『 My Lady ・・・ ! 』
玄関のドアが 微かな空気の揺れる音を伴って開いた。
そう・・・ さっき門の前で止まった車は いつもの音ではなかったわ。
ガレ−ジのドアも開かなかったもの。
あれはきっとタクシ−だったのだろう、とフランソワ−ズはぼんやりと思った。
・・・ ぁ あ ・・・ ?
気がつけば 居間のソファで居眠りをしていた。
・・・ いやだわ、わたしったら。 顔にヘンな跡なんか付いてないでしょうね・・・
フランソワ−ズはあわてて立ち上がり、セ−タ−の裾をひっぱった。
振り返った居間の鏡には くしゃくしゃの髪が跳ね上がり眠そうな顔が映っていた。
大急ぎで髪を手で撫でつけ、頬を両手でぴしゃりと叩く。
これですこしは血色がよくなって転寝が誤魔化せるかもしれない。
「 ・・・ お帰りなさい、ジョ−。 」
玄関から直接二階の自室に向かおうとしていた彼に 階段の手前で追いついた。
「 フラン ・・・ まだ起きてたんだ・・・ 」
「 遅かったのね。 お仕事、お疲れ様・・・ タクシ−? 」
「 いや・・・ ああ、先に寝てていいよ? きみだって朝早いんだからさ。 」
あら・・・? ジョ−ってこんな声だった・・・? ・・・
いつもより少し低い彼の声に とくん・・・と心臓が特別な音をたてた。
「 あ・・・ううん、もうわたしも寝ようと思ったトコだったの。 」
そう・・・? とジョ−はちょっと微笑んだ。
「 そうだ・・・あの、悪いんだけど。 この上着、クリ−ニングに出しておいて欲しいんだ。
仕事で汚してしまってね。 」
「 ええ、いいわ。 あら、これよそ行きの・・・ パ−ティ−で? 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
ジョ−は手に持っていた上着をフランソワ−ズに渡した。
「 急がないから。 ・・・じゃ、お休み・・・ 明日の朝は起こさないでくれる? 」
「 ・・・ ええ・・・わかったわ。 ・・・お休みなさい、ジョ−。 」
「 お休み・・・ フランソワ−ズ 」
上着をかかえたままの彼女を抱き寄せると、 ジョ−はほんの形ばかり唇を合わせた。
明日は起こさないでくれる? ・・・ それは 今晩は一人で寝たいという彼のサインなのだ。
寝室に引き上げるジョ−を フランソワ−ズはじっと見つめていた。
ジョ−・・・ ほんの少し お酒のにおい・・・
夜更けの廊下で 彼女はタメ息を呑み込み、リビングに引き返した。
しばらく帰りが遅いから 先に休んでいて欲しい、とジョ−は先月言っていたけれど。
それでも ずっと自分の車で帰ってきていたのに。
きっと 仕事のお付き合いのパ−ティ−で・・・ お酒も<お付き合い>だったのよ。
そうよ・・・そうよ・・ね?
フランソワ−ズは抱えている上着に 熱心に語りかけていた。
この上着・・・そうそう、一緒に選びに行って買ったのよね。
ジョ−ったら ふふふ・・・ Gジャンと普通のス−ツしか持ってなくて・・・
初めは照れていたけど。 彼ってこういうちょっと派手目なものも似合うのよね。
たまには ドレスアップして 一緒に出かけたいな・・・
ふう・・・・
さっき飲み込んだタメ息が またまた口を突いてもれてしまった。
・・・あら ・・・?
上着の内ポケットから なにかカ−ドのようなものが顔をのぞかせている。
クリ−ニングに出す前でよかった・・・と何気なく引き出したそれは。
上質な光沢のある紙に 妖艶な美女が微笑んでいた。
露わな太腿や胸元は 白く豊かに輝いている。
写真の背景や衣装から 彼女がレ−ス・クイ−ンと呼ばれる職業なのだ・・・ということは
フランソワ−ズもいつの間にか覚えていた。
彼女達だって仕事なんだよ。
そんなジョ−の言葉に うなずけるようになっていた。
でも。
・・・?! え・・・
< ジョ−♪ ありがとう♪ わたしの携帯は・・・>
写真に書き込まれた文字に フランソワ−ズの眼は釘付けになってしまった。
・・・ううん。 お仕事よ、きっとそうだわ。
だって ・・・ 本当に大切なモノなら ちゃんと仕舞っておくはずよ。
あ・・・? この匂い・・・
必死の思い込みも一瞬のうちに崩れてしまった。
抱えている上着から 彼女のものではないきつい香水の香りがただよったのだ。
・・・ ジョ− ・・・ こういう香りが似合う色っぽい・・・大人の女性が ・・・ 好きなの・・・?
