『 金の髪の少女 』  

 

 

 

 

「 プログラムの内容は全て把握したな。 」

「 ・・・・ 」

少女は白い毛皮のコ−トに身をつつみ、そっけなく頷いた。

肩にから輝く黄金 ( きん ) の髪がさらり、と滑り落ちる。 

整った横顔は冷たく強張り、碧い瞳はなんの感情も表していない。

与えられた < 任務 > に対しても 彼女は明確な反応は示さなかった。

良いも悪いも ない。 無論 好き嫌いの感情など論外なのだ。

 

ただ ― 命ぜられたから。 

 

それだけの理由で 003 と呼ばれている試験体のサイボ−グは

ブラック・ゴ−ストのミッションを果たしに出発するところだった。

 

「 ふん。  ま、せいぜいその綺麗な顔でタラシこむんだな。

 色仕掛けでも寝技でも なんでも好きにするがいいさ。  そのためにお前がいるんだからな。 」

あまりに無反応な少女に その下士官は下卑た言葉を投げつけた。

初めて少女は目の前のオトコに視線を向けた。

「 ・・・ な、なんだ!その目は。 反抗するのか! 」

自分を見つめている彼女の瞳  −  そのありったけの軽蔑の色にオトコはいきりたつ。

自身の狼狽を隠そうと、少女の手首をつかみ、捻り上げようとした。

「 お前らなんか! いつだって廃棄されるんだ。 この ・・・ 出来損ないの試作品が! 」

 

「 おい。 なにをしてる? もう時間だぞ。 」

格納庫の中から 制服姿の指揮官が顔を覗かせた。

「 ・・・ ち。  はい、只今試験体を連行します。 」

「 早くしろ。 」

下士官は ぐい、と少女の毛皮のコ−トの背を押した。

 

カツン カツン カツン ・・・・

 

ヒ−ルのある靴が <普通の足音> を響かせる。

 

  ・・・ あ。 この音 ・・・ この感触 ・・・ 

  

捕らわれて以来久し振りに味わう感覚に 少女は一瞬眩暈を感じた。

 

  わたし。 まだ ・・・ 人間として生きている・・・?

  ハイ・ヒ−ルの感覚を 覚えていたのね。 

 

拉致されこの見知らぬ孤島に閉じ込められて以来

医療着とあの特殊な服とブ−ツしか身につけるものはなかった。

 

  わたし ・・・ 生きているのね ・・・ !

 

身体が震えだしそうだ。

涙が、それも熱い涙がふつふつとわきあがってきた。

 

  ・・・ いけない。 見つかったらまた何をされるかわからないわ。

 

少女はかたく唇を引き結び、相変わらずの無表情で格納庫へと歩いていった。

 

 

ごくありふれた輸送機が待機していた。

その実、巧みなカモフラ−ジュが施してあり、実際は戦闘機でもあった。

戦闘に巻き込まれる予測があるわけではない。

密かに <火種> をばら撒く目的もあるのだ。

いくつかの小さな粒が 今、少女の持つトランクの中に入っている。

 

・・・ カツン。

 

小振りなトランクを足元に置き、少女は輸送機を眺めた。

視線の端に 赤い服がちらり、と映る。

 

  ・・・ あ。

 

ほんのかすかに。 ただ髪をかきやる程度彼女は頭を動かした。

それで 十分だった。

格納庫の奥に姿を現した赤い服の男達も 特にこちらに関心を示しているわけではない。

長身の方は なにやらモニタ−を示され指示をうけていたし、

銀髪の男は 膝をついて自身のメカ調整している。

一瞬、彼らは顔を上げた ・・・ ようにも見えたが、ただの偶然かもしれない。

 

しかし、少女にはそれで十分だった。

ほんのわずかな視線で 3人の男女は全てを語っていた。

 

  ・・・ 逃げるチャンスがあったら、逃げろ!

 

  お前、自分のコトだけを考えろよ!

 

  生きて戻れることを祈って頂戴。

 

少女はトランクを持つと、淡々とした足取りで輸送機に搭乗していった。

じきに機は ごく静かに離陸していったが

赤い服の男達は その瞬間にも関心すら示してはいなかった。

 

絶海の孤島から ありふれた機体が一機、海面すれすれに発進していった。

 

 

 

 

 

「 ・・・ わあ ・・・ すごい吹雪ねえ ・・・ 」

「 うん、どうも昨日の夜かららしいよ。 」

「 がっかり。 せっかくたっぷり滑ろうと思っていたのに・・・ 」

「 う〜ん、そうだね。 でも こればかりは ・・・ どうしようもないよ。 」

「 まあ、ね。  あ、チョコレ−ト食べる、ジョ−? 」

「 ああ、 ありがとう。 

ジョ−と呼ばれた茶髪の少年と同じ年頃の少女は顔をガラス窓にくっつけて外を眺めている。

「 雨女、とかいうけど、 雪女ってのもあるのかしら。 」

「 雪女? なんだい、それ。 民話に出てくるアレ? 」

「 ちがうよ。 だって・・・ 折角信州教会の神父さまが招待してくださったのに。

 なにもこ〜んなに降らなくてもいいじゃない。 だからさ、誰か 雪女 − 雪男でもいいけど、

 そ〜ゆ〜子がいるのかなあって思ったわけ。 」

「 今度は 雪男?? 」

優しい顔立ちの少年は セピア色の瞳をぱちぱちさせている。

「 そう。 どこか、なにか行事に参加すると必ず雨が降るってヒト、いるじゃん?

