『 迷子の仔猫 』
・・・ 表の門が開く音がした・・・ような気がした。
− ・・・ ジョ− ・・・ ??
フランソワ−ズは はっと身をおこし咄嗟に 耳 をつかった。
じきにフェンスが開き、効き馴染んだ彼の車の音が聞こえてくるはずなのだが。
アイアン・レ−スの門扉が揺れるかすかな音が続いただけだった。
・・・ 風が揺らしただけ、ね。
やだ、わたしったら。 こんなところで居眠りしてたわ・・・
気がつけば開きっぱなしの雑誌が足元に落ちている。
不自然な格好でソファに突っ伏していたので、身体が強張っている。
うん・・・と伸びをして、フランソワ−ズは首を左右に振った。
マントル・ピ−スの上の時計は すでに日付が変ったことを示していた。
・・・ もう、寝ちゃおう。
勢いをつけて立ち上がる。
誰もいないリビングに自分のスリッパの音だけがやけに大きく響く。
ギルモア博士はとっくに自室に引き上げ、広い邸内は静まり返っている。
リビングの明かりを落とし、二階への階段をそっと上り始めたとき、
深い・深い溜息が自然と彼女の口から漏れてしまった。
− ・・・ また、なのね・・・・
ジョ−が 帰ってこない。
今朝、いやもう昨日の朝だが彼はいつもと変わりなく雑誌社のオフィスへ出勤した。
「 いってらっしゃい。 」
「 行ってきます。 ・・・ああ、今晩御飯いらないから・・・ 」
「 あら、そう? ・・・でも何かあるから。 予定が変っても大丈夫よ。 」
「 うん・・・ ありがとう。 」
軽いキスをフランソワ−ズの頬に落として、ジョ−は出かけていった。
普段通りに左手をちょっと上げて 彼は車を出していったのだ。
普通の仕事に就くようになってからも、ジョ−自身あまり変らなかった。
フリ−に近い雑誌記者だったからかもしれないが
相変わらず 淡々と彼は<普通の日々>を送っていた。
岬の突端にあるギルモア邸で、彼はフランソワ−ズと至極穏やかな生活をしている。
しかし。
時として。 ソレは定期的にやってくるものではなかったが・・・
彼は ふらり・・・と出かけてゆく。
そして何か・・・少しだけふっ切れた表情をして、またふらりと帰ってくるのだ。
− ただいま ・・・
ぼそり、と言うだけで何処へ行ったとか、何があったとか・・・ 彼は一言もいわない。
突然居なくなる彼に、初めの頃はフランソワ−ズは驚きそして心配した。
− なにかあったの?? 極秘のミッションとか・・・まさか。
イヤな想像はどんどんとふくらみ、一睡も出来ない夜が続いたりもした。
彼女が心配でくたくたになったころ、ジョ−はごく当たり前の顔をして帰ってきた。
「 ・・・ ジョ− ・・・!! 」
「 ただいま、フランソワ−ズ。 」
思わず声のト−ンが上がってしまったが、彼はそれすら気に留めてはいない。
まったく普段通りの彼にフランソワ−ズは拍子抜けしてしまったものだ。
「 まあネ〜 ・・・ オトコはもともと根無し草アルね。
時にふらりと行方不明になってみたくなるネ。 」
「 さようさよう。 幾つになっても<野良犬>気質は抜けんものさ。
人生は漂白の旅・・・ まさにそんなトコロだな。 」
いったいどういうつもりなのか・・・と堪りかねて愚痴る彼女に
年配の仲間たちは意外にも ジョ−を庇った。
・・・ 一緒に心配してくれるか、彼になにか言ってくれるかと思ったのに。
溜息・吐息の彼女の肩を彼らは、慰め顔で叩いてくれた。
「 だから、マドモアゼル。 心配は無用だよ。 」
「 そうそう。 放っておくアルよろし。 腹が減ればワン公は帰ってくるアルね。 」
以来。
またか、と思いつつも余計な心配はやめることにしたし戻った彼にも何も聞かないことにした。
もっとも、たとえ尋ねてもロクに返事は返ってこないだろう。
「 旅は ・・・ ステキだった ? 」
「 ・・・ うん。 」
それだけで充分だ、と最近フランソワ−ズは思う。
なにか必要なコトがあったら、いかに口の重い彼でもなにか言うだろう。
便りの無いのは元気な証拠・・・ フランソワ−ズはそんな心持になっている。
ほっとして彼女がキッチンで洗い物などをしていると
何時の間にか彼はすぐ後ろに立っていたりする。
「 ・・・ これ。 」
「 え? まあ、綺麗ねえ。 ・・・ わたしが貰ってもいいの。 」
「 ウン。 」
旅の友であるキャンバス地のバッグから、彼はひょいと取り出して手渡してくれる。
見事に色づいたモミジだったり、初めて見る木の実だったり。
透かし模様が入った石だったり、根ごと採ってきた小さな木だったり。
ジョ−が何処へいったか、知ることもできない他愛もないモノばかりだったが
フランソワ−ズは嬉しかった。
相変わらず、言葉少なに差し出す彼だったけれど・・・
− オトコの人って ・・・ こんなものなの?
