『  a girl meets a boy ……  』 

   

 

 

 

意識が途切れる直前、どんどんぼやけてゆく視界に写ったのは

こちらをじっと見上げている例のあの科学者だった。

計器類だけでなく、自分たちの姿を見つめる彼の視線の中に

ほんのすこしの慙愧の翳りを見た・・・のは気のせいかもしれない。

 

 − ・・・ もう いいわ。 なにもかも ・・・ これで終りにして ・・・

 

二度と目を開けたくない・・・ わたしを眠らせて ・・・

そんな思いで 被験体サイボ−グ・003は目を閉じた。

 

こんなに安らかな眠りは、今の境遇に堕ちて以来初めてだった。

もう目覚めて あの冷たい現実に戻る必要もない。

造られた<生>へ、なんの未練もなかった。

 

 − ・・・ a dieu ・・・

 

左右に並ぶカプセルにちら、と思いを飛ばしたが

それももうどうでもよいコトだ。

覚えていたくもない日々がこんなに静かに終焉を迎えるな

もうそれで充分だ・・・

神様 ・・・ もう、いいでしょう・・・?

すう・・・っと下りて来る闇に、003は安堵の吐息とともに自身を預けた。

 

 

 

「 ・・・なんだって ? 」

「 だ・か・ら。 正夢って本当にあるの? 」

新聞の陰に顔をかくし、さんざん生返事を繰り返したあとで、

ジャンはやっと妹の顔に目をやった。

「 夢ぇ? 」

そうよ、とお気に入りのマグカップを抱えた顔が幾分かふくれっつらで頷いた。

「 もう・・・ ちっともわたしの言うこと、聞いてないんだもの!

 あのね、お友達から真夜中に見るのが逆夢で夜明けのが正夢よって

 聞いたの。 本当? 」

「 さあ・・・? オレにはその手のハナシはいっこうにわからん。

 カ−ニバルの時にでも占い婆さんに聞くんだな。 」

「 ・・・ お兄ちゃんの意地悪! 」

「 意地悪って・・・ わからんモノは答え様がないだろ。 」

「 そうだけど・・・。 でもね、でも。 すごく気になるんですもの。 

 夢なんて、普通目が覚めれば忘れちゃうのに。 なんか ・・・ すごく印象的! 」

「 はいはい・・・ 承りますよ。 だから、なにがどうしたんだ。 」

ふぅ〜っと大袈裟に溜息をつき、ジャンはばさりと新聞を畳んだ。

ありがと、と微笑むと彼の妹はじっと宙に目を据えた。

 

「 あのね。 どこだか場所もわからないの。 綺麗な青空だったけど。

 ひとりの男の子がいてね。 初めて会うコだわ・・・

 茶色の髪がお日様に映えて・・・ うん、眼もセピアだったな。 

 なんてか・・・すごく・・・ こう、印象的♪ 」

「 はいはい。 お得意の <印象的> ですな〜 」

フランソワ−ズはじろり、と兄を一瞥して視線を宙に戻した。

「 おはよう、ってわたしが言うとね、にこ・・・って笑って。

 その笑顔が ・・・ じ〜んと来るの、心が温まるステキな笑顔なの。 」

「 ほ〜う? そりゃ、初耳の<白馬の王子様>だな。 」

「 そんな言い方、ないでしょ! ちゃんと聞いてよ。 」

はいはい、と今度は兄は無言で肩を竦めた。

「 でもね・・・ なんだか見たことない服なのよ。 うん、その子のも、わたしのも。

 場所は ・・・ アレは海岸かしら。 でも・・・初めて見るところ。 」

「 ・・・ ふふん ・・・ 」

小馬鹿にしたみたいに兄は鼻を鳴らした。

そんな兄の反応にはお構いなしに、瞳を輝かせ妹は兄の膝にとん、と手を突いた。

「 もしかしたら。 わたしの運命のヒト、なのかしら?? 」

「 ふん。 この前までの王子様は最上級クラスのシモンで

 その前は・・・たしか角の店のパティスリ−見習いのルイだったよなあ? 」

「 ・・・ それは・・・ 今度の夢はそんなのとは違うわ。 」

「 どうも違わんだろ?  それより、なんだ?お前のその格好は!

