『  いつの日か   − 幻影島からの帰還 −  』

 

 

 

僕は真っ直ぐに銃口を向けた。

さっきからますます強くなった海風に うるさく前髪が巻き上げられる。

僕は 歯を喰いしばって標的にじっと視線を注ぐ。

目を そらせてはならない・・・

たとえ。 どんなに辛くても。

 

長い髪を 強風に弄られて 

大きな瞳を 張り裂けそうに見開いて

色を失った唇が こそ、と動いて 

やさしい やさしい 言葉が ぽつりと零れる。

 

 − ジョ− ・・・・・。

 

その一言を 待っていたかのように

その囁きを 合図にしたかのように

僕は トリガ−にかけた指に 全身の力を込めて・・・引いた。

光の筋は 違うことなく目的に向かい  そして。  貫いた・・・・

 

 きみを。    

 

悲痛な声で僕の名を呼び きみは倒れた。

赤い・赤い・赤い・・・・この服よりもずっと赤い・ニンゲンの血を・・・・迸らせて・・・・・。

・・・・・僕は。 地獄に堕ちるよ。

 

 

 

 

「 ・・・・ジョ−? ・・・どうしたの ・・・・ 」

「 ・・・・う ? ・・・・あ?ああ・・・・ 」

「 大丈夫? あなた、酷くうなされていたのよ・・・ 」

「 ・・・・あ、ああ・・・。 ゆめ、か・・・・ 」

「 ・・・・ふふ・・・ 悪い夢でも見た? 」

僕の腕のなかで きみはちょっと気だるげに でも艶やかに微笑んだ。

「 ゆめ・・・そうだ・・・  アレは夢、単なる悪夢なんだ・・・! 」

「 ・・・どうしたの? なに・・・ムキになってるの・・・ 」

眠たげだった瞳が いまはくっきりと僕の目をのぞきこむ。

 

 − 夢、さ! そうに・・・決まってる。

 

「 ごめん。 ちょっとだけ・・・寝ぼけた、かな? 」

「 ・・・ジョ−? 」

まいったな・・・きみのその深い瞳の前で どうしも僕はウソが付けないんだ。

「 うん・・・・ごめん、ちがうんだ・・・。 どうにもイヤな夢で、さ。 」

「 夢・・・? あなた、ちょっとヘンよ? そう、この前あの島から帰ってきたころから。 」

「 ・・・・・ うん ・・・・ 」

「 あそこで何があったの? クロ−ンたちと戦ったって言ってたけど。

 ジョ−。 ねえ。 教えて? ・・・・イヤな事は半分っこしましょ? 」

 

穏やかで たおやかで。 

でも 見据えるその光は どこまでも強く透明だね、 きみの瞳は。

そんな きみの前で 隠し事をしろっていう方が無理だよ。

 

「 ・・・・ あの島で。 僕は。 」

「 ・・・? 」

 

 − 僕は きみ を 殺した・・・・・

 

す・・・っと息を呑む音がしただけ。

変わらずあたたかい眼差しが 僕を包んでいる。

言わなくちゃ。 ちゃんと話さなくちゃ・・・・!

これは。 これは 僕に科せられた罰なんだ。

 

僕はきみの身体に廻した腕に ちからを込めなおしてゆっくりと息を吸い。

そして  語りはじめた、

あの島での 忌まわしい事件を。

 

 

 

「 ・・・だって、あなたが急ぎの通信を送って来たから。 」

「 通信だって? 」

「 そうよ。 やはり一人では手に負えないからこの島へ集まってくれ、って。 」

「 ・・・・そうか・・・ 」

 

岩だらけの海岸で 突然現れて仲間たちにびっくりしている僕に

きみは きみ自身も不思議そうにここへやって来た経緯( いきさつ )を語った。

 

じつは、と今度は僕が これも訝し気な表情の仲間たちに

僕がここに、この島にやってきた理由( わけ )を説明した。

 

「 − なるほど。 そういうことだったのか・・・・ 」

「 ・・・すまない。 君たちまで巻き込んでしまって。 」

あたまを下げる僕に 仲間たちは気軽にわらって全員での捜査を引き受けくれた。

みんなで協力すれば きっと活路は見出せる。

今更 口に出すまでも無いが、仲間たちの存在をありがたいと僕は思った。

 

