『 風に哭く ( なく ) 』     

      

 

 

「 ・・・・ ジョ−。 なにを見ているの・・・ 」

「 ・・・ え・・・? ・・・いや。 べつに・・・ なんでもない。 」

「 そう・・・? 」

 

 − また、だわ・・・・

 

フランソワ−ズはさり気無い笑顔の下で くっと吐息を飲み込んだ。

そう。 また・・・。

ジョ−は テラスに凭れて視線を遠く、眼下に拡がる海原と夜空が接する場所へ

投げかけている。

海を臨むそこは彼の気に入りの場所で、季節を問わず彼はよくそうしている。

暑熱にぎらつく波間をながめたり、見事に天上を流れる光の河をあおいだり。

フランソワ−ズにとってそんな彼の後ろ姿は 見慣れたものだったのだ。

 

−なにを見ているの?というわたしの問いに いつも彼は応えてくれていた。

とつとつとした、ぶっきらぼうにも取れる言葉だったけど、かえってそれが彼の本心を

そのまま語っていると思えて うれしかった・・・。

 

  − でも。

 

夜目にも鮮やかなジョ−の白いシャツをじっと見詰めて フランソワ−ズはひそかに唇を噛む・・・

あなたは。 いまのあなたはなにも語ってくれない。

ジョ−。

あなたは。 あなたのこころに いま、わたしの居場所がみつからない。

 

そう、あの時から。 あの ・・・ 乾いた風が吹きすさぶ地から帰っときから・・・

 

彼のシャツの裾に戯れ駆け抜ける夜風は 彼女のこころを逆撫でてゆく。

以前ならその風に 一緒に髪をなびかせて微笑んでいたのに。

ともに同じところへ視線を飛ばせ 同じ想いに身を委ねていたのに。

いま、こんな近くにあなたはいるのに。 手を伸ばしたらその身に触れられるのに。

 

わたしは うろうろと視線を彷徨わせる。

あなたは。 あなたのこころはいま、わたしのそばには いない。

 

  − そう、あの時 から・・・

 

 

 

常夏の国であるのに、その地には乾いた風が音を立てて吹き荒れていた。

厳寒の地や、鬱蒼とした密林、絶海の孤島・・・・今まで様々な地で活動をしてきたけれど、

こんなに殺伐とした地は 珍しかった。

 

・・・いやな・・・音。

 

かつて黄金の都と称されていた地に脚を踏み入れた時から フランソワ−ズはひそかに

苛立ちを感じていた。

瓦礫を弄って吹きぬける風は 妙に彼女の心をささくれ立たせた。

夜営の地で焚火を囲み グレ−トと戯言を交わしている時も

テントの中で ジョ−と密かに抱き合っている時も

風の音は 間断なく彼女のこころの中に忍び込み渦を巻き吹き抜けていった。

 

 

「 ・・・ ジョ− ・・・ 」

「 ・・・ うん? 」

「 なんでもない・・・ 」

「 ? おかしな人だね・・・ 寒いの? 」

「 ・・・・ 」

返事のかわりにフランソワ−ズは なお一層ジョ−の胸にぴったりと頬を押し付けた。

「 ・・・ あの音・・・ きらい。 イヤなの・・・ 」

「 音? ・・・ああ、風の音かい。 」

「 なんかね・・・ とっても不安になるの。 ・・・怖いわ。 」

「 ・・・こっちへおいで・・・ 」

ジョ−は大きな手で フランソワ−ズの肩を抱き寄せるとすっぽりとその細い身体を抱え込んだ。

「 さあ・・・ そんなこと、忘れさせてあげるよ。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ ぁ ・・・ 」

熱い口付けが彼女の唇を覆い 彼の巧みな指が身体中を燃え立たせた。

ソフトに しかし強引に。 やがて押し入ってきた彼にフランソワ−ズは全てを委ねた・・・。

いつしか廃墟をめぐる乾いた音は 彼女の意識から消えていた。

 

 

 

 

「 ・・・ジョ−。 なにを・・・ 」

「 ・・・ え? 」

「 あ、ううん。 なんでもない・・・ 」

「 ・・・・・・・・ 」

一瞬振り返った首をすぐに戻し、ジョ−はじっと窓から飛び去ってゆく眼下の風景に見入っていた。

 

・・・ そう。 なんでもない、わ。 あなたが何をみているか、あなたが何をさがしているか・・・

わかるもの。 知っているから。 これ以上聞きたくないの。

 

少しの疲労と倦怠感と。 仲間たちのどことなく後味の悪い想いを機内に満たして、

小型の双発機は かつて黄金都市と呼ばれた廃墟を後にした。

 

− なんともやりきれないミッションだった。

熱意と山ほどの好奇心で乗り込んだ地で みなそれぞれの廃墟を見せ付けられた。

 

グレ−トも、 アルベルトも。 ジェロニモも、 ジョ−も。

・・・ フランソワ−ズも。

 

