『 きみ は きみ 』

 

 

 

 

 

 

 

  ―  わたしの兄に 似ているの。 

 

彼女は 初めて二人きりになったときにそう言ったのだ。

出逢ったときから いつだってきっかりと見開かれた碧い瞳に ―  彼はその眼差しの強さに

初めは恐ろしい、とさえ感じていたのだったが ―  今は穏やかな光が湛えられている。

  ただし。  二人きり といっても ・・・ < そんなんじゃない >

所謂 甘い雰囲気 とか もわもわ〜んとした艶かしいムード など微塵もなく。

それどころか 彼はズタボロに損傷し身体中にチューブやらコードを繋がれ横たわっている状態だったし

彼女は 懸命に補修作業をヘルプ、状況の推移を観察する業務の真っ最中だったのだ。

 

   ・・・ あ。  ぼく。  そうか ・・・ ぶっ倒れちゃったのか・・・

   ふうん ・・・?  機械の身体でも 失神したりするんだ・・・?

 

彼は やっと意識がはっきりしてきて現在の状況が見えてきた。

腕脚はまだ鉛のカタマリみたいで 指一本動かすのも億劫だったけれど次第に視界はクリアになった。

眼の前で 金髪碧眼の美少女が懸命に看護 ・・・ いや、データを拾っている。

 

   えっと ・・・ 何番だったっけか 彼女のコードNO. ・・・4? ちがうな、・・・ う〜ん ・・・??

   ・・・ そうだよ、 彼女を守ろうとしてぼくは飛び込んだんだ。

   うん、 このコ、結構ムチャクチャするんだよな・・・

 

白い指先が コードの捩れを直し、チューブのコックを調節している・・・・

彼は そんな彼女の横顔をぼう・・・・っと ― いつの間にか かなり熱心に見つめていた。

 

「 ・・・ん?  あら。 気がついた、009?  気分は どう? 」

「 ・・・ え   あ。 ご ごめん ・・・! 

「 ええ? なにを謝っているの?  あら・・・ 顔が赤いわ、発熱しているのかしら。 」

ひんやり  ―  白い手が彼の額に舞い落ちてきた・・・!

「 え! ( ・・・うわ ・・・! ) 」

「 ・・・ うん これなら大丈夫。  ねえ、気分はいかが。 なにか欲しいもの、ある? 」

「 ・・・ き み ・・・ が 欲しい・・・ あ! いいいい いや  その・・・ え〜〜・・・

 あ! み、水・・・! 水が欲しいデス。 

「 あら お水? ちょっと待ってね。 あっちのクーラーボックスにミネラル・ウォーターがあったはず・・・ 」

「 ・・・ あ  ふ、普通の水で・・・いいデス 」

彼の言葉を聞く前に 彼女はぱたぱたと隣の部屋に出て行った。

 

    あ ・・・ なんか。  可愛いなあ ・・・

    ぼくと同じくらいのトシ かな。  ・・・ガイジンだけど日本語 上手いよなあ・・・・

 

彼は そろそろと首を動かしてみた。

アタマや頸部に付けられた何本のものコードがわらわらと一緒に揺れたが 気分は悪くはない。

とても失神するほどの大怪我の後、とは我ながら思えなかった。

あの激しい電撃攻撃を受け 自身に備わった不可思議な装置を駆使し ・・・ ぶっ倒れた。

 

    ・・・あ   ・・・・ これで おしまい  なんだァ ・・・・

    あのコ ・・・  無事で よ  か  っ  た ・・・

 

その時、遠退く意識の中で 彼は奇妙な安堵感に浸っていた。

あの目覚め以来 目まぐるしく ・ まるで早送り画像みたいに起こった出来事は これでもうおしまい・・・

うん、きっと。 これは 夢 なんだ。

そうだよ、ぼくは。 崖から海に飛び込んで ― ああ。 もしかして。 これは ・・・

とびこんで 海に落ちてゆく最中に見ている 幻影 なのかもしれないな・・・ ああ ・・・

 

   ― そう思った瞬間に すとん・・・と彼の意識は闇に落ちた。

 

それが。

 

今 こうして再び 眼を開いているのだ。

 

   ・・・ どっちが 夢なんだ?  今 ?? それとも ・・・ 教会で暮らしていた頃・・?

 

彼は ようやく感覚の戻った腕をうごかし肘をつき、ゆっくりと身を起こし始めた。

 

「 ・・・ お待ちどうさま。  あら! だめよ、だめ! まだ起きてはダメ!! 」

「 あ。 ご、ごめん・・・ 」

先ほどの美少女がコップを持って戻ってきて たちまち取り押さえられてしまった。

「 なんて無茶なひとなの 009って!  あなた、絶対安静なのよ! 」

「 う・・・ ああ そうなんだ? ご・・・ごめん・・・ あのう、ぼく、どうしたのかな。 」

「 もう・・・ 覚えていないの? あなたってば0010と戦って加速装置の使用限度を

 オーバーしてしまったのよ。   はい、お水。 」

「 あ・・・ ありがとう!  ・・・ ああ うまい・・・ 」

「 博士がね、 あんなムチャクチャな使い方ってあるか!って。 呆れていらしたわ。 」

「 むちゃくちゃ・・・って。 ぼく、 アレの使い方よくわからなくて・・・

 きみがアイツの標的になる!って思ったら もう夢中で飛び出してしまったんだ。 」

「 ・・・ あなたって・・・ ああ、外れているわ・・・ 」

本当に無茶なヒトねえ・・・と彼女はつぶやきつつ コードやチューブを装着し直した。

「 あ・・・ ごめん   ありがとう・・・ 

「 ・・・ふふふ・・・ 可笑しなヒト。 どうしてそんなに謝ってばかりいるの? 」

「 え・・・ あ? そ、そうかなあ。 全然気がつかなかったけど・・・ 」

「 ま・・・ もうちょっと安静にしていてちょうだい。 そうしないとはやく治らなくてよ。 

 ふふふ ・・・あなたって。  」

空になったグラスを受け取ると 彼女はほんのり・・・微笑んだ。   ― そして・・・・

 

   わたしの兄に ちょっと似てるわ 

 

大きな碧い瞳に 穏やかな光が溢れている。

「 ・・・ お兄さん ・・・?  きみの? 」

「 ええ、そうよ。  ふふふ 兄さんってばね。 

 ・・・ちっちゃい頃にね。 わたしが男の子と喧嘩してると 必ず・・・

 僕の妹に何をする!って飛び出してきて。  庇ってくれたの。 」

「 ・・・ あ は。 きみって男の子とよく喧嘩たわけ? 」

「 あ、あら。 それは勿論、弱いものイジメをするような卑怯なヤツとよ? 

