『 発進! ( Takeoff ) 』
かなりギリギリの状態だった。
なんとか切り抜けられるか・・・・? 勝算はうまく行って五分五分に近かった。
悪条件が重なってしまった、と言えば聞こえはいいが・・・
端的に表現すれば。
要するにこちらの見通しが甘かったのである。
とりあえず、体制を立て直すために一時撤退しなければならない。
ドルフィン号を自動操縦に委ね、サイボ−グ達は撤収作業を開始した。
全員が散開して転戦しているのだった。
サブ・パイロットでもあるはずの赤毛は自分自身の無謀な飛行の結果、
とっくにアウトとなり、メンテナンス・ル−ムに収容されている。
「 ・・・ こっちはワシひとりで大丈夫じゃから。
お前も 少し休んでいなさい。 システム・ダウンしようか? 」
てきぱきと手を動かしつつも、ギルモア博士はアフリカの青年に労わりの声をかけた。
ピュンマは 救出作業で危うく巻き添えを喰うところだったのだ。
応急の加療ののち、彼は早速博士の作業に手を貸していた。
「 いえ、僕は大丈夫です。 博士こそ ・・・ どうぞ無理をしないでください。 」
「 ふん ・・・ その台詞はこの無鉄砲野郎に言ってやれ。
本当に大丈夫か? それなら ・・・ コクピットに戻ってあちらを頼む。 」
「 はい。 」
博士の心配そうな顔に ピュンマはその意図を読み取りしっかりと頷いた。
現在、博士の一番の気がかりはコクピットにある。
・・・ そこでは。
フランソワ−ズが孤軍奮戦しているのである。
頼りのイワンは今朝、眠りの周期に入ってしまった。
航行そのものは自動操縦であるが、飛行しつつメンバ−達を拾いあげてゆかねばならない。
フラソソワ−ズは自身の能力をマックスに展開し、かつ、手元の計器類にも
神経を配っていた。
( マドモアゼル? ・・・ アルベルトを見つけた。 うほほ・・・派手に迎撃してるわな・・・ )
大鷲に変身して地上に向かったグレ−トから通信が飛び込んできた。
( グレ−ト。 よかった! それで ・・・ 彼は無事なの? その・・・足以外。 )
( おうよ。 ここから眺めるに ・・・ 自力での移動は無理なようだ。
・・・ おっと〜! うひゃ・・・ 奴さんの射程距離はすごいなぁ。
お〜い ・・・ 我輩は味方だぞう〜〜〜 あっ! ・・・・・ )
「 ちょっと! 大丈夫? ・・・ グレ−ト?! 」
一瞬ぷつり、と途切れた通信にフランソワ−ズは思わず声を張り上げてしまった。
「 ? なに、彼がどうかしたのかい? 」
「 ・・・え ? ああ、 ピュンマ ・・・ あなたこそ、もう大丈夫? 」
「 ウン、当面は差しさわりナシさ。 それより、なんだい、急に大声で? 」
ドアを開けた瞬間に彼女の大声を聞きつけたピュンマは目を見張っている。
「 あ・・・ グレ−トが急に脳波通信を切るから・・・ え? ・・・ああ。 よかった〜 」
( グレ−ト? あんまりフランソワ−ズを驚かすなよ。 )
( おお、ピュンマか? よかった、復帰だな。 申し訳ない、 ははは・・・
ちょいと尾羽の先が ・・・ 焦げちまった。 )
( 大丈夫? ・・・アルベルトが居る周囲は ・・・ なにかバリアがあって
通信がうまく届かないようね・・・・ )
( ・・・・ん ・・・ ん〜〜〜 そのようだね。
グレ−ト、早く可視範囲に入ったほうがいいよ。 )
( オ−ライ♪ では しばらく ・・・ 切るぞ。 )
( O.K. Good luck! )
「 工作隊のジェロニモと張大人は? 予定の地点までもう少しだね。 」
「 ええ・・・。 特に連絡がないから退路工作は完了して待機していると思うわ。
うまく 合流できればいいけど。 」
ピュンマは フランソワ−ズの手元のレ−ダ−を組み込んだナヴィ画面を覗き込んだ。
「 あとは。 ・・・・ ジョ−か。 」
「 ・・・ ええ。 」
フランソワ−ズは ぷつ・・・っと言葉を途切らせそっと唇を噛んだ。
引き締まった頬が ほんの僅かに淡く染まる。
ピュンマはさりげなく視線を逸らせ、サブ・パイロット席に座った。
彼女の気持ちは 今更尋ねる必要もない。
「 僕が自動操縦のチェックと航路修正は引き受けるから。
君は探索に集中しなよ。 現在の最重要課題は全員の撤収だ。 」
「 ・・・ ありがとう、ピュンマ。 」
フランソワ−ズは 振り返りもしなかったが細い肩が ぴくり、と震えた。
「 大丈夫。 ジョ−のことだもの。 」
「 ・・・・・・ 」
( アイヤ〜〜〜 ココに居るアルよ〜〜 )
あ・・・?
