『 熱帯夜 』

 

 

 

*****    空・海さまのキリリク( 193,333hits )にお応えして *****

 

 

 

 

その年の夏は本当に暑かった。

首都圏の所謂ヒ−ト・アイランド現象だけではなく、どうも全国的な傾向のようだった。

お盆と呼ばれる日本独特の <休暇週間> も終るころには どこでもかしこでも。

日本中で 皆が暑い夏に閉口し始めていた。

 

そして。

ここ − とある海辺の岬に位置するギルモア邸も例外ではなかった。

巧妙な設計で海風を存分に取り入れているので、普段は特にク−ラ−を必要とはしない建物だった。

彼らの <事情> もあり、冷暖房完備な部屋は老人と赤ん坊の私室だけ、それで十分だったのだが。

今年は この国生まれの茶髪の青年すら毎晩ク−ラ−のお世話になっていた。

もっとも ・・・

彼の場合、 <暑さ> の種類が巷の人々とは若干ちがうようだったのだが。

 

そんなある寝苦しい夜の翌朝。

島村ジョ−は 生あくびを噛み殺しつつリビングに下りてきた。

「 ・・・ おはよう ・・・  」

「 おはよう。 ・・・ ジョ−? あの ク−ラ−のつけっ放しはあまりよくないんじゃない? 」

「 ・・・・ え?? ああ、そうだね。 そうなんだけど、さ・・・ 」

「 あなたの部屋の室外機、ずっと音がしてたから・・・ ちょっと気になって。 」

ジョ−は 朝食を前にぼ〜〜っとしていたので、思わず飛び上がりそうになった。

「 ・・・ あの ・・・ ? 」

どうして自分が一晩中 ク−ラ−漬けになっているのを知っているのか・・・?

ジョ−は そうっとコ−ヒ−の湯気の向こうを窺った。

白い笑顔が ・・・ いつもと変らず冴え冴えとしているが、

今は少し心配そうに 若干眉根を寄せている。

コ−ヒ−を淹れ、 こんがりキツネ色のト−ストを誂え ・・・ くるくる動く彼女は

見ているだけで ほんわかいい気分になるのだが。

 

「 今年はとっても暑いけど。 でも ・・・ ク−ラ−病っていうのがあるって

 聞いたわ。  ねえ ・・・ ジョ−、あなたの部屋はそんなに暑い? 」

「 ・・・ え ・・・ あ、 ううん・・・ べつにそんな・・・ 」

「 だったら せめてタイマ−をかけて寝入りばなだけにしたら? 」

「 ・・・ うん ・・・ 」

 

・・・ 寝入りばなって。 寝られりゃべつにク−ラ−なんか必要ないよ。

寝られれば、ね。

 

ジョ−は溜息を こっそりちょっとづつ ちょっとづつ ・・・ 吐き出してゆく。

そう ― このところずっと。

彼は ― 島村 ジョ− さん は眠りの精に見放されているのである。

輾転反側、寝返りを打ち、溜息をつき、それでも冴えに冴える目を無理矢理閉じ・・・

ひとり悶々とする夜は ク−ラ−でもないかぎりとてもじゃないが過せないのだ。

 

「 そりゃ・・・ わたし達は ・・・ 普通のヒトとはちがうけど。

 やっぱり不具合は ・・・ 身体によくないコトはやめたほうがいいと思うの。 」

「 ・・・ そうだね。 」

ジョ−はてんで気のないフリで 横のワゴンに置いてあった朝刊を取り上げた。

 

  ― いったい。 誰のおかげで ・・・ こんな想いをしているんだよ・・・!

 

拡げた新聞紙のはずれから ジョ−はじっと − 白磁の頬の持ち主の顔( かんばせ ) を見つめた。

そんなジョ−の視線を気づかないフリをしているのか、

フランソワ−ズはいとも爽やかな微笑みを浮かべている。

 

  ・・・ 暑さなんて ・・・ 気にならないのかな。

  いや ・・・ 彼女の方がずっと <ふつう> に近いはずなのに。

 

ふうう・・・・

ついにジョ−は大きな吐息を漏らしてしまった。

 

「 やっぱり 暑くて寝不足なのかしら。 」

「 あ・・・  いや。 ちょっと ・・・ いろいろ考えることとかあってさ。 」

「 そうなの? まあ、お仕事で起きているのならク−ラ−は必要ねえ。

 でも ・・・ あまり無理しないでね。 」

「 ・・・ あ、 ああ・・・ 。 」

 

「 ほんとうに。 ・・・ 今年の夏は 暑いわ ・・・ 」

 

フランソワ−ズはふ・・・っと視線を窓のそと、きっぱりと晴れ上がった夏空に向けた。

最近、結い上げていることの多い亜麻色の髪の先が ゆらゆら揺れる。

白い首筋に ・・・ 金糸みたいな後れ毛が解れかかっている。

 

  ・・・ ヤバ。  なん・・・か・・・ こう。 朝から・・・!

 

ガタン ・・・!

