『 真夏の ― (2) ― 』
カナカナカナ −−−−−
カフェの中にいても その蝉の声は不思議とはっきりと響いてくる。
家の庭で聞いた鳴き声より 心のぴんぴんと跳ね返るのだ。
あ また ・・・
えっと ・・・ ヒグラシ !
フランソワーズは 混乱しつつもアタマの隅でそんなことを
ぼんやり考えていた。
目の前に 今 自分の目も前に ― 兄の穏やかな笑顔が ある
・・・ はずなのだが 眩しくてよく見えない。
「 やだ ・・・ ここの席 西陽が・・・・ 」
「 ? どうした ファン? 」
「 あ う ううん ・・・ねえ お兄ちゃん こっち、こない?
ここは眩しいわ 」
「 そうかぁ? ま たまにカウンターもいいか・・・ 」
「 うん。 ここ・・・ 」
「 おう 」
< お盆 > という時期の前後から 夏は 特に遅い午後から夜にかけて、
とろり、と濃い暑さを提供し始める。
熱気は地面に近く淀み 人々の足元に粘りつくのだ。
そして 昼間、煩いほど鳴き競う蝉たちに この 蜩 が加わる。
首筋に纏わり付くみたいな暑さ に辟易しつつ 人々は蜩の声に
夕方が近いことを そして 夏の終わりを感じ 少しだけほっとするのだ。
ちゃんとセミの声、聞こえるわ
膝の横には お気に入りの日傘 があるわ
博士が買ってくださった素敵な日傘よ?
そうよ わたし。 21世紀にいるの。
― わたし ・・・ サイボーグ ・・・
・・・ なにも知らないシアワセなオンナノコ
じゃあ ないのよ ・・・
フランソワーズは 自分自身に必死に、言い聞かせ
意識を保とう 現実を見失うまい ― と きゅ・・・っと
口元を引き締め 大きく目を見開く。
店の内部は はっきりと隅々までみえる。
そこここの席で 談笑するひとたちの笑顔も。 軽く揺れる身体も。
金色の 鉄色の 赤毛の アタマをゆらし
青い瞳 茶色の瞳 碧の瞳 が 柔らかく笑っている。
聞こえてくるのは低く囀るみたいな ― フランスの言葉。
そうなのだ。 ここはあの懐かしい三区にあるカフェ。
我が家の一部みたいに 兄ともども足繁く立ち寄るカフェなのだ。
カタン。 カウンター用のスツールが軽い音をたてる。
今 ― 兄は 灰皿と自分のコーヒーの皿を持ち、カウンター席で
妹の隣に座っている。
! お お兄ちゃん ・・・!
視界のはじっこには よ〜〜〜く知ってる・長い指の大きな手が みえる。
見慣れた指だ。 頼もしいがっしりした手だ。
だけど その手の持ち主の顔をみることが どうしてもできない。
意気地なし なフランソワーズ!
・・・ そうね でも でも
わたし 恐いのよ。
そう 確かめるのが 怖いの。
「 あの ね ・・・ お兄ちゃん ここのお店の名前 ・・・
なに だったっけ ・・・? 」
「 はあ?? なに言ってんだ ファン 」
「 だから ここの 名前 」
「 お前〜〜 健忘症か? 」
「 そうかも ねえ なに 」
「 ・・・ ルオー だよ 」
「 ! そ そうね そうだったわ
ね? あの絵 ・・・ ルオーでしょ?
