『 北方紀行 ( きたゆき ) 』
「 わあ〜〜 真っ白よ! ねえねえジョ−、見て見て! まだ雲の中なのかな〜って思っていたら・・・
ほら! 雪だったのよ。 うわあ・・・・ どこもかしこも 真っ白・・・! 」
「 ・・・ フランソワ−ズ・・・ ほら、ちゃんと座れよ。 」
ジョ−は苦笑しつつ ず〜っと窓に張り付いている彼の恋人の腕を引いた。
彼女はこの短いフライトの間中、ほとんど窓の外の光景に目を奪われ通しだったのだ。
「 ベルト着用のサインもでているし・・・ もうすぐ空港だ。 」
「 え? ああ、そうなの? そうね・・・どんどん高度を下げているものね。
あ! ねえ、みえたわよ、あれが丘珠空港・・・・? あら。 随分小さい空港ねえ。 」
「 わかったから・・・ほら〜前、向けよ。 アテンダントさんが困ってるぜ。 」
「 あ・・ん。 わかったわよ、ちゃんと座ります。 ・・・ わあ・・・降ってる・・・! 綺麗ねえ。 」
彼女はなんとかシ−ト・ベルトを装着したものの、相変わらず半身をねじ向け熱心に
窓から外を眺めている。
「 フランソワ−ズってば。 ここはきみの故郷とだいたい同じくらいの緯度なんだ。
雪って・・・ そんな大騒ぎすることじゃないだろ? その・・・北方面には何回か行ったじゃないか。
それにフライトは もうそれこそ何十回 ・・・ 」
「 それは ・・・ そうだけど。 でもね、 こんなに可愛い空港や飛行機は初めて。
雪もね、ウチの近くでは全然降らないでしょう? 」
「 ああ、この地域ではジェット機は別の空港がメインになっているからね。
国内便はこっちを使うのが多いらしいよ。 この季節、もうすっかり真冬だねえ・・・ 」
ジョ−もついにつられて窓越しの雪景色に目を向けた。
「 ね? 綺麗よね。 雪って・・・ 白いだけじゃないのね。 雪の影がグレ−になっていてとっても
神秘的だわ。 ああ・・・ 来てよかった・・・! 」
フランソワ−ズはすっかり感激している様子だ。
そんな彼らをキャビン・アテンダントさんを始め 回りの乗客達は恋人同士か新婚旅行か・・・と
微笑ましく眺めているようだ。
「 どうぞ、奥様も・・・ 」
空路途中でのティ−・タイム、アテンダントさんは そう言ってフランソワ−ズにクッキ−のトレイを
差し出していたっけ・・・
ジョ−は唇にこみ上げてくる笑みを 隠すのに骨を折っていた。
ふふふ・・・ 本人はどうもまったく気が付いていないらしいなあ。
ま、 それが彼女らしいトコだけど、さ・・・・
「 あの、な。 感激の最中に水をさすようで申し訳ないんだけど。 一応、<仕事> だぞ? 」
「 あら・・・ええ、勿論。 ちゃんとわかってます。
でも ・・・ 博士の<助手> でしょう? なんとか調査のお手伝い・・・ 」
「 そうさ。 本当に <なんとか>調査さ。 博士から伺ったけど、どうもなあ、実態がイマイチ?
信じがたいっていうか・・・ ガセじゃないか・・・って気分が強いよ。 」
「 そうねえ・・・博士はまだ調査の内容を詳しくは教えてくださらないわね。 」
「 う〜ん・・・というか、博士ご自身も充分な情報があるわけじゃないらしいんだ。
・・・ ねえ、博士? そうですよねえ。 ・・・あれ? 」
ジョ−は座席から伸び上がり後ろを振り向いたが ・・・ すぐに座ってしまった。
「 どうしたの ジョ−? 」
「 いや。 博士、お昼寝タイムだった・・・ 」
「 まあ・・・ ふふふ、それじゃそろそろお起こししなくちゃね。 」
がくん・・・! と機体がゆれ、すう〜っと身体全体が下がってゆく。
二人には慣れ親しんでいる軽い衝撃とともに国内便のスマ−トな機体は無事に空港に舞い降りた。
「 はい、郵便です。 え〜と・・・これは博士。 学会の広報とお手紙と・・こっちはジョ−の雑誌。
いっぱいあるわねえ。 ・・・あら、でもこれってDMだわ・・・捨てちゃう?
ううん、でも一応帰ったら渡しましょう。 あとは ・・・ わたし宛だけど・・・やだわ、広告ばっかりじゃない。
お手紙は・・・っと・・・ あ・・・! Mのバ−ゲン〜〜 よかったわ〜
ポアントがもうあと2足しかないのね・・・ 」
フランソワ−ズが郵便物を抱えて 日溜りのリビングに戻ってきた。
いよいよ寒さも本番を迎える頃になったけれど、 ギルモア邸のリビングは温かな陽射で満ちている。
崖ッぷちに建つすこし古びた洋館に見えるのだが、この地域はもともと温暖な気候に恵まれている上、
博士ご自慢のソーラ−・システムと建物全体の設計により、冬でも快適にすごせるのだ。
もちろん <彼ら> には暖房はあまり必要ないのだけれど・・・
ギルモア邸は自然の恵みをふんだんに取り入れかつ微妙な四季の変化も楽しめる設計になってる。
「 おや・・・ 今朝は冷えるのかの。 こんなに日が照っておるのに・・・ 」
フランソワ−ズから郵便物を受け取り、 博士はふ・・・っと彼女の顔をみつめた。
「 え? そうですわね〜 朝はやっぱりすごく寒かったですけど・・・ 今はまあまあかしら。 」
「 そうか・・・ お前の指がたいそう冷たかったのでなあ。 風邪、引かんようにな。 」
「 あら・・・ 全然気が付きませんでしたわ。 はい、大丈夫ですよ。 」
ジョ−は出勤し、フランソワ−ズは一通りの家事をおえ、やれやれ・・・とリビングのソファに腰を下ろした。
現在、この邸に暮らすのは 博士とイワン、 そしてジョ−とフランソワ−ズ。
二人の<関係>は相変わらずで、未だに なが〜い春 を続けている。
「 ほう・・・ そうか・・・なるほどなあ・・・・ ふん? 」
博士は届いた郵便物を開け、ざっと目を通し始めた。
あ〜あ・・・ ちょっと一息・・・ お茶でも入れましょうか・・・
そうだわ! アルベルトから届いた林檎、今日のオヤツは焼き林檎にしようかな
フランソワ−ズもバ−ゲンのお知らせなどとひろげつつ 冬の陽射しを楽しんでいる。
穏やかな冬の午前中、 時計の針も居眠りしそうだった。
「 ・・・なに? なんじゃと?? 」
「 はい? 博士、どうかなさいました? 」
博士の声に フランソワ−ズはびっくりして顔をあげた。
「 あ・・・ いや、すまん、すまん ・・・ あんまり突飛な手紙なのでなあ・・・つい・・・ 」
「 なにか ・・・ そのゥ 怪しい内容なのですか?
