『 結ぶ糸 ・ みえない糸 』
****** はじめに ******
ゲスト・キャラの名前が新ゼロのあの方なのですが・・・
これは一応原作設定のお話です。
尚 ヴァイオリンにつきましては全くの素人ですので
処々 寛大にお目こぼしお願いいたします〜 <(_ _)>
その音 ( ね ) は天上の風、天使の囁き と賞されていた。
彼女が奏でる弦は 時に蝉の羽を震わすほど繊細に 時に窓ガラスをびりびりと揺るがすほど大胆に
震え叫び・・・至福な一時を聴衆に与えてくれるのだ。
フローラ・スッツ のヴァイオリンは今世紀の至宝といわれ、絶賛されていた。
コンサートは常に満席、CDは発売されるたびに即日完売 ・・・
もはや彼女の生の音を聞くことは 一般大衆には不可能に近くなってしまった。
そして二十歳を越えるか越えないかの頃にすでに < 幻の 〜 > という形容詞までつくアーティストになった。
「 ・・・ はあ・・・ すごい人気だわねえ・・・ 」
「 ・・・ふん ・・・? 」
テレビの前でアルベルトとフランソワーズが熱心に耳を傾けている。
「 ・・・ 達者だな 」
「 そう そうね・・・ 」
「 達者だ ・・・ <弾き方> を心得ているな。 甘い曲は甘く、荘厳な曲は荘厳に 弾く 」
「 ・・・ 聴衆の聴きたいと思っている音を弾くのね。 すごい洞察力 ・・・
でも ・・・ 彼女が弾きたいのは どんな音なのかしら。 」
「 ・・・ 弾きたい音、か ・・・ 」
「 ええ。 彼女自身が ・・・ 」
「 ふむ・・・ ? 」
TVからは万雷の拍手が響いてきて、二人は姿勢を崩した。
「 ・・・ あの〜〜 コーヒー、淹れようか? 」
ずっと離れた位置から ジョーが遠慮がちに声をかける。
「 あら ジョー・・・いたの? 退屈してとっくに部屋に戻ってしまったかと思ったわ。 」
「 え ・・・ そんな・・・ きみが ・・・ いるのに! 」
「 おいおい フランソワーズ、そりゃないだろ。 コイツ、眠くても必死で頑張ってたんだから。 」
「 え ・・・ そ そんなことないよ。 ぼく、ちゃんと聴いてたってば。
その・・・ オーケストラ ・・・ 」
「 ・・・ は? 」
「 うふふふ・・・・ いいのよ、ジョー。 じゃ、なにかお菓子、用意しましょうか
ジョー、 コーヒー 淹れてくれる? 」
「 うん♪ 」
ジョーは嬉々として彼女に着いてキッチンに入っていった。
「 は・・・! まったく仔犬だな〜〜 アイツ。 お〜い コーヒーに砂糖いれるな〜 」
アルベルトの吼え声は ・・・ キッチンまでは届かないってか二人の耳には聞こえないだろう。
まもなく キッチンからは は〜と模様 が大量に零れでてきたので・・・
アルベルトは 肩を竦めTVに視線を向けた。
「 ふん ・・・ ! ま 勝手にしろっての。
お? アンコールか・・・ ・・・ しかし なあ・・・ この歳でこの弾き方か・・・ 」
彼はソファに座りなおすと もう一度 音の世界 に埋没した。
彼女はどんな音が弾きたいのかしら・・・
アルベルトに耳に奥には メロディーとともにフランソワーズの言葉が沈んでいた。
ゴ −−−−−−
ドルフィン号は真っ青な空を軽快に走ってゆく。
「 とにかく ヤツらを追っ払えばいいだろ? 」
「 結論はそうだがな ・・・ ただし その音楽祭とやらに集う人々の安全の確保だ、
それがまず第一じゃからな。 」
「 博士、 それで現場の見取り図は ・・・ 」
「 あ それは僕がメモリーに落としておいたよ。 今 皆に座標 送るね。 」
「 お さんきゅ。 ・・・ は〜ん・・ オッサン、こりゃ上からオレとオッサンが組んでよ〜 」
「 じゃあ ぼくは地上から人々を退避させる。 フランソワーズ、状況の詳細を頼む。 」
「 了解。 ― あら? 音楽家達が ホールに集まってきたわ ・・・ 」
「 ふむ、最終リハーサルだろうな。 芸術家として当然のことさ。 」
「 それじゃ ― 」
サイボーグたちは欧州のある国境に向かっていた。
毎年彼の地では音楽祭が盛大に開催される。 何年に渡って続く有名な伝統行事なのだという。
世界各国から著名なアーティストたちた集合し、音楽狂な聴衆とともに至福の日々を過す。
― その行事に NBGが魔の手を伸ばした、という情報が入ったのだ。
サイボーグ達は世界各地から合流しつつ現地に急いだ。
そして ミッション自体はかなりあっけなく終了した。
ズガガ −−− −−― ― ン ・・・・!! ド ーーーー ン ガガガガ ・・・・!!
