『  十三夜  』

 

 

****  はじめに ****

このお話は 【 Eve Green 〗様宅の <島村さんち>の設定を

拝借しています。 ジョ−とフランソワ−ズの子供達、双子の姉弟の

すぴか と すばる が小学二年生の頃のお話です。

 

 

 

最後の角を曲がったとき、ちょうど正面に月が昇ってきた。

ほんの少し歪な月は対岸の山の端を越えて顔を出し、今、海上に銀の鱗を散らばせている。

ジョ−はまばゆいまでの光に思わず足を止めた。

 

十五夜は ・・・ 明日か明後日だな。

 

よいしょ・・・っと背中の娘を揺すり上げる。

もうそろそろオンブは卒業かもしれないな・・・

ちょっと残念な気持ちでジョ−は娘の背を軽く叩いた。

ずっしり重くなってきた小学生の娘は父の背中でくうくうと寝息をたてている。

 

名月を取ってくれろと泣く子かな

 

そんな句が不意に思い出された。

あれは ・・・ いつの日だったろう。  

退屈な授業、教科書の陰でアクビを噛み殺しつつもその句にびっくりした。

 

誰に向かってこんな事を言っているのかな。

 

月を取れ、などという荒唐無稽なハナシにではなく、

そんな要求を平然と口にする < 子 > に ジョ−は心底驚いたのだ。

 

子、って子供? じゃあ・・・ <取ってくれ>といわれているのは ・・・ 親?

 

不意に胃の底を持ち上げられるみたいな気持ちがして、

ジョ−はあわてて 考えるのをやめた。

 

どうにも仕様のないコトは 考えない。

 

それが施設暮らしで身につけた彼の<世渡り術>の始め、だったのかもしれない。

沈黙と目立たない態度は、何も持ってない彼の唯一の防御方法だった。

 

  ・・・ あの頃。 月がきれいだ、なんて思ったこともなかったなぁ・・・

 

本当に何もなかった。

自分自身の身体だけ ・・・ 周囲とは明らかに違うそれをも彼は持て余していた。

瑞々しい柔らかな感受性は心の奥底に封印され ジョ−は外界にたいしては

極力無関心を装った。

 

やがて 本来の自分を根こそぎ失ってしまったけれど

いま、ここに。 

ジョ−はあの頃焦がれて已まなかったものを両手に溢れるばかりに手にいれることができた・・・

 

もぞもぞと背中の<荷物>が動き始めた。

「 ・・・ う〜ん ・・・ ? 」

「 目が覚めたかな・・・ 」

「 ・・・ お父さん・・・ ここ ・・・ どこ。 」

「 もうすぐウチの前の坂道だよ。 」

「 ・・・ そっか・・・ あ・・・お月様、きれい〜〜 」

「 そうだね。 ・・・ なあ、すぴかはアレを取って欲しいかい。 」

「 え〜〜?? やぁだ お父さん ・・・ お月様なんて取れっこないじゃん。 」

「 ふふふ・・・そうなんだけどさ。 」

「 ヘンなお父さん・・・ 」

「 変、かなぁ。 」

「 ・・・ううん、やっぱりヘンじゃないよ。 」

「 ・・・もうちょっとお月見、して行くか? 」

「 うん。 ・・・ あ・・・でも遅くなると・・・ お母さん ・・・ 」

「 ・・・ 帰ったら ごめんなさい、が言えるよな? 」

「 ・・・う ・・・ うん ・・・ 」

「 ちゃんとごめんなさい、しないとお月様に笑われるぞ。 」

「 ・・・ うん。 ごめんなさい、お父さん・・・ 」

「 お父さんに、じゃないだろ。 ほら・・・お月様も、見てるよ〜 」

「 ・・・ うん ・・・ 」

背中からの返事はどんどん小さくなってゆき やがて娘の温かい身体が

ぴたり、とジョ−の背中に張り付いた。

こしこし・・・ 小さな顔が小さい涙を父の背に擦りつけている。

ぽんぽん・・・

ジョ−は娘の背を軽くたたいてやった。

 

