『 ぼくのお姫サマ・・・! 』
**** はじめに ****
この物語は 【 Eve
Green 】様宅の < 島村さんち > の設定を
拝借しています。 ジョ−とフランソワ−ズの双子の子供達、
すぴかちゃんとすばる君が小学三年生の頃のこと・・・
そろそろお茶の支度、するかなあ・・・・
ジョ−はばさり、と読み止しの新聞を閉じソファの上で ううん〜〜と伸びをした。
南向きのこのリビング、テラスへと続く窓からは柔らかい光が一杯に差し込んできている。
断崖の突端の邸からは高く広がる空と海が見渡せる。
あああ・・・ いい気持ちだ・・・
拡がる薄水色の空にはぽかり ぽかりと白い雲が浮かび、
寄せては返す波音も 今日は穏やかである。
温暖なこの地方では冬もそろそろ終わりに近い日曜日の昼下がり、島村さんちのご主人は
のんびりと − どちらかといえば ぼけ・・・と − した顔つきで周囲を見回した。
・・・ あは。 なんだか ・・・ 淋しいな・・・
やっぱりここにはきみの姿が見えないと ・・・ なあ?
広いリビングはがらんとしていて、ジョ−が読んでいた新聞やら雑誌が散らばっているだけだ。
休日のティ−・タイムにはイイ匂いの漂ってくるキッチンも、本日は静まりかえっている。
そして
なにより、くるくると動きまわる亜麻色の頭が 今日は見えない。
口ずさむ低いメロディ−も 今日は聞こえない。
ひろいリビングはがらん・・・としていてやたらと時計の音ばりが大きく響いている。
そう、日曜日の今日、島村さんちの奥さんはお留守なのである。
律儀な奥さんがちゃんと用意していったサンドイッチ・ランチのあと、
すばるは図書館で借りて来た本に夢中だし すぴかは庭の鉄棒で<秘技>の開発に余念がない。
「 アタシね! ス−パ−逆上がり を開発中なの。 あ! みちゃだめ〜〜 」
・・・なのだそうである。
博士は相変わらず書斎に篭りっきりだし・・・
要するにジョ−だけがぼけ・・・っとした時間を楽しんでいた。
あ〜ああ・・・・ そういえばぼくも小腹がへった・・・かなあ・・・
時間に追われている日々、ヒマになったらあれも・これも・・・と思っていたのだが
いざ、その場面になってみると何から手をつけるか迷って、結局なにも出来てはいない。
・・・ ふうう ・・・
ジョ−は所在無さ気に溜息をつくと、や!っと反動をつけて立ち上がりキッチンに向かった。
え〜と。 アップル・パイとチ−ズ・パイをレンジにいれて・・・
お茶は ・・・ なんだっけ。 博士がロシアン・ティ−、すばる達はミルク・ティ−だっけか?
昨日、いや今朝出かける間際まで さんざんフランソワ−ズに言われたのだけれど
イマイチはっきり記憶に残っていないようだ。
ま。 いいか・・・
いつもはわくわくして楽しい場所なのに、今日のキッチンはなんだか寒々としてみえた。
火の気がないから − だけではなさそうだ。
「 ・・・ ふ〜ん ・・・? 」
ジョ−はキッチンの隅に畳んであったピンクのエプロンを手に取った。
やっぱりコレを着ているヒトがいないとなあ・・・ ウチのキッチンじゃないよな。
・・・ ふうん ・・・
ちょっと肩紐が短くなってしまったが。 ジョ−は無理矢理にそのエプロンを着けてみた。
よし。 それじゃ・・・作戦開始!
ジョ−は食器棚に首を突っ込み、お茶の用意をし始めた。
「 ・・・ ねえ、ジョ−。 次の日曜日、あなた、出勤? 」
「 え? ・・・っと 〇日だよね。 いや。 休みだけど。 」
「 そうなの? ああよかった! あのね・・・ 申し訳ないのだけどお留守番お願いできるかしら。 」
「 いいよ。 どこか出かけるのかい。 あ、リハ−サル ? 」
「 ええ。 次の舞台まであまり日にちが無いの、それで緊急リハってわけなのよ。 」
「 えっと ・・・ 二月の半ばだっけ? 今度の舞台って。 」
「 そうなの。 一応小品集、 < 愛のパ・ド・ドゥ集 ヴァレンタイン・コンサ−ト > なんですって。 」
まだまだ冷え込みの厳しい一月のある夜、ジョ−はご機嫌でバス・ル−ムから戻ってきたところだ。
彼の愛する奥さんは ドレッサ−の前で顔のお手入れに余念がない。
「 ふうん ・・・ それできみは何を踊るの。 」
「 それがね・・・ ちょっと今回はチャレンジャ−なのよね・・・ 」
「 ?? 」
フランソワ−ズはコットンでぴたぴたと自分の頬を叩き、眉を寄せている。
「 なに。 苦手なもの? ってぼくにはよくわからないけど・・・ 」
「 うん ・・・ 苦手ってか。 わたしには無理かもって思うのだけど。
タクヤがね。 あ、今度もパ−トナ−はタクヤなのよ。 彼が やります!って先にOKしちゃったのよ。」
「 へえ・・・ あの元気な坊やかい。 」
「 坊やって彼、最近なかなか活躍してるのよ〜 ソロなんか凄く巧くなったわ。 」
山内 拓也はフランソワ−ズが通っているバレエ団の若手ダンサ−で
このところ、彼女とパ・ド・ドウを組むことが多い。
偶然、すばるとも仲良しになったなかなかの好青年なのである。
「 それでさ、一体なにを踊るの。 」
「 あ、あら・・・ あのね。 『 海賊 』 なの。 」
「 『 海賊 』 ・・・? ・・・ああ! 男性がやたらと跳ぶヤツじゃなかったっけ?
