『 この腕に 』
**** フランちゃんのお誕生日に ・・・ <もうひとつの島村さんち> です ****
ひゅるるる −−−−−
街の中、ビルの谷間を からっ風が吹きぬけてゆく。
「 きゃあ ・・・・ 」
「 ・・・ さむ〜〜い ・・・・! 」
人々は 一瞬目を瞑り立ちすくみ・・・ オーバーの襟の陰に縮こまる。
肌に当たる風は 痛みさえ感じるほどに冷たく乾燥しているのだ。
空は抜けるほどに高く・青く晴れ渡り、太陽は素晴しく煌いているのだが少しも暖かさが届かない。
「 ・・・ 本当にもう・・・ なんて寒いの! 」
「 あっち側を歩こう。 日向ならまだ少しは暖かいかもしれない・・・ 」
都心近くの道路でも 人々は日向側の舗道に集まり、足早に行き交う。
うわ・・・・ やっぱりこの辺りは寒いや・・・・
ウチの方は風ももう少しは柔らかい感じだものなあ・・・
ジョーは マフラーを巻きなおし、ダウン・ジャケットの中に突っ込んでから再び歩き始めた。
別にそんなことをする必要など ない。
この程度の寒さは 彼らにとってはなんでもないのだが ジョーはやはり以前の普通の感覚が
濃く残っているのだ。
彼は無意識な時ほど <ごく普通> に振る舞うのだった。
今日は 久し振りに都心に出てきた。
博士の < お使い >、 いや ジョー自身の用事でかなり緊張する一時を過してきた。
ふうう ・・・ ああ 冷や汗、かいてたんだ・・・
あんなカンジでよかったのかな・・・
街をゆく人々には凍えた風も ほっと一息、の彼には程よい冷たさにすら感じた。
寒風が額に滲んだ汗を ふきとばしてゆく・・・
ふうう ・・・ 彼はもう一度溜息を吐き、今度こそマフラーにしっかり頤を埋め歩きだした。
まずは第一歩 ― になるといいな・・・!
「 それで これはコズミ君からの話なんじゃがね。 」
「 はい? 」
松の内が明け、数日たったある日のこと。
夕刻になってギルモア博士はコズミ邸から戻ってきた。
このところ寒い日々が続いており 特に陽が落ちるとぐっと気温はさがるのだ。
「 お帰りなさい、博士。 お寒くはありませんでした? あら・・・マフラーは? 」
フランソワーズは帰りの遅い博士を心配していたがオーバーを羽織ったまま
ご当人はご機嫌でリビングに入ってきた。
フランソワーズはあわてて出迎え 博士のオーバーを受け取ったがマフラーも手袋も見当たらない。
「 おお ただいま フランソワーズ。 うん? ああコズミ君のところに忘れてきたかの?
まあ そんなことはいい。 ジョーはどうした? 」
「 え・・・ さっきガレージに・・・掃除と洗車にゆきましたけど。
あ・・・ 呼んできましょうか? 」
「 いや・・・ いい、おっつけ戻るだろうさ。 外はかなり冷えてきたからのう。
そうじゃ、コズミ君から頂戴モノの焼き菓子のお裾分けをもらったぞ。
これで お茶にしようじゃないか。 」
博士はごそごそ・・・なにやら包みを取り出した。
「 あら なんでしょう・・・ わあ〜 マドレーヌですわね♪ 」
「 うん お前が好きなんじゃないか・・・とな、コズミ君も言っておったよ。
まあ ・・・ 本場のものよりは味はちょいと落ちるかもしれんが・・・ 」
「 いいえ いいえ ・・・ とっても美味しそうですわ〜〜 嬉しい!
あ、すぐに熱いお茶を淹れます! 博士、 ロシアン・ティー にしましょうか?
庭の温室の苺でつくったジャム、最後の一ビンを開けましょう。 」
「 おお いいのう ・・・ それじゃワシは着替えてくるかな。
うん・・・ちょっといい話があるのじゃよ。 」
「 まあ なにかしら。 」
「 ふふふ ジョーにとって、そして、フランソワーズ、お前に、いやお前たちにとって、な。 」
「 わたし達にとって? 」
「 ああ。 ちょっと待っていておくれ、すぐに着替えてくるからの。 」
「 はい、わたしは美味しいお茶の準備をしておきまね。
・・・ う〜ん やっぱりジョーを呼んでこうようかしら・・・・
車を弄りだすと本当に ・・・ 時間を忘れちゃうのよねえ、コドモみたい・・・
あ でも お茶の仕度も ・・・ う〜ん ・・・ 」
フランソワーズは窓辺に寄って 暮れかけてきた空を見上げた。
彼女の故郷ほどではないけれど、この季節、夕方はあっと言う間に夜に席を譲ってしまう。
風・・・ 冷たいわね ・・・ きっと。
ガレージは吹きさらしだし・・・ ジョー・・・寒くないかしら・・・
あら。 わたしったら。
可笑しいわね・・・ これくらいの気温に <寒い> なんて。
なるべく 当たり前の普通の人間として生きてゆきたい・・・
いつもそう願っているはずなのに。 もう一方でそれを否定する自分がいる。
フランソワーズは 時々やりきれない気持ちになってしまう。
所詮 ・・・ このメカに固められた身体からは逃れることはできないのだろうか・・・
― ふうう ・・・ 淡い溜息がくもりかけたガラスにかかる。
磨きあげられたガラスに映るのは 幸せ一杯 ― なはずの新妻・・・
悩んだって どうしようもないことね・・・
フランソワーズ? アナタ、幸せなのでしょう? なにを考えてるのよ?
