『 ダイヤモンド・ダスト 』
「 うわあ〜〜〜 うわ〜〜〜 わ〜〜 フランソワ−ズ・・・!! 」
ジョ−がいきなり大声を上げて駆け寄ってきた。
「 え??? な、なあに、どうしたの、ジョ−?? 」
「 わあ〜〜 わあ〜〜 なおった、なおったんだ! 」
「 えええ?? ねえ、どうしたの ・・・ きゃあ〜 」
ジョ−はいきなり彼女を抱き上げると くるくると回りだした。
「 ね・・・ きゃあ〜〜 ちょっと、ジョ−?? 」
「 はははは ・・・・ もとにもどった〜〜!! 」
「 ・・・えええ??? 」
ジョ−は突如回転を止めると そのまま・・・彼女をしっかりと抱き締めた。
「 ごめん・・・! ごめんよ・・・!
ぼくは本当に全然気がつかなかったんだ・・・! ごめん、ごめんな、フランソワ−ズ・・! 」
「 ・・・ ジョ−・・・? ねえ、 いったいどうしたの。 」
「 ・・・・・・ 」
訝しげに大きく見開いた青い瞳をじっと見つめ ジョ−はただ、涙をながし彼女を抱き締めるのだった。
ごめん、 ごめんね・・・と謝罪の言葉ばかりを繰り返して・・・
その年の冬は 近年にない厳冬だった。
地球温暖化の前触れなのか、しばらく冬らしからぬ冬が続いていた首都圏では
久々の < 寒い冬 >に人々は戸惑っていた。
あわてて厚目のコ−トを引っ張り出したり、暖房器具を買い足したり・・・身軽な都会の生活は
本来の季節の過し方をすっかり忘れていたのかもしれない。
「 ・・・わあ・・・ ねえねえ、見て? ほら・・・お庭に霜が降りているわ。 」
「 あら。 凍ってる! この雑巾、キッチンの窓の外に干しておいたら、ぱりぱりよ! 」
「 大変! 菊が凍ってしまったわ・・・ ああ、昨夜お家に入れておけばよかった・・・ 」
毎朝、 フランソワ−ズは目を見張り 感嘆の声を、時にタメ息をもらし・・・
新しい発見を報告している。
「 寒いわねえ・・・ 門までお掃除していたら手が冷たくて冷たくて・・・ 」
フランソワ−ズは手をごしごし擦りあわせ、リビングに飛び込んできた。
「 あれ・・・ どこに行ったのかと思ったら。 掃除してたのかい。 」
「 あら。 お早う、ジョ−。 そうよ、落ち葉がまだまだ沢山・・・ やっと今朝の分はお終いなの。 」
「 そうか〜 ごめん、明日からぼくも手伝うからさ。 ほら・・・早く暖まりなよ。
ヒ−タ−の温度、上げようか? あ、それとも熱いコ−ヒ−にする? 」
ジョ−は食卓の前で のんびりと新聞を広げていたがいそいそと立ちあがった。
「 その前に手を洗ってくるわ。 ああ・・・ 本当に寒かった・・・! あら。 なんで笑うの、ジョ− 」
「 だってさ。 きみの故郷の街はもっとずっと北にあるって。 札幌くらいの緯度だってきいたよ。 」
「 そうねえ・・・ でも、わたし、ずっと街中で暮らしていたから。
公園とか森はあるけど、身近にはあんまり自然ってなかったのよ。 アパルトマン住いだったし。 」
手を洗いにゆくはずが フランソワ−ズはヒ−タ−の前に座り込んでしまった。
「 ほら・・・温度上げるよ。 ふうん、そうなんだ。 でもね、ここいらだってこんなに寒い冬って
久し振りだと思うよ。 もともとこの辺りは温暖な気候の地だもの。 」
「 そうよね。 初めてここに来た年、冬が暖かいのにびっくりしたわ。
だから やっぱり今年は本当に寒い冬なのよ。 知ってた? 今朝 少しだけ窓が凍っていたわ。 」
「 へええ?? この地域でねえ・・・・ 日本でもう〜んと北の方だとこの季節には当然らしいよ。
もっともっと寒いところだと 空気の中の水分も凍るのだって。 」
「 あら、雪とか霙じゃなくて? 」
「 アレはもっと上空が問題だろ? え〜と・・・ なんてったかな・・・
そうそう、 ダイヤモンド・ダスト だ! キラキラ、本当にダイヤみたいだそうだよ。 」
「 まあ、そうなの? 空気の中の水分が、ねえ。 そうよね、水分があるはずだけど・・・
全然気が付かなかったわ。 普段はあって当たり前って思っているのね。 」
「 うん、そうだねえ。 光が当たるととってもキレイらしいよ。 」
「 ね! 今度、行ってみない? わたし、雪が見たいし、そのダイヤモンドも見たいわ。
ジョ−、加速中って そんなものも見えるの? 」
「 いや。 見えるモノは普通と同じさ。 ただ・・・・ なにも動かない。 すべて停止して・・・
例えば落ち葉も空中に停止して見えるよ。 そして・・・ 硬いんだ。 」
「 硬い?? 」
「 そうさ。 生体も石も木の葉も ・・・ みんなひっそり静まり返ってカチコチなんだ。 」
「 え〜〜 そうなの?? じゃあ ・・・ 人間も・・・カチコチ? 」
「 うん。 みんな停止して・・・ そうだな、石像みたいなんだ。 動くのはぼく、ただ一人。 」
「 まあ・・・・ そうなの・・・ なんだかちょっと、 恐いわ。 」
「 そう、かもしれないけど。 いつも緊急の時に夢中で稼働させるからさ、
そんな風に思って眺めている余裕はないなあ。 」
「 ・・・・ <そんな時> だけに使う装置ですものね・・・ 」
