『 Fortune  Telling 』

 

 

 ようよう巡って来た明るい季節のやわらかい風に乗って どこかもの哀しいメロディ−が流れてくる。

甲高い子供たちの声、 物売りたちの歌うような誘い、 人々のざわめきとさざめく笑い・・・・

誰もが 陽気に光の季節の到来を楽しんで歩む足取りも軽やかだ。 

 

「 お兄ちゃん、 はやく、はやく〜 」

初夏の陽にきらめく髪をゆらして ちいさな女の子が駆けて行く。 

「 こらぁ〜 そんなに走っちゃ、また転んでもしらないぞ・・・ お〜い、待てったら! 」

真っ白なセ−ラ−・カラ−をひるがえし、妹のあとを追って少年が駆け出していった。

「 ふたりとも。 気をつけて! ・・・・ああ、でもよかったわ、フランソワ−ズも走れるほど元気になって・・・ 」

「 そうだね。 このカルナヴァル、とても楽しみにしていたものなあ、熱が下がって本当によかった。 」

幼い兄妹を目で追いながら、両親は仲睦まじくゆったりと木陰に歩みをすすめてゆく。

 

「 そうら。 捕まえた! 」

少年は息をはずませ 妹の小さな手を握り締めた。

今年はじめての半袖。 お気に入りのちょうちん袖のワンピ−スは持ち主の瞳と同じ明るいサファイア・ブル−。

ふさふさした亜麻色の髪には ママンが結んでくれた淡雪みたいなレ−スのリボンがゆれている。

「 お兄ちゃんったら遅いんだもん・・・。 ねえ、はやく!フランね、メリ−・ゴ−ラウンドに乗りたいの。 」

「 フランはまだちっちゃいから無理だよ、危ないってママンに叱られるよ? 」

「 やだ〜 乗るのぉ〜 あの白くて金色の飾りの付いたお馬サンに乗るんだもん! 」

さくらんぼみたいな唇を尖らせて駄々をこねる妹に 困った兄はたいそう大人びた溜め息をついた。

「 ・・・・しょうがないなあ・・・ じゃ、お兄ちゃんと一緒に乗ろうよ? それならいいだろ? 」

「 うんっ! 」

 

 − そこの可愛いお嬢さん? あなたの未来を知りたくありませんか、こっそり覗いて見ませんか・・・ −

ふと、賑やかな雑踏をこえて少し違う声が耳に入った。

「 みらい・・・?  お兄ちゃん、みらいってなあに? 」

「 これから、うんっと先の日のことさ。 僕やフランがどんなオトナになるか、なにになれるか、って。 」

「 ふう〜ん・・・。 フランはね、大きくなっらママンのみたいな真っ白のマリエを着て花嫁さんになるの!

 お兄ちゃんは? ねえ、フラン聞いてくる、あのベ−ルを下げたおばあさんに。 」

兄の返事を待たずに彼女は 【 Fortune Telling 】 の看板を掲げたテントへちょこちょこと歩いていった。

 

「 ・・・いらっしゃい、可愛いお嬢さん・・・ どれ、あなたの未来を占ってしんぜましょう、さあ、素適な王子さまは

 いつ現れるのかな・・・? 」

ゆらゆらする紫のベ−ルに笑いを隠して、占い師の女は椅子によじ登ってきた少女の顔を覗き込んだ。

「 天使みたいな可愛いお嬢さん・・・あなたの王子サマは・・・・・・・・ っ!・・・・・   」

唐突に言葉をとぎらせ、口を噤んでしまった占い師に少女もその後ろにいる兄も訝しげな視線を送った。

「 ・・・・・これは。 お返しするわ。 さ、帰りなさい・・・・もう、忘れて。 」

打って変わって低くくぐもった声で告げると、その女は幾枚かの銀貨を少女の手に押し戻した。

「 ・・・・お兄ちゃん・・? 」

「 ・・・きっと、占いの<呪文>を忘れちゃったんだよ・・・ さあ、メリ−・ゴ−ラウンドへ行こう? 」

不安そうに自分を見上げる妹の手を掴んで、ジャンはそのテントを出ようとした。

「 でも・・・フラン、<みらい>が知りたいの、フランはママンみたいなきれいな花嫁さんになれないの・・・? 」

「 そんなこと、ないよ! ・・・でも、ほらあのひと、引っ込んじゃったから・・・ ね? 行こうよ? 」

「 ・・・・う・・・ん・・・・・ 」

 

