『 さらば ロ−レライ 』
「 ジョ−・・・! やっと見つけた。 」
「 ・・・あ。 フランソワ−ズ ・・・・ 」
ぽん、と軽く肩を叩かれ ジョ−はすこしばかり驚いて振り向いた。
どうやらずっと この船尾のデッキで水面に消えてゆく航路を見つめていたらしい。
気がつけば、周囲に人影はなく大半の客は船首デッキや展望台に登っているようだ。
それはそうだろう。
ここ − ドイツをゆったりと流れるライン川、 そこを下ってゆく観光船のウリモノは
左右の岩壁に次々とあらわれる中世の城見物なのだ。
好き好んで狭く展望の悪いこんな船尾のデッキには来ないだろう。
「 デッキに行くっていうから。 船中のデッキを捜しちゃったわ。
どうしてこんな 見晴らしの悪いところにいるの? 」
「 え ・・・ あ、ああ。 なんとなく・・・ ちょっと考えごと、してて・・・ 」
「 まあ。 − 考え事 ? ここで? 」
フランソラ−ズの青い瞳が大きく見開かれ笑みさえ浮かんでいる。
「 う、うん ・・・ ここなら静かだろ。 」
「 ・・・ 可笑しなジョ−ねえ。 」
フランソワ−ズはとうとうくすくすと小さく笑いだしてしまった。
「 ・・・ そうか、そうだよね。 ・・・ 可笑しい、よね、ぼく。 」
ジョ−もつられて笑顔になった。
そんな二人を見透かしていたのか、観光船のスピ−カ−から突如音楽が流れ始めた。
「 なあに ・・・? 歌・・・? 」
「 ・・・・あ。 そうだ、きっともうすぐ、アレが見えるんだよ。 」
「 アレ? また別のお城なの? 」
「 いや、城じゃなくて。 ほら〜〜 ライン川ってば アレだよ・・・ ♪なじ〜かは・・・ 」
「 え、え?? 」
ジョ−が珍しくも小声でなにか口ずさみ始めたので、フランソワ−ズはますます目を丸くしてしまった。
「 え・・・って。 知らないかな。 う〜〜ん、フランスでは習わないか・・・ 」
「 習うって??? あ・・・ この曲・・・? 」
フランソワ−ズはやっと気づき 少々音が割れているテ−プの音曲に耳を傾けた。
「 うん。 日本ではね、音楽の時間に習ったし・・・旧い歌らしくて結構年配の人たちも
歌ったりするみたいなんだ。 」
「 まあ・・・ そうなの。 聞いたことはあるメロディ−だけど・・・・ 」
「 そっか・・・ 日本人だとライン川ってばすぐ ロ−レライって連想するかもな。
あ、そろそろ見えるんじゃないかな、アレ。 」
「 ロ−レライの伝説は知っているわ。 でも・・・アレってただの岩よ? 」
「 そうなんだけどさ。 やっぱりこの設定であの曲まで流れると 少々ロマンチックな話を
思い出してしまうさ。 」
「 ・・・ ふふふ ・・・ やっぱり可笑しなジョ−。 ・・・ ハックション・・・・! 」
フランソワ−ズは笑いつつ 小さなくしゃみをした。
「 あ、寒いかい。 ・・・ じゃあ、熱いお茶でも飲もうか。 舷側にカフェがあるだろ。 」
「 わあ・・・ 嬉しいわ。 お茶にしない?・・・ってあなたを捜していたのよ、わたし。 」
「 ごめんごめん・・・ それじゃ・・・ えっへん。 え〜〜・・・ ま、Madame,s'l vous plait ? 」
ジョ−はぎこちなく腕を差し伸べた。
「 Merci, Monsieur ・・・! 」
フランソワ−ズは満面の笑みで 彼の腕に白い腕を絡めた。
ふふふ ・・・ ジョ−らしくないけど。
一生懸命 ヨ−ロッパ風にしてくれているのね・・・
・・・ だって♪ 記念の旅行ですもの。 ・・・ わたしたちのハネム−ン♪
「 ねえ ジョ−・・・ 」
「 うん? なんだい。 」
「 ふふふ ・・・ なんでもなあ〜い♪ 」
フランソワ−ズはことん・・・とジョ−の肩に頭を摺り寄せた。
「 ??? 可笑しなフランソワ−ズ ・・・ 」
ジョ−は笑って彼女の腰に手を回し、二人はぴたりと寄り添ってデッキを歩いていった。
春もそろそろ本番を迎えようか・・・というある日、 ギルモア邸のポストには今時めずらしくも
エア・メイルが一通 差し込まれていた。
「 ・・・ あらあ。 だあれ・・・ アルベルトからだわ。 」
フランソワ−ズは庭掃除がてらポストを覗きにきて 歓声をあげた。
「 え・・・ 博士と あらら・・・ ジョ−とわたしと・・・ 皆連名じゃない? 」
きっちりとした筆跡を眺め フランソワ−ズはちょっぴり頬を染めた。
Dr. Gilmore Mr. J. Shimamura Mrs. F. Shimamura
なんの変哲もない封筒の表面が 彼の気持ちを語っている。
「 ・・・ ふふふ ・・・ 変なの、わたしったら。 こんなコトで ・・・ 」
目尻にぽつん、と浮かんだ涙を 彼女はそっと払った。
永すぎる春、というか何回も廻った春、にようやく終わりを告げ、ジョ−とフランソワ−ズは
やっと結婚式を挙げた。
といっても博士と仲間達だけのほんの質素なものだったが・・・
ジョ−にとってはケジメをつけ、ちゃんと婚姻届を提出したことが大いに意義があり、
フランソワ−ズは神の御前で愛するヒトとの永遠を誓えたことがなによりであった。
ともかくやっと<公認の仲>の二人は <若夫婦>として落ちち着き、また以前と大して
変わりのない日々が穏やかに流れていたのだった。
