『 早春( はる )の日に 』

 

 

 

「 なあに? なにを熱心に見ているの? 」

「 ・・・え、ああ、みちよ・・・。 」 

レッスンの帰り道、華やかな通り沿いのショ−ウィンドウにへばりついていた青い眼の少女は

驚いて振り返った。

「 ふふふ・・・可笑しいわ〜 フランソワ−ズったらなんかちっちゃな子供みたいよ?

 なに、ここって・・・和菓子屋さんじゃない。 なんか、変わったものでもあるの? 」

「 あのね、あの果物のミニチュアみたいなのが籠に詰まっているでしょう、

 あれはなあに? 」

「 果物のミニチュア・・・・? 」

声をかけた日本人の少女も 一緒になってウィンドウを覗き込む。

 

そこには。

素っ気無いほど飾り気の無いそのちいさな空間には きちんと磨き込められた板目に

緋毛氈がしかれ竹細工の精巧な籠がちんまりと置かれている。

模様を編みこんだ竹篭には これまた丁寧に細工された果物が彩りよく盛られている。

 

「 ・・・ああ、これってお雛様の時に一緒に飾るんじゃない? 

 これは餡子でできてるのよ。 飴細工のもよく見るけどね。 」

「 オヒナサマって雛人形のこと? 」

ちょっと言い難そうに 異国の少女は発音した。

「 うん。 ・・・そういや、もうすぐ雛祭りねえ。 もっともウチのは今年もパスだけど〜 」

「 え、オヒナサマ、飾らないの? みちよのがあるんでしょう? 」

「 あるけどね・・・。 出すのも仕舞うのも面倒くさいし。 本当は年に一回防虫剤とか

 入れ替えた方がいいらしいけど・・・ 」

「 ・・・ そうなんだ? 」

「 みんな同じようなものじゃない? ちっちゃい頃だけよ、親も熱心に飾るのはね〜。

 女の子のお祭りだって・・・。 フランスには こんな面倒な習慣はないんでしょう? 」

「 ・・・面倒じゃないと思うけど・・・。 そうね、<女の子のお祭り>っていうのは無いわ。

 素敵じゃない? 女の子だけのフェスタなんて・・・ 」

「 う〜ん・・・チビの頃は<お招きごっこ>なんかしたけど・・・ 今更、ねえ・・・ 」

「 ・・・ ふうん・・・ 」

 

ショ−ウィンドウを離れ、二人はのんびりとオシャレな通りを歩いてゆく。

黒髪と亜麻色の髪が ゆらゆら楽しげに揺れている。

春と呼ぶにはまだまだ淡い陽射しが ぼんやりとした影を舗道に落とす。

 

「 そうだわ! 」

「 ・・・なに。 いきなり? 」

急に立ち止まり、声をあげたフランソワ−ズをみちよは驚いて見詰めた。

「 ねえ、みちよ。 ヒナマツリにウチに来ない? <女の子のお祭り>やりましょ?

 わたしのオヒナサマ、見てちょうだい。 」

「 わ♪ いいのォ? え〜 フランソワ−ズ、お雛様、持ってるんだ? 」

「 ええ。 知りあいの方が譲ってくださったの。 段々が沢山あってとてもキレイなのよ。 」

「 へえ・・・ そうなんだ。 あ、でも飾るの面倒じゃない? 」

「 えへへ・・・じつはね、もう飾ってあるの。 一年間、また見たいなあ〜って楽しみに

 していたのよ。 」

「 ふうん・・・きっと立派なものなのね。 楽しみ〜 」

「 うふふ・・・。 あ〜えり先生も誘ってみようかしら? 先生、古いキモノとかに興味あるかも・・ 」

「 おっけ−。 あは、きっとじ---っと見てるよ、彼女。 」

「 そうね。 えり先生は器用だからお人形のキモノ、縫えるかもね。 」

「 ・・じゃあ、あの、3日にお邪魔していいの? 」

「 ええ、どうぞいらしてください。 クラスの帰りに、ね? 」

「 わ〜い、 嬉しいな♪ 」

 

温かさをふくんだ風が 少女たちの足許を吹き抜けてゆく。

春一番、その日の風はそんな名前で呼ばれたようだった。

少女たちはひらひらと軽い足取りで 早春の舗道を辿って行った。

 

 

 