・・・ そうね、今は・・・ 熱いお茶をいれましょうか・・・
わたし達には 暖かいお家が ・・・家族が あるんですものね
ジョー ・・・ 愛してるわ♪
まだ真新しい左手の指輪にそっとキスをして。
彼女はレースのカーテンと一緒にビアズレー模様のカーテンを引いた。
昨年の秋のはじめ − ジョーとフランソワーズは簡素な結婚式を挙げた。
二人はようやく < 永い春 > にピリオドを打ったわけだ。
イワンの助力を得て、正式に結婚・入籍をしフランソワーズは名実ともに島村夫人となり、
ジョーは一家の主となった・・!
当初は在日組とコズミ博士をご招待し形ばかりの祝い事をし、
その年のクリスマスには 世界中に散らばっている仲間達が <帰って> きて ・・・
どんちゃん騒ぎ で二人を祝ってくれたのだった。
ジョートフランソワーズは 今 この邸の一部屋を <新居> として
地味でささやかだけど あまぁ〜〜〜い新婚生活を送っている。
「 ・・・ うう〜〜 風がきつくてさ・・・さむ・・・! 」
ガタン ・・・ キッチンにある裏口が開き ジョーが戻ってきた。
「 あら ジョー。 今 迎えに行こうかなあって思っていたところよ。
寒かったでしょう、早く入って・・・ 」
「 うん ・・・ 日が落ちると急に寒くなってさ。
え・・・ なにかあったのかい。 緊急の・・・? 」
「 あ ううん、心配しないで。 博士がね、お帰りになって ジョーはどうした?って。 」
「 ?? ふうん? 博士は? 」
「 ええ 着替えて来るって・・・ 」
「 そっか ・・・ それじゃぼくも手を洗ってくるね。 あ・・・いい匂いだけどなにかなあ・・・ 」
「 お茶の準備してるの。 お菓子があるわ、楽しみにしてて?
あ・・・ 晩御飯、なにかリクエストがある? 」
「 う〜ん ・・・ きみが作ってっくれるものならなでも美味しいよ♪ 」
「 ま・・・アリガト・・・ ジョー ・・・ 」
「 ふふふ〜〜ん♪ ぼくとしては ・・・ 」
ジョーは通りすがりに 彼の新妻を抱き寄せると素早く唇を奪った。
「 ・・・ きゃ ・・・・ 」
「 へへへ ・・・ 御馳走さまぁ〜〜 」
「 もう・・・ ジョーってば・・・ こんなトコロで・・・
でも冷たい唇ね・・・ はやく手を洗っていらして。 熱いお茶、いれましょ。 」
「 うん♪ 」
ジョーは口笛をふきつつ・・・ ばたばたと二階へ上がっていった。
ギルモア博士の土産話 ― それはジョーの仕事の件だった。
結婚を期に ジョーは真剣に仕事を探していた。
聴講生として大学に通いつつなので アルバイトになるのは仕方ないのだが
ケジメをつける意味でもジョーはきちんとした仕事につきたかった。
そんなジョーの事情をしりコズミ博士がある提案をしてくれたのだ。
「 ジョー君 ・・・ いや 島村君。 君、出版社で仕事をして見る気はないかな。 」
「 ・・・ はい? 出版社 ですか。 」
「 うむ。 ギルモア君から聞いたのじゃが ・・・ 君は今、車の整備工場で助手をしているんだろう? 」
「 はい。 助手、といっても資格ナシのバイトですから・・・雑用係みたいなモンです。」
「 ふむふむ ・・・ 学業の件もあるでなあ・・・ 」
「 ・・・ はい。 贅沢かもしれませんがせっかく始めた聴講も続けたいのです。 でも・・・ 」
「 ふぉふぉふぉ・・・ 所帯持ちともなれば いろいろ・・・大変じゃろうかなら。
ま ・・・ ウチの学生にもいろいろおるで・・・よくわかるよ。
今は二人でも いずれ子供も生まれるじゃろうしな。 」
「 え・・・ そ ・・・・ そんなコトは ・・・ ぼく達はべつにそんな・・・まだ そのう・・・あのう・・ 」
「 まあまあ そう照れんでもいいわい。 あんな美人の奥方じゃもの、大事、大事じゃろうなあ。 」
「 あ ・・・ あの ・・・ そのぅ〜〜 」
ジョーは一人真っ赤になりコズミ博士はますます楽しそうである。
以前のジョーであればごにょごにょと言葉を濁したままであったところだが、
さすがに今は 少しの間言い澱んだが、く・・・っと顔を上げた。
「 コズミ博士。 あの ・・・ ギルモア博士は経済的なことは心配するな、と言ってくださるのですが。
甘えてばかりはいられません。 これでも一応世帯主ですから・・・
それでぼくに出来る仕事を探しています。 」
「 ほっほ・・・ いいことじゃな〜 君、 いい眼をしておるよ。 」
「 ・・・は はあ 〜〜 」
コズミ博士は相変わらず鷹揚笑い、うんうん・・・・と頷いている。
「 それで このハナシなのじゃが。
じつはな ワシも、ワシの同僚たちも懇意にしている出版社があっての・・・
その社が編集部のアシスタントを探しているのだよ。 」
「 出版社 ですか ・・・ 」
「 うむ。 主に学術系の書籍を扱っているところなのじゃが・・・
まあ漫画 ・ 雑誌などの柔らかい方面もあるがの。 どうかな。 」
「 あの・・・ 記事とか・・・書くのですか?? ぼくは・・・まるでその方面の経験がないのですが・・・ 」
「 いやいや・・・ アルバイトじゃから まあこちらも雑用係に近いが・・・
きみの学びたい分野に近い位置に携わることがでるじゃろうよ。 」
「 ぼ ・・・ ぼくに出来るでしょうか。 」
「 ほっほ ・・・ それはこれからの君が決めることじゃ。
ま、ワシは入り口までしか君を案内することはできん、後は君次第じゃよ、島村君。 」
ジョーは きゅ・・・っと両手を握った。
・・・ そうだよ。 ぼく次第、なんだ。
おい、 ジョー? お前、フランソワーズになんと言った?
