『  私の愛した・ひと  』

 

 

 

自分では当たり前と思っていたのだが、私は随分と恵まれた幼少期をすごしたようだ。

物心ついたときには、いつも暖かい母の胸に抱かれそしてそんな私たちを

父の優しい眼差しが力強く見守っていてくれた。

そしてもう一人。

多分、祖父であったのだろうか、白髪の老人の慈愛に満ちた微笑も私を取り巻いていた。

 

パパ。 ママ。 おじいちゃま。

 

私は私の家族に、温かな愛情に囲まれ、何の心配も不安もなく楽しい日々を送っていた。

それは いまでも黄金 ( きん ) の光に彩られ 私の大切な思い出として

胸のなかにしまわれている。

成長して、時には辛いこと、悲しい思いもしたが、私の心の奥には

いつもこの幸せの日々が消えることのない熾火として灯っている。

 

 

私の父母には<仕事>があり、彼らがそれに出向くときには

私はいつも老人の側で彼らを見守っていた。

私は ・・・ 立派に仕事をるす父母が誇らしかった。

 

いつか、自分も。

あんな風に人々の賞賛を浴びて、立派な仕事ができるようになりたいと思っていた。

そんな望みを幼い言葉でとつとつと表現すると、老人はいつも

ちょっと悲しそうな瞳で私を眺め それでもやさしく頭を撫でてくれた。

 

「 そうか・・・。 お前は お前の望むとおりの人生を歩みなさい。

わしはいつでも見守っているから。 ・・・ それがわしのできるせめてもの

罪滅ぼしじゃ・・・。 」

 

彼の言う<罪>とは何なのか、私には少しもわからなかったが、

なぜか幼心にも聞き返すのは躊躇われた。

 

「 お前が普通に生まれついて、本当によかった。 」

折に触れて老人は独り言のように私に呟いた。

「 わしの所業の結果がお前にまで及ばないでほっとしているよ。 」

「 ・・・もう、そんなに気になさらないで? わたしはこの子が

 元気に生きてゆければそれで満足ですわ。 」

母はわたしの父ゆずりの栗色のアタマを愛しげになぜた。

「 ぼくはこうして家族が持てて本当に幸せです。 」

父は心から嬉しそうに、母の側に寄り添っていた。

 

私は祖父や両親を悲しませたくなかった。

だから・・・ ひと言も言わなかったけれど・・・・

私は自分に特殊な能力 ( ちから ) が備わっていることに気がついていた。

あれは、多分まだよちよち歩きの頃だったと思う。

母の手元を束の間はなれ、あの邸の広い庭をまだ覚束ない足取りで<探検>していた時だった。

 

・・・ バシッ!!

「 ・・・ なに?? 」

突然 上から黒い影が襲ってきて、したたか私の頭を打った。

痛みよりも驚愕の方がはげしくて、私はしばしぼうっと佇んでいた。

頬に流れる生暖かいモノが血なのだ、と気がついたとき、再び黒い影が向かってきた。

「 お母さんっ! 助けてーーー お父さん 〜〜 !! 」

私は悲鳴を上げたが あいにく誰の耳にもとどかなかったらしい。

バサ・・・っ !

黒い影は執拗に私を襲ってくる。

鋭い爪と嘴が 傷口を的確に攻撃してくる。

血の匂いがヤツを刺激しなおさら凶暴になっているようだ。

 

 ー 殺される・・・!

 

生まれて初めて、私は<恐怖>という感情を知った。

身体ががくがくと震えて、逃げ出したいのだが足がまったく動かない。

ギャア〜〜 

一種歓喜ともとれる鳴き声をあげて、ヤツが黒い翼を打ち振り小さな私の身体めがけて

急降下してきた。 

 

・・・ ダメだわ ・・・ 

 

と、その時。

なにかが・・・ それが何か自分でもまるで判らなかったのだが、 なにか熱いモノが

私自身の中にすごい勢いで揚まって・・・ 外へ爆ぜた。

 

 ぎゃあ ・・・・ !!!