マスターは ルオーが好き なのよね〜〜 」
思わず 畳み掛けるみたいに 喋ってしまう。
「 ― ファン おまえね〜〜 しっかりしてるようで
肝心なトコでヌケサクだからな〜〜 気をつけろよ 」
「 ・・・ はあ〜〜い ・・・ 」
「 だいたい 俺の言うコト、ちゃんとアタマに入ってるのか?? 」
「 あ あら シツレイねえ〜〜
ちゃんと覚えてますって 」
「 ふん ・・・ それなら いいけどなあ
いいか? 次の休暇は そのままバカンス入り だ。
ここで待ち合わせようぜ。 」
「 いいわ。 わたしも レッスン、お休みになるし 」
「 ふん ・・・ あの南のコテ―ジな、 予約した 」
「 きゃ〜〜〜〜 うれし〜〜〜〜 お兄ちゃん 大好き♪ 」
「 はいはい だから ― 忘れるなよ? ここ だ。 」
「 はあい うわあ〜〜〜 バカンスだわあ〜〜 」
「 ・・・ おい〜 聞いているのか 知らんぞ 俺は 」
「 わかってまあす ってば〜 うふふ〜〜 あのコテージ♪
そうだわ お気に入りのコットンのワンピース、持ってこっと♪ 」
「 ・・・ 」
兄の 呆れたため息が聞こえる。
― そう そうだったのだ。
あの日。 いつものこのカフェで落ち合う約束だったのだ。
「 なのに・・・ わたし 寝坊して 慌てて・・・
駅まで行こうって思ってしまって ― 近道の裏通り抜けて
それで それで ・・・ !
お兄ちゃん ごめんなさい ・・・
「 ん〜〜〜 相変らず 美味いなあ ここのカフェ 」
「 ・・・ そ そうね 」
「 さっき聞いたんだ 新人ギャルソン が入ったんだと。 」
「 え ・・・ どこ? 」
「 いま ほら 掃除してる 」
「 ・・・? 」
首を差し伸ばしてみれば ― 黒髪の青年が 店の入り口付近を掃除していた。
「 アジア系かな ランドシーン か ヴェエトナム か 」
「 ・・・ じゃぽね かも 」
「 あ〜 ? ま いいさ。 ヤツの淹れるコーヒーを楽しみにするさ 」
「 そう ね 」
どうしても どうしても 隣の席に真正面から向き合う勇気が でない。
ふらふらと視線を泳がしていて 壁の絵画に行き合った。
「 ・・・ ルオー ・・・ いいわよねえ 」
「 ああ? なかなかいい。 」
「 ね? ちょっとステンド・グラスみたい ・・・ 」
「 そうだなあ 宗教画が多いが それっぽくなくていい 」
「 ・・・ そう ね 」
「 アレも複製だそうだけど ― ここのマスターも好みなんだと 」
「 そうなの? ああ だからお店の名前に? 」
「 多分な 直接 聞いたワケじゃないけど 」
「 ・・・ ふうん ・・・ やっぱここ 好きだわあ
オ・レも お店の雰囲気も 全部 」
「 あんまり 粘ってると迷惑だぞ
今日は ・・・ いろいろなヒトが 来る 」
「 そうなんですって。 ねえ なにかあるの? 」
兄は 一瞬 言葉を切ったが す・・・っと低い声で応えた。
「 ・・・ 会いたいだけ だ ・・・ 」
え ・・・?
カランカラン。 戸口のカリヨンが鳴った。
「 やあ お久しぶり! 」
「 ・・・?
」
思わず振り返り すぐにもとに姿勢を戻したが ― 隣席には 誰もいなかった。
・・・あ ・・・
隣には 手が付いていないコーヒーと 吸殻のたまった灰皿がぽつん、と
置かれているだけだ。
「 ・・・お兄ちゃん ・・・? お兄ちゃ〜〜〜ん 」
立ち上がり店の中を見回してみたが 目指すヒトの姿はなく。
人々が 穏やかに静かに温かく 談笑してるだけ。
― ここは 町外れにあるカフェ。
極東の国の 湘南という地方の そのまた町外れの 古い民家を利用した
寂れた感じの カフェで ・・・ お客さん達の多くは黒髪・黒い瞳の
・・・ 日本人。
聞こえてくるおしゃべりも 日本語 なのだ。
「 ここ ・・・ パリ じゃないわ
ああ ・・・ わたし 夢 見てたのかしら ・・・
・・・ きっと このルオーの絵を見てて 居眠りでもしたのね 」
カタン ― 厨房へのドアから 先ほどの老婦人が出てきた。
「 お客さま 会えました ・・・? 」
「 ・・・ え ・・・? 」
「 まあ カップが空ですね お気に召しましたか 」
「 あ・・? え あ ああ そうですね
ここの オ・レ は 懐かしい味です。 ・・・ 昔の味 」
「 よかった ・・・ 主人の味にはまだまだですけど 」
「 ご主人? あ このお店のマスターさん? 」
「 ええ ・・・ 若い頃ね お客さんの御国で修業してたの。
もっとも 私達が知りあったのはずっと後ですけど 」
「 まあ そうなんですか あ それで あの・・・
ルオーの絵も・・・? 」
「 そうらしいです。 修業していたお店にもあって。
そうそう そのお店の名前も ルオー といったのですって 」
「 ・・・・! 」
「 ― もう一杯 いかがです? 」
「 あ ― 残念ですけど 今日は帰りますね・・・
この席 ・・・ カウンター席に座りたい方 いらっしゃるでしょう? 」
「 ええ ・・・ 今日はいろいろな方が みえるので 」
「 また 来ます。 とっても美味しかった・・・!
