『 人形の墓 』
カタカタカタ ・・・・・ カタカタ ・・・
ごく低い音が、さっきからずっと続いている。
・・・ あれ? なんだ? ・・・ こんな音、したかなあ・・・
ジョーは読みふけっていた雑誌から顔を上げた。
うん・・・? 部屋の中は いつもと変わらないよなあ。
稼働しているのは ・・・ 灯りと ヒーターと。
TVは消してあるし ・・・ PCも立ち上げてないぞ?
・・・ ああ キッチン ・・・ は もう真っ暗だし。
きょろきょろ見回せば 視界に入るのは ―
いつもと変わらないリビングの様子、そして。
亜麻色の髪の乙女が ソファで編み物に熱中している姿 だけだ。
「 ・・・ っと。 ここからは二目 細編み、それで裏編みが入って・・・ ひとつ、ふたつ・・・
?? あら。 なあに、ジョー。 」
ジョーの視線を感じ、青い瞳が手元の編み目からゆっくりと彼へと向けられた。
「 ・・・ あ う ううん・・・ なんでもないんだ。
ごめん ・・・ 編み物のジャマして ・・・ 続けてくれよ、ほんと ごめんな。 」
「 あら そんなに謝らないで? う〜ん ・・・ちょっと疲れたかしら・・・
お茶でも入れましょうか? ・・・ ふふふ わたしも飲みたいなって思ってたの。 」
「 あ あは・・・・そ、そうかい? じゃあ お茶タイムにしようか。 」
「 そうね。 昨日焼いたマドレーヌがまだあるから・・・ 如何? 」
「 わお〜♪ あれ、すごく美味しかった! 大歓迎さ。 あ! ぼくも手伝うよ。 」
二人は 真っ暗なキッチンに入っていった。
シュン シュン シュン ・・・!
ほどなくしてケトルが陽気な音をたて始め、 冷たく沈みこんでいたキッチンはいっぺんに
温かく楽しい空間になった。
「 ジョー ・・・ さっき 何を捜していたの? 」
トポポポポ −−−−−
湯気を盛大に零れさせて 熱湯がお茶ポットに注がれてゆく。
「 ダージリンでいいかい。 それともアッサム? ・・・・え なんだい。 」
ジョーは紅茶のカンを選びミルクを取り出そうと冷蔵庫の前にいる。
「 ほら、さっき。 ジョーってばきょろきょろ 回りを見ていたでしょう? 」
「 あ ・・・ うん。 あのさ、なんか カタカタ ・・・音が聞こえたんだ。 小さな音なんだけど
ずっと続いてて・・ なにかなあ、と思ってね。 」
「 カタカタ・・・・? あ わかったわ。 今晩は風が強いでしょ。 海からじゃなくて裏山から抜けてくる風。
あの風が吹く頃になると 音がするの、カタカタカタ・・・って。 さあ ・・・ これでいいわ・・・ 」
「 あ ・・・ ぼくが運ぶ 」
ジョーは 彼女からトレイを受け取ると お茶の道具をリビングに運んだ。
「 ここに来た年の初めての冬にね、気がついたのよ。 」
「 へえ?? そうなんだ・・・ぼくはちっともしらなかったなあ・・・・
それじゃ どこかの窓でも鳴っているんだね。 窓枠が緩んでいるのかもしれない。 」
「 ・・・ よく わからないけど。 邸全体が鳴っているみたいよ? 」
「 え・・・ 家が。 」
「 ええ。 この季節だけ、なんだけど。 木枯らしが来るよ・・・って教えてくれているのかも・・・ 」
「 そうかあ・・・ もう、冬がすぐそこまで来てるんだね。 」
「 ・・・ 夜も冷え込むようになったわ・・・ 」
「 うん。 なあ、今度の休日にでも徹底的に家中を点検するよ。
どこか微細な隙間とかあるのかもしれないし、気づかないうちに劣化している箇所もあるだろうからね。 」
「 ・・・ あ でも。 わたしね、この音や風って・・・ キライじゃないの。
つぎの季節の到来を告げてくれる風が 好きだわ。
風はね・・・ 遠くの国の出来事や明日のお天気を伝えてくれるのよ。 」
「 ふふふ・・・ きみらしいな。 ま、でも一応は点検しておくよ。
風の音はステキでも 雨漏りなんかあっちゃ困るからな。 」
「 そうね、 お願いするわ。 ・・・ あら? 門が開いた・・・ 誰かしら。 」
「 え・・・ そうかい。 」
「 ええ。 <耳> なんか使わなくても 聞こえるわ。 ・・・ん? 」
フランソワーズは ティー・カップを置いてすこし首を傾げた。
「 門のセキュリティをスルーしたのね。 ・・・ じゃあ 張大人かグレートだわ。 」
「 ジェットかも、な。 アイツ、いま こっちに来てるだろ。 」
「 あ そうだったわね。 は〜い、今 開けるわ〜〜 」
チャイムの音に 彼女は小走りに玄関に出ていった。
「 ぼんそわ〜る マドモアゼル・・・ 夜分に申し訳ない、無粋にも御邪魔してよいかな。 」
玄関ポーチには カシミヤのマフラーに頤まで埋め、中折帽に傘を携えた英国紳士が立っていた。
「 グレート! いらっしゃい。 さあ 早くあがって? 寒かったでしょう ? 」
「 いや〜〜〜 冷えるのなんのって・・・ せっかく腹の中まで温まっておったのに台無しよ。 」
「 あらあら・・・どうなさったの? ジョー! やっぱりグレートよ! 」
「 やあ・・・ いらっしゃい、こんばんは。 」
「 よう、少年。 お邪魔いたすよ、いや〜〜寒い寒い・・・ ! 」
「 あ それじゃ・・・リビングの室温を上げておくよ。 ちょっと待ってて・・・ 」
「 ああ ああ どうぞお構いなく ・・・って それよりも。
ちょいと燃料を補給したいのだが・・・マドモアゼル・・・ お願いできるかな。 」
