『 気になるあのコ 』
「 ・・・じゃあね。 悪いんだけど、この荷物全部わたしの部屋へ持って行ってくれる?
そこで仕分けしましょう。 」
フランソワ−ズは 肩を竦めてジョ−に声をかけた。
紙袋やら手提げやら ・・・ ス−パ−の袋みたいに素っ気ないものまで
文字通り山ほどの荷物が 二人足元に集まっている。
街中からかなり離れ、海に近い地に建つこの邸、住み心地はまずまずであったが
如何せん地の利が悪い。
日々の生活物資はそれでも近所の鄙びた商店でなんとか間に合わせたけれど、
衣類やら雑貨となると はやり街まで足を伸ばさなければならなかった。
「 えっと・・・ コレでぜんぶ、かな。 もう後部には残してないよね・・・」
ジョ−は最後の荷物を両手にいっぱい抱え後部座席を覗き込んでいる。
− ・・・ 聞いてなかったわね。
フランソワ−ズは溜息を呑み込み、努めて何気ない表情で繰り返した。
「 ね・・・ 聞こえた? これ、全部わたしの部屋へお願い。 」
「 うん、わかった ・・・・ え?! ・・・・あの、いいの。 」
赤味を帯びたセピアの瞳が まじまじと彼女を見つめている。
− なによ? 何を驚いているの、このボ−ヤ。
何を考えているのやら・・・ そっと口の中で呟いてから
フランソワ−ズはまっすぐに彼を見つめ返すと 殊更朗かに言った。
「 ええ、勿論。 でも、どうして? 」
「 あ・・・ え ・・・ あの〜 ううん、なんでも・・・・ 」
「 何でも無くないでしょう。 ねえ、どうして。 」
「 うん ・・・ あの、さ。 」
碧い瞳にきっちりと捕らえられ ジョ−はたちまち首の付け根まで真っ赤になった。
− ・・・ あ〜あ・・・ほっんとうに <坊や> だわ、このコ・・・
確か自分とほとんど同い年、と小耳に挟んだ情報はどうも疑わしい気がする。
フランソワ−ズは 改めて しまむら ・ ジョ− というその青年をしげしげと眺めた。
「 あのぅ・・・・ だって、きみの部屋・・・ 入ってもいいの。 」
さんざんもじもじした挙句、彼は長めの前髪の陰からぼそり、と言った。
− ・・・? なに? え・・・一人前に女性の部屋にって気にしているわけ??
吹き出したい思いを懸命にこらえ、フランソワ−ズは澄ました顔で応えた。
「 ええ、勿論よ。 他人に見られて困るようなモノはなにもないもの。 」
「 ・・・あ。 そ、そんな意味じゃなくて・・・ あの ・・・ ごめん。 」
「 また <ごめん> なの? あなたってどうしてそんなに簡単に謝るの。 」
「 え・・・ あ・・・。 ごめん、ぼくって気が利かなくて・・・ あ、また・・・ 」
「 もういいわ。 あなたが今、両手で抱えてる袋にはナマモノもはいっているから・・・
これ以上、真っ赤になって汗ながされたら、温まってダメになっちゃう。 」
「 ・・・ あ ・・・ごめん ・・・ 」
「 ともかく。 ああ、その袋だけは − そうね、キッチンに置いて。
あとは全部わたしの部屋まで お願いします。 」
「 うん・・・・ あ、いえ、 はい。 」
ジョ−は 荷物に埋もれつつ、唐辛子色に染まり首を竦めるみたいに頷いていた。
「 ・・・じゃ。 」
彼の追い縋る視線を充分に背中に感じ、フランソワ−ズは悠々と
− 決して振り返る素振りすらも見せずに − 玄関口へ歩んでいった。
− 坊やの相手をするほど 暇人じゃないのよね。
海からの湿った風が 亜麻色の髪をさ・・・っと掃った。
・・・ 本当は こんなじゃない。 こんなじゃなかった・・・
フランソワ−ズは戸口で立ち止まり、ぼんやりと室内を眺めていた。