 遠足とか運動会とか。  ああいうので 雪を降らすコ。 」

「 あはは・・・ それで雪女、かあ。 」

「 いつもはさ、雨女でも雨男でも歓迎だったけど。 

 アタシら施設の子には 運動会なんて ・・・ 」

「 ゆり。 そんなこと、言わない。 」

「 ・・・ ジョ−は相変わらず優しいんだね。 」

口を尖らせていた少女は ふっと表情を柔らげ少年を見上げた。

「 だからモテるんだ? 」

「 ・・・ よせよ。 ぼくは ・・・ 優しくなんか ・・・ ないさ。 」

「 うそうそ。 知ってるよ〜 繁華街でもオトナの女のヒトに声掛けられてたじゃん。 」

「 よせってば。 」

少年は不愉快そうに、顔を背けた。

瞳と同じ色の、すこし長めの前髪が端正な彼の横顔を隠す。

-フ特有の整った顔立ちに 柔らかい色の髪が良く似合う。

しかし彼自身はその恵まれた容貌を歓迎してはいないようだった。

「 ・・・ ごめん、ジョ−。 」

少女は しゅん ・・・ となりもじもじとチョコレ−トを差し出した。 

「 ごめん。 よかったら ・・・ これ、食べてくれる? 」

「 あ・・・ ぼくこそ、ごめんね。 うん、ありがとう。 頂きます。 」

にっこり微笑むと少年は チョコのカケラを口に放り込んだ。

「 吹雪がやんだら ・・・ あのう、一緒に滑ろうよね、ジョ−。 」

「 うん。 でもまず、ここの神父さまのお手伝いをしなくちゃ。

 スキ−・ロッジとして教会を開放してくださっているんだもの。 」

「 そうだね。 お客さんも結構いるし。 」

「 ぼく達を招待してくださった御礼にね。

 まずは ・・・ 雪かきからだなあ。 」

きゅ・・・っと少年は窓ガラスをこすり外の様子に目を凝らせた。

雪は一向にその勢いを衰えさせることなく 降り続いている。

 

「 でもさ〜〜 本当にすごい吹雪だよね。 こんな日に謎の美女が迷い込んできて・・・

 お客を凍死させたりして〜〜〜 」

「 あはは・・・ <日本昔話> の見すぎだよ。 」

 

  ・・・ バタン ・・・!

 

少年の笑い声が消えないうちに、ロッジのドアが音を立てて開いた。

 

「 ! ・・・ な、なに?? 」

「 ・・・ わ・・・!  ・・・ 雪女だわ ・・・!! 」

 

ドアの向こう、 荒れ狂う吹雪を背に ― 少女がひとり。 金の髪を雪まみれにして立っていた。

一瞬、誰もが同じことを考えたのだろう。

ぎくり、とした雰囲気が部屋中に充ち、誰一人として動くものはいなかった。

 

「 ・・・ すみません ・・・ 道に ・・・ 迷ってしまって ・・・ 」

 

張り詰めた空気を細い声が震わせ 次の瞬間、雪まみれの少女はどっと倒れこんだ。

「 ・・・あ! しっかりしてください! 大丈夫ですか? 」

セピア色の髪の少年は はっと我にかえり戸口に駆け寄った。

「 ・・・ あの ・・・ お嬢さん? 」

「 ・・・ あ ・・・ ご、ごめんなさい。 わたし ・・・ あ ・・・ 」

抱き起こした身体は毛皮のコ−トに包まれてはいたが、その頬は冷え切っていた。

少年の腕の中で、彼女は一旦は目を開いたがすぐにがくり、と気を失ってしまった。

「 お嬢さん、しっかり・・・?  ゆり、タオルを! 熱いお湯があるかな。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ その ひと・・・ 」

「 え?  おい、空いているベッドを用意してくれないか。 」

「 ・・・ ジョ−。 ダメだよ。 ・・・ そのヒト 雪女かも・・・ 」

「 ! 何をバカなこと、言ってるんだ!  このヒトは普通の人間だよ。 」

「 だって ・・・ その髪 ・・・ 金色に光ってる ・・・ 

 ヘンだよ、そんな髪って・・・ 人間じゃない。 黒くないし 光りすぎだよ。

 ・・・ だめだよ、中に入れちゃ・・・! 」

「 金髪を見たこと、ないのかい? ぼくの髪だって黒くなんかないよ。 

 いい、 ぼくのベッドに運ぶ。 」

ジョ−と呼ばれた少年は 雪まみれの少女を抱えあげるとすたすたと階段を上っていった。

「 あ ・・・ ごめん、ジョ−。 あの ・・・ アタシの隣、空いてるから・・

 ねえ、待ってよ。 ジョ−ったら・・・ ! 」

ゆりは慌てて彼の後を追いかけていった。

 

カタカタカタ ・・・・

窓を鳴らし、外は相変わらず白い闇、吹雪がすべてを覆いつくし吹き荒れていた。

 

 

 

「 あ! 神父様。 あのヒトの具合は・・・? 」

「 島村くん。 ええ、大丈夫、もう気が付きましたよ。 」

「 ああ・・・ よかった。 」

暖房のない廊下で うろうろしていたジョ−は やっと開いたドアに駆け寄った。

出てきた、この教会の神父はすこし驚いて 茶髪の少年を見つめた。

「 長い間吹雪の中を迷っていて 身体が冷え切っていたようです。

 幸い凍傷にもかかっていないし、一晩ゆっくり休めば元気になるでしょう。 」

「 そうですか。 ありがとうございます! 」

「 お礼を言うのは私の方です。 教会を頼ってきた方を助けてくれてありがとう。

 さすがに 湘南教会の子供ですね。 」

「 いえ ・・・ 神父さま。 あのう ・・・ あのヒトはいったい、どういう? 」

「 さあ・・・ お名前しか教えてくれませんでした。

 麓の村に用事があって、県道から入ってきたけれど車が雪溜まりに突っ込んでしまった、

 と言っていらっしゃいました。 」

「 そうですか。 あの ・・・? 」

「 リタ・ブラウンさん、とおっしゃるそうです。 」

「 リタさん ・・・ ですか。 」

「 ええ。 綺麗なお嬢さんですね。 ・・・さあ、今夜は静かに休ませてあげましょう。 」

「 はい。 」

ジョ−は 神父様に付いて少女の部屋を後にした。

 