「 ・・・ フラン。 ・・・ぼくは。 ぼく達は 生きている人間 だよ。 」
「 ええ ・・・ ええ、ええ。 そう よね・・ 」
「 ほら・・・ きみの手だって。 こうやって握っていればすぐに暖かくなるだろ。
きみのすべすべの頬もこんなに冷えてるけど ・・・ ほら・・・ 」
ジョ−はそっと手をのばし、白い頬に手を当てる。
「 でも柔らかい・・・ 冷たさの奥にちゃんと命の温もりを感じるよ。 」
「 そうね・・・・ ジョ−、あなたの手だってこんなに暖かいわ。 そうよ、これは命の炎の暖かさね。 」
「 うん ・・・・ あ、ひとつ忘れものをしていたよ。 」
「 あら? なあに。 」
「 ・・・ 朝の挨拶さ。 お は よ う ・・・! 」
ジョ−はす・・・っと彼女の肩と引き寄せると まだ幾分冷たさの残る唇を奪った。
「 ァ・・・・・ んんん ・・・・ 」
ヒ−タ−の前で 二人はお互いの生命の炎で愛しいヒトを暖めあった。
そんなハナシをしたのは ついこの間だった ・・・
そう、あの寒い朝は ほんの ・・・ 数日前のことだった。
リビングには暖かい空気が満ち コ−ヒ−の香りがながれ 窓からは冬の陽射しがたっぷり注いでいた。
ジョ−が新聞を畳む音 博士が丹精している盆栽に使うハサミの音 フランソワ−ズがキッチンを
行き来する軽い足音 ・・・
そう。
この邸の中には ヒトの、生きている暮らしの音が 命の音が 満ちていた。
それなのに。
今 彼の回りには圧倒的な静寂が、それも無音の壁が立ちはだかっている。
「 ・・・ ひどい。 ひどすぎる。 ・・・ぼくは ・・・ ぼくにはもうとてもたえられない・・・ 」
ジョ−は 廊下の壁によりかかり脚を投げ出している。
口から漏れる言葉に チカラはなく、ぶつぶつと途切れがちだ。
セピアの瞳、そのうつろな視線の先には フランソワ−ズが <立っている>。
亜麻色の髪を靡かせ、手にはイワン用の哺乳瓶を持ち 唇には軽い笑みさえ浮かべ。
しかし
彼女の瞳は固く閉じられたまま、長い睫毛は頬に落ち揺らぎもしない。
「 ああ ・・・ もうきみの瞳をみることはできないのか・・・ きみがもう一度瞬きするのは
いったいどのくらい先のことなんだろう・・・ 」
ジョ−の声はどんどん低くなってきて ほとんど呻き声に近くなっていた。
「 どうして!? ・・・ どうして こんなことに・・・ ひどいよ・・・・ ひど い ・・・ 」
ジョ−はおずおずと目の前のフランソワ−ズに手を伸ばした。
しかし 彼女の頬に触れる一瞬前、 彼は震える手を引っ込めた。
「 ダメだ・・・ きみを きみの身体を傷つけるわけには・・・ ゆかない ・・・ 」
ジョ−はのろのろと立ち上がり 壁をつたってテラスへと逃れ出た。
そこには 冷え込む夜の帳に幾千もの星が妍を競い煌きを誇示している ずなのだ。
しかし いま。
ジョ−の瞳に映る夜空はただの黒い布であり 星もそこに穿たれた無数の穴にすぎなかった。
「 ・・・ たのむ ・・・ ! なんでもいいから うごいてくれ〜〜 !! 」
彼の叫びは 立ち上がったままの波の上を 翻りかかったままの木の葉の間を
ただ虚しく 響いてゆくのだった。
そう。 ある日 009というコ−ド・ネ−ムのプロト・タイプのサイボ−グが目覚めたとき。
彼の周囲、すべてはひっそりと 固まっていたのだ。 静けさだけが彼を取り巻いていた。
動くものは彼ひとり。 時間は凍りついてしまった。
「 うわァ〜〜 冷たい・・・! 」
「 あ・・・ほら、ぼくが干すからさ。 きみは洗濯物を広げてくれるかな。 」
「 あら・・・ いいの? ありがとう〜〜 嬉しいわ。 」
フランソワ−ズは真っ赤になった指先をしきりと擦っている。
ジョ−は笑って タオルを受け取り洗濯バサミで留めた。
「 今朝は本当に冷え込んだもの。 お日様が照っているのにまだ寒い・・・ 」
「 本当よね。 空気がぴ・・・んと張りつめていてとっても気持ちがいいのだけど。
ぬれたものを触るのは やっぱりちょっとキツいわ。 」
「 はい、 次。 う〜ん・・・? 干すの、大変なら乾燥機を使えば? 」
「 う・・・ん ・・・ そうねえ。 でも わたし、お日様に干したいの。 そりゃ 機械も便利だと思うわ。
でもね・・・ 乾いた衣類にお日様の匂いがないわ。 」
「 あ・・・ そうだね。 あの日向の匂いはいつだって元気のモト、だよね。 」
「 そうよ。 だから そんなお日様のチカラをちょっとでも分けてほしくて・・・
できるだけ外に干したいの。 」
「 うん、その気持ち わかるなあ。 干してふかふかになった蒲団って 寝ているとなんだか
幸せに包まれている気分になるよ。 」
「 そうでしょう? だから・・・ 出来るだけ外に干しましょ。 え〜と。・・・・ あとはジョ−の・・・ 」
「 え? だってもう全部干してしまったよ。 まだ洗濯機に残っていたかなあ。 」
「 いいえ。 さっき洗ったのはこれで全部よ。 でもね。 まだ肝心な大物が残っているの。 」
「 大物? シ−ツ・・・は洗ったよね。 タオル類も・・・ う〜ん? 」
「 ・・・ ジョ−ーーー! あなたのその! セ−タ−とジ−ンズ!
