『 カエルとお姫さま 』

 

 

 

*****   はじめに  *****

この物語は 【Eve Green】様宅の <島村さんち> 設定を拝借しています。

また 作中の童話 『 カエルとお姫サマ 』 につきましては

いずれこちらよりリンクし 全文をご紹介いたしますので少々お待ちくださいませ。

 

 

 

 

どの街にも その街特有の <顔> がある、という。

街並みだったり、色彩、香り、そして光の色・・・・ 

その街にしかないもので、そこに住む人だけが知っている ウチの街の顔 である。

 

旅から帰ってきたとき。

長い留守をしたあと。

人々は それをみつけてほっとするのだ。

 

  ・・・ ああ。 帰ってきたなあ。

  ただいま。 ・・・ わが街よ・・・・

 

ほんのちょっとだけ感傷にふけり、そして人々はまた当たり前の日々をそこで送り始める。

 

 

カツカツカツ ・・・・

・・・ コツコツコツ ・・・ コツコツ ・・・・

カッカッカッ ・・・ !

 

この街を行き交う人々は実に様々だけれども、誰もが似た足音を立てる。

それは ・・・ この音が この、欧州の旧い街の <顔> だからかもしれない、と

島村すぴかは密かに思っている。

 

  もう ・・・ この街に住んで20年近くになる・・・?

  やっとアタシも この街のヒトになれたのかしら。

 

すぴかはこの足音が耳につくたびに ちょっと不思議な気持ちになる。

自分の生まれた街は ・・・ こんな音はしなかった。

あの海辺の、ちょっと古びた洋館めざして急な坂道を登るとき

彼女の足の下で 地面は温かい音を返してきてくれた。

 

ぼこぼこぼこ。 ざっざっざっ・・・・ 

 

時には雨でぐちゃぐちゃになり泣きたい日もあったけれど、

あの坂道はいつだって、どんな日だって 陽気に彼女を迎えてくれた。

 

   ・・・・ お帰り! すぴか。

 

もう ・・・ 何年、あの音を聞いていないだろう。

不意に鼻の奥が つん ・・・・ としてきて、すぴかは慌てて頭を振った。

 

  いいの。 あの家は ・・・ わたしのこころの中にあるんだもの。

  いつだって 帰れるでしょう?

  ・・・ ちょっと目を瞑れば・・・ ほら。 

  お父さんとお母さん。 そしてすばると暮らしたあの家が 見えてくる・・・

 

 

「 Pardon ! 」

急に歩みを止めた彼女に危うく触れそうになった紳士が 一言呟き追い抜いていった。

 

  ・・・ いっけない! ごめんなさい。

 

すぴかは外れかけていたスカ−フを引っ張り上げると、しゃんと前を向いた。

バッグを持ち直し、肩にかかるセピアの髪を払う。

りんとした顔立ち、でももうあまり若くはない女性が颯爽と歩き始める。

 

  さ。 すぴかさん。 感傷にひたっている暇はないのよ。

 

コツコツコツ ・・・ コッ ・・・

ベ−ジュのコ−トを翻し彼女も 再びこの街の音を響かせだした。

 

・・・ 自分の <ウチの街> はいったいどこなのだろう、とすぴかはこのごろ思うのだ。

生まれ育ったあの海辺の町、そして同じくらいの年月をすごしているこの欧州の古い街と。 

どちらが自分の ホ−ム なのか、帰るべき場所なのだろうか。

もしかして どちらの街にも自分の居場所はないんじゃないか・・・

「 あら、だってお母さんはもう日本に居る方が長いもの。」

彼女がこの街に住み慣れた頃、金髪碧眼の母はよくそんなことを言っていたものだ・・・

セピアの髪と瞳をした父は 「 ぼくは日本人ですよ。 」 とよく苦笑していた。

 

  わたしの居場所は ・・・ 

 

sojourner ( 滞在者 ) ・・・ ふと、そんな言葉がすぴかの口からこぼれた。

 

 

「 ・・・ !?  しまむらさん? しまむらさん、だよね? 」

「 ・・・ ? ・・・ 」

 

いきなり母国語で名前を呼ばれ、またまた彼女は脚をとめた。

 

「 そうだ、やっぱり島村さんだ。 ・・・ 僕だよ、覚えてない? 」

「 ・・・? ・・・  」

「 その本、絵本でわかったんだ。 」

「 ・・・・・? 」

日本人の男性が にこにことすぴかが抱えていた絵本を指差した。

「 あは♪ わからないかな? そんなに変っちゃいないと思うけど・・・ 」

「 ・・・ これ ・・・ 『 カエルとお姫サマ 』 ・・・

 あ!  あのう、もしかして ・・・  」

「 泣き虫毛虫〜〜 はさんで捨てろ!って怒られたよなあ〜。 」

 

「 ・・・ わたなべ君・・・ ! 」

「 あたり。

 

異国の街の雑踏で、 島村すぴかは双子の弟の しんゆう と巡り合った。

 

 

 

 

 

「 ・・・ ねえねえ、お母さん。 ・・・ だめ? 」

「 だめです。 」

「 どうしても・・・・? 」

「 どうしても。 」

「 お願い〜〜〜 アタシがちゃんと、ちゃ〜〜〜んと全部世話するから〜〜〜 」

「 だめです。 」

「 ・・・ おかあさ〜〜ん ・・・ ! 」

 

ついに泣き声をたて始めた娘を前に、フランソワ−ズは頑なに首を振り続けていた。

 