「 ・・・ リタ さん ・・・ 綺麗な碧い瞳だった ・・・ 」

 

 

「 ジョ−! どうした? あのヒト ・・・ 」

「 やあ ・・・ ゆり。 まだ起きていたのかい。 」

「 うん、だって ・・・ ジョ− のこと、気になって ・・・ 」

「 ぼくの? 」

ジョ−が階下の居間に下りてくると、ゆりが飛んで来た。

他のロッジのお客達はとっくにそれぞれの部屋に引き取っている。

そろそろ時計の針は 次の日付を指すころである。

「 うん ・・・ ねえ、本当に 普通のひと ? 」

ゆりはジョ−の腕をとり、こそっと彼の耳元で囁いた。

「 あはは・・・ ゆりったら、まだそんなコト言っているのかい。

 あのヒトは ・・・ リタさん、リタ・ブラウンさんといって麓の村に来る途中だったそうだ。 」

「 ・・・ リタ ・・・ ?  ふうん。

 でも ・・・ 麓の村にって なんで? なんにもないじゃん、会社とか工場とか・・・ 」

「 そんなこと、どうでもいいよ。

 とにかく、ここを頼ってきたんだもの、助けてあげなくちゃ。 」

「 ・・・ う ・・・ ん。  ああ、本当にジョ−には負けるよ。

 いつだって 誰にだって 優しいんだもの。 」

ゆりは溜息をつき、うっとりと少年のセピア色の瞳を見つめた。

「 ・・・ ぼくは 優しくなんか ・・・ ない。 」

「 うそ。 ・・・ あの、さ。 ・・・あの。 アタシ、ジョ−が ・・・ 」

「 さあ、もう遅いよ。 明日は朝一番で雪かきしなくちゃ。

 お休み、ゆり。 さっきは手伝ってくれて ありがとう。 」

「 ・・・ あ ・・・ う、うん。 ・・・ おやすみ、 ジョ− ・・・ 」

ジョ−はにっこりと笑いかけると すたすたと階段を上がっていった。

 

・・・ なんだよ。 ジョ−の ・・・ ニブチン! 

 

ゆりは その後ろ姿にそっとワルクチを投げかけた。

いつの間にか 吹雪の音はずいぶんと静かになっていったようだ。

 

 

 

「 おはようございます。 」

「 ・・・ おはようございます ・・・ わ、リタさん? 

 え・・・もう起きて大丈夫ですか? 」

「 はい。 昨夜一晩暖かく休ませて頂きましたから。 もうすっかり。 」

「 それはよかったです。  」

翌朝は 思いっきりの晴れ。

昨日降り積もった雪に きらきらとお日様が反射してますます明るい朝になっていた。

ジョ−は 朝食当番でキッチンに下りてきてびっくりしてしまった。

 

あの、少女が。 金色の髪の少女、 リタがにこやかに立っていた。

 

「 そろそろコ−ヒ−がはいりますわ。 一杯いかが? 」

「 え・・・ あ、そんな ・・・ 」

「 ごめんなさい、勝手に手を出して。 でも ・・・ 多分、ここはロッジもやっているのでしょう?

 お客様の朝食の用意もあるのかなって思って。

 野菜を洗って コ−ヒ−を入れましたの。 あとは人数がわかればパンを焼いて・・・ 」

「 そんなこと! ぼくがしますから。 リタさんだって お客さんですよ。

 どうぞ ・・・ まだ休んでいてください。 」

「 あら、わたし病人じゃありませんわ。 ・・・お手伝い、させてください。 

 えっと ・・・ ? 」

リタはじっとジョ−を見つめた。

「 あ・・・ す、すみません。 なんか 本当に ・・・ あ! ぼく、ジョ−といいます。

 島村 ジョ−。 」

「 わたしは リタ・ブラウン。 あら、もうご存知よね? 神父さまから伺ったでしょう? 」

「 ・・・ はい。 」

「 朝御飯が済んだら出てゆきますから。 せめて ・・・お手伝いさせてください。 」

「 あ・・・ 出てゆく、なんて そんな ・・・ 」

碧い瞳が しずかにジョ−に注がれる。

その済んだ瞳の奥に ゆらめく影にジョ−は吸い込まれる気分だった。

 

  ・・・ なんだか。 このひと、淋しそうだな ・・・

 

  あら、あなたも ・・・ どうしてそんなに 無理に 笑っているの。

 

  え・・・! そんな、そんな ・・・・ ぼくは・・・

 

  あなた、笑ってないもの。 笑うフリしていだけ。 

 

  ・・・ そんな こと。 そんな ・・・

 

ひと言も、吐息すら発せずに二人は ただ ― 見つめあっていた。

そして ・・・ 瞳と瞳で語りあっていた。

 

 

「 きゃ〜〜 !ごめん、ジョ−。 アタシ、寝坊しちゃった! 」

ばたばたと階段を駆け下りる音がする。

「 ゆり ・・・ 」

「 ごめんね! すぐに ・・・   あ ・・・ 」

キッチンのドアが開いたが そのまま・・・ ゆりは立ち尽くしてしまった。

 