今日はどうしても洗わせてもらいます 〜〜 」
「 え?? わ、い、いいよ、いいよ〜〜 まだまだたいして汚れてないってば。 」
「 汚れていない = ( イコ−ル ) キレイ、じゃ〜ないのですからネ! さあ〜〜 脱いで頂戴! 」
「 え・・・ うそだろ〜〜 うわあ 〜 」
ジョ−は首をすくめ、つっかけのまま庭に逃げ出した。
「 ま! 逃げてもダメよ! すぐに追いつきますからね〜〜 」
「 わあぁ〜〜〜 おっかない〜〜〜 」
カタカタ音を立て、 ジョ−は庭中を逃げ回る。
最初はわざと加減をするつもりだったが すぐに忘れてしまった。
足に合わない履物は邪魔になるばかりで 彼はつんのめったり滑ったり・・・ 挙句・・・・
「 ・・・ほら! 捉まえた! もう〜〜 信じられないわ、コドモみたいよ、ジョ−ってば! 」
「 は・・・うひゃ・・・・ いや〜〜 このサンダル! なんなんだ〜〜 」
「 さあ、ここで剥ぎ取られたい? ジョ−さん。 」
「 う ・・・ はいはい。 ちゃんと着替えますから。 ふは〜〜〜 ・・・ 」
「 なあに、これっぽっちで大息ついて。 さ、戻って洗濯の <仕上げ> よ! 」
「 ・・・ 了解 ・・・ 」
ジョ−はカラになった籠と洗濯ばさみ入れを抱え フランソワ−ズの後を追った。
ほやほやとすこし解れた髪が 彼女の顔に纏わりつく。
それは 細い金の光にもにて白い頬の恰好の縁飾りだ。
ほんのすこしだけ頬を染め しっとりと潤った瞳はかっきりと見開かれている。
・・・ ああ ・・・ ! なんてキレイなんだろう・・・!
ジョ−は追いついて歩調を合わせ ちらちらと視線をながしそっと吐息をもらす。
まさにあれは 躍動する美しさ、だったと思う。
軽々としめった地をけり、追ってきた彼女の足取り、 そして ほとんど乱れない息つかい。
それはまさに < 生きている 美しさ > なのだ。
躍動する生身の美しさ 、 それに太刀打ちできるものはない。
あれは ・・・ ダイヤモンドの輝き・・・ いや。 そんなモノよりももっと・・・
そうだ、あれこそが 生命のかがやき・・・なんだ!
「 ・・・ あはは。 もう・・・ 参っちゃうなあ・・・ 」
「 え? なにが。 やだわ、ジョ−ったら。 ちょっとふざけただけでしょう? 」
「 あ・・・うん。 そうなんだけど。 動いているきみってますます魅力的だな〜って思ってさ。 」
「 まあ! なにをじろじろ見ているのかと思ったら。 もう〜〜 いやァねえ・・・ 」
「 ふふふ・・・ いいじゃないか。 きみが魅力的だってことなんだから。 」
「 ジョ−ってば ・・・ わたしもね、駆け抜けるあなたの姿が好きよ。
ね、怒らないでくれる? 」
「 ?? なにを怒るんだい? 」
「 あのね。 ミッションの時なんか、あなたに見惚れるわ。 あなたが風みたいに走る姿に・・・
真っ直ぐに躊躇いもなく走るジョ−がすき。 」
「 ・・・・ふ、フランソワ−ズ ・・・・ 」
ジョ−は耳の付け根まで真っ赤になり 前髪の影に冷や汗を隠した。
「 だから・・・ 加速してしまうとつまらない。 ジョ−はジョ−だけの違う世界に閉じこもってしまって
わたしはその中に入ることは出来ないんですもの。 」
「 ・・・ あ そっか。 そうだよねえ・・・ちっとも気がつかなかった。 」
「 時々思うわ。 一緒にジョ−の世界、 加速した状態を体験してみたいなって。
そこまで ・・・ そのゥ・・・ ジョ−に付いていっては ・・・ いけない? 」
「 だめだよ。 いや・・・ そんなこと、しなくていいんだ。 」
「 そうよね・・・ わたしの身体では無理よね。 ジョ−と同じ世界にゆくことは出来ないわよね。 」
「 いいんだ、それで。 きみは ・・・ 今のきみでいてくれよ。 」
「 ごめんなさい、ヘンはワガママを言って。 ・・・ でも、ね。
わたし達 ・・・ この世界にたった9人しかいないでしょう? その仲間が一人でも
<ちがう世界> に閉じ篭ってしまうのは とても淋しいのよ。 ・・・ええ、とっても・・・ 」
「 え・・・ 淋しい・・・? 」
「 そうよ。 同じ空間にいるのに ジョ−だけは全然ちがう時間を過してるんだわ。
遠くに居て会えない・・・っていうのよりももっともっと淋しいわ。 」
「 ・・・ あ ・・・ そうか。 全然別の世界に入りこんでしまっているわけだものな。 」
「 加速装置が ミッションのでは必要不可欠だってこと、ようく解っているわ。
でも ・・・ こころは、気持ちは別なの。 」
「 フラン ・・・ そのきみのこころだけで充分さ。 ぼくはどんな時でも きみのその・・熱いこころを
ぼくの胸に仕舞っておくよ。 そうすれば淋しくないだろ。 」
ジョ−はきゅ・・・っと隣を歩むひとの手を握った。
「 だから。 きみが加速する必要なんて これっぽっちもないのさ。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ そうね。 こうやっていつもあなたが側にいてくれれば 淋しくなんかないわ。 」
「 ・・・ ん ・・・ ! 」
二人はしっかりと手を繋ぎ まだ冷たさが充分に残る空気の中を家に戻っていった。
「 そうだ。 来週、臨時のメンテナンスなんだ、ぼく。 」
「 まあ。 全然聞いてなかったわ。 また・・・ 丸一日かかるのかしら。 」
「 いや・・・ なにか部分的なメンテらしい。 すぐに終るって博士が・・・ 」
「 そうなの? よかったわ。 ・・・ それじゃなにか栄養のあるお食事を用意しなくちゃ。 」
「 え?? どうして。 ぼく、メンテの間はシステム・ダウンでず〜っと眠っているんだよ? 」
「 やあだ、アナタじゃなくて。 博士に、よ。 ず〜っと休みナシになるでしょ。 」
