『 六月の風 』
**** はじめに ****
このSSは平ゼロ設定ですが 【 Eve Green 】 様宅の
<島村さんち>の設定を拝借しています。
ジョ−とフランソワ−ズはめでたく結婚し、双子の姉弟・すぴかとすばるが
生まれました。 これはそんな双子が小学二年生のころのお話・・・
六月も半ばをすぎたある日の午後のこと。
それは ・・・
一本の電話から 始まった。
ルルル ・・・ ルルル ・・・・
「 は〜い ・・・ はい、今出ますよ〜 」
リビングで珍しく固定の電話が鳴っている。
キッチンにいたフランソワ−ズは 思わず返事をして大急ぎで駆け込んできた。
・・・ 誰かしら。
ジョ−とは普通の場合は携帯だし。
子供達はもうとっくに学校からは帰ってるし。
博士の御用事なら ・・・ 書斎の方にかかるはず。
首を捻りつつ、 フランソワ−ズはすっと息を整えて ・・・ 受話器を取った。
「 モシモシ。 シマムラでございます。 」
「 もしもし? ああ、奥さん・・・ 渡辺ですけど〜 」
「 ・・・あら、渡辺君のお母様。 こんにちわ。
今日はありがとうございます。 あの ・・・ ? 」
「 こんにちは。 ごめんなさいねぇ、急にお電話して。
あの、ね。 申し訳ないんだけど・・・ お迎えに来てくださるかしら。 」
「 はい? ・・・ あの、ウチの子達に なにか・・? 」
笑みを含んだ渡辺夫人の声に ほっとしながらも、フランソワ−ズは
受話器を握る手にすこし力が入ってしまった。
「 ・・・え ・・・? まあっ・・・すぴかが? すみません、ごめんなさい!
はい、すぐに ・・・ 本当にごめんなさい〜〜 」
受話器を持ったまま、フランソワ−ズは何回も深々と頭を下げていた。
ワタナベくん。
双子が幼稚園に入ったころ、初めて知り合った<おともだち>である。
なんとなくのんびり屋のすばると ウマが合ったらしく
小学校に入ってからも二人は無二の しんゆう だ。
・・・ 要するに、仲良しの幼馴染ってヤツである。
お料理上手で笑顔が素敵なワタナベ君のお母さんともフランソワ−ズは仲良く行き来している。
今日は 美味しいジュ−スが出来たから・・・と双子はワタナベ君ちに
ご招待にあずかっていたのだが・・・
フランソワ−ズは洗いかけていたレタスを大急ぎでパニエにあけると
エプロンを外してキッチンを飛び出した。
・・・ まったく。
思わず溜息と ちいさな愚痴が零れてしまった。
お転婆娘のすぴかは 最近どんどん母の手には負えなくなってきている。
外で暴れ回って来る分には ・・・ せいぜい本人が擦り傷をこしらえてくる程度なので
一応は安心なのだが・・・
よそ様のお宅にお呼ばれして それで・・・。
せっかく綺麗なワンピ−スを着せてやったのに。
亜麻色の髪を丁寧に梳いて とっておきのレ−スのリボンを結んでやったのに。
お出掛け用のエナメルの靴を履いてもいいって言ったのに。
・・・ あ〜あ
顔は自分とそっくりでも中味はてんで違う・・・ らしい娘に
フランソワ−ズはひたすら ・・・ 溜息・吐息・・・である。
いったいどんな娘 ( こ ) になるのかしら ・・・・
ともかく普段着を着換え、ささ・・・っとお化粧を直し。
島村さんちの奥さんは 家を飛び出して ・・・ ゆきかけ あ・・・・っと
急に引き返すと家の中を突っ切り裏庭に走りこんだ。
大変、大変 ・・・・
忘れるとこだったわ。 ここで 雨にでも遭ったらこれまでの苦労が水の泡よ〜
あ、そうそう!