キンキラしたパンツでさ、上半身剥きだしの・・・ 」
「 そうそう、それよ。 確か ・・・ 前に一緒に見に行ったこと、あったわね。 」
「 ・・・ と思うけどな。 へええ?? きみ、初めて踊るの。 」
「 ええ。 大きな舞台ではね。 ヴァリエ−ション ( 女性一人の踊り ) は何回か踊ったことがあるの。
でも ・・・ グラン ( パ・ド・ドゥ ) は 初めてなのよ、タクヤもわたしも。 」
「 ふうん ・・・ それじゃあのボウヤにもうんと頑張って練習してもらわないとな〜
危なっかしくてきみのパ−トナ−を任せられない。 」
ジョ−はがしがしと髪をバスタオルで拭っている。
「 なあに ・・・・ ジョ−ったら。 なんだかあなたが踊るみたいよ? 」
フランソワ−ズはついにくすくす笑い始めてしまった。
「 あ・・・ 笑うなよ〜〜 心配なのさ。 」
「 ・・・ あん、、もう ・・・ 」
ジョ−はすとん、とフランソワ−ズを抱き込んで一緒にスツ−ルに腰をかけた。
目の前に湯上りのほんのり上気した素肌が息づいている。
「 ・・・ きみはぼくのタカタモノだもの。 ここも ここも ・・・ みんな ・・・! 」
「 きゃ ・・・ ヤ・・・・ やだ ・・・ ジョ− ・・・! 」
「 最高に輝くきみをステ−ジでみたいな。 でも ・・・ 」
ジョ−の唇は目の前の白磁の肌に吸い付いてゆく。
「 ・・・ あ ・・・ ジョ− ・・・ そんなにきつく・・・ だめよ ・・・ ! 」
「 でもな。アイツは舞台では王子サマだけど。 きみを独占できるのは ・・・ ぼくさ。 」
「 あ・・・ ヤダ、ねえ・・・ 見えるトコに跡をつけないでね・・・・! 」
「 ふん! いいじゃないか・・・ きみはぼくだけのモノなだって証拠だもの ・・・
ここも ・・・ ここだって ・・・ 」
「 ぁ ・・・う ・・・ ジョ− ・・・・あの ・・・ まって ・・・ 」
「 ま ・ て ・ な ・ い ・・・ ! 」
ジョ−は彼の お姫様 を口付けで封じると そのまま彼女を抱き上げた。
「 ・・・ さあ おいで。 ぼくのお姫様 ・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
冬の夜寒、この部屋には厳しい冷え込みも入りこむのは遠慮したようだ。
パタン ・・・ パタパタパタ ・・・! ガタン ! ごそごそごそ・・・
さっきからキッチン中の扉やら引き出した音をたてている。
その張本人はうろうろ・そちこちしているのだが どうも目的ブツを発見している様子はない。
「 え〜と。 砂糖はどこだ?? 砂糖、さとう、シュガ−〜〜はどこだ?? 」
普段、何気なくみているシュガ−・ポットがどこにもみつからない。
だってなあ! いっつもテ−ブルの上にあるじゃないか・・・・!
・・・だけど、どこに仕舞ってあるのか ― ジョ−には皆目見当がつかなかった。
「 ・・・ あ! 見つけ〜〜たッ!! 」
ガス台の側の調味料の棚に ジョ−はやっと <sucre> の文字がある白い容器を発見したのだ!
フタを取り そっとのぞけば ・・・ どう見ても見覚えのある白いざくざくした結晶体があった。
多分 ・・・ 多分 ・・・・ いや、絶対。
ジョ−は指を突っ込むと 少量とりおそるおそる舌を近づけた。
・・・ ウン! これだ〜〜〜 うわッ! な、なんだ〜〜〜
・・・・・ RRRRRR ・・・・・!
ジョ−が指を舐めたその瞬間 ! リビングにある固定電話がけたたましく鳴り始めた。
おっとぉ〜〜〜!
あやうく砂糖入れを取り押さえ、ジョ−は胸をなでおろし・・・
RRRRRR ・・・・・!! RRRR RRRR RRRRR ・・・・ !!!
あ! いけない 〜〜 !! でもでも コレをどこに置こうか???
ジョ−はひたすら焦りまくってキッチンを右往左往してしまった。
「 あ、アタシでるよ〜〜〜 」
たたたたた・・・・・ 元気な声が足音と一緒にリビングに飛び込んできた。
「 お、すぴか。 頼む〜〜 」
「 おっけ〜〜 お父さん♪ えっと ・・・ 」
すぴかはちょっと息を吸い込んでもしゃもしゃ乱れた髪をふわり、と肩から払った。
そして。 物凄くゆっくり、淑やかな手つきで電話を取り上げた。
はい。 シマムラでございます。
「 ( ぶははは・・・・ ) ・・・・・ 」
ジョ−は必至で笑いを噛み殺していた。
あのお転婆娘が なんだか声音まで変えて、受話器を握りシナを作っている。
あいつ・・・フランそっくりの口真似だよなあ・・・ あはは、あの持ち方も!
母親そっくり真似をしている娘に、ジョ−は涙を滲ませ笑いをこらえていた。
「 はい? ・・・ ああ〜 なんだ〜 お母さんか〜
え ・・・? おじいちゃま? お部屋だよ〜 いつもと同じ、ご本、読んでる〜 」
「 え? 呼ぶの。 お父さんじゃなくて? ウンうん・・・ ちょっと待ってね。 」
すぴかは受話器を耳から離すと す〜〜っと息を吸い、ちから一杯 ・・・
「 おじ〜〜〜〜 ちゃ ま〜〜〜〜〜 お電話ッ! お母さんからだよ〜〜〜〜 」
あちゃ・・・!