 

今度は確実に悲鳴があがり、なにか焦げ臭いにおいが辺り一面にひろがった。

 

・・・なに・・・・?

おそるおそる目を開けたわたしの前で 紅蓮の炎が燃え盛っていた。

その中心でもがき苦しんでいる影はやがて力尽き、ぼたり、と地上に落ちた。

とても不愉快な匂い、生の肉が焼け爛る匂いに私は息が詰まるおもいだった。

 

「 どうしたの?! 大丈夫? あなた、早く・・・!! 」

母の悲鳴が聞こえ やがて父が地を蹴って私の元に駆けつけてくれた。

「 大丈夫か? ああ、こんなに怪我をして! 可哀想に・・・ 」

「 ・・・ごめんね、ごめんね。 お母さんがちょっと目を離したのが悪かったわ ・・・ 」

父の後からとんできた母は 涙をぽろぽろこぼして私を抱きしめた。

「 早く、博士に手当てを。 ・・・コイツは・・・どうしたんだ、なんでこんな? 」

父は母に私を託すと ヤツの焼け爛れた屍骸を慎重に調べた。

「 どこにも火の気は ・・・ ないのにな? お前、なにか見たかい。 」

「 まあ、あなた。 この子は今、すごく怯えているのよ、いろいろ聞くのは後にしてちょうだい。」

「 ああ、そうだね。 ごめん、もう大丈夫だからね? 」

父は優しく私の頬を撫でてくれた。

私は急に身体中の力が抜けて ・・・ やがて声を上げて泣き出してしまった。

「 あらあら・・・ そんなに泣かないで。 もう怖いことはないのよ。 」

「 傷が痛いのかい。 大丈夫、博士がすぐに治療してくれるから・・・ 」

父と母がかわるがわる慰めてくれたが 私の涙はなかなか止まらなかった。

・・・私は。 怖かったのだ。

いや、襲われた事実などではなく ・・・  私の ちから が そして 私自身が。

 

祖父はすぐに私の傷を治療してくれ、私はそのまま母の胸でうとうとしていた。

「 炎が・・・? う〜ん・・・ 近くに焚き火など、なかっただろう? 」

「 はい、なにも。 通りかかりの人が ・・・ 煙草でも投げてくれたのでしょうか。 」

「 いや・・・ それにしても、生体はそんなに容易には燃えんよ。

 これは かなりの高温によるものじゃ。 」

「 ・・・ まさか。 この子が・・・? 」

父はむしろ悲しそうな眼差しを私に向けた。

「 ・・・ わからん。 もう、二度とこんなことは起きないことを祈るのみじゃ。 」

祖父の深い溜息がとても重くて、 なぜか私は寝た振りを止めることが出来なかった。

 

幸い、再びこのような事件は起きることがなく、

祖父も両親も・・・私も、いつとは無しに記憶の奥底に沈めてしまった。

あのまま。

平和に祖父と親子3人の暮らしが続いていたのなら・・・

私は一生この事件を思い出すこともなく、ごく平凡な人生を送れただろう、と思う。

「 女の子でも、身体を鍛えて勇気もなくちゃダメなんだよ。 」

父は私を散歩に連れ出してはいろいろな事を教えてくれた。

特に走ることにはとても丁寧に指導するのだった。

「 一番必要だと思うんだ、お父さんは。 」

「 お前もね、お父さんみたいな素敵なお相手がみつかるといいわね。 」

肩を並べてジョギングをする私たちをながめ、母は目を細めていた。

「 アタシも。 お母さんみたいなお母さんになりたいな。 」

息をはずませ、母の元に駆け寄る私を母はきゅ・・・っと抱きしめてくれる。

「 ええ、ええ。 みんな・・・ 幸せになるといいわね。 」

そんな日々がずっと続くのだ、と私は何の疑いもなく信じていた。

 

・・・悲劇が 足早に近づいてきていた。

 