コクピットの二人は同時に小さく笑い顔を見合わせた。
工作隊は 予定通りの地点で任務完了し撤収を待っていた。
「 よ〜し。 減速して彼らを収容する。 003? 」
「 O.K. ・・・大丈夫、5キロ四方に敵影はないわ。 」
「 了解。 」
ドルフィン号は前方の岩場目指して高度を下げていった。
「 サンキュ−! いやぁ・・・ 助かったよ。 この御仁の重たいのなんの・・・
我輩自慢の翼も折れるかと思ったぜ。 」
「 ダンケ。 重量級で悪かったな。 ・・・ ジョ−は。 」
「 グレ−ト、お疲れ。 アルベルト? 博士がメンテ室でお待ちかねだよ。 」
「 グレ−ト、アルベルト。 お帰りなさい。 」
「 おうよ。 これで全員か ・・・? いや、その。 奴さん以外。 」
変身を解いて グレ−トは大きく息をついた。
「 うん、そうなんだけど。 多分 ・・・ もうじき連絡が入ると思うんだ。 」
「 なんだ? まだ確認できないのか。 」
全員が押し黙り、その沈黙がアルベルトへの回答となった。
「 そうか。 最終コンタクト地点はどこだ? 」
「 今、表示するわ。 ・・・ これ。 」
「 ふん? 」
足のダメ−ジで動けないアルベルトに フランソワ−ズはポ−タブル画面を手渡した。
「 ああ・・・ この辺りからアットランダムにバリアが張ってあるんだ。
脳波通信も切れ切れになっちまう。 しかし 多分ヤツは予定の地点に向かっているんじゃないか? 」
「 だったら とっくにわたしの 眼 の範囲なんだけど。 ・・・ あ! 」
「 入ったか?! 」
コクピットの全員の視線がナヴィスクリ−ンに注がれる。
赤い点が 波状の軌跡を描き始めた。
「 やはり妨害されているな。 しかし・・・ それにしてもどうして直線じゃないんだ? 」
「 う〜ん ・・・・ もしかして・・・ 追っ手が掛かっているのかもしれないね。
ちょっと。 ああ、ほら。 この後方。 」
ピュンマが画面を切り替えると 赤い軌跡の周辺にちかちかと多数の点が点滅した。
「 よし、すこしドルフィンを戻そう。 」
「 O.K. 」
( 皆、 通信をオ−プンにして! ・・・ 009? 聴こえる?
