『 寿 ( ことぶき ) 』
ことん こと・・・
長い菜箸が 案外器用に動き昆布巻きを重箱の中に置いた。
一見、昔風の昆布巻き だが その中心はチーズだ。
「 ふう ・・・ これで いいかしら。
日本風のお節料理と ちょっと違うけど ― まあいいか・・・
そうよね〜〜 これがウチのお節料理なの。 うふふ 」
フランソワーズは ちょっぴり得意気に重箱を眺めた。
この国に住むようになり ― < お正月 > を迎える回数も
増えた。
そして この家のお節料理もだんだんと変化してきた。
「 そうよねえ 〜〜 初めての時は必死で作ったわよねえ・・・
どうしても日本風のお節料理を作るんだって。 」
初めて この極東の島国でお正月を迎える時 ・・・
フランソワーズは やたらと張り切っていた。
伝統をきっちり守ってみせるわ!
うふふ〜〜〜 皆〜〜
これが 日本のお正月です☆
三日間の奮闘努力の結果
立派な三重の重箱につめたお節料理ができあがった。
「 へえ〜〜〜 すごいねえ これがこの国の
伝統料理なのかい ? 」
「 そうなのよ ピュンマ。 えっへん! 本格的に作ったのよ?
どうぞ 召しあがって下さいな 」
「 ふうん ・・・ でも なんか皆 冷えてない? 」
「 え ・・・ それは保存が効くように じゃないの? 」
「 保存? これって今日食べるんじゃないの? 」
「 え〜〜と・・・ 三日間食べるみたいよ? 」
「 ふうん〜〜 これは野菜の煮物だね〜〜 いろいろあるな
〜〜〜〜 うん 美味い! いい味だなあ〜〜 気に入ったよ 」
ピュンマは ことの他、煮しめがお気に召したようだ。
「 ほう? これが日本の伝統食か 」
「 へ〜〜〜〜 ・・・ 肉 ねえの? えび?
ロブスター じゃねえんだ? 」
「 頑張ったな、フランソワーズ。 色彩も美しい 」
他のメンバーは一応・・・ 褒めてはくれたけれど
なぜか あまり手を出してはくれなかった。
それよりも いつものブイヤベースやロースト・ビーフ などに
人気が集中した。
な〜〜によ〜〜〜 皆ぁ〜〜〜
・・・ ふ ふん いいもん。
皆には繊細な和食が理解できないのよ
味覚が貧しいのね〜〜 お気の毒。
いいもん、ジョーが喜んでくれれば。
ええ 日本人のためのお節料理です!
フランソワーズは ほっぺたを膨らませつつ ―
仲間内 唯一の地元民の前に お重を差し出した。
「 ジョー。 見て見て。 お節料理で〜〜す 」
「 う わあ〜〜 ・・・ え これ・・・ なんか その〜
あ お店で買ってきたの? 」
「 ! お節料理ってオウチで作るものでしょう?
これ ぜ〜〜んぶわたしがつくりました。 」
「 え フランが?? すっげ〜〜〜〜〜〜
・・・ あ これ なに? こっちは・・・なんだろう?
これも初めてみるなあ〜〜 どんな味? 食べたこと、ないよ〜」
・・・ え ・・・?
ジョーって 本当に 日本人 なの??