ジョ−にメモを残しておかなくちゃ・・・・
フランソワ−ズは木陰に広げてあった大きなお盆をそっと取り上げた。
落とさないように 転がらないように そうっと・そうっと。
おっとっと・・・
お盆の上で まんまるな実が駆け出しそうである。
これで ・・・ いいのかしら。
そうだわ! ついでにワタナベ君のお母さんに聞いてみよう。
すこしシワがよってきた不思議な食べ物を フランソワ−ズはしげしげと眺める。
こんな風に作る<常備食>は 初めてだ。
でも・・・ 面白いわぁ
ジャムやリカ−はママンもよく作っていたけど・・・ 塩漬け、ねえ。
お家でできるなんて楽しいわ。 これがあの、シワシワなのになるのかしら・・・
・・・ あ、 いっけない! 早く行かなくちゃ・・・
家に取り込んだお盆をリビングのテ−ブルに置くと、フランソワ−ズは今度こそ
ばたばたと玄関から飛び出していった。
サイボ−グ003の疾走のあおりを受けて、まあるい実がひとつ、ころん・・・とお盆から落ちた。
「 え? お花見? 」
「 ええ、そうなのよ。 ジョ−、知ってた? 裏庭のね、ほら、無花果の樹があるでしょう、
あの後ろにまだ細い桜があって。 今、ちょうど半分くらい咲いているの。 綺麗よ〜 」
「 ・・・え〜・・・? 桜? 裏庭にあったかなぁ・・・
それにさ、いくらここいら辺が温暖でも まだ桜は咲かないと思うよ。 」
「 あら、本当だってば。 あのね、とってもいい匂いなの。
わたし、匂いで見つけたんですもの。 」
年が明け、まだ月が変らないある日フランソワ−ズは寒風に頬を染めてリビングに戻ってきた。
手にしたパニエに ラディッシュの可愛い赤い顔が見えている。
ジェロニモ丹精の温室菜園に行ってきたのだろう。
「 いい匂い? 桜に匂いってあったかな ・・・ ??? 」
ジョ−はしばらく首を捻っていたが、ああ、と大きく頷いた。
「 わかった! 白い花だろ? それはね、桜じゃなくて ・・・ 梅だよ、梅。 白梅だ。 」
「 u − me ? hakubai ? 」
フランソワ−ズはすこし言い難そうに初めて聞いた単語を発音した。
「 うん。 ・・・あ、そうか、フランスにはないかも・・・。 」
「 ええ・・・ わたし、早咲きの桜なのかな〜って思ってたわ。
ふうん・・・ う ・ め っていうの・・・・ 」
「 ぼくもここの庭にあるなんて気がつかなかった。
ね、どこ。 あ、コ−ト、取っておいでよ。 場所、教えてくれる? 」
「 ええ、いいわ。 平気よ、ジョ−。 そんなに寒くないわ。 」
「 そう? じゃあ・・・ あ、コレ美味しそう〜 」
ジョ−はひょい、と赤い塊を一つパニエの中からつまみ上げた。
「 あ〜 ・・・ 今晩のサラダに入れようと思ってたのに〜
ジョ−はラディッシュ、なしよ? 」
「 ・・・・ ( コリコリ ) ・・・ う〜ん、やっぱり採り立ては美味しい♪
さ、行こうよ。 」
歯切れの良い音をたて、あっという間にラディッシュを食べてしまうと、
ジョ−はフランソワ−ズの腕を引っ張って リビングを抜けていった。
「 あ・・・。 はいはい、ちょっと待ってよ ・・・ 」
ギルモア博士が購入した土地は 海を擁するその街でも随分と外れにあった。
小さな裏山も含め崖っぷちに近い場所でかなり広大な土地である。
「 ここに邸を構えれば ・・・ 諸君も気兼ねなく立ち寄れるじゃろう?
コズミ君の奔走で 表向きは<研究施設>じゃ。 海にもすぐでられるし・・・・
追々 ・・・ その ・・・ いろいろと改造したらよかろう。 」
やっとのことで放浪生活に終止符を打てた時、ギルモア博士はこの国、日本を
根拠地にすること決めた。
メンバ−達はそれぞれ祖国に戻るもの、新天地をもとめるもの、と様々だったが
自分達の拠り所となる場があるのは やはり心強い思いだった。
そして。
この地、この邸には 当主であるギルモア博士とイワン、
地元出身のジョ−が住み着くことになった。
「 わたし。 ここに居てもいいですか。 」
亜麻色の髪の乙女は まっすぐに博士を見つめて訊いた。
「 勿論じゃよ、003。 大歓迎じゃ。 」
「 ・・・ 003、フランスに、パリに帰らなくても ・・・ いいの。 」
「 ここに居たいの。 迷惑かしら、009? 」
「 え・・・ううん、ううん! 迷惑だなんてそんな・・・ 嬉しいよ、ぼくも。 」
「 そう? じゃあ・・・ わたしも一緒に住まわせてください。 」
「 うむ、うむ。 4人で仲良くやってゆこうなあ・・・ 」
こうして なんとも不思議な同居生活が始まり・・・
多少ぎくしゃくしながらも、ギルモア邸での暮らしは次第に軌道に乗り始めていた。
「 どこ・・・ え〜と? 」
「 温室の向こうよ。 裏山に近いところ・・・ 」
ずんずん歩いてゆくジョ−に フランソワ−ズは小走りに追いついてきた。
「 え、それじゃあ裏木戸の方か・・・ あ・・・ 良い匂い・・・ 」
「 ね? わたし、こんなに甘くて・・・・ なんだか温かい香りって初めてよ。 」
冷たく澄んだ冬の空に ほんのり ・・・ 甘い香りが漂っている。
「 温かい香り、かあ。 そうだね〜 春のさきがけのかおり、だものなあ。
あ、あった! わあ・・・・ まだ若い樹なのに綺麗だねぇ。 」
「 そうね。 これから大きくなります!って張り切っているみたい。
まあるい花びらが綺麗ねえ。 う・め。 そうでしょ? え〜と・・・ 」
「 はくばい、さ。 白い梅だからね。 紅いのもあるんだ。 それは こうばい。 」
「 ふうん・・・ は ・ く ・ ば ・ い、ね。 」
一言一言、区切ってフランソワ−ズは繰り返す。
ジョ−は ・・・ いつしかそんな彼女の横顔に見とれていた。
花の咲く梢を仰ぎ見る横顔に 亜麻色の髪が淡い影をおとす。
− フランソワ−ズって ・・・ こんなに綺麗だったっけ ・・・
・・・・ なんだか ・・・ 白梅の精、みたいだな。
「 ・・・ね、ジョ−? 」
「 な、なななな なに? 」
突然、話を振られジョ−はどぎまぎと視線をそらす。
「 やだぁ、ぼんやりして・・・ あのね、ここで一足先にお花見、しない?