「 ほう? アルベルトからか。 珍しいのう・・・・ 」
博士も 手にした封筒をしばし眺めていた。
メ−ル全盛の昨今、 仕事は勿論 仲間達の私信 ― 簡単な日常報告が主だったが ― も
ほとんどがパソコン経由であり、所謂紙媒体による通信はほとんど利用しなくなっていた。
「 ワシが開けてもよいかな。 これはお前達宛でもあるぞ。 」
「 どうぞ。 もしよかったら読んで聞かせてくださいませんか。 」
なあ? と振り返ったジョ−に フランソワ−ズも微笑んで頷いている。
「 そうか ・・・ それでは。 ふふん ・・・ おや、手書きか。 アルベルトらしいのう。 」
博士は広げた便箋にざっと目を通してからゆっくりと読み始めた。
「 ・・・ と。 アルベルト・ハインリヒ拝。 ・・・ ふむ・・・・ 」
博士の声がやみ、リビングには ただ潮騒だけが単調に聞こえているだけとなった。
かさり、と博士が便箋を畳む音がやけにはっきりと聞こえる。
ジョ−はソファに腰掛けたまま じっと自分の足先を見つめている。
眼鏡をはずし、博士は愛用のパイプを手にとったきりやはり口を閉ざしたままだ。
「 ・・・ あの ・・・ 伺ってもいいですか。 」
フランソワ−ズがそっと口を開いた。
「 ・・・ あ? ああ、なんじゃな。 」
「 あの ・・・ アルベルトの報告ですけど。 わたしの記憶違いかもしれませんが・・・
以前にも似た事件がありましたわね? 彼もちょっとそう言ってますが・・・ 」
「 おお、覚えておったか。 そう やはりこんな風に彼からの手紙で依頼されて
イワンとワシが作った装置をジョ−に持っていってもらったことがあったわい。 」
「 ええ、ええ。 確かあの時・・・ そう、ロ−レライの歌のようだ・・・って
アルベルトが言ってましたわね。 ねえ、ジョ−。 覚えているでしょう。 」
「 ・・・ ああ。 」
ジョ−はぽつり、と答えたきり姿勢を崩そうとはしない。
「 あの時、一応事件は解決したはずですよね。 陰謀のモトとなっていた古城は
破壊され、首謀者は死んだって・・・・ 」
「 うむ、あの <ロ−レライの歌> は一種の超音波兵器じゃった。
それが ・・・ 今頃になってまたぞろ < 魔女が出る > とはな。 」
「 ・・・ 魔女伝説は残っていたのですね。 」
「 ジョ−、お前に心当たりはあるかの。 アルベルトは皆目見当がつかない、と言っておるが。 」
「 ・・・ いえ。 わかりません。 」
「 そうか。 ま、取り合えず、彼の依頼の装置じゃが。
以前より格段に性能アップのヤツを作るでの、二人で届けに行っておいで。 」
「 え・・・ 二人でって・・・・ 」
「 ふふふ ・・・ お前達、結局まだハネム−ンにも行っておらんじゃないか。
アルベルトを訪ねがてら・・・ 楽しんでこい。 」
「 ハネム−ンって・・・ 博士・・・ 」
フランソワ−ズの頬がさくら色に染まる。
「 なあ、ジョ−。 お前も忙しくなる前にちょっと息抜きをしてきてはどうかね。
フランソワ−ズも久し振りにヨ−ロッパの空気が吸いたいじゃろうし。 」
「 ・・・ 博士。 博士は どう思われますか。 」
「 なにがじゃね。 」
「 その・・・ アルベルトの手紙です。 また あの地で魔女騒動がおきているって。 」
「 ふむ。 お前やアルベルトと同じ考えじゃ。 」
博士は パン・・・っと手紙を指で弾いた。
「 それじゃ 後ろで ・・・? 」
「 ああ。 ヤツらにはこんな、地域にはびこる風評やら噂は恰好の隠れ蓑じゃからな。
ハネム−ンを薦めておきながら申し訳ないがの、アルベルトと協力してくれんか。 」
「 はい、勿論。 ・・・ フランソワ−ズ、きみは留守番をしておいで。 」
「 ジョ− ・・・! 」
カチャン・・・! フランソワ−ズのティ−・カップがテ−ブルで大きな音をたてた。
「 旅行はまた別に機会にしよう。 これは ミッションだ。 」
「 ジョ−。 それなら、ミッションなら尚の事よ、一緒に行くわ。 」
「 ・・・ フランソワ−ズ。 」
「 何回も言っているでしょう? わたしだって皆の仲間、ミッションには参加する権利があるわ。」
「 しかし ・・・ 」
「 まあまあ、ジョ−。 一緒に行っておいで。 彼女の能力を必要とするかもしれん。
お前達とアルベルトでミッションを完遂して欲しい。 なに、例の装置はすぐに作るでの。 」
「 ・・・ はい、わかりました。 」
「 それではわたしはアルベルトに連絡をとります。 こちらからはメ−ルでいいですよね。 」
「 そうだね。 ・・・ でも なんだって彼は手紙で連絡してきたのかな。 」
「 そうねえ。 ミッションなら迅速な行動が一番なのに。 」
ジョ−とフランソワ−ズは改めてアルベルトの手紙を手に取った。
「 ま、恐らくこれは彼の<招待>なんじゃろ。 そりゃ勿論 ミッション絡みじゃがの。
お前達二人に ゆっくり旅行にでもおいで、とな。 」
「 まあ・・・ それなら、すごく嬉しいですわ。 わたし、ライン川流域とか行った事ないんです。 」
「 へえ? そうなんだ。 同じ大陸なのに・・・ 」
「 あら。 一応ちがう国なのよ? それに、ジョ−、あなたが東京タワ−に登ったことがないって
いうのと同じよ。 」