  ・・・ いいんだよ、泣かなくても。

  うん ・・・ お父さん

 

二人は無言の会話が背中ごしに伝えあった。

「 ・・・ お父さん ・・・ お月さま・・・きれいだね・・・ 」

「 ああ・・・ 綺麗だねえ。 」

「 お月さま ・・・ すぴかのこと、笑ってるね・・・ 」

「 だあれもすぴかのことを笑ったりしないさ。 」

「 ・・・ ん ・・・ 」

 

白く輝く月が海辺の崖に佇む父娘にやわらかな光を投げかけている。

・・・ そう。 コトの起こりは < お月見 >だった。

 

 

カレンダ−も残りの枚数が少なくなってくると、

ここ海辺のギルモア邸でも朝晩ぐっと冷え込む季節を迎える。

ソ−ラ−システム完備の邸内は勿論快適な温度に保たれているが、

仕事の帰りが遅いジョ−は手を擦り擦り飛び込むみたいな急ぎ足で玄関ポ−チに入ってくる。

 

「 ・・・ ただいま。 」

「 お帰りなさい・・・ まあ、随分冷え込んできたわね・・・ 」

彼の奥さんはジョ−より一瞬はやく玄関のドアを開けた。

満面の笑みが 夜風に強張ったジョ−の顔に向けられる。

「 うん、この時間だとね・・・ 」

「 まあ・・・冷たい手! そうだわ、明日の朝手袋を出しておくわね。 」

「 ありがとう・・・ あの、きみが編んでくれた濃紺のがいいな。 」

「 はい、わかってます♪ 」

ふわり、と温かい手がジョ−の冷え切った頬に当てられた。

「 お仕事、お疲れ様・・・ 」

「 ・・・ ただいま〜フラン♪ 」

二人は唇を重ねお互いの温もりで 夜の冷えを、その日の疲れを溶かしていった。

 

「 ポトフが温まっているわ。 」

「 わお♪ 嬉しいな。 でも きみもたべたい ・・・ 」

「 あ ・ と ・ で♪ さあ、手を洗ってらして。 」

「 うん♪ 」

 

遅い夕食を終え、ジョ−がリビングに戻るとソファの上に針箱が拡げてあった。

「 やあ・・・ 縫い物? 」

「 そうよ〜 もう・・・しょっちゅう破いてくるんですもの! ほら、ここも・・・こっちもよ。 」

フランソワ−ズは傍らの小さなズボンを夫の目の前に広げてみせた。

「 すばるの? 」

「 いいえぇ。  コレはあなたのお嬢さんのズボンですのよ。 」

「 へえ・・・ アイツらしいなぁ 」

「 まったく・・・ もう この頃はわたしの言うことなんか全然聞かないんですもの。 」

「 そろそろ反抗期・・・? 」

「 まだだと思うけど・・・。 なんにも言ってくれないし。 すぴかはわたしの手には負えないわ・・・ 」

フランソワ−ズは針箱を引き寄せ、大きく溜息をついた。

「 そんなこと、ないって。 ちょっと甘えてワガママ言ってるだけだよ。 」

「 ・・・それなら いいんだけど・・・ 」

「 相変わらずの心配性だね、お母さん? 」

「 ・・・ だって・・・ 」

「 さあ、もう今晩は針を置いて。 ・・・ね? 」

「 ・・・ もう ・・・ 相変わらず、ね。 ジョ−ったら・・・ 」

「 お互い様、サ。 」

ジョ−は軽々と彼の奥さんを抱き上げた。

「 ・・・ あ ・・・ もう・・・ 」

「 今夜は ・・・ ふたりでゆっくりしようよ。 

 ぼく、まだお腹ぺこぺこだ・・・ 」

「 あら。 なにかもう少し作りましょうか。 」

「 い〜や。 きみが食べたい♪ き ・ み が♪ 」

「 ・・・・ ま・・・・ イヤな ・・・ ジョ− ・・・ 」

フランソワ−ズの声は忽ちジョ−の口付けで封じられてしまった。

彼は腕の中の身体を抱き締めると そのまま悠々と二階へ上がって行く。

 

