『  五月闇  』

 

 

 

 

この季節は案外と複雑な表情をしているわ。

 

自室の窓から外を眺めていたフランソワ−ズは、ぽつりと呟いた。

南の端の部屋、この邸で一番日当たりのよい角が彼女の私室である。

東南に思い切り大きく取った窓からは 庭を越えて裏手の林が見通せる。

この邸の庭は 彼女やジェロニモ・Jr.の何年間の丹精の後、

やっと庭樹が根付き花壇には季節ごとの花が溢れるようになった。

裏庭には<張々湖飯店御用達>の菜園もある。

ここに住む人々が 年月を経て次第に<家族>になってゆくにつれ

この邸もしっくりと落ち着いた<人の住む家>に変っていった。

 

 − ・・・でも。 やっぱりホンモノの自然は素晴しいわ。

 

日ごとにその濃さを増してゆく雑木林に フランソワ−ズは穏やかな視線を飛ばした。

温暖な地方ゆえ、人の手がロクに入らない空き地には

草木が逞しく繁茂している。

 

自然の力強さ、したたかさ。 そして温かさ。

本物の煌きの前に、 人工的に栽培されている庭の<自然>は

奥行きの浅いマガイモノ、所詮はチャチな手慰みにも見えてしまう。

 

 − ツクリモノは ・・・ いつか鍍金 ( めっき ) がはげるわね。

    ・・・・ そう、どんなに取り繕っても・・・・

 

ふと、自分の手の落ちた視線に彼女自身、戸惑ってしまう。

白い、手入れの行き届いた 手。

カタチのよい、磨きこまれた爪。

・・・ そう。 完璧にちかいこの手も ・・・ 一皮剥けば。

コ−ドやチュ−ブがうねうねと走り電極が点在する マガイモノ の集結にすぎない。

 

もう・・・ 慣れたわ。 

泣いても 喚いても。 嘆いても ・・・ どうにもならないもの。

 

諦めの吐息をもらし、フランソワ−ズは目を手元の本にずらせた。

 

きっとちょうどこんな季節だったのよね・・・・

・・・ どんな想いで 庭を眺めていたのかしら。

 

それは古えの恋多き女流作家の自伝的な書物で、この国の古典といわれるものだった。

日本語にはほぼ不自由しなくなったフランソワ−ズだが

さすがに外国語の古典は難解で 辞書と時々こっそりと自動翻訳機の助けを借りている。

 

その冒頭が まさにこの季節、日々緑が濃くなってゆく初夏のある日なのだ。

ヒロインは 生い茂る樹々が落とす影で小暗き庭に目をやっている。

・・・ そして。

恋多き女は華麗な遍歴を綴ってゆく・・・

 

 

こんなに何人もの男性 ( ひと ) を愛せるものなのかしら。

心がわり、とは違うし浮気でもないのよね。

いつも真剣で いつもかっきりと目を開いて 見ている の。

・・・ 目を逸らせたり 見ない振り、気づかないふりは ・・・ 決してしないのよ。

 

・・・ わたし、は。

わたしは。 わたしの気持ちは。 

 

・・・ わたしが 愛しているのは ・・・ 誰。

 

ふうう・・・っと 吐息がひとつ、緑の風に乗って飛んで行った。

 

 

 

彼女の溜息のきっかけは思いがけないところからやってきた。

珍しく学会に出席するというギルモア博士の秘書兼ボディ・ガ−ド ・・・ 時々通訳も兼ねる、

という一人三役を引きうけフランソワ−ズは北国の静かな街へやって来た。

 

イワンは夜の時間だったし、ジョ−も仕事関係の取材旅行中だったので

彼女の単独・ミッションとなった。

もっとも 博士の参加する予定の学会はごく小規模で顔見知りがほとんど・・・という

内輪の催しだったので、ミッションというより秘書業務の色合いが濃かった。

 

そこに 出会いが待っていた。

 

