『 交番にて   − 近頃の若夫婦考 −  』

 

 

 

その日は 一日中、ほんとうに暑かった。

連日の<真夏日>に もうほとほとカンベンしてほしい、と誰もがネを上げかけている、盛夏のある日。

ようやく陽が落ちたとはいえ、昼間の熱気はまだまだそこここに淀んでいる。

ここは職務性質上開け放してあるので エア・コンの効果は皆無に近い。

 

その上。

「  ・・・・(ったく・・・いい加減に・・・してくれ・・・)・・・ 」

その若い警官は 目前でいつ果てるともなく続いている堂々巡りにこっそりと溜め息をついた。

 

 

 「 きみが! ちゃんと見てないからだよ! 」

 「 そんなこと、言ったって・・・ なによ、いっつもこの子の世話、わたしに押しつけて! 」

 「 きみは母親だろ、育児は母親の務めじゃないか。 僕は仕事で忙しいんだぜ 」

 「 なによ、二言目には 仕事、仕事って。 あなただって遊んでるじゃない、どうしてわたしだけが

   この子の面倒をみなくちゃいけないの? 」

 「 それがきみの仕事だろう!」

 「 わたしだって たまには息抜きしたいわ、ひとりで出かけたいのよ! 

   ちょっと公園に寄るくらい いいでしょう?

   − だから、 張おじさんに預けるって言ったわよ、ちゃんと。 」

 「 ああ、聞いたよ。 でもな、きみは 明後日って言ったぞ。 」

 「 ええ、いったわよ、一昨日にね! あなたは日にちの勘定もできないってワケ? 」

 「 なんだって・・・! 」

 

 

「 まあまあ・・・・ 御主人も奥さんも落ち付きなさい。 坊やが目をさましちゃいますよ、ねえ? 」

「 ・・・あ・・・。 」

 

奥の開き戸があいて のそり・・・と初老の警官が顔をのぞかせた。

 

「 あ・・・ すいません、お騒がせしました・・・ 」

若い夫は あわてて頭を下げ、傍らの妻をつついた。

「 スミマセン ・・・・ 」

大きな蒼い瞳が瞬いて ほろほろと涙がこぼれた。

「 まあねえ・・・。 お子さんが無事でなによりですが。

 これからは よく話し合うことですなあ、 ちゃんとね。 お二人さん。 」

ぱたぱたと 少々くたびれた扇子で初老の警官はさかんに生ぬるい風をかき混ぜる。

「 こいつがちゃんと面倒をみてないから・・・。 すいません、本当に。 」

「 アナタがわたしの話をちゃんと聞いてくれないからよ。 だから、こんな・・・ 」

「 忙しいんだって言ったろう? 何回言えばわかるんだよ。」

「 いつもいつも。 忙しいってソレばっかり・・・! 本当なのかしら! 」

「 ・・・だから! 」

 

「 さ、そこでお終い。 早くウチへ帰って・・・ のんびり風呂にでも浸かって・・・、ねえ?  

 今日は二人とも疲れてるんですから。 のんびりとね・・・。 」

「 すいません・・・・ ほんとうに、どうも。 」

「 まあ、よく寝てますな〜 この坊やは。 将来オオモノになりますよ?

 坊やの寝顔をサカナに 二人でゆっくり話しあうんですな。 

 今回のことは 聞かなかったコトにしときますから。 いいですね? 」

「 ほんとに・・・・ ご迷惑を・・・ ありがとうございます! 」

「 ・・・・・ 」

頬に涙のあとをのこしたまま、若い妻は赤ん坊をしっかりと抱きなおした。

「 ごめんなさい・・・・。 もう、絶対目をはなしませんわ。 」

 

「 さあさあ・・・・ もう、お帰りなさい。 預かってくれていたおじさんにも御礼を

 忘れんように、ね。 」

「 はい・・・ 」

茶髪の青年は 赤ん坊を妻から抱き取ると丁寧にお辞儀をした。

「 失礼します・・・。 本当にすみませんでした。 」

「 ありがとうございました・・・・ 」

「 はい、お疲れさん・・・ 」

 

片手に息子を もう一方の手で妻の肩を抱いて 若い父親は交番を出て行った。

ほどなくして スマ−トな車が滑るように走り去っていった。

 

 

ぱたぱた・・・・くたびれた扇子がぬるい風をおくる。

「 ・・・・ やれやれ。 」 

「 大丈夫っすかね・・・アノ夫婦・・・随分若いけど・・ デキチャッタ婚だな、ありゃ。。 」

心配げな若い部下に 初老の警官はにんまりと笑いかえした。

「 ふふん。 大丈夫。 」 .