ジョ−のたてた椅子の音に、フランソワ−ズは はっと振り返った。

「 ・・・ ?! 」

「 ごちそうさま! ちょっと・・・早出なんだ。 」

「 ・・・ そう ・・・ 」

ジョ−はかーーーっと熱を帯びてきた自分自身にうろたえ、そそくさと席をたった。

 

「 ・・・ あの、ジョ−! 」

「 ゥ ・・・ なに。 」

「 暑いから。 気をつけてね・・・ 」

「 う・・・ うん ・・・ イッテキマス ・・・ 」

 

ぼそぼそと口の中で受け答えをして、ジョ−はリビングを飛び出していった。

「 ・・・ あ ・・・  いってらっしゃい ・・・ 」

 

   行って来ます、のキスくらい ・・・ してくれてもいいのに。

   ・・・ やっぱり こんな女はイヤなのかしら。

 

・・・ ふうう −−−−−

 

今度はフランソワ−ズの溜息が 人気のない空間に溶け込んでいった。

 

 

 

 

「 おみあい、ですか。 」

「 いや、なに。 見合いといっても、正式のものではないんじゃ。 

 ただ ・・・ 是非 君に紹介して欲しい! と泣きつかれてなあ・・・ 」

「 ・・・ まあ ・・・ 」

「 ま。 これも経験だと思って ・・・ どうだね、会うだけでも会ってやってくれんかね。 

 この国にはなあ、こうやって意中の人を射止めるヤツもいるんじゃよ。 」

コズミ博士は 白眉をいっそう下げてちょっと情けない風に笑った。

「 ほう ・・・ この娘 ( こ ) に目をつけるとは!  うむ、なかなか天晴れなヤツじゃのう。 」

「 ・・・ ギルモア博士・・・! 」

「 いいじゃないか、フランソワ−ズ。 せっかくのお申し出じゃし・・・・

 コズミ君、べつにその・・・お目にかかったからといって必ずどうこう・・・というコトはないのだろ? 」

「 それは勿論。  まあ ・・・ この国の一種の<出会い>の場ですな。 

 お嬢さん、日本の男性は無粋でブキッチョなのが多々おりましてなあ。

 お嬢さんのお国の方々のようにはなかなか・・・ そのう、首尾よく行かんのだよ。 」

「 ・・・ はあ ・・・ 」

「 どうかな・・・ ギルモア君も賛成のようじゃし。 一回彼と会ってみる気はないかな。 」

 

初物の梨を沢山もらったから・・・とコズミ博士からの誘いがあった。

フランソワ−ズはギルモア博士に付き添ってコズミ邸を訪れたのだけれど、

どもう ・・ コズミ博士の真意は 梨 ではなかったようだ。

 

「 あのう・・・ その方 ・・・ 」

「 ああ、 私の教える大学院でやはり人工臓器学を専攻しているヤツでの。

 彼は怪我やら病気で本来の機能を失った人々のための人工臓器の開発に邁進しておる。 」

「 まあ・・・ 人工臓器、ですか・・・ 」

「 そうなんじゃな。 その道に熱心なあまり・・・ 未だに独り身というわけじゃ。 」

「 ・・・ 立派な方ですのね。 あの・・・ そうじゃなくて・・・

 その方は ・・・ わたしのコト、わたしの <事情> をご存知なのですか。

 わたしが そうの・・・ 見かけ通りではない、ということを。 」

フランソワ−ズは初め俯きがちだったが、最後には顔をあげはっきりとコズミ博士をみつめた。

 

きゅ・・・っと白い手が固く握られている。

「 ・・・・・・・ 」

ギルモア博士は そっと唇を噛み目を伏せた。

 