グレートは くい・・・っと杯を傾ける仕草をした。
「 ・・・あ! はいはい。 気がつかなくてごめんなさい。
あのね、今ちょうど ティータイムなの。 ホット・ウィスキーにでもしましょうか? 」
「 う〜ん ・・・ いやぁ こんな夜にはこのお国の御酒がいいな。
アツカンで一献・・・ おい、少年、お前も付き合えよ。 」
「 あは・・・ 参ったね。 いいよ、確か・・・ この前コズミ博士からの頂きもので
大吟醸があったんだ。 あれを開けよう。 」
「 忝い・・・ ! 」
「 だいぎんじょう・・・って ああ、あの大きな瓶のお酒? 」
「 うん。 あ、熱燗はぼくがやるから。 きみはなにかおつまみでもつくってくれる? 」
「 いいわ。 グレート? どうぞリビングで寛いでいてね。 」
「 おう・・・・ありがたい ありがたい。 年寄りには何よりのもてなしだ・・・
お! そうだそうだ・・・忘れておった。 これこれ・・・ 」
グレートはオーバーの隠しから なにやら小振りの包みをごそごそと取り出した。
「 これを届けるのが使命だったのだ。 ほい、我らがギルモア翁に。 」
「 まあ なあに? これ・・・ビン? 」
「 左様。 張大人特製のたまご酒さ。 博士は少々お風邪気味・・・と小耳に挟んだのでな。 」
「 まあ・・・ありがとう! お喜びになるわ。 もしかしたらまだ起きていらっしゃるかも・・・ 」
「 そうか? それじゃ・・・ご挨拶かたがた ちょいと顔を出してこよう。 」
「 じゃ・・・こっちは用意しておきますね。 」
― 静かな初冬の夜は たちまち賑やかな酒宴となった。
「 お〜っとっと・・・ 〜〜〜ん 〜〜〜 これは美味い! 」
「 ・・・うむ・・・ いや〜〜確かに・・・ 」
博士とグレートは 差しつ差されつ熱燗に舌鼓を打っている。
「 うう・・・ こう、なんですな、 腹の底からじんわ〜〜り・・・と♪
う〜 う〜〜・・・ 五臓六腑に染み渡って ・・・ ああ ・・・ 美味い・・・
こんな夜にはぴったりの酒ですなあ・・・ 」
「 うむ ・・・ やはりな、その土地にはその土地の酒が一番よく合うんじゃよ・・・ 」
「 さいですな。 このまったり咽喉を落ちてゆく瞬間がなんとも・・・ ふは〜〜・・・
・・・お、博士。 ささ もう一献 ・・・ 」
「 おお ・・・おっとっと・・・ 」
二人は熱燗を独占していた。
フランソワーズは肴を運んできたて お猪口に注がれた清酒をもの珍しげにながめている。
「 うん ・・・ うまい・・・! なんだ、どうしたね、フランソワーズ・・・ 」
「 博士 ・・・ お風邪気味なのに・・・大丈夫ですか。 」
「 なぁに、マドモアゼル。 この国ではな、酒は百薬の長、と申して・・・
風邪払いなんぞには最高の妙薬なのさ。 どうかな、そなたも一杯・・・? 」
「 あら・・・ そう? それなら・・・ ほんのちょっとだけ・・・ 」
フランスワーズはちょっと躊躇っていたが、グレートの隣に座りお猪口を取り上げた。
「 わたし・・・ アツカンって初めてなのよ・・・ あ ・・・ そんなに こぼれる〜 」
「 ほらほら・・・ そこをぐぐ・・・っと。 そうそう・・・
ほう〜〜 マドモアゼルもなかなかの飲みっぷりじゃないか。 」
「 ははは・・・ どうじゃね、フランソワーズ? 感想は・・・ 」
「 ・・・ んんん ・・・ おいしい・・・! ふわ〜っと・・・身体中が温かくなってきたわ・・・ 」
「 そりゃよかった。 どれ もう一杯・・・ 」
「 グレート! あんまり調子にのらないでくれよ〜〜 フランは日本酒、初めてなんだ。 」
ジョーはお銚子の追加を持ってきたのだが あわてて二人の間に割り込んだ。
「 お〜・・・ ジョー、いいじゃないか。 このくらい・・・
マドモアゼル? この国の酒を嗜まねばこの国のオトコの嫁は務まらんぞ〜 ああ うま〜・・・ 」
「 嫁って・・・ おいおい〜〜 グレートぉ〜〜 」
「 なら お前も飲め! お〜〜 日本ダンジなら 飲め〜〜 おらおらぁ〜〜 」
「 え あ ・・・ こ こぼれる こぼれる! ・・・ う〜ん・・・ 」
今度はジョーに向かって グレートの集中砲火が始まったようだ。
フランソワーズは オツマミの皿を博士にもすすめた。
「 博士 お風邪の具合はいかがですの? 大人の卵酒 は 召し上がりました? 」
「 おお あれをな、一番に飲んで なにやらすっきりしたんじゃよ。
そうじゃ そうじゃ・・・ グレート? 大人は元気かの。 たまには顔を見せるよう、伝えておくれ。 」
「 承って候・・・! 」
「 張大人もさ、 一緒に連れてくればよかったのに・・・ この時間ならもう店じまいだろう? 」
「 いや ・・・我輩らは もっと早くに大張々湖飯店を辞去したのだよ。
我輩と空飛ぶ亜米利加人・・・! 」
「 あら ジェットと一緒だったの? それじゃ皆で来てほしかったわあ・・・・ ねえ、ジョー。 」
「 うん。 久し振りだものなあ・・・ 」
「 ― それが さ。 我輩らが飯店を出てからなんだが。 」
コトン・・・
グレートは杯をテーブルに置くと 姿勢を正した。
「 事件・・・ いや その入り口に首を突っ込むことになってな。 」
その夜が ジョーとフランソワーズにとっても事件の始まり だった。
夕方からずっと吹いていた北風は 夜半には木枯らしに変わった。
カタカタカタ ・・・・ ガタ・・・ン !