009、いや 島村ジョー君が嬉々として箸を伸ばしたのは
紅白かまぼこ 伊達巻 栗きんとん だけだったのだ。
他の凝りに凝った 松かさ牛蒡 だの ニシンの昆布巻き だの
紅白膾 ( なます ) だの 黒豆の炊いたの だの ・・・・ は
「 ?? なにこれ? 初めてみるよ〜〜〜 食べたこと、 ないなあ 」
だったのである。
そして 丁寧に面取りをしてじっくり煮込んだ お煮しめ に至っては
「 ・・・ あ。 ぼく ニンジンって苦手なんだ〜〜〜 いらない。 」
この一言は フランソワーズの逆鱗に触れた。
きりきりきり〜〜〜 と 彼女の眉が吊り上がる。
「 いらない、 ですって?? 人参が? ― とんでもないわ。
なんでも食べなければ 大きくなれません。 」
以後 ジョーは < ニンジン責め > に遭い ついに009は白旗を掲げ
人参さんと 和解するに至った ・・・のであった。
あんなに手間暇かけたのに 〜〜〜
いったい なんだったのよぉ
― 以来 改良に改良? を重ね ・・・
現在、ギルモア邸の お節料理 は フランソワーズの得意料理を中心とした
多国籍料理 となっている。
ふわふわオムレツ、 ラタントウィユ、 チキンの照り焼き
これは人気のオカズなので 毎年すぐに食べきってしまう。
「 ふふ〜〜ん♪ 今年はたくさんつくりました。
博士もジョーも いっぱい食べてね〜〜〜
張大人の中華もあるし ・・・ ウチのお節料理は準備完了です 」
この屋敷の女主人は に〜〜んまり している。
博士がこの国に本拠地を置いた当初は クリスマスから年明けまで
メンバー全員がギルモア邸に滞在していた。
しかし それは徐々に変化してゆき ― 今では大晦日・正月を
ギルモア邸ですごすのは ご当主とフランソワーズ そして
ジョー だけとなっている。
イワンでさえ 最近はジェロニモ Jr. と暮らす日々だ。
≪ ウン。 大自然ノ中ダト 頭脳モ ヨリ鮮明ニナルンダ ≫
天才・赤ん坊は しれ・・・っと宣うのだが。
実際は ジェロニモ Jr.の行き届いた世話が気に入ったため らしい。
「 大晦日? アイヤ〜〜〜 かきいれ時アルね〜〜〜
元旦? 初詣のお客はん、わんさか来るアルよ ! 」
ヨコハマに店舗を構える張大人は本業で大忙し、 グレートも
巻き込まれ ・・・ 彼らは三が日すぎまでこちらに顔を出すことはない。
そのかわり、 暮れのウチにとびきり美味しい中華のお重 が
届くのである。
だから今では お正月 は のんびり三人で過ごす が定例となっている。
「 ふんふん ・・・ よい匂いじゃのう〜〜 」
博士が 上機嫌でキッチンに顔をだした。
「 うふふ・・・ お正月料理ですわ。 」
「 ほっほ〜〜 これは楽しみじゃなあ
悪いが 熱いお茶をいっぱい・・・ たのむ 」
「 はい。 あら 庭掃除ですか? 」
博士は ダウン・ジャケットに身をつつみ首にタオルを巻いていた。
「 うむ、まずはテラスの盆栽類の手入れをして ・・・
門から表庭を掃除したんじゃ。 」
「 まあ お疲れ様です ・・・ はい どうぞ。 熱々のお茶 」
「 お〜〜 ありがとう。 〜〜〜 ん 〜〜〜 美味い 」
「 お寒くありませんか あの ジョーにやってもらいますから 」
「 いやいや。 庭木の手入れはアイツには任せられんよ。
動き回っておるから 汗が出るくらいさ。 あ〜〜美味かった 」
「 うふふ・・・ それじゃ 美味しいオヤツを用意しておきますから 」
「 おう 楽しみにしているよ。 どれ 裏庭掃除もやってしまおう。 」
「 ご無理なさらないで ・・・ 」
「 ふふん まだまだ足腰の強さは負けんわい。
・・・ 時に アイツは? まさかまだ寝てるんじゃあるまいな? 」
「 ええ バイトなんですって。 早朝に出かけて それっきり。
まあ 晩御飯には戻ると思いますわ。 」
「 だろうな。 アイツ 自分の部屋は掃除したのかの 」
「 ・・・ さあ ・・・ 」
「 大掃除は 随分張り切っておったが ・・・ 肝心の自分の部屋は
相変わらずのゴミ部屋か 」
「 ・・・ 全部 必要なモノばっかなんだ って言ってますけど 」
「 ふん。 ゴミも必要なのかね。
帰ってきたら ヤツの部屋の掃除じゃ。 ワシが監督する! 」
「 うふふ お願いしますね 」
「 任せておけ。 さあて 裏庭にかかるか 〜 」
博士は 意気揚々と裏庭に出ていった。
「 さあて・・・っと。 最後に仕上げね。
・・っていっても 最近大晦日は 博士のお好きなブイヤベースだから
あとはお鍋にお任せってとこかしら。 」
う〜〜ん ・・・と伸びをして 彼女はぴかぴかのキッチンを見回す。
「 ふう ん ・・・ そうだわ〜 ジョーの好きな卵焼き。
作っておこ〜うっと。 」
彼女は エプロンのヒモを結びなおした。
ぼく さ。 あの ・・・ リクエストしても いい?