 だから ね。 あの時・・・ 009、 あなたが飛び出してきてくれて すごく・・・嬉しかったわ。 」

「 あ・・・ あは ・・・そ、そうかな。 ぼく、もう夢中でさ・・・ごめん、迷惑をかけてしまったね。 」

「 迷惑だなんて! そんなこと、誰も思ってやしないわ。  ありがとう、009。 嬉しかった・・・ 」

「 そ、そう・・・?  あ、きみ、いいなあ、お兄さんがいるんだ?  」

「 ええ。 009は ? 」

「 ぼくに 兄弟は・・・ってか 家族はいないんだ。 ぼく、孤児院で育ったかから。 」

「 まあ ・・・ そうなの。 ごめんなさいね。 」

「 え いいよ、別に。   でもさ、きみ。この闘いが終って故郷に帰ったら お兄さんに会えるね! 」

「 あ ・・・   ああ、009 ・・・ 知らなかったの? 」

「 え。 なにを。 」

 

その後の彼女の言葉は ジョーのこころにつよく突き刺さった。

とても真実 ( ほんとう ) とは思えなかった  ― それよりも彼女の淡い笑みが ・・・

ひっそり微笑む 澄んだ笑顔だけが 彼の心に焼きついた。

 

   ・・・ そんなこと 言うなよっ !!! そんな淋しい笑顔なんか やめろってば!

 

彼は ― 怒った。  こころの奥底からふつふつと怒りが煮え滾り、吹き上げてくる。

自分自身でもなぜかわからないのだが、猛烈な怒りが込み上げきた。

許さない。 彼女にあんな顔をさせるものは ― すべて。

そうさ、そんなの・・・! 関係ないよッ! きみは・・・ きみだ!

 

「 あら 汗?  ああ お水飲んだからね。  随分回復してきた証拠だわ。

 それじゃ ・・・ 点滴のスピードを緩めましょうか。  」

「 あ ・・・ う、うん ・・・ 

彼女はポケットから時計を取り出すと 秒針を読みつつチューブについたコックを調節している。

「 いろいろなコトが立て続けに起こって・・・ 大変だったでしょう?

 少しは落ち着いたかしら。  」

「 え・・・ あ。 う、うん ・・・ 」

「 わたし達  009、あなたを待っていたの。 あなたが目覚めるのをずっと待っていたのよ。

 009が目覚めたら。 脱出するんだって。 その日を皆、息を詰める思いで待っていたわ。 」

「 ・・・ そうなんだ ・・・ 」

「 ええ。  ・・・ありがとう。 」

「 え ? なにが。 」

「 わたし達と一緒に来てくれて。  あの海岸でわたし達を信じてくれて・・・・! 」

「 あ ・・・ ああ  そ、そうだったね。  ぼく 何がなんだか全然わからなくて。

 でも  きみの あ! あの! きみ達の声、ずっとぼくを呼んでいた気がしたから。 」

「 わたし達の声?   ああ、001がずっとテレパシーで話しかけていたわよね。 」

「 う、うん。 そうだけど・・・ でも なんか ず〜っと ず〜っと前から呼ばれてたみたいで・・・ 

 ぼく、誰かに必要とされたのって 初めてだったんだ。 」

「 ・・・ そう ・・・・  あら 余計なお喋りしちゃったわね、絶対安静なのに。 

 ごめんなさいね。  もうすこしゆっくりお休みなさいな。 」

「 うん ・・・ あの。 今 何時なのかな。 」

「 ええとね ・・・ 」

彼女は手にしていた時計を持ち上げた。  金色のすこし鈍い光が彼の目に入った。

「 わあ・・・ その時計。  懐かしいな・・・ 神父様がそんなの、持っていらして・・・

 よくポケットから出してテーブルの上に置いたりしてたっけ。 」

「 そう? これ・・・ 兄の ・・・ もの なの。  子供の頃、 欲しくて欲しくて・・・

 何回もねだって。  でも どうしても   うん  って言ってくれなかったわ。 」

「 ふうん ・・・? 

「 それが、ね。  去年・・・あ、ううん ・・・ じゅ、十八のお誕生日にね・・・ くれたのよ。 」

彼女は パチパチとその時計のフタを開けたり閉じたりしている。

「 そうなんだ。  大切にしなくちゃ ね? 」

「 ・・・ ええ ・・・ 」

彼は 手を伸ばし彼女の手と一緒に 時計のフタを静かに閉めた。

 

    フランソワーズへ  愛と幸せの時間を・・・!   

 

彼の目に 彫り付けた言葉とその後の日付が飛び込んできた。

文字はよく読み取れなかったけれど 数字だけはジョーにもはっきりとわかった。

 

     ・・・ え。  これって。 彼女のバースデイってことか??

     だって ・・・ 今日じゃないか !?

 

「 ― あの ・・・ ! 」

「 え? なあに 009。 」

「 あ ・・・ あの!  誕生日 おめでとう !   ゼロゼロ・・・ え〜と・・・? 」

彼は がば・・・っと起き上がり時計と一緒に彼女を引き寄せ ・・・

 

「 ごめん。 なんにも プレゼント、なくて。  あの・・・ ! 

「  ・・・ きゃ・・・・なにを・・・!   あ ・・・ ぜ、ゼロゼロナイン ・・・! 」

「 ― ジョー 」

「 ええ?? 」

「 ジョーって言うんだ。  島村ジョー。 ゼロゼロなんとか・・・じゃなくて・・・! 」

「 ・・・ ジョー・・・?  わたし フランソワーズ よ。 」

「 ふ らんそ わーず  ! 」

彼は  いや、 島村ジョーはそのまま 彼女 ― フランソワーズを抱き寄せ 唇を重ねた。

 

 

 

「 あんなにびっくりしたことって。  もう一生ないかも・・・ 」

フランソワーズは にこにこしつつお茶ポットを運んできた。

「 あ・・・ 持つよ。  わあ・・・いい匂だなあ・・・ へへへ・・・またあの話かい。 」

ジョーはソファから立ち上がると 彼女に駆け寄りトレイごと受け取った。

「 だって。 忘れることなんか出来ないもの。 衝撃のバースデイ、だったかもしれないわ。 

 いきなり・・・ キスが降ってくるなんて・・・ 

「 ごめん・・・ ぼく、なんにも出来なくて。 このヒト、今日バースデイなのに どうしよう!って焦ったんだ。

 そしたら 急に思い出したんだ。

 子供のころ、施設によく手伝いに来てくれてた外人のシスターがね、誕生日にキスをくれた。

 と・・・・っても 嬉しくて、さ。 」

「 あら まあ・・・ステキねえ。  きっと若くて美人なシスターだったのね。 」

「 あは。 残念でした、 優しい灰色の瞳をしたおばあちゃんさ。  でもすごく嬉しかったから。

 だから ・・・ きみにもっておもって・・ 」

「 ありがとう、ジョー。 ふふふ ・・・びっくりしたけど。 嬉しかったわ。

 ああ・・・ バースデイにキスを貰うなんて もう・・・ずっと忘れていたことだったし・・・ 

「 ・・・ それだけ? 」

「 え? なあに? 」

「 あ・・・ ううん、 なんでもナイ。 お♪ クッキーもある・・・ わお〜これ オーツ・ビスケットだね? 」

「 当たり。 ジョー、好きでしょう?  ケーキみたいで美味しいって言ってくれたから・・・ 

 今日のはレーズン入りなの。 生地は塩味にしてみたわ。 」

「 ふう〜ん、楽しみだなあ。 このちょっとごそごそした食感がいいんだ。  うわ〜お・・・ 

ジョーはそろそろとティーセット一式が乗ったトレイをテーブルに置いた。

「 ・・・ ふふふ。  こんな風にお茶タイムできるなんて。  今でも夢みたいな気がするの。 」

「 夢なんかじゃないよ!  

