『 空蝉 ― うつせみ ― 』
「 ・・・ うん?・・・なに・・・ フラン・・・ 」
ジョーはふわふわと半ば落ち込みつつあった眠りの淵で 辛うじて留まった。
ふと ・・・ 隣に寄り添う女性 ( ひと ) の 声を聞いた・・・ような気がしたのだ。
彼は ぼんやりとした視界のまま、亜麻色の髪をそっと探った。
「 ・・・ なにか ・・・ 言ったかい。 フラン ・・・ 」
「 ・・・ う ・・・ん ・・・ 運命の ・・・ 」
「 え ・・・? なに・・・・? 」
彼女の優しい声は すぅ〜っと夢魔の誘いに吸い込まれてしまった。
「 ふふふ ・・・ もう夢でも 見ているのかな・・・ 」
ほんの数分前まで 熱い吐息をこの部屋中に満たし肌を重ね腕を脚を ・・・ そして愛を絡ませあっていた
二人は。 今は 安堵と満足の波打ち際に漂着していた。
心地よい疲れに身を任せ、寄せ合う互いの身体から次第に熱さが去ってゆくのを感じあい・・・
ともに眠りの底へと落ちてゆく ― そんな満ち足りた時間 ( とき )を ジョーとフランソワーズは
ゆったりと分け合い、味わっていた。
それは身体を許しあった者達だけが知る、余韻ある悦楽の時 かもしれない。
さわさわと海風がレースのカーテンを揺らしてゆく。
ここ、海辺の断崖に建つギルモア邸は 真夏でも自然の風が心地よく吹きぬけるのだ。
海上遥かにはすこし歪な月が昇り、その白い光が昼の暑熱を鎮めてゆく。
ジョーのセピアの髪が ふわり、と夜風に揺れた。
・・・ あ ・・・ まだ 夜 か・・・
風が ・・・ 気持ちイイなあ ・・・
ジョーはゆるゆると指で梳いていた亜麻色の髪に顔を埋めた。
すこし冷たい感触と 彼だけがしっている甘い香りが ジョーの奥の埋火をちろろ・・と掻き立てる。
「 フラン ・・・ かわい ・・・ 」
彼は少しだけ姿勢を変えると、彼女の頬に、唇に、軽い口付けを落としていった。
「 ・・・ う ・・・ん ・・・? ああ・・・ アナタ ・・・ 」
「 あ ・・・ ごめん、起こしてしまった? 」
「 ・・・ そう ・・・ これは 運命の・・・ 恋 ・・・ ナオ ・・・ アイシテル ・・・ 」
「 そうさ、ぼく達は運命のこい ・・・ え? な、なお?? 」
「 ・・・ ん ・・・ 」
ジョーは ガバッ! と跳ね起きてしまった。
その拍子に、一緒に包まっていたリネンが捲れあがり ・・・ 眼の前には彼の恋人が
しなやかな白い肢体を惜し気もなくさらしている。
― ごく・・・ !
ジョーの咽喉が本人の気持ちよりも正直に大きな音をたてた。
「 ふ、フランソワーズ ・・・! 誰だ、どこのどいつのことなんだ? 」
「 ・・・ ・・・・ ん 〜 ・・・ 」
彼の愛しいヒトは ぱたん、と寝返りをうつと、ジョーの枕に顔を埋め、すうすうと寝息を立て始めた。
「 ・・・ フランソワーズ ・・・ フランソワーズ〜〜〜 」
眠りの世界に一足先に行ってしまった彼女を前に、ジョーはなす術もなく。
呟きに近い声で 愛しいヒトの名を繰り返すだけだった。
カナカナカナ ・・・・
裏の松林で 早くも蜩 ( ひぐらし ) が鳴き始めた。
「 セミか・・・ ぼくのかわりに彼女を起こしてくれよ・・・ 」
盛夏の短夜は ・・・ じきに明けようとしていた。
「 運命の恋・・・! ねえ、ジョー。 ジョーは信じる? 」
「 お帰り、フラン。 ・・・ なに? なにを信じるって? 」
フランソワーズはリビングに入ってくるなり、 ただいま も抜きに話し始めた。
ちょうど取り込んだ洗濯物を畳んでいたジョーは 驚いて顔を上げた。
「 きみ ・・・ 帰ってきたの、全然気がつかなかったよ。 」
「 う〜ん、道ならぬ恋、かしらね。 ・・・え? ああ、ただいま、ジョー。 お洗濯モノありがとう♪ 」
いつも通りの軽い足取りで 彼女は駆け寄りバッグを下に置くと、ぱっとジョーに抱きついて来た。
そしてお約束の < ただいまのキス >
「 いや・・・ 今日はぼくはバイトは休みだし・・・ あ ・・・ ンンン・・・お帰り。
なに、なにかあったのかい。 次の公演のキャストとか発表になったのかい。 」
ジョーは軽く彼女を抱き締めると、 そのまま肩を抱いてソファに座った。
「 え? うう〜〜ん・・・・ そんなんじゃなくて。 今日ね、ちょっと。
ちょっと素敵なコトに気がついて。 なんだかわたしの方がウキウキしているの。 」
「 ふうん・・・? そのウキウキをちょびっとぼくにも分けてくれる? 」
「 あら、ジョー。 どうしたの? なにか・・・ 悩み事? 」
フランソワーズは 改めて彼女の恋人に顔を見つめた。
「 いや、そんなコトはないけど。 ずっとウチに居ると、なんか こう・・・ 空気まで静かってか
世界が動かない気がしてきて。 ちょっとだけ 息苦しい、のかな。 」
「 まあ・・・ ごめんなさいね、騒々しくして。 でも・・・ そんなの、良くないわね?