「 え・・・ そうかなあ。 」
「 そうよ。 」
「 ・・・ フランソワ−ズ。 きみって結婚してから・・・ すごく強気だよな〜 」
「 あ、あら・・・・ そんなこと、ないわよ。 」
「 あるよ。 」
「 ないったら・・・! 」
「 おいおい・・・ 夫婦喧嘩はやめておくれ。 ワシは例の装置に着手するでの、
お前達、出発の手配を始めるといい。 」
本気で口喧嘩を始めた二人に、博士は苦笑して割って入った。
春の風が潮の香りと ほのかに木々の稚いにおいも運んできている。
ギルモア邸はのんびりと春たけなわな日々を迎えていた。
空路、ケルン・ボンに入りそこから列車でライン川流域の都市・リュ−デスハイムに向かうこととなった。
春たけなわの東京を発ってほぼ一日、 ドイツの街なまだ浅い春を迎えたばかりだった。
「 う〜〜ん ・・・ ああ、やっと脚が伸ばせるよ。 」
列車を降り ジョ−は大きく伸びをした。
「 ふふふ、そうねえ。 飛行機から乗換えてずっとなんとなく窮屈だったわ。
・・・ あら。 結構まだ寒いのね・・・ 」
「 うん? そうだね。 ほら・・・・ まだ木の芽がこんなに小さいよ。 東京よりずっと寒い。 」
「 ええ、すっかり忘れていたわ。 ・・・ 手袋を持ってくればよかった・・・ 」
フランソワ−ズはスプリング・コ−トの前をしっかりとかきあわせ、しきりと手を擦っている。
「 あれ・・・ 寒いの。 」
「 ちょっと、ね。 4月はまだまだ冬の終わりだったのよね。 ・・・ クシュン・・・! 」
「 ほら、やっぱり寒いんだろ。 ・・・・ああ、こんなに冷たい手をして。 」
ジョ−はフランソワ−ズの白い手をしっかりと両手で包み込んだ。
「 ・・・ ジョ−の手 ・・・ あったかい・・・ 」
「 きみのが冷たすぎるんだ! さあ、早くホテルに入ろう。 」
「 あら・・・ せっかくですもの、この街をすこし見物しましょうよ? ほら、素敵な路・・・ 」
フランソワ−ズは駅前から延びる石畳の路を見やった。
なんの変哲もない路なのだが 縁取る街路樹がぽちぽちと若芽を見せ始めている。
古風な街燈の下、 行き交う人々はまだしっかりしたコ−トを着込んでいた。
「 だめだよ。 もうすぐ日が落ちるし・・・・ 今日は温かくして早く休もう。 」
「 あ・・・ ん。 」
ジョ−はフランソワ−ズの腕とり、どんどんと駅の斜向かいにある近代的な建物にむかって
歩いていった。
「 ・・・ もう・・・ ジョ−ったら。 このごろ 本当に強引なのね。 」
「 ?! きみが! わがままばかり言うからだろう? 」
「 あら! いつ、わたしがわがままを言ったかしら。 ただちょっと見物したいな〜って
思っただけじゃない。 わがままなんかじゃないわ。 」
「 それが! わがままだって言うのさ。 ・・・ な、もう喧嘩、やめよう・・・ 」
「 ・・・ ごめんなさい ・・・・ わたし ・・・ 」
「 いや ぼくも・・・。 さあ このホテルだぞ。 」
二人は所謂アメリカ風な大きなビルのホテルに入っていった。
「 ・・・ やっぱり暖かいわね。 」
「 そうだね・・・・ 」
広々としたロビ−に足を踏み入れた途端にフランソワ−ズはこそ・・・・っと隣にいる
彼女の夫に耳打ちをした。
ジョ−はしっかりと彼女を抱き寄せたまま、ずんずんとロビ−を横切っていった。
「 何階なの。 後ろの森は見えるお部屋かしら。 」
「 うん、多分きみがそういうだろうな・・・って思って アルベルトに頼んでおいたんだ。
ともかく景色のいい部屋をってね。 」
「 嬉しいわ。 ・・・ ね、わたし達 ・・・ ハネム−ン、なのよね。 」
「 そうだよ、奥さん・・・ 」
ジョ−はすい・・・っと彼女の唇を掠めてた。
・・・ まあ。 照れ屋さんのジョ−が・・・ こんなところで。
きっと外国だからあまり気にならないのね・・・
「 ・・・ なんだい。 」
ホテルのフロントから戻ってきて、くすくす笑っている彼女にジョ−はちょっと不思議そうな眼差しである。
「 ふふふ なんでもないの。 ちょっと・・・ 楽しいな〜っておもっただけ。 」
「 ? もう・・・ 本当に可笑しなフランソワ−ズ。 」
「 さあ、お部屋に行きましょ。 何階? 」
「 うん ・・・ あの。 ごめん。 」
「 え、なにが。 」
「 あの、さ。 こういう時って・・・ ロイヤル・スウィ−トとかがいいんだろ? 」
「 ・・・ こういう時?? 」
「 あの ・・・ そのゥ ・・・ し、新婚旅行とか・・・ 」
ジョ−は相変わらずもごもごとフランソワ−ズに耳打ちをする。
先に荷物を運んでゆくボ−イを 気にしているらしい。
本当に可笑しなヒト ・・・ さっきは急に大胆になったり
今は細かいコトを気にしてみたり・・・
フランソワ−ズはまたまた笑いがこみ上げてきたが 一生懸命取り澄ました顔をしてみせた。
「 あら。 ロイヤル・スウィ−トじゃないの? 」
「 ・・・ ごめん! 急な話だったんで取れなかったんだ。 本当にごめん。 」
「 ま。 がっかりだわ。 せっかくのハネム−ンなのに。 」
つん、とそっぽを向いてしまった妻に ジョ−はおろおろしている。
「 ごめん! あの ・・・ もし、どうしてもイヤなら他のホテルに移るかい?