「 よっしゃあ〜〜 やっつけたぞ〜〜 」
「 ・・・ こっちも完了。 観客も音楽家たちも誘導できたよ! 」
「 よし。 作戦完了だな。 博士? これで我々は撤退します。 」
「 アルベルト。 頼む。 諸君 ・・・ ありがとう・・・! 」
「 いや〜〜 博士〜〜 皆はん、ご無事でなによりでっせ〜〜
ほな ワテらは はようおウチに帰りまひょな。 」
「 うお〜〜賛成! そんで宴会だあ〜〜♪」
「 ったく。 てめェはそれっきゃアタマにないのか。 」
「 まあまあ いいじゃないか、ご同輩。 我らもたまにはハメを外して〜 こう〜〜 一杯♪ 」
「 うふふ・・・ グレートらしいわね。 でもわたしも飲みたいわ♪ 」
「 フラン〜〜 」
「 諸君! それは大いに飲もうではないか! 」
「 博士〜〜 それでは ドルフィン号 帰還します! 」
「 おう〜〜 」
ド −−−−− ン ・・・・!
背後で最後の爆音が聞こえた。
「 うっほ♪ ラストは打ち上げ花火かいな。 」
「 ははは・・・ お疲れさん、の送り花火だな〜 」
満足と安堵と笑いに囲まれてサイボーグたちは 帰路についた ・・・ のだった が。
「 博士。 」
「 ・・・・ そうなんじゃ。 あの時の最後の爆発で・・・ 」
「 おお 我輩らが打ち上げ花火・・・とはしゃいでいたアレですな。 」
「 うむ・・・ あの爆発に巻き込まれてしまったそうだ。 」
「 そんな ・・・! 全員避難したのは確認しましたよ? 観客も音楽家も。 」
「 ああ。 一旦はな。 ・・・ その後 ホールの楽屋に戻ったそうだ、彼女だけ・・・」
「 ! どうしてです?? あそこは破壊も激しくて一番危険だったのに! 」
「 ・・・ 取りにもどったのだと。 その・・・ヴァイオリンを・・・な。 」
「 え?? だって彼女は・・・ちゃんとあの ス・・・なんとかを持ってましたよ?
あの〜 有名な楽器なんですよね? 」
「 ― ストラディヴァリウス。 」
アルベルトが ぼそり、と口を挟む。
「 あ ああ そのスト・・・なんとか。 ケースに入れてしっかり抱いてました。 」
「 うむ ・・・彼女が取りに戻ったのは予備のものなのだそうじゃ。
愛器にはかわらない、置いてゆくことはできない・・・と言ってな。 」
「 ・・・ そうんだったんですか。 」
「 それで あの爆発に? 」
「 そうじゃ。 そして ・・・ 左腕を負傷してしまった。 腱を断裂した・・・ 」
「 まあ ・・・! 左腕を? それは ・・・ 大変ねえ・・・ 」
「 ?? 右じゃなくてよかったよえね? ヴァイオリンって こう・・・使うんだろ? 」
ジョーは弓を持ち弾く真似をした。
「 ジョー。 違うのよ。 ヴァイオリニストにとってね、左腕は命なの。 」
「 ・・・ 命? 」
「 ああ。 あの繊細な音にはな、左手の絶妙で正確なフィンガリングが必須なのさ。
だからヴァイオリニストが 左腕の腱を切断したとなると それは 」
「 ・・・ そうか ・・・ ぼくが最後まで残っていれば・・・ 」
「 ジョー。 お前の責任ではないよ。 」
「 そうよ、ジョー。 あなたはきちんと任務を果たしたわ。 」
「 しかし ・・・ あの彼女は ・・・ 」
ジョーはクラシック音楽にはまったくの素人だけれど 彼女の弾く旋律には感動していた。
漆黒の髪をゆらし 白い腕 ( かいな ) が翻り夢みたいな音が流れ出す・・・
あの腕が ― 今 彼女はどんな想いでいるのだろうか・・・
「 諸君 。 」
ギルモア博士は 改めて彼の <子供たち> を見回した。
ミッション終了後、メンバーの半分はそれぞれの故郷に戻った。
ドルフィン号でギルモア邸に帰国したのは在日組とアルベルトだけだった。
「 はい。 」
サイボーグ達 ・・・ いや アルベルト グレート 張々湖 フランソワーズ そして ジョーは
固唾をのんで博士を見つめた。
「 それで だな。 ― 腕を 作ろうと思うのじゃ。 ワシの能力 ( ちから ) の全てを注いで。 」
「 ・・・ まあ ・・・ ! 」
「 え ・・・・ 作るって ・・・ その さ サイボーグ ・・? 」
「 ・・・ ふん ・・・・ ? 」
「 うむ・・・ サイボーグ、と言えるかどうかわからん。 」
「 どういうことですか。 」
「 ごく部分的はものじゃ。 正確には人工化するのは断裂した腱のみ、だ。 」
「 そのことは・・・ フローラに? 」
「 ああ。 勿論 <医療行為> であるし、選択するのは彼女自身じゃ。 」
「 それはいい。 選ぶのは ― 本人の意志だ。 」
「 諸君 賛成してくれるか。 」
「 勿論ですよ、博士。 ・・・ なあ 皆? 」
「 彼女がそれを望むなら・・・ 」
「 うむ、 それが一番のキイだな。 」
「 左様 左様。 我輩はあのヴァイオリニスト嬢の意志を尊重しますな。 」
「 ありがとう、諸君。 では さっそく連絡をとってみよう。 」
「 お〜っと・・・ お茶が冷めてしまったな。 」
「 あら ・・・ そうね、お湯を換えてくるわね。 そうそう苺がまだあったはずだし・・・ 」
「 ふんふん・・・では我輩はとっておきのコニャックでも出すかな。 」
「 コーヒーは俺が淹れよう。 」
ほっとした空気が流れ、全員が ざわざわと動き始めた。
「 え〜と・・・? この器でいいかな・・・ フラン〜〜 スプーンかなフォークの方がいい? 」
ジョーは食器棚にアタマを突っ込んでがたぴしやっている。
なんとか人数分のガラスの器を取り出した。
「 なあ・・・ いちご用のスプーンってさ ・・・フラン ? 」
フランソワーズは シンクの前に立ち ― じっと窓から空をみつみている。
「 ・・・ あの フラン ・・・? 」
「 ・・・え あ ああ ジョー・・・ ごめんなさい ちょっとぼんやりしてしまったわ・・・ 」
「 疲れてるんじゃないかい。 大丈夫? 」
「 うん、大丈夫よ。 ・・・ 苺の器ね、うん、それがいいわ・・・ 」
「 じゃ ぼくが盛り付けるよ。 きみはさ、ミルクとか用意してくれる。 」
「 わかったわ ・・・ 」
― カタン ・・・
冷蔵庫の前で フランソワーズの手は再び止まってしまった。
手を ・・・ 腕を ・・・ < つくる >
ツクリモノの腕は ・・・ あの音を紡げるのかしら・・・
・・・ ツクリモノ の ・・・ 身体は ・・・
自分自身の手に脚に 眼が落ちる。
細いしなやかな指 すんなりと真っ直ぐな脚 外見はすばらしく美しい。
いつまでも いつまでも ― 変わらずに ・ 変われずに。
・・・・ 美しい? 生身そっくり? ・・・ そうね
でも ― これはツクリモノ ・・・
魂を込めて表現したことを ・・・ 伝えてはくれない ・・・
「 ・・・ フローラ・スッツ ・・・ !
