『 ひとりだち 』
******* はじめに ******
このお話は 【 Eve
Green 】 様宅の
<島村さんち> 設定を拝借しています。
― カッチャ カッチャ ・・・ タタタタ ・・・・
「 ばいばぁ〜〜い おか〜さ〜ん 」
「 ・・・ おか〜さ〜〜〜ん ・・・ 僕 ぅ ・・・ 」
色違いの頭が こちらを振り向いてはわさわさ手を振っている。
「 はい いってらっしゃい。 ばいばい〜〜 」
こちらも 満面の笑顔で手を振り頷いている。
「 いってキマス 〜〜〜 あ〜〜 まりちゃ〜〜ん あそぼ〜〜〜 」
「 あ〜〜〜 すぴかちゃ〜〜ん あそぼ〜〜〜 」
姉娘の方は もう仲良しができたのだろう、友達をみつけると駆けていってしまった。
「 ばいば〜〜い おか〜〜さ〜〜〜〜ん 」
弟の方は ちょいと半分泣きそうな顔でまだこちらを見ている。
「 はい、ばいばい、すばる。 た〜くさん遊んでいらっしゃい〜〜 」
「 ・・・ う ・・・ おか〜さ 〜〜ん ・・・ 」
「 はい おはよう! しまむらすばるクン! 」
「 ・・・ あ めぐみせんせい 〜〜 」
「 はあい。 ・・・ すばるクン、 ごあいさつ は? 」
「 お ・・・ おは おはよ〜〜〜ございます〜〜 」
「 はい よくできました。 さあ〜〜 中に入りましょ。 」
「 ウン! 」
めぐみ先生は フランソワーズの方に笑顔で会釈をすると、 すばるの背を軽く押して
どんどん園庭に入っていった。
「 ・・・ おねがいしま〜す ・・・っと。 さ! 帰るわ 〜〜 」
彼女は 止めていた自転車を引き向きを帰ると勢い良く乗り込んだ。
さあ〜〜〜!!! わたしだけの時間 に 出発〜〜〜 ♪
フランソワーズは 弾ける笑顔でペダルを漕ぎ始めた。
サワサワサワ 〜〜〜〜 ・・・・・
まだ稚い葉をゆらし 晩春の風がここちよく吹き抜けてゆく。
「 う〜〜ん ・・・・ さっいこ〜〜〜〜 ♪♪ お天気は上々〜〜 風も緑のいい香り♪
それでもって それでもって それでもってェ〜〜〜〜
― わたしは一人 なの〜〜〜♪
スカートの両側を握り締める手もいないし。 御手洗まで追いかけてくる声もないし。
自転車の前と後ろで 騒ぎ捲くる姉と弟もいない。
そうよ〜〜〜 わたし 一人なの♪ ひっさびさの たった一人の自由時間なの♪
シュ −−−− ・・・・・・ !
フランソワーズ゙の自転車は かるがると乗り手を担いで新緑の中を疾走していった。
わあ〜〜〜い♪ 自由な時がまたやってきたわ〜〜〜
亜麻色の髪を靡かせ 初夏近いお日様よりも明るい笑みを振り撒き ― 前も後ろも
今日ばかりは からっぽな自転車と共に 彼女は歌いだしたい気分だった。
街外れの崖っ淵 ― そこにはちょいと古びた洋館が建っていて。
そこには仲のよい家族が住んでいて。 そこには 幸せな笑顔がいっぱいなのだ。
そして その住人の双子の姉弟は この春から幼稚園に通っている。
その日。 朝 目覚めた時からフランソワーズは超〜〜〜ご機嫌チャンだった。
「 ふんふんふ〜〜〜ん♪ 幼稚園ってあっという間に帰ってきてしまうけど。
でも♪ 今日からはちょこっと違うのよね〜〜 うふふ うふふ うふふふ〜〜ん ♪ 」
双子の母は もう本気で歌い始めていた。
「 だって待ちに待っていた日 なんだもの。
― では。 その待ちに待った日 のために。 準備作業を始めましょう。 」
そっと起き出し 隣でまだく〜〜〜く〜〜〜 熟睡しているジョーにちょん!とキスをして。
彼女は足取りも軽く キッチンに向かった。
「 さ〜て と。 で〜は。 お弁当大作戦 の始まり 始まりぃ〜〜 ♪ 」
朝陽いっぱいのキッチンで 彼女は文庫本くらいな大きさの < おべんとうばこ > を取り出した。
オレンジ のと グリーン のと。 おままごとみたいな弁当箱だ。
「 リクエストはちゃんと聞いてあるのよね〜 ふんふんふ〜〜ん♪ 」
もうハナウタ交じりに 彼女は冷蔵庫のドアを開けた。
今日という日のために、 彼女はたっくさんあれこれ ・ いろいろ ・ うろうろ ・・・ してきた。
― まず 一番初めは ・・・
入園準備のプリントを夫に読み上げてもらっていた時、 おべんとう という言葉にであった。
「 ふ〜ん ・・・ 4月の下旬になったらお弁当をお願いします だって。 」
「 え? おべんとう? ああ ランチね? サンドイッチ とか クッキー でいいのでしょう?
そうだわ、 ケーク・サレ なんかもいいわよね。 」
「 う〜ん ・・・ クッキー ・・・はマズイと思うよ? オヤツじゃないんだし。
ほら、毎日ぼくに作ってくれるだろう? あんなんでいいんだよ。 」
「 え ・・・ あのコ達に 二段重ねのランチを持たせるの?
御飯 ぎゅ〜っと詰めてウメボシ真ん中にいれて 卵焼きとか煮物とか昨夜のオカズの残りとか
・・・ 食べきれないわよ〜〜 」
「 あの。 そうじゃなくてさ。 なんかさ〜 ちっこい弁当箱、買ってきてやって、ウィンナーとか
ゆで卵とか・・・ちまちま入れてやればいいだよ。 御飯もさく・・・っと さ。 」
「 ・・・ ちまちま?? さく・・・っと? 」
「 なんか きゃらべん とかいうのもあるんだって。 」
「 ― きゃらべん ??? 」
「 うん。 どうもね〜 幼稚園ライフには必須らしいよ? ネットで調べてみようか? 」
「 あ 一緒に見るわ〜〜 」
「 よ〜し 」
・・・ そんな訳で夫婦で PCの前に座り < きゃらべん > なるものを検索し ―
・・・・ !? ☆ ※ ◆ ◎ § # ???