ジョーは ちゃんと! 生きて活動しているのですもの。 」
「 大丈夫さ。 きみがこうやって・・・エネルギーを運んできてくれたから。
きみが帰ってくると ウチ中がぱあぁ〜っと明るくなるもの。 空気も入れ替わるよ。 」
「 そう? ・・・ ふふふ・・・次のお休みには出かけましょうよ? 」
「 いいよ、きみが行きたいトコに付き合うから。 」
「 きゃ♪ 嬉しい♪ ふふふ〜 着替えてくるわね。 」
「 うん。 ・・・ あ、なあ?! 」
「 ・・・ なあに〜 」
「 なにが運命の恋 だの 道ならぬ恋 なんだい? 」
「 え・・・? あ、そうそう! そうなのよ。 ― ジョーは。 信じる? 」
「 だからさ、なにを? 」
「 一目惚れ ― 運命の恋 を。 わたし ・・・ 今、燃えているの、填まってしまったの!
ジョーはそんなコトって信じられる?? 」
「 ・・・ きみとの出会いを、あの島での出会いを 恋 と言ってもいいのなら。
ぼくは ・・・ 信じるよ。 」
「 え・・・あら、ヤダわ・・・あんな昔のこと。 へえ? あの時ってジョーは恋してたの? 」
「 してたの・・・って。 だから・・・その・・・ぼくはさ。 一目で・・・ 」
「 あんな状況ではね、混乱して当たり前よね。 それよりもね! 運命の恋 なのよ!
わたし、もうドキドキで・・・ いつもは長いな〜って思う帰り道もあっという間だったわ。
ジョーもそんな経験ってあるでしょう? 」
「 ?! その・・・ 運命の恋、の? 」
「 いやだ、そうじゃなくて。 夢中になっていることがあると 時間とかすぐに過ぎてしまうってこと。 」
ぽ・・・っと染まった頬にフランソワーズは両手を当てて、うっとりと宙を見つめている。
「 あ・・・ う、うん。 そうだね。 新車のカタログとかレースの速報とか見てるとたまに・・・ね。 」
「 でしょ? なんとかしてこの恋を! 成就したいのね、わたし。 」
ほう・・・っと彼女は熱い吐息を吐き、青い瞳を煌かせている。
・・・ なんだよ?? 運命の恋、だって・・・?
! そういえば 昨夜! なんだか聞きなれない名前を言ってたけど・・・ まさか・・・
ジョーは初めは彼女の横顔をほれぼれと見つめていたのだが、ふと・・・ <昨夜> の情景が
甦り、 す・・・っと笑顔が強張ってしまった。
「 ね!? ジョーも協力して欲しいの、 いいでしょう? 」
「 ・・・ ?! きみの その ・・・ 運命の恋、 にかい? 」
その方面にはいささか、いや・・・大層ニブい彼も さすがに声が裏返ってしまった。
そ、そんなこと、平気で言うか??
ぼくは・・・仮にもきみの・・・その、ベッド・パートナーで ひとつ屋根の下に寝起きして
・・・ 同じミッションに携わる仲間で・・・ この世でたった9人の仲間なんだぞ?!
「 ええ、そうよ。 ジョーだって知っているはずよ ・・・ カレのこと。 」
「 ・・・ えええ??? 」
「 そうよ、一緒だったわ。 わざわざ迎えに来てくれたじゃない。 ちょうど都心まで来たからって。 」
「 ・・・ 迎え?? 都心・・・? フランソワーズ、いったい何時のことを言っているんだい? 」
「 あら・・・覚えていないの? まあ・・・ あんな印象的なこと、忘れてしまったの?
ジョー・・・ 今度のメンテナンスの時にしっかり記憶モジュールのオーバーホールを
博士にお願いしたほうがいいんじゃない? ・・・ボケるのには早すぎるわよ。 」
「 ボケ・・・って・・! だからさ〜 きみが言っている 運命の恋 の相手は ! 」
― ピンポ−− −−−− ン ・・・ !
玄関のチャイムが鳴った。
この邸は万全のセキュリティ・システムで護られており、予め登録していない人物は玄関までは
そう簡単には辿りつけない。
玄関チャイムを気楽の鳴らせるのは <家族たち> とお馴染みの人々だけなのだ。
「 あら、グレートね。 早かったわね。 お茶にしましょう、ジョーも手伝ってちょうだい。」
「 だから・・・ その。 きみの ・・・ 恋の相手って・・・ 」
「 え? ああ、ほら・・・テーブルの上を片付けて。 昨日から冷やしておいたメロンがあるわ。
あと・・・今朝、作っておいたジェリーもいいカンジに冷えているはずよ。 」
「 あ・・・う、うん。 洗濯物を置いてくるね。 」
「 お願いね。 ・・・ グレート〜〜 いらっしゃい〜〜 待っていたのよ。 」
「 あ・・・ フラン ・・・ 」
フランソワーズはぱたぱたと玄関ホールに駆けていってしまった。
・・・ 協力 ・・・?
きみは ぼくに。 きみの 運命の恋 の手助けをさせるのかい・・・
フラン・・・ きみにとってぼくは。 ぼくの存在ってなんなんだ??