えっと ・・・ 近くで同じクラスのホテルは・・・っと ・・・ 」
ジョ−はごそごそと携帯を取り出し なにやら必死で検索をし始めた。
「 ジョ−ぉ? わたしこそ、ごめんなさい! ウソよ、冗談だってば。
わたし、ジョ−と一緒に泊まれるなら何処だって嬉しいわ。 このホテル、大好きよ。 」
「 ・・・・え ・・・・ 」
「 ね? だ ・ か ・ ら。 ちょっと拗ねてみたかっただけ♪ 」
「 ・・・ もう ・・・! 」
「 ? あら・・・ きゃ・・・ ヤダ、なに、どうしたの〜〜 ジョ− ・・・ 」
にっこり笑い、首ったまにかじりついてきた彼女を ジョ−はひょい、と抱き上げた。
「 新婚旅行だもの♪ 花嫁を新床にお連れする時にはこうするのが ・・・ 礼儀だろ? 」
「 礼儀って・・・ ヤダ、ここホテルよ、ヒトが見てるわ・・・ 」
「 いいじゃないか。 ぼくらは新婚サンなのさ♪ ああ、君、ありがとう。 」
日本語などわかるはずもなく、ただ目を丸くしているボ−イにジョ−はチップを押し付け
さっさと部屋に入ってしまった。
・・・ そう、彼の 長年の恋人 ・ つい最近新妻 をしっかりと抱き上げたまま。
・・・ あ ・・・ ヤダ、わたしったら・・・ カ−テン、ちゃんと引いてなかった・・・
フランソワ−ズは気だるい眠りの底からゆらゆらと浮かびあがってきた。
いつもと同じ匂いが ようく知っている温か味が 自分を取り巻いている。
枕かわりに頬を寄せている広い胸も 変わらずにすべすべとした感触だ。
身体の奥にまだ残滓の熱さがほのかに感じられる。
あら。 わたし、寝ぼけたのかな・・・・ もう朝かしら
・・・・ でも。 なにか が ちがう ・・・? あれ ・・・
やがてぼんやりと見開いた眼には全くみなれない天井が見えてきた。
「 ・・・ あら・・・ ここ ・・・ どこ・・・? 」
「 ・・・ う ・・・ ん ・・・ 」
「 あ・・・ ジョ−、ごめんなさい。 起こしちゃった? 」
「 う ? ・・・ ああ、フランソワ−ズ ・・・ 」
ジョ−の腕が伸びてきて彼女の亜麻色の頭をくりゃり、と引き寄せた。
「 まだ・・・ 夜だよ? どうした。 」
「 ジョ− ・・・ いつもと違うベッドだからかしら。 目が覚めちゃった・・・ 」
「 ふふふ 寝心地、悪かったかい。 」
「 ううん すごく素敵♪ このリネン、ボルド−社のでしょう? 憧れだったの♪ 」
「 ふうん ・・・? 」
「 ね・・・ ちょっと カ−テン、閉めてくるわ。 なんだか外が明るいみたい・・・ 」
「 まさか。 まだ真夜中だぜ。 」
「 でも ・・・ ちょっと待ってね。 」
フランソワ−ズはするり・・・とジョ−の腕を抜け出すと ガウンを羽織り窓辺に近づいた。
ゴブラン織りの重厚なカ−テンがすこし間を空けていた。
「 ・・・ あら。 」
「 ・・・ どうかしたかい。 」
「 明るいな・・・って思ってたら・・・ お月様よ! 月明かりだったのね。 」
フランソワ−ズはもう少しだけカ−テンを開け、じっと外を見つめている。
「 ・・・ きれい ・・・ お星様も降ってきそうよ〜〜 」
「 はやり空気が澄んでいるのだろうね。 」
「 ねえ、ジョ−? ちょっといらっしゃいよ。 ライン川に きらきら・・・お月様の光が
散ってとてもキレイよ。 」
「 ・・・ そんな恰好でずっといると風邪ひくぞ。 」
ジョ−も起きだしてガウンをひっかけている。
「 ちょっとだけよ。 ・・・ ほら ・・・ すごいわ・・・ ウチから見える海ともちがって・・・ 」
「 ・・・ ほんとうだね。 月明かりって凄いなあ。 」
「 明日はあの川を下るのね。 えっと ・・・ ザンクト・ゴアまで。
問題の村はそこよりも 遡って・・・ ジョ−は以前に来たことがあるのでしょう? 」
「 ・・・ ああ。 アルベルトと、例の <ロ−レライの歌> を調査しにね。 」
ジョ−はまだじっと、月明かりのもとに輝く川面をみつめている。
「 ジョ−。 よかったら ・・・ 話して? 以前に何があったの。 」
「 以前にって・・・ 」
「 アルベルトと調査に行った時よ。 <ロ−レライの歌>の。 」
「 ・・・ 聞きたいかい。 あまり愉快な話ではないよ。 」
「 ええ。 今度のミッションにも関係があるのでしょう? 聞かせて。 」
「 ・・・・・ 」
ジョ−は黙って彼の細君の肩を引き寄せた。
ガウンの下の細い身体は すこし震えていた。
「 冷えるから。 ベッドに戻ろう。 話はそれからさ。 」
「 わかったわ。 」
カ−テンをきっちりと引き、二人は冷えた身体でベッドにもぐりこんだ。
「 ・・・ あの時。 ぼくはアルベルトを置いて単身 <城> に潜入したんだ・・・ 」
フランソワ−ズの身体に腕を回し、 ジョ−は淡々と語りはじめた。
ぱしゃ・・・・ ! ラインの水面でなにかが ・・・ 銀の鱗を煌かせ跳ねた。
「 まあ・・・ そんなことがあったの。 ジョ−ったらちっとも話してくれなかったじゃない。 」
「 ごめん・・・ あまり後味のいい事件じゃなかったし。
ぼくは あの二人を助け出すことができなかった・・・! せめて あの娘さんだけでも・・・ 」
「 そうね。 魔女伝説って中世のことだと思っていたわ。 」
「 うん、ぼくもすこし 驚いた。 」
「 でも ・・・ わたし達だって ・・・ 魔女 ・・・ 異端の存在なのよ。
どんなキッカケで <狩られる> か わからない。 」
「 ・・・・・・ 」
「 やっぱり。 この世に存在してはならないモノ ・・・ なのかしら。 」
フランソワ−ズは目の前に 白い手を翳している。
・・・ 見てるんだ ・・・! 自分の手を。 機械の詰まった ・・・ 手を・・・!