柔らかな電燈の光が優しい空間を照らし出している。
すこし古風な設えのその部屋は。
きちんと片付き ・・・ 素っ気ない程、みごとに必需品以外なにもない。
女の子らしい細々した飾り物とか お気に入りの絵画、写真 ・・・ 花瓶の花。
そんなモノは一切、見当たらなかった。
シワひとつなくピンと整えられたベッドのリネン。
きっちりと畳まれた毛布。
ドレッサ−の上には 小さなポ−チがぽつんと置いてあるだけ。
華やかな化粧品のビンやらヘア・ブラシやら・・・ そんなものは陰も形もない。
ホテルの一室でも もうすこし<ヒトの気配>がしているだろう。
そうよ。 ・・・こんなんじゃない、本当のわたしの部屋は・・・。
でも。
もう、よそう。 思っても仕方ないコトは ・・・ 忘れることだ。
それが、彼女があの島での歳月に身に着けた心の防御法だった。
・・・ そうでなければ。 まともに向き合っていたら。
自分のこころは、感受性は ずたずたになってしまっていただろう。
・・・ふう・・・
タメ息をひとつ。 さっとアタマを振ってフランソワ−ズは彼女に充てがわれた部屋に入った。
悪夢の日々からようやっと抜け出し、逃避行の果てにこの極東の島国に辿りついた。
名前だけは知っていたが 関心も興味もなかった地にとりあえず、留まることになった。
穏やかな顔をした気のよさそうな老博士が、この異国人の集まりに家屋敷を
提供してくれている。
彼らがこの邸に案内された日、当主の老人は自ら彼女を案内してくれた。
「 お嬢さんには この部屋がよかろう。 中のモノは自由に使ってくださって結構じゃよ。 」
「 ・・・ ありがとうございます。 」
達者に英語を操る老人に礼を言い、フランソワ−ズは奥まった一室に足を踏み入れた。
あら・・・。 ここは女性用の部屋?
多少色褪せているがやわらかい色調の壁紙と窓には同じト−ンのカ−テンが揺れている。
端々が日に焼けているが、レ−スのカ−テンは繊細な織りで美しかった。
マットレスだけのベッドには 真新しいリネン類が積み上げてあった。
女性用、というか・・・ ここの主は女性だったのね。
・・・あら、もしかして ・・・ 奥様のお部屋だったのかしら。
カチン・・と戸口付近のスイッチを入れれば、穏やかな光が灯った。
天井の照明も壁際のランプも透かし彫りのガラスが、可愛らしい。
あの老人の娘が使っていた部屋かもしれない・・・
フランソ−ズはぼんやりと思い、ぼすん・・・とベッドに腰を下ろした。
・・・ やわらかい ・・・ !
ふんわりと沈み込む身体に 彼女はちょっと驚いたものだ。
ベッドって。 こんなモノだったかしら。
長年、あの島で身を横たえていた所は 実用一点張りでがっしりと固かったし、
逃避行の間は狭い仮寝の場所だった。
フランソワ−ズは色褪せたベッド・パッドの柔らかな表面をそっと撫で、
やっと、自分が<通常の世界>に戻ってきたことを 肌で感じ取っていた。
とん・とん・とん ・・・・
遠慮がちなノックに フランソワ−ズははっと我に返った。
気が付けば、まだバッグを手にしたまま部屋の真ん中に突っ立っていた。
午後の明るい日差しが レ−スのカ−テン越しにやんわりと射しこんできていた。
・・・ あ。 買い物 ・・・・
さっと周囲を見回してから、フランソワ−ズはひどく落ち着いた口調で
ノックに応えた。
− どうぞ? 鍵なんかかかっていないわ。
「 ・・・ あのぅ・・・ いいですか? 」
おずおずとドアが開き、荷物が先に姿を現した。
やがて荷物の山の間から セピア色の髪が見え隠れしている。