秋も終わりに近い、その日。

私は初めて見る落ち葉の饗宴に目を奪われていた。

とりどりに鮮やかな葉が くるくると舞い落ちる様子にすっかり夢中になってしまった。

その日、両親は<仕事>で私は祖父の側にいた・・・はずだったのだが

何時の間にか落ち葉に釣られて 彼らからかなり離れてしまっていた。

 

大丈夫よ・・・。 この前みたいな黒いヤツは見当たらないし。

もし、また襲ってきたら今度はちゃんと走って逃げるわ。

 

最近、私の足はかなりしっかりしてきて、父と一緒に走ることも出来るようになっている。

私は安心して 降り注ぐ落ち葉と戯れ遊んでいた。

 

 

キキキ ・・・・ !!

・・・バンっ! ・・・ ボンっ!! 

・・・ キキキ〜〜 ・・・・ バウ〜〜〜〜 ・・・・

 

耳を劈く車の軋る音と、なにか・・・ 柔らかいものがぶつかった音がして・・・

・・・あぶないっ! お前!!  きゃあ・・・ あなた!!

父の叫び声と 母の悲鳴が ・・・ 聞こえたような気がした。

ううう・・・・ う〜・・・・む ・・・・

苦しそうな祖父の呻きが伝わってきて ・・・ やがて一切の音が消えた。

辺りはまた、静かに落ち葉が降り注いでいるだけとなった。

 

・・・ まさか。

 

震える足取りで戻った私が目にしたものは。

今でもあの時の光景は 私の目裏に焼きついて離れない。 忘れることなんかできない。

 

落ち葉の中、父が 母が 祖父が。

無残に轢かれて ・・・ 息絶えていた。

 

「 ・・・ お父さん ・・・ お母さん。 目を開けて ・・・おじいちゃま ・・・ 

 目を開けてよう・・・。 ねえ、起きてよう ・・・ 」

 

私は恥も外聞もなく、冷たくなってゆく母に取りすがり声を上げて泣いた。

ほかにどうすることも出来ずに、 ただ、ただ泣いていた。

 

 

「 どうしました? ・・・ 死んでる。 ひき逃げか・・・? 」

不意に私の頭上で声がした。

慌てて身を起こすと・・・ 栗色の髪の青年が祖父の側に屈みこんでいた。

「 これは・・・ひどい!  一度轢いて ・・・ またもどって二度・・・ 」

彼は眉を顰め ぎり、と唇をかんだ。

「 もしかしたら・・・ 普通の交通事故じゃないかもしれない。

 ああ! 君! 大丈夫かい? 怪我は ? 」

青年は大股で私の側に歩み寄ると そっと私を抱き上げてくれた。

私は なんだか恥ずかしくて彼の腕の中でいつまでもイヤイヤを続けていた。

 

「 救急車を呼んだけど・・・ 無駄だったか・・・。 

 君だけでも無事でよかった。 ・・・可哀想に・・・まだ小さいのに ・・・ 」

 

彼の胸は温かく、私は涙を止めることができなかった。

「 一人ぼっちなのかい? ・・・ 僕もさ。 一緒に暮らそうか・・・ 」

不意な彼の申し出に、私は何も言えずに黙って頷くだけだった。

 

・・・ こうして、私はこの栗色の髪の青年と同棲するようになった。

 

 

 

初めて彼にアパ−トの部屋に連れて行ってもらった夜、

私は不安と淋しさでなかなか寝付くことが出来なかった。

 

青年はとても優しくて、決して贅沢なものではなかったけれど心尽くしの夕食で

私をもてなしてくれた。

「 僕も 一人なんだぜ。 君はいいなあ・・・ ちゃんと両親と暮らした記憶があるんだもの。

 僕なんか ・・・ 親の顔も覚えていないよ。 」

「 ・・・・・・ 」

彼の慰めは嬉しかったが 両親と祖父と暮らした楽しい記憶がどっと蘇ってきて

私はまたも、涙を流し続けた。

「 ・・・泣くなよ。 いつまでもそんな悲しそうな顔をしないで・・・

 笑ってごらん? きっと君の笑顔はとびきりチャ−ミングだと思うよ。」

彼は優しく私の髪を撫でてくれた。

「 綺麗だね。 僕と・・・ 似た色だ。 これから・・・よろしく。 」

私は差し出された彼の手にそっと自分の手を重ねた。

 

