『 傀儡 ― くぐつ ― 』
・・・ こ に ・・・
い?
耳元で 相棒がなにか喚いた ・・・ 気がした。
え ・・・ あ ・・・ぁ ・・・
すでに意識は朦朧とし全身が痺れていたので ほとんど聞き取れなかった。
ただ ― 相棒のとても ものすごく・・・満ちたりた表情がちら、と目の端に映った。
やがて そんな呟きも深遠の闇に吸い込まれてゆき かろうじて感じたのは身を焦す灼熱の炎のみ。
あ ・・・・ ぁ ・・・・・・・・ ・・・ ・・・ ・・ ・・ ・ ・ ・ ・ ・
彼の意識はそこで ぷつり、と途絶えた。
コポ ・・・ コポ ・・・ コポ ・・・
再び覚醒したとき まず視覚が捕えたのはゆらゆら・・・ 微妙に揺れるゆがんだ世界だった。
自分自身の身体が揺れているのではない。
とてもやわらかいものの中にいる・・・ 確かな感覚はないが そう思えた。
生暖かいものが 身体全体を取り巻いている。
・・・ どこ ・・・だ ああ 水 の 中 ・・・ ?
歪みぼやけた視界の向こうに 見覚えのある顔が映る。
表情ははっきりとは判らない、しかし その色彩はよく知っていた。
あの色は いつもとても身近にあった・・・ 彼は触れたいと思ったが ― 手 はなかった。
そう・・・ か ・・・ 意識だけ ・・・ なんだ きっと ・・・・
ゆるゆる揺れる透明な壁の向こうで よく知っている碧がじっと見つめていた。
やがてかっきりと見開かれている碧が ゆらゆら・・・歪んでゆく・・・ あれは ・・・ なみだ?
・・・ ああ ・・・ また 泣かせてしまった ・・・ な ・・・
泣かないで ・・・ 悪く思わないでくれ ・・・ よ ・・・
コポ ・・・ コポ ・・・ コポ ・・・・
彼を取り巻く世界がとろり、と揺れた と思った。
小さな丸いものが、沢山の丸いものが つぶつぶと目の前を昇ってゆく。
・・・ これ ・・・ 夢 ・・・? ゆめ かな。 ゆめ だよ・・・・
だって ぼくは。 ぼくは ・・・ 燃え た ・・・
再び 彼の意識はすう・・・っと薄らいで そして ゆっくりと消えた。
ブ −−− ン ブ −− − ン ブ −−− ン ・・・・
ずっとずっと。 低い音が、そうミツバチが一匹アタマの芯で羽ばたいている、と思った。
永遠に続かとも思われる羽音が 彼の意識を揺り動かす。
な・・・んだ ・・・ ぼく を 起こすのは ・・・
また 目覚めて しまった・・・
あのとろり、とした世界は消滅していた。 固くはないがしっかしたモノが彼を取り巻いている。
のろのろと開けた視界ははっきりとしていて、揺れない世界が広がった。
う ・・・ この前とは 別の ・・・場所 か な・・・
・・・ あれ。 なにか ・・・ 音・・・?
「 ・・・ 聞こえるか。 聞こえたら右手を上げてくれ。 指だけでもいい。 」
突然 ミツバチの羽音を蹴散らしごつごつした音が飛び込んできた。
・・・ いた い ・・・ あたま に ささる よ
もっと そっとした音を くれ ないかな・・・
「 どうだ? 指が動かんのなら 瞬きしておくれ。 聞こえるか? 聞こえるな? 」
固い音が強い音 ( おん ) が がんがんと彼の頭の中でぶつかり合う。
ずっと・・・ ほの暗い静けさ、そして心地よいミツバチの羽音に囲まれていたかったのに・・・
なんだ ・・・ なんのために ・・・ 起こすのか ・・・
このまま ・・・ にして おいて ・・・くれ たのむよ ・・・
「 聞こえるか? 見えるか? 」
キツい音と強い光が 彼の頭の中に強引に侵入してきた。
彼 は思わず顔を歪め ― 不愉快、の意志を示そうとした ・・・ ほうっておいてくれ!
全身全霊の力を籠めて 咽喉から音を搾り出そう、とした時。
「 ジョー ・・・! ジョー! 」
柔らかい碧が 天鵞絨 ( びろうど ) の声音が ふわりと彼の全身を包んだ。
「 ・・・ あ ・・・ ああ ・・・ 」
「 おお! おお ・・・・ ! やっと覚醒したか ・・・ ! 」
「 よかった・・・! ああ ・・・ よかったわ ・・・ ジョー ・・・ ジョー ・・・ 」
温かくてやわらかいものを 顔の横に感じた。 ぽとぽとぽと・・・・ 冷たいものが落ちてきた。
ゆっくりと しかし確実な濃度で知っている味の空気が鼻腔から侵入してきた。
「 ・・・ あは。 相変わらず 泣き虫 なんだ ね。 フランソワーズ ・・・ 」
― こうして。 009 は 黄泉の淵から戻ってきた。
ざざざ −−−−−−− ざざ −−−−− !
波がゆっくりと寄せ そして引いてゆく。 また 寄せてきて 引く また ・・・
濡れた砂地からすこし離れて 彼は椅子に身を預けていた。
植物のツルで編まれたそれは 背にも腰にも柔らかい感触を残す。
ギシ ・・・・
身動きをするたびに 椅子は軽く返事をする。
大丈夫 ・・・ 大丈夫ですよ。 私にアナタの身を任せてください・・・
ん ・・・ ありがとう ・・・
なぜか モノには素直に声が出る。 自分に近い存在だからなのか・・・
彼は ぎこちなく手をあげ、陽に翳す。 初夏の太陽に曝され それは赤味を透かしている。
陽に透ける、生命の色 ・・・ ただし。 これはツクリモノだ。
あの老人が心血を注いで作った ニ セ モ ノ。 ヒトガタ。 操り人形 くぐつ ・・・
不出来なホンモノ と 精巧なマガイモノ
どちらにより価値があるのか・・・ 彼は そんなことを考える。
指を うごかす。 ぱらぱらと10本の指が 別々に動く。 意志のままに動く。
スイッチを押したり、レバーを引いたりする必要はない。
意志の力で 指が 手が 脚が。 そして身体全体が うごく。
ぼくは いや、 このパーツは 優秀だ ・・・
彼は 振上げた腕を大きく回した。 滑らかに、とても自然に腕が うごく。 意志の力でうごく。
ざく ・・・!