こ ・・・ れ ・・・ た たべ も の ・・・?
夫婦で目をテンにして 夫婦で溜息をついた。
「 ・・・ 無理よ〜〜〜 とても無理。 わたし には無理〜〜 」
「 う〜ん ・・・ こんなに凝る必要 ・・・ ある かなあ ・・・ 」
「 でも ・・・ 皆 こんなの、もってくるの? 他のお友達は ・・・
日本のお母さんたちって ・・・ 皆 お料理の天才 なの?? 」
「 う〜〜ん ・・・ いいさ ウチはウチだ。 アイツらの好きなモノ、入れてやって
御飯の上に ちょちょっとなにか書いてやればいいんでない? 」
「 ・・・ 愛してる〜〜はあと って? 」
「 そ それは! ぼく専科。 ぼくだけでいいんだ! 」
「 あらあ〜〜? ジョーってば ・・・ 自分の娘と息子にヤキモチ〜 」
「 ち ちがうってば! そ その・・・ほら、まだアイツら、字 よめないだろ? だから・・・ 」
「 あら。 お言葉ですが。 島村すぴかさん と 島村すばるクン は ちゃんと字 読めますよ?
すぴかは ほぼ ・・・ ひらがなも全部かけますが。 」
「 あ ・・・ あ〜〜〜 う ・・・ そ それじゃ ・・・あ ! そうだ〜〜
ほら すぴか とか すばる とか・・・名前でも書いてやれば? 喜ぶよ〜〜
フリカケとか桜デンブとかで さ。 」
「 でんぶ? ・・・ああ! あのすばるが大好きな甘いピンク色のトッピングね? 」
「 ・・・・ まあ そんなモンだけど ・・・ 」
「 そうね〜 それじゃ ・・・ 二人の好きなモノ、ちまちまっと詰めるわ。
今日の帰りにお弁当箱、 買ってくるわ〜〜 」
「 うん うん そうしてよ。 たまにはサンドイッチもいいと思うよ? 」
「 う〜ん ・・・ とりあえず、最初はゴハンにしてみるわ。 」
「 ・・・ なんだかぼくも食べたくなってきたよ〜〜 」
「 え。 きゃらべん が?? ・・・ スーパー・ヒーローもの それとも ぷりきゅあ? 」
「 い いや! きみのお弁当が さ。 ねえ〜〜明日の弁当だけどォ〜〜 」
「 はいはい わかってますってば。 今晩のカツの残りがあるからそれでカツどん弁当
にします〜〜 いかが? 」
「 うわお〜〜〜♪♪ やったぁ〜〜〜♪ 」
・・・ なんか ジョーも子供たちもたいして変わらない みたい ・・・
無邪気に喜んでいる夫を眺め フランソワーズはこそ・・・っと溜息をついた。
そして いよいよお弁当開始 のその朝。
すぴか と すばる は母お手製のお弁当を きっちりバスケットにつめると
にこにこ顔で 自転車の前と後ろに乗った。
「 おじ〜〜いちゃま〜〜 イッテキマス♪ 」
「 ます! おじいちゃま〜〜 」
子供たちは 送りに出てくれた博士にぴらぴら手を振っている。
「 おうおう いっておいで。 今日からは弁当もち、だなあ 」
「 ウン! おじいちゃまのおべんとうばこ〜〜 アタシ、 みかんいろ すっご〜くすき♪ 」
「 おじいちゃまのおべんとうばこ〜〜 僕 みろり〜〜 」
「 み ど り だよ すばる! 」
「 み ろ り? 」
「 み ど り!!! 」
「 ほら〜〜 二人とも〜〜 出発しますよ〜〜 しっかり掴まってね。 」
「「 はあい 」」
ばいばぁ〜〜い♪ 双子は母の前と後ろで ちっちゃな紅葉みたいな手をひらひら振り
あっと言う間に家の前の坂道を下っていった。
「 ふふふ ・・・ 元気でいいのう・・・ ワシも少しばかりお裾分けにあずかった かな・・・
老け込んでもおられんなあ どれ ・・・ 一仕事上げようかの。
うん ・・・ あの弁当箱の素材を使って防護服を改良してみるか ・・・ 」
孫たちを見送って 博士はとんとん・・・と腰を叩き伸びをした。
双子が持っていった お弁当箱 は 博士謹製 ― というか特殊仕様なのだ。
― 数日前のこと ・・・
「 ・・・う〜ん ・・・? お弁当箱って どれもイマイチ・・・ 」
買い物から帰り、キッチンで袋を開けつつ、フランソワーズはぼやいていた。
「 フランソワーズ、 悪いが茶葉を足してくれんか ・・・ 」
博士が茶筒を手に 書斎から顔をだした。
「 はい。 いつもの煎茶でよろしいんですか? 」
「 ああ それでいいよ。 ・・・ なにが イマイチ なんじゃな? 」
「 ― え ? ・・・ あ あら ・・・ 聞こえてまして? 」
「 うむ。 イマイチ ? 」
「 ええ そうなんです、 お弁当箱 ・・ チビ達の ・・・ 」
「 おお チビさん達も弁当持ちになるのかい。 」
「 はい。 今よりは長い時間 幼稚園にいてくれるようになります。 やっとちょっと手が
空きますわ。 」
「 ははは ・・・ まだ行ったと思うとすぐに帰ってくるからなあ。 」
「 そうなんです。 それでね、 そのお弁当箱を買いに行ったのですけど それが どうも・・・ 」
「 ほう? チビさん達が気に入ったのがなかったのかね? 」
「 いえ ・・・ あの子たちのリクエストじゃなくて ・・・ お弁当箱そのものが イマイチ。
できれば通気性が良くて それでいて液体が漏れない そんなのが欲しいんですけど ・・・