伺ってもいいかしら、 どなたからのお手紙ですの? 」
「 ああ・・・心配はいらんよ。 そんな ・・・ 物騒な方向ではないので、な。 」
博士は真剣な顔で見つめているフランソワ−ズに うんうん・・・と頷いてみせた。
「 そうなんですか・・? それならいいのですけど・・・ また、なにか・・・
ほら。 いつかの恐竜をみつけたって・・・ジョ−達をおびき出した事件がありましたわ。 」
「 そうだったなあ・・・ うん、しかしな。 この手紙のヌシ、 左京クンとはなあ、
考古学が専門で遺跡の発掘やら調査を専らとしておるんじゃ。
確か ・・・ ずっと北の地域で活躍していると聞いておったのじゃが・・・・ 」
博士は眼鏡を掛けなおし、手元の手紙を読み直している。
「 その方が ・・・ なにか? 」
「 うん ・・・ 世紀の大発見かもしれんので是非調査を頼みたい、と言って来おった。 」
「 その考古学の博士が どうして? ギルモア博士とは全然はたけ違いじゃありませんか。 」
「 それがワシも一番解せんのじゃ。 はて・・・? 」
「 だって そもそもどうしてお知り合いなのですか? 」
「 おお ・・・ 彼とコズミ君とワシと。 あはは・・・ 碁敵なんじゃ。 」
「 ご? ああ、あの日本のゲ−ム・・・ それで・・・。 じゃあ、碁のご招待なんですか? 」
「 いやいやいや・・・ その彼がの、なにかとてつもないものを発見した、いや・・・
発掘したから 是非調査に協力してほしい、と言ってきたんじゃ。 ?
「 調査ってなんの調査ですの? 考古学の発見に博士のお力が必要なのですか。 」
「 どうもそのようなんじゃが。 一体、なにを発見したのだろうなあ? 遺跡か化石か・・・
もっとも、彼も仔細は書いてきておらんのじゃ。 」
「 それじゃ行きましょうよ。 ええ、わたし、北の地域って憧れてますの。 」
「 う〜ん・・・ しかしこりゃ・・・かなりの奥地じゃぞ? 発掘現場はえらく寒そうじゃ。
北海道の・・・ これは山の中じゃないかなあ? 」
博士は封書をひっくりかえし、住所を調べている。
「 平気ですわよ。 なんだかちょっとわくわくしますね? 北の大地に眠る遺跡とか・・・
自然に中に長い長い間眠っていた・・・ 何なのかしら。 」
「 ほう・・・ そういう方面に興味があるのかな? 」
「 だって ちょっとロマンチックじゃありません? あ、いけない!まずはジョ−に連絡をとらないと・・・ 」
「 おお、よろしく頼むぞ。 」
「 はい。 ・・・ああ、 お茶が冷めてしまうわ。 どうぞ? 」
「 ありがとうよ。 ・・・ フランソワ−ズ。 お前、本当に最近綺麗になったなあ。 」
ゆらゆらのぼるいい香りの湯気ごしに 博士はにこにことフランソワ−ズを眺めている。
「 え・・・ まあ、いやですわ。 博士ったら・・・ そんなからかわないでくださいな。 」
白い頬がぽ・・・っと薄薔薇色に染まってゆく。
なによりも その頬に、その口元に 浮かぶ笑みが素晴しい。
ほう・・・ っと博士は思わず感歎の吐息を洩らす。
「 からかってなぞおらんわい。 ・・・ お前の優しい笑顔に優るものはないよ。
その笑みのモトは・・・アイツなのかな。 」
「 もう〜〜 博士ったら〜〜 ええ・・・ でも。 ジョ−だけじゃありません。
こうやって <家族> で静かにのんびりと暮らしてゆけるから ・・・かもしれませんわ。 」
「 ・・・ 家族 ・・・ ? 」
「 ええ。 朝、 起きて。 食事の支度したり、お洗濯やらお庭の掃除をして。
こうやってちょっとのんびり、届いたお手紙を読んだり・・・ こんな当たり前の暮らしって
ず〜っとず〜っと・・・ <戻りたい>って望んでいたものですもの。 」
「 ・・・ そうか・・・ 」
博士の顔に すう・・・っと灰色の影がかかる。
手元のティ−・カップがソ−サ−の上で ちりり・・・と微かに鳴った。
「 博士。 わたし・・・ 気にしていない、と言うことはできませんけれど。 でも。
捕らわれてはいません、とはっきり言えますわ。 ・・・いつまでも過去のドレイじゃあないですもの。 」
「 ・・・・・・・・ 」
老人ははっとしてこの女性を見つめた。
「 わたしは、 今の生活が。 博士やイワンや。 そして ・・・ ジョ−と。 一緒に暮らす毎日を
こころから愛しいと思っていますわ。 」
「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ ああ ・・・・ 」
・・・ なんと 自然の笑みの素晴しいことよ・・・
まさに これは神の御業 ( みわざ ) ・・・ 人智の及ぶところではないわい・・・
博士はいま ほれぼれと目の前に微笑む乙女に見惚れていた。
「 じゃ・・・ 早速ジョ−に連絡して。 え〜と・・・エア・チケット、予約しましょう。 」
「 そうじゃなあ。 皆で左京クンの <すごい発見> とやらを見物に行こうかの。 」
「 ええ! うわ〜〜 楽しみだわ。 雪って本当に久し振り〜〜♪ 」
フランソワ−ズは大はしゃぎだった。
そして ・・・ ジョ−がまだ知らないうちに着々と<北ゆき>の計画は進んでいった。
「 あらあ・・・ なんだか随分閑散としているわねえ・・? そろそろスキ−・シ−ズンで・・・
混んでいるのだろうな〜って思っていたのに。 」
「 だからさ。 普通、本土からくる客は千歳の方に流れるんだ。 人気のスキ−場も
あっちからの方が便利だからね。 」
「 そうなの・・・ ふうん ・・・ 」
降り立った空港のタ−ミナルで フランソワ−ズはきょろきょろと辺りを見回していた。
「 どこかに・・・ 売店、ないかしら・・・ 」
「 売店? なにか忘れものでもしたのかい。 」
「 ううん、お土産よ。 イワンに・・・ 白くまサンとか北きつねサンの縫い包みでも・・・って思って。」
ス−パ−・ベビ−はあいにく <夜の時間> の突入しており、
張々湖飯店で <お留守番> と相成っていたのである。
「 う〜〜ん ・・・ それって・・喜ぶかなあ・・・・ 」
「 あら。 いいのよ、気にいらないならわたしが貰うから♪ あ・・・! あそこに見〜つけ!