ずいぶん長い間一緒にいるけれど、本当によくわからないヒトだわ、と
フランソワ−ズはこっそり溜息をつき、その端正な横顔を眺めている。
う〜ん・・・と大きく伸びをして、フランソワ−ズは勢いよく階段を上がりだした。
こんな日には、お気に入りのバス・ソルトでも入れてゆっくりお風呂に入って
明日はちょっとだけ朝寝坊しよう・・・
そっと覗いた子供部屋ではイワンの可愛い寝息が聞こえていた。
まだ、当分夜の時間が続くはずである。
もう一回、深呼吸にも似た溜息を吐き、彼女は自室に向かい廊下の灯りを落とした。
・・・ 眠れない ・・・
バス・ソルトの良い香りを漂わせ、ぱふん・・・ともぐりこんだベッドで
フランソワ−ズは ぽっかりと目を開けたままだった。
久し振りの一人のベッドで のびのびとゆったり眠ろう〜と楽しみにしていたはずなのに・・・・
見慣れた天井に またまた吐息を漏らせば浮かんでくるのはジョ−のことばかりだった。
「 ・・・ 今頃は ・・・ 雪に埋もれてるよな・・・ 」
「 姉妹一緒なら ・・・ 淋しくないだろ 」
「 ・・・ え? 」
腕枕を貸しながら、ジョ−はぽつりと呟く。
「 ・・・ え? なあに。 」
「 ・・・ うん? ああ・・・ あの古城、ドイツの古城がさ・・・ 」
とんでもない時期になってから、彼はぽつぽつと<昔の旅>の話をする。
それもまったく断片的であり、はたして何時のことやらフランソワ−ズには見当もつかない。
必ず女性の影がちらちらするのだが あまりに漠然としていて
フランソワ−ズはヤキモチを焼くにも 拍子抜けである。
「 古城ってば ・・・ 魔女の娘は・・・ アレでよかったのかなぁ 」
「 伝説なんて 悲劇の隠れ蓑かもしれない・・・・ 」
「 魔女?? 」
「 ・・・うん。 そんな因習がまだあったんだよね・・・ 可哀相に・・・ 」
遠い時間に想いを馳せる彼の横顔は ちょっと淋しげで
そんな彼に彼女は思わず抱きついてしまったりする。
勿論、ジョ−は優しく抱きとめてくれるし、熱いキスで彼女の不安を消してしまう。
彼との距離感に感じるどうしようもない焦燥感は
ジョ−の熱い愛撫でひとひら・ひとひら拭い去られてゆく。
彼の熱い身体の下で 内なる海を沸騰させる時彼女は全てを忘れた。
・・・ いや、忘れることにしていた。
ここに・・・ 彼の腕の中にいられ
彼の全てなど知る必要はない・・・ 知らないままでいい。
あえて フランソワ−ズは目を瞑り盲目のままでいることを自ら選んでいた。
・・・ 今日もどこへ ・・ 何をしに行ったのやら。
全く見当はつかなかった。
思い返せば 今朝ジョ−は例のキャンバス地のバッグを提げていた。
・・・ 多分。
2−3日もすればまた、ちょっとヨレたバッグを肩に当たり前の顔をして戻ってくるに違いない。
フランソワ−ズは何十回目かの溜息を大きく吐くと 寝返りをうち毛布を引き上げた。
− ・・・ 寝よう ・・・! 心配するだけ損だわ。
まったく偶然としか言いようもない巡り会わせで、茶色の髪と瞳を持った青年と
日々を − そして人生を − 分かち合うこととなった。
− ・・・ このヒトって・・・?