「 お疲れ様でした、博士。 え〜と・・・ 今日これからの予定ですが

 昼食会を挟みまして 午後は1時30分から5階の ・・・ 」

「 ・・・ ああ。 あの、なあ。 フランソワ−ズ ・・・ 」

「 え〜、5階のサンザシ・ル−ムで・・・あ、はい? なにか。 」

「 うむ ・・・ あ〜 その、なあ。 オ−セン君から そのう、頼まれたんだが・・・ 」

「 はい? 」

日頃から 研究以外の物事については実に要領の悪いギルモア博士なのだが、

その時はいつにも増してもごもごと口篭っていた。

 

「 なにか? ・・・ 別件のご依頼ですか。 」

「 うん・・・いや。 依頼、という訳ではないんじゃが。 

 あ〜。 是非紹介したい人がおる、というんじゃよ。 」

「 新しい会員さんですか。 オ−セン博士のご紹介なら問題はないと思いますが。 」

フランソワ−ズは当地出身というオ−セン博士の柔和な容貌を思い浮かべた。

ギルモア博士とは古くからの昵懇の間柄という。

「 いや、いや ・・・ そうではなくて。 そのう、お前にだよ、フランソワ−ズ。 」

「 ・・・ わたしに ??? 」

思いがけない博士の言葉に フランソワ−ズは思わず声を上げてしまった。

 

 − ミハエル・イワノフ。 

 

オ−セン博士の研究室に勤める助手、いわば駆け出しの学者・見習いという青年である。

その見習い君が 一目惚れをした。

お相手は 極東の島国からやってきた亜麻色の髪の乙女。

寡黙な学究の徒は ・・・ 忽ち逆上せ上がり上司で恩師でもあるオ−セン博士に泣きついた、

というわけらしかった。

 

 

「 それで、な。 そのう・・・ 一回彼と会ってやってくれんかの。 」

「 ・・・ 博士。 わたしは。 」

「 いや、な。 これは極秘なんじゃが・・・実はオ−セン君もほんの一時期だが

 あの組織に拉致されておって。 覚えておるかの、極北の地でのミッションを・・・ 」

「 ・・・ええ。 あの基地は完全に破壊しましたわね。 」

フランソワ−ズの脳裏に 白いベ−ルで全て覆われたかの地の残骸が蘇った。

そして ・・・ 自然のやさしい経帷子に包まれた憐れな母娘の姿も・・・。

「 うむ。 それで彼は解放されたんじゃ。 その後、わしに連絡を取ってきた。 」

「 まあ・・・ そうだったのですか。 では ・・・ ? 」

「 ああ、わしらの事は知っているよ。 もっともソレを漏らすような男ではない。 」

「 じゃあ、なぜ。 わたしの事情を判っていらっしゃるなら・・・ 」

フランソワ−ズは 苦い笑みで博士を見上げたが、博士もまた・・・困った笑顔、だったのである。

「 ・・・ まあ、そうなんだが。 ・・・ ようするに恋する若者の情熱に負けた、という

 ところらしい。 ともかく、一回会えばその<ロミオ君>の心も収まるだろうよ。 」

「 あらら・・・。 」

小さく声を上げて笑ったフランワ−ズに、博士はホッとした面持ちだった。

「 ま。 たまには ジョ−のヤツを慌てさせておやり。 」

「 ・・・え ・・・ イヤですわ、博士まで・・・ 」

いつまでも煮え切らない態度のジョ−に 博士なりに気を揉んでいたのだ。

なんだか妙に気恥ずかしく、フランソワ−ズは耳の付け根まで真っ赤になってしまった。

 

 

  − ぼく達は そんなんじゃ。 別に・・・その。

 

 

自分たちの仲を揶揄されたときの 彼の決まり文句、彼の口癖。

・・・ もう、慣れてしまったわ。

淡い苦笑がフランソワ−ズの唇に浮かんで すぐに消えた。

 

でも。

 

そんなんじゃない、なら。 ・・・ なんなの。

ただの ・・・ 仲間? 同僚? 友人? 

それとも。 そんな淡い仲じゃ・・・ないって言うこと?