あなたは あなただけはこんな哀しみは知らないでいてほしい・・・ 」
― カチャ カチャ カッチン ・・・!
ガラスの触れ合う陽気な音が聞こえる。
「 フラン〜〜〜 これでいいかな? リビングにもってゆくよ〜〜 」
ジョーはトレイをささげ もうキッチンを出ていた。
「 いっけない・・・ ぼんやりしていたわ・・・ ジョー! あらら・・・気をつけて! 」
フランソワーズはパタパタとスリッパを鳴らしジョーの後を追った。
大きな < 事故 > があり、 世界的な音楽家が愛器を守ろうと怪我をした。
それはトップ・ニュースとして全世界を駆け巡った。
そして すぐに < 奇跡の復活へ > の記事が後を追いかけ、人々は愁眉を開いた。
凄腕の専門医が彼女の治療のために 東洋の島国からやってきた、という。
― フローラ・スッツは 復活するにちがいない!
またあの素晴しい音が聴けるのだ、と皆は喜び ― いつの間にか忘れた。
・・・ その三ヶ月後、新聞の片隅に載ったある女流バイオリニストの引退記事に
目を留めたものはほとんどいなかった ・・・
「 ただいま 。 ねえ 若葉がきらきらして・・・とっても綺麗なの♪
・・・ 博士、ジョーの好きなクッキーがあったから買ってきました ・・・
あら。 お客様でしたの。 失礼しました・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
フランソワーズは居間に入って 少々びっくりした。
リビングのソファに ― 見知らぬ女性が座っていたのだ。
「 あの・・・? 」
「 ・・・・・・ 」
その女性はフランソワーズの方にちら・・・と視線を向けたがすぐにまたそっぽを向いた。
サングラス・・・! ああ 頬に傷跡が・・・
・・・ あら? どこかで見たことが・・・?
! ・・・ もしかしたら ・・・ フローラ ・・・?
― カタン ・・・
リビングのドアが開き、博士が書類を手にせかせかと入ってきた。
「 やあ 〜〜 お待たせしました、フローラ嬢 !
おお フランソワーズ、お帰り。 こちらは フローラ・スッツ嬢じゃ。 」
「 まあ ・・・ やっぱり。 初めましてミス・フローラ。
わたし、フランソワーズ・アルヌールといいます。 」
「 フローラさん、彼女はワシの娘です。 いろいろ・・・助手もやってもらっていますが。 」
博士は すこし慌てた様子で言葉を挟んだ。
す・・・っとサングラスが フランソワーズをみつめた。
「 ボンジュール? 綺麗な方ね。 その顔もサイボーグ化の成果なの。 」
「 ・・・ !! 」
「 フローラさん。 彼女は関係ありません。 」
「 あら それは失礼。 ここは 普通の邸宅にみえますが。
ここで ・・・ その < 治療 > とやらをなさるのですか? 」
「 フローラ嬢 ・・・ この邸にはまあ・・・ワシのプライベートな研究所がありましてな。
< 診断 > や < 治療 > も行っています。 」
「 そうですか。 それじゃ 出来るだけ早く < 治療 > してください。
この壊れた左腕を完璧なサイボーグの腕にしてほしいの。 」
「 ?! フローラさん・・?? 」
「 まあまあ・・・ もう少し検査してからにしませんかな。
その前に伺っておかねばな。 事故後の手術でなにか後遺症が出てしまったのですか。 」
「 ええ。 この腕は ― まったく用を成しませんの。 」
フローラは吐き捨てるように言うと す・・・っと左腕を掲げ袖を捲くった。
「 ・・・・・・・・・ 」
「 これは ・・・ き 君 ・・・・! 」
「 フローラさん ・・・・! 」
「 これ、 この壊れた腕じゃ ― 役に立たないのよッ ! 」
博士とフランソワーズの前に差し出された腕 ― その白い腕には。
専門の外科手術を受けたとおぼしき傷跡 と 無数の醜い跡があった。
「 ・・・ 君 ・・・・! 君の腕の治療は ・・・ 成功した。 これは確かじゃ。
ワシはあの事故の後、君の左上膊部の腱を完璧に接合させた。 」
「 博士! あの ・・・ 接合って・・・?