ごちそうさまでした 」
「 あらあ 嬉しいご感想を ありがとうございます 」
ふふふ ・・・ 老若二人の女性は微笑あった。
「 あの。 会えました 」
「 ・・・ 」
老婦人は 温かい笑みで黙ってゆっくりと頷てくれた。
カラン ・・・ カリヨンに送られ 外に出た。
「 ・・・ あ まだ暑いわあ・・・ すごい西陽ね・・・
そうそう ジョーにアイスを買って帰らないと〜〜〜 」
パチン。 小さな音とともに日傘を広げる。
カナカナカナカナ −−−−−−
蜩の声が 彼女の白い日傘の上に降ってきていた。
― 半時間の後
わっせ わっせ −− ザ ザ ザ ・・・
「 ふう〜〜〜 さすがにこの坂はキツいわねえ 」
フランソワーズは 足を止め、両手の荷物を下に置いた。
「 う〜〜ん 調子に乗って買い過ぎたかしら・・・
でもねえ ここのお豆腐は絶品だし。 八百屋さん御自慢の
ゴーヤーも 本当に美味しいのよね〜〜 」
ふう ・・・
汗ばんだ顔で空を見上げれば 茜色が見え始めている。
もうすぐ 夕風が立つ時刻なのだろう。
「 よおし〜〜 もう一息!
ドライ・アイスをもらったけど ジョーのアイスが溶けちゃうわね〜
・・・ あのカフェで すこしのんびりし過ぎたかしら ・・・
わたし 夢 みてたのかな ・・・ 夢でもいいわ。
わたし なんだか元気になったの。 さあ 行くぞ〜〜〜 」
自分自身にハッパをかけつつ 彼女はガシガシ・・・坂道を上っていった。
「 ただいまあ〜〜〜 」
玄関の前にたつと すぐにドアが開いた。
ジョーが 裸足で玄関の三和土に立っている。
「 おかえり!! わあ すごい荷物〜〜〜
ねえ 連絡してくれれば 荷物持ちに飛んでいったのに 」
「 ふふふ ありがと ジョー。
ちょっとね〜〜 筋トレよ。 このくらい・・・えっと・・・
昼メシ前 です? 」
「 あ??? ・・・ あは それを言いたいなら
< 朝メシまえ > だよ フラン 」
「 あら そうなんだ? あ ジョー アイス!!