 

「 ・・・あれ、まだ起きているの? 」

トイレにでも起きたのか、青年はパジャマにセ−タ−を羽織っただけの姿で

私に声をかけてくれた。

枕に涙を擦りつけ輾転反側していた私は 思わず涙声を上げてしまった。

「 淋しがりやさん。 じゃあ、今晩は一緒に寝ようか・・・ 」

青年は真っ赤になっている私を抱き上げると 自分のベッドに連れていってくれた。

「 何も心配はいらないよ。 仲良くしよう・・・ ね? 」

彼の胸はとても温かく 私はやっと安心して眠りに落ちていった。

 

翌朝。

私がようやく眠い目を開けたとき、彼の姿はもうなかった。

ベッドにはちゃんと彼の温か味が残っていたので安心したが、とにかく大急ぎで身づくろいをして

私は寝室を出た。

「 ・・・ あの ・・・ 」

「 やあ、お早う。 よく眠れたかい。 」

青年はガス台の前から振り向いて 私に笑いかけてくれた。

いい匂いが部屋中に満ちている。

「 ・・・ お早うございます。 」

私は彼のもとに飛んで行き、伸び上がって頬にキスをした。

「 わ・・・ ふふ、ありがとう。 さあ、朝御飯にしよう。 何が好きかな? 」

青年は魅惑の笑顔で私を食卓の前にすわらせてくれた。

「 一緒にここで暮らそう。 ね? 」

「 ・・・・・ 」

彼のセピアの瞳はどこまでも優しくて、私な嬉しさで胸がつまり

だまったまま、ただただ頷くだけだった。

青年のもとで 私の幸せな日々が始まった。

 

 

彼が昼間仕事に出かけているあいだ、私はこの部屋でひっそりとすごした。

私にはお料理がまったくできなかったので

部屋を綺麗にしたり 彼の寝室を整えたり ・・・ 出来る限りのことをした。

 

これは・・・ 初めての夜に気がついていたのだけれど。

彼のベッドからは かすかに甘い、いい匂いがした。

毛布に 長い亜麻色の髪の毛が付いていた。 枕の下に金色のヘアピンが落ちていた。

私は 全然気づかない振りをし・・・ そのかわり自分の身体を彼のシ−ツにこすり付けた。

 

「 可笑しな子だね? 」

彼は笑って・・・ 私を抱きしめてくれるのだった。

 

夜、彼が仕事から帰ってくる!

私は彼の足音がすぐに判るようになったので、アパ−トの表玄関に入ってきただけで

もうそわそわしてしまう。

彼の靴音が だんだん近付いて来て・・・ ドアが開く!

 

「 ・・・ ただいま。 」

「 おかえりなさい! 」

私は走ってゆき ・・・ 彼にキスをする。

「 ただいま〜 いい子にしていたかい? 御飯が済んだら、散歩に行こうね。」

「 わあ、嬉しい♪ 」

彼のセピアの瞳はいつも優しくて・・・私は時々お父さんの目を思い出したりしていた。

 

彼が作ってくれた御飯を一緒に食べてから、散歩にゆく。

二人でおしゃべりしながら、あちこちを歩く。 

いつの間にか、樹々はほとんどその葉を散らせ、黒い枝ばかりとなっていた。

夜はぐん・・・と冷えるようになったけれど、二人で歩けば寒いことなんかなかった。

私は ・・・ 幸せだった。

 

日曜日は大好きだ。

朝はゆっくり彼とベッドですごせるし、昼間に散歩にゆくこともあった。

彼はちょっと父に似ていた ー 特にあのセピアの瞳が ー が、全然別の魅力もあった。

彼の笑顔 ・・・

それは何にも変えがたく、彼の微笑みが私に向けられるだけで・・・十分幸せだった。

「 毎日、帰ってきて・・・君が待っていてくれると思うとなんだか凄く元気になるんだ。

 お帰りなさいって言ってくれるヒトがいるって・・・本当にいいね。 」

「 私も。 」

嬉しすぎて、何にも言えずに私は彼にキスをした。

 