あの時の治療では・・・そのう < 新しい腱 >を用いたのではないのですか。 」
「 ああ。 ぎりぎりまで迷っていたがな、結局通常の <治療> となった。
ワシは断裂した腱をそのまま使った。 人工の素材は一切使用しておらん 」
博士はフローラの腕をそっと両手で包み込んだ。
「 どうして・・・ こんな傷を・・・ 君は自分で自分の腕を傷つけたのですか? 」
「 そうよ。 この壊れた腕がちっともいう事を聞かないからよ・・・! 」
「 機能の回復は十分に確認したはずじゃが・・・ 」
「 ・・・ 機能、か・・・ 」
ふふん・・・とサングラスが冷笑する。
「 ― どういうこと・・・ なのですか。 」
「 ・・・ 説明してみましょうか? 聴いていただけたら わかりますわ。 」
フローラは立ち上がると足元の置いていたヴァイオリン・ケースを取り上げた。
「 なにか リクエストがございますかしら? 」
「 ・・・・・・・ 」
絶句している二人に冷たい笑いを見せたまま、フローラは弓を取り上げた。
「 では。 売り上げNO.1の曲を ・・・! 」
さ・・・・っと黒髪が翻り 音が 鳴り響きはじめた。
「 ・・・・ うわ ぁ ・・・・・ 」
「 これは ・・・ なんと 」
圧倒的な強さで音は奔流となりリビングに渦巻き 二人だけの観客を巻き込んだ。
サラサーテの ツィゴイネルワイゼン ね・・・
博士もフランソワーズも ただただ圧倒され身動きすら出来ずに聞き入っていた・・・
・・・・ あ ・・・・??
まず フランソワーズが気づいた。
「 ・・・ あ ・・・・ 」
彼女の小さな声に 博士も表情を変えた。
「 ・・・ おお ・・・・ 」
パン ・・・・! 音が 突如止まった。
「 わかったでしょう? ・・・ このズレに我慢ができなかったのよ。 」
ヴァイオリンの演奏は右手のボウイングと共に左手による繊細なフィンガリングが非常に重要だ。
双方が絶妙のバランスを取ってこそ最高の < 音 > が生まれる。
フローラの演奏は普通のレベルで考えれば無難に美しいものだ。
しかし・・・
彼女の左腕は負傷した故にほんのわずか、ごくごく僅かに動きが遅れてしまう。
その結果 左右の腕の動きがほんの少し噛み合わず 彼女の奏でる音は微妙に歪んでゆく。
感受性の強いひと、耳のよい人は それに気がつくだろう。
そして 誰よりも演奏者本人がその微妙なズレに苛立ち絶望した・・・
「 先生 」
フローラは ヴァイオリンを持ったまままっすぐに博士を見つめた。
「 あの時は この・・・ 腕、壊れてしまった腕を治してくださってありがとうございました。
次は この腕を完璧な演奏ができる完璧な腕に・・・換えてください。 」
「 ・・・ 完璧な腕・・・?
フローラさん ・・・ それは まさか君は ・・・ 」
「 はい。 サイボーグ化の手術をお願いします。 」
「 ・・・ 君 ・・・! 」
「 ミス・フローラ・・・! 」
「 あの時は ― お断りしました。 復帰できる、と信じていたから・・・でもこのザマです。
私はもう一度・・・ 以前の私の音を奏でたい・・・
そのためになら なだってしますわ。 」
「 君は ・・・ 本気ですか。 」
「 冗談でこんなこと、言えません。 本気です。 」
「 ご家族や周囲の方々のご意見は? 」
「 ・・・ 家族はいません。 それに 怪我をしてあの音を失ったら ― 皆 居なくなりました。
フィアンセも 友人と言っていた人々も ファンも。 」
「 ・・・ それは ・・・ 」
「 同情は結構です。 私自身のことは私が決めます。 」
「 ・・・・ あの ・・・ 失礼します ・・・ 」
カタン ・・・ フランソワーズが顔を伏せたままリビングから出ていった。
ぽかり ぽかり と浮かんだ雲がゆっくりと流れてゆく。
あの丘を越えて ・・・ 春を追ってどこまでゆくのだろう・・・
「 ・・・・ きれい ねえ・・・ 」
フランソワーズは ぼんやり視線を空にそして海に向ける。
海の色は日に日に明るくなり 潮騒も陽気な音を響かせる頃になっていた。
あの席に居たたまれなくなり、思わず外に飛び出してしまった。
戻ることもできず、 門まプラプラ歩き急な坂道に出た。
「 ・・・ こんなに綺麗なのに・・・ 自然は ・・・ ううん、自然が一番美しいの・・・ 」
ふうう ・・・ 溜息と一緒に ほろり・・・と涙が零れた。
「 ただいま ― なきむしさん 」
「 ? ジョー ・・・? 」
ぽん、と肩を叩かれ驚いて降り向けば セピアの瞳が笑っている。
「 まあ・・・ 車じゃなかったの? 」
「 うん 今日はバスで ・・・ あれ、 誰か客かい。 」
門の横の停まる車に ジョーはちらり、と眼をやった。
「 え ええ 博士に、ね。 ・・・ ジョーも知っている方よ。 」
「 え。 ぼくも? 」
「 ええ。 ほら ・・・ あの。 」
「 あら。 お帰りなのね、 サイボーグ009 さん 」
二人の後ろに フローラが立っていた。
「 ?! ・・・・ き きみは ・・・! 」
「 そんなに驚かなくてもいいわ。 ええ 勿論皆さんのことは口外無用・・・
どうぞご安心なさって。 」
「 ・・・ ありがとう。 しかし ・・・ なぜ君はそんな・・・ 」
