『  あなたの半分 ぼくの全て  − ジャングルの奥で − 』

 

 

  

 

戦闘はかなり以前におわっていたようだ。

そもそも そこに村落があったということ事態が充分な驚きである。

動くものの影が全く見当たらないその村は 今は静かに緑の侵略を受けていた。

背後のジャングルから伸びてきた植物たちが我が物顔にそこここに繁茂している。

とおからずこの村、いやこの廃墟は緑の海に没するだろう。

 

半ば朽ち始めた住居の間に、辛うじてまだ形骸をとどめている建物があった。

 

・・・ ここは。

 

あちこちが陥没し、踏み抜きそうな床板を慎重に辿り入ってきたフランソワ−ズは

驚きの声をあげた。

かろうじて残っている屋根に守られ、その広間にはまだ荘厳な雰囲気が残っていた。

左右の窓に残る色ガラスの破片から 廃墟には不似合いな華やかな光が差し込んでいる。

正面には 色こそ黒ずんでいるがまだ朽ちてはいない十字架が侵入者を見下ろしていた。

 

   − 教会だったのね。 

 

こんなところにまで緑は遠慮なく侵入し 猛々しい姿があちこちに見られた。

祭壇の址とおぼしきところの脇には 半分以上破損し残りもひび割れだらけの像が倒れている。

そんな姿になっても その像は微笑みを湛えていた。

 

・・・ マリアさま。

 

フランソワ−ズはそっと跪き、眼を閉じた。

 

 

 

「 ・・・ お〜い。 003? こっちかい。 」

入り口に 赤い特殊な服を纏った青年が現れた。

「 どこに行ってしまったのか心配したよ・・・  あ・・・ ここって・・・ 」

「 ・・・ 009。 ごめんなさい、勝手に入り込んでしまったわ。 」

「 いや・・・ もうこの辺りは完全に廃墟のよだね。 ねえ、ここは、もしかして。 」

「 ええ。 ・・・ 教会だったようね。 」

 

フランソワ−ズは祭壇で ゆっくりと立ちあがった。

破れ残った窓から差した光が 彼女の頬に残る涙の軌跡をジョ−に教えた。

 

「 ・・・なにをしていたのかい。 」

「 ・・・なにって。 教会ですることは たったひとつだけでしょう? 」

「 そうだね。 」

ジョ−は一歩一歩確かめ、慎重に部屋を横切ってくる。

ひときわ天井が高くなっている場所でかれは立ち止まり、天を仰ぎ見た。

屋根の破れ目から差し込んでくる光の帯に 軽く手を差し伸べる。

「 ・・・ 神様はどこにでもいらっしゃるのですよ、ってよく神父さまが

 言ってたけど。 ここにいると すごくそんな気がするな・・・ 」

「 どこにでも・・・・ そうね・・・。 」

「 きみの祈りは なにに捧げられたの。 きみの、みんなの幸せ? 」

黙って首を振ると フランソワ−ズはそっと壊れたマリア像に触れた。

「 世界の平和 ・・・・? そうだね・・・みんなが仲良く平和に暮らせますように。 」

ジョ−はとても自然な動作で マリア像の前に跪いた。

「 なんか不思議だね。普通の街中の立派な教会よりも 神様の存在を濃く感じるな・・・ 

 きっときみの平和への祈りは聞き届けてもらえるよ。 」

 

「 ちがうわ。 」

「 ・・・ え? 」

ともに跪くかと思った彼女は しかし、ジョ−の背後に立ち尽くしている。

そして ぽつり、と漏らされた言葉の意外に強い語調に ジョ−は思わず振り向いた。

「 ・・・ ちがうわ。 わたしには・・・・平和を祈る資格なんて・・・ない。

 わたしは・・・ 懺悔をしてわたしの罪の許しを請うていたの。 」

「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・? 」

「 ・・・わたしの 手 ・・・ 」

フランソワ−ズは怪訝な顔をしているジョ−の目の前で 両手を力なく広げた。

赤い服の袖口から すんなりとした手が伸びている。

・・・ 綺麗だな。 うん・・・花、そうだ、白百合みたいだ・・・

ジョ−は白くうなだれた指に ひたすら見とれていた。

 

「 この手。 汚いでしょ・・・ 」

「 ・・・ え? 」

「 ・・・ ヒトを 殺したわ、わたし。 命を 奪ったわ。

 この手で、 わたしの、この手で。 たくさんの・・・ だから この手は わたしは ・・・ 」

「 フランソワ−ズ? 」

「 切って捨ててしまいたい・・・! 戦闘でぼろぼろになってしまったらよかったのに。

 こんな手を持ったわたしごと 吹っ飛んでばらばらになって・・・ 

 そうすれば すこしは綺麗になれるのに。 わたし ・・・ 汚いわ。 」

フランソワ−ズは突っ立ったまま自分の手に目を落とし、ぶつぶつと呟き続ける。

「 フランソワ−ズ、 落ち着くんだ、ぼくの目を見て? 」

そんな彼女の両肩をつかみ ジョ−は少々手荒くゆすぶった。

「 ・・・・・・ ? ・・・・ 」

うつろな視線を 彼女はのろのろとジョ−に向けた。

いつも空よりも深いその双眸は 霞がかかったようにぼんやりとしている。

底なしの闇を湛えた瞳は 彼を通り越してはるか壁の向こうへと焦点を求めていた。

 

・・・ きみのせいじゃない。 きみが ・・・ そんな 傷つく必要はないんだ・・・!