肌を重ね、心のつながりを深め ・・・ 文字通り寝食を共にす日々を送るうちに、
フランソワ−ズは不思議に思うようになった。
命がけのぎりぎりの時間を共有してきた仲間だったし、
もうかなりの時間、同じ屋根の下に暮らしてきたのだから 充分に判っている、と思っていた。
しかし。
海の底の人々との出会い 異星への旅 砂漠の奥の遺跡
一緒に行った星々の彼方、 ジャングルの秘境、 地球の裏側の遺跡
そこで出逢った ・・・ 様々な出来事やら ・・・ 女性たち。
それらは いったい彼の心に何を置いていったのだろう。
隙間無く身体をあわせ、彼の全てを包み込んだと思っても
すぐ、その側から彼は、彼のこころはするすると指の間から流れ・零れてゆく。
・・・ わからない。 全然わたしには わからないわ。
それまで彼女が知っていたどの男性とも彼は、島村ジョ−は違っていた。
いいわ、もう。
考えたって仕方ないし。 ・・・そうね、いつかイワンが言ってたけど。
わたしも < わからないコトは言わない >主義になろうっと。
一人で納得したはずだったが・・・
結局輾転反側するうちに 春の夜は明け初めカ−テンの隙間からは
柔らかな日差しが差し込み始めた。
「 おはようございます、博士。 」
「 おお お早う。 今朝はまた随分と早いのう、フランソワ−ズ。 」
玄関から新聞を取り、リビングに現れたギルモア博士は驚いた様子だった。
普段から朝の早い博士は、この邸一番の早起きで
毎朝食事前に新聞に目を通し、テラスに並ぶ盆栽の手入れをするのが日課である。
「 ええ、ちょっと目が覚めてしまったので。 」
ぱん、と雑巾を拡げフランソワ−ズはテラスへのフレンチドアのガラスを拭き始めた。
「 せっかく春になったのですもの。 綺麗にしようと思って・・・ 」
確かにぴかぴかの窓からは 暖かい光が溢れんばかりである。
春の女神そこのけに微笑む彼女の顔に、しかし博士は憔悴の色を見落とさなかった。
「 ・・・また、かの。 アイツは 」
「 ・・・ええ。 」
フランソワ−ズの笑みがほろ苦いものに変る。
「 ・・・まあ、心配には及ばんよ。 どうせ・・・明日にでもふらりと戻るさ。 」
「 だといいんですけど・・・ 」
「 放っておおき。 お前ものんびりしたらいい。 邪魔モノがいない間にな。」
「 ええ・・・。 丁度ね、カ−テンを春向きに替えたかったので。
邪魔なヒトがいませんから、一気にやってしまいますわ。 」
「 もうそんな季節じゃのう。 来週にはイワンも目を醒ますじゃろう。 」
「 そうですね。 さあ、お食事にしましょう。
オレンジが冷えている頃ですわ。 」
「 うんうん ・・・ ほんに気持ちのいい朝じゃの。
日本の古いエッセイで・・・<春は曙>というのがあるが本当じゃな。 」
すこしまだ冷たさを残す朝の風が 爽やかにギルモア邸に吹きこんできた。
傍目にも親子とみえる二人は仲良く キッチンに向かった。
・・・ さて、と。
その部屋の真ん中でフランソワ−ズは腕組みをして周囲を見回した。
到るところに衣装ケ−スだのダンボ−ル箱だのが積み重なっている。
片隅には壊れたソファやら大型のトランクが壁際にならんでいた。
え〜と。
カ−テン・・・ カ−テンは。 春物のはどこに仕舞ったかしら。
唯一の光源である天窓から舞い上がる埃のなか、春の陽光が落ちてくる。
この天井裏の小部屋はこの邸が出来た当初は避難場所のはずだったが・・・
いつのまにかロフト兼ガラクタ置き場になってしまった。
