『 みずうみ 』
******* お願い ******
このお話は 我らが御大のかの初期・名作の設定を拝借しています。
決してパロディにする意図などございません。
どうぞ寛大なお心でお目こぼしをお願いいたします。
どうしてもお好みでない方は ここで引き返されることをお願いします。
「 フランソワ−ズ? ・・・・ おい、フランソワ−ズってば。 」
「 ・・・・・・ 」
「 なあ、フランソワ−ズ ? 聞こえないのかな。 もしもしお嬢さん? 」
ジョ−はすぐ隣に並んでいる形のいい膝を つんつん・・・と突いた。
「 ・・・・? なあに? なにか ・・・ 言った? ジョ−。 」
白い膝の持ち主は ようやっと窓から視線を移し、ジョ−の方に顔を向けた。
亜麻色の髪が風に流れ 額やら頬に纏わっている。
レ−スの襟が揺れる水色のワンピ−スは仄かにその色彩を彼女の頬にも映す。
細い首をすこしだけ傾け、熱心にジョ−を見つめる瞳はいつもにも増してまん丸になっている。
そんなちょっと子供じみた表情が とても愛しくてジョ−は思わず手を伸ばしそうになってしまう。
「 なあに、ジョ−。 」
大きな青い瞳が 今はじ・・・っと彼に注がれている。
・・・ いけね! でもなあ・・・ 可愛いな、相変わらず・・・
本当に可愛いよ・・・ フランソワ−ズ・・・!
宙に浮いた手をさり気なくひっこめ、ジョ−はえへん・・・と軽く咳払いをした。
「 うん ・・・ 別になんでもないけど。 あんまり熱心に外を見ているからさ・・・ 」
ほら、髪が・・・、とジョ−は肩に解れた巻き毛を整える。
「 あ・・・ ありがとう、ジョ−。
だってね・・・ すごく・・・すごく綺麗なんですもの・・・・ こんな景色、見たの初めてよ。
緑の色が全然ちがうの。 こう・・・濃くて深くて、空気まで染まってしまいそう・・・ 」
「 ああ、そうだね。 ウチの近くとは全然ちがった種類の林だからな。
日本のこの地方ではこういう木々が多いんだよ。 」
「 まあ、そうなの? 空気も涼しいというより寒いくらい・・・・ 北国なのね。 」
「 そうかな。 この辺りはまだパリほど緯度は高くないよ。 」
「 へえ・・・ でも、パリよりも北にあるみたいな感じ。
ああ・・・・ 風がいい香りね。 日本の汽車でこんな風に窓を開けることができるものが
あるなんて、ちょっとびっくりよ。 」
「 う〜ん・・・ ロ−カル線だからね。 いずれこんな車両も廃止されるだろうな。 」
「 まあ・・・ 勿体無いわ。 こんなに素敵なのに・・・・ 」
フランソワ−ズはガタガタ揺れる車両を ゆっくりと見回した。
ロ−カル線、とジョ−が言ったとおりにかなり古めかしい車内に乗客の姿はぽつぽつ・・・と疎らで
だいたいが風体からしても どうも地元の人々らしい。
彼らは景色などには関心を示さず、新聞を広げたり居眠りをしたりしていた。
窓の張り付いている異国の少女に目を向ける人もいない。
・・・ もっとも隣にぴたり、と眼光鋭い青年が付き添っているからかもしれない。
ガタンゴトン ・・・ ガタンガタン ・・・ ゴトン・・・
音までのんびりと短い編成の列車は緑濃い林の中を走っていった。
「 え・・・ 避暑旅行・・・? 」
「 うん。 博士がね、お勧めの場所があるから二人でどうかって。
絶対気に入るから、ちょっと遅いけど日本の夏を楽しんでおいでってさ。 」
ジョ−はギルモア邸に帰ってきて、玄関でもう話をはじめた。
彼は相変わらず車関係の仕事をしていて なかなか多忙な日々を送っている。
つい先ごろ、ようやっとフランソワ−ズと婚約し、ますます張り切っている様子なのだ。
一応、現在は都心近くのマンションに一人住まいをしているのだが 週末はギルモア研究所に
帰って来て博士やイワン、そしてフランソワ−ズと静かな日々を過すのが習慣になっていた。
そんな夏も半ばを過ぎた 週末こと・・・
ジョ−は迎えにでてくれたフランソワ−ズの顔を見るなり、遅い夏休みの計画を切り出したのだ。
「 まあ・・・ 素敵! 避暑なんて初めてよ。
あ・・・でも。 イワンもいるし、博士のお食事とかお家のこともあるし・・・わたし、無理かも 」
ジョ−の思いがけない提案に、フランソワ−ズはぱっと顔を輝かせたがすぐに
首を振ってしまった。
しかし 青い瞳が潤んだのをジョ−は見過ごしてはいない。
「 う〜ん、でも一週間くらいだから、きっとなんとかなるよ。
張大人とセブンに この家に泊まりこんでもらってもいいし。 」
「 ・・・ でも・・・ 大人だってお店があるのよ。 そんなみんなに迷惑をかけるわけには行かないわ。 」
「 いやいや。 二人で行っておいで。 」
「 ? 博士・・・! 」
ギルモア博士がのんびりと書斎から姿を現した。
「 こんばんは、博士。 先ほどはお電話、ありがとうございました。 」
「 うむ、ジョ−、元気でやっているようじゃの。 」
「 はい、おかげ様で。 それで・・・ 避暑旅行のことですけど・・・ 」
「 おお、おお。 ワシが言い出したのだよ。
フランソワ−ズ、心配はいらんから・・・ たまには家のことは忘れてジョ−と二人きりで
ゆっくりしてくるといい。 」
「 ・・・ え ・・・は、はい。 」
彼女のぽ・・・っと頬を染めた姿に 博士も相好を崩している。
< 行ッテ オイデヨ。 僕ナラ大丈夫サ。 ネエ、博士? >
ふよふよ漂ってきたク−ファンから 甲高いメッセ−ジが皆の頭に飛び込んできた。
「 おお、イワン。 そうじゃとも。 ワシにだってイワンの世話くらいできるぞ? 」
「 でも・・・ お食事はどうなさいますの、博士。 」
「 気侭にやるさ。 それにな、最近イワンと開発した極上美味インスタント食品 があっての。
宇宙食用の試作品なんじゃが、ソレを試してみるいいチャンスなのじゃ。 」
「 まあ・・・ あの ・・・・ 大丈夫ですの? 」
「 お? ワシらの腕を侮らんでくれ、フランソワ−ズ。 」
「 でも・・・・ 」
「 苦労性だなあ、フランソワ−ズ。 そんな顔は止めたまえ。
折角の博士とイワンのご好意に甘えようじゃないか。 ねえ、博士? イワン? 」
「 ああ。 そうしてくれるとワシらも嬉しいのじゃよ。 」
< 安心シテ 楽シンデ来ルトイイヨ。 ナンナラ新婚旅行ニ スルカイ? >
「 ・・・え! 新婚ってそんな・・・ 」
「 あははは・・・ もうそんなにからかわないでくれよ、イワン。
それじゃ・・・二人で行って参ります。 」
ジョ−はますます赤くなって俯いてしまったフランソワ−ズの肩をそっと引き寄せた。
「 うむ。 先方の宿の主人とはワシが懇意にしているからの、気兼ねは無用じゃ。
ジョ−、和風の旅館をフランソワ−ズによく案内してあげなさい。 」
「 はい。 そうそう ・・・ ちょうど夏祭りの時期だそうですね?
