『 記念写真 』
「 全員いるかっ! 」
「 おうっ。 博士もイワンもちゃんと無事だぞ。 」
「 よし。 それでは・・・ 」
「 待って! 009がまだよっ ジョ−がいないわ! 」
「 ! なんだってっ」
慌しく全員が乗り込んだドルフィン号のコクピットは 一瞬凍りついた。
「 フランソワ−ズ、一緒じゃなかったのかっ 」
「 一緒に出たわ。 そう ・・・ 玄関まで確かにわたしの後ろにいたもの。 」
「 玄関まで? 格納庫には一緒に降りなかったのか! 」
「 わからない。 火が激しくなって急いで駆け下りたから・・・ 」
フランソワ−ズは自身の目と耳のレンジをmaxにし、ドルフィン号のレ−ダ−画面を凝視する。
「 お! そうだ、格納庫の手前で、我輩はヤツとすれ違ったぞ?
なにか・・・ 確認しに行くのか、と思ったんだ。 」
「 っ! なにやってるんだ、こんな時に・・・・ 」
「 アルベルト、スタンバイOKだよ。 いつもで発進できる。 ジェット・・・? 」
「 おうよ。 」
ピュンマの冷静な声にも躊躇の響きがある。
一応メイン・パイロット席に移ったジェットも 無駄口は叩かなかった。
「 ・・・ 発進準備だ。 」
「 アルベルトっ! 」
「 大丈夫。 きっと来る。 」
低いがきっぱりとしたジェロニモの声に、全員が口をつぐんだ。
とげとげしかった空気が ほっと・・・たちまちのうちに和らいだ。
「 ・・・ 来たわ。 」
打って変わって落ち着いたフランソワ−ズの声とほぼ同時に、
半分閉じかけていたハッチから ジョ−が飛び込んできた。
「 ジョ− ・・・! 」
自分のシ−トから突っ立ったまま、フランソワ−ズはただじっと見つめている。
そんな彼女にかるく頷き、ジョ−は仲間たちにぺこりと頭を下げた。
「 ごめん。 」
誰も口を開くものはいない、しかし ふ・・・ とあちこちから大きな溜息が聞こえる。
よかった・・・ 安堵の色だけがコクピットに満ちた。
「 ・・・ 説教は後だ。 」
相変わらずの無表情のまま、アルベルトはジョ−にパイロット席を顎でしゃくった。
「 ・・・・ 」
ジョ−も無言で頷き、歩きだした。
パン!っとピュンマが通り過ぎるジョ−の背を叩き、ウィンクをしてみせる。
「 よ〜し、主役登場ってコトで。 幕を開けようぞ。 」
グレ−トの張りのある声がコクピットに響く。
そんな中、ジョ−は大股でコクピットを横切ると メイン・パイロット席についた。
彼は小脇に抱えていた包みを足元にそっと置いた。
「 みんな、待たせてごめん。 ・・・ 準備完了。 」
「 よし。 ドルフィン号、発進。 」
「 ・・・ おう。 」
全員の落ち着いた声が応えた。
格納庫から海へ、遠浅の海中を用心深く進んでゆくとこの辺りの海は一気に深くなる。
ドルフィン号は ゆうゆうとその海溝に身を沈めていった。
「 ・・・よし。 このまま自動操縦に切り替えだ。 」
「 了解。 」
ほっと一息、 それぞれが席を離れたり伸びをしたり。
ジョ−は最後にシ−トを立った。
「 ごめん。 忘れ物を思い出して、さ。 」
「 忘れ物? 」
「 というか。 どうしても持ってゆきたかったんだ。 アソコで灰にしたくなかった・・・ 」
「 ・・・ 時間厳守だけは肝に銘じておけ。 」
「 ん。 」
アルベルトはそれ以上追求しなかったし、ジョ−も深く頷いただけだった。
それで充分なのだ。
寄る辺ない身の上の自分達に、<大切なモノ>はごく少ない。
しかし、少ないからこそなおさら 大切 になってくる。
身を賭してでも<持って行きたかった>ジョ−の気持ちに メンバ−の誰もが