 だらしない。 ブラウスの第二ボタンが外れてるし、スカ−トだって短かすぎる。 

 街は稽古場とは違うぞ。  本当に ・・・ 隙だらけなんだから。 」

「 このくらい・・・ 当たり前だわ。 マリ−だってエリ−ズだってみんな・・・ 」

「 皆はみんな、お前はお前、だろ。 」

「 ・・・・・ 」

ジャンは妹のふくれっつらをちょん、と突いた。

「 ほらほら・・・美人が台無しだ。 そんなこっちゃ<王子様>に嫌われるぞ。 」

「 ・・・ もう。 お兄ちゃんったら・・・! 」

結局なんの結論もでないまま、彼女の夢話は日々の生活の波に飲み込まれていった。

当たり前の日々とはそんな出来事の連続なのだろう。

その日々は ・・・ 永遠に続くものだ、と信じていた。

 

 

 ・・・ お兄ちゃん ・・・ 

 帰りたい ・・・ 帰りたい! 帰して! お兄ちゃんの許に・・・

 あの普通の世界に ・・・ 帰して ・・・・!

 

突然放り込まれた絶望の中で、幾度あの穏やかな日々を思い起こしただろう。

涙も枯れ果てた中で 彼女はかつての平凡な会話の一言・一言を反芻していた。

・・・ そうしなければ 心が千切れそうだったから。

また、そんな思い出が辛うじて彼女の精神の糸を繋いでいたのかもしれない。

 

仲間、というか同類の被験体たちもいたが、

赤毛の男は粗野で無教養でとても同じレベルで話ができる相手ではなかった。

彼女より少し遅れて仲間になった銀髪の男は無愛想すぎ、取り付くシマもない。

わずかに ・・・ 001と名乗る赤ん坊はその感触が彼女の心を和らげたが、

ヒトの心を読む、という存在はやはり不気味だった。

どれだけ長い期間、実験やら演習の名目で引き摺りまわされたか

・・・ もう考えるのも厭わしかった。

例の三人とは 連帯感も少しは生じないではなかったが心許せる間柄にはならなかった。

 

整備不良やら戦闘のトバッチリやらでぼろぼろになり・・・

それでも死ねない自分を呪うこともあった。

拒絶反応がどうしようもなくなり、<冷凍睡眠>という処置が決定した、と

聞かされた時には もう・・・ どうでもよかった。

 

 − ・・・ 廃棄してくれてもよかったのに。

 

出来るなら眠っている間に<処分>してくれればいい・・・

そんな思いすら抱え、003は無表情に科学者の話を聞きながしていた。

 

「 いつか必ず拒否反応を克服する。 その日を待っていて欲しい。 」

ずっと自分達のメンテナンスを担当しているその学者は

特徴的に大きな鼻のアタマに玉の汗を浮かべている。

 

・・・ いつか必ず。

 

まあ、まるで難病に挑む熱血医者みたいなコトを言うのね・・・

拒否反応がなくなって・・・それでどうだというの。

わたしが機械になり果て、戦いの道具だってことに変わりはないじゃない。

・・・ もう、いいわ。 なにもかも・・・ もう 終りにして。

 

鼻白んだ気持ちは他の被験体・サイボ−グたちも同じだったらしい。

赤毛は、ペッと唾を吐き銀髪は眉の一つも動かさなかった。

そんな彼らの様子に気づくこともなく、鼻の大きな科学者は冷凍睡眠について

滔々を語り、決して心配はいらないと繰り返した。

 

 − 心配?? ・・・ なんの心配なの。 ヤツらがわたし達のことを<心配>してくれるの??

 

ますます冷え込む思いを003は持て余していた。

だから カプセルの中で人為的な眠りの幕が自分に下りてきた時には

心底ほっとしていたのだった。

 

 

   ねえ、神様 ・・・ 天国にくらい入れてくれても・・・いいでしょう?