さっき こちらへ来る途中で本屋でガイド・ブックを立ち読みしてきました。 」
「 おお、そうじゃった、そうじゃった。 珍しい火祭りが見られるぞ。
たしか ・・・ 森の奥には湖があってなかなか神秘的だそうだ。 」
「 まあ、素敵! 嬉しいわ・・・ ありがとうございます、博士。 」
「 うむ・・・ ああ、やはりお前の笑顔は最高じゃな。 いつでも微笑んでいておくれ、フランソワ−ズ。 」
「 はい、博士。 」
「 慌しくてすまんが・・・ 明日、出発できるかね。 ジョ−にはさっきの電話で頼んでおいたのじゃが。 」
「 まあ、明日ですの? 大変! 荷物を作らなくちゃ!
あの・・・ 夏服で大丈夫な場所なのですか。 」
「 そんな、荷物なんて大袈裟な用意はいらないよ、フランソワ−ズ。
涼しい地方だから 長袖のものももっていったほうがいいかもしれないけれど。 」
「 ありがとう、ジョ−。 殿方はいいでしょうけれど、女性はいろいろ・・
一週間分の荷物が必要なのよ。 ジョ−、あなたの着替えだっているでしょう? 」
「 ああ、ぼくの分は自分でやるから・・・ じゃ、明日の朝出発しよう。 」
「 はい、わかったわ。 わあ・・・嬉しい! わたし、<りょかん>って一度泊まって
みたいなあ・・・って思っていたの。 それに夏祭り! わくわくしちゃう。 」
「 ははは・・・ お祭が好きかい。 本当にきみはいつまでも子供だねえ。 」
「 あら。 だって・・・ 珍しいお祭だって博士が仰ったじゃない? 」
「 そうだねえ、ごめんごめん。 じゃあ、二人で田舎の夏を楽しむことにしようね。 」
ぷ・・・っと膨れた彼女の顔がますます可愛くて ジョ−はくしゃり、と亜麻色の髪を撫ぜた。
「 あん・・・ もう〜〜 ジョ−ったら。
あ! 大変、大変〜〜 ミ−トロ−フがもう焼きあがるころよ。オ−ブンを見てこなくちゃ。
さあ、さあ お食事にしましょう! 博士、ジョ−? ちゃんと手を洗ってきてください!
イワン? あなたもミルクの時間じゃない? 」
< ウン。 ふらんそわ−ず、僕モ オ腹スイチャッタヨ >
「 じゃ、一緒にいらっしゃい。 」
ぱたぱたと軽い足音を響かせ、フランソワ−ズはキッチンに駆けていった。
・・・ ああ! 可愛いなあ・・・
あの笑顔がそばにあるだけも ぼくはこころが休まるよ。
もうすぐぼくの嫁さん・・・ きみは本当に魅力的だなあ
「 ジョ−よ。 すまんが・・・ 食事の後でちょっと書斎に来ておくれ。 」
「 ・・・ はい? 」
ぼ〜っと彼女の後ろ姿を眺めているジョ−に 博士が遠慮がちに声をかけた。
「 少々頼みたいことがあっての。 」
「 なにか。 ・・・ もしや、今度の旅行は。 」
「 あ、いやいや。 今回は本当に二人でのんびりして来ておくれ。
ただなあ。 例の宿の主人 ( あるじ ) からちょいと頼まれ事があっての。
現地にいったらそれとなく調べて欲しいことがあるのじゃ。 」
「 ・・・ なにか事件が起きそうなのですか。 その、祭りに関わる・・? 」
「 いや、まだ事件とははっきりせんがの。
後でだいたいの事情を話すので 調査を頼むよ。 ああ、フランソワ−ズには内密に、な。
あんなに喜んでおるのじゃからの。 」
「 はい、了解しました。 では 食事の後で。 」
「 うむ。 ・・・おお、いい匂いじゃのう。 なあジョ−、彼女はいい奥サンになるじゃろうな。 」
「 は・・・ そ、そう願いたいです。 」
珍しくジョ−はぼそぼそと口篭ってしまった。 どうやら柄にもなく照れているらしい。
ほっほ。 はやくこの二人・・・ なんとかしてやらないといかんなあ。
この旅行で仲が進んでくれると いいのじゃが・・・
「 ジョ−よ。 いらんお節介かもしれないがな。 この秋にでも挙式してはどうかの。
先ほどのイワンの言ではないが、新婚旅行の先取りをしてもちっとも構わんよ。 」
「 博士・・・ お気使い、ありがとうございます。
はい、なるべく早くいろいろ・・・ きちんとしたいと思っています。 」
「 うむうむ・・・ よろしく頼む。 」
博士は 息子と娘とも思っている二人の幸せになかなか気を揉んでいるのだった。
こうして ジョ−とフランソワ−ズは避暑旅行に出掛けることになった。
「 不審火ですか? 」
楽しい晩餐のあと、ジョ−は博士の書斎を訪れた。
フランソワ−ズは明日の荷造りに大わらわで 部屋に閉じこもりっきりである。
書斎の片隅にはク−ファンが鎮座し、イワンが穏やかな寝息を立てていた。
「 そうなんじゃ。 なんでもその地域では、森の奥にある湖を半分埋め立て大きなホテルと
レジャ−施設をつくり観光客を呼び込もう・・・という計画があるらしいのじゃ。 」
「 レジャ−施設? ・・・ 地元の人たち全体の意志なのですか。 」
「 いや、どうもな。 その宿の主が言うには一部の土地の有力者の発案らしい。
大半の住民は観光客が増えるのは歓迎だが土地開発には二の足を踏んでおるのだと。 」