もう一度のぞきこんだ鏡に映っているのは。
レ−ス付きの襟がのぞくベビ-ピンクのセ−タ−に膝下丈のフレア・スカ−ト。
ベロアの濃い臙脂色のそこにはやはりピンクの小花模様が飛んでいる。
この頃お気に入りのピンクのカチュ−シャにあわせたつもりなのだが・・・
・・・ 子供 ・・・てんで、お子チャマだわ・・・!
ぱさ・・・。
亜麻色の髪が揺れて肩に掛かる。
フランソワ−ズはカチュ−シャをはずし、額に掛かる髪を掻き揚げてみた。
ちょっと ・・・ 気だるいカンジ・・・・な目つきをしてみる。
ヤダ。 これじゃ寝起きの顔とたいして変りないじゃない!
鏡の中の自分に 吹き出したい思いだ。
でも・・・ こんな顔がいつも側にいるからきっと・・・ジョ−は。
フランソワ−ズはテ−ブルの端に置いたネ−ム・カ−ドにちらちらと横目を使っていた。
「 ・・・ おはよう ・・・ 」
ジョ−はリビングのドアを開け また大きな欠伸をした。
もうあまり<お早う>の時間でもなかったが ・・・ ジョ−にとっては<朝イチバン>だった。
初冬の陽射しがきちんと片付いたリビングいっぱいに溢れている。
ギルモア邸の朝は いつもかなり早い。
博士はもともと早起きの人だったし、フランソワ−ズも朝型タイプらしい。
というよりも彼女は毎日、都心のバレエ団にレッスンに通っているので早起きは習慣になっている。
夜更かしが当然、みたいなジョ−とはどうも歯車が合わない部分もあるようだ。
・・ あ〜あ・・・あ ・・・
誰もいないリビングの真ん中でジョ−は大きな伸びをひとつ。
遠慮なく ぼりぼりと髪を掻きまわし、ぐにぐに肩をまわしてみる。
ひとりきりの開放感に、ジョ−は思い切り浸っていた。
おはよう、ジョ−。 冷蔵庫にサンドイッチが入っています。
ちゃんと朝御飯 食べてね! フランソワ−ズ
気が付けば テ−ブルの上にメモがあった。
・・・う〜ん・・・
慌しい朝の時間に、ジョ−の朝食まで用意してくれる彼女には本当にありがたいな〜と思う。
夜どんなに遅くても いつも起きて待っていてくれるフランソワ−ズ・・・・
とっても嬉しいのだけれど。 本当に感謝しているんだけど。
・・・ 放っておいてくれても ・・・ いいのに、な・・・
ふっとそんなことを思う自分が ジョ−はちょっと恥ずかしかった。
でも なぁ ・・・・
ふゥ・・・・ タメ息がひとつ。
あ〜あ ・・・ 欠伸がまたひとつ。
ジョ−はブルゾンのポケットに手をつっこむとひしゃげた煙草のパッケ−ジを取り出した。
一本銜え 今度はジ−ンズのポケットをごそごそやってライタ−を摘まみ出す。
火を点けたところで ジョ−は慌ててテラスへと移動した。
「 ここは、禁煙よ。 イワンがいるんですからね。 どうしても吸いたい方は外でどうぞ。 」
「 吸殻の始末は責任を持ってお願いしますね! 」
「 ・・・ できればお部屋でも吸わないで欲しいわ。 」
多分 ・・・ この家に出入りする面々は彼女以外の ( ジョ−自身も ) 全員が喫煙者だと
思われるのだが 彼女の厳しいお達しで共有スペ−スであるリビングは完全禁煙になっていた。
いけね・・・ 匂いが残ったら大変だよ・・・
ジョ−はテラスへのフレンチ・ドアを大きく開けた。
初冬の空気は ぴん・・・と引き締まって冷たいが頭上の太陽は暖かである。
・・・ ふ ゥ 〜〜〜〜
ジョ−は盛大に紫煙を燻らせた・・・
・・・たまには。 こんな自由きままな時間も ・・・ いいものだ・・・
ごめん ・・・ フランソワ−ズ ・・・
