『  春の吹雪  』

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ・・・ な、なんじゃと!? それは本当なのか! 」

「 シッ! ドクタ−、声が大きいです・・・ 」

「 すまん・・・ しかし ・・・ ワシはワシは!人類のため、新しい人類のための開発だ、と聞かされて・・・ 」

「 ですから。 それがヤツらの常套手段なのですよ。 ・・・ このままでは被験体たちは奪われ・・・

 ドクタ−は消されてしまいます! 」

「 う、う〜〜む・・・! なんということだ! ワシはともかく、あのコ達だけは・・・逃がしてやらねば! 」

「 ドクタ−! 今ならまだなんとか・・・ どうぞ自分について来てください! 」

「 うむ・・・! おい、お前たち? 一緒に脱出するぞ。 ・・・ うん? 母さん、チビさんはどうしたね? 

 なに? ヤツらのところに・・・?  父さん、奪っておいで! 」

「 お早く! ドクタ− ・・・ ! 」

「 う・・・しかし あのコを待っていなければ・・ ワシには可愛い孫同様・・・ 

 おお・・・連れてきたか! さすが父さんじゃな。 さ、チビさんや、母さんにしっかりつかまっていなさい。 」

「 ドクタ−! こっちです、今なら・・・ この抜け穴から脱出できます ! 」

「 ・・・ ありがとう! しかし、 君は・・? 」

「 自分はいいのです。  む・・・? ヤツらが感づいたようです!  ここは自分が防ぎますから!

 早く 早く 皆一緒に逃げてください! 」

「 ・・・ し、しかし ・・・ 君は ・・・ いったい誰なのだ? 」

「 自分は。 ただの一兵士 ―  わぁ〜〜!! 」

「 ああ〜〜! き、君! しっかりするんだ!  」

「 ・・・ は・・・ 早く 逃げ ・・・て ・・・・ オトウサン ・・・ 」

「 ?! なんじゃ・・・・と・・・? 」

「 ・・・ ボクは。  ボクの脳は ・・・ ケンの脳 ・・・ なんです・・・ サヨナラ・・・オトウサン・・・ 」

「 ・・・! ケン ・・・か? お前は行方不明になってしまった ・・・ ケンだったのか?! 」

「 ・・・ ハイ ・・・ ご無事で ・・・ ドクタ−・イヌヅカ ・・・ 」

「 ケン・・・! ケン 〜〜〜!!! 」

 

   ぐわ〜〜〜ん ・・・・!  ドカ −−−−− ン ・・・・!!!

 

次の瞬間に老人が這い出してきた建物は大きく揺れると 崩れ始めた。

「 ・・・ ケン ・・・ ケン −−−− !! 」

老人はぼろぼろになりなんとか逃げ果せたのだが・・・

ようやっと地上に出た時、目の前にはぶすぶすと白い煙をあげる廃墟があるだけだった。

 

「 ・・・ ワシは ・・・ワシは なんというコトを・・・! 

呆然と立ち尽くす老人の両脇にぴたり、と大小3つの影が寄り添っていた。

 

 

 

 

 

   きゅ ・・・ きゅ ・・・ きゅ ・・・・

 

一足ごとに 靴がでこぼこ道に当たって音をたてる。

 

   きゅ ・・・ きゅ ・・・ きゅ ・・・・

 

「 ・・・ふふふ・・・可笑しな道ねえ。 今日は一応、パンプスを履いているのに・・・ね? 」

 

   きゅ ・・・ きゅ ・・・ きゅ ・・・・

 

フランソワ−ズは自分自身の足元を覗き込み、 くすくすと笑い声を上げてしまった。

本当にその道は < おかしな道 > なのだ。

崖の上にぽつんと建つ ちょっと古びた洋館のギルモア邸。

その門までは だらだらと長い坂が続く。  近所には一応県道の支線が通っているが、

そこからさらに崖っぷちへと辿る道はいわゆる <私道> なのである。

車の通行のため、舗装はしてあるが道の端は地面が剥き出しで、石ころも顔をだせば雑草も生えていた。

フランソワ−ズは そんな <ウチへのだらだら坂>が好きだった。

 

「 酷い泥濘だな。 きちんと端まで舗装すべきだ。 」

「 アルベルト、言ってくれればいつでも車で迎えにゆくよ? 」

「 いや、いい。 ちゃんとバスがある。 私道でも歩く者のことを考えろ。 靴が台無しになる。 」

「 ・・・ 君さ。 道の真ん中、歩いてたよね? 危なくぶつかるとこだったよ。 」

「 歩行者優先だ、当然だろ。 」

「 ・・・ なら 端っこがぬかるみでも関係ないじゃないか。 」

「 何か言ったか。 」

「 ・・・ ううん ・・・なにも。 」

 

「 ふう・・・はあ・・・ほう・・・ アイヤ〜〜 ほんにこの坂はいっつも難儀ですワ・・・ 」

「 ふふん・・・ この道は 人生そのもの  のぼり詰めたその先に ヒトはなにを見出すのであろうか・・・ 」

「 へえ・・・ひい・・・ グレ−トはん! 粋がるのは置いといてちょいと手ェ貸してくれへんか。 」

「 友よ。 そなたの人生は そなたにしか歩めない ただ一つの道  己の足で歩みたまえ。  」

「 そんな 殺生な〜 はう・・・ふえ・・・ あわっ!  なんや〜〜 端っこは石ころだらけやないか〜〜 」

「 人生、思わぬところに躓きが   おわっ! ・・・ 大人! 今度から車にしよう! 」

「 ・・・ あ〜あ・・・ グレ−トはん、一張羅が泥だらけやなあ・・・ 」

 