びくり、とフランソワーズの肩が震えた。
「 どうした? ・・・寒いかい。 それならヒーターの温度を上げるよ? 」
「 ううん ・・・大丈夫。 寒いんじゃないわ。 」
「 そう・・? 」
ジョーは隣に寄り添ってきた身体に腕を回した。
夜のティータイム は宴会へと変わり ・・・ 皆 冬の夜をおおいに楽しんだ。
風邪気味だった博士も、上機嫌で寝室に引き上げ、 グレートは早々にリビングで沈没してしまった。
「 ・・・ グレート・・・? あら・・・ 珍しいわねえ、この位で ・・・ 」
「 うん・・・? ああ 寝ちゃったねえ・・・ グレート? グレートォ〜〜〜 ! 」
ジョーがゆさゆさ揺さぶっても 艶やかさを増したスキン・ヘッドは前に垂れたまま・・・
すでにイビキまで掻いていた。
「 まあ・・・ 日本酒って 強いお酒なの? わたし・・・・ ほんのちょっとしか飲んでないから・・・
よくわからないけど。 」
「 う〜ん ・・・どうかなあ。 ウオッカとかバーボンの方がアルコール度は上だけどね。
あ、 そうか・・ グレートはさ、 ウチに来る前にもう出来上がっていたから さ。 」
「 そうだったわね。 わたし、毛布をもってくるわね。 」
「 お サンキュ。 それじゃ・・・ぼくはここを片付けるよ。 あれえ・・・もうこんな時間か・・・
深夜の宴会は そろそろお開きにしよう。 」
「 ええ ・・・ あ・・・・ 」
「 ・・・ なに? 」
「 ・・・ ぁ ・・・ ううん・・・ なんでもないわ・・・ 」
不意に立ち上がった彼女に ジョーはすこし驚いた。
しかしすぐに彼女は ぱたぱたとリビングを出ていった。
カタカタ カタカタカタ ・・・・
「 ・・・ああ あの音・・・ まだ聞こえてるんだ・・・・ 」
急にしん・・・としていしまったリビングに 再び家中からかすかな音が聞こえていた。
「 遅くなっちゃったけど ・・・ 楽しかったね。 」
ジョーは彼女の耳元でこそ・・・っと呟いた。
ときならぬ宴会の後片付けをし、二人はやっと寝室に引き上げた。
だいぶ 夜更かしをしてしまったけれど、ジョーはいい気分だった。
熱燗でほっこり温まったせいもあるけれど、やはり仲間たちとの気のおけないおしゃべりは楽しい。
それに 今晩はちょいと興味深い話題がグレートから披露され、大いに盛り上がった。
フランソワーズも 頬を桜色に染めている。
・・・ あ ・・・ 可愛いなあ・・・
日本酒って 色っぽさを増す効果があるのかな・・・
<家>って いいな・・・ ぼくの家 ・・・
ぼくときみの 家。 うん・・・ そうなんだ・・・
やあ ・・・ きみ、襟元まで いい色になって!
あは・・・ちょっと ・・・ ヤバい かも・・・
ジョーは隣のいい香りのする身体が愛しくてならない。
「 え ええ・・・ アツカンも美味しかったわ。 不思議なお話も聞いたし・・・ 」
「 ああ イシュタルの竜 か・・・・ 」
「 ねえ。 ジョー ・・・・ 本当だと思う? グレートとジェットが聞いてきた話・・・ 」
「 う〜ん ・・・なんとも言えないな。 ただ ・・・ 」
「 ・・・ただ? 」
「 グレートも言ってたけど。 ジェットはかなり <本気> だってことさ。 」
「 ・・・ 砂漠へ シリア砂漠へ 行くのかしら・・・ 」
グレートは ジェットと共に遭遇した中近東での不思議な事件について語ったのだ。
博士も いろいろ資料を提供してくれた。
グレートはともかく、ジェットは非常に強い関心を示しているらしい。
カタカタ ・・・ガタン ・・・!!