ドルフィンでそちらに向かうわ。 確認できたら方向指示をして。 009? ・・・ ジョ−? )
( 009。 方向と ・・・ 今のお前の速度の指示をくれ。 )
( ・・・ アル ・・・・ルト! ・・・・ 了解 ・・・ フラ ・・・ズ? 後部ハッチ ・・・ くれ。 )
( ジョ−!! ええ、わかったわ。 了解! )
「 なあ。 我輩の脳波通信は ・・・ 授受ユニットの精度が落ちたのかもしれない。」
グレ−トが真面目な顔でつんつんと禿頭をつついた。
「 どこか不具合でもあるのかい。 」
「 いや。 さっきまでは極めて快調だったのだが・・・
今のジョ−の通信・・・ 我輩には断片しか聞き取れなかったんだ。 」
「 グレ−ト? 野暮は言いっこなし。 」
「 あん? 」
ピュンマは こっそりウィンクをした。
「 僕にも、いや、誰にも聞き取れなかったさ。 ・・・ フランソワ−ズ以外はね。 」
「 ? ・・・・あ、な〜る・・・ 」
「 そ。 以心伝心ってヤツ。 」
「 O.K. この速度を保っていれば 3分後にはジョ−と合流できる。
ヤツと平行に航行して拾い上げよう。 」
「 ・・・あ! 待って! また・・・ 少しバックしてしまったわ。 」
「 ふん。 しつこいウンカどもだ。 ちょいと援護射撃で追っ払おう。 」
( ジョ−? 聴こえた? ドルフィンから迎撃するから、あなたは
こちらに合流することに集中して。 )
( ・・・・ ・・・・・ ・・・ )
( え? え? なに・・・? )
「 バリア地帯に突っ込んだな。 よし、先ほどの方向と速度で続行だ。 」
「 ・・・ ええ。 ・・・でも ・・・ 」
「 なんだ? 」
フランソワ−ズは口を噤んだきり前方の一点を見据えている。
− ジョ−・・・・? なんだか変だわ。 もう少し、もう少し近づけば
わたしの可聴範囲に入るのだけれど ・・・
「 捕まえたよ! あとは彼がこちらにうまく合流してくれれば・・・ 」
「 ・・・ あ! 」
小さく声を上げると、フランソワ−ズはパイロット席に駆け寄り、ぐっと操縦桿を曳いた。
「 わ! 何するんだ?! どうして急に減速を ・・・! 003! 」
「 バカヤロ! ウンカどもの射程距離にはいっちまうぞ。
あ・・・ くそ! おい、誰か、オレを後部ハッチまで連れていってくれ! 」
「 004? どうする気だい。 」
「 いいから! はやくっ! 」
「 ・・・おう。 」
低い応えとともに、ジェロニモがアルベルトをむんず、と持ち上げた。
「 どけ。 」
皆の視線を振り切って、彼は後部ハッチへ悠然と歩を運んだ。
「 ダンケ。 悪いがそこで開閉コックを頼む。 オレは・・・ そうだな、
ハッチの際に転がしてくれ。 」
「 わかった。 開閉の合図をくれ。 」
「 了解。 ・・・っち! また減速したな? 005、開けてくれ。 」
「 ・・・ むう。 」
− ・・・ ガタン ・・・!
装甲板の一部がぽっかりと外に向かって開く。
同時に 突風が吹き込んできた。
「 ・・・ ふん。 こんな時にはこの重量級のボディに感謝、だな。
あ・・・ アレか・・・? 見つけたぞ。 」
( 009? 聞こえるか? )
( ・・・ アル ・・・ ト ・・・ )
( こちらで援護射撃するから。 お前は合流することに集中しろ。
指定の速度でそのまま・・・・ おい? )
( ジョ−?? どうしたの? わかったわ。 008、ジョ−の後方200mに ・・・ )
( おい? また減速したのか?? ダメだっ! 完全に敵の射程距離内だぞッ
ワッ・・・ )
開け放ったハッチのすぐ外を流れ弾がかすめていった。
( 急げッ 009! よし、008? 前方の岩場へ高度を落とせ。 )
( 了解、004。 一時、ドルフィンからの迎撃は中止するよ。 )
( 了解。 009? おい、大丈夫か・・・? 次の岩場で加速のままジャンプしろ。 )
( ・・・ 了解 ・・・・ )
「 005、こっちに来てくれ。 ジョ−が飛び込んできたら引き摺り入れろ。
どうも 奴さんはどこか損傷しているらしいな。 加速の具合が不安定だ。 」
「 むう。 まかせろ。 」
かなり平坦な岩場が前方に見えてきた。
同時にアルベルトのレーダー・アイにも ジョ−の姿が捕らえられた。
フランソワ−ズほどの範囲と精度ではないが、サイボ−グ達の眼は精密なレ−ダ−機能も備えている。
がくん、とドルフィンの速度が落ちた。
「 ! バカヤロっ! 何だってまた減速するんだ??