博士やイワンにも見せたいわ。 大人やグレ−トも呼びましょうよ。 」
「 あ、そ、そうだね。 大人は懐かしがるよ、きっと。 」
「 ? どうして ? 」
「 梅はね、千年以上前に大人の国から渡ってきたのさ。
初めは薬用としてだったらしいよ。 」
「 え・・・そんなに昔に? すごい ・・・ 」
フランソワ−ズは改めてそのごつごつとした黒い樹を見つめた。
可憐な白い花には とても似合わないゴツい幹である。
− あなたも。 あなたの祖先も 遠い国からココに来たの・・・
それで ・・・ この国に根付いたのね。
− そうですよ、異国のお嬢さん。 あなたと一緒です。
ぷっくりとした白い花は ほんのりとフランソワ−ズに笑いかける。
「 日本人は梅が好きだよ。 見るだけじゃなくて薬用とかいろいろと役にたつからね。 」
「 へえ〜〜〜 薬用? この花がお薬になるの? 」
「 あ、花じゃなくて実が。 そうだ、梅の実はね、生だと猛毒だから食べちゃ駄目だよ。 」
「 ふうん ・・・ ま、ジョ−じゃあるまいし。 もぎ取って齧ったりはしません。 」
「 ・・・ へへへ・・・・ 」
馥郁たる香りに包まれて ジョ−とフランソワ−ズは声を上げて笑いあった。
「 ・・・ ハッ ・・・クシュ! 」
さすがに裏山から降りてくる風は冷たく、フランソワ−ズは小さなクシャミをした。
「 あ、ごめん。 やっぱり寒かったよね。 ・・・これ、着ろよ。 」
自分のセ−タ−を脱ぎかけたジョ−の手をフランソワ−ズは慌てて押さえた。
「 あ・・・ いいわ、ジョ−。 あなただって寒いでしょ。 」
「 ぼくは ・・・ 平気さ。 ・・・わ!! 」
「 ふふふ〜〜 こうやってくっ付けば あったかいでしょ♪ 」
フランソワ−ズはちいさく笑い声をあげ、突然ぴと・・・っと身体を寄せてきた。
ジョ−は飛び上がらんばかりに驚いてしまった。
− ・・・わ!!! な、なななんだ!! ・・・ あ・・・ いい匂い ・・・
「 よくね〜寒い日のお使いとか・・・ お兄ちゃんとこうやってくっついて行ったわ。
さあ これで走って帰れば ぽかぽかよ。 」
「 ・・・う・・・・ うん。 ・・・ きみ、梅の匂いがするね・・・ 」
「 そう? 移り香かしら。 フレグランスとはちがって ・・・ 素敵な香りね。
ねえ、この花ってまだまだ咲いているわよね? 」
「 うん、樹の花だし梅は桜とかよりもずっと長持ちするよ。 」
「 よかった。 来週には満開かしら。 」
「 そうだね。 ・・・でも・・・ どうして。」
「 うん ・・・ あの、ね。 」
フランソワ−ズは彼女にしては珍しく口篭り そっと視線を逸らせつぶやいた。
「 来週、ね。 わたしのお誕生日なの。 」
「 え、そうなんだ〜 いつ? 何日?