「 おはようございます。 昨夜はお世話になりました。 」

リタは日本風に深く頭を下げた。  黄金 ( きん ) の髪がさらさらと肩からすべり落ちる。

積もった雪に反射し、キッチンの窓から零れこんできた光が華やかにその髪にあつまった。

あまりの目映さに ゆりは目をそらし、おずおずと挨拶を返した。

「 あ・・・ あの。 いえ。 おはよう ・・・ ございます。 」

「 朝食のお手伝いをさせてください。 あのう・・・ パンは何枚くらい焼けば? 」

「 ・・・ あ ・・・ はい。 今朝は 」

「 ブラウンさん、すみません。 お願いします。

 じゃあ ぼくは玄関のあたりの雪かきをしてきます。 」

「 あの。 島村さん? リタ、です。 」

「 ・・・ あは。 じゃあ、ぼくは ジョ−。 」

セピアの瞳が 柔和に笑った。

「 その笑顔の方がずっと好きよ、ジョ−。 」

「 ・・・ え? 」

「 なんでもないわ。 雪かき、気をつけて・・・ 」

「 はい。 ゆり、リタさんと朝食の用意、頼むね。 」

「 ・・・ うん。 」

「 じゃ。 ・・・ わあ! すごくいい天気だ。 今日はお客さんも増えるかなあ・・・ 」

ジョ−は口笛まで吹いて、シャベル片手に出ていった。

「 あ・・・ ジョ− ! あの ・・・ 」

ゆりは ジョ−の後を追ったが、ロッジのドアはもう音を立てて閉じてしまった。

 

「 ・・・ ジョ−の ・・・ バカ 。 」

 

「 ゆりさ〜ん・・・ 卵はいくつ? オムレツでいいかしら。 」

「 ( ・・・ ふん。 ここではね、オムレツなんて高級品じゃないんだ、すんませんね。

 でも 自慢の卵焼き、なんだから! )  ・・・ 今、行きます! 」

ふう〜〜〜と深い溜息をひとつ残し、ゆりは台所にとって返した。

 

 

「 ここ・・・普通の教会かな、と思っていましたから、ちょっとびっくり。

 スキ−・ロッジもやっていらっしゃるなんて。 」

「 ・・・ 悪い? いろいろ ・・・ 教会の運営も大変なんだ。 

 外国のお金持ちさんにはわからないでしょうけど。 」

「 素敵だな、と思って。 ここの神父さまはきっと町の皆さんに慕われていらっしゃいますのね。 」

「 ・・・当然だよ。 ト−スト、作って。 今朝はアンタもいれて ・・・ 8人分 」

「 はい。 ・・・ わあ! これって 日本のオムレツ? 四角いロ−ルだわ、すごい♪ 」

リタはゆりが焼き上げた卵焼きを 目を輝かせみとれている。

「 ・・・ わりと ・・・ 評判いいんだ、アタシの卵焼き。 」

「 すごく美味しそう。 ゆりさんはお料理上手ですね。

 神父さまは この地域の大切な方なんでしょう? 」

「 うん。 この教会は旧くて由緒があるんだ。 この地域に信者は多いし・・・

 村役場のお偉いさんたちも 神父様を尊敬しているよ。 」

「 ・・・ そうなの。  ゆりさんは ・・・ この教会の方? 

 はい、ト−スト焼けたわ。 あとは ・・・ サラダはさっき作っておきました。 」

「 あ・・・ ありがと。 アタシとジョ−はここにアルバイトに来てるだけ。

 本当は 雪なんかめったに降らない地方に住んでるよ。 」

「 やっぱり教会に? 」

「 うん。 アタシたち、教会の施設にいるのさ。 えっと・・・ これで出来上がりかな。 」

「 よかった。 ああ、早くこの < 卵焼き > 食べたいです。 」

「 え? ・・・ えへへへ・・・ 」

 

「 お早うございま〜す! わあ ・・・ 美味しそうな朝御飯! 」

「 うほ♪ たっぷり食べてがんがん滑ろうぜ。 」

カップルが賑やかに食堂に入ってきた。

「 は〜い、お早うございます。 どうぞ沢山食べてくださいね〜 」

ゆりとリタは 宿泊客の朝食の世話に追われ始めた。

 

「 ・・・ やあ、忙しいそうだね。 」

「 ? あら、ジョ−さん。 雪かき、ご苦労さま。 さあ、朝御飯をどうぞ?  」

一通りの客が食事を終えたころ、ジョ−が雪まみれで戻ってきた。

「 うん、ありがとう。  あれ、神父様は ? 」

「 まだ・・・ いらしてないようですけど。 」

「 ジョ−! お帰り。 一緒に食べようよ。 今朝は ジョ−の好きな卵焼き、頑張ったよ。 」

「 ありがとう、ゆり。 先に食べててくれないか。

 ぼく、神父様に朝御飯を運んでくる。 」

「 ・・・ え ・・・・  そういえば、さっき誰か訪ねてきていたみたい。 」

「 へえ? こんな朝からお客かい? ・・・・ 一応、伺ってみるよ。 」

「 ジョ−さん。 はい、これ。 神父様のぶん。 」

リタが 朝食をきちんと並べたトレイを差し出した。

「 コ−ヒ−はポットに入れておきました。 もし、お客様にお茶が必要なら声をかけてくださいね。」

「 あ・・・リタさん。 すみません、本当にありがとう ! 」

「 いいえ。 気がつかなかったわたしこそ、申し訳ないですわ。 」

「 そんなこと、気にしないで・・・。 ぼく、ちょっといってきます。 」

ジョ−はトレイを捧げもつと 奥の部屋への廊下を伝っていった。

 

 

「 何度来られても。 お断りします。 」

「 ・・・ ふん! 貧乏教会が! 今に後悔するからな。 」

小さな応接室のドアが乱暴に開くと、怒りで顔を赤くした男が足音荒く出てきた。

ジョ−は慌てて廊下の脇によけた。

古い廊下を派手に音をたて踏み荒らし、男は出て行った。

 