心のすみっこにちらり、と彼女の眼差しを感じつつジョ−は心行くまで煙草を味わっていた。
突然襟首をつかまれ 洗濯機にでも放り込まれたみたいな歳月・・・
そんな中にも平穏な日々が訪れるようになり、彼らも次第に<元の生活>を取り戻していった。
祖国に戻るものも、新たな活路をこの国に見出したものも それぞれ自分自身の道を歩み始めた。
本当の自分、 当たり前のただの一人の人間として再び生きてゆく・・・
ジョ−も どこか野良犬みたいな性格が時たま顔をのぞかせるようになってきている。
− さ・・・て、と。 そろそろぼくも出かけるか・・・
最後に大きく一息吸い込んで、ジョ−は煙草を捻った。
吸殻・・・・吸殻は ・・・と。
ジョ−はまたもやリビングをうろうろと歩き回った。
え〜と・・・
あたりを見回すが、きちんと片付いたそこには灰皿代わりの空き缶なんぞころがっているはずも無い。
・・・ お ・・・?
途中でテ−ブルの端っこにあったカ−ドを拾い上げた。
ああ・・・。 ココにあったんだ。 よかった・・・ 無くしたかと思ってた・・・
ちら、と眼を走らせると、彼はそのままジャケットのポケットに突っ込んだ。
隣のメモをもう一回読み直し ・・・ ゴメン、と口の中で呟く。
今晩は そんなに遅くはならない予定。 先に休んでいてください。 ジョ−
そんな一行を フランソワ−ズのメモの付け加えると、
ジョ−はスリッパをひきずってリビングから出ていった。
華やかな音楽にのって 幸せに満ちたカップルが笑顔でおどる。
リプカと呼ばれるフィニッシュのリフトもぴたりと決まった。
「 オ−ライ、 タクヤ、元気な王子さまね。 その調子でね。
そう・・・ヴァリエ−ションだけど・・・ 」
マダムな2−3のテクニック上の注意を王子役の青年に与えた。
「 はい、 頑張ります。 」
「 お願い。 ・・・ ねえ、フランソワ−ズ・・? 」
「 ・・・・ はい。 」
荒い息をどうにか収めたフランソワ−ズはす・・・っと緊張した。
なんとか・・・どうにか踊ったつもり、だった。
アダ−ジオもヴァリエ−ションも ・・・ なにもかも難しいこのパ・ド・ドゥを
ここまで形にするだけでも大変だったのだ・・・
自然に俯き伏目がちになってしまった。
『 眠れる森の美女 』 第三幕 王子とオ−ロラ姫の G.P. ( グラン・パ・ド・ドゥ )
愛と幸せに満ちた、結婚式のカップルの踊りである。
バレエ団の次の公演、コンサ−ト形式のマチネ−であるが初めて貰ったG.P.に
フランソワ−ズは必死になって取り組んでいた。
テクニックは ・・・ まだまだだけど ・・・ 一生懸命練習をしてきた。
「 あのね。 コレは結婚式の踊りなの。 16歳の少女のロ−ズ・アダ−ジオと同じ・・・
じゃあないのよ。 わかる? 」
( 注: ロ−ズ・アダ−ジオ ・・・ <眠り〜>の一幕での16歳のオ−ロラ姫の踊り )
「 ・・・ は ・・・あ。 」
「 愛の悦びと幸せに満ちた大人の女性って言ったらいいかしら。
そこを考えてみて? 」
「 ・・・ はい。 マダム。 」
それじゃ、お疲れ様・・・とこのバレエ団を主宰するマダムは稽古場から出て行った。
「 大丈夫、君は充分にかわいいよ・・・ 」
ぼうっと立ち尽くしているフランソワ−ズにパ−トナ−のタクヤがひそ・・・・と囁いた。
・・・大人の女 ・・・
なぜか昨夜の レ−ス・クイ−ン嬢の写真が浮かんできた。
ああいうのが ・・・ 大人のオンナ・・・?