フラン・・・ いま、きみのこころを占めているオトコは ・・・ ぼくじゃないのかい・・・
ジョーは深い深い溜息を吐くと、きっちり畳みおえた洗濯物の山を手に すごすごと階段を昇っていった。
コトの起こりは ― そう、それは一週間ほど前のこと。
「 『 ロミオとジュリエット』 だって?? 」
「 ええ、そうなの。 国立劇場でね、ロイヤル・シェイクスピア・シアターの公演なんですって。
ジョーも行く? 」
「 ・・・ 芝居、だよねえ・・・ う〜ん ・・・ きみは行くのかい。 」
「 ええ、折角グレートが誘ってくれたんだし。本場の俳優さん達の公演を観るってすごいチャンスだわ。 」
「 ふうん・・・ ま、ぼくは遠慮しておくから。 二人で行ってくるといいよ。 」
「 あら・・・そうなの? 」
「 うん。 ぼくはその・・・ちょっとああいうのってさ・・・苦手なんだ。
グレートからばっちり解説して貰ったら? ホンモノの役者だからばっちりだろ。 」
「 そう・・・? ・・・ そうねえ・・・ あなた、わたしの公演の時も居眠りしたりしているものね。 」
「 えっと〜〜 それでいつ? 7月〇日か。 うん、帰りは駅まで迎えにゆくよ。 」
「 まあ、ありがとう♪ そうだわ〜 帰りにジョーの好きな 千疋屋のバナナ・ジェリーを買ってくるわね。」
「 そんな気にしなくていいって。 楽しんでおいでよ、ね? 」
「 ありがとう〜〜 ジョー〜〜 」
フランソワーズは頬を染めて ジョーに抱きついてきた。
・・・うは♪ へえ・・・こんなに喜ぶなら 今度芝居とか誘ってみようかな・・・
う〜ん・・・居眠りしそうでヤバいけど。
ジョーはバナナ・ジェリーよりも甘ァ〜いキスを美味しく頂戴したのだった。
うははは ・・・ 役得ってか。 グレートに大感謝だなあ・・・
ま、それに彼となら腕を組んで歩いても 親子・・・は無理でも叔父・姪、といったトコだし。
ぼくとしても安心して 保護者 に任せられるというものさ。
・・・ ジョーは。 009としての勘なぞ、まったく発動させることなくのほほ〜ん・・・と鼻の下を
伸ばしていた・・・らしい。
「 ・・・ マドモアゼル? お待たせしたかな。 」
当日、約束の時間ぴったりに、 フランソワーズは国立劇場のロビーで声をかけられた。
ふりむけばりゅうとした背広に身を包んだ英国紳士がひとり。
山高帽を手に 悠然と会釈をしている。
「 まあ、グレート。 いいえェ 時間ぴったりよ? 」
「 それならいいが。 麗しのお姿が回廊を行き来しているのが見受けられたので・・・
これは遅参したか、と焦ってしまったよ。 」
「 ふふふ・・・ちょっとね、ロビーの雰囲気を楽しんでいたの。 この劇場は落ち着いて素敵ね。 」
フランソワーズは広いロビーを振り返り、ほう・・・っと溜息をついた。
「 さすが・・・芸術家の感性ですな。 時間のことしかアタマになかった小生は失格です。 」
紳士は優雅に彼女の手を取ると、慇懃に口付けをした。
「 マドモアゼル・・・ 今宵はひときわお美しい。
このようなご婦人をエスコートできるとは・・・不肖グレート・ブリテン、光栄の極み・・・ 」
「 まあ・・・ 相変わらずお上手ね、ミスタ・ブリテン。
ふふふ・・・でも素敵♪ この国ではこういう場がほとんどないから・・・ 嬉しいわ。 」
「 は・・・ かのジャパニーズ・ボーイには逆立ちしても出来んワザだろうな。
どれ ・・・ では席の方へ。 どうぞ? 」
英国紳士はフランス娘に腕を差し出し、二人は腕を組みゆっくりとロビーを横切って行った。
ざわざわざわ・・・・
開幕を待ちかね、談笑していた人々や、待ち合わせの片割れたちがチラチラと振り返る。
ほの暗く照明を落としたロビーで 少し歳の差があるそのカップルは
人々の吐息と視線のスポット・ライトを浴びつつ悠然と歩いていた。
・・・ ああいうのって。 外人さんは本当にサマになるわねえ・・・
カノジョ、美人だね。 女優かな・・・ 今日のキャスト以外の団員だろうか。
ひそひそ・ぼそぼそ・・・ギャラリー達の呟きを残し、二人はホールの中に入っていった。
「 マドモアゼル。 まことに申し訳ないのだが・・・並んだ席が取れなくてなあ・・・ 」
「 あら、いいのよ。 あとでゆっくり解説を伺うわ。 それじゃ・・・ Have a nice time. 」
「 忝い。 」
やがて開幕を告げるベルが華やかに鳴り響き始めた。
「 グレート・・・ なにかあったの? 」
「 ・・・ マドモアゼル・・・ お待たせして申し訳ない・・・ 」
「 いいえ、それはちっとも・・・ でも、どうしたの? なかなか出てこないから、心配してしまったわ。」
「 申し訳ない。 」
数度のアンコールの後、ようやく緞帳も降り舞台は大成功のうちに終演した。
そして舞台の華やぎを軽い興奮を運んで 人々が立ち去ってゆく。
その一番最後に 件の英国紳士が現れたのだ。
彼は 駆け寄って来たフランス娘にただただ・・・・謝意をのべ日本風にアタマを下げるだけだった。
「 ・・・ なにもなかったのなら・・・いいけれど・・・ 」
「 いや、本当にご心配めさるな、マドモアゼル。 ・・・ 久々の故国の香にちと酔ってしまった。」
「 まあ、そうなの。 わたし、演劇は素人だけど・・・素晴しいと思ったわ。