「 あ。 ああ ・・・ そうか。 うん、お好きなモノを用意してあげてくれる? 」
「 ええ、わかったわ。 ・・・ ふふふ ・・・ ジョ−にもお裾分け、差し上げます。 」
「 メルシ ♪ 」
「 さて、と。 ジョ−のお蔭で洗濯も全部終ったし。 ちょっとお買い物に行って来ようかしら。 」
「 あ、駅まで送ろうか? 」
「 そう・・・? そうねえ・・・ お願いしようかしら。 ついでにちょっと付き合って欲しいの。 」
フランソワ−ズは 頬の手をあて、じ〜っとジョ−を見ている。
あ。 キレイな瞳だなあ・・・ 彼女の瞳って。 ううん、彼女って。
こんなにキレイ だったっけ・・
ジョ−は気恥ずかしさにモジモジしているのだが、目を逸らすことができない。
かえって まじまじと彼女の顔を見つめてしまった。
「 ・・・ なあに? 」
「 え・・・? 」
「 だから、なにか御用? ジョ−ったらじ〜〜っとわたしのこと、見ているじゃない? 」
「 え・・・いいい いえ そんな。 ぼくは別にそんなんじゃ・・・ 」
ぶんぶん手を振り ジョ−は防戦に必死である。
「 ま。 また始まったのね、 <ぼく達は別に・・・・ ってあなたの口癖なの? 」
「 い、いや!! そんなコトは ちがうよ、そんな! 」
「 そう? それなら・・・いいけど。 それじゃちょっと用意してくるわね。 」
「 うん。 どうぞごゆっくり。 ぼく、ガレ−ジで車 磨いてるからさ、 」
「 わかったわ。 ・・・あっと。 その前に。 」
「 うん? なんだい。 」
「 その! 着たきり雀の セ−タ−とジ−ンズ!! 脱いでいただきましょうか! 」
「 ・・・ 覚えてた? 」
「 当然です ! 」
ギルモア邸は海辺の岬の突端に位置しているが、車を飛ばせば15分くらいで最寄駅周辺に拡がる
商店街に行きつく。 国道も通っているので一応バス路線もあった。
日常の買い物は海岸通りにある地元の店で事足りていた。
正午前に ジョ−の車は駅近くのパ−キングに乗り入れることができた。
「 ありがとう、ジョ−。 助かったわ。 バスって昼間は本当に本数が少なくて・・・ 」
「 お安い御用さ。 ぼく、本屋かどこかでヒマ潰しているからさ。 帰り、待ち合わせようよ? 」
「 あら。 < ちょっと付き合って > って言ったでしょう? 」
「 あ・・・う、うん・・・ なら どこへ? ああ、荷物持ちでしょ。 」
「 ぶ〜〜。 残念でした。 冬物よ、 ジョ−の! 」
「 へ? ぼくの?? 」
「 そう! <ぼくの> 。 ジョ−、あなたってば一体何枚服を燃やせば気が済むの?
冬用のセ−タ−なんて さっき洗濯したのだけじゃないの、マトモなのは。 」
「 え・・・そうだっけ? ・・・う〜ん・・・・ でも このトレ−ナ−があるしなあ。 」
ジョ−は紺地に白でなにやらロゴが抜いてあるトレ−ナ−を引っ張ってみせた。
「 それは寒いそうよ、ジョ−。 この季節にはもう合わないわ。ジョ−が寒くなくても。 」
「 ・・・ そ、そうかなあ・・・・ 」
「 そうです! さ、 ジョ−のセ−タ−とジ−ンズと。 あと博士もね、冬用のコ−トを買い足さなくちゃ。
さ、それじゃ。 出発・・・いえ、これから 戦闘開始! だわ。 」
フランソワ−ズは張り切って車を降りた。
・・・ やれやれ。 しっかしなあ・・・ オンナノコって ショッピングが好きだなあ・・・
ぼくの服なんて コレで充分じゃないか・・・
ジョ−はそうっと溜息をつき ( なにせ彼女は 003 なのだ! ) あわててフランソワ-ズの後を追った。
紳士モノの衣料品コ−ナ−は結構 人出があった。
カップルも 老若年齢を問わず方々に見受けられ ジョ−はひとまずほっと胸をなでおろした。
「 ・・・ねえ、 これはどう? ちょっと当てて見て? ・・・う〜ん??? 」
「 う・・・い、いいんじゃないかな。 これにしようよ。 」
「 ・・・ だめ。 この色、 ジョ−には似合わないわ。 」
「 あ・・・ そ、そう? そうかな〜 ぼく、キライじゃない・・ あ! 待ってくれよ〜〜 」
「 ジョ−! これは? これ。 ほら・・・ちょっとこっち向いて・・・ う〜ん・・・ 」
「 あ・・・ い、いいよ、いいよ。 これにしようよ・・・ 」
「 ・・・ だめ。 襟に形が好きじゃないわ。 ジョ−には合わないわよ。 」
「 そ、そうかな? ぼくはこれでいい・・・ あ? フランソワ−ズゥ〜〜 」
「 こっちこっち! ねえ、 アレはどう? ちょっと取ってもらいましょうか。 店員さ〜ん?! 」
「 あああ・・・いいのに〜〜 あれにしようよ、あれでいいよ〜〜 」
「 あ、どうも。 ・・・ほら、ジョ−、どう? むこう、向いて。 ・・・・ う〜〜ん ・・・ 」
「 これ! これにします! これ・・・ 」
「 だめ。 ねえ、これって Mサイズですよねえ? L、あります? ・・・ない? そう、じゃあ結構よ。 」
「 フランソワ−ズ〜〜〜 大丈夫だよ、ぼく、着られるよ〜〜 」
「 だめよ、 あのサイズだと、袖丈がちょっと短いわ。 それにサイズに余裕がないと
激しく動いたときにはすぐに綻びてしまうのよ。 」
「 ・・・ はあ・・・ そうですか。 」
「 もう一軒 駅の向こうの大型モ−ルに行ってみましょうか。 」
「 ・・・え ・・・ もう ・・・ 一軒? 」
「 そうよ。 せっかく一緒に来たのだし。 ショッピングに不精をしてはダメよ。 」
「 ・・・ はい・・・ オトモします。 」
「 まあ、ありがとう! うん、こうなったら気に入ったブルゾンを見つけるまで頑張るわ、わたし。 」
「 ・・・・・・・ 」
ジョ−は黙って ― 実際口を開く元気もなく ― フランソワ−ズの後について行った。
・・・ どうにでもしてくれ・・・ 後は ・・・ 忍耐だけだ・・・!