可愛いデザインのは多いけど、 どれも密閉性しか考えてないのばかり。 」
「 ・・・ ふむ? まあなあ 両立させるのはなかなか難しい問題だろうからな。
よし。 ワシがちょっと考えてみよう。 なに、すぐにできるさ。
そうそう ・・・ チビさん達に色のリクエストを聞いておいておくれ。 」
「 え・・・ 博士が 子供たちのお弁当箱を 作られるのですか?? 」
「 ははは 密閉性と通気性を兼ね備えた素材、 というのはちょいと面白いしな。
まあ アテもあるから大丈夫、 任せておきなさい。
そうさな ・・・ 宇宙飛行士用のシャツ素材を応用するとしよう。 」
「 うわあ〜〜 ありがとうございます♪ それじゃ ・・・ 二人に好きな色を聞きますね。 」
「 うむ うむ ・・・ 頼むぞ。 」
「 は〜い きゃあ〜〜〜 うれしいわ〜〜 」
― で。
「 アタシ! みかんいろ !! 」 「 ・・・ 僕 ・・・ みろり がいい 」 ということになり。
二日後には オレンジ色と緑色の可愛い弁当箱が出来上がった。
そして その通気性と密閉性を兼ねた安心・弁当箱 にフランソワーズは小鳥のエサみたいな
量のお弁当を用意したのだった。
「 たっだいま〜〜 っと♪ 」
誰もいないリビングに フランソワーズは上機嫌で入ってきた。
「 ふんふんふ〜〜ん♪ って あと3時間は♪ だ〜れもいません、帰ってきません〜〜
博士もお出掛けで〜す わたし一人の 一人っきりの時間ですぅ〜〜〜 わい♪ 」
ぽ〜〜ん ・・・ 意味もなくクッションを放り投げてみた。
「 うふふ うふふ ・・・ さ〜て ・・・と。 じっくり読みたい本も やりかけのお裁縫もあるし。
そうだわ〜〜 ポアントのリボン! 来月から朝のクラスに毎日出られそうだから
ポアント、余分に作っておかなくちゃね♪ ふふ〜〜 まずは ・・・ ちょこっとお腹減ったから
お茶タイムしよっかな。 そうそう あの子たちのお弁当さんの残り、食べよっと。 」
彼女はスーパーでの買い物を一緒くたに冷蔵庫に放り込み ― ガス台にケトルを置いた。
「 あっつあつの沸き立てのお湯で おいし〜〜〜いカフェ・オ・レ 淹れるわ。
で・・・ お弁当の残りは ・・・ と ・・・ 」
今朝はジョーもお弁当持ちの日で、 彼も基本双子と同じオカズの弁当を持っていった。
勿論、量は多いし昨夜の残りのハンバーグをソースとケチャップで煮込んだものも + してある。
( 信じられないコトなのだが。 彼女の夫はこの煮込みハンバーグが大好物なのだ! )
オカズの残りを集めておいたタッパーを 冷蔵庫から取り出す。
「 これこれ ・・・ ふふふ〜〜 すぴかとすばるでオカズも変えたのよね〜
わたしって 100点ママだわよねえ〜 彩りだって考えて〜 すぴかの御飯の上には
のりたま と タラコ で す ぴ か♪ すばるの御飯には桜デンブで す ば る♪
でもってついでにジョーの御飯の上には ゴマとタラコと桜デンブで 愛してる はあと ♪
うふふ〜〜〜 わたしって天才じゃない? ねえ〜〜 」
一人でにこにこしつつ 彼女は残りのオカズをつまみ始めた。
「 ふ〜ん ・・・ このツクネと鶉の卵の煮物 はしっかり煮込みました。 う〜ん 美味しい♪ 」
むぐむぐ食べていて ふと。 刺していたプラスチックの楊枝に目が留まった。
「 ― あ ? これ。 先っぽ ・・・ 案外鋭いわ 」
チク。 指先に刺さることはなかったけれど、痛みは感じた。
「 ・・・ やだ ・・・ あの子達 ・・・ 口の中を突いたりしてないかしら。 すぴかは ・・・
たぶん大丈夫でしょうけど ・・・すばる ・・・ あのコ、トロいからなあ ・・・ 」
いつもにこにこ・すばるクン は いつだって同じ日に生まれた < 姉 > の後を
とことこ着いて歩いているのだけれど。
「 ・・・ 明日っから先を折って丸くした爪楊枝を使うわ。 ・・・ 大丈夫かなあ・・・
幼稚園に電話してみようかしら ・・・ ああ 今 お弁当タイムの真っ最中ねえ ・・・
なんの連絡もないし ・・・ ってことは 口の中を怪我したり指に刺したりはしていないって
ことかしら ・・・ う〜ん ・・・ 」
眉間に一本縦ジワが寄った。 ・・・ どうしようもないわよね ・・・ でも! う〜〜 気になる! と、
本気になって < 眼 > のレンジを最大級にしてサーチしてみたが ―
残念、地形の関係か、可視範囲外、だった。
「 ・・・う〜〜ん ??? ウチからじゃ幼稚園の教室の中は < 圏外 > か ・・・ 」
しょうがない、と彼女は幾分落ち込んで、残りのオカズを食べ始めた。
「 ・・・ あら? このプチ・トマト ・・・ なんだか固いわねえ・・・ すぴかの好きな
クシュ・・・ってつぶれるのじゃいみたい・・・ 美味しくな〜い・・・って怒ってるかなあ・・・ 」
タコさんうぃんなー は 残りを全部ジョーの弁当箱に詰めてしまったので試食できない。
「 ・・・ 美味しかったかなあ〜・・・ 味見、しておけばよかったわ ごめんね すぴか。
明日からはちゃ〜んとお母さん、美味しいかどうか味見するからね!