ジョ−は慌てて − 砂糖入りの容器を抱えたまま ― リビングに駆け込んだ。
「 おい、すぴか。 そこで叫んでないで・・・ お祖父ちゃまを呼んでおいで。 」
「 あ〜 お父さん! あのね〜 お母さんがね〜 」
「 ああ、わかったから。 早く呼んでおいで。 」
「 うん ♪ ピュパッ ・・・! 」
すぴかは亜麻色の髪を靡かせて走っていった。
ふふふ ・・・ ピュパ、か・・・・
「 ・・・・・??? ・・・・・!!! 」
あ・・・ いけね。
娘から受け取った受話器からは妻の声ががんがん漏れ聞こえていた。
「 ・・・ フラン ? どうかしたのかい。 」
( ? ジョ −−−−! ねえねえ、博士は?? )
「 ああ、今、すぴかが呼びにいったけど・・・・ なにか? 」
( よかった! いらっしゃるのね! )
「 うん。 だけど、どうしたの。 」
( あのね! わたし、今から大急ぎで帰るから! ジョ−! できれば駅まで迎えに来て? )
「 いいけど・・・ ねえ、本当にどうしたのかい。 」
( だ〜か〜ら! 急ぐの、大急ぎ。 博士に準備しておいてくださいって! )
「 準備・・・? なんの。 」
( もう・・・! 治療の、よ! )
「 え・・・! きみ、どこか怪我したのかい、大丈夫か?? そうだ、ぼくが迎えにゆくよ!
きみの防護服、持って行けばそのまま帰りも加速してこれるし・・・
なあ、どこにいるんだ? 現在位置を報告せよ。 5キロ四方のサ−チを頼む。 」
( なに寝ぼけてるのよ? わたしじゃないわ。 )
「 あ・・・ だって大急ぎなんだろ ? 」
( だ〜〜〜か〜〜〜ら! わたしが! この わたし、が。 蹴りを入れちゃったの!!! )
「 は・・・・? 蹴り ・・・? 」
( そうよっ! リフトのタイミングを失敗して・・・タクヤの肩を思いっきり蹴飛ばしちゃったのッ ! )
「 ・・・ ええええ〜〜〜 !!! 」
カシャーーーーン ・・・!
足元で白い陶器の砂糖入れは粉々になり・・・ 周辺は砂糖の粉雪が舞っていた。
ジョ−は いつぞや頬にくらった彼女の平手打ちのインパクトを思い出し、
背筋に冷たいものが ツツツツ・・・と落ちてゆくのを感じていた。
「 ・・・ おい! 彼は ・・・ その ・・・ 生きているのか・・・! 」
空間を満たしてた滑らかな旋律が ぱっと消えた。
「 ・・・ ふんふん ・・・っと。 だいたいこんなモンかな。 」
「 そうね。 やっぱりモンダイは最後のリフトだわ・・・ 」
「 う〜ん ・・・ オレ、このバ−ジョン、初めてだけど ・・・ かなり感動的だな。 」
「 マダムのご指定ですもの。 これって今方々で踊られているモノの原版よ。 」
「 ふうん ・・・ ヌレエフ版、か。 」
タクヤはば・・・っと肩に掛けていたタオルを放った。
「 それじゃさ。 アタマからやってみようぜ。 だいたいでいいんだ、やっぱ
ちゃんと動いてみないとさ。 」
「 わかったわ。 あなたのタイミングも知りたいし。 」
「 へえ? もうわかってると思ってたけど。 」
「 あら、だって。 『 海賊 』 は お初でしょう。 」
「 ま、な。 ・・・・ さあ どうぞ。 姫君 ・・・ 」
「 ・・・と。 はい、音、入れたわ。 」
バレエ団のスタジオに再び優雅な音が満ちてきた。
中央で 青年が一人跪いてポ−ズを取る。
やがて ・・・ パ・ド・ブレ で姫君が優雅に登場する ・・・ のであるが。
・・・ 待ってたぜ! オレの < お姫サマ >
オレ・・・ きみと踊るチャンスなら なんだって飛びつく! さあ ・・・ 来い、オレの・・・
「 そう ・・・ いいんじゃない。 おっと ・・・ ちょっとプリエが早いぜ。 」
「 ・・・ あっと ・・・ ごめんなさい 」
「 うん うん ・・・ オレ、この辺りでいいかな。 」
「 ・・・っと ・・・ もうちょっと右にいてくれる? わたし、多分そっち側に傾きそう・・ 」
「 わかった ・・・! っと! 大丈夫、ちゃんとサポ−トするから安心してセゴン・タ−ンに入れよ。 」
「 ありがとう・・・! 」
「 そうだな ・・・ それで ・・・ そうそう それでいいよ 」
すこしづつ音を戻したり やり直したり、二人は振りをあわせ、お互いのタイミングを確認してゆく。
タクヤ ・・・ すごいわ。
本当に 『 海賊 』 初めてなのかしら。
やっぱ オレのお姫サマだ・・・!
なんかこう ・・・ 自然にタイミングが読めてオレの手に彼女の身体が吸いついてくる
・・・ やっぱ ・・・ オレの最高のパ−トナ−だぜ!
