『 あの夏の日 』
「 ・・・ ああ。 民宿ならもっと浜に近い方だぁ。 そこの道をな・・・ 」
「 ありがとう、後はわかりますから。 」
「 そうか? ちょっくら込み入ってるで、迷わんようになあ。
今なら ・・・ お日様目当てに左に行きんさい。 」
「 ありがとう! 」
ス−ツの上着を担いだ中年の男性は ちょっと目礼しすたすた歩いていった。
「 ・・・ はて。 どっかで見たようはお人じゃけんど。 こ〜んな辺鄙な島になんの用かいな。 」
老人は よいしょ・・・と腰を伸ばした。
「 ふう・・・・ 一服するかいの。 ・・・いや、この暑さじゃ、コイツらも咽喉が渇いておるじゃ・・・ 」
とんとんと腰を叩き 老人は再び畑に水を撒き始めた。
真夏の太陽はまだ真上はきていないが すでにヒリヒリと皮膚が干上がってゆく。
畑の周囲では 身の丈に近くなった夏草からゆらりと陽炎が立ち昇っていた。
「 ふう ・・・ ああ いい風だ・・・ 」
小高い尾根を越えると 目の前に大きく海が広がっている。
男性は足元に小さな鞄を置くと う〜〜んと伸びをした。
気温は高いが 吹きぬける海風は汗ばんだ肌には心地よい。
「 ・・・ ちっとも変わらないな。 ええと ・・・ 民宿は ・・・ ああ、なんだ良二の家が
あったトコじゃないか。 アイツがやっているのかな。
相変わらず不便な場所だよ。 どれ・・・ 」
男性は鞄と上着を持ち直し、 再び道を下っていった。
南国にある列島のひとつ、小さなこの島の港の反対側には主に漁船がつかう浜がある。
波打ち際から すぐに海は深くなっていて海水浴にはあまり適してはいないが、
のんびりした南国の海は やはり魅力的で観光客目当ての民宿が2〜3軒見受けられた。
海原は穏やかに凪いでいて、波打ち際にはパラソルのカラフルな影もいくつか散らばっている。
子供たちの歓声が 風にのって切れ切れに響いて来ていた。
「 ・・・ ホントに 変わらないなあ。 何十年もたったのに・・・
そうだよな、 あの夏も ・・・ うん、ちょうどこんな日だった・・・ 」
民宿を目の前に、その男性は一人佇み遠く視線を海原にとばしていた。
「 信次! おめェ このポットとレジャ−・シ−トを持ってゆけ。 」
「 浜までかい、父ちゃん 」
「 ああ。 離れのお客さんら、海水浴にでるんだと。
オレはパラソルを持って先にゆくから。 いい場所を取っておかんとな。 」
「 ・・・ ウン。 」
「 道草、喰うでねえぞ、ええな! 」
「 ウン ・・・ 」
少年を一喝すると 父親は派手なビ−チ・パラソルを担いで海岸へ出て行った。
彼の足元には 真夏の太陽が色濃く影を落としている。
今日も ・・・ かなり暑くなりそうだ。
「 ・・・ あのお客サンら、かあ。 」
少年はきょろり、と離れに目を向けた。
彼の家では 使っていなかった離れを民宿用にして観光客を受け入れているのだ。
そこそこ人気があって 夏休みは彼も手伝いにこき使われるのだが・・・
今年の客は ・・・ すこし、いやかなり変わっていた。
「 お〜〜い、 信次ィ〜〜〜 」
「 ん・・? 良二。 なに〜〜 」
「 お前ンとこ、お客サン、入ったが? 」
「 ・・・ ん。 今朝の船で一組・・・ 」
「 見た見た! なあ ガンジンさんじゃ〜? お前ンちの父ちゃん、エイゴ、しゃべれるんか。 」
両手に野菜のカゴを抱えた少年が やはり荷物を両手に下げた同年輩の少年に追いついた。
村では雑貨を取り扱う店は 浜とは反対側の港付近にしかないのだ。
<買出し> は 子供達の重要な仕事になっていた。
「 ・・・ あのヒトらは ちゃんと日本語、しゃべる。 」
「 ひェ〜〜〜 だってよ、あのオクサン、金髪じゃん。 赤ん坊も白い髪だし。 」
「 白でねえよ、銀色だ。 」
「 そっか? 若ダンナも茶髪だしよ。 どこのヒトら? 」
「 だから・・・ 日本人だ。 ・・・ 行くぞ、遅くなると父ちゃんにぶっとばされる。 」
「 ウソこけェ! あ・・・ 待てよ、オレも行くって! 」
すたすた歩きだした少年をおって 声をかけた方もあわてて走りだした。
「 なあ〜〜 信次ってば・・・! 」
「 良二。 お前、お客サンのこと、べらべら喋ったらいかん、と父ちゃんらにいわれんのか! 」
「 ・・・ そりゃ、そうだけんど。 でもよぉ〜〜 」
「 あのヒトらは 普通のヒト達だ。 普通の観光客サンらだ。 」
「 信次・・・ お前、な〜にムキになってるんだぁ? 」
「 ・・・ 行くぞ。 」
信次、と呼ばれた少年は それきり口を噤みますます足を早めてしまった。
「 こんにちは! お世話になります。 」
車から降りた青年は 朗かな声で挨拶をした。
「 いらっしゃいまし・・・ あ・・・ ど、どうも・・・ 」
家から飛び出してきた中年の婦人は 一瞬・・・にこやかな顔が強張ってしまったようだ。