「 ふふ・・・私も皆さんのお仲間になりますから。 左腕だけ、ですけれど。」
フローラ ・ スッツ はきっぱりと言い切り、艶然と微笑んだ。
「 ・・・ 仲間 だって? 」
「 ええ。 あの時、 どうして私 躊躇ったりしたのかしら。
最初からすっぱりサイボーグ化してもらえばよかった・・・・! 完璧な腕に ね。 」
「 ・・・ フローラ・・・! あなた、本気なの、本当に本気なの。 」
「 フランソワーズ? どういうことなのかい。 」
ジョーはコトの経緯がはっきりわからずに 怪訝な顔をしている。
「 あら。 ご存知ないの? あなたもあの現場にいらしたわよね、赤い服を着て。
それじゃ ・・・ ねえ 送ってくださる? これ・・・新車なのよ。 ゆっくり説明してさしあげるわ。 」
フローラは自分の車のドアを開け ぽ〜ん・・・とジョーにキイを放った。
「 ・・・ っと ・・・! いいですけど・・・・ どちらまで。 」
「 ウチまで 」
「 え? 」
「 ・・・ なあんてこと言いませんわ、 ほらほら貴方の彼女が睨んでますもの。 」
「 フローラさん! 」
「 ふふふ・・・ ちょっとお借りするわ。 綺麗なお顔のサイボーグ003さん。
イケメンはサイボーグ009さん? 最寄駅までで結構よ。 じゃ 行きましょ。 」
「 ・・・・・・! 」
フローラは ジョーを運転席に押しこむと、自分も助手席に納まった。
彼女はゆっくりとサングラスを外し ジョーをみつめている。
「 ・・・ ジョー! 」
「 ああ フラン ・・・ ちょっとお送りしてくるから。 すぐに戻るよ。 」
「 早く出してくださらない。 」
「 あ ・・・ すいません ・・・ じゃ な フラン 」
「 ええ ジョー ・・・ 」
フローラ・スッツの冷たいプロフィールをみせたまま、車は急坂を降りていった。
「 ・・・ いけない ・・・ そろそろ晩御飯の用意、しなくちゃ・・・ 」
フランソワーズは坂の天辺ではっと我にかえりあわてて玄関に戻っていった。
「 あ・・・ 焼きたてのクッキー ・・・ ジョーの好きなクッキー、焼きたて、買ってきたのに・・・
まあいいわ。 あとでもう一度オーブンにいれてみましょう。 」
そろそろ西の空が青から橙色に替わりはじめていた。
リビングでは博士がソファに身体を埋め アタマを抱えこんでいる。
「 博士 ・・・ 失礼しました。 」
「 ・・・ うん? おお フランソワーズ ・・・いや 気にせんでいい。
しかし ・・・ 彼女は本気で・・・ 」
「 ・・・ 本気、なのですか。 あの方は・・・ その・・・ 」
「 ああ。 しかし しかし だな ・・・ 」
ううむ・・・ と博士は辛吟する。
「 博士 ・・・ 大丈夫ですか? あの・・・ お茶・・・今 入れ替えますね。 」
フランソワーズはそっと博士の側にすわり 背に手を当てた。
「 フランソワーズ ・・・ ワシは ・・・ ワシは。
もう二度と再びあの過ちを繰り返してはならない、それこそ許されんことだ。 」
「 ・・・ サイボーグ化 ですか・・・ 」
「 そうじゃ。 」
「 ・・・ でも ・・・ 医療行為ですよね。 それに彼女のたっての希望なのでしょう? 」
「 ・・・ そうじゃ。 しかし しかしな・・・
それに、サイボーグ化したからといって以前と同じ演奏が出来る・・・とは限らない。 」
「 ・・・ え ・・・? 」
「 これは ・・・ すまん・・・! フランソワーズ、お前が一番判っておるはずじゃ。
・・・ 生身に優るものは この世にありはせん、ということを。 」
「 ・・・ 博士 ・・・・ 」
「 さっきの彼女の演奏を聴いて もう一度確信したよ。
ワシはまた過ちを重ねるところじゃった。 驕っておった・・・ 」
博士の深い 深い溜息が リビングに満ちてゆく。
「 先ほどの音は確かに ・・・ 以前の音とは段違いだ。 しかし、あれは ・・・ 」
「 ええ。 あれは彼女の音でした。 ・・・ 人工の音、じゃないです。
サイボーグ化すれば完璧な音を奏でることができるかもしれません、
でも ・・・ それは 本当の彼女の音 じゃない。
ツクリモノからは ・・・ 魂の芸術は生まれません。
そのことは わたしやアルベルトがよく いえ、実を持って知っています。 」
「 ・・・ すまん フランソワーズ ・・・ すまん ・・・
ワシはお前から ・・・ なにもかも奪ってしまった・・・ 」
「 博士 ・・・ わたしは 忘れることなんかできません。
でも。 囚われ続けるのは ・・・ もっとイヤです。
わたし達 ・・・ 乗越えてきました よね? 」
「 ・・・ すまん ・・・ 」
「 それに わたし・・・ 身体はツクリモノでも ・・・ こころは変わっていませんわ。
わたしも ジョーも。 ええ 仲間たち皆 ・・・ 」
「 ・・・ すまん ・・・ 本当にすまん ・・・ 」
「 こころは生まれたときのまま、です。 生身のこころがあるから ・・・
だから わたし・・・ 人を愛することができます。 」
「 ・・・ フランソワーズ ・・・ お前という娘は ・・・ 」
フランソワーズは答えずにだまって博士の手を両手で包んだ。
「 さあ〜て・・・ 晩御飯 晩御飯! 美味しいそうな細魚をね、商店街の魚屋さんでみつけました。
ムニエルにしましょうか。 」
