『 しあわせの 一本 』

 

 

 

ドルフィン号が 降下の体制に入った時、重い沈黙が澱んでいたコクピットに

皆のため息が 音も無く洩れた。

 

・・・ ああ、やっと帰ってきた。 還って・・・こられた。

 

とにかく皆欠けることなく、ー 多少の損傷はあったけれど ー 懐かしいこの地に

戻って来られたのは 喜ばしいことだ。

ミッションも ほぼ完全に遂行できた、と誰もが思っていた。

 

しかし

<仕事>が完璧であればあるほど、彼らの間の空気は重く沈んでゆく。

いつだって破壊を目的としたミッションに爽快感や達成感など、ありはしない。

理由はどうあれ、完遂とは瓦礫と焦土と化した地に立つことなのだ・・・。

激しい緊張の後の 身体の疲れはもちろんだがそれ以上に彼らのこころは・・・重い。

すべてを ゼロ以前にすることは すべての 前進を阻むことでもあった。

 

・・・ それが。 自分達の仕事・・・ 宿命なのだから。

 

アタマで納得させたことに 身体は・こころは容易に馴染もうとはしない。

翼を休めたドルフィンから 彼らは重い脚とこころを引きずって降りた。

いつの間にか大分、日が伸びていて時間的にはとっくに夜の領域なのだが

海辺のこの地の そこここにはまだ薄い宵闇が残っていた。

 

 

「 万事、オッケ−・・と。 」

ジョ−は全動力機能のオフを確認してから 操縦席からゆっくりと立ち上がった。

コクピットの灯りを落とし、キャビンへと向かう。

 

「 ・・・フランソワ−ズ? 着いたよ・・・ 」

軽いノックに 室内からすぐに応えがあり、ドアが開いた。

「 用意できてるわ。 」

「 ゆっくり休めた? ・・・さあ、ウチに帰ろう!」

「 ええ。 」

きっちりと防護服を着て、フランソワ−ズはジョ−に微笑みかけたが、

櫛目の通った髪に見え隠れするその頬に 生気はなかった。

 

「 そこね、段差があるから・・・。」

「 ・・・あ、ありがとう・・・ ジョ−。 」

ハッチからタラップへ移る時、ジョ−はさり気なくフランソワ−ズの腕をとった。

「 いまは干潮なんだね。 水位が落ちてる。 」

「 ・・・・・ 」

ほんのわずかの段差である。

普通の状態なら気にも留まらず、足元を気使う必要もないのだが・・・。

ジョ−になかば抱えられるようにして フランソワ−ズは覚束ない足取りでドルフィン号から下船した。

 

「 ・・・やっぱりメンテの順番を代わって貰おう。 アルベルトは右手だけだし。 」

「 だめよ、ジョ−。 ダメ−ジの程度を見て博士が決められたのよ。

 大丈夫だから、わたし。 今晩ゆっくり休めば・・・すぐに治っちゃうわ。 」

「 フランソワ−ズ・・・ 」

きみの 大丈夫、 はアテにならないよ、とジョ−は口の中で呟いた。

その代わり、細い肩を支える腕に力を入れた。

 

 

IT関連の急激な発達に伴って 彼らの闘いはますます情報戦の様相を強めてきていた。

最終的には物理的な行動となるが ミッション完遂のためには的確かつ最大量の

情報収集・分析・・探索にますます重点がおかれるようになった。

そして 戦闘中にまで、いや<勝利>という名のもとの終結までずっと続く。

 

取りも直さず、それは情報探索型サイボ−グである003への負担を膨大に増やすことでもあった。

・・・結果、戦闘以前からその終結まで 彼女は休むことなく神経をすり減らすことになる。

作戦終了後、 彼女は倒れるように寝込むようになっていた。

 

わたし、大丈夫だから。

 

彼女の口癖が けっして本当ではなく、しかし その事実を本人がとても

隠したがっていることも 全員が知っていた。

だから皆ジョ−にまかせ、できるだけ普段どおりに振舞う。

 

 