「 ・・・・ え〜と。 ・・・・ うん、ケ−キとお茶・・・ 」

メトロと電車を乗り継いで辿る家路のあいだ、フランソワ−ズの視線は中空に浮いていた。

普段は少々退屈に感じる道程も 今日はあっと言う間だった・・・ように感じた。

最寄り駅でおりて、大型ス−パ−に買い物に入ってからも彼女の<物思い>は続く。

 

「 何を作ろうかしら? え〜と、この前ジョ−に教わったシフォンケ−キ。 あれに・・・

 そうよ!ウチの庭の、ジェロニモが作ってくれた温室のいちご♪ あの大粒なのを乗せましょう。 」

「 お食事は・・・ チキンパイ? う〜ん・・・キッシュの方がいいかな・・・ 」

食品のフロアへの通りすがりのコ−ナ−で 彼女の足はぴたりと止まった。

いや、眼が足を止めたのかもしれない。

 

そこには簡単な休憩コ−ナがあり、料理や製菓関係の雑誌が並んでいた。

ふと 目に止まった主婦向け雑誌。 

表紙になにやら彩りの美しい料理のおいしそうな写真が載っている。

 

・・・なんだろ。 ケ−キ、とも違うし。 中華料理の色彩とも違うわね・・・?

 

思わず手にとって、フランソワ−ズはじっとその春らしい色の料理を眺めた。

 

『 ひな祭り・おもてなし料理特集 』

 

えっと・・・<ひなまつり・おもてなし????> かしら・・・

平仮名と知っている漢字を拾い読みし フランソワ−ズは首をかしげる。

<おもてなし>ってなんだろ・・・ でも、とにかくヒナマツリ用みたいね!

・・・ そうだわ! コレ、作ってみよう!

 

あまりに美味しそうな写真に フランソワ−ズはすっかりトリコになってしまった。

 

 

 

「 ・・・ただいま・・・ 」

「 お帰りなさい! ジョ−、待ってたの、はやく! 」

「 ・・・・え ? 」

玄関に入るなり、飛び出してきたフランソワ−ズに腕をひっぱられ

ジョ−は目を白黒させている。

 

「 今日は遅くなる日だって・・・言ってあるよね? 」

夕食に遅れたことを咎められているのか、とジョ−はおずおずと口を開いた。

「 え? ええ、勿論よ。 今日は学校のあと、バイトの日ですものね。 

 ・・・さ、夜食、作っといたから・・・食べながらでいいから、付き合って! 」

「 う? ウン・・・?? 」

キッチンへむかうフランソワ−ズに ジョ−はずんずんと引っ張られて行った。

 

 

崖の上に建つ洋館で 老人と赤ん坊、そして青い目の少女との静かな暮らしが

軌道にのったころ、ジョ−は専門学校に通い始めた。

もともと勉強は好きだったし、自動車関係についてきちんとした知識がほしかった。

通学と同時に ジョ−はアルバイトも始めた。

自動車整備工場の助手の助手、といったところだが ジョ−は喜々として

オイルまみれになった。

 

わざわざ働くには及ばんよ、と博士は少々心配顔をしたがジョ−は屈託なく応えた。

「 いえ、ぼくがやってみたいんです。 ・・・もっとも雑用係ですけど。 」

「 そうか。 ・・・まあ、好きにやってごらん。 」

「 はい! 」

 

「 ふふふ・・・ ジョ−のあんな楽しそうな顔って珍しいですわね。 」

「 そうじゃなあ・・・。 フランソワ−ズ、お前も、な? 」

「 ・・・はい? 」

お茶を淹れる手を止めて フランソワ−ズは顔をあげた。

「 お前も・・・ 好きな風にやりなさい。 レッスンでの友達とショッピングにゆくとか、

 ココに招いても一向に構わんのだよ? 」

「 ・・・・ はい。 」

博士は 身近にいてくれる二人にできれば年齢相応の楽しい日々を 送ってほしかった。

 

・・・それが せめてものワシの罪滅ぼし、じゃ・・・。

 

言葉にはしなくとも、影に日向に博士は彼らをそっと見守っていた。

 

 

 

