『 めぐりあひ 』
その日 僕がそこの映画館に入ろうと思ったのはほとんど偶然に近い。
単発で頼まれたレ−ス関係の仕事にどうやら目処が付き一息いれようと
午後の街へふらりと出かけたのだ。
まだ 春の気配など微塵も伺えない真冬のパリの下町を
僕はコ−トの襟をたてて気の向くままに足を運んでいた。
「 あ・・・・。」
なぜそのポスタ−に目が留まったか、これもまさに偶然だろう。
日本風に言えば 《 永遠の名作!! リヴァイバル上映中!!》 のベタ書き付き。
「 これって・・・もしかしたら・・ 」
なにげに拾った題名は(勿論フランス語だったけど)しっかり覚えがあった。
引かれる様に僕はチケットを買っていた。
「 みんな、ココに戻ってくるアルよろし。そのためにワテは店を続けているアルね」
ギルモア博士が亡くなって研究所を閉鎖した時に張大人は胸をはって僕らにそう言った。
「ココもあんさん達みんなの故郷アルね!」
それぞれの故郷に戻ってゆく仲間たちは、そんな彼の丸まっちくてあったかい手を
こころをこめて握ったんだ。
僕たち、僕とフランソワ−ズは結局、あのままだった。
博士が生きているころは、ひとつ屋根の下で疑似家族とでもいえる生活を
送っていたのだが、それ以上の進展はなかった。
ひと昔風にいえば 同棲してたワケだけど、結局そのままで終った。
僕たちは一緒に過ごした年月の長さを考えればかなり淡々として別れたんだ。
彼女がパリへ帰る朝、僕らは微笑みながらおはようとさよならの口付けを交わした。
以来、ごく自然に連絡は間遠になってゆき、彼女とのことは完全に<思い出>として
色褪せていった。
「やっぱり。 ジョ−、ジョ−なのね?!」
明かりが付いた客席からぼんやりと立ち上がった時
泣きたいほど懐かしい声が 僕の耳に飛び込んできた。
「 ・・・フランソワ−ズ・・! 」
華やかな金髪が ふわっと僕の視界をよぎったと思うと
見違えるほど大人びて綺麗になった笑顔が僕の目の前に あった。
「・・・元気そうだね。 なんか・・・すごくキレイになっちゃってさ、見違えそうだよ。
いま、どうしているのかい? 」
「相変わらず、よ。なんとか生きてるわ、この街で。」
近くのカフェでエスプレッソのカップを手にフランソワ−ズはちょっと肩を竦めた。
「 そうなんだ・・・・? 今日は? きみも、あの映画・・」
「 リハが一件キャンセルになったの。ヒマつぶし、って気分でブラブラしてたんだけど。
ええ、覚えてるわ、日本でジョ−と初めて一緒に観た映画ですものね。
ふふふ・・・ハナシの筋なんて全然覚えていなかったわ。」
「 そうだね・・僕も題名しか記憶になかったよ。 」
なんとはなしに僕らはティ−テ−ブル越しに微笑みあった。
題名しか覚えていなかったのは本当なんだ。
だって 僕は初めから終わりまでずうっときみの横顔だけを眺めていたんだもの。
あれは・・・・。 そうだ、ヴァレンタインの日だった・・・。
きみが誘ってくれたんだっけね。
どきどきして待っていた喫茶店に きみは息を弾ませてとびこんで来た。
まだ遠い春を招くようなオフ・ホワイトのコ−トに桜色のル−ジュ。
きみは全然気に留めていなかったけど、周りの人皆がきみに見惚れてたよ。
そうだ・・・あの口紅。
あの日のつい三週間前、きみの誕生日に贈ったんだっけ。
勇気を出して初めて買った明るいピンクの口紅。
・・・きみはその口紅よりも頬を染めて受け取ってくれたよね。
この手に、こころに、きみのぬくもりが甦るよ・・・
忘れてた・・・あの温かさを。 あの心地よさを。
どうして僕は手放してしまったんだろう・・・