ジョ−ッ 今だッ チッ ・・・ ! 」
シュン・・・と一陣の旋風が飛び込んでくると同時に アルベルトのマシンガンが火を噴いた。
「 ハッチ、閉めろ! 」
「 ・・・ 了解。 ジョ−も捕まえたぞ。 」
( ピュンマ?! 全速上昇ッ ギリギリ高度まで上げて あとは突っ走れッ )
( 了解〜〜〜 ! )
どん・・・と衝撃を残して、ドルフィンは最高速度で航行を始めた。
「 ・・・おい、009? 大丈夫か。 」
「 004 ・・・ サンキュ。 加速装置が安定しなくて、迷惑をかけたね、ごめん。 」
「 ・・・ やっぱりな。 使用限度を越えてたか。 」
「 ・・・ うん。 004、足は。 」
「 ふん。 パ−ツの予備はあるそうだ。 ともかく、一時帰投だ。 」
「 そうだね。 作戦の練り直しだ。 」
「 ああ。 」
「 コクピットへ行くぞ? 」
「 あ、005、ぼくは大丈夫 ・・・ わ〜? 」
「 ダンケ、 005。 」
「 むう。 ・・・ 全員無事で よかった。 」
ジェロニモは アルベルトとジョ−を軽々と担ぎ上げると、再び悠然とコクピットへ向かった。
「 なんだってあそこで減速したんだ! 」
− バンっ!
アルベルトはコンソ−ル盤に音をたてて手を突いた。
コクピット中が しん・・・と静まり返り、低いエンジン音だけが規則正しく響いている。
「 必要だと思ったからよ。 」
レ−ダ−パネルから顔をあげ、フランソワ−ズが真っ直ぐにアルベルトを見つめた。
一点の迷いも戸惑いもなく、彼女ははっきりと言った。
「 それはプランにあったか。 全員で打ち合わせたプランでは
ジョ−が指示してきた速度で航行し、彼と合流するはずだったと思うが。 」
「 そう、プランでは、ね。 」
「 あのプランは応急だったが実際の追跡部隊の速度も計算に入れていた。
・・・ あそこで減速しては どうぞ、的にしてくださいってコトなんだぞ? 」
「 アルベルト。 そりゃ、君の援護射撃で助かったけれど・・・
ジョ−と無事に合流出来たんだしさ。 」
「 ピュンマ、 アルベルト? 」
「 なんだい、ジョ−。」
それまで 黙っていたジョ−が静かに口を開いた。
「 あの時の速度変更は ・・・ 作戦外だったのかい。 その・・・ フランソワ−ズが?」
「 ああ。 」
ジョ−はきっちりとフランソワ−ズの席に向き直った。
「 003。 どうして予定外の減速をした? 」
「 ・・・ さっきも言ったでしょう? ・・・ 減速が必要だと思ったからよ。 」
「 なぜ、そう思った? 」
ジョ−の声には感情をいっさい排除した硬質の響きがあった。
フラソンソワ−ズは 一瞬躊躇ったがすぐに顔を上げた。
「 あなたが。 ジョ−、あなたが壊れてゆくのを黙認することは出来なかったわ。 」
「 ・・・・・ 」
「 壊れる? たかだかあの程度のスピ−ドでか? 」
なぜか口を噤んだジョ−の向かいで アルベルトが声を上げた。
「 そうよ。 ジョ−の走行軌跡を辿っていて気がついたの。
あれは ・・・ 迎撃のせいだけじゃない。 いつものジョ−とは全然違うもの。 」
「 ・・・ 軌跡だけで判断したのか。 」
「 違うわ。 わたしの可聴範囲にジョ−が入って ・・・ すぐにMAXで聴き取ったわ。
聞こえたのよ。 ジョ−の加速装置がオ−ヴァ−ランして ジョ−自身が
・・・ 崩壊してゆく音が・・・ 」
「 それで 減速を? 」
「 ええ。 確かに作戦にはない、命令違反の行動だわ。
でも。 わたしには ジョ−が ・・・ 壊れてゆくのを ただ黙ってみていることなんか・・・ 」
「 わかった。 だが、きみも自分でわかっているはずだ。
たった一人のために 全員を危険に晒すわけには行かない。 」
「 ・・・ それは ・・・ そうだけど。 」