みんなでお祝いしようよ〜 」
「 え・・・ そんな、いいわよ。 あ・・・あの 24日 」
「 わぁお♪ う〜ん ・・・ ちょっともう皆は呼べないけど・・・
大人やグレ−トに来て貰ってさ。 あ、 ケ−キ! ケ−キ焼いてくれる? 」
あ・・・本人に頼むのってヘンだよねぇ・・・と ジョ−は頭を掻く。
「 ううん・・・ いいわ、焼くわ。 ・・・ ありがと・・・ ジョ− 」
「 そうかぁ、24日なんだ。 梅の花も満開でお祝いしてくれるよ。
・・・ その ・・・ なんだか ・・・ きみに似てる・・・よ、ね? 」
「 ・・・え ・・・・ ハ ・・・ックシュ ! 」
「 あ、ごめん、ごめん。 寒いよね。 さあ、早くもどろう。 」
再び聞くちいさなくしゃみに ジョ−は慌ててぴたり、とくっついている身体に腕を回した。
− ・・・ あれ。 彼女って こんなに細くて・・・ それで 柔らかだっけ ・・・?
どき・・ん、と彼の人工心臓がひとつ、飛び上がった。
「 ごめんなさい・・・ 」
・・・ クシュン ・・・ もうひとつ、フランソワ−ズがそっと鼻を鳴らした。
「 あ・・・あのさ。 きみの言う通りだね ・・・ くっついてるとあったかい・・・
さ、さあ・・・ 行くよ? よ〜い、スタ−ト! 」
「 え・・・ やだ、ジョ−。 運動会じゃないのよ ・・・ 」
ジョ−は黙って前だけを見つめ。
ぴたり、とくっついている温かくて柔らかくて ・・・ いい匂いの身体にしっかりと
腕をまわして ずんずん邸めがけて歩き始めた。
いち ・ に いち ・ に ・・・
二人三脚みたいに。 黙って ・・・ でも二人は息を弾ませ裏庭を横切っていった。
それは、まだお互いの名前がやっと自然に呼べるようになった頃。
毎朝の挨拶も なんとなくぎこちなく ぎくしゃくと交わしていたころのこと。
そんな二人を 梅の樹は白い可憐な微笑みで見守っていた。
それが ・・・ そして、今は。
ギルモア邸の白梅は四方に大きく枝をはり、雨の続く季節にはたわわに実をつけるようになった。
そして・・・
009と003 は ジョ−とフランソワ−ズ になり 島村さんちのご主人と奥さん になり
やがて双子の子供達の父となり母となり、
しっかりとこの地に <島村家> の根を張っている。
梅の実は 毎年大人がほくほくと大喜びで収穫してゆく。
「 ほっほっほ〜 ありがたいネ、こんなに生っていたアルよ〜。 」
白梅の下で 初めてフランソワ−ズのバ−スディを祝った年の初夏、
大人はザルに青梅を摘み取って キッチンに戻ってきた。
「 あらっ。 大人、ダメよ、ダメダメ〜。 梅の実は 青い梅は毒なんですってよ。 」
フランソワ−ズは驚いて洗い物の手を止めた。
「 はやく手を洗ったほうがいいわ。 ・・・ その、いくらわたし達でも ・・・ 」
「 ほっほっほ。 大丈夫アルよ〜 フランソワ−ズはん。
たしかにコレは生で齧れば猛毒アルけど。 いろいろと美味しいモノの化けるんやで。 」
「 ・・・ 化ける? 」
「 はいな。 お酒にジュ−スにジャムに ・・・ ワテの国でもようけ使うアルけど
この、ジョ−はんのお国の人々もいろいろ楽しんではるヨ 」
「 お酒 ? ジャム? まあ、そうなの?? そういえば・・・ジョ−が
薬用になるって言ってたっけ ・・・ 」
「 今年はワテの店でも 自家製、ちゅうてメニュ−に並べまっせ。 」
「 ・・・ 大人! わたしにも 教えてください! 」
初めての年はスタンダ−ドに 梅酒 から始まった。
「 ・・・ああ、普通の果実酒と同じね。 ふふふ・・・ころころした実が可愛いわ。 」
「 そうアル。 こうして漬け込んで・・・ 年月が経つほどに円やかになるデ。 」
「 ふうん・・・ 苺やライムや花梨はわたしのママンもよく作っていたの。
でもそんなに長い間は置かなかったわ。 」
「 この実からじっくり・じっくり美味しい味が出てくるアルよ。
ワテの国では 年を経たモノをとても大切にするアル。 」
「 ・・・ そう ・・・ 」
「 なんでも同じアルね。 人と人との付き合いも ゆっくり・じっくり。
初めはキツイ味も やがてはコクのあるふか〜いモノになるネ 」
「 ・・・・・・ 」
ちっこい目をさらに細めて 大人はぽん、とフランソワ−ズの背を叩いた。