結局 次の店でもフランソワ−ズのお眼鏡に適うシロモノは見つからず、また最初の店にもどり、
さんざん<探索>しまわった挙句 ― 一番初めに手に取った <その色 似合わない > モノを
購入したのだった・・・・
「 ふん ・・・ ま、これだけ見たから。 納得だわ。 あの色も自然の中でみれば似合うかもしれないし。 」
「 ・・・ はい。 」
「 ねえ、ジョ−。 そう思わない? それとも ・・・ もっと別の、捜しましょうか。 」
「 あ! 、い、いいいよ、いいよ いいよ〜〜〜 ぼく、これ! コレがいいんだ、すご〜〜く気に入った! 」
「 ま、 そうなの? よかったわ〜〜〜 」
フランソワ−ズは ぱん!と手をたたき満面の笑みを浮かべた。
「 ジョ−ってば、何を聞いても いいよ、いいよ、って言うだけだから・・・・関心ないのかなあって。
でもお気に入りが買えてよかったわ。 」
「 ・・・ う、 うん。 そうだね・・・ 」
「 さてと。 次はジ−ンズね。 あと・・・そうそう、そのスニ−カ−もね〜新しいの、買いましょう。 」
「 ・・・ え?! ま、まだ?? 」
「 そうよ、せっかく一緒に来たんですもの。 ずっと気になってたのよ、そのジ−ンズ。
古着っぽくしたいのは判るけど・・・それじゃただの < 古着 >だわよ。 え〜と・・・ジ−ンズは? 」
「 あ!! あの! ぼ、ぼく・・・ あとで一人で行ってくるから。 ね、ね、もう今日はさ・・・ 。」
ジョ−は店内案内板を見ているフランソワ−ズの手を 思わずがば!っとつかんでしまった。
これからまだ ジ−ンズに スニ−カ−、だって?!
じょ〜だんじゃないよ〜〜 ココに泊まる気なのかい?
「 だめよ。 ジョ−の <あとで> はアテにならないもの。 今日、買いましょ。 」
「 ・・・ う・・・それならぼく! い、今買ってくるからさ! きみ、ここで待っていてくれる? 」
ジョ−は大わらわで 売り場の隅にある <休憩コ−ナ−> を指した。
一応ソファらしき長いすが置いてあり、おしゃべりに興じているヒトの姿もちらほら見られる。
「 そう? それならわたし、他のフロアも覗いてくるわ。 1時間後にここで待ち合わせましょ。」
「 え。 一時間?? さ、三十分、いや、15分後でいいってば。 ・・・ それじゃ! 」
「 あ・・・ジョ−・・・ あら、もう行っちゃったわ。 急ぐこと、ないのに。 」
フランソワ−ズは階段を全力疾走で駆け上ってゆくジョ−の姿に クス・・・っと笑った。
「 ふふふ ・・・ 年中、加速していると のろのろ歩くなんてまだるっこしいのね、きっと。 」
・・・ ジョ−は実に10分後、 二つの紙袋をがさがさいわせ、駆け戻ってきた。
「 ・・・ お、 お待たせ! さ!帰ろう〜〜 帰ろうよ! 」
「 あ〜あ・・・楽しかったァ 久し振りでショッピング、楽しんじゃった♪ 」
フランソワ−ズはう・・・んと 両手をのばし、にこにこしている。 小振りのショルダ−バックが揺れる。
「 ・・・ あ、あれ? きみって・・・ 自分のもの、買ったっけ? 」
「 え? いいえ。 別に・・・今日は予定もないし。 」
「 え・・・ それで そのゥ・・・ < 楽しかった > の? 」
「 ええ。 ちゃんとお買い物、したでしょ。 」
「 そりゃ・・・でも、 食料品とかぼくのモノとか・・・ きみのモノはいっこもないよ? 」
「 そうだけど、ショッピングはしたじゃない。 あれこれ見られたし。 」
「 ・・・ ふうん ・・・ それでも 楽しいのか。 オンナノコって・・・不思議だなあ・・・ 」
「 ふふふ・・・。 あ〜〜 女の子の<仲間> がいたらなあ・・・ 一緒にショッピングに行ったり、
そうね〜2人だけ 防護服を改良しちゃったり、可愛いマフラ−の結び方、とかおしゃべりできるのに。
・・・・ つまんない ・・・ 」
「 ・・・ か、可愛いマフラ−の結び方・・? 」
「 ふふふ・・・ そうよ、 蝶結びにしたり、結び目だって前にしてもいいし。 」
「 ・・・・・・・ 」
ジョ−は サイボ−グには有るまじきことだが、 くらくらと眩暈がしてきた。
「 あ〜あ・・・ つまらないわ。 どうして女の子は わたし一人なのかしら・・・! 」
フランソワ−ズの声音には ジョ−クの軽い響きは感じられなかった。
ジョ−はおずおずと口を開いた。
「 あの。 ぼく・・・じゃだめなのかな。 」
「 あら、勿論 ジョ−が居てくれなくちゃ ダメ。 でもね・・・・ それとは別なの。
やっぱり 女の子の友達、なんでも話せる <同士> がほしかったわ。 」
「 ・・・ そ ・・・か ・・・ 」
言葉も途切れがちなジョ−に フランソワ−ズは ぱあ〜っと華やかに微笑む。
「 ねえ、ジョ−? お茶、して行きましょうよ。 この中にちょっと有名なパティスリ−のお店があるはずよ。 」
ぱてぃすり〜 ? ・・・ なにかケーキの名前かな?