彼は腕を伸ばし足元の砂を 掴んでみた。
さらさらさら・・・ 指の間から乾いた砂が 流れ落ちる。 そう、まるで生き物のように落ちてゆく。
・・・ コレは 生きている のか だから うごく のか。
ぼくの 手は 身体は うごく。 砂も うごく ・・・
この砂と。 ぼくはどこがちがう・・・?
この身体は。 砂と同じ・・・ ?
ぼく は 精巧な 人形 ( ひとがた ) なのか。
ぼく は。 生きて いる、のか・・・?
「 ジョー ・・・・!! 」
「 ・・・ フランソワーズ・・・ 」
海風にのって高い声がとどき 軽い足音が近づいてきた。
「 ジョー・・・! もうそろそろ・・・ウチに戻らない? 風が冷たくなるわ。 」
亜麻色の髪を靡かせ 少女が彼に駆け寄った。
「 大丈夫だよ。 もう ・・・ 病人じゃないし。 」
「 あら。 じゃあ、怪我人でしょ。 いくらジョーだって ・・・ まだ<慣れて>ないよ?
はい ・・・ ジャケット。 」
ぱさ・・・っとサマー・ジャケットが彼の肩に掛けられた。
糊の効いた木綿の肌触りが 心地よい。
・・・ <気持ちいい> って。 こんな触感なんだな・・・
「 ほら。 やっぱり少し寒かったのでしょう? 」
「 え・・・ いや。 ・・・ ああ そうかもしれないな。 ありがとう フランソワーズ ・・・ 」
ジャケットを押さえた彼を見て フランソワーズは小さく笑う。
「 ね? まだ無理をしてはだめよ。 ゆっくり ・・・ ゆっくり、ね。 」
「 ・・・ ん。 そうだね。 」
「 そうよ。 のんびり・・行きましょう。 」
「 うん・・・ 」
ジョーはちょっと微笑むと 彼女に手を差し出した。
「 ・・・ 一緒に帰ろう。 」
「 ええ。 ほら、立てる? 」
白い手がするり、と差し込まれしなやかな指が きゅ・・・っと彼の手を握り締める。
・・・ 温かい・・・ ! ああ これこそが 生命の温かさ なんだ・・・
「 ・・・ ん。 ありがとう・・・ 」
彼はゆっくりと身を起こすと 砂地に脚を下ろした。
「 さあ わたしに掴まってね。 寄りかかってもいいのよ。 」
「 そんなこと・・・ きみ、つぶれちゃうよ。 」
「 あら。 わたしってね、力持ちなのよ? 大丈夫、つぶれたりしないわ。
なんなら試してみましょうか。 ウチまでずっとオンブしていってもよくってよ。 」
ほら・・と彼女は ほっそりした背を向けてたつ。
「 ・・・ ご遠慮申し上げます。 でも ・・・ 」
「 え? ・・・ あ、あら・・・ 」
彼は砂地で足を踏みしめ そのまま目の前の白いワンピースの背を抱いた。
薄い服地をとおして生暖かさが 伝わってくる。
彼はそのまま、頬を押し当てた。
・・・ あたたかい ・・・ やわらかい ・・・ ここちよい
この ぬくもりのなかに 埋もれていたい ・・・
「 ・・・ ちょっとだけ。 こうしていて ・・・ いいかな。 」
「 ・・・ いいわよ。 ふふふ ・・・どうしたの? 」
「 ああ ・・・ いい匂いだ ・・・ 」
彼の鼻腔いっぱいに ほんのり甘さを含んだ涼しい香が広がる。
しかし 彼はその奥の奥に 彼だけが知る匂いをしっかりと嗅ぎ取っていた。
この匂いだ。 ぼくを目覚めさせてくれた ・・・
この匂いを もう一度 ・・・ 味わいたくて ・・・
・・・ ぼく は。
すう〜〜っと 彼は彼女の背で深呼吸をする。
吸って ― 彼女の匂いを全身にとりこむ 吐く ― 篭った熱さを抜く
背中に 熱い息を感じ、彼女は身をよじって笑う。
「 きゃ・・・ くすぐった〜い・・・・ 」
「 ・・・ ごめん。 でも ・・・ いい匂い・・・ 」
「 あら。 これ、好きだった? オーデコロンなんだけど。 4711 というのよ。
昔からね、夏になると皆使ったわ。 父や兄も・・・ そうそう・・・博士もご存知でお気に入りですって。 」
「 ・・・ ふうん ・・・ 」
そんなんじゃない、と彼は思ったが 黙ってまた顔を押し付けた。
「 ジョーも使ってみる? ハンカチにばしゃばしゃ落として 汗を拭くと気持ちがいいの。 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
きみの 汗の匂い ・・・ きみの 匂い
・・・ きみの 甘い蜜の匂い ・・・
ああ ・・・ 欲しい ・・・!
