『  Jewel Jelly  』  



「「 いってきま〜す、おかあさ〜ん ! 」」

夏休みの始まりを待っていたかのように 今日も朝からのかんかん照りである。
そんなお日様も負けそうな元気で 島村さんちの双子の姉弟は
テラスにいる母親に手を振った。

「 いってらっしゃい・・・ 気をつけてね。 」

大小3つの麦わら帽子が 研究所からの坂道を仲良くならんで下りてゆく。
双子はわらわら父親に纏わりつきながら おおはしゃぎでプ−ルへ行った。
この家は岬の一軒家、目の前には豊かな海が広がっているのだが
なにせ断崖絶壁で ちいさな子供たちには少々まだ荒っぽすぎる。

そんなわけで この夏島村さんちのちいさな姉弟は ちょっと離れた市民プ−ルに
足繁く通っているのである。

10メ−トル、クロ−ルができるようになったすばる。
新しい水着が お気に入りのすぴか。
おかあさんに付けてもらったハ−トのアップリケがご自慢。

そんな元気いっぱいの娘と息子に両側から引っ張られ、見た目には歳の離れた
兄にも見えなくはない父親は これまた上機嫌で出かけていった。

ジョ−がついてれば すばるとすぴかは大丈夫・・・ 絶対に。
ちょっと大変かな? まあ、いいわ。 ジョ−は子供の相手が上手いし。
すばるとすぴかがついてれば ジョ−は大丈夫・・・ 多分・・・。
<おとうさん>を連呼するコブツキ(それも二つ!)男に 色目をつかう物好きもいないだろう。

う〜ん・・・・わたしも 泳ぎたいな・・・
そうね、次の週末はみんなで海にでも行きましょうか。
入り江の方までゆけば 子供たちにも安全でしょうし。 
ちいさな生き物を 見て触って遊ぶのはプ−ルじゃできない楽しみですものね。


照りつけるお日様に 煌く髪を惜しげもなくなびかせて フランソワ−ズは大きく伸びをした。
ついでに 深呼吸をふたつ・みっつ・・・・

ああ・・・ いい気持ち・・・!

さ。 ウルサイ小鬼たちのいない間に。
アレもコレも 片しておかなくちゃ。

島村さんちの奥さんは はりきってエプロンのヒモを結びなおした。



満腹の洗濯機はひとり 陽気に音をたて
散らかり放題だったリビングで 大活躍だった掃除機もやっと無口になり、
キッチンの水切り籠で お皿はぴかぴかに乾いてる。

やれやれ・・・。

満足の溜め息をついて フランソワ−ズはふと気が付いた。

なんか・・・・ 足りない・・・?  なに・・?

ちょっと しん・・・・ とした家のなか。 
聞こえて来るのは パチパチいう植木鋏の音とすこしハズれたハナ唄だけ。
テラスでは大きな麦わら帽子が上下して ギルモア博士が盆栽の手入れに余念がない。
時々傍らの揺りかごの主とのぶつぶつちいさな遣り取りが聞こえる。
今日は イワンも日光浴。 庇の深いこのテラスは赤ん坊にはちょうどいい。

海風が気持ちよく通って 真夏でも快適なギルモア邸。
明るい夏の日の いつもの島村さんちの昼下がり。


へんなの。 静かすぎて物足りないわ。

くす・・・。 ちいさな笑いがこみ上げる。
いつもいつも。 特に夏休みの今は朝から晩まで姉弟のさえずり声が 元気な足音が
この家中に溢れている。
纏わりつく小さな手は 愛しくてたまらいけれど 
自分を呼ぶ甲高い声は 何にも勝る旋律だけれど

・・・お願い。 10分でいいから。 一人にしてちょうだい・・・

そんな想いを いつもいつも頭の片隅に隠しているようになったのはいつからだろう。
それなのに。
たまに一人になれば ・・・ちょっと淋しいなんて。 物足りないなんて。


すばるがいてすぴかがいて。 ジョ−の暖かい手がすぐ側にあって。
博士がいつもにこにこと見守っていてくれて。 イワンは何でもお見通しで知らん振り。
クリスマスには 新年には。 兄弟たちがやってくる。
東から西から 地球の裏側から。  みんながここに<帰って>くる。

そうね。 それが、わたしの居場所なのね。

居間のソファで ちょっとぼんやり頬杖をついていたフランソワ−ズは
ぱん・・・っとエプロンをはたいて 立ち上がった。

さあて、と。
約束のおやつをこしらえておかなくちゃ・・・



「 え〜 おかあさんも一緒にプ−ルへ行こうよう〜〜 」
「 今度平泳ぎを教えてあげるって約束したじゃない、おかあさん 」

「 う〜ん、おかあさんねえ、お家の用事がたっくさんたまってるのよ。
 ね、だから今日はおとうさんと3人でいってらっしゃい? 」
「 ・・・おとうさんとおかあさんと。 みんなで行きたいの・・・ 」
「 おかあさん、僕のクロ−ル見て〜〜〜 」

スカ−トの両方から息子と娘に取り縋られている母親に 父が助け舟をだす。

「 あれえ。 ふたりとも、おとうさんと一緒じゃ嫌なのかい? 」
「「 そんなこと ない〜〜!! 」」
「 じゃあさ。 今日は3人でうんと泳ぎの練習をして、今度おかあさんを
 びっくりさせてあげようよ。 おとうさんだって上手なんだぞ〜〜 」
「 あら〜 いいないいな。 じゃあね、みんなの大好きなおやつを作っておいてあげるわ。
 さあ、 なにがいいのかな? 」