 

 

すべてが 終りになる、と思ったとき、彼女の意識はぷつん、と途切れた。

 

 

 

 

・・・どれくらいの時が経ったのだろう・・・

どこか ・・・ 見覚えがある気がする場所を彼女は歩いていた。

さくさくと足に当たる感触で どうも砂地、海に近い土地らしいと思えた。

 

 ・・・ ああ ・・・ いい気持ち。

 

頬に触れる風は爽やかで 周囲は穏やかな陽光に溢れている。

眼にうつる緑が新鮮である。

 

あれは ・・・ なんの樹?? 初めて見るわ・・・

 

奇妙な細かい針状の葉を持つ樹々がずっと並木を作っていた。

自分の数歩前を 誰かが歩んでいる。

逆光に髪が光る。 あれは ・・・ 金髪? セピア?

・・・ お兄ちゃん ・・・? ううん 少し似てるけど ・・・ ちがうわ

 

ああ、あなたは。 ずっと前・・・ 普通の生活をしていた頃

夢に出てきた男の子 ・・・ じゃない?

わたし。 あなたのこと何回も見ているの。 知ってるの。

・・・ でも こんなに近くにいるのは初めてね?

 

ねえ。 誰。 ・・・ あなたは だあれ?

 

ざく、と足元の砂が音をたてた。

 

 − なに ?

 

前をゆく人影が振り向いた。

海風に揺れる髪は深いセピアで 笑を含んだ瞳も同じ色合いだった。

 

 あ ・・・ 。

 

知っているはずなのに知らない彼の名前が 出てこない。

でも彼のことは ・・・ よく知っているわ、とフランソワ−ズは思った。

 

茶髪のやさしい瞳をした 少年。

すこし淋しそう・・・ ひとりきりなのかしら。

 

ねえ・・・ 一緒におしゃべりしない ?

 

いつの間にか二人は肩を並べてつんつんした葉の樹々の間を歩いていた。

片側には悠揚と広がる海原があった。

緩いうねりは時に陽光を映し、ちかりと煌いている。

 

ここ。 どこの海かしら。

マルセイユともニ−スとも違う。 カレ−とは全然ちがうし・・・

・・・ あの島の回りとも似てないわ。

 

不思議に思いつつも、ごく当たり前にその少年と一緒に歩む自分。

フランソワ−ズは妙に納得している自分自身にちょっと驚いていたりもする。

 

・・・ わたしね。 あなたのこと、知ってるの。

ううん、会ったことはない・・・ と思うけど。

ね、笑わないで? あなたは わたしの夢に出てきたの。 そう、何回も。

 

え? ・・・ 正夢 ?  ああ、やっぱりそうなのかしら。

・・・あの あなたは ・・・ わたしのこと・・・ その、知ってる?

 

眼の前の少年はちょっと困った顔をした。

ごめん、と言ったのかもしれない。

 

知ってるのかどうか ・・・ ぼくにもよく判らない。

でも。 きっとどこかで会った ・・・ ううん、会う人だと思うんだ。

 

すこし長めの前髪から、大地の色の瞳が照れ臭そうにこちらを見ている。

やっぱり彼は あの夢の少年だとフランソワ−ズはひとり頷いた。

 

きみの ・・・ 髪。 綺麗だね。 お日様みたいな色だ・・・

きみも海の向こうから来たヒト?

 

・・・ さあ ? <海の向こう>かどうかは ・・・ 判らないけど。

あら、あなたも?

 

ううん。 ぼくは。 ・・・ こんな外見だけどこの国のニンゲンさ。

・・・父さんが ・・・ 海の向こうのヒト、だった ・・・ らしい。

 

お父さん、いないの?

 

・・・うん。 顔も知らない。 母さんも ・・・ 赤ん坊のぼくを置いて死んだ。

 

・・・ そう。

 

いつの間にか二人は肩を並べて座っていた。

砂地はさらさらと乾いていて暖かく、目の前に広がる海は穏やかだった。

 

 − あの・・・孤島を取り巻いていた牢獄みたいな海とは違うわ。

 

被験体たちの逃亡を阻止し、閉じ込めていた激しく・厳しい海のイメ−ジは

ここにはなかった。

のんびりと緩やかな波がおそらく遠浅であろう海岸線を洗っていた。

 

・・・きみは? 