天井裏をきちんと片付けなくっちゃ・・・
ず〜っと意識の底にひっかかってはいるのだが
どうもなかなか手が回らず・・・ 結果的にココは完全に<物置>になってしまっている。
あまりにいろいろなものが積み重なっていてどこに何があるか、まるで見当がつかない。
こんなトコで 眼 を使ったらめまいがしちゃうわ・・・
仕方なしにあちこちの引き出しをガタガタ言わせ始めた。
「 ・・・あ、あった♪ 」
フランソワ−ズは一番大きな衣装箱から萌黄と淡いグリ−ンのカ−テンを引っ張り出した。
よいしょ・・・とかなり嵩張るその布地を取り上げ、隅のソファに持ってゆく。
「 ・・・ あら。 空が見える・・・ 」
カ−テン地を数えつつ、ふと気がつけばソファからは天窓をまっすぐに見上げることができる。
埃っぽい室内に比べ、澄んだ青空にぽかり、ぽかりと雲が流れてゆき・・・
春の空はゆったりと彼女に微笑みかけていた。
「 わあ・・・ 夜にココで星を見るのもステキよね、きっと。 」
ぽそ・・・っと、カーテンの上に仰向けになれば やさしい光は思いのほか温かかった。
「 う〜ん ・・・ 温室みたいねぇ ・・・ 」
若葉色の布地の上に拡がった亜麻色の髪が 陽光にきらきらと煌いていた。
「 ・・・ ただいま ・・・ 」
自分を認めてからり、と開いたドアから玄関に一歩踏み入れジョ−は首をかしげた。
− ・・・ ?
なにかが ちがう。
きょろきょろと玄関ホ−ルを見回したが見慣れないものなどなにもなく、
小机の上にある花瓶の花が替わっていたくらいなものだった。
夕方の光がぼんやりと掃除の行き届いた玄関を照らしているばかり・・・
・・・ なんだろ・・・?
ジョ−はキャンバス地のバッグを肩から下ろすとリビングへのドアに向かった。
「 ・・・ ジョ−か?? 」
「 ただいま・・・ フラン・・??? 博士 ?? 」
ドアを開けた途端に・・・・
泣き喚く赤ん坊の声と困惑しきった博士の顔がジョ−を迎えた。
「 どうしたんですか? イワン、もう<夜>は終りなのかな。 」
「 いや・・・ まだ覚醒はしとらんよ。 これはただの夜泣きみたいなもんだろう。 」
「 へえ・・・ あれ? フランソワ−ズは? 外出ですか。 」
わあわあ泣き喚くちいさな身体を ともかくジョ−は博士から受け取った。
− そんな抱き方じゃ・・・いくらイワンでもなぁ・・・
博士よりも幾分かは慣れたジョ−の抱き方に泣き声のト−ンは少しさがった。
「 ・・・ いない、のじゃよ。 」
「 ・・・ え ・・・? 誰が、ですか。 」
「 じゃから。 フランソワ−ズが いなくなったんじゃよ。 」
「 ・・・ ええええ ???? 」
ジョ−は思わず腕の中から赤ん坊を取り落としそうになった。
「 ・・・なんとか・・・大人しく眠りましたよ。 」
「 ・・・ そうか・・・ まあ、腹が減ってたんじゃなあ・・・ 」
ジョ−はソファの脇においたク−ファンから足音を忍ばせてキッチンにやってきた。
「 ほい。 コ−ヒ−を淹れておいたぞ。 」
「 わあ・・・ ありがとうございます。 」
博士はことり、となみなみと注いだマグカップをジョ−の前に置いた。
− ・・・ これ。 フランソワ−ズのだよ・・・
ピンクのハ−ト満載のカップを ジョ−はそっと取り上げた。
「 美味しい♪ 博士〜〜 上手ですね。 」
「 ふふん ・・・ そんな意外そうな顔をす
煩いんじゃ。 フランソワ−ズに美味い淹れ方を教えたのもワシじゃぞ。 」
「 へえええ〜〜 そうなんですか。 ・・・ってそうですよ!