 ・・・・・・・どんなことでも、耳を傾ける勇気がおありかな、お嬢さん・・・・

 

兄に手を引かれ不承不承に歩き出した少女を うしろからしわがれた声が引きとめた。

「 ・・・え?・・・・ 」

びっくりして振り向いた兄妹の前には 先程の女とは比べモノにならない程の年老いた占い師が佇んでいた。

「 うん! 平気。 フランは、泣き虫じゃないもん。 強いんだもん。 」

兄の手を振り切って、少女は再び椅子によじ登った。

 

ほとんど顔中を覆い隠した黒いベ−ルの間から その老婆はしばらくじっと目の前の少女を見詰めていた。

やがて 枯れ木のような指で何回か机に置かれた水晶の玉を弄った。

 

  − このお子は。 類い稀な運命を辿る・・・それは。世界で唯独り、かもしれない。

     お嬢ちゃん・・・あなたは・・・長い長い闇の果てに至福の光を見出すだろう・・・・

 

老婆の低い呟きは 幼い兄妹にはその意味するところなどほとんど解りはしなかった。

ただ、そのあまりの禍々しい雰囲気に 子供たちは本能的に感じ取ったのだ。 

 − ココにいてはイケナイ。

「 ・・・さあ、行こうフラン!  メリ−・ゴ−ラウンドに乗るんだろ、パパ達だって捜してるよ、きっと。 」

「 ・・・お兄ちゃん・・・・ うん。 」

 

   ・・・・神の御加護を・・・・ あの いたいけな少女に・・・!

 

しっかりと手を繋いで走ってゆく兄妹の背にじっと視線を当て、年老いた占い師は痛ましそうに呟き十字を切った。

 

 

「 まあ、何処へ行っていたの、二人とも。 パパとさんざん探してしまったわ。 」

「 ・・・ママン、 ごめんなさい・・・。 あのね・・・ 」

「 ママン! 僕が、あの、・・・あ、切手のコレクションを見に行ってたんだ。 ごめんなさい。 」

耳の底に残るあの老婆の呟きを消したくて、ことさら大きな声でジャンは妹の言葉を遮った。

「 ねえ、ママン、僕と一緒ならメリ−・ゴ−ラウンド、乗ってもいいでしょう? ね、フラン? 」

「 大丈夫・・・? ジャン、ちゃんとフランを護ってあげられる? 」

「 うん! 僕はお兄ちゃんだもの。 大丈夫さ。 」

「 よ〜し。 男に二言はナシだぞ? ジャン、頼んだぞ、パパと男同士の約束だ。 妹を護れ。 」

父親にぽん・・と肩を叩かれ、少年は誇らしげに胸をはった。

「 任せてよ、 パパ! 」

 

 

「 わあ〜〜〜 すごいすごい・・・ パパ〜〜 ママン〜〜 フランはここよぉ・・・・ 」

待望の白馬に跨った兄妹を乗せて メリ−・ゴ−ラウンドは華やかにまわリ始めた。

「 ・・・・フラン、そんなに乗り出さないで・・・危ないよ。 」

「 平気、平気よ、お兄ちゃん。 このお馬さんはとってもキレイね〜  」

ご機嫌の妹を神妙な顔で、ジャンはしっかりと抱く。 速度はさらに増して行き、頬にあたる風も強くなった。

  

 ・・・・ふわ・・・・・っ 一陣の風に捕らえられ少女のリボンは一筋の白い流れとなって飛び去った。

 

「 あ〜〜 おリボンが! 」

 

 

 大きな太陽がゆっくりとあたりを茜いろに染めてゆく。

はしゃぎ疲れて眠り込んでしまった兄妹を両親はそれぞれの背に優しく揺すりあげる。

「 まだまだ他愛ないもんだな・・・・。 うん? フランソワ−ズは何を大事そうに握っているのかな? 」

「 え? ああ・・・・カチュ−シャよ。 リボンを飛ばしてしまって、その代わりってジャンが買ってあげたらしいの。 」

「 ほう・・? コイツ、兄貴として気前のいいところを見せたってワケだ? 」

「 そうみたい・・・。 フランはジャンのタカラモノだから。 甘いお兄ちゃんでちょっと困るかしら・・ 」

「 いいじゃないか。 ふたりっきりの兄妹なんだ、仲がイイのが一番だよ。 」

「 そうね。  ふたりとも仲良く・・・・幸せになってほしいわ・・・ 」

 