突如現れ、そして再び時空の彼方に消えたモノ。

無残な姿を晒してみずからも廃墟の塵にかえっていった、あのひと。

ほんの一晩の出来事が 彼らのこころに重くのしかかっている。

 

普段は忘れていた、いや顔を背け、気つかないフリをしていた<事実>に

彼らは否応ナシに向き合わねばならなかったのだ。

 

 ― 時は過ぎてゆき そして ヒトも去ってゆく・・・ そう、その心も愛も。

  

置き去りにされるのは   自分。

さびしさだけと向き合ってゆくのは  自分。

 

古( いにしえ )の高貴な女性の名を与えられ、風と時だけを友にすごしてきたあの瞳。

大地の、そして常闇の色をしたあの目は まさしく自分たちと同じなのだ。

いつか塵に還れるその時まで 自分たちも同じ眼差しですごしてゆく。

 

さびしい ・・・ さびしい ・・・ さびしい ・・・

 

風はあの高地の廃墟を そう叫びつつ今も吹き抜けているのだろう。

 

 

「 あら! なんにもお土産がないわねえ・・・ ジェットに怒られるわ? 」

唐突に高声で話だしたフランソワ−ズに、アルベルトは微かに眉を寄せた。

「 ・・・ああ? はん、石ころのひとつも拾ってくればよかったか。」

「 なにもなかった・・・それが我らの土産さ。

 昨日もなにもなかった。 今日もなにもなかった・・・ そして 明日は・・? 」

モノロ−グめいたグレ−トの沈鬱な調子に 機内はふたたび沈黙で一杯になった。

 

 

・・・ なにもなかった。 そう、なにも。

グレ−トはこころのなかでぶつぶつと呟き続けた。

かつて世話になったあの探検家氏が 遺跡アラシまがいのことをしたとは思えなかった。

彼は 典型的なイギリス貴族であり純粋に<ナゾ>を追ってゆくのを好む男だった。

サ−は、謎の都に呑み込まれた・・・ そう、それでいい。

黄金の都とともに 彼の名は伝説になるだろう。

 

なにもなかった。 それでいいのだ。

 

自分らも、いつの日かその言葉の許に 塵となって飛び散るのだから・・・

そう。 なにも。  ただ、風だけが吹き荒れていたのさ。

 

目を閉じゆらりとシ−トに身をあずけたグレ−トの耳には 今も風の音だけが残っている。

 

 

 

 

からり、と瓦礫の欠片が彼の大きな掌のなかで音を立てる。

ジェロニモは 武骨な指でその脆い岩肌をそっと撫でた。

がさがさとしたその表面には 生命の痕跡はまったくかんじられなかった。

 

・・・あの地に 精霊の声はなかった。

なにもなかった。 ・・・そう、なにも。 

聞こえていたのは とうに飛び去った生命たちへの風の挽歌

 

いつの世も 黄金とはそんなにヒトのこころを惑わすものなのだろうか。

物質を信ずるモノは 永遠( とわ )を信じ

魂を、精霊を信ずるモノは 永遠など虚しいことを知っている。

 

精霊のいない地には 満たされなかったモノの呻き声が渦巻いていた。

あのオンナは。 その呻きに惹きこまれていったのだ。

さびしい・・・とこの瓦礫もつぶやいている・・・

 

海辺のあの邸に戻ったら この塊を大海原に委ねよう。

生命あふれるところに葬ってやろう。 そこが安住の地となるように・・・

 

乾き切った小さな破片を ジェロニモはそっと握りしめた。

 

 

 

もぞもぞと落ち着かないフランソワ−ズ。

身じろぎもせずに 窓から外を凝視しているジョ−。

そんな二人にちらりと気遣わしげな視線を投げたアルベルトは やがてもそり、と姿勢を戻した。

傍のモノが 嘴をはさむ問題じゃあないな・・・ まったく。

心中、ひそかに溜息し彼は新聞を手に シ−トに腰を落ち着けた。

 

かくん、とほんの小さな衝撃を残して 機は高度をぐんと上げた。

廃墟の街は はるか雲の下にその姿を隠した。

空の上にも。 風は吹き抜けていた・・・

 

・・・ 風、か。

アルベルトは広げた新聞の陰から 天空にめぐる風の軌跡を見詰めた。 

 

・・・待っていてくれるのだろうか。

まって 待って 待ちあぐねて・・・

お前も あんな瞳をしているのだろうか

お前も 風にあんな歌を乗せているのだろうか

 

 ― まっているわ  いつまでも・・・

 

あの地の風がそんなふうに俺には囁いたが それは例によって俺の都合のいい思い込みかい。

・・・お前も 淋しい と思ってくれているか。

 

お前の声が聞きたい お前の手を握りたい お前自身を抱きしめたい

待っているのは俺のほうかもしれない。 淋しいのは・・・ 俺も同じだ。

今はせめて あの風の名残に耳を澄まそう。

お前の声に お前の眼差しに お前の笑顔に ・・・ 想いを馳せながら。

 

倒したシ−トに身をゆだね アルベルトは悠然と目を閉じた。

 

 

それぞれの思いにはちきれそうになった沈黙が 重く機内に立ち込めてる。

それは幾度かの乗換えのあと、あの海辺の邸に戻るまで全員に纏わり続けた。

 

 

 

「 ねえ? 久し振りに海へでてみない? ドライブでもいいわ。 」 

「 ・・・ え? ・・・ああ、そうだね。 どこか、出かけるかい。 」

フランソワ−ズの声に ジョ−はいつもの笑顔で振り向いた。

 

 ― ・・・ また・・・!