「 みんな、本当にステキな仲間たちね。 」

「 ・・・・うん。 」

「 やっぱり。 わたし達は 9人でひとつ、なんだわ。 」

もっとも今回イワンはお留守番だけど、ときみは僕を見上げて微笑んだ。

「 ・・・・うん。 」

そんなに大きな島ではない。 全員が手分けすれば程なく くわしい現状が把握できるだろう。

 

仲間たちの顔を見たせいか、僕は少々楽観的な観測を巡らしはじめていた。

だから こんな状況でもきみと肩をならべて歩けるだけで こころが弾んだ。

わざわざ言葉を交わさなくても。

自分をわかってくれる存在が すぐ傍にいてくれる・・・・

 

 

 − だけど。

 

 

なにかが。 なにかが違う・・・・

先ほどから 皮膚を通して浸透してくる微妙な違和感は その度合いをますます強めている。

そう、 なにか、が・・・・。

僕は 隣りに寄り添うきみの白い横顔に ちらりと視線をはしらせた。

それは ほんのわずかな<引っ掛かり>なのだが、喉にささった小骨・・・

ちくり ちくりと僕のこころを苛み出していた。

 

「 ・・・ねえ、003。 さっき言ってた僕からの通信って。 」

「 え、なあに? 009。  風が強くて・・・ よく聞こえないわ。 」

「 いや。 なんでもない。 」

「 どうしたの? ・・・可笑しなジョ−。 」

 

「 − あぶないっ − !! 」

 

突然襲ってきた異様な殺気に きみを抱えて飛び退いたその瞬間から

・・・・・阿鼻叫喚の地獄絵図がはじまった。

 

 

 

「 ・・・・なぜ。  どうして・・・なの、ジョ− ・・・・ 」

ふたたび僕たちだけで 向き合った時、

全身を震わせて − それは 怒りと 哀しみと ・・・ 恐怖?・・・・ 

きみは 僕を見詰めた。

 

僕らの前には。

すでにその生体としての活動を終えた物体が 無残な姿を晒してる。

それは。

ついさっきまで これからもずっと共に行動しようと言い合っていた彼ら。

 

「 ・・・・なぜ! あやつられていただけなのに!! 」

「 ・・・・・ 」

「 ・・・・なぜ。 仲間を・・・・殺した・・・の? 」

「 きみには わからなかっただろうね。 」

「 − なにが。 」

「 <仲間たち>は ニセモノだっていうこと。 」

「 ニセモノ・・・? 」

 

きみの 頬がこわばりす・・・っと血の気が引くのが みてとれた。

そうさ。 

きみには判るはずがないよ、すべて生身の・人間の<きみ>には。

<003>でない きみには・・・・

 

 

「 そう、 そして。 きみもだ! フランソワ−ズ。 」

 

 

 − そうして  僕は。

 

 

 

「 ジョ−。 」

一点の曇りもない青い瞳が 僕をみつめる。

「 ソレは・・・当然でしょう? 」

「 ・・・・ 僕は きみを撃ったんだ・・・!

 血も肉も・・・・ちゃんとある、生身の君自身を・・・この手で。 」

「 ・・・・ ジョ−。 」

「 覚えているかい。 あの未来都市での事件。

 僕は。 あの時、目の前で・・・・ きみが 弾け飛ぶのを見た。

 それはきみそっくりのロボットだったけど・・・ 」

「 ジョ−、 もうそんなことは忘れて・・・・  

 それこそ、悪い夢だったのよ、そうでしょう? 」

「 忘れられないんだ・・・! すごいショックで・・・今でも。 

 もう一生 あんな思いをするのはイヤだ!って思って。 だから どんなことがあっても

 きみを 護り抜くんだって・・・・ 自分に誓って・・・ 」

 

僕はきみを腕に抱いたまま 半身を起こしていた。

カ−テンの隙間からもれる月のひかりが きみのまろやかな肩をすべり落ちるよ。

 