ごくり、と咽喉が鳴った。
「 ねえ? やっぱり疲れちゃったのじゃなくて? ちょっと待ってて。 車椅子を持ってくるわ。 」
「 ・・・ いいよ、大丈夫さ。 こうして ・・・ きみと手を繋いでいれば。 」
ジョーはやっと彼女の背から身を引き剥がすと、ちゃんと向き合った。
今度は 正面から彼女を抱え込む。
「 ・・・ ね? ほら。 」
「 ジョーったら。 そこは手じゃないでしょう・・・ もう・・・ 」
「 ふふふ・・・ それじゃ 帰ろうか。 ああ ・・・ いい風だ・・・ 」
ジョーはやっと彼女の身体を離し 手をとった。
「 もうそろそろ夕方の風に変わるから・・・ 海って本当に不思議よね。
一日中 眺めていても飽きないわ。 ここに住んでよかったわ。 」
「 うん ・・・ ぼくは ずっと海の近くで育ったけど。
こんなに 綺麗だなって思うのは今が初めてかもしれない。
ふふ ・・・ おかしいね。 よく眺めてたけど・・・ 海はいつでも知らん顔してた・・・ 」
「 あら、それじゃあよかったじゃない? 綺麗だなって思える日が来て。 どんなに後になっても。 」
「 フランソワーズ ・・・ きみってひとは・・・ 」
思わず見つめた先で 白い顔が花のように微笑んでいる。
「 もし ・・・ もしも、ね。 ジョーが ・・・ あのまま 還ってこなかったら。
わたしはきっと 二度と夜空を見上げたり、 な・・・流れ星を さがしたりはしなかったと思うの。 」
「 ・・・ そう か ・・・ 」
「 ええ。 海もね、 好きにはなれなくて。 海のない国とかうんと山奥に住んだかもしれない。 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
「 でも。 こうやって ジョーが ・・・ ここに居てくれるから。
わたし、この海辺のお家に居て。 夜は流れ星に願いをかけることができるの。 」
「 ・・・ フラン ・・・ 」
「 ジョー。 還ってきてくれて ありがとう ・・・ こうして 側にいてくれて ありがとう
・・・ 嬉しいわ。 どんなカタチでも・・・ 」
「 ・・・ え? 」
どんなカタチでも。
彼女がぽつり、と呟いた言葉が角をもったカケラになって彼の耳の底にしずむ。
「 え、なあに。 もう少し海をながめてゆきましょうか。 」
「 ・・・え あ ・・・う、ううん。 もう 帰るよ。 きみといっしょに・・・ ぼく達の家へ ね。 」
「 そうね。 そうしましょ・・・ ね? 」
白い手がするり、と彼の腕に絡みついた。
「 うん。 」
二人は寄り添って 浜辺をゆっくりと歩いていった。
夕風が とろり、と凪いだ海の上を通り過ぎてゆく ・・・・ ウミネコたちも 陸地へと戻り始めた。
真夏に近い一日が ゆっくりと暮れる。
・・・ どんなカタチでも。
彼のこころの中を その言葉がちかり ちかり と硬く瞬き漂っていた。
海辺の崖っ淵に立つ洋館は 一日中さわさわと海風が吹きぬける。
灼熱の太陽に波までもとろりと温まる季節も 快適に過すことができる。
住人たちは そんな邸で穏やかに暮らしていた。
― もっとも 今、起居を共にするのはたったの4人だったけれど。
老人と 彼と。 フランソワーズと寝てばかりいる赤ん坊と。
彼らは空き室の多い、広い広い邸で静かに暮らしていた。
季節は ゆっくりとそして確実に巡り そして今・・・暑熱の日々が訪れている ―
長い夏の一日も 夕食を終えればとっぷりと暮れた。
薄墨色はしだいにその色を濃くしてゆき 夜闇に変わる。
静かな晩御飯が終れば、老人は チラ・・・っと彼の様子を眺めただけで早々に私室に引き取ってしまった。
フランソワーズの手伝いをして キッチンを片付ければ、彼にはもうすることがなかった。
「 ・・・ あの さ。 なにかやること、ないかな。 」
「 え? あら・・・ もう食器も洗ったし。 ありがとう、ジョー。 もう結構よ。 」
彼女は白いエプロンを外す。
「 TVでも見ていたら? あら なにか飲む? 」
「 え・・・ いいよ。 夕食、食べたばっかりだし。 」
「 そう? なんだか暑そうな顔、してるから・・・ 冷たいものでもどうかなって思って。 」
「 そんな顔、してるかな。 べつに咽喉は渇いていないんだけど・・・ 」
「 それならいいけど・・・ あ、欲しくなったら適当に冷蔵庫からもっていってね。 」
「 ・・・ うん ・・・ ありがとう。 」
「 え・・・ ありがとう、って。 だってここはジョーの家なのよ? 可笑しなジョー・・・ 」
「 そ、そうかな・・・ 」
クス・・・っと小さく笑うと 彼女はぱさり、と肩に掛かった髪を払った。
「 じゃあ わたし。 お風呂に入ってくるわ。 ・・・・ お休みなさい、ジョー。 」
「 え あ ・・・ ああ。 お休み ・・・ 」
「 ジョーは? まだ起きているの。 」
「 ・・・ うん ・・・ 多分。 もうちょっと ・・・ 」
「 そう? それじゃ・・・ あ。 お願いがあるの。 寝る前に玄関のセキュリティのチェックをしてくださる? 」
「 うん いいよ。 」
「 ありがとう ・・・ じゃあ ・・・ お休みなさい。 」
「 うん。 お休み ・・・ 」
「 ・・・ あ ? 」
フランソワーズはちょっとだけ首を傾げて ― そして ちょっとだけ微笑みとは違う表情を浮かべた。
彼の好きな碧が じ・・・っと彼に注がれる。
笑って ・・・ いない? いや、泣いては いない。
・・・ でも この視線は なんだ? この強さは なんだ
ずくん ・・・! 彼の全身を電流にも似た一撃がめぐる。 ・・・ 熱い!