えっと ・・・ そうそう、サラダよ! これが今回のメイン・イベントかも〜〜 」
別のお皿にはポテト・サラダが これも二種類。 中身は同じだけど味付けが違うのだ。
彼女の息子 ― いつもにこにこ・すばるクンは 離乳食の頃からの野菜嫌い。
野菜 + 果汁のジュースにしてみたり、 細かく切ってハンバーグやらコロッケに混ぜてみたり
レタスやキャベツで好物の肉団子を包んでみたり・・・あれこれいろいろ目先を変えているのだが。
― ぷっくりした指で箸を持ち、彼は器用に微塵切りを除けてしまう。
「 う〜〜ん ・・・ なんでなのかしら。 すぴかはなんでもぱくぱく食べるのに ・・・
一緒にわたしのお腹に入っていたのに、どうしてこんなに好みが違うの〜〜 」
今でも毎朝、 一片のキュウリ、 一カケのトマトを食べさせるのに大苦戦している。
「 なんとかねえ・・・ お弁当で治したいのよねえ ・・・ 好き嫌いはダメだもの。 」
ちょいと古い感覚の持ち主ゆえ、 彼女は子供の好き嫌には容赦しなかった。
「 ともかく。 全部食べてもらわなくっちゃねえ・・・ 今日のポテト・サラダだって
すばるのは甘いお味噌をちょっと足したマヨネーズで和えてあるのよね〜〜
甘い味に釣られて 食べてくれればいいのだけれど ・・・ 美味しい ・・・ はず ・・・よ? 」
むぐむぐ ・・・ 特製! のつもりだった味噌味ポテト・サラダは ― 珍妙な味だった。
「 ・・・あら。 朝は美味しいと思ったのに・・・ 時間が経つと分離してしまうのかしら。
あ〜 ・・・ 今日は失敗ねえ・・・ きっとお残しだわあ ・・・ ごめんねえ〜 ・・・
あら。 こっちは普通に美味だわ〜〜 ポテト・サラダ、すぴかは大好きだから
ご機嫌ちゃんだわね〜 ・・・ すばる ・・・ 怒ってないかしら ・・・ 」
ポテト・サラダはやはり普通にマヨネーズだけで和えるべきだったのだろうか。
「 でも ・・・ そうするとジャガイモだけ 食べるのよね〜〜 すばる は ・・・
人参やらキュウリを器用に除けちゃうのよ ・・・ う〜〜ん ?? いっそ甘味噌だけで
和えてみたほうが? ・・・ ううん ・・・ それはちょっと・・・ う〜ん??? 」
残り物のお皿を前に フランソワーズの堂々巡り が始まっていた・・・
熱々のはずのカフェ・オ・レは いつしか冷えてどろん、とカップに溜まっていた。
コンコン ・・・ コン ・・・
「 ― フランソワーズ? ここにいるのかな。 出掛けたかい ・・・?
・・・ そろそろチビさん達の お迎え の時間ではないかな 」
控えめなノックと共に博士がドアから顔を覗かせた。
「 ・・・ え? 」
「 ああ おるのかい。 今 帰ってきたのじゃが ・・・ 自転車がまだあったので な。
そろそろ出た方がよいのではないかい。 」
「 ・・・ え ・・・ さっき帰ってきたばかり ― まだ そんな ・・・ 」
フランソワーズは ぼ〜〜〜っと リビングの鳩時計を見上げた。
「 ― え!?? う うそぉ〜〜〜〜〜 ??? 」
ほんのちょっとだけ。 お茶を飲んでお弁当の残りを食べて ・・・ と思っていたのに。
まるごと一人っきりの時間〜〜〜♪ チビ達から解放〜 ・・・ と喜んでいたのに。
ゴシゴシ ・・・ 目を拭って見直した時計は ― もうお迎えタイムまでいくらもない時を示している。
うそぉ 〜〜〜〜〜 ワープしちゃったの???
なんだってわたしの回りだけ 時間が速く進むの??
時計の加速装置! なんて ナシよぉ〜〜〜
泣き言満載 ・・・ できれば喚きたかったけど。 そんなヒマはなかった。
さささ・・・っと髪を梳き ちら・・・っと鏡をみてリップクリームだけ塗って ― 母は飛び出した。
「 は 博士〜〜〜 すみません、 お留守番をお願いします〜〜〜 」
「 ほいほい 気をつけて! そんなに慌てんでも大丈夫じゃよ〜〜
チビさん達は 園でお利口さんでまっておるよ〜〜 ・・・・聞こえん か ・・・ 」
博士は 慌てて門まで送りにでたが ― フランソワーズの自転車は もう急坂を下り切っていた。
「 ・・・ ワシは意識せずに あの娘にも加速装置を搭載しとったのじゃろうか ・・・ 」
初夏に近い陽射しの中 博士は呆然として門の側に立っていた。
さて。 少し時間は遡り ― ちょうど正午になろうか ・・・という頃。
ここは都心に近いビルの一室・・・
「 ・・・ うわ〜〜お ・・・ メシ! オレ、 メシにする! 」
「 ちょっとぉ〜 タカハシ君? いちいち大声で宣言しなくてよろしい! 」
「 あ ・・・ すいませ〜〜ん ・・・ メシ! 行って来ますっ! 」
ドタドタ ・・・ 声を共に青年が一人、事務所を駆け抜けていった。
「 ・・・っとに も〜〜 」
「 お弁当 きましたヨ〜〜 頼んだ人〜〜 」
「 コンビニ、行くよ? なにか買ってくる? 」
「 あ アタシ、 今日はお弁当。 あ でも〜〜 カフェ・オ・レ お願い〜 」
「 スタバには行かないよ? 」
「 コンビニのでいいの〜 お願い! 」
ざわざわざわ ・・・ 今日もやっとお昼時、 事務所の中では人々がてんでに動き始めていた。
― ここはジョーの勤め先の雑誌社編集部。
仕事の性質上、明確なランチ・タイムは決まっていないのだが 編集部員の大半は通常時
まあ普通に12時から昼休みに突入しているようだ。
「 島村く〜ん ・・・ 一緒メシどう? 」
「 あ はにゅ〜課長 〜 すいません、ぼく、弁当持ちなんで・・・ 」
ジョーは こそ・・・っとチェックの小風呂敷に包まれた弁当箱を持ち上げてみせた。
「 やあ いいなあ〜 愛妻弁当かい? 羨ましいなあ〜〜 」
「 いやぁ ・・・えへへ 愛妻って ・・・ 今日からチビ達も弁当開始なんで オカズとか余るから
そのついでですよ〜 」
「 あ 君のとこ、確か ・・・ 双子さんだったっけ? 」
「 はい。 やっとこの春幼稚園に上がりました。 」
「 ・・・ それで奥さん、君の弁当まで作ってくれるのかい??? すごいなあ〜〜 」
「 いえ だから その・・・ついで・・・ 」
