『 ストロベリィ・キッス 』

 

 

                   ***  【霜月の小部屋】主宰・霜月さまに捧げます ***

 

 

 

霜月さまへ

  しまむら・ファ−ムからの 贈り物。   愛をこめて、ジョ−とフランソワ−ズより。

 

 

 

  ほんとうに毎朝僕は思うんだけど。

冬の最中のまだ薄闇が残る早朝でも、朝一番に眺めるここの風景はとてもとても素晴らしいんだ。

僕らの寝室の窓からは このちいさな台地に広がる僕とフランソワ−ズのささやかな農園がずうっと見渡せる。

春がゆっくり過ぎようとしている今、手前の濃い緑の畝、そうしてそのむこうには去年ここに来て初めて植えた

葡萄畑がちょっとまだ心細そうなみどりを拡げはじめている。

きみが名付けた<しまむら・ファ−ム>、近所の大規模な農場に比べればほんとにオママゴトみたいな

ちっぽけな農園なんだけどさ。 僕たちが自分達だけのちからでひとつひとつ築いてきたモノなんだ。

 

 僕はファ−ムを始めてから<寝坊大王>の名を見事に返上したよ。

今朝も まだ気持ち良さそうにぐっすり眠っているきみを起こさないように そっと腕をはずして。

やっぱり 起こさない様にそっとその唇におはようのアイサツをして。

きみが何度も膝パッチを縫い付けてくれた二人でおそろいのジ−ンズに デニムのエプロンをきりっとつければ。

さあ! 今日も<しまむら・ファ−ム>の一日の始まりさ!

 

 

 「 本当の季節に採れるモノがいちばん美味しいのよ。 太陽と季節の贈り物、神様の祝福が満ちているわ 」

そんなフランソワ−ズの主張を取り入れ、<しまむら・ファ−ム>ではハウス栽培じゃなくて いわゆる路地モノ、

本来の旬の季節に収穫できる果物や野菜を作ってる。

冬の間に苗床をつくり種やちいさな株を植えて。 きみはその白い手をなんの躊躇いもなく土で真っ黒にして、

でも喜々として働いてくれる。

「 とにかく、 手始めってことで苺からやってみようよ。 高級果物店に並ぶような立派なのじゃなくていいし。 」

「 そうね! そう、ほんとうの季節のいちごってとても美味しいわ。 

初夏のほんの初めのころ、そうよ、ちょうどジョ−、

あなたのお誕生日のころに採れるすこうし酸っぱい ぴかぴかのいちご。 季節の女王様よ! 

そんな宝玉みたいな苺でつくるジャムやパイは最高の味だわ。 」

僕の奥さんは目をきらきら輝かせ、胸の前で手を握り締め喜んだ。

そりゃあ 二人とも慣れない作業は楽じゃなかった。 特にきみは辛い時期と重なって僕はハラハラしてたんだ。

でも。とにかく 何とか僕たちはこの初めての収穫の季節まで漕ぎ着けた!

 

「 わあ・・・いい匂いだ・・・」

朝摘みの苺を籠にいっぱいにして僕が畑からもどると家中がいい匂いで満ちていた。

「 ジョ−? ねえ、ちょっとお味見してちょうだい 」

きみの声といい匂いに引かれて 僕はキッチンに直行した。 

いちご色のスカ−フと僕とおそろいのデニムのエプロン姿でガス台に向うきみを 後ろから抱きしめて。

もう一度、オハヨウのキス! 

「 ・・・んんん・・・おはよう、ジョ−♪ あら、今朝の収穫もまずまずねえ 」

「 おはよう♪ おくさん。 うん、やっぱり自然にあわせて育ててると無理がないから収穫時期も長いんだね。 」

「 ほんとう・・・。 ごめんなさいね、畑、手伝えなくて・・・。一人で大変でしょう? 」

「 平気平気! 気にするなって。 来年はたっくさん手伝ってもらうから、さ。  あ〜、いい匂いだねえ・・」

僕はフランソワ−ズが慎重にかき混ぜていた大鍋を覗きこんだ。

生果として出荷できない実で きみは特製のジャムを作りはじめた。 きみのお母さんから教わったっていう、

フランスの昔風の作り方で、きみはゆっくりゆっくり不ぞろいな果実を煮詰めてゆく。

「 ちっちゃい頃、やっぱりこうしてママンがお鍋をかき混ぜているのを横で見ていたわ。 早くお味見がしたくて。

 兄さんと順番を争ってよくしかれたのよ。  ほら・・・どう? 」

「 ・・・うん・・・ すっと溶けて・・・甘いけど、砂糖の甘さじゃなくて・・・後味もいいよ。」

小皿に取られたまだ熱々のジャムを 僕は心行くまで味わった。

「 よかった! じゃあ、こんな具合であと半日くらいゆっくり火を入れてゆかなくちゃ・・・ 」

「 きみがすご〜く手間を掛けてくれるから、なかなか評判、いいんだよ? ほら、この辺りの人達だけじゃなくて、

この前なんか東京の友達に送ったら中味だけじゃなくて瓶まで気に入ってくれたって。 」

「 嬉しいわ♪ すこうしずつでもファンが増えてくれれば・・・。 」

にっこり微笑んで、ガスの火を細くしてきみはテ−ブルの前に座った。

 