 

自分達の、人々の 生命を護るために行ったことでもソレは・・・ 罪 なのだろうか。

まして自分達は望んでこの特殊なカラダになったわけではないのだ。

 

だからって・・・ ナニをやっても許されるってことじゃないけど。 ・・・でも!

 

今の彼女を 身体だけでなくそのこころをも護るには 自分はどうしたらいいのだ・・・

ジョ−は どうにも遣る瀬無い思いになにも助言すらできない自分自身がじれったかった。

 

「 ・・・フラン。 きみは汚くなんかない。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ 」

「 神様は ちゃんときみを祝福してくださるよ。 必ず・・・ 

 きみのしあわせを 守ってくださるに決まってるよ。 」

 

フランソワ−ズはしばらくジョ−の真剣な瞳をみつめていたが つ・・・っと視線を外した。

 

「 ねえ? シアワセって ・・・ なに。 」

「 ・・・ え ? 」

「 こんなオンナに ほんとうはこの神聖な場に足を踏み入れる資格なんか・・・ないのよ。

 まして 祝福なんて しあわせなんて・・・そんな。

 わたしには ・・・ もう 関係のないものだわ。 わたしは ・・・ 戦鬼 ・・・ 」

 

消え入りそうな呟きは ジョ−のこころにもずん・・・っとなによりも重く応えた。

 

 − 戦鬼

 

戦鬼・・・・ たたかう おに。 戦うために生み出され それがすべての鬼。

ヒトの想いが強すぎる時・重すぎるとき、やがてそれはそのヒト自身をも呑み込み

つもりつもって そのココロは凝ってやがてはオニになる、という。

自分たちは いつか身体だけでなくこころまで ・・・・ 鬼 と化してしまうのだろうか。

 

 − ちがう・・! それは・・・ちがうよ、フラン! 

 

そうだ、断じて違う。

ジョ−はくっと唇を噛んだ。

・・・よくは、わからないけれど。

きみが、そんなにすべてを抱え込むことはないんだ。 

重すぎる荷物なら ・・・ ぼくが引き受ける。

 

「 半分、・・・ ううん、全部くれないかな。」

「 ・・・ え ? 」

 

ごく普通の口調で なにげなくジョ−の口から漏れた言葉に フランソワ−ズは

おもわず、顔をあげて聞き返していた。

ジョ−の大きな手、暖かい大きな掌が フランソワ−ズの肩にゆったりと当てられる。

「 ね、いいだろ? 」

「 ・・・ ジョ−。 なんのこと? 」

怪訝そうなフランソワ−ズの瞳に ジョ−はふっと微笑みけた。

 

「 あの、さ。 

 きみの 哀しみ。 きみの ・・・ なみだ。

 全部、ぼくが引き受けるから。

 きみの手が汚れているなら ぼくの服でぬぐったらいい。

 きみのこころが疲れていたら ぼくによりかかって休んで。 」

「 ・・・ ジョ− 」

「 <鬼>だって? だったらぼくが 一番先に鬼になってきみを護るよ。 

 もうこれ以上 きみの哀しみが増えないように 涙がはやく乾くように・・・ 」

ジョ−は涙と汗で 額に纏わっているフランソワ−ズの髪をそっと掻きやった。

再びしっかりとした光が戻ってきたその瞳は じっとジョ−に注がれている。

 

「 ジョ−・・・ どうして? 」

「 どうしてって・・・。 どうしても。 」

ふふ・・・っとちいさく笑って ジョ−はフランソワ−ズの頭を軽く引き寄せ 額と額を合わせた。

そんな子供じみた仕草に フランソワ−ズもひくく笑い声を上げた。

「 ・・・ なに ・・・? 」

「 なんでもない。 ほら、こんな風に・・・ 笑って? 」

 

 

だから・・・ きみは 微笑んでいて。

 

ぼくの 温もりのなかで 極上の笑みをください。

ぼくは それを糧に 全てに立ち向かってゆくから。

ぼくは そのためなら なんだってできるから。

 

きみの 抱えているモノを 全部ぼくにください・・・!

