『 トモダチ 』

 

 

 

    *****  始めに : 時代背景について  *****

      原作設定の<あのお話>です。 ( 旧ゼロ、平ゼロ版ではないです )

      ・・・ ですから、ちょいとサバよんで だいたい70年代半ばと思ってください。

      ( 原作では60年代と思われますが・・・ )

      ともかく! 携帯やPCはまだまだ身近には出現していません。

         ジョー君の引っ越し先は アパート 」で マンション ではないのです。

 

 

 

 

 

「  ・・・ 忘れ物は ないかしら ・・・ 」

 

   ― バタン ・・・!

 

開け放ったドアは 壁に当たって跳ね返り意外なほど大きな音を立てた。

いけない・・・と慌てて、フランソワ−ズはまだ揺れているドアを押さえた。

 

    このドアって いつもなんとなく引っかかっていたのに。

 

少々軋みがちなドアの音を気にしていたのは ・・・ つい一週間前だった気がする。

 

 

「 ・・・ じゃあ お休みなさい ・・・ 」

「 うん・・・ 今度、そっちに行くからさ。 」

「 ええ。 ・・・ あら ・・・ ? 」

「 あは。 開けるとき、ちょっとだけ上に強く押してみて。 」

ドアノブをカタカタやっている彼女の手に ジョ−は笑って加勢した。

 

「 ほら。 」

「 ・・・ あら。 本当・・・ ねえ、明日直さなくちゃね。 」

キ ・・・ と微かな音にフランソワ−ズは少しだけ眉を顰めた。

深夜の廊下には 小さな音ほどよく響く。

「 うん ・・・ でも、それほどじゃないから。 」

「 でも 不便でしょう? 夜なんか迷惑よ。 眼を覚ましちゃうヒトもいるかも・・・ 」

「 別に誰も気にしないよ。  それに・・・ 」

「 え? 」

「 ・・・あ、 ううん。 ほら、冷えるよ? お休み・・・ 」

「 お休みなさい、 ジョ−。 」

ふわりと抱き締めてくれる彼の胸がとても温かく感じた。

お休みのキスがいつもより長い。

 

  ・・・ やっぱり夜はもう寒いのね ・・・ あ ・・・

 

彼の唇の熱さに まだ温もりの残る身体の芯に漣がたつ。

嵐のあとの凪いだ海に うねりがひとつ・ふたつ押し寄せる。

 

  ヤダ ・・・ 

 

咽喉の奥から沸き上がって来た呻きを 彼女はく・・・っと飲み込んだ。

「 ・・・ じゃ ・・・ 」

「 うん。 」

言葉よりも視線を絡ませ唇を離し、ジョ−は静かにドアの向こうに消えた。

 

  ・・・ ふう ・・・・

 

熱い吐息が フランソワ−ズの口から自然にあふれ出る。

・・・ どうして こんなに愛してしまったのだろう。

なぜ ・・・ こんなに身体も心も熱いのだろう。

火照った身体に しんしんと冷える秋の夜気がここちよい。

彼の愛の残滓が 埋火となって身体中を暖めている。

 

  ふふふ ・・・ あ ・ い ・ し ・ て ・ る ♪

  ・・・ ジョ− お休みなさい・・・

 

さくら色の頬に笑みを残し、フランソワ−ズは自分の部屋へ足を忍ばせて行った。

 

 

そう・・・

あれは ほんの一週間前なのに。 あの時 ・・・ 彼は何も言っていなかった、と思う。

普段から言葉の少ない彼は ベッドの中ではますます寡黙のヒトとなった。

言葉のかわりに セピアの瞳が 長いしなやかな指が 巧みな舌が そして 熱い彼自身が

饒舌に執拗に彼女を翻弄した。

 

・・・ それなのに。

 

「 ・・・ 本当に行っちゃったのね ・・・ 」

ガラン・・・としたジョ−の部屋の戸口で フランソワ−ズはぼんやりと立ち尽くしていた。

 

 

 

「 ここを諸君らの第二の故郷だと思って欲しい。 」

ギルモア博士は 9人のサイボ−グ戦士達をぐるりと見渡した。

「 ワシはこの地を本拠地とするよ。 諸君らはもう自由の身だ、好きにするがいい。

 故郷へ戻るも、この国で暮らすも 諸君らの選択に任せる。 」

ただ ・・・ と、博士は少しばかり言葉を濁し言い澱んだ。

「 申し訳ないが。 諸君らは定期的にメンテナンスが必要なのだ、ということを

 忘れないでくれ。 また、不具合が起きた場合にはすぐに ・・・ ココへ来て欲しいのじゃ。 」

「 勿論ですよ、博士。 僕達にはここがホ−ムだしみんなは家族みたいなものです。 」

ピュンマが物静かに応えた。

「 ワテはグレ−トはんとこの国に残りまっせ。

 美味しいモノが食べとうなったら、皆はん、いつでも張々湖飯店に来てや。 」

「 左様、左様。 我輩も舞台芸術への野望は捨ててはいないのでね。

 ま、当分は本国と行ったり来たりするつもりだ。 」

「 そうかそうか・・・。 ま、いつでも気が向いたら顔を見せておくれ。

 この邸には諸君らの部屋を用意してあるから。 < 帰ってくる >のを待っておるぞ。 」

「 はい、博士。 」

 

仲間達は平和な再会を約束して、それぞれの故郷に散っていった。

そしてギルモア邸には博士とイワン、そしてジョ−とフランソワ−ズの4人が住み着いた。

 