「 はあ・・・・ 無秩序な開発は困りますからね。 」
「 うむ。 宿の主も同意見でな。 」
「 素晴しい自然の景観を壊してしまっては意味がありませんよ。 」
「 それもあるが。 崇りがある、と皆信じているそうだ。 竜神様の崇りがな。」
「 崇り??? この現代にですか。 ・・・竜神?? 」
「 そうなんじゃよ。 その<神秘の湖>には 古くから竜が棲んでいて付近一帯を護り、
火祭り はその竜を慰めるためのもの、と代々信仰されている、と宿の主は教えてくれたのじゃ。 」
「 はあ。 民間信仰には根強いものが多いですからね。 」
「 そうじゃな。 それで事態は膠着状態らしい。 」
「 それで、その村に不審火が? 」
「 うん・・・ 最近、不審火が多発していて・・・ 幸い人死には出ていないが。
その原因を調べて欲しい、と言うのじゃよ。 」
「 不審火? 放火かなにかなのですか。 」
「 いや。 地元の消防団の調では全く原因不明なのじゃと。
一部には竜神様の崇りだ、とのウワサまで流れているそうじゃ。 」
「 はい、了解しました。 なるべくさり気なく調査してきます。 」
「 うむ・・・ よろしく頼む。 」
「 はい、博士。 」
ジョ−はがっちりと博士の手を握った。
「 ・・・ 不審火、か・・・ 」
「 ? ジョ−? ・・・ ジョ−ったら。 」
「 ・・・え ・・ あ、な、なんだい、フランソワ−ズ? 」
気がつけば今度は彼が 膝を軽く揺すられていた。
列車の揺れにまかせ、ジョ−は昨夜の博士との会話を蘇らせていたのだ。
「 どうしたの、なにか・・・考えごと? 」
「 うん? いや・・・ ちょっとね。 何をして過そうかな、と思ってさ。 」
「 そうなの? なんだか難しい顔をしてじ〜っと考えこんでいるから心配しちゃったわ。 」
「 あはは・・・ごめん、ごめん。 楽しい旅行にしかめっ面は禁物だよね。 」
「 綺麗な湖とか森とか・・・ お散歩しましょう? ああ、どきどきして来ちゃった! 」
「 ふふふ・・・ 旅館もきっと気に入るよ。 」
「 そう? 日本の古いホテル、なのでしょう? どんなかしら・・・ 」
きみの浴衣姿 ・・・ ふふふ ・・・ 楽しみだなあ・・・
はんなり浴衣が纏わりつくほっそりした姿がジョ−の目の裏に浮かぶ。
白いうなじに亜麻色の髪が一筋二筋 解れかかる。
その下には。 半幅の帯など簡単に解けてしまう、その下には。
新婚旅行ニシチャッタラ・・・
イワンの言葉もなんだか現実味を帯びてきた。
ジョ−は今度はかなり < 楽しい > 想いを過ぎらせているようだった。
「 あ・・・ ねえ? 次が・・・降りる駅じゃなくて? 」
「 ・・・ え・・・ ああ! そ、そうだね。 え〜と ・・・ 荷物はこのバッグとあれれ? 」
「 どうしたの、ジョ−。 網棚に上げると忘れそうだって・・・ ほら、ここに置いたでしょう? 」
ジョ−は慌てて立ち上がり 列車の網棚をキョロキョロしている。
「 あ、そ、そうだったね。 へへへ・・・失敗、失敗・・・ 」
「 まあ・・・ ふふふ ・・・ 可笑しなジョ−ねえ。 」
「 え そんなに可笑しいかな。 きみの荷物はこのボストン・バッグとこっちの赤い鞄だね。 」
「 あ、それはわたしが持つわ。 ジョ−、 あなた自分のバッグもあるじゃない。 」
「 平気、平気。 ぼくの力を知っているだろ、こんなくらい朝飯前さ。 」
「 ありがとう、ジョ−。 それじゃ、わたしは博士から宿のご主人への御土産を持ってゆくわね。 」
「 ああ、頼んだよ。 お、そろそろ駅が近いんじゃないかな。
忘れものはないね、フランソワ−ズ。 」
「 はい。 お弁当のカラもちゃんと纏めたし・・・ ああ!素敵な旅だったわ。 」
「 ははは・・・ まだ始まったばかりだよ、ぼく達の避暑旅行は。 」
「 ・・・ ええ そうね。 」
にっこり微笑み、淡く染まった頬が初々しい。
ジョ−は本当に新婚旅行にでも やって来た気分になってしまった。
・・・ いけない、いけない! 今回は博士のご依頼もあるんだから!
ロ−カル列車はガタゴトと徐々にスピ−ドを落とし始めた。
鄙びた駅には半被を着た老人が出迎えてくれた。
ジョ−の手から荷物をもぎ取り彼はライトバンの後部に入れ 黙ったまま二人を座席に押しこんだ。
そして
がたごと ガタゴト・・・・ 素晴しいドライブが始まった。
< 大丈夫かい、フランソワ−ズ? 車酔い、しないか。 >
< ええ、平気よ。 ・・・ でも ・・・ すごい道ねえ。 >
< そうだな。 舗装していない道を走るなんて、きみ、初めてじゃないのかい。 >
< そうね。 ミッションの時はもっと酷いところも通るけど、ドルフィン号はドライバ−の腕がいいもの >
< ははは・・・ありがとう! うわ・・・! こりゃ、脳波通信でなかったら舌を噛みそうだね! >
< ふふふ・・・ そうねえ。 ・・・きゃ! >
< おっと。 ほら・・・ぼくにもっと寄って! >
・・・ゴトン ・・・・!