ちょっと待っていてね、ジョ− 」
「 あ・・・! もう・・・ 左京博士のチ−ムから迎えのヒトが来てくれているのに・・・ 」
売店めざしぱっと駆け出し行ったフランソワ−ズの後姿を ジョ−は苦笑半分・可愛さ半分・・・
彼自身多いに楽しんで見つめていた。
「 ほっんとうに ・・・ いつもまでもコドモだなあ・・・ 」
「 おおい・・・ ジョ−? どこじゃ〜〜 おおい・・・ 」
「 あ・・・いけない! 博士〜〜 ココですよ、今 戻ります。 」
ジョ−は大声で返事をすると送迎ロビ−へ 大股で歩いていった。
「 ほい、どこへ行っておったんじゃ? あれ、フランソワ−ズは? 」
「 すみません、博士。 彼女 ・・・ お土産選びに飛んでいっちゃいましたよ。 」
「 土産?? 」
「 ええ。 クマとかキツネの縫い包みが欲しいんですってさ。
一応 イワンへのお土産〜なんて言ってましたけど。 あれは本人が欲しいんだな。 」
「 縫い包み・・・?? 」
「 ふふふ・・・ お嬢様は動物好きでいらっしゃいますのね。 」
若い女性が 博士の脇でクスクス笑っている。
スノ−・ス−ツのフ−ドから長い黒髪がこぼれ、黒目がちな大きな瞳が印象的である。
「 お嬢・・・って・・・あ、え〜と?? こちらは・・・ 」
「 お、紹介せんといかんな。 こちら 滝沢レミさん。 左京博士の助手さんじゃ。
レミさん、これは島村ジョ−。 ワシのところの助手です。 」
「 どうぞよろしく。 島村ジョ−です。 」
「 こんにちは。 滝沢です。 あの・・・ ギルモア博士のお嬢さまはなんと仰いますの。 」
「 ・・・・は・・・あ あの・・・ 」
「 いやあ〜〜 あのジャジャ馬娘はフランソワ−ズといいましてな。
この・・・島村はフィアンセ、ということに・・・ 」
「 ・・・え!? ( ・・・いて・・・! ) 」
ジョ−は一瞬声を上げてしまったが すぐに口を噤んだ。
博士の足がどっかり!と彼の靴を踏んづけたのだ・・・!
「 まあ〜そうなんですの? 素敵ですわねえ。 じゃあ今回の雪国はプレ・ハネム−ンですわね♪ 」
「 は、はねむ〜ん・・・・!! 」
「 空いているお時間には観光なさるといいですわ〜〜 ロマンチックな場所、お教えしますよ。 」
「 は・・・ はあ。 あのう・・・ 」
「 ヨロシクお願いしますよ、レミさん。 もう・・・コイツは朴念仁でなあ。 」
「 ふふふ・・どうぞお任せくださいな。 ええと、そろそろ出発したいのですが・・・ お嬢さま? 」
「 あ。 ぼく、呼んで ・・・ 」
ジョ−が 送迎ロビ−を出ようとしたときに・・・
「 お待たせ! やっと見つけたの♪ ほら、白クマさんと北キツネさんよ ♪ 」
「 フランソワ−ズ・・・! 」
「 あら、お戻りになりましたのね。 それじゃあ〜 参りましょうか。 」
「 おお、そうじゃな。 左京君を待たせては悪いからのう。 ああ、フランソワ−ズ・・・
こちらは滝沢レミさん。 左京博士の助手を務める方だよ。 」
「 まあ、そうですの。 フランソワ−ズといいます。 どうぞよろしくお願いします。
ふふふ・・・ 今回わたしは完全に <おまけ> なんです。 調査のお邪魔はしませんから・・・ 」
「 北国へようこそ、お嬢さん。 島村さん? それじゃあ 後で・・・いろいろご相談しましょう。 」
「 あ・・・ ああ・・・・ はい。 」
レミに話を振られ、ジョ−はどぎまぎしてしまった。
彼はこの場で出来上がってしまった < 一応の・人間相関図(仮) > について
どうフランソワ−ズに説明しようか思案にくれていたのである。
・・・ 博士も乗るなあ・・・。 別にいいけど・・・
早いトコ、脳波通信で伝えておかなくちゃな。 う〜ん・・・と・・・
自然とジョ−は焦点の合わない視線をたまたま向かい側に立つレミ嬢に向けていた。
黒髪・黒目の、にこにこしている女性に・・・
あら。 ・・・ ジョ−ったら。 あんなに熱心に ・・・ 彼女を見つめているわ。
・・・ 黒髪、か。 黒い瞳・・・ね ・・・
・・・ カサリ ・・・!
フランソワ−ズの手から 縫い包みの包みが転げおちた。
「 ああ、 お嬢さん? お土産が落ちましたよ。 お気に入りは見つかりまして? 」
「 え・・・あ。 え、ええ・・・まあ・・・ 」
フランソワ−ズは曖昧に返事をし、あわてて身を屈めた。
ぽと ・・・
足元に落ちた水玉を 彼女はさり気なくブ−ツの下に隠した。
「 それじゃ・・・参りましょう。 ああ、お荷物はこのカ−トですね? 」
「 あ! それはぼくが運びますから。 パ−キングまでご案内ください。 」
ジョ−が慌てて一行のス−ツ・ケ−スが乗ったカ−トを押し始めた。
「 まあ すみませんです、お客さまに・・・ でも助かりますわ。 あ、こっちですの。 」
ジョ−とレミは並んで エア・タ−ミナルのコンコ−スを進んでゆく。
「 ほい、フランソワ−ズ? どうしたね、出発するぞ。 」
「 あ・・・ はい・・・ 」
フランソワ−ズは縫い包みのつつみを抱き締めたまま、立ち尽くしていたのだ。
「 うん? なにか気になることでもあるのかな。 ああ・・・すまんなあ、話の行き掛かりで
お前のことを娘だ・・・ということになってしまって・・・ 」
「 ・・・あ、あら そんなこと。 全然かまいませんわ。 だってわたし、博士の一人娘でしょう?
ねえ お父様、行きましょうか。 」
「 ふふふ・・・ そうじゃな。 おや・・・お前、また手が冷たいぞ?