口には出さないけれど、二人はお互いの踊りに熱中していった。
「 いいね。 それじゃ ・・・ 次。 ラストの ・・・ あれ。 」
音は続いているのに、フランソワ−ズは立ち止まってしまった。
「 どうした? 」
「 次 ・・・ 問題のあのリフトでしょう? 」
「 ああ、うん。 だけどさ、 『 ジゼル 』 のあのリフトだって巧くやるじゃん、オレら。 」
「 あれは ・・・。 アタマからだし・・・ 」
「 へ〜き平気! いざってなりゃ、オレ、ちゃんと避けるからさ〜 ともかくやってみようよ。 」
「 ・・・え ええ ・・・ 」
タクヤはMDプレイヤ−に近づき カウンタ−を読んだ。
「 ・・・っと。 この辺りかな。 これってさ〜 ヌレエフがフォンテ−ンと組んだヤツだろ。 」
「 そうよ。 ・・・ 随分 ・・・ ムカシの振りよね・・・ 」
フランソワ−ズはタオルでさり気無く顔を隠した。
そう ・・・ もしも。 わたしが 本当のわたし だったら。
もしかしたら。 あの時代に踊っていた ・・・かも・・・
「 ビデオ、見たけど。 すっげ〜のな、アイツ。 ジャンプとか驚異だよ〜
それにさ、フォンテ−ンがすっげ〜優雅なのな。 けっこうオバチャンだったんだろ。 」
「 ・・・ そうね。 当時、ヌレエフより・・・ に、20才以上離れてたって・・・ 」
「 しゃ〜〜〜 すげ〜〜すげ〜よ〜〜〜 そんな風には全然見えないぜ!! 」
「 ・・・・・・ 」
「 あ! ごめん!! 別にそのう ・・・ フランソワ−ズがオレよか ちょっとだけ年上だからって
ど〜こ〜・・・オレは全然思ってないし! そんなのコト全然わすれてるし・・・・ 」
「 ふふふ ・・・ いいのよ、タクヤ。 わたしが子持ちのオバチャンだってのは事実なんですもの。 」
「 そ・・・ そりゃそうだけど ・・・でも ・・・あの〜〜 困ったな〜〜
あ・・・ ごめん!! オレが悪かったデス。 」
タクヤは ぺこり、と頭を下げた。
「 いいのよ。 でも 謝ってくれて嬉しいわ、ありがとう・・・ 」
「 ・・・ うん ・・・ あの ・・・ 」
ううう〜〜〜 この笑顔!! オレ、たまんな〜〜〜い!!
君がさ、あの坊主のママで あのカッコイイ旦那がいても。
君は ・・・ オレの<お姫サマ> なんだよな〜〜〜
「 あ、 それじゃさ。 ラストのとこ、やろうぜ。 」
「 そうね。 」
「 おし♪ さあ、メドゥ−ラ姫、 コンラッドめにお任せを! 」
「 ふふふ ・・・ では参りましょう♪ 」
小さな音と共に音が流れ出し スタジオは再び異郷の地となった。
・・・ 次 ・・・!
ああ ・・・ このヒトは本当にまだとても若いのね・・・・
でも いずれはわたしを置いていってしまう・・・・
いけない・・・!
フランソワ−ズは小さく頭を振り、海賊の首領・コンラッドめがけステップを踏み出した。
1 ・・ 2 ・・・ 次で踏み切って ・・・ あッ!!!
「 ?? うわ ッ ・・・・ つゥ〜〜〜!! 」
ドン!っと派手な音で床が軋んだ。
タクヤはもんどり打って仰向けに引っくり返り ・・・ 肩を押さえ呻いている。
「 きゃあ!! だ、大丈夫???? ジョ−? ねえ、どこをやられたの、ジョ−〜〜〜!! 」
フランソワ−ズも一緒にからまったまま床になげだされたが すぐに起き上がった。
あわてて彼をそっと抱き起こした。
「 ジョ−!! お願い、目を開けて!! ねえ・・・ ! 」
「 ・・・ う ッ て 〜〜〜 ・・・ 」
「 ああ、生きてるのね? よかった・・・ よかったわ、ジョ−・・・ 」
「 ・・・ あの、 な ・・・ 」
「 え? え? なあに? ジョ−・・・ 死なないで・・・ 」
「 オレ。 た ・ く ・ や ・・・・ 」
「 ・・・ あ ・・・ ! 」
「 へ ・・・ へへへ ・・・ 君って ・・・ 君の脚って ・・・ すげ・・・威力な ・・・ 」
「 あ・・・! ジョ ・・・じゃなくて タクヤ〜〜〜 」
に・・・っと笑ってみせ、次の瞬間、タクヤは顔を歪めたままひっくり返ってしまった。
「 あ〜〜〜 どうしましょう、 タクヤ 〜〜〜 」
騒ぎを聞きつけ、バレエ団の事務所のヒトやらミストレスを務める先輩も集まってきてくれた。
さっそく 近所の病院に連絡を取ったのだが・・・
なにせ、日曜日。 普通の病院は休み、緊急の外来はどこも一杯のようだった。
「 大丈夫 ・・・ 今日は冷やしておいて明日イチバンで行きますから。 」
事務所でもらった氷でがんがんひやしつつ、タクヤは元気そうに振舞っている。
「 だめよ、だめよ、そんな! ・・・ ああ! そうだわ、ちょっと待って! ウチに連絡してみるわ。 」
フランソワ−ズはあわてて携帯を引っ張り出した。
そして。
「 それで ・・・ フランソワ−ズのお家へ? 」
「 ええ! あの ・・・ ち、父は臨床医ではないですが成形外科の医師でもあります。
さっき電話して ・・・ 治療の準備をして待っているからって・・・・ 」
「 そう・・・ でも 遠いでしょ、あなたのお家。 いいの? 」
「 はい。 駅までジョ・・・いえ、しゅ、主人が迎えに来てくれるって言ってましたし。 」
「 まあそう・・・ それなら、タクヤ君? フランソワ−ズのお父様に診ていただいたら。 」
「 あ ・・・ あの、 いいんですか。 」
「 いいも悪いも! イチバン悪いのはこのわたしなのよ!