「 あのね・・・ コレなんだけど。 」

「 ・・・ コレって・・・ 」

ばさり、と目の前に広げられた雑誌に ジョ−はますますワケがわからない。

色鮮やかな写真の表紙をジョ−は まじまじと見詰めた。

「 ねえ、読んで欲しいの。 あの、ほら・・・わたし、漢字とかまだよく知らないし・・・

 意味のわからない言葉もあるでしょう? 」

「 ・・・うん? いいけど、どれを読めばいいのかな・・・・ 」

「 ・・・これ。 この作り方をお願い。 」

「 どれ? ・・・ああ、わかったよ。 え〜と・・・ 」

「 あ、ちょっと待ってね・・・ ノ−ト、ノ−ト・・・と。 はい、お願いします。 」

「 ・・・あ、あ〜・・・。 えへん・・・っと 」

「 はい、どうぞ〜 」

もう一度、咳払いをすると ジョ−はゆっくりと音読し始めた。

 

− 水加減はふつうの御飯のときよりも控えめにし 味をよくするために昆布・みりんなど・・・

 

 

ギルモア邸の最新式のキッチンに ぼそぼそと単調な少年の声と

紙にすべるペンの微かな音だけが流れていった。

 

 

かんぴょう・・・ えっと・・・そうだわ、あの干したヒモみたいなヤツね。 ふうん・・・アレって

味があるのかしら。 ・・・ああ、ここで味付けするのね・・・

 

あなご・・・? なに、それ。 どこで売ってるの、お肉屋さんかしら・・・照り焼きみたい。

そうだ!レッスンの帰りに<ナチュラル・ス−パ−>へ寄って聞いてみよう。

 

 

時々、ジョ−はフランソワ−ズの手許をちらりと眺めるが、

ペンの先から流れ出る横文字は ジョ−にはちんぷんかんぷんだった・・・

 

 

− つぎに、上に飾るものを作ります。

 

「 はい。 」

「 ・・・え? なに? 早すぎる? 」

「 あ、ううん。 次に進むっていうから・・・返事してみただけ。 」

「 では 続けます・・・ 」

 

− しいたけは水にもどしてから ・・・

 

 

水に戻す?? ・・・ああ、あの乾燥マッシュル−ムをつかうのね。

ふつうのじゃダメなのかなあ・・・ フレッシュな方が美味しくない? 

 

・・・きんしたまご ・・・ああ!あの、ひやしちゅうか にものっていたわね!

じゃあ・・・アレは大人に聞けばいいわ・・・ クレ−プみたいな卵焼きよね

 

人参と牛蒡ね・・・ふんふん。 れんこん??日本の野菜かしら・・・ わ〜穴ぼこがあいてる!

菜の花・・・え!お庭にも生えてるけど・・・アレって食べられるの?? 

 

 

− 器に寿司飯をもりつけ上から 彩りよく具を散らします。

 

 

「 ・・・ ねえ、フランソワ−ズ・・? 」

「 ・・ねえ ふらんそわ-ずって・・・あ? ごめん、ナニ、ジョ−? 」

ぱさり、と雑誌を閉じてジョ−はちょっと困った顔をした。

「 え〜と・・・。 うん、だいたいわかったわ。 あとはねえ・・・。 」

「 あの・・・ 」

「 はい? まだ続きがあるの? 」

「 ・・・ううん・・・ そうじゃなくて・・。 あの。 ぼく、お腹すいたんだけど・・・ 」

「 ・・・あら! ごめんなさい!!夜食、ちゃんと用意しておいたのに。 今、熱くするわね! 」

「 ありがとう。 今日はなに? 」

「 うふふ・・・。 クロック・ムッシュウとお握り。 両方とも好きだってジョ−、言ったでしょ。

 お握りはサ−モン入りよ? 」

「 わい♪ ちょっと手を洗ってくるね。 」

 

 

 

前の晩から熱心に準備していたのだけれど、ヒナマツリの日、フランソワ−ズは

朝も早くからキッチンでてんてこまいだった。

 

・・・ ゴハン! ・・・これでいいのかしら。

まぜる・・・混ぜるって この木のヘラで う〜ん・・・ 

 