「 いやいや <ついで> に三人分作るってのは無理だからねえ・・・ 偉いなあ・・・
ゆっくり奥さんの手作りを味わうんだな 〜 」
「 すいません〜〜 次、お供します〜〜 」
はにゅ〜課長はひらひら手を振って出ていった。
「 ふんふんふ〜〜ん♪ 」
ジョーはハナウタまじりに ( これはどうやら細君のクセが移ったらしい ) 弁当を机の上に
置き、 お茶を淹れ ― 満足と期待の溜息をついている。
「 ・・・ ひ〜び〜のか〜て〜を〜〜♪ ・・・ あ〜めん ・・・ 」
ほんの小声で 子供の頃からの習慣、食前の賛美歌を歌い、そっと手を組み目を閉じて。
「 ― いっただっきまぁ〜す !! 」
― かぱ。 島村氏は静かに弁当箱を開いた。
「 あ〜〜〜 島村さ〜ん、 今日もお弁当ですかぁ〜〜 」
向かいの席から 女性社員が声をかける。
「 アサダさん・・・ うん、 君も? 」
「 そ〜なんですぅ〜〜 お母さんが持ってけってウルサイんで〜 」
「 いいお母さんじゃないか〜 感謝しなくちゃ。 さ〜て ・・・ お。 この煮物〜〜
味が浸みてて昨夜よりずっとウマ 〜〜〜 」
「 ( にもの?? ・・・ オッサン臭〜〜 豪華ステーキ弁当 とかじゃないのォ??? ) 」
耳をダンボにしていた女性社員は少し引き気味の気配 ・・・
「 あは ・・・ タコさんウィンナーだあ〜〜♪ チビ達も今頃食べているのかなあ〜
・・・ お♪ 卵焼き〜〜〜 ・・・・ どうもまだオムレツっぽいなあ〜
ま しょうがないか・・・ ウチの奥さんはふらんす人なんだもんなあ〜 」
ジョーは嬉々として弁当を平らげてゆく。
どうも彼は 残り物のオカズ やら 昨夜のオカズ とかが入っているのが 嬉しい ・・・らしい。
一回、 冷凍エビフライ をチンして入れたら 真面目な顔でできればやめて欲しい、といわれ
彼の細君はびっくりしてしまった。
「 ?? あ ジョー ・・・ エビフライ、 嫌いだった? 」
「 いや。 大好きだよ。 ただ ― ぼくはきみが作ってくれた昨夜のオカズの残り とかを
弁当にもってゆきたいんだ。 」
「 ・・・ 昨夜の ・・・残り? だって ・・・ 同じ味で飽きるでしょう? 」
「 ぜ〜〜んぜん! 知ってるかい? 翌日になると手作りのオカズって もっともっと
美味しくなるんだぜ〜〜 ぼく ・・・ ず〜〜〜っと憧れていたんだ。 」
「 ・・・! あ そ そう? それなら ・・・ そうするわ。 」
「 うん お願いシマス。 」
夫の生い立ちを思い出し 彼女は素直に彼のリクエストを承諾した。
で。 島村氏は取材に出る日以外、ほぼ毎日幸せ〜〜な表情で 昨夜の晩御飯の残りモノ
やら 常備菜の煮物 などをぱくぱく食べているのである。
「 島村さ〜ん ・・・ ちょっと聞いていいですかぁ〜〜 」
「 うん? なにかな〜〜 アサダさん。 」
ごちそうさま をして 静かにお茶を啜っていると 例の新人女子が声をかけてきた。
「 あ あのォ〜〜 オトコのヒトってェ 〜 そ〜ゆ〜お弁当、好きなんですかぁ ? 」
「 そ〜ゆ〜おべんとう?? 」
「 ハイ。 その ・・・ 茶色っぽいオカズのお弁当 ・・・ 」
「 あ は? ・・・ ああ 確かにぼくの弁当は <茶色っぽい> オカズが多いねえ 〜
ウン ・・・ ヒトにもよると思うけど。 ぼくはウチの奥さんが作ってくれたオカズが一番!だから。
それにね〜 知ってるかい? 煮物とかは翌日の方がず〜っとウマイし〜
こう ・・・ 煮汁とかが滲みたゴハンって またまたウマイんだよ〜〜 ハンバーグなんかも
ソースとかケチャップでに煮返してもらうと すご〜〜く 」」
「 ・・・ あ そ そ〜ですか ・・・ 」
「 うん! 」
「 ・・・ ど どうも〜〜 」
アサダ嬢は そそくさ〜〜と離れていってしまった。
うっそ。 島村さんって見た目とのギャップ〜〜〜 大き過ぎ〜〜〜
・・・ がっかり 〜〜・・・・
どうやら お若い向きには ハンバーガーとかスタバのサンドイッチを豪快に齧って欲しかった・・・
のかもしれない。
「 あっはっは ・・・・ 乙女には少々キツかったかもね〜〜〜 」
「 あれ アンドウ・チーフ・・・ 会食じゃなかったんですか〜 」
「 は ん。 もう終ったわよ〜 スポンサーさんの接待は サトウ部長達に丸投げ ヨ 」
「 あは ・・・ 豪華な昼御飯で羨ましいなあ〜 」
「 な〜に言ってるの、島ちゃん。 君のオクサンのお弁当の方がよっぽど豪華だよ〜
今時ねえ、 煮物を作ってソレをちゃんと翌日の弁当のオカズにする・・・って。
そんなコト やってくれる奥さんって も〜〜 特別天然記念物っぽいんだからね! 」
「 あ ・・・は そ そ〜ですか ・・・ 」
「 そうです! ですから君は感謝して − その分、仕事に邁進したまえ〜〜 」
「 アイ ・ アイ ・ サ 〜〜〜 」
「 よし。 午後もしっかり頼む! 例の〇〇先生は 落とさせるな! 絶対に! 」
「 了解〜〜 です。 おし! 元気満タンですから〜〜 ちょいと腹ごなし、してきます 」
ジョーは ぶんぶん腕を振り回しつつ 編集部から階段でガシガシ外に飛び出していった。
「 ・・・ あ〜あ ・・・ 気はいいんだけど。 単純、というか 乗せ易い、というか。
アレで二児の父、よねえ・・・ まあ奥方がしっかりモノだから いっか ・・・ 」
アンドウ女史は ずず・・っと眼鏡をずりあげつつ ちょこっと溜息をついた。
ガヤガヤガヤ ・・・・ カタカタカタ ・・・・
午後になって 編集部は相変わらず雑音と活気に溢れている。
「 ・・っと。 ここまではオッケ〜 ・・・っと。 」
ジョーはず〜っとモニターと睨めっこしていたが ひと段落し、やれやれ・・・と姿勢を変えた。
「 う〜〜ん ・・・ あとは次の取材だなあ もう少し企画、詰めなくちゃな ・・・ 」
横の置いたカップから 冷え切ったコーヒーを飲む。
「 ・・ うわ ・・・ ひで〜味 ・・・ 味ってば。 チビ達〜〜 お弁当、ちゃんと食べたかなあ
すぴか ・・・ たこさんウィンナー、美味しかったよねえ?
