『   彼岸花   』

 

 

                          『 九月の雨 』 の続編です。 季節もふたりの仲もすこし進んで。

                                                   他のSSとはまた少しちがった平ゼロ基準設定の二人です。

 

 

「 いってきま〜す。 あ、ちょっと帰りが遅くなるかもしれないけど・・・心配しないでね? 」

朝日の差し込む明るいリビングを フランソワ−ズはぱたぱたと駆け抜けてゆく。

「 あ、 送ってくよ? 僕は今日、遅出だから・・・ 」

「 あら、大丈夫よ。 バスに間に合うわ。 ジョ−、あなたはゆっくりしてらっしゃいな。

「 ・・・うん・・・ じゃあ・・・ 行ってらっしゃい。 」

ちょっと不満げにコトバを濁した彼のほほに さっと唇をよせてフランソワ−ズはあっという間に行ってしまった。

 

 − 僕のほうが送って行きたいんだけどな・・・。 このごろ 帰りも遅いし・・・。

 

「 ・・・ おやおや・・・ 今朝は置いてきぼりかね、ジョ−。 」

「 あ、博士、お早うございます。 」

テラスから戻って来たギルモア博士が 憮然としてマグカップを抱えていたジョ−に声をかけた。

「 ほい、おはようさん。 相変わらずお忙し、だなあ。 お前の奥方様は・・・ 」

「 え・・・お、奥方って・・・そんな・・・ 」

「 なにを今更・・・。 ジョ−、いい加減で寝坊をなおさんとスレ違い夫婦だぞ。 」

真っ赤になって俯いているジョ−を尻目に 博士は涼しい顔で朝刊を拡げた。

 

 

夏の終わりとともに メンバ−たちはそれぞれに故国へと散ってゆき 

ギルモア邸では 普段の穏やかな 日々が戻ってきている。

 

相変わらず精力的に研究に打ち込む博士と 眠ってばかりいる赤ん坊。

静かで 平凡で でも、満ち足りた生活。

当り前の日々は かれら皆にとっての宝ものだった。

そんな中で ごく自然に寄り添い ようよう遅い歩みを進めはじめた若い二人に 

博士は黙って奥の広い客用寝室を開けてくれた。

「 新居というにはいささか狭いが。 ・・・わしの一人娘を・・・大切にしておくれ。 」

「 ・・・はい! 」

博士の目尻にひかるモノを見たとき、ジョ−はしっかりと頷きその大きな手を握り返した。

 

 

「 せっかくこの地におるのじゃ、今日という日を日本風に過ごしてみるか・・? 」

ふたりが新しい部屋へ移った次の朝、博士の意外な提案にジョ−とフランソワ−ズは顔を見合わせた。

「 日本風にって・・・どういうことですか?」

「 いやなに、たいした事じゃあないがな、 ほら、町はずれの神社、あそこへ散歩がてら参拝に行こう。」

「 神社・・? ああ、お正月に行きましたわね、みんなで。 」

「 そうそう・・・ 大晦日から行ったんだよね。 」

「 まあ、日本の風習というか・・・。祖先や亡くなった身内に一種の挨拶を送るのだよ。

 季節の、節目節目の挨拶もあれば、 新しい家族の紹介などもあるだろうな。 」

「 ・・・・ 新しい家族 ・・・・・ 」

「 へえ・・・・ 博士、詳しいですね。 僕は今まで、何となく習慣でお参りしてましたよ。 」

「 風習とは、そんなものだろう。  どれ・・・イワンを連れてくるかの・・・。」

 

世界中にちらばる仲間たちを呼んでの正式なセレモニ−は来年の6月に、とジョ−は決めていた。

「 わたし、これで十分よ、ジョ−。 どうせみんなクリスマスには帰ってくるでしょう、その時に

 ちょっとパ−ティ−でもすればいいわ。 」

博士とイワンを伴って研究所ちかくの神社にお参りに行った帰り道、フランソワ−ズはそっとジョ−の袖を引いた。

「 ・・・だめだよ。 こうゆうコトはちゃんとしなくちゃ。 それに、きみだって教会でマリエを着たいだろ? 」

「 ・・・・・・ ありがとう ・・・・ 」

ジョ−の上着の端を握り締めたまま、俯いてしまった彼女はようやくその一言をつぶやいた。

 

 − ほんとはさ。 僕がみたいんだ、僕の世界一キレイな花嫁さんの姿を、ね。

 