 

あの言葉は男女の間柄には照れ屋で、オ−プンにはしたがらない

彼独特の ・・・ カモフラ−ジュ、なのかしら。

それとも ・・・ ジョ−にとって自分は ただの都合のいい相手、たまたま側にいる異性・・・?

そんなことじゃ。 まさか・・・そう、そんなんじゃない・・・ わ。

ジョ−はそんなヒトじゃない。  ・・・ でも。 

完全に否定できない自分の心の迷いが 淋しい。

数多くの夜をともに過すようになり、フランソワ−ズはますますその真意を彼に尋ねる

タイミングをみつけられずにいる。

 

ねえ、ジョ−。

こうしているのは、こうやって迎える二人の夜は  あなたにとって・・・なに。

こうして あなたの隣にいて あなたの腕の中で眠るわたしは あなたにとって・・・なに。

・・・ ねえ ジョ− ・・・ 聞いても いいのかしら。

それとも。 

 

穏やかに眠るジョ−の横顔に何度密やかに尋ねたことだろう。

そんな夜を、月日を積み重ね、いつしかフランソワ−ズも今の状態に慣れてしまっていた。

 

 

 

「 は、初めまして・・・あ、いや。 会議でお目にかかりましたよね。

 あぁ ・・・ こんにちは。 いや、今晩は。 ミハエル・イワノフ、といいます。 」

オ−セン博士の側で見覚えのあった黒髪の青年が 真っ赤になって突っ立っている。

・・・ このヒト。 ジョ−よりも ・・・ シャイなんじゃない?

くすり、とこみあげて来た笑を フランソワ−ズは慌てて飲み込んだ。

 

「 今晩は。 フランソワ−ズ・アルヌ−ルです。 」

「 ・・・ フランソワ−ズ・・・ 綺麗な名前だ ・・・ いや、名前だけじゃない・・・ 」

「 はい? 」

「 い、いいい いえ。 すみません、何でもないです! なんでも・・・ 」

呆然と彼女を眺めていた青年は 大慌てでその鳶色の瞳を逸らせた。

そして あらぬ方向を一生懸命に見つめている。

 

・・・ 綺麗な目。 

 

すこし潤んで見えたその瞳は 優しい光を湛えている。

自然のままの瞳には 物事の真実の姿が映るに違いない。

フランソワ−ズはほんの少し、ひやりとするモノを感じた。

 

「 ギルモア博士から聞きました。 あの ・・・ 」

「 そ、そうですか! では率直に申し上げます。 

 マドモアゼル・フランソワ−ズ、 僕と結婚してください! 」

「 ・・・ はぁ ???? 」

絶句しているフランソワ−ズの手を取ると、青年は身を屈め恭しくその白い甲に口付けをした。

「 本当ならこの地に跪いてこの・・・美しい御手に触れるのですが・・・

 失礼をどうぞお許しください。 」

「 ・・・・あ、あの・・・ え〜 イワノフさん・・・・ 」

「 ああ、ミハエルと呼んでください。 ミ−シャでも構いませんよ。 」

「 え・・・ では・・・ ミハエルさん。 あの、わたし達いま初めてお会いしましたのよ? 」

「 恋をするのに時間は関係ありません。 ・・・ ロミオとジュリエットもほんの

 一瞥で運命の相手、と悟ったでしょう? 」

「 ええ・・・まあ。 」

ふと、先日の博士の軽口が思い出され、フランソワ−ズはくすり、と笑った。

 

「 なにか・・・ 可笑しなコトを言いましたか。 」

「 あ、いいえ、いいえ。 ちょっと・・・ 思い出したコトが・・・ ごめんなさい。 」

「 ・・・ああ! 美しい人って・・・ どんな表情をしても素晴しいのですね。

 僕は ・・・ 貴女を眺めているだけでもこんなに幸せな気分になれますよ。 」

「 ・・・え ・・・ あ、あら・・・ 」

面と向かって大真面目で。 照れもせずにはっきりと言い募るミハエル青年に

フランソワ−ズの方が顔が赤くなってきてしまった。

 