「 ほな、こっちの瓶も手伝どうてや。 」
「 はい。 」
大人お手製の梅酒は ・・・ でもマイルドな味わいを醸し出す前に
あっという間に底を突いてしまった。
<味見>と称する手合いが この邸にはあまりに多く出没するのだった。
裏庭の隅にひっそりと根を下ろしていた白梅は
この邸にはなくてはならない 住人となった。
博士は次第に剪定に凝りはじめ、花と実はフランソワ−ズが熱心に面倒を見、
ジョ−は 肥料や水運びを手伝いつつ、そんな二人を眺めるのが楽しかった。
やがて 島村さんちに新しい顔がふたつ、増えた今も
梅の樹は毎年 みんなに楽しみの素を提供し続けてくれている。
「 すばる。 ドレッシング、できた? 上手に混ざったかな・・・ 」
「 うん ・・・ もうちょっと。 」
フランソワ−ズはガス台の前から自分の後ろにいる小さな息子に声をかけた。
ちら、と振り返れば ・・・ 彼は顔を真っ赤にして密閉した容器を振っている。
ちいさな手にその瓶はまさに<手に余る>ようで すばるは両手でしっかりと抱え
瓶に振り回されていた。
「 すばるのドレッシング、とっても美味しいから・・・
お母さん、大好きよ。 今日の サラダにきっとぴったり。 」
「 うん ・・・ サラダ、なに? 」
「 トマトと胡瓜とスライス・オニオン。 それにお父さんとすばるが作ってくれた
梅味噌をのせるの。 」
「 うん ・・・・ 」
すばるは聞こえているのか、うん、うん・・・を繰り返し熱心にドレッシングを振り混ぜている。
− ふふふ・・・・ この姿って、ジョ− そっくり。
何事にも熱中すると うん、うん ・・・ だけになるのはジョ−の昔からのクセだった。
父子って。 妙なところが似るのねえ。
・・・ そうそう お兄ちゃんも煙草を消す手つきがパパそっくりだったっけ。
懐かしい姿を目裏に浮かべ フランソワ−ズはガス台のシチュウ鍋のフタを取った。
浮いてきた アクをそっと掬いとる。
・・・うん、美味しく煮えてきたわ。
もう煮込み料理の季節でもないのだが、ジョ−のリクエストなので張り切って作った。
カレ−だのシチュウだの、ジョ−のお気に入りは相変わらず子供みたいだ。
いまに すばるに笑われるわよ?
ねえ、すばる。 お父さんったら ・・・ 可笑しいわよねえ・・・
・・・ あら。 ・・・ふふふ ・・・ 可愛い・・・ この後姿もジョ−にそっくり・・・
すばるはこちらに背を向け、キッチンの床に座り込んでぶんぶんとドレッシングの瓶を
振っている。
瓶と一緒に、ちょっとクセのある茶色の髪がゆらゆらしている。
− ・・・ 可愛い ・・・ !
フランソワ−ズは思わず小さな息子を抱き締めたい衝動に駆られた。
カチン ・・・ !
お玉が フランソワ−ズの手からすべってシチュウ鍋に沈没する。
「 アツっ! 」
ぐつぐつと煮えているシチュウが ぱしゃっとはねた。
「 ? お母さん ? あ・・・ 」
振り向いた息子は ぱっと立ち上がったと思うと、
指先を振る母に駆け寄り ・・・ すばるは母の指をぱっと口に入れた。
「 ・・・ すばる?! 」
「 アチチ・・・ の時にはね〜 こうやるんだよ 」
「 誰に教わったの。 」
「 おとうさん。 あのネ ・・・ナイショなんだけど〜〜
う
そしたら お父さんが僕のお指をぱくん、って。 」
「 ・・・ まあ 」
「 そうかしらね。 すぐに痛くなくなったんだ〜 ・・・どう? お母さん、まだ アチチ? 」
「 ううん。 もう全然平気。 ありがとう、すばる。 」
「 ・・・えへ♪ 」
ほっぺにキスを貰って すばるはご機嫌である。
「 お母さん、あわてん坊さんだったわ。
そろそろお皿を出して頂戴。 お父さん、今日は早く帰るって言ってたし・・・ 」
「 うん♪ お父さん、ドレッシング美味しいって言うかな。 」
「 絶対。 お父さんとすばるの梅味噌にぴったりよ。 」
「 僕ね〜 梅味噌だと胡瓜もレタスもみ〜んな食べられるんだ。 」
すばるはあまり野菜が得意ではない。
離乳食の頃から、フランソワ−ズはすばるの野菜嫌いに結構手を焼いていた。
それが、料理に興味を持ちだした頃からすばるはすこしづつだが
自分から野菜類に手をだすようになってきていた。