「 アレ・・・ 父ちゃん! ガイジンさんかね?! そんなコト、聞いてないよ。 」
「 大丈夫だ、ちゃんときちんと日本語で話される。 ・・・普通にしたらいい。 」
送迎のバンから降りた客を見て、民宿のおかみさんはあわてて旦那サンの袖を引いた。
この宿はおかみさんの旨い手料理、とれとれの海の幸、そして 自由に使える離れ、がウリモノなのだ。
日に一組の客しか受け入れないが なかなか人気があり夏中予約はほぼ満杯だった。
今日の客は 長年のご贔屓・コズミ教授 ( せんせい ) のご紹介なのだ。
「 普通にって ・・・ だって予約では ・・・ 日本人の名前だよ! 家族4人ってことで。 」
「 ああ。 だから普通の家族だ。 車の中でもみなさん、日本語だった。
赤ん坊さんがおるで、ポットにお湯、いつも気をつけとけ。 」
「 それは・・・いいけど。 でもまあ・・・・随分と若いおっかさんだねえ・・・ きれいなヒトだこと。
いや、あの若旦那さんだって・・・ まだまだ大学生くらいでないの。 」
「 ほら! お客サンの詮索はやめろって。 ウチは美味しい料理と居心地のいい離れを
提供すればいいんだ。 ・・・ いいな。 」
「 ・・・ わかったよ。 それじゃ、普通に刺身とか焼き魚とか出していいだね。 」
「 ああ。 普通の客だ。 ほら。 お湯! 」
「 あ、ああ・・・ 今持ってゆくってば。 ・・・普通に、普通に、と。」
おかみさんはあたふたと調理場へ戻っていった。
民宿の主夫婦は その日に迎えた予約客についてのウワサを打ち切った。
<普通の家族> とはいっても 彼らの外見 ( みかけ )は <普通>ではなかった。
年配の男性とごく若いカップルと赤ん坊。
常識的に考えれば 若夫婦とどちらかの親、そして彼らの子供というところである。
事実 ・・・ 宿帳にはきちんとした書体でそれらしい名前が記入されている。
しかし、白髪の男性はどうみても外国人だし、彼の娘とおぼしき女性は
金髪碧眼のお人形さんみたいな美人だった。
ぴたり、と彼女に寄り添いしっかり家族を護っている・・・一家の主人風な若い男性は
まだまだ頚の細い、少年の面影を色濃く残していた。
・・・ 家族、ねえ。 仲は良さそうだけど。
あの赤ん坊 ・・・ 二親のどっちにも似てないし。 あの爺様似なのかなあ・・・・
浜から仕入れてきた魚をさばきつつ、おかみさんはまだぶつぶつと呟いていた。
あ。 いけない、お湯だけじゃなくて ・・・ タオルとか足りるかね。
赤ん坊は沢山よごすからね・・・
「 信次!! 信次〜〜〜 !! 」
おかみさんは包丁を置くと 家の中に向かって声を張り揚げた。
「 しんじッ! いないのかいッ !!! 」
「 ・・・ なんだよ、母ちゃん。 」
勝手口から 小学生くらいの少年が顔をだした。
「 どこ、遊び歩いてたんだよ、お客さんだよ。 ポットとタオル、持っていっておくれ。 」
「 ・・・ オイラ 風呂場の掃除してたんだ。 」
「 あ、そうかい。 ありがとよ。 それじゃ ・・・ これ、離れに持っていったら
御飯まで遊んでいていいよ。 」
「 ウン。 離れのお客さんら ・・・ コトバ、通じるかな。 」
「 父ちゃんが ちゃんと日本人だ、と。 そういや、来なすったときもきちんと日本語で
挨拶しんさったな。 ほれ、ポットとタオル。 赤ん坊サンがいなさるからね。 」
「 ・・・ん。 」
・・・ あの金色の髪の お人形さんみたいなヒトはおっかさんなのかなあ・・・
少年は大きなポットを持つと黙って離れに向かった。
「 はい? ・・・ あら、ここの宿の坊やね。 まあまあ ありがとう!
そろそろお湯がなくなるから 頂きにゆこうかな、って思っていたの。 」
「 ・・・ あ ・・・・ は、はい。 これ・・・・ これは湯、沸くから・・・ 電気、差して。 」
縁側からおずおずと声をかけた少年に そのヒトはぱあ・・・っと明るい笑顔を向けてくれた。
・・・ わ ・・・ な、なんて ・・・ キレイなんだ・・・!
オイラ、 こんなキレイなヒト、 テレビでも見たことない・・・
「 あ、あの。 赤ん坊サンは ・・・ 」
「 え? ああ、今ね、お祖父ちゃまと海岸をお散歩に行ったの。
長い間乗り物に乗っていてくたびれちゃったみたいでね、ご機嫌が悪くて・・・ 。
「 ・・・あ、 そっか。 そ、それで あの、オジサンは? 」
「 ・・・ え ・・・ 」
そのヒトは大きな青い瞳を もっとまん丸にしてぱちぱちしていたが やがて。
・・・クスクスクス・・・
小さな笑い声が聞こえてきた。
「 ふふふ ・・・ オジサン はね。 とっくに海に泳ぎに行っちゃったの。 」
「 そ、そうなんだ? それじゃ ・・・ え・・・ おねえちゃんは 一人? 」
「 あら。 オバサンって言ってもいいのよ? 」
そ、そんな! こんなキレイなひと、 オバサンなんて言えるかいっ
あ、でも ・・・ あの赤ん坊さんの おっかさんなんだよなあ??