「 ・・・ ありがとうよ フランソワーズ ・・・
そうじゃあな・・・ いや、ジョーがまた 『 煮付けが食べたい 』 とか言うかもしれんよ。 」
「 あ そうですわね。 ジョーってば・・・
それじゃ スープじゃなくてお味噌汁にしましょうか。 」
「 ああ そうしてやっておくれ。 ワシはお前の手料理ならなんでも好きさ。 」
「 博士 ・・・ 」
「 ありがとうよ・・・ ワシはなんとしてもあのお嬢さんを説得せねば な。 」
「 ・・・ 決めるのは彼女ですけど・・・ わかってくださるといいなあと思いますわ。 」
「 ・・・ うむ ・・・・ 」
晩春の宵、暮れなずむリビングで二人はすこし哀しい笑みを浮かべていた。
サ −−−−−−−− ・・・・・
最新モードの車が音もなく国道を疾走してゆく。
その滑らかすぎる動きは車自体の性能 ― だけではないようだ。
ドライバーはごく無造作にハンドルを繰っていたがその動きに無駄はない。
彼は必要最低限の動きで的確にクルマを走らせていた。
門の前で強引に彼に運転を押し付け、発車し 道すがら彼女は経緯をぶちまけた。
ジョーは黙って聞いていた。
「 ― それで 今度、私もお仲間になるわけ。
ええ この左腕だけですけど。 だから私達親しくなってもいいのじゃない? 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 ねえ? ずっとだんまりね。 少しはお喋り、しない? 」
「 ・・・ しゃべること、ないですから。 」
「 あら 私と喋りたくない? 私に興味、ないの? 」
「 別に。 ああ ・・・ 次の角を曲がると駅にでる道になりますが。
駅前までお届けすればいいですか? この車。 」
「 車?! ・・・・ いえ・・・ ヨコハマに出たいの、まっすぐ行って。 」
「 そうですか ー それじゃ・・・ 」
「 え?? 」
ジョーはするすると減速し路肩に車を止めた。
「 なぜ止めるの。 こんな途中で・・・ 」
「 申し訳ないですが、 ヨコハマまではお送りできません。
家のものにもなにも言ってこなかったし。
だいたいアナタは帰りも運転するつもりで来たのですよね? 」
「 まあ! ・・・・ そう、それは残念ねえ。 ねえ ジョーさん? 」
シートベルトを外しかけたジョーに 彼女は腕を絡めた。
「 なんですか。 手、どけてくれませんか。 シート・ベルトが ・・・ 」
「 う〜ん ・・・ ねえ・・・ 私 人間の女よ? 」
「 ?? 」
「 どう? 私、生身よ? どこもかしこも100% にんげんのオンナよ?
味わってみたくないの? 」
「 !? フローラさん! 」
ジョーは運転席から立とうとしたが 彼女の腕が執拗にからみついてきた。
「 アナタのあのカノジョ ― 綺麗なお人形さん とはちがう わよ?
綺麗で正しくて幸せな ・・・ 機械じかけのお人形さん とはね 」
「 ・・・ ぼくも機械仕掛けですよ。 一番完全に機械仕掛けです。
こんなこと、してはダメです。 」
「 ! 機械仕掛けだから ・・・ 品行方正なの!?
へえ〜〜 すごいわね、さすがね〜〜 生身の女になんて興味はないのね!
ジョー ・・・! 抱いてよ ・・・ッ! 」
フローラは 全身をジョーに投げかけてきた。
「 ・・・・!? 」
ジョーは 面食らったがなんとか彼女を抱きとめた。
「 フローラさん。 落ち着いてください。 ちゃんと座って・・・
どうしても運転して帰れないって仰るのなら もう少しゆくとパーキングがあります、そこに止めて。
どうぞ電車でお帰りなさい。 ヨコハマまではすぐですよ。 」
「 帰れ・・・っていうの!? 」
「 ええ。 あなたがなんでぼくに突っかかってくるかわからないけど。
ぼくには愛する人がいます。 彼女をこころから愛しています。 」
「 フランソワーズさんでしょ。 サイボーグ同士だから? 綺麗な整った容姿だから? 」
「 フローラ ・・・。
ぼくには音楽は よくわからないけれど。
音って ・・・ こころの内から流れてくると思います。
誰かを大事に想う気持ちと同じじゃないかってぼくは信じています。 」
「 ・・・・ え・・・? 」
「 音を創ることができるアナタには よく判っていると思いますが。
ぼく達は確かにサイボーグ ・・・ この身体はツクリモノの寄せ集めですよ。
でも 心はアナタと同じ、生身のこころです。 だから 愛することができる。 」
「 ・・・・ ・・・・ 」
「 それじゃ ・・・ ぼくはここで失礼します。 気をつけてお帰りなさい。 」
「 ・・・ あ ・・・ ジョー ・・・ 」
「 貴女の音を待っているひと、沢山いますよ。 それじゃ。 握手! 」
ジョーは彼女の手をちょっとだけ握り、するりと車から降りた。
「 ・・・・・・・・・・ 」
ジョーは国道を引き返し歩き始めた。
しばらく行ってから 彼は振り返った。
「 ・・・ ああ。 よかった。 ちゃんと 帰ってくれたな。 」
ジョーの < 超視覚 > は遠ざかってゆくフローラの車を 確かに捉えていた。
「 あ! 大変だ〜〜 夕食の遅れちゃうよ! 急いで帰らなくちゃ! 」
ジョーは 崖っぷちの我が家めざし走りはじめた。
カシャン ・・・ カシャン カシャン カチャ・・・!