「 うざってぇ〜〜 ! オレ、下から飛ぶぜ。 雨なんざ関係ねえ! 」

「 止めた方がいいね。 この辺りはベ−スの関係でレ−ダ−網完備だよ。 」

「 ・・・ってよ〜〜 二本脚でぺたぺた行くなんざ〜 このオレ様に相応しくねえよ! 」

「 なら、一本足でいったらどうだい。 ・・・ しかしなあ〜水の中と違って大雨の中ってさ・・・ うわ! 」

「 ・・・ あ〜あ 派手に水溜りにダイブじゃん ・・・ やっぱお前ってさ、水に縁があるんでねえ、ピュンマ。 」

「 ・・・ ううう〜〜〜 次は四駆で駆け上るさ! 」

 

仲間達にはさんざん不評な だらだらと続く坂道でイワンでさえ

この坂をベビ−カ−で登らされるのはごめんだよ、と途中で <消えて> しまう。

しかし

フランソワ−ズとジェロニモは 好んでゆっくりと歩いてくることが多かった。

 

 

「 ねえ、ジョ−。 あの坂道ね ・・・ 」

「 うん? どこの坂道。 」

「 だから、 あの坂道よ。 ウチの門まで続く、あの坂道。 」

「 ・・・ ああ。 結構勾配がキツいよね、バイクでイッキ登りするのに、結構テクがいるんだ。 」

「 ・・・ あら、そうなの。 歩くことは ・・・ ないの? 」

「 そうだなあ。 大抵車かバイクだよ。 そうそう、自転車はねえ、マウンテン・バイクだと楽かな。

 アルベルトやグレ−トが舗装をやり直せってもう煩くてさ。 」

「 やり直す? ・・・ 別に ・・・ 今のままでも良いのじゃない? 

 端っこが石ころごろごろでも そんなに困らないわ。 ココに住んでいる者の意見が一番よ。 」

「 ま・・・別に急ぐ必要もないよね。 」

「 ええ。 わたし・・・ あの坂道、好きだわ。  端っこにいろんな草が生えてきたり・・・

 そうそう、お花も咲く時があるの。 途中でね、海がず〜〜っと見渡せるところがあるのよ、知ってる? 」

「 え・・・どこからだって海は見えるじゃないか。 」

「 ノンノン! 坂の下から途中までは道の方が低くなっているの。真ん中あたりでやっと視界が開けるの。

 それでね、 ぱあ〜〜っと目の前に海が広がって・・・ 水平線まで見渡せるわ。 」

「 へえええ・・? そうだっけ?  あんまり景色を意識していないからなあ。 」

「 あらもったいない。 ウチは天辺になるからこう・・・見下ろす感じでしょ。

 それもいいけれど 目線が低いと海がね、余計にひろ〜〜く見えて・・・ わたし、好き。 」

「 ふうん・・・ 目線が、ねえ・・・ 女の子って面白いコト、言うんだな。 」

「 面白い・・・かどうかわからないけど。 時々ね沖の方を大きなタンカ−がずず〜〜っと通ったりして

 なんかね ・・・ いいなあって思うのよ。 」

「 へえ・・・? そんなモンかなあ〜 」

ジョ−はテラスから海に向かって佇んでいることが多いのだが、特に景色に関心はなさそうだった。

 

   いいわよ〜だ。 わたしひとりの楽しみにするから。

   ただいま ただいま〜って 登ってくるの、楽しいじゃない。

   道端にだってたんぽぽが咲いたり 夏草がぼうぼうに茂ったり 面白いのに。

 

そんな訳で、 フランソワ−ズは一人、相変わらず機嫌よく坂道を登って帰宅するのだった。

 

 

   きゅ ・・・ きゅ ・・・ きゅ ・・・・

 

今日も靴が坂道で鳴いている。

「 そうだわ。 今日って今年、久し振りにパンプスを履いた日、なのよね。 

 冬の間 ず〜っとブーツだったものね。  」

 

   きゅ ・・・ きゅ ・・・ きゅ ・・・

 

「 ふふふ・・・ 靴さんと坂道が お久し振り〜〜って挨拶しているのかも・・・・

 あら・・・ いい風・・・ もう冷たい海風じゃないのね。 」

ふわり・・・っと亜麻色の髪を風に遊ばせ、フランソワ−ズは坂道を登りきった。

 

「 ただいま・・・っと。 ・・・ あら? ジョ−。 」

坂を上り詰めたところにやっとギルモア邸の門が現れる。 至って簡素な門構えだ。

じつは下の私道の入り口から要塞なみのセッキュリティ・システムが張り巡らされており、

この門はお飾りにすぎないのだが・・・

 

子供でも猫でも飛び越えられそうな門の側には 一本の桜の樹がある。

ここにギルモア博士が居を構えたときには細い若木だったのだが、今ではしっかりと根をはり

毎年住人たちに春を告げる。

その樹が 今年も見事に花を咲かせていた。 

ちら・・・ほら・・・・と舞い落ちる花びらをみつめる青年が ひとり。

彼のセピアの髪には 白い春の使者が数枚、留っている・・・

 