う〜〜ん ・・・ 信次は頭を抱えてしまった。
「 ・・・ あの ・・・ ゥ 」
「 はい? 」
「 あのう。 お、おねえちゃんって言ったら ・・・ いかん? 」
「 い ・ い ・ わ ♪ ううん、そのほうがず〜〜っと嬉しいわ。
わたしはフランソワ−ズ。 えっと・・? 」
「 あ、オイラ、信次。 信次っていいます。 お・・・ おねえちゃん。 」
「 よろしく、 信次くん。 お世話になります。 」
「 ・・・・ あ ・・・ は、はい・・・! 」
信次の目の前に差し出されたのは ・・・ ほっそりと白い手。
う ・ わ〜〜〜 ・・・・! これって 本当に手かな???
オイラのかあちゃんなんて グロ−ブみたいだぜ。
・・・さ、触っても ・・・ 壊れないかな・・・
そうっと・・・ 指先だけを摘まむみたいに信次はそのヒトの手を握り・・・
「 わ!? 」
瞬間、 すごい力で握りかえされた。
「 よろしく! さ、男の子はもっとギュっと握手するものよ。 」
「 ・・・ ん、 なら・・・ ! 」
「 よし! ねえ、信次君。 お願いがあるんだけど・・・ いいかしら。 」
「 あ はい。 もっとタオルとか持ってくるよ? 」
「 ありがとう。 でも今はね・・・・ 海に行きたいの。
信次君の とっておきの場所を教えてほしいわ。 」
「 うん! それじゃおねえちゃんも水着に着替えなよ。
あ・・・ ビキニはダメだぜ? がんがん潜ったりするから。 おねえちゃん、付いて来れっかな〜 」
「 大丈夫♪ わたし、こう見えても泳ぎは得意なのよ。
それにね、ビキニは・・・ オジサンがダメだっていうの。 」
「 へえ・・・ あ、それじゃ・・・ 外で待ってるね。 」
「 すぐに行くわ。 」
信次はなぜか ・・・ ほっぺたと身体中がかあ〜〜〜っと熱くなるのだった。
「 あ、待てェ〜〜〜 」
「 あははは・・・・ おねえちゃん、遅いよ〜〜 」
「 あんなとこから飛び込むなんて ・・ ズルだわよ〜う ! 」
「 こっち こっち〜〜 ほら、早く〜〜 」
「 よぉし、行くわよ〜〜 」
宿に着いた午後、初めて浜を案内して以来、信次と <おねえちゃん> は
暇さえあれば海岸で過ごすようになった。
「 信次! ・・・ 信次〜〜?! どこにいる?? 」
「 おかみさん。 信次クンはムスメと海岸に行ってますわい。 」
「 ・・・ あれ、お客さん。 」
白髪の老人が勝手口から顔を覗かせた。
「 ヤダ・・・ すいませんね〜 ウチの腕白がま〜たお嬢さんを引っ張り出して・・・ 」
「 いやいや・・・ ムスメがどうも誘ったようですな。
こちらこそ、お仕事の邪魔をして申し訳ない・・・・ 」
「 あ、いえ! ・・・ 綺麗なお嬢さんですけん、信次のヤツ 調子にのって・・・
帰ったら叱っておきますけん。 」
「 いや、それには及ばんです。 ムスメも喜んでいますでの。
たまには家事から解放してやらないと・・・。 時に、ムシ刺されのクスリはありませんか。 」
「 ・・・ あれま、ちょいとお待ちを。 えっと・・・ 」
おかみさんは包丁を置くと ばたばたと家の中へ駆け込んでいった。
「 ふふふ・・・・ あの坊主もオトコじゃて、美人には弱いというところじゃなあ。
ま、二人して存分に楽しむがいい。 ・・・ あ! また 来た! うぬ・・・! 」
ペチ!