ジュリエットの気持ちがびんびん伝わってきて・・・ ふふふ 涙が出てきちゃったの。 」
「 ・・・ そう・・・ かのひとも 泣いていた・・・ 」
「 え? グレートならさしずめ ロミオ なのかしら。 」
「 ・・・ あ いや。 我輩はどちらかというと、マキューシオを得意としておったな。
正統派・二枚目より クセのある役の方が手ごたえがある。 」
「 へえ・・・ そうなの。 ねえねえ、今度また舞台、観ましょうよ。 ・・・ ジョーだと寝てばかりで
こんな風なお喋りができなくてつまらないんですもの。 」
「 ははは・・・ カレシは芸術にはちと・・・縁が薄いようであるからな。 ・・・ おや。 」
「 本当よ! ・・・ え・・・・あら。 すごい・・・雨・・・ 」
ロビーを横切り、劇場を出たとたん、二人は足を止めてしまった。
外は 豪雨だった。
真夏の夕方に突如雷鳴が響き、文字通りバケツをひっくりかえしたがごとき雨が降る
― 例の 夕立、というヤツである。
劇場周辺は驟雨のカーテンがぴたりと降ろされ、人々は散り散りになり雨を避けていた。
「 ・・・ どうしましょう・・・ 」
「 ご安心召され、マドモアゼル。 我輩とて英国紳士の端くれ・・・ ほれ、この通り。 」
グレートはす・・・っとステッキ代わりの細身に巻いた傘を差し出した。
「 まあ・・・さすがね。 それじゃ・・・お言葉に甘えて・・・地下鉄の駅までお願いできます? 」
「 Avec plaisir , Mademoiselle ( よろこんで、お嬢さん ) 」
二人は再び腕を組み、劇場の外の回廊を歩きだした。
「 ・・・あら。 あのヒト・・・ 」
「 ん? 知り人でも居たかな。 」
「 いいえ。 でも・・・ほら、あのお嬢さん。 やっぱり傘がないのよ。 ほら・・・ 」
「 この急な雨では皆、同じさ。 ・・・ 気の毒だが・・・ あ。 あれは・・・! 」
いきなりグレートの足が止まってしまった。
「 ?! ど、どうしたの? グレートこそ、あの方、お知り合いなの。 」
「 い・・・いや。 全然! いや ・・・ただ 先ほど、隣の席で。 かの女性は我輩の隣で・・・ 」
「 え? ああ・・・お隣の座席だったのね。 」
「 う・・・そ、そうなんだ。 それで・・・ちょこっと その・・・今晩の舞台について意見を交わして・・・
その・・・なかなか素直に感動していて。 我輩としても ・・・ 」
「 いいわ。 どうぞ? この傘・・・ 相合傘のお相手をお譲りします。 」
「 ・・・ しかし、マドモアゼル。 この降りに傘ナシでは・・・せっかくのドレスが台無しだぞ。 」
「 この雨・・・夕立でしょう? ちょっと待ってみるわ、きっとじきに上がると思うの。
ほら、グレート! 行ってあげて? タクシーもいっぱいで困っているみたいよ? 」
「 マドモアゼル・・・! 忝い・・・! 」
グレートは両手で彼女の手を掬い上げ 心を込めて口付けをした。
「 不肖・グレート・ブリテン・・・ 一生の恩に着ます。 ・・・ジョーにはナイショだぞ! 」
彼はさ・・・っとフランソワーズの頬にキスを掠めると、大股で外回廊を歩いていった。
「 ・・・ ふふふ ・・・素敵な出会いになる・・・かしら。
グレート・・・!頑張れ〜〜。 でも、あのお嬢さん・・・ なんだか顔色が悪いわね、心配だわ。 」
「 ― なにが心配なのかい。 」
「 ?! ・・・ ジョー??? どうしたの?? 」
誰もいないと思っていたのに、突然後ろから馴染んだ声が聞こえてきた。
「 お迎えに参上しました、お嬢様・・・ 」
ジョーはグレートの仕草を真似て大仰にお辞儀をしている。
「 え・・・だって、ウチのところの駅に・・・って約束だったでしょう?
それに・・・雨ってついさっきから降り始めたのじゃなくて? 」
「 うん。 でも予報でね、夕立があるだろうっていってたし。 都内に出る用事もあったから・・・
それじゃ劇場まで迎えに行こうって思ってさ。 あれ? グレートは? 一緒のはずだろう? 」
ジョーはきょろきょろと辺りを見回している。
人々はタクシーをつかまえたり、折り畳みの傘に身を寄せ合ったりしてほとんど姿を消していた。
フランソワーズは身体を伸ばして外回廊を見渡したが、彼の特徴ある禿頭は
どこにも見当たらなかった。
回廊の外れ、もう雨の飛沫に紛れてしまうほどのところに連れに傘をさしかけている青年の姿が
見受けられるだけだった。
・・・ ああ。 あのお嬢さんだわ・・・ うまく送ってあげられたみたいね・・・
「 え・・・ええ。 あの・・・ちょっとお友達と・・・ほら、劇団関係のヒトがいて・・・
なにかお話があるみたいだったの。 」
「 ふうん ・・・ あれ、それできみのこと、置いてきぼりなわけ? 」
「 あ、違うのよ。 グレートはわたしを送ってゆくってお友達の誘いを断ってくれたのだけど。
わたしが無理矢理にね、行ってらっしゃい!って。 」
「 あは・・・ きみらしいなあ・・・ 」
「 だって。 彼だって演劇人でしょう? 同じ世界のヒトとのお付き合いは大切なのよ。 」
「 ふうん ・・・芸術家はいろいろと大変なんだね。 」
ジョーは珍しくちょっとばかり妍を含んだ口調で言った。
「 ジョー・・・ご機嫌を直して? 雨とグレートのお蔭で・・・ふふふ・・・帰りはジョーとドライブだわ♪ 」