その夜

ジョ−は月の光にもなって彼女の内奥へ忍び込み熱く爆ぜた。

フランソワ−ズは身体の隅々にまで彼の光を染み透らせた。

 

明りを落としたリビングには 月の光だけがいっぱいに満ちていた。

 

 

「 お母さ〜ん! あのね、あのね〜〜 」

かちゃかちゃランドセルを鳴らして、すばるが駆け込んできた。

「 お帰りなさい、すばる。 」

「 あのねっ お母さん 僕ね 〜 」

「 ただいま、は? ランドセルを置いて、手を洗ってうがいをして。

 それから、でしょう? 」

「 あ・・・ うん。  < ただいま、お母さん。 > 」

「 はい、お帰りなさい、すばる。 」

母は小さな息子のくせっ毛をなで、上気した頬にキスをひとつ。

「 はい、じゃあ手とうがいをね。 」

「 うん ・・・ あのね〜 あのね。 ちょっと待ってて! 」

「 はいはい。 」

バタンとドアを開け、小さな足音が昼下がりのギルモア邸を駆けていった。

 

  − あら、すぴかは? ・・・どうせまたどこかにひっかかっているのね。

 

双子の母は溜息をつき、息子のオヤツを調えにキッチンへ立った。

 

毎日、ほぼ同じ時間に帰ってくるすばる。

彼女の小さな息子は<図書館に寄る日>以外は 寄り道などはあまりしない。

<しんゆう>のわたなべ君と遊ぶのも一旦帰ってから、と決めているようだ。

そんな弟に引き換え、姉は・・・・。

 

・・・ まったく。 ああいうのを <鉄砲弾>っていうのね。

 

毎日、どこかしらで道草を喰ってくるすぴか。

本当に朝、家をでたら何時に戻るのやら・・・ きっと本人にもわかっていないのだろう。

 

  − ははは・・・ そんなヒトをね、<てっぽうだま>って言うんだよ。

  − てっぽう・・・だま・・・?

ちょっと眉を顰めた妻に、ジョ−は笑って答えた。

  − いや、物騒な意味じゃなくて。 < 一回出たらもどりません >ってことさ。

  − ・・・ああ、なるほどね・・・

 

確かに。 元気が余っているらしい娘にはぴったりの言い回しかもしれなかった。

 

ピンクとブル−、御揃いのマグカップをトレイに並べる。

冷蔵庫からミルクを出しミルク・パンに注ぐ・・・ 一人分だけ。

かちん、とレンジにかけ、振り向いて戸棚から大振りのカンを取り出す。

一昨日の日曜日に焼いたオ−ツ・ビスケットがまだ大事にしまってある。

 

僕、毎日一枚づつ食べたいんだ。

 

熱心に焼きたてを頬張っている姉をよそ目に、弟は一枚だけ取り残りを母に差し出した。

だからちゃんと仕舞っておいて欲しい、と彼は真剣に言ったのだ。

 

わたしも ・・・ 小さな頃、大好きだったママンのビスキュイを仕舞っておいたわね。

でも、お兄さんに全部食べられてしまったっけ・・・。

 

不意に蘇った遠い日々の記憶は 今では彼女の微笑みの源になっていた。

 

 