「 さすがというか凄いというか。 毎回情報量が飛躍的にアップするんだ。

 それも単に量が増えるんじゃなくて、必要なものが的確に選択されてるんだよね・・・ 」

分析と対抗措置を引き受けているピュンマが ジョ−にそっと耳打ちをした。

「 あれじゃ・・・身がもたないよ。 彼女は実際に僕が受けとるデ−タの何十倍、拾ってるんだからね。」

「 ・・・気をつけてはいるんだけど。 フランはいつもぎりぎりまで・・・我慢してしまう・・・ 

 ミッションが終わったら 一番にメンテを受けて欲しいんだ。 でも<大丈夫>の一点張り・・・ 」

「 機械的なメンテとはちょっと違うと思うな。 メカニックの部分はある意味、鈍いからね。

 相当な酷使にも案外耐久性があるものさ。 」

ただね、とピュンマは鼻の頭にシワを寄せ 渋面をつくった。

「 彼女の精神、いわばこころの解放っていうのかな・・・。 とにかく異常な緊張状態の

 連続なんだから、解きほぐしてやらないと。 ・・・金属疲労と同じだよ。 」

「 ・・・ うん。 」

「 それができるのは、ジョ−。 きみだけだ、って信じていいんだろ? 」

ピュンマの大地いろの瞳が に・・・っとジョ−に向けられる。

「 うん! 」

ぱん!っと褐色の鉄拳を手の平でうけ、ジョ−もに・・・っと笑い返した。

 

 

邸中にこもっていた空気を埃と一緒に追い出して、

岬の突端にある洋館には ようやく灯りが点りだした。

 

「 ・・・御飯アルよっ!! 」

 

がんがん鳴る鍋のフタと大人のドラ声は この邸では晩餐への大事なアペリティフである。

「 うぉ〜い!メシだ、メシだ〜〜」

「 おお、コレぞひとつの joi de vivre( 生きる喜び )〜♪ 」

「 セキュリティ・システムの点検は オッケ−だ。 」

それぞれが受け持っている仕事を終え、メンバ−達は上機嫌で食堂に集まってきた。

 

「 ・・・・お? マドモアゼル、ゆっくり休めたようだな? 」

「 オス〜 ああ、いい顔色だぜ? 」

 

「 みんな、ご苦労様・・・ ごめんなさいね、手伝えなくて。 」

 

窓に一番近い席から フランソワ−ズの明るい声が皆を迎えた。

今夜は当然自室のベッドへ直行か、と誰もが思っていた。

・・・よかった。 少しは調子がいいのか・・・?

みな、同じ思いだったので、さかんに<彼女の元気さ>を賑やかに喜びあった。

そんな仲間たちに フランソワ−ズは青白い頬で微笑かえした。

 

「 さあ〜 今日はとっておきのめにゅうアルね! 」

 

大人は限られた保存用の食材で苦労して腕をふるい、

ジェロニモは 庭に放置していった畑からなんとか食べれそうな野菜を採ってくる。

穴だらけのレタスと 成長しすぎた胡瓜がその瑞々しさで皆の舌を楽しませてくれた。

食後にはグレ−ト秘蔵のブランデ−が 芳醇な香りを用意していた。

 

「 あいや〜 フランソワ−ズはん、もっと食べなくちゃ、だめアルね! 」

「 あ・・・ごめんなさい。 折角大人が苦労して作ってくれたのに・・・ 」

なかなか減らない彼女のお皿を見て 大人の小言が発せられる。

「 ・・・ フラン・・・? 」

「 食べるから、心配しないで。 久し振りのちゃんとしたお食事でしょ、ゆっくり食べたくて・・・ 」

頬を淡く染めて箸を取り直すフランソワ−ズに、ジョ−は眉を顰めた。

「 無理しなくていいから。 やっぱり横になっていた方がいいんじゃないかい。 」

「 ・・・ううん、大丈夫よ。 わたし、今夜はみんなと一緒にお食事がしたいの。 」

「 そんなの、元気になってからで十分だろ? 」

半ば怒っているようなジョ−の口調に、フランソワ−ズは再び箸を置いた。

ちょっと俯いて、でもすぐに彼女は しゃんと顔を上げ、微笑んだ。

 

「 だって。 ジョ−、 今日はあなたのお誕生日ですもの。 」

 