ぴょこり! とよりそった恋人達は一緒にまたまた大きく跳びはねた。
ギルモア博士と昵懇の仲、という宿の主人は二人を大歓迎してくれた。
静かな離れの部屋に案内してくれ、見るもの全てに目を見張っているフランソワ−ズに
温かい微笑みを送っている。
「 外国のお方には珍しいモノばかりでしょう。 どうぞごゆっくり、寛いで下さい。 」
「 はい、ありがとうございます。 まあ・・・いい匂い・・・ 木、いえ草の香りかしら? 」
フスマを開けて フランソワ−ズは広い和室にまたまた目を丸くしている。
「 ああ、畳の、イグサの香りでしょう。 えっと・・・? 」
「 彼女はぼくの許嫁 ( いいなづけ ) です。 フランソワ−ズ、といいます。 」
「 おお、おお。 そうでしたか。 お似合いですね〜〜 ぴったりだ。 」
主人の少し怪訝な視線は ジョ−の明解な答えでたちまちクリアになった。
「 ・・・ ジョ− ・・・ あの・・・ 」
「 ありがとうございます。 こちらでは珍しい祭りがあると伺いましたが。 」
真っ赤になって俯いてしまったフランソワ−ズを ジョ−はさり気なく後ろに隠してやった。
「 そうです、ちょうど明日から祭礼ですよ。
火祭り、といって・・・ ここの山奥にある湖の竜の女神様に火を捧げる祭りです。 」
「 竜の・・・女神さま、なんですの? 」
「 ええ、そうです。 処女 ( おとめ ) の守り神とも言われていましてな、
そのお姿は清らかな処女 ( おとめ )しか見ることができない、という言い伝えもあります。
女神さまをお慰めするために明日は勇壮な神輿も出ますから・・・
どうぞお二人で楽しんでいらしてください。 」
「 はい、博士からも ・・・ いろいろ伺ってきていますので。
しっかり見てこようと思っています。 」
「 おお ・・・ どうぞよろしく。 お頼みしましたよ。 」
ジョ−の微妙な言い回しに 主人はすぐに合点がいったらしい。
大きく頷くと、深々と頭を下げた。
「 はい。 確かに。 」
ジョ−も今度は明解に言い切った。
「 ・・・ 静かね。 森の音が聞こえるわ・・・ 」
「 うん? ・・・ ああ、葉擦れの音だね。 きみにはもっといろいろ聞こえるのかな。 」
「 わたし ・・・ いつもは <耳> 使わないわ。 」
「 そうだったね、ごめん。 」
「 ・・・ ううん ・・・ 」
びっくりするくらい沢山の皿数がならぶ夕食が終わり、 大浴場で<温泉>に浸かってくると
・・・ もうやるコトはなにもなかった。
ジョ−とフランソワ−ズは黙って 磨き上げられた座卓を挟み座っていた。
「 ・・・あ お茶・・・ 淹れましょうか。 」
「 いや、もういいよ。 」
「 そ、そう? ・・・ あ! 博士にお電話、してないわ。 無事に到着しました・・・って 」
「 必要ないよ。 それに きっともう博士はお休みだ。 」
「 え・・・ あ、そ、そうね・・・ 」
「 ぼく達も もう休もうか。 」
「 ・・・え ! あ・・・ ああ、そ、そうね・・・ 」
ジョ−は座卓越しに腕を伸ばし、 彼女の手を握った。
ぴくん!とフランソワ−ズの身体が揺れる。
ジョ−は黙って立ち上がると襖を開けた。
奥の部屋には 二組の蒲団がぴたりと並んで嵩高く敷いてある。
「 ・・・ あ・・・・ あの・・・ 」
フランソワ−ズは 今はもう小刻みに震えていた。
そんな彼女の肩に ジョ−はそっと手を置く。
「 なにもしやしないよ。 ・・・ ほら。 」
「 ・・・ あ ・・・ ジョ−・・・ ええ。 」
差し出された手に フランソワ−ズもそっと白い手を滑りこませた。
「 こうして・・・ 休んでもいいかい。 」
「 ジョ−・・・ 」
こくり、と頷いた拍子に 涙が羽根蒲団に落ちた。
「 ぼく、歯を磨いてくるから。 先に蒲団に入っていていいよ。 」
「 ・・・ はい、ジョ−。 」
フランソワ−ズはもう一度頷くと 仄かな笑みを唇に結んだ。
「 ああ。 やっと・・・いつものきみだね。 」
ジョ−も笑みを返すと 洗面所に立った。
「 お休み、 フランソワ-ズ。 」
「 ジョ−、お休みなさい。 」
いつものように軽くキスを交わし、二人は並んで蒲団にはいった。
夏なのに夜になると 思いのほか空気はひんやりとしてきていた。
時折聞こえる葉擦れの音やら 虫の声だけが高い天井に響く。
じっと闇を見つめ 耳を澄ませば すう・・・っと大気の中に溶け込んでしまいそうだ。
厚みのわりには軽い夏蒲団の下で 二人はしっかりと手を握りあっていた。
そして いつの間にか穏やかな眠りに落ちていった。
翌朝は鳥たちのお喋りが 二人を起こしてくれた。
朝食の < なっとう > という不思議な食べ物と格闘した後、
ジョ−とフランソワ−ズは村へと散歩にでかけた。
「 この道を真っ直ぐにお行きなされ。 しばらく行くと神社があるで、そこを右手に見て
ゆくと山道になって ・・・ 湖にでますよ。 おお、浴衣がよくお似合いですね。」
「 まあ、そうですか? 初めてなので・・・・ でもピシっと背筋が伸びていい気持ちですわ。 」
「 お嬢さんは姿勢 ( すがた ) がいいから。 浴衣も喜んでいますよ。 」
「 まあ・・・ 」
今日は祭礼だから、と宿の女将がフランソワ−ズに浴衣を着付けてくれたのだ。
紺地に 蛍草がゆれ、赤い帯が可愛いらしい。
「 いやあ・・・ フランソワ−ズ、フランス人には見えないなあ。 綺麗だね。」
「 仲がおよろしくて結構ですな。 もう祭りの準備もたけなわでしょう。 」
「 ありがとうございます、早速行って来ます。 フランソワ−ズ、行くよ。 」
「 はい。 行ってまいります。 」
「 はい、お気をつけて・・・お嬢さん。 」
宿の主人に送られて 二人は木々に囲まれた道をのんびりと歩いていった。
「 神秘の湖、ね。 どきどきしちゃうわ。 」
「 え? どうしてかい。 」
「 だって・・・ 竜の女神様が棲んでいるのでしょう? どんな姿なのかしら。 」
「 おいおい、フランソワ−ズ? 本気で信じているのかい。 」
「 あら・・・ だって。 村の人々がず〜っと信じてきたのでしょう?