「 ・・・ え なに。 」
「 ・・・ ううん なんでも ないわ。 ごめんなさい ・・・ 」
「 そうかい ・・・ 」
「 じゃあ ・・・ また 明日、ね。 」
「 ・・・ ああ うん。 」
ふわり、と亜麻色の髪がゆれ フランソワーズはリビングから出ていった。
ふううう ・・・・・・
彼の全身から 堰と切って熱い息を吹き出てきた・・・
あ・・・ あ ・・・ ヤバかった・・・ もうちょっとで
だれもいないリビングで、ひろびろした空間で。 ソファに四肢を預け ・・・ 彼は息を吐く。
噴出した熱い息は 天井にまでのぼり ・・・ 部屋中にひろがった。
― 彼の想いと一緒に。
陽が落ちても 彼は身体中に篭った暑熱をもてあましていた。
すうすうと吹きぬける夕風が 表面の皮膚からは熱気を持ち去ってくれたけれど 彼の内部は
かえってますますその熱さを増してゆく。
ぷつぷつと粘っこいものが 煮え滾り始めた。
彼女に 触れたい ・・・ 彼女に 熱さを伝えたい ・・・・
・・・・ 彼女に 注ぎこみたい ・・・ !
海を渡る夜風に 彼は熱い吐息をとばし続けていた。
本格的な暑さが訪れる頃には 彼はすっかり日常の暮らしにもどっていた。
もう ・・・ 彼女の手を借りたり、補助具を手にしたりすることもなくごく普通に過せるようになった。
妙な浮遊感も 離脱感も消え 彼はしっかりと地を踏みしめ日々を送っている。
彼は 現在の<彼自身>に馴染んだ。
しかし ―
カチ ・・・!
彼はTVを消した。 どうせただ画面を眺めているだけなのだ。
ぱらぱらと雑誌を捲る。 すぐに投げ捨てた。 なにを見ても興味はわかない。
「 ・・・ 水でも飲んでこよう。 うん、そうだよ。 氷いれて・・・ うんと冷やすんだ。
そうすれば ・・・ 少しは なんとか・・・ 」
彼はわざと声に出すと キッチンに飛んでいった。
・・・ 結局 氷は彼自身の熱さをさらに上昇させただけだった。
だめ だ・・・・! もう 限界ッ !!
意を決すると、彼は足早にリビングを抜け階段を昇り、私室のならぶ二階の廊下に向かった。
― ごくり。
咽喉が勝手に 鳴る。 ぎゅ・・・っと素足を踏みしめる。
大きく息を吸い ・・・ そして すこしづつ吐き出す。 すこしだけ余計な熱が出ていった。
コン ・・・ コン コン ・・・・
目の前のドアを ほんのすこし、軽く できるだけ小さくノックする。
気づいてくれ・・・るかな。 いや! 気づかないでくれ・・・! そうすれば・・・
ぼくは このまま ・・・ 引きかえせる。
・・・ 彼女は もう眠っていたのだから ・・・って自分自身に言い訳 できるから。
でも やっぱり気づいて欲しい・・・ 声が 聞きたいから。 そう 声 だけでいい・・・
パタ・・・パタ・・・ パタ ・・・
軽い足音が ゆっくりとドアに近づいて来る。
「 ・・・ はい? あの ・・・ ジョー? 」
「 うん ・・・ あ、ごめん。 もう寝てたよね・・・ ごめん ・・・ 」
「 ううん ・・・まだ起きてたけど。 なあに。 」
「 あ・・・ あの ・・・ き、キッチンの出口ね、あそこのセキュリティもオンにしてあるから。
あの ・・・ もし あっちから外に出るなら・・・ 」
「 え? ・・・ ああ、お勝手口ね。 ありがとう・・・ 朝にハーヴを摘みにでるかもしれないわ。
わざわざ ありがとう・・・ 」
「 い いや ・・・ ごめん じゃ ・・・ お休み・・・ 」
「 お休みなさい、 ジョー。 」
穏やかな声は それっきり途切れて ドアから離れる足音がした。
・・・ なんだって ぼくは。 わざわざこんなコト、言いにきたんだ・・??
だって 声が 声だけでもいいから 側に居たかったんだ・・・
きみの側に・・・!
ぼくは 生きているって感じていたい、ツクリモノじゃないって信じたい・・・
きみの側で !
・・・ コツン
彼は 目の前のドアにそうっと額をつけた。
こんな柔い木材のドア一枚 ― ほんの一瞬で破ることが出来る!
蹴破って飛び込んで。 あのしなやかな身体を抱き締め そのまま 倒れこむ。
そんなことは 彼にとっていとも容易いコト ― のはずだ。
う ・・・ ううう ・・・ きみが きみが ・・・ほしい!
でも。 で き ない!
もし それで きみがまた涙を流したら。
もし それで ぼくが ・・・ぼく自身が意のままにならなかったら!
やはり。 ぼくはツクリモノなのだろうか
それを ・・・ それを確かめるのが 恐いんだ
・・・ そうさ。 ぼくは臆病モノだ。
そうさ! ぼくは ぼくは 恐いんだ・・・!!
バン! と両手をドアに打ち付けたい。 身体ごと打ち付けてしまいたい・・・!
ぎりり・・・ 彼は唇を噛み拳を握り締め 辛うじて自分を押さえた。
そんなことして なにになる?
彼女を驚かせるだけだ。
こんな身体で なにができる、というのだ・・・!
彼は ゆっくりと、しかし音を立てずに深呼吸すると静かに立ち去った。
・・・ コトリ。
ドアの内側で 彼女が汗塗れになった身をしっかりと押し付けていた。
この 数センチ向こうに ジョーが いる。
能力 ( ちから ) を使わなくてもはっきりとわかる。
彼の手も 彼の顔も 彼の身体も。 全部 わかる。
すい、とドアを開け追いかけて縋りつきたい・・・ ! 腕をからめ抱きつきたい。
頬や額じゃなく。 ちゃんと唇に ちゃんと舌を絡めた キス をしてほしい。
ジョ ・・・ − ・・・・! ジョー ・・・!