 ずっと こんな風に暮らして行こうよ。  ぼく達 ・・・ やっと手に入れた普通の生活 じゃないか。」

「 そうね。  ・・・ あの頃、いろいろあったし。  ジョーもよく単独行動してたし・・・・ 」

「 え  ああ。  うん、そうだったな。  

「 ほら ・・・ どこかの研究施設を破壊してきたこともあったでしょう?

 博士や皆に 単独行動はダメだって 散々言われてたわ。 」

「 うん ・・・ そんなコトもあったよね。  最近はずっと普通の暮らしができてよかったと思うな。 」

「 ええ  ええ そうね。   あら、博士は? 」

「 さっき きみに呼ばれたときに声をかけておいたのだけど・・・ あれえ?? 」

いつもの肘掛け椅子に その主の姿は見えない。  

「 きっとまだ書斎に篭っていらっしゃるのね。  わたし、 お呼びしてくるわ。 」

「 あ、ぼくが行ってくるから・・・・ きみは美味しいお茶、担当してください。 」

「 了解。  ジョーも お茶の味になかなかうるさくなってきたのね。 」

「 あは。 きみに教えてもらったから さ。  グレートやアルベルトにはとても及ばないけど。 」

ジョーは笑って いい匂いでいっぱいのリビングを出ていった。

 

 

  ふんふんふん ・・・ 足取りも軽く、自然にハナウタのひとつも出てこようというものだ。

ジョーは廊下を曲がり 奥にある博士の書斎に向かった。

 

    ぼくだって。  あの時の勇気には自分でもびっくり、さ。

    ・・・ ふふふ ・・・ だけどさ。 次に彼女に キスするまで − その・・・本当のキスをするまでさ、

    いったいどれだけ時間がかかったかなあ・・・・ ははは もう忘れちまったけど・・・

 

今は恋人となった彼女の 当時のびっくり顔が思い出され、ジョーはまた笑ってしまう。

甘酸っぱい思い出と一緒に ジョーはご機嫌で書斎のドアをノックした。

「 ・・・博士〜〜 お茶ですよォ〜〜 冷めてしまいますよ〜 」

  ゴソゴソゴソ ・・・ ガタン・・・!  バサ ・・・ッ 

「 ??? 博士?  どうか なさったのですか。 あの・・・開けていいですか。 

「 う・・・ ああ、いや。 ・・・ ジョー かね? 一人かい。  」

ドアの向こうからなにやら 博士の声が ― 珍しく焦った声が聞こえてきた。

「 へ?  ・・・え、ええ。 ぼくだけ ですけど? 」

「 そうか・・・! ちょ、ちょっと・・・待っておくれ。 いますぐ ・・・ 」

 

  ガタン ・・・・! 

 

「  イテ ! ・・・ イテテテ・・・ 」

なにかがなにかにぶつかった ・・・らしい。 次いで う〜む・・・と唸り声まで漏れてきた。

「 博士!! 大丈夫ですか! もう〜〜 開けますよ! 

「 ・・・あ! ま  待て ・・・ 」

 

   ― バン ・・・!

 

ジョーは構わず ドアを開け放った。

「 博士! どうなさったのですか!?  あ・・・・あれれ・・・ 」

「 ・・・ う〜 ・・・ ジョーか ・・・ め、面目ない ・・・ イテテテ・・・ 」

ギルモア博士が 書斎の真ん中で転がっていた!

「 大丈夫ですか?  ほら・・・・立てますか、起こしますよ? よい・・・しょ! 」

「 う・・・ イテテテ ・・・ ありがとうよ、ジョー。  いやなに、ほんのちょっとしくじった・・・

 コレを作っておって。 お前の声がして慌てて立ち上がり 向う脛をしたたか打ってしまったよ。

 なに、単なる打撲じゃよ 心配せんでいい。  」

博士は 脚をさすりさすり椅子に座った。

「 本当に大丈夫ですか?  ・・・ あの ・・・ これ。 なんです? 」

ジョーは書斎の真ん中に陣取っている金属の棒の組み合わせみたいなモノを ジロジロと眺めた。

「 あ・・・うん。 あのぅ な。 これは バーの脚、じゃ。 」

「 ?? ばーのあし??  何ですか、それ。  新しい装置・・・かなにかですか?  うわ・・!? 」

ジョーは足元に転がっていた長い木材を蹴飛ばしてしまった。

「 い・・・って・・・!  あ、す、すみません!  これも使う・・・のですよね? 」

「 お ・・・ お前、それを折らんでくれよ!  ああ・・・ 無事か・・・ 」

博士は椅子から飛び上がると 床の木材をそっとなで・・・ほっとしてる。

「 ・・・ あのう? 」

「 あは・・・すまん すまん。 お前に本気で蹴られたらひとたまりもないからのう・・・ 

 これはな、 レッスン用の バーとその支柱じゃよ。 フランソワーズに、と思ってな。 」

「 へえ・・?? あ、 バレエのですね? こういうの、レッスンで使うのですか・・・・ ふうん・・・?

 博士、 よくご存知ですねえ。 」

「 ふん、ワシらの国ではバレエはかなり身近な芸術じゃったからな。 

 TVやら新聞・雑誌でレッスン風景を目にする機会も結構あったさ。

 ジョ−、お前なあ ・・・ 恋人の趣味についてくらい、もっとちゃんと知っておけよ? 」

「 あ・・・ はあ。 スイマセン・・・ 」

「 ・・・ ふん この朴念仁のどこがお気に召したのかの。  

 まあ ・・・ 蓼食う虫も好き好き、ということか・・・それも いいが。

 うん、それでな、 コレを彼女のバースデイ・プレゼントにしようと思ってな。 

 ほれ、地下のロフトな、 あそこの空きスペースを改築してやるつもりじゃ。 」

「 へえ・・・すごいですねえ・・・喜びますよ、彼女。 」

あの笑顔がまた見たいなぁ 見れるといいなぁ ・・・とジョーは一人でにこにこしていたが。

 

 

    あ ・・・・!!!

 

 

突然のジョーの叫び声に 博士はまたまたコケそうになった。

「 ?? な、なんじゃ?? ジョー、どうした? なにか・・・ 敵襲か?? 」

「 ・・・ あ ・・・い いいいいえ ・・・す、すみません なんでもナイです・・・ 」

「 はあ??? 」

 

   トントントン ・・・・! 

今度は軽いノックが 聞こえてきた。 それと一緒に ・・・

「 博士?   ジョーもそこにいます?  もう〜〜〜 お茶がすっかり冷めてしまいましたわ〜〜 」

「「 ・・・あ! 」」

博士とジョーは 顔を見合わせ ― 二人は大急ぎでドアに向かって突進した。

 

   バタン ・・・バタン・・!