「 なんだか ・・・ わたし達だけには広すぎるわねえ。 」

「 そうだね。 でも、直に誰かが来るよ、ここは皆の家だもの。 」

「 そうね・・・ ちょっと淋しいけど。 」

「 きみは ここに残って本当によかったの? パリに帰りたかったんじゃない? 」

「 ・・・ うん ・・・ 帰りたくなったら、ふらっと行ってくるわ。 」

「 うん、それがいいよ。 そうしなよ。 」

「 わたし。 ジョ−の側にいたいの。 ・・・ あの、迷惑? 」

「 そんなこと! きみも故郷に帰るって言ったらどうしよう・・・って本気で心配してたんだ。

 あ・・・ 本当だってば。 

くすくす笑いだしたフランソワ−ズの腕を、ジョ−はすこし強く引いた。

「 ・・・ あら。 」

ぽすん ・・・ と細い身体がすっぽりジョ−の胸に収まった。

「 きみを追いかけて ・・・ パリで一緒に住んでもいい!って決心までしいてたよ。

 ここで一緒に暮らせて本当に嬉しいんだ。 」

「 ・・・ ジョ−。 わたしも ・・・ 」

「 きみの部屋に行ってもいいかな。 ・・・ その ・・・ 今夜。 」

「 ・・・・・・ 待ってるわ 」

フランソワ−ズは頬を染め、背伸びしてジョ−にキスをした。

 

 

にわかに人少なになったこの邸で 二人で楽しい内緒話をした日、

あの日は そんなに前のことじゃない。

まだ、壁紙やら天井にはなんの汚れもないし、絨毯には家具の跡も着いてはいない。

それなのに。

この部屋の主は 今日、ついさっき出ていってしまった。

 

「 ・・・ え?? 引っ越す? ・・・ 誰が。 」

フランソワ−ズは一瞬怪訝な顔で聞いたままを繰り返してしまった。

「 誰って。 ぼくが。 ちょうどいい物件が見つかったんだ。 」

「 ・・・ ぶっけん ・・・ ? 」

「 うん。 ここから車で15分くらいだし、駅にも近いのさ。

 あんまり広くないけど、一人暮らしには充分だよ。 」

「 ・・・ 一人暮らしって。 ・・・ ジョ− ・・・ ここを出てゆくの ? 」

「 ここは快適だけどやっぱりちょっと不便なんだよね。

 仕事で帰りが遅い時とか増えそうだし。 駅に近いほうがいいな・・・って思って。

 あ、勿論週末とかはココに帰ってくるよ。 きみの作る御飯が食べたいし♪ 」

「 ・・・ そう ・・・・ でも・・・ 」

「 うん? 」

「 ・・・ ううん、 なんでもない。 なんでも・・・ 」

ギルモア邸の広いリビング一杯に まるで春を思わせる陽射しが溢れている。

クッションに陽を当てようと運んでいた手が ・・・ 止まった。

晴れ上がった冬の朝。

ジョ−は突然、でもごく平然として引越し宣言をしたのだ。

 

「 それでね〜 急なんだけど、明後日引っ越そうと思うんだ。 

 ちょっとばたばたするけど。 ごめんね。 」

「 ・・・ そうなの ・・・ あ、手伝うわ。 何でも言って ・・・ 」

「 ああ、いいよいよ。 そんなに荷物もないし。 あっと言う間さ。 」

「 でも ・・・ お掃除とか あるでしょう? 」

「 自分でするよ。 きみに迷惑、かけちゃ悪いもんな。 」

「  ・・・ 迷惑だなんて ・・・ 」

「 ・・・ コレ♪ 」

「 え・・・? 」

言葉も途切れがちなフランソワ−ズの手を ジョ−は掬い上げぽん、と何かを握らせた。

 

「 ?? 」

「 ぼくのアパ−トの部屋のカギ。 」

「 ・・・ わたしに? 」

「 うん。 スペアはそれ一個なんだ。 きみだけに渡しておくから。 」

に・・・っと笑った顔はいつもと全然かわりのない、<ジョ−の笑顔>だった。 

「 あの ・・・・ わたし。 ・・・ 行っても いいの? 」

「 勿論だよ。 きみならいつ来てもらってもいい、だから コレ。 

 ぼくの留守に入ってくれても全然オッケ−さ。 」

ジョ−はカギを握る彼女の手にキスをした。

「 ・・・ 泊まっていってもいいし。 」

「 ジョ−。 ・・・ ありがと、嬉しいわ。 」

フランソワ−ズは一生懸命で笑顔をつくり、ジョ−を見つめた。

「 ここに比べたらてんで狭いけどさ。 きみもきっと気に入ると思うよ。 」

ジョ−は実に。 じつに全く晴れやかな顔をして笑った。

 

 

「 ・・・ なにもあんなに嬉しそうにしなくても・・・ 」

「 ・・・ ああ? なんじゃ、どうしたね、フランソワ−ズ。 」

「 え・・・ あ。 ごめんなさい、博士。 ただの独り言・・・・愚痴ですわ。 」

「 はあん?  」

ジョ−は朝一番で準備を始め、ほんとうに数少ない荷物を愛車に積み込むと

上機嫌で新しい部屋へ 引っ越していった。

見送った博士とフランソワ−ズは、やれやれ・・・とお茶のテ−ブルを囲んでいる。

 

  ・・・ ますます広くなっちゃった・・・ 

 

零れそうな溜息を そっと飲み込む。

こんなに陽射しが明るいのに ・・・ 今日は肌寒く思えるのはどうしてだろう。

・・・どうして ・・・ ジョ−は急に一人暮らしなんか始めたのか。

どうして。 

フランソワ−ズは 慌ててカフェ・オ・レのカップを口に運んだ。

・・・ そうすれば 溜息だけはなんとか押さえられるから。

 