「 ジョ−ォ? どうしたの。 」

フランソワ−ズは桜の樹の側に佇む彼のそばに駆け寄った。

「 ・・・ ああ。 フラン・・・ お帰り。  」

「 ただいま。 わあ・・・ 今日一日でもう満開ねえ。 きれい・・・ 」

「 ・・・ うん ・・・ 」

「 ふふふ・・・もうすぐ、<はなふぶき> でしょ。 素敵な言葉ね、本当に花びらが雪みたいに

 散って・・・ 春の雪だわねえ。 楽しみだわ。 」

「 ・・・ 春の雪、か。  うん・・・・ あの時も。  こんな風に雪が舞っていたんだ・・・  」

「 え? あの時・・・? 」

「 あ・・・ごめん。 独り言なんか言っててびっくりしたろ。 」

「 ううん ・・・  ジョ−。 花吹雪になにか・・・ 思い出があるの。 」

「 いや・・・ ああ、こんなトコロに突っ立っていてごめんね、邪魔だよね。 さ・・・入ろうよ。

 張大人がね、桃饅をもってきてくれるんだって。 」

「 ももまん?  ももってピ−チが入ったお饅頭なの?? 」

「 あはは・・・ ピ−チは入っていないさ。 形がね、桃の形をしているんだよ。 」

「 まあ、そうなの? 楽しみねえ〜 それじゃ美味しいお茶を淹れましょ♪  」

「 うん、頼むよ。 」

 ・・・ ここにももっと魅惑的な <もも> があるよなあ・・・

ジョ−は目の前をゆく彼女の後姿に ちょっとばかり好色な視線を投げかけていた。

「 ・・・ ジョ−ォ? どうしたの。 」

「 あ・・・ いや、別に。  ・・・ きみの ・・・あ〜 髪にさ、花びらが着いてて。 綺麗だな〜って。 」

「 あらあ〜〜 ジョ−こそ。 ほら・・・ほらここにも。 」

細い指が ジョ−の髪からいくつもの小さな春の使者を摘みあげる。

「 あれ ・・・ ちっとも気がつかなかったよ。 」

「 ふふふ・・・ こんなに花びらに好かれるほど、樹の下にいたのね。 」

「 う、うん ・・・ ちょっと考えごとしてて・・・  さあ、お茶にしようよ。 」

「 ええ・・・ 」

 

   ・・・ ジョ−。 なにをそんなに・・・? なにか 悩み事でもあるの?

 

フランソワ−ズは先に玄関を開けるセピアの髪をじっと見つめていた。

 

 

 

 

「 ・・・ あの時のこと・・・ 覚えているわけなんかないよな。 

 でも・・・顔にちらちらつめたいものが落ちてきて・・・ ほっぺたに触れていた・・・手が。 

 どんどん どんどん 冷たくなって・・・ それで そのつめたさにぼくは ・・・ ぼくは泣き出したんだ・・・ 」

ジョ−はごく低い声でつぶやいた。

彼自身、声を出した意識はなかった。  自然とこころの叫びが漏れてしまったのだろうか・・・

かすかに ・・・ 同じ枕に零れる亜麻色の髪が揺れた・・・感じがした。

 

    あ・・・ 起こしてしまったかな・・・・

 

ジョ−は腕の中に眠る恋人の様子を窺ったが、長い睫毛はその陰を白い頬に落とし、

今は静かな寝息しか聞こえなかった。

愛し合った後の心地よい疲れの中、ほんのりと染まった頬を見せ彼女はぐっすり寝入っている。

 

    よかった・・・ ごめんな、フラン・・・

 

ジョ−はもう一度 静かに彼のお気に入りの亜麻色の髪に口付けをした。

甘い香り ― ジョ−だけが知っている彼女の香りが ほのかににおいたつ。

ジョ−はいっぱいにその香りを吸い込み・・・ ほ・・・っと溜息をついた。

「 ・・・ きみがいるのに。 ごめん・・・ ごめんな・・・ 」

ジョ−の指が そうっとそうっと亜麻色の髪を愛撫する・・・

「 今、こんなに幸せなのに。 ・・・ 雪なんか降ってないのに ・・・ ぼくは ・・・ 」

「 ・・・ ジョ− ・・・?  どうしたの ・・・? 」

翡翠色の瞳が ぱっちりと開きジョ−を見つめている。

「 ・・・ フラン! ごめん ・・・ やっぱり起こしてしまったね。 うるさくてごめん・・・ 」

「 ジョ− ・・・ ちっともうるさくなんかないわ。 ・・・ただ ・・・ 」

「 ・・・ うん? 」

「 あなたの手 ・・・ どうしたの? こんなに冷たいわ。  いつも温かいのに・・・ 」

「 ・・・ え ? 」

「 いつもね、ジョ−の大きくて温かい手が抱いてくれると・・・とっても安心なの。

 どんなに疲れていても どんなに辛いことがあっても ジョ−の手がね、すう〜〜っとイヤなことを

 吸い取ってくれるのよ・・・ 」

「 え・・・ あは・・・ ぼくの手だけが好き? 

「 あら・・・ヤダ、そんなことじゃないわ。 ジョ−の全部が好き・・・ 

 でも ジョ−の手、がっしりして温かいこの手がね、大好きなのよ。 」

「 そ・・・そうなんだ・・・? 」

「 ええ。 ・・・ でも、どうしたの? こんなに冷えて・・・ 」

フランソワ−ズはジョ−の手を両手で包むと そのまま両の乳房の間に押し当てた。

「 ・・・ フラン ・・・ 」

「 びっくりしたの。 ジョ−の手が冷たい・・・って。 なにかあったの。 」

「 ごめん・・・ 雪が、さ・・・ 」

「 ・・・ 雪?? だって・・・ もう春よ? それにこの辺りは真冬でもほとんど降らないでしょう? 」

「 うん。 雪とか花びらとか・・・ちらちら落ちてくるものの下にいると すごく寒くなるんだ。 」

「 寒い・・? 」

「 いや、実際に、というか こころが冷えてくるっていうのかな。 

 それで・・・ ごめん、驚かせてしまったね。   ・・・ もう、寝ようよ。 」

「 ・・・ ええ ・・・ ジョ−? ほら・・・こうすればもう寒くなんかないでしょう?  」

フランソワ−ズは両腕ですっぽりとジョ−の頭を抱え込んだ。

「 ・・・ ん  ・・・・ ありがとう フラン ・・・ 」

「 お休みなさい、ジョ− ・・・ 」

「 お休み、フラン・・・ 」

ジョ−は頬に当たる乳房の弾力にすがりつつ・・・すぐに寝息を立て始めた。

 

    ・・・ ジョ− ・・・? どうしたの。 

    昼間、桜の下で佇んでいたのは ・・・ <寒かった>から??