凝ったレーベルを挟んだCDケースが 次々と床に放りだされ山積みになってゆく。
山は一つだけではなく 奥には崩れたものもいくつかある。
「 ・・・ これも これもこれも ・・・ いらないわ ! 」
フローラは CD用のラックから引き出しからチェストから・・・CDを放りなげる。
「 なんだってこんなにあるの? ああ ・・・ もう見たくもない・・・
二度と弾けないのなら ・・・ 消滅してしまえばいいのよッ・・・ 」
ガチャ ・・・ ガラガラ ・・・
またCDの山が 崩れた・・・。
ピンポーーーン ・・・ 玄関のチャイムが鳴った。
「 ・・・? 誰 ・・・? ここに来るひとなんて・・・ まだいるわけ?
ああ どうせなにかのセールスでしょ ・・・ 」
ピンポーーン ・・・ ピンポーーン ・・・!
「 ! 煩いわね! もう〜〜 !! 」
フローラは 崩れたCDの山を蹴飛ばして玄関に出ていった。
「 ・・・ 留守です! 帰って! 」
「 フローラさん? わたし ・・・ フランソワーズ です。 」
「 ・・・ え ・・・? 」
「 先日 お目にかかった・・・フランソワーズです。 よかったら開けていただけませんか。 」
「 ・・・ な なんなの・・・・? まあ いいけど・・・ 」
フローラはしぶしぶドアを開けた。
「 こんにちは。 」
「 ・・・ 何の用 ? 」
フランソワーズは丁寧にリボンで結んだ花束を差し出した。
「 ・・・ これ。 ウチの花壇のマーガレットです。 お店のみたいに大きな花じゃないけど元気でしょ。 」
花束を受け取ったフローラの手が震えた。
「 ・・・・ ありがとう ! ・・・ ふふふ ・・・花束もらうの、久し振りだわ。
あら ・・・ なんか ・・・ きれい ね・・・ これ・・・ 」
ぽとり ぽと ぽと ・・・・
涙が ・・・ フローラの涙が元気な花たちの中に落ちてゆく。
「 あ ・・・ あれ・・・ どうしたのかしら ・・・ 私ったら・・ 」
「 ・・・ フローラさん ・・・ 」
「 ・・・ あ どうぞ? ごめん、今・・・その・・・ごちゃごちゃしてて・・・ 足元、気をつけて。 」
「 ええ ・・・ あら。 これ全部・・・フローラさんのですか。 」
「 昔の私の、ね。 ああ フローラ、でいいの。 私もフランソワーズって呼んでいい。 」
「 勿論。 あの ・・・ 先日は失礼しました。 」
「 こっちに座って? ・・・ 謝るのは私。 ごめんなさい・・・絡んだりして・・・
幸せそうなあなたが羨ましかったの。 私 ・・・ 疲れてしまったのよ。 」
「 フローラ。 」
「 私はね、 私にはね、子供の頃から人々が <聴きたい音> がわかったから・・・
その通りに弾くことをしてきたの。 自分自身の想いとは無関係にね。 」
「 ・・・ あなたは自分でもわかっていたのね? 」
「 でも ・・・ ずっとそうしてきて。皆の求める音を弾けば賞賛されちやほやしてもらえたから・・・弾いたわ。
けど。 気がついたら 私自身の音がわからなくなってた・・・
そのうちに 天才とかいわれていい気になってたのよ。 」
「 ・・・ フローラ・・・ 」
「 怪我をして 聴衆の求める音が弾けなくなったら ― 私の周りからは誰も居なくなったわ。
だから ・・・ 人工でもいい、完璧な腕にもどってあの音を弾ければいいって思って・・・ 」
フローラは すう・・・っと腕を差し伸べた。
「 サイボーグ化して それが叶うなら・・・って・・・! 」
「 フローラ ・・・ 」
フランソワーズは 彼女の腕の傷跡にそっと手を当てた。
「 < 完璧 > がいつも正しくて幸せだ、とは限らないわ・・・・ 」
「 え・・・? 」
「 この前、ウチで弾いてくださった時 あの音 ・・・ 印象的でした。 」
「 ・・・ あなたはすぐにわかったのね。 あのズレ具合に驚いたのでしょう? 」
「 確かに 以前のあなたの音とは違ってたわ。 」
「 ・・・ だから この腕を 完璧にして欲しいって思ったのに・・・ 」
「 ズレた音の演奏でしたけど・・・ あの音はフローラ、あなた自身の音でした。
私にはそう聞こえたの。 」
「 え ・・・ 私自身の 音 ・・・? 」
「 そうです。 誰か、じゃなくてあなた自身が弾きたいと思った音をめざしていた・・・って
わたしにはきこえました。 」
「 ・・・ あんな ズレた音でも・・? 」
「 ええ。 以前 ・・・ わたしはバレリーナでした。
今 この身体になって踊ることはできますが 昔の踊りはできません。
・・・ 今でも転んでも沢山回れなくてもいい、自分自身の脚で踊りたい と思うの。 」
フローラは 震える手をのばしフランソワーズの腕に触れた。
「 ・・・・・ !! 」
「 フローラ、 わたしはもう二度と < 本当のわたし > の身体には戻れないわ。
でも ・・・ こころは 本当のわたし なの。
だから ・・・ わたしは生きてゆけるのかもしれないわ。 」
「 ・・・ 私も ・・・ この腕 で・・・? 」
「 あなたの 音 を みつけて? あなたの奏でたい音をみつけて。
あなたの あなた自身の腕ならば きっと作り上げられる・・・ 」
「 ・・・ フランソワーズ ・・・ 」
「 本当のフローラ ・ スッツの音を待っている人がいるわ たくさんいるわ。 」
「 フランソワーズ ・・・・ 」
「 ね、フローラ? 今度 また遊びにきて?