「 ふふふ。 あのな、フランソワ−ズ。

 オトコは皆、一度は自由気侭な一人暮らしをしてみたいもんなんじゃ。 」

「 ・・・ え ・・・? 」

「 お前が気にすることはないよ。 まあ、しばらく放っておけばいい。

 そのうち やはり美味いメシが食いたい、とか洗濯モノを溜め込みすぎ・・・とか

 理由をくっつけて戻ってくるだろう。 」

「 そうでしょうか・・・ 」

「 オトコなんてそんなもんじゃよ。 アイツも本音はお前に甘ったれておるんじゃろ。 」

「 カギを・・・ 渡してくれました。 いつ、訪ねてきてもいいよ、て 」

「 ほう。 やっぱりな。 」

博士はくつくつと笑いロシアン・ティ−のカップを傾けた。

甘い苺ジャムの香りが ふわり・・・と漂ってきた。

「 やっぱり、って? 」

「 来ていいよ、はな。 来て欲しい、というコトじゃ。

 アイツなあ。 照れ屋だからストレ−トには言えんのだろ。 」

「 そうですか・・・ 」

「 そんな顔はおよし? 次の日曜にでもアイツの好物を持っていってごらん。

 引越し祝い、とかなんとか口実に気になる彼氏の生活をジロジロ見ておいで。 」

「 あら。 ジロジロなんて ・・・・ 博士ってば。 」

「 ははは・・・。 つい、な。 」

「 それじゃ、今度の週末にでもジョ−の好きな <チラシ寿司> を持ってゆこうかしら。 」

「 おお、それはいいな。 ま・・・ ゆっくりしてくるといい。 」

「 ・・・ はい。 」

さっと頬を染め、フランソワ−ズはにっこりと微笑んだ。

 

 

ところが。

その週末も。 次の日曜日も、そのまた次の週も。

島村ジョ−はギルモア邸に顔を覗かせなかった。 

訪ねて行こう・・・と フランソワ−ズが掛けた電話も鳴りっ放しだった。

 

   ・・・ ジョ− ? どこかへ行っているの?

 

ジョ−が引っ越してから三回目の日曜日にも 電話に応えるヒトはいなかった。

もしや・・・と一瞬イヤな予感がして フランソワ−ズは脳波通信のチャンネルを開こうとした。

 

   ・・・ やめ! だめよ、今は <普通> の時でしょう? フランソワ−ズ。

   心配なら 自分の眼と足を使わなくちゃ。 それが ・・・ 普通のヒトでしょ。

 

息を詰め、フランソワ−ズは耳を澄ませ続けたのだが・・・やがて

とうとう応答のなかった受話器を静かに置いた。

「 おや。 またジョ−は留守なのか。 」

「 ・・・ ええ。 もう ・・・ そろそろ一月、全然連絡がありません。 」

「 う〜ん ・・・ まあ、ヤツの場合は便りのないのがよい便り、のクチだろうよ。 」

「 わたし。 今日こそ行ってみます。 ええ、これから! 」

「 どうせケロリとしてどこか遊びまわっているのだと思うがな。

 ああ、場所はわかるのかね? 」

「 はい、住所は持ってます。 とにかく ・・・ 行ってみます! 」

フランソワ−ズは急に勢い良く立ち上がると、キッチンに駆け込んでいった。

やがて。 ことことと何かを切る音やら ・・・ 煮物のいい匂いが漂い始めた。

 

「 ・・・ま。 ここは本人達にまかせて、ワシは見物人に徹しよう。  ・・・ なあ、イワンや。 」

博士はリビングの日溜りに鎮座しているク−ファンの主に語りかけた。

秋の陽射しを一杯に浴び、日除けのタオルの陰でス−パ−・ベイビ−は昏々と眠っている。

「 う-----ん ・・・ そろそろ裏山の紅葉が散りだすかもしれんな。 」

愛用のパイプを手に ギルモア博士はこのごろぐんと高くなった空をのんびりと見上げていた。

 

 

「 えっと ・・・ この道でいいのよね。 M町 3−9 ?? 」

フランソワ−ズは手にしたメモとたまに見つける住居表示とを懸命に見比べた。

都心などと比べれば格段に土地に余裕のある町だが、やはり駅に近くなるにつれ

ごたごたと建物が入り組んでいた。

大通りから二本外れた道沿いに やっと目的のアパ−トを見つけることが出来た。

 

ジョ−がギルモア邸から出て行って あっという間に一月が過ぎようとしていた。

季節はゆっくりと廻りだし、そろそろ街中でも紅葉の便りも聞こえ始めた。

温暖なこの地方は 都会よりもゆるゆると季節が廻る。 

 

黙って ・・・ 突然訪ねてびっくりさせてあげましょ。

 

我ながら美味しくできた散らし寿司の容器を抱え、フランソワ−ズは足取りも軽くやってきた。

しかしすぐに判る、と思っていた場所探しに案外と手間取ってしまった。

 

「 早く行かなくちゃ。 もしかしてジョ−が外に晩御飯を食べに行くかも・・・ 」

気ばかり焦って同じ道を行きつ戻りつもした。

足元に舞い散る落ち葉が かさかさと音を立てる。 

「 ・・・ ときわアパ−ト。 ここね! 」

木造モルタル二階建て。 

どこの街でも見かける小規模はアパ−トだったがまだ古びてはいず、周囲はきちんと

清掃が行き届いていた。

 

「 ・・・ 二階の ・・・えっと、 ・・・  ジョ−、いるかしら。 」

なぜだか自分でもわからない。 普段なら絶対にそんなコトはしないのに。

【 島村 】 と小さな表札のあるドアの前まで来たとき、

フランソワ−ズは ほとんど無意識に 耳 を稼働させてしまった。

 