こころの中で頷いていた。
− ・・・ 長い旅になる。 再び戻れるかどうか。
束の間の休息にほっとしつつも、メンバ−達の気持ちは軽くはない。
− この明るい海も ・・・ またいつ見られるかしら。
フランソワ−ズは舷側の窓から、まだ太陽の光を含んでいる海を眺めた。
時折、なんの魚か鱗を煌かせ群れを成してドルフィン号と行き違ってゆく。
こんなのどかな光景を楽しめるのも ・・・・ これが最後、かもしれない。
ふぅ・・・
ずっと潜めてきた溜息を 彼女はそっとそっと漏らせた。
「 ・・・ フランソワ−ズ。 」
「 ・・!? ジョ− ・・・ ああ、びっくりした ・・・ 」
誰も来ないと思っていた艦橋でフランソワ−ズは驚いて振り返った。
「 ごめん・・・ 」
「 ううん。 ・・・ 忘れ物はちゃんと持って来られた? 」
うん・・・とジョ−は口の中でもごもごと言うと、角ばった包みを見せた。
「 コレ・・・ きみが持っていてくれる。 」
ジョ−はそのまま彼女にその包みを押し付けた。
書類よりは固く、でも厚みはそんなにない大判の封筒だった。
「 ?? なあに。 」
フランソワ−ズはあわてて 受け取ったが、見覚えのあるものではなかった。
「 あとで きみのキャビンで見て。 」
「 え・・・ええ。 でも・・・これ、ジョ−の・・・ 」
「 きみが持っていて。 」
ジョ−は繰り返すと、ちょっと照れ臭そうに笑いコクピットに戻って行った。
「 ・・・・ ?? 」
端が少々くたびれて縒れ、表面も擦れている封筒をフランソワ−ズは
しっかりと抱えなおした。
とにかく。 ジョ−の大切なものなんだもの。
自分の狭いキャビンに彼のモノを置けるのは嬉しいことだった。
・・・ あら。 これ。
その夜、非番で戻ったキャビンでフランソワ−ズはさっそく例の封筒を開けてみた。
出てきたのは。 光沢のある厚紙に表装された一葉の写真だった。
これ・・・ そうよ、あの時の。 初めてプロの写真家さんが撮ってくれた写真。
にこやかな彼女と ギクシャクと怒っているみたいな彼。
椅子に掛け華やかに微笑むフランソワ−ズに 窮屈そうにジョ−は緊張した面持ちで寄り添っていた。
ジョ− ・・・ !
これを取りに行ってくれたの。 そう・・・そうね、コレは<大切なもの>。
あなたとわたしの ・・・ 記念写真。
フランソワ−ズはそっと胸に抱き呟いた。
「 ・・・ え ・・・ 本日はおひがらもよく ・・ お・ひ・が・ら・・・ う〜〜ん?? 」
「 あの ・・・ フランソワ−ズ・・・? 」
「 お・ひ・が・ら・・・ なんて言い難いの〜 あ、あら、ジョ−。 お帰りなさい。 」
「 ぁ・・・ うん、ただいま。 」
玄関からまっすぐにリビングに顔を出したジョ−は入り口で棒立ちになっている。
なにやら話し声がしたのだが ・・・
秋の陽射しがいっぱいに差し込むリビングに入るのは フランソワ−ズ一人だった。
「 ねえ、ジョ−? ちょっとお手本、お願い。 お・ひ・が・ら、って言って見て? 」
「 お手本?? 」
なにやらメモをひらひらさせ、フランソワ−ズは戸口からジョ−を引っ張り込んだ。
「 だから・・・ねえ、言って。 お・ひ・が・ら。 」
「 ??? お日柄。 これでいい? 」
「 う〜ん ・・・ もう一回、ゆっくりお願い。 わたし達の言語に h (アッシュ) の
発音はないのよ〜〜 」
「 おひがら。 ・・・ でも、こんなコトバ、ぼく達は使わないよ? 」
「 あら、だって ・・・ ほら。 コズミ博士が書いてくださった原稿の一番初めにあるわよ。 」
ほら・・・と彼女は手にしていたメモを差し出した。