影法師がふたつ。 それぞれ愛し子を背に、夕暮れの路に寄り添う影が長くゆらゆらと伸びていった。

 

 

 

 

「 あら、ねえ、聞いて? あの音。 カルナヴァルが来てるんだわ、 寄って見ない、兄さん? 」

「 おいおい・・・・いったい幾つになるんだよ、フラン? 」

早い夏を思わせる陽に、その髪を煌かせて歩みを速めた妹を苦笑しながらも兄は追いついた。

「 フランソワ−ズ、お前の入団祝いだろ、今日は。 せっかく食事の予約をしたのに遅くなっちゃうぞ。 」

「 う〜ん、ちょっとだけ。 ・・・兄さん、覚えてる? 子供のころ、そう、まだパパもママンも元気だったころ。

 家族みんなで、そうよ、丁度今くらいの時期にカルナヴァルへ行ったわよね。 」

「 ・・・覚えてるよ。 お前、ブル−のワンピ−ス着てて。 親父が目を細めてたもんなあ。 」

「 あのワンピ−ス、お気に入りだったもの。  そうそう・・・占い、覚えてる? あの日・・・ 」

「 ああ。 大騒ぎしたもんな。 ちょっと不気味で・・・子供こころにもすごく印象的だったよ。 」

「 そうね・・・。 」

仲良く歩く兄妹のわきを かつての二人のような幼い子供たちが駆け抜けてゆく。

ちらちらと洩れてくる木もれ日が 兄妹の良く似た髪に光のかけらを落として舞い散る。

−今は亡き父母の思い出も それはすこしも哀しいものではなく、むしろ温かく懐かしい。

 

「 そうよ、 それでその帰りにリボン飛ばしちゃって、兄さんに赤いカチュ−シャ、買ってもらったっけ。

 わたしの宝物だったのよ。 もう・・・どこかへ失くしてしまったけれど、ずいぶん大事にしてたもの。 」

「 ふふふ・・・・じゃあ。 買ってやるよ、入団祝いに、さ。 赤いカチュ−シャ。 」

「 あら。 兄さんこそ、わたし、幾つだと思ってるの! ・・・でも。いいわ、今度こそ失くさない様にします〜 

 ・・・・ねえ、兄さん、見て。 やっぱり占いのテントがあるわ、 行ってみない? 」

(やれやれ・・・・) 兄は遠い子供の日と同じに さっさと行ってしまった妹の後を苦笑まじりについて行った。

 

 

Fortune Telling 】なんて 時代を経てもどこのカルナヴァルでも大して変わらないものなのかもしれない。

妹の後ろに立ってジャンは 奇妙な感覚をもてあまし、なんとか理屈付けようと試みていた。

 

じっと彼女を見詰めたまま 不自然なほど長く押し黙っていた後に占い師がゆっくりと口にした言葉は。

 

「 まあ・・・・子供の頃にも同じことを言われたわ。 ねえ、兄さん? ・・・あら、それじゃあきっと・・・

 小さい時のあの占いは今度のことだったのね? 素晴らしいダンサ−になれるのかしら?! 」

 − 目を耀かせて喜ぶ妹は気がつかないらしい・・・・

ジャンは妹の笑顔を横目に 苦渋に満ちたジプシ−占い師の表情が気になって仕方なかった。

 

新しい明日へ 希望と期待に満ちて。 幸せの予兆を得たかのように屈託なく微笑む妹の笑顔。

 − 兄は・・・・その日の彼女の笑顔を 生涯忘れることができなかった。

 

 

 

 

 テ−マ・パ−クなどとは程遠いちいさな遊園地。 どこにでもあるありふれた遊具ばかりが並ぶ。

でも、訪れた人々はそこかしこに散りゆったりとした時間を楽しんでいる。

 