「 ヤツはのう ・・・ 完全に 一目惚れ なんじゃ。 」

ふぉふぉふぉ ・・・ っとコズミ博士ののんびりした笑い声が少々張り詰めた雰囲気に

のんびりと拡がってゆく。

「 一目惚れ・・・ 」

「 さよう。 以前 ・・・ ほれ、二月ほど前にわざわざワシの研究室まで

 資料を届けてくれたことがあったじゃろう? 」

「 ・・・ ああ、なにかお急ぎで、とても全部はデ−タ化できてないからって ・・・ 」

「 そうじゃよ、わざわざ重たい資料をギルモア君に拝借したのだがな。

 あの時 ・・・ ワシの研究室で受け取ったヤツを 覚えておいでかな。 」

「 ・・・・ さあ ・・・ ごめんなさい ・・・ 全然・・・ 」

フランソワ−ズはしばらく首を捻っていたが 記憶には留まっていないらしい。

「 あははは・・・こりゃ、完全にヤツの片思いじゃのう。

 ま、その時にな。 ウチのロミオ君は彼のジュリエットに出逢ってしまった、というコトじゃ。 」

「 ・・・ はあ。 」

どうもそんな男性はさっぱり覚えていなかった。

だいたい、資料を受け取ってくれた人物が男性だったかどうかも朧気である。

「 ・・・ まあ そうなんですか・・・。 でも それで ・・・ 」

まだ怪訝な表情のフランソワ−ズに コズミ博士は今度は真剣な顔で頷いた。

「 怒らないで欲しいのだが。 

 お嬢さん、完全に学問的な<症例>として きみの眼の資料をな、一度

 その ・・・ 過剰な機能部分は伏せて、閲覧させてやったのじゃよ。 」

「 ・・・・・・ 」

「 すまん! ちょうどヤツは事故で失明した患者への対応に必死じゃったので・・・

 勝手なことをして 本当に申し訳ない。 」

コズミ博士は フランソワ−ズに深々と頭を下げた。

「 ・・・ それで ・・・ わたしの<資料>は 役にたちましたの? 」

「 おお、そうじゃとも。 公表は控えたが、彼は立派に患者を救ったよ。 」

「 ・・・ よかった・・・。 少しでもお役にたてましたのね。 」

「 それでのう。 この資料のヒトはどうしておるか、と訊かれて・・・

 私の友人が施術したヒトで 元気だよ、と言ってしまったんじゃ。 」

すまん、すまん、とコズミ博士はまた、何回も頭を下げる。

「 フランソワ−ズ。 コズミ君に悪気はなかったのじゃし・・・

 お前の承諾を得なかったのは本当に申し訳ないが、 ワシに免じてどうか

 許してやっておくれ。 」

「 ・・・ その、視力を再び得た方は ・・・ お元気なのですね。 」

フランソワ−ズは穏やかに問いかけた。

「 ああ。 働き盛りの男性だそうだが、ちゃんと社会復帰したそうじゃ。 」

「 そうですか。 よかったですね。 ・・・ それでしたら。 

 でも ・・・ その件とお見合いとどういう関係がありますの? 」

「 それがなあ。 普段はてんで朴念仁の学者バカなヤツなんじゃが。

 恋するオトコの一念、とでも言うか・・・ この最初の患者は あのマドンナでしょう? と

 なぜか看破しおったんじゃよ。 」

「 マドンナ・・・ ? 」

「 きみのことじゃよ。 もう ヤツはそれ以来ますます・・・ きみに、きみの面影に

 夢中になってしまってのう。 紹介してくれ、と土下座されてしまった。 」

「 ・・・・ はあ ・・・・・ 」

すっかりコズミ博士のペ−スに巻き込まれ、フランソワ−ズは呆然としている。

個人の情報を勝手に洩らされたのは不愉快だったが

その <ヤツ> のあまりな純粋さに 思わず笑みが浮かんでしまった。 

 

   なんだか ・・・ オモチャに夢中の子供みたい・・・

   そう ・・・ お兄ちゃんも飛行機のコトになると 他は全然お留守になってしまったっけ。

   なにを言っても上の空で・・・。

 

不意に浮かんだ懐かしい面影が 自分に向かって笑いかけている。

同時に 兄と良く似た微笑が見えた。

 

   ・・・ あら。 やだ・・・ お兄さんとこんなによく似てたかしら ・・・ ジョ−ったら。

 

言葉をとぎらせてしまったフランソワ−ズに 老人二人は少し不安げな眼差しである。

「 あ、こりゃいかん。 迂闊じゃったが・・・・

 君は誰か約束をした相手がおるのかな。 立ち入ったことを聞いてすまんが。 島村君とは・・・ 」

「 ・・・いえ。 別に。 彼とは <仲間> なだけです。 」

「 フランソワ−ズ? 」

ギルモア博士はすこし驚いて彼女を見つめた。

「 お前は ・・・ それでいいのかい。 」

「 だって ・・・ 彼は わたしのこと、なんとも思っていませんわ。 その・・・女性として・・・ 」

「 う・・・ん? アイツは、そのう ・・・ 何か言ったのか、お前に。 」

「 いいえ。 なんにも。 ・・・ 何にも言ってくれませんわ、 ジョ−は。

 だから ・・・ いいんです。 」

 

  なあに。 どうしたの、ジョ−?

 

  あ・・・ ううん。 な、何でもないんだ。  ごめん・・・

 

そう、いつもいつも この繰り返しなのだ。 

ふと 視線を感じ振り向くとその途端に彼はおずおずと顔を伏せたりそっぽを向いたりしてしまう。

なあに、と聞いても 返ってくる言葉は いつも。

 

  ・・・ ううん、別に。

  なんでもないんだ。 ・・・ごめんね。

 

きっと自分はあまり快く思われてはいないのだろう。

フランソワ−ズは彼女自身も気が付かないフリをして、密かに顔を曇らせていた。

 

  そうよね。 ・・・ こんな女、鬱陶しいわよね。

  同じ家にいるのだって ・・・ ジョ−はイヤなのかもしれないわ。

  そういえば ・・・ ジョ− ・・・ このごろ帰りが遅いし・・・

 

気になりだせば 彼の全ての動作が <ここに居たくないんだよな〜 > と

言っている ・・・ 風に思われてしまう。

日本人の若者が良く使うという ― ウザい ― そんな言葉がピン・・・と心に突き刺さる。

 

「 コズミ博士。 わたしもその方にお目にかかりたいですわ。

 どうぞ ・・・ 宜しくお願いいたします。 」

「 おお、おお・・・ 受けてくれなさるか。 ありがとう・・・ありがとう!

 それでは 早速ヤツに連絡してみようなあ。 」

きっぱりと返事をしたフランソワ−ズに コズミ博士は相好を崩し、上機嫌である。

それじゃ、これを・・・ と帰り際に封書を渡してくれた。

 

「 ・・・・ ? 」

「 ああ、釣り書きと言ってな。 まあ・・・ ヤツの履歴書のようなものじゃ。

 ざっと目を通してやっておくれ。 スナップ写真じゃが、入れておいたのでな。 」

「 ・・・ はい。 」

封書の白さがやけに 目に沁みる。

そっと開けた中から ぱらり、と写真が一枚 ― 真剣な表情の青年の横顔 ― が見えた。

 

  ・・・ !  この顔 ・・・ 

 

フランソワ−ズはそそくさとその封筒をバッグに仕舞った。  

 

 

「 フランソワ−ズ ・・・? 」

「 あ・・・ はい、博士? 」

「 本当に ・・・ よかったのか。 あの話・・・? 」

「 え? ・・・ ええ。  だって ・・・ お目にかかってお話をするだけでしょう? 」

「 まあ・・・ そのようじゃが。

 しかし お前、いやお前達は本当に ・・・ それでいいのじゃね。 」

「 博士。 わたし達 ・・・ いえ、わたしは気がかりなことなんかありませんわ。 」

コズミ邸からの帰り、フランソワ−ズはほとんど口を開かなかった。

ハンドルを握る白い横顔に ギルモア博士は遠慮がちに問いかけた。

 