ほら〜〜 ドライ・アイス 入ってるけど ・・・・ 」
「 わお〜〜 (^^♪ サンキュ♪ お がりがり君もある〜〜
あ 荷物、これとこれ? 一応全部 冷蔵庫へ加速そ〜ち! 」
「 あ こっちはね ズッキーニと玉ねぎだから。
冷蔵庫行きは この袋ね。 博士がお好きな ラム・レーズンの
カップも入っているわ 」
「 わお〜〜 じゃ ぼく お茶の用意するからさ。
きみは シャワーしてさっぱりしてこいよ〜〜 顔 真っ赤 」
「 え・・・ やだ〜〜〜 」
「 ゆっくり浴びてきなよ あ ・・・ カフェ・オ・レ? 」
「 う〜〜ん ・・・ さっぱり冷たいウチの麦茶、 お願い 」
「 了解〜〜〜 」
カチン カチャ ・・・
紅茶の香と 麦茶の香は 案外よく合うものだ。
ジョーは お茶タイムの準備をしつつ そんなコトを考えていた。
テーブルには それぞれの好みのお茶とアイスが並ぶ。
「 ん〜〜〜 美味しいなあ ・・・ 」
博士は スプーンを持ったまま溜息を吐いている。
「 ふふふ 博士、 本当にお好きなんですのね 」
「 あ? あはは いやあ〜〜 ワシはなあ アイスクリームとか
目がないんじゃよ これは 特に な 」
「 ぼくは なんたってコレ! 夏はがりがり君さあ〜〜
あ あとね スイカ・バーもいいよう〜〜 」
「 そうなの?? スイカのアイス? 」
「 あは 形がね。 ちゃんと種もあるんだよ 」
「 へえ・・・ 次、 買ってくるわ。 」
「 お願いシマス。 あ フランは? 」
「 わたしねえ これ 好きなの。 ほら レモンの輪切りが乗ってるソルベ。
こういうので 紙コップに山盛りになっていてね ・・・
スプーンで崩して食べてたの。 」
「 へえ〜〜 皆好みが違ってて 面白ねえ
とにかく夏はアイスに限ります〜〜って 」
「 そうねえ 日本はいろんな種類、売ってて楽しいわ 」
「 ふう ・・・ 暑い時期に熱いティもいいものだなあ
まあ 最もエアコンがしっかり効いておる中だが ・・・ 」
「 あのね 博士。 すこうし空気が変わってきたみたいですよ?
夕方 窓を開けてもいいですか 」
「 そうかい ・・・ ああ もうお盆じゃからなあ・・・
そんな時期だねえ 」
「 そうですよね ・・・ そうそう 下の商店街ではね
ちゃんと迎え火、焚いてたトコ、結構ありました 」
「 ほう〜〜? この辺りは古くから住んでいるヒトも多いしな
・・・ 送り火も多いだろうよ 」
「 ええ ・・・ ぼく なんとなく・・・ しみじみしちゃうんです。
ああ もう 夏も終わりだな って 」
「 ジョー。 火を・・・たくってどういうこと?? 」
「 あ あのね 迎え火 と 送り火 っていってさ。
お盆の最初の日と最後の日に こう・・・小さな焚火みたいの、するんだ。 」
「 ??? なぜ焚火をするの? 」
「 あ〜〜 焚火っていうか ・・・
迎え火 は 帰ってきたご先祖さまの霊を 迎える目印でさ
送り火は さようなら の挨拶かなあ 」
「 ふむ ・・・ この国らしい・・・ なんとも奥床しい習慣じゃな。
いいなあ と思うよ 」
博士も 少し遠くを眺める眼差しだ。
「 ・・・ ええ ぼく、教会で育ったけど 好きですねえ・・・ 」
「 うむ うむ お盆を過ぎると ああ 夏も終わりか、と思うよ 」
「 ね ・・・ 」
カナカナカナ −−−− 庭で蜩が鳴く