「 事実、アルベルトの援護射撃がなかったら ドルフィンは危なかった。
その点をよく考えろ。 勝手な行動は以後、謹んでほしい。 」
「 ・・・・ わかったわ。 」
素直に頷くと、フランソワ−ズは席を立った。
「 基地は ・・・ 壊滅したようよ? ジョ−、あなたが最後に仕掛けてきた爆弾が
中枢部を破壊したわ。 ・・・ もう追っ手の心配はないわ。 」
「 そうか! なんとか ・・・ なったな〜 」
グレ−トが安堵の声を上げた。
そんな彼にすっと笑顔を見せると、フランソワ−ズはごく普通の足取りでコクピットから出て行った。
「 それなら、俺が置いてきたオミヤゲも連動作動したはずだ。
ピュンマ、確認を頼む。 」
「 もうサ−チ掛けてるよ。 ・・・うん、フランソワ−ズの方が上手だね。
オ−ライ、確認したよ。 どうやらジョ−の読みは正しかったようだ。 」
ふう・・・・ 誰もが自然に吐息を漏らした。
「 確実性が上がらないと・・・困るよね。 今回のミッションは失敗だよ。 」
「 結果はなんとか〇、 だったがな。 課題山積ってとこか。 」
「 ぼくらの取り組み方も問題だよ。 」
「 ・・・ジョ−。 さっきの ・・・ フランソワ−ズのこと、かい。 」
「 それもある。 」
「 確かに彼女は独断専行したけど。 あの場合は正しい判断だと思うよ。
実際、きみの加速装置は限度オ−バ−してたんだろ。 」
「 ああ、それは確かさ。 だが・・・ 全体を護るためには個に固執していたら
命取りになる場合もある。 」
「 ・・・ 君を見捨てるべきだった、と言うのかい。 」
「 ・・・ 場合によっては、な。 」
「 ジョ−! 彼女がどんな気持ちで・・・っ! 」
がたん、とサブ・パイロット席からピュンマは立ち上がった。
ジョ−は合い変わらず、前方スクリ−ンを見つめたままだ。
「 ミッション中に私情を挟めば全員の生命が危うくなる、か。 」
「 アルベルト! それは ・・・ 理屈はそうだけど・・・ 」
アルベルトは殊更無感動な声だったが、ピュンマにむかって軽く頷いた。
「 時と場合によっては必要だと思う。
戦場では必ず<選ぶ>時がある。 そこに私情を挟んだらそれこそ破滅に繋がりかねない。 」
「 ジョ−、君の意見は正しいと思うよ。 だけど。
君はひとつ、忘れてる。 」
「 ・・・・ ? 」
ジョ−は やっとスクリ−ンから顔をあげ、ピュンマの方に向き直った。
「 彼女も、フランソワ−ズも、僕らと同じに闘っていたってことを、さ。
いや・・・ 僕ら以上だ。 」
ちょっと様子を見て来る、とピュンマは席を立った。
「 ・・・ ジョ−。 お前の気持ちは判るが。 今回はピュンマの言い分の方が<人間的>だな。 」
「 ・・・ アルベルト ・・・ 」
「 さ。 ・・・一言でいい。 彼女の元へ行って労ってやれ。 」
「 ・・・・・ 」
ジョ−は黙って頷いた。
( 誰か! 博士に連絡を! )
( ??? どうした、ピュンマ ? )
船内で突然飛び込んできた通信に全員が驚きの顔を上げた。
( フランソワ−ズが! 今、廊下で倒れてる。 意識がないんだ・・・・! )
− ガタンっ!!!
ジョ−が席を蹴ってコクピットから飛び出していった。
「 ・・・ ああ ・・・ いい気持ち・・・! 」
「 本当に大丈夫かい? 具合が悪くなったらすぐに言えよ?
夜風はまだまだダメだから・・・ 今だけだよ。 」
「 ええ。 大丈夫。 ジョ−が ・・・ いてくれるから。 」
「 ・・・・ 」
ジョ−は黙ってフランソワ−ズに腕を伸ばした。
はらり、と彼女の髪が海風に翻る。
額に、頬に纏わる亜麻色の髪を掻きやる指先は透けるようにか細く頼りない。
「 ありがと・・・・ 」
フランソワ−ズはそっと差し出された腕に彼女自身を委ねた。
− ・・・ こんなに ・・・ 軽かった ・・・ ??