「 お母さん、お母さん〜〜 あのね、ケ−キなんだ! 」

ぱたぱたと駆け足が戻ってきた。

「 だからね、ケ−キなんだ! 」

「 ケ−キ? 今日のオヤツはオ−ツ・ビスケットよ。

 すばる、自分で言ったでしょう、毎日一枚づつ食べたいって。 」

「 うん♪ ちょうだい。 ・・・ それでね、ケ−キ! ケーキなんだよ。 」

「 ??? ケ−キが食べたいの? 」

「 う〜〜〜ん、そうじゃなくて〜〜〜 あの、わたなべ君がね〜〜 」

「 ???? 今度は わたなべ君?? 」

「 うん。 昨日ね、わたなべ君のお誕生日だったんだ。

 それでお母さんがケ−キつくって わたなべ君が飾ったんだって! 」

わたなべ君、とはすばるの < しんゆう >である。

幼稚園時代からのお馴染みで、わたなべ君のお母さんとフランソワ−ズは親しく行き来していた。

「 まあ、そうなの? わたなべ君のお母様はお菓子作りが上手だものね。 」

「 だから〜〜〜 僕も飾りたい〜〜〜 ねえ、ケ−キ!

 お母さん、ケ−キ作って! 」

 

さんざんトンチンカンな遣り取りの果てに・・・

母はやっと息子の<お願い>を 理解した。

 

「 ・・・ わかったわ。 でも ケ−キはダメよ。 」

「 え・・・ どうして〜〜 」

「 わたなべ君は昨日がバ−スデ−だったんでしょ。 」

「 ウン・・・ 」

すばるの声はもうすでに 涙声である。

「 すばるのお誕生日は今日じゃないわ。 そうでしょ? 」

「 う ・・・・ ん ・・・・ 」

12月生まれのすばるは きゅっと唇を噛む。

「 え・・・っと、じゃあ、お父さん! 」

「 お父さんは5月です。 忘れたの? 」

「 あ・・・ううん・・・。  う・・んと・・・ あ! お母さんと〜おじいちゃま。

 一日違いでしょ、一緒に ・・・ 」

「 おじいちゃまもお母さんも 1月よ。 」

「 う〜〜〜〜ん ・・・・ 」

すばるは珍しく額にシワを寄せて考え込んでしまった。

 

  − ・・・ まあ・・・ なんだかちょっと・・・可哀想ね・・・

 

「 ね? すばるはケ−キを作りたいのでしょ。」

「 うん! 僕、飾りたいんだ。 」

「 ・・・じゃあね〜 」

フランソワ−ズはキッチンの壁に掛かっているカレンダ−を指した。

「 お月見ケ−キ、にしましょうか。 明後日が丁度十五夜様よ。 」

「 お月見・・・ ケ−キ? 」

「 そうよ。 去年はお団子を作ったでしょう? ススキや竜胆を切ってお月様にお供えして

 みんなでまんまるで綺麗なお月さまを眺めたわ。 覚えてる? 」

「 うん! お団子、丸くするの、とっても難しかった・・・ 」

「 今年もお団子作ろうかな・・・って思ってたけど、今年はケ−キにしましょう。

 それなら、いい? 」

「 わ〜〜い♪ うん! 僕・・・ お月見にぴったりの飾り、するね。 」

「 じゃあ・・・お母さんは台を焼くから。 後はすばるにお任せしてもいい? 」

「 うん!! 」

すばるは早速引き出しをがちゃがちゃ言わせ、愛用の<泡だて器>を取りだした。

「 これで 生くり−むをたっくさん作るんだ〜〜 」

ジョ−のお土産のコンパクトな電動泡だて器をすばるは得意気に母に見せた。

「 はいはい・・・。 他になにか・・・果物とか要るものがあったら教えてね。 」

「 うん!  お月見、だもんな〜 どんな飾りにしようかな・・・・ 」

床に有り合わせの広告の裏を広げ、すばるは真剣な面持ちでなにやら絵を描いている。

 

 − ふふふ ・・・ 後姿って、もう完全にジョ−の縮小版ね・・・

 

フランソワ−ズは小さな息子をきゅ・・・っと抱き締めたい思いだった。

 

 

「 ただいま〜〜〜 オヤツ、なに〜〜 」

賑やかな声がリビングに飛び込んできた。

島村家のお姫様のお帰りである。

 