「 ・・・!!! 」
フランソワーズは 再びぴく・・・っと身体を震わせた。
「 あれ・・・どうしたんだい、 やっぱり寒いのじゃないか、うん? 」
「 ・・・ なんか・・・イヤなの ・・・ 」
「 イヤ? なにがかい。 」
「 あの音 ・・・ なんだかイヤなのよ、どんどん大きくなって・・・ 」
「 あれ。 さっきは好きって言ってたよね。 」
「 ええ ・・・ いつもは好きなの。 でも ・・・ なんだか今晩はゾクっとするの・・・
風が ・・・ なにかイヤな知らせを運んでくるみたい・・・ 」
フランソワーズはジョーに縋りついてきた。
「 おやおや・・・ 甘えん坊だね。 いいよ・・・それじゃ・・・
あんな風の音なんか 聞こえない夜にしてあげるから・・・ 」
「 ・・・ あ ・・・! ジョー ・・・・ ・・・・ 」
ジョーは ゆったりと彼女を抱くと唇を奪った。
― すこし冷えていた彼女の唇は ・・・ たちまち彼の情熱の嵐に熱せられ始めた・・・
「 ― とうとう行っちゃったな。 」
「 ・・・ ええ ・・・ 」
ジョーは 上昇してゆく機体を見送りつつ 独り言めいて呟いた。
機はするすると灰色の空に吸い込まれてゆき、たちまち雲の中に姿を消した。
その日も 朝から上空はびっしりと雲で覆われ、地上にはいつまでたっても冷気が澱んでいた。
フランソワーズはスカーフをしっかりと首に巻きなおし、オーバーの襟元をかき合わせた。
「 ・・・へ〜〜っくしょい・・・!! 」
グレートが派手にクシャミをする。
「 ・・・ おっと・・・ これは 失礼! へっくしょ〜〜い・・・! 」
「 ここ、冷えるよね。 ターミナル・ビルの中に戻ろう。 」
「 ええ そうね ・・・ 」
ジョーは皆を促した。
「 ・・・フラン・・? 」
彼女は送迎デッキの端に寄り まだ空を見上げていた。
「 イシュタルの竜 ・・・ イシュタルって・・・女王の名前でしょう? なんだかロマンチックね。 」
「 左様。 イシュタルは 古代バビロンの女王サマだ。
しかしなあ、 あの合理主義者が古代のロマンを追った、とは思えんな。 」
「 あは・・・ それは言えてるかもな。 砂漠には砂しかない!って疑いもしないタイプだよね。 」
「 さよう、さよう。 ま・・・大方 あの技師氏の令嬢に同情したって所だろうよ。 」
「 でも ・・・ なにかがあるに違いないって言ってたわ。 オレのカンは当たるって・・・
ねえ・・・本当になにか・・・あるのかしら。 」
「 うん ・・・ 彼のカンを信じるしかないな。 一応、アルベルトにも連絡を入れておくよ。
万が一、ってこともあるから。 」
「 そうだなあ。 ・・・ いずれ 砂漠の地に飛ぶことになるやもしれん・・・ 」
「 ・・・ バビロンの砂漠 ・・・ その昔 伝説の塔があった地ね。 」
「 ― バベルの塔 か・・・ 」
「 バベルの塔? 」
「 うむ。 これは旧約聖書にある物語なのだがね。
古代・・・ 人類はみな一つの言語を話していた。 そして天を目指そうと塔を作り始めた。
そんな愚かなニンゲンどもへ 神は雷をもって罰を下された。
塔は崩壊し 人々はみな違った言語を話すようになり世界中にちらばったのさ。
その塔がすなわち バベルの塔 というわけだ。 」
「 へえ ・・・ 言語の違いの起源かあ。 」
「 まあ な。 神はヒトの傲慢さを戒めたって因縁の地なんだが。
空想的で実現不可能な計画などを揶揄する単語になっとるな。 」
「 ふうん ・・・ そんなモノをなんでまた復活させるんだろうね。 」
「 さあなあ? ・・・ あまりいい予感はせんなあ・・・ 奴さんのカンは 悪い方に当りそうだ・・・ 」
「 グレート ・・・ 」
「 おう、マドモアゼル・・ ご心配めさるな。 いざとなれば 我らが出向く。 」
「 ・・・ そう ね。 砂漠にも ・・・ 風が吹いているのかしら・・・・
そうして いろいろなお話を運んでいるのかしら ね・・・ 」
ひらり ・・・ ひら ・・・・ ひら・・・・
灰色の空から とうとう白いものがチラついて来た。
「 あら ・・・ 雪だわ ・・・ 」
フランソワーズは手を差し伸べたが 都会の初雪はその手の上でたちまち消えてしまう。
「 儚いものだな ・・・ しかし ・・・ 冷える! へ〜〜っくしゅ・・・!
さささ・・・ ! 中へ戻ろう。 熱いお茶でも頂こうではないか。 」
「 そうだね。 ・・・・ あ、 ちょっと博士への報告もあるし・・・ 」
三人は連れ立ってターミナル・ビルに入っていった。
淡い初雪は。 それでも 一向に止む気配はなく ― その午後いっぱい降り続いた。
「 お〜い・・・ フランソワーズ・・・! まだ自習してゆくのォ〜〜 」
「 ・・・ あ みちよ・・・・ ごめん・・・ 」
「 いいよ、いいよ。 気がすむまで自習してゆきなって。
悪いけどさ・・・アタシ、先に帰るね。 なんかまた雪でも降りそうな空だよ〜〜 」
小柄な女性が スタジオの入り口に立っている。
朝のレッスンが終ったあとも フランソワーズはスタジオで自習をしていた。
次の舞台までまだ期間がある時期なので、 今まで残っているダンサーはほとんどいない。
「 ごめんね、みちよ。 お茶・・・ また今度さそって? 」
「 ウン。 ねえ・・・ やっぱり気にしているの。 」
フランソワーズは MDのスイッチを切り、みちよの方に戻ってきた。
「 え ・・・ ええ。 わたし ・・・ヘタだから。 もっと練習しなくちゃね。 」
「 ヘタ・・・ってことじゃないと思うけどなあ。
まだ先のことなんだからさ、 今から根をつめることもないんじゃない? 」
「 うん ・・・ でも あの、ね。 もしかしたらちょっと 出かけるかもしれないの。
だから 今のうちにちゃんとやっておこうかな・・・って思って。 」
「 ふうん ・・・ じゃあ・・・ごめん、今日は先に帰るね。 」
「 ええ ・・・ わたしこそ ・・・ごめんなさい。 また 明日ね・・・ 」
仲良しの二人は ひらひら手を振りあった。
ごめんなさい みちよ ・・・
でも ・・・ どうしても ちゃんと踊りたいの
風が ・・・ なにかをわたしに語りかけているみたいな気がするの・・・
だから わたしも空気の精になれれば
風 のこころがわかるかもしれないわ・・・・
フランソワーズは もう一度スタジオのセンターに戻ると 静かに踊り始めた。
『 レ・シルフィード 』 より ワルツ ・・・
ショパンのノクターンのメロディーにのって 空気の精が夜の森で踊っている。
散歩中に思索に耽っていた詩人と共に 月の光のもと、幻想的な舞がくりひろげられる。
特にストーリーもない作品で ふわふわ宙に舞う華麗な空気の精たちが見所なのだ。
次の公演で フランソワーズにもこの役が回ってきた。
「 振りの順番を追って テクニックが身についていればいい・・のじゃないでしょう。
それは 踊り ではないわ。 」
一回目の振り移しの時、 芸術監督も努めるマダムは彼女の踊りにあまり注意はしなかった。
フランソワーズは かえって不安になりどぎまぎしてしまった。
「 ・・・ あ は、はい・・・ 」
「 シルフィードの気持ち、こころ を踊ってごらん・・・ 」
「 ・・・ こころ、ですか・・・ 」
空気に ・・・ こころがあるの??