「 フランソワ−ズ? いつものバスに遅れるよ〜 」

「 よ・・・・っと! ああ! キレイに薄く焼けたわ〜 これを・・・えいっ ここに裏返して・・・

 え〜時間って・・・あら! ・・・う〜ん・・・ 今日はお休みするわ。 

 お昼までに間に合いそうにないの。 あとケ−キも作らなくちゃ!ジョ−に教わったあのケ−キ 」

「 ・・・ねえ、よかったら・・・シフォン・ケ−キ、ぼくが焼こうか? 」

「 え・・・ ジョ−、だって学校は? 」

「 今日から試験休みなんだ。 ・・・友達、来るんだろ? 」

「 ! やだ、わたしったら・・・ひとりで夢中になって。 そうなの、お稽古場の御友達と先生を、

 ヒナマツリにご招待したの。 ・・・あの、よかった・・・? 」

「 もちろん! きみのお雛様すごく綺麗だもの、みんなびっくりするよ。」

「 今年もジョ−が一生懸命飾ってくれたから・・・ お友達にも見せたくて。

 ねえ、本当にケ−キ、お願いしてもいいの? 」

「 O.K.♪ アレにはちょっと自信があるんだ。 メインは何を作るの? 」

「 あのね・・・ この前、ジョ−に読んでもらったあれ。 チラシズシ。 」

「 わ〜 いいなあ! ぼく、大好物なんだけど・・・ 味見させて? 」

「 もうちょっと待ってね・・・ まだ上に飾るものが全部出来てないの。 」 

「 楽しみにしてる♪ じゃあ、ケ−キ、作るね。 エプロン、借りるよ。

 ・・・ 薄力粉と卵・・・っと・・・ 大きなボウルはどこだっけか・・ 」

「 ありがとう〜 ジョ−! 」

ジョ−は手馴れた様子で 材料を準備し始めた。

 

 

え〜と・・・ コレでいいかしら?

フランソワ−ズはリビングの真中に立って くるりと回って辺りを真剣に点検した。

オヒナサマはとっくにO.K.

お食事はココでがいいわね。 お人形も見れるし日当たりもよくて気持ちいいわ・・・

えっと・・・ まずは お茶ね。 二人ともレッスンの後だから沢山飲みたいわよね。

ゴハンは♪ うふふ・・・ちょっと、ううん、アレはかなりの自信作よ?

さ〜あ・・・みんな何て言うかしら。

それから・・・

 

「 ・・・あの・・・ フランソワ−ズ・・・? 」

リビングの中央でひとりぶつぶつ言っている彼女に ジョ−が戸口から遠慮がちに呼びかけた。

「 それから・・・ ? ・・・え? あ、ジョ−。 なあに? 」

「 あのォ・・・ ごめん、邪魔して・・・。 ケ−キ、焼けたよ。 」

「 わ♪ ありがとう、ジョ−! あ・・・ いい匂い〜 」

「 これだけは自信があるんだ。 」

「 ジョ−のシフォン・ケ−キ、すごく美味しいもの・・・ きっとみんな大喜びよ?

 あ・・・っと。 忘れてた! いちごを摘んで来るわね、ケ−キに添えようと思って。 」

「 ああ、いいね! ぼくが行くよ、きみはまだ準備があるだろ?

 お天気もいいし、イワンつれて温室まで行って来る。 」

「 ・・・ ありがとう!! 」

ひらり、と飛びついてジョ−の唇にキスをひとつ。

そうして またひらひらとフランソワ−ズはキッチンへ飛んで行った。

・・・いちごよりも真っ赤になったジョ−をリビングに残したまま。

 

 

 

軽い足音と絶え間ないくすくす笑い・・・

ドアの向こうから華やかな雰囲気があふれ・・・ やがてちょっと気取った間隔でチャイムが鳴った。

 

「 ・・・ は〜い! 」

ぱたぱたぱた・・・ 足音までもが楽しそうに玄関に向かって駆けてゆく。

「「 こんにちは! お邪魔します〜 」」

開け放たれた戸口から のっぽと小柄の女性がふたり、優雅な足取りで入ってきた。

「 いらっしゃいませ♪  遠かったでしょ、すぐにわかった? 」

「 ええ、フランソワ−ズの地図とてもわかりやすかったもの。 」

「 よかった・・・ さあ、こちらへどうぞ。 」

 