ある時 ジョーはおずおずと口を開いた。
「 ? なんのリクエスト? 」
「 あ あの〜う ・・・ 弁当のオカズ なんだけど 」
「 あら どうぞ どうぞ。 好きなオカズ 教えてよ 」
彼は 日々バイトに出かけていて、フランソワーズに弁当を作って
もらっていた。
「 うん ・・・ あのう〜〜
」
「 ? あ。 ごめんなさい、サンドイッチ は嫌だった?
日本風の ・・・ おむすび とかがいいの? 」
「 あ ううん ううん! サンドイッチ ものすご〜〜〜く
美味しいよ〜〜〜 あの その〜 中身 に さ 」
「 中身? サンドイッチの? 」
「 ウン。 あのう ・・・ たまごやき いれてほしいだ 」
「 !? たまごやき?? ゆで卵 や スクランブル・エッグ じゃ
なくて? 」
「 そ。 ふつ〜の たまごやき 挟んでほしいんだ 」
「 わたしが作ると ・・・ オムレツ風になっちゃうけど いい? 」
「 いい いい〜〜 わあ〜〜 楽しみだなあ〜〜 」
― 009は 無類の卵焼好き だったのである。
それ以来 彼は毎日オムレツ風卵焼き のサンドイッチを弁当として
とてもとてもとて〜〜〜も嬉しそうにもってゆく。
ポッポウ ポッポウ ・・・
リビングの鳩時計が 何回目かの出番を終え、すとんっと巣に引っ込んだ。
「 ・・・ まだ 帰ってこない ・・・ 」
フランソワーズは そんな時計を見上げ やはり何回目かのため息つく。
大晦日の今晩 ―
じっくりコトコト・・・ 煮込んだブイヤベース は
博士と二人で 美味しく頂いた。
テレビをみつつ 博士とフランソワーズは楽しく大晦日の晩をすごした。
博士は 博識で話題も広いし、二人ともクラシック音楽のファンなので
TVのコンサート番組を楽しんだ。
「 ふぁあ〜〜〜 ああ ワシはもう寝るよ 」
12時前に 博士は寝室に引き上げることになった。
「 ・・・ まだ 帰ってこんのう〜〜 ま、放っておけ。
子供じゃあるまいし・・・ お前もお休み 」
「 はい ・・・ もうちょっと待ってみますね 」
「 冷えんようにな。 新年は笑顔で迎えよう。 」
「 はい。 お休みなさい。 あ え・・・っと ・・・
よいお年をお迎えください って言うのですよね 」
「 おお そうじゃったな。 よい新年を な ・・・
そして来年も その笑顔をみせていておくれ 」
「 博士も ・・・ ふふふ お休みなさい。 」
「 お休み ・・・ 美味しい晩餐じゃったよ 」
「 ・・・・ 」
温かい視線を交わし 博士は自室に引き上げた。
ふう ・・・ さすがに冷えてきたわねえ ・・・
もう一回 溜息をつき ― すっきり片付いたリビングを見回す。
大掃除も完了、 いつもはそちこちに置きっぱなしな雑誌類や新聞も
きちとラックの中 だ。
暖炉の上には 鏡餅と正月用の飾り − 稲藁のリース が飾ってある。
元旦を迎える準備は 万端だ。
なのだが − 肝心の < 家族 > が揃っていない。
もう〜〜〜 たった三人しかいないのに〜〜〜
なにしてるのよ ・・・
脳波通信で呼び出せば 簡単に彼に居場所はわかるだろう。
しかし 彼らはごく普通の日常生活では < 能力 > を
使用することには 否定的だった。
普通のニンゲンなんだから。 普通のヒトとして暮らしているのだから。
連絡が必要なときは < 普通に > スマホや携帯を使っている。
「 バイトって こんな時間までやるの? 深夜のシフトなのかしら・・・
あ ・・・ そう だわ。 クリスマス・イブも ジョーったら
ぎりぎりに帰ってきてたわねえ 」
クリスマスには 毎年メンバー全員が集まる。
この邸では イヴ ではなく 25日に所謂クリスマス・ディナーの
テーブルを囲む。
25日が ジェロニモ Jr. の誕生日だから だそうだ。
なんだかんだ言いつつも やはり < 家族 >、 全世界から
メンバーズは ここ − 日本のギルモア邸に 集まってくる。
「 ほっほ〜〜〜 さあさ 熱々を食べなはれ〜〜 」
張大人が 大皿を次々とテーブルに運ぶ。
「 おわ〜〜 すっげ! チキンか?? 」
「 おっほん! 北京ダック やで〜〜 」
「 ほう? これはいいな。 ああ いい匂いだ ・・・ 」
「 うわ〜〜お 豪華だねえ それに凝った盛りつけだなあ 」