  ・・・ あ ・・・! いけない。

 

急に飛び込んできた雑多な物音にうろたえ、咄嗟にスイッチを切ろうとした。

しかし。 

一瞬 意識にひっかかった懐かしい声に 彼女は凍りついた。

脚が 動かない。 身体が 動かない。 眼を大きく見開いたまま・・・ 

ただ耳だけが機能していた。

全身の神経が耳に集中し、フランソワ−ズの全てが ・・・ その声を追った。

 

「 ・・・ ほら、泣かないで。  ふふふ・・・甘えん坊だね、じゃあ・・・ 」

「 ・・・・ ・・・・ ・・・・・ 」

 

確かにジョ−の声、そしてもう一人の気配が感じられる。

どうもはっきり返事をしているのではないとみえ、ごそごそと音がするだけだ。

しかしなにか言葉にならない声が 漏れてくる。

 

   ・・・ やだ ・・・ ! もしかして ・・・ コレって・・・

 

フランソワ−ズの頬が強張った。 指先が冷え、身体はますます固まってしまう。

そして次の瞬間、 頬だけがかあっと燃え上がった。

そう、もしかして。 これは。

 

「 こっちにおいで。 もう夜は冷えるからな。 ・・・ 今夜は一緒に寝ようね。 」

「 ・・・・ ! 」

 

サワサワと衣擦れにも似た音が、もう一人の返事を遮ってしまった。

「 え・・・ いいよ、ほら。 おいで・・・ 」

「 ・・・・・ ・・・・ 」

ハナにかかった甘ったれ声が 微かにドアごしに漏れてきた。

 

   !? わたし。 これじゃはっきりと盗み聞きじゃない!

 

ドアの側に佇む自分自身の姿に フランソワ−ズは真っ赤になってしまった。

そして躊躇わずに耳のスイッチを切り 足音を忍ばせ廊下を去っていった。

 

 [ ジョ−へ。 お仕事、忙しいのですか。 ジョ−の好きなチラシ寿司です。

  夜食にでもして下さい。  ・・・ たまには<ウチ>に顔をみせてね。 Francoise ]

 

誰も居なくなった廊下に、ジョ−の部屋の前に。

しっかりと小風呂敷に包まれたお重箱が一つ。 

添えられたメモにどこからか紛れ込んだ落ち葉がひらり・・・と散り罹っていた。

 

 

 

「 ・・・・ はい? ギルモア研究所ですが。 」

フランソワ−ズは呼吸を整えてから そっと受話器を取った。

もうそろそろ日曜日も終わり、という時間、博士はとっくに部屋に引き取っている。

お風呂あがりにリビングの前を通ったとき、フランソワ−ズはやっと電話の音に気づいた。

 

  ! ・・・ ジョ−かしら !

 

駆け込んだリビングで、抑えた音を発し続ける電話の前で。

受話器に伸ばしかけたフランソワ−ズの手が一瞬止まった。

 

  ・・・ こわい。 もし ・・・ ジョ−じゃなかったら。

  ううん、 ジョ−だったら。 ・・・ もっとこわいわ。

 

きゅっと唇を噛み締めてから 手を伸ばした。

 

「 あ、フランソワ−ズ? ごめんね〜 こんな時間に。 起こしちゃったかなあ。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ ! ・・・ ううん、今・・・ 寝ようかなって思っていたところ。 」

「 ?  なんか声がヘンだよ? 風邪でも引いた? 」

「 え・・・ ううん、別に。 」

「 なら、いいけど。 あのさ、散らし寿司〜〜〜 ありがとう! 

 すご〜く美味しかった・・・ きみ、また料理の腕を上げたね。 」

「 そう・・・? よかったわ。 あの ・・・ ごめんなさいね、黙って訪ねたりして。 」

「 え?? どうして謝るのかい。 留守にしてた僕の方が悪いんだよ、ごめんな。

 中に入ってくれてよかったのに。 カギ、預けただろ。 」

「 え、ええ・・・。 でも ・・・ 時間も時間だったし。 今日は帰ってこないのかなって・・・ 

 ・・・忙しいんでしょ、ジョ−。 」

「 あは、そうなんだよ。 実はある雑誌社にフリ−ライタ−で契約したんだけど。

 取材だなんだかんだでもう、忙しくってさ。 地方に行ったりしてね。 」

「 そうなの。 ・・・ じゃあ、便利なトコに引っ越してよかったわね。 」

「 うん、でもホント、寝に帰るだけみたいだ。 ああ、また君の手料理が食べたいよ!

 来週こそ絶対にそっちへゆくからね。 お土産もあるんだ〜 」

「 楽しみに待ってるわ。 あ・・・ 身体に気をつけてね。 」

「 きみの散らし寿司で元気百倍さ。 あ、博士にヨロシクお伝えください。 

 ・・・ じゃ。 明日も早いんだ〜 お休み。 」

「 ・・・ ええ、 お休みなさい ・・・ 」

ちん ・・・とあっけなく電話は切れてしまった。

 

   側に誰か ・・・ 居るの?  これからそのヒトと夜を過すの・・・?