浜の蚊は 老人の鈍い一撃をゆうゆうとかわしてしまったようだ。
島の夜は すとん、とやってくる。
空気全部が 茜色に染まった・・・と感じたあとにはあっという間に夜の帳が幕を落とした。
昼の熱気はまだ残っているが 海風が次第に運びさってゆく。
漆黒の空に煌く流れが見える頃になると、波の音まで低く聞こえるのは気のせいだろうか。
「 ・・・・ 静かねえ ・・・ 」
「 うん。 」
「 ・・・ 海って。 こんなにいろいろな表情を持っているのねえ・・・ 」
「 なんだ、いつもだって海の側に暮らしているじゃないか。 」
「 そうなんだけど。 ・・・ でも 同じ海とは思えないわ ・・・ 」
開け放った廊下にすわり、涼しげな浴衣姿がゆるゆると団扇をつかっている。
ジョ−は蒲団に腹這いになった。
「 ・・・ 暑くて眠れないのかい。 」
「 え・・・ どうして? 」
「 だって ・・・ ずっとそこで扇いでいるからさ・・・ 」
「 ・・・ いい気持ちなの。 この国に夏って苦手だったけど・・・
こんなに素敵な夏もあるのね。 ・・・ 海も空も ・・・ 空気も ・・・ 」
「 気に入ってよかったよ。 コズミ博士が是非!って仰ったけど、
こういう日本風なトコってきみには馴染めないかもなあ・・・ってちょっと心配してたんだ。 」
「 あら・・・ そんなコトないわよ。
お食事も美味しかった! お魚って獲れたてだと全然味が違うのね。
わたし オサシミ って大好きになりそう・・・! 」
「 ふふふ ・・・ きみってもうすっかり日本人だな。 ・・・ 浴衣、よく似会う・・・ 」
「 そう? 嬉しいわ・・・ 」
「 ・・・ なあ。 ちょっと団扇 ・・・ 」
「 なあに? 暑いの。 ・・・ 扇いであげるわ・・・ 」
フランソワ−ズは縁側から室内に身体を寄せた。
「 ほら・・・・ あ・・・! 」
「 ・・・・・ 」
ジョ−の長い腕がするりと伸びて 彼女の腕をひっぱりこんだ。
「 ・・・ やだ、ジョ−・・・ 」
「 ・・・ こんな魅惑的なきみが悪いんだよ。 ・・・ 博士もイワンも 気を利かせて奥の部屋だし。
・・・ おいで。 」
「 イヤな ・・・ ジョ− ・・・・ 」
しゅるり、と衣擦れの音がして、伊達締めが解き放たれた。
「 ・・・ 本当に よく似合う ・・・ 」
朝顔の模様の浴衣は 簡単に左右に拡がり 惜しげもなく白い肢体を曝しだす。
「 ・・・ もう日焼けしてるね。 」
「 え ・・・? 」
「 ほら ・・・ 水着の下がいつもより白く見えるもの。 ココも ・・・ ココも ・・・ 」
「 ・・・ ジョ ・・・ ! ああ や ・・・ 」
彼の唇が 白い肌に点々と昂まりの源を灯してゆく。
「 ・・・ オジサン、 ですって。 」
「 ?? なにが。 」
「 信次クン。 ジョ−のこと・・・ < オジサン > って呼んでたわ。 」
「 !! ・・・ ふん! それじゃ ・・・ オジサンかとどうか・・・ 試してごらん。 」
「 ・・・ あ ・・・! ジョ− ・・・ あ ・・・・ぁ ・・・ くゥ ・・・ 」
夜目にも鮮やかに のけぞった咽喉の白さが浮き上がる。
いつもとは違う夜具が 違う空気が 二人の身体を燃え立たせてゆく。
離れの座敷は やがて波の音も遠ざかり二人だけの熱い空間になっていった。
翌日も 朝から真夏の青空が広がっていた。
朝食もそこそこに 信次は離れのお客サンの <おねえちゃん> と海に出かけていった。
「 ちぇ・・・ 今日こそ一緒に泳ごうと思ったのになあ・・・ 」
「 ははは・・・ とんだトコロにライバルが潜んでおったのう。 フランソワ−ズも楽しそうじゃないか。 」
「 はあ。 あの坊主、ぼくにはまだ口もきいてくれないんですけどね。
あ、一言だけ ・・・ お早うゴザイマス、オジサン って!! 」
「 あっはっは・・・ 子供にとっちゃ、家族持ちは誰でも オジサン オバサン じゃからなあ。 」
「 それでも! フランソワ−ズのことは おねえちゃん なんですよ! 」
「 そりゃま、そうだろ。 幾つだってオトコは美人には甘いものさ。 」
「 ・・・ちぇ! 油断もスキもありゃしない。 」
博士はヤキモチ・ジョ−の膨れっ面に いつまでも含み笑いをしていた。
その日 ・・・ その日もいつもと同じ <普通の夏の日 > だった。
前日捕らえたイルカの網を切った、と責められ 信次は父ちゃんに一発喰らった。
お仕置きに閉じ込められた蔵はいつの間にか破られ ・・・
夕方には 沢山のイルカ達がマグロの大群を浜の追い込んでくれた。
ただ それだけことが起きた普通の日、だった。
そして やっぱりいつもと同じに、夕陽が当たりを茜色に染め没していった。
翌日、 昼すぎの船で離れのお客さん一家は帰っていった。
信次は船影が見えなくなるまで大きく手を振り続けていた。
ごく普通の夏の日が 過ぎていった。
・・・ そして あの普通の日、は少年の出発点となった。
「 ごめんください。 ・・・ あの、こちらは【 イルカ荘 】 さんですか。 」
中年の男性は開け放たれた廊下から声をかけた。
「 ・・・ ? ここはやっぱり良二の家じゃないか。
お〜〜い、ごめんくださ〜〜い! お留守ですか〜〜 」
目の前の広い部屋には浮き輪だの麦藁帽子だのがごたごたところがっている。
「 は〜い、はい! すんませんね〜〜 今、ゆきますんで〜 」
かたかたと下駄の音がして 裏手からやはり中年の男性が駆けてきた。
「 はぁ〜〜 すんません、ちょうどイルカの食事、作ってたけん・・・ なんか? 」
「 あ〜〜 今日こちらに予約したものですけど、一便はやい船で着いてしまって ・・・ 」
「 お客さんかね! ああ、そりゃすんませんでした!