必ず幸せにするから ・・・ とかなんとか言ったよな?
・・・ 口先だけ、言葉だけじゃ・・・ウソっぱちだぞ。
勿論 金が全てじゃない。 だけど それはとても重要なことなんだ
・・・ ジョー。 ここがお前の正念場 だ・・・!
「 コズミ先生。 どうぞ宜しくお願いします・・・! 」
ジョーはきっぱりと言うと深々とアタマを下げた。
― そして。 コズミ博士の <話> に乗るべく、ジョーは今日、都心に出てきたのだった。
ジョーはとりあえず面接にやって来たのである。
紹介された出版社は 都心にあった。
所謂大出版社 ・・・ ではなかったが、なかなか由緒ある社らしく落ち着いた雰囲気の社屋だ。
会ってくれた編集部のヒトもなかなか感じがよく、彼はすこしほっとしていた。
あ ・・・ あ〜 ・・・ ともかくやることはやった・・・!
ふらり、と北風にのって冬の都会を歩き始めた。
「 バースディ・プレゼント、 忘れるなんて あんまりよ! 」
・・?? え ?? な なんだ・・・?
すぐ後ろから若い女の子の声が飛んできた。
ジョーはぼ〜っと風に吹かれていたので ものすごく驚いてしまった。
カツカツカツ ・・・・
ブーツのヒールが舗道を蹴立て、ダウン・コート姿が二人、彼を追い抜いてゆく。
あ ・・・ な〜んだ ・・・
どうやら片方が一方的に怒りつつ声高にしゃべっている。 友人同士の愚痴話らしい。
北風に逆らって自然と声が大きくなったのだろう。
ボヤいてる本人は頬を染め 早足で行ってしまった。
ジョーはちょっと足を止め、苦笑した。 恋する女の子はいつだって活き活きしている。
あ は・・・ 驚いた・・・!
そりゃ そうだよなあ ・・・ おい カレシ? しっかりしろ・・・
他人事に余裕なジョーだったはずなのだが。
・・・あ。 バースデイ ・・・って。
― フランの ・・・!!
・・・!! そ、そうだ・・・! 24日! 24日じゃないか・・・・!!
あ〜〜〜 !!!
わ・・・忘れてたッ・・・!!
ジョーは危うく大声を上げそうになり、自分自身の口を慌てて塞いだ。
マズいよ・・・! 絶対にマズい・・・!!
フランソワーズのバースデイは 1月24日だ。
今、気がついたのなら時間的にも十分間に合うのだが・・・
「 ・・・ ヤバイ・・・ ヤバいよ・・・! 今からじゃ・・・ 」
ジョーは本気でしゃがみこみたい気分になっていた。
・・・ 必死にバイト代を貯めて立派な結婚指輪を用意した。
花嫁は感極まってほろほろと涙をこぼした。
結婚した年のクリスマスには ガーネットのピアスを贈った。
それは今も彼女の耳に 幸福の象徴として煌き揺れている。
結婚後、初めての正月にはきちんと新年を祝った。
<家族> で撮った写真は、立派に装丁されリビングに飾ってある。
そもかく ジョーは 一家の主 として遮二無二がんばり、 新妻にカッコイイ姿を見せていた。
けど。 今は ・・・
忘れてたぼくが バカなんだけど ・・・・!
「 そりゃ・・・ お金が全てじゃないさ、わかってるよ・・・
心が、真心がこもっていることが一番さ、 勿論! けど・・・
けど。 お金ないとなにもできない ・・・ でも 今、本当に余裕 ないだ〜〜 」
だけど。 ジョーはフランソワーズになにか贈りたかった。
もちろん 彼女はプレゼントだけを待っているような女性ではない。 それも十分にわかっている。
・・・ けど・・・! だけど・・・!
ジョーは きゅ・・・っと口を結んだ。
な ・・・ なんとか する・・・・!
ひゅるるるる ・・・・ 北風が一層強くなってきた。
ジョーは 今度こそしっかりとマフラーを巻き付け寒風に向かって歩き出した。
フランソワーズと結婚して ― 嬉しすぎる半面 ジョーはちょびっと 引け目 を感じていた。
勿論 彼女のことは滅茶苦茶に愛している、だけどどうしても背伸びしたい・・・と思ってしまう自分自身に
ジョーはまだ 気がついていない。
「 お帰りなさい! 寒かったでしょう ・・・ 」
いつも波の音が聞こえる我が家にもどれば 美人の新妻が笑顔で迎えてくれた。
「 ただいま フランソワーズ ・・・ 」
「 ジョー ・・・ 」
するり、と腕を絡めてきた妻を抱きしめただいまのキスをした。
お帰りなさい の キス ― 当初はどうも照れ臭くて仕方なかった。
でも じ〜っと見上げてくる青い瞳に ジョーは負けた。
ま ・・・ いいか。 どうせ二人っきりだし・・・
ぼくとしても アペチリフ ( 食前酒 ) を味わうってことだもんな〜
― よォし・・・!