これは妖精の ただふわふわした踊り、だと思っていたのだけど・・・
「 振りはね、 テクニックはそんなに難しくないでしょ。
あなたが どんな空気の精 ( シルフィード ) を踊るか ・・・楽しみにしているわ。 」
芸術監督を務めるマダムは 意味ありげに微笑んだ。
「 ・・・ は はい ・・・ 」
「 今回は時間の余裕もあるし。 ようく ・・・ 考えてみてね。
あなたの、フランソワーズだけのシルフィードを。 」
「 はい・・・ 」
フランソワーズは 思わず身体中がびくり・・・と震えた。
・・・ 振りは知っているけど。
わたし の シルフィード・・・?
もしかしたらミッションに赴くかもしれない・・・ ちらり、とそんな考えが脳裏に浮かんだ。
でも ・・・ どうしても踊りたい。
今、できることを出来るだけやっておかなくちゃ・・・!
きゅ・・・っとポアントのリボンを結びなおすと、彼女はゆっくりと踊り始めた。
風は ・・・ なにを伝えたいのかしら・・・
・・・ 空気や風に こころがある・・・?
わたしは どう踊ったら いい・・・?
「 そうか ・・・ うん わかった。 ありがとう、ピュンマ。 」
ジョーは静かに通信を切った。
「 ジョー ・・・ ? 」
「 うん。 ピュンマのところにも連絡は入っていないそうだ。
今回は彼が地理的に一番近いはずなんだけどね。 」
「 それじゃ ・・ やっぱり行方不明なの、ジェット・・・。 」
「 ・・・ 多分。 二日も連絡なしって、意図的なこととは思えないからな。
特に今回、彼は単独行動だからね。 ・・・ 出かける前にもちゃんとピュンマと連絡をとっているし。 」
「 ウム ・・・ やはり <なにかあった> というべきかな。
我らの出番、ということになるか。 」
「 そうだね。 途中でアルベルトと合流して現地に向かおう。 」
「 了解。 彼に連絡するわね。 」
「 頼む。 ・・・ フラン、 きみは残れ。 」
「 ジョー?! どうして? 行方不明なのでしょう? わたしの能力 ( ちから ) は必須だわ。 」
「 きみ、公演があるって言ってたじゃないか。
今回は ぼく達だけでなんとかするよ。 きみは きみの世界に専念しろ。 」
「 イヤ。 わたしをのけ者にしないで・・・ 大丈夫、次の公演までまだ日数があるの。
お願い、 きっと・・・ あの風が呼んでいるのよ。 」
「 あの風 だって? 」
「 ええ。 ずっと ずっと遠くから ・・・ 風が伝えてくるの。 なんだからわからないけど・・・
なにか 誰かが呼んでいるみたい。 」
「 ・・・ふむ? なにか がある、ってジェットも言っていたし。
本当にいいのかい? どのくらい時間がかかるか ・・・ 皆目見当はついていないんだ。 」
「 いいの。 だって・・・仲間が消息不明なのよ? すぐに行かなくちゃ。 」
「 わかった。 ありがとう、フランソワーズ。 それじゃ ― 出発だ。 」
「「 了解。 」」
ガタガタ・・・ガタ ・・・・!
裏山から抜けてくる風は この数日で本格的な木枯らしになっていた。
ビョオ ォォォォォォォ ォォォォ −−−−−− !
「 ・・・ うわ ・・・ 」
フランソワーズは髪を押さえ 身を竦めた。
猛烈な勢いで砂粒が 風とともに飛んできて頬に当たる。
「 ・・・ 痛・・・! 」
マフラーを引き上げ顔を半分覆い、先っぽは煽られないよう、しっかりと腕に巻きつけた。
「 ひどい風だな。 砂嵐にでもなるんじゃないか。 」
「 いや・・・・ この地域では砂嵐は滅多に起きないらしいよ。 」
「 ほう? それじゃ・・・ この風はなんなのかね。 」
「 うん ・・・ どうも妙だな。 天候も安定している季節のはずなのに・・・
フラン? もっと中に入って。 ぼくの陰にいろ、少しは風避けになる・・・ 」
「 ええ ・・・ ありがとう ジョー。 」
サイボーグ達は 渺々と広がる砂漠を前に立ち尽くしていた。
空港でアルベルトと合流し、今 ― 広大な砂の原を目前にしている。
「 ・・・ 砂漠の夜って・・・ 空もなんだか広すぎて奇妙な感じがするわ・・・ 」
「 うん ・・・ なにもない、って 広さの感覚が狂うな。 」
中天には 煌々と月が照らしているのだが その光も果てしない砂が吸い取ってしまっている。
地上には なにも ない。 ― ただ 砂だけが。 無機質な静けさを保っていた。
「 ふん。 それじゃア、 アレは何なんだ? あの 馬鹿でっかい塔はよ? 」
アルベルトは鼻を鳴らすと 月が照らす空間に向かって指差した。
闇の中に 闇色の形が浮き上がっている。
「 ・・・ バベルの塔 ・・・! 」
「 の ようだな。 どういう趣味かしらんが・・・・ 復元中、だそうだ。 」
「 ふん、どうせ権力誇示 か 観光資源さ。 」
「 それにしては警戒が厳しそうだね。 立ち入り禁止、とか聞いたよ? 」
「 ・・・そうね。 兵士が大勢・・・ 見張ってるわ。 みんなライフルと爆発物を携帯してる
・・・ あ! レイガンもよ?? こんな場所なのに・・とにかくかなり厳重な警備よ。 」
「 やはりな。 カギはあの塔にある・・・ってことだ。 」
「 そうだね。 とにかく <呼びかけて> みよう! 」
「「「 了解 ・・・! 」」」
002 ・・・! どこに居る???