「 ・・・ なになに・・・ ? ああ、これってもしかして。
きみ、誰かの結婚披露宴とかに招待されたんだ? 」
「 まあ、よくわかったわね、ジョ−。 」
目を丸くしているフランソワ−ズに ジョ−も思わず笑いだした。
「 こういうの、定番の言い回しなんだ。 ・・・でも 若いコはこんな風には言わないと思うよ。
やっぱり・・・ コズミ博士の年代のヒトの言い方だよ。 」
「 ふうん・・・・ そうなの。 でも、困ったわ〜〜 じゃあ、どうしよう・・・ 」
「 花嫁さんはきみの友達? 」
「 うん、 バレエ団の先輩なの。 」
「 そうか。 なら、普通に ・・・ きみが思ったとおりにおめでとう、のスピ−チをすれば。 」
「 そういうものなの? この国のしきたりって 全然わからないから・・・
服装だって。 今回はコズミ博士に全てお任せ、ですもの。 」
・・・ あ。 可愛いなあ・・・ この表情 ・・・
フランソワ−ズの困った顔を ジョ−はにこにこと眺めていた。
< フランソワ−ズ・アルヌ−ル様 >
墨痕鮮やかに自分の名を記された封書を前に フランソワ−ズは途方に暮れていた。
どうしよう・・・。 ええ、勿論、出席してお祝いしたいわ。
でも。
どういうお返事をしたらいいの?
なにを着てゆくものなの?? お祝いってどうすればいいの???
かつて。
祖国でのwedding は 教会での挙式に参列しみんなで新しいカップルを祝福した。
よそ行きの服を着たけれど、そんなに大仰なモノではなく特別に華美なものでもなかった。
wedding
party に招待されても、普通のパ−ティと同じ感覚でオッケ−だった。
しかし、この東の果ての島で ・・・ はて、こんな凄い招待状にどう応じよう?
唯一の地元民である・ジョ−の顔が浮かんだが。
フランソワ−ズは溜息をついて首を振った。
彼はまだ 友人の結婚披露に招待される年齢ではないわ・・・。
・・・ ギルモア博士も<ガイジン>よね。 張大人は、 お隣の国だし・・・
あ・・・! そうだわ、コズミ博士!
思わず声を上げ、フランソワ−ズはその立派な封書をバッグに入れると
コズミ邸めざして駆け出していった。
「 ほうほう・・・ 季節じゃのう〜。 」
「 季節? 」
息せき切ってやってきたフランソワ−ズからコトのあらましを聞き、コズミ博士は目を細めた。
ちょうど半分開け放った縁側には 秋の日溜りが温かくひろがっている。
「 秋がweddingの季節なんですの? あの ・・・六月じゃなくて? 」
「 そうなんじゃ、お嬢さん。 この国にではの、春と秋が結婚シ−ズンなんじゃよ。 」
「 まあ・・・そうなんですか。 」
「 それで、出席なさるんじゃな。 どれ・・・では・・・ 」
どっこいしょ、と席を立つとコズミ博士は小振りな箱を座敷の隅の違い棚から持ってきた。
そして。
目をまん丸にしているフランソワ−ズの前で悠々と墨をすり、 筆を取ると
さらりと < おめでとうございます、慶んで出席させていただきます > と返信葉書を
書いてくれた。
「 ・・・ まあ・・・ わたし、初めて見ましたわ。 絵筆とも違いますのね。 」
「 これか? そう、古い日本の筆記用具じゃよ。 」
「 ムカシはこれで 書いていたのですか・・・ 」
手に取らせてもらった筆を フランソワ−ズはしげしげと眺める。
「 披露宴は・・・ 〇〇ホテルか。 おお、ここは老舗のいいホテルじゃよ。
この国のwedding ceremonyを楽しんでおいでになるといい。 」
「 はい ・・・。 あの・・・ どういう服装で行けばいいのですか?