日本男児は腹を括った。 そして。
― 以来、毎日 毎晩 ・・・ ジョーとフランソワーズは玄関先で熱い口付けを交わしている。
「 うん ・・・ でもウチの辺りはまだ暖かいほうだよ。
都心は風も強いし 気温も低いみたいだった・・・ 」
「 まあ そうなの? でもね、ウチの中はあたたかよ・・・
このオウチのソーラーシステムは素晴しいわね、お風呂のお湯も熱々よ。 」
「 きみがいれば このウチはどこよりもぽかぽかさ、フランソワーズ・・・ 」
「 ふふふ ・・・わたしもジョーがいれば♪ さ、手を洗ってきて?
今日はね〜 熱々のトン汁にしたの。 この前、わたしのお味噌汁、好きって言ってくれたでしょ。 」
「 うん♪ ホント、きみの味噌汁、美味しいんだもんな〜
トン汁かあ〜〜 ふふふ・・・顔がにやけちゃうよ。
へへへ ぼく、すげ〜ラッキーだなあ・・・ 美人で料理上手なオクサンを持ってさ。 」
「 やだァ・・・ ジョーってば・・・・
あ ・・・ どんなカンジだった? その ・・・ お仕事のこと・・・ 」
二人は互いの腰に腕を絡めつつ リビングに入ってきた。
カーテンが閉り、橙色の灯りがともり 空気はほどよく温まっている。
その中に味噌のいい香りが流れ ― ジョーの頬は自然に緩んできた。
・・・ ! いっけね ・・・
誕生日のこと・・・ なんとかしなくちゃならないんだから・・・!
バイト、 増やそうかな・・・ う〜んでも講義が ・・・・
いやいや緊急事態だからこの際 臨時休講・・・するか・・・
うん、ぼくにとってやっぱり最優先事項は フランだものな。
・・・ 休んだ分は 後から挽回する! よし!
ジョーは自らのきりり・・・と表情を引き締め、ぐっと手を握りしめた。
「 ジョー・・・? どうしたの? なにか ・・・ 心配事? 」
青い瞳が じ〜・・・っと彼を見上げている。
「 ・・・え・・・? あ! う ううん ううん! ああ ぼく 手を洗ってくるね! 」
ジョーは慌てて笑顔にもどると バスルームに向かった。
「 ・・・ ジョー・・・・ 急にどうしたのかしら。 なにか・・・心配ごと?
にこにこしていたのに 怖い顔になっちゃって・・ わたし、何か悪いこといったかしら。
あ・・・ トン汁、最後の仕上げ、しなくちゃ・・・ 」
フランソワーズも ぱたぱたとキッチンに戻っていった。
― トン汁は 絶品だった。
その夜の食事は久々夫婦だけの差し向かいで、
ジョーはトン汁と美人の細君の笑顔の両方を こころゆくまで賞味した・・・!
「 ・・・ ふう〜〜〜 美味しかった・・・・! 御馳走さまでした・・・ 」
「 嬉しいわ〜〜 ジョーってばぜ〜んぶ平らげてくれちゃって。 」
フランソワーズはにこにこ顔で ほとんど空になった鍋をもちあげてみせた。
「 あ・・・ ごめん あんまり美味いんでつい・・・何杯も・・・ 」
「 やだ、謝らないで。 いっぱい食べてほしくて頑張ったんですもの。
今晩のはねえ、 サトイモ も入れてみたのよ わかった? 」
「 うん。 ぼく、大好きなんだ。 でも あれ・・・調理するの、大変なんだろ? 」
「 えへ・・・ちょっとね。 つるつるするし・・・ でも美味しいわね、わたしも好きになったわ。
日本はお野菜がいっぱいあるのねえ・・・ 」
「 あの ・・・ きみの国の料理とか作っていいんだよ? 和食に拘らなくても・・・
ぼく、きみが作ったものならなだってオッケーだから。 」
「 うふふ・・・アリガト♪ そのうち最高のオムレツとかエスカロップ ( escalope )とか作るわね。 」
「 ・・・ えすかろっぷ? 」
「 そうよ、 えっと・・・・う〜んと・・・ あ、 トンカツのこと。 」
「 うわ〜〜お・・・♪ ぼく・・・もう嬉しすぎてどうかなりそうだ〜〜 」
「 ふふふ・・・ 期待しててね。 上手にできたらお弁当にもいれるわね。 」
「 ・・・ ああ ・・・ぼく。 結婚してよかった〜〜 しあわせ・・・ 」
ジョーは大袈裟でなく はう〜〜〜・・・・っと溜息をつき、ぼすん・・・とイスに寄りかかった。
― ことん。
「 はい お茶。 玄米茶、好きでしょ。 」
ジョーのお気に入りの湯呑が目の前で 香ばしい香りをただよわせている。
「 ありがとう〜・・・ ああ ・・・ 美味いなあ・・・ 」
フランソワーズもお揃いの湯呑を手に にこにこしている。
「 ね・・・ 今日の話 どうだったの・・・? 」
「 ・・・ 今日の? 」
「 ええ あの・・・ コズミ博士からの ・・・ お仕事のこと・・・ 」
「 あ うん・・・ 一応、面接はしてもらえた。 ぼくも詳しく話を聞けてよかったと思うよ。 」
「 そう・・・! 上手くゆくといいわね。 」
「 うん ・・・ でも なあ・・・ 」
「 でも ・・ なんなの? 」
「 うん ・・・ ぼくには向いてないかも・・・ 学術書とか今まで縁がなかったし。 」
「 ジョー、誰だって最初は <はじめて> よ、 でしょ? 」
フランソワーズはずっとにこにこ・・・ 暖かい笑みを浮かべている。
「 ・・・ ! そ・・・ そうだ よね。 うん、新しい世界にチャレンジ!ってことか・・・ 」
「 そうよ。 ・・・ ジョー、上手くゆく・・・って信じましょう。 」
「 ・・・ ん ・・・ 」
ジョーは手を伸ばし 妻の手を握った。
フラン・・・! ありがとう・・・!
