『 だれもいない日 』

 

 

 − あ〜あ・・・・ 。  なんていいお天気・・・!!

 

フランソワ−ズはおおきく開け放ったリビングの窓辺で 精一杯のびをした。

おだやかな湘南地方とはいえ、 さすがに真冬ともなれば朝の空気は刺すようにつめたい。

きらきらとこぼれる陽光が かえってその冷たさを際立たせているようだ。

空気と一緒にお日様の微笑みも胸いっぱいに吸い込む。

 

 − う〜〜〜ん・・・ おいしい!  お ・ は ・ よ ・ う ♪

 

透き通った空をそのまま写し取った瞳を ぱちぱちさせてフランソワ−ズは新しい日に

挨拶をおくる。

 

岬にぽつんと建つこのギルモア邸、かなりの広さの洋館なのだが 普段は家中のそこかしこに

人影が絶えることはない。

でも、 今日は。

珍しくも 誰もいない 土曜日。

なぜか みんなばたばたと外出してしまった・・・。

 

まあ、いいわ。 たまに、ひとりってもの気楽だし・・・ イワンはまだ起きそうにないし。

妙に広く感じる リビングをぐるりとみまわして当家の女主人はちょっと溜め息をつく。

 

 − ようし。  さあ、 ゆくわよ!

 

お気に入りのエプロンをきりっと締めなおして 腕まくり。

まずはカ−テンをばさばさふるって。

かくれて煙草をすう不埒モノがいるのは とっくに承知である。

「 イワンがいるんだから。 吸うならテラスでお願いね。 でも、なるだけよして欲しいわ。 」

「 はいよ、 フロイライン。 」

 

苦笑いして 吸い差しを捻っていた彼だが、そのコトバはあまり守られてはいない。

はじめのうちこそ 口やかましく指摘していた彼女だったのだが。

 

 − ほんとうはやめて欲しいわ、 でも。

 

つねに冷静沈着、幾重にも鎧をまとった彼の横顔に ふ・・・と影を見たとき

それは くゆらす紫煙がうつしたものだったのかもしれないが。

もう なにも言えなくなった。

きえてゆく煙を追っていた淡い青の視線は なにを求めていたのだろうか。

 

すこしでも ほんのその1本が燃え尽きる間だけでも 

あなたが あなたの思いが開放されるのなら。 

 

以来 フランソワ−ズは銀髪にまつわってゆく煙を だまって見詰めている。

 

 

 

「 これ。 捨ててもいいでしょ? 」

「 あ! まった、まったあ! いるトコだけピックアップすっからよ! ちょっと まった〜 」

「 いっつもそう言って・・・結局そのまんまじゃない! よかったらお手伝いしますけど? 」

「 い、いいって。 自分でやる!」

読みかけの雑誌のやま。 いい加減に片付けてほしい!

なんでも、そう。 すてようとすると 必ず待ったがかかる。

そのくせ 特に大切にするワケではなく相変わらず雑然と積み重ねられている。

 

・・・もう・・!

ほんとうに長い付き合いになってしまたけれど

 

 − でもね、ほんとうの ジェットって。 わたし、よく知らないのかもしれないわ。

 

「 おまえ、さ。 時にはこう・・・ぽ〜んと自分をほおってみな。 」

「 なによ、突然・・・ 」

ぶつぶつ言いながらも 散らばった古雑誌を束ねていた手が止まる。

「 そんなにっていうか、結構捨てたモンじゃないと思ってるんだ、この能力(ちから)。 」

ぽん・・っと長いジ−ンズの脛をたたいて 赤毛の影からウィンクが送られてくる。

「 あなたはそうでしょうけど! わたしは・・・ちがうわ。 」

「 だ〜か〜ら。 そうカリカリしないで、ぱあ〜っと空のかなたまで視線を飛ばしてみなって。 」

「 だから、 どうして! 」

「 な〜にも ない、だろ? ぽ〜んと・・・解き放たれてさ。 そんなトコロへ行けるのって

 俺とおまえだけなんだぜ? 俺は この脚で。 おまえは その眼で、さ。 」

「 ・・・・ 」

 

どんな時でも真っ直ぐに 不器用なほどに真っ直ぐに進んでゆく、その赤い髪に

自分はいつも 勇気をもらっているのかもしれない・・・

 