「 そうか。 それなら ・・・ ちょっとこのまま駅の方へ出ておくれ。 」

「 ・・・はい? なにかご用ですか。 お買い物ならあとでわたしが行きますが・・・ 」

「 買い物は買い物だがな。 お前が一緒でないと・・・

 呉服屋へ寄ってこう。 お前に 振袖のひとつも誂えなければ。 」

「 ・・・ ふりそで・・・? キモノですか ?? 」

「 そうじゃよ。 ワシの大切な一人娘が始めて見合いするのじゃから。

 ワシとしてもしっかり応援しなくてはな。 」

「 はあ ・・・ 」

「 この季節だが、きっと涼しげな素材にものもありそうだぞ。 」

「 ・・・ ありがとうございます、博士。 」

じっと前を見つめたまま、碧い瞳からほろほろと瑠璃の雫がこぼれてゆく。

「 ・・・ 幸せになっておくれ。 お前も ・・・ 誰もかれも・・・ 」

 

くっきりと晴れ上がった夏空は 遠くに入道雲を見せ始めている。

蝉の合唱も姦しい 八月の空気は思いのほか爽やかだった。

 

 

 

「 ・・・ ただいま ・・・  あ・・? 」

ジョ−はリビングに入った途端 鮮やかな色彩に目を奪われてしまった。

風通しのよい部屋に 縹色 ( はなだいろ ) の薄物がふわり・・・と浮いている。

「 雲 ・・・・ ? 」

「 おお、お帰り、ジョ−。 どうじゃな、ははは・・・ 雲に見えるか。 」

「 お帰りなさい、ジョ−。 」

艶やかな雲がゆらめいて 流れる水に花模様が動き出した。

「 ・・・ わ ・・・ 花が?? 揺れてる??? 」

「 なあ、 お前の国の人々は実に繊細な感覚をもっているなあ。 

 これは紗、透紗という織物じゃ。 夏用のキモノになる。 」

「 はあ・・・ 着物ですか。 浴衣じゃなくて?? 」

ジョ−は目の前に拡がる美の世界に 呆然としていた。

確かに凄く・・・ 綺麗なのだが。 これをどうするのだろう???

彼には 何がなんだか、すべてがその布に包まれているみたいにぼう・・・っとしか見えない。

 

「 ま、見合いに浴衣は拙かろうよ? いくらこの暑さでも・・・ 」

「 ・・・ 博士 ・・・ ! 」

ソファの隅からフランソワ−ズの細い声があがった。

「 どれ・・・ 当ててごらん? ジョ−、どうかな。 ワシが選んだのだが・・・

 フランソワ−ズによく映っておるかな。 」

博士はぱさり・・・とその雲みたいな布でできたキモノをフランソワ−ズの肩に掛けた。

 

「 ・・・・ ( うわ ・・・ ) ・・・ 」

ジョ−は思わず唸り声を上げた。

薄い藍色がヴェ−ルとなって彼女の白い頬に さえざえと陰影をおとす。

透き通った蒼白い炎が フランソワ−ズの亜麻色の髪を一層際立たせた。

彼女の容姿だけでなく、これほどその人柄をも映し出す衣服はないかもしれない。

 

「 ・・・ すごく ・・・ 綺麗だ ・・・ !   滅茶苦茶に ・・・ よく似合うよ ・・・ 」

「 うむうむ・・・ 実はワシも我ながら、こりゃ最高のチョイスじゃったと思っとるんじゃ。

 これなら 向こうさんはイッパツじゃな。 」

「 ・・・ 博士 ・・・ ! 」

フランソワ−ズは上気した頬に ちょっと怒ったみたいな眼差しをしている。

 

   ・・・ わあ・・・ キモノもだけど。 

   フランソワ−ズのこの顔・・・! 綺麗だなあ ・・・

 

ジョ−はいつも彼女の穏やかな表情に見慣れていたのだ。

戦場でこそ、彼女は厳しい表情をしていたが、日常 ― 特にこのギルモア邸に

落ち着いてからは フランソワ−ズは笑みを絶やすことがなかった。

ジョ−はキモノを眺めるフリをして ほれぼれとその<中味>のヒトを見つめていた。

 

「 ・・???  ・・・  あ! ・・・ 見合いって ・・・ ??? 」

 

ジョ−の太平楽な気分は一挙に大気圏外に吹っ飛んだ。

 

 

 

・・・ ボスン ・・・ !

頑丈にできているはずのベッドが ジョ−の身体の下でぎしぎしと音をたてる。

それは そうだろう。

いかに頑丈でも ベッドはその上に身投げしてきた重量級のモノを受け止めるようには

設計されてはいないのだ。

 

ギシギシ ・・・ ギ ・・・ バタン ・・・ !

 

ベッドの持ち主は ダイビングしてきたあとも、盛んに固いスプリングを鳴らしていたが。

くるり、と天井を向くと静かになってしまった。

 

  ・・・・ なんで。 ・・・ なんでなんだよ・・・!!

 

ジョ−はただ、その言葉を何回も何回も天井に投げつけ、舞い落ちてくる欠片に埋もれていた。

何がなんだかわからないが 腹がたつ。

いや ・・・ 本当なら自分には <怒る> 資格などありはしない。

そう ・・・ 彼女の意志で決めたことにどうこう口だしできる立場ではないのだ。

 

  見合い、だって ? 

  ふん、なんだってそんな。 ・・・ 急に 

 

ジョ−は ボスン・・・!と寝返りをうった。

 

 

 

コズミ博士に頼まれて仕方なく。 とりあえずカタチだけ・・・ 

そんなことだろうと思って話を聞いていたのだが。

「 フランソワ−ズも乗り気になってくれたしの。

 ここはワシも親代わりとして ちょいと気張らなければなあ。 」

びっくり顔のジョ−の問いにギルモア博士はにこにこ顔で応えた。

「 ・・・ はあ ・・・  そうなんですか。 」

「 折角ご紹介くださるのだし。 とても純粋で良い方のようなの。 」

フランソワ−ズは羽織っていたキモノを丁寧に衣桁に掛けつつ、頬を染める。

「 わたし ・・・ こんなわたしを望んで下さるなら・・・ 」

カタリ ・・・

薄い藍の雲が 揺れる。 ジョ−の心の内みたいに・・・

 

  純粋で良い方? ・・・ そんなコト、なんで判るんだよ?