  「「「 おかあさんの ジュエル・ゼリ− 」」」



ジョ−までもが一緒になってリクエストをしていたっけ。
ではでは。 リクエストにお答えして・・・っと。

フランソワ−ズは キッチンの戸棚からいろいろなものを取り出しはじめた。
 
え〜と。 
まずは 【 ジュエル 】をつくらなくっちゃね・・・・


さまざまな色の【 ジュエル 】が 透けて見えるのがこのジェリ−の魅力。
そうして ひとつひとつの宝石たちはみんな違った味がする。
ちょっと手間がかかるけど、あれこれ作ってゆくのも楽しいわ。
自分のお気に入りを見つけるのも 楽しい宝探しである。
みんな意外な味が 好きだったりするのを発見するのも面白いし・・・


ミント味は すばるのお気に入り。 すぴかはイチゴ・ゼリ−。
博士のお好きなライム味、わたしも好きよ。 大人用にリキュ−ル入りも作っておきましょう。
え〜っと・・・。 フフフ・・・ジョ−の大好物は。 牛乳ゼリ−。
どうしてかしら、ジョ−はこの離乳食みたいなゼリ−が好きで。

そうそう、具合が悪いとき。 ちょっと風邪気味のときとか二日酔いの朝。
ジョ−はこれを食べたがる。
「 ・・・うん。 きみの牛乳ゼリ−が食べたいな・・・ 」
なぜかいつも ちょっとはずかしそうにソッポをむいて言うのよね・・・?
はじめ、<牛乳ゼリ−>って言われてなんのことだかわからなかったの。
え?って目をぱちぱちしていたら。
「 ほら、きみのお得意のアレさ。 プリンみたいでゼリ−みたいにつるん・・っとしてて。
 バニラ・アイスみたいな味の・・・。 」
食べ物についてあまりあれこれ言わないジョ−が めずらしくいろいろコメントを付ける。
「 すばるがこの前 熱を出した時に作ってやってたじゃないか。 アレだよ。」

・・・? ・・・・ ああ! わかったわ。 ミルク・プデイング。 あれね?

これってわたしのママン直伝の味なんだけど、どうしてジョ−は好きなのかしら。
う〜ん・・・ はじめてここで作ったのは・・・いつだったかな。
わたしもお兄さんも 病気の時はママンのミルク・プディングが一番のお薬だったわ・・・。

手際よく準備しながら 楽しい想いはどんどん拡がってゆく。

イチゴは盛りの時に沢山買って シロップ煮にして瓶詰めになってるの。
こうしておけば一年中、デザ−トやおやつに使えるのよ。
ジャムにしてしまうよりも 便利だしそのままでもとっても美味しいわ。
ライムもちゃんと生のをみつけたときに スライスして冷凍しておく。
シロップも売っているけれど やっぱり生のものの香りには勝てないわね。
皮をすっていれると香りがぐんと増すの。
すばるのミント。 プランタ−で栽培しているミントの葉っぱを飾りにいれましょう。
牛乳ゼリ−にはバニラ・エッセンスをすこうし。 そしてお砂糖はたっぷり、ね。
一度、甘味を控えてみたら、
「 いつものと味が違うよ? 」 って珍しくジョ−が不満そうな顔をしたっけ。
わたしにはね。 この頃凝ってる<お抹茶ゼリ−>。
はじめはあの苦さにびっくりしたけど、慣れると素敵な後味ね。
わたしはお砂糖を入れないとダメだけど、
日本のヒトはコレを薄めて飲むって本当かしら。




Jewel Jelly ・・・・・それは わたしの家族 そして 仲間達




クリスマスやお正月にも 作るのよ。
その時は もっといろんな味や色の ジュエル が入るの。
大人用だから リキュ−ル類も効かせてなかなかの評判なのよ。
勿論。 <牛乳ゼリ−> はちゃんと入れます。

わたしは いつもこんな素敵な宝石たちに囲まれいるの。

さあ、最後に大きな型に宝石たちを入れまして。
 あ、彩りよく並んで並んで・・
すこし冷ませたレモン・ゼリ−を とろうりとろとろ流し込みます〜〜

とんとんとん・・・ちょっと型をゆすって空気をぬいて。 
よ〜し、あとは冷やすだけ。

さあて・・・・ それからっと。
カリカリ・ト−ストで簡単なカナッペでも作っておこうかな。
あ〜 ジョ−はきっとお腹ぺこぺこ、お握りを別に作っておいたほうがいいわね。
ふふ・・・じゃあ、なんでもおとうさんの真似がしたいすばる用に 一口おにぎりも。
博士もお茶受けにつまんで下さるわ。



「「 ただいま〜〜〜〜 おかあさん、おやつはあ?? 」」

ほうら、にぎやかな声が響いてきたわ。
うん、冷蔵庫のジェリ−もいい具合に固まったし
今日のプ−ルの冒険談、 たっくさん聞かせてね・・・・ わたしの 宝石ちゃんたち。


さあ、島村さんちの夏休みは 大賑わい♪

*******   おしまい  ******

Last updated : 08,08,2004
.                     index

illustrated by めぼうき