    ・・・・ わからない・・・ このヒトのこころの奥には 暗い小さな部屋があるわ

    まだ ・・・ わたしは 入れてもらえない・・・

 

フランソワ−ズは セピアの髪にそっと口付けをするとそのまま静かに目を閉じた。

春を迎えて

ギルモア邸の桜は そろそろ満開に近くなっていた。

 

 

 

 

「 フランソワーズ ! ここだよ〜〜 」

ジョ−は車から半身乗り出して 大きく手を振った。

ローカルな駅だが、電車が着けばそれなりに人々の出入りがある。

特に夕方には 結構な数の人々が駅前のロ−タリーを通りそれぞれ帰途についてゆく。

ジョ−はその外れに車を停めて フランソワーズを待っていた。

 

「 ・・・ あ! ジョ−・・・ ありがとう〜〜 ・・・! 」

相変わらず大きなバッグを肩に、今日はキャリッジまで引いて亜麻色の髪の女性が駆け寄って来た。

「 お帰り! ・・・ お疲れ様〜〜! 」

「 ただいま〜〜 あ〜〜 やれやれ・・・ やっと半分終ったわ〜〜 」

「 ほら 荷物・・・ 後ろのトランクに入れるから。  なあ、明日から劇場まで迎えにゆくよ。 」

「 え・・・ いいわよ〜〜 何時になるかわからないし。 こうやってここまで来てくれれば

 も〜〜 最高に感謝〜 だわ。 メルシ♪ 」

フランソワ−ズは助手席に乗り込むと さ・・・っとジョ−の頬にキスを落とした。

「 うは♪ へへへ・・・ ぼくこそ・・・アリガト♪ 」

「 ね、どうだった? 今日の舞台・・・ ジョー、ちゃんと起きてたわね〜 」

本日、ジョーは都心の劇場まで フランソワーズが所属するバレエ団の公演を観に行ったのだ。

マチネー ( 昼公演 ) のあと、彼は一足先に帰宅し、今また最寄駅まで<お迎え>である。

「 ・・・ あ、見えたかい? うん、頑張って目ェ見開いて・・・って あ、ごめん・・・ 」

「 いいのよ、 ジョーがバレエ、苦手なの知ってるもの。 でもわたし、判ったでしょう? 」

「 ・・・ う、 うん ・・・ え〜と。 プロローグは・・・水色のヒト? 

「 ブ〜〜〜★ ・・・ま、いいわ。 だんだんと覚えていってね。 わたしは薄いピンクの桜の精、よ。 」

「 あ・・・ ごめん。 髪の色で捜したんだけどなあ。 」

「 ふふふ・・・ トネリコの精のコは染めていたのよ。  あ〜〜あ〜〜 マチネーでも疲れたわあ〜〜 」

「 脚、伸ばせよ。 靴も脱いでさ・・・ 寝ちゃってもいいよ? 」

「 ありがと・・・ でもさすがにまだ眠くはないわ。 ああ・・・ いい風・・・ 」

フランソワ−ズは少しあけたパワ−ウィンドウからの夕風を楽しいでいる。

ジョ−は滑らかに車を出し、海辺の崖っぷちの我が家へと 大きくハンドルを切った。

海沿いの通称・海岸通りにでると対向車もほとんどなくジョーはスピードを上げた。

 

「 今日ね。 きみの舞台の帰りにも もうひとつ <舞台> を見たよ。 」

「 まあ、なあに? どこかの劇場に寄ったの? 

「 ううん 劇場っていってもね、う〜ん・・・ 野外舞台、かな。 」

「 野外舞台?? 日本にも、いえ 東京にもあるの? ヴァルナみたいな・・・? 」

「 あはは・・・舞台っていうか・・・あのホ−ルと同じ敷地に 大きな公園があるだろう? 」

「 ええ・・・ あそこには美術館とかいろいろ・・・ そうそう、公園もあったわね。 」

「 うん、ちょうど桜が見頃だったから帰りにぶらぶら公園の方を抜けていったんだ。

 そしたらさ・・・なんだか人だかりがしててね。 」

「 路上ライブでもやっていたの? 」

「 う〜ん・・・あれも一種のライブかな。 それにしてもどうやって教えたのかなあ・・・ 

 すごく賢い犬なんだ。 計算したり漢字を読んだりしてね。 」

「 ・・・ 犬が?? ああ・・・飼い主のヒトがこっそり合図してるのでしょう?

 そういうの、ムカシね、よく大道芸とかで見たことがあったわ。 」

「 いや・・・ かなりよく見てたけど、飼い主の老人は仔犬を撫でているだけだったよ。 」

「 芸をするのは親犬なの? 

「 うん、そうなんだ。 二匹いて 博士 と その奥さん って呼ばれてたけどね。

 多分・・・雑種だろうけど・・・ うん、賢そうな目をしてたよ。 」

「 へえ〜〜 今度わたしも見たいわあ〜 公演が終るまでやっているかしらね? 」

「 う〜ん・・・どうだろうね? 一緒に見れれば楽しいね。 」

「 ・・・ね? 公演が終ったら・・・ お花見、したいわ。 ・・・二人で。 」

「 ん♪  約束だよ・・・・  んんん〜〜〜 」

「 ・・・ んんん ・・・ ほらほら・・・運転中はキスしないでください? 」

「 ふふ〜〜んだ。 どこにも キス禁止 の標識なんかないぜ。 

 さ・・・ あとは〜〜 きみの好きな坂道 イッキ〜〜〜 」

「 きゃ・・・! 」

ジョーは にやっと笑いアクセルをぐいっと踏み込んだ。

 

数日後、フランソワ−ズの公演は無事に千秋楽を迎えたが、ついにあの犬達の芸をみることはできなかった。

流しの大道芸人なのかもしれない。

「 う〜ん・・・残念だわ。 そんなにお利口さんのわんちゃん達なら 是非見たかったのに・・・ 」

「 そうだね〜 見物人からリクエストも取ってた。 中には意地悪いのがいてさ、なんだか難しい数式を

 書いたんだ。 そうしたら・・・ 」

「 え〜数式を? あの・・・数学で習ったみたいなの? 」

「 うん。  ぼくなんか全然忘れていたけどね。 その数式を <博士>はちょっと眺めてて・・・

 さささ・・・っと数字のカ−ドの中から一枚咥え出した。 

「 ・・・え〜〜 それで? 