「 ・・・ 神父様? あの ・・・ 大丈夫ですか。 」

「 ・・・ ああ、島村君。 」

「 今のひと・・・ なんだかイヤなカンジですね。 」

「 どうもね・・・。 あの御仁はこの、教会の土地が欲しいのです。

 ここを買いあげて一大リゾ−ト・ホテルとゴルフ場を経営したいらしい。 」

「 リゾ−ト・ホテルとゴルフ場、ですか。 」

「 ええ。 それで ・・・ 地元の人々にも利益が還元され、この地域が活性化されるのあれば

 私は喜んでココを売りますが・・・ 」

「 ! 神父様 ・・・! 」

「 そんな気はないようです。 それに周辺の山や林の環境を護ることなど

 全然アタマにない。 ただ、値を吊り上げて転売したいだけなのですよ。 」

「 神父様 ・・・ お顔の色が悪いです。 ほら! 熱いコ−ヒ−です。

 リタさんが用意してくれました。 」

「 おお、ありがとう。 ・・・・ 大丈夫、私の目の黒い間はしっかりとこの地域を

 護ってゆきますからね。 」

「 神父様、ぼく、神父様を尊敬してます。 

 ぼくに出来ることがあったら ・・・ もしかして何もできないかもしれないけど。

 なんでも言ってください。 」

ジョ−は勢いこんで言った。

いつも柔和な微笑みを浮かべている顔とはうってかわり、 彼の頬はすこし紅潮し

セピアの瞳には強い光が満ちている。

「 ありがとう、島村くん。  本当なら ・・・ こんな無用な争いは無くなって欲しいものです。 」

「 そうですね。 ぼくが ・・・ たたかう最後にヒトになれればいいなって思います。 」

「 ・・・ ああ、きみ。 今はとてもいい表情をしていますね。

 そう、いつもそうやって本当の気持ちを 顔にあらわしていいのですよ。 」

「 ・・・ 本当の気持ち ・・・ ? 」

「 ・・・・・・ 」

神父様は黙って微笑み、 ジョ−の肩をぽんぽんと叩いた。

「 さ。 冷めないうちにその美味しそうな朝御飯を頂きましょう。 」

 

 

・・・ ふうん ・・・? どこにでもダニはいるのね。

それじゃ ちょっとテストしてみましょうか。

 

窓の外に佇んでいた、金の髪の少女は足音も立てずに建物からそっと離れていった。

中庭をつっきり、教会の門に急ぐ。

 

「 ・・・ あの ・・・ ? 」

「 あん? なんだ、お前。 ここのヤツか。 ふん、金の髪かよ〜〜

 へえ・・・・すげえ別嬪さんじゃねえか。 ・・・ 神父の愛人?? まさかな。 

 おい姐ちゃん。 遊んでやるぜ? 」

「 ・・・・ なんですって ? 」

「 遊んでやるって言ったんだよ。 金髪とヤルのも悪くないぜ。 さ、来な。 」

男がぐい、金髪の少女の腕を引いたとき、彼女の手から小さなものがぽろりと足元に落ちた。

 

  ・・・ シュウ ・・・・・・

 

ごく微かな音がして 雪よりも細かいものが吹き上がってきた。

「 ? な、なんだ ・・・? ・・・・ ウ ・・・・ッ ・・・・ 」

結晶体はあっという間に男の顔に吸い付き消えた。

「 ・・・ さあ、もういいわね。 お前、これを麓の村へ持ってお行き。 」

「 へい。 」

少女はピンポン玉くらいの楕円形のカプセルを幾つか男に渡した。

「 そして指示を待つのです。 」

「 ・・・ へい。 」

さっきまでの乱暴な足取りはどこへやら、男はふらふらと雪道を歩いていった。

 

「 ふうん? あれで無事に麓まで行けるかしらね?

 ま、行き倒れても凍って砕け散るだけですもの、誰も気が付かないわ。 」

ス−ツ・ケ−スを持ち直し、少女は低く呟いた。

 

「 さて・・・ ここの神父様は地域への影響力が強いそうだし。

 他の地方にも繋がりがあるわ。 ココを根城にできそうね。 」

リタはすこし下がって教会の塔を見上げた。

主の御印 ( みしるし ) が朝日を浴びて燦然と輝いている。

 

「 ・・・ 神様 ・・・ わたし・・・神様のお家をあんなヤツラの拠点にしようとしています。

 どうぞ、地獄に落としてください。 ・・・ もう、わたしにはあなたの名を呼び祈ることさえ・・・

 できません。 」

少女の白い頬に透明な雫が ほろほろと伝い落ちる。

 

  ・・・ わたしは。 もう ヒト ですら、ないのですものね・・・

 

深い吐息をもらし、少女はさくさくと雪を踏みしめ教会の門へと進んでいった。

 

 

「 ・・・お〜〜い! 待ってください! リタさ〜〜ん ・・・・ ! 」

「 ・・・ ?  」

背後から元気な声とともに ざくざくと雪の上を走ってくる音がした。

 