「 あら ステキ! チキンじゃなくても クリスマスねえぇ 」
メンバーズは 嬉々として料理に箸やらフォークを伸ばす。
「 〜〜〜 んま〜〜〜〜 」
「 ああ 美味いな。 普通の中華とも少し違うが? 」
「 アイヤ〜〜〜 アルベルトはん よう気がつかれはったなあ〜
これは ワテの < 家庭的な > クリスマス料理 やで。
お国の ジャガイモ料理も たんとつくたで〜〜 」
「 お。 それじゃ このライスも〜〜 」
「 そやで。 ピュンマはんのお国の香辛料 つこうてるで 」
「 ほう・・・ これは香ばしい。 いい味だ。 」
「 自然の味 やろが? 」
「 大人〜〜〜 ローストビーフ が 若干 チャーシュー風であるな 」
「 えやないか〜 美味しいのが一番 やで 」
「 そうね そうね。 あら コルニッション。 わたし 大好きなの 」
「 ビン詰めあらへんで〜〜 生のん、仕入れましてん。
− お? 時に ジョーはんは ? どないしてん 」
「 ・・ まだ帰ってこないのよ 」
「 はあん? どこぞで油を売っておるのかね
じゃぱにーず ぼ〜い は 。
マドモアゼル〜 しっかり手綱を引き締めておかんと! 」
「
あ あの バイト なんですって 」
「 バイト?
クリスマスの夜にかい ? それって労働基準法に 」
「 あ あのね、
え〜 なんでも
シフトを代わってあげたんですって 」
「 はあん 自発的に仕事してるのか 」
「 そうみたい。 他のヒト達はデートの約束やら 小さな子供さんが
お家で待っていたりするから って 」
「 お〜〜っと? 我らとて 我らがひーろー を待っておるぞ?
マドモアゼル? ぎゅう〜〜と言わせた方がよいぞ。 」
「 ・・ え ええ ・・・
ちゃんと今日中に帰ってくるから ・・・ って言ってたけど 」
「 しかしな〜〜〜 クリスマスの夜に〜〜 愛しいヒトが側にいない
というのは どうも感心せんぞ 」
「 ・・・・ 」
「 まあ いいじゃないか グレート。 ジョーは遊んでいるわけじゃ
ないんだもの。 」
「 そ そうよね さ! 皆さん〜〜〜 お待ちかねのデザートで〜す 」
「 じゃ〜〜ん♪ ワテとフランソワーズはんで作ったでえ
みんな たんと食べてやあ〜〜 」
大人が ワゴンを押してきた − その上には
わお〜〜〜〜 ♪
歓声と吐息が巻き上がった。
「 すっげ ・・・ ノエル・ド・ブッシュ だろ〜 こっちは 」
「 シュトレーン だ。 いい焼き具合だな 」
「 うお〜〜 クリスマス・プディング ではないか! お〜〜 感激 」
「 皆美味しそうだね〜〜 切り分けて食べようよ 」
全員が いろいろなケーキをお皿に山盛りにした。
いっただっきま〜〜〜す♪
― ぴんぽ〜〜〜〜ん ・・・ 玄関チャイムが鳴った。
「 あ ジョーだわ! ジョー お帰りなさい〜〜〜 」
お皿もフォークも放りだし フランソワーズが玄関に駆けていった。
「 やっぱりね〜〜 」
「 おい? ヤツの分 とっておけよ。 オマエ〜〜喰い過ぎ! 」
「 え あ〜〜 やべ〜〜〜 」
がやがや ごたごたやっていると ・・・
「 た ただいま ・・・! 遅くなってごめん〜〜〜 」
マフラーも取らずに ジョーが駆けこんできた。
「 め めり〜〜 くりすます! これ あの・・・ そのう〜〜〜
バイト先で もってけ・・・って・・・ 」
どん どん どん。 彼は四角い箱をみっつ テーブルの上に置いた。
「 はあ〜〜ん? 売れ残り を押し付けられたのかよ〜 」
「 売れ残り ・・・ だけど。 十分 美味しいんだ。
あ ごめん ・・・ でも 捨てるなんて できないよ ぼく。 」
「 当然だよ 勿体ないよ。 皆 食べないなら僕がいただくよ。
うわ〜〜〜 すごいなあ 〜〜〜 ウマそう〜〜 」
ピュンマは次々に箱を開け クリスマス・デコレーション・ケーキをとりだした。
「 お♪ すっげ美味そうじゃん〜〜〜
へへへ 〜〜〜 実はさ 甘味が足りないな〜〜〜 なんて思ってたんだ オレ 」
「 ふん 調子のいいヤツめ。 ジョー お疲れさんだったな。
メシはもう喰ったのか 」
「 あ ・・・ うん あの ・・・ 」
「 ほっほ〜〜〜 ジョーはん? 熱々〜〜の焼売に手羽先 ほんでもって
ジョーはんの大好物〜〜 海老マヨ やで〜〜 」