ジョ−とフランソワ−ズは木漏れ日の中、ゆっくりと歩く。

やっと彼女がオフになった時、 温暖なこの地方の桜はほとんどが散り終えていた。

桜吹雪の代わりに ちらちらと光のカケラが若葉を通しておちてくる・・・

ちかり・・・と亜麻色の髪が輝く。

 

   ・・・ きれいだ・・・! なんて・・・きみは綺麗なんだ・・・!

 

ジョ−は話の続きもわすれ黄金の照り返しを映す白い横顔に見ほれていた。

 

「 ジョー? ねえ、それでどうしたの。 そのカードは正解だったの? 」

「 ・・・ あ ・・・ ご、ごめん・・・ きみに見とれてた・・・ 」

「 え・・・あら。 ・・・ イヤな・・・ジョー ・・・ 」

白い頬が ぱ・・・っと薄薔薇色に染まる ・・・

「 ああ ・・・ キレイだ・・・ 本当にキレイだね、フラン・・・ 」

「 もう〜〜 ジョーってば・・・ ねえ、それで? 」

「 あ、うん・・・ その意地悪なヤツはね、しばらくじ〜っとそのカードを見つめていたんだけど・・・

 ぱっと頭を下げると、紙幣を <博士> の首輪に挟んで退散していった。 」

「 まあ! すごいわ〜〜 本当に賢いわんちゃんなのねえ・・・! 」

「 う〜ん ・・・ でもさ、犬に高等数学が理解できるのかなあ。 」

「 どうかしらね? あ、でもイワンが 人間の脳もその半分も使われていないんだよって言ってたから。

 もしかして本当に賢い犬だっているかもしれないわ。 」

「 ・・・ うん ・・・ それなら いいんだけど・・・ 」

「 あら。 なにか気になることでもあるの。 

「 ・・・ いや。 ぼくの思い込みだろう。 ・・・それよりもさ、フランソワ−ズ? 

 あの ・・・ ちょっと話があるんだけど。 ず〜っと 言おうと決心してたんだ・・・ 」

「 なあに。 」

ジョ−は寄り添う人の手を きゅ・・・っと握った。

 

「 ・・・ ぼくと結婚してくれる? 」

「 ・・・ ジョ− ・・・! 」

 

ざ −−−−− ・・・・!

二人の上でまだ稚い緑が 春の風に大きく揺れていた。

 

 

 

 

「 ・・・ 遅いわねえ・・・ どうしたのかしら。 今日は普通に帰るって言ったのに・・・ 」

フランソワ−ズはもう一度リビングの鳩時計を見上げた。

「 そんなに心配せんでも大丈夫じゃよ。 なに、オトコには急な用事がつきものさ。

 予定外の仕事とか 思わぬ人と出会ったり、なあ。 」

「 ええ ・・・ それは、わかっていますけど ・・・ 」

「 ま、それだけアイツも一人前になった、ということさ。 一家の主人として喜んでやらねばなあ。 」

「 ・・・ そうなら いいのですけど・・・ 晩御飯、一応片付けておきますわ。 」

盛大な溜息と一緒に フランソワ−ズは立ち上がった。

いつもの夕食タイムはとっくに過ぎており、博士と彼女は先に済ませていた。

 

   ・・・ せっかくジョーの好きなハンバーグにしたのに・・・

   ジョーって案外好きなものに拘るから・・・

 

まだまだ 蜜月時代 の若妻はのろのろとキッチンにむかった。

「 ・・・あら・・・随分冷えるわねえ・・・ そろそろヒーターの出番かしら。 」

秋も深まり、ギルモア邸の裏山も日に日に色とりどりになってゆく。

温暖なこの地でも夜になるとぐっと冷え込む季節になっていた。

フランソワ−ズは窓ごしに 細い月を見上げぶる・・・っと身を震わせた。

「 ・・・?  ああ・・・ 落ち葉の音・・・ね。  雨かと思ったわ・・・ 」

手付かずのお皿にラップをして冷蔵庫に収め、鍋のものを保存容器に移す・・・

 

   あ〜あ ・・・ お豆腐のお味噌汁、 頑張ったんだけどなあ・・・

   お味噌汁って翌日になっても ・・・ 大丈夫?? 

 

う〜ん・・・としばし考えこんでいると ―

 

  トン ・・・ トントン ・・・  カリリ ・・・カリカリ・・・

 

「 あら、風が出てきたのかしら。  ・・・ あ ・・・! 」

一瞬 勝手口を凝視したのち、彼女はスリッパのままタタキに飛び降りドアを開けた。

 

「 ・・・ ジョー・・・! どうしたの?? こんなトコロから! 

「 ・・・ ただいま ・・・ フラン。 あの ・・・ 遅くなってごめん・・・ 」

「 あ・・・ お、お帰りなさい。  遅いのは構わないけど・・・ どうしてお勝手口から・・・ 」

目をまん丸にしている若妻の前で 彼女の夫はもぞもぞとジャンパーの前のジッパーを降ろし・・・

「 ・・・ あの。 コイツ・・・ 一緒に暮らしても・・・いいかな。 」

「 ・・・?  え? ・・・ まあ・・・! 」

 

    く ぅ 〜〜〜 ん ・・・

 

ジョーが差し出した両手には 茶色毛の仔犬がしっかりと抱かれていた。

 

 

 

「 ・・・さあ、これでいいかしら。 とりあえず今夜はこの箱で寝てくれる? 」

「 うん ・・・ あ、ありがとう〜〜 さあ、クビクロ? ここがお前のベッドだよ〜 」

「 クビ・・・なんですって? 」

「 クビクロ。 こいつの名前さ。 こいつ、茶色の毛だけど首の回りと耳とシッポの先っちょが黒いだろ。

 だから・・・ クビクロ、さ。 

「 面白い名前ね。 ・・・ クビクロ? よろしくね〜〜 わたしはフランソワーズよ。 あ・・・ きゃ♪ 

 いや〜ん・・・そんなに舐めたらくすぐったいわ〜〜 」

「 ・・・あ! こいつぅ〜〜 やっぱオトコだなあ! 美人には弱いんだ。 」

「 うふふ・・・ 可愛い・・・ あらら・・・アクビしてるわよ? 

