『 夜半過ぎには ・・・ 雨 』

 

 

 

 

ちょっと行って来るから・・・と ジョ−がふらり、と出ていったのは2日前のことだった。

じゃあね、とだけぼそり、と言って普段着にラフな上着をひっかけ、

ジョ−はごく軽装でギルモア邸の前の坂道をくだってゆく。

 

・・・ 一回くらい振り向いたっていいじゃない・・・

 

なんとなく弾む足取りにもみえなくはない、後ろ姿にフランソワ−ズはこっそり悪態をついた。

 

 

海際の断崖上に建つギルモア邸、遮るもののなにもないこの地では

夜空ではいつもで華やかな光のパフォ−マンスが繰り広げられている。

星々は 冬には厳しい寒さに一層際立って青白い瞬きを見せるし

暖かくなれば うすい靄の彼方からやさしい光を送ってきた。

 

そして、今。 梅雨明けも間近な日。

 

一年で一番みごとに 晴れた夜星たちは華麗な奔流となってギルモア邸の上に

滔々とその姿を流している。

 

「 ねえ、晴れるかしら。 梅雨明けはまだでしょう、大丈夫かしら。 」

「 こういうのって早く作りすぎたらいけないもの? クリスマス・ツリ−とは違うのかしら。 」

「 ジョ−、笹を取ってきて? 駅前のお花屋さんには小さなのしかなかったの。 」

 

7月の声をきくとすぐに フランソワ−ズはそわそわしだす。

この地にひっそりと住むようになってから 彼女は季節季節の儚い催しごとに

熱心にこころを傾けるようになった。

それは 今ようやく手に入れた<当たり前の日々>への 彼女の拘りかもしれない。

 

「 ・・・へえ。 上手だねぇ。 」

「 すごいな・・・ 毎年あたらしい飾りが増えるね。 」

「 うん、いいよ。 明日 帰りに沢の方へ行ってとってくる。 

 きみがつくった飾りが 全部結べるくらいの、見つけてくるね。 」

 

最初の年は 輪繋ぎしか知らなかったフランソワ−ズだが

今では紙細工のテキストと首っぴきで 長い細かい網やら 提燈を器用に折りだす。

はじめ、あまり関心のなかったジョ−も、いまでは枝ぶりのよい笹を熱心に探した。

 

今年も 恒例の飾り物がリビングに並ぶ時期になった。

「 ・・・ ねえ、 フランソワ−ズ? 」

「 ・・・ なあに。 」

「 ぁ・・・ごめん、邪魔しちゃったね。 」

 

勢いよくドアをあけて、リビングに踏み込んだジョ−は

一瞬眼をみはり 驚いて足を止めた。

 

− ?! ・・・ああ! 墨、のにおい・・・?

 

久しく忘れていた、でもなんだか懐かしい香りが漂ってきた。

まさかここで墨の匂いにめぐり逢うとは・・・。

ジョ−は少々面食らった気分だった。

洋風の邸とそこに暮らす異国の人々。

たしかに その香りはギルモア邸には最も縁遠いものかもしれないのだが、

どうしてだか今、とてもしっくりと馴染んでジョ−には感じられた。

ジョ−は 深く息を吸い込みしばらくの間じっとたたずんでいた。

 

「 なあに? ・・・あら、全然邪魔なんかじゃないわよ、どうぞ。 」

窓際に引き寄せた小テ−ブルから フランソワ−ズが振り向いた。

ぴん、と伸びた背中に、ちょっとぎこちなく正座の足を揃えている。

机の上には 半紙やら色とりどりの短冊が散らばって見える。

 

「 ・・・へえ・・・? きみって・・・お習字、知ってるんだ? 」

「 ・・・きゃ! いやよ、ジョ−ったら。 見ちゃダメ〜 」

手元を覗き込まれて フランソワ−ズは書きかけの短冊を慌てて手で覆った。

「 隠すことないよ、見せて・・・ わあ、上手だねぇ? 」

「 大人に教わって・・・ コズミ博士に筆とか一式頂いたの。 」

頬をほんのり染めて フランソワ−ズはおずおずと書きかけのお習字を披露した。

「 ジョ−も 書いて? 七夕さまへのお願いごと♪ 」

「 え〜 筆では無理だよ。 」

「 どうして? 日本人はみんな書けるのでしょう? この・・・フデとスミで・・・ 」

差し出された筆に大慌てで手を振るジョ−に フランソワ−ズは怪訝な顔をした。

「 みんなって・・・。 筆の持ち方くらいは小学生のときに習うけどさ。

 それっきりだな〜。 ・・・ああ、じゃあ、ぼくは・・・これに 」

 