「 ・・・ そのぅ・・・ どこに置けば・・・? 」
「 ああ、ありがとう。 ええと・・・ そのあたりに適当に置いて頂戴。
食料品はこっちには入れてないはずだから、床で十分よ。 」
「 え・・・ せっかくの買い物なのに ・・・ あ、そっち・・・ベッドの上、いいですか? 」
「 ・・・ どうぞ? 」
フランソワ−ズは肩をすくめ、荷物と彼のために身を寄せた。
「 え〜と。 じゃあ、これがあなたのね。 カッタ−・シャツとジ−ンズと。
そうそう・・・ こっちは紳士用下着一式。 靴下も入ってるわよ、それとパジャマも。 」
荷物の山を解体し、各人別に振り分け袋にいれて・・・
再編成の作業を終えたとき、フランソワ−ズは大振りの紙袋をジョ−に差し出した。
「 え・・・ あ・・・ す、すみません・・・ 」
袋やラッピング・ペ−パ−を畳みゴミをまとめるのに大わらわだったジョ−は
またまた真っ赤になってしまった。
− ・・・ったく。 こりゃ・・・今時珍しい<純粋培養>なのかも・・・
フランソワ−ズは呆れるのを通り越し、ついにはくすくす笑いを始めてしまった。
「 ・・・ あの・・・ なんかヘンかな。 可笑しなコト、言いましたか、ぼく。 」
「 いいえ、いいえ。 ・・・ちょっとね、これは・・・その〜思い出し笑いよ。 」
「 そうなんだ・・・ よかった。 」
なにが <よかった> なのか・・・
フランソワ−ズはますますこみ上げる笑いを紛らわすのに苦心してしまった。
「 ・・・ きれいだ ・・・ 」
「 え? 」
笑みを含んだまま、顔をあげると思わぬ近さにセピア色の瞳があった。
「 なあに。 」
「 あ・・・いえ、その・・・ この部屋、きれいだな〜って ・・・ 」
「 あら、そう? みんなどの部屋も似たり寄ったりでしょう? 」
「 あ・・・うん、そういう意味じゃなくて。 こんなにきちんと片付いているなんて・・・
さすがに003だな・・・って思って。 」
「 ・・・ そんな・・・コト、ないわ・・・・ 」
そう。
本当は こんなんじゃない。
「 ファンション? お稽古にゆく前にお部屋を片付けなさい。
女の子のお部屋とはとても思えませんよ。 」
「 ・・・ おい。 俺もあんまりヒトの事は言えないけど。
その、もうちょっとなんとかしろよ? え・・・なにって、お前の部屋だよ。 」
ムカシは ・・・ いつもママンや兄さんに叱られていた。
それでも いつもそのまま。
「 わたしには何処に何があるかわかってるから・・・いいの! 」
そんな屁理屈をこねて 逃げ回っていた。
でも。
あの島での日々、 自分のモノ などなかった。 そう・・・ この身さえも。
個室は一応与えられていたが 単に寝起きをする場所だった。
鍵は。 外側についていた・・・。
いつ誰が自分が寝起きする部屋にはいってくるかわからなかったから
余分なモノはなにも置かない、いや 置けなかった。
そんなコトよりも、朝出て行った部屋に生きて戻ってくることが最優先課題だった。
− もう二度と。 できれば永久に思い出したない・・・!
フランソワ−ズは きゅっと唇を噛み締めた。
「 ・・・ あの・・・ ぼく。 なにか気に障るコト・・・言った? 」
セピアの瞳がおずおずと彼女に向けられている。
「 ・・・あ・・・ いいえ、ごめんなさい。 ちょっと・・・ぼうっとしていたわね。 」
「 買い物で疲れちゃったよね。 皆の分をありがとう。 」
ジョ−はまったく無邪気な微笑みを浮かべている。
− ・・・どうしてこんな顔が できるの。 こんな・・・無防備な笑顔が・・・!