 ねえ、ジョー。 このコ。 その・・・ ずっと前に話してくれた・・・犬達の? 」

「 うん。 今日偶然見つけてしまったんだ・・・ 」

「 見つけたって・・・だって飼い主とか親犬達はどうしたの。 」

「 うん ・・・ 今日な、ひき逃げ事故があってね。  それで通報したりして遅くなったんだけど・・・ 」

「 轢き逃げ?! まあ、ひどい!  それって・・・もしかしてこのコの飼い主さんが・・・? 」

「 そうなんだ。 仕事の帰りにあの公園を通ったら 」

「 おや。  これは・・・我が家に新しいメンバ−、参加かな。 」

「「 博士・・・!  」」

キッチンの隅でごそごそやっていた二人は 驚いて振り返った。

「 熱いほうじ茶でも一杯もらおうか、と思ってな。  おお・・・ヨシヨシ・・・いいコじゃのう・・・

 ・・・おや。 ちょいと怪我しとるなあ。 イタズラが過ぎたのかい。 」

ギルモア博士もさっそく身を屈め 仔犬の頭を撫で始めた。

「 博士 ・・・ 実は。 ちょっと伺いたいことがあるのですが。 ・・・このコの親犬のことなんです。 」

「 うん? なにかな。 」

「 博士は犬の頭脳改造についてお聞きになったことがありますか。 ・・・ あの島で・・・ 」

「 ・・・ なんじゃと?  」

博士の声が す・・・っと低くなった。

仔犬を囲んで 笑みも漏れていた空気が凍りつく。  フランソワ−ズは仔犬を撫でる手を止めた。

「 ジョ−。  どういうことかね。  ・・・ なにかあったのか。 」

「 はい。 この仔犬の両親なんです。 さっき・・・ 飼い主の老人と共に 轢き殺されてました。 」

「 ! なんじゃと。 」

「 発見者として立ち会っていて気がつきました。 親犬達のアタマに・・・ ほぼ同じ位置に傷痕がありました。

 怪我の痕じゃないと思います、キレイに縫合してあったから。  」

「 ・・・ふむ・・・? 」

「 それで ― 

 

シ・・・ンとしたキッチンにジョ−の声が淡々と響いていた。

茶色毛の仔犬は。  フランソワ−ズの腕の中でなぜか身じろぎもせずに大人しく抱かれていた。

 

その晩からギルモア邸には <ひとり> 家族が増えることとなった。

 

 

 

 

「 お〜〜い・・・ 散歩に行くよ! 来い! クビクロ〜〜 」

ジョ−は玄関から庭先に回ると リ−ドを振って愛犬を呼んだ。

一階のテラスから 茶色毛の犬が矢のように飛び出してきた。

「 ワン!! ワンワンワン 〜〜〜 」

「 あははは・・・ そんなに飛びついたらダメだってば・・・ あ〜あ。 ブルゾンが泥だらけだ〜〜

 またフランソワ−ズに叱られるぞ〜〜 」

「 ・・・ ウ 〜〜 ワン? 」

「 そうさ、ぼくの大切なオクサンだけど・・・ ちょっとおっかない♪ 」

「 クゥ〜〜ン?  」

「 あはは・・・大丈夫、ぼくが汚したことにするからさ。 よしよし・・・ 」

「 ワン♪ ワンワン♪ 」

「 あははは・・・ そんなに舐めたらくすぐったいよ〜〜 」

 

「 ジョ−ォ?! ちゃ〜〜んと聞こえているわよ〜〜 」

二階のテラスが からり、と開いて明るい声と一緒に亜麻色の頭が現れた。

「 ・・・いっけね・・・ おお〜い フランソワ−ズ? ちょっと散歩に行ってくるよ〜  」

「 おっかないオクサンですみませんね〜  晩御飯までには帰ってきてね! 」

「 おっけ〜〜 腹時計がちゃんと教えてくれるよ。 なあ、クビクロ〜〜 」

「 ワン!! ワワン!! 」

「 ほうら・・・ クビクロも保証しているよ〜〜 下の海岸を一緒に走ってくるね! 」

「 はいはい・・・ 行ってらっしゃい〜〜 」

「 イッテキマス〜〜  」

ワンワンワン ・・・・!

一人と一匹は 賑やかにギルモア邸の門を出ていった。

 

「 ・・・ あ〜あ・・・ 本当にちゃんと時間、守れるのかしら・・・ 」

フランソワ−ズは ぱたぱたとラグを振ってホコリを掃った。

「 ・・・うん? またあの <ふたり> が散歩に行ったのか。 」

「 ええ。 もう〜〜 毎日大騒ぎですよね。  この辺りに他のお家がなくてよかったですわ。 」

「 ははは・・・ でもまあ、二人とも楽しそうじゃし。 いいじゃないか・・・ 」

「 ・・・ ええ、それはそうなんですけど・・・・ 博士? 以前、クビクロの両親について

 教えてくださいましたよね。 」

「 ・・・ ああ ・・・。 ワシはその親犬達を実際に見たわけでないが ・・・・ 恐らくな。

 BGではいろいろ動物を使った改造実験も行われておった。 その中で犬の頭脳をレベル・アップして

 戦闘用とする、というものもあったと記憶しておる。 」

「 ・・・ そうですか。 ・・・ 犬まで・・・! 