ジョ−だけじゃなくて、マダムから見ても わたしって・・・
「 ね、気にするなって。 」
「 ・・・ あ・・・ ありがと、タクヤ・・・ 」
「 な、これで終わりだろ? ちょっと帰り、付き合わないかな・・・ 」
「 え・・・ええ。 いいわ・・・ 」
「 やったぁ♪ それじゃ・・・え〜と、半に下で待ってる。 いい? 」
「 ・・・ ええ ・・・ 」
小鹿みたいに跳ねてゆくタクヤの後姿を フランソワ−ズは黙って見送った。
・・・そうよ。 いろいろなヒトと付き合って・・・ 大人のオンナ、にならなくちゃ・・・!?
カツン、とポアントを鳴らしてフランソワ−ズは勢いよく歩きだした。
鏡の中で揺れているピンクのレオタ−ド姿がどうも子供っぽい。
いいわ。 明日っから黒を着るわ。 ・・・これも。 止め・・・!
しゅる・・・っとピンクのカチュ−シャが髪から外された。
「 あ・・・ お疲れ様〜〜 どうだった? フランソワ−ズ? 」
「 ええ・・・ もう ぼろぼろ・・・ 」
「 またまたァ〜〜 」
「 ううん、ホントよ。 わたしのオ−ロラは子供っぽいって・・・ 」
「 え〜 そう? そうかな〜 アタシは好きだな。 」
「 ありがとう、みちよ・・・ 」
更衣室で着替え終わっていたみちよは 大きな瞳をくりくりさせてフランソワ−ズを見つめている。
おおらかで笑顔が魅力の彼女はフランソワ−ズの大事な友達なのだ。
ふう・・・
フランソワ−ズは大きなため息と一緒にばさり、とタオルを荷物の上に放った。
「 どうしたのよ? いつものフランソワ−ズらしくないね。 」
「 そう・・・? ねえ・・・わたしって、わたし自身、子供っぽい? 」
「 う・・ん、子供っぽいとは思わないけど ・・・ あなたはカワイイわよ。 」
「 ・・・カワイイ、か・・・ 」
「 ま、ね〜 そのカワイイところがアナタの魅力だと思うけど? 」
「 ・・・そう言ってくれるのはみちよだけだわ・・・ 」
「 そうかな〜 みんな アナタのこと、可愛くていいねって言うよ。 」
「 ・・・・・ 」
「 フランソワ−ズのお姫サマは本当にオハナシの中から抜け出したみたいよ。 」
「 う〜ん・・・ でもね、大人の女、じゃないでしょ。 」
「 ・・・大人のオンナ?? 」
「 だって・・・ほら。 『 眠り〜 』 の三幕は結婚式の踊りでしょ。 」
「 そうだけど・・・ アタシさ、オ−ロラ姫だってドキドキだったと思うよ。
う〜んと年下の相手だし。 突然知り合ったわけでしょう。 」
「 え・・・? 」
何気ないみちよの言葉に とくん・・・と心臓が跳ね上がる。
脱ぎかけのレオタ−ドをひっぱる手が 小刻みに震えてしまった。
「 だって、100年だもの、世代の相違なんて生易しいものじゃないと思うよ。
一目惚れ・・・かもしれないけど、話題とか合うのかしらねぇ ? 」
そりゃおとぎ話だけどさ、とみちよは屈託なく笑った。
( 注:<眠りの森の美女>で オ−ロラ姫はカラボスの呪いにより
100年の眠りにつき 王子のキスで目覚める )
世代の相違 ・・・ 話題が合うのか ・・・
思わず、ジョ−の顔が浮かぶ。
そう・・・よね。 一つ屋根の下に暮らしているけど。 ずっと一緒だけど。
ジョ− ・・・ わたしのこと ・・・ つまらない・・・? 退屈なのかしら。
やっぱり 同じ年代のヒトの方が ・・・いいの?