「 う・・・うん・・・ そうだね〜 たまにはちょっと遠回りしてみようか。
ここいら辺は都心でも一番緑が多くてね ・・・ 面白いかもしれないよ。 」
ジョーは彼女の背に腕を回すと パーキングの方に歩き始めた。
「 わあ、嬉しい♪ あ・・・ あれは・・・川??? どんどん水が増えてゆくわよ?? 」
「 ・・・ん? ああ、あれはお堀さ。 川じゃなくて・・・う〜ん・・・おっきな池みたいなもんさ。
皇居の回りにはね、ぐるっと堀があるんだ。 フランスにもそんな城があるだろう? 」
「 まあ、そうなの? こんな都心にお城!うわあ・・・ 雨にぬれて緑がきれいねえ・・・
あら? もう蝉の声が聞こえるわ・・・ 」
「 うん? 本当だ・・・ああ、ほら・・・随分小止みになってきた。
さあ、それじゃ・・・ちょこっと都心のドライブを楽しもうよ。 ・・・どうぞ?マドモアゼル。 」
「 まあ・・・ふふふ・・・やっぱりグレートには敵わないみたいよ? 」
「 当たり前だろ〜〜 あっちはプロの役者だもの。 ぼくは芝居なんてできないし。 」
「 ふふふ・・・ それじゃ行きましょうか。 あ・・・ジョー見て! 虹よ・・・! 」
「 お。 わあ・・・キレイだねえ・・・ 」
「 ・・・ 素敵・・・! 」
「 きみの方がず〜〜っとキレイだけど。 いいね、虹のゲートを潜るよ〜 その前にちょっと味見〜♪ 」
「 ・・・きゃ・・・ もう・・・ジョーってば・・・ 」
不意に抱き締められ、唇を奪われ ― フランソワーズはとん・・・!とジョーの肩にアタマを寄せた。
・・・ グレート? あなたも素敵な時間を過したかしら・・・
あの雨は ・・・ 幸せな時間を運ぶシャワーだったかもしれないわね・・・
ジョーの車は 水嵩を増したお堀を横目にだらだら坂を下っていった。
都心の夕立はすっきりと上がり、夕焼けに近い太陽がはや、雲間から顔を覗かせ始めていた。
「 グレート! 待ってたのよ〜〜 さあさあ・・・美味しいお茶を入れるわ。 」
「 マドモアゼル・・・ なにをそんなにご機嫌なのかな。 いや〜〜先日は楽しい一時をともに出来、
小生恭悦至極・・・ おまけに帰り道はとんだご迷惑をおかけして申し訳ない。 」
グレートは玄関で 迎えに出た彼女にアタマを下げた。
「 あら、わたしの方こそ。 すご〜く楽しかったわ♪ それに・・・ふふふ・・・
ねえ。 素敵な出会いだったのね? 」
「 はて。 なんのことであるかな? 」
「 うふふふ・・・恍けてもだめよ。 あのお嬢さんと・・・お話が弾んだようね。 」
「 マドモアゼル・・・! どうしてそれを・・・ 」
「 ほら、お茶が入ったみたいよ? さ・・・ 今朝作ったジェリーのお味見をしてちょうだい。
ジョー? デザート用のガラスのお皿を出してね 〜〜 」
フランソワーズはグレートの手をひっぱると ずんずんリビングに入ってゆく。
「 おっとっと・・・ マドモアゼル・・・ 老人をいたわってくれたまえ。 」
グレートはわざわざおぼつかない足取りで ひっぱられていった。
「 やあ、グレート。 いらっしゃい。 」
「 よう、少年。 元気そうだな。 お・・・いい香りだ・・・ これはアール・グレイかな。 」
「 あたり。 すごいなァ。 さすが紅茶本場の国のひとだね。 」
「 おいおい My boy ? これしきのこと、紳士の嗜みとおもって欲しいぞ。
ときに先日は こちらのマドモアゼルをエスコートさせてもらって・・・感謝、感謝。 」
「 いや、フランもさ、すごく楽しかったみたいだし。 ・・・へへへ・・・ぼく達もさ・・・あの後・・・
ちょいと雨上がりの都心をドライブしたんだ。 」
「 おう〜 それはよかった。 我輩が居なくて丁度よかったかな。 」
「 ふふふ・・・どうでしょうねえ。 ね、わたしもチラっと・・・見えたわ。 」
「 なにがだね。 」
「 あの時。 あのお嬢さんと相合傘で ・・・ お話が弾んだでしょう? 」
「 ・・・ え。 」
「 あの。 言っておきますけど? <見た>わけてでも <聞いた>わけでもなくってよ。
グレートはどうしたかな・・・って思ってず〜っと見渡したら・・・ 相合傘がチラッと見えたの。 」
「 し、しかし。 我輩は ・・・ そのう ・・・ この姿では ・・・ 」
「 ええ。 背広の模様でわかったの!
・・・ 素敵な青年だったわ。 遠目であんまりはっきりとはわからなかったけど・・・
なんとなくあの日の舞台のロミオ役の俳優さんと雰囲気が似ていたわね。 」
「 ・・・ こりゃ・・・ マドモアゼルのご慧眼、恐れ入りましたな・・・ 」
「 真面目な気持ちならいいと思うわ。 きっとあおのお嬢さんも女優さんをめざしているのね? 」
「 あ・・・いやあ・・・ マドモアゼルには敵わんなあ・・・・ 」
「 あら、恋する乙女に気持ちに敏感なだけよ。 」
「 おお〜 恋するモノは他人の恋にも敏い、というわけかな。 」
「 え・・・ ま、まあ・・・そんなところよ。 」
フランソワーズはほんのり頬を染め、グレートもつるり、とスキン・ヘッドを撫でている。
・・・ なんだ、なんだ なんだよ・・?
二人して・・・ やけにいい雰囲気じゃないか・・・!
だけど。 ワカモノに変身して女の子に声かけたって??