仲間にね、ピアニストを目指していた人がいるの。 合奏してください。 」
「 ・・・ ええ ええ ・・・ きっと・・・
いつか ・・・ この腕がもうちょっとマシに動くようになったら・・ 」
「 楽しみに待っているわ ・・・ 」
「 ・・・・ うん ・・・! この花みたいに元気になるわ・・・! 」
「 きっと・・・・ フローラ・・・ 」
「 ・・・・・・・・ 」
フローラは黙って傷ついた左腕を胸に当てた。
「 さあさあ 皆 ちゃんと座って?
あら? ジョー・・・? どこにいるの〜〜 始まるわよ 〜 」
フランソワーズは ぱたぱたとリビングを駆け回っている。
「 おいおい フランソワーズ。 少し落ち着きなさい。
ジョーなら キッチンでお茶の用意をしておるよ。 」
「 え?? そうなんですか・・・ ジョー〜〜〜 大丈夫? 」
彼女はそのまま キッチンに駆け込んでいった。
「 やれやれ・・・ ウチのお嬢さんは大騒ぎじゃな。 」
「 うふふふ・・・でも 私 嬉しいです。 」
フローラ が ソファの隅で笑う。
「 お〜〜 余裕だな、コンサート・マスター。 ・・・負けないからな。 」
アルベルトが ピアノの前で不敵な笑みを浮かべる。
「 ええ ご存分に。 」
「 おうよ、受けて立つ。 」
「 ・・・ お〜〜い ジョー、 フランソワーズ ! 始まるぞ! 」
「「 はあ〜〜い 」」
二人が お茶の香りを連れてキッチンからでてきた。
― あの事故から数年が経った。
晩春のある日 約束どおりフローラが愛器とともに崖っぷちのギルモア邸を訪ねてきた。
「 みなさん。 私、 今は子供達に音楽の楽しさを教えています。
皆さん ・・・! ありがとう! ジョーさんのひと言も ・・・ こころに沁みましたヨ。 」
フローラは 爽やかな笑みを浮かべると さっと弓を取り上げた。
「 ・・・ 聴いてください! 今の私の最高の音を・・・・ 」
― ゆっくりと丁寧に 『 きらきら星変奏曲 』 が始まった。
アルベルトがピアノをあわせ ジョーはフランソワーズにひっぱってぼそ・・・っと言う。
「 ・・・ 踊ろうよ。 」
「 まあ〜〜 ジョーってば あなたがダンスに誘ってくれるなんて! 」
「 ぼ ぼくだって・・・だ ダンスくらいできる・・・かな? 」
ジョーはフランソワーズにリードしてもらい、ぎくしゃくと踊る。
「 ははは・・・いいじゃないか、ジョー。 フランソワーズとおおっぴらにくっついていられるんだからな! 」
「 え ・・・ そ そんな ・・・ぼ ぼく達はそんな 」
「 ええ そんな仲なんです、わたし達! ね ジョー♪ 」
「 え? う うわあ〜 ・・・・ んんん ・・・ 」
フランソワーズはぱっとジョーに抱きつくと唇を重ねた。
「 ・・・ ねえ ジョー? あなた・・・実は音楽に詳しかったの?? 」
「 え?? ううん〜〜 全然。 聴くのはキライじゃないけど? 」
「 でも さっきのフローラの言葉・・・ 」
「 ぼく、きみの顔を見てただけさ。 きみが嬉しそうな顔する時って・・・ <いい音楽> なんだろ? 」
「 え・・・ ま まあ・・・・ ! 」
「 は! さ〜すがだな、 ジョー〜〜 」
「 ははは ・・・ まったくじゃな ・・・ 」
「 ― あの ぼく、なにかへンなこと、言ったかなあ・・・ 」
「 ふふふ それじゃもう一度・・・ きらきら星変奏曲 〜〜 」
♪ ♪ ♪ ♪ 〜〜〜
誰もが知ってるやさしいメロディーが 優しい音で流れ出す。
― フローラ ・ スッツ 天才少女から真の芸術家になったヴァイオリニスト。
彼女の奏でる音は煌く糸となり 人々の幸せを微笑を紡ぎ結びあわせてゆく。
*********************** Fin.
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Last
updated : 04,26,2011.
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*********** ひと言 ***********
え〜〜 冒頭でごたごた言い訳しておりますが・・・ 原作設定です。
そして タイトル拝借したあのオハナシ・・・でもないです。
え〜〜〜 あの < セリーヌ > のお話のパラレル?のつもり・・・
珍しく ジョー君にかっこつけたシーンをやってもらいました♪