「 ・・・・ねえ? あなたが撃ったのは・・・・ 人間の仲間たちだったのでしょう? 」

「 ああ・・・。 クロ−ンとはいえ、きみや・・・みんなと寸分も変わらぬ細胞をもった

 生きた・人間。 それを 僕は・・・・ 」

「 だったら。 ソレはわたし達じゃないのよ。 」

「 ・・・・・ え ? 」

 

さらり、と亜麻色の髪がゆれて 夜目にも鮮やかにきみの笑顔が浮かびあがる。

どんな宝玉よりも深い煌きが その蒼い双眸に満ちているね。

 

「 あなた、自分で言ったでしょう? <003>でないわたしって。

 みんなも同じよ。 この・・・能力、をもたないわたしは・・・・本当のわたしじゃないのよ。 」

ね、そうでしょ?と微笑んでいるのに つ・・・っとほそい涙が白い頬をつたい落ちてゆくよ。

 

「 ・・・・ フランソワ−ズ ・・・・ 」

「 あなたの仲間たちは。 ・・・・・能力を持つ・特殊なモノなの。

 あなたを ジョ−。 愛しているわたしは・・・・ 003のわたし、なの。 」

「 003・・・ 」

「 そうよ。 ・・・・003でなかったら。 あなたとは巡り会えなかったわ。 」

 

細い指が 僕の髪を柔らかく弄るよ。

どうして きみは。 そんなに優しくて・・・・つよいの?

 

僕は 自分が怖ろしい。 自分自身がこわくてたまらない。

だって、 僕は。

生きた・暖かい血のながれる・・・・きみを・・・この手に・・・・かけた。

いつの日か また。 いま、隣りに寄り添う愛しいヒトを

僕は・・・・コノ手で・・・・ 撃つ、のかもしれない・・・・

 

冷徹にじっと見据えて。 躊躇うこともなく。

そんな自分が 009である自分が 僕は心底おそろしいんだ。

 

  − ジョ−?

 

フランソワ−ズは まっすぐに僕を見詰めて。

そうして ぱあ・・ッと微笑んだ

 

「 そのときは。 わたしもあなたを 撃つわ。 」

 

わたしだって003なのよ、ときみはちょっとツンとして自慢げに言った。

 

 − そうだ・・・! 僕を殺せるのは きみ だけ。 殺してくれ! その時は。

 

いつの日か。

きみが 僕を 殺してほしい。

あの島での出来事は 決して夢じゃないんだ。

いつの日か。

僕が きみに 銃口をむけるとき

きみは ためらわずに僕を頽してほしい。

 

 

「 ・・・・ ジョ− ・・・・ 」

 

ゆるり、とほころんだきみの唇を 僕はすこし強引に封じた。

馴染んだ香りが 僕の中にいっぱいに拡がって 

よけいに僕をそそらせるよ・・・・

 

ふふふ・・・ 今だって僕はきみに殺されそうだ、 そう、きみ自身のすべてに。

ああ、そうさ、殺しておくれ。

この白い手で  このたおやかな身体で

ああ、そうさ、包み込んでおくれ

その細い手で  そのしなやかな身体で

 

温かいきみのなかで 僕は必死で叫んでいた。

強引な僕に きみは少し目を見張っていたけれど

すぐに ほそいその腕を絡めてきた。 やさしく、そして きつく。

 

きみが そして僕が

ずっとこのまま 一緒なのだと遮二無二信じたくて

僕は 僕の情熱の証をきみのなかに注ぎ込んだ・・・・

 

そして。

いつの日か

きみに 殺されるその瞬間を 鮮やかに思い浮かべながら

いつの日か

きみの 手にかかるその至福の瞬間( とき )を しっかりと心に刻みながら

 

僕はきみを抱きしめたまま 悪夢などつけいる隙のない甘美な夢に落ちていった。

 

 

*****  Fin. *****

Last updated: 04,30,2004.                       index

 

*****    後書き    by  ばちるど  *****

『 幻影島編 』 ってシリアスな設定で 何気に93ラブなのに・・・・

お、おわり方がなあ・・・・・(涙) 丁寧な作画で気に入っていますので

<93らぶ・ば-じょん>に勝手変換させて頂きました♪♪