あれ、連絡くれたら港まで迎えにあがりましたのに・・・ すんませんでした。 」
ぺこり、と下げたアタマは天辺がそろそろココロ許なくなってきていた。
・・・・ でも。
見覚え、あるよな、あのでっかい耳の形。 そうだよ、やっぱり・・・
「 ・・・ 良二 ? 良二・・・だよな。 」
「 ?! なンで・・・ ?? あ、あ〜〜〜!! おめ、信次? 信次かあ〜〜〜!? 」
「 そうだっ、信次だよ〜〜 」
「 な・・・ 今日の客って おめェだったんか!! そんならそうと初めっから言ってくれりゃ〜 」
「 あは・・・ なンか、さ。 お前が島の残っているかわかんなかったし。
・・・ 出来ればそっと来て そっと帰りたかったんだ。 墓参り、だけして・・・ 」
「 ・・・ そっか。 おめのおとっつぁんもおっかさんも喜んでいるわな。 盆だからなあ。 」
「 だと、いいけどな。 オレのせいだから。 10年前のあの騒ぎは・・・
イルカ達にも迷惑、かけたし。 」
「 なに、おめのお蔭だ〜 この島が元気なのも。
そだ、一緒に浜にでるか? これからイルカ達の食事時間だよう。 」
「 仕事だろ? 邪魔じゃないのか。 」
「 邪魔もなンも! そだ、ほれ・・・ おめェが一番初めに<友達>になったイルカな、 えっと・・・? 」
「 ・・・ トンガリ ・・・か? 」
「 そ〜そ〜。 あれに良く似た若いイルカがいるで。 もう、先頭で来てくれるよ。 」
「 ・・・ そうか! それじゃ・・・是非。 」
「 ん。 ああ、おめェ 荷物はその辺に放り込んで 上着なんざ、おいてゆけ。 ・・・ ほれ! 」
その家のオヤジは ぽん、と大きな麦藁帽子を投げてよこした。
「 ありがとう! 」
「 よかったら オレの下駄、使え。 そげな靴で浜はあるけまい。 」
「 ・・・ ん。 」
中年男たちは肩を並べて浜へ下っていった。
「 信次、 おめェの <研究> の成果でなぁ、この浜じゃずっとイルカたちと一緒に
漁を続けてるさあ。 他所 ( よそ ) の浜からは奇跡じゃ、いわれとる。 」
「 な〜んも。 奇跡じゃないさ。 イルカ達のチカラだよ。 」
「 ・・・ん。 だけんど、ソレを見つけたのはおめェだろうが。 」
よいしょ・・・と宿の主人は手にした大バケツを持ち直した。
「 それ・・・ 一つ、よこせ。 手伝うよ。 」
「 ん。 重いぞ〜〜 都会モンのおめェに持てるかあ。 」
「 オレは島 ( ここ ) のモンだぞ。 ・・・ う ・・・ 結構重いな 」
「 ははは・・・ すっかり鈍っちまったんでねえの。 」
「 くそゥ〜〜 これ、イルカ達の? 」
「 ああ。 この辺の海は小魚とか豊富だけんど、まあ・・・ オヤツ代わりか。
漁を手伝ってくれて ありがとうさん、ってなあ。 」
「 ・・・ そうか。 」
「 信次、これもみ〜んなおめェのチカラだ? おめェがイルカ達との<おしゃべり> の
方法を見つけてくれたから。 」
「 ・・・ ん ・・・ でも、この島にも迷惑をかけたし。 」
「 な〜んも! おめェの親御さんらもあの世で喜んでいなさるさあ。 」
「 だといいがな。 」
あの夏、 イルカと戯れはしゃいでいた少年は その後、苦学しながらも海洋生物の研究者となった。
海外の研究機関に身を置きひたすら研究に邁進し・・・
やがて 彼はイルカとのコミュニケ−ションに成功した。
信次は早速 その技術を故郷の島に持ち帰り応用したのだ。
あの島の浜の漁はイルカ達に牧羊犬のように協力してもらい、大漁が続いた。
・・・ やった! イルカ達と友達になれたんだ・・・!
やるぞ〜〜 これを広めれば世界中のイルカとニンゲンが仲良くなれる!
立派な青年となった信次の胸は期待で大きく膨れていた。
しかし。
「 帰ってくれ! 」
「 ・・・・ この金額ではご不満ですか。 」
「 金の問題じゃない! ・・・ オレはアンタ達とは付き合いたくないんだ。 」
「 これはまた手厳しいことを。 」
「 アンタら・・・ 本当にイルカを大切に思っていない。
イルカ達を友達としてじゃなく・・・ 利用しようとしているだけだ! そんなやつらとは付き合えない。 」
「 私どもはお付き合いしたいのですよ。 ではこの10倍、出しましょう。 」
黒服のオトコは どこまでもにこやかだったが・・・ その笑顔にはなにかゾクリ、とする影があった。
信次は胴震いを懸命のこらえ、にらみつけた。
「 帰ってくれ。 帰れ! そして 二度と来るな。 」
「 おや、随分と嫌われたものですな。 ・・・ それでは・・・ 」
立ち上がったオトコはそのまま す・・・っと腕を伸ばしてきた。
「 ・・・? な、なにを・・・ う・・ぐゥ・・・・ 」
カチャン ・・・ 座卓の上で湯のみがかすかに揺れた。
「 ・・・? 信次? どうかしたか。 客人は・・・? 」
信次の父が そうっと座敷を覗きにきた。
このところ、何回もやって来る妙な客が気がかりだったし
息子がひどく不機嫌に応対したのにも 心配だったのだ。
「 あれ・・・ もうお帰りかね。 信次のやつ、送って行ったんか・・・?