すばる ・・・ ちゃんとポテト・サラダ、食べたかあ? ・・・ちょっと変わった味だったけど。
しかし フランも頑張るよなあ 〜〜 うん さすがぼくのオクサン♪ 」
この時間、編集部内は皆自分の仕事に集中している。
一見、騒々しく浮ついた風に見えるが 実際は逆で他人のことを気にしているヤツはいない。
・・・ う〜ん ・・・ ジョーはこそ・・・っと伸びをし さて次の段階へ進めよう、と思った が。
「 弁当ってば。 博士特製の弁当箱って言ってたけど。 ちゃんとフタ、開けられたかなあ・・・
すぴか ・・・ 力いっぱいフタ、引っ張って ・・・ 弁当箱ごと落としたり ・・・して ・・・
すばる ・・・ フタ、開けられなくて じ〜〜っと弁当箱 見詰めていたり ・・・ して ・・・
う〜〜〜 ・・・・ 気になる! ちょっとだけ ・・・ 見てこようかな。
加速装置使って往復すれば 大丈夫だよな? あ 服が燃えちゃう ・・・ か。
よし それならウチに帰って着替え取るだろ、それで うん、幼稚園での滞在時間を考えても
15分あればなんとか ― よ よし ・・・! 」
― カサリ。 そ〜〜〜っとジョーはイスを引き立ち上がり ・・・
「 かそくそ〜〜〜 」
「 ― 島村クン? ちょっと見てくれるかな。 」
「 〜〜〜っ ???! ・・・ んぐ !!! 」
まさに、カチ!っとスイッチを押す ― 0.1秒前にチーフから声が掛かった。
そして ジョーはといえば ・・・思いっきり口の中を噛んでしまったのである。
いって ェ 〜〜〜〜〜〜〜 !!!!
ちゃぽ ・・・ ビニール袋の中で溶けかかった氷がゆれる。
「 ・・・ う〜〜・・・・ 」
ジョーはオタフク風邪の子供みたいに ほっぺに氷入り袋を当て三角巾で頭の上に結び上げている。
「 島村クン ・・・ 大丈夫? ぷ ・・・ 」
アンドウ・チーフは何回か心配顔で覗きにきたが その度に吹き出す ・・・
「 ・・・ ひゃい ( はい ) ・・ 」
「 ねえ 歯医者、行ったほうがいいんでない? 口腔外科 とかさ・・・ 」
「 らいじょうふ でふ ・・・ ひゅっけつ もとまったひ ( 大丈夫です、出血も止まったし ) 」
「 そう?? じゃ さ 消毒のためにもウガイ薬とかで漱いでおいたら・・・ 」
「 ひゃい ・・・ これ、もうおはりまふから ・・・ ( もう終わりますから ) 」
ウサギさんのお耳みたいに白い結び目をゆらゆらさせて 島村クン は仕事を続けている。
「 ・・・ か かわいい くくくく ・・・ 」
「 な なんか妙〜〜にしっくり似合ってるぅ〜〜〜 ぷぷぷ ・・・ 」
「 ど〜しよ ・・・ オレ ときめいちゃった 〜〜〜 」
口内損傷のご本人より 周囲の皆様の方が笑いやら萌え心を抑えるのに苦心三嘆していた・・・
「 うお〜〜い 島ちゃ〜〜ん ? 次の号の写真だけどォ? 」
「 あ。 スズキ部長〜〜 」
クマさんみたいなスズキ編集長が のそり・・・と顔を出した。
「 え??? なに〜〜〜 島ちゃん ・・・ 今さら虫歯かい?? 」
「 ・・・ え あの ・・・ 口のなか かみゅまひた ( 噛みました ) 」
「 おいおい ・・・大丈夫かい? 病院、行ってこいよ〜 」
「 らいじょうふ でふ ・・・ ぶひょう うひあわへでふか ( 部長 打ち合わせですか ) 」
「 うん 次号の特集の写真だけど ― しかし なんだって口の中なんぞ噛んだんだ?
あ ・・・ ワルさして美人の奥方に噛まれたんだろう〜〜 」
「 ひ ひがいまふ〜〜〜 ( 違います 〜〜 ) ひょっとあわへへ ( ちょっと慌てて )
うひほひび達のこと ・・・ 気になっへ ( ウチのチビ達のこと気になって ) 」
「 なんだあ? 」
スズキ編集長は しばしジョーの聞き取り難い < 解説 > を解読していたが やがて ―
「 あっはっは ・・・ 島ちゃん、君も立派に父親してるなあ〜〜 」
彼はメタボ気味の腹を揺すって大笑いした。
「 え ・・・ ひゃ? 」
「 いや〜〜 初めはしょうがないか な? しかしなあ、だ〜いじょうぶだよ。
子供ってさ 案外逞しいんだぞ〜〜 親が思ってるよかず〜〜〜っと な。 」
「 ほ〜でひゅか ・・・( そうですか? ) 」
「 そうさ。 ウチの子供達もなあ 弁当箱ひっくり返しちゃったコもいたけど
皆にちょっとづつ弁当分けてもらって ・・・ かえってすご〜〜く楽しかった なんて言ってたし。」
「 え ・・・ ひ ひっくひかえふ?? 」
「 うん。 チビってさあ、こう〜〜 力の加減ができんだろ? 力余ってほっぽり投げちゃったり
ひっぺがしちゃったりするけどな。 」
「 はあ ・・・ 」
「 いろいろな目にあって、 だんだん解ってくるんだよ。 親は基本 傍観 さ。
非常に危険な時以外は 黙って見守る。 」
「 ・・・ う〜〜〜ん ・・・ ソレってひょう ( 超 ) 〜〜 なんいろ ( 難易度 )アップ ・・・ 」
「 あっはっは ・・・ 偏差値70以上、 か? 」
「 う ・・・ れす ( です ) 」
「 そうなんだよなあ〜 それでさ、子供が 一人で出来る! ってのは
親の独り立ちでもあるかもなあ〜 」
「 ・・・ ふぇ? ( え ) おやのひほりらち? ( 親の独り立ち ? ) 」
「 コレが ・・・ 難しいんだ。 それこそ偏差値70超え さ。 」
「 へんひゅうひょう〜〜 ( 編集長 ) ごけいけふれすか ( ご経験ですか ) 」
「 ふ ・・・ まあ ・・・ な 」
スズキ氏は 淋しいみたいな、哀しいみたいな 嬉しいみたいな 顔をしていた。
シュ −−−−−−− ・・・・・・・ キキ ッ !!!!