せっせとメロンを食べていたジョーのスプーンが 止まった。
「 フラン・・・ グレート・・・ ぼくにはさっぱり判らないんだけど〜〜 」
置いてきぼりにされていたジョーが ついに口を挟んだ。
「 あら、ジョー。 あの・・・ ええと・・・ あの。 グレート、話してもいいかしら。 」
「 ・・・ああ。 いや、いっそ我輩の口から説明しようか。
なあ、My boy? これは ・・・あるバカモノの恋物語だ ― 」
「 ・・・ ? 」
グレートは一口、紅茶で咽喉を湿すとゆったりとソファに寄りかかり淡々と語り始めた。
「 むかしむかし ― そうさな、お前さんなんかまだ影もカタチも見えんころのことだ。
ロンドンのある劇団で 次期トップを狙う役者の青年がいた。 」
「 ・・・ グレート。 それって・・・ 」
「 し。 ジョー ・・・ 黙って聞きましょう? 」
「 あ・・・うん。 ごめん ・・・ 」
フランソワーズもカップをそっとテーブルに置くと グレートの声に耳を傾けた。
「 当時 ― 劇団は美貌の女優の相手役を物色していた。
出し物は 『 ロミオとジュリエット 』 ・・・ 劇団中のオトコどもは我こそは!と張り切った・・・ 」
夏の日の昼下がり ― ここちよい海風にのってよく透る声がギルモア邸のリビングに
静かに流れてゆく。
とおくに聞こえ続ける波の音が恰好のBGMになっていた。
「 ― それで。 ・・・それで 終わりだ。 そのオトコは・・・ やがて酒で身を持ち崩し
俳優はおろか、人間としても ・・・ 舞台から降りるハメになった。
・・・ 先日会ったお嬢さんは その女優にとよく似ていたのさ・・・ 」
ふうう −−−−
長い吐息で話を区切ると グレートは冷めきった紅茶をしずかに啜った。
「 ・・・ それで ・・・ 声をかけたのね。 」
「 ああ ・・・ つい、な。 そして ・・・ かりそめの姿で・・・ 彼女と会ってしまった。
北人正直 という青年の姿で・・・な。 」
「 ・・・ 真面目な気持ちなのでしょう? そうよね? 」
「 マドモアゼル。 このグレート・ブリテン・・・ 女王陛下とユニオン・ジャックに懸けて。
この真摯な想いに嘘偽りはござらん。 」
「 だったら ・・・ 」
「 でもさ。 結果的には ・・・ その。 そのヒトを騙している・・・ってことにならないかなあ・・・
だって・・・いつまでも その・・・なんとか青年でいられるわけじゃないだろう? 」
ず〜っと黙っていたジョーが ぼそ・・・っと口を開いた。
「 ・・・ う ・・・む。 それはな・・・ 我が生涯の友・張大人にも激しく詰られたよ。
しかし ・・・ 我輩のこの想いは真剣なのだ。 」
「 わたし 運命の恋なんだ・・・って舞い上がっていたけど。 でも ・・・ ジョーの言う通りかも
しれないわ。 グレートの真剣な気持ちは勿論信じているけれど・・・
結果的には ・・・ その女性を傷つけてしまう・・・わ・・・ね? 」
フランソワーズの声がどんどん沈んでゆく。
細い肩が すこし、ほんのすこしだけ震えている。
ジョーは腕をのばし、そっと・・・ 彼女の肩を抱いた。
「 ・・・ ああ。 ようく ・・・ ようくわかっているよ。
役に、あの青年 ― 北人正直になりきって束の間の芝居を楽しめばいい、とも思ったさ。 しかし・・・ 」
グレートはまたまた大きく溜息を洩らすと ぽつり、と一言呟いた。
「 この恋は 真実。 」
ふは −−−−−
・・・ ほう・・・
ジョーとフランソワーズは思わず引きこまれ息を詰めて聞き入ってしまった。
「 ・・・ あ・・・ でもね・・・でも。 どうするつもりなの? いつまでも今の状態を続けるのは
それはやっぱり・・・不誠実なことじゃないかしら。 」
「 グレートの気持ち、よくわかるけど。 つい、本当のコト、いえなくて・・・優しくしてしまうんだ。
・・・ 嘘ついているわけじゃない、勿論騙す気持ちなんか全然ないんだ。 でも・・・ 」
ジョーがいやに真剣に力説しているのは ・・・ どうも身に覚えがある・・・のかもしれない。
「 ああ それもようくわかっているよ。 これでも我輩は諸君らの倍は人生と付き合っているからな。
・・・ にも係わらず。 この愚か者は ・・・ 」
♪♪ 〜〜〜 ♪♪♪ 〜〜〜♪♪ ・・・・
どこかで聞き覚えのあるメロディーが鳴った。
「 あら? 『 ロミ・ジュリ 』 ね? プロコフィエフの・・・ 」
「 ・・・お? 失礼、我輩の携帯だ。 ・・・ ハロウ? ・・・ !! り、りえこ さんッ?! 」
今の今まで ソファに埋もれていた老優はガバッ!と立ち上がった。
・・・ 次の瞬間 フランソワーズは耳のスイッチを完全にオフにし。
ジョーは彼女の肩を抱いたままそそくさとリビングを出て行った。
「 諸君。 頼む ! あと一回の ・・・ 我輩の欺瞞を見逃してくれ。 」
「 ・・・はああ?? 」
ジョーとフランソワーズがどうやら話声の消えたリビングに戻ってきたとき、
グレートは 二人に向かって深々をアタマを垂れた。
「 な・・・なんだい? 」
「 ・・・さっきの電話 ・・・ あのお嬢さんからだったのでしょう? 」
「 左様。 明日 ― W大の演劇博物館で ・・・ 会う約束をしてしまった・・・ 」
「 グレート・・・! 」
「 申し訳ない、マドモアゼル。 しかし 我輩はかの地で 北人正直 ・・・いや!
ロミオとして。 かの女性に別れを告げる! 」
「 ・・ マサナオとして・・・ そして ロミオとして・・・? 」
「 ほくとまさなお??? ・・・ ああ! <〜ナオ>って! このことかァ・・・ 」
「 ジョー? なあに。 」
「 い、いや。 なんでもない・・・へへへ・・・ぼくの勘違いか・・・ふふふ〜ん♪ 」
「 ? ジョーまで ・・・大丈夫?? 」
「 うぉっほん! マドモアゼル。 そして・・・ ジョーもだ。
頼む ・・・ 明日、 小生と一緒に芝居をやってくれ・・・! 」
「「 ・・・ええええ −−−−−?? 」」
その日、何回目かの 驚愕の叫び がギルモア邸のリビングに木霊したのだった・・・
「 ・・・ 北人さん・・・? その姿は・・・ 」
早朝の演劇博物館で 尾形梨江子は目を見張った。
エリザベス朝の舞台を模した建物の中から、北人青年が ― いや、ロミオが現れたのだ。
「 梨江子さん。 どうか・・・ご一緒に 『 ロミ・ジュリ 』 を・・・!