「 あ、あの、ですね。 落ち着いてください、イワノフさん。 」

「 ミハエル。 」

「 あ・・・ はあ・・・では、【 ミハエル 】 さん。 わたしの事・・・・ そのう、ご存知なのですか? 」

青年は ひた、とその視線を離さない。

仕方なく、フランソワ−ズも彼の鳶色の瞳に しっかりと向き合った。

 

「 ええ、勿論。 」

「 でしたら ・・・ 。 今日、わたしはココへ御礼とご挨拶に来ました。

 こんなわたしを気に入ってくださって・・・ とても嬉しかったですわ。

 ・・・ ありがとうございました。 」

「 貴女は何を・・・言っているのですか。 」

「 わたしの事情をご存知なのでしょう? それなら・・・お判りのはずですわ。

 わたしは ・・・ 普通の方々とは ・・・ 」

「 マドモアゼル・フランソワ−ズ、 聞いてください。 」

俯いて言葉を濁すフランソワ−ズの手を、青年はもう一度しっかりと握りしめた。

 

「 僕にはすこし歳の離れた姉がいました。 彼女も貴女のような明るい色の髪の持ち主で

 小さな頃からバレエ・ダンサ−を目指していたそうです。 

 でも、 姉はある事故の後遺症で脚が不自由になり僕が物心ついた時分には車椅子の生活でした。 」

「 まあ ・・・ お姉さまが ・・・ 」

「 はい。 そんな姉に再び踊りへの道を開いてくださったのがオ−セン博士なのです。

 表向きは義肢ということになっていますが、姉の脚は博士のサイボ−グ手術で蘇ったのです。 」

「 ・・・ まあ ・・・・ 」

「 僕は まだ子供でしたがはっきりと覚えていますよ。 姉が自分自身の脚でしっかりと立ち、

 羽でも生えたみたいに軽やかに歩んで家に帰ってきた時のことをね。 」

「 ・・・ よかったですわね。 あの技術は ・・・ そういう風に生かされるべきなのです。 」

「 そうです、本当にその通りです。 」

「 それで ・・・ お姉様は、今 ? 」

「 ・・・ええ。 結局彼女は早世してしまいましたが。 幸せな人生だっただろう、と信じています。

 それで、僕はこの分野に、医療としてのサイボ−グ技術の道に進んだのです。 」

「 ・・・ 素晴しいですわ。 お姉さまもきっと ・・・ 喜んでいらっしゃいますわ。 」

「 ありがとう・・・。 

 ですから ・・・ あなたの事情については僕は少しも・・・ 」

あまりに真摯に。 そしてあまりに熱心に語る、彼のその真っ直ぐな情熱に煽られ、

フランソワ−ズはふと ほろ苦い言葉を口にしてしまった。

 

 ・・・ もしかしたら。 わたしは彼の本物の 若さ に嫉妬しているのかもしれないわ。

 

ちらり、とそんな囁きが脳裏をかすめたが・・・ 口が勝手に動いてしまった。

 

「 ・・・ わたしは 研究材料 ですか? 」

 

「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ ! 」

怒鳴るか、と思ったが青年は掠れた吐息とともに彼女の名を呟いただけだった。

 

「 ・・・ あの。 」

黙って、ただじっと彼女を見つめたまま、その手を握っている青年に

フランソワ−ズの方が極まりが悪くなってしまい、おずおずと声をかけた。

 

「 ぼくには ・・・ あなたの苦しみを少しも分かちあえないのが悔しいです。

 でも、どうか。 どうか信じて下さい! 僕はなにも知らない時に あなたに惹かれましたよ。

 勿論 その気持ちは今もまったく変っていません。 」

「 ・・・ ミハエル ・・・ 」

「 ああ! やっと僕の名を呼んでくれましたね・・・ 」

青年はぱっと顔を輝かせ満面の笑顔になった。

「 僕は自分に許された時間いっぱい、貴女の側にいて全力であなたを幸せにします。

 それが ・・・ 僕の幸せでもあるのですから。 」

「 ・・・・・・ 」

 

 

「 フランソワ−ズ・・・ 僕と結婚してください。 」

 

 

諾 とも 否 とも 言えずに

フランソワ−ズは ただ、ただ 艶やかな人工皮膚の頬に紛いモノの

涙を流し続けていた。

 

 

 

 

「 ・・・ えええ?? プ、プロポ−ズ ・・・ ですか?! 」 

ジョ−は珍しく声を上げ ・・・ 呆然としていた。

「 そ、そそそそれで フランソワ−ズは・・・?