「 ・・・ちょっとね。 この部屋にいてくれるかな。 大人しくしてて? 」

「 ・・・ ? 」

散歩から帰った午後、彼は私を彼の寝室に導いた。

なんだかわからなかったけれど、言いつけ通りに彼のベッドにもぐりこんで、

私は息も潜めていた。

 

・・・ だれか。 やって来たようだ。

 

柔らかく透き通った声が響いてきた。

なにやら・・・楽しげな雰囲気も十分に感じられる。

 

・・・ あ。 あの匂い。

 

そう、いつか・・・ 彼の毛布から香った甘い匂いが私の鼻を衝いた。

オンナの人だわ。

あの・・・亜麻色の髪の持ち主かしら。

なんだか急にもやもやした気持ちに襲われ、私はそっとベッドを降りると

戸口にぴたりと身体をよせて ・・・ 隣の部屋の気配をうかがっていた。

 

「 まあ、嬉しいわ。 また一緒に暮らせるのね。 」

「 ・・・うん。 やっぱり君らだけじゃ無用心だろ。 」

「 あら、わたしだって・・・ いざとなったら・・・ 」

「 ふふふ・・・わかってるって。 正直に言うよ、ぼくが帰りたいんだ。 」

「 わたしも。 あなたに帰ってきてほしいの。 」

・・・自分が覗き見をしていることに気がつき、私は顔を赤らめてドアから離れた。

何も・・・聞きたくない・見たくない。

 

私は頭を抱えて彼のベッドにもぐりこみ、彼の匂いのする枕に顔を押し付け

声を押し殺して ・・・ 泣いた。

 

「 ・・・おい? どうした。 御飯だよ? 」

彼の声が降ってきて 毛布の上からとんとんと優しく叩かれた。

「 寝てたのかい? ・・・あれ、どうしたの。 」

涙に汚れた私の顔を見て、彼は眉を顰めた。

「 ・・・泣いていたの? 具合が悪いのかい、どこか・・・ 痛い ? 」

私はイヤイヤをして、彼をじっと見つめた。

「 ・・・引っ越すの 」

「 ああ、聞こえた? 勿論、君も一緒だよ。 」

「 え・・・いいの。 」

私の不安げな瞳に彼は微笑んで頭をなでてくれた。

「 当たり前だろ。君は僕の家族だもの。 じつはね、彼女に言われちゃったんだ。

 一緒に帰って来てってね。」

「 わかったの!? あのヒトに ・・・ アタシのこと・・・ 」

「 ああ。彼女に隠し事はできないんだ。 」

私はおおいに驚いたけれど、( だって充分気配を殺していたんだもの )彼は楽しそうに

笑っているだけだった。

月が変わらないうちに、青年はこのアパートを引き払うことになった。

私はココに彼と二人だけ暮らしていたかったけど・・・

彼の楽しそうな様子に、そんな事は一言も言わなかった。

それに・・・

あの女のヒトと上手くつき合ってゆけるだろうか・・・。

少ないながらもあれこれ荷物をまとめる彼に手を貸しつつ、私はちょっと不安だった。

 

 

ガタ・・・

窓が、キッチンの窓が開く音がした。

彼の寝室を片付けていた私は びくりと身体をふるわせた。

彼じゃない。 

彼はそんなところから出入りしないし、まだ帰る時間じゃない。

 

誰かが・・・この部屋に入って来ようとしている!