「 そうっすか・・・ 虐待、なんかしないでしょうねえ 」

「 ああ。 あの茶髪ボ−イも 案外子煩悩な親父のようだぞ?

 ちゃんと、ムスコをしっかり抱いて行ったし。 見ただろう、あの赤ん坊は丸々とよく太って・・・

 着ているモノもみんなこざっぱり洗濯が行き届いていたじゃないか。 」

「 ・・・・へえ・・・・ よく見てますね。 」

「 お前がぼんやりなんだ! どこに目をつけとるのかね。

 ふふん・・・もっともなあ。 あんな美人の嫁サンじゃあ、家に閉じ込めておきたくもなるだろうよ。 」

「 綺麗な外人サンですよね・・・ 美男美女で羨ましいですよ。 」

「 あははは・・・目の保養ってトコだな。 あのぶんじゃあ、兄弟が増えるのもじきだろ。 

 ひょっとして次のがもう入ってるのかもしれんなあ。 えらく苛ついていたようだし・・・ 」

「 はあ・・・・ 」

 

青年はあらためて 車が去っていった後に目をやった。

そういえば・・・ ここに駆け込んできた時もなあ・・・。

 

 

「 すみませんっ! 子供が、あの・・・む、ムスコが・・・いなくなっちゃったんです!! 」

 

むっとする熱気と共に飛び込んできた二人連れに 立ち番をしていた若い警官は目を見張った。

 

 − 若い。

 

多分ハタチそこそこだろう、ふたりとも。

明るい茶髪の青年に抱きかかえられるようにして 入ってきた蒼い瞳の美少女・・・!

警官は職務も忘れ、しばしぽかんとそのカップルに見とれていた。

 

「 ・・・あ、ああ。 あの〜 どうしました? に、日本語、わかりますか? 」

「 あの! 子供が、公園でベビ−カ−で・・・気が付いたら・・・いないんです! 」

「 いなくなった? いつです? 」

「 お昼過ぎに・・・ お買い物の帰り、公園で・・・ 」

言葉に詰まった若い母親は わっと両手で顔を覆って泣き伏した。

「 ・・・・わたしが・・・! お買い物に連れて行ったから・・・ 」

「 大丈夫だよ、きっと無事でみつかるから、ね? 」

「 でも・・・でも・・・ <眠って>いるから・・・ 」

 

「 あの〜・・・・ 」

優しく妻を抱きとめている夫、その姿がなんとなく眩しくて警官はおずおずと言葉をはさんだ。

 

 − な、なんだか。 ラブ・シ−ンのお邪魔ムシみたいだぜ、俺。

 

ロゴ入りTシャツにGパン、と何処の繁華街でもみかける<遊びざかり>の年頃の青年は

その外観に似合わず じつに冷静に事態を説明した。

 

「 はあ、はあ。 ・・・・ それで。 何時ごろ? ・・・・はあ。 で、お子さんの特徴は・・・

 ああ、あの岬の洋館の・・・・・ふん、ふん・・・・ 」

 

 − こりゃあ・・・ 誘拐とはちょっとちがう、か・・・?

 

「 わかりました。 とりあえず・・・御宅の方に戻られて、なにかあったらすぐに

 ここに知らせてください。 」

「 あの・・・ すみません、できれば・・・そのあまりオ−プンには・・・ 」

「 はい、大丈夫ですよ。 お子さんの安全を最優先しますからね、ご安心ください。 」

「 お願いします・・・!」

「 ・・・・お願い・・・します・・・ ああ、もう<目が覚めて>いてくれれば・・・・ 」

 

 − 美人ってのは・・・ 泣き顔までイケるんだなあ・・・

 

メモを取りつつも警官は 涙にくれる母親から目をそらすことが出来なかった。

それにしても大騒ぎしないのには助かるな、と少々妙な感じで彼は若いカップルを見送った。

 

 

 

平凡で、平和なちょっと鄙びた郊外の街。

たまに起きる事件も 簡単な交通事故くらいで 交番勤務も至極安泰であった。

街はずれの岬の突端に すこし古びた洋館があって

そこに外国人一家が住んでいることも 判っていた。

以前 パトロ−ルも兼ねて訪問したことがあったが 住人たちは皆日本語に堪能で

ごく普通の家族のように見受けられていた。

ただ。 上司によるとタイヘンな美男美女の若夫婦だったという。

 

 − やれやれ。 ほんとうに誘拐かなあ? 