彼女は 薄いネグリジェ一枚の身体に しっかりと腕を回す。 そうしないと全身ががくがくと震えてしまうから。
彼女は 白い手をしっかりと自分の口に当てる。 そうしないと大声で叫びだしてしまうから。
・・・ 抱いて ・・・ ほしい ・・・ の !
でも ・・・ あなたが それを望んでいないのなら ・・・
ジョー ・・・ ! あなたは ・・・ ?
彼は <還って> 来てから、 いや、自由な身体に戻ってから ― 一度も求めてこない。
あれほどの重傷からの復帰なのだから・・・と思ってきた。
生きて戻ってきてくれただけで 再び目を開けてくれただけで 起き上がれただけで
・・・ 幸せだ、と思ってきた。
あのセピアの瞳が再び開かれるのを待ちわびていた。 あの笑顔を待ち望んでいた。
だから ・・・
今 こうして。 穏やかに静かに暮らしてゆけることだけでも充分に幸せなはず、なのだ。
彼がもう一度 微笑んでくれたら。 なんでもしますから・・・神様・・・!
何十回、いや 何百回 真剣に祈ったことだろう。
そして 神は彼女の祈りを聞き届け ― 彼を この世に引き戻し給うた。
今 彼は穏やかに彼女の側で微笑んでいてくれる。
・・・ そう ・・・ そうなのよ ・・・ ね
だから こんなことを望むのは 贅沢なの。 ワガママなの。
いけないことなの。 欲張りなの・・・
それなのに フランソワーズ・・・あんたはあの時 ・・・ どう思ったの?
還ってきてくれさえすれば・・・って祈ったクセに!
あの時 < これが ジョーだ > と示されたものに わたし ・・・
ええ、わたしは 足が動かなかった・・・!
全身が 震えたの。 ええ そう そうなのよ。
わたし は ソレ が 恐かったの・・・!
抱いてほしい、ですって?
・・・ 意気地なしなあんたには そんな資格、ないわ
意気地なしなのに 欲張り、なんて 最低よ・・・!
あんたなんて 彼の側にいるのは相応しくないわ。
でも ・・・ でも。 わたし・・・
ジョー ジョー ・・・ ジョー が すき ・・・・!
でも でも わたし。 なんといわれようとも
ジョーが すき ジョーを愛してる
・・・ ジョーが 欲しいの ・・・!
一度知った甘露の味を ヒトは忘れることが出来ない。
忘れようとすればするほど 二人は我が身に篭る 熱さ に炙られていた。
たった一枚のドアを隔てて。 同じ想いに身を焦す二人が もう一歩、踏み込めない二人が
悶々と熱い想いを持て余している。
夏の短夜は 沢山の熱さを飲み込んで知らん振りを決め込んでいた。
ザザザ −−− −−−− ザザザ −−−−− !
夜の海は その広さ深さをぐん・・・と増す。
星々は空からずっと大海原まであまねく光を広げ 波は海原からずっとはるか天上まで寄せてゆく。
空と海は交じり合い 溶け合い どんどん大きくなるのだ。
夜の海は 不思議な歌を奏で 人々を誘いこむ。
彼は足音を立てないよう、慎重に砂浜を歩いていた。
もっとも大概の音は波に飲み込まれてしまうはずなのだが・・・ 耳聡い人間がいるのだ。
・・・ 一番聞かれたくないヒトが 一番 <聞こえる>ヒトなんだものなあ・・・
ふ・・・っと軽い笑みが彼の唇に浮かぶ。
「 そうだよ・・・ やっぱりこんな夜 だった・・・ やっぱり 海と空の区別がつかなくて・・・
なんて ・・・ 広いんだろう、って思ってた。
あの船で ・・・ ぼくの隣には きみ がいたよね・・・ 」
海は 彼の言葉も吐息も全ての音を飲み込むが でもなんにも応えてはくれない。
そう、 あの夜も。 海は二人の声を 情熱を 想いを ・・・ すべて飲み込んでくれた。
今度 星が流れたら ・・・
そう言った彼女がたまらなく愛おしくて。 そのまま抱きすくめた。
そして 二人は。
今 ― こうして再び大地にしっかりと足を踏みしめることが出来た。
深遠な闇の淵から 戻ってきた。
そして 彼は。 いま 一人きりで身の内の熱を持て余す。
ザザザ −−− −−−− ザザザ −−−−− !
夜の海は その波音を海鳴りをぐん ・・・と増す。
星々の瞬きはどんどん情熱的になり 波は饒舌に同じ言葉を繰り返し繰り返し響かせる。
空と海の境目は曖昧になり 星はその影を海に落とし波はその飛沫を空に飛ばす。
夏の夜空は 魅惑的な光に満ちて 人々を惑わす。
フランソワーズはそっとテラスへのフレンチ・ドアをあけた。
彼女の部屋は角部屋で 一番海に近い位置にあった。
ふわり・・・と生暖かい風が薄物のネグリジェを巻き上げる。
その艶かしい肌触りに ぞくり・・・と身体中の皮膚が粟立ち・・・熱を帯びた。
・・・ ジョー。 もう眠ってしまったかしら・・・・
そっと彼の部屋の方に首を差し伸べてみたが 真っ暗なだけだった。
「 ・・・ ごめんなさい・・・ ええ、覗いたりなんかしないわ・・・
あなたに嫌われてしまったら ・・・ わたし、どうして良いか わからない・・・・ 」
昼間の暑熱はすっかり去り、テラスの床は素足に心地よい。
「 そうだわ ・・・ やっぱりこうやって星を眺めていたわ。 時折・・・星が小さく尾を引いて流れたわ
そう・・・ あの時。 ジョー・・・あなたが側にいてくれた・・・ 」
邸の中天から 星の河が大海原へと滔々と流れ込んでゆく。
そうだ・・・あの夜は。 たまらなく心細くて淋しくて・・・ 寝付けぬままに星を眺めていた。
そう、今夜と同じように。 でも 隣にはジョーがいた。
いつも 側にいるよ ・・・
そんな彼の笑顔が たまらなく切なくて。 伸びてきた腕に素直に身を任せた。
あの夜 ・・・ 星々はそのまま彼女の 中 に奔流となり流れ込み爆ぜた。
彼女はその歓喜の渦に全身で溺れた・・・
・・・ ふうう ・・・・ また 吐息が夜に溶け込んでゆく・・・
「 熱いの・・・身体の中が。 どうしても どうしても ・・・ この熱が逃げないの。
・・・ ジョー ・・・ あなたの 熱さ でこの熱を宥めて !