口笛まじりに 陽気なふりして。 ジョ−ク、ジョ−クですりぬけて。

でもほんとうは。

いつも一番キツイ思いをだまって閉じ込めている。

風を切る時が 全てを忘れられる時なんだ、っとも言っていた・・・

それが 地上であれ、天上であれ、彼はいつもひとりを好んでいたのだけれど。

彼を縛るものは。 なにもないのだろう。

 

  − わたしって。 いつも風に流れる赤い髪を眺めているだけね。

 

 

視線を転じれば テラスからは 冬の陽にきらめく海が見渡せる。

やっぱりこの場所が彼のお気に入りで。 なんとなくいつも海原に視線を飛ばしている。

不思議なめぐり合わせで 海のヒトとなった彼の祖国は海岸線からとおくに位置しているという。

 

そんな はなしをぽつぽつとしてくれたのは あのクリスマスの日。

故郷から逃げ帰ってきたわたしに 半分ひとり言みたいに話してくれた・・・

 

「 僕にも。 妹がいる、いや。いたんだ。 」

「 ・・・ え  ・・・? 」

 

  − 死んじゃったけど、ね。

 

ふふ・・・っと彼は精悍な顔に際立つ白い歯をみせて 静かに笑った。

「 ・・・ そう・・・なの・・。 」

「 でもさ。 僕が思っている限り 妹は僕のここでちゃんと生きているよ。

 そう いまでも、いつまでも信じてる。 」

赤い服の胸をかるくたたいて、彼はほんとうにひとり言のように呟いた。

 

 − きみの・・・ 兄さんもきっと・・。

 

それ以来もうその話題には触れることはないけれど、

いつも わたしはちょっとピュンマの妹が羨ましい気がしている。

 

 

 

あら、やだわ、ぼ〜っとして。

「 お水をあげなきゃ。 寒いけれどこんなにお天気がいいんですものね。 」

佇んでいた窓辺から踵をかえし 元気よくフランソワ−ズは庭に出た。

 

海に近いこの屋敷の庭には それでもちゃんと生垣がそのぐるりを彩っている。

 

「 今ね、そういう気持ちはなれないのよ・・・。 」

「 いいから。 植木鋏を持ってきてほしい。 」

二人の仲間が半死半生で宇宙から落ちてきて まだ生死の境を彷徨っていた日々。

 

看病疲れと不安に押しつぶされていたわたしを 彼は少々強引に庭に引っ張り出した。

だんまりの大きな背中を ちょっとうらめしく思って睨んだっけ・・・。

生垣代わりになり出している数本の若木の剪定やら水遣り。

はじめは 不承不承に手伝っていたけど、 

だんだん土と水のやわらかい感覚がこころに滲みてきた。

 

「 ・・・憶えているか。 この樹を植えた時のことを。 」

「 ・・? え、ええ。  あれは・・・ ここに始めて来た年の秋だったわね、確か。

 海が近いから難しいかもしれないけど、緑が欲しいからって。 皆で人数ぶん・・・ あ・・ 」

 

  − 人数ぶん。 みんなとおなじだけの数。

 

それぞれに植えた9本の樹。 これが自分の樹だ、お前らしいぞ、と笑いあったっけ。

まだ 大木にはほど遠いけれど、 それぞれが しっかりと根を張った9本の樹。

 

若木は 強い。 嵐は試練だが より一層その幹を強くする。

・・・・大丈夫。 アイツは・・・・還って来る。 お前の、その腕に。

 

ぼそり、とつぶやいて、穏やかなその目は 相変わらず樹だけに注がれていたけれど、

あなたのことばは。 

砂漠にそそがれる めぐみの雨。

ぱさぱさになっていた わたしのこころを潤してくれた・・・・

 

 

ホ−スの水量調節が難しくて、 やっと生垣への水遣りがおわったころには、

あ〜らら・・。足がびしょびしょになっちゃった・・・

いいわ、もう濡れついで。 お野菜にも水をあげなくちゃ、ね。

 

南がわの庭は ちょっとした菜園になってる。

ビニ−ル・ハウスこそ無いけれど かなり本格的に季節ごとの野菜 ― いわゆる 旬のもの が ―

が丹精をこめて 育てらている。

 