コンタクトせよ ・・・! コールに応えろ・・・
彼らは気持ちをあわせ砂漠の中に聳える塔へと 脳波通信を飛ばした。
「 ・・・ ダメだな! 応答どころか・・・受信した様子もない。 」
「 なにか・・・応答できない状況にあるのじゃないかしら。 」
「 そうだね。 ともかく あの塔の中にいる可能性が高いんだ。 ― 行こう! 」
「 おう。 ヤツはなにかを掴んだに違いない。 」
「 ・・・ふん ! しっかし 砂漠ってのは脚にこう・・・吸い付くようだな・・・! 」
みかけよりも重いアルベルトは 忌々し気に足元の砂をけとばす。
「 急ごう! 一気に駆け抜けよう。 」
「 待って!!! な ・・・ なにか いるわ・・・・! 」
「 な、なんだって??? 」
「 いる いる・・・・ うじゃうじゃ・・・砂の下に潜んでいるわ・・・! あれ ・・・ なに?? 」
さすがのフランソワーズも 思わずジョーの腕に縋りついた。
ザザザザ −−−−−
数歩先の砂地が割れて 醜悪なモノがぞわぞわ・・・姿をあらわした。
「 え・・・ う うわあっ なんだ こいつらは!? 」
「 サソリ人間?!? おい! 気をつけろ! 取り囲まれているぞ! 」
「 う〜む これが ・・・ あの技師のうわ言にでてきたモンスターなのか!? 」
「 フラン! ぼく達の後ろに回れ! 」
「 わかったわ! ああ・・・アルベルトっ 右!! ジョー! 足元よ! 」
「 グレートはどうしたっ ! 」
「 大丈夫・・・! 彼はサソリ人間に化けてヤツラの間に紛れ込んだわ!
あ!! ジョー!! 後ろっ ! 」
「 く・・・! ・・・だめだ、キリがない。 コイツら 撃たれても撃たれても代わりが出てくる! 」
「 うむ・・・ひとまず後退だ! フランソワーズ! ヤツらのいない方角を探ってくれ! 」
「 了解! ・・・ 二人とも脳波通信で位置を送るわ! 」
「 サンキュ! あ ・・・あれ・・・? 」
「 うう? ・・・なんだ?? 今度は次々に砂の中に潜ってゆくぞ。 」
「 ・・・わかったわ! アイツらは一定の距離内に侵入者を認めると出てくるのよ! 」
「 ふむ ・・・ それじゃやっぱり・・・ 」
「 ああ。 あの塔を護っているんだ。 ということは ― あそこに なにか がある。 」
「 うん。 あれ・・・ グレート? グレートはどこだい。 」
≪ 我輩はここだ・・・砂の中! しばらくこのままの形 ( なり ) で 内部に入る! ≫
≪ 了解。 ぼく達も後を追うよ。 ≫
目に前には ― 砂漠だけがひろがっている。
たった今まで 激しい闘いが繰り広げられていたなど信じられない静けさだ。
ぞくり ・・・ フランソワーズはあまりの不気味さに悪寒が背筋を這い登る。
「 ジョー。 お前、加速装置でここを突っ走れ。 俺はマシンガンで道を開けてゆく。 」
「 わかった。 フラン、君はアルベルトと一緒に来るんだ、いいね。 それじゃ・・ 」
「 ジョー !!! だめっ!!! 砂の下は ・・・ 地雷だらけよ!
サソリ人間がばら撒いている・・! この上を加速したらいくらジョーでも危ないわ。 」
「 む・・・ フラン・・・地雷の位置・・・・ いや、地雷の無い箇所がわかるかい。
そこを 飛び石 にしてジャンプして行く。 」
「 待って! ・・・・ ええ ここからあの塔の入り口までの間なら。 今 座標を送るわ。 」
「 いや 直接指示してくれ。 まず最初はどこかい。 」
「 え・・・口頭でいいの? ここから10m先、 詳細位置は・・・ 」
「 了解。 ・・・ さあ 行くぞ! 」
「 え?? え うそ・・・うわ〜〜 ジョーってば・・・! 」
「 ほら しっかり掴まってろ! さあ 次の <飛び石> はどこかい?
ぼくときみの方角センサーの向きを同一方向にセットしよう。 ・・・ いいかい? 」
ジョー は フランソワーズを抱えると砂地を蹴って大きく宙に跳び上がった。
「 わかったわ! ・・・ オッケー・・・次を探索します。 」
「 よし、降りる前にデータをくれよな。 次は?! 」
「 ・・・ え ・・・ええと ・・・ 3°北西にずれて 12メートル! 」
「 了解! 」
ジョーはまず、最初の<飛び石>に降りると すぐにその場を蹴って跳んだ。
月を背に 漆黒の砂地の上をジョーは悠々とジャンプしてゆく。
すご・・・い ・・・!