仲良く寄り添って歩く、老若の4人を通りかかりの人々は外人サンの若夫婦が珍しがってのお宮参り

とでも思ったことだろう。

微笑をふくんだ温かい視線が ちらほらと届く。

涼風を楽しむ人々の足取りも しぜんと緩やかになってゆく。

 

「 ・・・ すごい赤ね・・・・・ それに、細工物みたいに凝った花びらねえ。 」

参道わきに揺れるひと群れの赤い花々に フランソワ−ズは少し戸惑いの視線をむけた。

目を射すその赤は どうしても共通の連想を呼んでしまう。

そんな 彼女の困惑をさりげなく晴らせたくて、ジョ−はことさら何気無く言った。

「 ああ、あれ? 彼岸花さ。 ほんとうは・・・えっと、確か<曼珠沙華>だったかな・・? 」

「 ひ ・ がんばな ? 」

H (アッシュ) の発音にまだ慣れていない彼女は ちょっと言い難そうに呟いた。

「 うん。 ちょうど、今のお彼岸のころに咲くから。 根は毒なんだっていうけれどね。 」

「 ふうん・・・・」

「 ちょっと懐かしいよ・・・。 僕が育った教会の脇にも 誰が植えたワケではないんだけれど、

 けっこう沢山咲いていたんだ。 」

「 まあ、 この近くに居たの? ジョ−? 」

「 ・・・いや。 ふふ・・・ もっとも、今はもう。 何も残っていないはずだよ、みんな焼けてしまったからね。 」

「 ・・・・ そう ・・・・・ 」

蒼い瞳を すうっと細めてフランソワ−ズは言葉すくなに頷いた。

吹き抜ける風には ほんの僅かづつだが秋の気配が増え始め さわさわと赤い花々を揺らしてゆく。 

やさしい陽射しの中を 新しい家族はゆっくりと歩を進めていった。

 

 

ひっそりと4人だけで形ばかりの祝い事をすませて。

ジョ−とフランソワ−ズの新しい日々がはじまった。

取り立てて華やかではないけれど しっとりと落ち着いた日々が流れてゆく。

 

秋がゆっくりとその裳裾を 野に 山に そして 町の街路樹にも ひろげはじめるころ、

フランソワ−ズは しばしば ひとりで外出するようなった。 

 

レッスンにも几帳面にかよい、この邸の主婦としても忙しいだろうに その合間を縫って、それも

なぜか 嬉しそうに ・・・

ある日は 百合の花束をかかえ、 また 次は小菊をブ−ケのように纏めて。

 

   − どこへゆくの。 

  何気なく訊けばいいんだろうね、 でも。 あんまり楽しげなきみの様子に  僕はなにか気後れしてしまって。

  目のはじっこで きみの姿を追いながら 無関心な振りをして でも 本当は。

  全身できみの後を 追っている。

 

  本当に<寝食を共にする>ようになってから。

  僕は なんか臆病になってしまった・・・。 

  そうなんだ、 やっと手にいれた宝物を失うのが怖くて。

  夢にまで見た日々が 現実になったのが時々信じられなくて。

  なんにも持っていなかったあの頃、 僕には怖いモノなんか何にもなかったのに。

 

   − どこへゆくの。

  今は そんな簡単な言葉を口のすることが できなくて。

 

  やっときみがいつも隣にいるのが当り前になったのに。

  身体の距離がこんなにも近く、ひとつになったら  そうしたら。

  こころが 気持ちが 見えなくなってしまった 見失ってしまったのかな。

 

 

空がどんどんその高みと透明度をましてゆく。

日増しに 夕闇のおとずれは早まって来て 空気がつうん・・・っと澄んできた。

九月は 実にさまざまな表情をもった月だ。

 

月も半ばをすぎた、その休日。 

フランソワ−ズは朝からなんだか楽しげに 外出の準備に余念がない。

ジョ−は、といえば。 のんびりとソファで新聞を広げて 寛いだフリをして。 

同じ紙面をみつめたまま、わざとらしく脚をくんでみたり・・・

 

 − なにやってんだ、僕は。 ちゃんと聞けばいいじゃないか、たったひと言、さ?

 

   どこへ 行くの?  ・・・・って。

 

我ながらの不甲斐無さに 深い溜め息がこぼれそうになった時。

蒼い瞳が にこにことジョ−に注がれた。 

 

「 ねえ。 一緒に 出かけない? 