 

え? ・・・あ、ごめんなさい・・・ なあに。

 

少年の声にフランソワ−ズは はっと我に返った。

寄せては返す波と一緒にぼんやりと心を宙に飛ばしていたのだ。

 

ごめん・・・ ぼく、煩い? 考え事の邪魔しちゃったみたいだね・・・

ぼく・・・ 居ないほうがいい?

 

逆に謝って少年は膝を抱きうつむいた。

あまりに淋しそうなその様子に フランソワ−ズは思わず彼の腕を引いた。

 

・・・びくっ・・・と 少年の身体が震える。

 

そんなことないわ。 ごめんなさい、はわたしの方でしょ。

ちょっと・・・ あんまり海が綺麗だから見とれていただけよ。

 

・・・ そう? ・・・ ココに居ても いい?

 

ええ、勿論よ。 

・・・ わたしも一人なの。  だから・・・しばらく一緒にいて ・・・

 

少年は顔を上げると黙って微笑んだ。

その笑顔は ・・・ フランソワ−ズの心にゆるゆると、でも確実に沁み透り

暖かい灯火となった。

 

わたし。 何処にも ・・・ 行けないの・・・

もう ・・・ 家には 帰れないわ。 こんな ・・・ こんな身体では

 

どうして?

 

どうしてって・・・ わたし。 もう、本当のわたしじゃないのよ。

・・・ 帰りたいけど。 とても、とても帰りたいけど・・・

 

ぽたん、と砂地に涙が落ちた。

 

 − ・・・ああ。 わたし。 まだ泣けるのね・・・

 

あの島で披験体として扱われている日々のうちに、彼女は泣くことすら放棄した。

当たり前の感情を持っていたら 精神の平衡を保ってはいられなかった。

喜怒哀楽のすべてを消し ココロに厚く防護壁を築くことで

彼女は 辛うじてせめてココロはニンゲンとして生きてきた・・・のかもしれない。

 

砂地にじわじわと涙が跡を残し吸い込まれえゆく・・・

それと同時に 彼女の心にもなにか瑞々しいものが沁み込んでいった。

 

帰りたいなら ・・・ ずっと望んでいればいつかは叶うよ。

ぼくは いま、一人だけど。

いつか ・・・ きっと、ぼくを必要としてくれる人に巡り会えるって思ってる。 信じてるんだ。

 

・・・ そう ・・・ ?  そうだと ・・・いいわね。

 

・・・ ウン。

 

きみだと いいな ・・・ 

 

え?

 

・・・ ううん。 なんでもない。

 

・・・ そう ・・・ 

 

 

白い海鳥が鋭く一鳴きし たかく舞い上がった。

風が すこし流れてきて彼女の髪を軽く梳き流す。

彼のセピアの前髪も 左右に揺れる。

 

 − あたたかい ・・・

 

どこの誰ともわからない少年と肩を並べて座っている。

袖がほんの僅か風にゆれて付いたり離れたりしている。

・・・たったそれだけなのに。

現実には どこも触れ合ってはいないのに。

フランソワ−ズは 少年からなにか温かいものが伝わってくるのを感じていた。

 

・・・ 帰りたくないわ。 ずっと ・・・ こうしていたい。

 

うん ・・・ ぼくも。

 

なんだかね、帰ったら・・・ とてもイヤなことが待ってるみたいな気がするの。

よく・・・ 判らないのだけど。 

 

・・・ ふうん。  一人って・・・ 仲間はいないの。

 

仲間 ? 

 

 − ナカマ・・・? なに、それ。 その言葉って どういう意味?

 

少年の何気ない言葉に 彼女はくらり、と一瞬眼の前が暗くなった。

明るい海辺の光景を おぞましい暗黒がば・・・っと被った。

 

 

「 ・・・ スリ− ・・・ ゼロゼロスリ− ・・・! 」

「 003? 聞こえるか? 」

「 眼を覚ませ。  003・・・・ 」

「 ぜろぜろすり−? ドウシタンダイ? キミハ何処ニイル? 」

 

聞き覚えのある声が一斉に彼女の脳裏に響きわたった。

同時に ・・・ ぞくり、とした悪寒にも似た嫌悪感が背筋を這い登ってきた。

 

 − いや。 知らない・・・ 聞こえない。 なんにも聞こえないわ。

 

思わず耳を両手で覆い、フランソワ−ズは身体を丸めた。

 

 

だ、大丈夫? ねえ、どうしたの、どうかしたの??