「 もともと犬種によっては軍事用のものもあるからな。 おそらく、クビクロの両親もその類の改造を

 受けたのじゃろうな。  飼い主の老人が轢き殺された、というのも頷けるわい。 」

明るいリビングで ― 午後も遅い柔らかな日差しの中、 博士の声だけが暗い。

フランソワ−ズも きゅ・・・っと唇を引き結び、視線を落としていた。

「 それじゃ・・・ あの。 クビクロも? なにか・・・そのゥ 改造されて・・? 」

「 いや。 クビクロにはその傷跡は見当たらなかった。 ヤツらの巧妙な手口はよくわかっておる・・・

 しかしワシの目を誤魔化すことはできん。  クビクロはごく普通の犬じゃ。 」

「 そうですか・・・ ええ、わたしの 眼 でもなにも・・・みつからなかったので・・・ 」

「 確かに利口な犬じゃがな。 改造された箇所はない。 」

「 よかった・・・! 普通の犬として当たり前の日々を送れますね。 」

「 ・・・ そう願いたいものじゃ。  今は普通以上にイタズラ盛りだなあ。 」

「 え〜え、もう・・・ ジョ−と一緒にそこいら中を汚すんですもの〜〜 

 叱るとね、ちょっと申し訳なさそう〜な顔、してみせるんですよ。 」

「 ははは・・・ ジョ−には丁度いい相棒なんじゃろうな。 」

「 ・・・ 泥だらけの靴下で上がってくるジョ−より クビクロの方がお利口さんかも・・・

 あ・・・っと。 そろそろ夕食の支度、始めなくちゃ・・・ 」

「 ・・・ フランソワ−ズ ? 」

「 はい? 」

ギルモア博士は キッチンに行こうとした彼女を呼び止めた。

 

「 ・・・ お前のこんな笑顔が見られて ワシは嬉しいよ ・・・ よかったのう、フランソワ−ズ ・・・

 ・・・ 幸せ、かい。 」

「 はい! 

 

匂い立つような若妻は極上の笑みを浮かべ しっかりと頷いた。

老人と赤ん坊と若いカップルと。 茶色毛の仔犬はごく平凡な日々を送っていた。

穏やかな日々はずっと続く ・・・ はずだった・・・

 

 

   ― しかし

 

 

木々の梢も葉を落としつくし、落ち葉も残らず木枯らしに持ってもって行かれたころ・・・

ギルモア邸の庭先から 犬の鳴き声が聞こえなくなった。

時を同じくして 原因不明の火災が頻繁に起き、人々は眉を顰め火の用心に気を使うのだった。

 

 

「 うん・・・? 」

「 博士・・・ どうかなさいましたか? 」

ギルモア博士は読み止しの本を置き じっとテラスの方を見つめている。

フランソワ−ズもお茶を配る手を止めて窓に目を向けた。

「 いや・・・ うん、なに。 気のせいじゃった。  どうもな・・・ 犬の鳴き声がしたような気がしてな。 」

「 え!? 」

ジョ−は 一瞬身を起こし立ち上がりかけたが、 すぐにまた腰を落とした。

「 ・・・ いや。 アイツじゃないですよ。 声が ちがう。 」

「 そうか ・・・ いや、 悪かったな・・・・ 」

「 いえ・・・ どこか近所の犬でも散歩に来ていたのでしょう・・・  アイツじゃ・・・ない。 」

ぶつぶつと独り言みたいにつぶやくと ジョーはまた新聞の陰に隠れてしまった。

「 ・・・ 本当にねえ・・・ どこへ行ってしまったのかしら。 」

「 そうじゃのう・・・  不審火も多いし。 用心のためにも居て欲しかった。 

 なんでも野犬の群れもおったそうじゃし。 」

「 そうですね。 この火事 ・・・ まあ、野犬ですって? この辺りにもいるかしら。 」

「  ・・・ アイツかもしれない。 」

「 え? なんですって、ジョ−。 」

「 不審火の犯人は ・・・ アイツかもしれないんだ。 」

「 アイツって・・・クビクロのこと? ・・・だって、ジョ−。 犬に火が付けられるわけないでしょう? 」

「 わからないけど。  ぼくにはそんな気がするんだ。 ・・・ ちょっと調べてくる。 」

「 調べるって・・・ あ、ジョー? 」

ジョーはやおら立ち上がると すたすたとリビングを出て行ってしまった。

「 こんな時間に ・・・ クビクロが心配なのはわかるけど。 

「 好きにさせておやり。  <仲間> が居なくなって一番ショックなのはジョ−だからな。 」

「 ・・・ ええ ・・・ 」

フランソワーズはジョーが放り出していった新聞を拾い上げ 丁寧に畳んだ。

 

   野犬の群れ 食糧倉庫を襲撃  ガードマン大やけど

 

   警官 大火傷  野犬の群れ逃走する

 

派手な見出しが一面記事に踊っていた。

「 ・・・ クビクロ ・・・ じゃないわよ・・・ね? 

 あんなにお利口なコが。 こんなコト、する訳・・・ ないわよね? そうよね、クビクロ・・・ 」

 

  ― フランソワ−ズの願いは届かなかった。

 

 

 

 

   ズ ギュ −−−−ン ・・・・!

 

 

鈍い銃声が 雪空に響いた。

一瞬 全てのものが動きを止めた ―  粉雪だけが 灰色の宙に白々と舞い落ちる。

 

   ドサ ・・・ ッ ・・・・!

 

茶色毛の犬の身体が 地面に叩きつけられた。

「 ・・・ クビクロ ・・・! 

赤い特殊な服を着た青年が犬の身体を抱き寄せる。

「 ・・・ク ・・・ クゥ −−−−ン ・・・  」

降りしきる粉雪の中、温かい舌が青年の掌をそっと舐め ・・・ そのまま地に崩折れた。

 

    ・・・・・・  !!!