それで、フランソワ−ズは?? 」
ジョ−はがちゃりんとマグカップをテ−ブルに戻した。
「 それなんじゃよ! どこにもおらん。 そっと覗いてみたがあの子の部屋は
綺麗に片付いていて・・・ なにが無いのか持って出たのか・・・ワシには見当もつかん。 」
「 コ−トや靴は? バッグはどうですか。 彼女の<よそ行き>はありましたか。 」
「 さ、さああ・・・?? 」
そういう微妙な点をこの学者一途の老人に問うても無駄だった・・・とジョ−は内心
溜息を吐く。
「 あ・・・ じゃあ、 いつまで居たんです? ってか最後に彼女を見たのは? 」
「 う〜ん ・・・ 朝は居ったよ。 一緒に朝食を食べた。 いや〜オレンジが美味かった。
あ・・・いやいや。 その後ワシは書斎に篭ってしまって ・・・ 気がついたら
午後のお茶の時間を疾うに過ぎておってな。 」
「 ランチは? 昼、抜きですか。 」
「 あ? ああ・・・忘れとったよ。 いや・・・お茶の時間というより
イワンのあの泣き声が響いてきての。 」
さすがイワン、声ひとつで引き篭もりの老人を引っ張り出したわけだ。
「 いつもなら・・・フランソワ−ズがあやせばすぐに泣き止むでのう。 それが・・・ 」
「 いつまでたっても泣いてる・・・ それでリビングに行ってみたのですね。 」
「 ・・・ ああ。 」
ジョ−は今度はあからさまに大きく溜息を吐いた。
・・・ダメだ。 少なくとも半日の<空白>があるじゃないか。
頼りのイワンはまだ<普通の赤ん坊>だし・・・
「 張々湖飯店は? あそこに行ってませんか。 」
「 ・・・いいや。 電話してみたが・・・なにやら忙しゅうて、てんてこ舞らしくての。
逆に彼女に手伝いに来てくれんか、と頼まれてしまったよ。 」
「 ・・・ そうですか。 」
またも深い・深い溜息をつき・・・ ジョ−はちらり、と時計を見た。
・・・ この時間なら大丈夫だろ・・・
「 ジョ−? 」
「 ええ・・・ フランスに・・・ ジャンさんとこに電話してみます。
なにか・・・連絡しているかもしれないし・・・ 里帰りとか・・・ 」
「 おお、そうじゃな。 ま・・・まだ空の上、かもしれんが ・・・ 」
ええ、と応えてジョ−は受話器を取り上げた。
・・・ ジャンさん・・・ 怒るだろうなぁ・・・
ジョ−はおそるおそるアルヌ−ル家のナンバ−を押した。
「 ・・・ アロ−? 」
「 あ・・・ こんばんは。 あのぅ・・・ ジョ−ですが。 」
「 ? ジョ−?? どうした、なにかあったのか?! 」
「 いえ・・・ そのぅ・・・ ふ、フランソワ−ズからなにか・・・
お兄さんに連絡がありましたか・・・・ 」
「 ・・・・ !!!!! 」
そのあとたっぷり20分間、ジョ−は直立不動で項垂れてたまま・・・
はい、はい・・・と小さい呟きを繰り返し受話器にお辞儀までしていた。
「 はい ・・・ はい・・・ すぐに。 はい・・・ すみません、はい ・・・
・・・ ええ、 じゃあ・・・ はい。 失礼します・・・ 」
「 連絡はナシ、か。 」
「 ・・・・・ 」
どさり、とソファに腰を落としたジョ−に博士は遠慮がちに声をかけた。
最強(のはず)のサイボ−グ戦士は 疲れきった顔で黙って頷いた。
「 ・・・ そうか。 」
「 悪いけど・・・ちょっと彼女の部屋を調べてきますよ。
なにか・・・メモとか・・・ あるかもしれませんから。 」
「 そしてくれるか・・・ 」
「 はい。 あ、夕食・・・なにか・・・レトルト食品があるはず・・・
すぐに作ります。 」
「 ・・・ すまんのう・・・ 」
「 ・・・ ぼくが ・・・ 全て悪い ・・・ そうです。 」
「 ? ・・・ 兄上に怒鳴られたか。 」
「 ・・・・・ 」
ジョ−はジャンのお説教がよほど堪えたらしい。