「 ねえ ジョー。 おぼん ってなあに 」
フランソワーズが こそ・・っと聞いた。
「 ・・・ え? 」
「 だから おぼん ってなに? これ・・・ じゃないわよね? 」
ツンツン ・・・ 彼女はテーブルの端に置かれたトレイを突いた。
「 ・・・ あ ああ そっか ・・・
あは 確かにそれも お盆 だよなあ 」
「 ? 」
クスクス笑うジョーに フランソワーズは困惑気味だ。
「 おぼん って カフェの方も言ってたのよね なあに? 」
「 あ〜 知らなくて当然だよね ごめん ・・・
お盆ってさ 日本の古くからの風習でね 」
ジョーは簡単にしか説明できなかったけれど まあそれで十分だった。
「 ・・・ ふうん ・・・ 帰ってくる のね 」
「 そうなんだ。 灯篭を流したりする所もあるんだって 」
「 そう ・・・ そうなの ・・・ そういう時期なのね 」
「 送り火焚いて 夏も送る・・・ のかもしれんなあ 」
「 博士〜〜 なんか感傷的になってますね〜 」
「 そりゃあ ワシだっていろいろ・・・ 思い出があるぞ? 」
「 わあ〜〜 聞きたいなあ〜 」
「 ふふふ ・・・ 夏の思い出は 秘すれば華 じゃよ。
ああ 美味しかった ・・・ どれ 夕方は少し散歩でもしてみるかな
ごちそうさま 」
博士は 上機嫌で席を立った。
「 あ〜〜 ウマ〜〜〜 」
ジョーは 二本目のがりがり君を ちびちび齧っている。
「 ・・・ ねえ ジョー。 会いたいヒトが帰ってくる のよね 」
「 え? ああ お盆の話か そうだねえ 」
「 なんか ・・・ ステキな習慣ね 」
「 うん。 どんなに時代が進んでも いいなあ〜 って思うんだ。 」
「 そう そうよね 会いたいヒト と ・・・ 会えるのね 」
「 そういう風に考えるとさ ― 一年に一回 会えるんだ って
思えて ― 淋しくない って 思ってたんだ 」
「 ・・・・ 」
フランソワーズは ジョーの腕に彼女の手を置いた。
「 ごめ ・・・ なんか エモーショナル過ぎかな ・・・ 」
「 そんなこと ないわ。
だって だれでも 会えるんだったら 会いたいヒト いるわ 」
「 うん ・・・ 」
それにね、と 彼女は麦茶のグラスを置いた。
表面に纏わりついていた雫が コースターに滲みを作る・・・
「 うん? 」
「 ・・・ 帰ってきたヒト だって ・・・ 会いたいと思って
帰ってくるんだって 思うの。 」
「 ・・・ あ ・・・うん そう かあ〜〜〜 そうかも ・・・ 」
「 そうよ ・・・ きっと ね 」
「 ん ・・・
あ そうだ〜〜 明日さ また晴れてたら買い出しの後
ちょっと付き合ってくれる? 」
「 いいけど ・・・ どこかでお買いもの? 」
「 ううん ・・・ ちょっと さ。 ウチも送り火しよっかな〜 って 」
「 え ・・・ なにか用意するの? 」
「 なにも いらないよ。 夕方 ちょっち付き合って? 」
「 いいわ。 」
「 サンキュ あ〜〜 今晩 なに? 」
「 ふふふ〜〜 ゴーヤーと お豆腐と ひき肉と。 」
「 わお〜〜〜〜 手つだうよぉ〜 ぼく、ゴーヤーの処理、上手いんだぜぇ 」
「 メルシ〜〜 そうそう トウモロコシ もあるの 」
「 わ〜〜〜〜〜〜 ♪ ぼくが茹でる! 」
「 うふふ 今晩は 夏のご飯 です。 」
「 さっいこ〜〜 あ サラダの材料とかも 獲ってくる!