ジョ−はフランソワ−ズの書いた短冊の中から一枚選び出し、

もぞもぞと ぎこちなく筆を動かした。

 

「 ・・・あら。 ずる〜い、ジョ−ったら。 」

「 合作さ、いいだろ? ・・・ほら 」

「 ・・・ 一緒なら・・・ いいわ。 」

 

  おりひめ ひこぼし

 

きっちりした楷書体の脇に フランソワ−ズ、のサイン。

そして。 その横に 島村 ジョ−  の文字が飛び跳ねている。

 − そう、なの・・・? そう思ってる? わたし達のこと・・・。

 

ジョ−が書き加えた短冊を手に フランソワ−ズは頬を淡く染めた。

 − 一緒に飾って、一緒に空を見て・・・

 

墨色の文字が なんだか躍っているみたいに見えてきた。

 

「 あの、さ。 これからちょっと出掛けて来るから。 」

「 ・・・ え ? 」

「 そんな遠くじゃないし、多分一泊くらいで帰ってくるよ。 」

「 お仕事? ・・・ひとり? 」

「 ううん、ぜんぜんプライベ−トな、気ままな一人旅さ。 適当に出るから、気にしないで。 」

「 ・・・ そう。 」

「 夏休みってカンジかな。 ふふふ・・・きみ達の国のバカンスから見れば

 可笑しいだろうけどね。 」

「 そんなこと・・・。 ・・・ いってらっしゃい。 よい休暇を・・・ 」

 

だまって返したジョ−の笑顔は とても爽やかで。

フランソワ−ズは それきり言葉の継ぎ穂をなくしてしまった。

 

「 さ〜て・・・ 飾りはこれでもういいのかな? 空からよく見えるトコに出しておかなくちゃね。 」

やっぱりテラスだよなあ、と言ってかさり、とジョ−は笹の大枝を持ち上げた。

墨色を載せた短冊の 丹精こめた細工モノの 賑やかな色彩が零れ落ちる。

その華やかな流れが フランソワ−ズには急に色褪せてみえた。

 

 − ・・・ 一緒に見たいのに・・・。

 

 

 

 

「 う〜ん・・・  ジョ−はんは傘を持って行ったアルか? 」

「 ・・・ ううん。 」

「 そうアルか。 ま、オトコ一匹傘なんぞなくてもどうにでもなるアルね。

 余分な心配はナシのことネ。 」

「 ・・・ ええ。 」

ぽん、とまるまっちい手で肩を叩かれ、フランソワ−ズはやっと空から視線を戻した。

夕方からどんどんと雲が厚くなり、夜の領域に入るとともに細かい雨粒が落ちてきた。

テラスから見える広い空も濃い灰色で 同じ色の雨粒がやはり同じ色の海原に吸い込まれてゆく。

 

「 ジョ−のことより・・・ 今夜は、これじゃ川は渡れないかしら・・・ 」

「 ・・・はん? ・・・ああ、牽牛織女の話アルね。 」

「 空の上で二人はがっかりね、きっと。 」

「 ・・・フランソワ−ズはん? 」

「 え? 」

濡れるアルと、大人はやや強引に彼女をテラスから連れ戻した。

「 ほら、タオル。 髪を拭くアルね。 この季節の雨は ・・・ 結構冷え込むアルよ。 」

「 ありがとう、 張さん 」

「 あのネ。 ・・・ オトコはときに一人になりたくなる動物アルね。

 今晩、きっと牽牛はんも川岸で ひとり物想いに耽っているのコトよ。 」

「 ・・・・ 」

「 さ。 髪を拭いたら 食事の支度、始めまほ。 今晩は<七夕すぺしゃる>ネ! 」

「 あら、何かしら? 楽しみだわ。」

「 ほな、張り切って♪ 」

大人の福々し笑顔に フランソワ−ズもつられて微笑んだ。

 

 

・・・かさり。

微かな衣擦れの音にも 思わず首を竦めてしまう。

フランソワ−ズは できるだけそっと居間のカ−テンを開けた。

ちょっとだけ。 空が、 星がみえるだけでいいの・・・。

細い隙間の前に 彼女はぺたり、と座り込む。

フロ−リングの床が 素足にすこし冷たい。

音をたてまいとわざわざスリッパを脱いでここまで 降りてきたのだ。

 

梅雨明けも近いというのに、夜半にはまだまだ大気は温度を下げる。

・・・ くしゅ・・・

小さなクシャミを慌てて押し殺し、パジャマに羽織ってきたショ−ルの前をかき合わせた。

 

 

ジョ−。 いま、どうしてる・・・?

 

 

今晩の空って・・・ まるでわたしの心を映しているみたい。

どんよりした夜空は ますます濃く重くのしかかってくる。

・・・ わたしは。 わたしも、川の岸にいるの・・・ ひとりで。

 

くしゅん!