博士の問いに顔をあげすがりつくみたいな視線をよこした。
「 ぼく ・・・ なにか彼女に そのぅ ・・・ マズイことでも言いましたか。
さっぱりワケがわからないです・・・ ちゃんと晩御飯はいらないよって
言って出かけたのに・・・ 」
本気でなんにもわかっていないこの坊やにさすがの博士も少々呆れ顔になった。
「 ジョ−よ。 ・・・ あのなあ〜 」
− バンッ!!!
「 ジョ−はんっ! フランソワ−ズは何処へいったネ?! 」
リビングのドアを蹴破る勢いで丸まっちい身体が怒号とともに転がり込んできた。
「 ?! ・・・ああ、大人・・・ 」
「 <ああ>じゃないアルね!! 」
「 よぉ・・・ なんだなんだ、ついに嫁さんに逃げられたのか〜 坊や? 」
ひょこんと禿げアタマが後ろから覗いた。
「 グレ−トも ・・・ お店は? 大忙しなんだろ。
・・・え、嫁さんって ・・・ ぼくたちはそんな・・・ 」
「 ジョ−はん! も〜〜この期に及んでナニいってはる!
それにな〜 ワテは商売よりも仲間の方が大切アルよ! 」
「 坊や、こっちのコトは心配しなさんな。 それより、いったいどうしたんだ? 」
「 ・・・ どうもこうも。 ぼくには全然 ・・・ 何がなんだかわからないんだ。 」
ジョ−は特大の溜息をつき、博士の話もまじえて語りだした。
「 ・・・ふうん ・・・ 置手紙も連絡もなし、か? あのマドモアゼルが
そんなコトをするかねえ・・・ 」
「 ホンマに ・・・ 家出アルか? 」
「 だって・・・ 事実、彼女は<居ない>んだよ? ・・・ まさか ・・・NBG ・・・ 」
「 う〜ん その可能性も考えなけりゃ、とも思うが。 今だに何事も起こらんってことは
その線は薄いな。 ・・・ なんにも無い、んだろ? 」
「 無いよ。 無いから・・・ こんなに心配してるんじゃないか・・・ 」
「 まあなあ。 彼女も年頃の女の子だしなぁ・・・ ちょいと息抜きに遊びに行ったとか。 」
「 どこへ? ・・・黙って半日も家を空けて・・・夕食時も過ぎるのに戻らないんだよ? 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ 」
「 こんなにぼくが ・・・ あ、いや・・・その・・・ 皆が心配してるのにっ! 」
ばん、とテーブルを両手で打ち、ジョ−は突然立ち上がった。
「 ???? 」
全員がその勢いに面食らって怒れる茶髪の青年を見つめた。
「 ・・・だいたいさ。 彼女は無用心ってか隙だらけなんだよ。
ほら・・・いつだっけ、妙な画学生崩れを助けて逆に刺されちゃったり。
コンピュ−タ−に惚れられたこともあったよね。
・・・未来人の坊やとはまんざらでもないカンジだったしさ。
そうだよ〜 太古の原人なんかヨダレ垂らしてたんだよ? 」
「 ・・・ああ・・・ コトもあった よな・・・ 」
「 NBGの風俗店みたいなトコに連れて行かれたり・・・
まったく・・・! 自覚が無さ過ぎる。 本当に! 」
ぼすん、とジョ−はソファに身を沈めた。
「 ・・・ 皆に心配かけて、さ。 」
「 ジョ−はん? 」
「 ・・・ うん? 」
先ほどとは打って代わって張大人は穏やかに話しかけた。
「 あの、な。 今のあんさんと<同じ思い>の何倍も・・・
いや〜何十倍も フランソワ−ズは抱え込んでいるアルよ。 」
静かな口調に なおさらその真剣さがこめられている。
「 ・・・ え ・・・ 」
「 さ。 ワテらは迷子の仔猫を探すアル。
ジョ−はん、ともかく彼女の部屋を見て来なはれ。 なにかあるかもしれないアル。 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
たった今の勢いは何処へやら、ジョ−はしょんぼりと席を立った。
− 迷子の仔猫は ・・・ どこへ行った?