こうやってきみの手を握っているだけで
じわ〜〜っと気持ちが明るくなってきた・・・1
そうだよね、まずはぼくがぼく自身を信じなくちゃダメだよな
「 ・・・ フラン ありがと 」
「 ジョー ・・・」
ゆっくりと首をふり また彼女はほんのり微笑んだ。
「 後片付け、手伝うから。 ・・・ 今夜ゆっくり・・・な? 」
「 ・・・・・・ 」
新妻は頬を染めつつ こっくり頷く。
うわ〜〜〜 ・・・・ ! かっわいいよぉ〜〜〜
ああ もうぼく ・・・ 待てない かも!
― 二人の夜が 熱く萌えたのは言わずもがな、である。
・・・・ くぅ〜〜〜 ・・・・!
やるぞ・・・! ぼく、フランのために・・・!
彼女の中で まっしろに爆ぜつつ ・・・ ジョーは固く心に誓っていた。
しかし。 何事も思い通りには決してならないのがこの世の中というもの・・・
翌朝さっそくジョーの計画は 頓挫しはじめた。
「 ・・・ フラン ・・・ あの〜う・・・ 今日から帰りが遅く 」
「 あら・・・ ああ そうね! そろそろ試験のシーズンですものねえ。
図書館にでも寄ってくるの? 」
「 え ・・・ あ ・・・ う うん ・・・ 」
「 ゆっくり勉強してきてね! あ・・・ お夜食、つくりましょうか。 」
「 い、いいよ いいよ! きみは先に休んでいてくれよ。
ぼくに付き合う必要、ないさ。 ほら・・・ 睡眠不足は美容の敵 なんだろ? 」
「 まあ・・・ ジョーってば、 そんなこと、どこで覚えたのよ? 」
「 ふ ふ〜ん ぼくはきみの亭主なんだからな。
そうだよ、レッスンだってずっと通っているし、夜更かし、するな。 」
「 は〜い それじゃわたしは早寝早起きしま〜す。 」
「 そうそう それがいいよ。 」
ジョーは鷹揚に笑うと イッテキマス といって出かけていった。
し しまった〜〜〜 わ 忘れてたよ〜〜〜
テストだよ、テスト〜〜〜
それにレポートもあるし。
― のんびりバイトなんかしてるヒマ ないよ〜〜
ひゅるるるるる ・・・・・
今朝も冷たいからッ風が、高声を挙げて駆け抜けゆく。
ジョーには ・・・ 風までもが自分のヌケサクぶりを嗤っているみたいに聞こえた。
・・・ どうしよ ・・・う ・・・?!
「 おや、 今朝は早いなあ。 うむ ジョーのやつ 張り切っておるなあ。 」
「 あ ・・・ 博士。、 おはようございます。 」
門口に立つフランソワーズの肩を 博士がぽん、と叩いた。
「 お早う。 う〜〜ん・・・・真冬にこんな陽射しがあるとは・・・ いいもんじゃなあ。 」
「 ええ ・・・ 本当にこの国の冬は素晴しいですわね。 」
「 そうじゃなあ・・・ まあ、地域にもよるようじゃが・・・こんな晴れが続くのはここいらだけらしいよ。 」
「 まあ そうなんですか。 あ・・・ 朝食、すぐに用意しますね。 」
「 ああ ワシはよいよ、これから少し散歩してくるからの。
ついでに下の煙草屋まで行ってっくるよ。 」
博士は相変わらず早起きで 二人が起き出す前に朝のコーヒーは済ませている。
「 あら。 煙草、買置き切れてました? 」
「 いや ・・・ 煙草はあるのじゃがな。 ふふふ ・・・ちょいとあそこの隠居の爺さんを一手、な。
先日の雪辱戦を挑もうと思ってな。 」
博士は ぱちり ・・・と碁石を置く手つきをしてみせた。
国道側にある煙草屋のご隠居と博士は 今や碁敵らしい。 頻繁に行き来して手合わせをしている。
「 あらら・・・ それじゃ・・・どうぞお寒くないようになさってくださいね。 」
「 うむ ありがとう。 それじゃ・・・ちょいと出かけてくる。 」
「 はい ・・・ 行ってらっしゃい。 」
博士は軽く右手をあげると すたすた門の前の急坂を降りていった。
ふうう ・・・・・ 皆 行っちゃった・・・
ほわん・・・・と深呼吸して 空を見上げれば ― どこまでも青く高い。
元気ね・・・ ジョーも博士も 夢中になることがあって。
さあ ― ! わたしだって負けないから。
フランソワーズはぱん!とエプロンをひっぱると玄関に引き返していった。
彼女は結婚後も 都心のパレエ・カンパニーに通っている。
「 なんでだい? どうしてそんなこと、きくのかい。 」
結婚後、レッスンに通ってもいいか、と彼女が改めて聞いたとき、ジョーはとても不思議そうな顔をした。
「 え・・・だって・・・ あの その・・・
つ ・・・妻は夫の言うとおりにする・・・のでしょう? この国では ・・・ 」
「 え〜〜??? フラン、それって何時の時代の話さ?