ジョ−は密かに首をひねったがにっこりと微笑み ・・・
「 うん、いいよ。 きみのお勧めの店に行こうよ。 」
「 わあ・・・ 嬉しいわ♪ なんでも洒落たデザインのお店で・・・ ふふふ ・・カップルの名所に
なっているそうよ。 」
「 ・・・ そっか ・・・ 」
「 え〜とね・・・・ あ、あっちのビルだわ〜〜 」
「 ハイ。 」
ジョ−は観念して 亜麻色のアタマについていった。
女の子はわたし 一人 ・・・
彼女の嘆声が いつしかジョ−の記憶の片隅にしっかりと焼きついたのだった。
「 どうしてなんだ・・・! なぜ ・・・ いや、そんなことはどうでもいい。 この状態がいつまで続くんだ・・・
誰もなにも 動かず音すら聞こえない時間の檻・・・ 」
ジョ−はずるずるとテラスに座り込んでしまった。
夜の闇は ただの暗幕となってひしひしとジョ−を取り巻いている。
圧倒的な沈黙の中で ジョ−は呻吟しのたうちまわった。
せめて彼自身の作り出す音でも 耳にしていなければ 静寂に押しつぶされそうだったのだ。
「 ・・・ そうだよ。 あの日。 ぼくはなんの心配もなくメンテナンスに入ったんだ。
博士もいつもと全然変わらない様子で・・・ 今回はすぐに終るよ、って。 それが・・・どうして・・・ 」
コンクリ−トのテラスに身体を押し付けてもその冷たさすら感じられない。
おそらく 加速中にはまったく皮膚感覚などは正常に機能していないのだろう。
「 ・・・ そうだよ。 一人・・・いつだって一人だったじゃないか。
島村ジョ− ・・・ お前は一人には慣れているはず・・・じゃないか。 」
ふ ・・・ ふふふ・・・
ジョ−の口から低い 暗い 笑い声が絞りだされてきた。
「 ぼくは ・・・ 耐えられない・・・! 世界でたった一人・・・なんて・・・・ 」
どうして 女の子はわたし一人なのかしら
不意にジョ−の耳に ― いや、 こころに。 聞きなれた懐かしい声音が響いた。
「 ・・・ え・・・? な、なんだ? フランソワ−ズ?? なにか言ったかい? 」
ジョ−はきょときょとと周囲を見回したが 相変わらず動くものはなにもない。
「 ・・・ いま たしかにフラン、きみの声が・・・?
ああ・・・! 幻聴か??? いや、でも ・・・ 女の子は、って・・・ あ。 」
一瞬、 ジョ−の身体にびくり、と震えが走った。
虚ろだったセピアの瞳は かっ!っと見開かれ、 始終独り言を洩らしていた唇は真一文字に結ばれた。
ぐ・・・っと 拳にチカラが入る。
「 ・・・そうだよっ! 彼女は、ずっと・・・ずっとこの孤独の中で生きてきたんじゃないか! 」
ぎり・・・っとジョ−は唇を噛み締めた。
微笑みを絶やさず、 穏やかな声で。 明るい光に満ちた瞳は活き活きと輝き。
軽やかな身のこなしで 足取りで 彼女は ・・・ 生きている。
そう、たった一人 ― 世界でただ一人の 女性・プロトタイプ・サイボ−グ として。
生きている限り その孤独は終ることがなく、真の意味での<同士>は存在しないのだ。
「 ・・・ それなのに。 それなのに きみは ・・・ きみはいつも精一杯生きて・・・ 」
それが<彼女>なのだ、と思っていた。 そういう性格、明るい人柄なのだ、と。
それが<普通>なのだ、と信じていた。 穏やかで優しい気持ちの人なのだ、と。
最悪以下の運命に翻弄されながらも、しっかりと生きる 強い女性 ( ひと )、
そんな風に彼女を眺めていた・・・
しかし。
この孤独。 前後左右絶壁の中に ぽつん・・・と佇んでいる岩にも似た、この孤独。
吹きぬける風から 足元を脅かす波から 身を寄せ合い庇いあい励ましあうヒトは いない。
彼女はずっと そんな世界の中で生きてきたのだ。
「 ・・・ ぼくは。 なにを 彼女のなにを見ていたんだ??
好きだ ・・・ 愛してる ・・・ きみがいないと ほら ぼくはこんなにぼろぼろなんだ!