ジョ−、知ってる? 信じている、っていうことはね。 本当に存在するということなのよ。 」
「 ははは・・・ この20世紀に、かい? 」
「 そうよ。 笑ったりしたらだめ。 竜の女神さまに失礼だわ。 」
「 はいはい、わかったよ。 ・・・ きみは本当に可愛いなあ。 」
「 ま・・・ イヤなジョ−・・・ 」
ほら、とジョ−は手をさし伸べ、フランソワ−ズは頬を染めつつもしっかりとその手を握った。
日が高く昇っても 大気はどことなくひんやりとしていて気持ちがいい。
ジョ−は大きく深呼吸をした。
「 う〜ん ・・・ 身体中に自然のエネルギ-が漲ってゆく感じがするな。 」
「 ・・・・ ふ〜〜〜 ・・・ 本当ねえ。 ああ、木や草の香りがする・・・・
この国の人々はいつでも自然と一緒に暮らしているのね。 」
「 そうだね。 ず〜っと昔から大自然と共存してきたのだろうね。 」
「 あら・・・? ねえ、音楽がきこえるわ。 ・・・ 面白い音・・・ とことん とんとこ ・・・
ふふふ・・・ なんだか身体が勝手に動きだしてしまうわ。 」
村はずれの神社に近づくと、フランソワ−ズは少しだけ歓声をもらした。
ほら、と軽くステップを踏めば肩に掛かる髪も一緒に跳ね上がる。
「 あはは・・・上手だねえ、フランソワ−ズ。
多分今夜の祭りで奉納するお神楽のお囃子じゃあないかな。 」
「 オカグラ? 」
「 うん、神様に捧げる伝統的な舞いのことさ。 きっと珍しいダンスが見られるよ。 」
「 まあ、そうなの? 楽しみだわ。 あ・・・ こっちの道をゆけばいいのかしら。 」
「 そうみたいだな。 わあ、神社の境内はそのまま後ろの山に続いているんだ? 」
「 神秘の湖があるところでしょ。 あら・・・ ほら、あそこ。 百合が咲いてる。 いい匂いねえ。 」
「 まあ、キノコよ! ・・・ これは、でも毒があるのかしら。 」
「 あ! 見た? あの木の洞にリスさんがいたわ! きっと巣があるのね。 」
フランソワ−ズはあちこちを向いては歓声を上げる。
「 ふふふふ・・・ きみは本当にさ・・・ 」
「 え? まあ、なあに、ジョ−。 なにがそんなに可笑しいの。 」
ジョ−はとうとう笑いだした。
「 だって・・・ いちいち騒いで・・・ 子供だなあ。 」
「 あら! だって・・・・ 素敵じゃない? 」
「 うん、そうだね。 ああ・・・きみって本当に可愛い・・ よく似会うよ、その浴衣。 」
「 ・・・ や ・・・ ジョ− ・・・ 」
ジョ−は思わず、彼女の細い肩を引き寄せ仄かに上気した頬にキスをした。
「 もう・・・ ジョ−ったら。 誰かに見られたらどうするの。 」
「 あはは・・・こんなキスくらい。 それにほら・・・ここには誰もいないよ。
ぼく達を見ているのは木や草や ・・・ そうそうリスさんもいたっけ? 」
「 でも ・・・ あ? ほら、誰かいるわ? 」
「 え? どこに。 」
「 ほら! あの太い杉の木の陰に・・・! 白い長い服がちらっと・・・ 」
「 誰もいないよ? 」
「 あら・・・ 見えなくなっちゃった・・・ あ! 今度はあそこ! 」
フランソワ−ズはぱっとジョ−の腕から逃れ 下草の中に踏み込んだ。
「 フランソワ−ズ! 危ないよ。 どこにも見えないけど? 」
「 あ・・・あらら? 変ねえ・・・ 白いキモノみたいな恰好のひと、女の人がいたの。 」
「 こんなトコに来る物好きは ぼく達くらいなものだよ。 」
「 ・・・ そうよねえ・・・ ヘンねえ・・・ 」
「 竜神様の話を聞いたから そんな気がしただけじゃないのかい。
ああ・・・ ほら。 湖だよ。 」
「 わあ ・・・ 綺麗ねえ・・・ 水面に影が映って・・・ 湖の中にも森があるみたい・・・ 」
二人の目の前に しずかな湖面が広がっていた。
山の中にしては広く、水面は澄んでいてかなりの深さまで見透せる。
ところどころに睡蓮が丸い葉を浮かべ 白い可憐な花も見えた。
時折 つい・・・・っと水澄ましが湖面に横切ってゆく。
山奥の暗く澱んだおどろおどろしい沼、といったイメ−ジは全くなかった。
ジョ−は水際まで行くと手を浸した。
「 うん、すごく冷たいな。 この冷たさが清黎さを保っているのだろうね。 」
「 ・・・ 竜が・・・ 棲んでいるのかしら。 」
「 まだ言ってる。 竜なんて伝説だってば。
たしかにこの透明度のある湖は大層神秘的だけどさ。 」
「 ジョ−、そんな意地悪言わないでよ。 わたしは信じるわ、この湖の底にはね、
きっと特別に綺麗な銀のウロコをもった竜が静かに眠っているのよ。 」
「 はいはい、わかったよ。 そういうコトにしておこうね。 」
「 ぷん・・・だ。 わたしは信じていますよ〜・・・ ねえ竜の女神さま?
あら? ねえ、ジョ−。 あそこ・・・ 木の途中になにか・・・包みが括り付けてあるわ。
ああ・・・・ 木をあんなに削ってしまって・・・ 」
「 どこだい。 ・・・あ! あれだな。 ああ、酷いなあ、こんなことしたら樹がダメになってしまう。 」
「 そうよね。 中味は何かしら。 ・・・・? あら? 」
「 フランソワ-ズ? どうした。 」
「 ええ・・・ それ・・・ 弓、なの。 それもボウ・ガンよ。 」
「 なんだって? 」
ジョ−はひょい、と飛び上がるとかなり大きな木から問題の包みを取り外した。
「 ・・・ 本当だ! これはかなり精度の高いものだな。 立派な武器だ。 ふうん・・・・ 」
ジョ−は中味を調べじっと考えこんでいる。
「 武器? そんなもの、どうして? 」
「 うん・・・ なあ、フランソワ-ズ? ちょっと調べてくれ。
この辺りに大きめの缶とか瓶が隠してないかな。 中味は多分灯油だと思う。 」
「 はい、了解。 え・・・・っと・・・・? 」
フランソワ−ズはしばらくじっと周囲に目を凝らしていた。
「 ・・・ あ! あったわ! あれは・・・ 灯油の缶! ほら、あの大きな岩の下! 」
「 了解。 こっちだね。 」
ジョ−はがさがさと湖岸に密生している熊笹を掻き分けてゆく。
「 その ・・・・ 左よ! そう、その下! 」
「 ありがとう! これだな。 ああ・・ ぼろ布も隠してあるな。
はは〜ん・・・ なるほどね。 こういうコトか。 」
「 ジョ−。 なんのことなの? なにか事件? 」
「 うん。 今晩、多分ちょっとしたミッションになるかもしれない。そうだ、これはモトに戻しておこう。 」
「 わかったわ。 ジョ−、わたしも手伝うわ。 」
「 頼むよ。 今晩の祭礼で不審火が起こる可能性が高いんだ。 」
「 誰かがコレを使うのね? 」
「 多分ね。 どうも村の土地開発が絡んでいるらしい。 」
「 そうなの。 せっかくのお祭りを台無しにしたくないわ。 」
「 うん。 ぼく達でしっかり阻止しなくては。 」
「 了解! 竜の女神様だってお怒りよね。 」
「 ははは・・・ まだそんなことを言っているのかい。 竜なんているわけないよ。 」
「 でも ・・・ 」
パシャリ・・・!