「 ・・・なんにも ・・・ わかっちゃいないくせに。 」
「 え? なに? 」
「 あ・・・ なんでもないわ、ちょっと・・・独り言。 」
思わず口を突いて出てしまった呟きに フランソワ−ズははっと口を押さえた。
やだ・・・ こんなコト。 わたしって本当はこのヒトのこと、そんな風に・・・?
八つ当たりみたいな自分の言葉が 彼女はたまらなく恥ずかしかった。
そう・・・ 彼も<同じ>仲間。 彼だって好き好んでこの境遇に落ちたわけではない。
彼が 9番目 なのは彼自身には何の関係もないこと。
自分が、イワンやジェット、アルベルトとともに送ったあの地獄の日々を
ジョ−が知らないのは 彼の責任ではないのだ。
「 ・・・ ごめんなさい。 」
「 あれ。 今日はきみが<ごめんなさい>なの? 」
ジョ−はまた屈託なく笑う。
「 ・・・ ええ。 」
ふうん?とジョ−は目をぱちぱちと瞬き、もう一度彼女の部屋をぐるりと見回した。
「 やっぱり凄いな。 どうしてこんなにきちんと片付けられるのかな〜。 」
「 別に・・・ 余分はモノを置いてないだけよ。 」
「 ふうん。 そうか、そうすれば散らかることもないね。
ぼく ・・・ 何を置いたらいいかよく判らなくてさ。 」
「 何をって・・・ 」
不思議そうな顔のフランソワ−ズにジョ−はまたまたごく自然な口調で言った。
「 うん。 ぼく、自分だけの部屋って 初めてなんだ。
いっつも大勢だったからね。 」
「 え・・・? 大勢? ・・・ たくさん兄弟がいたの? 」
「 う〜ん・・・ちょっと違うな。 ぼく、教会に付属施設でずっと育ったんだ。
だから。 」
「 ・・・ そうなの。 あの・・・ごめんなさい・・・ 」
「 あは。 また、きみが<ごめんなさい>? 」
「 ・・・ あ・・・ 」
じゃあ、皆に配ってくるね、とジョ−は荷物をつかんで彼女の部屋を出て行った。
例の・・・まったく無防備な笑顔を残して。
・・・ 教会の施設?
じゃあ・・・彼は 孤児 だったの・・・?
さっきまでの意気込みは跡形もなく消え フランソワ−ズはぼんやりとベッドに腰を落とした。
<仲間たち>の境遇が碌でもないものばかりなのにはとっくに気が付いていた。
ごく普通の暮らしをしていたのは おそらく自分だけなのだ。
それが彼女の心を周囲にますます閉ざしてしまう原因にもなっていた。
<009>が、最後の仲間 − 自分達の脱出へのキ−・パ−ソンになる仲間が、
穏やかな風貌の青年であることに、彼女はほんの少しほっとしていた。
ああ・・・もしかして。 やっと<普通>の仲間が来るかもしれないわ・・・
そう、何がなんだか全然わからない、混乱の極みで
それでも 一途な瞳で行動を共にしてきた<009>は ごく当たり前の、ちょっとシャイな青年・・・
に思えていた。
そして ほっとする一方で <何も知らない>彼への反感、も密かに抱えていたのだ。
それが・・・。 ・・・ 孤児 ?