正式なパ−ティ−ならイブニングとか・・・ でも時間は昼間ですよね。 」
「 はん・・・ お嬢さんの盛装、のう・・・・? おお、そうじゃ。そうじゃ・・・
ちょっと待っていてくだされや。 ああ、足を崩してほれ、縁側ででも遊んでおいで。
ミケもおるでの。 」
「 はい。 」
ふと気がつけば、縁側の日溜りでつやつやした三毛猫が円くなっていた。
不思議な家だ・・・・
フランソワ−ズはぽかぽかとした陽射しのなか、このエンガワという細長い板敷きの場所で、
う・・・ん・・・と手足を伸ばした。
陽はいま中天にあり、やんわりと穏やかな光を投げかけている。
いつの間にか自分のすぐ脇に来ていた三毛猫の背をそっと撫でる。
− ・・・ なぁ〜〜〜お ・・・・
のんびりした声で答えると猫はするり、と彼女の膝に納まった。
・・・ あったかいわ。 そうね、なにもかも。 このお家は温かい・・・
外国の、馴染みのない場所にいるのになぜかとてもほっとする。
目をとじれば ・・・ 遠いふるさとのあの家、あの部屋の窓辺にいる気分とあまり変らない。
膝の上の三毛猫さえ、子供の頃の愛猫にも思えた。
「 ほい、お待たせ。 ・・・ フランソワ−ズ君 ? 」
「 ・・・あ ・・・ ごめんなさい! あんまりいい気持ちなので ちょっと・・・ 」
どうもウトウトしていたらしい。
不意に後ろから声をかけられ フランソワ−ズはびくり、と振り向いた。
「 ふぉふぉふぉ・・・・ 縁側での居眠りは気持ちがいいでの。 」
「 ・・・ すみません、失礼しました。 ごめんね、ミケちゃん? 」
フランソワ−ズは膝からずり落ちかけた三毛猫を抱えなおした。
「 よいよい・・・。 さあ、ちょっと・・・ コレは如何かな。
身丈はだいたい同じと思うしまだまだ充分着られる思いますぞ。」
「 ・・・ ? 」
フランソワ−ズは座敷にもどり、コズミ博士が紐解く包みに見入った。
かさり・・・
なにか東洋風のいい香りがして 畳紙が開かれ・・・
「 ・・・・ まあ・・・ 」
フランソワ−ズは息を呑み、大きく目を見張った。
そこには 金襴の色彩に彩られた重厚な布地が畳まれていた。
「 ウチの娘が披露宴で着ましたモノですじゃ。 それっきり箪笥のコヤシでの。
いかがかな、よかったら・・・ これをお召しにならんか。 」
「 ・・・ えッ・・・ 」
コズミ博士は立ち上がり、ばさり、とその布地 − いや大振袖を捌いた。
フランソワ−ズの目の前に華麗な絵巻が拡がった。
朱鷺色の地に様々な刺繍で秋の草花が咲き誇り重なりあっている。
ほれ・・・とコズミ博士はそのキモノを彼女の肩に着せ掛けた。
「 ほう・・・ よう映りますなあ。 うんうん、君の髪の色にぴったりですぞ。 」
「 ・・・ これ ・・・ あの。 でも、大切なものですわよね。 」
「 いやいや、着物もこんな美しいお嬢さんに着てもらえれば喜びます。
うん、これなら・・・帯も帯揚げも・・・そう、一式全部揃っておるで、丁度いい。 」
「 ・・・ あ ・・・ そ、そんな ・・・ でも、わたし、着た事もありませんし・・・ 」
「 な〜に。 娘もな、披露宴で初めて着たようなもので。
ああ、着付けは大丈夫、懇意にしている日本舞踊のお師匠さんがいますから、
彼女に頼んでおきましょう。 え・・・と ・・・ 〇日でしたな。 」
「 ・・・ は ・・・ え、ええ・・・ 」
はんなりと身に纏い付く絹に包まれ フランソワ−ズは呆然としたままだった。
「 ちょっとギルモア君が羨ましいですな。 こんな綺麗なお嬢さんがいつも一緒で・・・ 」