ちいさなクシャミが またリビングから漏れ聞こえていた。

雨は 夜が明けるまで降り続いた。

 

 

 

 

・・・トン。

朝食の席で フランソワ−ズの目に前に大振りの湯呑みが置かれた。

「 ・・・ なあに、これ。 」

驚いて顔を上げると 大人の丸顔が微笑んでいた。

「 かわいいクシャミが聞こえたアルよ・・・ 一晩中。 さ、このお茶を飲みなはれ。」

「 知ってたの? 大人・・・ 」

目を見張るフランソワ−ズに 張大人はなにも応えず、ず・・・っと湯呑みを押し付けた。

「 身体を温めれば一夜の風邪は すぐに退散アルね。

 今夜は ジョ−はんも帰って来はるやろし・・・ クシャミじゃ恋は語れないアルよ。 」

「 ・・・ 大人ったら・・・ 」

 

「 おはよう・・・。 よく降るのう。 」

「 お早うございます、博士 」

「 なんやね、グレ−トはんはまだ寝てるアルか? 先に食べるアルよ。」

博士が新聞をちょっと開いてから、空を見上げた。

「 ・・ふむ・・・ 今夜あたりは星が眺められたらいいが・・・ 」

「 ・・・・・ 」

大きな湯呑みを両手で抱え、フランソワ−ズはまた空をみる。

雲とも空とも見分けがつかない合間から ほそい絹糸のような雨が静かに落ちてくる。

 

「 ・・・ ジョ−。 どうしてる・・・? 」

 

 

 

しつこく上空を覆っていた雨雲は それでも次第に薄くなり始め

午後も遅い時間には 久々に薄日を眺めることができた。

 

その淡い夕日に染まって ジョ−が帰ってきた。

出かけた時とおなじく、ふらり、と彼はギルモア邸にもどってきた。

 

 

「 旅は ・・・ 素敵だった? 」

「 ・・・ ウン。 」

 

 

ジョ−の瞳が穏やかにフランソワ−ズを捕らえる。

奥に微笑みを秘めた青い目が それをふんわりと受け止める。

・・・それで 充分だった。

二人は 黙って微笑みを交わし、旅のおわりを知った。

 

 

上着を渡して ジョ−はあれ、と思った。  

ちょっと声が ちがう・・かな? 

彼女をじっと見る。

 

「 ・・・? 」

 

・・・大きな目が こころもち潤んでいる。 

 

「 ・・・ あの、さ。 どうかした? 」

「 え? いいえ? ・・・ でも、どうして。 」

「 なんだか ちょっとヘンだよ? 目が ・・・ あれ、すこし手が熱い? 」

「 なんでもないわ。 ゆうべ・・・ちょっと夜更かししたから。 そのせいよ、きっと。 」

「 夜更かし? 」

 

「 一晩中、ウチのお姫さんは空を眺めていたアルよ〜。 それも 雨の空をネ。 」

「 やだ・・・大人ったら・・・ 」

「 一晩中? 」

 

あわてて大人の口を塞ごうとしたフランソワ−スに ジョ−は眉を顰め聞き返した。

「 なんで徹夜なんか? この辺、昨夜は雨だったろう? 」

「 ・・・ええ。 雨でも・・・ 空を・・・星を見てたの。 

 ジョ−が居たところは 晴れていたのでしょう? 」

「 ああ。 だけど、どうして? 」

 

ジョ−の強い視線に フランソワ−ズは俯いてちいさく応えた。

 

 ・・・ ジョ−と。 おなじものを見ていたかったから・・・。

 

「 ・・・ ごめん。 」

「 やだ。 謝らないで。 」

「 ウン・・・ でも、ごめん。 」

 

「 大人のとっておきのお薬も飲んだし。 もうすっかり平気よ。 」

「 ・・・なら、いいけど。 」

「 ね? それよりも旅のおはなし、聞かせて? 

 こっちではね、博士が不思議な天体現象を見つけられたの。」

「 天体現象 ・・? 」

 

 

 

 

カツン・・・ フランソワ−ズの下駄が小さな音をたてる。

初めて浴衣を着た年には 裾裁きに苦心し下駄の鼻緒に音をあげていた彼女だが

今は ごく自然に着こなしている。

今夜は歩きでいい?というジョ−の誘いに、ええ勿論、と余裕の笑みが返ってきた。

 

「 ねえ? 珍しいわね・・・ 」

「 ・・・うん? そうかな。 いつもは夜でも綺麗に晴れてるよ? 」

「 ちがうわよ。 ・・・今晩のこと。  ジョ−が・・・ジョ−から誘ってくれるなんて・・・ 」

「 ・・・ああ・・・ そう、かな。 」

 