ジョ−は彼女を抱きかかえるようにゆっくりと歩を進めつつ、ひそかに唇を噛み締めた。
いつの間にか炎暑の季節も 終わろうとしていた。
ミッションから帰投した彼らを迎えた空は ようやく水平線に小さな入道雲を見せているだけだった。
海原は灰色で 街も人々の顔も暗く冴えなかった。
それが・・・
いつの間にか一番の華やかな季節を 通り過ぎてしまっていた。
・・・ ジョ−は。 そんな季節すら、覚えていない。
− 外に出たいの。
そんなフランソワ−ズの願いを聞いたとき、彼は初めて外を見る余裕が生まれた。
あの日・・・・
ミッション終了の日、ドルフィン号で倒れからフランソワ−ズは伏したままの日が続いていた。
意識不明の彼女を乗せ、全速力で帰還、すぐに博士の本格的な加療が始められたのだが・・・
「 ・・・意識は。 」
「 ・・・・・ 」
メンテナンス・ル−ムから出てきたジョ−は だまって首を振った。
「 もう ・・・ かれこれ一週間か・・・ 」
「 ・・・ 博士も 打てる手は全て打った・・・・って。 あとは彼女次第だそうだ。 」
「 ・・・ そうか。 単なる身体の損傷じゃないからな。
神経系の治療には 時間がかかる。 ・・・あせるな、ジョ−。」
「 このス−プ・・・ フランソワ−ズはんのお国の ヴィシ・ソワ−ズやねん。
早くこれを飲めるようになって欲しいアル。 」
大人は 保冷ビンに入ったス−プをそっと持ち上げた。
「 ほな、博士に差し入れるネ。 」
「 ・・・・ うん。 お願いするよ。」
低く応えて、ジョ−は静かにメンテナンス・ル−ムを後にした。
− きみは! 何にもわかっちゃいないよ!
あの日の ピュンマの声が耳朶の奥でがんがんと蘇る。
フランソワ−ズをメンテナンス・ル−ムに担ぎこんだあと、彼はジョ−にむかって
珍しく感情的に言い募った。
「 僕らが、君もだよ、ジョ−、がたがたなら。 僕らの何百倍もの情報を浴びてその中から
的確なものだけを 取捨選択している彼女の負担はどえらいモノだよ。
神経系の操作だから ・・・ 倒れないほうがどうかしている。 」
「 ・・・ ピュンマ 」
「 そんな中で、彼女は一番に君のことを気使っていたんだ。」
「 わかってる。 」
「 いや! ジョ−、君はわかってなんか、ない。
わかってたら・・・ あの時、彼女の行動を責めることはしなかったはずだよ。」
ピュンマにもジョ−の理論の正当性は充分に判っている。
彼とて 生身のころからの歴戦の戦士なのだ。
しかし。
理論で、理屈で全てを押し通すことが正しい・・・とは、これも言い切れない。
特に 生命の問題がかかわっている場合には。
その結論は おそらく神の御手に委ねるしかないであろう。
「 ゆっくり ・・・ 彼女の神経を、こころを休ませてあげないと 本当に彼女こそ壊れてしまう・・・
僕は ・・・ そんな彼女を見過ごすことなんかできない。 」
「 ・・・ありがとう、ピュンマ。 ・・・ はっきり言ってくれて。 」
「 ジョ− ・・・ 頼むよ。 彼女には 君が全てなんだ。 」
蒼ざめてただ昏々と眠るフランソワ−ズの枕辺で、ジョ−は何回この会話を反芻したことだろう。
そして ようやく・・・ 彼女が微かに身じろぎし、眼を開けた時に
ジョ−は 黙って。 ただ、黙って 大粒の涙を彼女の蒼白い頬に行く粒も落とした。
− ・・・ごめん ・・・・ ごめん、ごめん ・・・・
音にならない言葉を尽きることなく続ける彼に、フランソワ−ズはほんのわずか・・・
それはジョ−にしかわからなかったけれど、細い頸を横に動かした。
− ・・・・ いいのよ ・・・ ジョ− ・・・
「 ・・・疲れない? すこし休もう。 ほら・・・あの岩場に座って、さ。 」
「 ええ・・・ ありがとう・・・ 」
二人は足元に波音を聞き、頬に爽やかな海風を受け寄り添って座った。
「 ・・・ああ ・・・ また、こんな日が来るなんて・・・夢みたい・・・ 」
「 ・・・・ フランソワ−ズ 」
フランソワ−ズはそっと手足を伸ばす。