「 ・・・え、いえ、あの。 そんな ・・・ あのう、本当に宜しいのですか? 」
「 おお、勿論。 ワシも君の盛装姿を拝見するのを楽しみにしていますよ。 」
「 ・・・ はぁ。 」
にゃ 〜〜〜〜 お♪
足元で三毛猫が大きく鳴いた。
「ほれほれ・・・ ミケも見たい〜と言っておるな。 」
「 お待たせしました ・・・ どうぞ? 」
すっと背筋が伸びた老婦人がにこにこと襖をあけた。
コズミ邸の座敷で所在無げに、でもじりじりと待っていた面子は皆一斉に振り返った。
「 おお、ありがとうございます。 ご苦労様でした。 」
「 いえいえ・・・ さ、お嬢さん? 」
コズミ博士の労い老婦人は満面の笑みで答え、そっと白い手を引いた。
襖の陰から華麗な色彩が見え ・・・
大振袖に身を包んだフランソワ−ズが上気した顔で現れた。
− おお ・・・・
座敷は声にならない感嘆の吐息が一瞬にして満ち溢れた。
「 おお、おお・・・ よくお似合いじゃ。 まあ・・・なんと綺麗な・・・ 」
「 ・・・ ああ。 フランソワ−ズ ・・・ 素晴しいぞ。 」
「 ええ、ええ。 外国の方なのに、本当によくお似合いですわね。
お嬢さんはお姿勢 ( すがた ) が宜しいので尚の事、お着物が映えます。 本当に ・・・ 」
日舞の師匠だというその老婦人もほれぼれと眺めている。
「 そ・・・ そんな。 でも・・・ 嬉しいです。 」
「 どうじゃな、帯は苦しくありませんかの。 これで披露宴に行けますか。 」
コズミ博士は少し心配顔だった。
「 はい、大丈夫です。 きゅっと背筋が伸びていい気持ちですわ。 」
「 いやぁ ・・・ 綺麗じゃぞ ・・・おい、ジョ−。 なんとか言っておやり? 」
ギルモア博士は微笑んで、先ほどから一言も発しないジョ−を振り返った。
「 ・・・ あ ・・・ あ。 ・・・・ すごい ・・・! すごく ・・・ すごいよ・・・ 」
「 おやおや・・・ ジョ−君? なにが<すごい>のかな。 」
真っ赤な顔で固まっているジョ−を コズミ博士はまたまた嬉しそうに眺めていた。
「 あ・・・ あの。 すごく ・・・ そのぅ ・・・ ぴったりだよ、きみに! もう・・・すごく! 」
「 なんじゃな、ジョ−。 それでは感想になっとらんじゃないか。 」
「 は、はい。 ・・・ でも、あの。 すごく ・・・ いい! 」
ほう・・・とジョ−は特大の溜息を吐き出し、ぼすん、と畳に座り込んだ。
「 おお? 腰がぬけたかの。 さあ、ジョ−君、お姫様を頼みますぞ。 」
「 ・・・あ! はいッ!! 準備してきますッ 」
途端にジョ−はがば・・・っと座布団から跳ね起き飛び出していった。た。
「 おい? あんまり張り切りすぎて事故を起こすなよ? 」
ギルモア博士の苦言がジョ−の耳に届いたか、いや、彼のアタマに入ったかどうか。
ソレは極めてアヤシイようである。
「 ははは・・・ 緊張して送ってゆきよりましたわ。」
「 ふぉふぉふぉ・・・ ジョ−君、ヨダレが垂れそうな顔で見てましたな〜 」
「 ふふふ・・・ コレで少しは自覚してくれるといいのじゃが。 あのニブチンが。 」
「 ほう? やはり? 」
「 さよう、やはり。 もう誰の目に明らかなんじゃが本人だけが一向に自覚せんで・・・
回りがヤキモキしているんじゃよ。 」
「 ふぉふぉふぉ・・・ ありゃ誰がみてもぞっこんの態だな。 」
「 ・・・ コレがよそ様の披露宴でなくて、と埒もない望みを持ってしまってな・・・ 」