「 ・・・ ジョ−さん。 」

「 あ・・・ よかった〜〜 追いついた! 」

「 ジョ−さん・・・ どうしたのですか。 」

「 どうしたって・・・! リタさん! 黙って出てゆくなんて、酷いじゃないですか。 

 ぼく、神父様のとこから戻ったら・・・ リタさん、居ないんだもの。 」

「 見ず知らずのわたしを一晩泊めてくださって 朝食まで頂いてしまいましたわ。

 もうこれ以上ご迷惑はお掛けできませんもの。 」

「 また! 迷惑だなんて・・・。 それに ・・・ コレ! ゆりに渡されたそうですね。 」

「 え ・・・ ええ。 」

ジョ−はリタの前にぱっと手を広げてみせた。

彼の掌には 金の指輪が光っている。

「 それは ・・・ お世話になったお礼にと思いましたの。

 あら・・・ お金の方がよかったですよね。 ・・・ ごめんなさい。 」

「 リタさん。 」

ジョ−は 指輪ごとリタの手をしっかりと握った。

「 リタさん。 神父様もぼくも ・・・ ぼく達も ・・・ お礼が欲しくてお助けしたんじゃないですよ。

 ここは教会です、頼ってきたヒトには誰にでも出来る限りの協力をします。 」

「 そう・・・ね、 ひと ならば・・・ね。 」

「 ???  ぼくは ・・・ ぼくの母は教会を頼ってきて・・・ マリア様の像の前で息絶えてました。

 ここの教会じゃないけど。 それで ・・・ ぼくはそこの教会で育ったんです。 」

「 ・・・ まあ ・・・ そうなの。 」

「 はい。 ゆりも似たような境遇なんです。 

 あの ・・・ こんなコト言ってごめんなさい。 すごく失礼なことなんだけど・・・ 」

「 まあ、なにかしら。 」

「 あの・・・ 麓の村へはお仕事ですか?

 あなたの瞳 ・・・ なんだかとっても淋しそうで。 気になって ・・・

 あ・・・立ち入ったコト、聞いてすみません! 」

ジョ−はぺこり、とアタマを下げた。

柔らかくウェ−ブした明るい色の前髪の間から やはり明るい色調の瞳が見える。

今、彼は笑ってはいない。

しかし 取ってつけたみたいな笑みの替わりに、真摯な光を湛え彼女をじっと見つめていた。

 

   ・・・ このコ。 お兄さんに少しにているわ・・・

   お兄さんも わたしのこと ・・・ こんな風に心配そうに でも 温かい瞳で ・・・

 

晴れ上がった冬の空よりも碧い瞳に ゆらゆらと涙が盛り上がる。

 

「 ・・・あ! ごめんなさい! なにかぼく ・・・ そのう、不愉快なコト、言っちゃったですか? 」

「 いいえ ・・・ いいえ。 そんなこと、全然・・・

 ただ ・・・ あなたの瞳が あるヒトにとても似ていたの。 それで、ちょっと・・・ 」

「 ・・・ リタさんの恋人・・・? 」

「 ・・・ ちがうわ。 でも ・・・ 愛していたひとなの。 もう ・・・ 会えないけど。 」

「 そうなんだ。 ・・・ ごめんなさい。 」

「 また。 あなたのせいじゃないのよ、ジョ−。 」

「 ね、とにかく、戻ってください。 もしその・・・ お急ぎじゃなかったら。

 神父様も ゆっくりして頂きなさい、って。 」

「 ありがとう・・・ ございます。  それじゃ ・・・ お言葉に甘えて ・・・ 」

「 わあ、よかった!  さ、その荷物、ぼくが持ちます。 」

「 あ・・・ これは いいわ。 大丈夫、軽いの。 」

「 そうですか?  ああ、足元に気をつけて。 滑らないように・・・ 」

「 平気よ、あなたが丁寧に雪かきをしてくれているから。 」

「 ・・・ リタさん ・・・ 」

「 ほら、また。 リタ、って呼んで? ね。 < ジョ− >。 」

「 あは、ごめんなさい。 リタさ・・・ じゃなくて、リタ。 」

ジョ−はちょっと赤くなり、リタと肩を並べて教会に戻って行った。

 

  ・・・ ごめんなさい。 こんなに純真な少年なのに。

  あんなに善良な神父様なのに・・・

  わたし ・・・ 悪魔の使いだわ。 本当に地獄に堕ちるわね・・・

 

半歩遅れ、金の髪の少女はそっと ・・・ わからぬように目尻を拭った。

 

 

「 あ。  あの。 これ・・・! 」

「 え? 」

ロッジに戻ると ゆりが飛んできて何かをリタの手に押し付けた。

「 こんな ・・・ 高価なもの、貰えません。

 その ・・・ ごめん、アタシ、口の利き方とか・・・乱暴だけど。 その・・・

 リタさんのこと・・・ 嫌いなわけじゃ・・・ 」

「 ええ、ええ。 勿論 ちゃんとわかっていてよ。

 この指輪はお世話になったお礼に、と思ったの。 」

「 ブラウンさん。 」

「 はい、神父様。 」

暖炉の側にいた神父さまが リタに声をかけた。

「 私達はお礼などいりません。 貴女が元気になってくれればそれがお礼ですよ。 」

「 神父様 ・・・ でも ・・・ 」

「 ・・・ ふふふ ・・・ 気が済まない、ですか。

 それじゃあ・・・ お昼にでも美味しいオムレツを作ってください。 

「 ええ! 喜んで。 腕によりをかけて作りますわ。 でも ・・・ ゆりさんの卵焼きには

 負けちゃいますけど・・・ 」

「 わあい♪ アタシもすごく楽しみ〜〜。 ね、ジョ−? 」

「 え・・・ あ、 う、うん ・・・ 」

「 なに〜 ジョ−ったら。 ぼ〜〜っとして。 」

「 なんでもないよ! ちょっと・・・ 郵便を見て来る! 」

リタの横顔に見とれていたジョ−は 慌て席を立ってしまった。

「 なんだよォ・・・・ ヘンな ジョ− ・・・ 」

 

  ・・・ ああ  ・・・ !

  こんな 温かい会話 ・・・ 久し振り。 こころとこころが微笑みあっている・・・

  ちょっとの喧嘩も なんて暖かいの。 ・・・ ああ・・・ こころが温かいわ

  ・・・ わたしの こころが ・・・ 解けてきたわ ・・・

 

  こんな ・・・ 時間、もう二度と持つことができないって思ってた・・・

  ああ・・・ わたし。 まだ こころはヒトなのね。 こころまで改造されては いないわ・・・!