「 ・・・ お母さん・・・ あのォ ・・・ 」

母と姉の間に立ってこれも泣きそうな顔をしていた息子が こそっと近づいてきて

フランソワ−ズのスカ−トをひっぱった。

「 すばるのお願いでもだめです。 」

「 ちがうよ。 ・・・あのさ、お父さん、帰ってきたよ。 」

「 ・・・ え? あら! お母さん、全然車の音に気がつかなかったわ。

 ありがとう、すばる。 」

「 僕! さきにお迎えに行っているね!  お父さ〜〜ん、お帰りなさい〜〜〜 ! 」

すばるはにこにこ顔で玄関にすっ飛んでいった。

「 あら、いけない。 もうこんな時間じゃない。 晩御飯の支度始めなくちゃ・・・

 さ、お父さんをお迎えしてくるから・・・ ちゃんとココを片しておきなさい。 いいわね。 」

「 ・・・ お母さん ・・・ 」

「 だめです。 ねえ、お母さんからもお願いよ、すぴか。

 ・・・ アレはちゃんとね、みんなオウチに帰してあげなさい。 全部ですよ。 」

「 ・・・・・・・・・・ 」

母と同じ色の瞳を涙でいっぱいにして、すぴかはしょんぼり庭に出ていった。

 

 

「 ― ただいま。 どうしたの? 」

「 あ、 ジョ−。 お帰りなさい。 ごめんなさいね、お迎えできなくて・・・ 」

不意にリビングのドアがあき、セピアの髪の青年が入ってきた。

フランソワ−ズは娘の後ろ姿をじっと見ていたが、あわてて夫のもとに駆け寄った。

 

「 ・・・ お帰りなさい。 お仕事、お疲れさま・・・・ 」

「 ただいま、フランソワ−ズ ・・・ 」

 

離れていた時間を埋め尽くすみたいに ジョ−とフランソワ−ズは腕を絡めあい

見つめあって深い口付けをかわす。

 

  ・・・ なにか ・・・ あったの。

 

  ううん。 なにも。 ・・・ いつもの我が家です、ご安心・・・

 

  ふふふ ・・・ ねえ ・・・ 今夜、さ♪

 

  ・・・ 今夜も、でしょ。

 

  当たり。 きみと離れているの、淋しくて・・・

 

  あらら・・・ ウチにはもう一人おおきな坊やがいるのかしら。

 

  ・・・ ふふん ・・・

 

瞳と瞳でそんな会話を交わしている両親の側で すばるはまた泣きそうな顔をしている。

物心付く頃から 仲のよいお父さんとお母さんに慣れっこなので

あま〜〜い・あつ〜〜いキス・シ−ンも 彼にとっては <当たり前の風景> のようだ。

 

「 すぴか・・・ どうしたんだい。 なんだか泣き声が聞こえたけど? 」

ジョ−はやっと彼の細君の身体を離し ジャケットを手渡した。

「 ええ ・・・ あの、ねえ・・・ 」

「 お父さん! ねえ・・・ お父さん! 」

「 ・・・ ん? なんだい、どうした、すばる。 お前も なんだか涙が零れそうだぞ。 」

「 う ・・・ 僕 ・・・ な、泣いてなんか・・・いないや! お父さん !

 ね! 一緒に来て〜〜〜 ねえ、お庭まで。 」

すばるは父の大きな手を くい・・・っと引っ張った。

「 いいけど・・・ 本当にどうしたの。 なにがあったのかい。 

 今日は そうだ、グレ−ト伯父さんが来たんだろ。 」

「 ええ。 それでね・・・  カエル なの。 」

「 ・・・ カエル??? 」

思いがけない言葉が フランソワ−ズの口から飛び出し、 ジョ−はなんのことやら

ますますワケが解らない。

相変わらず魅惑的な彼女の珊瑚色の唇と碧い瞳を ジョ−は改めてしげしげと見つめた。

「 そう、カエルよ。 それも ・・・ たっくさん!! 」

 

先日、欧州から戻った < グレ−ト伯父さん > がオミヤゲを持って

ギルモア邸に遊びに来る予定だったのだが・・・

片方の手に息子をぶらさげ、反対の手を妻の腰に当て・・・ 島村さんちのご主人は

リビングの真ん中で立ちん坊になっていた。

 

 

 

「 お母さ〜〜ん! 見て見て〜〜〜 ねえ、スゴイのォ!! 」

甲高い声が 庭から響いてきた。

「 はぁい! 今・・・ 行くわ。 」

フランソワ−ズは お茶の準備をしていた手を休め、エプロンで拭き拭きキッチンを出て行った。

今朝、久し振りに訪ねてきたグレ−ト伯父さんのオミヤゲの紅茶が

本場の香りを漂わせている。 オ−ブンの中でスコ−ンもいい匂いを撒き散らし始めた。

 

  ・・・ 今日のオヤツは イングランド風、ね。 

  ロイヤル・ミルク・ティ− にしましょうか。  ふふふ ・・・ いい香り

 

夏休みまであと少し、まだ雨模様の空が少々鬱陶しいけれど、

今日は楽しいお茶の時間になりそう・・・とフランソワ−ズはにこにこしていた。

久し振りに聞く、故郷の大陸の様子も楽しみだ。

 

  その前にすぴかの <すごいの〜〜> を見てやらなくちゃ。

 

すぴかは小学二年生になってますます行動範囲がひろがり、お転婆ぶりが増してきた。

ちょっと扱いづらいこの娘に フランソワ−ズは時々こっそり溜息をついている。

顔は自分とよく似ているけれど 中味はてんで大違い。

女同士だけに 余計にお互いややこしい部分もこれからは増えてゆくだろう。

 