赤い自転車は寸分の狂いもなく、園庭の門の前に止まった。
「 ・・・ ふう 〜〜〜 ・・・・ ああ なんとか 間に合った ・・・ 」
亜麻色の髪をくしゃくしゃに風に玩ばれ、フランソワーズは大きく息を吐いた。
「 すご〜〜い・・・・最短記録だわあ・・・ ふふふ もしかしてわたしにも加速装置が
搭載されているのかも。 帰ったら博士に聞いてみよ♪ あ ・・・ 終ったかな〜 」
お迎えのお母さんたちも そろそろ集まってきていて、 フランソワーズもにこやかにご挨拶。
「 ・・・ あら すばるクンとすぴかちゃんのお母さん、こんにちは。 」
くりっとした大きな目のお母さんが声をかけてくれた。
「 あ ・・・ わたなべ君のお母様ですね〜 こんにちは! 」
「 ねえ お弁当・・・ ちゃんと食べたかしらねえ ・・・ 」
「 ええ そうですよね。 わたし ず〜〜っと気になってて・・・・ 」
「 まあ アナタも? ウチの子、結構好き嫌いがあって。 お弁当も苦労しますのよ。 」
「 はあ ・・・ すばるもなんです〜 野菜が苦手で ・・・ でも食べさせます! 」
「 ねえ なにかいい方法があったら教えてくださいな。 あ ・・・ 終ったみたいよ? 」
「 あら ・・・ そうですね〜 」
園の中から 歌が聞こえてきて、最後に一際大きな声で
せんせ〜〜〜 さようなら みなさん さよ〜〜ならっ !!
が 響いてきた。
「 ほらほら ・・・ 帰ってきますわよ。 」
「 ええ。 お弁当 ・・・ドキドキですね。 」
恐らく同じ想いのお母さん方の前に チビっこ達はたたたた・・・っと駆け出してきた。
「 あ!! おか〜〜さ〜〜〜ん!! 」
「 まま〜〜〜 まま〜〜〜 」
「 ・・・ お母さん〜〜〜 」
てんでにお迎えの手に駆け寄ってゆく。
「 おか〜〜さ〜〜〜ん!! ただいまぁ〜〜〜 」
「 ま〜〜〜〜 おかあさん〜〜 」
フランソワーズの腕にも 色違いの頭が二つ、まっすぐに飛び込んできた。
「 はあ〜い お帰りなさい、 すぴか すばる〜〜〜 いい子にしてたかしら? 」
「 うん!!! ねえねえ おかあさん〜〜 おべんとうね〜〜 」
「 おかあさ〜〜ん〜〜〜 」
「 はいはい さあ 自転車に乗りましょうねえ ・・・ よい しょ・・・っと ・・・ 」
自転車の前と後ろに乗せてもらいつつも すぴかは賑やかにお喋りをしているし
すばるは じ〜〜〜〜っと母に張り付いてほっぺをすりすり〜〜している。
「 ほら・・・ すばるクン、 ちょっと離してちょうだい、 ちゃんとシートに座って?
すぴかサン 前を向いてね〜〜 さあ 出発しますよ〜〜 」
「 うん! ねえねえ それでね、お母さん〜〜 たこさんうぃんな〜 おいしかった〜〜
それでね それでね ほうれそうののりまき〜〜 もっといれて〜〜 」
「 まあ ホウレンソウの海苔巻き、美味しかった? よかったわあ〜〜
ねえ すばる、ポテト・サラダ、 食べてくれたかなあ? 」
「 ・・・ ん ・・・ おかあさん ・・・ 」
すばるは後ろのシートで ぴと・・・っと母の背中にくっついている。
「 すばる? 気持ちワルイの?? 」
「 う〜うん ・・・ おかあさん いいにおい〜〜 ・・・ 」
「 あ ・・・ は そう? ( やれやれ ・・・ 父親譲りの甘ったれがぁ〜〜 )
ねえ すぴか〜〜 明日はたまごやき がいい? それともゆでたまご? 」
「 う〜〜〜ん ??? すぴか どっちもすき!! 」
「 まあ うれしいわ。 お母さん、明日も張り切って作っちゃう♪ ねえねえ すばるは?
明日はなにがいい? 」
「 ・・・ 僕ぅ ・・・ じゃむ。 」
「 ・・・ ジャム? 」
「 ウン。 いちごのジャムとまーまれーど。 いっしょくたにいれて。 」
「 ・・・ ちょっと考えてみます。 ねえ ポテト・サラダ、あの味、すきかなあ すばるクン? 」
「 ・・・ う 〜〜 ん と ・・・・わかんない ・・・ 」
「 アタシ! ぽてと・さらだ だ〜〜〜いすき〜〜〜♪ 」
前のカゴから元気な返事が返って来るが 後ろの乗組員はどうやら母の背中にすがりついて
ぼ〜〜〜っと満足している ・・・ らしい。
やれやれ ・・・・ ま、 帰ってお弁当箱、開けてみてのお楽しみ、ね。
ピュウ 〜〜〜〜 ・・・・ 前と後ろに双子を乗せて 赤い自転車は岬めざして疾駆していった。
ぱこ。 ・・・・ カラン オレンジの弁当箱はな〜〜んにも入っていなかった。
「 わあ〜〜 すぴか すごい〜〜 全部キレイに食べられたのね〜〜 」
「 ウン ! お母さん〜〜 アタシね〜〜 ぜ〜〜んぶたべた! 」
「 えらいわあ〜〜 あら? プチトマトのヘタはどうしたの? 幼稚園で捨てた? 」
「 ― たべた! 」
「 え。 あ あのね 今度からプチトマトのヘタは残していいから ね?
・・・ プラスチックの楊枝がないわね? ・・・ すぴか まさか ・・・ 」
「 なに〜〜? つくねのシン? おはしばこのなか〜 」
「 あ そう ・・・ よかった ・・・ じゃあ 次はすばる〜〜
ぱかん ・・・ ぼん。 緑の弁当箱には御飯粒が少々くっついていたけれど 一応空。
「 うわあ〜〜 すばる もすごい〜〜 全部食べてくれたのね!?