「 お父さんとすばるが一生懸命作ってくれたんだもの。
梅味噌、お母さんも大好きよ。 」
「 えへへ・・・ あ、お皿だすね。 」
「 ええ、お願い。 深いお皿よ。 あと大きなスプ−ンも。
サラダにはガラスのお皿ね。 ・・・ 気をつけて。 重いから一枚づつでいいのよ。 」
「 うん。 シチュウにサラダ〜♪ サラ、サラ、サラダ〜〜♪♪ 」
すばるは鼻歌交じりに食器棚を覘いていた。
カシャ ・・・ ン ・・・
乳液の瓶が するりと手をすり抜けてしまった。
「 ? なに。 ・・・ 割れちゃったかい。 」
「 あ・・・ ううん、大丈夫。 ごめんなさい、手が滑ったわ。 」
ドレッサ−の前から フランソワ−ズはベッドで伸び上がっているジョ−に返事をした。
フロ−リングの床に転がった瓶を 今度は慎重に拾い上げる。
「 ・・・ やっぱりアチチ、だわ。 」
「 ?? 」
「 ふふ・・・さっきね、シチュウが飛んでちょっと火傷しちゃったのよ。
すばるが アチチ・・・ の時はこうするんだよ〜って口に入れてくれたんだけど。 」
「 あ・・・ アイツぅ〜 覚えていたんだ ・・・ 」
「 お父さんがこうやってくれたんだよって。 ねえ、梅味噌つくりの時、火傷したの? 」
「 火傷って程でもないよ。 ほんとに <アチチ> さ。 」
<梅味噌>は すばるが しんゆう のワタナベ君から聞いてきた。
すばるはワタナベ君のお弁当に入っていた甘い不思議なタレがついていた胡瓜を
<替えっこ>して 初めて味わったのだ。
「 ・・ お味噌? 梅の実をお味噌に漬けるの? 」
「 ううん。 梅の実はお味噌の中に溶けてるんだって。
ねえねえ、お母さん〜〜 ウチでもつくって。
僕、アレをかけるとキュウリもピ−マンも 食べれるよ〜。 」
「 ・・・ うめ・みそ、ねえ?? 」
結局、ワタナベ君のお母さんに電話で作り方を教わり ・・・
日曜日一日、ジョ−とすばるがキッチンに立て篭もって鍋いっぱいの<梅味噌>を
作り上げた。
最近 すばるは様々な料理に挑戦し始めている。
ジョ−はベッドから半身を乗り出して 彼の妻の手を引き寄せた。
「 あれ・・・ 赤くなってるね? アチチ・・・じゃ済まなかったんじゃないかい。 」
「 ちょっと・・・ね。 お鍋の端にも触っちゃったし。
わたしの人工皮膚って案外弱いのねえ・・・ 」
ジョ−は 殊更冗談っぽく肩を竦めてみせたフランソワーズをみつめていたが
不意に 手の中の白い指を ・・・ ぱく・・・っと口に含んだ。
「 ・・・ ジョ− ・・・? なに ・・・ 」
「 きみの指 ・・・ この白い指はぼくの、さ。 たとえ息子にだって譲らない・・・ ! 」
「 まあ ・・・ ジョ−、あなた自分の息子にヤキモチ焼いてどうするの。 」
「 息子でも誰でも。 きみは ・・・ ぼくのものさ。 」
「 ジョ− ・・・ 」
「 指だけじゃない。 ココも ・・・ ココも。 ココだって ・・・
みんな みんな ・・・ ぼくだけのタカラモノ ・・・ 」
「 ・・・あ ・・・ や、や・・・・ だ ・・・・ 」
すべすべとした肢体に点々と 紅梅にも似た痕が散らばっていった。
「 ぼくは。 ぼくには、きみの全てがタカラモノさ。 ぼくの宝石・・・ 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ 」
フランソワ−ズはありままの自分を全て受け入れてくれる男性 ( ひと )の胸に
しっかりと取り縋った。
白梅の精は その夜、 匂やかにその芳香で賛美者を包み込んだ。
「 あらまあ ・・・ 立派な樹ですこと。 」
ワタナベ君のお母さんは ギルモア邸の裏庭で目を見張った。
梅雨の晴れ間の午後、梅味噌の作り方を教わったお礼に、と
フランソワ−ズは彼女をお茶に招いていた。
「 ええ、一本きりなんですけど。 実も沢山採れるんです。
あの ・・・ どうぞ、よかったらお持ちになって ・・・ 」
「 あら〜 嬉しいわ。 ウチも梅干やら梅味噌やら大好きで・・・
そうそ、梅ジュ−スも作りましたから いい味になったらご招待しますわね。」
「 ありがとうございます。 え・・・ 梅干し、も家でできるのですか? 」
「 ええ。 アレは日本の家庭の常備食ですもの、こんな素敵なお庭があれば