 

・・・ ぁ ・・・

 

遠慮がちな手が そっと自分の肩に置かれている。

やっと眼を開くと覆った指の間から 少年の顔が見えた。

セピアの瞳が真剣にこちらを覗き込んでいる。

 

そろそろと顔を上げれば・・・ そこはもとの砂地だった。

温かい光が降り注ぎ 風と波はのんびりと囁きを交わしている。

 

・・・ ああ ・・・ わたし。

 

わ・・・よかったぁ。 急に ・・・ 気分悪くなった?

・・・あ、 ぼく。 なにか気に触るコト、言ったかも・・・ ごめん・・・

 

大丈夫 ・・・ ふふふ・・・どうしてそんなにいつも謝るの。

 

え・・・ どうして・・・かなぁ ・・・ ごめん ・・・ あ。

 

顔を見合わせ、二人はぷっと吹き出してしまった。

明るい 歳相応の少年と少女の笑い声が空に吸い込まれていった。

 

 

 

「 なんで、コイツだけ起きねぇんだよ。 ・・・ 失敗か? 」

「 同じ条件、というハナシだったが。 」

「 ・・・ わからん。 」

赤い服を着た男どもに左右から問いただされ、科学者は雪眉を顰め呟いた。

「 必ず拒否反応を克服するって 息巻いてたじゃねぇか。 」

「 我々を覚醒させたのはソレが完成したからではないのか。 」

「 全員一緒、ガ条件ダッタハスダ。 」

ふわり、と宙に浮かんだ赤ん坊までが厳しい口調で言いたてる。

 

「 だから。 わからん、と言っておる! 」

 

老科学者は身を震わせ、声を荒げた。

特徴的な大きな鼻に眼一杯シワをよせ、彼はオトコたちに向き直った。

 

「 勿論、全員同じ条件でコ−ルドスリ−プに入った。

 覚醒の条件も、処置も同じだ。 特別扱いという点はなにもない。 」

「 でもよォ! 実際には コイツだけ眠りっぱなしじゃねえか。

 後の被験体達がめっかったから、俺らガラクタはどうでもいいってか。

 ・・・ おい、いい加減な出まかせ言うと。 」

「 よせ。 博士、いったいどういう事なんだ。 」

詰め寄る赤毛を銀髪のオトコがぐい、と牽制した。

「 じゃからっ! 」

 

「 彼女ノ ・・・ 魂ガイヤガッテイル。

 彼女ハ、ぜろぜろすり−ノ魂ハ 還ッテクルコトヲ拒ンデイルノダ。 」

 

老人の怒号を赤ん坊のテレパシ−が押さえ込んだ。

一瞬、居合わせた誰もが息を飲み、黙り込んだ。

 

「 ・・・ 魂? 001、おめぇ教会の回し者かよぉ? 」

「 魂サ。 身体ハドンナニ人工的ニツクリカエテモ、人ノココロマデハ弄クレナイ。 」

「 それで、どうしたらいいんだ。 」

「 ヨビカケルシカナイネ。 ぜろぜろすり−ニ還ル気ニナッテモラワナイト・・・ 」

 

「  ・・・ それでもイヤだ、と言ったら・・・? 」

「 ドウシヨウモナイヨ。 コノママ眠リ続ケ・・・イズレハ廃棄処分ダロウネ。 」

「 ちょ・・・っ! 冗談じゃねぇよ。 廃棄?んなコトさせるかよ。 」

「 そもかく。 彼女を呼び戻さなければな。 」

「 呼び戻すって ・・・ まさか耳元で怒鳴るってワケにもいかねぇだろ? 」

「 呼ビカケルンダ。 君達ハ脳波通信ヲお−ぷんニシテ。 ボクハてれぱし−デ。 

 キット彼女ハ ・・・ 気ガ付クト思ウヨ。」

「 ワシも ・・・ 念じさせておくれ。 彼女を・・・欠くことはできない。 」

「 ・・・ 博士。 」

口には出さずにいるが、意味のある眼差しをサイボ−グ達と科学者は交し合った。

 

 

 ・・・ 帰っておいで、003。  

 そして ・・・  ここから脱出するんじゃ。 みんなで、な。

 

 

 

 ・・・ あ ・・・? 