劇団の知り合いから衣裳を一式、借りて来ました。 そして ・・・ 助演の俳優たちも呼びました。 」
「 まあ・・・ これは ・・・ジュリエットのお衣裳ね? それに助演って・・・? 」
梨江子は衣裳を広げ目を輝かせている。
「 ここは是非・・・活劇も入れたいと思って。 マキューシオとティボルトを頼みました。 」
「 どうぞ 宜しく。 ・・・ジュリエット。 」
「 ァ・・・あのゥ・・・ よ、よろしく ・・・ 」
ロミオの後ろから 二人の助演者達が進みでてきた。
マキューシオは見事な亜麻色の髪を靡かせ細身の、しなやかな身体を白銀のタイツに包んでいる。
彼 ・・・ の後ろにはセピアの髪の ティボルトが、なぜかもじもじとチュニックの裾をひっぱりつつ
立っていた。
「 まあ・・・・素晴しい俳優さん達ね・・・ これは負けてしまいそう・・・ 」
ほう・・・と梨江子は感嘆の溜息をつき、うっとりと彼女のロミオを そして助演者達を見つめている。
「 ジュリエット? どうぞ ・・・ よろしく。 ロミオの親友としてご挨拶させてください。 」
亜麻色の髪のマキューシオは 足取りも軽く歩み寄ると、恭しく梨江子の手を取りキスをした。
「 ・・・ 素敵 ・・・! あら・・? もしかして・・? 」
「 し。 ・・・それは言わぬが花、というもの。 我が名は マキューシオ! 」
俳優はマントを揺らし半歩引くと、すらりと剣を抜いた。
「 この剣にかけて。 あなたの愛するヒトの代理として闘います。 」
マキューシオは優雅にお辞儀をし・・・とん!と横にいたティボルトの背を押した。
「 ・・・ あ ・・・ あ〜〜 ティボルト デス。 えっと・・・あの〜〜 」
さらにもう一回くい、と背中を押されてセピアの髪のティボルトがおずおずと口を開いた。
「 あ・・・ あなたの従兄 だったっけ? あ! ごめん! あの従兄として。 た・・・闘います。 」
「 ティボルトお兄さま? どうぞ ・・・ 宜しく。 」
梨江子は ― いや ジュリエットは見えない裳裾を引き優雅に会釈をした。
「 ・・・あ ああ。 ど、どうも・・・ 」
「 さ。 これで役者は揃いました。 舞台はまさに当時のまま。 そして時は早朝・・・
ジュリエット、では皮切りに決闘の場から参りましょうか。 」
「 ・・・ロミオさま。 どうぞー 」
ぱちん・・・! ・・・< ロミオ > が指を鳴らすと 二人の青年が剣を携えて登場した。
「 ・・・ では。 親友・ロミオの名代として。 わが剣を受けてみよ! 」
「 あ ・・・ あ・・・え〜と。 あ、愛する従妹と家名のためにいざ。 」
カシ −−−− ン !
細身の剣 ― いわゆるフェンシングで使用される剣が 空中で打ち合われた。
「 ・・・うわ・・・! ちょ、ちょっと・・・ 気をつけろって・・・・ 」
「 ほう、どうした? 怖気づいたか。 キャピュレット家は臆病者ぞろいか。 」
「 なにをおのれこそ後悔するぞわが剣をうけてみよ 」
「 ( ジョー! もうちょっと感情を込めて言ってよ! わたし達、決闘しているのよ! )
おお、望むところだ。 ・・・ 行くぞ! 」
「 うわ・・・! 刃物をふりまわしちゃ 危ないよ〜〜 だいたいどうしてぼく達が決闘なんて・・ 」
「 し! 本当はこんな場面、ないのよ。 人数がいないから・・・グレートの創作なの!
いい? ほら、次の手でわたしを刺すのよ! 」
「 ・・・え! そ、そんなコト、出来ないよ! 」
「 ふん! 剣というものはこうやって使うのだ〜 ようく教えてやる。 喰らえ・・・! 」
美貌の? マキューシオは一際大きく構えると 素晴しい速さで剣を使ってきた。
すんなり伸びた脚捌きも優雅に ・・・そう、 舞うがごとくに動きまわる。
「 ・・・うわ うわ〜〜 き、きみのタイツ姿が ・・・ ぼく、目がくらくら・・・ 」
「 早く! 刺して! ・・・今よ! 」
「 ・・・ え ・・・ え〜い・・・! あとは・・・ だけだッ! 」
ジョー、いや ティボルトはなにやら口の中でぶつぶつ言ってから目を瞑り盲滅法に剣を突き出した。
「 ・・・ ヘタクソ! もう〜〜 しょうがないわねえ・・・ う・・・! ふ、不覚 ・・・・! 」
マキューシオはどちらかというと、わざわざ剣にぶつかって行き、倒れた。
「 ああわたしはなんということをしてしまったのだ。 」
ティボルトが 文字通り棒立ちになり宙に目を据えて一生懸命に独白?している。
「 ・・・む? マキューシオ!! わが親友よ! 」
颯爽と駆け寄ってきたロミオは 倒れている 彼 を抱き起こし、長いセリフを滔々と伸べている。
あ! そ、そんなにフランのこと、ぎゅっと抱くなよ〜〜
・・・ う・・・ここからだとタイツの脚がばっちり見えて ・・・うわ〜〜 ヤベ・・・
茶髪のティボルトは剣を下げたまま、真っ赤っかになり立ちん坊のままだ。
「 おのれ・・・! わが友の敵!! 」
「 うわ! な、なんだよ〜〜 グレート〜 急に! 危ないじゃないか! 」
いきなり剣を構えてきた ロミオ に ティボルトは大慌てである。
「 うぬ・・・・ この期に及んで逃げ腰とは。 ・・・ 許せん! 」
「 ・・・わ! ・・・え〜と・・・この後はどうするんだっけ? フラン〜〜 」
「 シ! そのまま・・・・ ロミオにやられるの。 」
死んだはずのマキューシオが声を掛けている。
「 あ・・・ そか。 え〜と? うわ〜〜 ・・・・ ぐ・・・ゥ・・・・くくくくく・・・!」