 

「 ??? どうか・・・したの? 博士? ジョー?? なにか・・・・? 」

書斎を飛び出し 大慌てで後手にドアを閉めた二人を フランソワーズは不思議そうに眺めている。

「 い・・・いや。 なんでもないぞ。  なあ、 ジョー? 」

「 あ  ・・・ は、はい。  ごめん ・・・ フラン・・・ 」

「 そう? それなら。 早くリビングにいらしてくださいな。 あ〜あ・・・せっかく美味しくお茶が淹ったのに。

 もう・・・淹れなおしだわ。 

「 ごめん・・・! あ、ぼく、先に行ってお湯を沸かしておくね! 」

ジョーはどたばたと廊下を駆けていった。

 

「 ・・・ ほんに 落ち着かんヤツじゃのう・・・ お前 やっぱり ・・・ アイツがいいのかい。」

「 ・・・・・・ 」

こくん ・・・と頷く彼女の頬は いまだにほんのり染まるのだ。

「 ・・・ うん ・・・ そうか。  それでは美味しいお茶を頂くとするか。 うん、お嬢さんや? 」

「 はい♪ 」

す・・・っと差し出された腕に フランソワーズは微笑んだまま腕を預けた。

崖っぷちに建つギルモア邸では 今日も穏やかなティータイムが始まった。

この日々が ずっと続いたらいい ・・・ 誰もがこころから願っていた。

 

 

   次の日から  ジョーの帰りはぐっと遅くなったのであるが・・・

 

 

「 ・・・ お帰りなさい。  遅かったのね。 お疲れさま・・・ 」

「  ! フランソワーズ ・・・ !  起きててくれたのかい? 」

ジョーは 玄関ポーチで棒立ちになってしまった。

誰も起こさないように。  特に耳聡い住人に気を使い、車も極力静かにガレージに入れてきた。

もっとも、彼女がその気になったら邸の前の急坂を登り始めればすぐに <わかって> しまうだろうけれど。 

日常生活では 彼女を始めメンバー達は能力を使わない。

オート・セキュリティのドアも 絶対に音を立てずに そ・・・・っと開けたのだが。

 

ポーチに一歩 踏み入れた途端に 灯りが煌々と点いてしまった。

 

「 あ! 起こしてしまった? ごめん・・・ 」

「 ううん ・・・ 起きてたの。 編み物に夢中になってて・・・ あ、お夜食、すぐに暖めるわね! 」

「 あ・・・・ いいよ、そんな・・・ 」

ジョーが止める間もなく、彼女はぱたぱた・・・キッチンに駆けていってしまった。

 ― もう 日付は翌日になっている。

 

    編み物なんて・・・ ウソだよな・・・ ごめん〜〜〜 フラン・・・

    気がついたら とんでもない時間だったんだ・・・

    だってさ。 忘れてたんだよ、ほんとうにすっかり。 

    ったく・・・! ぼくって ホント、 もう・・・

 

ジョーは自分自身が情けなくて、ふか〜〜い溜息をついてから キッチンに向かった。

 

 

 

「 ・・・ ジョー ・・・? 

こそっと呼んでみたけれど。  自分の耳元ですうすう寝息をたてている顔はぴくり、とも動かなかった。

「 ・・・ もう・・・ あっと言う間に眠っちゃうんだもの・・・ 」

フランソワーズは ゆっくりと姿勢を変え、自分の身体に絡まっているジョーの腕を緩めた。

「 よく寝てる・・・ 疲れているのね。  お仕事、そんなに大変なのかしら・・・ 」

 

遅い夜食を終え、すこしお喋りでも楽しもうか・・・と思っていたら、彼の腕が伸びてきた。

たちまち抱き上げられ ベッド・ルームに直行し。  

ほとんど言葉を交わす間もなく ジョーはかなり性急に求めてきたのだ。

 

    あ・・・・そんな ・・・の。 まって まって・・・・!

    ね・・・ この頃 どうしたの?  バイトって いつもこんなに遅くまでだった?

 

「 ね。 ジョー・・・ あの・・・ちょっと待って・・・ 」

「 待てない。  ・・・ お願いだよ、フラン・・・! 」

「 ・・・ 仕方のないヒト ・・・ あ ・・・ や だ ・・・ ! 」

ジョーは熱い嵐となり彼女に襲いかかり、フランソワーズは流されまいと必死で 岸辺に縋っていたが

やがて 自身の熱に手元は緩みたちまち情熱という奔流に飲み込まれてしまった。

 

やっと 息を吹き返してみれば彼はもうとっくに眠りの底に落ち込んでいる。

「 ・・・我侭さんなんだから。  ねえ・・・・? たまにはゆっくりおしゃべりもしたいの。

 このごろ・・・ちっとも話をしてないわ。  」

ちょん・・・と彼の鼻の頭にキスをしてから 彼女はそろそろとベッドから抜け出した。

 

「 ・・・ あ〜あ・・・くちゃくちゃじゃない。  ジャケットもこんなところに放り投げて・・・ 」

ガウンを引っ掛け、床やベッドの上に散らばった衣類を集めてゆく。

「 ・・・ あら? ? 」

拾いあげたジャケットから ほのかに芳香が漂う ・・・

「 ジョーのフレグランス?  ・・・ ううん、これはメンズのものじゃないわ。  研究室の誰かかしら。 」

ジョーは博士のツテで 自動車エンジンの開発の研究室で 助手兼ドライバーのアルバイトをしている。

通勤には一応ジャケット着用だが 現場ではいつもツナギを着ているはずだ。

「 ・・・ 帰りの電車かしら。  ううん・・・ジョーは車よね・・・ 

 やだ・・・ こんな香が移るほど・・・側にいたのかしら。 ・・・随分キツい香だこと・・・  」

フランソワーズは 静かに窓を開けた。

冷たい夜気が どっと入ってくる。

「 さむ・・・!  でも。 こんなの、クローゼットに持ち込みたくないもの。 」

バサ。  バサ ・・・バサリ ・・・・!

彼女は ジャケットに残る香を夜気の中で振り払った・・・・

 

 

  ― あれは つい2〜3日前のこと・・・

「 ・・・ ふう・・・・。 今夜も ・・・遅いわねえ・・・  」

何十回も見上げた時計は そろそろ真上に針を重ね始めていた。

ジョーは まだ帰らない。 

 

   先に休んでいてくれよ。  待っていてくれなくていいよ。

 

彼は出掛けに笑って言うのだが。

 

   ええ、わかったわ。 でもなるべく早く帰ってね・・・・

 

彼女も笑顔で答えるのだが。

  ― やはり 今夜も彼女はリビングで所在無く編み物を引っ張り出したり雑誌を捲ったり・・・

夜更かしをしている。

 

「 ・・・ 帰ってきたくないの・・・? ジョー・・・ここが ・・・つまらない? 