 

受話器を握る手が いつの間にかじっとりと汗ばんでいた。

風呂上りの身体からたちまちのうちに温もりが消えてゆく。

 

   まだ冬じゃないに。 どうして ・・・ どうしてこんなに寒いの。

   どうして ・・・ ジョ− ・・・

 

少し厚手のガウンの襟をかき合わせる手が冷たい。

くしゅん ・・・ 。

小さなクシャミを残し、フランソワ−ズはのろのろと階段を上っていった。

 

 

《 ジョ−です。 ごめん、急な仕事で今度の日曜もそっちに帰れないんだ。

  あの、悪いんだけど。 重箱を取りにきてもらえる? ああ、勝手に入って。 頼みます。 》

留守電に入っていたメッセ−ジは 明るく元気ないつものジョ−の声だった。

 

「 ほう・・・ やっこさん、大活躍じゃないか。 いいことじゃ、男は仕事に追われる時期が必要だ。 」

「 でも ・・・ 本当にちっとも休みなしみたいなんです。 」

「 ははは・・・ それしきで参るヤツでもあるまい? 」

「 それは ・・・ 」

心配顔のフランソワ−ズに博士は相変わらずのんびりと構えている。

「 いいじゃないか。 そのうち、転がり込んでくるさ。

 気になるなら、アイツのアパ−トへ行ってみておいで。 」

「 ええ。 お重箱もあるし。 それと・・・なにか日持ちがするものを差し入れておきますわ。 」

「 うんうん、それがいい。 ヤツめ、お前の手料理に里心がついて戻ってくるかもしれんぞ。 」

「 ・・・ だといいのですけれど。 」

 

  ・・・ お料理上手なヒトが周りにいるのかもしれないわ。

  ヘンなモノはもって行けないし。 なにがいいかしら・・・

 

フランソワ−ズは真剣な顔で献立を想い廻らしている。

そんな彼女を博士はやさしく見つめていた。 

「 ヤツの引越し騒ぎで今年は紅葉見物も忘れておったなあ。

 ここいら辺りの紅葉は もうだいぶ散ってしまったよ。 」

「 あら・・・! そうですわね。 来年はきっと。 また、お弁当を作って皆で出かけましょう。 」

「 そうじゃなあ・・・ 」

岬の突端に建つギルモア邸、秋は着実に過ぎようとしていた。

 

 

 

「 ・・・ こんにちは。 コホン ・・・オジャマします。 」

かちゃり、とキイを捻り、すこし力を込めて押せば ・・・ ドアは簡単に開いてしまった。

「 ジョ− ・・・ お留守にごめんなさい。 」

し・・んと空気も動かない空間に向かって フランソワ−ズは一生懸命話かけていた。

自分でもヘンかな、とは思う。

でも。 黙って入るのはどうしてもいやだった。

 

  ・・・ ここはジョ−の <お城> なんだもの。

  

ココに比べたらてんで狭いよ・・・ そんなジョ−の言葉が蘇る。

1LDKの小ぢんまりした、ジョ−のアパ−ト。

澱んでいる空気がどことなく余所余所しく感じるのは 気のせいだろうか。

ストッキングだけの足に ビニタイルの床が冷たい。

フランソワ−ズは入り口の申し訳みたいな玄関を上がると そっと首をめぐらせた。

すぐ横にキッチンらしき簡単な設備があった。

シンクの脇には水切り籠があり見覚えのあるマグカップが伏せてある。

 

  あ・・・ これ。 ジョ−とお揃いで買ったカップ・・・

 

この前チラシ寿司を容れてきた重箱はテ−ブルにのっていた。

「 ・・・ あら。 」

持ち上げると、下にはメモが一枚、よく知っている筆跡が読み取れた。

[ ごちそうさま! 美味しかったよ。  ジョ− ]

 

「 今度はちゃんと <ウチ> で一緒に食べましょう? 」

フランソワ−ズはそのメモにむかって呟いた。

 

キッチンの始末をするつもりでエプロンも持ってきたのだが、

どうやらその必要もないようだ。

そもそも あまり使っている形跡はない。 コ−ヒ−を淹れるくらいなのだろう。

 

「 ・・・ じゃ。 これで帰ります。 また・・・・ね。 」

振り返り ―  見ないように、見ないようにしていたフスマにとうとう眼が行ってしまった。

この奥は。 この頼りなくみえる紙と木の不思議なドの向こうは ・・・ 彼のベッド・ル−ム。

 

だめよ。 ここはプライベ−ト・ル−ム。

それこそジョ−が一緒でなければ 入ることは許されないわ。

・・・ でも ・・・ わたしだって。 カギを預かっている 彼女 なんだもの。

でも。 ・・・ でも ・・・

 

やがて 震える白い手がそっとフスマを開けた。

 

カ−テンが半分引かれ、ぼんやりとした明りがその部屋を照らしだしている。

そんなに狭く感じないのは モノがほとんど置いてないせいかもしれない。

ほのかに感じる馴染んだジョ−の匂いに ふ・・・っと表情が緩む。

すこし乱雑なベッドの上にパジャマが投げ出してある。

そして 枕には。 

 

  ああ  ・・・ そうなのね。 

 

能力 ( ちから ) を使ったわけでは決してないのだが、

フランソワ−ズの眼は枕に散らばる、数本の黒い毛に吸い寄せられてしまった。

 

  ・・・ いや。 ・・・ いやいや、そんなの ・・・ いや。

 

湧き上がってくる嗚咽を懸命に飲み下した。

涙がぼとぼと足元に落ちる。 

 

  ここに居ては・・・ だめ。 居ちゃいけないのよ。

  バカなフランソワ−ズ・・・ ヒトのベッド・ル−ムを覗いたバチが中ったのよ!

 

そっとフスマを閉め、足早にリビングを横切る。 

狭い玄関で なぜか靴を履くのに手間取ってしまった。

 

  やだ・・・! ・・・ あ ・・・!