彼女の部屋は いつもきちんと片付いている。
一歩ふみいれれば、その馴染んだ雰囲気にジョ−はほっとする想いだった。
・・・ いつもと同じ、だよなあ。
真ん中に立ちぐるりと見回しても ・・・ なにも変わった点はない。
ちょっとごめん、とつぶやいてジョ−はベッドの端に腰をかけた。
二人の夜はたいてここ・・・彼女の部屋ですごしているから、
ジョ−にとっても身近な空間だし、フランソワ−ズ手製のパッチワ−クの
ベッド・カヴァ−は彼もお気に入りである。
・・・ 美人だもの、なあ。 優しくて気立てもいいし。
オトコなら誰だって気を惹かれるよ。
・・・ 空々しい創り話で彼女の同情を買うかもしれないぞ?
< 僕は一人ぼっちです。 この星の未来を一緒に作りませんか > なんてな!
< 君と僕の素晴しい子孫が・・・ >・・・!! 冗談じゃない・・・!
そうだよ! 身を窶した王子サマが車で寝込んでいるかもしれないぞ?
・・・昔のBFがやっぱりきみが一番好きだ、なんてやってくる場合もある。
<孤独の青年>に彼女はヨワいからなあ・・・
わあ〜〜!! 今頃二人で温泉にでも行ってたら ・・・ ぼくは・・・!!
・・・ 冗談じゃ・・・ないよっ ぼくは どうかなってしまいそうだよ〜〜
自分自身の妄想に赤面し、ジョ−はがばっと立ち上がった。
− 同じ思い、の何十倍も彼女は抱え込んでいる・・・
・・・ あ ・・・ !
ふと、耳に蘇った大人のことばにジョ−は思わず声を上げてしまった。
落ち着いたモス・グリ−ンのカ−ペットの上で、
濃淡のベ−ジュのアラベスク模様の壁紙をにらみ・・・ ジョ−は呻吟する。
・・・ ごめんっ! フランソワ−ズ・・・
きみはいつも・・・ いや、ずっと ・・・ こんな気持ちで ・・・!
ジョ−の頭の中を幾百・幾千もの情景が通り過ぎる。
・・・ あの時も・この時も。 かの地でもあの街でも。
どんな時も どんな状況でも 彼女は、フランソワ−ズは・・・
自分の側で 微笑んでいた。
ぎりぎりと締め付ける思い、心を煎られる想いをさりげなくその微笑の下に包みこんでいたのだ。
・・・ フランソワ−ズ ・・・・!
ジョ−はただ・・・ この世で一番愛するひとの名を呼んだ。
気がつけば、春の宵はとっくに夜の領域に入っていた。
南に大きく採った窓に 星々の煌きがうつる。
・・・あれ・・・ カ−テン・・・?