  ・・・ いけないわ。 すぴかもすばるも ・・・ わたしの、わたし達の宝物でしょ。

  どんなことでも ちゃんと受け止めなくちゃ。

 

ぷるん、と頭を振ってフランソワ−ズは裏庭に出ていった。

 

 

 

グレ−ト伯父さんは 今日、子供たちが登校してから この邸にやって来た。

お土産は手回しよく、昨日送られてきている。

 

「 ただいま! ねえねえ〜〜 伯父さんは? グレ−ト伯父さ〜〜ん・・・!」

玄関のドアが開くと同時に すぴかの甲高い声が響いてきた。

「 おお・・・小さな騎士( ナイト ) に 小さなプリンセス、ご機嫌はいかがかな。 」

「 わあ〜〜 グレ−ト伯父さん! お帰りなさ〜〜い。 」

「 おうおう ・・・ 我輩にはここにも <帰る家> があるのなあ。 」

学校から帰った子供たちは歓声をあげ、このつるつる頭のちょっと風変わりな伯父さんを

大歓迎し纏わりついた。

「 伯父さん、オミヤゲありがとう! 昨日のうちに、もう届いたのよ。 」

「 ありがとう〜〜 伯父さん。 僕、あのクッキ−型、欲しかったんだ〜〜 」

「 気に入ってくれたか。 嬉しいねえ。 

 ・・・ やはりここは 我輩たちの ホ−ム だなあ。 」

グレ−トはフランソワ−ズを振り返り、 ちょっと眩しそうに目をしばたいた。

「 そうよ、グレ−ト。  ここは みんなの ホ−ム なの。 

 いつだって ここに帰ってきてね。 」

「 ・・・ かたじけない、マドモアゼル。 」

「 あら、まだ <マドモアゼル>なの? 

 やあだ ・・・ もうわたし 子持ちの、二人の子持ちのオバサンよ。 」

「 いやいや。 そなたは我らの永遠のマドンナさ。 

 ジョ−だけに独り占めされるのは 今だにどうもシャクに触る。 」

グレ−トはに・・・っと笑うと、彼女の手をとり慇懃に口付けをした。

「 ・・・ まあ ・・・ 」

しばらく振りで逢った伯父と姪のごとく、二人はゆったりと笑みを交わした。

 

「 時に ・・・ アイツは今日も遅いのかい。 」

「 出来るだけ早く帰る、とは言ってたの。 せっかくグレ−トが帰ってきたからって。 

 ちょうど今ね、忙しい最中らしくて。 ごめんなさいね。 」

「 ま、仕方あるまい。 男は忙しくてなんぼ、だからなあ。 ジョ−も立派になったもんだ。

 出版社勤務は大変だろうよ。 」

「 ええ・・・ でもなんか性に合ったらしくて 楽しそうよ。 」

「 そりゃなにより。 どれ・・・ 」

ちょいとその辺りに足を伸ばしてくる、とグレ−トは腰を上げた。

「 あ! 伯父ちゃま、お散歩? すぴかも行く! 」

「 ぼくも〜〜〜 」

オヤツを食べていた双子は 目敏く見つけて飛んで来た。

「 おお、ではガイドをお願いしますかな。 」

「 うん! 」

チビ達を後先に従え、グレ−トは飄々と裏山の方に出かけていったのだが。

 

 

 

「 おかえりなさい。 オヤツができてますよ・・・ まあ、なあに。 」

「 お母さん! 見て見て!! こんなに沢山捕まえたの〜〜 」

すぴかは眼をきらきら・・・ほっぺはさくら色に輝き ― 盛大に泥が飛び散っていた。

黙って座っていれば、母に似たフランス人形みたいな美少女・・・ なのだが、

実際のご本人は じっとしているのは寝ているときだけ!の ス−パ−お転婆少女なのだ。

「 あらら・・・ どうしたの、そのお顔・・・ 」

「 ねえ、みて。 アタシ、もう名前付けちゃったんだ。

 ウチで飼ってもいいでしょう? ねえ、 お母さん ! 」

「 ・・・・? なんなの。 ・・・ ああ、このバケツのなか? 」

「 そう! あ・・・ そうっとフタをあけてね。 」

「 わかったわ。 」

 

・・・ そうそう、裏山に綺麗な泉があったわね。

湧き水でとても冷たくて ・・・ メダカでも捕まえてきたのかしら。

 

フランソワ−ズは赤いバケツの前にしゃがみこんで そっと ・・・ フタをずらせ覗き込んだ。

 

 

  ― ゲロゲロ! ゲコッ!!!

 

 

きゃあ 〜〜〜〜〜〜 !!!!

 

派手な悲鳴が ギルモア邸の裏庭に響きわたった。

 

 

 

「 ・・・ それで。 アイツはその〜ソレを全部飼うんだって? 」

「 そうなのよ! ウチの裏庭で飼うってきかいないの。 

 だから それだけは絶対にダメって言ってたところ。 」

「 ・・・・ぷっ・・・ くくくくく ・・・・ 」

「 ・・・ ジョ−ォ?! 」

我慢できずに吹き出した夫をフランソワ−ズは じろり、と睨んだ。

 

  ・・・ うは。  おっかない ・・・!