 

ぽと ・・・ ぽとぽと・・・

大粒の涙が リタの白い手に落ちる。 

 

「 あれ? どうしたの、リタさん。 」

「 ・・・ ううん、なんでもないわ。 ここ ・・・ 温かいなあって・・・ 」

「 そう? 今はお客さん達いないから暖房も低くしてあるんだよ?

 あ、なにか熱い飲み物、持ってくるね。 ミルク・ティ− でいい。 」

「 ・・・・・・ 」

リタは涙の残る瞳で でも微笑んで頷いた。

 

 

「 待ってください!! どうしたんですか?? 村長さん?

 それに ・・・ 助役さんも?? 何の御用ですか! 」

外から ジョ−の大声が聞こえてきた。

 

  ・・・あ、いけない!

  あのチンピラが勝手に <指示> を履行しちゃったのね。

  ふん! このカプセルこそ出来損ないだわ!

 

リタはぱっと立ち上がりス−ツ・ケ−スを手元に引き寄せた。

 

「 神父さんはおるかね! 」

バン ・・・ 乱暴にドアが開き、数人の男達がどかどかと入ってきた。

「 おや、村長さん。 それに助役さんも。 お早うございます。

 どうか ・・・ されましたか。 」

神父様は暖炉の前から穏やかに挨拶をした。

「 早速だが。 ここを本部に決めた。 

 この地区の中心として、BGの勢力を伸ばしてゆくのだ。 」

「 は? おっしゃる意味がわかりませんが・・・ 」

神父様は困惑の態である。

「 ふん。 まだ洗脳してないのか。 お前、そのケ−スをよこせ。 」

「 ・・・・ だめよ。 」

リタはぱっと戸口へ突進した。

 

「 リタ!? いったいこれは・・・ このヒト達はどうしたんだ?

 ・・・ BG ・・・ ってなんだい。 」

「 ジョ− ・・・ 。 ごめんなさい。 もう迷惑はかけないわ。 」

「 あ・・・ リタ・・・! 」

リタはス−ツ・ケ−スを抱えると外に飛び出した。

 

「 あ! 待て!! 」

男達は 一斉に彼女を追いかけていった。

 

 

「  ・・・ ふん。 ここで待ち伏せして。 下を通ったら一気に・・・ 」

少女は金色の髪をかき上げ、崖から下の道を見下ろした。

 

「 リタ。 」

「 ・・・!?  あ、ああ・・・ ジョ− ・・・・ どうして ・・・ ここへ? 」

「 きみが崖の方へ走ってゆくのが見えた。

 ここへは裏からの抜け道があるんだ。 」

「 まあ・・・ そうなの。 」

リタの後ろには いつの間にかジョ−が蒼白な顔で立っていた。

 

「 ・・・ きみは何者なんだ。 そのトランクには何が入っているのかい。 」

「 ジョ− ・・・ 」

「 村長さんも 今朝のチンピラも ・・・ みんなヘンだ。 目が据わっているよ。 」

「 ジョ−。 ごめんなさい。  信じてもらえないでしょうけど。

 わたし ・・・ あるミッションでここへ来たの。 」

「 ・・・ ミッション ? 」

「 ええ。 ・・・  悪魔のミッションよ。 

 善良な人々を洗脳して悪魔の手先に仕立て上げるの。

 ほら、この小さなカプセルの中に強力なクスリが入っていて人々を破滅に追いやるのよ。

 わたしはミッションを成功させなければ 廃棄処分になるかもしれない・・・

 でも  ・・・ かまやしない。

 この土地や ・・・ 神父様や ・・・ ジョ−を 巻き添えには出来ないわ。 」

「 ・・・ リタ、きみはいったい何を言ってるんだ? 」

ジョ−はリタの腕をつかんだ。

「 わからなくて ・・・ わからない方がいいのよ、ジョ−。

 あなたは ずっと ・・・ 温かい心と真っ直ぐな眼差しを忘れないで ・・・・ 」

「 ・・・ リタ? 」

「 あのチンピラは処分してゆくわ。 あとのヒト達は ・・・ 気がついたらコレを・・・

 解毒薬よ。 」

「 ・・・・? 」

リタはジョ−に小さなビンを渡した。 中になにか錠剤が詰まっている。

 

「 ありがとう。 温かい時間を ・・・ あなたの・・・温かいこころを ! 」

 

「 あ!! リタッ !! 」

リタはジョ−の手を振り切ると 目の前の崖から身を躍らせた。

丁度 下から男達が追いついて来たところだった。

 

  ドドドド −−−− ゴォ 〜〜〜 !!

 

  わぁ 〜〜〜〜 ぎゃ 〜〜〜〜

 

雪崖は音を起てて崩れ落ち下から這い上がってくる人々を呑み込み・・・

リタの姿も そのまま消えてしまった。

 

「  ・・・ リタッ!  お〜いっ!! リタ ・・・ !! 」

崖の上に腹這いになり ジョ−は必死で目を凝らせたが。

そこには ただ 真っ白な雪が埋もれているだけだった。

 

   リタ  ――――――!!

 

少年の叫びが 空にこだまする。

ひとひら ・・・ そして またひとひら。  

空がジョ−と共に涙を流す ・・・  白い欠片が 静かに舞い降りてきた。

 

 

 

「 ひぇ〜〜!無茶苦茶なお嬢さんだぜ! 」

「 ・・・あ ・・・ああ。 ありがと。 加速・・・? 」

「 ああ。 ついでにあのス−ツ・ケ−スは始末しといた。 」

「 ありがとう・・・ 」

雪まみれの少女を 赤い服の男が抱え上げている。

服におとらず赤い髪にも 雪が残っていた。

「 単独のミッションだと思っていたわ。 」

「 ふん。 あのまま、アソコを根城にする手筈だったらしい。 オレぁ用心棒さ。 」

「 ・・・ そう。 わたし ・・・ 廃棄処分ね。 」

少女は男の腕から降りると 抑揚のない声で言った。

「 いんや。 オッサンがサ。 あのカプセルの問題点を指摘してよ。

 ヤツら、そっちに係りっきりさ。 オレらのことなんぞ、拘っているヒマはねえとよ。 」

「 ・・・ そう。 」

「 おい。 いいニュ−スだ。 <7人目>がやってきた。 」

赤毛の男は 何気ないフリをして少女に耳打ちをした。

「 え。 ・・・ じゃあ ・・・ あと ・・・ 」

「 ああ。 001の予告どおり。 9人目の目覚めまで もうそんなに遠くはないぜ。 」

「 ・・・ 死なないわ。 絶対に。 わたし、生きる!