   おやっさん、もうじき帰ってくるはずだ、それまで待つか・・・・

 

面倒なことは避けたい、特にこんな暑い日には・・・・!

 

そろそろ本署に連絡をしようか、と仕方ナシに腰を上げたとき。

「 ・・・・あの ・・・・ 」

「 はい? ああ!さっきの・・・・え〜と・・・岬の洋館の。 なにか連絡がありましたか? 」

「 はあ、 あの。 じつは・・・・ 」

 

一組の親子が おずおずと入ってきた。

夫と妻と。 妻の腕には・・・・ ぐっすり眠っている銀髪の赤ん坊。

 

「 あ! お子さん、ですよね!? 」

「 はあ・・・ あの・・・・ 」

先程とは 打って変わって歯切れ悪く若い父親はしきりとアタマを掻いている。

しっかりとその腕に赤ん坊を抱きしめた若妻も 腫れぼったい目を恥ずかしげに伏せる。

 

「 な ・・・・! 子守を頼んであったんですか?? 」

 

素っ頓狂なこの愕きの叫びが 合図であったかのように。

若い警官の前で 若夫婦の<堂々めぐり>が始まったのだった・・・!

 

 

 

 

「 近頃の若い夫婦ってのは・・・! ったく! 」

もうとっくに走り去ってしまった車に向っていちおう毒づいてみたものの。 

青年警官のその口調に 迫力はイマイチ欠けていた。

 

 − いいなあ・・・・

 

ふっとそんな呟きがこぼれそうで 彼はあわてて口許を引き結んだ。

 

 

ぱふん・・・ 扇子が寝ぼけた音で閉じられる。

「 お・・・もうこんな時間か。 ほい、立ち番かわるから。

 お前はもうあがれや。 ああ・・・ 今日も暑かったなあ・・・ 」

「 は・・・・。 」

「 大丈夫だって。 この暑さもモノともせず ひっついていたじゃないか、あの二人。

 ありゃ・・・単なる痴話げんかさ。 どこの夫婦も経験のあるこった。」

「 ・・・痴話・・・ 」

「 仲がイイほど喧嘩するってヤツだ。 お前もそのうちわかるようになるさ。 」

「 はあ・・・・ 」

 

 − オレも。 嫁サン、欲しいなあ・・・・。 

 

「 あの。 おやっさん・・・。 オレ・・・この前の、おやっさんのハナシ・・・ 」

「 ああ? お、会ってみる気になったかい。 」

「 ・・・・ よろしくお願いします! 」

青年の汗は 暑さだけではないようだ。

 

 

ちかくの雑木林から ヒグラシの鳴き声がやかましく響いてきた。

今年の夏も そろそろ終わりに近付いたようである。

 

 

 

「 なかなか迫真の名演技だね〜 フランソワ−ズ。 」

「 うふふ。 ジョ−も結構ヤルじゃない? 遊び人のヤン・パパそのものよ。」

「 遊び人って・・・。 案外きみもノルなあ。 」

「 だって、あのくらい騒がなくちゃ 引っ込みがつかないでしょう? 」

「 ・・・ そうだよね ・・・ ほんっとの人騒がせな・・・! 」

「「 イワン !! 」」

そんな会話が 車で交わされたとは・・・・ 誰も知らない ・・・・ 。

 

 

*****  Fin. *****

 

Last updated: 04,14,2004.                  index

 

 

*****  後書き  by  ばちるど  *****

『 誘拐編 』 って93モノからみれば後期原作のなかでも 1,2を争う・・と思うのですが。

母と子、ではなく<今時の若い夫婦>の方にスポットを当ててみました♪♪