不意に湖面が波立ち なにかが跳ねた。 宙に飛んだ飛沫がきらり、と木漏れ陽に煌く。
「 あ! ほら・・・ ! 今、見た? あれは銀の鱗かも・・・ 」
「 え? ・・・ なにか魚が跳ねただけだよ。 鯉とかフナとかさ。
さあ・・・ もう行くよ。 コレを隠したヤツが現れないうちに戻ろう。 」
「 はい。 ・・・ でも ・・・魚じゃないと思うけど・・・ あ、待ってよ、ジョ−・・・ 」
フランソワ−ズは湖をちらり、と振り返ってからジョ−の後を追った。
神秘の湖には 静かに波紋が広がっているだけだった。
陽が落ちると人々の数はまた増したようだった。
日頃は人っ子ひとりいない神社の境内は 今、人波でごった返している。
朝から聞こえていたお囃子は ぐっと賑やかになり人々の足を誘っていた。
一旦宿に帰っていたジョ−達も 夕食後に再び神社の境内にやってきていた。
「 フランソワ−ズ? 逸れるなよ。 」
「 ええ、ジョ−。 ・・・それにしてもすごい人ねえ・・・
こんなに沢山 村に人がいたのかしら。 」
「 近隣の村からも集まっているようだし。 この祭りに合わせて帰省してくる人も多いらしいよ。 」
「 まあ、そうなの。 ・・・・ あら、なにか始まるみたいよ? あのステ−ジで 」
フランソワ−ズは境内に組まれた舞台を指した。
「 ああ、神楽が始まるんだね。 」
火事だ ーーー !
カンカンカンカンン ・・・ !
神楽の笛や太鼓の音に混じって 半鐘の音が鋭く響いてきた。
「 え〜〜 どこだ、どこが火事なんだ?? 」
「 火事はどこだ〜〜 」
人々は口々に叫び 境内は騒然とし始めた。
「 あっちだ! 村外れの吾作んトコだと・・・ ! 」
「 なんだ、なんだ?? 」
「 火事だと! ・・・ ほら・・・ きっと ・・・崇り・・ 」
「 ・・・ し! めったなコト、言うでねえ! 」
「 行ってみるだ! 」
「 お、おう・・・・! 」
どっと人波が動き始めた。
「 あ・・・ ジョ− ・・・・? 」
握っていた手は誰かに押され放してしまい、ジョ−の姿はたちまち人々の中に紛れてしまった。
「 ジョ−・・・? どこなの?? 」
初めての土地、しかも群集の力は思いの外強く、フランソワ−ズは着なれない浴衣のせいもあり、
人の波から抜け出すことすらかなわなかった。
・・・ ジョ− ・・・! ああ、だめよ。 きっと火事の原因を探っているんだわ。
邪魔しちゃいけない・・・
女の子とはいえ、彼女も003、立派なサイボ−グ戦士の一員である。
本気になって力をだせば おそらく群集など簡単に押しのけることが出来るだろう。
でも・・・・
ダメ、だめよ。 ここで目立ってしまってはいけないわ。
・・・・なんとか <普通>の力で・・・
火事現場へ集まる野次馬と 境内に戻ろうとする人々の流れが交錯し、
フランソワ−ズは足をとられ、どんどん見知らぬ方角に押しやられていった。
「 ・・・ あ ・・・! 」
どん!と思い切り突き飛ばされ とうとう大きな木の根方に転げてしまった。
「 大丈夫? 怪我はない? 」
「 え・・・? 」
優しい声が降ってきて 白い手が目の前に差し出されていた。
「 あ・・・ はい、大丈夫ですわ。 ユカタって初めてなので・・・ 」
慌てて立ち上がると 彼女のすぐ前に女性が立っていた。
「 ・・・ あなた、迷ってしまったの? 」
「 いえ・・・・ ちょっと連れと逸れてしまっただけです。 すごい人出なので・・・ 」
「 どこに? 」
「 どこってほら、この境内・・・ あ・・・?? あら・・・? 」
たった今まで足の置き場もない程だった人の波は ― どこにもなかった。
足元には柔らかい草地が広がり 背の高い木々が幅の狭い葉を生い茂らせている。
「 ここ ・・・ どこですか。 」
「 神社の裏山の中よ。 」
「 あの ・・・ 湖のあるところかしら。 」
「 あら、よく知っているわね、 ええ、この先に湖があります。 」
「 ああ、それなら方角が判ります。 ありがとうございました。 」
「 ・・・ どういたしまして。 」
「 それじゃ ・・・ あら?! 」
一歩 踏み出した途端に足をとられ前にのめってしまった。
「 ? ああ、下駄の鼻緒が切れてしまったのね。 」
「 ハナオ・・・? 」
「 ええ。 ・・・ 貸してごらんなさい。 」
下駄を受け取ると その女性はフランソワ−ズと並んで木の根方に腰を下ろした。
「 ほら、ここがきれているでしょう? 直してあげる。」
「 え・・・ あのう・・・ あなたが? 」
目を見張るフランソワ−ズに笑顔を向け、彼女は袂から出した手拭を裂き、
手早く鼻緒を挿げ替えてくれた。
「 わあ・・・ すごい ・・・ ! 」
「 ふふふ・・・ はい、どうぞ。 あなたは異国の方ね? 」
「 ありがとうございます。 はい、フランスから来ました。 」
「 ふらんす・・・・? 」
「 はい。 でも・・・今はこの国に住んでいます。」
「 そう・・・・ わたしもどこか 遠くに行ってみたいわ。 こんな田舎を出て・・・」
ほう・・・と吐息をもらし、彼女は空を仰いだ。
「 でも・・・ ここはとても綺麗なところですわね。 」
「 ありがとう ・・・ あなたみたいなヒトは最近珍しいわ。 」
< フランソワ−ズ! どこに どこにいる?? >
「 ・・・? あ! ・・・ ジョ−・・・! 」