・・・ ふふふ ・・・ さすが 009だわ
こんな状況じゃなかったら ものすご〜くロマンチックなのに・・・
月の砂漠 なのよねえ・・・ここ・・・
「 フラン?! 次は!! 」
「 あ・・・ごめんなさい・・・ 次の <飛び石>の位置は・・・ 」
ザザッ!!!
ジョーは間一髪で サソリ人間の攻撃をかわす。
「 オッケー。 この調子で頼む。 」
「 わ・・・わかったわ・・・次はね・・・ 」
≪ おいおい・・・ 俺を置いてゆくなよ! ≫
≪ アルベルト! ごめんなさい! ≫
≪ ふん ・・・フラン、今までの経由位置のデータを送れ。 そこを機銃照射で 突破する! ≫
≪ いいけど・・・ 大丈夫、アルベルト・・・≫
≪ ふん、失敬なヤツだな! トバッチリ喰わんように気をつけとけ、ジョー! ≫
≪ りょ、了解! うひゃ・・・ すげ〜〜 ≫
ダダダダダダ −−−−−− !!!
マシンガンの音と猛烈な勢いで砂が巻き上がる。
「 うわっぷ・・・ こっちの方が強烈だな・・・ フラン、大丈夫か。 」
「 ええ! 最後の<飛び石>の位置はね・・・ それを蹴ればあの塔の入り口に飛び込めるわ。 」
「 ・・・ 了解。 よし、ラストだぞ! 」
「 了解! ・・・ あ アルベルトったら もう入り口まで行き着いたわ! 」
「 ・・・・! 」
シュ ・・・・! 赤い防護服が宙に舞い 放物線を描いて下降してゆく。
よし・・・! あそこが入り口だな・・・!
ジョーは 巨大な塔の入り口めがけて飛び降りた。
≪ アルベルト! 到着したよ。 ≫
≪ ジョー!! 気をつけて降りろ! ≫
≪ 了解。 ・・・ ?? う、うわあ〜〜〜〜〜 !!! ≫
着地した途端 足元の床 ・・・と思われていた場所が崩れ落ちた。
≪ な、なんだ?!? クソ・・・! ≫
≪ ジョー・・・!? ここの床は ・・・ トラップよ! ≫
≪ ・・・く・・・っそう〜〜 蟻地獄みたいんだな! よし ・・・加速装置・・・! ≫
≪ ・・・ジョー! ・・・あ きゃあ〜〜・・・・! ≫
落下しつつ加速状態に入ったのだが 踏みしめた床が再びずるずると崩れた。
ジョーは流砂に脚を捕られ 反動でフランソワーズの身体が彼の腕から飛び出してしまった。
「 !!! フランっ!! フランソワーズ !!! 」
ジョーの絶叫の中 彼女は流砂の渦に巻き込まれ姿を消した。
「 フラン −−−−−!!! 」
その女は 薄暗い室 ( むろ ) の中に静かに佇んでいた。
足元には無数の木箱が散乱している。
「 ・・・ これを 使いたくはなかったけれど。 」
ガラリ・・・と蓋を払った中には 爆薬を思われるものがぎっしり詰まっていた。
「 私は この塔と共に滅びます。 ・・・無事に逃げてくださいね ジェット ・・・ 」
彼女は 並外れて大きな瞳でじっと宙を見据え呟いた。
白い手が静かに爆薬を取り出してゆく。
― ガタン ッ !!!
ドアを蹴破りオトコが飛び込んできた。
「 !! やっぱりここか! イシュタル! 裏切り者の女狐め!
ふん、アイツの仲間が侵入してきた! コイツをエサに全員おびき出して殺す! 」
ばさり、 とオトコは引っ張ってきた一人の女性を投げ出した。
砂だらけになっているが 奇妙な赤い服に長いマフラーが纏わりついている。
「 エンキドゥ! なにをするのですか! 」
イシュタルと呼ばれた女は女性に駆け寄りそっと顔についた砂を払った。
「 この服! ・・・ あなたは・・・ 仲間なのですか。 ジェットの・・・ 」
「 ― あなた は ・・・ 」
「 ・・・ 女王 と呼ばれていたオンナです。 さあ・・・こちらへ・・・ 」
「 女王・・? ! バビロニアの女王、イシュタル ですか!? 」
「 そうです。 その名で呼ばれていた ・・・ ただの女ですわ。
ここへお掛けなさい、 怪我は・・・? あなたも神の戦士の一人なのですか。 」
「 イシュタル! ソイツらは改造人間 ・・・ ただの機械です。
さあ その女を使って ヤツラを一気に殲滅しなければ! 」
「 ・・・ もう ・・・ やめましょう。 この方を帰してあげてください。 」
「 なにを言うか! イシュタル・・・我々の偉大なる計画を邪魔立てするのなら 抹殺する!
<イシュタル> の代わりはいくでもあるんだからな! 」
「 ・・・ 代わり ですって?? 」
「 ええ そうです。
私たちは 古代から甦った女王でも神でもない・・・ ただのクローンです。
そう ・・・ 無数に <代わり> のある ただの・・・人形なのです。 」
「 人形 ・・・? 」
「 ええ。 私が死んでもまた次の・・・ まったく同じ <イシュタル> が現れる・・・
そんなことの繰り返しは ・・・永遠 とは言わないと 私は思います。
私はただの・・・普通の女です。 あのひとを愛しいと想うただの・・・女です。 」
「 イシュタル ・・・ 」
「 ええい ! 黙れ! 我々は古よりの栄光を復活させるために存在する <永遠の命>!