キッチンのテ−ブルには鉢植えした苺の苗があって、ここもちゃ〜んと収穫の時期をむかえている。

「 ? 写生? 」

「 うん、ジャムのラベルにどうかなあって思って。 <しまむら・ファ−ム>の宣伝にもなるでしょう? 」

テ−ブルに拡げたスケッチ・ブックにはルビ−みたいな苺がふたつと緑のはっぱ。 

きみは色鉛筆で丁寧にいろを塗る。

僕も濃いピンクのをとって真ん中にちいさないちごを描き添えた。

「 これが<しまむら・ファ−ム>だよね? ちび・いちごは元気?

きみの具合もだいぶ落ち着いてきたみたいだね。 」

「 ええ。 もうジャムの匂いも大丈夫よ。 これからは苺以外も、そうね杏やブル−・ベリイや、

秋には葡萄ジャムにも挑戦するわ。 」

「 そうだね! 今度の秋は<しまむら・ファ−ム>の大収穫祭だよ。 」

僕たちは 見詰め合って、笑い合って、またキスをして。

この秋には。

そう、去年植えた葡萄が色つきはじめるころ、きみのお腹は葡萄の実よりもふっくり膨らんでいって、

僕たちは新しい家族をむかえるんだ! <しまむら・ファ−ム>最高の収穫だよね!

もういちどキス!  ああ・・・甘い香りが僕を包むよ・・・

 

「 さあ、ジョ−、手を洗ってきて。 朝ごはんにしましょ 」

「 うん。 ああ、お腹ぺこぺこだ! 」

手とついでにばしゃばしゃ顔も洗って、僕はキッチンに戻って来た。

う〜ん・・・今度はコ−ヒ−の香りが漂って、それにト−ストの出来上がる香ばしい匂いも加わってきた!

僕の椅子、きみが縫ったパッチワ−クの座布団 (クッション、じゃないんだそうだ) に居心地よく座り込めば、

あは、やっぱり僕は<寝坊大王>だったのかな、自然にマブタが重くなってきた。

「 ・・・・フランソワ−ズ・・・ご飯ができたら・・・起こして・・? 」

「 うふふ・・・ジョ−ったら、昔とおんなじねえ・・・ 」

たくさんのいい匂いに囲まれて ジョ−の栗色の頭は次第に前に垂れていった。

 

 

 

 

 

「 ・・・・ジョ−・・・起きて。 もうすぐ夜明けよ・・・ 」

押し殺したきみの声が僕の耳元にひっそりと響いた。

「 ・・・う?・・・なに、ああ、ト−スト・・ 焦げてない・・? 」

はっきりしない頭をふって、それでも鼻を突くきな臭さに僕は顔をしかめた。

「 ・・?・・・ どうしたの・・・ ああ、ほら、夜が明けるわ・・・009。 」

 

009。 その響きに僕は一気に覚醒した。

そうだ。 ここは戦場の真っ只中なんだ。 きみと交代で仮眠し夜明けを待って、僕たち、009003

密かに戦闘行動を開始する予定なのだ。

隠れていた洞窟の口から僕はじっと外の様子を窺った。

ふふん・・・戦況は相変わらず、まったく絶望的。 かつてBGの大軍を突破して脱出した時よりも、

逃げ場の全くなかったあの地下帝国での闘いよりも、現在の状況は最悪のようだ。

切り抜けるのは ほぼ不可能だろう。

 

でも。 できる限りのコトをするんだ。 僕らは諦めない、決して。 先にいった仲間たちのためにも

僕らはやれる限りの闘いはする、そう二人で決めた。

 

 

− たぶん。 今日が僕らの最期。

 

 

だから、あんな夢をみたのかな。 夢って、明け方の夢は正夢だっていうから。

きっとそうだね、 あれは予知夢だよ。 うん、 空の上ならもっと美味しいいちごがたくさん採れるだろう。

僕らの<しまむら・ファ−ム>は ちゃんと其処にあるんだ。 みんなも待ってるよね。

籠いっぱいの苺を摘んで。 トマトやきゅうりや・・・秋には葡萄畑も金色に輝くよ。

 

僕はぴったりと寄り添っているフランソワ−ズの白い手をぐっと握り締めた。

 

「 先にいくなよ。 」

「 おいていかないでね。 」

 

見詰め合って、微笑みあって、かたくかたく抱き合って。 ふかくふかく口付けをして。

それは。 

ああ、 あの初夏の宝玉、きみいわく 女王さまのいちごの味、

 

 ストロベリィ・キッス。

 

 

 

 

 

 *** FIN. ***

 

後書き by  ばちるど

 

このSSは 霜月さまがご自身のサイトの掲示板に書いていらした記事が妄想の基となりました。

実在する<しまむら農園>からのジャムのお話です。 最期まで甘・甘・モードで〆たかった・・

のですが・・・すみません、いつもの如くの終わり方です・・・

Last update : 21,3,2003

 

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