「 お帰りなさい、すぴか。 どこに寄り道してたの? すばるはとっくに帰ってますよ。 」

「 寄り道なんかしてないも〜ん ねえねえ、今日のオヤツ、なに? 」

「 ビスケットよりお煎餅がいいんでしょ。 あと・・・焼きお握り。 」

「 う・わ〜い♪ アタシ、手を洗ってくる〜〜 あれ、すばる〜 なにやってんの。

 宿題? 」

跳びはねていたすぴかはようやっと足元の弟に気が付いたらしい。

「 お月見ケ−キの飾り、ですって。 」

「 お月見ケ−キ? 」

「 そうなの、今年の十五夜様には ケ−キを焼こうかなって思って。 」

「 ・・・ふうん ・・・・ アタシ ・・・ 」

「 すぴかも手伝ってあげて? 」

「 うん ・・・ いいけど・・・・。 あ、ホットミルクにお砂糖入れないでね、お母さん。 」

「 はいはい。 さあ、手を洗っていらっしゃい。 」

「 うん。 」

やれやれ・・・ 小さな旋風のお帰りだわ・・・

フランソワ−ズはかちん、とミルク・パンをもう一回レンジにかけた。

 

 

 

「 ・・・アタシ。 いらない。 」

え・・・?

娘の前にお皿を置いて、フランソワ−ズは思わずもう一度聞き返していた。

「 二人でつくったケ−キよ? きっとすごく美味しいわよ。 」

「 作ったのはお母さんで飾ったのはすばるでしょ。 」

「 すぴか、あなたもお手伝いしたじゃない。 」

ううん・・とすぴかは首を振ってお皿を押し戻した。

「 美味しいよ〜〜 お母さん、すごくおいしい♪ 」

「 ほら、すばるは美味しいって。 」

口の周りをクリ−ムだらけにして すばるは熱心にケ−キに取り組んでいる。

 

モンダイのお月見ケ−キ ・・・・

翌日の午後、 すばるは生クリ−ム相手に大奮闘をして母が焼いてくれたケ−キの台に

壮大な彼のデザインを展開した。

 

「 あ〜あ・・・ それじゃこっちがはげっちょろけ。 」

「 ここ・・・・ ボテってなっててヘン〜〜〜 」

「 もっとさ・・・ す〜〜って出来ないの? でこぼこだよ。 」

「 え〜 そこにオレンジ乗っけるの? おかしくない? 」

「 な〜んかさ、まん丸じゃないみたい。 お月様っぽくないな〜 」

 

すばるが黙々とケ−キに取り組んでいる間中・・・ すぴかの声だけがキッチンに響いていた。

どうも・・・ 姉は<現場監督>を気取っているらしかった。

 

 − 少しは手伝っているのかしら・・・ 

 

フランソワ−ズはリビングで耳を澄まし、気がきではなかった。

< こっち、来ちゃだめ >

すばるは重々しく宣言し、母をキッチンから締め出したのだが・・・

どうも気にかかる。

ちょろっとズルをして <見て> しまおうか・・・・・とまで母が思い詰めたとき。

 

 

「 お母さ〜ん、 出来た〜〜 」

でん・・・・っと生クリ−ムの塊が大皿の上に鎮座していた。

「 うわ・・・ 凄い、 わね〜〜〜 」

「 えへへへ・・・・」

フランソワ−ズは得意顔の息子の頬にキスをひとつ。

「 それじゃ・・・ オヤツに皆で頂きましょうか。 」

「 うん ! 」

そして・・・・ 

母が切り分けた弟の力作を前に、姉は。

 

 

 

「 それで・・・ 拗ねちゃったのかい。 」

夜、帰宅してから妻から一部始終を聞かされ、ジョ−は首を伸ばしてテラスを見た。

「 それだけじゃないんだけど。  もう、なんにでも引っかかって・・・

 ケ−キでお月見なんかヘン!とか・・・ そんなのケ−キっぽくないとか。

 すばるの力作にも文句ばっかりなの。 

 結局 アソコで< アタシはお月見をしてるんだもん > ですって。 」

フランソワ−ズも伸び上がってテラスを覘いた。

 