けど。 そんなに大事なきみのこと、 ぼくは・・・なんにもわかっていない! 」
ジョ−は無数のハンマ−で叩きのめされた気分だった。
押し寄せる静寂も 一人ぼっちの恐怖も 吹っ飛んでしまった。
ジョ−はただ・・・ただ後悔と謝罪と そして 狂おしいまでに彼女が愛しかった。
「 これは きっと。 そうさ、きっと天罰なんだ。 いい気になってきみの微笑みによりかかり
きみの優しさにぬくぬくと温まっていたこの ・・・ おめでたいぼくへの罰だ。 」
ぎりぎりとジョ−は唇を噛み締める。
「 きみの孤独 きみに寂しさ きみの虚しさ。 ぼくはなんにもわかっちゃいなかった。
・・・ああ、ぼくはなんてヤツなんだ! ぼくにこの孤独を嘆く資格なんかない! 」
ジョ−は立ち上がると しゃっきりと背筋を伸ばした。
・・・ 彼女は。 どんな時にでもぴんと背をのばし まっすぐに前を見つめていたではないか!
「 フラン。 ぼくは。 ぼくは 負けない。
この状態がいつまで、あとどのくらい続くのか見当もつかないけど。 」
ぐっと拳をにぎり、唇を引き結び。 ジョ−は真っ黒な空を見上げた。
「 ぼくは 負けない。 生きるよ、しっかりと。 そして もう一度きみを抱き締める!
それまで・・・ どんなに長い<時間>が経とうとも ぼくは生きる。 」
ジョ−の眼に映る<空>は相変わらずただの黒い空間だったが・・・
グォ −・・・・・・ ン ・・・!
「 ・・!? ・・・あ、あれは ・・・爆音 ・・? 」
ジョ−の耳が はるか上空を行く旅客機のエンジン音を捕えた。
「 き・・・こえる・・? 聞こえるんだ! 波の音・・・ ああ、動いている〜!! 」
わああ ― ・・・・・・・・ !!
ジョ−は我知らず歓声をあげ、テラスから駆け込んだ。
目の前には 哺乳瓶を持ちク−ファンに収まっている赤ん坊に屈みこむ背中が見えた。
「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・!! 」
わああ〜〜 あははは・・・・! なおった、なおったんだ〜〜!!
ごめん・・・ ごめんな、本当に ほんとうに ・・・ ごめんよ・・・!
島村ジョ−はただひたすらその言葉を繰り返し繰り返し 彼の愛しいヒトを抱きしめていた。
「 ジョ−・・・ 」
「 ・・・ うん? 」
「 落ち着いた? ・・・ なにを見ているの。 」
からり、とサッシを引いて フランソワ−ズがテラスへ出てきた。
「 うん ・・・ 海と空かな。 ううん、全部だな。 」
「 全部って海と空の? 」
「 それもふくめて。 今見えるこの・・・夜の景色の全部、さ。 」
「 そうなの? ・・・ ねえ、疲れていない? だってずっと・・・ ジョ−は・・・ 」
フランソワ−ズは ひっそりとジョ−の隣に寄り添った。
ふれる腕から 冬の夜気の中で暖かさがなおさらはっきりと伝わってくる。
・・・ この暖かさ・・・ ! ああ・・ぼくはどんなにか・・・!
ジョ−は抱き寄せ 抱き締め 滅茶苦茶に口付けした衝動を必死に押さえる。
「 ・・・ 平気だよ。 ふふふ ・・・ぼくは最強のサイボ−グだもの。 」
「 ・・・ ジョ−。 」
「 ごめん、別に拘っているわけじゃない。 ただね、しっかり記憶に焼き付けておこうと思ってさ。 」
「 今度のことを? でも 博士があんなことは滅多には起きないって仰ったじゃない?
そしてどんなに精密な機械でも完全・・・ということはあり得ないんだって。 」
「 ああ、そうだったね。 うん、それはぼく自身がよくわかっているよ。
この機械だらけの身体がいかに不完全で 思い通りにならなくて不安定なものかって・・・ 」
「 ジョ−。 この世に完全なものなんて・・・ないのよ。 なくて、いいのだと思うわ。 」
フランソワ−ズの視線はいつでも真っ直ぐだ。
もちろん 彼女だって悩み迷い ・・・ 苦しみつつ生きている。 人間として生きている。
そして 彼女はそのことを見つめることができるのだ。
「 フランソワ−ズ・・・ きみってヒトは ほんとうに・・・ほんとうに・・・ 」
「 ね、ジョ−。 聞いても いい。 」
「 うん。 ・・・ なにを聞きたいか わかる気もするけど。 」
「 ・・・ じゃ。 教えて。 」
「 うん。 ねえ、ぼくからも聞いてもいいかな。 」
「 あら、なあに。 」
「 ・・・ その ・・・さ。 きみ、淋しくはない? この境遇でこんな風に生きていて、さ。 」
「 え ・・・ そりゃ・・・ 家族とか昔の友達には会えないのは淋しいわ。
でも 皆いずれは別々になってしまうし。 今は ジョ−や博士や・・・皆がいるから淋しくないわ。 」
「 ん〜〜と、 そうじゃなくて。 う〜ん ・・・ この前、言ってたよね? 」
「 この前? 」
「 うん、 ほら・・・一緒に買い物に行ったとき。 ぼくのブルゾン、買いに行っただろ。 」
「 ・・・ああ、あの時ね。 わたし、なにか言った? 全然覚えがないのだけど・・・ 」
「 とっても大切なことを教えてくれてたんだ。 ぼくは・・・へろへろ聞き流していたけど。 」
「 ええ? なにかしら。 う〜ん・・? 」
「 どうして 女の子は自分だけなのか、って。 女の子の<仲間>がいなくてつまらないって。 」
「 ・・・ああ、そうだったかしら。 全然覚えていないわ。 でも それがなぜ?