 

「 ・・・ こら〜〜 そんなに走るなってば。 

 え? うん、僕も早く一緒に遊びたかったよ ・・・え、なに・・・? 」

 

廊下の奥から大好きな声が聞こえてきた。 

本当なら飛び上がるほど嬉しいのに・・・ ドアを開けて飛び出して抱きつきたいのに。

いまは・・・。

なぜか足が動かない。 指先が小刻みに震えている。

もう、眼を瞑っていてもわかる聞き慣れた足音に忙しない小走りの音がからみつく。

 

  ・・・ ジョ−! ・・・やだ、やだ、どうしよう・・・

  あ・・・ わたし ・・・

 

フランソワ−ズはなにも出来ずに ただただドアの前で立ち尽くしていた。

 

 

 

「 ほんと、早めに帰ってきてよかったよ。 あやうくすれ違いになるトコだったね。 」

「 ふふふ・・・ お帰りなさい。 お仕事、お疲れ様でした。 」

フランソワ−ズは微笑み、淹れ立てのコ−ヒ−をジョ−の前に置いた。

「 ・・・ありがとう。  うん ・・・・ なんかさ。 こういうのって ・・・ いいなあ。 」

「 こういうの ? 」

「 うん。 ・・・お帰りなさい、ってきみの笑顔が待っていてくれるのって。

 疲れがいっぺんに吹き飛んじゃった。 」

「 ま。 こ〜んな可愛い相棒がいれば、わたしなんかいらないんじゃない? 」

ねえ? とフランソワ−ズは足元に笑顔を向けた。

 

・・・ ぱたぱたぱた。 

 

茶色毛に所々黒がまじった若い犬が顔をあげ、ゆっくりとシッポを振った。

 

「 そ、そんなこと・・・ う〜〜ん ・・・ ぼくとしては・・・ 両方、欲しいな! 」

「 まあ、欲張りさんね。 」

フランソワ−ズはちょん、とジョ−の手を突いた。

 

その仔犬は − もうほとんど成犬に近かったけれど −  身体全体が濃い栗色で

耳とシッポの先がちょこんと黒く、首のまわりもまるでバンダナを巻いたみたいに

黒毛になっていた。

 

 

 

「 ただいま・・・ わ! ・・・ああ、きみか。 」

ジョ−は部屋のドアを開け玄関に立っていたフランソワ−ズに大いに驚いていた。

そして フランソワ−ズは。

息をつめ、涙で一杯の瞳で ・・・ ジョ−を迎え一緒にいる<連れ>を見つめた。

 

  ワン! ・・・ クゥ〜〜〜ン ・・・・

 

「 ・・・ ジョ− ・・・ これ ・・・ この犬 ・・・ 」

「 やあ! フランソワ−ズ! 来てくれてたんだ〜〜 ああ、びっくりした。 」

「 あ・・・ ごめんなさい、あの ・・・ お重箱を取りに来たの。 そしたら・・・

 このワンちゃん ・・・ ジョ−の?  」

「 うん。 クビクロっていうんだ。 一月ほどまえに、拾ってさ。 」

「 そうなの。 今時、捨て犬って珍しいわね。 ・・・ こんにちは、クビクロ。 」

「 実はね。 ああ、ゆっくり話すよ。 」

「 あら、ごめんなさい。 あ、今、コ−ヒ−、淹れるわね。 クビクロはミルクがいいかしら。 」

慌てて涙を指で払い、フランソワ−ズはぱたぱたとガス台の前に戻った。

 

 

「 ・・・ まあ ・・・ そうなの。 ひき逃げなんて・・・ 酷いわねえ。 」

「 うん。 結局まだ犯人はわからずじまいさ。 」

「 可哀想に・・・ パパとママを一度に亡くしてしまったのね。 」

「 クビクロとは春に、うん、桜が散る頃に一回会ってるんだ。

 コイツの両親は物凄く頭のいい犬でね、計算とか出来て・・・ 皆感心して見ていたよ。 」

「 そう・・・。 ねえ、ジョ−? 」

「 なんだい。 」

「 あの ・・・ ジョ−がお仕事の都合でココに引っ越したのはよく判ってるわ。

 確かに駅にも近くて便利よね。 でも ・・・ クビクロと一緒ならウチの方がいいでしょう? 

 いっぱい走りまわれるし。 今、昼間はどうしているの? この部屋に閉じ込めて? 」

「 うん ・・・。 だからね、できるだけ早く帰って、っていっても大抵夜遅くなっちゃうけど。

 一緒に散歩に行ってるんだ。 」

 

  ワン。 

 

絶妙のタイミングでクビクロは一声鳴き、ぱたぱたとシッポを振った。

ジョ−は手を伸ばしぽんぽん・・・と彼の頭を撫でる。

「 賢い犬だから騒いだりはしないでしょうけど、でも・・・やっぱり可哀想よ。 」

「 う〜ん ・・・ ぼくも最近そう思ってるよ。

 でもなあ。 あの家はとても快適だけど・・・今の仕事の具合だと

 朝早くでたり夜遅く帰ったりで きみに迷惑を掛けてしまうし。 」

「 あら! そんなの全然平気よ。

 わたし ・・・ そんな迷惑だなんて。 あの ・・・ ジョ−が居てくれれば ・・・ 全然 ・・・ 」

「 フランソワ−ズ 」

「 ・・・ ジョ− ・・・・ 」

ジョ−は静かに立ち上がると、フランソワ−ズを後ろから抱き締めた。

「 ぼくも きみが側にいて欲しい。 」

「 ・・・ ジョ−。 わたし ・・・ わたし ・・・ 淋しかったの。 」

「 うん ・・ ぼくも、さ。 」

するり、と彼の腕が伸びフランソワ−ズを椅子から抱き上げた。

「 ・・・ 今日はゆっくりしてゆけるんだろ。 」

「 ・・・・・・ 」

こっくりと頷いたら、一緒に涙が散ってしまった。

「 おやおや・・・ 可笑しな子だね。 どうして泣くんだい。 」

「 ・・・ だって ・・・  んんん ・・・ 」

ジョ−は腕の中の恋人の唇を口付けで封じ、後ろのフスマをあけた。

「 ジョ− ・・・? 」

「 なに。 」

「 あの、ね。 ・・・ あ ・・・・ 」

「 どうしたの? ふふふ ・・・ きみも待ってたんだね ・・・ ここ ・・・ 」

「 ぁ ・・・ああ  ・・・ ヤダ、意地悪! そんな ・・・ 」

「 だから、なに。 ホラ・・・ きみの身体が応えてくれてる。 」

「 ・・・ ぁ ぁ ・・・ あの ・・・ クビクロとね  ・・・ あ ・・・ 」

「 ・・・・・・・ 」

それきり、二人は言葉の世界から去ってしまった。

 