キッチンから大人が 湯気の立つ蒸籠やお皿を運んできた。
「 う わ〜〜〜 すげ〜〜〜〜 」
「 ジョー 召しあがれ。 ジョーから頂いたデザートは
ジョーがご飯を食べるまで皆で 待っているから ・・・ 」
「 ごめんね〜〜〜 手 洗ってくる〜〜 」
彼は ダウン・ジャケットのまま バスルームに駆けて行った。
「 そうよねえ ・・・ あのケーキはどれもとても美味しかったわ。
ジェットなんて目の上までスウィーツでいっぱいになった〜って
喜んでいたし。 わたしもついつい ・・・しっかり太っちゃった。
― そうよ!クリスマスの夜も 遅く帰ってきたんだったわ
ジョーってば 」
ふう〜〜〜 ・・・・また 溜息が立ち上る。
「 ・・・先に寝ちゃおうかな ・・・
でも。 遅く帰ってくるんだから 温かいご飯、用意しておきたいし
新年は一緒に♪ って約束したのになあ ・・・
」
鳩時計を見、 テーブルの上の電波時計を見、 そして スマホを見て
当然だけど どれも同じ時間 − そろそろ大晦日終了 の時間 を
示している。
「 バイト・・・って。 コンビニと酒屋さんの配達と ・・・
あと コズミ博士のお手伝い のはず・・・
でもコズミ博士はお嬢さん一家のいるアメリカだし 酒屋さんの配達は
こんな夜にはやらないわよねえ ・・・ 」
ほう・・・とため息を吐きつつ カーテンをすこし捲る。
温暖な地域ではあるが 大晦日の夜ともなればさすがに冷えこむ。
博士が丹精している庭木たちも どことなく寒さに震えている ― ふうに
みえる。
「 明日はお正月 ・・・ か ・・・
うふ ・・・ ニューイヤー・ディ に 変わったご馳走をたべて
おぞうに を食べる、なんて − 自分でも信じられないんだけど
でも これってとてもしっくりくるのよねえ 〜〜
そうそう 初めて お餅 を食べた時にはびっくり だったっけ 」
気温差で曇った窓ガラスに J O E と指でなぞる。
− あの時。 初めて < おそなえもち > と遭遇したとき・・・
「 わ〜〜い 買ってきたよぉ〜〜 これでお正月が来る〜〜 」
ジョーは キッチンに入るなり声をあげた。
「 あ お帰りなさい、お買いもの ありがとう。 え おしょうがつ? 」
「 そうさ。 じゃ〜〜〜ん♪ これ 搗きたてだよ〜〜 」
ガサガサ ・・・ レジ袋から 白っぽいモノが現れた。
「 これ ・・・ なあに。 」
フランソワーズは ジョーが広げた包みを前に 目をぱちくりさせている。
「 え? お餅だよ。 こっちはお供え餅。 大きいのはリビングに飾って
ちっこいのはキッチンだな〜〜 あとは お雑煮用の切り餅だ。
米屋さんに頼んでおいたんだ ぼく。
」
ジョーは やたらと上機嫌だ。
「 ・・・ おもち ・・・ ? こんな大きなモノをたべるの? 」
「 ああ お供えはねえ 来年の鏡開きまで飾っておくんだ。
それで − 切り分けてね お汁粉にするよ 」
「 ??? かがみひらき?? おしるこ って なあに。 」
「 あは 知らないよね〜〜 うん 大丈夫。
ぼくが サイボーグの腕力でちゃんとお供え餅を切るからさ。
心配いらないよ〜 って ここに飾ろう〜〜 」
彼は 話ながら どど〜んと小さなクッションくらいある白いモノ、
それも重なっているモノを 不思議な木の台の乗せ 暖炉の上に飾った。
「 え〜〜と? 半紙を敷いてウラジロをかざって ・・・
あ 上に橙を置く ・・・ ってこうかな〜〜〜 あは いいじゃん? 」
「 ・・・・ 」
一人はしゃぐ彼と 白い重ねたクッションみたいなモノを 彼女は
交互に眺めていた。
「 あは いいなあ〜〜〜 も〜〜い〜くつね〜ると〜〜〜 ♪ 」
「 ・・・ ジョー あの これ ・・・ 冷蔵庫にしまわない の? 」
「 え? ああ このままでいいんだ〜 ま 多少カビが生えても
削りおとして 食べればいいし 」
「 ・・・・ ! 」
「 そうだ、お汁粉にしよう! フラン きっと好きだよ〜〜 」
「 ・・・ジョー は ? 」
「 ぼく? ぼくは お餅ならなんでも好きさ わ〜〜〜い
も〜〜 い〜くつね〜ると〜〜 ♪ 」
彼は 鼻歌を歌いつつ、四角い石鹸みたいなモノを数えている。
わたし 遠慮しておくわ ・・・・
そもそも こんな固そうなもの ― 齧るの?