不意にジョ−の声が頭の中に飛び込んできた。
< ジョ−! 火事は? 事件だったのでしょう? >
< ああ、ばっちり証拠を押さえたよ! それより きみ、どこにいるんだ! >
< あの・・・ 昼間来た湖に出る辺り・・・だと思うわ。 安心して、土地の方と一緒なの。 >
< そうか! よかった・・・ すぐに迎えにゆくから待ってろ! >
< あ・・・・ ジョ−? ジョ−ったら! >
加速状態に入ったのだろう、彼の脳波通信はぷつり、と切れてしまった。
「 あの、ごめんなさい。 連れが今・・・ あら? 」
気がつけばフランソワ−ズは 一人で木の根方に腰をかけていた。
「 ・・・ 気を悪くして帰ってしまったのかしら・・・ 」
「 フランソワ−ズ! 」
シュ・・・ッと小さな音がして、 白い防護服姿が忽然と現れた。
「 ジョ−・・・・! 」
「 さんざん捜したよ! こんなトコロに居たんだね。 」
「 ごめんなさい。 境内で人波に押されて・・・どんどん知らないトコロに来てしまって。
帰り道が判らなくなってしまったの。 」
「 そうだったのか。 すぐに脳波通信で呼んでくれたらよかったのに。 」
「 ええ・・・ でも、ジョ−? 事件の捜査の邪魔をしてはいけないと思って。 」
「 ああ、本当にきみは・・・ 心細かったろう? 」
ジョ−はフランソワ−ズの肩を抱き寄せた。
「 ううん、あのね、とても綺麗な方・・・多分のこの土地の方だと思うけれど、
その方が助けてくださったの。 ゲタが・・・えっと・・・ハナオが切れちゃったんだけど、
それも直してくださったのよ。 」
「 え? 途中から見えたけど、きみは一人だったよ。 一人で木の根元に座ってた。 」
「 ・・・ 一人で? そんなことないわ。 白いキモノのお姉様がこれを・・・ 」
ほら、と差し出した足は 片方だけ青っぽい鼻緒の下駄になっていた。
「 ・・・ふうん ・・・ 不思議だなあ。 ぼくにはそのキモノの女性は見えなかったんだけど。 」
二人は呆然と顔を見合わせた。
「 ・・・ ねえ、それで事件は? 火事はどうなったの。 」
「 ああ、うん、それがさ。 あのボウ・ガンを持っていったヤツを見つけ・・ 」
「 ・・・・! シッ! ジョ−・・・誰か来る! 昼間みたボウ・ガンを持っているわ。 」
「 なんだって?! ・・・ こっちへ。 この茂みの陰ならわからないよ。 」
二人は木の陰の茂みに身を隠した。
「 それでこの火が崇りだって? 」
「 そうなんだ、もう全くもって無知蒙昧ってヤツよ。
あと2〜3軒 火事を起こせば迷信深いヤツらは二束三文で土地を手放すだろうな。 」
「 あははは・・・ 俺がボウ・ガンで飛ばした火が 崇りの火、とはねえ。
世話役さん、アンタも悪知恵が働くな。 」
「 ふふふ・・・ 村人はガンコで、土地開発に協力しないからな。
あとは、あの旧い旅館だ。 これからもう一発頼めるか。 」
「 お安い御用だ。 手始めにここから2〜3発 お見舞いしておくか。
竜神サマのお怒りの前触れだ〜〜 ってな。 」
げらげらと高声で笑いつつ、片方のオトコはボウ・ガンをセットし始めた。
「 よしよし。 俺が火の用意をしよう。 ・・・ そら ・・・ これでいい。 」
「 ・・・ お〜し。 それじゃ ・・・ 」
「 止めろ! 放火容疑で通報するぞ! 」
ジョ−が ば・・・っとオトコたち前に飛び出した。
「 な、なんだ? ・・・ 誰だ、お前は?! 」
「 へ! ご大層な服だなあ。 仮装行列かよ? 」
「 そのボウ・ガンをよこせ。 このところの不審火は全てお前達の放火だな!」
「 ・・・ ふん。 どうやら聞かれたらしいな。 おい、 やっちまえ。 」
「 くそ・・・・! 」
ジョ−はスーパ−ガンを持っているが、まさか銃を向けるわけにも行かない。
「 観念しな、若いの! 」
クソッ! 仕方がない、あまり目立つことはしたくないんだが・・・
加速装置・・・!
ジョ−が奥歯のスイッチを噛もう・・・としたその時。
ピカッ! ガラガラガラ −−−−!
突然雷鳴ともに 稲妻がボウ・ガンめがけて落ちてきた。
「 う ? わぁ〜〜〜〜〜 !!! ぎゃあ〜〜・・・・ ! 」
ジョ−を狙っていた男は弓ごと吹っ飛んでいった。
「 な、なんだ? 雷か?? 」
「 う ・・・? 」
ゴロゴロゴロゴロ ・・・・ ガラガラガラ・・・・
満天の星空は俄かに真っ暗となり 大粒の雨がばらばらと落ちてきた。
「 うわあ〜〜〜 嵐だ?! 」
「 だってたった今まで晴れていたのに・・・・? 」
「 雷に気をつけろ! おちるぞ! 」
境内でも人々が右往左往しているらしい。
お神楽の音に代わって 悲鳴やら怒鳴り声が聞こえてくる。
ガラガラガラ・・・・ バシャ −−−−−− ン !
みずうみの水面は大波が逆巻き 稲妻が空を上から下まで真っ二つに割った。
「 た・・・ただの雷じゃないか。 へ、へん、こんなもの、そのうちどっかへ・・・わああ〜〜 」
バシャ −−−−−− ン !
口先だけは強がりを言っていた男の足元に 雷が落ちた。
「 ・・・ うわあああ〜〜〜 お、お助け・・・!! 」
「 おい! お前が土地買収をねらった張本人だな! 」
ジョ−は ぐい、と男の胸倉をつかみ引き起こした。
「 そ、そうだ・・・ は、放してくれ〜〜 ココに居たらまた雷が〜〜 」
ガラガラガラ −−−−−−!!!
