って またあのお家で暮らすの。
ジョ−、あなたと一緒に 暮らしたいの。 ううん、もう決めたのよ。 」
「 ・・・ あ ・・・ ああ ・・・ 」
「 ふふふ・・・ こういうの、<押しかけ女房> っていうのでしょ。
いいのよ、わたし。 わたし、ジョ−のとこに <押しかけて> ゆくの! 」
「 ・・・ フランソワ−ズ・・・! もう ・・・ 本当にきみってヒトは・・・! 」
「 さ。 行きましょ。 」
フランソワ−ズは改めて ぱ・・・っと白い手を出した。
がし・・・っとジョ−の大きな手が 握りかえす。
「 ああ、行こう。 この手、もう離さないからな。 」
「 あら。 それってわたしのセリフなんですけど? 」
「 ・・・・ もう 〜〜〜 このォ〜〜 」
しっかりと手をつなぎ。 しっかりと見つめ合い。
ジョ−とフランソワ−ズは肩を並べて 歩き出した。
カツカツカツ ・・・ コツコツコツ ・・・・
同じペ−スで 同じ方向へ・・・! 二つの足音は しっかりと共鳴しあっていた。
「 ・・・ 何回も言うけど ・・・ あんなに驚いたことって なかったよなあ・・・ 」
「 え ・・・・? なにが。 」
「 やだなあ、もう忘れたのかい。 あの・・・ マイアミの空港でさ・・・ 」
「 ・・・ああ ・・・ あの時 ・・・ 」
クス・・・っと小さな笑いが ジョ−の胸に沿って転がり落ちた。
「 きみはさ・・・ そりゃ 可笑しかっただろうけど。
ぼくは本気で ・・・ 本気だったから。 もう、笑ってるフリに必死だったんだ。 」
「 ふふふふ・・・・ 本気って ・・・ なにが。 」
「 ・・・ 意地悪だなあ。 もう ・・・ いいじゃないか。 ん? 」
ジョ−は両手で 自分の胸に伏せていた彼女の頬を掬いあげた。
「 な。 教えてくれよ。 」
「 ・・・なあに ・・・ 」
「 どうして・・・ パリに帰りたかったのかい。 ホーム・シック? 」
「 ・・・ そう・・・ 風がね、風の声が聞こえたから・・・ 」
「 風の??? 」
「 ええ。 それにね、 怖かったの。 」
「 なにが。 その、風が? 」
「 ううん ・・・ ジョ−のこと、どんどん好きになってゆく自分が・・・わたし自身が怖かったの。 」
「 え・・・ どういうことかい。 ぼくにはなんだかさっぱりわからないよ。 」
ジョ−は両手で支えた愛しいひとの顔をじっと見つめた。
思わずその頬にうなじに そして 二つのまろやかな丘に唇を当てる。
白い頬がうっすらと染まり、それは次第に全身に広がってゆく。
「 ・・・ だって ・・・・ あ ・・・・ また いつか。 置いて行かれたら・・・
それが怖くて もうこれ以上 ジョ−のこと・・・ 好きにならないようにって ・・・
そうよ、わたし 逃げたの。 」
「 もう・・・おばかさんだねえ。 ぼくはずっときみの側にいるって何回も言っているのに。 」
「 それでも・・・ 風がね、わたしの気持ちを読んでいるって思ったわ。
でも・・・ あの町に、風の都に行ってわかったの。 わたし あの人と同じだった・・・・ 」
「 どうして。 きみは ・・・・ 一人じゃないよ! 」
「 ううん・・・・同じよ。 わたし、逃げるだけだった。 置いてゆかれるのが怖くて逃げて・・・
わたし。 ロボットじゃない、機械じゃないの。 だから もうただ逃げるのは止めたの。 」
「 それで ここに戻ってきてくれたの? 」
「 そうよ。 もう逃げないわ。 わたし・・・ どこまでも ジョ−、あなたと一緒に行きたいのよ。 」
「 ・・・ ありがとう ・・・ 」
「 愛しているわ、ジョ−。 何回でも何千回でも言うわ。 ・・・あ ・・・ 」
ジョ−は その愛らしい唇を そっと彼の唇で塞いだ。
言葉にはならない熱い気持ちが 二人の中で通い合う。
それは 身体で交わす恋人たちの言葉だ。
わたし 恐かったの。 また ・・・置いてゆかれるのが。
ええ、わたしもあの ・・・ イシュキックと同じ・・・
風に捕まってしまいそう・・・
風はそう、いつだってきっと淋しくて淋しくて ・・・護ってくれるヒトが欲しいのよ
・・・ ぼくがいるよ
イシュキックは ひとりぼっちだったけど。 きみにはぼくがいるだろう?
ジョ− ・・・ でも。 いつか・・・ いつか あなただって・・・
わたし ・・・ 自分から逃げていたの。
短い恋も 浅い恋も。 みんなそのままにして 逃げ出したわ。
ぼくは!
どんなことがあっても きみを置いてはゆかない。
どんなことをしても。 どんなにみっともないコトをしても。 ぼくは きみの元に戻るよ。
ジョ−・・・・ わたしもよ。 わたし ・・・
もう逃げない。 わたしは ・・・ 置き去りにされた機械じゃない。
わたしは 風に捕まったりはしないわ。 風を護るのは ・・・ あの廃墟だけでいいの
そうだね・・・・
彼女のこころも ・・・ きっと 今は静かに眠っているわね。
・・・ そう ・・・ そうだね。
・・・ あ ・・・ ジョ ・・・・ !
ツクリモノの王女は ただひたすら悠久の時の流れに身を任せ待っていたけれど。
この ・・・ 亜麻色の髪の乙女は自分の意思で歩み始める。
そう、愛しいひとと ともに。
どこまでも・・・ いつまでも・・・・
熱い愛の奔流に飲み込まれる寸前に ちらり、と風の音が聞こえた・・・気がした。
あの見捨てられた町で 風は今でも唄っているのだろうか・・・
ここに います わたし ここに います
おいてゆかないで ・・・ どうぞ お願い ・・・ おいてゆかないで・・・
・・・ おいて ゆかないで ・・・
************************** Fin. *********************************
Last
updated : 10,07,2008.
index
*********** ひと言 *************
え〜 一応 平ゼロ設定の あのお話、 <その前後はなにをしていました?>バージョンです♪
あの原作、好きなのですね〜〜 (#^.^#) さすがに少女誌掲載作品だけありまして、
絵は丁寧ですしフランちゃんも可愛い♪ そ〜れに♪ なによりもにまにま見ちゃうのが
⇒ まつ毛・ジョ−君♪ ( さすがに下睫毛ばさばさ・・・ではないですが・・・ )
以前にも二回、扱った原作ですが、今回はフランちゃんの心境を追ってみました。
秋なので?? ちょっとメランコリィなお話にしてみたのですが・・・
・・・ あの豊満・ろぼっとは好かないですな〜〜 (-_-;) ★★★
<プカラ>での活劇は 皆さんようく御存知と思います。
フランちゃんにだって 短い恋物語があっても・・・いいじゃない? ねえ、ジョ−君?