乾いた砂の上に、白く風化した貝殻が幾つも顔をのぞかせている。
つ・・・っと彼女は手を伸ばし、足元の一つを拾った。
「 ねえ、ジョ−。 ・・・ 怒らないって約束して? 」
「 なに、いきなり。 」
「 なんででも。 怒らないって約束してくれたら ・・・ 話すわ。 」
「 ・・・ 怒らない。 さ、だから ・・・ 話して? 」
ふふ・・・っとフランソワ−ズは悪戯っぽい笑みを唇に、静かに語りだした。
「 わたし。 博士にお願いして、ね。
眼も耳も・・・レンジと精度をアップして頂こうと思うの。 」
「 ・・・・ !! 」
「 あ・・・ ほら、約束は? ジョ− ・・・ 」
ぱっと向き直り腕に力をこめたジョ−に、フランソワ−ズやくすくすと笑った。
「 ・・・あ・・・・う、うん。 ・・・ 怒らない。 」
「 ありがとう。
皆が ・・・ ジョ−、あなたが壊れる前にわたしが察知したい。
いえ・・・そうするべきなのよ。 ・・・それが003としての使命でもあるわ。 」
「 フランソワ−ズ・・・ 」
「 こんな風になっては・・・ 困るでしょ。 みんな ・・・ あなたも、わたしも。 」
彼女は明るく微笑んで 手にした白い貝殻をぽん、とジョ−の膝に置いた。
波と風に浸食され、形骸と化した白い貝殻・・・
「 ・・・ぼくは。 ぼくこそ、話さなければ・・・ いや、きみにちゃんと謝らなければ・・・!
あの ・・・ ミッションの後 ・・・ 」
「 いいの。 あなたは正しいわ。 リ−ダ−として当然のことよ。 」
・・・いや。 ぼくは ・・・ 機械だ、機械だった・・・!
・・・ え?
半身が機械のぼくらは ・・・ 人間的な判断がちゃんとできなくなったら・・・
もう完全な 機械仕掛けの兵器、さ。
ジョ−は膝の貝殻を取り上げると ぽ〜んと海原に返した。
夕闇にそれは鮮やかな白を浮かび上がらせ空を切り ・・・ やがて故郷の海に還っていった。
もしも。 もしも、よ?
わたしを助けることで 皆が危険になるのだったら。
わたし・・・。 見捨てて欲しいわ。
・・・フラン! ぼくは。
ぐっと 唇を噛み締め、ジョ−はくっと顔を上げる。
まっすぐに自分を見つめているフランソワ−ズの瞳を ジョ−もかっきりと捕らえる。
きみがオ−バ−ワ−クになる前に、ぼくが護る。
きみも。 みんなも。 ぼくが助ける。 全身全霊で全力で護るよ。
ぼくはどんなことがあっても この手を離しはしない。
・・・ どんなことが あっても。
・・・ ジョ−。
夕凪は終り、夜の風が吹きはじめた。
海鳥たちは ねぐらをめざし、 海原にたゆとう波すらも次第に引き始めている。
遅い夏、夜の帳がだんだんと降りてきた。
ひときわ明るい星が さっそくに姿を現し瞬きだしている。
フランソワ−ズ ・・・ どこへも ゆくな。
・・・ ジョ− ・・・ ここに、いるわ。
いつか。 いつの日か・・・
この手を 離さなければならない日が くるだろう。
せめて その日まで。
せめて その瞬間まで。
こころは ヒトの温かさを持ち続け、この手を抱いていたい ・・・
ジョ−は 掌の中のか細い手をそっと ・・・ そっと 握った。
「 いつもまでも ずっと一緒に ・・・ ゆこう。 」
「 了解。 ・・・ さあ、発進 ( takeoff ) しましょう。 」
フランソワ−ズは艶やかに微笑み ジョ−の胸に ことん、と頬を寄せた。
****** Fin. *******
Last
updated: 07,18,2006.
index
*** 言い訳 ***
<発進>ではなくて、本来は 離陸 であります・・・ takeoff。 (^_^;)
管理人にしては超〜〜〜珍しくミッション・シ−ン登場です、へへへ・・・
モトネタは ⇒ 我らが編集長がお話してくださった ウルトラ・メビウス ネタ で
ございます〜〜〜 <(_
_)>
でも 後半はちゃんとらぶらぶ93♪ ・・・前半のジョ−はちょっと超銀ジョ−風味??
尚、 管理人はメカニックには超〜〜〜〜弱いので、いろいろ突っ込まないで下さいまし。