 

ジョ−は首をすくめあわてて表情を引き締めた。

「 誰にだって苦手はあります。 ・・・ 笑わなくてもいいでしょう? 」

「 ごめん。 ・・・・ でもなあ ・・・ くくくく・・・・ 」

「 ・・・・ もう! わたし、あの ・・・ 冷たくぬめっとしたモノ、

 絶対に絶対に ・・・ ダメなの!! 」

「 はいはい・・・。 じゃあ、ぼくがちょっと見て来る。 きみはここにいろよ。 」

「 ええ、お願いね。  晩御飯の用意、急がなくちゃ。 」

「 ・・・・ そんなに慌てなくてもいいよ。 」

もう一度、珊瑚色の唇をさっと盗んでから ジョ−は息子に引っ張られて行った。

 

   くくくく ・・・ 天下の003が ・・・ カエルが苦手ってなあ。

   この重大機密がNBGに漏れなくてよかったよ・・・

 

冗談と真面目の真ん中で ジョ−はどうしても笑いを隠せないようだった。

 

「 ・・・ すぴか。 」

「 あ・・・ ! お父さん〜〜〜 ! 」

裏庭の奥で ジョ−の娘が赤いバケツを抱えてしゃがみ込んでいた。

「 それ、かい。 」

「 ・・・ うん。 お母さん、絶対にダメだって言うの。

 アタシ・・・・ちゃんと、ちゃ〜〜んと世話するよ。 お小遣いでおっきな水槽買って

 毎日、御飯になる虫とか捕まえてきて ・・・ お掃除だってするから ・・・ 」

「 ・・・ う〜〜ん ・・・ それでもちょっと ・・・ なあ。 」

そんなコトしたら フランソワ−ズの眉毛はますます吊り上がり、ご機嫌は最悪・・・

というよりもひょっとしたら彼女の方が出ていってしまうかもしれない。 

ジョ−は娘の涙に汚れた顔を そっとハンカチを出して拭ってやった。

 

「 すぴかの気持ち、よく解るよ。 <仲良し> になったから

 一緒に居たいんだろ。 」

「 うん。 」

「 すぴかは ・・・ それで楽しいけど。 カエル達は ・・・ どうかな。

 狭い水槽でぎゅう詰めで暮らして。 楽しいなって言うかなあ。 」

「 ・・・ 言わない ・・・ 」

「 だろ? もともとあの裏山の泉の側にすんでたんだろうし・・・ お家が一番、なんだよ。 」

「 お父さん・・・! 知ってるの、あの泉! 」

「 勿論。 ここいら辺はず〜〜っとお父さんの庭みたいなものさ。 」

「 それなら! ねえ、一緒に来て! ねえ、お父さん〜〜〜 」

すぴかは泥だらけの手でジョ−の手をひっぱった。

「 今から? もうすぐ晩御飯だよ、お母さんにまた叱られるよ。 」

「 でもでも〜〜 お願い、お父さん。

 このコ達はね、絶対にアタシの <カエル> なの。 ずっと一緒にいる カエル なの! 」

「 ・・・ すぴか? ・・・ 」

ジョ−は娘の顔をじっと見つめていたが、ははあ・・・と頷いた。

「 あの < カエル > かい。 」

「 ! そう! そうなの、お父さん!! 」

すぴかは飛び上がって父親にしがみついた。

 

  ・・・ あちゃ・・・ 夏用のス−ツが ・・・・ またフランソワ−ズの雷が落ちるぞ〜〜

  ま ・・・ しょうもないな。 

 

「 お父さん。 このカエル、 <どくだみのお姫様> の? 」

父の側で 黙って姉と父の遣り取りを見ていたすばるがぼそっと口を挟んだ。

「 ・・・ そうらしい。 」

「 僕も もう一回行く。 ねえ、行こうよ、お父さん。 」

「 ・・・ お願い、お父さん・・・! 」

左右から小さな手が ジョ−の両手に取り縋り、色違いの瞳が真剣に見上げている。

 

「 ・・・ よし。 ちょっと待て。

 お母さんに断ってくる。 それで ・・・ もう一回あの泉まで行こう。 」

「 わあい♪♪ 」

「 そのかわり。 彼らは お家に帰すよ。 いいね? 」

「 ・・・・ う ・・・ うん ・・・・ 」

「 よし、約束だよ。 」

「 ・・・ 約束する。 」

すぴかは大層真剣な顔で頷いた。 その横ですばるもうんうん、とこっくりしている。

「 よし。 じゃあ・・・ 10分後に裏山の泉に出発だ。 」

「 わあ〜〜い。 」

 

 

 

「 ・・・ ほら。 ほら、ね。 お父さん。 あそこ。 

 あの向こう側。 ずう〜〜っと お花が咲いているでしょ。 」

「 ああ。 今・・・一番盛りだな。 」

娘と息子を従えて ジョ−は小さな泉に畔にやって来た。

そろそろ夕闇が漂いだす時分だが、さやさやと水辺ちかくに咲く白い花が揺れている。

「 ね! ・・・ ここは どくだみの精とかえるの あの泉なのよ。 」

すぴか。 それなら、なおさらカエルたちはここに返してやらなくちゃ。

 < カエルはいつでもどくだみの精の側にいるのです > だろ。 」

「 う ・・・ うん ・・・ 。 」

すぴかは不承不承に 手にしていたバケツのふたを開けた。

 

  ゲロロ ・・・ ケロケロケロ ・・・!

 

なぜかカエル達は飛び出したりせずに じっとしている。

 

「 ・・・ さあ? みんなお家に帰りたがっていると思うよ? 」

「 ・・・ うん ・・・ 」

すぴかはバケツからカエルをつかみだした。

 

  ・・・ ひえ 〜〜  こいつ、凄いなあ・・・

  こりゃ フランソワ−ズが悲鳴をあげるわけだ。

 

ジョ−は大真面目な顔で娘をみつめつつ、なんとか笑いをこらえていた。

 

「 ・・・ さよなら ・・・ ポ−ル。 また・・・ね。

 バイバイ ・・・ ジャニス。 元気でね・・・  また遊んでね、マイケル・・・ 」

すぴかはカエル一匹一匹に話しかけ まさに頬擦りしかねない様子で

とても とて〜〜も惜しそうに泉に返してゆく。

「 一番おっきくて ブチの模様も立派な ・・・ ジャン。 あんたはきっとアタシの

 カエルだと思うんだけど。  でも今日は ・・・ バイバイね、また来るから・・・ね! 」

 

  ・・・ ぽっちゃ〜〜ん !!