 生きて、もう一度 あの世界に戻るの。 」

「 ふん、あったぼうよ。 さ、いくぜ。 上空にシ−ルド機がいる。 

 あは、この髪、目立つな。 いつものまんまのがずっと似合う。 」

「 さあね。 これも < ミッション > の一部だったらしいわ。  」

「 へえ・・・?  お、しっかりつかまれよ。 」

「 ・・・ あと ・・・ 少し! 」

少女は自分自身に言い聞かせ、しっかりと顔をあげた。

 

   ・・・ Mon  Dieu ( 神様 ) ・・・ ! もう一度だけ御名を呼ばせてください・・・

 

雪は少女の肩にも男の赤毛にも ひとひら ひとひら、ふり注ぎ始めた。

 

 

 

 

「 ジョ− ・・・ なにを見ているの。 」

「 ・・・ うん ・・・?  雪だよ、ほら・・・・ 」

「 まあ。 冷えると思ったらとうとう降ってきたのね。 この辺りでは珍しいわねえ。 」

ジョ−は相変わらず窓の外をみつめたままだ。

「 うん・・・ 積もることはないだろうけど。 海に落ちてゆく雪って ・・・ なんだか吸い込まれそうだ。 」

「 そうね。 ・・・ なにか ・・・ 気になること? 」

「 え? ・・・ ううん。 ねえ ・・・ 冷えちゃった。 きみは? 」

フランソワ−ズは肩からかけていた毛布を胸の前でかきあわせる。

開いた裾からは白い肢がほとんど根元まで露わに見え隠れしていた。

「 こんなトコで襲ったのは だあれ。 わたしこそすっかり凍えてしまったわ。 」

「 ごめん ・・・ でも。 綺麗だ・・・ 」

「 もう ・・・ ! 」

ジョ−は笑って暖炉の前に戻ってきた。

炉には盛んに火が踊っていて、周りに敷かれた毛皮の敷物に橙色の熱と明かりをなげかけている。

その光は ・・・ フランソワ−ズの白い肢体を一層艶やかに照らす。

ジョ−はほれぼれと彼の恋人を眺め、吐息を漏らした。

フランソワ−ズは頬を染め、ちらばっている衣類を引き寄せた。

「 そんなに ・・・ 見ないで。 」

「 なら・・・ 見ないけど。 ・・・ 暖めてほしいな。 ぼく 凍えちゃったよ ・・・ 」

ジョ−はぱさり、とフランソワ−ズの後ろに座り込んだ。

長い腕がすっぽりと彼女の裸身を包み込む。

「 ジョ− ・・・ 雪はきらい? 」

「 いいや。 でも ・・・ さ。  

 雪ってさ。 いろんな想い出を運んで落ちてくるね。 」

「想い出? そう ・・・ 子供の頃のこととか? 」

「 それも あるけど。 」

ジョ−のしなやかな指がゆるゆると亜麻色の髪を愛撫する。

フランソワ−ズが もぞもぞと肢を組みかえる。

 

  ・・・ ジョ− ・・・・ そんな風に ・・・

  あ・・・ また。 わたし、また ・・・ 熱くなってしまうわ ・・・

 

「 ねえ。 」

「 ・・・ なあに ・・・ 」

「 怒らないで聞いてくれる? 

 ぼく ・・・ きみと良く似た瞳の女の子に恋したこと、あるんだ。 」

「 ・・・ 恋 ・・・?」

「 うん。 初恋の ・・・ 片思い。

 でも ・・・ あの瞳が忘れられなくて。  あのコのことが・・・忘れられない。

 そっくりなきみの瞳を信じて ・・・ みんなについてきたんだ。 」

「 ・・・ そうなの? ・・・ よかったら そのコの事・・・ 話して。 」

 

いいの。 

 

ええ。 わたしも ・・・ 聞きたいわ。

 

うん ・・・ そう、ぼくが出会ったのは  金の髪の少女  だったんだ。

 

・・・・ そう ・・・ それで ・・・・ ?  聞かせて、ジョ− ・・・ あなたの恋したヒトのこと・・・

 

 

 

***********    Fin.   ***********

 

Last updated : 08,21,2007.                            index

 

 

******  ひと言  ******

え〜〜 お気付きの方も多いとおもいますが。

この小噺は 1965年少女フレンド掲載の御大の作品 『金色の目の少女』が

下敷きになっています。 ( 旧ゼロの 『 金色の眼の少女 』 も同様です。 )

え〜〜例によってフランちゃんバ−ジョンってか、無理矢理に平ゼロ設定に

こじつけてしまいました。 申し訳ありません〜〜〜 <(_ _)>

でも・・・さ。 こんな素敵な出会いがあっても ・・・ いいんじゃないかにゃあ〜〜(^_^;)

この半年後くらいに  ジョ−君は ・・・ なのです。

季節外れもイイトコ、残暑お見舞い・・・と思って頂けましたら幸いでございます。

あ、<ゆり>さんは 新ゼロのあの方とは無関係、そして教会の名称もデタラメです