  だいたいぼくらの<事情>を知っているなんて ・・・ 胡散臭いヤツに決まってる!

 

「 ワシはなあ。 フランソワ−ズだけではないぞ、お前達みんなに ・・・

 その ・・・ 普通の幸せ をつかんで欲しいのじゃ。 ワシが言えたコトではないが・・・ 」

「 博士。 それは 言いっこナシ、でしょう? 」

声を落とし、伏目がちになった博士の隣に、フランソワ−ズが静かに座った。

「 わたし。 感謝してます。 今度のことも。 その ・・・ 今までのこと全部。 」

「 ・・・・・ 」

博士は黙って フランソワ−ズの髪をくしゃり・・・と撫ぜた。

 

  ・・・ふ、ふん・・・! 

  だからって。 どうして見合いに繋がるんだよ? 

  ここを出て行きたいのかな。 ・・・ ぼくのこと ・・・ 鬱陶しいのか・・・な ・・・

 

「 ジョ−、そんな訳なんじゃ。 お前も応援してやっておくれ。 」

「 はあ・・・ 」

ジョ−はずっと突っ立ったまま・・・ ぼんやりと気のない返事を繰り返し続けた。

 

「 あ、ジョ−、ごめんなさい。 お腹空いてるんでしょ。 夜食の用意してあるわ。 」

「 あ ・・・ う、ううん。 ・・・ いいよ、途中で食べてきた・・・ 」

「 まあ ・・・ そうなの? あの ・・・ いつでも御飯の準備はしてあるの。

 外食ばっかりだと栄養も偏るし ・・・ 一人で食べるの、つまらないでしょう? 」

「 でも 時間も不規則だし。 いいよ、いいよ。 ぼくの分はいらないから。 」

「 ・・・ そう ・・・? 」

「 きみも そのう・・・ いろいろと忙しくなるんだろ?

 ぼくの事なんか 放っておいていいから・・・ じゃ。 お休み。 」

「 あ ・・・・ ジョ− ・・・ ! 」

 

ぱたん、と静かにドアを閉め ジョ−は落ち着いた足取りで二階の自室に上がって行った。

 

  ・・・・ やっぱり。 わたしのコトなんか どうでもいいのね。

  ジョ−にとって ・・・ わたしは ウザい 存在なのかしら・・・

 

機嫌を悪くするでもなく、さりとて喜んでくれるわけでもない。

彼の淡々と無関心な表情と 規則正しい足音に フランソワ−ズはひどく落ち込んでしまった。

 

トントントン ・・・

ジョ−はひどく意識して左右の脚を動かしていた。

<普通>に歩いてみせるのが こんなに難しいことだったとは・・・

密かに冷や汗をながしつつ、ジョ−はギクシャクと邸の階段を上っていった。

 

  聞こえるからな。 ・・・ ぼくは ・・・ 平静なんだ!

  ああ、全然。 なんとも思ってなんか ・・・ いな ・・・ い ・・・ 

 

右、左、 と自分の脚に号令をかけ、ジョ−は自室に向かった。

 

  う ・・・ この廊下ってこんなに長かったっけ!

 

やっと自分の部屋に辿り着き <普通>にドアをあけ、ゆっくりと身体を入れ、また静かに閉める。

次の瞬間 ― ジョ−はベッドに向かって倒れこんだのだった。

そして いま。

彼は天井を睨み、舞い落ちてくる溜息に埋まりかけているのだ。

 

  そうさ、そうだよ・・・!

  ぼくに 彼女の決定をどうこう言う資格なんか ・・・ ないんだ!

  ぼくは ・・・ 彼女に なにも言ってないんだもの。 

 

ギシ・・・・!

また、大きくベッドが軋んだ。

 

 

 

「 ・・・ !? 」

ひそやかなノックに気が付くまで いったいどのくらいかかったのだろう。

控えめなその音を拾った途端、ジョ−は飛び起きドアに突進した。

 

「 ・・・ はい ? 」

「 ・・・ ジョ−・・・? ああ、起きていた? 」

 

ドア越しにも彼女のほっとした顔が見える ・・・ 気がした。

「 あの ・・・ ごめんなさい、こんな時間に・・・ あの、わたし・・・ 」

「 うん、なに。 」

ジョ−はすこしだけドアをあけた。

フランソワ−ズの白い顔が半分、のぞく。 

「 あの ・・・ ね ・・・ 」

細い指がドアに掛かり 微かにドアが軋む。

 

  ・・・ ダメだって! いっぱいに開けたら ぼくはなにをするかわからないよ・・・!

 

「 さっき伝えるのを忘れちゃったの。 夕方にね、ドルフィン教授のお嬢さんから

 お電話があったの。  連絡をくださいって ・・・ これ。 」

「 あ・・・? ・・・ ああ、シンシアさん・・・ か。 」

差し出された紙片に ジョ−はちらり、と目を走らせた。

「 じゃ ・・・ お休みなさい。 あの ・・・ 」

「 ありがとう。 ・・・ おやすみ。 」

「 ・・・ あの ・・・ 」

「 な・・・なに ・・・ 」

「 ううん ・・・ お休みなさい ・・・ 

「 ・・・・・・ 」

ドアが静かに閉まり、足音が静かに遠ざかってゆく。

 

   ・・・ だから ・・・ どうしてなのさ!