 

 

「 クビクロ〜〜〜! 御飯よぉ〜〜〜 」

フランソワ−ズはポ−チに出ると、思いっきり声を張り上げた。

岬の突端にあるこの邸、いつでも聞こえる波の音と、もう随分冷たくなってきた海風に負けじと

精一杯息を吸い込む。 

「 ・・・ クビクロ 〜〜〜 」

 

  ・・・ ワン! 

 

かなり遠くで一声、返事が聞こえやがて濃いセピア色の犬が地を蹴って駆けてくる。

その精悍な動きに無駄はなく、フランソワ−ズはほれぼれと見つめてしまった。

 

「 裏庭の奥まで行っていたの? はい、御飯よ〜 」

ワンワン! ワン?

フランソワ−ズの足元で クビクロはきちんと座り、さかんにシッポを振っている。

「 本当にお前はいつもお行儀がいいのね。 ほら、食べていいのよ。

 あ ・・・ ジョ−はねえ、今日も遅くなるのですって。 だから、先に御飯を食べてましょ。

 今日はお肉屋さんにお願いして ほ〜ら・・・ こんな骨をもらったの。 齧ってごらん。 」

クウ 〜〜〜 ン ・・・

「 はい、どうぞ。 」

ず・・・っと容器を鼻先に押しやると やっとクビクロは食べ始めた。

 

  ・・・ お行儀がいいけど。  でも。

  ジョ−には こんなじゃないのに。 もっと 大喜びして飛びついたり舐めたりしていたわ。

 

 

本格的な冬になる前に結局、ジョ−は彼の愛犬とともにギルモア邸に戻ってきた。

クビクロのため・・・という口実だったが、ジョ−自身もどうやら望んでいたらしい。

相変わらず、朝早く出かけ、深夜近くに帰ってくる生活だったけれど、

フランソワ−ズはジョ−が同じ屋根の下に居てくれるだけでも嬉しかった。

 

クビクロは邸の広い庭を存分に駆け回り、新しい彼の<家>にすぐに慣れた。

毎日御飯をくれるフランソワ−ズにも ・・・ 慣れた。

しかし、フランソワ−ズはどこか余所余所しさを感じていた。

御飯をくれるひと、ジョ−が大事にしているヒト、としてフランソワ−ズに対して従順だが

ジョ−に対するようには大喜びでじゃれついたりはしない。

休日の午後、たいていジョ−はクビクロと一緒になって海岸まで駆けていった。

仲良しの友人同士が縺れ合っている ・・・ そんな後姿だった。

 

  そう。 あなたにはわかるのね、クビクロ。

  わたしが ・・・ あなたと代わりたいって思っていることが。

  ジョ−の隣にいつもいるあなたを羨んでいることが。  

 

フランソワ−ズは一人を一匹を黙って見つめていた。

じきに ・・・ 季節風が吹き始めるだろう。 この温暖な土地にも冬がやってくる。

 

 

 

・・・・ カシャン ・・・ カシャ、カシャ ・・・ ガタン ・・・

 

  ・・・ う ・・・ん ・・・ なに? なんの音・・・?

 

フランソワ−ズは微かに聞こえる音にぼんやりと眼を開けた。

すぐ脇には ジョ−の穏やかな寝顔が薄闇の中に浮かびあがる。

 

  ・・・ 何時 ・・・ ? まだ随分早くない・・・?

 

そっと腕をのばし目覚まし時計を確かめた。

まだ、起きる時間まで有に1時間はある。 ・・・ なんの音だろう。

絡みつくジョ−の腕を外し、フランソワ−ズはベッドから滑り出した。

素足に床が冷たい。

散らばった衣類の中からネグリジェとガウンを拾い上げる。

そしてスリッパの足音を忍ばせ、階下に下りていった。

 

「 わ・・・ さむ・・・ 」

玄関を開けると冷気がさ・・・っと入ってきた。

冬の早朝、まだ薄闇がそこここに残っている。

フランソワ−ズはガウンの襟をしっかりとかき合わせ、外に出た。

「 あの音 ・・・ 多分 門の扉のとこ ・・・ よね。 」

一見すこし古びた洋館風なギルモア邸だが、実は最新のそしてほぼ完璧な

セキュリティ・システムによって護られている。

中から解除しないかぎり邸の広い庭の どこからも出入りは不可能なのだ。

ごく普通にみえる塀や門扉も 鉄壁のガ−ド・システムが仕込まれていた。

 

「 ・・・ やっぱり・・・ 」

 

   クウン ・・・ クウ〜〜〜ン

 

門の前にクビクロの姿があった。

 

「 ・・・ クビクロ ・・・! 」

 

門のすぐ前で彼は行ったり来たりしていた。

見た目の高さよりずっと上までバリヤ−が張ってあり、犬でもヒトでも素手で飛び越えるのは

とても不可能なのだ。 何回か挑戦してはじかれたらしい。

「 どうしたの? ・・・ 外へ ・・・ 行きたいの? 」

・・・ ワン!