リビングから張り出した広いテラスに ぽつん、とすぴかの後ろ姿が見える。

もこもこのジャケットを着込み、膝をかかえちんまり座り込んでいるすぴか。

その横には ススキと竜胆が優しげに揺れている。

 

「 あれだけ着込んでいれば風邪は引かないでしょうけど・・・

 ねえ、ジョ−。 わたし、もうあの娘にはどうしていいのかわからないわ。 」

「 ちょっと甘えているだけじゃないのかな。 」

「 甘えてる? そうは思えないわ。 だってね・・・わたしの言うことなんか全然聞かないもの。

 双子なのに・・・ すばるとはえらい違いだわ。 」

テイ−カップを前に フランソワ−ズは大きく溜息をついた。

「 きみ ・・・ すぴかが苦手? 」

「 え・・・ そんなことない、けど・・・ 」

「 ふうん ・・・ あれ、すばるは? 」

「 お腹いっぱいで ・・・ もうぐっすり。 あの子はまだまだ<花より団子>みたい。 」

「 ふふふ・・・・ まだ子供だね〜 あはは、実際に<子供>だけどさ。 」

ちょっと一緒に散歩してくる、とジョ−はソファから立ちあがった。

「 今から? ・・・ うん、じゃあ ・・・ お願いね。 」

返事の替わりに ジョ−はひょい、と彼女にキスするとテラスへドアを開けにいった。

 

 

「 良い場所をゲットしたな〜 」

「 あ・・・ お父さん・・・ お帰りなさい。 」

「 ただいま、すぴか。 」

ジョ−はすとん、とすぴかの横に腰を下ろした。

「 まだお月様、見えないね。 」

「 ・・・ うん。 」

「 ずっとここで待っていたのかい。 」

「 ・・・ うん。 」

「 お月見、楽しみにしてたんだろ。 皆で・・・お団子食べてよう〜って。 」

「 ・・・ うん。 」

「 ちょっとさ、お月様を迎えに行かないかい。 」

「 ・・・え? 」

「 ここもいいけど・・・ 海岸通りの方まで行ってみよう。 ね? 」

「 うん! 」

差し伸べたジョ−の手に すぴかはどん・・・と身体ごとぶつかってきた。

「 じゃ・・・さ。 ほら、マフラ−。 お父さんとオソロイだ・・・

 これ巻いて・・・。 うん、そうだな〜 」

「 ・・・わ♪ 」

ジョ−はマフラ−で娘をぐるぐる巻きにするとひょい、と背負い上げた。

「 よぉし。 じゃ・・・出発! 」

「 うん! しゅっぱ〜つ♪ 」

 

 

崖っぷちに建つギルモア邸を出、海岸沿いの道をいくらも行かないうちに

すぴかはジョ−の背で寝息を立て始めた。

 

・・・ふふふ・・・ まだまだ子供なんだな。

 

対向車もほとんど通らない夜道を ジョ−は足取りも軽く歩む。

もうじき今夜の主役も顔をのぞかせるだろう。

 

お月見、・・・ 月か・・・・。

 

ジョ−は道路際に植わっている松の根方をよけつつ、まだ星だけの空を眺めた。

月 ・・・ 

今、ジョ−に月はどこまでも穏やかで優しい顔を見せる。

毎晩、我が家へ辿る道も月がほんのりと照らしてくれる。

ジョ−の生涯で 今ほど月が慕わしく温かに思えることはなかっただろう。

 

月を ・・・ 月光を恨めしく思ったこともあったっけ・・・

 

ジョ−はちくり、とした痛みを共に思い出を辿る。

 

子供の頃。

月は大嫌いな夜のシンボルで、こっそり拭う涙の友だった。

昼間は意識して避けていた想いが 月の光の下で次々と蘇る。

 

・・・おかあさん どこにいるの。

どうして ぼくだけ ・・・ 髪も目もちがうの。

今年こそは ぼくを迎えに来てくれるって思ったのに。

 

忘れたい思いを、捨て去りたい希望を、ゆらゆらと焙り出す月が恨めしかった。

 