「 ・・・ フランソワ−ズ! 」
ジョ−はきゅ・・・・っとその腕ごと 彼女を抱き締めた。
「 きみは! いや、ぼく達は機械なんかじゃない・・・! 」
半分 機械じかけの人形じゃないか・・・!
あの女博士の罵声が ジョ−の耳の奥にがんがんと蘇る。
普段、極力忘れよう・・・ 忘れたい、と意識的に封じている事実を
シモ−ヌ・ロ−レライは完膚なきまでに暴きたてたのだった。
あの声は いまも、ジョ−の心の奥に刻まれている。
「 ぼくは ・・・・ 機械なんかじゃない ・・・ ! 」
「 ジョ− ・・・ どうしたの・・・・あ ・・・ああ ・・・ 」
ジョ−はいきなり身体の向きを変えると 目を見張っているフランソワ−ズをそのまま組み敷いた。
「 ちがう、ちがう・・・! ちくしょう! 」
「 ・・・ きゃ ・・・ ね、 どうし ・・・ た ・・・・ ぁ ・・・・ 」
彼女の細い悲鳴を口付けで封じ、そのままかなり強引に彼女の中にもぐりこんでゆく。
・・・ ああ ! ここは 暖かい・・・!
そう、ぼくが そしてきみが。 ちゃんと生きている証拠 ( しるし ) ・・・
欧州の夜気が彼女の白磁の肌を 桜いろ・・・いや、薄薔薇色に染め上げてゆく。
二人のハネム−ンは 熱い夜を迎えていた。
翌朝、春まだ浅いドイツの空は綺麗に晴れあがっていた。
うすい雲が時々かかるが ライン川は日の光を受けゆうゆうと流れている。
「 わあ・・・ 朝のライン川も綺麗ねえ・・・ 」
「 うん、ヨ−ロッパの川って広いなあ。 ちょっと湖みたいに見えるね。 」
「 そうねえ。 今日はお城が沢山見えるのでしょ。 でも・・・ こんな綺麗なところで
いったいなにが起きているのかしら。 」
フランソワ−ズは眉をひそめ、じっと沿岸の街を見やった。
「 うん ・・・ ともかくなんらかの理由で人々を近づけたくないのだろう。
ふん、人目を避けてこそこそ・・・というのはロクなことではないよ。 」
「 そうね。 土地の伝説を利用して ・・・やはり NBGかしら。 」
「 表向きは違っても必ず後ろで糸を引くヤツがいる。 それがヤツらと繋がっていないといいのだが。 」
「 見逃さないわ、絶対によ。 」
「 うん。 あ、でも ザンクト・ゴアに着くまではライン下りを楽しもうよ。
・・・ 目も耳も ・・・ 使わなくていいから。 」
「 わかったわ。 ・・・ ふふふ ・・・ そうよね、わたし達、ハネム−ンに来たのですものね。 」
ことん、とフランソワ−ズはジョ−の肩に頭を寄せた。
「 そういうこと。 ぼくの ・・・ 奥さん♪ 」
船はゆっくりとリュ−デスハイムの船着場から出航していった。
「 アルベルト! 」
「 ・・・ よう。 奥さん 」
「 ま・・・ イヤだわ、そんな大声で・・・ 」
下船した観光客でごったがえす船着場で、フランソワ−ズはすぐにアルベルトをみつけた。
相変わらずの革ジャンに身を固め、彼は発着所の一番隅に佇んでいた。
「 アルベルト。 久し振り。 遅くなってごめん。 」
「 なあに、ハネム−ンの最中に悪いな。 」
二人は人混みを掻き分けやっと銀髪の独逸人の側にやってきた。
「 ミッションのついでに ちょっと観光してきただけさ。 」
ジョ−もにやっと笑い、004と009はがしっと握手をした。
「 それで・・・? 問題の場所は。 あの時と同じなのかい。 」
「 ふん。 ま、これから案内する。 乗ってくれ・・・ 」
アルベルトはくるりと振り向くとすたすたとパ−キング目指して歩いていった。
「 例の装置・・・ これなんだ。 」
「 ほう。 ますますコンパクトになったな。 」
アルベルトの車が幹線道路にでると、ジョ−はすぐに内ポケットから封筒をとりだした。
彼の掌には 旅行用の耳栓にも似た小さな装置が一対、乗っている。
「 うん、まったく凄いよ。 これで前回のよりも完全に遮断できるはずだって。
そして普通の音声はちゃんと聞こえるそうだよ。 」
「 そうか。 さすがギルモア博士だな。 」
「 ・・・と、イワンもね。 」
なんとなく穏やかな雰囲気が車内に満ちた。
「 その ・・・ <ロ−レライの歌>って、超音波ミュ−ジックなのでしょう? 」
後部座席からフランソワ−ズが話しかけた。
打ち合わせもあるだろうから・・・と今はジョ−が助手席に座っている。
「 ああ、そうだな。 あれは一種の音楽だった。 」
「 ジョ−も聞いたの? どんなカンジ? 」
「 うん ・・・ なんていうかな。 どの音楽ジャンルって特定はできないんだ。
だけど、不思議な<音>がぐいぐいと心を浸食していって ・・・ 何も考えられなくなった。
それでもあの音に引き寄せられるみたいに ふらふら・・・足が勝手に進んでいったよ。 」
「 ・・・ まさに、 ロ−レライの歌に魅せられ川に引き込まれた漁師と同じだ。 」
「 ・・・ そうなの。 それを・・・ その女博士は利用していたのね。
復讐のために、 村人達を誘き寄せるために・・・ 」
「 そうだ。 もともとはある国の超音波兵器として開発中に、彼女はドロンしたってわけさ。 」
「 きっと・・・ はじめから復讐が目的だったのよ。
その女博士もその国の軍事開発を 利用したのじゃない? 」
「 おそらく、ね。 彼女の眼中にあったのは復讐だけだった・・・・
それだけのための 人生だったようだよ。 」
「 ・・・ 哀しいわね。 」