 

どうかしたの。 また気分、悪い?

 

フランソワ−ズの小さく上げた声に、少年はまた心配そうに問いかけた。

大地の色の瞳に やさしい気遣いの光が宿る。

 

なにか ・・・ 誰かに 呼ばれた ・・・ 気がしたの。

・・・ああ、 また。 

 

友達じゃないのかな。 仲間、とか・・・

 

いまのわたしに友達は ・・・ いないわ。  仲間 ?

 

うん。 一緒に何かをやっている<仲間> 

 

・・・ 仲間 ・・・・

 

フランソワ−ズの脳裏に3人の姿がつぎつぎと浮かんだ。

そして ・・・ なぜかあの鼻の大きな科学者の姿も見え隠れする。

 

そう・・・ね。 一緒にやってきた、ずっと、ずっとね。

 

きみのこと、必要としてるヒトが呼んでいるんだよ、きっと。

 

・・・そう? ・・・そうかもしれない ・・・

 

呼んでくれるヒトがいるなら、そこへ行ったほうがいいと思うよ。

 

・・・ええ。 ココは素晴しく綺麗でずっと ・・・ その ・・・

あなたの側に居たいのだけど。

 

また、会えるよ。 きっと・・・

 

・・・ そうね。 わたし・・・ あなたと・・・会うわ、きっとまた会うわ。 

忘れない。 わたし、あなたのこと忘れないから・・・ あなたも ・・・

 

うん、と少年は真剣な顔で頷いた。

さらさらと髪が流れ 彼のセピアの瞳を際立たせる。

 

ぼくも。 ・・・ きみと 会うよ。

 

・・・ああ、もう行かなくちゃ。 また・・・ 呼んでる。

 

あ。 ぼくも。 なんだかいい匂いがするんだ・・・?? 

 

 

フラソソワ−ズは茶髪の少年は向き合い、互いに手を伸ばしたその時

ふいに周囲の風景がぼやけ ・・・ 空も海も砂地も。 一瞬に闇に溶け込んだ。

 

 

 − あ・・・! あなた、名前は ・・・・

 

 

 

 

カタンとドアが鳴っていい匂いと一緒に誰かが入ってきた。

病室とも思われる部屋で枕に茶色の髪を散らばせ少年がひとり、ぐったりと眠っていた。

中年の女性が捧げてきたお盆をベッドの脇に置き、少年の額に手を置いた。

「 ・・・ どう?  ・・・ ああ、大分下がった。 この分なら明日は起きられるわね。 」

「 ・・・ ぁ ・・・ 」

つぶやきにも吐息にも聞こえる小声をあげ、少年は薄く目を開いた。

「 さあ、晩御飯よ。 固いモノは咽喉が痛くて食べ難いでしょ、お粥にしたわ。 」

「 ・・・ ありがとう ・・・ 寮母さん ・・・ 」

少年は気だるそうに身体を起こした。

「 あれ、まだ声が変だねえ、ジョ−。 あとで神父さまにお薬をお願いしておくわ。

 あんたがこんなに熱を出すなんて初めてじゃない? 

 さあ、全部きれいに食べてちょうだいよ。 」

「 ・・・ はい。 いただきます。 」

「 ねえ、夢でも見ていた? なんだか楽しそうに眠ってたわよ。 」

寮母は起き上がった少年の肩に側にあったカ−ディガンを羽織らせた。

「 そう?  ・・・ なんだか ぼうっとしていて・・・ よくわからないや。 」

「 目が覚める前のは正夢っていうからね。 きっとなにか楽しいコトが待ってるのよ。 」

「 そうかな・・・ そうだと、いいな。  わあ、コレ美味しい! 」

「 ふふふ・・・よかった。 この味が判るようならもう大丈夫。 あとで下げにくるからね。 」

「 ありがとう。 うん、元気が出てきたみたい。 」

ゆっくりおあがりよ、と寮母が部屋から出て行くと、少年の箸は宙に停まってしまった。

 

 − ・・・ あれは ・・・ だれ?