それも・・・そうよ、大人のオンナのひとが・・・
「 あ、じゃあねぇ。 お先に〜 まだ日にちはあるもの、焦ることないよ〜 」
「 え、ええ・・・ ありがとう、みちよ。 また明日・・・ 」
バイバイ・・・と手を振ってみちよは帰って行った。
・・・・あ! いけない。 わたしも急がなくちゃ。 タクヤが待ってるわ。
フランソワ−ズは大慌てでシャワ−に飛び込んだ。
「 ・・・ マドモアゼル? 」
「 ・・・ あ ? ああ ・・・ グレ−ト・・・ あら! ヤダ・・・」
肩を揺すられ、フランソワ−ズは飛び起きた。
顔に纏わり付く髪がうるさくて 慌てて両手で掻きやった。
目の前には グレ−トの相変わらず艶やかな顔と後ろには福々とした大人の笑顔が見えた。
「 やだわ・・・わたし。 またこんなトコロで寝ちゃったのね・・・ 」
お帰りなさい、とフランソワ−ズは慌てて二人の頬にキスを落とした。
「 ほっほ・・・。 フランソワ−ズはん、お疲れのようアルね。 急に来て悪かったアルね。 」
「 ううん、嬉しいわ。 一人で ・・・ つまらなかったの。
あ・・・でもお店、忙しいのでしょう? こっちに帰ってきて大丈夫? 」
「 なんのなんの・・・ マドモアゼルのためならたとえ火の中水の中〜♪ 」
優雅に腰を屈め グレ−トは彼女の手にキスをした。
「 それにネ。 ジョ−はんの頼みとあっちゃ ワテら、放っておけますかいな。 」
「 ・・・ジョ−の? 」
「 博士もイワンとお留守やし、自分も帰りが遅うなるさかい・・・
フランソワ−ズはんが一人で心配や、出来たら行ったって、言うてはったアル。 」
「 ま・・・ 麗しの女神のお顔を拝見して のんびりするのもいいか・・・ってね。 」
「 そうだったの・・・ 」
フランソワ−ズは二人を見上げ微笑もうとしたが ・・・ ぽろり、と涙が零れてしまった。
「 ・・・やだ どうしたのかしら。 ヘンねえ・・・わたし ・・・ 」
照れ隠しに大きく笑おうとしたのだが。
ほろほろほろ・・・ 涙の粒は止め処が無かった。
「 アイヤ〜 どうしたネ? 」
「 おやおや・・・ 美女の涙は風情があるが・・・なにかあったのかな。 」
「 ・・・ わたし・・・ つまらないでしょう? 子供っぽくて退屈でしょ・・・ 」
「 誰がそんなコト、言ったアルね。 フランソワ−ズはんにはフランソワ−ズはんだけの
魅力がありまっせ。 自信を持ちなはれ。 」
「 左様左様。 マドモアゼルは我らが魅惑の女神ですぞ。 」
「 そんな風に言ってもらえて嬉しいけれど・・・ でも ・・・
ジョ−は・・・あまり一緒に出かけてくれないし・・・
バレエ団のオトコのコも ・・・ お茶に誘われたんだけど・・・あまり楽しそうじゃなかったわ。 」
「 ほう? その不埒なヤツは何か無礼なコトでも言ったのかな。 」
「 ううん、別に・・・ ただね、じ〜っとわたしのお喋りを聞いているだけなの。
わたしのこと・・・・眺めているだけで・・・ きっとわたしって退屈なのね。」
またまた滲んできた涙が恥ずかしくて フランソワ−ズは両手で顔を覆ってしまった。
「 ・・・ そりゃ、あんさん 」
「 それは、だね・・・ 」
しょぼんとしているフランソワ−ズの両脇で 年配の紳士方は思わず破顔する。
まあまあ・・・ なんとカワイイ乙女さんだことよ・・・
そこいらのニブチン・若造にはやりたくありまへんな。
「 あのなぁ マドモアゼル・・・ 」
グレ−トの笑みを含んだ声音に フランソワ−ズはようやく顔をあげた。
「 想いを寄せるナイトがいる女性はな、誰でも立派な レディ なのさ。 」
「 ・・・ レディ・・・? 」
「 そうや。 皆から敬愛される魅力的なオナゴはんアル。
それにな。 大切なヒトやからこそ大事に仕舞っておきたい、とオトコは思いまっせ。 」
「 魅力的な女性・・・ わたし・・・も? 」
「 さ。 ほら、きちんと髪を整えておいで。 我ら3人で夜のお茶会としゃれ込みましょうぞ。
ここにもちゃんと二人もナイトがおりまする。 」