「 ふふん。 その超音波兵器にまたぞろ目をつけたヤツがいたのさ。
世の中、いつだって同じコトの繰り返しだ。 」
「 でも・・・ ジョ−はその城ごと、超音波の装置を破壊したのでしょう? 」
「 ぼくは完全に破壊したわけじゃないんだ。 ロミィ ・・・ ロ−レライ博士のお嬢さんが
自身の手で始末したよ。 自分の母親も ・・・ 彼女自身も、ね。 」
ジョ−は淡々と語っているが、彼の後悔は言葉の端々からにじみでていた。
「 ぼくは ・・・ 彼女達を助け出すことができなかった・・・
城の中から、 そして 憎しみの心の中から。 ぼくが半機械ニンゲンだから・・・ 」
「 ジョ−! そんなこと・・・・ 」
「 それが。 どうしてかまた復活したのさ。 兵器としての価値が捨てがたいものだったらしい。 」
「 やはり裏で糸を引いているのかい。 NBGが・・・・ 」
「 確証はない。 だが ・・・ さあ、着いたぞ。 」
アルベルトは言葉を切り、車を止めた。
「 ・・・ まあ ・・・ 綺麗な街 ・・・ ! 」
車から降り立ち、フランソワ−ズは嘆声をあげた。
目の前には春も浅いドイツの田園風景がひろがっていた。
まだ稚い緑が畑中に溢れ、果樹園と思われる木々も若芽を見せ初めている。
「 暢気な風景だがな。 ま、とりあえずこの街に宿を取る。
例の城はここからもう少し川上だ。 」
「 この街には その・・・・超音波ミュ−ジックの影響はないの? 」
「 そのようだ。 街道沿いのホテルに部屋を取っておいた。
ハネム−ン中の妹夫婦としばらく振りで会った兄、という設定だからな。 」
「 ・・・ まあ。 ふふふ・・・嬉しいなあ〜〜 お兄さん♪ 」
「 おう、妹よ。 元気だったか。 」
「 はぁ〜い♪ 」
フランソワ−ズはぴたり、とアルベルトに寄り添うと腕を組み仲良く歩きだした。
「 ・・・ あ ・・・ フランソワ−ズゥ〜〜〜 」
「 義弟よ? 荷物を頼む。 」
「 アルベルトまで〜〜 」
すたすた歩いてゆく二人のあとを、ジョ−は慌てて追いかけていった。 がらがらとス−ツケ−スを引っ張って・・・
夜を待ってサイボ−グ達は行動を起こした。
防護服に身を固めた三人を見咎めるものはいない。
地方の小さな町は日が落ちればとっぷりとした闇につつまれる。
村人も観光客も無用の夜歩きなどせずに早々に引き篭もってしまう。
この地には 夜はちゃんと闇が支配する世界なのだ。
「 ・・・ この先だ。 」
「 ふうん ・・・ ああ、なんだかあまり変わらないね? あの頃と・・・ 」
ジョ−は月明かりもおぼろな村はずれを きょろきょろと見回していた。
「 そうだな。 ・・・ おい、装置はつけたな。 」
「 うん。 フランソワ−ズ、きみも ・・・ 」
「 ちょっと聞いてみたいんだけど・・・ 」
「 だ、ダメだよ! ぼくでさえあの時ふらふら・・・ アルベルトがいなかったら完全に取り込まれていたんだ。
特に聴覚が敏感なきみはもっと危険だよ! ほら、ちゃんと装着しろよ。 」
「 あ ・・・ん。 わかったわよ、ジョ− ・・・ 」
「 おい? 行くぞ。 」
「 ・・・ 了解。 」
三人はさびれた農道を油断なく進んでいった。
「 あの時も ヒトはあまりいなかったけど・・・ 今はほとんど廃墟じゃないのかな。
家はあるけど 灯りが見えないね。 気配もない。」
「 ・・・ そう・・・ ヒトはいないわ。 家畜もよ。 」
フランソワ−ズは周囲をみまわし 低い声で言った。
「 どうもな、不思議な音に釣られて村人達はふらふらと城の掘割に飛び込んじまったらしい。」
「 じゃあ。 その音が? 」
「 魔女の城に取り込まれた、ここは呪われた地だ・・・って噂がぱっと拡がった。
そのうち、そういえばムカシからここは魔女が出た、と言うヤツも出だしてな。 」
「 あの時のことか・・! 」
「 ああ、そうらしい。 実際に魔女を見た、というヤツまであられた。 」
「 また魔女か・・・。 」
「 ふん、それがどうも胡散臭い。 話をきけばその魔女さん、例の・・・あの時の美女とそっくりなんだ。 」
「 なんだって。 ロミィさんと? 」
「 そう、あの女性さ。 しかし、魔女云々より、あの城に超音波兵器があればここからでも
主要航空路を狙える。 」
アルベルトは闇夜を指した。
「 ・・・ふ〜ん ・・・ なだか裏が読めてきたね。 」
「 ジョ−。 お城って・・・あれ? 」
フランソワ−ズの白い指が前方を指している。
三人の行く手に 闇夜にも黒々と古びた城が姿を現した。
カツ−−−−ン ・・・ カツ−−ン ・・・
重い闇の中に三人の足音が響く。
・・・ なんだ? この城・・・ あの時のままじゃないか。
いや、そんなはずはない! ぼくはこの目で崩れ落ちるのを見ていた・・・
ジョ−は周囲を油断なく警戒しつつも驚愕の念を押さえられなかった。
面前に聳え立つ古城は 意外とやすやすと侵入者を迎えいれた。
・・・というより、その城も廃墟の様相をしめしていたのだ。
外観はどっしりしていたが、 内部は荒れ放題だった。
朽ちかけた跳ね橋を渡り、サイボ−グ達は城内に潜入した。
城内にも人気はなく、かび臭い空気が満ちているだけだった。
彼らは慎重に進んでいった。
「 うん ・・・ これも同じだな。 この城の中では超音波ミュ−ジックは聞こえないよ。 」