<孤児院>という施設は 現実には知らなかった。
わずかに小説の中で読んだ記憶はあったが ・・・ 勿論明るい印象などではない。
あんな無邪気な笑顔が出来るなんて・・・
フランソワ−ズには 009、いや、しまむら・ジョ− という青年が全く判らなくなってしまった。
− ううん。 そんなコト、関係ないわ。 どんな前身だろうと・・・・今は仲間。
彼は 009、それだけよ。
ぶるん、と頭を振り彼女は<どうでもイイこと>を 振り払った。
「 ・・・ほら、よく見て。 もう一回・・・ 」
「 う、うん ・・・ なんでかな。 どうして反れるんだ・・・ 」
「 ねえ? そんなに力いっぱい握り締めてはダメよ。 手元がブレるし、
長い戦闘中には手が痺れてしまうわ。 」
「 ・・・う・・・・うん・・・ 」
邸の裏の断崖で 岩壁相手に何発もの模擬弾が発射されている。
その多くはとんでもない方向に流れ 空中のカモメを驚かせていた。
「 ス−パ−ガンは勿論でしょうけど・・・銃を扱うのは初めて? 」
「 うん。 この国では普通、銃は持てないんだよ。 ガキの頃の水鉄砲くらいさ・・・ 」
ジョ−はタメ息をつき、ぼすん・・・と砂地に腰を落とした。
「 そう? ・・・ わたしだって <初めて> だったのよ。 」
松の根方に座っていたフランソワ−ズは つっと立ち上がり、ジョ−の手から
模擬銃を受け取った。
「 軽く・・・ でも、確実に握って。 それで・・・ 」
一見無造作に腕を持ち上げると すっと彼女はトリガ−を引く。
パン・・・と軽い音がして 向かい側の松の木から枯れ枝が落ちてきた。
「 ・・・ すごい ・・・ 」
ジョ−は息を呑んで呆然と見つめている。
「 別に凄くなんかないわ。 慣れているだけ。 言っとくけど<目>は使ってないわよ。 」
「 ・・・ すごい・・・ 」
「 さあ、オウムみたいに同じこと、繰り返していないで。 トレ−ニングしましょう。
あなたは最新システムを持っているけれど、それを使いこなせなかったら
何の役にも立たないわ。 」
「 う・・・ うん・・・ きみは凄いね・・・」
「 わたしはただのお節介。 さ、無駄口叩いてないで続けましょ。
いつまた ・・・ コレが必要になるかわからないのよ。 」
「 ・・・・ 」
ジョ−は黙って 手元の模擬銃を見つめていた。
フランソワ−ズは そっとこころで語りかける。
・・・ そう。 これで逃げ切れた、なんて思ってはいないわ。
必ず追っ手は来る。 その時のために ・・・
「 闘わなくちゃならないのかな。 」
「 え? 」
「 その・・・ ぼく達。 闘う以外の手段はないかな、と思って。 」
「 なにを言っているの?! やらなければ ・・・ やられるのよ。
それとも。 怖いの? 」
「 ! ・・・ 怖くなんか! 」
009はさっと顔を朱に染めて 立ち上がった。
唇を噛み締め、彼は銃を取り上げた。
・・・ パンッ!
断崖の途中に引っかかっていた枝がばらばらと下の海面に落ちていった。
「 ふふん・・・ その調子よ。 」
「 ・・・・・ 」
やれやれ・・・ このボウヤ、やっと本気になってくれたようね。
次々と狙いを定めるジョ−の後ろで フランソワ−ズはこっそりとタメ息を吐いた。
・・・雨はまだ止まない。
単調な雨音は ますますテンションを引き下げ立ち昇る湿気はじくじくと心を湿気らせてきた。
明るいはずの室内なのだが、 その隅々から密かに黒い陰が這い上がってくる ・・・
メンバ−達は 誰もが肌を通してその存在を感じていた。
この雨が 上がれば。
今回は辛うじてあの兄弟を斃したけれど 本当にコレで終わりだろうか。
いや。
ヤツらはまたやってくる。 形を変えて時を選び慎重に執拗に ・・・ そうして いつか・・・?
思考はますます下降の一途を辿り、黴となり瘴気のように彼らに纏わりついた。
− この闘いは ・・・ いつ、終るのだろうか・・・
かさり。
微かな音とともに ほんの僅かに澱んでいた空気が揺れた。
「 ・・・・・ ? 」
無言のうちに全員の視線が 突き刺さる。
「 メンテナンス・ル−ムを看て来るわ。 」
「 ・・・・・ 」
フランソワ−ズは誰に告げるともなく呟くと、静かに出ていった。
誰もいない廊下にでて、彼女は服の上からそっと腕を押さえた。
応急処置だけなので 今回の傷はまだ完全に癒えてはいない。
ずきん・・・とイヤな痛みが走る。
でも。 ・・・ 彼が庇ってくれたから。 今、わたしは ここにいられる。
そう・・・ あの時。
0010と名乗る兄弟の攻撃を受け、さんざんに地に叩きつけられ
降り出した雨のなか、彼女ははっきりと 死を意識した。
・・・ やられる・・・! もうダメだわ・・・
ぎらり、と閃光が自分めがけて投げつけれた・・・瞬間、
横合いから猛烈な勢いでなにかが飛び込んで来、自分を抱き締めそのまま地に転がった。
−−− バシュっ!!!