ひとつ向こうの町で催された花火大会に 珍しくもジョ−が フランソワ−ズを誘ったのだ。

「 七夕には遅れちゃったけど。 花火は3日間やってるっていうから・・・ 」

「 ・・・うれしかった。 」

「 あ、ごめん。 昨日だったら  もっと盛り上がってたかもしれないのにね。 」

「 ううん・・・ そうじゃなくて。 」

「 それに、大丈夫? 具合、悪かったんじゃないかい。 」

「 何でもないわよ、もう元気。 」

 

樹々のざわめき、気の早い虫たちの声。 ・・・風のおと。

夏の夜は 自然の賑やかなおしゃべりで満ちている。

人通りのほとんどない一本道、波の音を側に聞きながら ふたり肩を並べて歩いてゆく。

 

「 ・・・ なに? 」

「 なんでもなぁい。 」

「 ・・・? 」

くす・・・っと笑って、フランソワ−ズはジョ−の<荷物>を指差した。

「 ねえ。 それってどうして持ってきたの。 」

「 ああ・・・ うん。 」

ジョ−はずっと担いでいた笹の小枝を ばさり、と前に翳した。

「 ・・・ なんか・・・ もったいないかなって思ったんだけど。 」

「 え? 」

「 こういう飾りって、七夕の日に川に流すんだ。 短冊の願いごとが叶いますようにってね。 」

「 まあ、そうなの? 」

「 ウン。 まあ、このごろはやらないけどね。 」

「 ・・・ きっとね。 川から・・・ほら、星の彼方まで・・・そう、天の川まで流れて

 行って・・・って 願うのね。 」

「 ああ・・・ そうかもしれない・・・ 」

 

色とりどりの短冊が 翻る。

墨色あざやかに 願いごとが記されている。

 

「 本当は川に流すんだけど。 きっと川から海へって辿ってゆくはずだから・・・ 」

ここでもいいよね? とジョ−は笑って海を指差す。

 

海面めがけてジョ−の放った笹の小枝は ゆっくりと宙を舞う。

きらきら ・ ひらひら  短冊を 飾り物を翻し、 笹は暗い波間に呑み込まれていった。

 

・・・くしゅん。

ちいさなクシャミが 闇に響く。

「 あ、やっぱり冷えるんだろ? 」

「 ・・・ 大丈夫よ・・・ 」

「 きみの<大丈夫>はアテにならないからな。  ・・・・ ほら、これ。 」

「 ・・・ ジョ− 」

ぱさり、とフランソワ−ズの浴衣の肩にジョ−のパ−カ−がかぶさってきた。

「 ちゃんと着てろよ? 」

「 ・・・ うん。 」

ぶかぶかのパ−カ−が とても暖かい・・・。

 

 − ジョ−の。 温もり・・・

 

 

 

ぼくは ・・・ 口下手で、そのぅ 上手くいろいろいえないけど。

でも、 言わなくちゃ・・・って思って。

話さなくちゃ・・・ わかってもらえないものね。 わかって欲しいから。

 

あなたが、見た遠い星でのこと?

 

いや。 ・・・それも、あるけど。

ぼくは 多分。 ううん、きっと・・・ おかあさんに会ったよ。

 

お母様? 

 

いつか。 いつか きっとちゃんと話せると思うから。

その時は・・・ きみに 聞いてほしい。

 

・・・いいわ。

あなたの 思い出 になった時、いつでも聞くわ。

 

思い出・・・・?

 

そう。 それで、ね。 あなたとの 思い出。 これからう〜んとつくりたいわ。

 

ジョ−の手がそっと彼女の手を求める。

夜目にも白いその手は すこしひんやりとしていた。

 

 

今晩の願い事は、さ。

 

なあに?

 

雨が降りますように。 今、これから。

そうすれば ・・・ 

 

え、雨? どうして?

 

ふふ。 天の川は渡れなくなって ・・・ 向こう岸に帰れない、ううん・・・

帰らなくてもいいから。

 

・・・まあ。

 

・・・ ふふふ・・・・

 

天気予報は伝えていたかもしれないな、とジョ−はちら、と思った。

 

 − 夜半すぎには ・・・ 雨、 と。

 

 

*****   Fin.   *****

Last updated: 07,12,2005.                              index

 

***  ひと言 ***

原作でもドラマCDでも。 <こうだったらいいのにな〜♪>の

『 ばちるど版・星祭りの夜 』 でございます。

原作のラスト絵、大好きです。 御大のやはらかな筆遣いの優しい二人♪

今年、ジョ−とフランソワ−ズはどこで星祭の夜を迎えたのでしょうね・・・