 まさか ・・・ そのう、そのために向こうに残ったのですか? 」

成田まで博士を迎えに来た車の中で ジョ−はまさに天井に頭をぶつけかねないほど

びっくり仰天したのである。

「 ・・・ よっこらしょ・・・っと。 ・・・ああ〜〜〜 やはり慣れたシ−トはいいのう・・・

 え ・・・ あ? ああ、 うん。 」

長時間のフライトから解放され、博士はうう〜〜〜んと後部座席で手足を伸ばしている。

ジョ−はそんな博士の様子など全く目に入らないようだった。

 

学会からの帰国日程が、フランソワ−ズだけ少し遅れるとの知らせは受けていた。

フライトの都合か、事務作業の後始末か・・・そんな事情に違いない、とジョ−は思い込んでいた。

明日か明後日には 彼女の笑顔を見ることができる・・・ そんな風に自分で決めていたのだ。

 

「 博士! そのう・・・ フランソワ−ズは ・・・ 」

「 ・・・あん? ああ・・・ そうそう、それでの、オ−セン君の助手君がのぼせ上がってなあ。 」

「 それで ・・・ 」

のんびりと語る博士に ジョ−は走り出したい気分だった。

「 あ・・・ ジョ−。 車出した方がいいんじゃないか? 後ろが閊えているみたいだぞ。 」

「 え・・・ああ、すみません。 」

後ろからの連続の派手なクラクションに、ジョ−もやっと気がついたらしい。

ごそごそと向き直ると それでも滑らかに車を発車させた。

 

「 まあ・・・ ココは若いモノ同士に任せようということになってな。

 彼女もたまには のんびりさせてやりたくての。 ゆっくり帰っておいで、と言ったんじゃよ。 」

「 ま、任せようって・・・! その ・・・ あの・・・ 」

「 こういうコトは成るようになるもんじゃよ。 放っておくのが一番じゃ。 」

「 ・・・・・ ( 博士〜〜〜 そんな・・・! ) 」

ジョ−はぐっと言葉に詰まってしまった。

そして ひたすら前方を睨みつけて運転に専念したので

後部座席で ギルモア博士がにんまりとしている様子に少しも気がつかなかった。

 

 − ジョ−よ。 ・・・ たまには焦ってみるのもいいんじゃないか。

   それで、自分自身の気持ちをはっきりさせんかい。

 

いかに俗世に無頓着な博士でも、娘と息子にも等しい二人のことはずっと気にかけて

いたのである。

 

ジョ−の運転する車は 制限ぎりぎりの速度でギルモア邸めざして疾走して行った。

 

 

 

 

「 ・・・ お帰り。 連絡くれれば成田まで迎えに行ったのに・・・・ 」

「 ただいま。 ううん・・・ ちょっと考えごと、したかったから。

 電車を乗り継いでくるのも 面白かったわ。 」

人影もまばらになったロ−タリ−で、ジョ−はゆっくりと愛車のドアを開けた。

ギルモア邸最寄の駅舎から手荷物用のバッグを引っ張りフランソワ−ズが歩み寄ってくる。

初夏の陽に アイヴォリ−のジャケットが少しまぶしい。

「 荷物 ・・・ 後ろに入れる? 」

「 あ・・・ ううん。 軽いし。 足元で大丈夫。 」

「 ・・・ そうか。 じゃあ・・・ 」

ジョ−は助手席に収まった彼女にちらり、と視線を走らせるとすぐに車を出した。

 

「 ・・・ ゆっくりできた? 」

「 え ・・・ ええ。 勝手にお休みを頂いてしまって・・・ ごめんなさい。 」

「 いや・・・ 博士から聞いてたし。 」

「 そう。 」

ぽつり、と話が途切れた。

 