ああ、なんか・・・ 春モノに替えたいって言ってたっけ。
彼女の些細な呟きが、今鮮明にジョ−の心に蘇る。
自分は ・・・ こんなに愛しい人の言葉を こんなにもないがしろにしてきたのか・・・・
ジョ−は ・・・ 先ほどまでとはまるで違った溜息を ふかく・ふかく 吐いた。
せめて・・・ カ−テン、替えよう。
確か 秋の終りに天井裏のあの部屋に仕舞ってたよな・・・
山程の自己嫌悪を背負ってジョ−は彼女の部屋を出て行った。
「 ・・・・ ? 」
久し振りに来たその部屋は 相変わらず埃っぽい空気が満ちていたが。
・・・・ ・・・・ ・・・・ ・・・・
隅の古いソファから穏やかな寝息が聞こえた。
眼をこらせば ・・・ 入り口からも目にも彩なる艶やかな亜麻色の ・・・ 髪 !
「 ・・・ フランソワ−ズ 〜〜〜 っ !!! 」
「 ね・・・ ちょっとだけ。 こうしていて、いい。 」
「 え。 やぁだ、どうしたの、ジョ−ったら・・・ 」
ジョ−はきゅ・・・っと彼女のたおやかな肢体をネグリジェごと抱き締め、そっと頬ずりした。
いつもの性急な彼の動作とは全然ちがい、フランソワ−ズはくすくすと笑ってしまった。
「 ・・・ ごめん。 でも ・・・ こうしていたいんだ・・・ 」
「 可笑しな・・・ ジョ− ・・・ 」
白い手が 栗色の髪を優しく梳る。
ジョ−は 目を瞑ったまま深く息を吸い込んだ。
甘い ・・・ 香り。 ジョ−だけが知っている彼女の熱い・甘い香りが匂い立つ。
ごめん・・・ごめん。 ・・・ ごめん ・・・
彼女の胸に顔を埋め、彼はただ・・・ 何回も何回も繰り返していた。
お互いに火照った身体に ひんやりした夜気が心地よい。
ジョ−はお気に入りのフランソワ−ズの髪を愛撫し その柔らかな感触を楽しんでいた。
自分の腕の中のほんのりそまった白い身体 ・・・この温か味は何物にも替え難いのだ・・・。
「 ・・・ ねえ ・・・ フラン ・・・ 」
「 ・・・ なあに 」
「 あの ・・・ さ。 ・・・ そのぅ ・・・ぼくたち、さ・・・ 」
もごもごと繰り返すジョ−に とうとうフランソワ−ズはちいさく笑いだしてしまった。
「 なんなの〜〜 本当に可笑しなジョ−ねえ。 」
「 うん ・・・ あの・・・ あ・・・ ぼくと ・・・ その ・・・けっこ・・・ん・・・ 」
− ♪♪♪ 〜〜 ♪♪
ベッド脇のナイト・テ−ブルで電話が鳴った。
フランソワ−ズが白い腕を伸ばして携帯をとる。
「 ・・・・ アロ−? ・・・あら! お兄さん??
・・・え、いやだぁ〜 わたしならず〜っとココにいるわよ。 」
「 ・・・ ジョ−が? さぁ・・・・? 寝惚けたんじゃないかしら・・・ 」
ああ・・・とジョ−はアタマを抱えた。
さっと手をのばし、彼女の携帯を取り上げる。
「 あ、お兄さんですか。 はい、 あの・・・ 今度の休みにそちらに
伺ってもいいでしょうか。 」
「 まあ、 ジョ−・・・ 」
「 はい ・・・ はい。 あの ・・・ お話が・・・ いや、是非お許し願いたいコトが
・・・ ええ、勿論一緒に。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ それって ・・・ 」
受話器を耳にあてつつ・・・ ジョ−はフランソワ−ズの左手を取り上げ
薬指に 熱いキスを落とした。
以来 ジョ−の放浪癖はぴたりと治まった。
栗毛のノラ犬は 亜麻色の髪の乙女の許にワラジを脱いだのである。
****** Fin.
******
Last updated:
04,25,2006. index
*** ひと言 ***
原作ジョ−は元来<野良犬>だと思うのです。
これは・・・原作でもず〜〜〜っと後期のそのまた後日談???
でも原作設定ですから ちゃんとジャン兄さまがいらっしゃるのです♪
ジョ−君? 油断してると ・・・ 仔猫ちゃんは何処かへ行ってしまうよ?