別口の客人がみえたのに、 ど〜こいったかのう 」
そろそろ夕闇が迫ってきた座敷には 誰の姿も見えなかった。
ただ、座布団がちょっと曲がっていた。
・・・ それだけ だった ・・・
老人はのろのろと玄関にとって帰した。
「 お客さん、 すんませんなあ。 信次のヤツ ・・・ ちょいと出かけたみたいですわ。 」
「 あら! ありがとうございます。 浜はこちらでしたわね? ・・・多分まだ間に合うわ・・・ 」
「 へえ・・・? あ・・・ お客さん ・・・ 」
ぽかん、とした老人を置いてその客は玄関から飛び出していってしまった。
「 あれ・・・・ 外国の記者さんだ、いっとったが。 信次とイルカの取材だと・・・
ほんでも、 えらい別嬪さんやな・・・ ありゃりゃ・・・ もう姿がみえんわな。 」
信次の家を飛び出た 別嬪さん は 浜まで猛烈にダッシュするとそのまま躊躇わずの海へ走りこんだ。
≪ ・・・ ドルフィン号? そちらからもお願い! ≫
≪ 了解。 おい、あまり無茶するなよ? ≫
≪ ・・・ ヤツらの船に追いついたわ。 いくわね! ≫
≪ あ〜あ・・・ 今ゆくよ。 ≫
沖合いを進む小型船舶の甲板に ひらり!っと赤い影がひとつ、海から乗り込んだ。
「 オレをどうする気だ!? 」
「 ふふん、こちらで用がありますから。 少々ご足労ねがいますよ。 」
信次は ずきずきするアタマをかばいつつ周りを見回した。
どうやら 小型船舶の船倉らしい。
この揺れ具合だとそろそろ沖にでるらしい。
実家の座敷で話をしていた。 オトコに帰れ、と怒鳴った。 相手は薄ら笑いを浮かべ立ち上がり・・・
その後 急になにもわからなくなった。
気がつけば 縛り上げられ狭い空間に閉じ込められていた。
「 あなたも物分りがお悪い。 さっさと協力を申し出れば痛い目にも遭わずにすんだのに。 」
「 ・・・ふん! 協力だって? 強引に札束で奪おうとしたじゃないか! 」
「 人聞きのわるい。 当然に報酬、と言っていただきたい。
あなたの開発した技術を我々だけに渡してくだされば、それでいいのですよ。
後は我々がイルカ達を調教します。 」
「 調教?! ・・・判ったぞ。 どうせよからぬ目的に使うんだろう! ・・・ その位なら・・・! 」
信次は渾身のチカラを込め 目の前のオトコに体当たりした。
不意を喰らって転がった相手を踏みつけ、ドアも蹴破った。
「 こっちよ! あ、縄を切るわね。 」
ドアの影から 赤い服の女性が飛び出してきた。
「 ! む! ヤツらの仲間か! 」
「 ちがうわ、あなたを助けに来ました。 ・・・ ほら、切れた。 さ、甲板へ! 」
信次の体から縄がばらり、と解け落ちた。
「 ・・・ 待て ・・・ ! 」
「 煩いわね! すこし眠っていなさい! 」
その女性は振り向き様、 黒服のオトコを狙い撃ちした。
ガーーー !!
信次が甲板に駆け上がると 数体のロボットが待ち構えていた。
「 くそ〜〜 ! オレの友達を悪用するくらいなら ・・・ オレは一切を抱えて死ぬ! 」
「 アタマ、ひっこめて! 」
ヒュン ・・・・!
慌てて転がった信次の頭上を一条の光線が走り抜けた。
バリバリバリ・・・!
・・・ ガーーーーー !!!
たちまちロボット兵は 吹っ飛び海に落ちてゆく。
「 大丈夫? 」
銃を手に、彼女は信次に笑顔を向けた。
「 ・・・ な、なんとか。 」
「 この船、分捕ろうかな〜と思ったけど。 もっと素敵な応援が来たみたいよ? 」
「 え?? なんだって?? 」
「 ほ〜ら・・・ お〜〜い、ここよ〜〜 」
どん ・・・ ドン ドン ・・・!
信次があっけにとられていると、船に大きな衝撃が走った。
「 な・・・ なんだ?? どうした?? 」
ドン ドンドン ・・・ ドドド・・・・!
思いがけない攻撃に、小型船舶は左右に大きくロ−リングし始めた。
バリバリバリ・・・
突然背後から 銃声が聞こえた。
「 ・・・ くそう・・・ 待て! 逃がさん・・・! 」
船倉に転がしてきた黒服のオトコがよろよろと 上がってきたのだ。
「 あら、やだ。 な〜んだ、サイボ−グだったの? それにしては軟弱ねえ。 手加減するんじゃなかったわ。 」
ヒュン・・・・! ヒュン ヒュン ・・・!
女性の銃が正確にヒットし、オトコを足止めしてしまった。
「 ねえ、泳ぎましょうよ。 ・・・ わたし、こう見えても泳ぎは得意なの。
きみもでしょ。 ・・・ シンジクン ・・・! 」
「 え??! 」
「 飛び込むわよっ 」
「 あ・・・ よし! 」
「 ・・・ あ! このぉ ・・! 」
信次は赤い服の女性を追って 海に飛び込んだ。
う・・・ な、なんとか浮き上がって・・・ あれ??
キュ −−−− !!
ぶくぶく沈んでゆく信次を 黒い影がさ・・・っと突き上げた。
「 ・・・ ? あ! おまえ ・・・ トンガリ? トンガリかい?! 」
キュ〜〜!! キュ〜〜〜!!