 

 

「 ・・・あら。 ダメよ、そんな。 」

明るい声音がひびき、フランソワ−ズはぱっと身体を引いた。

「 え・・・? 」

一瞬、うろたえるジョ−にフランソワ−ズはちょっと気取った風に両手を後ろで組んだ。

つん・・・と頭を反らせ、豊かな髪をゆらゆらと揺らし 彼女はジョ−に背を向けた。

 

あら。

わたしって 欲張りなのよ。 全部はあげたくないなあ・・・

だから

半分コ、しましょう。

 

ね? と彼女は振り返るなりジョ−の頬に手を当てた。

 

「 そして。 ね、ジョ−。

 あなたの こころの滓( おり )も ・・・ 半分わたしにください。」

「 フランソワ−ズ ・・・ 」

ジョ−は いま、ほれぼれと彼女を見つめている。

暖かい光を湛えた瞳は どんな空・どこの海よりもふかく煌き、

白い頬を縁取る髪は 太陽の光を集め縒り上げた黄金( きん )の糸だった。

 

「 わたしの笑顔で あなたが癒され元気がわくのなら、

 いつだって微笑んでいるわ。 ・・・泥と血に塗れ息絶えるその時までも。 」

「 ・・・・・・ 」

ジョ−は息を呑み、言葉が出ない。

先ほどまでの 不安な瞳、うつろな口調は 今、微塵も見当たらなかった。

ジョ−の前にいるのは きりっと頭を上げたおやかに微笑む ・・・ 彼の戦友だった。

 

「 ・・・きみってヒトは。 本当に ・・・ 」

「 本当に・・・なあに? 言ったでしょう、わたしだって003なのよ。 」

「 ああ・・・。 ようくわかってるよ。 」

「 ジョ− ・・・。 だから、ね・・・ 」

うん?と 急にぴたりと寄り添ってきた細い身体に ジョ−はゆったりと腕を回した。

このオンナは 自分の最高にして最強の戦友だ、と彼は思った。

 

・・・ そう。 戦場だけでなく。 

 

「 なに? 」

「 だから・・・ね。 ・・・ お願い、どこへも行かないで。 ここに いて。 」

「 ・・・・・・・ 」

ジョ−はフランソワ−ズの頬に 両手を当てた。

彼女の瞳に盛り上がってきた玻璃の水玉がはぜる前に ジョ−はしっかりと抱き寄せた。

 

 

「 ぼくは 今。 ここで誓うよ。

 神様に紹介するんだ。  このひとが ・・・ ぼくが生涯を共にするヒトですって。

 マリアさまにお願いするよ。  どうぞ 彼女の微笑みを守ってくださいって。 」

 

そして ・・・ 

 

 − ぼくは いつも ここに、きみの側にいるよ。

 

なんにもないけれど・・・ とジョ−は防護服のポケットからハンカチの包みをそっと引っ張り出した。

 

「 これ・・・ さっきここの入り口に咲いていたんだ。

 あんまり良い匂いだから きみにって・・・ もうそんな季節だったんだね。 」

ジョ−は取り出した一輪の白い花を、フランソワ−ズの髪に差した。

 

・・・ ぱあ・・・っと 甘い香りがまわりにひろがった。

 

「 まあ・・・ 良い匂い! これって・・・ 梔子 ( gardenia )・・・ 」

フランソワ−ズが動くたびに 芳香のベ−ルがふんわりと彼女を取り巻いた。

それはどんな高価なレ−スにも勝る 最高の花嫁衣裳だった。

 

「 花嫁さんのブ−ケには ちょっと足りなかったね。 」

「 いいの、こんな素敵なティアラ、初めてよ!

 なによりも だれよりも 素晴らしい ・・・ マリエ ( mariee )だわ。 」

「 ・・・ ごめん、指輪もないね。 」

「 ・・・ ここに。 」

フランソワ−ズは つ・・・とジョ−の左手を取ると薬指に口付けをした。

「 ふふふ・・・順序が滅茶苦茶ね。 それに女性から指輪、なんてヘンねえ。 」

「 きみがいれば それでいい。 」

「 ジョ− ・・・ わたしも。 」

 

ふたつの赤い影が ひとつに溶け込んだ。

 

・・・フランソワ−ズ

ジョ− ・・・

 

裳裾たなびくドレスも 煌く指輪もない。

祝福の鐘も鳴ることはなく、花婿花嫁をとりまく人々もいない。

でも。

二人とも これで充分だと思った。

 

きみがいる ・・・ ぼくのそばに。

あなたがいるわ ・・・ いつもここに。

 

   − そう、 命あるかぎり 

 

 

なかば屋根が破れ落ち 倒れ破損したマリア像と朽ちかけた十字架の前で

ジョ−とフランソワ−ズは 永遠( とわ )の愛を誓った。

 

 

彼らが仲間たちとともに 空飛ぶ帆船で遠い旅路につく直前のことだった。

 

 

*****    Fin.    *****

Last updated: 06,21,2005.                           index

 

 

****  ひと言  ****

『海底ピラミッド編』 というより <第5部 ム−ンピラミッド>の冒頭部分によせて、と

いうカンジ。 ここって何気に93な部分が多くて妄想が〜♪ こんなコトがあったから

もうちょっと先の < ・・・きれいな お月さま ・・・ >シ−ンがあるんじゃ〜ないかな〜と。

一応季節モノです、6月の花嫁さんに。