「 いやいや。 夢には終らんじゃろうよ。 あの顔は・・・ 」
「 だといいのだがな・・・・ 」
「 ま、こういうコトは端がとやかく言っても仕方あるまい。 なるようになる。 」
− な 〜〜〜 おぅ・・・・
老人二人の会話にミケも賛同の意を示していた。
エレベ−タ−の扉が開くと華やかな色彩の集団が零れ出てきた。
弾んだ話し声が良い匂いの空気の中、聞こえてくる。
「 それでね〜 ・・・あ? フランソワ−ズ、カレシのお迎えよ? 」
「 うんうん、それで? ・・・ え? ・・・・あらっ。 」
「 ふふふ・・・ いつ見てもカッコいいわね〜♪ 」
「 ホント! 今日の花婿サンより〜 」
「 こ〜ら、それは言いっこナシ。 ・・・ でも素敵♪ 次の花嫁サンはフランソワ−ズかな〜 」
「 ヤダ・・・・そんな。 あ、ごめんなさい・・・ちょっと・・・ 」
大振袖が一人、グル−プからぬけてロビ−を横切ってきた。
「 ・・・ ジョ− ! 」
「 や、やあ・・・。 」
柱の陰に縮こまるみたいに座っていたジョ−は ぎこちなく手を上げた。
「 楽しかった? 」
「 ええ、とっても。 ・・・あの、もしかして・・・ 」
「 ウン、迎えにきた。 あの・・・ 草履とか大丈夫かなって思って・・・ 」
「 ありがとう・・・ ! ごめんなさいね、ジョ−だって予定があったでしょう? 」
「 う・・・ いや ・・・ あの、別に・・・ 」
フランソワ−ズの艶姿に ロビ−中の視線が集まる。
ジョ−はますます俯いて 長めの前髪の下で自分の靴先ばかり見つめていた。
「 フランソワ−ズ? あの、これね・・・ あら。 カレシのお迎え? 」
「 あ・・・ 理恵子さん。 え・・・あの。 」
「 こんばんは。 えっと・・・ そうそう、シマムラさん? 」
「 ジョ−、あの、今日の花嫁さんよ。 理恵子先輩。 」
「 ・・・ こ、こんばんは・・・・ 」
ジョ−は慌てて、ジ−ンズにポロシャツの女性にぴょこんとアタマを下げた。
「 今日はフランソワ−ズに来て頂けて本当に嬉しかったです。
も〜〜 こんなに綺麗に着物を着こなされちゃうと日本人としては困っちゃうわ〜
ウチのダ−リンの悪友連中なんて み〜〜んなフランソワ−ズに見とれてるんですもの。 」
「 え・・・ そ、そうなんですか・・・ 」
「 理恵子さんったら・・・ そんな・・・ 」
ジョ−もフランソワ−ズも 大慌てである。
そんな二人を 今日の花嫁サンは楽しそうに眺めていた。
「 ふふふ。 良い眺め〜♪ 」
彼女の後ろにいた御揃いのポロシャツを着た青年が紙袋を差し出す。
「 あ、そうそう。 これ、私達からスピ−チの御礼・・・ あ! そうだわ? ねえ、ケン? 」
「 え・・・? ・・・ うんうん、いいよ。 」
本日の花婿サンはなにやら耳打ちをされるとにこにこ顔で頷いた。
「 いい? だったら今からすぐ・・・ 」
「 O.K.〜♪ じゃ、ちょっと・・・ 君? 」
「 ??? えええ??? あ・・・あの・・・ 」
花婿サンはジョ−の腕を引っ張るとそのままずんずんと歩きだした。
ジョ−はぽかん、とした顔のまま半分引き摺られて行ってしまった。
「 あの・・・ 理恵子さん? 」
「 あは♪ ちょっとカレシを貸して? そう、30分くらい私に時間を頂戴ね。
さ、フランソワ−ズ、あなたはこっちよ〜 」
「 あ? ああ・・・ あの〜〜 」
今度はフランソワ−ズがGパンの花嫁さんに引っ張られていった。
「 はい。 そのまま〜目線こっち。 ・・・ あ〜新郎さん・・・じゃなかった、カレシ?