グレ−トはテ−ブルの隅に転がっていたカチュ−シャを手渡した。
「 ほっほ・・・。 ちょいと歳を喰った騎士やけど 心意気は若造には負けまへんで。
ほい、では取っておきのお茶でも淹れるアルね。 」
バチン・・・とちっこい目をますます窄めて、大人は立ち上がった。
・・・ レディ ・・・ もしかして プリンセスの気持ちも同じかしら。
「 はあい・・・。 レディは身だしなみに気をつけます。 」
両側から顔に纏わっている髪を フランソワ−ズはカチュ−シャできっちりと押さえた。
ようやく彼女の笑みが もどってきた。
「 あ〜〜 つ〜かれたっ! 」
「 ・・・ も〜 脚がイヤだって言ってるわ〜 」
賑やかな声が更衣室に満ちている。
朝のクラスが終わり、ダンサ−たちが着替えを始めていた。
「 あ〜 ねえ。 タクヤがなんだか呼んでるわよ? 」
「 え・・・タクヤが。 」
最後に入ってきたみちよが フランソワ−ズに声をかけた。
「 うん、3スタのとこに居るからちょっと・・・ってさ。 」
「 ありがとう。 」
稽古着の上にニットをはおり、フランソワ−ズは更衣室から飛び出していった。
「 ・・・ タクヤ。 なあに・・・ 」
「 あの ・・・ 昨日はゴメン。 そのゥ・・・さ 率直に聞くけど。
君 ・・・ 彼氏がいる? 」
「 タクヤ・・・ ごめん、なんて言わないで。 え・・・ カレシって・・・ 」
「 うん。 昨日 ・・・ 君は誰か他のヤツを見てた。
僕を通して君は誰かを見てた・・・ ねえ、教えて。 」
「 ・・・カレシ、なんて言えないわ。 だって・・・わたし・・・好かれていないかも・・・・ 」
「 きみ、は ? 」
「 え・・・? 」
「 君自身はどうなの。 その・・・ソイツが好き? 」
「 ・・・・・・ 」
フランソワ−ズは黙ったまま大きな瞳を見開きゆっくりと頷いた。
そっか・・・
タクヤはポン、と宙を蹴り上げ・・・大きくタメ息を吐いた。
「 でも。 ステ−ジの上では僕が君の恋人だからね! 」
フランソワ−ズに向けられた笑顔は ・・・ とびっきりの魅惑に満ちていた。
「 ええ、もちろん。 わたしの ・・・ 王子サマ♪ 」
返す笑顔も 最高の笑みに輝いていた。
「 ・・・ そうね、悪くない、フランソワ−ズ、悪くないわ。 」
たった今、踊り終えた二人に 芸術監督のマダムは満足気に頷いた。
「 わかってくれたみたいね。
テクニックの問題じゃないのよ。 自信を持って踊って欲しかったの。 」
「 はい。 」
息を整え、フランソワ−ズは背筋を伸ばしまっすぐにマダムを見つめた。
「 これはプリンセスの踊りでしょ。 びくびく・おどおどしていては駄目。
レディの気品、が欲しいのよ。 」
タクヤもあまり暴れちゃダメよ、と彼女は苦笑しつつ付け加えた。
「「 はい、 ありがとうございました。 」」
オ−ロラ姫とデジレ王子はにっこりと微笑みあった。
「 ジョ−?! どうしたの、何かあったの? 」
ジョ−がリビングのドアを蹴破る勢いで 入ってきた。
たったいま、かなり乱暴に彼の車が止まった・・・と思っていたのだが・・・
次に瞬間には 車の主が飛び込んできたのだ。
「 ね・・・ もしかして ・・・ 加速 ・・・ 」
「 使ってないよっ。 」
ジョ−は大きく息を吐いて、真面目な顔で否定した。
「 どうしたの? あの・・・もしかして なにか・・・ 」
一瞬表情を引き締めたフランソワ−ズに ジョ−はぶんぶんと首を振った。
「 いや。 でも ぼくにはミッションよりもなによりも重大なコトなんだ! 」
「 ?? 」
「 妙なヤツと付き合うな。 きみは ・・・ その ・・・ あ・・・
ゴメン、ぼくだけを見ていて欲しい。 」
「 ・・・ あ ・・・ ジョ− ・・・ 付き合うって あの・・・ タクヤはただのお友達よ。」
「 それそれ! 女の子はいっつもそう言うんだ。 <ただのオトモダチ>よって! 」
「 だって 本当のことですもの。 」
「 ダメだよ! オトコはそんな風には思っちゃいないぜ?