食堂の雰囲気が一瞬にして和み、だれもが頬を緩めた。

「 すっかり日にちの感覚がなくなっていたよ。 もう、5月も半ばなんだね。 」

「 そうかァ ・・・ そうだったよな。 ・・・う〜ん・・・ 」

「 ジョ−はん! はよ、言うてくれなはれ。 そやったらもうちぃとなんとか・・・ 」

みなが口々に冗談まじりの文句を唱えるなか、本人ひとり、固い表情を崩さない。

「 関係ないだろ。 とにかく、きみの回復が一番だ。 」

ジョ−は椅子から腰を半分浮かせ、食事の席からいますぐにでも彼女を

ベッドへ送り込もう・・・という剣幕である。

 

「 ジョ−。 お願い・・・ なんにもお祝いできないから・・・せめて皆で一緒に

 あなたの大事な日を過ごしたいの。 」

 

「 姫君のたっての願いじゃないか。 うん、と言わねばおぬし、オトコが廃るぞ? 」

「 リラックスするのも、休養だと思うが。 身体を休めればいい、という訳でもあるまい。」

「 ・・・な、なんだよ。 みんな寄ってたかってフランの肩を持ってさ・・・。」

じゃあ、すこしだけ・・・とジョ−は苦笑いして座りなおした。

「 ・・・ありがとう、ジョ−。 嬉しいわ。 」

 

 

 

う・・・・ん! 開け放った窓辺でジョ−は大きく伸びをした。

深夜のすこしだけ冷えた夜気が いくぶんかほてった肌に気持ちがいい。

ミッションからの帰還直後の夜が 思わずして団欒の時となった。

 

疲れ切っているはずなのに、なんだか今日は身体が軽い。

身体を休めるだけが休養ではないってアルベルトが言ってたな・・・

ジョ−は ひとり窓辺で呟いた。

 

結局 その夜は<宴会>になってしまった。

グレ−トは さらに<とっておきのとっておき>を提供したし、

右手は今、細かい作業はできんのでな・・・とメンテ前のアルベルトは左手だけで

それでもゆうゆうとピアノを奏でた。

ちょい待ち!と その音にジェットが器用にギタ−でメロディ−を合わせた。

ピュンマが巧みにテーブルを打楽器代わりに叩いて 拍子をとる。

 

即興の音楽会に フランソワ−ズは目を輝かせたが その頬が次第に上気してくるのに

ジョ−は気が気ではなかった。

熱が・・・あがってるんじゃないか・・・

彼の気遣わしげな視線が 何度も何度も彼女に向けられる。

そんなジョ−の様子をちらり、と横目してから、コレは薬にもなるネと大人が勧めた梅酒の水割りに 

フランソワ−ズはすぐに欠伸をし始めた。

 

「 さあ。姫をお送りするのが騎士( ナイト )の役目・・・ 」

「 ・・・おいおい。 送りなんとかになるなよ? 」

 

ヤダ・・・みんな・・・と 一層頬を染める彼女をジョ−は今度こそ有無を言わさず

部屋まで送り届けた。

 

 

 

・・・ ゆっくり休んでくれないと・・・ぼくが困るよ・・・

 

ジョ−は 灯りが消えたフランソワ−ズの部屋へぼそりとつぶやいた。

闘いのあと、彼はいつもある種の昂ぶりを持て余していた。

 

これは・・・ 雄としての本能なのだろうか。  戦の、破壊のあとに残る奇妙な昂揚感・・・・

こんな身体になってまで残っている本能に ジョ−はかすかに嫌悪感をもった。

 

・・・ 水でも飲んで。 

 

ジョ−は足音を忍ばせてキッチンへ降りていった。

 

 

・・・あれ?

真っ暗な階下で キッチンの扉から細い光が漏れてきている。

 

「 ・・・フランソワ−ズ!? 」

「 きゃ・・! ・・・ああ、ジョ−・・・。 びっくりしたわ・・・ 」

いきなり乱暴にドアを開けたジョ−に フランソワ−ズはびくりっと振り向いた。

「 びっくりはこっちの台詞! ・・・なにやってるんだ、こんな時間・・・、

 もう真夜中すぎだよ? 」

声を低めながらも 真剣な口調のジョ−にフランスワ−ズは消え入りそうな声で答えた。

 

・・あの。 ケ−キ、つくろうと思って。 あなたのバ−スディ・ケ−キ。

クリ−ムもチョコレ−トもなにもないんですもの。 泣きたくなっちゃったけど。

 

ねえ、笑わないで?と呆気にとられているジョ−にはにかみながら彼女が差し出したのは。

 

さっくり狐色した 小ぶりのロ−ル・ケ−キ

 