 

きっと 会うわ・・・ 

 

彼女の細い声がまだ耳の奥にこだましている。 

誰なのだろう・・・・

目を閉じれば あの少女の面影が鮮やかに蘇る。

金糸を縒り合わせたみたいな髪と空よりも海よりも 深く透明な碧い瞳。 

 

初めて会ったはずのあの少女が少年にはたまらなく懐かしく感じられた。

 

 − きみは 誰。 

 

「 ジョ−? いいかい。 」

「 あ・・・ 神父様。 はい、どうぞ。 」

コンコンと静かなノックの音がして、神父が顔をのぞかせた。

「 食後の薬を ・・・ あれ、まだ食べ終わってなかったのかい。 」

「 あ・・・ あの。 ちょっと考えごとしてて・・・ 今、食べます・・・ 」

「 ああ、ああ、ゆっくりお上がり。 ほら、薬と水はココに置くから。 」

「 はい・・・ すみません。 」

「 今晩、ゆっくり眠って。 そうすれば明日には治るよ、ジョ−。 」

「 はい。 ・・・ あのう、 神父さま? 」

「 うん? なにかな、ジョ−。 」

席を立ちかけた神父は ゆっくりと振り返った。

 

「 ・・・ あのう ・・・・ 」

 

 

 

「 じゃあ・・・ お休み、ジョ−。 」

「 お休みなさい、神父様。 」

神父は少年の食事の盆を持って静かに部屋を出ていった。

彼はじっと神父の後姿を追い ・・・ ひとつの言葉を反芻していた。

 

神父は少年の<夢>の話を微笑んで聞いてくれた。

そして

あれは誰なのか、とさかんに首を捻る彼の肩を軽くたたくと明快に断言したのだ。

 

 ジョ−。 それはきっと君の 運命の女性( ひと ) ですよ。

 

・・・ 運命のヒト ・・・

その夜、少年は何回も何回もその言葉を繰り返し呟きつづけた。

 

 

 

 

 

 − ・・・ 目をお覚まし。 フランソワ−ズ

 

いや。  ・・・ 眠っていたいの。 目を醒ますのは ・・・ イヤ。

 

薄明の中、懐かしい声がフランソワ−ズの脳裏に響く。

優しい・温かな想いが ふわりと彼女を取り巻いた。

 

だれ・・・? ・・・ ママン ・・・?

 

それは小さな自分を優しく起こしてくれた母の声にも聞こえた。

 

 −  起きなさい・・ ファンション

     さあ、みんながあなたを待っているわ

 

 

 −  きっと ・・・ 会うよ、きみに。

     

懐かしいセピアの瞳が微笑みかけている。

 

ええ。 きっとね。

わたし ・・・ あなたに会うわ。

あなたにもう一度会うために、 それまでわたし・・・ 生き抜くわ!

 

 

 フランソワ−ズは  瞳を開いた。

 

 

「 あ! 気がついたぜっ!! お〜い、003? わかるかよ? 」

「 ・・・ 大丈夫か、003。 」

「 オカエリ、ぜろぜろすり− 」

「 おお・・・ よかった!  」

 

被験体・サイボ−グ003は ゆっくりと周囲のオトコたちに視線を合わせていった。

 

 

「 ・・・ ただいま。 」

 

 

 

最後の被験体・サイボ−グ、【 009 】 が目覚めるのは半年の後のことである。 

 

 

*****   Fin.   *****

Last updated: 05,02,2006.                       index

 

 

***  ひと言  ***

まだ 【 93 】  じゃありません。 < 009 > はまだ存在しません。

でも〜でも〜 ナニが何でも?93にしたい管理人は〜

強引に二人を運命の糸で結びつけるのでした♪♪ 

ヤマ無し・落ちナシ・・・ですみません〜〜〜〜 <(_ _)>