『 花の小路 −みち− 』

 

 

 「 よっこらしょ・・・おお・・・今年も見事に咲いたもんだなあ・・ 」

ギルモア博士は腰に手を当て、その短躯を精いっぱい伸ばし行く手を見渡した。

目路はるか 白い可憐な花雲がおだやかな光のもとに拡がっている。

「 さあ、着いたわ。 わあ・・・・・すごいわ、ねえ、ジョ−? 」

「 わ・・・!ほんとだ・・・。 もう散ってしまったかなって心配したけど・・・よかったねえ、フランソワ−ズ 」

「 そうね、ここは家の方より山寄りだから。 ほ〜ら、イワン、きれいでしょう? ね? 」

フランソワ−ズは車から降りてよちよちと歩き出した幼児を抱き上げた。

「 ふふふ・・・ まだ無理なんじゃないかな? <寝てる>間の彼には お花見なんて関心、ないだろ? 」

後部トランクから出してきたベビ−・カ−を開き、ジョ−はフランソワ−ズの腕の中でもぞもぞしている

イワンの頬を軽くつついた。

「 ジョ−ったら・・・。 さ、イワン、お座りしてネ。 あら・・・いやなの? え、あんよして行くの? 」

「 ほお・・・ 随分と達者になったもんだのう・・・ さあ、お前たち、先に行きなさい。 ワシはゆっくり

マイ・ペ−スでついてゆくからの。 」

「 はい、イワン、じゃあ がんばって歩こう! 」

ジョ−は笑って 仁王立ちしていた幼児の手を取った。

 

 春爛漫の陽気に誘われて、普段ならほとんど人通りのないこの小路も今日ばかりは人々がそぞろに

ゆったりと行き交う。

そんな中、何処にでもいる親子連れ・・・のはずだがなにせ彼らの容貌ゆえ どうしても目を惹いてしまう。

一見、全く共通点のないこの親子に他人は少し首を傾げるが すぐに納得するだろう。

外見はすこしも似ていないのだが、ただよう雰囲気は紛れもなく両親とそのいとし子である。

 

「 ほうら・・・イワン、お花がちらちらって・・・きれいねえ 」

ふうわり風に舞う花びらに手を伸ばし幼子はきゃっきゃと声をあげて喜んでいる。

それを限りなく優しい眼差しで包む 若い父親と母親。

「 ああ、イワンや、お前は少しずつでも確実に成長しているものなあ。 もう半月もの間、眠りこけることも

 ないのお。 ま、そのかわりこうして本来のお前が<眠って>いる時は 年相応の幼児というわけじゃ。

 あ、ほらほら・・・ちゃんと前を見とらんと、あぶないぞ? 」

 

振り返ったり 後戻ったり。 博士が気になるのか、手を振って、笑いかけ。

「 こぉら・・・ 遊んでないで。 さ、手をつなごう、イワン? 転ぶぞお〜 」

「 ふふふ・・ はあい、じゃ。 こっちはわたしとね。 さ、行きましょうね? 」

「 そうそう・・・ ゆっくり 行こうなあ・・・。 おっと・・・石段か・・・ 」

 

その小路(みち)はなだらかな勾配が 延々とかなりの距離、続いている。

しかし 両側から枝を差し伸べる爛漫の花々に、ちらちらと零れる木漏れ陽に誘われて ゆるりと

歩を進めてゆけば いつの間にやら自然と次の石段に足が掛かっているのに気が付く。

「 毎年、見事な花だね・・・ 今年は少し葉桜っぽくなっちゃったけど。 年々素晴らしくなるよね 」

「 ほんとうに・・・・初めてここに来た春には、どの樹もまだ細くって。 

 頼りないなあ、花の数も少ないなあって・・・この小路(みち)をたどりながら、ぼんやりそんなことを

 思ってたわ、あの日。 」

「 あの日・・・ぼうっとしていたようだけど。でも、空の色とか、風のカンジとか・・妙心に焼きついて

 いるんだよね。  うすら寒い日だったよ。 」

「 − 花曇りって。 そう、ジョ−が教えてくれたじゃない、こんな日のことなんだって。

 空の方が泣き出しそうって思ったもの。 」

「 泣きたいとか・・・そういう感情も湧いてこなかったな。 なんか・・・なにも、ない、まっ白だった。 」

「 だから、周りの景色とかがかえって心に残っているのかもしれないわね。 

 みんな誰もろくに口をきかなかったもの。 同じ想い、だったのよ。 」

「 うん・・・・ つい、昨日みたいな気もするけど。 もう・・・・何年になるのかなあ・・・ 」

「 ・・・・まだ、イワンがたっち出来る前、だったわ・・・ 」

「 そうだね・・・ 」

遠くに漂わせていた視線を、二人はごく自然に手を曳いている幼児に戻す。

交わす微笑みには ほんのり哀しみの影がただよっている。

「 そうそう・・・ この坊主がなんとかやっと掴まり立ち出来始めたころ、じゃったかのお・・・ 」

 