そうだよな。 それに・・・ 

あの最低だったミッション・・・。 ぼくは月を呪いさんざん悪態をついたんだ・・・

 

ほとんど逃避行に近い脱出だった。

闇と泥と ・・・ そしてやりきれない敗北感にまみれ、

サイボ−グ達はN...の基地から撤退していた。

いや、正確には<基地跡>であったが ・・・ 攻撃を受けた側は拘束していた

多くの実験体を<廃棄>していったのだ。

 

「 ・・・ こんな・・・! こんなコトになる為に俺らは破壊したんじゃねえぞ! 」

「 これがヤツらの手口、常套手段だ・・・ 」

「 わかってる! わかってる ・・・ くそっ! 」

「 ! 脱出よ! ヤツらの仕掛けた自爆装置が・・・! 」

 

重い心を抱え、メンバ−達は基地を後にした。

できるだけ速やかに密やかに ・・・ 闇夜に紛れ彼らは散開して脱出して行った。

行程の半分も行かない時・・・

 

月が雲間から顔を出した。

 

「 ・・・チッ・・・! 」

ジョ−は思わず顔をゆがめ、悪態をついた。

夜の闇はバリア−の効力を失ってしまったのだ。

昼間とも見紛う月夜では 行動に幾重にも支障が出てしまう・・・。

なんだってこんな時に・・・! 撃ち落とせるなら狙ってみたいよ!

 

「 あら・・・ お月様・・・ よかったわ。 」

 

・・・え?

 

彼の傍らを黙々と歩んでいたフランソワ−ズがぽつり、と洩らした。

訝しげに、不機嫌も露わに振り向いたジョ−に 彼女は明るく応えた。

 

「 無事に脱出できるわ。 だってお月様が見守ってくれているのですもの。 」

しらじらとした光のもと、微笑んでいるその顔は星よりも月よりも輝いていた。

 

・・・ きみって人は ・・・・

 

ジョ−はきゅ・・・っと彼女の手を握った。

ああ、大丈夫だね。 ・・・ぼくにはきみがいる。

きみが ココに いてくれる限り・・・ ぼくは・・・!

 

「 そうだね。 さあ・・・行こう。 」

「 ええ。 」

 

二人は手を携え戦場から脱出し ・・・ やがて 手を携えて人生を分け合う戦友となった。

 

 

 

どんな時も。

ぼくの側にはきみがいる。

フランソワ−ズ、きみが居てくれる。

きみが いる限り・・・ 大丈夫、ぼくはどんな戦場でも生き抜いてゆける・・・!

 

今。

ジョ−は煌々と輝る月が こころから美しいと思えるのだった。

 

「 ・・・ お父さん ・・・ 」

「 ん? なんだい、すぴか。 」

「 あの ・・・ お母さん、さ・・・ 」

「 うん? お母さんがどうかしたかい。 」

「 ・・・・ なんでもない。 」

ぽすん・・・と娘はまた父の背に顔を押し付ける。

「 なあ、すぴか。 お月見団子、食べたかったんだろ? ・・・ケ−キじゃなくて。 」

「 ・・・ うん・・・ 」

「 だったら ちゃんと言わなくちゃ。 」

「 ・・・ う ・・・ ん ・・・・ 」

「 お母さん、すぴかが何にも言わないから・・・ 判らないって。 」

「 ・・・・・・・ 」

「 もっといろんなこと、お話して欲しいって。 」

「 ・・・ お母さん ・・・ すぴかのコト・・・ 好きかな・・・・ 」

「 大好きだよ〜〜。 お父さんも大好きさ。 」

「 ・・・ うん ・・・ 」

こつん・・・

また小さなオデコがジョ−の背中にくっついた。

 

・・・ 大好き。 すぴか、お父さんもお母さんも。 すばるも。 大好きなの・・・

 

ちっちゃなちっちゃな声がこっそりこっそり響いてきた。

 

うん、判ってるよ。 お父さんもお母さんも、すばるも。

みぃ〜〜んな すぴかが大好きさ。 

 

・・・ そう ・・・だね。

 

そうだよ。

 

娘の細い指がジョ−の耳を引っ張った。

 

なに?