 

一際大きなカエルは元気に泉に飛び込み、水面には波紋が何重にもひろがってゆく。

 

  ジャンお義兄さん・・・! どうぞあなたの姪の失礼をお許しください・・・!

 

ジョ−はこころの中で妻の兄に深々と頭をたれあやまった。

「 ほうら ・・・ みんな喜んでる。 すぴか、ありがとう〜〜ってさ。 」

「 ・・・ うん ・・・ 

 お父さん、ここってさ。 絶対にどくだみ姫とカエルの住んでいる泉よね。 」

「 すごい〜〜〜 ウチの近くにどくだみ姫が住んでるんだ〜〜 」

すばるも目を真んまるにして 澄んだ水を湛えている泉を覗き込んでいる。

「 そうかもしれないね。  さあ・・・ もうすぐ晩御飯だよ!

 カエルたちもお家に戻ったし ・・・ すぴかもすばるもオウチに帰ろう。 」

「 うん。 ・・・ ねえ ・・・ お父さん ・・・。 」

「 なんだい。 」

すぴかがシジョ−の手をきゅ・・・っと握った。

「 ・・・ お母さんさ・・・ どうしてあんなに だめです! ってばっかり言うの。

 すぴかのこと ・・・ キライなのかな・・・ 」

「 そんなことないよ! 」

ジョ−は立ち止まり 小さな娘の前にしゃがみ込んだ。

まだ半分泥がこびりついている頬に 母と同じ亜麻色の髪が纏わっている。

真剣にジョ−を見つめる瞳は ジョ−が世界で一番愛している人と生き写しだ。

ぽろん ・・・ と一粒、透明な水滴が泥だらけの頬を転がり落ちた。

「 そんなこと、絶対に絶対に ない! 」

「 でも ・・・ このごろ、 お母さん ・・・ 怒ってばっかり。 」

「 すぴか。 あのなあ ・・・ 」

ジョ−は笑い出すまいと、大いに真面目な ・・・ ちょっとばかり怖い顔をしてみせた。

「 カエル達は この泉のお家にいるほうがずっと楽しいってのは、 わかったよな。 」

「 ・・・ うん。 」

「 お母さんは カエル達のことを考えてあげてたのさ。 それに ・・・ 」

これはナイショだぞ? とジョ−は声を潜めた。

すばるも手招きし、ジョ−は息子と娘に ひそひそと彼の奥さんにヒミツを暴露したのだ。

 

「 お母さんはね。 カエルが 大の苦手なんだ。 」

 

「「 そうんなんだ〜〜〜 」」

碧とセピアの瞳は くるくると回り可愛い合唱が泉の畔に響いた。

 

「 あ、し! し〜〜〜ッ !! ヒミツだって言ったろう? 」

「 いっけな〜〜い! 」

「 うん、僕、言わないよお。 おか〜〜あさんは カエルが苦手。 カエルさんが に・が・て〜〜〜♪♪ 」

すばるはにこにこと、例のお得意の<すばる・ソング>を歌いだした。

 

   ・・・ あちゃ・・・ ま、 いいか。 

 

ジョ−は細君の苦情を一手に引き受ける覚悟で 跳ね回っている子供達と歩き始めた。

 

[  ・・・ おい。 ジョ− ・・・! ]

[ ??? グレ−ト??? どこにいるんだい? ]

 

突如、頭の中に響いてきた声に ジョ−はきょろきょろと辺りを見回した。

梅雨も終わりの暮れ時、裏山の泉に回りにはまだ明るさが残っている。

時々葉擦れの音がするが ・・・ 人影は見当たらない。

 

[ ここだよ。 泉の中。 ]

[ 泉の??? ]

[ 左様。 すぴか嬢のバケツに入って カエルどもを統率していたのさ。 ]

[ あ・・・ なる ・・・ だからあいつら、妙に大人しかったのか。 ]

[ そうさ。 我らがマドモアゼルの御前でも 急に飛び出す無礼を嗜めた。 ]

[ そりゃ・・・ ご苦労様でした! ありがとう・・・・!! ]

[ いやいや・・・。 なあ、時にお願いがあるんだが ・・・ ]

[ なに? お礼に虫でも採って御馳走しようか? ]

[ おい? ジョ−。 あまり面白くないジョ−クだぞ?

 あのな・・・ 我輩の服一式、持ってきてくれ。 ]

[ ・・・ ! あは ・・・ !! そうだよね〜〜 はいはい、了解。 ]

[ 頼んだぞ! この泉で夜明かしなんざ、ご免だからな〜〜 ]

[ ラジャ!! ]

 

ぽっちゃ〜〜〜ん !!