たった今まで自分がいた場所は 大きく地面がえぐられていた。
「 ・・・・ あ ・・・ 」
「 ・・・ 大丈夫かい、003? 」
「 009?! あなた、ダメよ! まだ完全に回復してないのに・・・! 」
「 しっ! ねえ、ヤツらの性格な位置を教えてくれる? 」
「 え、ええ・・・いいわ。 脳波通信をあなただけに限定するわね。 」
「 さんきゅ。 」
傷の残る顔で ぼろぼろの身体を引き摺って 圧倒的な強さの敵の前で。
009は、いや、ジョ−はにっこりと彼女に微笑んだ。
− ・・・ ジョ− ・・・! あなたは。 こんな時にも微笑んでいられるの・・・!
0010 の攻撃から身を挺して自分を庇ってくれた ・・・ 009、 いや、 ジョ−。
フランソワ−ズは 彼の真の姿、本当の<強さ>に 気が付いた。
弱虫なんかじゃない。 頼りないボ−ヤなんてとんでもない。
本当のジョ−は 誰よりも強く ・・・ 誰よりも優しい心の持ち主なのだ。
わたし・・・ わたしって。
一体何を見ていたの。
いくら強化された視覚を持っていてもわたしの目は節穴ね。
機械じゃない、自分は機械なんかじゃないって言い張っていたけど、
わたし・・・ いつの間にか 自分で自分のこころをカチカチの機械にしてしまってた・・・
「 ・・・ オッケ−、わかった。 じゃあ・・・3つ数えて。 ぼくが離れるのと同時に
きみはあの岩陰に飛び込むんだ。 いいね。 」
「 ジョ−! ダメよ、あなた自身が壊れてしまうわ! 」
「 ぼくだって皆の仲間なんだよ。 ・・・ きみが無事でよかった・・・! 」
「 ・・・ ジョ−! ・・・あ ・・・ 」
さっと ほんの掠めるみたいなキスを 彼女の唇に残し、
ジョ−はフランソワ−ズを突き放し 0010の前に飛び出していった。
− ・・・ このヒトは・・・!
気がつくと頬からぼとぼとと涙が滴っていた。
それは ・・・ 辛い冷たい雫ではなく。 熱いあついこころの迸りだった。
今 ・・・
あの時の事を思うと まだ身体が震えてくる。
よく 無事に切り抜けたものだ・・・
もう一度そっと腕をさすると、フランソワ−ズはこの邸で<メンテナンス・ル−ム>に
なっている地下の部屋へと降りていった。
「 ・・・ ジョ−? 具合はいかが。 」
「 ・・・ あ ・・・ きみ、か・・・ 」
陰のない照明の下で計器類の無機質な作動音だけが響く。
無数のコ−ドやチュ−ブに繋がれ、ジョ−はセピアの髪を枕に散らばせていた。
彼女の声に セピアの瞳がゆっくりと開いた。
「 咽喉かわいたでしょう? レモンネ−ドなんだけど・・・どうかしら。 」
「 ありがとう・・・ うん、飲みたい。 」
「 ああ、まだ起きちゃダメでしょう? ほら・・・ わたしが持っているから・・・ 」
「 ・・・ なんだか ・・・ 照れちゃうな・・・ 」
「 ま。 怪我人がなに言ってるの。 イイコは看護婦サンのいうことを聞きましょう。 」
「 は〜い・・・ 」
フランソワ−ズはストロ−付きのボトルから 上手にレモネ−ドを飲ませた。
「 ・・・ 美味しいね・・・! すごく ・・・ 」
「 そう? よかった・・・ あら、汗・・・ 」
「 ・・・ ありがとう ね、きみは? きみこそ怪我は大丈夫?