ミニ・トマトとキュウリ だね 」
「 お願いしまあす。 はい カゴ 」
「 イッテキマス! 」
ジョーは カゴを抱えて裏庭の温室に飛んでいった。
カチャ カチャ ・・・ カチン
洗い終わったカップやお皿を丁寧に拭いた。
なぜか 今日は自動乾燥ではなく、ぱりぱりの布巾を使いたかったのだ。
「 ・・・ ねえ お兄ちゃん 会えて嬉しかったわ・・・
わたし 元気をもらった ・・・
・・・ 夏にまた 会える。 なんて素敵な習慣なの ・・・ 」
カナカナカナ −−−− 庭は蜩の合唱になってきた。
― 翌日
「 ・・・え こっち ・・・? 」
「 うん。 もうちょっと登るんだ 平気? 」
「 スニーカーだから 平気よ 」
買い出しの後、 ジョーに着いて海岸線の方にやってきた。
「 足元、気を付けて・・・ 」
「 ありがと・・・ なんかごつごつしてる・・・ これは岩? 」
「 いや 松の根っこだよ。
ほら ここ・・・ ず〜〜〜っと松林だから 」
「 ああ そうね ・・・ この辺は少し開けているけど 」
「 多分 以前はずっと松がしっかり生えてたんだと思う。 」
「 ・・・ そうねえ ・・・
・・・あら?? ねえ なんかわたし ここ ・・・
この景色 見覚えがある わ?? 」
フランソワーズは 崖ぎりぎりに生える松の太い幹に手をかけた。
「 ― あは 覚えてた? 」
「 ・・・ え〜〜と ・・・ あ。
ここに来てすぐの頃 ・・・ ジョー、 ここに座ってた わね? 」
「 じつは そうなんだ。 きみが後ろから上ってきて さ 」
「 なにをみているの って聞いたわ 」
「 ― うん 」
「 あの時 ・・・ あ〜 このヒトは009なんだ って思って 感心したわ 」
「 ・・・ あは あの さ ・・・ 実は 違うんだ 」
「 え なにが 」
「 あの〜〜 さ あの時 ぼくが見てたのは
― 本当はこっちなんだ 」
ジョーは その場でくるり、と後ろを振り返った。
「 ほら ・・・ 見てくれるかい 」
「 ?? ・・・ わ ぁ ・・・ 」
フランソワーズは思わず 声をあげてしまった。
目の前広がるのは 海とは反対側の山の斜面 ・・・
繁茂する夏草が 夕風に波打ち そこにまだまだ強い夕陽が当たっている。
「 ・・・ え ・・・ ここ 海 ?? いえ 山裾よねえ・・・
でも でも 草が波になってる! 海 だわ ・・・
すご い ・・・ 」
「 なんか 不思議な景色なんだ ・・・ 海じゃないけど ぼくにも
海に見えて 引きこまれるみたいで さ 」
「 ・・・ すごい わ ・・・ 別の世界 ・・・ 」
「 ここに住むようになって 海岸の方を点検してて 見つけたんだ。
最初 ぼくも本当にびっくりした ・・・
すごく気になってさ 何回も来てたんだ 」
「 ・・・ そうなの ちっとも知らなかったわ 」
「 皆で暮らすの、楽しかったけど でも 時々 ・・・
ぼくにとって大切なヒトを 思い出して さ・・・
もう会えないけど でも やっぱり会いたくて 」
「 ・・・ 」
「 ― ひとりになりたい時に ここに来るんだ。
草がうねってるの、ぼ〜〜〜っと見てると なんか ・・・
聞こえる気がして ・・・ 」
「 ・・・・ 」
「 ここにいるよ ちゃんと見守っていますよ って。
それで ― 」
彼は 言葉を切った。
目を細め 波打つ夏草に 視線を飛ばしている。
さわさわさわ −−−− 緑の波が ゆれる ゆれる
「 ・・・ ジョー 言わなくても いいのよ?
自分の中にしまっておいて ・・・? 」
「 うん ・・・ ありがと フラン ・・・
今日は さ 一緒に見送ろうと思って ― 夏を 」
「 ああ そう ね ・・・ 夏を ね 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
ジョーの視線は なにを追っているのだろう・・・
あなたの 哀しみ は なあに
・・・ ううん 言わなくていいの
だれでも そっと持っていたいこと
あるものね
「 あ ねえ そうだわ。 明日はね わたしに付き合って?