 

派手な水音がして カエルが一匹岩の上から綺麗に弧を描いて泉に飛び込んだ。

 

「 お父さ〜〜〜ん、早くぅ〜〜〜  」

「 待ってくれ、今、行くよ! 」

ジョ−は大声で返事をし、子供達の後を追った。

 

 

 

 

「 ・・・ それで チビさん達はあんなに熱心だったのかい。 」

「 そうみたい。 わたしも裏山にそんな泉があるって知らなかったわ。 」

「 まさにお話通りだったよ。  ・・・ ほら、これさ。 」

ジョ−は大判の絵本をグレ−トに手渡した。

子供達が お休みなさい、 をしたあと、大人は夜のお茶を楽しんでいる。

グレ−トのお土産、 本場のティ− に スコッチの水割り。

3人は ゆったりとリビングで語りあっていた。

昼間の カエル騒動 が話題となったのは当然の成り行きだった。

「 ほう ・・・ 『 カエルとお姫様 』 か。 」

グレ−トは手擦れのした絵本をしげしげと見つめている。

ハ−ド・カバ−の表紙の角は丸くなり、絵本自体も少々歪んでいた。

きっと。 何回も何回も ・・・ 何百回も。

ちいさな手がそのペ−ジを繰り、絵を覗き込み文字を指で追ったのだろう。

「 わたしが子供の頃、母が読んでくれたの。  ずっと忘れていたけど・・・

 あの子達に お話〜〜ってせがまれて、思い出したのね。 」

「 ふんふん ・・・ どくだみの精のお姫様と従者の忠実なるカエル君、か。

 ・・・ おやおや ・・・ 結構波乱万丈であるなあ ・・・ 」

ぱらり ぱらり ・・・ とグレ−トはペ−ジを捲ってゆく。

「 所謂ハッピ−・エンドじゃないんだけど。 従者のカエルの気持ちが切なくて ・・・

 子供の頃、何回も母に読んでってせがんだわ。 」

「 出張でパリに行ったとき、たまたま古本屋で見つけてね。

 以来、我が家のレギュラ−になったってわけさ。 」

「 ほう ・・・ なかなか一途なカエルくんであるな。

 < そうして カエルは今もどくだみの精のもとに一緒にいるのです。 > か。

 ああ、それで ・・・ すぴか嬢はあのカエル達はどくだみ姫のお付きだって言ってたのか。 」

「 ふふふ・・・ そうみたい。   ・・・ あら? どうしたの。 

 入っていらっしゃい? 」

話の途中で、フランソワ−ズは 急に伸び上がってリビングの戸口に声をかけた。

 

「 ・・・・ あ ・・・ アタシ ・・・ 」

「 ・・・・ ?  すぴか姫? 」

「 ・・・ あれ、すぴか。 どうしたんだい。 おいで。 」

ジョ−は戸口でもじもじしている娘を手招きした。

「 ・・・ うん ・・・ ねえ、カエルさん・・・ 怒ってないよね・・・ 」

「 え??  ・・・ ああ、もちろん。 おうちに帰れて喜んでいるよ。 」

「 ・・・ そうだよね ・・・ 」

すぴかの碧い瞳から ぽろり、と大粒の涙が落ちる。

「 あらら・・ どうしたの。 」

フランソワ−ズは腕をのばして、このちょっと風変わりな娘を抱き寄せた。

「 ・・・ うん ・・・ バケツに詰め込んだりして ・・・ イヤだったよね ・・・ 」

「 う〜ん、そうねえ。 でもちゃんとごめんね、って言って放してあげたんだし。

 今頃あの泉で すいすい泳いでいるわよ。 気持ちいい〜〜って。 」

「 けろけろけろ ・・・ って鳴いてるかな。 」

「 ・・・ そ、そうね。 皆で合唱してるかも ・・・ 」

フランソワ−ズはあまり想像したくない光景が 目の前に浮かび思わずきゅっと目を閉じた。

 

「 さ・・・ だから、すぴかももうねんねしましょう? 」

「 ・・・ うん ・・・ 」

「 そうだわ。 あのご本、読んであげる。 」

「 『 カエルとお姫サマ  』? もう暗記しちゃった・・・・ 」

「 ええ、ええ。 そうね。 だから・・・ さ、行きましょ。 」

「 ・・・ うん ・・・・? 」

フランソワ−ズはにこにこ顔で 久し振りに二年生になった娘を抱いてリビングを出ていった。

 

 

「 ・・・ ちゃんとタオルケットをかけた? 」

「 うん! 」

「 それじゃ ・・・ 読むわよ。 」

「 ・・・ うん。 」

すぴかはアゴの下までタオルケットを引き上げ 目をまんまるにして母をみている。

隣のベッドでは すばるがぐっすりと寝入っていた。

フランソワ−ズはベッドサイドに椅子を運び、手にしていた古びた絵本を開いた。

 

「 Il etait une fois une princesse ・・・ 」

 

聞きなれた母の声が 柔らかい言葉を語り始めた。

意味は 全然わからない、 でも < あのお話 > だから・・・

すぴかは 心の中でもうすっかり覚えてしまったお話を一緒に読み上げていた。

 

  ( むかしむかし あるところにお姫さまがおりました。 ) 

 

優しいまろやかな言葉が 流れてゆく。

その小鳥のさえずりにも似た、心地よい調に すぴかの瞳はいつの間にか閉じていた。

 

  これ ・・・ お母さんの国の ・・・ 言葉 ・・・

  いつか ・・・ アタシも こんな風におしゃべり できたら いいなあ ・・・

 

すうすう娘の健やかな寝息が聞こえる。

ときどき息子がむにゅむにゅと寝言を言っている。

パタン ・・・ フランソワ−ズは絵本を閉じてからも しばらく座ったままだった。

 

可愛い寝息の二重奏をバックに 淡い灯りのもと、愛しい顔が穏やかに眠っている。

 

  ・・・ わたしの子供たち ・・・!