やだなあ〜 今 そんなこと、言うやつなんかいないよ?
フラン、きみはきみの望む道を、進むべきだよ。
ぼく・・・いつも夢に向かって頑張っているきみが好きなんだ。 」
「 ま・・・・ジョー ・・・ 」
いつになくきっぱりと言い切ったジョーの横顔は とても大人びてみえた。
まあ ・・・ ジョーったら・・・ なんか別人みたいね?
結婚して ・・・ イッキに追い越されちゃったかなあ・・・
「 それじゃ・・・今までと同じにレッスンに通ってもいいの。 」
「 当たり前じゃないか。 ぼくはきみを応援するよ。 」
「 ・・・ ジョー! 」
「 きみはさ、もう一人じゃないんだよ? だから ― 頑張れ。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ ああ ジョー! ありがとう〜〜 」
フランソワーズはもう言葉がでなくて そのまま夫の首ったまにかじりついてしまった。
「 あは・・・やだなあ、どうしたのさ?
フランってば。 結婚してからなんだか涙もろくなってないかい? 」
「 そ ・・・ そんなこと・・・ ある、かも・・・ ふふふ ・・・ 」
「 おっと・・・ あはは・・・涙脆くなっただけじゃなくて甘えん坊にもなったよなあ 〜 」
ジョーはわらってしなやかな身体を抱き締める。
・・・ う〜ん ・・・ この抱き心地・・・・!
えっへっへ・・・・ この超〜素敵なオンナはぼくのものなんだぜ?
に〜んまり・・・したいのをジョーはあわてて押し隠し鷹揚に笑ってみせた。
「 ぼくたち、夫婦なんだよ? きみの最大の味方はぼくだってこと。 」
「 ・・・ ん・・・! 」
ジョーの腕の中で 彼女は青い瞳をきらきらさせ、満開の笑顔をみせた。
うわ〜〜〜・・・・! も もしかして。
ぼく ああ ああ もうガマンできない ・・・ かも!
彼はそのまま彼女を抱き上げた。
「 ・・・ ジョー? 」
「 いいから さ。 まあ ぼくの言うとおりにしていなさい。 」
「 はい ・・・ 」
ちいさく答え、彼の胸にアタマをよせる。
うふ・・・ なんか・・・ 急に頼もしくなった・・・わね?
内心 少々驚きつつも フランソワーズは嬉しかった。
ちょっとばかり頼りない年下の男の子 ・・・ はあっという間に
堂々と自分をリードし、護ってくれる一人前の男性に ― 夫 になっていた。
わたしだって・・・! 負けないわ。
以来 彼女は毎朝海辺の街から都心のスタジオまでレッスンに通っている。
― つまり。
新婚夫婦は 熱々甘々の日々を過しつつ自分自身の道を見極めようとしている。
「 ・・・ はい。 」
携帯からは、聞き覚えのない声が聞こえジョーは一瞬緊張した。
彼の携帯ナンバーを知っているのはごく限られた人々だけなはずなのだ。
ギルモア、 コズミ 両博士。 そして仲間たち ・・・・
すっと表情を固くしたが ― すぐに補助脳の記憶バンクが作動した。
「 ・・・ああ 先日はどうもありがとうございました。 ・・・・ 」
「 ・・・ ・・・・・・・ ・・・・・ 」
「 あ ・・・ は はあ・・・ ・・・ 」
「 ・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・・。 」
「 ・・・ はい、わかりました。 わざわざご連絡ありがとうございました。 失礼いたします。 」
「 ?! あ・・・ 君 待って まだ話が・・・ あ〜あ・・・ 切っちまった・・・ 」
携帯のこっちとむこう、両方ともが溜息をついていた・・・。
バイトのこと ― 要するに軍資金調達について を悩みつつ ・・ ジョーはキャンパスを歩いていた。
望んでいた聴講生なのだ。
別に単位とか進級に関係なくても なるべくよい成績を収めたい。
テストはいい点を そして レポートは納得のゆくものを書きたい。
欲張っているのはわかっているが できるところまでやるんだ ・・・!
ジョーはきゅ・・・っと唇を噛んだ。
けど。 う〜〜〜ん でも!
ぼく ・・・ フランの笑顔も大事なんだよォ〜〜〜・・・・
彼女の笑顔があれば なんでも出来る、彼女の笑顔を守るためなら なんでも出来る。
そう思ってきた。
だけど。 本当は ― 自分でもかなりカッコつけていることをジョーは薄々わかっていた。
でも ・・・! ぼくは彼女の夫なんだ・・・!