どうして僕は忘れていられたんだろう・・・
「 ・・・聞いてる? ジョ−? 」
「 ・・あ、うん、ごめん。 それで・・? 」
相槌もおろそかな僕をすこし苦い微笑みを浮かべてきみは覗き込む。
― まったく・・・相変わらずなんだから・・・
そんな呟きが聞こえてきそうな表情(かお)できみは灰皿にシガ−を捻った。
「 元気そうね、って言ったの。 今は? お仕事でこっちに来たんでしょう? 」
「 うん・・・まあ、でも一応目処はついたんだ。 ごめん、ちょっといろいろ思い出してた・・。
あの映画に釣られたのかな。 」
「 まだあんな古いの、上映するのねえ。 ふふふ・・そう言って見るほうも見る方、だけど。」
ライタ−を弄ぶ、綺麗に磨かれたきみの爪がナンカとても新鮮だよ。
「 みんな、変わるわ。 世の中も、街も、・・人も、人のこころも。
だから。 前のモノが懐かしいのよ、きっと。 もう、ないから。もどらないから。 」
伏せた睫毛の長い影が白い頬に落ちて、ああ、とても綺麗だね。
「 ・・・もどらないなら、また新しくはじめればいいじゃないか。 」
「 ジョ−・・・ 」
僕を真っ直ぐに見つめた瞳はやっぱりとても蒼く澄んでいたけど。
きみの視線は僕を通り越していた。
「 あなたって・・・。 ありがとう、相変わらず優しいのね。 思い出はもどれないから
大事で、きれいなんじゃない・・? 素適なものを持っているっていうだけでも、
とても幸せよ、わたし。 あれはあれで・・・いいのよ、そう思うわ。 」
― かちゃん・・・。 エスプレッソの小ぶりなカップをソ−サ−に戻して、
きみは視線を逸らせひっそりと小さく笑った。
「 じゃあ、これで。・・・会えて・・・よかったわ・・・。」
「 フラン、 Au revoir (また会う日まで) と言ってはくれないのかい・・・」
きっと僕は縋るような目できみを追っていたんだろうね。
きみは滲むように微笑むと 僕の頬へさっと唇をかすめつぶやいた。
「 ・・・いつか・・・・また会えれば・・・いいわね・・・ 」
そんなこと、思ってないくせに。 ・・・きみこそ、相変わらず優しいんだね。
僕はすっと伸びた後姿が古い街並に溶け込んでゆくのをじっと見送った。
灰皿に残る細いシガ−。
彼女が煙草を吸うなんて知らなかった・・・
カップにかすかに残る口紅。
でも、それはあのふんわりした色ではなく シックな深い色だった・・・
それに。僕は気付いていた。
彼女の襟元に見え隠れしていた <跡>
・・・つまり それが 僕らの間に流れたお互いに違う時間の意味。
もどらないから懐かしいのか、もどれないからこころ引かれるのか・・・
やっぱり。もう 終わったんだ・・・
きみは 今、完全に僕から去ってゆくんだね。
ヴァレンタインの日に、ね・・・これが、きみからの・・・プレゼントなのかな・・・
思い出をありがとう・・僕はこのプレゼントに綺麗なリボンを架けてしまっておくよ
・・・たぶん・・・もう、ふたたび取り出すことのないこころの奥に、ね。
カフェを出るともう街燈が灯りだしていた。
一陣の風がはしりぬける。でも。 寒いのは風のせいだけじゃない・・・
さっきよりも一層冷たさを増した夜風に僕は身震いをしてコ−トの襟を立てた。
**** FIN. ****
後書き by ばちるど
別にJ&F じゃなくてもイイ話でして・・・
某サイト様のBBSにて某作品のラスト予想をした時に使用したフレ−ズを
お蔵にしたくなかった、という超・不純な道機で捏造したハナシです。
この設定ですと『移民編』 は成立しません・・・(泣)
Last update : 2,3,2003