ステキなカフェを見つけたの。 カフェ・オ・レ が絶妙〜 」
「 へ え? どこ? 駅前の方? 」
「 ううん 下の商店街の う〜〜〜んと外れ。
初めてのトコだったんだけど ― 不思議な場所 」
「 フランのお気に入り? ぼくに教えてしまって いいのかな 」
「 ・・・ い いいの。
ジョーにも 行ってほしいの。 あの ね 」
「 ?? うん? 」
「 ・・・・ あの。 会えるかも しれないから。
会いたいヒトが 待っているかもしれないの。 」
「 ?? よく わかんないけど ・・・
いいよ うん 一緒に行こう 」
「 メルシ♪ あのね とってステキなところよ 」
「 ふうん ・・・ 楽しみだね 」
「 ね。 ああ ここ ・・・ 気持ち いいわねえ〜〜
お〜〜〜〜い わたし ここにいるわよぉ〜〜 」
フランソワーズは 西陽を受けつつ大きく手を振った。
「 ・・・ あは ・・・ 」
「 ? なあに 」
「 うん ・・・ きみって なんか ― 元気でいいなあ
なんか ぼくも元気 分けてもらったかも ・・・ 」
「 そう? 皆で元気になれれば 最高よね 」
「 ん ・・・ 帰ろうか 」
す ・・・。 大きな手が差し出された。
「 ・・・ ええ! ウチへ 」
ごく自然に 白い手がその上に置かれた。
コツコツ コツ ザ ザ ザ
み〜〜〜〜ん みんみんみん み〜〜〜〜〜ん ・・・
日中はまだまだ ミンミン蝉が威勢のよい声を上げている。
白い日傘と グレーのキャップが 並んで歩いてくる。
次の日、ジョーと一緒に町外れの あのカフェを目指しやってきた。
「 この先 なのかい 」
「 そこの ・・・ 植木屋さんのもっと先にね ・・・ 」
「 ふうん この先にも店舗とかあるんだ? 」
「 そうよ 普通のお家を改築した感じなの。
お庭をね オープン・カフェみたいにしていて ・・・ 」
「 へえ ・・・ 」
「 ・・・ あれえ おかしいわねえ・・・ 空き地ばかりだわ 」
「 う〜〜〜ん この辺りは 多分畑とかにもなってないと思うけどなあ 」
「 でも ね この前 ・・・ 」
「 あ? あの空き地 ― ほら 家屋の跡がある。 」
「 え?? どこ・・・ あ ・・・・ 」
辛うじて舗装が残っているでこぼこの道の片側に 空き地がみえる。
「 うわあ 草だらけ・・・ 」
「 すげ〜や 草ぼうぼうだ ・・・ ちょっと入ってみようか 」
「 ・・・ いいの? 」
「 柵もないから ちょっとだけ ・・・ 」
「 ・・・・ 」
草ぼうぼうの空き地に残された家屋の跡も ずいぶん昔に朽ちたらしい。
ことん。 ころころ ・・・ 草の中でなにかが転がった。
「 あら なにか蹴飛ばしたわ わたし 」
「 え ・・・ なに あ? 」
ジョーは足元の夏草の中に屈みこみ 取り上げた。
変色し始めている野菜で 割り箸が数本挿してある。
「 ・・・ やあ これ、お盆のさ、キュウリとナスのウマだあ 」
「 ?? ウマ??? これが・・・? 」
「 うん ― 誰かが お盆が終わって捨てたのかなあ 」
「 ??? おぼん と関係があるの? 」
「 うん。 ああ やっぱりね きみはここで 会いたいヒトと
会えたんだよ 」
「 そ そう・・・? 」
「 ・・・ そうさ。 皆 これに乗って還ってきてくれたのさ
そして これでまた 還っていったんだ 」
「 ふうん ・・・ これも 夏の習慣なのね 」
「 習慣 というか 古い風習かなあ ぼく 好きだけど 」
「 ― ね ・・・ ジョー。
次の夏 ・・・ またここに来ましょう? 」
「 え ・・・ 」
「 会いたいヒトに 会えるわ。 きっと。 」
「 ・・・ そう だね 会えると いいな ・・・ 」
「 ね ・・・ 」
真夏の ・・・
夏は 暑さは
いろいろな 領域を曖昧にする
だから。
会いたいあのヒトと 会えるよ
還ってきたあのヒトも
あなたに会いたかった はずだもの
カナカナカナ ーーーー 蜩が夏を送っている
**********************
Fin.
*******************
Last updated : 08.23.2022.
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************** ひと言 ***********
晩夏って すご〜〜く好きな時期 ・・・
93はいつだって切ないよね (>_<)