「 え・・・ いいの? 」

「 いいのって、勿論よ? あのね、とっても素適な場所を見つけたの♪  

  ジョ−をきっと連れてきますって約束しちゃったのよ。 」

「 約束? 」

「 さ、行きましょ? ジャケットを取ってくるわね。 」

キツネにつままれたようなジョ−を尻目に フランソワ−ズはハミングまでして出て行った。

 

 

 − ああ、そこの角で止めて。 多分、停めておいても大丈夫よ。

 

初めて来た町外れで 車をおりたフランワ−ズは先に立ってすたすたと歩き始めた。

「 どこまで 歩くの。 やっぱり車を取ってこようか?

「 もうすこし、だから。 ほら、あの角。 見覚えがない? ねえ覚えているでしょう? 」

「 え・・・? 」

白い指が示す先を目でおって、ジョ−は息を呑んでしまった。

 

 − ここは・・・・!

 

取り壊された教会。 

焼け跡も綺麗に整地されていて、でも墓地だけはのこっていた。

 

変わってないなあ ・・・・

 

ジョ−は  独り言のように呟いた。

低い鉄柵が ちいさく軋んで久々の来訪者たちを迎えいれる。

そう ・・・・ こっち、だ。 多分・・・

思い出を辿ろうとするジョ−にちらりと視線をなげ、 フランソワ−ズは先に立ってすたすたと歩いてゆく。

 

 − どうして きみは。 どこまで行くのかい ・・・?

 

そんな言葉を丸呑みしてジョ−は あわてて彼女の後をおってゆく。

 

そこには。

古びた質素な十字架。

記憶のなかのそれよりも なぜかいっそう侘びしくて、ジョ−は何も言えずにまじまじと見詰めるばかり。 

きちんと掃き清められている墓前に フランソワ−ズはつ・・・っと跪き目を瞑り一心に祈る。

 

さわさわと梢をならす小さな風が その白い頬に亜麻色の髪をちらばせてゆく。

とおくで啼きあっている鳥たちの声が 空の高さにこだまするようだ。

 

やがて ゆっくりと立ち上がったフランソワ−ズに ジョ−はなぜか口がこわばってしまい

ただ思いつめた視線を当てるだけだった。

 

 − なにを そんなに熱心に祈っていたの・・・?

 

ふふふ・・・・ 『 どうぞ よろしくお願いします 』 って。

あ、そうなの、ちゃんと 初めまして、のご挨拶もしたわ、 あなたのお母様に。

わたし。

お母様の むすめ になったんですもの、ね? 新しい家族なんですもの。

沢山いろんな事、おしゃべりしちゃったわ。

お彼岸って お墓参りって そうやって 先に眠る方たちと お話しをするときなんでしょう?

 

秋の空にもまさる、その瞳の蒼を煌かせフランソワ−ズはジョ−の顔をのぞきこんだ。

 

 − はなしをする、か・・・。 

    焦がれた果てに恨んだこともあった。 妙なかんぐりをしたこともあった。

   でも。 今は。 すなおに呼びかけられる・・・   おかあさん ・・・・って。

   それに。 僕が、僕こそがいちばん初めに報告しなければいけなかったのに。

 

   おかあさん、僕の大事なひと、生涯を共にするひとを 紹介します・・・!

 

ジョ−は 一瞬かたまっていたけれどすぐに く・・・っとなにかを飲み込んだ表情(かお)をして。

やわらかく笑い フランソワ−ズの肩を引き寄せた。

 

「 きみ、 つぎに休暇が取れるのはいつ? なるべく早くがいいんだけど 

「 ? 」

「 フランスは 遠いよ! でも。 きみの 御両親と ・・・お兄さんのところにもゆかなくっちゃな。

 

   みなさんの 大事な人を どうぞ 僕にまかせてくださいって・・・・・。 

   そして、 僕を みなさんの家族の一員に加えてくださいって、ね。 」

 

「 ・・・・ ジョ− ・・・・・ 」

 

 

墓地の傍らに 赤い花が秋風にゆれている。

目に沁みるほどの その 赤 に

ふたりは  同じだけの想いを 重ねていた。 

これまでも そして これからも いつまでも。

 

 

        ********  Fin.  *******

        Last updated:10,30,2003.            index

 

          *****  後書き by  ばちるど  *****

        全然 『サイボ−グ009』 じゃありません・・・(泣)。 甘ったるい二人の小噺だと思ってくださいませ。

        ほんわかした二人に 元気と微笑みをもらってください。<(_ _)>