どうやって食べるのよ?
この国の ニューイヤー は ミラクルだわ
フランソワーズは 思わず後ずさりし、こわごわ・・・ 眺めていた。
― そして元旦の朝
「 ね〜〜 お雑煮はさあ 関東風でいいかなあ 」
ジョーは満面の笑みである。
「 え? なあに ・・・おぞ〜に ・・・ ってなに? 」
「 あ そっか。 わかんないよね〜 あのね 正月に食べるんだ
まあ 一種のスープというか ・・・ それにお餅をいれるんだよ 」
「 ・・・ それ をいれるの? 固いんでしょ? 」
「 え〜〜 お雑煮の餅はねえ 柔らかいよぉ もち〜〜〜ん なんてね〜 」
あはは・・・ と彼は一人で大笑いだ。
「 ・・・ よくわかならないから ジョーにお任せします。 」
「 あ そう? それなら〜〜 関東風に澄まし汁でいいよね?
鶏と小松菜は ちゃんと準備しといたんだ。
えっと〜〜 あ あと柚子だ 柚子 ・・・
あ 確か裏庭に柚子の木 あったよね〜〜 一個 もらおっと 」
「 ・・・・ 」
「 そ〜れで お餅を焼いて・・・っと〜〜 わは〜〜ん♪ 」
「 ・・・・ 」
あ れ ・・・ スープにいれるの??
長い時間 煮込むと少しは柔らかくなるのかしら・・・
え 焼く ・・??
・・・ 伝統食らしいけど わたしは いいわ
まったく尻ごみしていたフランソワーズだったが ―
ほわ〜〜ん ・・・ お椀から香ばしい湯気があがる。
「 ・・・ うっそ〜〜〜〜 これが あのおもち?? 」
「 そうだよ〜 ねえ 澄まし汁の味 どう? 」
「 すご〜〜い〜〜〜 もち〜〜ん って本当ね! 」
熱々のお雑煮の椀を前に 彼女はひたすら感心しまくったのであった。
― そして すぐに < お餅 > の大ファンとなり
雑煮はもとより お汁粉 もほどなく彼女の大好物の仲間入りをした。
「 うふふ・・・ ほ〜〜んとに衝撃的だったわあ〜〜〜
あのカンカチなモノが 熱を通すとあ〜んなに柔らかくなるなんて・・・
ミラクルだと思ったわ 」
フランソワーズの前には 今、切り餅が並べてある。
明日の元旦の食卓に登場する予定の餅だ。
「 えっと・・・ お雑煮に〜〜 お餅は 博士が二つ、 わたしは一つ。
・・・ 美味しいけど太るんですもの。
ジョーは ・・・ 今年はいったい幾つ食べるつもりかしら 」
クスクス ― 思わず笑いが漏れてしまう。
「 これ お雑煮に入れて っていわれて・・・
どうしよう〜〜 って悩んだのよね 」
カチンカチンの白くて四角いモノは ― お正月に必須 ということが
すぐに彼女にも納得できるようになった。
だって〜 美味しいんですもの♪
元旦のお雑煮 ― 今では ギルモア邸では 京風の白みそ仕立て と
関東風の澄まし汁 のと二種類作って 楽しむ。
フランソワーズは 京風のこっくりした味が好みだ。
ジョーは これが雑煮さ! と 関東風のすっきりした味を楽しむ。
「 ん〜〜 あ 白みそ仕立て もオイシイね!