どこかで革の手袋でも誂えるかな。 スウェ−ドのでもあるといいがのう。 」
「 わ♪ 嬉しいわ〜〜 ありがとう、お父様♪ 」
「 ははは・・・ こりゃ ワシこそ役得じゃ・・・ 」
ぱっと腕を組み、フランソワ−ズは博士の頬にキスをした。
おや。 ・・・ なにかあったのか。
随分と緊張しているのではないか・・・ 身体が強張っておるぞ??
表面、微笑みを浮かべてはいたけれど。 彼女の揺れるこころに博士はちゃんと気がついていた。
「 おお〜〜い? こっちですよ〜〜 外に出る前にちゃんとフ−ドを被って・・・
マフラ−と手袋もお忘れなく。 」
ジョ−がレミと一緒に出口脇で <父娘> を待っていた・・・・
「 はぁい〜〜 今、行きます。 お父様、ほら、ちゃんとコ−トの前、とめて? フ−ドはここよ。 」
「 おお ・・・ すまんな。 お前も・・・ほら、マフラ−がはみ出しておるよ。 」
「 あ・・・ ありがとう、お父様。 よいしょ・・・ 」
あれ? ああ・・・博士が説明してくれたのかな。 よかった〜〜!
それじゃ ぼくはここでは彼女の フィアンセ ってわけだ。
ジョ−は幾分気が楽になり、自然な笑みが唇に浮かんできた。
「 ここからスノ−・モビルで行くそうです。 ああ、ぼく 運転しましょうか? 」
「 いいえ、大丈夫ですわ。 慣れた道ですもの。 それに初めての方にこちらの雪は手に負えません。 」
「 え〜〜 そうなんですか? ぼく、あまり雪道は走ったことがなくて・・・
そうだ、後で教えてくださいませんか。 」
「 ええ、ええ 喜んで。 ・・・ふふふ・・・ドライブでもいかが。 」
「 いやあ〜〜〜 そこまで出来るかなあ 〜〜 」
・・・ ジョ−ったら・・・ また・・・
フランソワ−ズはさり気なくゴ−グルを装着した。 ・・・ 涙をみられたくなかったので・・・
雪塗れの移動だったけれど フランソワ−ズはほっとしていた。 ・・・ 笑顔でなくてもよかったので・・・
「 やあ! ようこそ〜〜 お久し振りですなあ、 Dr.ギルモア! 」
「 おお、左京クン! いやいや・・・元気そうでなにより・・・ 」
「 いや〜〜 遠いところ ご足労をおかけしまして申し訳ないです。 」
スノ−・モ−ビルを降りると ダウン・ジャケットをしっかり着込んだ小柄な人物が駆け寄ってきた。
フ−ドの下の眼鏡しか見えなかったが 親しげな声で一行を迎えてくれた。
「 ささ・・・・まずは宿舎の食堂へどうぞ。 雪の中、冷えてしまわれたのではないですか。
熱いコ−ヒ−でも・・・ 」
「 それは ありがたい! ・・・ こちらの寒さは質が違いますな。 」
「 おやおや・・・ もっと寒さ厳しいお国に方が何を言われるやら。 」
「 ははは・・・そうなんですがな、もう現在の棲み処に馴染んでしまいましてのう・・・
ひさびさの雪国に身体がびっくりしておりますわい。 」
「 ふふふ・・・まあ、ゆっくり温まってください。 <発見> な逃げませんのでな。 」
「 ほう・・・ではあとのお楽しみ、ということで・・・ ああ、紹介しておきます。
彼はワシの助手でして 島村ジョ−。 これは・・・娘のフランソワ−ズ。 」
「 初めまして。 ヨロシクお願いします。 」
「 コンニチワ。 」
「 おお おお・・・・こちらこそどうぞよろしく。 いやあ〜〜 ギルモア君にこんな美しいお嬢さんが
いられたとは・・・ さ、どうぞどうぞ。 」
左京博士は先頭に立って一同を山間の宿舎に案内していった。
「 ここは ・・・ なにか ― スキ−場ですか? 開発中のようですね。 」
ジョ−は降りしきる雪を透かして周囲を見回した。
山裾を利用したかなり広範囲なスロ−プがひろがりその周辺には工事中の建築物が多くあった。
「 そうなんですよ。 スキ−客目当てのロッジやらホテルの建設を始めていて・・・
<古墳> にブチあたった、という知らせが来ましてな。 」
「 古墳、ですか。 」
「 いや 正確には 埋蔵物 とでも言うべきなのでしょうが・・・ 」
「 埋蔵物・・・ 金とか遺跡、ですか。 」
「 う〜ん ・・・ ま、ともかく後ほど 直接ご覧ください。 ともかく宿舎のほうへどうぞ。
うわ・・・吹雪いてきましたな、この寒さはどうもね・・・ 」
「 お・・・うわっぷ・・・ おっと・・・ 」
「 博士! 大丈夫ですか? ぼくにつかまってください。 」
「 おう・・・ありがとうよ・・・ フランソワ−ズは? 」
「 博士。 彼女だって003なんですよ? この程度の雪は なんともないはずです。 」
「 そうなんじゃが・・・ 少々気になってな。 ジョ−、ちゃんと気を配ってやれよ。 」
「 はあ・・・ あ、そこ・・・気をつけて・・・ 」
「 お・・・っとォ・・・ こりゃ早く屋内に入ろう。 」
重く垂れ込めていた灰色の空から 急に横殴りの風が雪を叩きつけてきた。
たった今まで見えていた景色が たちまち白い帳に覆われてしまう。
一同は大急ぎで宿舎に向かった。
「 ふう・・・ まったく急に吹雪くのですからな。 堪りませんワ・・・ ああ、もっと火の近くへ!