 

ジョ−はまだ、ドアに向かったまま心の中で叫んでいた。

 

 

その夜から。 

ジョ−の部屋の室外機は一晩中唸り続けることとなったのだった。

岬の突端に建つ、ちょっと古びた洋館 − ギルモア邸。

その年の 盛夏もすぎようとするころ、二つの部屋で別々に熱い溜息が充満し・・・

寝苦しい夜が続き始めた。

 

 

   それにしても ・・・ 暑い !

 

 

   ・・・ こんなに 夏って暑かったかしら・・・・ 

 

 

寝返りを打ち、もぞもぞとタオルケットを蹴飛ばし、果ては水を飲みにキッチンまで遠征し。

ジョ−とフランソワ−ズは 別々に でも 同じ想いを 持て余していた。

 

 

 

 

「 島村さん?  お待たせしたかしら、シンシアです。 」

「 ・・・?! あ・・・ああ・・・ シンシア・ドルフィンさん・・・?   ごめん、ちょっとわからなかったです。 」

ジョ−はいきなり自分の前に現れたレディに 目を見張った。

艶やかなヘイゼル色の髪をゆらし、にこにこと微笑むその女性には

かつての暗い顔をしたポニ−・テイルの女子高生の面影は見当たらない。

そういえば ・・・ 大きな瞳に見覚えがある・・・気もするのだが。

 

「 まあ・・・ 私、そんなに変りました? 」

シンシアは笑顔のまま、頬を染めた。

「 あ・・・ はい、すごく。  そのう ・・・ 綺麗ですね〜 大人っぽいし。 」

「 やあだ、それじゃ ・・・ あの頃の私ってそんなにブスで子供でしたの? 」

「 あ・・・! そ、そんな意味じゃ・・・ 

 すみません〜〜 ぼく、上手く言えなくて ・・・ ごめんなさい! 」

ジョ−は これ以上何を言ってもダメだ!と諦め、 がば・・っと頭を下げた。

 

「 いやだ〜〜もう、そんなに謝らないでくださいな。

 島村さんは ちっとも変らないんですね。 あの頃のまま・・・ 」

「 ・・・ え ・・・ 」

ジョ−は 一瞬息を呑み、言葉が詰まってしまった。

 

   パパを私から奪った機械が ・・・ 憎いの!

 

   ・・・ 半機械人間・・・・?

 

極寒の地で、寒さと恐怖に震えていた少女の声が ジョ−の脳裏に蘇る。

そうだ ・・・ あの時、自分は 009 として防護服を着てサイボ−グであることを

彼女に知られていた。

 

「 あ、あの! 誤解しないで下さい。 <変わらない>って

 島村さんの性格のこと、ですから。 あの時も ・・・ 率直な方でしたものね。 」

黙りこんだジョ−に、シンシアの方が慌てて言葉を継いだ。

 

「 私、夏休みでこちらに、パパの研究室に帰ってきましたの。 

 それで ・・・ ちょっと懐かしくて。 ギルモアの小父様にお願いしたんです。 」

「 そうなんですか。 」

ええ、とシンシアは また明るく微笑む。

今はアメリカの大学に留学中なのだという。 

「 パパと同じ道に進みたくて。 同じ分野の研究に携わればパパや亡くなったママの気持ち、

 解るかな・・・って思いましたの。 一人ぼっちって拗ねているよりも、自分の方から

 <出かけてゆく> ことにしました。 」

「 ・・・ すごいですね。 」

「 あら、私。 ジョ−さん達に出会ったから、ですよ。 ああ、あの綺麗な方・・・フランソワ−ズさんは 

 お元気ですか。 もう・・・ 奥様かしら。 」

「 ・・・え。  お、奥様って・・・そ、そんな・・・ これから見合いするんで・・・ 」

「 は・・・? お見合い???  あら、もうとっくにジョ−さんとご結婚なさったと思ってました。 」

「 う?? ぼ、ぼくと、ですか・・・ 」

「 あの方を見ていて ・・・ 私、思ったんです。

 隅っこでいじけているのは 止めよう!って。  私から飛び込んでゆこうって。 」

「 ・・・ そう、なんですか ・・・ 」

「 ええ。 ふふふ・・・ でも結局、パパとよりも一緒に居たいヒトと出会っちゃったんですけど。 」

シンシアは ぱあ・・・っと頬を薄紅いろに染めた。 

 

  ・・・ なんて ・・・ 綺麗なんだ! 

  そうか、このヒトは 自分の意思でちゃんと歩き始めたから・・・

 

ジョ−は またしげしげとシンシア・ドルフィンの笑顔を見つめてしまった。

「 あの、なにか? 」

「 いえ。 ・・・ シンシアさん。 お願いがあるのですが。 」

「 はい? 」

ジョ−は姿勢を正しシンシアをまっすぐに見つめ、口を開いた。

 

 

 

 

「 ・・・ おや。 まだ起きておったのかな。 」

「 あら ・・・ 博士。 なにか・・・ 」

「 いやなに・・・ ちょっとコ−ヒ−が切れてなあ・・・ 」

リビングの入り口で ギルモア博士はポットを持ち上げてみせた。

「 ごめんなさい! 晩御飯の後で 淹れ換えておくの、忘れましたわ。

 いま・・・ すぐに ・・・ ! 」

「 ああ、もうこんな時間だ、インスタントでよいよ。 」

「 すみません・・・ 」

フランソワ−ズはぱたぱたとキッチンに駆けていった。

 