  ああ・・・ きっと、わたしのママンもこうやってお兄ちゃんとわたしの寝顔を見ていたのね。

 

  ママン ・・・ 安心してね。 わたし ・・・ 幸せよ。

  

フランソワ−ズはいつしか古い子守唄を低く口ずさんでいた。

 

  ・・・ すばる ・・・ すぴか ・・・。  どうぞ 幸せに ・・・ !

 

母の願いは子守唄に乗って夜の静寂 ( しじま ) に溶け込んでいった。

 

 

 

 

「 ・・・ グレ−トには 申し訳なかったわねえ ・・・・ 」

「 うん? ああ・・・ カエルの泉のこと? 」

ジョ−はごしごしタオルで髪を拭き拭き寝室に戻ってきた。

ギルモア邸は 静かな雨の夜を迎えていた。

 

「 ええ。 せっかく休暇気分で帰ってきたのに ・・・ あんな ・・・ そのぅ ・・・

 泉の中にまで潜ってもらって ・・・ 」

「 彼も結構楽しそうだったよ? 大丈夫さ。 

 こうゆうモノの変身したのは久し振りだって言ったし。 なかなか立派なカエルだったよ? 」

「 ・・・ ジョ−! お願い ・・・ 言わないで。 」

「 ごめん、ごめん。  でもさあ、本当に苦手なんだね?

 いつだったか・・・ 夢の中でキスしたって言ってたじゃないか。 その・・・ アレとさ。 」

「 あれは! 夢だったから! 」

ジョ−は笑ってドレッサ−の前に座っている彼の奥さんの後ろにぴたり、と寄り添った。

彼女の肩越しに物珍し気に ならんでいる化粧品を見回している。

 

「 ・・・ なにを熱心に ・・・ きみはこんな、いろいろと塗りたくる必要なんかないよ。

 今のままで 充分 ・・・ 綺麗だもの。 」

「 ・・・ あん ・・・ まあ、なにを暢気なこと、言ってるの。

 わたし、もう立派なオバサンなのよ? できるだけのお手入れはしなくっちゃ。 」

フランソワ−ズはぴたぴたと化粧水を含ませたコットンで顔を叩いている。

ジョ−の腕が またするり、とネグリジェの襟元から忍び込む。

「 それなら ・・・ ぼくがもっと綺麗にしてあげるよ?  ・・・ んんん ・・・ ね? 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ ぁ・・・・もう ・・・! 」

「 なあ? あの話な ・・・ 」

「 ・・・ え ・・・? 」

「 あの、カエルとお姫サマの話さ。  あれってフランスでは有名な話なの? 」

「 さあ ・・・ 有名かどうか解らないけど・・・ 古い民話のようよ。

 ウチにあった本も大層年季が入っていたもの。  あ・・・ もしかしたらママンが

 娘時代から持っていたのかもしれないわ。 」

「 ふうん ・・・ 」

ジョ−は空いている手で彼のお気に入り、亜麻色の髪の感触を楽しんでいる。

「 なぜ ?  ・・・ やだったら。 せっかく梳かしたのに ・・・ もう・・・ 」

「 うん ・・・アノ話、 なんかさ、すごく ・・・ こう ・・・ インパクトがあるのな。

 淡々と 結構切ない話なんだけど。 最後にはこころがぽう・・・っと暖まる・・・ 」

「 そう・・・ そうね。 所謂ハッピ−エンドとは少し違うのだけど。

 カエルも姫君も可哀想・・・って思ったり、でも幸せなのかしらって思ったり・・・ 」

「 うん。 子供だけじゃなくて大人にも ・・・ ドキっとくる。 」

「 ちっちゃい頃からお気に入りだったの。 すぴかじゃないけど・・・ とっくに暗記して

 しまってからでも 何回も何回もせがんで読んでもらっていたわ。 」

「 そうだよね ・・・ 」

ジョ−は両手をまわして、彼の奥さんのネグリジェのボタンを巧みに外してしまった。

「 ・・・ きゃ ・・・ ! 」

はらり ・・・ と蝉の羽みたいな薄物は脱げ落ち 白い肢体が露わになる。

 

「 ・・・ ぼくは カエルさ。 きみの、ぼくの姫君のカエルなんだ。 」

ジョ−は膝を突いて 輝く白い丘の頂点に口付けをした。

ぴくり、と白い肢体が一瞬、ほんのすこし跳ね上がる。

「 ずっと ・・・ 側にいる。 どんなことがあっても。 いつまでも ずっと ・・・ 」

「 あ ・・・ ぁ ・・・ ぅ ・・・・ 」

「 どくだみがいつも青々と茂っていられるように。 いつも輝く白い花を咲かせていられるように。

 どんな暑熱にも枯れないで どんな寒さにも凍えないで ・・・ いつも輝いているように。

 ぼくは ・・・ きみを護る。 なんだってやる。 そして・・・ 」

微かに鴇色を秘めてきた豊かな胸の谷間に ジョ−は顔を埋めた。

「 一生 ・・・ 側にいるよ。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・・ 」

「 子供達と ・・・ いつか別れた後も ずっと・・・・! 」

「 ・・・・・・ 」

 

フランソワ−ズの碧い瞳から はらはらと瑠璃の雫がこぼれおちる。

ジョ−は唇をよせ、妻の頬から涙を吸い取った。

 

「 ・・・ 泣かないで。 ぼくがいる・・・

 そうして カエルは今もどくだみ姫のもとに一緒にいるのです。 ・・・ だろ? 」

「 ジョ− ・・・ わたしは ・・・ いつまでも、いつだってあなたと一緒よ。

 わたしの生きる場所は ここだけなの。 ジョ−のそばだけ・・・ 」

「 一緒に 行こう。 そして ・・・ あの子達を見守ってゆこう ・・・ 」

「 ・・・ ええ ・・・ ええ ・・・ 

 

フランソワ−ズの白い腕がジョ−の首に絡みつく。

ジョ−は亜麻色の髪を掻きやり、耳朶に口付けをする。

それきり ・・・ 二人は言葉の世界から離れた。

 

 

ケロロ ・・・ ケロケロ ・・・

 

裏山の泉で 賑やかな合唱が始まったようだが その素晴しい混声合唱は

幸いにも この邸までは届かなかったようだ・・・

 

 

 

 

 

「 活躍してるね。 こっちに来てから何回も君の名前を見たよ。 」

「 へえ? わたなべ君、パリで仕事? 