茶色の瞳がじっとフランソワ−ズを見つめている。

 

    なにをお前はそんなに思いつめているの?

    ただ遊びに行きたいだけじゃないわね。

 

ワン!!

 

フランソワ−ズはセキュリティ・システムのスイッチに手を伸ばした。 指先が少し ・・・ 震えた。

・・・ カタン。  ごく自然に門がすこし開いた。

ちら・・・っと彼女を振り返りクビクロはまだ明け切らない冬の朝に溶け込んでいった。

 

 

「 まだ帰ってこないの? 」

「 ・・・ うん。 おかしいなあ。 こんなコトって初めてだよ。 」

ジョ−は庭からリビングに戻ってきてもじっと考えこんでいる。

もうとっくに晩御飯の時間は過ぎ、ジョ−も帰宅したというに、クビクロの姿は無い。

 

「 ごめんなさい・・・! わたし・・・ 考えが足りなかったわ。 勝手に彼を外に出して・・・

 わたし ・・・ 嫉妬していたの。 憎らしいってチラっと思ったこともあったわ。 」

「 きみのせいじゃないよ。 でも ・・・ 憎らしいって?? 」

「 だって。 クビクロは。 いつだってジョ−の心を独占しているんですもの。

 わたし 彼と替わりたいって真剣に思ってたわ。 」

「 フランソワ−ズ ・・・  」

「 ごめんなさい。 きっと彼はわたしの気持ちがわかっていたのよ。

 それで ・・・ 出て行っちゃったんだわ。 ・・・ ジョ−の ・・・ 大事な ・・・ 」

「 ・・・ そんな ・・・ 泣かなくていいよ。 きみのせいじゃない。 

 アイツは自分からどうしても外に出たかったんだろう。  昨日の記事のこともあるし・・・ 」

「 記事って? 」

「 うん。 あの老人とクビクロの両親をひき殺した犯人が捕まったんだ。

 彼にも読んで聞かせた。 そしたら ・・・ ほら。 」

「 ・・・ ? ・・・ 」

ジョ−はテ−ブルの上から夕刊を取り上げある記事を指した。

「 その犯人は護送中に突然火ダルマになって死んだそうだ。 」

「 ・・・ まあ! でも、この事件がクビクロと・・・? 」

「 わからない。 ・・・ わからないが・・・ 無関係であって欲しい。 」

「 ・・・ ごめんなさい、ジョ− ・・・ 」

「 おやおや、どうしてきみがあやまるのかな。 」

「 だって。 わたし ・・・ ジョ−の大切なお友達に嫉妬したりして・・・ 」

「 フランソワ−ズ 」

ジョ−は微笑み、しょんぼりしている彼女を抱き寄せた。

「 そんな顔はやめてくれよ。  大丈夫、クビクロにはちゃ〜んときみの愛情がわかっているさ。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ 」

ジョ−は返事の替わりに唇を重ねてきた。 

冷え切った身体を たった一点で燃える熱がじわじわと暖めていった。

 

それからほぼひと月。 とうとうクビクロは岬の洋館に姿を現すことはなかった。

 

そして。

 

 

その日は 朝から灰色の雲が空をふさぎ冷気が次第に低く降りてきていた。

昼過ぎにはちらちらと細かい雨粒が重い空気の中に漂いだした。

 

「 きみはここで待機していてくれ。 」

「 ・・・・・・ 」

フランソワ−ズは黙って頷き、立ち去るジョ−の赤い服を見送った。

周囲に集まっていた車が一斉に動きだす。

 

  ・・・・ あ ・・・ 雪 ・・・・

 

とうとう白いものが落ちて来始めた。

 

  寒い ・・・

  ううん、これは。 ジョ−のこころの寒さ ・・・ わたしが 代わりに凍えるわ。  

 

フランソワ−ズはぶるり、と震え両手をしっかりと握り締めた。

 

 

 

   

     ズド ・・・・ ッ !!!

 

 

一発の銃声がくぐもった雪空に響いた。

周囲のざわめきがぴたり、と止んだ。

なにもかもが静止し ・・・ 音が消えた世界に 濃いセピア色の身体がゆっくりと崩折れる。

ジョ−は一歩一歩ふみしめ近づき・・・ そっと跪いた。

彼の手が 優しく彼の友の身体を抱き上げる。

 

「 ・・・・  ( ジョ− ) ・・・・ ! 」

 

フランソワ−ズは口元を押さえ、必死で声を噛み殺した。

今は なにも言ってはいけない。 自分は立ち入ってはならない。

今は ジョ−の哀しみを分けてもらうことはできない。

そう ・・・ 今は。

 

その年初めての雪が しずかに ・・・ しずかに舞い落ちる。

フランソワ−ズはだまって踵を返した。

 

ジョ−と。 彼のトモダチと。  

・・・ 二人だけにしてあげるために。

 

 

**********   Fin.   *********

 

Last updated : 07,24,2007.                        index

 

*****  ひと言  *****

はい、あのお話です。 

原作、旧ゼロ、平ゼロ と 三種類の 『 クビクロ編 』 がありますが、

これはあくまで 原作設定 + フランちゃん参加型 妄想話、であります。

わんこもにゃんこも大好きなワタクシには 原作は何回読んでも泣けるお話なのです。

クビクロは ・・・ きっとジョ−君の腕の中で逝けて最後は幸せ、だった・・と思いたいです。

ちょっと季節外れですが、原作設定を遵守いたしました。

ひと言なりとでもご感想を頂ければ幸いでございます。<(_ _)>