小鳥のさえずりみたいなお喋りと一緒に 華やかな空気がリビングに漂ってきた。

「 ここが・・・リビングなの。 」

「「 おじゃましま〜す 」」

皆がリビングに足を踏み入れた途端に、反対側のドアが勢いよく開いた。

「 フラン! ごめん〜〜! 大きいのって選んでて遅くなっちゃった・・

 はい、いちご! 」

大粒のぴかぴかのいちごを盛った籠を 大事そうに胸に抱えた茶髪の少年が

息せき切って その部屋に飛び込んできた。

ジ−ンズにくしゃくしゃのトレ−ナ−。 ・・・・背中に赤ん坊がくくりつけられている。

「 ・・・・あ・・・ こんにちは。 お邪魔してます。 」

大きな目をさらに見開いて 背の高い方の女性が挨拶をした。

「 あ。 こ、こんにちは。 ・・・あの・・・・ 」

「 ・・・あ、あのォ・・・ 同じお稽古場の御友達よ。 あの・・・そのぅ・・・ 」

早春の陽が満ちているリビングで 4人が見詰め合っててんでに口篭り突っ立ってた。

 

「 やあ、いらっしゃい。 お嬢さんがた・・・ 」

ゆらり・・・と大きな影がフランソワ−ズの後ろから のんびりとリビングに現れた。

「 あ、博士。 あのぅ・・・ こちら、わたしの御友達です。 お稽古場の・・・ 」

「 遠い所をようこそ。 どうぞ、ゆっくり寛いでください。 さあさあ・・・ 」

ギルモア博士は お客たちをソファへと促した。

「「 こんにちは・・・ あ? フランソワ−ズのお父様? 」」

「 あの、違うのよ・・・ あの・・・・ 」

なんと言ってよいやら、フランソワ−ズは言葉が口から出てこない。

 

 − やだ・・・ なんて紹介すればいいの? どうしよう、全然考えてなかったわ・・・

 

博士はもじもじしているフランソワ−ズの肩に その大きな手を乗せた。

「 いやいや・・・ これの二親はずっと先に亡くなりましてな・・・ ワシはこの娘の後見人、

 まあ、親代わりですよ。  さあ、どうぞ・・・ ああ、ジョ−、すまんね。 イワンはこっちに

 よこしておくれ・・・ 」

 

同じくいちごの籠を抱えたまま固まっていた少年に 博士は笑顔で手を差し伸べた。

「 ・・・・あ・・・! はい。 ちょっと待って・・・ 」

「 私が赤ちゃんを抱きますから・・・ おんぶ紐を解いてください。 」

小柄な方の少女が ぱっとジョ−の背後にまわった。

「 ・・・え! あ、ありがとうございます・・・ じゃあ・・・ 」

「 はい、大丈夫ですよ・・・ ほ〜ら・・・坊や。 ああ、いい子でねんねしてますね〜 」

「 おお、お客さまに・・・すみませんね、お嬢さん。 坊主は重たいでしょう、はい

 わしが連れてゆきますから・・・ 」

「 うふふ・・・ ふわふわしてていい匂い♪  お孫さんですか? 」

「 みちよはちっちゃい子が好きねぇ。 バレエ団でもね ベビ−さんクラスのお手伝いしてるのよ。」

フランソワ−ズは相変わらず眠ったままの赤ん坊のほっぺをそっと突付いた。

「 ほう・・・。これはイワン、わしの孫なんですが・・・ ちょっと事情があって預かっていて・・・

 フランソワ−ズにはいつも面倒を見てもらってます。 ああ、こちらはシマムラ ジョ−。

 やはりわしの友人の息子でしてな・・・ ここでの仕事を手伝ってもらってますよ。 」

「 ・・・・こんにちわ・・・ 」

茶髪の少年は ぴょこんと頭を下げた。

「「 こんにちは! 初めまして〜 」」

 

「 さ、ねえ、こちらへどうぞ? 今お茶を持ってきます。

 うふふ・・・ それでね〜 わたしの自信作をどうぞ召し上がってください。 」

「 わ〜なにかな♪ あ・・っと。 はい、これお土産。 フランソワ−ズのお雛様に。 」

みちよ、と呼ばれた小柄な少女がかさり、と包みを取り出した。

「 え、・・・わあ〜、あのフル−ツのミニチュアね? ありがとう! 嬉しいわ〜 」

「 はい、私からはね・・・ これもあなたのお雛様に・・ 」

「 えり先生まで・・・ これって・・・、まあ三色のクッキ−!先生、お手製ですか? 」

「 えへへ・・・そうなんだけど。 コレって<菱餅>のつもりなの。 」

「 わあ・・・ お雛様が大喜びだわ〜 ありがとうございます! 」

「 さあ♪ フランソワ−ズの自信作を頂きましょう。 」

 