こんな原始的な暖房器具しかなくて申し訳ない・・・ 」
「 いやいや・・・懐かしいですなあ、ダルマ・スト−ブですか。 うん、やはり火は暖かい・・・ 」
「 部屋の方にはちゃんと石油スト−ブがありますから、ご安心ください。 」
「 さあ、皆様、熱いコ−ヒ−をどうぞ。 これで少しは温まるとおもいますわ。 」
レミが湯気のたつカップとポットを運んできた。
「 わあ・・・ いい香り。 コ−ヒ−の香りと・・・これは火の香り、かしら。 」
フランソワ−ズはスト−ブの脇でじっと炎を見つめている。
「 火の香り、ですか。 いやあ〜 お嬢さんは素敵なことをおっしゃる・・・
火には不思議とヒトを活性化する力がありますな。 ・・・逆に魔性のものを祓います。 」
「 おや、左京君。 考古学を極めてゆくとソチラの方に向かいますかな。 」
「 いや・・・ この雪ですから。 雪女でもドアを叩きそうですよ・・・
実は・・・ココでの<発見>は どうもその類な気がしているのです。 」
「 その類・・・? 雪女でもみつけたのですか?? 」
ジョ−が驚いて口を挟んだ。 彼はフランソワ−ズが気になって会話にあまり加わってはいなかった。
・・・ どうしたのかな。 空港ではあんなにはしゃいでいたのに。
顔色も冴えないし ・・・ 笑顔がないよ。 彼女の笑顔が・・・
ジョ−はスト−ブの側にいる彼女をじっと見つめていていた。
フランソワ−ズの隣に座っているレミが 立ち上がり声をかけた。
「 島村さん? コ−ヒ−の御代わりはいかが? 暖めなおしですけど熱々ですわ。 」
「 あ・・・ どうも・・・ それじゃ・・・もう一杯。 」
「 はい。 カップをどうぞ・・・ 」
「 ああ、ぼく、自分でやりますよ。 かなり熱くなっているから・・・危ないです。 」
「 あら 恐れ入ります。 皆さん、コ−ヒ−、御代わりですよ? 」
ジョ−はスト−ブの上で湯気を上げているポットを取り上げると 皆のカップに注いだ。
「 フラン? ・・・ きみも。 おい、 フランソワ−ズ・・・? 」
最後にフランソワ−ズのカップを覗いたが、彼女はぼんやりと炎を見つめている。
「 ・・・あ ・・・ ああ。 ええ、ありがとう・・・ジョ−。 ・・・あ? 」
フランソワ−ズは ぱっと顔をあげた。
《 ・・・ ジョ−。 だれか ・・・ 来る。 》
いきなりジョ−の頭の中に彼女の声が響いた。
「 え・・? あ・・っと。 《 ここの所員じゃないのかい。 こんな吹雪だから・・・ 》
《 ・・・ ううん・・・違うわ。 裏の山の方から来たの。 オトコのヒト。 毛皮のコ−トよ、立派な・・・ 》
《 ふうん・・・ 誰だろう? この付近に住んでいる人なんかいるのかなあ。 》
《 わからないけど・・・ なにも危険なモノは持っていないわ。 ・・・でも・・・ 》
《 ・・・でも? 》
《 ・・・ええ ・・・ でも・・・なんだか イヤなカンジ・・・ 》
《 イヤなカンジ? 》
ドンドン ・・・ ドン ・・・ドン
フランソワ−ズとジョ−の <おしゃべり> が終らないうちに宿舎のドアがノックされた。
「 それで、ですなあ・・・ ん? 今、確か・・・ドアが? 」
「 ええ、博士。 誰かまだ外にいましたか? 」
左京博士とレミが顔を見合わせている。
「 いや。 もう全員戻っているはずだぞ。 この吹雪だし・・・ 」
「 あら、また。 ちょっと見てきますね。 」
「 あ・・・ ああ。 雪女・・・? 」
「 いやですわ、博士ったら、そんな。 こんなスト−ブ、使ってますけどもう21世紀なんですから。 」
レミは気軽の席をたった。
ジョ−もそっと立ち上がり 何気なく彼女の後ろに控えた。
「 ・・・ どなたですか? 」
「 この ・・・ です ・・・ すみません ・・・ けてくだ ・・・ 」
ドアの向こうからの声は吹雪の音に紛れてしまい、切れ切れにしか聞こえない。
「 どうしましょう? 博士・・・ 」
「 うむ・・・ ともかく入れてやりなさい。 まさか雪女というわけでもあるまい・・・ 」
「 はい。 ・・・え? 」
「 ぼくが。 レミさんはどうぞ下がっていてください。 ほら、吹き込みますよ?」
ジョ−がすっと進み出るとドアの前に立った。
大丈夫・・・と彼は目顔でギルモア博士に頷いてみせた。
《 ジョ−。 大丈夫よ。 ・・・ <見た>けれど。 普通のヒト、100%生身の人間よ。 》
《 そうか。 それじゃ ・・・ きみも念のためスタンバイしておいてくれ。 》
《 了解。 》
カチリ・・・とス−パ−ガンの安全装置を外す音が ジョ−の耳にだけ届いた。
もちろん彼自身も とっくに同じことをしていた。
「 開けますよ。 ・・・ どなたですか。 」
ぶわ・・・っと雪が舞い込んできた。 一緒に長身の人物が転げ込んだ。
「 うわ・・・・ ああ・・・ 助かった・・・! 」
「 大丈夫ですか? 」
「 あ・・・ ああ。 なんとか・・・ 」
そのオトコはジョ−に助け起こされ よろけつつ立ち上がった。
毛皮のコ−トは雪塗れだったけれど、特に怪我をしている様子でもない。
「 ・・・ 失礼だが。 どなたさんですかな。 この辺りに人家はないと思ってましたが。 」
「 ・・・おう、失礼しました。 下のホテルに泊まっておるのですが。 ちょっと散歩に出て・・・
吹雪くとは思わなかった・・・! 」
「 ほう? 下のホテルに? ・・・ここまでかなり距離がありますが。 なんのご用事ですか。
ここは遺跡調査チ−ムの宿舎で なにもありません。 」
「 いや・・・ ただの散歩です。 吹雪で迷ってしまっただけです。 」
「 ・・・ そうですか。 では ・・・ 吹雪が収まるまで、どうぞ? 火の前で温まってください。 」
「 すみませんな。 失礼します。 あ、私は花角といいます。 」
花角氏はコ−トから雪を落とすと スト−ブの側に座った。
《 ジョ−。 この人・・・ウソを付いているわ。 この人、裏山の方から来たもの 》
《 なんだって? ・・・う〜む・・・ なんなんだ? 強盗でもなさそうだし・・・》
《 そうね。 でも、なにか・・・イヤなカンジ・・・ 》
《 気を抜くな。 ぼくも気をつけているから。 》
《 了解。 》
「 ・・・と、話が途中になりましたが。 ともかく吹雪が少し収まったらご案内しましょう。
ええ、見つかったのは 雪女 なのです ! 」
「 ・・・は・・・? 」
左京博士の意気込んだ発言に、しかしレミ以外の全員は少々唖然としてしまった。
火の燃える微かな音とドアごしの吹雪の唸りだけが し・・・んとした部屋に響く。
えへん・・・と咳払いをし ギルモア博士が遠慮がちに口を開いた。
「 その・・・ですな。 雪女の調査に ・・・ワシの意見が必要ですか・・・?」
「 あ! いやいや・・・ これは私の言い方が拙いです!
雪女そのものではなく・・・雪女のように美しい女性体、なのです。 」
「 女性 ・・・体、ですか。 それは・・・ ミイラとかそのような?