・・・ 見栄っ張り、なのかなあ ・・・ でも でも・・・
青春の悩み? が最高潮に達したとき・・・ < 運命の電話 > が掛かってきたのだ。
ジョーは 深海よりも深宇宙よりも ずず〜〜〜・・・んと落ち込んでしまった。
・・・ 選りにも選ってこんな時に・・・
カッコ悪くて フランにはとても言う勇気がない よ・・・
悶々と悩むワカモノは 携帯の電源を切ったことも忘れ、おも〜〜い足取りで家路についた。
島村ジョー君は アルバイトの面接に行き <ご縁がなかった> のだった。
あのね・・・ ― と彼女は頬を染めて報告してくれた。
「 なんだい。 ・・・嬉しそうだね? 」
「 ええ あのね・・・ 次の公演にね、 コールド ( 群舞 ) だけど出られそうなの。 」
「 え ・・・ すごいじゃないか。 」
「 うふふ・・・まだまだどこにいるか判らない <その他大勢> よ。
でも わたし、嬉しいわ! また ・・・舞台に立てる、ううん また踊れるのですもの!
ジョーがね がんばれ・・・・って応援してくれたから・・・ 」
「 な〜に言ってるのさ、 きみが頑張ったからだよ! 」
あ ・・・・ かっわいいなあ〜〜〜
自分の胸に頬をよせ 上気した顔で話す彼女を ジョーは心底愛しいと思った。
彼女の笑みが ・・・ 眩しい・・・!
あれは つい ・・・ 昨日のことなのだ。
・・・ まぶしいよ・・・フラン。 きみがとっても・・・眩しい・・・
コツ コツ コツ ・・・・
足取りはどんどん重くなってゆく。
はあ ・・・ ウチの前の坂ってさ。 こんなに長くて急だったっけ?
登っても 登っても ― ウチに着かないよ・・・
サイボーグの身にあらざる愚痴を零しつつ ジョーはなんとか玄関までたどりついた。
「 ・・・ ただいまァ・・・ 」
「 お? ボーイ、 ただいまお帰りか。 」
「 グレート? わあ・・・珍しいねえ、忙しいのじゃなかったのかい。 」
玄関ホールにひょい、とグレートが顔を出した。
「 ああ ちょいと時間ができたので ・・・ 我らがマドモアゼルのご機嫌伺いに来たのさ。
もうすぐマドモアゼルの誕生日だしな。 」
りゅうとした背広に身をつつみ 英国紳士は余裕の笑みを浮かべている。
「 あ ・・・ うん ・・・ そ、そうだね。 」
「 当日はなあ 申し訳ないが劇団の仕事がはいっちまってな。
それで本日、早目のお祝いにはせ参じたわけさ。 」
「 あ ・・・ そっか・・・ 」
「 ま、それで今日はささやかだが英国式ティー・タイム、ということで。
おい ボーイ、お主もはやく手をあらってこい。 いいクロテッド・クリームが手に入ったぞ。 」
「 あ ・・・う うん ・・・ 」
グレート ・・・ かっこいい なあ・・・
なんかさ 大人の余裕で ・・・
そうだよなあ ・・・ ティー・タイムだって立派なプレゼントだ
彼女の好きなお茶にスウィーツ・・・ 喜ぶさ
「 ・・・ グレート・・ あの さ。 ちょっと教えてくれるかな。 」
「 おう なにかな、ボーイ? 」
「 うん ・・・ あの さ。 ・・・・・・? 」
ジョーはおずおずとグレートに質問した。
「 花? ご婦人へのプレゼントなら当然薔薇の花束だろう?
かつて貧しい詩人が100万本の薔薇の花を贈った・・・という唄まであるからなあ。 」
「 ・・・ バラ? 」
「 マドモアゼルになら ・・・ うん、最高級の深紅の薔薇、 高貴な白薔薇 もいいなあ。 」
「 ・・・ そっか ・・・ 」
「 この国では最近 青い薔薇 なんてのもあるぞ? ・・・おい、 ボーイ? 」
いつの間にか ジョーの姿は玄関ホールから消えていた。
薔薇? 100万本の薔薇 だって?
一本だっていくらすると思っているんだよ・・・
・・・・ そんな金 ないよ〜〜
「 やっぱり・・・ ぼくには無理なのかなあ・・・ 」
ジョーは玄関を出るととぼとぼガレージに回っていった。
オイルの匂いとホコリの匂い。 そして ぴかぴか無機質の光・・・
ジョーはそんな中に埋没し、ふか〜い溜息を吐いていた。
結局 コイツらしか ・・・いないのかな・・・
ぼくがマトモに相手、できるのは さ・・・
冷気が足元から這い上がってくる中 ジョーはなんとなく車を磨きはじめた。
これなら、車磨きなら ・・・ 自信、あるもんなあ・・・
ジョーは次第に夢中になってゆき、他のことを忘れた。
コツコツコツ ・・・ ?
「 ・・・ ジョー? いるのでしょう? 」
「 ?? ・・・・あ! ふ、フラン・・・ 」
「 ああ よかった!
あのねえ さっきから何回も電話がかかってきたのよ。 編集部の方 ですって。 」
「 ・・・ あ ・・・ うん、ぼく もう聞いたから・・・ 」
「 ??? そう?? でも・・・ その方、 島村君の携帯に繋がらなくて・・・って仰ったわよ?