 − それで。 どうなんだ、どうしたのさ。 その ・・・ 例のヤツとはさ。

 

 − 博士はどこまでジョ−に話したのかしら。

    ・・・ この様子じゃ ・・・ いろいろ聞いているわね。

 

強張った身体で姿勢も変えず じっと前を見つめて。

膨れ上がった気持ちを ぎゅ・・・っと押し込めて。

瞬きひとつも感じられるほどの距離で ジャケットの裾がかすかに触れ合う位置で

 

二人はずっと黙りこくったまま ギルモア邸の門をくぐった。

 

 

「 ・・・ ありがとう・・・。 」

「 うん ・・・ あ、いや。 」

フランソワ−ズは助手席から滑りでると、 ジョ−に淡く微笑んだ。

荷物を引いて玄関に向かう後姿に ジョ−の痩せ我慢の堰がキレた。

 

「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ 」

「 なあに。 」

彼女の足が ぴたりと止まり ・・・ 一緒に背中がびくんと震えた。

 

「 ・・・ きみが ・・・ 幸せになれるなら。 」

 

彼女のアイヴォリ−のジャケットの裾が ひらり、と風にひるがえる。

 

「 ・・・ ジョ− ・・・ ? 」

フランソワ−ズが振り向いたとき、ジョ−は同時に車を出した。

 

・・・ 幸せって。 わたしの幸せって ・・・ あなたにはわかっているの?

 

きみが ・・・ ソレを望むなら。

ぼくには 止める権利なんか ・・・ 有りはしない。

 

晴れ上がった空に 二つの想いだけが交錯し ・・・ そのまますれ違っていった。

 

 

 

 

ぼすん・・・

ジョ−はわざと身体を投げ出しベッドに転がった。

 

・・・ ふん ・・・・

 

半ば不貞腐れ、残りは自己嫌悪の溜息が漏れる。

彼女が帰ってきたら。 一番に尋ねるはず、だった。

フランソワ−ズの顔をみたら 有無を言わさず宣言するつもりだった。

 

なのに。

 

実際は お帰り しかまともには言えなかった。

医療活動としてのサイボ−グ技術開発に邁進している青年科学者。

研究ひとすじの一途なオトコ。

偶然であった亜麻色の髪の乙女に一目惚れをして・・・

 

ギルモア博士の教えてくれたキ−ワ−ドは ジョ−の心に重く圧し掛かった。

 

・・・ それじゃあ まるで。 

あの ・ とんでもないコンピュ−タ−野郎と同じじゃないかっ!

 

ばん、とジョ−の枕が天井に当たり ・・・ 当然ながら彼の上に落っこちてきた。

 

・・・ちっ。

 

ジョ−はぎりりと唇を噛み締める。

 

冗談じゃあないよ!

・・・ ソイツもソイツだけど。 ほいほい付いてゆくフランもフランだよ・・・!

あの時のことを 忘れたのかな・・・

そうさ、 彼女はいつでも無防備すぎるんだ。 ヒトを信用しすぎるんだよ。

ほら・・・ あの妙な画家くずれのヤツの時だって・・・

あの気取った未来都市に行った時だって。

 

ふいに ぞくり、とイヤは感覚がジョ−の背中を滑り落ちた。

 

そうだ ・・・ あの時。

フランソワ−ズは ・・・ ぼくの目の前で ・・・ 木っ端微塵に爆発した・・・!

勿論本当の彼女じゃなかったけど。 でも。

 

ジョ−は こわかったのだ。

彼自身はそれに気がついてはいないのだが、あの未来都市での体験は

ジョ−の心に深いトゲとなって沈んでいた。

横恋慕されたフランソワ−ズが 自分の目の前で爆死した瞬間は

たとえそれが紛いモノのアンドロイドであっても 到底忘れることができない。

 

あんな目には二度と遭いたくないし、勿論本物の彼女を危険に晒したくはない。

自分が彼女に固執することで彼女に危害が加えられるくらいなら 

黙って身を引いたほうがなんぼうかマシである。

 

・・・ それに ぼくは。

ぼくは 何も言っていない ・・・ んだ ・・・ !