随分以前じゃがシルクロ−ドの近辺で楼蘭の美少女、と有名になったミイラがありましたが・・・ 」
「 いや。 それは死体ではないのです。 」
「 え?? では ・・・ ? 」
「 しかし 生きてもいない。 そう ・・・ 眠れる美女・・・なのです! 」
カチャン・・・ !
全員がは・・・・っとその音のした方を見つめた。
「 あ・・・失礼。 スプ−ンをソ−サ−に落としてしまった・・・ 」
花角氏がぼそり、と謝った。
「 は・・・ なんだ・・・ いや、それで。 その<美女>についてご意見を伺いたくて・・・
これは考古学、というより、ギルモア博士、 あなたのご専門の生体工学の範疇かとも
思ったのですよ。 」
「 ・・・ それは。 まさか・・・ その女性体は・・・ 改造人間 ( サイボ−グ ) だと? 」
「 ・・・そうです! その、まさか、です。 」
「 ・・・・・・ 」
突然、 皆が口を噤んでしまった。
左京博士とレミと、 ジョ−達一行の沈黙はぜんぜん意味がちがっていたが
誰もが息をのみ、 言葉を失っている。
ヒュウ ・・・・・ ヒュウ ・・・ ガタ カタカタ・・・カタ
白い帳が宿舎を覆い 音まで凍えて暴れまわっていた。
あ。 ・・・ また 見てる ・・・・
フランソワ−ズは背筋にぞくり・・・とイヤな感覚が走った。
そう・・・ さっきからどちらを向いても、コ−ヒ−を注ぎ立っても。 ひとつの視線が執拗に追い回してきていた。
それもかなり不躾で、 舐めるように彼女の顔を手をそして ・・・ 身体を見つめている。
・・・ 誰? ジョ−・・・? ううん、ジョ−はこんなイヤな感じ、しないもの。
部屋のすみっこからね。 さっきまでこんな視線はなかったのに・・・ あ・・・ あのヒト?
その部屋の角には 毛皮のコ−トを半分ひっかけ一人の男が座っていた。
吹雪の中から現れた闖入者 ― 花角氏、は寡黙で控えめな態度だった。
彼自身、招からざる客としての存在を充分に感じ取っているだろう、ひっそりとテ−ブルの端に座を占めていた。
左京博士の話に口を挟むことももちろんしてはいない。
しかし 彼が全身を耳にしていることは 容易に推察できるのだった。
そのオトコが じろじろとフランソワ−ズを眺めているのである。
わたしが珍しい・・・からじゃないわ。 好奇心とか関心とか・・・そんなものじゃない。
・・・ この視線 ・・・ そうよ、前にもどこかで・・・
フランソワ−ズはリラックスし、左京博士とギルモア博士の会話を熱心に聴いている風を装った。
ジョ−は たまたま彼女の向かい側に座っていたので、合図もできなかった。
「 ・・・あら? フランソワ−ズさん、お寒いですか? 」
「 あ・・・え、ええ。 ちょっとだけ ・・・ 」
こそ・・・っと隣のレミに身体を近づけたのだが、 彼女は敏感に気がつき声をあげた。
「 そうですわね・・・随分冷え込んできましたのもね。 博士、そろそろ・・・ 」
レミは熱弁をふるっている左京博士に遠慮がちに言った。
「 それで・・・ですな・・・ うん? どうしたね、滝沢クン? 」
「 あの・・・ お話中申し訳ないのですが・・・ お嬢さんがお寒いらしくて。 今晩はそろそろお開きに
いたしませんか。 」
「 あ・・・おお! これはすまんですな〜 もうこんな時間ですか。 いや〜〜申し訳ない!
つい夢中になってしまいまして・・・ それじゃ、簡単ですが夕食にしますか。
あ〜 きみ? 花・・・クン? たいしたモノはありませんが一緒にどうですか。 」
気のいい左京博士は 片隅につくねんと座っている男にも声をかけた。
「 あ、いえ。 それはいくらなんでも。 私は熱いコ−ヒ−とこの場所を拝借できればそれで充分。
吹雪が収まりしだい、失礼いたしますよ。 」
「 そうかの? それじゃ ・・・ しかしこの吹雪はまだ当分収まらないと思いますが。
ここでよければ泊まっていかれても結構ですよ。 」
「 忝い。 しかし 小止みになったら退散しますので・・・ 」
花角氏は慇懃に礼を述べたが どこか白々しい雰囲気が漂っていた。
・・・このヒト。 本当になんなの・・・?
かなり立派な身なりをしているけれど・・・なぜわたしをじろじろみるの
容姿に恵まれたフランソワ−ズは どこへ行ってもそれなりに注目の的なのだ。
特にこの国ではまだ彼女のように金髪碧眼の見るからに ガイジン は目立つ存在である。
好奇の視線、羨望の視線 そして 少々下卑た好色な視線 ・・・
彼女はもうそんなものには慣れてしまっていた。
他意はなく、一瞬彼女の上にとどまり、せいぜい30秒くらいで離れてゆく・・・
こちらもさらり、と受け流すのがいつのまにか習性になった。
しかし。
花角氏のソレは 執拗で粘っこく、しかも冷徹なのだ。
・・・ あ! ・・・ これ。 あの基地での視線と同じだわ。
わたしを わたし達を実験体として眺めまわしていたBGの科学者たち・・・!