ああ ・・・ なんていうことを言うの! そんなこと、望んでもいいと思っているの・・・ 」
フランソワーズは身悶えし ・・・ 星々の光に我が身を晒した。
どうか ・・・ どうか 冷やしてください・・・!
白く輝く身体に 星々は硬質の光を散りばめたがそのまま消えていった。
地価帝国に赴く前夜 ・・・ 情熱のままに抱き合った。
異様な昂ぶりの中で 生きている ことを確認しあった。
明日の命の行方さえわからぬ身、確かなことは目の前にある肉体だけだったから。
二人は互いの熱さの中で 束の間の安堵感を貪った。
でも ・・・
あの熱さ お互いに与えあった <熱さ> をずっと秘めていたからこそ・・・
ぼくは 還ってきた 還ってこれた・・・
わたしは 信じていた 信じていられた !
でも いま は ・・・?
ぼくは にんげん なのだろうか・・・?
わたしは 卑怯もの だわ・・・
真夏の夜 ― 二人は。 同じ想いに 同じに悩み 同じに苦しんでいた。
その夜も 沢山の星が人知れず流れた。
「 ・・・ 謎の巨岩散乱、ですか。 」
「 うむ。 どうもな・・・ ニュースで見た限りでは台風の後、といった様子なのだがな。
いかせん、自然の力で それもたった一夜にしてこの惨状は有り得んじゃろう。 」
博士は リモコンを操作しモニターに画像を出した。
「 これは・・・! 人為的なものですね。 重機などで動かしたのでしょうか。 」
「 いや。 その形跡は全くないらしい。 これだけのデータではよくわからんのだ。
ただ・・・あのオトコのうわ言と関係があるかもしれんのでな。 」
「 ああ ・・・ 先日保護した青年ですね。 」
ジョー達は偶然 山中である青年と出会ったのだが、彼はなんらかのトラブルに巻き込まれた模様で
かなり逸脱した精神状態だった。
事情を聞きだすことは不可能で 博士もお手上げ状態だったのだ。
「 そうじゃ。 どうもなあ・・・ 気に掛かる。 裏にまたぞろ・・・キナ臭いヤツらがおらねばよいが。 」
「 ともかく明日、 グレートと大人をさそって調査してきますよ。
現場を実際に見ればなにか、手掛りもあるかもしれません。 」
「 うんうん、頼むぞ。 お前のリハビリにもなるじゃろうし。 」
「 あんまり良いリハビリじゃないですけど、ね。 」
博士はちょっと困った顔をしたが それ以上ジョーも追求はしなかった。
「 じゃ・・・ 普通に車で入ってみます。 四方山湖はひとつ山を越すと弥生が浜ですからね。 」
「 うむ。 そうしておくれ。 」
コトン ・・・ と二人の前にティー・カップが置かれた。
「 はい、お茶。 わたしも行くわよ。 」
フランソワーズが トレイを手に立っていた。
「 え・・・ しかし ・・・」
「 行きます! 博士。 ・・・ 構いませんよね? 」
彼女はじっと博士を見つめた。
「 ・・・ ああ。 そうじゃな。 しっかり <記録> してきておくれ。 」
「 はい。 それじゃ。 わたし、グレート達に連絡しますね。 」
「 うむ。 頼むぞ。 」
フランソワーズはお茶の仕度をテーブルに広げると さっさとリビングの隅にあるPCを立ち上げた。
「 ・・・ なんか。 ぼく ・・・ てんで無視されてるなあ・・・ 」
「 はっはっは・・・ 久し振りの<仕事>で 張り切っておるんじゃよ。 まあ・・・好きなように
やらせておやり。 お前のウォーミング・アップじゃし、な。 」
「 はあ ・・・ 」
なんか・・・以前と違うなあ〜・・・と ジョーはずずず・・・っとミルク・ティを啜った。
「 ― そっちは。 首尾はどうだ? 」
シュ −−−ッ と聞きなれた音と 独特の圧縮空気の匂いを伴って彼が目の前に立っていた。
「 ・・・ アイヤ〜〜〜 ジョーはん・・・ あんさん、まァ〜 ・・・
なんちゅうお働き振りや! ワテ、仰天してしもうて・・・ まァ〜 」
「 いやさ・・・ボーイ。 こりゃまた ・・・ 獅子奮迅 いや 鬼神の如き、と申すべきか。
いやさ・・・ こりゃ・・・ お釈迦さまでもご存知あるめェ・・・ 」
瓦礫の中でグレートと大人はそれ以上 言葉が続かない。
二人は ただただ呆然と <最強> を謳う彼らの仲間を見つめていた。
翌日、彼らは問題の四方山湖方面に向かった。
近隣に住民もおらず、目立つ心配もなかったが一応 <普通の>様相で出掛けた。
そして やはり。
山奥には ハイテクを駆使した風な建物があり、怪しげな<研究>が行われていた・・・らしい。
彼らが密かに侵入すると程無くして ― 攻撃が始まった。
「 ! 009! ジャイアントよ! でも ・・・ これ・・・ただのロボットだわ! 」
「 了解。 ありがとう、003。 あとは ・・・ 任せてくれ給え。 」
「 え・・? 」
「 なんやて? 」
「 おお 一人舞台は頂けぬぞ? 」
三人の目の前から 彼 は姿を消し。 たちまちのうちに<戦闘>が始まったのだ。
敵の繰り出してきたロボットは巨体に似合わず敏捷な動きをみせ、 彼らを翻弄した。
こりゃ・・・ ちょいと手古摺るかもしれない・・・ チっ!とグレートは舌打ちすらしたのだが。
― グワッシャ ・・・! ガゴ − − − ンッ!!