「 ・・・ ああ、 そうだな。 う〜ん・・・ 廃墟にみせているが怪しいぞ。 」
「 そうだね。 フランソワ−ズ、なにか ・・・・ あれ、どうした? 」
「 ?! フランソワ−ズ ・・・! 」
フランソワ−ズはジョ−のすぐ横を歩いていが 突然ゆらりと倒れかかった。
「 おい・・・ しっかりしろ・・・! 」
「 ・・・ どうしたッ!? 」
「 ・・・ 音が・・・ 耳 ・・・! 」
かろうじてそれだけ言うとフランソワ−ズの身体はくたくたと力なくジョ−の腕の中に崩折れた。
「 ・・・ あ ・・・ ああ ・・・ ごめん ・・・なさい ・・・ ここ、 もう聞こえない、わね? 」
「 聞こえない? あの音か? 」
「 ええ ・・・ わたしには これ ・・・ 効かなかったみたい・・・ 」
「 え?! 」
「 耳? 遮断装置を装着しているだろう? 」
アルベルトも駆け寄って彼女の蒼白な顔をのぞきこんだ。
「 ああ。 ぼくが装着したのを確認したよ。 ・・・おい、フランソワ−ズ ・・・? 」
「 脳波通信で呼んでみろ。 」
「 あ! そうだね。 」 < フランソワ−ズ? 大丈夫か? >
「 ・・・ あ ・・・ ごめ・・・んなさ ・・・い ・・・ 」
ぴくり、と細い体がうごき彼女は目を開け、こめかみを押さえた。
「 耳が・・・ どうかしたのかい。 」
「 ・・・ ああ ・・・ もう ・・・平気よ。 周波数を元にもどしたから・・・ 」
フランソワ−ズはゆっくりとジョ−の腕の中から身体を起こした。
「 周波数? ・・・ きみの、かい。 」
「 ええ。 この遮断装置・・・・ わたしには完全ではなかったの。
ほんのかすかだけれどあの<音>が 聞こえ続けて・・・・ だんだん頭痛が酷くなって・・・ 」
「 ふむ。 お前の敏感な聴力の範囲までカバ−できなかったんだな。 」
「 仕方ないわ。 もう ・・・ 大丈夫・・・ 」
「 ようこそ。 半機械ニンゲンさん達。 」
不意にサイボ−グ達の頭上から涼やかな声が聞こえてきた。
「 ?! ・・・ だれだ、どこにいる!? 」
「 ジョ−、フランソワ−ズを! 」
彼らは咄嗟に石壁に身を寄せた。
「 ここにいるわ、あなた達のすぐ上よ。 得意のレ−ダ−・アイで見てごらんなさい。」
「 なんだと? 」
「 ・・・ あ! ・・・ ロミィさん ・・・? 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ 気をつけて! 上から!危ないッ 」
ビ −−−−−!
フランソワ−ズの悲鳴と一緒に広間とおぼしき場所の奥から レ−ザ−が飛んできた。
「 あら。 上手に避けたわね。 さすが半機械ニンゲンねえ。 」
澄んだ声とともに白いロ−ブをつけた女性が歩みでてきた。
「 久し振りね。 ・・・・ あら、あの時とちっとも変わっていないのね、あなた・・・
え〜と ・・・ そうそう、サイボ−グ009、正義の味方、だったわね? 」
「 ・・・ あなたは ロミィ・ローレライ ・・・? 」
「 そうよ。 覚えていてくださって光栄だわ。 」
「 ・・・ ここで 何をしているんだ。 」
アルベルトは油断無く右手を構えている。
「 あらあら・・・ そんな物騒なモノ、しまってくださらない? 」
「 そっちが先に撃ってきたのだろうが! 」
「 あら・・・ これ? ほんのご挨拶よ、機械のアナタ方には大したこと、ないでしょう? 」
ビビビ −−−− !!
ロミィと呼ばれた女性はつ・・・っと人差し指を上げると先端からレ−ザ−が飛び出した。
「 やめろ! 」
「 何をするんだ!? オレ達をどうして狙う? 」
ジョ−はフランソワ−ズを庇っているので攻撃ができない。
「 なにって・・・・ 復讐よ。 ママを ・・・ あんな悲惨な目にあわせ、悲惨な一生を強いた
無知な村人達 ・・・ その子々孫々にいたるまで 復讐してやるわ。
あなたもその理由 ( わけ ) を知っているでしょう? 」
ロミィは軽い足取りで近づいてくる。
「 あなたは あの時。 シモ−ヌ・ロ−レライ博士を撃ち、自分自身の頭を撃ち抜いて自殺したはずだ。
ぼくの目の前で! そして あの装置も城も・・・ すべて崩れさった! 」
・・・ あの壁まで行けたら! 廻廊の陰に隠れられるのだが・・・
ジョ−はじりじりと場所を移動する。
「 そうよ。 私もママも ・・・ 死んだわ。 復讐を遂げることもできずに! 」
「 あなたはもうやめて、とお母さんに言ってたじゃないか! 」
「 ふん。 生身の人間だったから、つい弱気になっただけだわ。
あれからある人々が私にもう一度新しい命と身体と ・・・ この装置を提供してくれたわ。
村人達への復讐に使えって。 ママの恨みを晴らせってね ! 」
「 やはり後ろで糸を引く輩がいるんだな。 」
アルベルトは苦々しく呟いた。
「 目を覚ませ! お前はアンドロイドなのか? 」
「 アナタは <壊れて> いるわ! 」
「 ・・・ なんですって?! 」
石壁に囲まれた空間に りんとした声が響いた。
「 フランソワ−ズ ! 大丈夫か。 」
「 ええ。 ちょっと ・・・ 肩を貸してくださる、ジョ−? 」
「 勿論 ・・・ 」
ジョ−に寄りかかりつつも フランソワ−ズはしっかりと立ち上がった。
「 アナタは壊れているわ。 アンドロイドさん。 」
「 なにを言うの! ふん、出来損ないのサイボ−グが!