「 そうだわ、ねえ、ジョ−。 来年はみんなで来ましょうよ? みんなで・・・またこの花を眺めたいわ。 」

「 いいね! ほんとに、随分会ってないもんなあ。 ふふ・・・きっとまた大宴会だぜ?、ジェットなんかさ、

 花より〜で、顰蹙かっちゃうかもしれないな〜 」

「 うふふふ・・・それも、いいんじゃない? 賑やかなの、お好きでしょう? 」

 

「 ほっほっ・・・・ 久方ぶりの大宴会もいいもんじゃよ。 」

 

ふわりとやわらかな風がまた、吹いて。

舞い散る白い花々に 幼児がまた 手を差し伸べ、声を揚げて笑う。

 

ちいさな息子の手を曳いて晩春の散歩を楽しむ若夫婦、確かに一見そんな風に見えようが、

たとえ行きずりあっても、少し注意深く彼らを観察すればすぐにその感を改めるだろう。

−淡々と、ごく自然に。 でもゆるぎない絆としっくりと落ち着いたその雰囲気は

とても そこここの普通の若夫婦のものではない。

 

「 よっこらしょ・・・ほい、もう一段。 ああ・・・お前たちはこの小路(みち)の様に。

 ゆるやかに、しかし着実に歩んできたんじゃなあ。  だれが言っとたんっだか・・

 人生は天神さまの坂道と同じ。 倦まず弛まず歩を進めてゆけばある日自然と次の段に足が

 掛かっているのに気がつく、とな。 」

 

微笑みあう二人に ちらちらと木漏れ日がやさしい影を落としてゆく。

「 きれいねえ・・・ 樹も花も・・・空気さえも。 命の耀き、かしら。 」

「 自然の、命の耀きにまさるものはないよね。 なあ、イワン、君もそう思うだろ? 」

若い父は立ち止まりかけた幼い息子の顔を覗きこむ。

「 うふふ・・・ <眠って>いる間はただの腕白坊主よね。 でも。それもいいんじゃないかなって。 」

あでやかに微笑んで、母親は息子の傍に屈みこむ。

「 そうだね。 これが彼にとって一番<自然>な姿なんだからね。 あれえ、くたびれちゃったのかな? 」

 

「 ほい、がんばれ、がんばれ。  ・・・ここまで、来たものなあ。 

 ほんに、いろんな事があったものじゃ。 あれも・・・これも・・・今となって皆、思い出の底、か・・・

 わし自らの所業の招いた事、全て、なにもかもわしが背負って墓の下じゃ、心配はいらんよ。

 唯一の気がかりは・・・お前たちの事じゃったが・・・嬉しい誤算、杞憂だったようじゃな・・・ 。

 わしの、お前たちにしてやれるせめてもの罪ほろぼし、 これからもこうして・・・わしはお前たちを

 見護ってゆくよ、いつまでもいつまでも、なあ・・・ 」

 

「 さあ、もう少しよ、もうちょっとで墓地だわ。 ね、頑張ってあんよして行きましょうね、イワン ? 」

「 ふふふ・・・去年はこの辺りでギブアップだったよね。

 さ、イワン。 一緒に行こう、博士がお待ちかねだよ、きっと。 」

 

 

 晩春のその日、 愛しい者達の訪れを喜び彼らを祝福するかのように 残り桜の花びらは

やさしく しずかに 降り注ぎ続けた。

 

 **** FIN. ****

 

 後書き by ばちるど

見た目若夫婦でも、実際は長年連れ添った熟年夫婦!と孫?っていう位、後年のハナシになってしまいました(汗!)

地味〜ですなあ、春たけなわだっていうのに・・・。

作中の <人生は天神様の〜云々>の本来の言葉は <芸事の精進は天神様の坂道と・・・>です。

 

Last update: 4,17,2003

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