リビングの日溜りで <女の子のお祭り> がにぎやかに始まった。

そして キッチンでも。

華やかな笑い声をサカナに オトコ達がフランソワ−ズの<自信作>に舌鼓を打っていた。

 

 

 

「「 お邪魔しましたぁ〜 ご馳走さまでした! 」」

「 あ、駅まで送るわ! バスはなかなか来ないから・・あの、ちょっと皆を送ってきます〜〜 」

「 ああ、気をつけて・・・。 また おいでなさい、みなさん。 」

「 ありがとうございます、 失礼します。 」

午後いっぱい 笑い声をギルモア邸に響かせていたにぎやかな一行は 

帰り際も華やかなム−ドを撒き散らして行った。

春には まだ間がある夕暮れ、風にすこしづつ寒さが混じり始めていた。

 

 

 

「 ・・・やはり、女の子の笑い声は・・・いいのう。」

「 ええ・・・ 本当に賑やかでしたよね。 」

いつもよりうんと軽めの夕食を終えて 博士は普段どおりの静かなリビングを見回した。

「 ま、わしらもお相伴に預かって・・・ 珍しいものを食べさせてもらったなあ。」

「 そうですね〜 照り焼きチキンやマッシュル−ムが乗った散らし寿司って

 初めてだったけど・・・ 美味しかった♪♪ 」

「 お前のケ−キも美味かったぞ。 ・・・それになによりなあ、フランソワ−ズの笑顔が・・・

 友達としゃべって笑って・・・。 あんな楽しそうなあの子を見たのは初めてかもしれん。 」

「 ・・・博士。 」

「 お前も、ジョ−、楽しそうだったぞ? わしは。 お前たちに・・・その・・・ 」

「 博士、ぼくら、ここでの生活ってすごく楽しいです。 

 普通の日をふつうにすごせることを・・・ そのう ・・・ 感謝してます・・・ 」

「 ・・・ ジョ−。  ・・・あ? フランソワ−ズはどうしたね? 」

「 え? あれ、先にこっちに来たはずですけど。 ああ、ほらあっちのソファの陰・・・ 」

「 ・・・おやまあ・・・ ウチのお嬢さんはお疲れのご様子じゃな。 」

「 ええ、もう今朝早くから頑張ってましたからね。 」

ジョ−はくすくす笑って そっとソファの陰を覗き込んだ。

 

壁際のちょっとくぼんだソファで・・・

亜麻色のアタマが 肘掛の上に突っ伏していた。

「 ・・・あれ? お〜い・・・メ−ルが開きっ放しだよう・・・」

着信画面もそのままに携帯はしっかりと眠り姫の手ににぎられて 点滅している。

 

【 フランソワ−ズ! 今日はどうもありがとう!!すごく楽しかった・・ 】

 

半分だけ見える画面から 楽しい絵文字いりのメ−ルがジョ−の目に入った。

・・・ねえ? ぼくたち、ここでシアワセだよね・・・

ジョ−は 抱き上げた眠り姫にそっと語りかけた。

 

「 ちょっとベッドまで届けてきます。 ・・・そのあと ぼくはこれから 一仕事残ってますから。」

ジョ−は ちらりと雛壇を振り返った。

「 ああ、そうじゃな。 よろしく頼むよ・・・・ 」

博士も視線をあわせ、笑みをこぼした。

 

ここ、ギルモア邸ではヒナマツリの夜中、ジョ−が丁寧に沢山の人形を仕舞うのが

毎年の恒例になっている。

 

・・・・ そうなんだ。 できるだけ早く、さ。  だって・・・ だってね。

 

そんな呟きを 雛人形の持ち主は知っているのか・・・ それは誰にもわからないようだ。

 

 

*****    Fin.    *****

Last updated:03,06,2005.                    index

 

 

***  ひと言 ***

え〜・・・山もオチもない、なんてことない小話です。 こんな<普通の日>を

ジョ−やフランソワ−ズが楽しんでくれたらいいなあ。

平ゼロ設定というより、拙作<フランソワ−ズの職業復帰談>あたりの設定です。

頑張ったのですが〜3月3日には間に合いませんでした・・・(;_;)