「 ・・・ うん? ジョ−はまだ 帰らんのか・・・ 

 アイツのアルバイトは そんなに忙しいのじゃったかな・・・?  ほう? 」

博士はフランソワ−ズの座っていたソファから 雑誌を取り上げた。

「 おやおや ・・・ 」

「 博士! ごめんなさい、インスタントはあまりお好きではないのでしょう?  」

ポットとミネラル・ウオ−タ−のボトルを差出し フランソワ−ズはすまなそうな顔をする。

「 ああ・・・そんなに気にせんで。 ありがとうよ。 

 ジョ−はまだ帰らんのか? 」

「 ・・・ ええ。 このごろ ・・・ ずっと遅くて。 

  多分、今日もあの方と会っているのだと思います。 」

「 あの方? 」

「 ・・・ ドルフィン教授のお嬢さんです。 ・・・ シンシアさん。 」

「 ああ・・・ そうじゃったのか。 

 しかし、フランソワ−ズ、わざわざ起きて待っていなくてもよかろう? お前だって朝、早いのだから・・・ 」

「 そうなんですけど。 もしかして、夜食とか・・・ 欲しいかな、って思って・・・ 」

フランソワ−ズはもじもじとエプロンの端をあっちこっちに引っ張っている。

「 ヤツの得意なカップ・ラ−メンとか・・・ 置いておけばいいんじゃよ。

 それに ・・・ 弁当まで作ってやっておるのか。 」

博士は手にしていた雑誌を ぱらぱらと捲ってみた。

「 いえ、今はやめました。 」

「 今は・・・? それじゃ、以前は作ってやっていたのか。 」

「 ええ・・・。 でも ・・・ わたしのお弁当って ジョ−の口に合わなかったらしくて

 作らなくていいよ・・・って言われてしまいました。 不味かったのかしら・・・ 」

「 それで ・・・ これを・・・? 」

「 あら・・・。 いえ・・・  はい。 美味しいのが作れればなって・・・ 」

「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ 」

博士は 『 美味しいお弁当 百選 』 をぽん、と彼女に手渡した。

 

「 この国にはなかなか意味深い言い回しが多くてな。 」

「 ・・・ はい ・・・? 」

「 < 自分の胸に手をあてて よく考えてごらん > そんな風な言い方がある。 」

「 ・・・  はあ。 」

「 ・・・ そういうコトじゃ。  ・・・ 素直におなり、フランソワ−ズ。 」

白眉の下で博士の瞳が 優しくフランソワ−ズに笑いかけている。

 

  ・・・ 自分の胸に手を当てて ・・・ ?

 

「 ま、それはともかく。 明日は 最高のお前を見せておくれ。

 先方さんは お前が電子工学と学んでいたと聞いてますます 熱を上げているらしい。 」

「 ・・・ まあ ・・・・ ! 」

それじゃ、もうお休み、と言いおいてギルモア博士は自室へ引き上げていった。

今日は波の音が いつもよりはっきり聞こえる ・・・

フランソワ−ズはぼんやりとそんなことを思った。  さすがの暑熱も夜には少しは柔らぐのだった。

 

 

 

その日。

ジョ−は前もって遅く帰ることに決めていた。 

映画のレイト・ショ−でも見て時間をつぶせばいいや ・・・ そんな風に思っていた。

 

「 おお ・・・ 見事じゃなあ。 綺麗じゃよ、フランソワ−ズ。 」

「 ・・・・・・・ 」

縹色 ( はなだいろ ) の紗の着物に身を包み、軽く髪を結い上げ・・・フランソワ−ズは

黙って微笑んでいた。

「 うんうん。 こりゃワシも鼻が高いぞ。 もう・・・ 向こうさんは大変じゃろうよ。 」

「 いやですわ、博士。 」

「 いやいや・・・ さ、それではそろそろ出掛けようかの。 

ジョ−、お前が出る前に戸締りのチェックを 頼むぞ。 」

「 ・・・・ はい。  いってらっしゃい。 」

ジョ−は自分の足元ばかり見つめていたが 二人が出掛ける間際にしゃんと顔をあげた。

 

「 うむ。 行ってくる。 」

「 ・・・ 行って来ます ・・・ 」

フランソワ−ズも背筋を伸ばし、ジョ−を見つめた。

一瞬 ・・・ 二人の視線が 絡まり ・・・ そして するり、と解けた。

すっと背筋を伸ばし、薄い藍色に包まれた彼女の後ろ姿を ジョ−はじっと見つめていた。

 

  ・・・なんて 暑いんだ ・・・!

 

波の音に混じって響くセミの声が 今日はやらたと煩い、とジョ−は思った。

 

 

 

「 ・・・ ああ、もう ・・・ 皆 寝てるよな ・・・ 」

時計の針がそろそろ次の日の領域に入るころ、ジョ−はギルモア邸の門の前に佇んでいた。

今日はわざと車ではでかけなかった。

とうに最終バスは出てしまい、ジョ−はてくてくと海沿いの道を歩いてきたのだ。

 

  ・・・ いいんだ。 彼女が幸せになるなら。

  ぼくは ・・・ 彼女の笑顔を眺められれば ・・・ それで。

 

すう・・・っと一息。 胸の底にまで新しい空気が染み透ってゆく。

ジョ−はぐっと口を結び、静かに門を開けた。

 

「 ・・・ あれ? 」

玄関ポ−チに入る前、 ジョ−は首を傾げた。

習慣的に邸全体を見あげたのだが ・・・ なにか白いものがテラスでひらひらしている。

 

・・・ なんだ? ああ、カ−テンか。 でもどうして・・・?

あ・・・! あそこは ・・・ フランソワ−ズの部屋じゃないか。 なにか・・・?

 

もう一度目を凝らしたが レ−スのカ−テンが見えるだけだ。

部屋の、そして邸全体にすっかり灯りは消えている。

 

   ・・・ フランソワ−ズ !!