ね、お願い〜〜〜 すぐに行きましょ、大丈夫、・・・父の腕は最高よ。 」
「 いや、それは勿論疑ってなんかいないけど。 その・・・日曜日に急に訪ねていって ・・・ 」
「 そんなの関係ないでしょ! ねえ、お願い、早く、はやく〜〜〜 」
「 タクヤ君、お願いしたら。 」
「 はい。 ・・・ フランソワ−ズ、それなら・・・ お願いします。 」
「 ありがとう! さ! 行きましょう。 あなたの荷物は? ああ、これね。 」
「 あ、オレのはオレが持つって・・・ 重いぜ。 」
「 まあ何を言っているの? その肩で歩くのだけだって痛むでしょうに・・・
大丈夫、わたしって力持ちなのよ。 」
フランソワ−ズは彼女自身の大きなバッグと タクヤのぱんぱんのザックをひょい、と
両肩に引っ掛けてすたすた歩き出した。
「 表通まで歩ける? あとは車拾ってJRの駅まで出ましょう。 ・・・ あら、なあに。 」
「 え・・・ う、うん ・・・ いや、 君ってそんなに細いのにすごい力持ちなんだな・・・ 」
「 まあ・・・ ふふふ〜 そうね、これでも双子のハハですから。
子供達って重いのよ、だから腕力もりもりなの〜〜 」
「 ああ・・・ あの坊主・・・ えっと すばる! すばるは元気? 」
「 え〜え。 あなたにまた会えてきっと喜ぶわよ。 タクヤお兄さんはホンモノの王子さまだ〜って
ず〜〜〜っと言ってるから。 」
「 あは ・・・ 王子さま、か。 」
「 さあ、行きましょう。 大丈夫? ゆっくり・・・ね。 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
いいけどさ。 君のウチには ・・・ その。 あの、カッコイイ・旦那さんもいるんだろ。
あんなに取り乱した君を見たの、初めてだったし。
それにしても・・・なあ・・・!
・・・ くそ・・・! 参ったなあ・・・ 咄嗟にでる言葉は < ジョ− > なんだもんな・・・
「 タクヤ? 痛むの。 歩けなかったらおぶって行きましょうか? 」
「 じょ、冗談じゃない! 平気だぜ、これっしき! さ、行こうぜ、フランソワ−ズ 」
「 ええ・・・ ああ、気をつけて・・・ 」
タクヤは − 本当はマジでかなりの痛みだったのだが − 肩を揺すって先に立って
歩き始めた。
・・・ あらら ・・・ なんだか ・・・ ジョ−みたい。
あ ・・・ そうか。 オンナノコに庇われる、なんてとんでもない!ってコトね。
フランソワ−ズは思わず零れそうになった笑みをあわてて飲み込み、
小走りに彼の後を追っていった。
「 おお、お帰り。 準備オッケ−じゃよ。 やあやあ・・・ いらっしゃい! 」
「 あ・・・ 博士、すみません、お休みのところ・・・ 」
「 いやいや、ワシで役に立つのならなんなりと。 ああ、君、大丈夫かな? 」
電車を乗り継いでやっと地元の駅まで戻り、駅前で待っていてくれたジョ−の車で
一路ギルモア邸に急いだ。
だんだん口数の少なくなってゆくタクヤを庇いつつ、フランソワ−ズは玄関に向かった。
博士が先にドアを開け、にこやかに一同を迎えいれてくれた。
「 あ、タクヤ。 これが ギルモアはか・・・じゃなくて・・・あのう、ち、父のギルモア。
あの ・・・あのう お、お父さん・・・ こちらがムッシュ−・タクヤ・山内 です。 」
「 初めまして・・・ 山内です。 」
「 おう、ワシがギルモアです。 さ・・・ すぐに治療しましょう、立っているのは辛いじゃろう? 」
「 え ・・・ いえ ・・・ 」
「 そうしてください! あ、必要なモノ、揃ってますか? 」
「 準備万端じゃ。 おお、そうじゃ・・・ ジョ−は? 」
「 今、車をガレ−ジに ・・・ ああ、来ましたわ。 ジョ−? 博士がお呼びよ〜 」
「 ・・・ ただいま戻りました。 はい、なにか。 」
ジョ−がのそり・・・とガレ−ジから戻ってきた。
彼も なんだか今日はほとんどしゃべっていない。
まあ・・・ なんなの? もともと口数の多いヒトじゃなかったけど・・・
タクヤを連れてきて・・・ 気に喰わないのかしら。 ・・・まさかね。
フランソワ−ズはジョ−の仏頂面が少々気になったが今はそれどころではない。
「 ああ、悪いがの、彼氏を地下のメンテ・・・いや、診療室まで案内しておくれ。 」
「 はい。 ああ、山内君 こっちです。 ・・・歩けますか? 無理ならぼくがおぶって行きますよ。 」
「 ・・・ 平気ですっ。 」
タクヤは血の気の退いた顔を見せていたが、きっぱりと言い切りどんどん歩きだした。
「 じゃ・・・ こちらへ。 ああ、ずっと階段ですから気をつけて・・・
( ふ〜ん ・・・ なかなかホネのあるボウヤじゃないか? ) 」
「 おかえりなさ〜〜い!! あ! タクヤお兄さんだ〜〜 」
「 おかえりなさい、お母さん。 アップル・パイ、美味しいかったよ〜〜
あ・・・ タクヤお兄さん! 大丈夫? どっか・・・痛いの? 」
ぱたぱた軽い足音が二組駆けてきて、 色違いの小さな頭がたちまち大人達に纏わりついた。
「 ・・・ こんにちわ。 すばるくん・・・ えっと ・・・ すぴかちゃん? 」
「 こんにちわ! そうよ、 す ぴ か♪ タクヤお兄さん、いらっしゃ〜〜い♪ 」
「 こんにちわ、タクヤお兄さん。 ねえねえ・・・ また、とぅ〜る・ざん・れ〜る、やって〜 」
「 こらこら・・・ ダメだよ、お兄さんはね、ちょっと怪我をしているからね。 」
「 そうよ、ほら〜〜すばる、そんなにくっついたらタクヤお兄さん、歩けないわ。 」
ジョ−とフランソワ−ズは元気一杯な双子を タクヤ青年から引き剥がすのに懸命である。
「 え〜〜〜 怪我ぁ〜〜?? あ、でもウチのおじいちゃまならすぐに治してくれるわよ、
ね〜〜 お祖父ちゃま♪ 」
「 おお、おお・・・ そうじゃなあ。 さ、すぴかもすばるも・・・ ちょっと大人しくしていておくれ。
このお兄さんの治療をしないとな。 」
「「 は〜〜い 」」
「 お兄さん、すぐよ。 ちっとも痛くないわよ。 」
「 うん ・・・ ありがと、すぴかちゃん。 」
タクヤ青年はぎこちない笑を浮かべていたが、すぐにジョ−に案内され地下のメンテナンス・ル−ム
・・・ いや、 今は < 診療室 > に降りていった。
「 お母さ〜〜ん、お腹すいたぁ〜〜〜 」
「 お母さん・・・・ タクヤお兄さん、大丈夫かな・・・ 」
「 え・・・ああ。 そうね・・・ そうだわ、タクヤ・・・お腹空いているはず・・・ 」
フランソワ−ズは子供達に左右から引っ張られ やっと我に帰った。
「 あら、すぴか。 お腹空いたって ・・・ オヤツ、食べたのでしょう?