「 なんか・・・つまらなかったかな・・・・。 せっかくきみと出かけて来たのに。 」

「 あら、そんなことないわ、ジョ−。 ・・・・ああ・・・遊園地なんて・・・久し振りだわ・・・ほんとうに・・・ 」

気がかりそうに自分の顔を見詰めているジョ−に フランソワ−ズは明るく微笑んだ。

「 なら、よかった・・・! 大きなトコロは混んでるし。 のんびりするにはこういう方がいいかもしれないね。 」

「 そうね。 ・・・・・ずっと。いろいろあったから・・・。 また、こんな日を楽しめるなんて・・・嬉しいわ、わたし。」

自分より頭ひとつ高い青年と木陰のベンチに肩を並べて。 フランソワ−ズはそっと吐息を漏らす。

 − こうしていると。 兄さんとカルナヴァルに行ったのもつい、昨日のような気がするわ・・・ 

 ああ・・・遊園地なんて何処もおんなじねえ・・この国でも Fortune Telling があるんだわ・・・・

 

遠くに視線をなげ、口元にうすい微笑をうかべたまま言葉をとぎらせた彼女にジョ−はそっと尋ねた。

「 ・・・どうしたの、フランソワ−ズ・・・? 」

「 あ・・・ごめんなさい・・・。 ちょっと・・・思い出しちゃった・・ほら・・・占いコ−ナ−があるでしょう、

あそこに・・・。  子供のころ・・・・・・やっぱりこんな遊園地に来てね・・・・・・ 」

 − 何も知らなかったから。 <類い稀な>って良いコトにしか 考えなかったの・・・・・。

    ふふふ・・・占いは・・・当たってたってわけ。 今、やっとわかったわ。

 

小さな女の子が占ってもらえなかったのは。 ヒトとしてのその命があまりにも短いのが占い師には見えていたから。

先の無いものに Fortune Telling  なんていらないもの・・・ 出来るはずないもの・・・・・。 だから。

 

ひっそりと微笑む彼女の姿が あまりにも儚くて。 ジョ−は思わずその白い手をじっと握りしめた。

 

「 ・・・・もうその占いはオシマイさ。 小さい頃のことなんてアテにならないし。 ね?行ってみよう。

 そうして、いまの、ここにいる君の <Fortune> を占ってもらおうよ! 」

ジョ−は殊更、陽気そうに言って彼女を手近な占い師のテ−ブルに 引っ張って行った。

「 ジョ−・・・・。 」

 

あの頃と同じように、やはり濃いベ−ルで顔を覆った占い師は目の前の異国の乙女をちらりと一瞥した。

そして テ−ブルにあるお決まりの水晶玉に視線を戻した・・・・けれども。 すぐにまた顔をあげた。

 

「 あなたに Fortune Telling はいらない。  」

「 ・・・・・・・・・ 」

さ・・・っと顔を曇らせたお客に、占い師はにこやかに告げた。

「  あなたの幸せは もう、あなたのところに来ているのだから。  」

 

フランソワ−ズは思わずそのベ−ルの陰の笑顔をじっと見詰めた。 

 

   ・・・・・長い長い闇の果てに至福の光を見出すだろう・・・・・・

 

はるか遠い日、温かな幸せに愛にくるまれていた幼い少女の日、希望に満ち溢れていた耀く乙女の日、

呪文のように 低く呟かれたあのコトバが彼女のこころに鮮やかに甦った。

 

− そうだわ。  あの占いの後半。 もしかして・・・それが、それこそが、真実なのかもしれない・・・

 

 ・・・・占いは当たっていたわ。  わたしは。 見つけた・・・・・・・・・

 

両の肩におおきな温かい手がそっと置かれた。 その持ち主の表情が、こころが、豊かに流れ込んでくる・・・

 

                                          ・・・・ありがとう・・・・ 

 

そう、やはりわたしは<類い稀な>運命の持ち主なのだ・・・こうして巡り会えたんだもの、あなたと。

 

                      −  ジョ−。  わたしの 至福の光。 

 

 

 

          ********  FIN. *******

  

  後書き by  ばちるど

  梅雨どきのじめじめした日本の六月じゃなくて。 爽やかに明るい欧州の六月、そんな季節にピッタリの

  う〜〜んと可愛いフランソワ−ズが書いてみたかったんです・・・。 ジョ−君、ごめんね、また出番がすくなかったね・・・

  

  Last update: 6,17,2003       index