 確か ・・・ 経済関係のジャ−ナリスト、だったでしょう? 」

すぴかは それこそ10年ぶりで逢った幼馴染をしげしげと見つめた。

 

  ・・・ 本当に ・・・ あんまり変ってないわね。 ちょっと太ったかなあ・・・

  あら ・・・ そういえば、<わたなべ君のおじさん> とそっくりになってきた・・・

 

カフェ・オ・レの湯気の向こうで 懐かしい顔が笑っている。

「 それがさ・・・ 結局、昔の夢が忘れられなくて ・・・ この道に入りなおしたんだ。 」

彼はテ−ブルの上に置いた小振りのケ−スを指差した。

「 ・・・ カメラ ・・・? 」

「 そうなんだ。 今は ・・・ まあ、二流と三流の間くらいのフォト・ジャ−ナリストだよ。 」

「 そうそう・・・ 高校時代、写真部の部長だったわよねえ。 」

「 あは♪ あの道が恋しかったのさ。 ふらふらしているせいで未だに一人モノ! 

 その点・・・ 島村さんはずっと・・・一途だね。 凄いなあ。 」

「 凄くなんか ないわ。 アタシはブキッチョなだけ。 ・・・チビの頃と同じよ。

 ひとつのコトしか出来ないの。 ヘタな生き方よね・・・ 」

「 そんなことない。 」

すこし茶色味を帯びた丸い瞳が じっとすぴかを見つめている。

 

  ・・・ ああ。 この眼差し・・・! 懐かしいな・・・

  チビの頃からいっつも こんな優しい目をしてたっけ・・・

 

すぴかはじわ〜〜っと目の奥が熱くなってきた。

「 君の書いたもの、皆読んでる。 エッセイも小説も。 

 こっちで Supika Shimamura って作家、知ってる人沢山いるね。 」

「 まだまだ・・・ アタシなんか駆け出しよ。 」

「 オレな。 この前 ・・・ 君が監修した絵本、偶然見かけて。

 なんでか どうしてもどうしても君に逢いたい!って思ってた。 」

「 絵本? ・・・・ ああ、それで。 これでしょ、 『 カエルとお姫サマ 』 」

すぴかは椅子の上から大判の絵本を取り上げた。

わたなべ君は ほんのちょびっと震える指で ペ−ジを広げた。

「 そう、これだよ。 

 昔 ・・・ チビのころ、君んちのおばさんが 綺麗な声で読んでくれた・・・

 この話が するする思い出されて・・・

 一緒に 君達の家やら ・・・ おじさんやらおばさんの顔が浮かんできたんだ。 」

「 ・・・ そう ・・・ 」

「 あ! ごめん! ・・・ あんまり思い出したくないよな。 」

「 ううん。 お父さんやお母さんのこと・・・ 覚えていてくれる人がいるって

 凄く嬉しいわ。 ・・・もう15年近くになるもの。  ありがとう、わたなべ君。 」

「 ・・・ 忘れられるもんかよ。 ・・・ その ・・・ 君のことも、さ。 」

「 え・・・? 」

 

「 カエル になりたいんだ。 」

「 ・・・ へ・・??? 」

「 ずっと思ってた。 多分 ・・・ すばると遊んでいた頃から。

 俺。 カエルになって・・・ 君の、俺の姫君の側にいたい。 その ・・・ 一生! 」

「 ・・・ わたなべ君 ・・・ 」

 

  すぴか。 あなたの愛するヒトと共に居るところが あなたの <還る場所> なのよ・・・ 

  ねえ、そうでしょう?

 

母の白い指が 不意にすぴかの頬に感じられた。

 

  そう・・・そうね、お母さん ・・・ !

 

  すぴか・・・ よかったな! お父さんは ・・・ ちょっと悔しいケド。

  まあ、ジョ−ったら。

  すぴか。 ・・・ よかったわね。 素敵な王子様に逢えたわね。

 

ふ・・・っと懐かしい声が すぴかの耳に届いた ・・・ ような気がした。

 

  ・・・ あのね。 お母さん。

  王子サマじゃなくて ・・・ カエルなのよ。

 

島村すぴかは 春まだ浅い巴里の空に向かって クス・・・っと小さく笑ってみせた。

碧い瞳の姫君は いま ・・・ やっと 彼女のカエルと巡り逢った。

 

 

 

***********      Fin.      ***********

 

Last updated : 08,28,2007.                         index

 

 

 

******    ひと言    ******

<島村さんち> の後日談というか ・・・ 番外編、かもしれません。

ジョ−とフランソワ−ズはすばるとすぴかが 一人前になった時に <お別れ> したのです。

でも ・・・ いつでも、どこでも。

ふたごの優しいお父さんとお母さんは彼らを見守っているのでした。

例によって全然 009 じゃないですけれど、彼らの家族のエピソ−ド、と思って

頂けましたら 幸いでございます。 <(_ _)>