すばる、大丈夫よ。 お祖父ちゃまがちゃ〜んと治療してくださるわ。 」
「 お母さん、お母さん あのね、アタシね〜〜 逆上がり・にかいてん 出来るようになった! 」
「 お母さん 僕ね、アップル・パイとチ−ズ・パイと一緒くたに食べてみたんだけど〜〜 」
「 ・・・ はいはい ・・・ ちょっと待ってね・・・・
お母さん、みんなのお茶の用意しなくちゃ・・・ 晩御飯も・・・ 」
半日留守にしていた母親に 子供達はなにかと話しかけ側を離れない。
小学3年になっても やはり母の不在は子供ごころにちょっぴり淋しかったのだろう。
「 ・・・ あ〜らら・・・・ 」
リビングの入り口で フランソワ−ズは溜息交じりに立ち止まってしまった。
今朝、ざっとだけれど整頓していったリビング・ル−ムには・・・
あちこちに読み止しの新聞や雑誌がちらばり、テ−ブルの上には<オヤツ>が
終了後もそのままに放置してあった。
・・・ ま、仕方ないわ。 急なコトで迎えに来てもらったし・・・
そっと溜息を飲み込み、 フランソワ−ズは元気に娘と息子に言った。
「 さ。 お片付け、手伝ってちょうだい。 」
「 は〜〜い♪ お母さん、 僕、お皿、運ぶね〜〜 」
「 アタシ、新聞片付ける・・ あ・・・! 」
チャリリ・・・!とすぴかの足元でなにかが砕ける音がした。
「 どうしたの、すぴか。 ・・・ あら 〜〜〜 ・・・ 」
慌ててフランソワ−ズが覗くと すぴかが拾いあげた新聞紙の下には陶器の破片と
白い粉 ・・・ が散乱していた。
「 ・・・アタシ? 踏んずけちゃった ・・・? 」
すこし怯えた顔ですぴかはフランソワ−ズを見つめた。
「 怪我はない? ・・・ ああ、よかったわ。 あらこれ。 キッチンのお砂糖入れじゃない?
ここに持ってきたの? 」
「 ううん ・・・ 知らない。 」
「 ま、しょうがないわ。 掃除機で取ってしまいましょう。 あらら、触ったらだめよ、怪我するわ。 」
「 アタシ、掃除機持ってくるね。 」
「 お願いね。 お母さん、大きな欠片を拾っておくわ。 」
「 あ〜〜 ごめん! ぼくなんだ〜〜 ぼくがさ、お砂糖壷、落っこどしたんだよ。 」
「 まあ! ジョ−、あなただったの?? 」
ジョ−が 頭を掻きつつ入ってきた。
「 うん。 ごめん。 きみからの電話、受けたとき丁度手に持っててさ・・・
あまりのショックで ・・・ がっちゃん・・・・ さ。 」
「 あらまあ・・・・ でも、これってキッチンのお砂糖入れよ? お茶用のはちゃんと食器棚に
入っているでしょう。 」
「 あ・・・・ そっか〜〜 全然気が付かなかったよ〜 」
「 やだわ。 いつもあそこに置いてあるでしょう? ・・・ あら、それじゃ・・・
キッチンのお砂糖 ・・・ これ? 」
「 う、うん ・・・ ごめん、後で始末しようと思ってさ。 とりあえずチビ達が踏まないようにって
新聞紙を被せておいたんだ。 」
「 ああ、そうなの・・・・。 ねえ、お砂糖、買い置きがないの。 困ったわ〜〜 」
「 ごめん〜〜 あ、それじゃ、今からちょっと買出しに行ってくるよ。 」
「 え・・・ たまのお休みなのに・・・ 」
「 いいって。 だってぼくが壊しちゃったんだぜ? えっと・・・ 砂糖と他になにかいるかい。 」
「 そうねえ・・ あ、ねえ、タクヤに晩御飯、食べていってもらっていいでしょう?