美味しい梅干ができますよ。 あ・・・ お嫌い? 外国の方にはヘンな味、かしら。 」
「 いえ、いえ・・・、大丈夫ですわ。 ・・・まだ、ジョ− ・・・ いえ、主人みたいに
直に齧ったりはできませんけど・・・
サラダに混ぜたり冷たいお豆腐に乗せたりします。 」
「 そうなの? じゃあ・・・ お作りなさいよ。 自家製、なんてご主人喜ばれるわよ〜 」
「 は、はあ ・・・ 」
「 わあ ・・・ きみ、ついに今年は梅干に挑戦? 」
裏庭に持ち出した夜干しの梅の実を見つけて、ジョ−が歓声をあげた。
ころころと転がりそうな実を 面白そうに眺めている。
「 コレもワタナベ君のお母さんに教わったの。
・・・ねえ、こんな風でいいのかしら? これが ・・・ あのシワシワですっぱいのになるの? 」
「 ・・・さあ? ぼくも実際に 夜干しをみたのは初めてだよ。 」
「 教わった通り ・・・ 三日三晩干してみるわね。 」
「 うん♪ 楽しみだな〜。 家で漬けた梅干、とかジャム、とか・・・憧れなんだ。 」
「 わたしも 初挑戦にワクワクよ。
あ、ジャムってば春に作った苺ジャム、新しいのを開けましょうか? 」
「 わい♪ そうだ〜 きみのスコーンに塗って食べたいな〜〜 」
「 あら・・・ 今から焼くのはちょっと間に合わないわ。 ホット・ケ−キでもいい。」
「 う ・・・ん しょうがないな〜 ガマンする。 そのかわり〜 」
ジョ−は彼の奥さんをすっと抱き寄せた。
「 き ・ み が食べたい♪ 苺ジャムよりあま〜いきみを味わいたいなぁ〜 」
「 もう ・・・ ジョ−ったら本当にお行儀が悪いんだから。 ほら、梅干に笑われるわよ? 」
「 ふふふ・・・ 梅たちは見慣れてるって言うよ、きっと。 」
「 ・・・ まあ 」
「 おかあさ〜〜ん! 今日のオヤツ、なに〜〜 」
甲高い声が リビングから響いてきた。
「 あらら ・・・ < ただいま >より先に オヤツ、なのねえ。
本当に すぴかは ・・・ 」
「 あはは・・・ アイツ、元気が有り余っているんだろ。 」
「 そうみたい。 まったく・・・ 女の子なのに・・・ 困ったお転婆だわ。 」
「 だ〜れに似たのかな♪ 」
「 女の子はお父さんに似る、って言うわよ? 」
「 え ・・・ あ、そ、そうなんだ? 」
「 おかあさ〜〜ん、 お母さんってば〜〜 」
「 はいはい ・・・ 今行くわよ、お父さんとお庭にいるの。 」
すばるとすぴかのお父さんとお母さんは こっそりキスを交わした。
梅の木は ・・・ そんな二人を微笑んで見送った。
「 ・・・ あら〜 ・・・・ 」
大急ぎで駆けつけた渡辺家のリビングで フランソワ−ズは盛大に溜息をついた。
カットワ−クのカバ−がかかったソファの上で すぴかが大の字になっている。
出掛けに髪に結んでやったレ−スのリボンはどこにも見当たらず、
よそ行き用のワンピ−スは くしゃくしゃになっていた。
すぴかは ・・・ 真っ赤な顔で ・・・ ぐっすりと眠っている。
・・・ ぷうん・・・とお酒の匂いがただよう。
そう ・・・ すぴかは酔っ払って眠り込んでいるのだ・・・!
「 ごめんなさい、本当に ・・・ 恥ずかしいですわ・・・
まったく! よそ様の御宅で ・・・ こんな ・・・ 」
「 いえいえ・・・・ ごめんなさい、はウチの方なのよ。
3人で仲良く遊んでいるから・・・ちょっと目を離していたら、ね。 」
ワタナベ君のお母さんは すまなそうに・・・ でもくすくす笑って言った。
「 梅酒の瓶をね、梅ジュ−スの奥にしまっておいたのをすっかり忘れていて・・・
ウチの息子が、ここにも梅ジュ−スがあるよって持ち出したのですって。 」
「 あ・・・ 子供にはお酒かどうかわかりませんわねえ 」
「 そうなのよ。 口当たりはジュ−スみたに甘いでしょ。
それでも すばるクンとウチの息子は <からい> って一口くらいしか飲まなかったらしいの。
アルコ−ル分の刺激が <からい> って感じたのね。 」
「 ・・・ それで、すぴかは・・・ こっちの、梅酒の方が美味しいって・・・? 」
「 ・・・・・・ 」
渡辺夫人は 目をぱちぱちさせ笑いをこらえて、うんうん、頷いた。
・・・ ったく !