フランソワ−ズの背に ぞくり、と悪寒が這い登ってきた。
「 ・・・ ジョ−・・・ あの・・・。 わたし、すこし気分が悪いの。 お先に引き取ってもいいかしら。 」
「 え? あれえ・・・本当だ、顔色が悪いよ? やっぱり寒かったのかなあ・・・ 」
「 あらあら・・・これは申し訳なかったですわね。 それじゃ・・・博士。 皆様にも
一旦お部屋の方にご案内しますわね。 」
「 おお、おお。 そうしてください。 花・・・クン? 申し訳ないが火の管理をお願いします。 」
「 はい。 」
一同は 花角氏を置いてぞろぞろと二階の宿舎へ上がっていった。
「 ・・・ ジョ−・・・? 」
「 あ・・・ 起こしちゃったかな。 どう・・・具合は? 」
ジョ−は二人に割り当たられた部屋にそっと入ってきたところだった。
「 あら。 フィアンセさん達なら同じお部屋でよろしいでしょう? 博士達は徹夜してでも議論を
続けそうですからね。 」
「 え・・・で、でも・・・! 」
レミは笑って真っ赤になっているジョ−とフランソワ−ズを相部屋に案内したのだ。
寒い、とフランソワ−ズはそのままベッドに入ってしまい、仕方なくジョ−だけが夕食に参加した。
「 うん・・・ 大丈夫。 ふふふ・・・ちょっとはしゃぎ過ぎてしまったかしら。 」
「 風邪気味だったんだね。 ちゃんと言わなくちゃ、だめだよ。 」
「 ごめんなさい。 博士がとっても楽しみにしていらしたし。 わたしもね、雪国に来てみたかったの。 」
「 おやおや・・・ でも本当に風邪? 」
「 ・・・ ジョ−。 わたし、 あのヒト、イヤだわ。 ず〜っと・・・そうよ、入ってきた時からじろじろ・・・
わたしのこと、見ているの。 ・・・ 実験体 を見る目、なのよ。 」
「 ・・・ なんだって。 」
「 そう・・・ あの島で。 さんざん見てきた <視線> なの。 わたし達を研究対象物としてだけ、
熱心に眺めるのよ。 そう・・・ モノ扱い。 」
「 それじゃ・・・ あのオトコは? 」
「 わからない。 でも注意した方がいいわ。 あ・・・! 」
突然、 フランソワ−ズはジョ−の腕をつかむと声を上げた。
「 な、なんだ? どうした?? 」
「 あのヒト・・・! 外へ出たわ! まだ外はかなり吹雪いているのに。 真っ暗よ。 」
「 ふん・・・ますます怪しいな。 サ−チしてくれ。 ぼくは後を付けてみる。 」
ジョ−は荷物の中から防護服を引っ張り出した。
「 あ、わたしも行くわ! 待って・・・ 」
「 きみは ! 寝て居ろよ。 風邪がますます悪くなるぞ! 」
「 平気よ! ミッションで治ってしまうわ。 ・・・ ジョ−。 外に出て。 」
「 ・・・ へ??? あ・・なんだよぉ〜〜 」
ジョ−は防護服の上着をひっかけたまま 彼女にぐいぐい部屋の戸口に追いやられた。
「 わたしも着替えるの! ・・・ ジョ−。 レディの前でぱらぱら着替えないでくれる! 」
「 ・・・ あ ・・・あは♪ だってぼく達はフィアンセ同士〜なんだろ。
はいはい、わかったよ〜 今出てゆきますって ・・・ うひょ〜〜〜寒〜〜 」
「 ほら、早く! ・・・あ! あいつ、裏の <遺跡> の方へ行くわよ。 」
へ〜〜っくしゅ・・!!
いささかわざとらしいクシャミが廊下から響いてきていた。
「 ・・・ この奥みたいよ。ずんずん入ってゆく ・・・ 」
「 ふうん・・・ ここが左京博士の言っていた例の <大発見>が眠っているトコだろ?
<眠れる美女>ってね。 」
「 ええ・・・ そうらしいわ。 あ・・・ 奥が広くなっていて・・・棺? 石棺かしら。でもすごく綺麗・・・ 」
ジョ−とフランソワ−ズは吹雪をついて裏山の<遺跡>までやってきた。
花角氏は 迷うことなくずんずんと進んでゆく。
「 あのヒト、何回もここに来ているみたいね。 <迷った> なんてウソよ。 」
「 う〜ん ・・・ぼく達の様子をさぐりに来たのかもしれないな。 」
「 そうかもしれないわね。 あ! 石棺を・・・開けるわ! 」
「 急ごう! 危害を加えられないようにしなければ。 」
「 ええ! 」
二人は足音を潜め洞窟の奥へと進んでゆく。
防護服のブ−ツが踏む床土が 乾いたものへと変わってゆく。
「 なにか・・・言ってるわ。 <オマエは私のもの> < 世界一の美女> 」
「 し・・・。 あそこだ! 」
岩陰に隠れ 二人は花角氏の様子を窺った。
「 さあ・・・目覚めよ! わが美女・・・! 世界一の美女・オーロラよ!
ここに隠しておいたのだが・・・ 公になる前に目覚めよ! 」
先ほどまで ひっそりと部屋の隅に座っていたオトコは 石棺の前の立ちはだかり大声で呼びかけている。
「 ・・・ なんだ? あ! 」
「 え・・ああ?? あれが左京博士の <雪女>ね! 」
「 ああ、そうだね。 眠れる美女 ・・・ 女性体の・・・サイボ−グ・・・? 」
ジョ−達は首を伸ばし 石棺の中を窺う。 その途端・・・
「 そこの二人。 出てきたらどうだね。 お前らの<仲間>を 見せてやろう。 」
さっと花角氏は振り返り彼らに銃の照準を合わせた。
ただの銃ではない。 サイボ−グ用のレ−ザ−ガンらしい。
「 ・・・お前ら サイボ−グだろう! そう・・・NBGの資料で見たぞ・・・
そうだ・・・裏切り者のゼロゼロ・ナンバ−・サイボ−グども! 」
「 それを知っているということは。 お前もNBGの一員だな! 」
ジョ−は後ろ手にフランソワ−ズをかばいつつ じりじりと花角に近づいてゆく。
バシュ・・・ッ ・・・ !
花角の銃がジョ−のブ−ツを掠めた。
「 おっと。 それ以上は近づかんでもらおう。 ・・・ 女! お前を待っていたんだ・・・! 」
「 なんだって・・! 」
花角はジョ−に狙いをつけたまま フランソワ−ズの腕をぐい、と引いた。
「 最後のエッセンス・・・ お前のこの美しさが欲しい・・・! そう・・・お前の微笑みさ!
その微笑みを取り込めば ・・・ コイツは完璧な美女になる・・・! 」
「 ・・・ コイツ・・・? 」
「 そうだ! 私が精魂こめて作り上げた世界一の美女・ オ−ロラなのだ・・! 」
石棺、いや光沢のある御影石の棺のなかには。
雪の肌、輝く金の髪、そして血の唇・・・ <美女> がしずかに横たわっていた。
「 私が! この私が。 美しいもの をすべて集めた! 皮膚も髪も目も口も。 そうして身体も・・!
美しいと評判のオンナたちを浚ってきて ・・・ 作り上げたのだ・・! 」
「 お前は ・・・!!! なんということを!! 」
「 ふん、NBGの命令だったが。 私はすぐに夢中になった。 この手で・・・! 世界一の美女を作るのだ、と! しかし・・・! 」
「 ・・・・ あ・・! 」
「 ふん! この頬に、唇にうかぶ微笑みが! 自然の極上の笑みが ないのだ!