かなりのクサイ演技?の後、ティボルトは マキューシオの脇にぴたりと寄り添って倒れた。
中央では ロミオがなにやらまたしても長いセリフを思いいれたっぷりに述べている。
「 ・・・ ジョーってば。 大根ねえ・・・ 」
「 フラン〜〜 ぼくは芝居なんかできないって何度も言ったじゃないか・・・ 」
「 それにしても・・・ もうちょっとこう・・・ドラマチックに決闘できないの? 」
「 いいじゃないか〜 ぼく達は脇役なんだもの。 主役の二人は ・・・ほら? いい線、いってるよ。 」
ジョーはつんつん・・・とマキューシオの肩を突いた。
「 え・・・? あら、本当・・・ さすが。 ねえ、ちょっとここから見物していましょうよ。
この建物もすごくいい雰囲気だし。 こんなシーンが直に見られるなんて滅多にないわ。 」
「 うん、いいよ。 ぼくはきみが一緒なら・・・ ふふふ・・・この姿、魅惑的だよ・・・ 」
「 あ・・・こら! どこ、触ってるのよ! 」
「 シ! ・・・ 大切なシーンの邪魔だよ。 」
「 ・・・ もう・・・ あら? ジュリエット・・・なんだか顔色が悪いわねえ・・・ 」
「 うん・・・? 本当だ。 あ、危ないなあ、足元がふらついている。 」
「 そうね、いくら朝でもこの暑さだし・・・ ちょっとストップしましょうか。 」
「 それがいいよ。 」
死んだはずの<敵同士>の二人はむっくりと起き上がった。
「 あの・・・ごめんなさい、邪魔を ― 」
― その時
「 あ! り、梨江子さん・・・! どうしたんです!? 」
ロミオの声が響き、青年が駆け寄ってきた。
「 顔色が ・・・ ? しっかりして!? 」
「 ・・・ あ ・・・ ああ ・・・ご、ごめんなさい・・・ もう立っていられなくて・・・ 」
「 ええ?! 」
「 グレート! <ジュリエット> はどうしたの? ああ・・・酷い熱・・・! 」
マキューシオが奥から飛び出してきて、ジュリエットを ― 梨江子をそっと抱き起こした。
「 ジョー! 救急車をお願い! 」
「 うん、すぐに! 」
「 ・・・・ あ ・・・ ご めんなさい・・・ ここへ・・・連絡してください ・・・ 」
梨江子は懸命に身を起こし、北人青年にメモをさしだした。
「 梨江子さん! ・・・ これは・・・病院?? 」
「 ええ・・・ 無理を言って・・・ 抜け出してきたの ・・・ 最後の・・・望みをかなえて・・・って。
私・・・ もう時間が ない ・・・ 」
「 ええ?! 」
「 わかっていたの。 最後に ・・・ アナタとお芝居ができて 幸せだったわ・・・
こんなカタチで ・・・ 終らせてしまって ・・・ごめんなさい。 」
「 梨江子さん! 諦めちゃダメだ! ・・・少し休んで、そして。 二人で続きを!
そうだ、次は ハッピーエンドの 『 ロミオとジュリエット 』 を !
さあ、そのためにも・・・安静にして。 すぐに病院に運ぶからね。 」
「 ロミオ ・・・ いえ、 北人さん ・・・そう・・・そうね。
・・・次に ・・・ 目を開けた時には アナタの笑顔が・・・見られるわ・・・ね・・・ 」
「 ああ! そうだとも。 だから ・・・ ゆっくり ・・・ お休み ・・・ 」
ジュリエットは微笑みつつ・・・静かにロミオの腕の中で目を閉じた。
・・・ 救急車のサイレンが近づいてきた。
サイレンが遠退いてゆけば 再び蝉たちの大合唱が始まった。
「 わたしたち ・・・ 余計なお節介だったかしら・・・ 」
「 そんなことないよ! あのヒトは真実の恋を謳歌して・・・逝ったのだもの。
・・・ちょうど あの・・・セミたちみたいにね。 」
「 ・・・ そう・・・そうね。 そう・・・信じたいわ。 」
顔が青く染まるほどの木漏れ日の下で、ジョーとフランソワーズは扮装のまま佇んでいた。
「 わたしも。 ううん・・・わたし達も。 ― そんな風に ・・・ 人生という舞台を去ってゆきたいわ。 」
「 ・・・ うん。 一緒に、ね。 」
「 ジョー ・・・ 」
真夏の陽射しが 恋人たちのキス・シーンにピン・スポットを当てる。
そんな二人をロミオは 木陰からそっと見守っていた。
― かさり
・・・彼の足元に転がる抜け殻がひとつ。
「 ・・・ 空蝉、か。 手元に残ったのは 恋の抜け殻 ・・・ か・・・ 」
蝉時雨がひときわ高く 夏空に響きわたった。
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Fin.
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Last updated: 07,28,2009.
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ひと言 ********
いつか書きたい、書きたい〜〜と思っていた・あのお話・・・・
教養不足ゆえに真正面からは取り組めませんでした、ごめんなさい<(_ _)>
珍しくもタイトルがすぐに浮かんだのですが・・・ ( 『 源氏〜 』 を連想しないでくらさいね(^_^;) )
へへへ・・・ちょこっと遊んでしまったです(>_<)
二人の決闘シーン?は バレエのロミジュリから。 フランちゃ〜ん♪ 男装、素敵♪♪
こんな グレートの恋物語も ありかな〜ってどうぞご寛大に読み流してくださいませ。
・・・あ。 千疋屋の名物は ばなな・あいす です、ジェリーじゃなくて・・・ね♪