ぼく お代わり〜〜〜 」
「 はいはい。 あ お餅は 」
「 二個、お願いします。 」
「 わかったわ。 ・・・ジョー お餅 好きねえ 」
「 うん♪ 大好きさ〜〜 美味しいもん。 ね〜〜 後でさあ
磯部巻き つくっていい 」
「 え まだ食べるの?? ・・・ 大丈夫? 」
「 へ〜き へ〜き お餅は別腹さ。 お〜〜〜 餅に白みそが沁みて
うま〜〜〜〜〜 」
「 わたしも白味噌仕立て、大好きよ。 本当に美味しいわ 」
「 ね〜〜 あ フランもお餅 もっと食べなよ 」
「 ・・・ いいわ わたし。 」
「 なんで〜〜 磯辺巻き も食べようよ〜 」
「 ・・・ 安倍川のほうが・・・ いいえ いいわ。 」
「 たくさんあるから大丈夫だよ? 」
「 ううん あのぉ お餅は 太るから ・・・ 」
「 え?? ・・・ あ そっかあ〜 」
「 ものすご〜〜くオイシイわ でも ね 」
「 う〜〜ん 勿体ないなあ あ それじゃ さ
あとで一緒にジョギングしようよ? 燃焼させればオッケーだろ 」
「 ジョギング??? ・・・寒くない? 」
「 走ればぽかぽかさあ 行こうよ 」
「 え ・・ ええ 」
元旦 早々 ジョギングに付き合う年もあった。
ふふふ ・・・ 寒かったけど楽しかったわあ
そうそう そう言えば 初めての年越しで ・・・
夜中に家族連れがたくさんいて びっくりしたっけ
その年の大晦日 帰りの遅いジョーが心配で 心細くて
彼女は思わず < 視て > しまった。
「 ・・・ ジョー まだ ・・・? どこにいるの・・・
え? 商店街にヒトが ・・・ あら 家族連れも ・・・
だってもう真夜中に近いのに ・・・ あら あら ヒトがあっちにも
こっちにも ・・・? 」
「 ただいま〜〜 遅くなってごめん〜 」
ぽん、と肩を叩かれ びっくり ― 慌てて003の視覚 を閉じた。
目の前に 彼の笑顔があった。
「 あ お帰りなさい ジョー ・・・
あの なんかヒトがいっぱいいるんだけど・・・ 下の道に・・・
こんな時間に 皆 どこへゆくの? 」
「 え ? ああ ・・・ 初詣さ 」
「 はつ もうで? 」
「 そ。 お正月 ってか新年の朝に神社に行ってさ
今年一年の幸福やら健康長寿なんかを お願いするんだ。 」
「 ふうん ・・・ 」
「 あ これから行こうか? 境内でかがり火とか焚いてて
なかなかいい雰囲気だよ 」
「 ・・・ ねえ こんな恰好でも いいの? 」
「 へ?? 」
「 だから ・・・ 正装してなくても いいの? そのう〜〜〜
はつもうで って
」
「 い〜よ〜〜 それよか 寒いからさ、しっかり着込んでこいよ。 」
「 うん! あ ジョー お腹 空いてるでしょう?
ちゃんととってあるから・・・ 晩ご飯 食べて。 」
「 わお〜〜〜 じゃあ 急いで 」
「 やだ ゆっくり食べてよ。 ふふふ わたしもゆっくり
着替えてくるわ。 ジョーの好きな肉入りオムレツ、 特大サイズで
作ったから 」
「 うっわ〜〜〜〜〜い ♪ 」
ジョーは子供みたいに 歓声をあげリビングに駆けこんでいった。
大晦日の夜は ― 他の夜とは全然違っていた。
普段なら 街灯だけが点る商店街に ざわざわと人々が行き交う。
子供連れの家族も ぽつぽつ見られた。
「 ・・・ ふうん ・・・ 」
「 なに? 」
「 いつもと全然ちがうなあ〜〜って。
皆 にこにこ・・・ どこに行くの? 」
「 ほら〜〜 海辺の崖の上にさ お寺があるだろ?
それから 山の方に少し登るとある神社にも お参りするんだ 」
「 お寺 と 神社? 両方? 」
「 そ。 大晦日は 寺 だなあ。
あ ・・・ ほら ・・・ 聞こえるだろ? 」
「 え なにが ・・・? 」
「 今 ほら ・・・ 」
「 ? ・・・ あ。 」
普通に耳を澄ませれば 低くて強い音が お腹にず〜〜んと響いてきた。
「 な んの音?? 」
「 お寺のさ、除夜の鐘。 大晦日の夜に108回 撞くんだよ 」
「 ??? それって 習慣なの? 」
「 習慣というか・・・伝統かな〜〜
こう、ね 大きな鐘を撞いて 煩悩を祓うんだって。 」
「 ぼんのう? 」
「 あ〜〜〜 悪い気持ち とか 悪い考え とか かなあ 」
「 ふうん ・・・ お寺のヒトが撞くの? 」
「 普通はね。 でもね あそこのお寺さんは希望すれば撞かせてくれるはずさ 」
「 え !? そうなの???