 

ようやく気がついた事実に ジョ−は自分を殴り飛ばしたい気分になった。

そうなのだ。

彼はまだフランソワ−ズに決定的なコトはなにも言ってはいない。

横合いから 掻っ攫う輩に文句をつける筋合いは ・・・ 彼にもない。

 

 

・・・ふうう ・・・・ 〜〜〜〜

 

 

部屋の中には溜息が満杯、窓の外ではざわざわと木々のゆれる音がする。

五月の 闇 は色濃く地に落ちる。

あの深い木々の影は ・・・ 夜明け前の漆黒にも似て。

ヒトのこころの深遠に繋がっているのかもしれない。

ジョ−は 再びベッドで頭を抱え込んでしまった。

 

 

 

かたん・・・と足元のキャリッジが倒れた。

・・・ ああ ・・・ いい加減で片付けなくちゃ。

着替えて ・・・ そうよ、晩御飯の支度、はじめなくちゃね。

いつまでも座り込んでいても 仕方ないわ。

 

フランソワ−ズはベッドからのろのろと立ち上がり、足元に転がっている

バッグを引き起こした。

 

帰国するのは ジョ−と顔をあわせるのは

正直いって怖い気もしていた。 その反面・・・彼に決定的なことも期待していた。

でも。 彼は ・・・ 

 

バッグから化粧ポ−チを取り出し、ドレッサ−に戻す。

鏡に映った顔は 相変わらず艶やかだった。

 

・・・ ふふふ ・・・・

普通なら 目の下にクマができて 髪もばさばさ、なのにね。

いつも・・・いつまでもずっと変らない ・・・ ツクリモノの この顔・・・

 

フランソワ−ズの唇に苦い笑が浮かんだ。

そう・・・ <彼>と一緒にいると。 なんだか昔の夢を見てしまうの。

 

ミハエルを嫌いではない。 それどころか彼の純粋な一途さに好感をもってさえ、いる。

彼と過す時間は束の間、 普通の女の子、としての夢を追える。

 

・・・ ミハエル。

繋いだ手の ・・・ 柔らかいこと。

思わず受けてしまった口付けの ・・・ 不器用で、でも温かいこと。

 

人として、愛してる。 自分が側にいられる間だけでも 君を愛したい、守りたい

・・・ 幸せにするよ!

彼の言葉は温かく、真摯な想いに満ちている。

こんな風に言われて ・・・ 嬉しくない女の子なぞいるわけはない。

頬が熱い。 耳が火照る。

 

心変わり・・・じゃない。 でも。 彼も好き。

ジョ−は。 ・・・ 好きとか嫌いとか ・・・ 

そう、まさしく < そんなんじゃない >

 

生きていれば 日々心動かされることにめぐり逢うのは当然のことで・・・

それが たまたま ニンゲン、それも年頃の男性だった、というわけなのだ。

 

・・・どうしよう・・・ わたしは どうしたら ・・・ いいの

 

両手で顔を覆い、フランソワ−ズはベッドサイドに屈みこんでしまった。

ぱさり、とサイド・テ−ブルから なにかが落ちた。

 

・・・? ああ。 あの本 ・・・

 

恋多き日々を淡々と綴った古のヒロイン・・・・。

ねえ。

あなたは。 何を見つめていたの。 誰を ・・・ いちばん愛していたの。

・・・わたし?

わからない。 わからないの。 わたし、自分のこころが 見えないのよ。

 

 

 

 ・・・ ばたん ・・・・

 

階下でなにかが落ちる音がした。

さっき、開け放ったリビングの窓、きっと風でなにかが倒れたのだろう。

 

ベッドにつかまり、フランソワ−ズは身を起こした。

・・・ 行かなくちゃ。 

 

ねえ、これは・・・ 別れの予感? それとも 出会いの予感?