 あの笑顔・・・本当なの。  ・・・ わたしに 飽きた・・・の・・・? 」

ジョーの いつもの笑顔までなんだか勘繰りたくなってくる。

いつぞやはジャケットに移り香があった。  

スーツの背中に ファンデーションがついていたことも  ワイシャツに口紅らしき跡が擦れていたりも した。

 

   やっぱり こんなおばあちゃんは いやよね・・・

   ジョーだって 同じ世代のヒトとのほうが話題も合うでしょうし。

 

ぼんやり彼を待つ夜、フランソワーズはどんどんマイナス思考に陥っていた。

もう 起きて待つのはよそう! ・・・ 幾度 思ったかしれない。 

しかし・・・

 

「 ・・・ ううん。 ジョーだって外にでればいろいろなヒトと出会うでしょ・・・

 香水のキツいヒトもいるかもしれないし。  ちょっとぶつかったりしたのかもしれないわ。 

「 夜食、美味しい!って喜んでくれるんだもの。

 おかえりなさい、って言うととっても嬉しそうな顔、するのよね・・・

 ・・・ ベッドでのジョーは ・・・ ウソじゃないわ! 彼は いい加減なヒトじゃないもの。

 ああ・・・ そうよ、わたし。  ジョーを信じるわ。 」

溜息をつきつき やっぱり彼女はリビングで彼の帰りを待つ日々が続くのだった。

 

 

 

 

 

「 ちょっと出かけてくるって。  ほんの少し遠出する・・・ そうです。 」

「 アイツが ・・・ ジョーが そう言ったのか。 」

「 ・・・ はい。 」

朝日がギルモア邸のリビングにいっぱいに差し込んでいる。

目映い冬の陽光の中で、 博士とフランソワーズは強張った顔を見合わせている。

 

 

その日 ― 朝の早い博士は リビングに下りてきて、昨夜のままソファで寝込んでいるフランソワーズを

見つけてしまった。

「 ・・・ ん? おや 珍しいの、彼女がこんなところで。  

 あ・・・れ。 ・・・と、いうことはジョーのやつ、昨夜は ・・・? 」

博士はあわてて彼女を揺り起こした。

「 フランソワーズ・・・? これ、 こんなところで寝てはダメじゃよ。 おい・・・? 」

「 ・・・ん ・・・ あ、 ジョー??  ・・・ あ あら・・? 」

ぱっと跳ね起きた彼女は 周囲の明るさにきょろきょろしている。

「 あら・・・電気・・・? スタンドだけにしておいたはずなのに・・・・

 あ・・・ 博士。  まだお休みではなかったのですか。 」

「 これこれ・・・ 何を寝ぼけておるのじゃね? もう朝じゃよ、 6時をちょっと回ったところじゃ。 」

「 ・・・ え! あ・・・いやだわ、 わたしったら。 昨夜のまま・・・ここで・・・ 」

フランソワーズはあわててセーターを引っ張り、ショールをソファから取り上げた。

「 こんなところで転寝をすると風邪をひくぞ。  おい、昨夜 アイツは? 」

「 ・・・ え? まだ帰って・・・いないのですか。 」

今度は彼女があわてて博士を見つめかえした。

 

   結局、ジョーはその日は帰宅せず、 次の日の夕刻になっても姿を見せなかった。

 

「 はい・・・ああ、そうですか。 どうもありがとうございました。 」

フランソワーズは丁寧に電話を切った。

「 研究室の方には休暇届けが出ているそうです。 今週いっぱい・・・ 」

「 ふん?  ・・・ ということは。 ヤツの予定の行動だった、ということじゃな。

 なにか個人的な用事か 旅行にでも出たのかの。 」

「 でも・・・それなら帰る日とか行き先を教えてくれると思いますわ。

 ほら・・・ 夏にふら・・・っと出て行った時だって翌日には帰るからって言ってました。  」

「 んん?  ああ、あの時、な。  そうそう・・・ 七夕の夜じゃったなあ。 

 ヤツはどこぞの山里に行ったのじゃったか。 そうか あの時は一晩だけじゃったな。 」

「 ええ。  それに あの ・・・ 」

「 うん ? どうしたね。 」

フランソワーズはすこしモジモジしていたが 頬を染め話を続けた。

「 あの。 ジョーのクローゼットから防護服とスーパーガンが なくなっていました。

 ジョーはあれを着て行ったのです。 」

「 ・・・ ほう。  ということはヤツは なにか を見つけたのか? 」

「 さあ。  わたしは何にも・・・ 

 最近ずっと帰りが遅くて・・・ 夜食を食べるとすぐに寝てしまうのでロクに話す時間もなかったのです。 」

「 そうか。  よし それではともかく全員に召集を掛けよう。 専用アドレスで送ってくれ。

 遠方のもの達には悪いが ・・・ 至急集合せよ、とな。 」

「 了解しました。 緊急メールを送ります。  」

「 頼むぞ。  ・・・ ああ、フランソワーズ? せめて朝食でも食べてからにしたらいい。 」

「 いえ。  お見苦しくて申し訳ないですが ・・・ ミッション優先ですわ。 」

フランソワーズは乱れた髪を押さえつつ 緊急用のPCを立ち上げ始めた。

 

「 まず、ヨーロッパ組からね。  ・・・ あら? 着信だわ。 まあ、アルベルトから? 

 博士、アルベルトからです、 え ・・・ 緊急?? 

「 ほう。 なんじゃ・・・ 

「 開きますね。   ― え!? 」

「 どうした?  ・・・ なんじゃと!? 」

二人はモニターに釘付けとなり 信じ難い文章をまじまじと見つめていた。

 

 

    009は死んだ! というメールを受信。 このメ・アドです。

    A・フリードキン という人物からですが。 至急乞連絡。 いや、即刻そちらに発ちます。

 

「 ・・・ そ そんな ・・・ウソよ・・・! 」

「 ふむ。 フリードキン・・・どこかで聞いた覚えがあるぞ。 」

「 え?! 本当ですか!  ああ ピュンマからも今・・・着信が! 」

「 ほう・・・ ふん、似たり寄ったりの内容じゃな。  おお、さすがにピュンマじゃな、データ添付か・・・

 ちょいと待っておれよ。 」

博士はピュンマのメールを読むとすぐに別にプログラムを開き検索を始めた。

「 博士・・・ ジョーに・・・ジョーになにかあったのでしょうか? 」

「 これ、落ち着きなさい。  ・・・おお、あった。 これじゃ、これ ・・・ 

 A.フリードキン についてのファイル。  ふむ ・・・ あ、アイツか。 バイオ・ハザードを狙って

 細菌研究をしとった守銭奴じゃった。  生物学者として情けないヤツじゃ・・・ 」

「 バイオ・ハザードを?  ・・・細菌兵器ですか。 」

「 そうじゃ。 ヤツはただ単に 金儲けのためだけに開発しておったのじゃよ。

 それをジョーがかぎつけてな。  流出を未然に防ぎヤツの研究施設を破壊した。 

 ヤツは無事に救出したが 施設もデータも完全廃棄したのじゃよ。 

 確か ・・・ ここに住み着いてすぐの頃じゃった。 」

「 その研究施設はどこにあったのですか。 」

「 ええと ・・・ おお、ほれ。 ここじゃ。 この島じゃ。 今はもうなにもないはずだがの。 」

博士はモニター上に地図を映し ごく小さなポイントを示した。

「 ・・・ あ! あの時の・・・! 」

「 そうじゃよ、思い出したかな。 」

「 ・・・ わかりました。 ウチに皆が集まりますね、いろいろ準備しておかなければ。 」

フランソワーズは静かに立ち上がった。

「 そうじゃな、ありがとうよ。  じゃが その前にまずお前は朝食をとることじゃ。 いいな。 」

「 あ・・・ はい。  ちゃんと顔も洗ってきますね。 髪もくしゃくしゃだわ・・・ 

「 皆が集合すれば また大忙しじゃ。 ちょっとそれまで休んでおいで。

 昨夜の転寝では 睡眠不足じゃろう? 」

「 ありがとうございます、博士。  それじゃ ・・・ ちょっと失礼しますわ。 」

「 うん ・・・ そうしなさい。 」

彼女は 軽く会釈をするといつもと変わらぬ足取りで二階に上がっていった。

 