 

私は足音を忍ばせて寝室を出た。

 

 

「 大丈夫だよ・・・ 君が怖がることはない。」

青年は震えている私の身体をそっと抱きしめてくれた。

通りにはまだ野次馬がうろうろしており、焦げ臭い匂いがただよっている。

「 きっと泥棒に入って放火するつもりだったんだね。

 ああ、君が無事でよかった・・・ 」

「 ・・・・ 怖かった・・・ 」

私は火だるまになり道路に転がりでた泥棒を運んでゆく救急車を

ぼんやりと見送った。

 

だって。 アイツがいけないんだわ。

彼と私の部屋に勝手に土足で踏み込んでくるのだもの。

 

私は 震えが・・・それは興奮の震えだったけど、とまらなかった。

「 ・・・・ もう、怖く無いよ 」

そんな私を青年は悲しそうなまなざしで見ていた。

「 怖いねぇ・・・ 本当に近頃は物騒だよ。 」

「 はあ・・・ 」

このアパ-トの大家のおばさんが こわごわ覗きに来ていた。

「 あんたも戸締りには 十分注意してちょうだいよ? 」

「 はい、すみません。 気をつけます。 」

彼は丁寧にアタマを下げたけれど、おばさんはあまり良い顔をしなかった。

・・・ わかってる。 私が原因なのだ。

彼女はいいヒトだけど・・・ 年頃の娘がオトコの部屋に共棲みしていることを快く思っていないらしい。

その月が変らないうちに 私達はアパ−トを引き払った。

 

 

 

その邸での日々は・・・すばらしかった。

青年が私をつれていってくれたのは海辺に望むかなり大きなログ・ハウスだった。

そこに・・・老人と赤ん坊とあの女のヒトが住んでいた。

彼女は、間違いなく彼のベッドに香りを残した・あのヒトだ、と思った。

「 こんにちわ。 これから宜しくね。 仲良くしましょう。 」

青年の後ろからおずおずと挨拶をした私に、 彼女は優しく微笑んで手を差し伸べた。

私がそっと手を重ねた その白い手はとても良い匂いがした・・・。

「 ・・・ よかった! 」

私は嬉しくなって青年に振り向いたが ・・・ 彼は蕩けそうな顔で彼女を見ていた。

・・・ なんなの。

ぷ・・・っと膨れっ面をしよう・・・と思ったけれど、自然に笑ってしまった。

だって。 彼があんまり嬉しそうだったんだもの。

 

彼女は本当にとても優しいヒトだった。

彼女の料理の腕は巣晴らしかったし、私は気持ちのいい部屋を貰った。

・・・ただ、前みたいに毎晩彼と一緒に眠れないのがちょっと残念だったけれど・・・

 

でも、青年とは相変わらず、毎日一緒に散歩した。

波打ち際を どこまでも二人で一緒に走る。 笑いあって 追いかけっこをして。

時には渚に踏み込んで 二人ともびしょびしょになったりもした。

並んで砂浜に腰を下ろし、大きな夕陽をみてずっとおしゃべりをした。

なにもかもが ぴかぴかと幸せに輝いていた。

 

そんな 私たちを あの女のヒトも微笑んで見つめていた。

 

 

邸の中は平和だったけれど、どうも辺鄙な地の一軒屋と侮られ、

よからぬ輩が出没することも多かったらしい。

 

「 近頃この辺で小火が多いの。 放火かしら・・・ 心配だわ。 」

「 ふうん ・・・ ぼくらが帰る前には泥棒が多かったんだろ? 」

「 ええ。 まあ、この家には簡単には侵入できないから安心だけど。

 家の周りを歩き回った足跡とかも結構あったのよ。 」

青年と女のヒトは気がかりな様子で話あっていた。

 

・・・ もう、大丈夫。 泥棒は来ないわ。

 

私はそう言って二人を安心させてあげた。

「 そうね、 あなた達がいるものね。 」

「 ま、そうだけど。 」

二人は微笑んで私をきゅっと抱きしめてくれた。

わたしは ・・・ かなり得意な気分だった。

 

 