 

振り返った彼の瞳は ぼんやりと焦点をむすんでいない。

優しい微笑みはたたえているけれど 彼のこころは笑ってはいない。

たしかに彼はそこに佇んでいるのに フランソワ−ズにはその輪郭がにじんで見える。

背後に広がる夜空に ジョ−自身が溶け込みそうだ・・・

 

「 なんて、無理よね。 こんな時間ですもの。 ただ、ちょっと言ってみただけ ・・・ 」

「 ・・・ そう ? 」

「 ・・・・・ 」

フランソワ−ズは黙ってテラスの、ジョ−の隣へ歩み寄った。

「 ・・・風が吹いているわ。 」

「 ? 今夜は晴れているよ。 ・・・ほら、星も綺麗だ。 」

ぽつりと呟いた彼女に ジョ−はすこし驚いたようだ。

「 でも。 風は・・・吹いているのよ。 」

「 これから天気が変わるのかな・・・ ぼくにはよくわからないけど。 」

ジョ−はごく自然に彼女の腰に手を回した。

・・・いま、あなたの手はこんなに温かいのに。

「 そう、風はね、吹いているの。 ・・・ いつも、いつも。 」

「 さあ、そろそろ休もうか・・・。 あんまり夜空がキレイなんでつい見とれていたよ。 」

「 ・・・・・・・ 」

空でも海でもなく、その中空を見詰めていたフランソワ−ズはさり気無くジョ−の手を外し

黙ってリビングへと引き返して行った。

 

 

 

あの高地の廃墟から戻って。

時として ぼんやりとその視線を空に投げているものがいる。

 

グレ−ト、ジェロニモ、アルベルト、ジョ−。   そして フランソワ−ズ・・・。

 

 

ズルイわ・・・!

フランソワ−ズは 枕に突っ伏したまま、かたく唇を噛む。

いまもまだ、目に焼きついて消えない あの姿・・・・

半壊したメカの部分を無残に晒しながらも、あのひとは彼の視線を離さなかった。

・・・ジョ−は。 泣いて・・・いたわ・・・。

・・・ずるい! 

 

フランソワ−ズは その言葉をぶつける相手が見つからない。

逝ってしまったものに勝つことはできない。

彼女は あの涙とともにジョ−のこころを確実に一掴み、持って行ってしまったのだ・・・・

 

淋しい・・・淋しい、淋しい・・・!

彼女の叫びは 風となって 空気となって 永遠にジョ−の耳元で囁き続ける。

 

どんなに わたしが愛しても

どんなに 固く抱き合って 熱く唇を重ねても

 

 ・・・ そこに 彼女は いる

 

わたしが 激しくあなたを燃え立たせても

あなたが つよくわたしのなかで爆ぜても

 

 ・・・ ここに 彼女は いる

 

淋しい・・・と、彼女は ジョ−と 同じ岸辺に並ぶ。

淋しい・・・と、わたしは ジョ−と 向き合って立つ。

 

彼女がいる限り、 わたしはジョ−と<同じ側>には立てない

 

ねえ、ジョ−。 

もしも。 わたしが逝ってしまったら・・・ あなたと並んでいられるかしら

ねえ、ジョ−。

もしも。 あなたをこの手で殺めたら・・・ あなたは肩を並べてくれるかしら

 

  ― ねえ、ジョ− ・・・ もしも ・・・

 

 

 

素足にスリッパがすこし冷たい。

人少なのギルモア邸、深夜の廊下にはスリッパの音が思いのほか大きく響く。

 

そういえば。

今夜はずいぶんと静かな夜なのね。

フランソワ−ズは足音を潜めつつ ちらりと思った。

 

 

こん・こん・・・・

樫材のドアは こんな時には意地悪なほど声高である。

 

「 ・・・・ ? ・・・ 」

「 あの、ね。 風の音が怖くて ・・・  眠れないの。 」

 

無言の微笑みとともに ジョ−の部屋のドアは大きく内側に開かれた。

 

 

  ― ねえ、ジョ− ・・・ あなたは ・・・・

 

 

*****  Fin.  *****

 

Last updated: 02,06,2005.                     index

 

 

***  後書き  by  ばちるど  ***

タイトルは 夭折なさった漫画家・K女史のお作からパクらせて頂きました。<(_ _)>

申し訳ございません〜。 コレはあくまで<原作ベ−ス>、平ゼロのあの素晴らしき

お胸?の方を連想しないでくださいませ(笑)