 

 

 

「 ・・・ 久し振り。  やあ グレート? 」

「 おう。 なんだ、我輩の出迎えではご不満のようだな、アルベルト。 」

「 いや。 そんなことはないが。  皆 もう集まっているのか。 」

アルベルトは玄関ホールから リビングの方を指差した。

「 いや。 ピュンマがまだだ。   そして 一人、先行した。 」

「 ・・・ は? 」

「 003が。  フランソワーズが。  < 一足先に行ってます > だと。 」

「 は・・・! ふふん・・・ ヤルなあ、アイツ。 」

にやり、と口の端をねじ上げると、アルベルトはジャケットを脱ぎ捨てた。

「 それじゃ。 後発隊はこれ以上遅れるわけには行かんな! 」

「 ああ。 もうご老体が一番息巻いておられる。 アルベルトが到着すれば速攻出発じゃ・・・とな。 」

「 ふふん ・・・ それであのお転婆の行き先は例の 島 か。 

「 ご明察。  ジョーが行った島だ。 フリードキンは恐らくジョーの到着を確認して

 あの知らせを我々に送ったのだろうな。 」

「 ふん、挑戦状ってわけか。 」

「 だな。 真実を確かめたければ 来い、とな。 しゃらくせぇ。 」

「 おうよ、乗ってやろうじゃないか。  よし ・・・ このままドルフィンに直行だ。 」

アルベルトはリビングを素通りして、地下格納庫へのエレベータに向かった。

「 おいおい・・・ 相変わらずだな。 よし、我輩もすぐに搭乗するぞ。 あ、全てセット・アップは完了だ。 」

「 はん・・・そっちこそ気の早いことだな。  それじゃ。 」

「 ラジャ。 

二人は に・・・っと笑いそのまま左右に分かれた。

  ― その夜、岬の下から密かにドルフィン号は出航していった。

 

 

 

 

   タンタンタン − −−−−− !

軽いエンジン音を響かせ、おんぼろ漁船はみるみるうちに遠ざかって行く。

甲板で手を振っていた気のいいオヤジの姿も判別できなくなった。

「 ・・・よし。 もう何が起こってもあの漁師には見えないな。 

 それじゃ 行動開始だ。   ふん・・・ 誰もいない、か。  」

ジョーはしばらく潜んでいた岩陰から離れ 島の内部に足を踏み入れた。

ほとんど岩場ばかりの海岸に残る船着場跡は 波に浸食されている。

ここ数ヶ月、使われている痕跡はなかった。

「 ・・・ わざわざこの島を指定してきたんだ。 きっとアイツはどこかでぼくを監視しているに違いない。

 まずは・・・ あの研究施設跡に行ってみようか。 」

門扉みたいに左右に開いた崖地を辿り ジョーは慎重に進んでゆく。

 

  ガラ ・・・!

 

時折くずれて落ちてくる岩は 故意なのか自然の為す作用なのか ・・・

ジョーは巧みに避け、そのたびに周囲を入念にサーチしたが 人影は見当たらない。

「 ふん ・・・ フランソワーズならもっとクリアに探索できるだろうけど・・・

 いや。 これはぼくの問題だからな、彼女を引っ張ってくるわけには行かない。 

 ああ ・・・ ここを登りきると研究所跡だよな。   ― あれ ・・・? 」

遥か前方、ジョーは視界の隅にチラリ、と人影を捉えた。

「 ・・・ む・・・! ヤツか?  いや それにしては動きが機敏だった・・・!

 アイツの部下とか・・・がードマンか・・? 」

スーパーガンの照準をオートにし、 ジョーは足を早めた。

 

「 − 誰だ!?  ・・・・  あああ?? 」

 

一気に崖の上に踊り出、 ジョーは絶句した。

「 ・・・ みんな!??? 」

「 よう。  待ってたぜ。 」

「 単独行動ってのはなあ。  水臭いぜ、ボーイ♪ 」

「 ガツン・・・!と一発  はしねェけどよ〜 」

眼に前には 赤い服にマフラーを靡かせた仲間達がずらりと並びジョーを迎えてくれた。

 

「 ど・・・どうして ここに?  だまって出てきたのに。 」

「 ? お前が召集を掛けたんだろ。 」

「 だよな! わざわざ緊急メールでたたき起こしやがってよ〜〜 」

「 ・・・ ジョー・・・ 心配したわ。 」

「 あ・・・ そうか。 これもアイツの罠なんだ・・・!」

「 アイツ? 」

「 うん。  フリードキン教授といってね。 大分前にここにあった研究施設でバイオ・ハザードを

 企んで細菌兵器の開発をしてたんだ。 それも個人的な金儲けだけの理由でね。 」

ジョーに説明に仲間達は憤慨し、とりあえず島内の偵察に 散っていった。

フランソワーズは黙って仲間達を見送った。 

ジョーはしばらく躊躇っていたが ― がば!っとアタマを下げた。

「 ・・・ あの。 ごめん ・・・ フランソワーズ・・・ 」

「 え? あら、なんのこと、009。 」

「 うん ・・・ あの。  今回のことさ。 黙って出かけてきちゃって・・・・ 」

「 あら、いいのよ。  だってミッションでしょう、べらべら喋るわけには行かないわ。 」

「 うん ・・・ それは そうなんだけど・・・ ぼくってまたきみに心配を・・・」

「 そんなことよりも。 偵察に行きましょう。 その・・・なんとかいう教授が潜んでいるかもしれないでしょ。」

「 あ・・・ ああ。 」

二人は連れ立って島の奥に進んでいった。

 

  

 

 

「 ・・・ ジョー・・・・! 皆 ・・・ どうしたというの? 」

「 判らない。  何回脳波通信で呼びかけても 誰も応答してくれない・・・ 」

 

  ―  ザザザ −−−− ザザ −−−

 

爆発音だの銃声が消えると 藪を抜ける風音が急に耳に付きだした。

ジョーは彼女の側に駆け寄った。

「 判らない・・・ どうして ・・・なぜなんだ?! 」

 

 

二人が島の中央と思われる草地にやって来た途端に ― 攻撃が始まったのだ。

それも ― すべて <仲間> たちが ジョーに襲い掛かってきたのだ。

  そして ・・・  ジョーは いともあっけなく彼らの攻撃を退けた ・・・  

「 ジョー・・・恐いわ・・・ 」

 

「 ・・・ フランソワーズ。 」

岩陰に身を潜めつつ、ジョーは縋りついてきた彼女をそっと抱き締めた。

「 大丈夫。  ぼくが護る。  ・・・ きっとなにか原因があるんだ。 

 皆が ・・・ さっき話しをしていたばかりの仲間達がいきなり攻撃してくるなんて! 」

ジョーは 唇を噛み前方を窺っている。

「 ・・・ ごめんなさい、ジョー。 わたしが足手纏いになっていたわ・・・なにもできなくて・・・ 」

「 そんなこと! そのフレーズは禁止って。 ずっと前に言っただろう?  きみはきみ、さ。

 003としての役割を果たせ。  この地域になにかシールドがあるのか? 」

「 え ええ・・・・。  ジョー ・・・ 逃げましょう! 」

「 なんだって? 」

「 逃げましょう、二人で! こんな所にいては二人とも死んでしまうわ。

 今なら・・・きっとドルフィン号が手薄よ、 あれに乗ってこっそり二人でここから・・・ 」

「 003?  しかし、 仲間達を放ってはおけない。 」

「 仲間 ですって?!  そんなこと、もう関係ないわ!