「 すぴか? ほら ・・・ 起きて。 お家に帰りますよ。 すぴか! 」
「 ・・・ う〜ん ・・・ 美味しい 〜〜 よぉ 〜〜〜 」
「 ちゃんと起きてちょうだい。 すぴかったら! 」
「 う〜ん ・・・ ごちそうさまぁ〜 ・・・ 」
「 ・・・ もうっ! す ・ ぴ ・ か !! 」
小さな肩を揺すっても、すぴかは気持ちよさそうに寝返りをうつだけである。
・・・ ちょっと〜〜
「 あの・・・ 奥さん。 御宅のご主人が・・・ お迎えですって。 」
「 え・・・?! 」
渡辺夫人の遠慮がちな声に 子供達の歓声が重なった。
「 わ〜〜 お父さんっ!! 」
「 あ・・・ 島村クンのお父さん〜〜 コンニチハ〜 」
「 ・・・ お邪魔します ・・・ 」
ジョ−がちょびっと顔を赤らめて 渡辺家のリビングの戸口に立っていた。
「 ジョ− ・・・ 」
「 きみのメモを見て ・・・ 」
・・・ちょっとズルをして来たんだ、とジョ−はこっそりウィンクをした。
( ・・・ 加速装置? )
( ウン。 この家の裏で大急ぎで普通の服に着替えたんだ。 )
( ありがとう! わたし一人じゃ、あの酔っ払いすぴかを連れて帰れないもの・・・
どうしようって困っていたのよ。 )
( 今日は ・・・ この身体に 感謝♪ )
( ふふふ ・・・ そうね。 )
車を呼びましょうか、という渡辺君のお母さんに大丈夫です、と御礼を言って、
島村さんちの一家は 渡辺家を辞去した。
ジョ−はまだ相変わらず眠っているすぴかをオンブして。
フランソワ−ズはご機嫌のすばると手を繋いで。
一家四人は のんびりと歩を進める。
フランソワ−ズは夫の背中で 軽く鼾をかいている娘に
こころの中で語りかける。
ねえ ・・・ すぴか。 お母さんのお転婆すぴか。
あなたには どんな人生が待っているのかしら・・・・
遠くを見ることはできるけど、お母さんには未来までは見えないわ。
そう ・・・ そうね。
未来なんか見えない方がいい。
どうぞ・・・ 幸せに ・・・
お母さんにできるのは 朝晩そう祈るだけだわ・・・
お母さん ・・・
ちいさな息子が 手を揺すって母を見上げる。
・・・ なあに。
なんでも な〜い。
きゅっと可愛い手を握り返せば 満面の笑みが応える。
す ・ ば ・ る ・・・
なに〜
ふふふ・・・ なんでも な〜い♪
海沿いの田舎みち。
並んで歩く影法師が みっつ。
大きいのと 中くらいの。
その真ん中にはちっこいのが ゆ〜らゆら。
時折 大きいのの背中から細い手が見えたり脚がとびだしたり。
夕陽を背中に背負って 自分達の前に伸びる影法師
歩いても歩いても 先へゆくみっつの影法師。
ジョ−はそんな影たちに 愛しげな視線を送る。
これが。 今の自分。 自分の家族。
長い間 憧れ求めて止まなかったものが、 今 確実にここにある。
まんなかのちっこい影は いつの間にかジョ−自身になっていた。
・・・ そうなんだ。 ぼくも。 ぼくの父さんと母さんも
こやって ぼくを愛してくれたに違いない・・・
父さん 母さん ・・・ ぼくは。
ぼくは いま、とてもとても 幸せです ・・・
生まれてきて よかった ・・・!
父さん 母さん。 ぼくの 生命をありがとう。
ジョ−は天を仰ぎ、そして傍らを歩く妻に視線を戻した。
きみが。
きみが 居てくれるから。 ここに、ぼくの隣に・・・
こやって 一緒に歩いてゆこう。 ずっと ・・・
影法師が みっつ。
お父さん と お母さん。 真ん中には腕白坊主、そして
お父さんの背中には お転婆娘が眠りこけている。
「 ね・・・え、 ジョ− ・・・ 」
「 ・・・ なに、 フランソワ−ズ。 」
「 あの ・・・ ね。 」
え・・・ この子達が どんな大人になるかって?
大丈夫。 だって ・・・ きみの娘だもの。
・・・ そうね。 だって。 あなたの息子だもの・・・。
六月の風が みっつの影法師をさぁ〜〜っと後押して ・・・ 通り過ぎた。
****** Fin. ******
Last updated:
06,27,2006. index
*** ひと言 ***
なにも起きません、ただの平凡な日々の記録?です。
そんな幸せな時間が ジョ−とフランソワ−ズの許に訪れますように・・・
タイトルはある創作舞踊作品から。 曲は ヴィラ・ロボス作 『 ブラジル風 バッハ 』
BGMのつもりで書きました。
尚、 梅干しの夜干しは本来なら7月に入ってからだそうです(^_^;)
梅干し と 梅味噌 の作り方については 【 みずのもり 】 の 塩蔵様、
【 Eve Green 】 の めぼうき様 にご教唆願いました。
お二方〜〜〜 ご協力、ありがとうございました。 <(_ _)>