彼・・・ 一人暮らしなのよ。 」
「 ああ、勿論。 ・・・ アイツ、大人っぽくなったな〜 かっこいいじゃん。
アイツときみが踊るのか・・・って思うとちょびっと妬ける・・・ な〜 」
「 まあ、何を言っているのよ? え〜と・・・それじゃ、お砂糖と卵と・・・ そうだわ、アイスクリ−ムも。 」
「 オッケ〜〜。 お〜〜い、すぴか。 すばるも。 お父さんと一緒に買い物に行こうよ。」
ジョ−は自分達の周りに引っ着いていた子供達の腕を引き寄せた。
「 あら・・・ 邪魔じゃない? 」
「 いいよ。 チビ達は引き受けるから。 きみ、ゆっくりカレシと博士と・・・治療のこととか話せよ。
< お父さん > ってことになってるんだろ? 」
「 え ・・・ ええ。 咄嗟に ・・・ そう言ってしまったのだけど。 博士、ご迷惑だったかしら・・・ 」
「 全然。 にこにこしてたぜ? <お父さん>で通しちゃえ。 」
「 そうね。 本当に お父さん ですものね。 」
「 そうだね。 じゃ・・・ 行って来る。 」
「 行ってらっしゃい。 お願いね〜 ・・・ぁ・・・ あら・・・ ! 」
ジョ−はすっと彼の奥さんを引き寄せると 熱く唇を重ねた。
「 ・・・ ふふふ ・・・ 御馳走サマ♪ 」
「 ・・・ もう ・・・ ジョ−ったら・・・ 」
まだ火照っている頬を押さえ フランソワ−ズもなんだか嬉しそうだった。
結局、その日タクヤは、<島村さんち> に一泊していった。
「 大丈夫です、帰れますよ。 ・・・ ギルモア先生、すごいですね〜〜
もう ほとんど痛まないです! ほら・・・ 」
泊まっていってくれ・・・・と願うフランソワ−ズに タクヤはとんでもない!と首を振った。
そして 問題の左肩をぶんぶん回してみせた。
博士の迅速かつ有効な治療で 痛みも今はほとんど治まっているらしい。
「 あ・・・ まだそんなに動かさない方が・・・ 」
フランソワ−ズははらはらしっぱなしである。
皆で囲んだ晩御飯のあと、大人たちはリビングでお茶を飲んでいた。
「 ははは・・・ 勇ましいのう、タクヤ君。 ま、骨や関節に異常はなかったからの・・・
君、ウチのお姫さんの蹴りを まともに喰らわんでよかったなあ。
しかしな。 できれば明日、もう一回診たい。 迷惑でなかったら泊まっていってください。 」
「 そうよ、そうよ。 治療には万全を期さないと・・・ね? 」
「 タクヤ君、お願いします。 本当に今回のことは・・・フランソワ−ズの不注意で
申し訳なかったです。 」
ジョ−が真剣な調子で ぺこり・・・と頭を下げた。
「 あ・・・ そ、そんな。 あの、オレらの仕事には怪我ってツキモノで・・・
特に パ・ド・ドゥの時には お互い様・・・ってことですから。 」
「 いや。 それでも非はこちらにあります。 どうぞ出来たら・・・今晩うちで ゆっくり休んでいってください。 」
「 あ・・・ その・・・ し、シマムラさん ・・・ 」
「 ね、お願い、タクヤ。 一人で帰ってどうするの? 明日の朝御飯だって・・・
本当にごめんなさい。 わたし、パ−トナ−として失格だわ。 」
「 ・・・ あ ・・・ あの 」
タクヤは柄にもなくモジモジし 顔を赤らめ固まっている。
フランソワ−ズの碧い瞳でじっと・・・覗き込まれ陥落しない男など・・・ この世にいるだろうか???
・・・ あ! もう〜〜 そんな顔して他のヤツを見るなってば!
くくくく ・・・ ジョ−のヤツ ・・・ 幾つになってもフランソワ−ズに関しては
本当に ヤキモチ妬きじゃのう・・・
博士はジョ−の隣で笑いをこらえるのに懸命だった。
「 ・・・ はい。 それじゃ。 今晩、お願いします! 」
タクヤはぱっと立ち上がると ぺこり、と頭を下げた。
「 わ〜〜〜 タクヤお兄さん〜〜 お泊りしてゆくの〜〜 きゃ〜〜〜 」
「 わ〜いわ〜い タクヤお兄さん〜〜 」
リビングのドアから双子が走りこんできた。
「 あら! あなた達〜〜 もうとっくにお休みなさい、したのに。 」
「 だってだって〜〜 もう一回タクヤお兄さんに お休みなさい、 と さようなら、って言いたくて
降りてきたら・・・ お泊りするかも〜って聞こえたんだもん。 」
「 僕、 さようなら、またね、って言ってなかったから。 でも〜〜お泊りなんだ〜♪♪ 」
色違いのパジャマ姿がてんでにタクヤ青年に纏わりついた。
「 こらこら・・・・ タクヤお兄さんは肩がイタイだからね、触ったらだめだよ。 」
「 あ、平気です。 すばる君、 すぴかちゃん。 今晩オジャマします。 」
「「 わ〜〜〜い♪♪ 」」
結局、双子達はタクヤを子供部屋に<案内>し、お休みなさい と またね。 のご挨拶をし
やっと満足してベッドに入った。
・・・ ここが この家族が 彼女を支えているんだな ・・・
まだ強張りの残る肩に手を当て、タクヤはそっと溜息をついていた。
翌日。
沢山の <ばいばい> <また来てね!> <こうえん、頑張ってね!> と
握手とほっぺのキスを残し、双子達は登校していった。
そして再度、博士の診察を受けてから タクヤ青年はギルモア邸を辞去した。
ジョ−の車で最寄駅に向かった。
「 あ・・・! ちょっと、ジョ−。 そこの駅ビルの前で待ってくれる?
ちょっと買い物して・・・ すぐもどるわ! ごめんなさいね、タクヤ! 」
「 ああ。 おい、なるべく早くしろよ〜〜 」
フランソワ−ズはあっという間に車から降りると目の前のビルに駆け込んでいった。
「 ・・・ 女って本当に買い物が好きだよなあ・・・ 」
ジョ−は独り言めいて後部座席のタクヤに語りかけた。
「 ・・・ 素敵な家族ですね。 」
「 うん? ・・・ああ、チビ達、賑やかで・・・うるさかったろう? 」
「 いえ。 羨ましいです。 最高の ・・・ 奥さんですね。 」
「 ・・・ 君もそう思うかい。 」
「 はい! 」
「 ありがとう。 ・・・ アイツを存分に踊らせてやってくれ。 」
「 はい。 オレ、舞台では彼女の最高のパ−トナ−になります! 」
「 ぼくのお姫様を頼む。 」
男同士は ニ・・・ッと意味ありげな笑いを交わした。
「 本当に ・・・ マンションまで送らなくて大丈夫? 」
「 やだな〜子供じゃないぜ。 フランソワ−ズこそ、ごめんな、今日のレッスン休ませちゃった。 」
「 あら、そんなこと。 ね? もし・・・具合悪くなったらすぐに連絡してね。
父からもいわれているでしょう? 」
「 うん。 ・・・ お父さん、凄いな〜〜 ほっんと、名医だよ! 」
「 これ。 今日のランチよ、ちゃんと食べてね。」
フランソワ−ズは膨れた紙袋を渡した。
「 わ・・・ ありがとう、すいません。 」
「 本当に ごめんなさいね。 」
「 ほら〜〜 もうソレは言いっこナシ。 舞台、頑張ろうぜ。 」
「 ・・・ ええ! 」
「 では ・・・ スタジオで。 メドゥ−ラ姫 ・・・ 」
タクヤはさ・・・・っと右手を差し出し フランソワ−ズの手に軽くキスをした。
・・・ あ ! コイツ ・・・
「 お世話になりました! 失礼します。 」
ジョ−のひっかくみたいな視線を充分に意識しつつ・・・ タクヤはぺこり、と頭をさげ
すたすたと駅舎に入っていった。
「 あれ。 」
タクヤは紙袋を覗いて 声を上げてしまった。
ランチよ、と渡されたその中に 小さな別の包みが見える。
「 ? なんだ? 」
電車の中でこっそり引き出した海の色のパッケ−ジには チョコレ−トが二つ。
< コンラッドへ メドゥ−ラより。 ちょっと早め目のヴァレンタインよ♪
舞台、頑張りましょう! ・・・ あの ジョ−にはナイショにしてね >
やっぱり 君はオレの憧れの姫君だ・・・!