 だって・・・ 皆ジョーを攻撃して来たじゃないの! 」

「 だから きっとそれには理由が 」

「 どんな??  それに誰も反応してこないのでしょう?  ・・・ 皆死んだのよ。

 ここにいる必要はないわ。  逃げましょう! 」

「 ・・・ 003。 」

岩陰からジョーは静かに立ち上がった。

「 なあに。  ほら、今は誰も攻撃してこないし・・・早くこの島を・・・ な、何の真似?? 」

「 ・・・ 003。  いや・・・ 003の姿 ( かたち ) をしている <なにか>。 」

ジョーは ぴたり、とスーパーガンの照準を眼の前の人物に定めている。

「 なにを言っているの? ・・・ やめて、そんなもの、下げて頂戴! 」

彼女はじりじりと後退し始めた。

「 きみは、  きみ  じゃない。 」

ジョーは歯を食い縛り しっかりと眼を見開き ― トリガーを引いた。

 

    ジョー −−−−− ッ !

 

 

 

 

 ザ ・・・ ! 

足元で岩が崩れ落ちた。

「 ・・・いっけない・・・!  もう〜〜なんて脆い岩場なの? 」

崩れた砂やら岩石に足を取られつつ 彼女はその島の内部に入っていった。

乗り捨てた小型のモーターボートは 何時の間にか見えなくなっている。

「 いいわ。  ここで皆を待っていれば。  ドルフィン号が来るわよね。 

 その前に絶対に手掛りをなにか・・・見つけておかなくちゃ・・・! 」

フランソワーズは 眼も耳もフル稼働させ慎重な足取りで草木の間を縫ってゆく。

 

  行けども 行けども ― 人影は見えない。

 

さわさわと海風が 冬枯れの草を 木々の梢を鳴らしてゆくだけだ。

ほぼ中天にある太陽が ぼんやりとした光をなげかけ、冬とはいえ凍える寒さではない。

「 ・・・ 静かね。  静かすぎる ・・・  あら・・・ 」

しばらく登ってゆくと 島の中央部とおもわれる地に ― 草原に 出た。

「 この奥に 研究施設があったのね。 ジョーはそこにいるかもしれない・・・  」

フランソワーズは立ち止まり、前方に意識を ― 能力を集中させた。

 

「 やあ  003! 」

 

「 !??  ジョ、 ジョー ??? 」

いきなりぽん・・・と肩を叩かれ、 咄嗟に彼女は地面に転がった。

未知の敵と正面切って向き合うよりも少しは安全なはずだが・・・

「 あれ・・・ そんなに驚かせてしまったかい。  ごめんよ・・・ ほら。 」

「 ・・・ ジョー ・・・? 」

彼は笑みを浮かべつつ 手を差し伸べフランソワーズを優しく抱き起こしてくれた。

「 前方のサーチに集中していたんだね、 さすがだな。  でもあそこには何もない。 」

「 そうなの? ・・・ ずっとこの島にいたの? 」

「 ああ。 アイツから呼び出し状が来てね。  挑戦に応じないのは恥だからな。

 心配をかけたね、本当にごめん。 ああ こんなに汚れて・・・ 」

彼は 丁寧に彼女の服の泥をはたいてくれた。

「 挑戦って・・・ それで どうしたの? フリードキン教授はどこに? 」

「 ああ、 もうヘリコプターごと狙撃してしまった。  あんな攻撃、なんてことないよ。 」

「 ・・・ 殺したの? 」

「 勿論。 危険人物だもの。 害虫駆除さ。 」

「 一言、教えてくれれば・・・手伝ったのに。 サーチすればもっと簡単だったかもしれないわ。 」

「 いや・・・ あんな仕事、きみが係わる必要はない。

 さあ もうこんな忌まわしい島から出よう。 そして研究所に帰ろう。 」

「 え ・・・ ええ。 でもね、もうすぐ皆が ・・・ ドルフィン号で来るのよ。 」

「 ふうん ? じゃあ ・・・ 待っていてもいいな。 それじゃ海岸に出ようか。 」

「 そうね ・・・ 」

す・・・っと彼はフランソワーズの肩に腕をまわしてきた。

「 気をつけて。 足元がさ、 この島はやたらと雑草が多くて。 転ばないように、な。 」

「 ありがとう、ジョー。  ・・・・ やさしいのね。 」

「 ふふふ・・・ いつもと同じだよ、003。  ああ、こっちが近道なんだ。 ちょっと ごめん。 」

彼は腕を解くと、先に立った。 草地が続き枯れ草に中にも緑が目立っている。

 

   ああ ・・・ 春はもう顔を出しているのね。 ちょっぴりだけど・・・

 

「 ジョー? ねえ・・・ そこの枯れ草の間にね・・・ 」

「 うん? ああ、邪魔だよな。  まったくジャングルだな、これは!全部焼却するか。 」

彼は周囲に絡まっている枯れた低木や草をなぎ払った。

枯れ枝と一緒に 常緑樹の小枝ややっと芽吹き始めた若芽も彼は全て始末してゆく。

 

   ・・・・ あ ・・・・!

 

 ― ぐしゃ・・・り。

防護ブーツが事も無げに踏みにじる ― ほんのわずかな緑の葉の陰に開いた花を。

 

   見えないの? いえ・・・ 見ようとしていないのね、関心もないんだわ・・・

 

フランソワーズは息を飲み 足が前に進まない。

「 どうした? こっちにおいで、003。 」

彼は相変わらず笑顔で フランソワーズに手を差し出したのだが・・・

「  ・・・ あなた  だれ。  あなた ジョー じゃないわ! 

「 く ・・・! 」

次の瞬間  ― フランソワーズは至極冷静にスーパーガンのトリガーを引いていた。

 

 

 

 

 

無我夢中で駆けた。 どうせすぐに追いつかれ ― 殺される。

はっきりとその覚悟はしていたけれど、易々と標的になるのはどうしてもイヤだった。

枯れた下草に足をとられつつも フランソワーズは潅木に間を縫って走った。

 

   ともかく ・・・ 逃げるわ! 皆が到着するまで・・・!