黒い影、いや歳を重ねたイルカはそのまま信次を背に引っ掛けると浮上していった。
「 ふ〜〜〜〜 !! ・・・ あ、ああ・・・ 助かったよ・・・
トンガリ〜〜 お前、まだ元気でいたんだ?? よく ・・・ わかったなあ〜〜
ありがとう !! 本当に ありがとう! 」
キュ〜〜〜 キュ〜〜
そのイルカの側には まだ若いイルカがしっかりと付き添っている。
気が付けば 信次の周りにはイルカの大群が集まってきていた。
「 そ、そうか。 皆でオレのこと・・・助けてくれたのか! ・・・あ! 危ないッ
皆 潜れ〜〜!! 」
バリバリバリ −−−−−!!!
信次を拉致した小型船舶が銃を乱射してきた。 まだロボット兵残っていたのだ。
「 皆 逃げろ。 オレに構わず逃げるんだ! 早く! 」
キューーー!!
信次の声に、イルカ達は逃げるどころかかえってギッチリと彼を取り囲んだ。
「 だめだ、撃たれてしまうぞ! 早く逃げろ〜〜 」
― 待テ。 僕達ニ任セロ。
「 な? なんだ??? 誰だ、オレに話かけるのは? 」
― 君トいるか達ノ味方サ。 ホラ・・・見テゴラン。
「 ?? あ・・・!? 」
水中を大きな大きなイルカが、 いやイルカに似た潜航艇が近づいてくる。
― ヤア、コンニチハ、いるか諸君。 コノ艇ノ名ハどるふぃん号サ。
アイツラハ 僕達ガ引キ受ケルカラ。 君達ハ信次ヲ護ルンダ。
キュ〜〜〜!!
イルカ達は 十重二十重に信次とトンガリを取り巻いた。
「 水中戦は任せてくれよな。 」
「 お〜っと、ぼくにも手伝わせてくれよ。 ・・・ もうオジサンなんて言わせないよ? 」
「 ・・・ え ・・・?? 」
潜航艇から 赤い服を纏った影がふたつ、すごいスピ−ドで近づいてきた。
長く引くマフラ−が ヒレみたいに揺らめいている。
二人はあっと言いう間に信次とイルカ達を追い越し、小型船舶に乗り移った。
「 ・・・ 信じられない! ニンゲン技じゃないよ・・・ 」
信次はトンガリの背から呆然と彼らを見つめていた。
「 ピュンマ! 操舵室を頼む。 ここの雑魚どもは任せとけ。 」
「 了解、ジョ−。 システムを一捻りしてくる。 」
≪ たいした武器はないわ。 ロボット兵の残りが ・・・ 5体。 軟弱サイボ−グのがひとつ。 ≫
≪ ありがとう、フランソワ−ズ! イルカ達は無事かい。 ≫
≪ ええ、彼らの方がずっと敏捷ですもの。 あんな盲撃ちなんてへっちゃらよ。 ≫
≪ あはは・・・ そうだね。 ≫
≪ ジョ−! 後ろ! ・・・ ピュンマ、気をつけて。 赤外線装置をオフにして ≫
≪ オーライ♪ 助かるよ〜 フランソワ−ズ! ≫
≪ フランソワ−ズ? もう少しでココ、片付くからさ。 一緒に泳ごうよ。 イルカ達と遊びたいなあ。 ≫
≪ あら・・・ そうね。 それじゃ・・・ ちょっとだけ。 ああ、水着を持ってくればよかったわ。 ≫
≪ へえ?? ビキニでも着るつもりだったのかい。 ≫
≪ 残念だわ〜〜 煩いオジサンもいないのに♪ ≫
≪ ・・ このぉ ! ≫
≪ うふふふ・・・ あ、わたしも応援するわ〜 今ゆくわ♪ ≫
≪ よし! ≫
「 あ・・・ ありがとうございました。 助かりました! 」
信次の目の前で 赤い服の人々はあっという間に小型船舶を占拠してしまった。
しばらく小さな爆発音が続き白煙が上がっていたが やがて静かになった。
甲板に一人の青年が現れ、海中でイルカ達と固唾を飲んで見守っていた信次に手招きをした。
「 もう大丈夫ですよ。 ヤツらは片付けました。 上がって来て平気です。 」
「 操舵システムもヤツらのデ−タは抜いたから、これで帰れますよ。 」
浅黒い肌の青年が 爽やかに笑っている。
信次はおそるおそる近づき 彼らに甲板に引っ張り揚げてもらった。
先ほど信次を船倉から助けてくれた女性が 笑顔で迎えてくれた。
「 イルカ達にお礼を言ってください。 彼らがあなたの危機を教えてくれました。 」
「 え・・・!? そうなんですか。 ・・・ アナタ方もイルカと・・・? 」
「 ぼく達はわからないけど。 仲間にひとり、堪能なのがいるんですよ。
ああ、大丈夫。 アイツらみたいに悪用したりしませんから。 」
「 あ・・・ ああ・・・・ そうですか。 よかった・・・ 」
「 ご無事でよかったですわ。 イルカ達もほっとしているみたい。
ほら・・・ あなたを乗せていたイルカさん、まだ心配そうにこちらを見てますわ。 」
「 え・・・ ああ。 お〜い トンガリ〜〜 ありがとう、もう大丈夫だよぉ〜〜 」
ピュ〜〜〜〜!!