 

遠巻きにしていた人々は やがてそっと去っていった。

 

  ―  青年とその愛犬  そう、二人だけにしてあげるために・・・

 

その日、雪は夜まで降り続き、地に残る哀しみの跡をそっと覆い隠していった。

 

 

 

 

 

 

   きゅ ・・・ きゅ ・・・ きゅ ・・・・

 

一足ごとに 靴がでこぼこ道に当たって音をたてる。

 

   きゅ ・・・ きゅ ・・・ きゅ ・・・・

 

「 ・・・ふふふ・・・可笑しな道だなあ。 今日は一応、革靴を履いているのに・・・ 」

 

   きゅ ・・・ きゅ ・・・ きゅ ・・・・

 

ジョ−は一歩一歩 自分の足元を覗いて、ちょっとばかり首を捻っている。

「 そうそう・・・ フランもこの道、楽しいっていってたけど。  やっぱりこんな音がしたのかな。 」

いつもは車かバイクであっと言う間に登ってしまう坂道を ジョ−はゆっくりと登っていた。

 

空にはふんわりと白っぽい雲がかかり、 かすかに甘い香りが漂っている・・・気もする。

時折 小鳥が高く歌ってつ・・・・っと一直線に空へ!と舞い上がってゆく。

「 いい気分だな・・・ そうか、フランはこんな楽しみを知ってたんだなあ〜 

 ぼくって余裕、ないよなあ。  景色や空の色なんか楽しむって・・・ いいもんだなあ。 」

ふわり・・・と小さな白い欠片が ジョ−の目の前に漂ってきた。

「 ・・・ 雪??? いや ・・・ ああ、桜の花びらか・・・・  そうだよな、 もう雪の季節は

 とっくに終ったんだもの。  あの日 ・・・ あれがこの冬の名残雪だった・・・ 」

ジョ−は 足を止めた。  ちょうど右手に海が見える場所だ。

 

   アイツと一緒に 海岸沿いに ず〜〜っと 走ったっけ・・・

   普通に走れば アイツの方が速くて。 

   ・・・でも ちゃんと立ち止まって待っててくれたんだ・・・

 

ジョ−の口から漏れる呟きが 春の風に乗って飛んで行く。

「 アイツは ・・・ 特別な力なんて持っていない。 ただ・・・ヒトの気持ちがよく理解できただけなんだ。

 そうだよな・・・ クビクロ・・・ 」

 

 

 

あの日、 ひっそりと帰宅したジョ−を <家族>は静かに迎えてくれた。

「 多分、BGのヤツらは仔犬に深い暗示を与えたのだろうな。 」

「 暗示? ・・・ 精神コントロ−ルですか。 」

「 うん・・・まあ、それに近いな。  < お前の敵を殺せ!> とな。 

 どうしてその憎悪が 炎 という形になったのかは・・・ワシにもわからない。 ただ・・・ 」

「 ・・・ ただ? 」

「 うむ。 ただ ・・・ ヒトでも犬でも。 その脳にはまだまだ計り知れない可能性を秘めている、 

 ということじゃ。 」

「 ・・・ そう、ですね。 良いことも悪いことも・・・ 」

「 そうじゃ。  良いことも悪いことも、な。 」

「 ねえ ジョ−。  クビクロはね。 ちゃんとわかっていたのよ。 」

「 ・・・わかっていた? 

「 ええ。  その・・・最後にね、ジョ−、あなたを襲うフリをして 

 ・・・ あなたに自分自身を始末して欲しかったのね・・・きっと。  」

「 ・・・ そうだろうか。 」

「 最後に 手を舐めてくれたのでしょう? ・・・ クビクロはね、ジョ−の手が冷たいなって思ったのよ。 」

「 ・・・ ぼくの手 ・・・ 」

ジョ−はじっと  ― 自分の手を見つめていた。

 

 

 

 

ひら・・・ひら  ひら・・・・

春の風が 白い小さな使者たちを乗せて流れてゆく・・・

今年も ギルモア邸の門に立つ桜は 零れるほどの花をつけた。

 

行く春を惜しみ  逝く魂を送り。  月日はさらさらと過ぎてゆく 

でも 想い出だけは いつだってこんなにも 鮮やかだ・・・

 

   クビクロ。   お前とであったのも、 こんな桜吹雪の中だったね

   小雪舞う中で お前を見送ったね・・・

   クビクロ。   お前はいまでも 舞い落ちる花びらにじゃれている ・・・ のだよね・・・

 

   吹雪はキライだ。 ぼくは ・・・ いつも吹雪の中で ・・・ 置いてゆかれる・・・!

   みんな ・・・ 吹雪の中で冷たくなっていった・・・! 

   ・・・ クビクロ ・・・   お か あ さ ん  ・・・・ !

 

   ぼくは ちらちら舞い落ちるものが大嫌いだったんだ。

    

 

でも。 今は。   今は ちがう。

 

ああ・・・!

あそこに。 ぼくの永遠の春が 春の吹雪の中で ぼくを待っていてくれる・・・!

 

   ― フランソワ−ズ ・・・!!

 

ジョ−は大きく愛しいひとの名を呼ぶと 岬の我が家を目指し大股で坂道を登っていった。

 

 

 

************************    Fin.    ************************

 

 

Last updated : 05,05,2009.                               index

 

 

 

*************    ひと言    ************

皆様よ〜〜〜くご存知の あのお話です。

もう〜 旧ゼロ・原作・平ゼロ ぜ〜〜んぶの設定から

<美味しいトコ取り>をしました♪

らぶらぶな二人は一応、平ゼロ設定・・・かな♪

クビクロの<設定>につきましては某様のブログ記事を

拝読し、ご都合主義的に捏造してみました(^_^;)

なお、冒頭にフランちゃんが 坂道を登って帰宅するシ−ンは、

【 Eve Green 様宅のBBSでめぼうき様がお書きになった

情景を拝借させていただきました <(_ _)>

お二方、ありがとうございました〜〜♪

ひと言なりとでも ご感想を頂戴できましたら幸いでございます<(_ _)>