   し・・・死ぬもんですか! ・・・逃げて 逃げて 逃げまくってみせる!

 

ザザザ −−−−−

やっと草原の外れまでやってきた。

ここを突っ切れば島の反対側にでるはず・・・とフランソワーズはますます足を早めた。

「 !!? ・・・・ あ ・・・! 」

ブッシュの陰から出たところで 彼女は棒立ちになった。

 

  ガサ ・・・・ 

 

眼の前で 009 の姿が踏み倒された低木を起こしていた。

彼も驚いて顔をあげた。  セピアの瞳が大きく見開かれている。

 

 ― カラン ・・・ !

 

冬の陽に鈍く光り ・・・ スーパーガンが地に放り投げられた。

「 ・・・? ジョ ・・・ − ・・・? 」

「 ・・・ いいよ。 撃ってくれよ。  フランソワーズ・・・の姿をした< なにか>。 

 ぼくはさ、 もう ・・・ フランソワーズの姿を撃ちたくないんだ・・・ 

 たとえ 紛いモノでも。 もう・・・二度と! 」

ジョーは かすかに微笑むとまた足元の低木を支える作業に戻った。

「 加速のとばっちりを浴びせて・・・ごめんな。  こうやっておけば 多分大丈夫・・・

 春にはきっと花も咲くよ・・・ 」

「 ・・・ ジョー ・・・ !  あなた、 ホンモノのジョーね・・・! 」

「 え・・? うわ・・・!? 」

  − カララ ・・・ 

フランソワーズもスーパーガンを投げ捨てると 眼の前のオトコに抱きついた。

「 ジョー・・・・! ジョーだわ!  ええ、サイボーグのジョーよ! 」

「 あ・・・フランソワーズ・・・!  うん、うん・・・ これは、ぼくのフランソワーズだ! 」

二人は 涙を飛ばし笑い声をあげ ― 抱き合い キスの雨を降らせ そのまま草地に倒れこんだ。

 

 

 

「 お〜い・・・ ジョー ! フリードキンのヤツ、俺達のクローンを造ってたんだ! 

 それを使って復讐を企んでいたらしい。 」

「 そうなんだよね。 それもさ、上手く <組み合わせ>をしたのさ。

 ジョー、君にはフランのクローンを 近づけたってこと。 」

「 ほっほ。 悪賢いやっちゃ! ジョーはんのクローンがな、フランソワーズはんを待ち伏せしよったで! 」

「 お主ら、どうやって見抜いたのかな。   ・・・ あ。 こりゃ・・・ いや〜〜 失礼をば。 」

「 なんだ、どうした!? ・・・ うむ。 撤退だ。 」

「 なあ、あっちに転がってたお前のクローンな、すげ〜ぜ、心臓一発 ・・・ 

 へ! やっちゃらんね〜! いい加減しろっての! 」

「 ・・・あれ。 僕たち とんだオジャマ虫だね。 退散 退散〜〜っと。 」

 

仲間達が がさがさと草地を分けてやって来て。

  ― 肩を竦めて回れ右! をしていった。

 

冬枯れの草地 ・・・ その日溜りで。 ジョーとフランソワーズは固く唇を重ねていた。

 

 

 

 

「 ああ、そうじゃな。 見かけの ― 肉体を模したクローンは作れてもなあ。

 見た目はそっくりでも、その精神は入ってないのじゃ。 」

「 精神? ・・・ こころってことですか。 」

「 そうだ。 脳組織とはまた違う・・・精神、とも言い切れない。 

 こころ、気持ち ・・・ たましい、と言ってもいいかもしれん。 」

ギルモア邸には 再び穏やかな・普通の日々が巡っている。

仲間達はそれぞれの地に戻ってゆき、 この邸にも静かな日常が戻った。

「 こころはな、誰にもコピーなんぞできんのだよ。 」

ジョーの報告を受け、博士はぽつり、とそんな一言を洩らした。

「 ・・・ そうですね。  きみは  きみ、さ。 そうなんだ。 」

「 まあ、なあに。 ジョーったら。 」

「 うん ・・・ あの、ね。 あのぅ・・・ きみのバースデイ・・・

 ごめん! ミッションやらなにやらですっかり遅くなってしまったんだけど。

 あのぅ ・・・受け取ってくれるかな。 」

「 え。 なにを・・・ 」

「 うん。 ちょっと待ってて!  」

ジョーはリビングを飛び出していった。

「 まあ・・・ 博士には素敵なレッスン用のバーを頂いて。それに ジョーまで?? 」

フランソワーズは嬉しそうにもじもじしている。

「 ははは・・・いいじゃないか。 ジョーの苦心の作を拝見しよう。 」

「 はい。  あら? 」

 

   ガサガサガサ ・・・・

 

「 これ! あの! お誕生日 おめでとう フランソワーズ! 」

ジョーは両腕にいっぱい ・・・・ 真っ白なチューリップを抱えていた。

「 まあ ・・・ きれい・・・! 」

「 ごめん・・・ あのさ、いろいろ考えても全然思いつかなくて。

 いろんな女の子向けのお店とか行って・・・店員さんに聞いたりしたんだけど・・・・

 全然 ピンとくるものがみつからなくてさ ・・・ 」

「 あ・・・ それで・・・ フレグランスやら 口紅がついていたのね・・・ 

「 え?? なんだい? 皆親切だったけど・・・でも いいものが見つからなくて。 

 そしたらね。 商店街の花屋のおっちゃんが教えてくれたんだ。

 この白いチューリップ ・・・ ふらんせし〜ず っていんだよって。 」

「 ・・・ まあ ・・・ そうなの ! 」

「 うん。 だから ・・・ これ。 ごめん でも きみにぴったりだと思って。 」

「 ふふふ・・・ ジョーって。  やっぱり お兄さんにそっくりだわ。 」

「 え・・・ な、なんで?? 」

「 あのね。  お兄ちゃんもね。 花は薔薇とチューリップとひまわり しか知らなかったの! 」

「 ・・・あ ・・・・そ、そうなんだ? 」

「 ありがとう ジョー!! 最高に素敵なプレゼントだわ♪ 」

ジョーは あつ〜〜いキスを貰い、大変に満足だったのであるが。

 

    でもさあ。  ぼく は ぼく なんだけどなぁ・・・・

 

彼の呟きが 耳聡い彼の恋人に聞こえたかどうか ― は不明 らしい。

 

 

**********************     Fin.    **********************

 

Last updated : 01,26,2010.                       index

 

 

 

*********   ひと言  *********

お誕生日ハナシを書こう!と思っていたのですが・・・

原作 あのオハナシ + 平ゼロあの頃 っつ〜 とんでもない話になってしまったです〜〜

平ゼロの3〜4話、 0010騒ぎの頃のぎこちない二人ってのも好きです♪

原作のあのオハナシ、 ジョー君ってば冷静すぎるんだもん・・・

以前にも書いた題材ですが ちょこっとアレンジしてみました。

あ、そんな名前のチューリップはありません、一重の薔薇の名前らしいですが・・・

いつでも93らぶ♪ お楽しみ頂ければ幸いです。

ご感想の一言でも頂戴できますれば 狂喜乱舞〜〜〜<(_ _)>