「 ホントにぶきっちょアルね〜〜 」

「 だってぇ 〜 」

はじめて見る食材に悪戦苦闘していたわたしの手許を 溜め息交じりに眺めてた彼。

どんな時でも。 

激しい戦闘の合間でも、 足音ひとつにも神経をすり減らす耐久戦のときも。

彼は 時間が来ると平然と厨房にたつ。

 

「 とてもじゃないけど。 モノを食べる気分じゃないわ。 」

「 ソレソレ。 ソレが一番まずいアルね。 最初から自分に降参しちゃ駄目アルよ! 」

食べたくない、と手つかずの皿を下げようとしたら むんずと腕を掴まれた。

いつもとおなじ、ひょうひょうとした口調だったけど。

その目は 笑ってはいなかった。

 

「 自分に負けてイイのは。 恋をした時だけヨ 」 

ばちん、とちっこい目のウィンクとともに ずっ・・と押し付けられた 山盛りの食事。

「 なら、まだ負けられないわね。 目下 募集中なのよ、極上の恋。 」

「 がんばるアルね〜♪ 」

 

コレが 彼の < 戦い > 。

たくさんの 苦味も 酸っぱさも 辛味も。 

みんな だまってそのまるまっちい身体で包み込んで、 あたためて。

 

すっぱい葡萄は いつしか芳醇な旨酒( うまざけ )となる。

 

ああ、だから。

あなたの お料理は温かいのね、

疲れた身体と 重くなったこころに 元気な栄養をご馳走してくるのね。

 

日溜りで葉陰にそっと顔を出し始めた青いとまとは

やがてそれを摘むヒトに相応しく ゆっくりとでも確実に熟れてゆくわ。

 

ホ−スをかたずけて、ついでに足も洗って。

がらん・・・と人影のない家は いつもよりずっと広いみたい・・・。

 

そうね、せっかく誰もいないんですもん、ちゃんとお掃除しましょう♪

 

 ― あら〜 ・・・ うふふふ・・・やだ、まるで。わたしってサンドリヨン ( シンデレラ )

 

リビングのテラスの大きなガラス窓には。

ちょっと汚れちゃったエプロンに きりっと三角巾をかぶって掃除機片手の勇ましい姿がうつる。

 

う〜ん・・・。 サンドリヨンなら、箒( ほうき )! 箒がなくっちゃ♪

 

わざわざ取りにいった箒を握って、ガラス窓の舞台にむかってレヴェランス。

そんな自分に笑い転げていて  ふと浮かぶ、特長のある禿げあたま。

その顔ははたして彼の本来の姿なのだろうか。

 

道化師が 厚化粧にその素顔をかくすように。

あなたは ことばの彩錦をまとってなかなかその本心をだそうとしない。

 

でも、それは。

いく千の いく万の言葉で飾り立てても 真実は ただひとつ。

ソレを知っているから、でしょう・・?

 

 ― 小生の真実。 数少ないが まぎれもない、真実。

 

あの日。

急な代役を終えて 拍手がまだ響き続ける緞帳のうら。

ぽつりと呟かれた <せりふ> を耳にしたのは わたしだけだったのかしら。

 

いつもおどけて。 いつもするりと身をかわして。

ほんとうの あなたは どこ ・・・ ?

 

絶対 他人( ひと )には見せない 本来のあなた自身。

お国の文豪の言葉が あなたの舞台衣装となって <グレ−ト・ブリテン> を飾っているのね。

 

 

 

さあ、遊んでないで。 お掃除、お掃除よ。

邪魔するヒト達がいないはずなのに 何だかちっとも捗らないわね・・・

きちんと片付けて 綺麗にしておかなくちゃ。

 

明日はギルモア博士のお誕生日。

今年はわたしのと一緒にしましょう、って随分前からみんなを説き伏せた。

一緒で、いいじゃない。

だって。

わたし達、 家族 なんだもの。

 

いつもの博士のお気に入りの肘掛け椅子。

其処に いつもの白髪頭が見えないと なんだかちょっと不安な気持ちすらする。

 

 ― 不思議ね・・・。

 

アイザック ・ ギルモア。

わたしの すべてを奪ったひと。 本来なら 憎んでも憎みきれないひと。

 

その老人に 今、わたしは労わりの気持ち、ううん、もっと暖かな思いを感じている。

 

老いた身体にすべての咎 ( とが ) をしょって。

彼はひとときも自らのなした事を忘れはしない。 纏わる影を微塵も厭うことがない。

わたし達が 笑っている時、 ほんのつかの間その影は消えたように見えるが、

その贖罪の意志は どんなに時が経とうともけっして風化しないのだ。

 

  − おとうさん・・・

 

自分でも ちょっと驚くのだけれど。

時々ごく自然に自分の父親に面影を重ねあわせていることすら、ある。

 

 

 −あら、やだ。 また ぼ〜っとして。

 

箒を握り締めて ぼんやり突っ立っているのって。 ほんとにどうかしてるわ、わたし。

やっぱり ちょっと淋しいのかしら・・・?