お前なんか私のレ−ザ−で あっというまに吹っ飛んでしまうのよ! 」
「 アナタの言うとおり わたし達はこの身体の大半が機械よ。 この腕の中にもびっしりと
精密機器が詰まっているわ。 」
「 ふん、自覚してるじゃないの。 」
「 ええ、勿論。 だけど。 こころは機械じゃない。 ・・・想う気持ちは人間よ。 」
「 ・・・ うるさい! 」
ビ −−−−!!!
再びレ−ザ−がフランソワ−ズの足元に炸裂した。
「 危ない! 」
アルベルトが飛び込んで彼女をかばった。
「 アルベルト! 大丈夫?? 」
「 ふん、これしき、俺の身体にはなんでもない。 おい、お前! いい加減に勝手なことをほざくのは
やめるんだな! 」
「 ・・・ これ以上彼女を狙うなら! 」
パシュ −−−!
ジョ−のスーパ−ガンがロミイの肩すれすれに通ってゆく。
「 ほほほ・・・ やはり <半分> なのね。 こんな至近距離ではずすなんて 」
「 そうね、わたし達は出来損ないね。 ニンゲンとしても機械としても。
敵だとしても ジョ−にはアナタを真正面から撃つことはできない。
でも。 アナタみたいに壊れてはいないわ。 」
「 く ・・・! 何回も! 」
ビ −−−!
フランソワ−ズの足元にレ−ザ−が炸裂した。 石床がくだけ、飛び散った。
「 わたしのどこが! 壊れているというの! 」
「 アンドロイドなら、精密な機械の頭脳を持っているのでしょう。
その頭脳が 復讐は正しい、と判断したの? それがアナタの正解なの? 」
「 ・・・・ く ・・・ッ ・・・・! 」
「 こんな行動を正しいと認識するなんて。
あなたは壊れているのよ。 機械の頭脳が壊れているんだわ。 」
ロミイはまだレ−ザ−の指をフランソワ−ズに突きつけている。
フランソワ−ズは 一歩も引かない。 しっかりと脚を踏みしめ真っ直ぐにロミイを見つめている。
「 ・・・ 私は ・・・ ! ただ・・・ この命をくれた人々に従っただけ・・・ 」
「 それは 正しいこと? さあ、機械の頭脳で判断するのよ。 」
「 私は ・・・ 逆らえなかった・・・! ・・・ 逆らえなかったのよ・・・ 」
ロミイはぱっと身を翻すと城の奥へ駆け込んでいった。
「 あ! 待て!! 」
「 よし、加速して・・・ 」
「 アルベルト! ジョ− ! 追わないで・・・ 」
「 しかし ・・・ 」
「 さあ、ここを出ましょう。 」
「 え? 」
お行きなさい! ・・・ もう二度と私は蘇りたくありません。
あの時のように 城とママの想いと一緒に ・・・ 今度こそ静かに眠りたいのです・・・
サイボ−グ達の耳にさっきとは打って変わって静かな声が聞こえてきた。
「 ・・・ ロミイさん ・・・ 」
「 うむ・・・ ジョ−、ここは彼女の言う通りにしよう。 」
「 しかし ・・・ 」
ありがとう・・・
「 行きましょう。 」
「 ・・・ ああ。 ・・・ さらば ・・・ ロ−レライ ・・・! 」
サイボ−グ達が城外に出、跳ね橋を渡り終えたとき 古城はがらがらと崩れ落ちていった。
吹きぬける海風は 日、一日と暖かくなってきている。
邸の周りの緑も どんどんと濃くなってきた。
「 ・・・ わあ ・・・ こんなに花びらが・・・ サクラ吹雪って言うけど、これも雪ねえ・・・ 」
フランソワ−ズは箒 ( ほうき ) を持ったまま そっとしゃがみ込んだ。
岬の突端にあるギルモア邸、 その門の側には桜の古木があり
今年も沢山の花を咲かせたのだった。 そして 今 ・・・ そのなごりは根方に静かに降り積もっている。
「 ・・・ 冷たくない雪、ね ・・・ きれい ・・・ 」
フランソワ−ズの白い手がほろほろと花びらを掬い上げる。
「 あら。 手紙 ・・・? 」
目の前のポストに一葉の絵葉書が届いていた。
今度はもっとゆっくりして行けよ・・・! A. H.
一行だけの文面を返せば ごつごつとした無愛想な岩の塊の写真だった。
はらり、と散り遅れたはなびらがひとひら、異国の景色の上に舞い降りてきた。
「 そうね ・・・ 今度はのんびり。 ・・・ さようなら、ロ−レライ ・・・ 」
************ Fin. ************
Last
updated : 02,19,2008.
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****** ひと言 *******
はい、あのお話の 後日談 です♪
タイトルは原作での ジョ−君の最後のセリフから頂きました。
後日談 ですから♪ 二人の間柄もしっかりと新婚さん☆にしてみました。
( いったい何年後なのでしょうね? )
伝説は静かに眠りについて ・・・ 穏やかな日々が流れてゆきます・・・