ザザザザ 〜〜〜〜
湖面はますます激しく波だち始めた。
「 ・・・あ!! ジョ−! だ、だれか ヒトが・・?? 」
「 え? どこに? ぼくには何も、誰も見えないよ? 」
「 ほら! あそこよ、湖の真ん中 ! 」
フランソワ−ズは かっと目を見開き湖を凝視している。
「 愚かな人間よ! 竜神の名を騙り 悪事を働いたむくいをうけよ! 」
「 ・・・さっきのお姉様・・・ いえ、 りゅ、竜の女神・・・さま・・? 」
「 死ね・・・! 死ぬのだ! 」
白いキモノの女性は 湖岸の男に険しい視線を当てると す・・・っと指を上げた。
「 ・・・ 死ね ! 」
「 いけないわ! だめよ・・・! そんな ・・・ あなたが人を殺すなんて・・・! 」
「 ・・・? ああ、 そなたは ・・・ 」
「 お願い! だめ、やめてください! 女神さまがそんなことをしては いけないわ・・・! 」
「 ・・・ 清らかな乙女よ ・・・ そなたの涙に免じて ・・・ 」
カッ!!!
ドドドド −−−−−− ンン !!!!
辺り一帯は一瞬 昼をも欺く閃光に包まれ ― 次の瞬間 全ては闇の中に落ちた。
ザア 〜〜〜〜〜〜〜!!!
そしてほぼ同時に 猛烈な勢いで雨が降ってきた。
「 ・・・とんだ祭り見物になってしまったね。 ほら・・・このタオルも使えよ。 」
「 ええ・・・ありがとう、ジョ−・・・ 」
湖畔での突然の嵐でずぶ濡れになり、ジョ−とフランソワ−ズは祭りの途中で宿に戻った。
「 でもよかったわね。 事件が解決して。 」
「 うん。 ヤツラもちゃんと警察に引き渡したし。
それにしても凄い落雷だったものね。 あれこそ天罰だな、うん、きっとそうだよ。 」
「 ・・・え? だって・・・ あの時、竜神様が 女神様が現れたでしょう? 」
「 稲光で ・・・ きっと波とか木がそんな風に見えたんだよ。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・・ あなたには ・・・ 見えなかった・・・の? 」
「 え? 何が? あの天候急変は、きっと局地的に低気圧でも発生したんだろうな。 」
「 ・・・ そう ・・・ そうね。 見えなかったの・・・ね・・・ 」
「 うん? ああ、きみは本当に可愛いなあ・・・ ほら・・・こっちにおいで・・・ 」
ジョ−は濡れた浴衣を脱ぎかけていたフランソワ−ズの手を引いた。
「 あ・・・ ジョ−、だめよ、わたし、びしょびしょなのよ・・・ 冷たいでしょう? 」
「 いいよ。 ・・・ そんなの・・・ぼくが暖めてあげる・・・ 」
「 ・・・ ああ ・・・ ジョ−・・・! 」
ジョ−は黙って彼女を抱き寄せると そのまま・・・座敷の蒲団に倒れこんだ。
「 ・・・・ まだ ・・・ 祭りの音が 聞こえる・・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
「 ごめん・・・・ フランソワ−ズ ・・・そのう・・・つらかった? 」
「 ・・・・ ええ ・・・ 」
「 ごめん! きみがあんまり魅力的なんで つい・・・夢中になって・・・ 」
ジョ−は寄り添って打ち伏しているほっそりした身体を そうっと抱き寄せた。
「 ごめん・・・ ! 本当にごめん・・・・ 」
「 ・・・ いいの ・・・ 嬉しかったから・・・ ジョ−に愛してもらって・・・ 」
「 ・・・ ああ・・・! きみってヒトは ほんとうに ・・・! 」
祭りの余韻を遠くに聞きつつ、フランソワ−ズはジョ−に抱かれ初花を散らしたのだった。
翌朝は綺麗に晴れ上がり早朝から青空が拡がった。
「 お世話になりました。 」
「 いやいや、島村さん。 こちらこそありがとうございました。
これで・・・ また、静かな村に戻れます。 」
「 お役にたててよかったです。 ・・・ それにしても凄い落雷と豪雨でしたね。 」
「 そうですね、でも夏の終わりにはよくあんな急な嵐が来るのですよ。
結果的には嵐が村を救ってくれました。 」
「 村の人々にはたいした被害もなくて・・・・ 祭りも中止にならなくてよかったです。 」
「 いや〜〜 島村さんのご活躍のお蔭ですよ。 それと、やはり竜神様のご加護ですかな。
・・・ おお、ほれ、嵐の後の上天気ですわ。 」
「 やあ、本当だ。 すっきり日本晴れですね。 」
「 ・・・・ 嵐・・? いいえ、ちがうわ・・・ あれは・・・! 」
フランソワ−ズはそっと車から離れると神社の方角に、その奥の林に視線を飛ばした。
あの湖の畔にはきっと。 白いキモノの、あの女性 ( ひと )が・・・
しかし
いくら 目 を使っても林の奥には静かな湖面がみえるばかり・・・
処女 ( おとめ ) の護り神の姿は どこにも見ることができなかった。
・・・・ そう、処女を失った彼女には ・・・。
「 フランソワ−ズ。 さあ、行こうか。 」
ジョ−が荷物を受け取り、歩いてきた。
「 ええ、ジョ−。 一つ、持つわ。 」
「 うん、頼む。 」
二人を照らす日差しには すでに夏の華やかさはない。
足元を吹きぬける風が ちょっとだけ寒い・・・とフランソワ−ズは思った。
「 ほら・・・ 」
「 あ、ありがとう、ジョ−。 」
ジョ−が差し出した腕に そっと空いた手を絡め電車のステップに上がった。
ピィ −−−−−− !
短い警笛を残し 電車はゆっくりとホ-ムを離れてゆく。
北国の短い夏が 終る。
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Fin.
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Last
updated : 09,02,2008.
index
******* ひと言 *******
え〜〜 珍しくも! 旧ゼロ設定であります。
そうですね〜 放映のちょっと後、くらいなカンジかな。 時代背景としましては・・・・
70年代? ( 60年代はよくわからないので・・・ ) ともかく携帯とかPCとかはまだありません。
ジョ−君、 ばりばりの正義の味方・ヒ−ロ−です。 フランちゃん、心優しいヒロインです♪
そして 正義は必ず勝つ! と決まっていた時代です(#^.^#)
はい、かの名作〜〜 もちろん皆様 お読みになっていると思いますが、久し振りに再読はいかが?
改めて御大の素晴しさに唸ってしまいました。
・・・・ へへへ・・・ちょいと夏休みで時間があったので 長いモノを書いてみました。
ひと言なりとでもご感想を頂戴できましたら 望外の喜びであります〜〜〜〜 <(_
_)>