さあ、 来い ! お前は エサ なんだからな。 へっへっへ・・・ 」
オトコは女王から赤い服の女性をもぎ取ろうとした。
「 だめ! ・・・ もう ・・・ やめましょう。 全ては大地に帰して私達も 」
「 くそッ ! 裏切りモノめ! 」
「 ― 避けてっ ! 」
ビ −−−−−!
オトコが奇妙な杖を振上げた瞬間 赤い服の女性がしなやかに跳躍し蹴り飛ばした。
「 ・・・く・・・! 」
「 さあ その壁際に立って! ・・・ イシュタル、大丈夫ですか。 」
「 え ええ・・・ありがとう。 あなたは素晴しく勇敢なのね。 」
「 わたしは どうしてもここを出て仲間の所に戻ります。 わたしが愛するヒトの許へ。
さあ 一緒に脱出しましょう、イシュタル。 」
「 いいえ ・・・
私は ただの人形でした。 人形は ・・・ ここで朽ち果てます。 」
「 あの・・・ あなたに こころ があるのなら。 その想いは生き続けます。
あなたが愛しい と思う心は、想いは 滅びない・・!それが ・・・永遠 だと思うの。 」
「 私の愛 ・・・ 私のこころ? 」
「 ねえ イシュタル。 わたしを見てください。 わたしは・・・わたしの半身はツクリモノ・・・
半機械人間です。 でも 愛しているヒトがいます! 」
「 ・・・ 愛するひと・・・ 」
「 さあ 脱出しましょう! 」
ガタ −−−−−ン ・・・・!
突然 室( むろ ) の入り口が破られた。
「 !! やっぱり ここか !! フランソワーズ!!! 無事かい!? 」
「 ジョー ・・・?!? 」
赤い旋風が 飛び込んできた。
「 さっき、きみと方角センサーを同一にセットしておいてよかったよ。
ナヴィゲーターの代わりになったんだ。 ・・・おい ここは爆薬庫じゃないか!
おっと・・・! そこを動くな! 」
ジョーのス−パ−ガンが 壁際のオトコを威嚇射撃し咄嗟にフランソワーズを後ろ手に庇った。
そしてすばやく室内を見回し 油断なくスーパーガンを構える。
「 きみが無事でよかった ・・・ 」
「 ジョー ・・・ 」
「 さあ 行こう! ・・・ このヒトたちは!? 」
「 ・・・ この方 ですのね。 」
「 はい。 」
並外れて大きな瞳と 青くどこまでも澄んだ瞳が見つめ合い頷き合う。
「 ありがとう・・・ あのヒトに・・・ あなた方の仲間のあのヒトに、伝えてください・・!
人形に 愛するこころを教えてくれて ・・・ ありがとう・・・と。 」
「 イシュタル ・・・! 」
「 さあ 早く! お行きなさい!! 」
イシュタルは 大きく手を振りかざした。 そこには あのオトコの杖が握られている。
いつも 風に ・・・ 語っていました。 生命を奪わないで ・・・と。
ずっと 風に 祈っていました。 愛しあって・・・と。
・・・ 今 風に託します・・・ 私の愛を ・・・・
ズガ −−−−−− ン ッ !!!!!!!
ジョーが加速を解除した時、 背後で大爆発が起き猛烈な砂煙が吹きあがっていた。
― やがて 全てが鎮まったとき。
崩れ果てた巨大な瓦礫が 砂の中に埋もれていた。
「 ふぇ −−−− なんてこった・・・ 」
「 ・・・ さよなら イシュタル ・・・ 」
「 ふん。 結局 ― すべては砂と時の許に帰したってわけだ。 」
「 うん ・・・ なんだか墓標みたいだね。 」
「 ・・・ そうね ・・・ 」
人形の墓 ね ― 砂地を歩み去りつつ フランソワーズはひくく呟いた。
「 行ってきま〜す! 」
あ ・・・ 風 ・・・?
玄関を出た途端 ひゅるり・・・と冷たい風が頬を撫でてゆく。
「 うわあ・・・ 寒い! もう本格的な冬なのね。 」
すう・・・っと大きく息を吸い込めば きりり・・・と冷気が身体中を引き締める。
フランソワーズは ぷるり、と身を震わすとしゃっきり背筋を伸ばした。
ええ 踊るわ・・・! わたし。 風のこころを ・・・ 風の気持ちを。
愛する気持ち 恋する想い ・・・
そうよ、 それが わたしの 『 レ・シルフィード 』
「 お〜〜い フランってば! 待てよ〜〜 待ってくれ! 」
「 ジョー? 」
門に付く前に 後ろから大声が追いかけてきた。
「 送って行くよ ! 」
「 あら ・・・ いいの? 」
「 うん! 本番の日だもの。 ぼくの ・・・ 妖精♪ 」
「 きゃ・・・ 」
ジョーは 彼の恋人を高々と宙に抱え上げ ・・・ そのまま抱きしめキスをした。
ひゅるるる −−−−− ・・・・・ !
恋人たちの回りを 冬の風が通りぬけていった。
******************************** Fin. *******************************
Last
updated : 07,20,2010.
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************* ひと言 ************
原作・あのオハナシ の フランちゃん参加版・・・ってか 93視点版です。
本来のメインな人物は全然出てきません〜〜(^_^;)
( すみませんね〜〜 苦手なんで・・・★ )
ずっと手付かずのエピソードだったのですが お! こうすれば書けるじゃん? と
気がつき。 再読してみれば ・・・
げげげ・・・ 雪が降ってるじゃん!? これって冬のハナシだったっけ???
あちゃ・・・・ (@_@) ・・・・・
で 猛暑日の中 ・・・・真冬の描写をするハメになりました・・・ だははは・・・・
93な方々には楽しんで頂けるかな〜〜〜
ひと言なりとでも ご感想、お願いします・ お願いします <(_
_)>