「 ・・・ああ?? な、なんだ・・・? おお ボーイの仕事かい! 」
それはまさに 一人舞台 だった・・・
そして。 彼は 何事もなかったかの如く 現れた。
ぶすぶすと白煙があたりに立ちこめているが もう火の手が上がるほどでもない。
山林の中に埋もれていた建物は 跡形もなくなっていた。
「 それで なにかわかったかい? 」
彼は ふ・・・っと息を整え 改めて周囲を見回している。
「 あ ・・・ それがなァ。 例の奇ッ怪な形状の円盤には逃げられてしまったのだよ。 」
「 そうアル。 なんとかデータやら持ち出そう、おもたんやが・・・ 」
「 そうか。 」
「 そうなのよ。 ジョー。 あの・・・どこか不具合は・・・ないの?
ずっと加速装置のオンとオフを繰り返していたでしょう。 今までの限度は超えているはずだわ。 」
後ろから す・・・っと彼女が出てきてまっすぐに彼を見つめている。
「 別に不具合はない。 ― ともかく残骸を調べてみよう。 」
彼は仲間達の、そしてフランソワーズの視線を振り切ると すたすたと瓦礫の中へ入っていった。
「 お! こりゃ・・・ここまで遅れを取るわけにはゆかん! いざ! 」
「 そやそや〜〜 なんでん、めっけまっせェ〜〜 」
グレートと大人も慌てて彼を追った。
「 ・・・ ジョー・・・ 本当に ・・・ ジョー なの・・・ ? 」
彼は ― 震える脚を懸命に押さえ 焼け跡を踏みしめ踏みしめ歩いていた。
不具合があるのではない。 いや それどころか・・・ 爽快感すら覚えてしまった・・・
彼は たった今の自分自身の能力 ( ちから ) にひたすら慄き・愕然としていた。
・・・ あれは ぼく じゃない・・・!
ぼくは ― これはメカだ。 メカニックの力だ
ああ やっぱり。 そうさ ・・・ 思ったとおりだ
ぼくは この身体は アンドロイド・・・
金属の身体に 以前の<島村ジョー>の記憶媒体を取り付けた
・・・・ アンドロイドなんだ ・・・!
身体は驚くほど軽く、加速装置の切り替えはスムーズだった。
自分自身を試したい気持ちも強かったので 不必要なまでに装置を乱用してみたのだが
不具合などは どこにも見当たらなかった。
いや むしろ以前より格段に種々の <能力> は ぴたり、と彼自身に馴染んでいた。
そうか ・・・ そうなんだ・・・
なまじ生身の部分なんか 残っていないほうが優秀ってことさ。
融合部分の不具合も メカ部分が生身の神経系に及ぼす影響もない。
そうか ・・・ ぼくは 本当に本当の・最強の戦士 に生まれ替わったんだ・・・
ああ 皆 嘲笑うがいいさ。 謗るがいいさ。
ぼくは ・・・ もう 島村ジョー じゃない・・・
そうさ ・・・ 生身の脳を持つ サイボーグ ・・・ でもないんだ・・・
彼の記憶を持つ・アンドロイド さ。
今度こそ 完全に島村ジョーは 死んだ
「 ぼくは。 もう ・・・ きみを愛することは できない ・・・ 」
「 ・・・ なあに。 何か見つけたの? 」
「 え・・? あ ・・・ 」
不意にすぐ横から彼女の声が聞こえた。
彼はぎくり、としておそるおそる振り向いた。 ・・・ 聞こえてしまったか・・・・?
「 参考になりそうなデータ、あった? う〜ん ・・・ これじゃあ無理ねえ・・・
廃棄目的で徹底的に焼き討ちしていった、って感じだわ。 」
「 あ ・・・ そ、 そうだね・・・ 」
フランソワーズは 焼け跡を丹念に見回っている。
「 それだけ見つかったら困るものがあった、ということよね。
博士の読みが当たったわ。 お〜い! グレート? そっちはどう?? 」
ひょい ひょい・・・と瓦礫を避けて彼女は仲間たちの方へ駆けてゆく。
赤い防護服の背に 豊かな亜麻色の髪がゆれる。
すんなりした腕脚がしなやかに動く。
あの赤の下に ― 彼が 渇望しているモノ を包み込み彼女が駆けてゆく。
ああ ・・・ ! ああ ・・・ ぼく は・・・・!
でも 機械には そんなこと ・・・ 許されない・・・
「 お〜〜い!! そろそろ下の村の衆が集まってきたぞ! 引き上げよう! 」
グレートの声に サイボーグ達は終結し密かに現場を離れた。
「 ・・・ で、これがデータです。 わたしが目視しただけでも全て正常でした。 」
「 そうか。 よかった・・・! やっとこれで・・・終ったな。 」
「 はい。 やっと・・・ 」
「 ・・・ うむ。 長かったな。 よく・・・見守ってくれたな、フランソワーズ・・・
ジョーは やっと ジョー に戻った。 」
「 ただ 側にいただけです。 なにもできませんでした。 あの・・・ジョーは? 」
「 うん? ・・・ ああ、なにか考えごとであるのか、海岸の方へ降りていったぞ。 」
「 そうですか・・・ 」
フランソワーズは纏めたデータを博士に渡すと そのまま外に出た。
ジョー ・・・ ! どこにいるの?