笑ってくださ〜い。 」
「 ・・・ う ・・・ あ・・・・ はい・・・ 」
蚊の鳴くような返事はしても、青年の表情は一向に変らない。
「 ジョ−? ほら、にっこり・・・ 」
「 あ、新婦さん・・・じゃなくてカノジョ、動かないで〜〜 」
「 ・・・ ごめんなさい! 」
傍らの青年に振り向いていたレディは慌てて姿勢を戻した。
「 ちょっと〜 キミ、花嫁サン・・・じゃなかった彼女のお袖を直して。
うん・・・そう。 さ〜花婿さん、本日スペシャルの笑顔を・・・はい! 」
「 う ・・・ 」
花婿サン、の一言にタキシ−ドの青年はますます顔を赤らめ俯いてしまった。
( ・・・ ジョ−? 普通に、本当に普通に笑って? )
( ふ、普通って・・・ どういう風に笑ってたか・・ それにこの服、窮屈でさ・・・ )
( 先輩のお婿さんの借り着だものね。 ・・・じゃ、ほら。 せ〜の! バタ−! )
( ・・・? バタ−・・・? )
「 あ、いいね、そのままお願いしますよっ! 」
カメラマン氏の声が飛び、ジョ−は バタ−?? と言ったままフリ−ズした。
− パシャッ!!
一瞬のストロボが、二人の姿をしっかりと印画紙に留めた。
( ・・・あ、ごめんなさい! チ−ズ、だったわね・・・ )
( ・・・ ! 遅いよ〜〜 フランソワ−ズぅ・・・・ )
華やかな振袖にも勝る艶やかさでフランソワ−ズが微笑んでいる。
タキシ−ド姿で鯱張っているジョ−はなんだか泣きそうだ。
ふふふ・・・ コレって。 ホンモノのwedding の写真みたい。
キャビンの狭いベッドに腰をかけ、フランソワ−ズは拡げた写真にひっそり微笑んだ。
この写真 ・・・ もう随分と前だけれど、ジョ−は大切に仕舞っておいてくれたのだ。
− ・・・ フラン? ちょっと・・・いい。
控えめなノックと共にジョ−の声が聞こえた。
「 どうぞ。 」
「 ・・・ ごめん、もう寝てるかと・・・。 あ ・・・ 」
「 ええ。 コレ、だったのね、あなたの<大切な>忘れ物・・・ 」
そっと顔をのぞかせたジョ−に フランソワ−ズはその写真ともう一度拡げてみせた。
うん・・・と、ジョ−は頷き、彼女と一緒に写真をのぞきこむ。
「 どうしても。 これだけは持ってゆきたいんだ。 」
「 ・・・ ジョ−。 」
「 絶対に、またここに帰ろう。 ・・・ これはその誓いなんだ。 」
フランソワ−ズもこっくりと頷いた。
「 あのお振袖・・・ コズミ博士にお返ししておいて本当によかったわ。 」
「 そうだね。 ・・ね?また、着ようよ? それで・・・うん、今度のお正月は一緒に初詣に行こう。 」
ジョ−はぐっとフランソワ−ズの手を握った。
「 そうね ・・・ 行けたら ・・・ いいわね。 」
「 行ける。 行くんだ。 必ず・・・! 」
「 ・・・ええ。 そうして ・・・ そうしたら また記念写真を撮りましょう。 」
見つめあった二人の瞳に強い光が満ちている。
そう、絶対に。 自分達は また、 あの世界に、あの平凡な日々に
・・・ 戻ってくる!!