ポテト・サラダのお野菜も全部 ・・・ すごいわあ〜〜 えら〜い すばる〜〜 」
「 あ ・・・ う ・・・ う〜〜ん ・・・ と ・・・? 」
「 アタシも! ぜんぶたべたよ〜〜 おかあさん! 」
「 ええ ええ すぴかもえらいわあ〜〜 お父さんにもご報告、しましょうね。 」
「 うん! おとうさんも〜〜 おべんとうばこ からっぽ? 」
「 ええ そうよ。 お父さんはいつだってきれ〜〜いに食べてくださるの。 」
「 ふうん〜〜 おとうさん、えらいね〜〜〜 」
「 うふふ ・・・ そうね。 ねえ すばる? ポテト・サラダ ・・・ あの味・・・すき? 」
「 ・・・ う〜 ? 」
「 おかあさん! アタシ〜〜 いつものがすき! あまいぽてと・さらだ ・・・ すきくない。 」
「 そうねえ すぴかさんは甘党じゃないものねえ・・・ うん??? 」
ちょっと!? ・・・ なんですぴかが あまいぽてと・さらだ を知ってるのよ??
すぴかのは 普通のマヨネーズ味のポテト・サラダ のはず〜〜
「 すばる ・・・ ねえ、甘いおみその味、美味しかった? 」
「 ??? おみそ ・・・? しらない、僕。 」
「 すぴかは? 」
「 え〜〜 だからあ〜〜アタシは あまいぽてと・さらだはあ〜〜 」
「 すばる。 ・・・ お野菜、 すぴかに食べてもらったのでしょう〜〜〜!?
すぴか。 すばるがキライなもの、食べてあげたでしょう〜〜〜!? 」
「「 えへ ♪ 」」
「 ・・・ ぷぷぷぷ ・・・・ アイツら らしいなあ〜〜〜〜 」
ジョーがソファで笑い転げている。
「 らしいなあ〜〜 じゃないわよ〜 それでね、どうしてそんなことしたの?って
すぴかに聞いたらね 『 アタシたち ふたごだもん 』 だって! 」
「 あははは・・・・ うん うん そうらよなあ〜〜 」
「 ・・・ もう〜〜 ジョーまでそんなに笑うこと、ないでしょう?? 」
「 あは ・・・ ご ごめん ごめん ・・・ らけろ すごいひ〜むわ〜くらよねえ〜〜 」
「 ・・・ っとにぃ〜〜〜 」
ジョーは涙を零し、文字通り腹を抱えて笑っている。 言葉が多少不明瞭なのは
でっかいマスクをしているからなのだ。
― そう ・・・ 島村氏は本日 顔がほとんど見えないマスク姿で帰宅した。
「 おかえりなさ〜 ・・・・ ( 目でサーチしている ) あ ジョーだわ ・・・
まあああ・・・・ どうしたの??? ジョー ・・・ あなた、花粉症だったっけ?? 」
玄関のドアを開けた島村夫人は 夜も遅かったにも拘らずかなりな声を上げてしまった。
「 ・・・ う うん ・・・ 博士、まだ起きていらっしゃるかなあ? 」
「 もうお休みのはずなんだけど ・・・ 」
「 そっか。 そうだよなあ ・・・ じゃあ 明日の朝でいっか。 」
「 よくないぞ。 」
「「 博士??? 」」
玄関ポーチには ガウン姿の博士が立っていた。
「 ちょうどトイレに起きてな ・・・ ジョー、どうした。 なに?? 口内損傷??
― すぐに研究室に来い。 」
「 あ あの ・・・ 」
博士は問答無用 ! と ずんずん彼を引っ張って行った。
― そして 深夜。 応急処置の後、やっと解放されたのである。
「 ・・・ やだ。 それで 口の中を? 」
「 ウン・・・ 思いっ切り ・・・ 」
「 うふふ ・・・ ジョーってば心配性ねえ〜〜 」
「 それはきみも同じだぞ〜〜 」
「 でした ・・・ 」
「 で ムスメはムスコの苦手なオカズを食べてやり ムスコはにこにこ・・・か 」
「 ・・・ です ・・・ 」
夫婦は ベッドの中でぼそぼそ・・・ どうやら愚痴大会が開催されている模様だ。
「 あのコ達 ・・・ ホントに案外タクマシイのよねえ・・・ 」
「 あは・・・ 独り立ち しなくちゃいけないのは ぼく達のほう ・・・ かもなあ 」
「 そうね ・・・ 一人の時間〜〜って張り切っていたのだけれど ・・・
結局 あの子達のことが気になって余計な心配ばかりしてて ― な〜んにも出来なかったの。 」
「 ― なんか ・・・ ちょっと羨ましい な。 」
「 え? なにが。 」
「 いや ・・・ そんなに思ってもらえるアイツらが さ。 」
「 だって ジョーの、ジョーとわたしの子供達なのよ? 大切に思って当たり前 ・・・でしょ。 」
す・・・っと白い手がジョーの頬に当てられた。
「 ・・・ う うん ・・・ そうだよねえ 」
「 そうよ。 わたし達の大切なタカラモノだもの。 」
「 うん うん ・・・ せいぜい心配してやろうよ。 それがぼく達の役目かもなあ・・・ 」
「 うふふ ・・・ そうねえ・・・ ひとりだち、まだまだできないわね。 」
「 いいさ ― 心配できる間にう〜〜んと心配してやるんだ。 」
「 ・・・ ええ ・・・ 」
「 あ〜〜 それにしもて腹減ったぁ〜〜〜 」
ジョーは 博士から絶食を言い渡されているのだ。
オマケに ・・・
マウス・ピースをして寝なさい、明日ちゃんとメンテするから。
今夜は < おとなしく > 寝るのじゃぞ!
・・・ と クギを刺されてしまった。
「 ・・・ ねえ フラン〜〜 腹ペコのぼくを癒して ・・・ 」
ジョーは彼の細君の肩を引き寄せ 抱き寄せ ・・・ たが。
「 あらあ〜〜 キスしたら傷に障るわよね〜〜 興奮しても傷によくないでしょ。
じゃあ オヤスミなさ〜〜い♪ 」
彼女はにこやかに挨拶をすると くるり、 と反対側を向いて ― たちまち寝入ってしまった。
くううう 〜〜〜〜 餓えた魂に救いの手はこないのかぁ〜〜
ジョーは <両方> オアズケ ― 眠られぬ夜を過すハメになった。
****************************** Fin. *********************************
Last
updated : 04,30,2013.
index
***************** ひと言 ********************
例によって な〜〜〜〜〜に〜〜も 起きません。
親御さん方!! 子供達の食べられる分量を考えて! お弁当を
持たせてやってくださいね〜〜〜