 

次の瞬間、玄関ドアを突き破らん勢いで ジョ−は邸内へと突進した。

 

 

「 ・・・ フランソワ−ズ・・!?  ・・・わ ・・・! 」

駆け上がった二階で、ノックも忘れ飛び込んだ彼女の部屋は 真っ暗だった。

壁ぎわに淡い藍の靄みたいにあのキモノが掛けてあるばかり。

 

  ・・・ あ。 カギ、開いてたのか・・・   

  フラン・・・ どこへ・・・ ?  あれ・・・・?

 

一瞬イヤな予感が頭を掠め、ジョ−は開け放しの窓からテラスに飛び出した。

 

「 ・・・?! ジョ− ・・?? どうしたの?? 」

「 フランソワ−ズ ・・・!  わ?! 」

 

ジョ−はテラスの端から聞こえた声に振り向いてまたも絶句した。

薄もののナイティをゆらし、フランソワ−ズがテラスの柵に腰掛けていた。

 

「 ・・・ 危ないよッ! なんてとこにいるんだいっ 」

「 だって。 あんまり暑いから。 ク−ラ−じゃなくて自然の風に当たりたくて・・・ 」

「 それでも・・・! 」

「 海風に当たって ・・・ アタマを冷やしたかったの。 」

フランソワ−ズは ぽん、と柵から降りた。

「 遅かったのね、 お帰りなさい。 」

「 あ・・・うん。  きみも ・・・ そのゥ ・・・ 上手くいったかい、見合い。 」

「 ・・・ ええ。 」

「 ・・・ ああ  ・・・ いいヤツだったんだろ。 

 オメデトウ・・・ その ・・・ 幸せになってくれよな。 」

「 ジョ− ・・・ 」

「 出来れば その・・・。 これからも友達というか・・・仲間として・・  」

「 ・・・ ジョ− ・・・ あの、ね。 」

「 うん、ぼくが ぼくの方からきみの世界に近づいてゆこうと思ったんだ。

 ・・・たとえ・・・ きみが他のヤツの奥さんになっても・・・ 同じ分野に関わっていられればって。

 それで シンシアさんにいろいろ大学のこととか訊いて調べて ・・・ そのゥ・・・ 」

勢い込んで話だしたのに、ジョ−は肝心な箇所で言葉に詰まってしまった。

 

  ・・・ だから。 その ・・・つまり・・・!

 

「 ふふふ ・・・ 逃げてきちゃった♪ 」

「 ・・・ え !? 」

「 お見合い。 オジギして こんにちはって言って。 ・・・ それで・・・ 」

すとん、とフランソワ−ズはテラスに座り込んだ。

ジョ−も釣られて隣に膝を抱えた。

 

「 ・・・ それで ごめんなさい!って・・・ 逃げてきちゃった・・・ 」

「 ・・・・・!! 」

「 そのヒトね。 ちょっとだけお兄さんと似てたわ。 ・・・ ジョ−、あなたとも。 

 だから ・・・ わかったの。 わたしの本当の気持ち。 あの、わたし ・・・ ね。 」

「 ・・・あ、あの、さ。 ぼく・・・ そのゥ・・・きみのお兄さんの代わりになれないかな。 」

「 いや そんなの。 ・・・ あなたはわたしの兄じゃないわ。 」

「 ・・・ え ・・・ そ、そうだよね・・・ ごめん。 」

ジョ−の声はどんどん小さくなって もう呟きにちかい。

膝を抱いていた手が きゅ・・・っと強く握られた。

 

  ・・・ そうだよな。 そんな、虫がいい話って・・・

 

「「 今年の夏って 暑い ( わ ) ね・・・ 」」

・・・ あ。

二人は ちろっと目と目を合わせた。

「「 ・・・ ぼくのこと・わたしのこと ウザいって思ってる・・・? 」」

・・・ やだ。

二人は じっと見みつめあった。

「「 誰のせいで! ずっと眠れないと・・・! 」」

・・・ え??

並んで座っていた二人は しっかりと向き合った。

 

「 なんにもいらない! きみが、きみさえぼくの側にいてくれれば・・・! 」

「 わたし。 妹、じゃイヤ。

 だって、ジョ−、わたし。  ジョ−の妹になりたいんじゃないもの。

 ・・・恋人よ。  わたし。  あなたの恋人になりたいの。 」

「 ・・・・・・・・・ 」

フランソワ−ズ、と言いたいのに、ジョ−の咽喉は舌は全然働いてくれない。

「 ごめんなさい。 迷惑よね。 

 でも ・・・ わたし。 自分にウソはつけなかったの。 」

「 ・・・ フランソワ−ズ。 フランソワ−ズ・・・! フランソワ−ズ!! 」

突然、ジョ−は叫びだし そして彼女をがばっと抱きしめた。

「 ・・・ きゃ! やだ ・・・ どうしたの?? きゃ〜〜 」

「 ふふふ・・・ フランソワ−ズ!!! ぼくの、ぼくだけのフランソワ−ズ〜〜〜〜 」

ジョ−はフランソワ−ズを抱き上げると高く差し上げた。

 

「 きみは ぼくの ・・・ こ ・ い ・ び ・ と  さ!」

 

そして。 そのまま。 

 ― 今度は寝室に飛び込んだ♪♪

 

 

その夜、 ギルモア邸の一室は地区最高の熱帯夜となった。

 

 

 

************    Fin.    ************

 

Last updated : 09,04,2007.                        index

 

 

******  ひと言  ******

え〜 二人がやっと自分の気持ちに素直になれた頃・・・かな。

お待たせしました、空・海さまの キリリク品でございます。

<平ゼロ設定・二人が初らぶらぶに至る日 模様> 風なご要望でしたが・・・

今年の暑い夏にひっかけて 悶々と悩む93〜〜♪ 平ゼロ・ヨミ編前・・・くらいの

設定で書いてみました。 ・・・・ さぞかし寝苦しい夜だったでしょうねえ、二人とも♪