ぱくり、と一口で放り込んだチョコは予想通りの甘さ、でもタクヤにはちょっぴりほろ苦かった。
オ−ケストラが華やかにテンポのよい演奏を続けている。
< ヴァレンタイン・コンサ−ト > は熱気に包まれ盛り上がっていた。
今。 一組のグラン・パ・ド・ドゥが コ−ダを迎えている。
「 ・・・ ほう? 『 海賊 』 、 調子いいですね〜 マダム。
お姫さん、随分うまくなった・・・ ちょっと踊りが変わったかな。 」
上手 ( かみて ) に陣取っていた舞台監督が感心してずっと袖に立つ老婦人に声をかけた。
「 ふふん ・・・ あの二人を組ませたのは正解だったわ。 今に もっと伸びるわね。 」
「 フランソワ−ズさん、でしたっけ・・・・ 」
「 彼女をステップにどこまで駆け上がるかしら。 天才はタクヤよ。 」
「 ・・・ あ ・・・ 」
老婦人は満足そうに袖から舞台を見つめている。
あの二人 この時代のヌレエフとフォンテ−ン・・・ かもしれない。
・・・・ ジャン!!!
大きな音を指揮者は振りきり
― 舞台では 海賊の首領・コンラッドがメドゥ−ラ姫に身を倒しラスト・ポ−ズを決めた。
一瞬ライトが消え そして。
ホ−ルを揺るがす拍手とともに目映いライトがにこやかに並び立つ海賊と姫君を迎えた。
***** おまけ ♪
フランソワ−ズの舞台も無事に終わった次の日曜日。
島村さん一家は のんびりとティ−・タイムを楽しんでいた。
「 お母さん・・・ ! 僕。 あのね、今度のクリスマスとお誕生日とその次のクリスマスを
一緒にしていいから。 ・・・ お願い! 欲しいモノがあるんだ。 」
すばるが真剣な顔で、母親の前に立っている。
「 まあ、なにかしら。 」
「 うん ・・・ うん、あの、 あの、ね!
僕 ・・・ お兄さんが欲しいの! タクヤお兄さんみたいなお兄さん、欲しい! 」
「 ・・・ え ・・・ 」
「 お母さん! お兄さん、生んで! 」
「 ・・・・ あら〜〜 それは ・・・ ちょっと無理だわねえ・・・? 」
「 なあ、すばる。 お父さんじゃだめかな。 」
「 え〜〜 だって・・・ お父さんはオジサンだもん、だめだよぉ〜〜 」
ジョ−が口に運んでいたティ−・カップがぴたり、と止まった。
「 ねえねえ、お母さん、お願い〜〜〜 」
「 ね? 今度またタクヤお兄さんに遊びにきてもらいましょ。 それでいいでしょう? 」
「 ・・・ う、 うん ・・・ 」
カチャン。 ジョ−は黙って席を立った。
「 ・・・ ジョ−? どうしたの ? 」
「 ・・・ う ・・・ ううん ・・・ なんでも ・・・ 」
「 そう? なんだか顔色、悪いわよ。 」
「 いや。 ちょっと・・・ 出かけてくる。 」
「 いいけど・・・? 」
ジョ−はそのままぷい、とリビングから出ていってしまった。
「 あ! お母さ〜〜ん! お父さん、走ってるよ? ほら・・・ 下の海岸!」
「 え・・・ あらあ 〜〜〜 」
すぴかの指差す先は ロ−ド・ワ−クに汗を流す島村氏の姿があった。
・・・ くそう〜〜〜 二度と息子に オジサン なんて言わせるかよッ!!
************** Fin. *************
Last
updated : 02,12,2008.
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***** ひと言 ******
バレエ 『 海賊 』 は全幕上演されることは稀です。 ( 先ごろ某カンパニ−がやっておりましたが・・・ )
海賊の首領・コンラッドとメドゥ−ラ姫の GP( グラン・パ・ド・ドゥ )は有名で単独でよく上演されます。
テクニック的にも難しく、迫力のある踊りは見ていても楽しいと思います。
はい、今回も<島村さんち>的には のほほ・・・んと事件も何も起きません。
ふふふ・・・の〜んびりしていたジョ−君に ちょっと焦ってもらいました。
激しくオタク話で 申し訳ありません〜〜〜 <(_ _)>
尚、 R.ヌレエフ と M.フォンテ−ン の逸話は事実で二人は10年以上英国ロイヤルバレエ団で活躍し
ゴ−ルデン・コンビと賞賛されていました。 M.フォンテ−ンは 平ゼロ・フランちゃんより一世代くらい上の
方です。
タクヤ君・・・ もし宜しければ拙作 『 王子サマの条件 』 『 Voulez -vous du chocolat? 』 をご参照くださいませ。