去年みたいに、 みんなとわいわい騒ぎたいのかな・・?

でも、いいわ。 今朝ね、こっそりジョ−が ささやいてくれたから。

 

 − 今晩、食事のあとで 散歩しようよ?

 

それだけ 言ってそっけなく。 相変わらずそそくさと出かけてしまったけれど。

まあ、彼らしいっていえば そのとおりね。

 

ちょっと 思い出す、彼とであって、この地に住むようになってからの 初めてのクリスマス。

まだ、やっとみんなの本名がわかっただけ、のころ。

 

長いあいだ クリスマスを祝うなんて、忘れてた・・いや、そんな余裕はなかった、

環境だけではなく、 自分のこころにも・・・・。

 

そんな時に、栗色の髪の青年がはじめてくれたプレゼント 

 

「 あの、さ。 これ・・・。 気に入らないかも知れないけど・・・ 」

「 ・・・ なあに・・? 開けても、 いい? 」

おずおずと 差し出された細長い包み。

どうやって持ってきたのかと首を傾げたくなるくらい ラッピングが縒れている。

「 うん・・・。 あ、ごめん・・! 落とさないようにってポケットに入れてたら、あ〜こんなに・・」

手にした包みの惨憺たるありさまに 本人がいちばんうろたえているのも 可笑しくて。

「 ありがと、大事に持ってきてくれて。 なにかな.・・・? 

 あら・・・チェ−ンね? ネックチェ−ン、じゃなくて・・ ブレスレット、かしら? 」

「 あの。 ・・・くさり、っていうか・・その、時計用なんだ。

 きみのあの時計。 とても大事なものなんだろ、だから、いつも失くさないようにって。

 このチェ−ンで。 」

自分の靴先ばっかり見詰めて、おかしなヒト。

 

それは 女性向きとはお世辞にも言えない 実用一点張りの頑丈そうなチェ−ン。

でも。 嬉しいわ、憶えていてくれたのね。

もじもじして、長めの前髪で赤くなった頬を隠したつもりなの?

メルシィ・・・って ほっぺにキスしたら。

ほんとに ちょっと飛びあがって なんだかもごもご言って一目散に逃げちゃったわね、ジョ−。

 

その姿に呆れかえっていたわたしだけど。

あの時の あなたのプレゼントでわたし、 パリに行ってみようって決心したのよ。

 

 − メリ−・クリスマス。  フランソワ−ズ・・・・

 

あなたと廃墟から眺めた聖夜の花火、 わたし一生わすれないわ。  

あの、チェ−ン。 無骨なくさりが わたしをしっかり繋ぎとめてくれたのね。

 

いつの間にか 気がつくと彼を追っていた、 目で 耳で ・・・そう、身体全体で。

そんなわたしに いちばんびっくりしているのは・・・わたし自身。

 

 

 

だれもいない日。

ひとりっきりで のんびり出来るって始めは嬉しかったんだけど。

うふふふ・・・・ 可笑しいわね。

こうして 気がつけば、みんなのことを考えてる。 みんなの姿を思い描いてる。

 

舞踏会に行けないサンドリヨンは 仙女の手を借りてお姫様になったけど。

わたしは、 わたしには。

 

いつでも どこでも。 たとえ 傍にいなくても。

元気をくれる 仲間がいるの。 ・・・・・・・ はにかみ屋さんの 王子サマも ♪

 

 

1月 24日。

お誕生日の主役は 箒片手に お掃除の真っ最中である。

それぞれの <おめでとう> を抱えた 仲間たちの足音が・・・ほら・・・ ほら、ね?

 

 

   −  ただいま〜 フランソワ−ズ

 

 

***** Fin. *****

Last updated : 01,21,2004.