これは目覚めない! 私にミスなど有り得んのに。 これは目覚めないのだ。 」
花角は フランソワ−ズの顔を押さえこむ。
「 だから・・・ この・・・お前の笑みをもらう。
お前の脳を私の美女に使えば ・・・ 完璧になるのだ・・・! 」
「 ・・・ 狂ってる・・・! 」
「 ふん! 何とでも言うがいい。 どうせもうサイボ−グ体なのだから脳の移し変えなどたいした問題ではないな。
ふふふ・・・ 裏山に私の研究室がある。 そこで最後の改造だ! おっと・・それ以上寄るな!」
バシュ・・・っとレ−ザ−がジョ−の周囲を打ち抜いてゆく。
「 自然の美は ヒトの手で造るものじゃないわ! そんなこと、まやかしよ! 」
「 おお おお・・・ 怒りに燃える紅潮した頬の なんと美しいことか・・!
ああ・・・ぞくぞくしてきたぞ! 私の美女が ついに目覚めるのだ! 」
花角は今度はフランソワ−ズに銃を突きつけ 彼女を拘束した。
「 ふふふ・・・ これならお前も手がだせんだろう。 ふははは・・・・ う・・? な、なんだ、
誰・・・う・・・わぁ〜〜〜〜 」
突然、
石棺の中からゆらり、と<美女>が立ち上がった。そして丁度背を向けていた花角を羽交い絞めにしたのだ。
「 は、離せ〜〜〜 うう・・ うぎゃあ〜〜〜 ぐ・・・・ぐぐぐ ゥ・・・・ウウウ 」
「 ・・・ 見るんじゃない。 きみは見なくていい。 」
ジョ−は彼の恋人を奪い返し しっかりとその腕に抱きこんだ。
「 ・・・ ジョ− ・・・・ 」
断末魔の叫びはいつしか消えてゆき やがて吹雪の音にかき消されていった。
「 あれは・・・奇跡だったのかしら。 」
「 え? なにが。 」
フランソワ−ズは相変わらず窓に張り付いて雲海に見とれていたが ふと独り言みたいにつぶやいた。
とんでもない一夜が明け、ジョ−達は<締め括り>に、件の洞窟を爆破した。
花角が<美女>を連れだし証拠隠滅しようとした、という説明に左京博士はただ ただ驚きの目を
見張るばかりだった・・・・
そんな彼らに別れを告げ、 ジョ−達一行は帰路についた。
「 え・・・ あの 美女、よ。 動かないって言ってたのに・・・ 」
「 う〜ん・・・ きみの言葉に感応したんじゃないかい。 」
「 ・・・ そうね。 あの美女も眠りにつきたかったのかもしれないわ。 あんな不自然な ・・・ そのう・・・
継ぎ接ぎの身体には耐えられなかったのかも・・・ 」
「 そうだね。 あれ? フラン、きみ。 またこんなに手が冷たいよ?
風邪、まだ治ってないのじゃないかな。 」
ジョ−は隣によりそう彼の恋人の手をにぎる。
「 もう大丈夫よ。 それにね。 ジョ−が暖めてくれれば すぐに熱くなる・・・わ。 」
「 そうか ・・・ そうだね。 」
「 そうよ。 わたし達 人間だから。 ・・・機械なんかじゃ・・・ない! 」
「 ・・・ うん ・・・! 」
小型機は 本州めざし雪雲の上をきらきらと翼を煌かせ飛んで行った。
**** おまけ♪♪ ****
「 ジョ−ってば。 ・・・やっぱり日本人の女性 ( ひと ) が好きなんですわ。 」
「 ああ? なにを言っておるのかい。 」
空港内の防寒着の店先で 博士とフランソワ−ズはごちょごちょと話こんでいる。
帰路、時間待ちの間に、博士が誘ったのだ。
「 行きの約束じゃからな。 さあ・・・ どれでも好きな手袋をお選び。 スウェ−ドのはこっちじゃな。 」
「 わあ・・・ 嬉しいわ。 これ ・・・ はちょっと大きいかな。 」
「 ・・・ なんで今頃そんなことを言うのかね。 日本人の女性がどうの・・・と。 」
「 ・・・ だって。 あのレミさん。 綺麗な黒髪で大きな黒い瞳がとっても魅力的でしたわ。
ジョ−ったら・・・ じ〜っと見てた・・・ 」
「 はん? レミ・・・ってあの助手君かい? 」
「 ええ・・・ とても良い方でしたけど・・・ でも ジョ−ったら・・・ 」
「 あははは ・・・ なんじゃい、そんなコトを気にしておったのか。 ふふふふ・・・ 」
「 博士・・・! 」
「 ああ、すまん、すまん。 ヤツはたまたま彼女の方を向いていただけじゃないか?
それにな。 彼女は ・・・ 実は左京君の奥さんなのじゃ。 」
「 えええ?? そうなんですか?? でも・・・滝沢クンって呼んでいらしたわ。 」
「 ああ・・・ 彼らは夫婦というよりも同じ学問を志す同志なのじゃよ。 年齢 ( とし ) の差とか
全然関係ないのじゃろう。 」
「 ・・・まあ・・・そうだったのですか。 素敵ですわね。 」
「 そうじゃなあ。 ジョ−も知っておったはずだぞ。 」
「 まあ! そんなこと、一言も・・・ 」
「 ははは・・・・ ヤツは他人のことにはあまり関心がないのだろうよ。 」
「 でも・・・! 」
「 お〜〜い・・・ そろそろ搭乗アナウンスの時間ですよ〜 買い物はそのくらいで・・・ 」
ジョ−が空港ロビ−を突っ切ってやって来た。
「 あら。 それじゃ・・・ 博士。 参りましょうか。」
「 あ、ああ。 お?? 」
フランソワ−ズは満面の笑みを浮かべ博士の腕を取りしっかりと寄り添って搭乗口へと向かった。
「 ・・・・あ! 待ってくださいよ〜〜 」
ジョ−の足音が慌てて 熱々風?な二人を追いかけていった。
******************************** Fin. *************************************
Last
updated : 12,009,2008. index
********** ひと言 ***********
え〜と・・・・あのお話です☆ 後期・ゼロナイ( 少年サンデ−掲載 )の記念すべき?
第一作 ・・・ であります。
が。 これって・・・地味ですよねえ? ジョ−君しか( あ、博士も) 登場しないし〜〜
そ〜れで! 例によって < フランちゃん・参加パタ−ン > にしてみました♪
継ぎ接ぎ・さいぼーぐ も色を添えるために 美女♪♪
あはは・・・・なんだかぜ〜んぜん別のお話になってしましいましたよ?
寒いので <寒さの描写> にリキが入ってしましました〜〜(@_@)
こんな変換もあり??って楽しんで頂けましたら幸いです <(_ _)>
ひと言なりともご感想を頂戴できましたら 天に舞い上がって慶びまする〜〜〜(#^.^#)