そう ・・・ アナタは本当にいい人。 

わたしと巡り会ったのが わたしを愛したのが ・・・ 間違いだったのよ。  

アナタが悪いんじゃないわ。 そう、わたしが悪いのでもないの・・・

そう、それは・・・きっとなにかの間違いだったのよ。

 

・・・ アナタって ・・・ 誰。

 

自分の心の声に、フランソワ−ズは愕然とする。

 

・・・ ジョ−。 助けて。 わたしを ・・・ わたしのこころを捕まえて・・・!

 

不意に彼女は部屋を飛び出し 階下へと駆け下りていった。

 

 

「 ・・・ フランソワ−ズ ?! 」

「 ・・・ あ ・・・ ああ、 ジョ−・・・ 」

誰もいないと思って飛び込んだリビングでは ジョ−が窓辺に佇んでいた。

 

「 ・・・ どう・・・ したの。 」

「 あ・・・ うん。 なにか倒れる音がしたから。 ほら、これ・・・

 風にあおられて落ちたみたいだ。 」

「 ・・・ あら ・・・ 」

ジョ−は手にしていた陶器の破片を見せた。

テ−ブルの上にあった花瓶が ぱっくりと割れていた。

「 窓、開けなければよかったわね。 ・・・ ごめんなさい。 」

「 ・・・ いや。 」

お互いの顔を見つめるのが怖くて。 自分の顔を見せるのが恐ろしくて。

 

二人は じっとその破片に視線を落としていた。

風が吹く。

ざわざわと裏の林の木々がゆれる。

木の下闇は ・・・ どんどんと濃くなってゆく。 

 

「 ・・・あの。 わたし、ね。  もう一回 ・・・ 出かけてもいいかしら。 」

俯いたままフランソワ−ズは 低く呟いた。

かちり、と陶器の破片がジョ−の手の中で音をたてる。

 

 ・・・ 彼女は 帰ってこない ・・・ !

 

ジョ−の心の中で 何かが叫んだ。

ぐしゃり・・・と粉々になった破片が彼の手から床に零れ散る。

 

・・・ああ、そうさ。

この破片みたいに、 彼女が・・・ 粉々になってしまうときがあったら。

その時は。

 

・・・ ぼくも一緒だ。 一緒に飛び散ればいいんだ ・・・ !

 

ジョ−は 顔をあげじっとフランソワ−ズを見つめた。

静かに彼は口を開いた。

 

「 我侭だって思っていいよ。 なんて自分勝手な 自己中オトコって罵ってもいいさ。 

 

 ・・・ 行くな。

 

 行くなよっ! フランソワ−ズ ・・・ 行っちゃダメだっ・・・! 」

 

 

季節の風が若樹の天辺の枝を揺らして通った。

ざわり、と全身を震わせ木々はなお深い闇を足元に落とす。

向かい合った二人の目が しっかりと合った。

 

 − ・・・ ジョ−。 

 

フランソワ−ズは黙って。 一直線に彼の胸に飛び込んだ。

 

 

 

ミハエル・イワノフの訃報が届いたのはその数年後だった。

彼の姉の脚を、そして後に命をも奪いその上彼自身を死に追いやった遠因は 

・・・ ずっと以前の祖国での原発事故だった。

どんなサイボ−グ技術も 彼らを救うことはできなかったのだ。

 

その知らせを受けたフランソワ−ズは 一昼夜部屋に閉じこもった。

ちょうど 木々の上を青い風が吹き抜ける明るい五月のこと・・・

 

ますます深くなる木の下の闇に 彼女は彼女の想いをそっと埋めた。

 

 

******   Fin.   ******

 

Last updated: ,05,30,2006.                          index

 

 

***   言い訳  ***

お気づきの方もいらっしゃると思いますが、この駄文は 【 Fermata 】 に収録いたしました、

 やさしい ひと 』 の原案です。 この原案から抜き出しちょっとメルヘンタッチ?に

味付けしたのがあのハナシです。 モトは暗いでしょ(^_^;)

え・・・タイトルは 池波正太郎大先生の超名作『 鬼平犯科帳 』 よりパクらせて頂きました。

ちなみに、フランちゃんが読んでいる日本古典は 『 和泉式部日記 』  ・・・ お勧めです♪