うわ〜〜〜 いつか 撞いてみたいわあ〜〜〜 」
「 あは そうだねえ ・・・ あ もうそろそろ新しい年だよ 」
「 まあ もうそんな時間なの? 」
「 カウント・ダウンして 初詣に行こうよ 」
「 ええ。 うふ ・・・ 楽しい♪ 」
ジョーとフランソワーズは 山際にある神社に向かった。
そうそう ・・・ あの年 初めて初詣して
初日の出 も見たんだったわ
「 あ〜〜 もう・・・ それにしても おそい〜〜〜 ジョー 」
時計の針は そろそろ新年を指す。
「 毎年〜〜 大晦日は遅いけど ・・・ 今年はトクベツだわ。
そりゃ 忙しいのはわかるけどぉ〜〜〜 」
先に寝ちゃおうか ・・・と 本気で思い始めた頃。
ぴんぽ〜〜ん 玄関のチャイムが鳴った。
「 ごめん 遅くなって・・・
あの さ こんな時間だけど ― 出かけないかい 」
「 え ・・・ 今から ・・?? あ 初詣? 」
「 ウン。 それもあるけど・・・あ うんと着こんで温かくしておいでよ 」
「 いいわ ちょっと待っててね 」
「 焦らなくていいよ〜〜 」
温暖な地域だが 大晦日の深夜はさすがに冷え込む。
「 ・・・ さむ ・・・ 」
フランソワーズは 手袋をした手を擦り合わせた。
「 ・・・ ほら? 」
大きな手が差し出された。
「 あ ・・・ う うん ・・・ 」
きゅ。 握ってくれた手は大きく温かい。
ジョー ・・・ 好き ・・・♪
「 ・・・ あら? ねえ 何処にゆくの?
こっちは海よ。 初詣の神社なら 反対側でしょう? 」
「 うん お寺に さ 」
「 お寺? 」
「 ウン。 ほら いつか・・・ 除夜の鐘 撞きたい〜って
言ってただろ 」
「 じょやのかね・・・ あ そうねえ 」
「 夕方にさお寺に寄って予約して・・・っていうか 名前、書いてきた!
順番に 一回づつ撞けるんだって 」
「 わ〜〜 ジョー ありがと 」
「 えへ・・・ ぼくもさ 撞いてみたいんだ 」
「 ええ ええ 嬉しい〜〜〜 」
ジョーと一緒に お寺の鐘撞き堂に登った。
「 わあ 結構ヒトがいるねえ あの列かな 」
「 そうね あ こんばんは〜〜 」
二人は列に並んだ。 周囲はほとんど地元のヒト達だ。
「 あ 次の次 かな〜〜 」
「 うふ・・・ わくわくしてきた〜〜 」
鐘は ― どど〜〜〜ん ・・・と でっかく厚ぼったかった。
「 すっご〜〜い〜〜〜 」
「 ダイナミックだろ? さあ この綱を一緒に持って 」
「 あら このくらい わたし一人でも 」
「 し・・・ オンナノコには無理だってば。 」
「 まあ〜〜 わたしだって ぜろぜろ 」
「 し〜〜〜 聞こえるよぉ ・・・ オンナノコなんだ きみは 」
「 あ ・・・ ごめんなさい ・・・
きゃ〜〜 重いわあ〜〜〜 綱、一緒にもって ジョー 」
「 ああ 一緒に撞こう 」
「 ええ。 せ〜〜の〜〜〜 」
ご 〜〜〜〜〜 ん ・・・ !
うふふ ・・・ いい年になりますように ・・・
えへ ・・・ 今年も一緒に居られますよに!
このヒトの側に居たい ずっと
ジョーとフランソワーズは 同じ想いをかみしめていた。
*************************** Fin.
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Last updated : 01,01,2019.
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************ ひと言 **********
明けましておめでとうございます。
なんてことない お正月小噺 です〜〜
まあ こんな具合に 今年もウチの93は
いちゃくちゃ ふんわり らぶらぶです ♪