ジョ−とフランソワ−ズは重ねた手を写真の自分達の姿に当てた。
これは 懐かしい思い出、そして二人の出発点。
この笑顔から紡いで来た日々は また続けらなければならない。
そう、必ず。
「 デ−タにも残しておいたんだけど。 なんとなく・・・ 好きなんだ、コレ。」
「 ふふふ・・・ わたし達と一緒に日々を過してきたから、かもしれないわね。 」
「 うん ・・・ そうだね。 そう・・・ 」
写真はほんの少し ・・・ 色合いが褪せてきていた。
ジョ−は視線を上げるとフランソワ−ズの肩を抱き寄せる。
「 ずっと ・・・ 一緒だ。 この写真が見守っていてくれる・・・ 」
「 ジョ− ・・・ わたしはどこまでもあなたと一緒よ。 」
「 ん。 」
狭いベッドに 二人は縺れ合い倒れこんだ。
規則正しいエンジン音は 二人には子守唄にも聞こえた。
離れない。 どんなことがあっても。
この手を、 このひとを 自分は離さない。
そうして。
二人、手を携えて みんな一緒にまたあの地へ戻る。
迸る愛を交わし、ジョ−とフランソワ−ズは無言の誓いをしっかりと心に刻み付けていた。
ドルフィン号は滑らかに潜航して行った。
***** おまけ ☆☆☆
「 わ・・・ これもお写真よ? 」
「 ほんとだ〜 でもアルバムに貼ってないね〜 」
「 うん・・・ きっと とくべつ なお写真なのよ。 ・・・ あ ・・・ コレ・・・ 」
「 わぁ・・・ 綺麗だね〜 お人形さんみたい。 」
「 なに言ってるの、すばる? コレってお母さんとお父さんよ。 」
「 え・・・ あ。 わかった! これってお父さん達のけっこんしき、の写真だよ。 」
「 え〜 そうかな〜 だってこの前見た結婚式の写真ってさ、
お母さんはウェディング・ドレスだったじゃん? 」
「 あ〜 そうだね〜 ね〜ね〜お父さ〜ん? 」
すばるは丁度掃除機を持って入ってきた父親に飛びついた。
「 さあ・・・ ここは片付いたかな? ・・・わ! なんだい、すばる? 」
ジョ−は慌てて片手で息子を抱きとめた。
「 ね〜 お父さん、これってけっこんしき だよね? 」
「 はい??? 」
「 これ。 」
「 あ・・・ コレは違うよ。 お母さんがまだ振袖を着ていたころ、さ。 」
「 ??? ふりそで? この綺麗なお着物のこと? 」
「 そうだよ。 これは振袖って言って、お嬢さんが着るんだ。 」
「 ふうん ・・・ 」
「 お母さん ・・・ 綺麗だ〜〜 」
すばるはうっとりと娘時代の母の艶姿に見入っている。
「 ジョ−? 本部屋は綺麗になった? ・・・ あら。 」
フランソワ−ズが顔を出した時、父子は一緒に床にぺたりと座り込んで一枚の写真に見入っていた。
「 もしもし〜〜 今日は大掃除なんですけど? 皆さん? 」
「 あ・・・ ごめん、フラン。 ちょっと懐かしい写真が出てきてさ・・・ 」
ジョ−はちょっと照れ臭さそうに振り返った。
「 なあに ・・・ あら〜。 」
「 ねえねえ お母さん。 お母さんはどうしてお父さんとけっこんしたの? 」
すぴかが真剣な面持ちで母に尋ねた。
「 え・・・ う〜ん・・・? 」
「 ・・・・・・ 」
ジョ−がなんだか泣き出しそうな顔をして、フランソワ−ズを見つめる。
すばるとすぴかは 好奇心満々の眼差しだ。
「 ・・・ そうねェ。 この時、綺麗なお着物を着たし。
お母さんはウェディング・ドレスが着てみたかったのよ。 だ・か・ら。 」
「「 そうなんだ〜〜〜 」」
なにが <そうなんだ> だか・・・ 子供達は母から答えを貰って満足そうだった。
「 ・・・ フランソワ−ズぅ・・・ 」
ジョ−の情けない声に彼の奥さんは澄まし顔で言った。
「 さあ〜〜! ぐずぐずしてないで。 お・そ・う・じ〜〜 しましょう! 」
夢見るお人形サン は しっかり者の奥さん に変身したのだった。
******* Fin. *******
Last
updated: 10,17,2006.
index
*** ひと言 ***
季節柄はちょっと違うのですが・・・・
はい、B.G.M.は アレです、勿論〜 ⇒ あなたは わたしの 青春〜そのもの〜 ♪ (*^_^*)
わたくしにとってゼロナイは 永遠の青春?? かもしれません。
とんだおばあちゃんになってもゼロナイを思う時は いつでも青春♪♪