真夏の陽射しを受け 崖下に寄せる海はとろり、と凪いでいた。
彼は いた。 ぺたり、と砂浜に座っている。 水平線に視線が届かない。
「 ・・・ ジョー ・・・・ 」
「 ・・・ なんだい。 」
彼女はしずかに彼の側に腰を降ろした。
「 博士がね。 ジョーはやっと ジョーに戻った・・・って。 よかったわね。 」
「 ・・・ 慰めてくれなくてもいいよ。
ぼくは ただ ・・・ より完璧なサイボーグ、いや・・・ 最強のアンドロイドになっただけさ。
もう人間じゃないんだ。 ただの、本当にただの戦闘用兵器さ。 」
「 え・・・? なにを言っているの。 」
「 だから。 あの・・・宇宙からの帰還でズタボロになって。
博士は完璧な機械の身体を作り ぼくの記憶データを埋め込んだ。 それだけ、なんだろ?
ここにいるのは 島村ジョーのカタチをした機械仕掛けの人形なんだ。 ・・・・え?! 」
ジョーは 立ち上がろうとして ・・・ 思わず腰を落とした。
彼女が しっかりと彼の腕を引いたのだ。
「 ・・・ なんだ ? 」
ジョーは少しよろけつつ 彼女の側に再び腰を落とした。
「 ここにいるのは、ね。 わたしの愛するただひとりのひとよ。
だって これは。 ジョー だわ、 ジョーなのよ。 」
「 だから・・・! きみだって知っているのだろう? 」
彼は少しばかり苛立ち彼女の腕を振りほどこうとした。
「 だめ。 だめよ。 わたし、もう離さない。 すう・・・っと消えてゆくのも許さない。 」
「 え ・・・? 」
碧い瞳が とても強く そして とても優しく微笑む。
「 あの、ね。 本当のことを言うわね。
わたし ・・・ 言葉も出なかったわ。 息が詰まったわ。
そう ・・・ あなたとジェットが ぼろぼろになって還ってきた時・・・
メンテナンス・ルームで これが ジョーだよって いわれて。
博士が示してくださった ・・・ モノを 見て。 わたし ・・・ 凍りついた。
・・・ うそよ!って 悲鳴を上げそうになったわ。 」
「 ・・・ ごめんよ。 イヤな思いをさせちゃったね。 」
「 ええ もうすごいショックだったわ。
ジョーは こんなコードやチップのカタマリじゃない! ジョーは・・・ 人間よ!って。
ごめんなさい ・・・ 足が、ううん、身体中が震えたわ。 」
「 そりゃそうだよね・・・ その機械のカタマリがこのぼくなだもの。 」
きゅ・・・っと細い指が ジョーの腕に食い込んだ。
「 そうね。 身体のパーツは・・・機械のカタマリね。
でも ・・・ 覚えてる? 水槽の中からわたしを見つめている瞳は あなた だったの。
あの瞳は あの光は。 ジョー、あなた自身だわ。 」
「 ・・・ぼく ? 」
「 そうよ。 あなたの脳や意識やこころや ― そして 魂は。 島村 ジョー なの。
わたし、 それがわかったの。 」
「 ほんとうに ・・・? ぼくは ・・・ まだヒトとして存在しているのかな。 」
ジョーは改めてじっと・・・ 掌を見つめた。
「 ふふふ・・・ 疑り深いのね。 それじゃ これから確かめて 確かめて生きてゆきましょ。 」
「 ・・・ そう か。 そうやって生きてゆくのもいいかもしれないな。 」
「 わたし。 たとえジョーが金属だけのカタマリになっても 愛してる。
それにね。 機械は ・・・ 悩んだり苦しんだりしないわ。
それこそ半身が機械のわたし達が 一番よく知っていること、でしょう? 」
「 ・・・ うん。 そうだね。 そうだった・・・ すっかり忘れていたよ。 」
「 だから あの ・・・ あの ・・・ お願いがあるの。 」
「 ・・・ ? 」
「 この熱さを ・・・ 鎮めて・・・・! 」
「 ・・・・・・・ 」
ジョーはゆっくりとフランソワーズの腰に腕を回すと そのまま立ち上がった。
「 やっと 言えるよ。 ずっと・・・言えなかったけど。
ぼくは ぼく自身として還ってこられたんだ。 だから 今 ・・・ 言うよ。 」
― ただいま。 フランソワーズ
― お帰りなさい ジョー
― ・・・ おいで。
― ・・・ ん。
傀儡は その魂を取り戻し 人間になった。
********************** Fin. ********************
Last updated
: 03,30,2010. index
************* ひと言 **************
え〜と。 あんまり らしくない、のですが 平ゼロ設定 なのですよ。
な〜んか原作か この暗さ?は 新ゼロ・ジョー??って感じもしなくもない?のですが。
ただ! ふと。 気づきました!
平ゼロって。 流れ星のまんまじゃん!!って!!!
原作はちゃ〜んと復活するし、 新ゼロは ヨミ編後、の話だし。 旧ゼロは 流れ星にならずにすむし。
でも・・・ 平坊は・・・?? ( 完結編 は ・・・あれは別・バージョンでしょう・・・ )
お〜〜し! そんなら! 平ゼロ・復活話を書く〜〜〜 !! って張り切ったのですけど・・・ (;_;)
なんか・・・ムチャクチャにくら〜〜い・どよ〜〜ん・・・なジョー君になってしまったです・・・
でもね! この後は (^.^) ふふふ・・・ らぶらぶだったのさ♪♪
ってことで。 ご感想のひと言でも頂戴できましたら〜〜〜 狂喜乱舞〜〜〜 <(_
_)>