 

「 これ・・・って。 きみがつくったの? だって今、何もない・・・って。 」

「 そうなの、本当になにもなくて。 ジャムもなくって・・・  でもね、思い出したのよ。 」

「 ・・・思い出した? 」

「 ええ、ほら、ジェロニモが温室でいちごを栽培していたでしょう? アレがまだ生き残ってる

 んじゃないかな・・・って。 そうしたらね・・・ 」

ほら、と彼女はザルに残った不ぞろいの小さな実を見せた。

「 なにも世話ができなかったし。 天井の壊れたところから入った小鳥なんかにも食べられちゃったけど。

 葉っぱの影にまだ いくつか小さな実があったの。 」

「 ・・・取りにいったのかい?? この真夜中に・・・?」

「 ごめんなさい・・・。 」

青白い頬をして末生りのイチゴを抱えそれでも微笑んでいる彼女に ジョ−は言葉もでない・・・。

 

「 大急ぎで煮てジャムというよりコンポ−トみたいね。 

 それで・・・あとはパンなの。 薄く切ったパンでイチゴを巻いて、もう一度オーブンにいれて。 

 最後に 粉砂糖を振ってみたの。 ジョ−あなた甘いの好きでしょ? 」

「 ・・・フラン・・・ 」

 

ねえ、そんな顔しないで・・・とフランソワ−ズはじっとジョ−を見上げる。

 

 

あなたのお誕生日、 感謝をしたくて。

ジョ−、あなたが生まれてきてくれて、ほんとうにありがとう、って。

 

え? 誰に・・・・

 

あなたの お父様に  お母様に。

・・・ そして。 神様に。

 

わたし。 あなたにめぐり合う為に生まれてきたんですもの。

 

ぼくと 会うために・・・・?

 

そうよ。

ああ、ろうそくもないわね・・・ え〜と ・・・あら 一本だけあるわ。

 

はい、ジョ−。 お誕生日 おめでとう。

この一本は ・・・ 幸せの一本。

新しい一年の あなたの幸せを願って・・・。

 

 

パンと即席に煮込んだイチゴの ロ−ル・ケ−キ。

ろうそくは 一本きり。

 

・・・でも。

ジョ−には それがどんな高名なパティシエの作品よりも美味しいと思った。

 

・・・ありがとう・・・ フランソワ−ズ・・・

 

 

「 さあ。 真夜中のお茶タイムがおわったら 今度こそ、ちゃんと休めよ! 」

「 わかったわ。 ・・・ 本当はね、もう眠くて眠くて たまらないの。 」

ふふふ・・・と笑う彼女の頬は いつの間にか自然にほのかな赤味がさしていた。

「 ・・・じゃあ。 本当に、<お休みなさい>だよ? 」

「 ・・・ええ。 あ、 ひとつだけお願い・・・ 」

「 え、もう・・・。 このワガママ娘が・・・ 」

「 ひとつだけ、よ。 ・・・あのね、わたしが眠るまで・・・側にいて・・・。 」

「 ・・・O.K.  でもな〜 普通、誕生日ってこんなモノだっけ? 」

あきれた振りして楽しげに笑うジョ−の腕に フランソワ−ズは黙ってその笑顔と身体を預けた。

「 ・・・ああ・・眠い・・・ 眠くって・・・もう何にも聞こえないわ・・・ 」

「 ・・・このォ・・・・ 」

 

 

淡い常夜灯が室内をぼんやりと照らしている。

穏やかな彼女の寝顔をみつめつつ、 ジョ−はなにか

温かい気持ちが 静かに湧き出てくるのを感じていた。

 

 

 ー おかあさん、 ぼくを生んでくれて・・・ ありがとう。

 

 

ことん・・・

白い手を握ったまま、 セピア色のアタマがゆっくりと前に傾いて

亜麻色の髪のすぐ側に 落ちた。

 

 

*****   Fin.   *****

Last updated: 05,16,2005.                    index

 

 

****  ひと言  ****

ははは・・・アップは間に合わなかったけど、書き上げたのは辛うじて

5月16日中だったわけで・・・(^_^;)

そんな・こんなで・・・ジョ−君、お誕生日おめでと〜う♪

このパンとジャムのロ−ルケ−キは本当に美味しいです。イチゴジャムよりも

マ−マレ−ドのほうがお勧めかな・・・・・