 

あの、ね。  恥ずかしいからナイショにしてね・・・・

 

・・・ うん、わかった。

 

ジョ−もこそ・・・っと応え、ひとり唇に笑みを浮かべた。

 

 − ああ・・! この子は ・・・ ぼくとおんなじなんだ。

   優しさの表し方に 戸惑っている・・・

 

「 さ・・・ もうすぐお家だよ。 」

「 うん。 」

「 帰ったら・・・ 」

「 ・・・ うん。 ちゃんとお話、する。 」

「 よ〜し・・・ 偉いぞ、すぴか。 」

こつん・こつん・・・

娘の笑顔が背中を通して ジョ−にははっきりと感じられた。

 

ああ! ぼくは すぴか、お前のためなら。 お前とすばるのためなら。

お前達のお母さんのためなら。

ぼくはどんな事だってできる。 

ぼくは 戦鬼 となってお前達を護るために闘うよ!

 

娘を背負った戦鬼は 穏やかな表情で坂道を登っていった。

 

 

 

「 お帰りなさい・・・ ご苦労さま。 」

「 ただいま・・・ 」

玄関で夫を娘を待っていたフランソワ−ズは 満面の笑顔でドアを開けた。

「 お月見はどうだった? 」

「 すごく綺麗だったよ。 海にもう一つお月様が泳いでいるみたいだった。 

 な? すぴか。 」

・・・・ うん。 」

「 そう、よかったわね〜。 お母さんも一緒に行きたかったわ。 」

フランソワ−ズはジョ−の背からすぴかを抱き取った。

「 さ・・・ あなたはもう<お休みなさい>ね。 」

 

「 ・・・ お母さん ・・・ 」

「 なあに。 」

同じ色の髪が こちん・・・とオデコを寄せあって

同じ色の瞳で じっと見つめあって。

 

「 お母さん ・・・ ごめんなさい・・・ 」

「 いいのよ。 でも、えらいわ、ちゃんと ごめんなさい、言えた。 」

「 ・・・ うん。 」

「 すぴか。 ・・・ ねえ、今晩はお母さんと一緒に寝ましょうか。 」

「 え・・・ だってお父さんは? 」

「 う〜ん・・・ 今晩、お父さんは<仲間はずれ>。 女の子だけ♪ 」

「 うん♪ アタシ、枕を持ってゆくね! 」

お父さん、とすぴかはにこにことジョ−を振り返る。

「 アタシ、お母さんと寝るから。 お父さん、アタシのベッド、使ってもいいからね。 」

 

「 え・・・ あ・・・ どうも・・・ありがとう。 」

 

娘を半分抱いて、フランソワ−ズは懸命に笑いをこらえている。

「 じゃあね〜 お父さん、お休みなさ〜い♪ 」

すぴかはジョ−の大切な奥さんの手を引いてさっさとリビングを出ていってしまった。

 

 

ふ〜ん・・・そうか、そうなんだ。

いいよ・・・ぼくは今夜はお月様相手に一人で寝るさ。

・・・ ふん ・・・

 

ジョ−はどさり、とソファに身を投げ出した。

 

  − ・・・ちぇ・・・ 月夜は すごくイイのに・・・

 

満月までに あとちょっと。

十三夜の月が やわやわと島村さん一家に微笑みかけていた。

 

 

*******   Fin.   ********

Last updated: 10,31,2006.                    index

 

 

****  ひと言  ****

<十三夜> ・・・ ちょっと手前、 あともう少し・・・ そんな気持ちで

つけたタイトルです。 小学二年生ってそんなお年頃?

男の子はまだまだ赤ちゃんかな〜 ( あ、もちろん人それぞれ・・・ )

オマセな女の子は ちょっと、ほんのちょびっと思春期のニオイがしてきませんか。

そんな子供達と ジョ−とフランの のほほ〜ん小噺でした。