だって判りきっていることだし。 それとどう関係があるの。 なぜジョ−は謝るの。 」
「 うん・・・ ぼく、ずっと見えてなかった。 きみのこと、全然見えてなかったよ。 」
「 見えて・・・ない? 」
フランソワ-ズはすこし身体を離し、ジョ-の横顔を覗き込んだ。
「 うん。 ぼくは、いや ぼく達9人は同じ運命を背負った仲間だ、そう信じている。
でもさ。 ぼくは・・・ ぼく達8人はさ。 オトコなんだ。 」
「 ・・・ あ ・・・ そのこと。 」
す・・・っと彼女は視線を逸らせた。 青い瞳は夜の海原のはるか彼方を見つめている。
「 きみだって。 いや。 きみこそ、孤独の中で生きているのに・・・
ぼくは あの固まってしまった時間を過してみて初めて気がついたんだ。 」
「 ・・・・・・・ 」
ジョ−はテラスの柵から身を起こすと、 フランソワ−ズの両肩を引き寄せた。
勢いですぽん、と細い身体は彼の胸に填まりこんだ。
「 あ・・・? 」
「 ちょっとだけ。 こうしていてくれる。 」
「 ・・・ね、 ジョ−。 わたし・・・ <たったひとり> でも生きてこられたのはね・・・・ 」
「 ・・・ うん? 」
ジョ−の手は穏やかにゆるゆるとその円やかな肩を ぴん!と伸びた背をたどる。
「 ジョ−が居るから。 ジョ−、あなたがいてくれるから、なの。
ジョ−の瞳が笑いかけてくれると わたし、元気になるわ。 ジョ−がわたしを呼ぶ声を聞くと
すごく幸せな気持ちになるの。 ジョ−がキスしてくれれば ・・・ 」
フランソワ-ズはぱっと腕をジョ−の首に絡めた。
「 わたし。 なんだってできちゃうの! ええ、わたし、独りじゃないもの。 」
そのまま 彼女は桜色の唇でジョ−の唇を塞いだ。
「 それに・・・ね。 いつか・・・ そうよ、いつかきっと。 ずうっと先かもしれないけど・・・
あの ・・・ 女の子の家族が増える ・・・かもしれないでしょ・・・ 」
やっと離れたとき、フランソワ−ズは蚊のなくみたいな小さい・小さい声で言った。
「 そうだね。 本当に ・・・ そうだよ! 」
ジョ−はおおらかに微笑むと桜色に染まった頬に 静かに口付けをした。
きみは。 きみってヒトは! 本当に・・・!
ああ ・・・! ぼくの宝石・・・ 不意にその美しさを見せるダイヤモンド・ダスト!
中天には半分に近い月が 煌々と白く冷たい光を投げかけている。
この分だと 明日もすっきりと晴れ上がるにちがいない。
もしかたら。
うんと早起きをすれば もしかしたら。 この地でもダイヤモンド・ダストが見えるかもしれない。
この ・・・ 宝石を。 ダイヤモンド・ダスト の輝きを絶対に護るんだ!
ジョ−は ひそかにかたく・かたく決心したのだった。
「 ・・・ただいま! 」
玄関のドアが大きな音をたてて閉まり、ほどなくしてリビングのドアも大きな音とともに開いた。
「 ほい。 なんだ、どうしたね。 」
ソファで新聞を広げていた博士が 驚いて顔を上げた。
「 ただいまもどりました。 」
「 あ、ああ。 お帰り。 ・・・ なにかあったのか。 」
「 いいえ。 別になにも。 ・・・ お茶の時間ですね、すぐにご用意しますわ。 」
「 ・・・あ? ああ・・・ 頼むよ。 しかしフランソワ−ズ? いったい?
今日はモトマチまで買い物に行ったのじゃなかったかな。 」
「 ええ。 」
きゅ・・・っとエプロンの紐を結び、フランソワ−ズは相変わらずにこりともしない。
「 ジョ−のヤツ・・・なにか 言ったのか? その・・・・お前の買い物に・・・ 」
「 いいえ。 別になにも。 ・・・ なにも言ってくれませんの。 」
「 なにも・・・って なにも? 」
「 いえ。 言いましたわ、ちゃんと。 わたしが選ぶもの、なんでもかんでも。
『 うん、いいね。 すごくよく似合うよ! 』 って!
あ〜あ・・・! やっぱりお買い物は女の子と一緒じゃないと・・・! 」
「 あ・・・ りゃ〜〜アイツ・・・・ 」
「 お茶! 今 淹れてきます! 」
ばん・・・!
キッチンへのドアも 大きな音をたてた。
その直後、リビングのドアが そう・・・っと開いた。 そして・・・
「 ・・・あ、 あのゥ・・・・ 」
「 や。 ジョ−か・・・おい、今こっちに来るな! お前、車の掃除でもしてこい。 」
「 は・・・はい・・! 」
ジョ−はそっと足音を忍ばせUタ−ンして玄関から出ていった。
「 やれやれ・・・ ジョ−のヤツ、まだまだ修行が足らんのう・・・
ま、時間はたっぷりあるのじゃ、せいぜい頑張るのじゃな・・・ 」
博士は嘆息すると、ぼわぼわと大きなアクビを漏らした。
今日もギルモア研究所には平和な時間が まったりと流れている。
**************************** Fin. ********************************
Last
updated : 11,25,2008.
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え〜 あのオハナシです(^.^) 原作設定でも平ゼロ設定でもいいかなあ〜と思うのですが、
季節だけは 冬設定 です。
しかし! 今回は大苦戦・・・ってかあのお話は非常にコンパクトに纏まっていて
突っ込みドコロがないのですよ。 平ゼロでは上手にエピソ−ドを付け加えていましたけどね。
それで。 頂戴したご感想の中にあった < フランちゃんはたったひとりな存在 > の事実を
絡めてみました。 ( ネタをありがとうございました <(_
_)> )
・・・ ジョ−君?! これで しっかりと!自覚を持ってくれたまえよ!
突如ラテン系に変身するなら ちゃんとフランちゃんにわかるトコでやってあげてね♪
こんな < その後 > があったらなあ〜〜・・・・ってお読み流しくださいませ。
ご感想のひと言でも頂戴できますれば望外の喜びでございます <(_
_)>