海中から 大きな波飛沫が上がった。
若いイルカが ピュン・・・っと宙に飛び上がる。
「 わあ・・・ すごいわあ〜〜〜 仲良しなんですね。 」
「 はい。 大切な友達です。 」
「 ・・・ それじゃ、ぼく達はこれで。 どうぞイルカ達と仲良くやっていってください。 」
「 はい! 本当にありがとうございましたッ! 」
赤い服の青年達と少女は 手を振るといつの間にか間近に浮上した大きな<イルカ>に乗り移った。
「 さよなら! 」
「 ・・・ さようなら! ・・・ 信次クン。 」
「 ・・・ え?? 」
海風が届けた空耳だったのかもしれない。
大きな<イルカ> は音もなく潜航していった。
信次が浜にあがるのを見届けると 大きな<イルカ> は何処とも無く姿を消した。
浜近くにはイルカ達がまだ心配そうに群れている。
「 ・・・ あのヒト達は・・・ なんだったんだ・・・? どこかで会ったことがあるような・・・
・・・あ! あの青年は・・・・ あの夏の日に ・・・・
いや、まさか。 あれからかれこれ20年以上たっているし・・・ 」
信次は海原を見つめたまま 立ち尽くしていた。
そう・・・それに あの少女。 あの声、あの瞳は ・・・?
・・・ < おねえちゃん > ???
キュ〜〜〜!!
バシャバシャ ・・・
海から賑やかな音が響いてきた。 イルカ達がどうやらはしゃいでいるらしい。
「 ああ、トンガリ! イルカ達〜〜〜 ありがとう!! ありがとう〜〜!! 」
キュ〜〜〜 !! ピ・・・! キューー!
「 おお〜〜い ・・・!? 大丈夫か〜〜〜 」
「 なんか爆発するみてえな音がしたで、どうしたあ〜〜 」
浜に向かってばらばらと人々が駆け出してきた。
信次は もう一度、海をみつめるとくるり、と背を向けた。
「 すまんです〜〜〜 騒がせて・・・ 大丈夫だあ〜〜 イルカ達が 護ってくれたんです 〜〜〜 」
・・・ あれから10年以上もたったけれど。
いったいいつになったら
本当に平和な<付き合い> ができるようになるのかなあ・・・・
信次はぼんやりと海面を眺めている。
彼は若き日に開発した <技術> を封印してしまったのだ。
イルカ達との交流は彼の故郷の浜だけで ほそぼそと続いているだけだった。
海は 今日も穏やかに 豊かに ・・・ 波打っている。
浜を吹きぬける風は 潮の香りを運んでゆく。
中年男達を乗せた船は ぷかりぷかりと沖合いに揺れていた。
「 それで 信次、おめェ 家族はどうした? 」
「 あはは・・・ オレはとうとう独り身さ。 どうもイルカより魅惑的なヒトに巡りあえんかった。 」
「 な〜んも、 これから探すさぁ。
この島もなあ、イルカ達のおかげで漁業が盛んになってなあ。
結構都会から 移り住んでいるし。 嫁サンがイルカ・・・じゃ、ちょいと寂しかねえか。 」
信次は黙って 笑っただけだった。
本当はさ。 イルカも、だけど。
・・・ あの女性 ( ひと ) が 忘れられないんだ・・・ < おねえちゃん >
中年男の瞼の裏に、 亜麻色の髪を靡かせ駆ける あのひと が蘇る。
そう 彼女の瞳は ・・・ 海よりも 空よりも 深い青だった・・・
「 ・・・・ あ! 」
「 ん? どないした。 なんかね。 ・・・ あ、信次〜〜!」
信次は突然借り物の下駄を脱ぎ飛ばすと 服のまま海に飛び込んだ。
キュ〜〜〜〜〜 !!
堂々とした大きなイルカが一頭、ゆうゆうと泳いできた。
「 トンガリ・・・・! ・・・ いや、きみは トンガリの息子だね! 」
「 ソウデス 信次サン ・・・ アノ時、網カラ助ケテモラッタ仔いるかデス。 」
「 そうか、そうか・・・! あの時の ・・・ うわ〜〜元気だったか! 」
「 ハイ!! 」
< 二人 > は 楽しげに一緒になって泳いでいた。
盆の数日を過し信次は都会に戻っていった。
「 ・・・ おお〜〜い。 早く ここに帰って来いよ〜〜〜 」
見送る旧友に船上から 信次は大きく手を振って応えていた。
「 さて・・・ 次の船でお客さんが来るでなあ。
えっと。 ・・・ああ、そうそう、夫婦もんと子供さんだあな。 」
「 こんにちは! お世話になります。 」
まだ若い父親がよちよち歩きの息子の手を引いて下船してきた。
寄り添う若妻の髪が きらきらと陽に輝く。
「 ほ〜ら・・・ 坊や、海よ〜〜 広いでしょう? 」
「 ここではイルカが間近で見られるって 楽しみにしてきました。 なあ、イワン? 」
抱き上げられた母親の腕のなかで 小さな息子はきゃらきゃらと笑っている。
「 おお ・・・ ようお越し。 どうぞ、ゆっくりしてください〜〜 」
浜は今日も 暑くなりそうだ。
*********** Fin. ************
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updated : 06,03,2008.
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******* ひと言 *******
ちょい季節が早めだったのですが ・・・ ご容赦ください。
はい、原作あのオハナシの 裏ではなにをやっていました? + 後日談?
BGは もうとっくに?イルカを悪用してましたけどね・・・ まあ、その辺はお目こぼしください。
あの原作、好きなんですがもうちょっとジョ−君やフランちゃんに活躍して欲しかったなあ。
ああ、最後はあの時から30年後くらいなのでイワンも よちよち歩き くらいには
なってるかも・・・???
・・・しかし、民宿の宿帳にはなんと書いたのかい、ジョ−君♪♪