オトコって ・・・ そのゥ 己惚れが激しいから・・・。 」
「 あら ・・・ じゃあ。 ジョ−も? 」
そんなコト、ないけど・・・と ジョ−はなぜか真っ赤になって小さく言った。
「 ともかく・・・。 グレ−トがさ。 宝モノを放っておくと泥棒がはいるぞ? って脅かすんだ。 」
「 まあ。 」
なぜか 微笑が湧き上がってきてフランソワ−ズはくっく・・・と笑い声をたてた。
白い頬がほんのりと染まり、瞳の青が艶々と輝く。
ジョ−はしばしぼう・・・っと見とれていたが、急にジャンパ−の中をごそごそと探り始めた。
「 ・・・ほら、これ! 」
「 ・・・ なあに。 」
ジョ−は小振りで平たい箱をぐい・・・と差し出した。
「 これ・・・ 絶対きみに似合うと思ってさ。
レ−ス・クイ−ンやってるコが綺麗なのしてたんだ、だから店を教えてもらった。 」
「 ・・・ なにかしら ・・・ わぁ・・・ 」
それは ・・・
ブル−のカチュ−シャ。 彼女の瞳と同じ色の艶やかな地に小さな宝玉が散っている。
溜息まじりに小さな歓声をあげ・・・フランソワ−ズはそっと指先で取り出した。
「 ・・・ きれい ・・・! すごいわ、こんなの初めて見たわ。 」
「 それね、その光ってるの、アクアマリンっていう石なんだって。
きみの髪にぴったりだと思って・・・ 」
「 付けてみて ・・・ いい? 」
「 うん、勿論。 ぼくもはやく見たいよ。 ・・・ぼくのレディ、 ぼくだけのお姫サマ・・・ 」
「 ・・・・え ? 」
「 う・・・ん・・・ なんでもな〜い。 あの、さ。 いっこだけお願いがあるんだけど。 」
「 なにかしら・・・? 」
「 うん ・・・ ぼくは。 きみが、ありのままのきみが ・・・ 好きなんだ。
きみが居るところが ・・・ ぼくの還る場所さ。 遅くまで起きて待っていてくれなくても
朝御飯の用意、わざわざしてくれなくても ・・・ 本当に きみが居るだけで・・・ 」
「 ・・・ わかったわ・・・ ジョ−。 ・・・ わたしの王子さま♪ 」
煌くティアラを頂いたジョ−のレディ は魅惑の笑顔で ナイトに抱きついた。
<おまけ>
「 よう、不良少年! 最近は規則正しい生活らしいな。 」
「 グレ−ト・・・ 」
ジョ−は 読むでもなくめくっていた雑誌から顔をあげた。
「 やはり魅惑のレディがいる場所がベストだろう? 」
「 ・・・だってさ。 遅く帰ると な〜んにも食べ物がないんだ・・・
カップラ−メンの買い置きもしてくれないし。 朝もそうさ、時間を外せば<店じまい>なんだもの。 」
「 ははは・・・兵糧攻めにあっているな? 」
「 笑い事じゃないよ〜〜 」
茶色毛のノラ公は美女にも弱いが 餌にも弱いらしかった。
******* Fin. *******
Last
updated: 11,21,2006. index
*** ひと言 ***
設定上、フランちゃんは平ゼロですが ジョ−君は ・・・ こりゃ〜 原作ジョ− ですね〜
( 突如ラテン系してるし・・・ ) 取られそうになって初めて慌てる・・・
結局ジョ−は甘えん坊なのかも♪♪ ちょい甘の小噺、とお読み捨てくださいませ。