あ・・・ オデコの傷・・・ まだ痛そうだ。 」
「 え・・・ あら。 ・・・ ふふふ・・・ こんなトコに擦り傷があったの、忘れてたわ。 」
「 きみってヒトは・・・ 」
ジョ−はチュ−ブを繋いだまま、ゆっくりと手をあげ彼女のオデコに触れた。
「 ・・・・・・ 」
手。 ジョ−の 手。
額に当てられたその手を フランソワ−ズは両手でそっと覆った。
大きな手が 温かい手が 彼女の掌で静かに脈打っている。
彼女は ごく自然にその手に唇を寄せた。
この人は ・・・ 彼は ・・・ ジョ−は。
・・・・ 温かい ・・・・!
心に刺さっていた棘 ( とげ ) が。
彼女を凍えさせていた棘が 今、しずかに ゆっくりと 溶けてゆく・・・
ジョ−という存在が 春の日差しとなって
かちかちに凝り固まっていたフランソワ−ズを 温め 潤びさせていった。
暗黒の長い・ながい トンネルから 冷え切った辛い・苦しい日々から
今、 やっと彼女は抜け出すことが出来た。
− わたし。 ・・・ ジョ−が ・・・ 好き。
「 ・・・ ジョ−。 あなたに逢えて ・・・ よかった ・・・ 」
「 フランソワ−ズ ・・・ 」
「 わたし。 あなたを待っていたのかもしれないわ。 そう、ずっとずっと・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
「 ・・・ あなたに巡り逢えて ほんとうに・・・ よかった・・・・!」
ジョ−はそっと手を動かし彼女の頬に流れる涙を拭った。
「 ぼくは。 きみに会って きみを知って ・・・
自分が生まれてきた訳がわかったんだ。 」
「 生まれてきた訳? 」
「 うん。 ぼくは ・・・ きみに逢って・・・きみを護るために生まれてきた。
はっきりとわかったんだ・・・
ぼくは ・・・ ひとりじゃない。 きみも 一人ぼっちじゃないよ。 」
「 ・・・・ ジョ−・・・! 」
「 ・・・その・・・ あ ・・・ 愛してる、って言ったら・・・怒るかな。 」
「 ・・・・・ non ・・・・ 」
消毒薬の匂いの篭る部屋で、機具類の作動音に囲まれ、
ジョ−とフランソワ−ズは 初めて篤く唇を合わせた。
わたし、ね。
フランソワ−ズは 身体を起こし、ジョ−に微笑みかける。
ジョ−の 見上げる瞳は穏やかだ。
こんな日がくるなんて 夢にも思わなかったわ・・・・
ふうん?
ぼくにはちゃんとわかってた。 だって。
きみは・・・ぼくに呼びかけてくれたあの日から <気になるあのコ> だったから。
あら・・・ そうなの? わたしも ・・・ね。
あなたは 呼びかけたあの時から ずっと・・・< 気になるあのコ > なのよ?
今は なにもない。
今、抱き締められるのはお互いの生命だけだ。
でも。
二人なら。 この温かさが・この命が・・・この愛があれば・・・・
<気になるあのコ>同士は しっかりと視線を絡ませあった。
ジョ−とフランソワ−ズ、二人の全てが いま、始まる。
******* Fin. ******
Last
updated: 11,07,2006.
index
**** ひと言 ****
ツッコミどころ満載の<平ゼロ>ですが、このコンビもやっぱり好きだったりします。
これも<そうだったらいいのにな〜♪>スト−リ−かも??
いえいえ、番組の<裏>では きっといちゃくちゃしてたんじゃないかな〜〜と
ちょっと覗き見?気分の小噺でした。