ジョー、電源 切ったままなのじゃない? 」
「 え?? ・・・ あ〜〜〜 ・・・・ ! 」
ジョーは慌ててポケットから引っ張り出し 今更だけど大急ぎで電源を入れた。
「 ・・・うん ・・・でも わかってるから別にいいけど・・・ 」
「 ジョー・・・ どうしたの? なにか ・・・ あったの。 はい、マフラー・・・ 」
フランソワーズはジョーの首にマフラーを掛けてくれた。
「 あ・・・ ありがと・・・ 」
「 玄関に置きっぱなしだったから・・・
グレートがね、ジョーは帰ってきたけど又出ていったよ、って言うし。 ねえ ・・・? 」
青い瞳がじ〜っと彼をみあげている。
「 ・・・ う ・・・ うん ・・・ あの ・・・ な なんでも 」
「 なんでもない、わけないでしょ。 ね ・・・ よかったら話して? 」
「 ・・・ かっこ悪いんだ ぼく。 」
「 え・・・?? 」
「 だから さ。 ぼく ・・・ てんでかっこ悪いんだ。 きみの前では自信たっぷり・・・って顔してたけど。
ホントはさ・・・ ビビったり失敗したり・・・ ダメ男なんだ・・・ 」
「 ・・・ えええ?? 」
「 ・・・ きみの誕生日なのに。 金欠で・・・ なんにもできない。
バイト増やそう!って思ったけど試験だってこと、忘れてて・・・
せっかくコズミ先生に紹介して頂いたバイトも ・・・ ダメだったんだ ・・・ 」
ジョーはガレージの壁にむかって しゃべりまくった。
いつも 口数の少ない ― いや 必要なことも十分に言わない ― 彼 とは思えないほどだ。
「 だから・・・ ぼくって。 こんな見栄っぱりのつまらない・最低なヤツ ・・・なんだ・・・!
・・・だから。 きみ さ。 後悔 してるよな、 こんなヤツとさ ・・・ 」
「 ジョー ・・・ 」
暖かい手が するり・・・とジョーの腕に絡んできた。
「 ・・・ ふ フラン ・・・? 」
「 ええ 後悔しているわ。 」
「 ・・・そ そうだよな・・・ ごめん あの 別れ 」
「 あのね。 わたし、ジョーの本当の気持ち、なんとなく感じていたの。
でも ・・・ ちゃんと言わなかったこと、すごく後悔しているわ。 」
「 ・・・ え・・? 」
「 あの ね。 わたしは ・・・ そんなかっこ悪い・ジョー が好き。
ふふふ・・・ ちょっと安心しちゃったのよ、わたし。 」
「 ・・・あ 安心?? 」
「 そうよ。 ジョーってば結婚したら急に なんか・・・偉くなっちゃって・・・
なんでもてきぱきやってくれて・・・ でも なんだか違うヒトみたいって思ってたの。 」
「 え・・・ そ そうなんだ? 」
「 ウン ・・・ わたし、わたし達 ・・・夫婦なのよ?
一番かっこ悪いとこ、見せてもオッケーなカップルでしょ、夫婦って。 」
「 ・・・ あ ・・・ う うん ・・・ 」
「 かっこ悪いってちゃんと知ってるから。 だから もうず〜〜っと安心なの♪ 」
「 あ ・・・は・・・ きみってひとは・・・!
もう〜〜〜最高〜〜♪ 愛してるよ〜〜〜フランソワーズ・・・! 」
「 ジョー ・・・! きゃ・・・・ 」
ジョーは薄暗いガレージの灯りの中で フランソワーズを高く抱き上げ ― きゅう〜〜っと抱き締めた。
rrrrrr ・・・・ rrrrrr ・・・・
「 ・・・ジョー? 電話 みたいよ? 」
「 え? あ ・・・うん ・・・ はい・・・? あ ・・・はい! ・・・・ ・・・・・
・・・ えっ!!! あ・・・シツレイしました・・・ はい、ありがとうございます!
どうぞ宜しくお願いします !! 」
「 ??? 」
ジョーは携帯を持ったまま何回も何回もお辞儀している。
「 ・・・ なにかあったの? 」
「 うん! あの、さ! 例の編集部のバイトなんだけど。
同じ社で モータースポーツ関係の雑誌局で採用してもらえた!
フットワークのいいバイトを求む、なんだって。 」
「 まあ よかったわね! 」
「 うん・・・・! うわ〜〜〜い・・・♪ 」
ジョーはもう一度 彼の細君を高く抱き上げ 歓声をあげた。
「 ・・・ こっち? 」
「 うん ・・・ もうちょっと登って ・・・ あ その角をまわって・・・ 」
「 ええ ・・・ 」
翌日、 ジョーはフランソワーズを誘って岬の裏山に登った。
裏山、といっても丘くらいの勾配しかないのだが 斜面の関係で海風の直撃を避けることができる。
「 こっちでいいの? 」
「 うん。 あ ・・・ ちょっと目を瞑ってくれる? 」
「 ?? ええ ・・・ 」
ジョーは彼女の手を引いてゆっくりと進んだ。
「 ・・・ はい ここです。 フランソワーズ・・・ 誕生日 おめでとう・・・!
ここはぼくが見つけた場所です・・・ きみに 春 をプレゼント! はい、目をあけて・・・ 」
「 ・・・ う わあ〜〜〜・・・・・・ 」
二人の目の前には ― 枝を伸ばした梅の木々に赤い・白い花がほんわりと咲いていた。
― この腕に 持てるだけいっぱいの想いを ・・・ きみに!
*********************** Fin. ************************
Last
updated : 01,25,2011.
index
*********** ひと言 ************
前書きが全てを語っておりますが・・・・
こりゃ ど〜しても平ジョーですねえ〜
『 九月の雨 』 『 彼岸花 』 系列の おとめちっく話???
フランソワーズのお誕生日に ( 一日遅れたけど ) ささげます♪