「 あれ。 これは・・・ 」

「 どうしたの? 」

海を渡る風が冷たさを含んでくるようになったある朝、新聞を開いた青年は声を上げた。

「 コレ・・・ 君の両親とあの老人を轢いたヤツだよ! 」

「 ・・・え ・・・! 」

ほら、と彼は私に紙面を指し示した。

「 老人の身体についていた塗料とタイヤの跡から 割り出したんだってさ。 」

「 まあ・・・ よかったわね。 」

「 うん・・・ 本当にとんでもないヤツだよ。 」

私は ただ黙って新聞の写真を食い入るように眺めていた。

 

そして。

その夜、 私はあの邸を出た。

 

 

 

雪が ・・・ 降り始めていた。

私は物陰に身を潜め じっと待っていた・・・・

もうすぐ。 ここを護送車が通る。 そして、その中には。

・・・ 私の愛する人々を抹殺するよう指示したヤツがいる。

私は大きく息を吸って ひたすら待ち続けた。

 

やがて ・・・ 遠くから車の音が響いてきた。

 

よおし。 私はちりちりと心の中が燃え上がるのを感じていた。

お父さん・お母さん。 おじいちゃま。 

見てて。 今 ・・・ 

 

 ー いけない! そんなことをしては いけないよ!

 

ふと・・・

あの青年の優しい声が聞こえた・・・ような気がした。

私は一瞬ひるんだが すぐに目の前に現れた車のボンネットに飛び乗った。

じっと・・・意識を集中する。

 

 わぁ〜〜〜!!

 

運転手は火ダルマとなって車から転がり出て行った。

これでいい。 邪魔者は取り除いた。

私は 護送車の後ろに飛び移り 格子の嵌った窓をにらんだ。

 

 ・・・ 燃えろ!!

 

ぱあ〜〜っと車の中が明るくなり、オトコが飛び出してきた。

さあ! トドメだわっ!!

 

「 やめるんだ! 」

 

不意に ・・・ 懐かしい声が私を呼んだ。

「 ・・・誰?? あなたは ・・・ ?? 」

オトコは焼ける衣類をぬぎすて ・・・  そこには 彼が、あの青年が立っていた。

 

「 やっぱり君だったんだね。  なんでこんなことをするんだ! 」

「 ・・・ 私の両親は、祖父は 何の罪もないのにひき殺されたのよ!

 だから・・・! 」

「 だから・・・ 復讐かい。 それで・・・君の両親は喜んでくれると思うかい。 」

「 でも・・・! さあ、邪魔しないで! 」

「 ・・・ばか! 僕は・・・君を始末しなくちゃならないじゃないか! 」

「 ・・・どいてよ! 」

 

青年の赤い奇妙な服を炎が包んだ。

その瞬間 彼は銃を ・・・ 私に向けた。

私は ・・・ 多分、そうなることを心のどこかで望んでいたのだろう・・・

彼の前に 身を躍らせた。

 

 ズドッ ・・・!

 

衝撃が私の身体を貫いた。

 

・・・ああ。 雪が降っているのね・・・・

地上にしたたか打ち付けられた時、私は初めて気がついた。

冷たくて気持ちがいい・・・

 

「 ・・・ばか・・・ ばかめ ・・・ 」

冷たいはずの雪は いつしか熱い雫に変っていた。

彼の 涙 だった・・・

私はいつの間にか 青年の腕にしっかりと抱かれていた。

 

 

 「 神よ・・・ ! 」

 

天を仰いで涙する彼の口から・・・優しい言葉が漏れた。

ああ・・・ ありがとう・・・ 私のために泣いてくれて・・・

私の名前を 呼んでくれて・・・ 

次第に薄れてゆく意識の中、私は何回もその言葉を聞き満足していた。

 

・・・・ああ、愛していたわ、ジョ− ・・・

 

 

  ー クビクロ。  彼が私にくれた名前である。

 

 

******   Fin.    ******

 

Last updated: 12,27,2005.                   index

 

 

 

***  言い訳  ***

はい、あのお話です。 ひとつだけ大きく設定を変えました。

<彼女>にしちゃった♪ (*^_^*)  <彼>だとさ・・・801っぽく

なるじゃないですか・・・。 某様宅で拝見したあるコスプレ・オエビが

妄想の大元でありました。